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デーミアン(著者: ヘルマン・ヘッセ|出版社:講談社文庫) 自己追求の青春小説。かなり観念的。 主人公が、友人のデーミアンの導きによって自我を確立していくのだが、おそらく、デーミアンというのは現実には存在しない友人なのだろう。 どうしてとどいたかわからない手紙や、夢の中に現れた女性が、デーミアンの母親にそっくりだったことなどから、そう考えられる。 自我が確立されたとき、主人公の姿はデーミアンとなっている。 自我は自分の外に求めるべき物ではなく、自分の中にあるものなのだ。 これは誰もが経験することではない。この小説で言えば、「しるし」を持ったものでなくては経験できないことなのだ。 したがって、周囲からは孤立することになる。 近代的な自我に目覚めた鴎外や漱石が経験したのは、こういう苦悩だったのだろう。(講談社文庫は絶版。岩波文庫と新潮文庫から出ている)
2002.06.29
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この輝かしい日々(著者:ローラ・インガルス・ワイルダー/小玉知子|出版社:講談社) ローラの青春の物語。 好意を示してくれる男性が現れた時点で、両親からは、大人と同じように扱われはじめる。ローラにとって最も幸福な時期だったのだろう。 ただ、なぜアルマンゾがローラを好きになったのかは全くわからない。何のきっかけもないということはないとおもうのだが、本当はローラの方から気を引いたのかなという気もする。 こうして子どもから大人になっていくという過程が描かれている。 話を読んでいるだけだと、だいぶ西部にきたように書いてあり、東部に帰りたいという人物も出てくるのだが、地図で見ると、大陸のまんなかあたりで、ロッキー山脈よりだいぶ東側である。「西部」というのは、特定の地域を指しているわけではなく、開けた大西洋側から見て相対的に西側にある開発地をさしているらしい。
2002.06.28
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奇跡を生み出す男 マックス・マリニ物語(著者:Mistyミュウ/柳田昌宏|出版社:壮神社) マジシャンの間では有名らしい、マックス・マリニというマジシャンの伝記。マジックとの出会いから、ハワイでの最期まで。 なぜマジシャンになったか、どのようにして有名になっていったかが描かれている。巻末には、簡単なマジックの紹介もある。 なるほど、そういう人だったのか、とは思う。 文章は平易だが、不思議な言葉の使い方をするところもある。 例えば、「マリニは何気なく現象を終え、彼のそばに近寄った。」(p69)、「マリニは出会いを祝う乾杯もせずに、突然現象を起こした。」)p124)の「現象」など、よくわからない。「イベント」という意味のようだが。マジック業界ではふつうに使われている用語なのだろうか。 さらに不思議なのが、著作者は誰なのか、ということ。 表紙にも奥付にも、「Misty ミュウ=著、秋元正=監修 柳田昌宏=原作」とある。著と原作とはどう違うのだろう。
2002.06.14
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殺陣師見参!(著者:林邦史朗|出版社:壮神社) NHK大河ドラマなどで名前をよく見る殺陣師の書いた本。 生い立ちから、殺陣師になったきっかけ、これまでの主な仕事などのほか、自ら学んだ武道、主催している刀道について述べている。 「ドラマによく登場する示現流や北辰一刀流、柳生心陰流なども、その特徴を知らなければ殺陣は付けられません。」(p82)というわけで、自らさまざまな流派を学んでいる。剣術だけでなく多様な武術を学んでいるのだが、「最終的にたどりついたのが中国拳法でした」というのだが、中国拳法についてはほとんどふれていないのが残念。 現代物のアクションでも、殺陣師の流れをくむ人がスタントを手がけていて、「探偵物語」で名前を見た「十二騎」というのは、著者の門人が独立してつくったものだと初めて知った。 全編を通して感じるのは、著者の強い自負心である。 それはそうだろう。テレビ創世記から名のある番組の殺陣を担当し、時には自ら出演してきて、名のある俳優には知られた存在なのだ。 殺陣の発展のためだけでなく、武道の振興のためにも刀道を創出し、後進の指導に当たっているという。古流武術とは異なる現代スポーツとして広まりを見せるかどうかはわからないが、時代劇が低調な今、文化の継承という面でも貴重である。 撮影用の日本刀の話のところで、「本身の世界でも、現在世に出回っている合成樹脂の接着剤は、絶対に使いません。」(p65)という。酢酸系の薬剤を使っていて刀身をさびさせるおそれがあるのだそうだ。知らなかった。
2002.06.13
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鴉(著者:麻耶雄嵩|出版社:幻冬舎文庫) 長編ミステリ。文庫で549ページもある。 人間関係が複雑に絡み合っているのだが、土台になっているのは、主人公の、弟への屈託した思い。過去を精算するために現在がある、というパターン。 主人公と弟の名が、可允(かいん)と襾鈴(あべる)というあたりで、そんな名前を付ける親がいるわけないだろう、と思うが、なぜそういう名になっているのかは最後で明らかになる。 外界から隔絶した村が舞台。どうやって隔絶を保っているのかはわからない。金属製品はどこから手に入れているのだろう。 村の設定は、諸星大二郎風。 殺人があり、主人公による謎解きがあり、どんでん返しがある。 メルカトルという人物が何者なのかは結局わからないが、ほかの作品に登場する探偵役らしい。 長くても退屈せずに読み終えたが、どうもなじめない。
2002.06.11
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邪馬台国はどこですか?(著者:鯨統一郎|出版社:創元推理文庫) 歴史ミステリの連作短編集。 第三回創元推理短編賞の最終選考まで残った表題作を中心に、文庫で書き下ろしたもの。 カウンター席だけのバーを舞台に、登場人物はつねに四人。議論だけで話が進んでいく。 邪馬台国は岩手にあった、という表題作を始め、釈迦は悟りを開いていなかった、明智光秀の謀反は信長の意向によるものだった、など、通説を覆す結論を先に提示し、それを論証していく。 聖徳太子非実在説は目新しくはないし、明治維新の黒幕が勝海舟だった、というのは『氷川清話』を読めば察しがつくことだが、それらを論証してみせるところに作者の技量が感じられる。 バーが舞台だが、飲み物は水割りが多い。つまみも何種類も出てくるが、つまみの説明がもっとあってもいいのでは。 面白いのが、著者略歴。「国学院大学文学部国文学科卒業。」 これだけ。 ところが調べてみると、国学院大学には、「国文学科」というのは存在しないのだ。1997年に「日本文学科」というのはできたが、それ以前は「文学部文学科」に日本文学も中国文学(というより漢文学)も含まれていた。 この略歴には何か意味があるのだろうか。
2002.06.06
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ひまわりの祝祭(著者:藤原伊織|出版社:講談社文庫) ハードボイルド・ミステリーである。 時間経過は長くなく、発端から終わりまでの期間は短い。一ヶ月はたっていないのではないか。 「僕」の一人称。 主人公の造形が、「絶対にこんな人間はいない」というタイプなのだが、読んでいるうちに不自然に思えなくなるのは作者の力量によるのだろう。最初のうちは、決して走ったりしそうにない感じなのだが、終盤にさしかかると、一日のうちに人並みはずれた運動量を見せる。 「ひまわり」については、いろいろ調べて書いたようだ。説得力がある。 気になるのは、過去が重要であること。 過去を清算するために現在がある、という設定なのだ。 最近読んだ、小鷹信光の「探偵物語」もそうだった。(これは20年以上前のものではあるが) こういう、ウェットなハードボイルドをネオ・ハードボイルドというのだろうか。
2002.06.04
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