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ある所でひとりの旅人が川の向こう岸へ渡ろうと思いましたが、橋も渡し舟もなくただ上流へ歩いて行きました。 すると川が凍っているの気づきました。恐る恐る氷の上を腹ばいになって進んでいると、後ろから陽気な歌声とともにひとりの若者が馬車に乗って通り過ぎました。 それを見たとき旅人は、氷の上にスックと立ち上がり、川を渡って目的の向こう岸へ渡って行きました。 イエス・キリストを信じて、天国へ行くまで恐れないで信仰の確信を持ち、感謝しつつ幸せに生きたいものですね。今日もまた天国の一日です! 今日の礼拝は富雄キリスト教会へ。その後大阪エリム、堺エリムと回ります。信仰の確信に満たされてヘブル人10:22 そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。10:23 約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。10:24 また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。 10:25 ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。1.十字架による救いの完成への確信ヨハネ19:30 イエスは、「完了した」と言われた。He said, "It is finished!"ヨハネ17:4 あなたがわたしに行わせるためにお与えになったわざを、わたしは成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。ヘブル1:3 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。 第一ペテロ2:24 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。2:25 あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。2.すばらし約束を確信ヨハネ10:28 わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。ヨハネ16:22 あなたがたにも、今は悲しみがあるが、わたしはもう一度あなたがたに会います。そうすれば、あなたがたの心は喜びに満たされます。そして、その喜びをあなたがたから奪い去る者はありません。第二テモテ1:12 そのために、私はこのような苦しみにも会っています。しかし、私はそれを恥とは思っていません。というのは、私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているからです。3.イエス・キリストのとりなしの祈りに守られている確信 ルカ 22:31 シモン、シモン。見なさい。サタンが、あなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。22:32 しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」ローマ8:33 神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。8:34 罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。ヘブル7:25 したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。ヘブル2:18 主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。第一ヨハネ2:1 私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯すことがあれば、私たちには、御父の前で弁護する方がいます。義なるイエス・キリストです。4.神の子として生きる確信第一ヨハネ3:1 私たちが神の子どもと呼ばれるために、──事実、いま私たちは神の子どもです──御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。3:2 愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。詩篇1:1 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。1:2 まことに、その人は【主】のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。1:3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。出エジプト33:14 すると主は仰せられた。「わたし自身がいっしょに行って、あなたを休ませよう。」リビングバイブル33:14 「わかった。 安心しなさい。 わたしがいっしょに行く。 失敗のないようにおまえを守ろう。」33:14 And He said, "My Presence will go with you, and I will give you rest." 今日もまた天国の一日です!確信に満ちて祝福の道を前進しましょう!
2008/11/30
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今日のデボーション聖書箇所は、コリントの手紙第二; 8:9 あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。 リビングバイブル訳では;8:9 あなたがたは、主イエス・キリストが、どんなに愛と恵みに満ちておられたかを知っています。 あれほど富んでおられた主が、あなたがたを助けるために、あれほど貧しくなられました。 その貧しさによって、あなたがたを富む者とするためでした。 イエス・キリストは神であられたが、人間としてこの世界に生まれ、最も低いしもべの姿で馬小屋で生まれ、十字架の上にいのちを捨て死んでくださいました。 天地万物の創造者がすべての豊かさを投げ捨てて、全人類の罪や病や呪い、地獄に行かなければ滅びてしまう私たちを救ってくださいました。 そればかりではなく、イエス・キリストがその富を捨てられたのは、私たちがその貧しさによって富むものとなるためでした。 今回の全世界的金融危機のより、大富豪たちが失った富について報じられていました。しかし、彼らはその富を失ってもまだ自分のために富は残っています。彼らが損したことによってだれも救われず、逆に彼らの影響によって貧しい人は、さらに貧しくされてしまったのです。 米誌「世界の大富豪の被害総額いかほど?」トップ2011月28日22時10分配信 サーチナ 昨今の金融危機は世界中の大富豪の資産に巨額の「大打撃」を与えた。米「THE BUSINESS SHEET」誌はこのほど、「世界の富豪 損失額ランキングトップ20」を発表した。同ランキングでは、インド勢が上位を占め、ジェリー・ヤン氏が20位にランク入りするなど、アジア勢の「活躍」も目立つ。賽迪網が外電を引用して27日付で伝えた。 ランキングは以下の通り。(氏名、肩書き、損失額)1.アニル・アンバニ(リライアンス・コミュニケーションズ会長) 325億米ドル(約3兆1000億円)2.ラクシュミ・ミタル(インドの「鋼鉄王」) 305億米ドル(約2兆9000億円)3.シェルドン・アデルソン(ラスベガス・サンズCEO) 300億米ドル(約2兆8600億円)4.ムケシュ・アンバニ(リライアンス・ インダストリーズ会長、アニル アンバニの兄) 282億米ドル(約2兆6900億円)5.ウォーレン・バフェット(米著名投資家) 136億米ドル(約1兆3000億円)6.カーク・カーコリアン(米著名実業家) 130億米ドル(約1兆2400億円)7.セルゲイ・ブリン、ラリー・ペイジ(グーグル共同創業者) 121億米ドル(約1兆1534億円)8.ラリー・エリソン(オラクル社CEO) 60億米ドル(約5700億円)9.スティーブ・バルマー(マイクロソフト社CEO) 51億米ドル(約4900億円)10.エディ・ ランパード(米著名小売店 シアーズ会長) 50億米ドル(約4800億円)11.サムナー・レッドストーン(ヴァイアコム、CBS会長) 40億米ドル(約3800億円)12.ルパート・マードック(アメリカ ニューズ・コーポレーション会長) 40億米ドル(約3800億円)13.ジェフ・ベゾス(アマゾンコムCEO) 36億米ドル(約3400億円)14.ビル・ゲイツ(マイクロソフト社社長) 35億米ドル(約3300億円)15.スティーブ・ジョブズ(アップル社CEO) 23億米ドル(約2200億円)16.スティーヴ・ウィン(米国カジノ運営会社社長) 20億米ドル(約1900億円)17.オレグ・デリパスカ(ロシアの企業家) 15.4億米ドル(約1468億円)18.スティーブン・ シュワルツマン(ブラックストーン創業者) 14億米ドル(約1300億円)19.マイケル・デル(デル社CEO) 14億米ドル(約1300億円)20.ジェリー・ヤン(Yahoo!CEO) 8億米ドル(約760億円) 世界は富のゆえに滅びてしまうのかもしれません。歴史は富み栄えた国々の墓場であるといっても過言ではありません。ヘブル人への手紙13:5 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」 13:6 そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。 「主は私の助け手です。私は恐れません。 人間が、私に対して何ができましょう。」
2008/11/29
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来年の春3月8日(日)午後11時10分、関空よりドバイーアンマン経由でイスラエルに行くことが決まりました。帰国は3月16日(月)アンマンドバイ経由で、午後6時40分着で関西空港着で帰国します。費用の件は検討中で、確定次第お知らせします。 ヨルダン経由でイスラエルに入国するので、まずネボ山(ちろんバスで)へ登ります。モーセがカナンの地を前に目を上げて望み見たところから眺める幸いを体験してください。 モーセは望み見るだけで、約束の地へ入ることはできなかったのですが、そこから死海で一泊し、翌日はエリコで信仰によって崩された城壁を実際に見、イエス様が40日の断食の後、サタンの試みに会われた誘惑の山へもケーブルで上ります。 エルサレムで十字架と復活を体験し、可能ならイスラエルのダンスを鑑賞することも考えています。 最後の旅程は、春の花が咲くガリラヤ湖周辺を散策します。ガリラヤ湖沿いの景観のよいホテルが用意されています。 朝の目覚めとともに、湖岸を散歩することも可能と思います。 イスラエルへは聖地旅行で9回目になります。今までよりも最高の旅になることを期待し、楽しみにしています。 今日はパソコンのプリンターが不調で、修理に出そうと思いました。ジョウシン電機に聞くと修理に2週間もかかり、修理代も大きいので最新のプリンターを買うほうが安く?便利だとのアドバイスで新しいプリンターを購入しました。 学院のキャンパスでは、院内にある関西クリスチャンスクールのバザーが行なわれている雨上がりの昼間です。 聖地ツアーのように天国ツアーができれば、もっと多くの方々がクリスチャンになってくれるだろうなあと思いながら、一度しか体験できない旅だから天国への旅立ちはすばらしのだろうなどと考えています。 アーメンとイエス様を信じて、天国への切符を持ち、楽しみに人生の日々を過ごしましょう! 今日もまた天国の一日です!黙示録 21:1 また私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。 21:2 私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下って来るのを見た。 21:3 そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、 21:4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」 21:5 すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」 21:6 また言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。 21:7 勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。 21:8 しかし、おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄との燃える池の中にある。これが第二の死である。」
2008/11/28
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朝チャペルが終わって朝食を終え、授業準備のため書斎に入ったら携帯がなり始めました。なかなか難しい質問で、電話からは怒りとイライラの声が響いてきます。見当違いもはなはだし話の内容。 アーメンと素直に信じれば、救われますよと穏やかに対応するが、聞いてもらえず・・・・。イライラしたり、不平不満や怒りの人生よさようならです。平安と感謝の心で、今日もまた天国の一日です! 遊園地の鏡の広場 ある遊園地に鏡が千もある大広間がありました。ある日、一匹の犬がこの広間に迷い込みました。見ると、無数の犬が自分のほうを見ています。 なんだ!こいつら?その犬は鏡の中の犬に吠えかかりました。すると鏡の中の犬たちも同じように歯をむき出してうなり返したのです。そこで犬はもっともっと怒り来るって吠えました。それを繰り返しているうちに、ついに疲れ果てて死んでしまいました。 しばらくして、別の犬がこの広間に迷い込んできました。そして、前の犬と同じように鏡の中の犬を見ました。 うわあ、なんてたくさん仲間がいるんだろう。喜んだその犬は嬉しそうに尻尾をふりました。 するとどうでしょう。鏡の犬も同じように尻尾をふって歓迎してくれたのです。スッカリ気を良くしたその犬は意気揚々と広間を去っていきました。 あなたはどのタイプですか? あなたの周りの人はあなた自身を映し出す鏡なのです。神様は幸せな人のほうが好きです。なぜならそういう人のほうがまわりのものすべてにやさしいからです。 幸せであればあるほど、受けるよりも与える方が幸いと、幸せを回りの人に分けようとするからです。 イエス・キリストを信じるときだれでもそのような変化を体験できるのです。ルカの福音書6:38 与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。
2008/11/27
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毎朝、今日も天国の一日です!と、元気で飛び出し、猛烈に声を出して1時間の祈り。午前6時30分より賛美と聖書のメッセージ。7時に朝食を軽く済ませ、ブログを書きます。 昨日は今学期最後のコリント人への手紙講義で、神戸キリスト栄光教会の菅原亘牧師を迎え、今日まで集中講義です。お昼に寿司を食べながらの接待。二人の神学生が生駒聖書学院で学んでおり、内一人はアメリカへ留学中で来年復学することになっています。 午後から精神病院へ見舞いに行こうと準備していたら、東京国分寺市より体験入学生が着き面談。日野キリスト教会員で、「収穫は多いが働き人が少ない!」とのイエス様のことばに召しを受け、来年から神学校へと願い、いくつかの神学校に体験入学をし続けている。 生駒聖書学院に入学して欲しいとの願いとともに、いろいろと話を聞きともに祈る。入学願書が届くのを期待しながら、一日の体験が祝福となるように祈りました。今朝は元気で早起きして神学生たちといっしょに祈りとチャペル、昼間でのスケジュールに取り組んでいます。 面談を終えるとすぐ羽曳野市の病院へ向ったが、夕方のラッシュに飲み込まれ思ったより時間がかかり、4時30分頃に病院へ。面会の許可がでて鍵を空けてもらい病棟へ。30分ほど話を聞き、用意していた健康といやしのみことばを手渡しともに祈ることができ、見舞い訪問を喜んでくれたので感謝。今日で会うのは二度目だが、最初のであったとき、アーメン信じますとイエス様を心に受け入れ、病院でも聖書を読んでいるとのこと。 輝き・可能性への変身の著書をプレゼント。退院したら家族もいっしょい教会へ行くことを楽しみにしていますの声に送られて帰路に着く。やはりラッシュでけっこう時間がかかった。 朝から動き回っていたが万歩計をみると6500歩。3500歩を歩き一万歩にして一日が終わる。 今日もまた天国の一日でした!感謝します。コリント人への手紙 第一 13:1 たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。 13:2 また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。 13:3 また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。 13:4 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。 13:5 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、 13:6 不正を喜ばずに真理を喜びます。 13:7 すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。 13:8 愛は決して絶えることがありません。預言の賜物ならばすたれます。異言ならばやみます。知識ならばすたれます。 13:9 というのは、私たちの知っているところは一部分であり、預言することも一部分だからです。 13:10 完全なものが現れたら、不完全なものはすたれます。 13:11 私が子どもであったときには、子どもとして話し、子どもとして考え、子どもとして論じましたが、おとなになったときには、子どものことをやめました。 13:12 今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。 13:13 こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。
2008/11/26
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ラジオ放送希望の声より・・・わらび先生 正しい者は、なつめやしの木のように栄え、レバノンの杉のように育ちます。彼らは、主の家に植えられ、私たちの神の大庭で栄えます。彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂っていましょう。 (詩篇92:12‐14) 倉敷の小橋護牧師(数年前に天国)がお便りで、「わらび狩り」に行った時の様子を知らせてくださいました。 ―急な坂道、雑木の間をかき分けながら山頂にたどり着くと、みごとなわらびの群生!というよりは、かわいい手が地面からニョキニョキ出ている姿、しばしかがみこんで握手!何と表現してよいか。この感触!自然のこの躍動。倉敷の詩人、池田愛さんの歌がぴったりだ。「冬に耐え 土をもあげる ものの芽の 若き力をわれにもほしや」 私は倫理の時間に叫ばずにはいられなかった。「君たち、わらびを見て、何を感ずるか。冬に耐えるわらびだ。土をもちあげる力になるのだ。不肖不屈の精神で、積極性をもって、三つのことをすれば、わらびになれる。 第一 目標を立てる 第二 集中と情熱でぶつかる 第三 犠牲と努力を惜しまぬ これが君たちの成功の力だ。三原則だ。これがわらびの若き力だ!」― わらび先生の情熱に感動しました。 緑は生命のシンボルです。冒頭のみことばの別訳(リビングバイブル)をお読みします。 しかし、神様を信じて従う人は、なつめやしの木のように青々と茂り、レバノン杉のようにそびえ立ちます。というのも、神様の農園に移植され、しかも、神様みずから世話してくださるからです。おかげで老木となっても実を結び、青々と茂ることができるのです。 では、このような青々と茂り、そびえ立つ人生、年老いても実を結び、青々と茂る成功的人生は、どうすればもつことができるのでしょうか? 第一に、神を信じて従うことです。 私は唯物主義者で無神論の家庭で育ちました。だから、この世界で頼れるのは自分だけだという考えでした。神も仏も信じない。手を合わせたこともない。迷信や俗信など何も知らずに育ち、そのような考えを軽蔑していました。 日本は世界でも全国民的に、トップレベルの知識をもっています。しかし、世界で最も多くの神々や迷信をもつ国の一つです。コンピュータも扱い、学識を誇る人が、家庭の不幸を解決するために、ヘビやキツネやわけの分からない宗教にひざまずき、かえって問題を複雑にしている例を、たくさん知っています。「いわしの頭も信心から」と言います。信仰なら何でもいい、要するに「信じる心」の問題なんだからと、多くの人は自分をごまかしています。また、人をごまかし迷わせ、自分も導いた人も共々に、滅びの道を歩いていっているのです。 ある冬の寒い日、夜行列車に子ども連れの婦人が乗っていました。彼女は一人の紳士に、彼女の降りる駅を尋ねました。「大丈夫!駅へ着いたら教えてあげますから」と紳士は優しく答えました。婦人と子どもは安心しました。 しばらくして列車が止まったので、紳士が「さあ、着きましたよ。ここです」と親切に二人を降ろしてくれました。再び列車が動きだした時、車掌がやってきました。「ここにいたご婦人は?」紳士はにこやかに「ああ、さっきの駅で降りましたよ」。 しかし、それは大きな間違いでした。そこは駅ではなく、一時停止しただけだったのです。捜索隊が見つけた時には、婦人も子どもも寒さに凍え死んでいました。 紳士は親切でした。よく教えました。しかし、彼は本当のことを知らなかったのです。 神様なら、宗教なら、何でもよいのではありません。天地万物を造り、今も生きている唯一の神を信じ、従うことです。その神こそ、イエス・キリストです。イエス・キリストを救い主として信じる時、あなたの人生は変えられます。いつも青々と茂る成功と幸せの人生が始まります。そして、まことの神は信じた者の世話をしてくださいます。イエス・キリストは世の終わりまで、信じる者と共にあってくださる、まことの神なのです。詩篇 23:1 主は私の羊飼いですから、必要なものはみな与えてくださいます。 23:2 -3主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれます。 傷ついたこの身を立ち直らせ、私が最高に主の栄光を現わす仕事ができるよう、手を貸してくださいます。 23:4 たとい、死の暗い谷間を通ることがあっても、こわがったりしません。 主がすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるからです。 23:5 主は敵の面前で、私のためにおいしいごちそうを備えてくださいます。 たいせつな客としてもてなしてくださったのです。 まるで、あふれんばかりの祝福です。 23:6 生きている限り、主の恵みといつくしみが、私についてきます。やがて、私は主の家に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう。
2008/11/25
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種子島の西之表基督教会で、1957(昭和32)年11月24日(日)の朝、対馬から来られた佐藤文男牧師の話を聞きました。 佐藤牧師は対馬でヨットで港を回りながら伝道しており、戦争で右指も失った経験を持つ方でした。 神は愛であり、人間には罪がありそのままでは地獄へ行くことまでは、それまでの集会出席で聞いていました。 その日の礼拝では、イエス・キリストがこの世に来られたのは、地獄行きの人類を救うためであり、そのためにご自分のいのちを十字架の上に身代わりとして死なれたことを聞きました。 小学生の頃から屋久島の雪を見るたびに、雪よりも白くなりたいと願っていました。悪いことをほとんどしたことがなかったのに、自分の心のみにくさに何とかしたいと思っていました。 私を愛して私の罪の身代わりに、イエス・キリストは十字架上で死なれたことを初めて聞き、感動しました。 母は私を愛して愛しぬいてくれましたが、病に勝てず私が9歳の誕生日を迎える一週間前の8月26日に死にました。37歳の若さでした。 イエス・キリストは、33歳のいのちを私を愛して十字架に捨てました。全人類の罪を背負って死なれ、墓に葬られ、聖書に書いてあるとおりに3日目に復活されたことも知りました。 そのお話しの終わりに賛美歌が歌われました。 十字架の血に きよめぬれば 来よとのみ声を 我は聞けり 主よ 我は 今ぞ行く 十字架の血にて きよめたまえ アーメン その賛美とともにイエス・キリストをアーメンと信じる決心をし、その日に種子島の海岸でバプテスマを受け、クリスチャンとしての第一歩を歩み出し51年、救われた喜びと平安の中を過ごしています。 聖書のことばを100パーセント信用して、アーメン、信じますと、イエス・キリストを心の中にお迎えし、バプテスマを受けると救われます。 イエス・キリストの変わらない約束のことばです。「マルコの福音書16:16 信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます」ローマ人への手紙10:8 では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。10:11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」 10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。 イエス・キリストを信じると心に平安が与えられます。十字架により罪が赦された喜びがやってきます。 天地万物の創造者なる神の子とされ、神と同じ永遠のいのちを与えられ、天国へ行くことができます。イエス・キリストを信じる者は決して滅びることはありません。 イエス・キリストご自身の約束です。「わたしは決してあなたを離れず、あなたを見捨てない。見よ。わたしは世の終わりまであなたがたとともにいます」 聖書には数限りない尊い約束が与えられています。 今日、イエス・キリストを信じて救われた幸せを体験なさいませんか。「アーメン。信じます。私の心にお迎えします」と祈ってください。 今日もまた天国の一日です! 祝福を祈ります。アーメン。
2008/11/24
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3:15 キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。 3:16 キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。 3:17 あなたがたのすることは、ことばによると行いによるとを問わず、すべて主イエスの名によってなし、主によって父なる神に感謝しなさい。
2008/11/23
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昼食をいっしょにと誘われ逆ですよ、こちらがお招きします講師に話しましたが、どうしてもとのことでご馳走になることにしました。 奈良ロイヤルホテルにとのことで、待ち合わせをしてレストランへ。ステーキを「ご馳走しますとのことで、食べ放題のメニューがありこれかな?と思いました。 こちらへと別室へ案内され、鉄板焼きコーナーへ。担当はまだ若いコックさん。幼いときから料理好きで、お母さんが料理していると僕も作ると手伝い、今はお客さんの前で藻「できる立場になりましたと、嬉しそうに話してくれしばらくは料理談義。 板前さんの修業は今でも厳しく、1年目は掃除だけ、2年目に皿洗い、3年目に野菜洗い・・・。僕は洋食でしたけれども・・・・と語る目には喜びが輝いていました。 久しぶりに食べる柔らかで美味しい、ステーキやロブスターに舌鼓を打ちながら、楽しい会話の弾むひとときでした。 夕食は抜きで、今日もまた天国の一日でした!で、熟睡。 目覚めもスカッと気持ちよく、静かにさわやかな青空の広がる、聖書学院の朝です。詩篇126:1 【主】がシオンの繁栄を元どおりにされたとき、 私たちは夢を見ている者のようであった。 126:2 そのとき、私たちの口は笑いで満たされ、 私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。 そのとき、国々の間で、人々は言った。 「【主】は彼らのために大いなることをなされた。」 126:3 【主】は私たちのために大いなることをなされ、 私たちは喜んだ。 126:4 【主】よ。ネゲブの流れのように、 私たちの繁栄を元どおりにしてください。 126:5 涙とともに種を蒔く者は、 喜び叫びながら刈り取ろう。 126:6 種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、 束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る。
2008/11/22
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生駒の朝も少し寒さが厳しくなりました。聖書学院は午前5時起床で、神学生たちは寒気を吹き飛ばし、元気にラジオ体操でスタート。皆で5時30分より思い切り大きな声で祈りの声を上げています。 6時30分よりチャペルタイム。主を喜ぶことはあなたがたの力です!と、賛美を心から歌い祈りをともにしています。 今日もまた天国の一日です!と、聖書を開いてチャペルメッセージ。 モーニングサービスより吉野家の牛丼が良いとのことで、講師と吉野家へ。昼はステーキに招かれているので、講師は牛丼を注文したが、朝定食をごはんを半分に減らしてもらい美味しくいただく。 寒さが厳しかったが青空が広がり、快適な天国の一日!感謝とともに新し日へ出発!ローマ人への手紙 10:8 では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。 10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。 10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。 10:11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」 10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。 10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。 10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。 10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」 10:16 しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。「主よ。だれが私たちの知らせを信じましたか」とイザヤは言っています。 10:17 そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。
2008/11/21
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有名な精神病学者ルイス・ビッシュ博士が次のように言っています。 「努めて、ものごとにくよくよと心配しない習慣を身につけなければならない。人がどう思っているだろうか、というようなことで頭を悩ますなどは、愚かなことである。いつもものごとを明るく考える習慣をつけると、人からかわいがられると同時に、万事ものごとを善意に解釈できるようになる」。 取り越し苦労が多いと、人相まで悪くなります。一生懸命に努力は続けなければなりませんが、今日一日の失敗をそんなに気にしてはいけません。今日一日でものごとに成功できるわけでもなければ、今日一日ですべてが破滅するものでもないのです。 リンカーンは言いました。 「私の大きな関心事は、諸君が失敗したかどうかということにあるのではなくて、その失敗に安んじているかどうかという点にある」。 トーマス・エジソンも白熱電球を発明するまでには、数えきれないほど多くの失敗を重ねたのです。それでもエジソンは、「一回失敗するごとに、それだけ成功に一歩一歩近づいているのだ」と、いつも言い聞かせていたのです。 最後に成功すれば、初めの失敗などは問題にならないのです。前進することは非常に困難でしょうか?その困難に打ち勝って前進しつづけていくことが、成功と勝利へつながるのです。来る日も来る日も、絶えず前進を続けていけば、必ず成功します。前進しつづければ、今日、実行不可能と思われることでも、必ず近い将来に、達成する方法が見つかるのです。 コロンブスが西に向かって航海を続けた時、日誌に記した言葉があります。海図さえない大西洋上で、危険、嵐、飢え、反乱、そして疲労に苦しみながらも、そのピンタ号の航海日誌には、不滅の言葉が残されているのです。 「本日も航海を続けた」。 何とすばらしいことでしょうか。 イエス・キリストのことばをご紹介しましょう。 「だが、わたしは、きょうもあすも次の日も進んで行かなければなりません」(ルカ13:33) イエス・キリストはどこへ向かって進んでいかれたのでしょうか?それは十字架に向かってでした。エルサレムに行けば、捕らえられ、十字架につけられ、殺されることは分かっていました。しかし、主はその道こそ、人類を救う唯一の道であることを知っておられたのです。 [わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます](ヨハネ10:11)「 だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります」 (ヨハネ10:18) そして、主イエス・キリストは十字架上にいのちを捨て、人類の身代わりとなり、血を流されたのです。その結果、イエス・キリストを信じる者は救われるのです。罪が赦され、病気がいやされ、すべての呪いから解放されます。神の子となり、永遠のいのちが与えられ、喜びと平安にあふれた希望の人生を生きることができるのです。 コロンブスが大西洋上で、危険、嵐、飢え、反乱、そして疲労に苦しみ、途中で引き返したら、アメリカ大陸の「発見」はうんと遅れたことでしょう。イエス・キリストが十字架上で死ななかったら、全人類の救い、あなたや私の救い、幸福はなかったでしょう。また、あなたが人生の途中で、あきらめ投げ出すなら、あなたの明日の成功も幸せもないでしょう。 コロンブスがその航海日誌に書き残したように、私たちも「本日も航海を続けた」と告白しようではありませんか。 今日もまた天国の一日です!ヘブル人への手紙 12:1 こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。 12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。 12:3 あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。 12:4 あなたがたはまだ、罪と戦って、血を流すまで抵抗したことがありません。 12:5 そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。 「わが子よ。 主の懲らしめを軽んじてはならない。 主に責められて弱り果ててはならない。 12:6 主はその愛する者を懲らしめ、 受け入れるすべての子に、 むちを加えられるからである。」 12:7 訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。 12:8 もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。 12:9 さらにまた、私たちには肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、なおさらのこと、私たちはすべての霊の父に服従して生きるべきではないでしょうか。 12:10 なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。 12:11 すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。 12:12 ですから、弱った手と衰えたひざとを、まっすぐにしなさい。 12:13 また、あなたがたの足のためには、まっすぐな道を作りなさい。なえた足が関節をはずさないため、いやむしろ、いやされるためです。 イエス・キリストを信じる者は、キリストとともに、勝利の人生を進むことができるのです。信仰の創始者、導き手、完成者であるイエスを見上げつつ、進もうではありませんか。
2008/11/20
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1999年11月19日、東京で元気の出る集会を終えホテルへ。シャワーを使い寝間着になりベッドへ入ろうとしたら、突然右手に強烈な痺れが襲ってきました。 フロントへやっと電話し、救急車で近くの病院へ。ともかく安静にして明日調べましょうとのこと。朝になりここではムリとまた救急車で、王子病院へ運ばれ集中治療室へ。 左脳内出血との診断で、手術はしなかったが一ヶ月余の治療とリハビリで入院し、クリスマスの退院許可も出て、生駒へ帰宅できました。あの日から早いもので丸9年になります。 その1年後、病院にお礼を持って訪問したら、「ほんとうは1年前死んでいたのですよ!」と言われ、そんなに悪かったのかと、イエス・キリストの@いやしの力と病院の医者や看護師、祈ってくれた方々の大きな愛に感激しました。 そのときの経験を、「ハレルヤと歌いつつ!」と題する小冊子を書きました。冊子の半分は健康に関する聖書の約束のことばです。 左脳内出血でしたが、後遺症もなく幸い神様がことばを残してくださり、右手に少し痺れはあっても、何不自由なく字も書けるので感謝しています。 「ハレルヤと歌いつつ」読んでいただける方があれば、メールでお知らせください。無料でプレゼントいたします。 elimyoshi@kcn.jp へご連絡ください。雨が降っても 晴れても、曇っても今日もまた天国の一日です!泣いていても 笑っていても今日もまた天国の一日です!弱さがあっても 健康でも今日もまた天国の一日です!今日の一日が 一番いい日今日もまた天国の一日です!私の一生の中で 最高の一日今日もまた天国の一日でした!と感謝しつつ過ごしています。詩篇 118:15 喜びと救いの声は、正しい者の幕屋のうちにある。 【主】の右の手は力ある働きをする。 118:16 【主】の右の手は高く上げられ、 【主】の右の手は力ある働きをする。 118:17 私は死ぬことなく、かえって生き、 そして【主】のみわざを語り告げよう。 118:18 主は私をきびしく懲らしめられた。 しかし、私を死に渡されなかった。 118:19 義の門よ。私のために開け。 私はそこから入り、主に感謝しよう。 118:20 これこそ【主】の門。正しい者たちはこれより入る。 118:21 私はあなたに感謝します。あなたが私に答えられ、 私の救いとなられたからです。 118:22 家を建てる者たちの捨てた石。 それが礎の石になった。 118:23 これは【主】のなさったことだ。 私たちの目には不思議なことである。 118:24 これは、【主】が設けられた日である。 この日を楽しみ喜ぼう。 118:25 ああ、【主】よ。どうぞ救ってください。 ああ、【主】よ。どうぞ栄えさせてください。
2008/11/19
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聖地旅行へは8回ほど出かけています。湾岸戦争のときもちょうど計画中でしたが、そのさ中の旅行はということで中止になり、イスラエルへの旅はそのままになっていました。 最初の案内してくれた鈴木眞次郎氏は、もう130回もイスラエル旅行を継続し、ガリラヤ・バイブル・カレッジを設立とのこと。 いろんな話の中で、09年3月9日(月)より9日間、原点からの出発、イスラエル巡礼の旅へ行くことになりました。 シナイ登山を考えたのですが、左脳内出血で倒れてちょうど10年になる身体のこともあり、高齢者の参加もあるし、日程のことも考えたりで、死海やマサダより、エリコを通りガリラヤ湖畔を巡り、エルサレムへの旅を計画しました。 聖書の上を歩くように、今回のガイドは有名なラビが現地を案内してくれるそうで楽しみです。 またアドナイイルエの経済原則も学べるとのことですが、とにもかくにもイエス様の足跡をたどる幸いな9日間です。」できるだけ少人数で行きたいと思いながら祈りつつです。 費用や航空便が決定し次第、さらに詳しくご案内できると思います。 今日の学院は、小預言書の学びが午前中続きます。 聖書学院教会は、聖書の輪読の学びとディスカッション。 少し寒さを感じる生駒の朝です。落葉が風に吹かれて、家の周りが彩りに染まっています。ほうきと熊手も必要な朝です。運動のためにも・・・・。掃除、掃除・・・・。感謝します。イザヤ書30:18 それゆえ、【主】は あなたがたに恵もうと待っておられ、 あなたがたをあわれもうと立ち上がられる。 【主】は正義の神であるからだ。 幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。 30:19 ああ、シオンの民、エルサレムに住む者。もうあなたは泣くことはない。あなたの叫び声に応じて、主は必ずあなたに恵み、それを聞かれるとすぐ、あなたに答えてくださる。30:20 たとい主があなたがたに、乏しいパンとわずかな水とを賜っても、あなたの教師はもう隠れることなく、あなたの目はあなたの教師を見続けよう。30:21 あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め」と言うことばを聞く。30:22 あなたは、銀をかぶせた刻んだ像と、金をかぶせた鋳物の像を汚し、汚れた物としてそれをまき散らし、これに「出て行け」と言うであろう。30:23 主は、あなたが畑に蒔く種に雨を降らせ、その土地の産する食物は豊かで滋養がある。その日、あなたの家畜の群れは、広々とした牧場で草をはみ、30:24 畑を耕す牛やろばは、シャベルや熊手でふるい分けられた味の良いまぐさを食べる。 聖書の約束のようになりつつあるイスラエルを訪ねて見ませんか。祝福を祈りつつ。
2008/11/18
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今日もまた天国の一日です!とさわやかに、朝早く起き出す月曜日。 すごい霧えいつもは見える大チャペルも見えない。学院全体がすっぽりと霧に覆われ、まるで聖霊の臨在で神の愛に取り巻かれているようだ。 西の空はまだ霧がそんなにかからず、月明かりが霞んでいる。その中を久しぶりに祈りつつ早朝の散歩。5時過ぎから8000歩。出会う人たち(今朝は11人も)に、おはようございますと挨拶しながら歩く。 シャワーを使い朝食。今朝はSODエルパールを3本。果物を用意してくれたので感謝して食べる。 メールの返信。このページへの書き込み。 朝8時30分よりチャペルメッセージ。オリエンテーションで心構えを指示。人間学、説教学を講じる月曜日です。 今週は、火曜日ー水曜の2日間、小預言書講義で小平元昭牧師を京都から迎える。 木曜日と金曜日は,東京より金沢泰裕牧師が牧会学講義へ。 火曜日は学院教会集会。水曜日は大阪エリムリバイバル集会。木曜日は都ホテルで集会と動いている日々です。 今日もまた天国の一日です!を口グセに元気でスタートです。書いている間もキリは深まり、神の愛がいっぱい注がれているような幸せな朝です。今日も霧が晴れるとステキな青空が広がりそうです。詩篇150:1 ハレルヤ。 神の聖所で、 神をほめたたえよ。 御 力の大空で、 神をほめたたえよ。 150:2 その大能のみわざのゆえに、 神をほめたたえよ。 そのすぐれた偉大さのゆえに、 神をほめたたえよ。 150:3 角笛を吹き鳴らして、 神をほめたたえよ。 十弦の琴と立琴をかなでて、 神をほめたたえよ。 150:4 タンバリンと踊りをもって、 神をほめたたえよ。 緒琴と笛とで、 神をほめたたえよ。 150:5 音の高いシンバルで、 神をほめたたえよ。 鳴り響くシンバルで、 神をほめたたえよ。 150:6 息のあるものはみな、 主をほめたたえよ。 ハレルヤ。
2008/11/17
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人は生きているだけでも価値がある (五木寛之;遊行の門より) 人生には4つの時期があり、学び働き、ゆとりを持って人生を楽しみ、死を迎えるまでの最後の時期を遊行(ゆぎょう)期と紹介している。 著者がイエス・キリストを信じてクリスチャンになることを祈る朝です。学生期(がくしょうき)=青春 家住期(かじゅうき)=朱夏 林住期(りんじゅうき)=白秋 遊行期(ゆぎょうき)=玄冬アイオワ州立大学のデイットマーという科学者が行なった実験。 幅30センチ四方、深さ6センチの植木鉢に1本のライ麦の苗を植えた。そして水を与え4ヶ月立った後に、育ったライ麦を出して、鉢の中に張り巡らし根の長さを計ってみた。 顕微鏡でなければ見えないような微細な根毛まで正確にカウントする。そして鉢の中にライ麦がどれほど根を張り巡らせて、小さなその命を支えて来たかを計算した。 すべての根の長さを合計したところ、その総延長は、何と一万一千二百キロに達したということです。 鉢の中に隅々まで張り巡らされた根。一本のライ麦が生きるために歯、気の遠くなるような根の営みがあったのです。 その細い根から鉄分や、水分やカリウム、その他もろもろの成分を吸い上げ、ライ麦の命が支えられていたのです。 その麦に、実がたくさんついていないじゃないかとか、形が貧弱じゃないかとか、文句をつけることができるでしょうか。 生きるということは、それほど大変なことなのです。一本の「ライ麦が4ヶ月生きるだけに1万1千2百キロの根。 人間が生きるために、その身体は麦に比べると、途方もなく大きいのです。そして、食物、太陽の光、空気、水などを探るのではなく、愛情とか、希望とか、理想とか、様々な精神的なものも与えられて生きているのです。 目に見えない触手を、八方宇宙に伸ばし、張り巡らせ、眠っている間も身体は働き、免疫の体系は休みなく運動し、脳も、一本の髪の毛も必死で生きているのです。 成功しようと、失敗しようと、満足していようと絶望しようと、今まで生きてきた、そして今日も生き、何とか明日も生きようとしていることに、心の底から拍手を送りたい!人は生きているだけでも価値があるのです。 そのような価値ある存在を永遠の天国に迎えるために、イエス・キリストは十字架の上で死んでくださった。その大きな愛が今日も豊かに注がれている。 生かされている、生きていることに限りなく感動を覚えつつ、今日もまた天国の一日です!と、与えられたいのちに心のどん底から感謝し、輝いて生きて生きたいものですね。伝道者の書12:7 ちり(人間の肉体)はもとあった地に帰り、霊はこれを下さった神に帰る。 12:7 やがて、ちり(人間の肉体(は元の地に帰り、たましいは、これを授けてくださった神様のもとに帰ります。 ヘブル人への手紙10:32 初めてキリスト様を知ったころの、祝福されたすばらしい日々を、いつまでも忘れないようにしなさい。 また、死ぬほどの苦しみに会いながらも、主と共に戦い抜いてきた事実を、いつも心にとめていなさい。 10:33 時には、あなたがた自身があざけられたり、打ちのめされたりもしました。 また時には、同じ苦しみをなめている人たちに、心からの同情を寄せたりしました。 10:34 牢獄に捕らわれの身となった人たちと共に苦しみ、また全財産を奪われても、喜んで、それを耐え抜いた日々もありました。 その秘訣は、天にある、もっとすぐれたものを永遠に獲得できると、わかっていたからです。 10:35 このような、すばらしい祝福が待っているのですから、どんなことがあっても、主を信じ続けなさい。 やがて主から受ける報酬を、いつも思い起こしなさい。 10:36 神様の約束されたものを、そっくりいただきたいと願うなら、神様の御心を、忍耐強く実行しなければなりません。 10:37 キリスト様のおいでになる日が、これ以上遅れることはありません。 10:38 信仰によって、神様の前に正しいと認められた人たちは、どんなことででも主を信じ、信仰によって生きなければなりません。 しりごみするような人を、神様は喜ばれません。 10:39 しかし私たちは、神様に背を向けたり、みじめな結果を見たりしたことは、これまで一度もありませんでした。 かえって、神様を信じる信仰が、たましいの救いを確実にしてくれるのです。
2008/11/16
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一笑一若!か、反対の一怒一老!か・・・・。 今日は七五三の祝いの日。子ども達が可愛く美しいのは、その無邪気はほほえみと笑顔があるあるからです。 教会に出席する家族にも適応する子どもが今年はたくさんいます。真の神の愛をいっぱい受け、知恵も増し加わり背丈も伸びて、愛されつつ伸びやかに成長するように祈っています。 孫もその年齢になり、昨日の朝もおじいちゃん!輝く笑顔で飛びついてくる。めったに会えないがそのほほえみに、優ちゃん!可愛いねと自然とほほえみの中で抱き上げる。 日本中の子どもたちの上に、幸多かれと祈る朝もまた天国の一日です!笑顔の咲き方5段階一分咲き モナリザの微笑=周りの気分を和ませる五分咲き ちょっとおすまし品の良い笑顔七分咲き セールス用笑顔八分咲き お会いできて嬉しい! 嬉しくってたまらないということを顔全体で表現する笑顔満開 おかしくって、嬉しくってたまらない感じの笑い方 今日もまた天国の一日です!大きな喜びと輝きの中で、すべてのことに感謝して、笑い飛ばして前進です。ハレルヤ。感謝します。 箴言 15:1 柔らかな答えは憤りを静める。 しかし激しいことばは怒りを引き起こす。 15:2 知恵のある者の舌は知識をよく用い、 愚かな者の口は愚かさを吐き出す。 15:3 【主】の御目はどこにでもあり、 悪人と善人とを見張っている。 15:4 穏やかな舌はいのちの木。 偽りの舌はたましいの破滅。 15:5 愚か者は自分の父の訓戒を侮る。 叱責を大事にする者は利口になる。 15:6 正しい者の家には多くの富がある。 悪者の収穫は煩いをもたらす。 15:7 知恵のある者のくちびるは知識を広める。 愚かな者の心はそうではない。 15:8 悪者のいけにえは【主】に忌みきらわれる。 正しい者の祈りは主に喜ばれる。 15:9 【主】は悪者の行いを忌みきらい、 義を追い求める者を愛する。 15:10 正しい道を捨てる者にはきびしい懲らしめがあり、 叱責を憎む者は死に至る。 15:11 よみと滅びの淵とは【主】の前にある。 人の子らの心はなおさらのこと。 15:12 あざける者はしかってくれる者を愛さない。 知恵のある者にも近づかない。 15:13 心に喜びがあれば顔色を良くする。 心に憂いがあれば気はふさぐ。 15:14 悟りのある者の心は知識を求めるが、 愚かな者の口は愚かさを食いあさる。 15:15 悩む者には毎日が不吉の日であるが、 心に楽しみのある人には毎日が宴会である。 15:16 わずかな物を持っていて【主】を恐れるのは、 多くの財宝を持っていて恐慌があるのにまさる。 15:17 野菜を食べて愛し合うのは、 肥えた牛を食べて憎み合うのにまさる。 15:18 激しやすい者は争いを引き起こし、 怒りをおそくする者はいさかいを静める。 15:19 なまけ者の道はいばらの生け垣のよう。 実直な者の小道は平らな大路。 15:20 知恵のある子は父を喜ばせ、 愚かな者はその母をさげすむ。 15:21 思慮に欠けている者は愚かさを喜び、 英知のある者はまっすぐに歩む。 15:22 密議をこらさなければ、計画は破れ、 多くの助言者によって、成功する。 15:23 良い返事をする人には喜びがあり、 時宜にかなったことばは、いかにも麗しい。 15:24 悟りのある者はいのちの道を上って行く。 これは下にあるよみを離れるためだ。 15:25 【主】は高ぶる者の家を打ちこわし、 やもめの地境を決められる。 15:26 悪人の計画は【主】に忌みきらわれる。 親切なことばは、きよい。 15:27 利得をむさぼる者は自分の家族を煩わし、 まいないを憎む者は生きながらえる。 15:28 正しい者の心は、どう答えるかを思い巡らす。 悪者の口は悪を吐き出す。 15:29 【主】は悪者から遠ざかり、 正しい者の祈りを聞かれる。 15:30 目の光は心を喜ばせ、 良い知らせは人を健やかにする。 15:31 いのちに至る叱責を聞く耳のある者は、 知恵のある者の間に宿る。 15:32 訓戒を無視する者は 自分のいのちをないがしろにする。 叱責を聞き入れる者は思慮を得る。 15:33 【主】を恐れることは知恵の訓戒である。 謙遜は栄誉に先立つ。
2008/11/15
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破顔一笑=幸せで健やかに! 先週、テレビのドラマで、エドはるみという喜劇タレントのドラマを見ました。 彼女は、1988年に円・演劇研究所を卒業し、以降女優(主に舞台女優)として活動しました。またその一方で、マイクロソフト公認の資格(MOT=Microsoft Official Trainer)を取り、コンピューターインストラクターと、携帯電話の大手電気通信事業内で、マナー講師の仕事をしていたそうです。 それはすべて1年に一回のひとり芝居を公演するため、資金作りのために必死努力でした。 辛いことや苦しいことが溜まると、机の前に座って悩み悲しむ時間をセットし、その時間が過ぎると姿見の前で破顔一笑、劇の練習をしながらの売れない俳優の日々でした。 あるとき、人を笑わせ楽しくするのがほんとうの自分だと気づき、吉本喜劇の東京NSC11期を2006年5月に皆勤で卒業。それから喜劇タレントとして大ブレイク。本人主演のドラマで、その生き様、特に羞恥心をかなぐり捨てて、観客に笑いを提供するすがたに感動しました。 「悲しいしいこと、辛い事や嫌な事があったら、鏡を見ること。そして笑って御覧なさい。その中にいるもう一人のあなたが、あなたに微笑みかけるとき、あなたの心は明るい笑いで満たされるでしょう」 闇にほほえみ 嵐にほほえみ 不安にほほえみ 恐れにほほえみ 苦しみにほほえみ 悲しみにほほえみ 信仰のほほえみの山の上に 希望の太陽は明るく昇る 河野進詩篇35:27 私の義を喜びとする者は、 喜びの声をあげ、楽しむようにしてください。 彼らにいつも言わせてください。 「ご自分のしもべの繁栄を喜ばれる【主】は、 大いなるかな」と。 35:28 私の舌はあなたの義とあなたの誉れを 日夜、口ずさむことでしょう。36:5 【主】よ。あなたの恵みは天にあり、 あなたの真実は雲にまで及びます。 36:6 あなたの義は高くそびえる山のようで、 あなたのさばきは深い海のようです。 あなたは人や獣を栄えさせてくださいます。【主】よ。 36:7 神よ。あなたの恵みは、なんと尊いことでしょう。 人の子らは御翼の陰に身を避けます。 36:8 彼らはあなたの家の豊かさを 心ゆくまで飲むでしょう。 あなたの楽しみの流れを、 あなたは彼らに飲ませなさいます。 36:9 いのちの泉はあなたにあり、 私たちは、あなたの光のうちに光を見るからです。
2008/11/13
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昨夜から韓国より、IT専門の牧師来日。今年で8回目の生駒聖書学院IT研修会です。その間、フイリッピンや中国、台湾、韓国の大学や軍隊などでIT研修会を行なっている、IT研修で引っ張りだこの牧師です。 今日もまた天国の一日です!ハレルヤ。あなたならどうする 志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです。いつまでも主に信頼せよ。ヤハ、主は、とこしえの岩だから。(イザヤ26:3-4) 私は鹿児島県の種子島の出身です。鉄砲伝来の島として有名な所で、最近はロケットの基地としても知られています。そんな種子島のことが、『日本の島々』という本の中に書いてありました。 近ごろは少なくなりましたが、私の子どものころ、種子島には本当によく台風が来ました。台風銀座と呼ばれたくらいです。屋根が飛んだり、家が倒れたりで大変でした。しかしこの台風、多くの被害をもたらしもしたのですが、益とすることもまた、多くあったのです。 たとえば、種子島の沿岸では、アワビとか海老、磯の魚がたくさん捕れるのですが、最近はそういった海産物が小さくなったというのですね。なぜかと言うと、台風が来なくなったからだそうです。台風が来ると、激しい風と波が磯の岩や石を動かし、ひっくり返します。そして、磯の魚やアワビや貝のえさとなるプランクトンや海草が、毎年新鮮になり、多くなるのですね。だから、台風は豊かな生命と食糧をもたらしていたのです。有難くないと思われていた、迷惑がられていた台風も、実は必要なものだったというわけです。 私たちの人生にも、あまり歓迎したくない出来事が多く起こってきます。いや、ひょっとすると、そんな出来事ばかりかもしれません。「ああ、こんなことがなければ・・・・・・」とか、「あんな目に遭わなければ今ごろは・・・・・・」と考えている人が大勢いるのではないでしょうか? しかし、できると信じる人、できると考えることのできる人は、どのようなことの中にも、必ず道を見いだすものです。 私が院長をしている生駒聖書学院の卒業生で、現在は長野県で牧師をしておられる伊藤正明先生のあかしです。 彼は山登りが好きで、よく山へ出かけました。「なぜ山に登るのか。そこに山があるからだ」とは有名な言葉ですが、彼になぜ山に登るのかと尋ねると、「祈るためです。神様を賛美するためです」と答えます。 ある時、谷川岳に登りました。頂上を極め、そこで思い切り賛美歌を歌い、祈りました。快い気持ちで下山を始めたのですが、ふと近道をしようという気になりました。今までそんなことはなかったのですが、その日は魔が差したというのでしょうか。ところが脇道に入ってしまい、ついに谷川岳で迷ってしまいました。「川沿いに下れば何とかなる」と思った彼は、とにかく谷へ谷へと下りていきました。しかし、ある小さな滝の所を下りようとした時、つかんでいた草が抜けて、まっさかさまに落ちてしまったのです。死ぬと思ったそうですが、背中の荷物がクッションとなって、九死に一生を得ました。 落ちた所は岩棚の上でした。上にも下にも横にも行けません。彼はそこでもう死ぬ以外にないと考え、絶望状態に陥りました。しかし、そこはクリスチャン、どうせ死ぬなら、助からぬなら、思い切り神様を賛美しようと、力のかぎりほめ歌ったのです。歌っているうちにだんだん勇気と力がわいてきて、冷静に周りを見ることができるようになりました。そして泥だらけ、傷だらけになりながら、絶壁を横伝いに登り、やっと助かったのです。 絶望して座り込むならば、何の解決もありません。けれども、神様に祈り、賛美する時、いつも新しい能力が与えられます。そして不思議なことですが、解決の道が見えてくるから感激です。 立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。 (イザヤ30:15) あなたに激しく襲いかかってきている台風のような問題、あるいは絶望の淵こそが、実は、あなたの人生に大きな可能性を、幸せをもたらすチャンスの時となるのです。 今日、いかがですか?イエス・キリストのすばらしい十字架の救いを体験してみませんか?すべてが可能となるのです。ピリピ人への手紙4:9 私から学んだこと、その行動から教えられたことがあれば、みな実行しなさい。 そうすれば、平和の神が、共にいてくださいます。 4:10 あなたがたが、また助けてくれるようになって、どんなに感謝し、また、主を賛美しているか知れません。 あなたがたはいつも、できるかぎりのものを私に送ろうと心がけていたのに、機会に恵まれなかったのです。 4:11 生活に困っていたから、こう言うのではありません。 私は、物が豊富にあろうとなかろうと、楽しく生きていくすべを学びました。 4:12 文なしの時にも、何でもそろっている時にも、どのように生活すべきか知っています。 満腹の時にも空腹の時にも、豊かな時にも貧しい時にも、どんな境遇でも満足する秘訣を身につけたのです。 4:13 なぜなら、力を与え、強めてくださるキリスト様に助けられて、私は、神様の要求を、何でも成し遂げることができるからです。 4:14 しかし、それにしても、よくぞ今、困難な状況下にある私を助けてくれました。 4:15 よくご存じのとおり、キリスト様についての良い知らせを携え、初めてあなたがたを訪問した私が、その後マケドニヤを離れて他の地方に向かった時、物をやり取りして協力してくれたのは、あなたがたピリピの教会だけでした。 ほかに、そんな教会はありませんでした。 4:16 テサロニケ滞在中でさえ、二度までも、物資を援助してくれました。 4:17 贈り物を感謝するのはもちろんのこと、何よりもうれしいのは、その親切な行ないのゆえにあなたがたが受ける、豊かな報いのことです。 4:18 今のところ、必要な物は何でもそろっています。 それどころか、必要以上に満たされています。 エパフロデトにことづけてくれた贈り物をいただいて、十分すぎるほどです。 その贈り物は、神様が喜んで受け入れてくださる、香ばしいかおりの供え物です。 4:19 この神様は、キリスト・イエスが成し遂げてくださったことに基づいて、ご自身の栄光の富の中から、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださる方です。 4:20 父なる神に、栄光が、とこしえに限りなくありますように。 アーメン。
2008/11/13
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書斎の窓は東側にあり、さえぎるものが何もなく、生駒市と奈良市の境にある矢田丘陵から朝日が輝きます。 金曜日より昨日まで小雨や曇りが続き、寒さも少し加わりでしたが、今朝はスカッと青空が広がり、久しぶりの上天気です。 晴天であれ、雨が降ろうと曇ろうと、今日もまた天国二一日です!と声を上げ、元気で起きだします。しかし、スカッと晴れ上がった日は、今日もまた天国の一日です!の告白も、さらに元気が出てきます。 教室は今日もJ-HOUSEの飯田克弥牧師の元気な講義です。2歳になる前の息子が二人います。元気がいっぱいで大変だと嬉しそうに話してくれました。 孫も満1歳になり、歩けるようになりパパもママも二人の姉たちも目を離すことができないこの頃です。すべての子ども達が、這えば立て、立てば歩めの親心で、愛をいっぱい受けて成長してきました。 身体の成長だけではなく、心の成長ももっと素直に健やかに育つ子どもであるように祈ります。マルコの福音書10:13 さて、イエスにさわっていただこうとして、人々が子どもたちを、みもとに連れて来た。ところが、弟子たちは彼らをしかった。10:14 イエスはそれをご覧になり、憤って、彼らに言われた。「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。10:15 まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、入ることはできません。」10:16 そしてイエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。
2008/11/12
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月曜日は聖書学院スタートの日。午前中チャペルやオリエンテーション。二教科(人間学と説教学)の講義。家内は出かけているから、家でしっかりと昼食を食べ終わると携帯が鳴り、いっしょに食事をしながら面談希望・・・・。いま食べたばかりと返事をしようと思ったが、そうするとお会いできない。夕食代わりにと決断し、生駒駅前近鉄デパートのレストランに出かけました。 とんかつが食べたいとのこと。結局できるだけ簡単なメニューを注文し、いっしょに昼食?(夕食)を感謝していただき、雑談のも話しが弾み、夕方5時頃にご馳走様。 駐車場でお金を払おうと思い、財布を忘れたことを思い出し、大急ぎでレストランへ。行ったり来たりで、ゆとりの一万歩にいつのまにかなっていたので感謝! 今日は、J-HOUSEの飯田克弥牧師集中講義。元気な声で宣教・教会成長論を講じて下さるので、神学生一同も大喜びで授業に集中の今日と明日です。 今日もまた天国の一日です!と、早朝より猛声祈祷、チャペルなどと元気で過ごしています。祝福をお祈りします。ハレルヤ!詩篇84:1 天の神様。 あなたの神殿の美しさには、全くほれぼれいたします。 84:2 この神殿の内庭に入り、生ける神様のおそば近くに出ることを、私は夢にまで見ているのです。 84:3 雀やつばめでさえ、祭壇の回りに巣を作らせてもらい、ひなを育てています。 天の神様。私の王様。 84:4 神殿に住めて、常にあなたを賛美できる人は、なんと幸せなことでしょう。 84:5 神様から力をいただき、神様に従って歩むことを最優先したいと願う人は幸いです。 84:6 そんな人には、涙の谷も、祝福のわき出る泉となるでしょう。 84:7 彼らはいよいよ溌剌としてシオン(エルサレム)に向かい、一人ずつ呼ばれて、主にお目どおりを許されるのです。 84:8 ああ神様、私の祈りを聞いてください。 84:9 私たちを守る盾であられる神様、あなたが油を注いでお立てになった王をあわれんでください。 84:10 あなたの神殿で過ごす一日は、よそで過ごす千日よりもすばらしいのです。 悪の宮殿に住むよりは、神の家の門番になりたいと思います。 84:11 神様は、私たちの光であり、守り手であるからです。 神様は恵みと栄光を下さる方であり、ご自分の道を歩む者に、良いものを出し渋ったりはなさいません。 84:12 天の神様に信頼する人は幸いです。
2008/11/11
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日曜日の礼拝は、朝9時、10時、午後2時、5時30分と4回続きます。午前中2回は聖書学院。昼食後に車で大阪市浪速区(新世界西入り口前)の大阪エリムへ。昨日は母親を誘ったり、友人を案内したりで新し方が4名も出席、キリスト教野「拝参加は初めての方ばかりでした。 落ち着いていっしょに歌ったり、メッセージにうなづきながら聞いてくださり、雪よりも白くの冊子も喜んで読んで見るとのこと。 メッセージは、イエス・キリストの名前以外に救いはない!(使徒の働き 4:12 この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」 イエス・キリストの御名は、天地万物の上にある絶対権威のお名前です。 イエス・キリストの名によって、救われます。 イエス・キリストの名によって、いやされ健康になります。 イエス・キリストの名によって豊かに祝され幸せになります。 イエス・キリストに名によって悪魔・悪霊に勝ち、勝利の日です。 イエス・キリストの名によって、永遠のいのちを与えられ天国に行くことができます。 イエス・キリストに名を使う権威を与えられているのがクリスチャンの特権です。 「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と宣言しました。 そして、一度も歩いたことの彼の右手を取って立たせました。男は、すたすた歩き始めました。 二人が宮に入ると、男も跳んだりはねたりして、神を賛美しながらついて行きます。 中にいた人たちは、神を賛美しながら歩いている男を、じろじろながめました。 どうしたことでしょう。 いつも「美しの門」で見かける、足の悪いこじきではありませんか。 だれもかれもびっくり仰天、たまげ返るばかりです。 ぺテロは集まった人々に言いました。「イエス・キリストのお名前の力で、この人は治ったのです。 彼の足が以前どんな状態だったかは、ご存じのとおりです。 神様から与えられた、イエスの名を信じる信仰によって、彼は完全に治ったのです」 今日も、イエス・キリストの名によって自立する人々が、全世界で起こされています。 イエス・キリストを信じることは、座り込んでだれかが何かをしてくれることを待つことではありません。イエス・キリストのお名前によってチェンジし、チャレンジする人生を生きることなのです。 今日もまた天国に一日です!と宣言し、イエス・キリストの名前によって勇気を与えられ前進しましょう。ヨシュア記1:5 あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセとともにいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。 1:6 強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ。 1:7 ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行え。これを離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためである。 1:8 この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。 1:9 わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、【主】が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」
2008/11/10
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牧師の土曜日は礼拝の準備の日ですが、午前中大切な面談。昼食を終え書斎にこもるが眠たい!まだ歩いていなかったので、小雨の中を生駒駅まで出かける。 1ヶ月前に駅5分ほどの所にあるマンションに、先輩牧師が移転していたので、駅前のデパートでお菓子を買い訪ねる。ベルを押したが応答がなく、ドアにお菓子を下げて帰ろうと思ったが、もう一度ベルを押すと奥様の返事があり、中へ招かれました。 元旦の誕生日で82歳になるとのこと。まだまだお元気で礼拝は自宅を解放して信徒の方とともに守っている。昨日も先ほどまで一時間に一本のバスに乗り、市内の末期がんのクリスチャンを見舞ってきたとのこと。帰りは停留所を二つほど歩いてバスで帰って来たと元気そうに話してくれました。 牧師は何歳になって魂とのふれあいで元気に活動できると思った。アルバムを本棚から引き出し広げ、何の写真だろうと覗き込むと、何と牧師の出身と鹿児島県・喜界島の「航空写真でした。島全体とともに各集落がきれいに移っており、これが生家と指差すと喜界高校の連接地にその家がはっきり写っていました。 しばしの歓談を終えての帰り道、大きな家がなくなり三軒の造成地になっているところを通り、小雨の中震えながら客町の不動産社員に挨拶。 テントに招かれ、客ではないよ。牧師で散歩中と前もって言うが、三つの造成地(80坪、90坪、100坪)の売価を教えてくれた。 特に、角地の一番大きい土地は、前に何もない高台で東、南、西に面し、朝日をいっぱい受ける最高地。生駒駅まで徒歩8分の至便の場所。土地だけで5000万円とのこと。しっかり話を聞き終わり、天国に家があるから買わなくてもいいんですよ!と言うと、24歳の社員さん、びっくりした顔で何の意味ですか?と問う。 種子島でクリスチャンのなり・・・・と、神の愛、人間の罪、イエス・キリストの十字架と復活、アーメンと言えば救われることを話した。握手して仕事の祝福を祈るとアーメンと応答してくれたので、イエス・キリストを心に迎える祈りをいっしょにすることができました。 そこから2000歩、急いで家に帰り車でだと3分、そこへ新約聖書と雪よりも白くの小冊子を届けることができ、小雨の中での幸いなひとときでした。 アーメンの意味を始めて知りました!と、喜んでくれた24歳。イエス様の救いを日本全国に知らせたい思いとともに、今日ももまた天国の一日でした!と、感謝の土曜日。熟睡の目覚めも、今日もまた天国の一日です!感謝しますでスタートです。ハレルヤ。使徒の働き3:1 ペテロとヨハネは午後三時の祈りの時間に宮に上って行った。3:2 すると、生まれつき足のなえた人が運ばれて来た。この男は、宮に入る人たちから施しを求めるために、毎日「美しの門」という名の宮の門に置いてもらっていた。3:3 彼は、ペテロとヨハネが宮に入ろうとするのを見て、施しを求めた。3:4 ペテロは、ヨハネとともに、その男を見つめて、「私たちを見なさい」と言った。3:5 男は何かもらえると思って、ふたりに目を注いだ。3:6 すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言って、3:7 彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、3:8 おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりといっしょに宮に入って行った。3:9 人々はみな、彼が歩きながら、神を賛美しているのを見た。3:10 そして、これが、施しを求めるために宮の「美しの門」にすわっていた男だとわかると、この人の身に起こったことに驚き、あきれた。3:11 この人が、ペテロとヨハネにつきまとっている間に、非常に驚いた人々がみないっせいに、ソロモンの廊という回廊にいる彼らのところに、やって来た。3:12 ペテロはこれを見て、人々に向かってこう言った。「イスラエル人たち。なぜこのことに驚いているのですか。なぜ、私たちが自分の力とか信仰深さとかによって彼を歩かせたかのように、私たちを見つめるのですか。3:13 アブラハム、イサク、ヤコブの神、すなわち、私たちの父祖たちの神は、そのしもべイエスに栄光をお与えになりました。あなたがたは、この方を引き渡し、ピラトが釈放すると決めたのに、その面前でこの方を拒みました。3:14 そのうえ、このきよい、正しい方を拒んで、人殺しの男を赦免するように要求し、3:15 いのちの君を殺しました。しかし、神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。私たちはそのことの証人です。3:16 そして、このイエスの御名が、その御名を信じる信仰のゆえに、あなたがたがいま見ており知っているこの人を強くしたのです。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの目の前で完全なからだにしたのです。
2008/11/09
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一昨日より雨になり、今朝もふり続けている生駒です。北海道は雪、沖縄は昨日30度を越える真夏並みの暑さとニュースは報じていました。 生駒もいつもより寒さを感じ、霧にかすむ生駒山麓の銀杏やケヤキの黄葉が、回りを明るくするような朝です。 いつもより遅い目覚めで、今日もまた天国の一日です!と起き、家内といつも同じ時間の朝食。新聞の一面に、パナソニックが三洋を買い取り世界第二の電機会社にとの記事が踊っています。 その一方でトヨタが7割減収のニュースも・・・・。明るいニュースは、アメリカ次期大統領オバマのこと。アメリカ建国以来、初めての黒人大統領の文字や声が躍っている。 福井県小浜市の熱狂もテレビで報じられ、新聞にはオバマ次期大統領が小浜市を知っていると語ったとのこと。 日本も変化を求めて熱狂する日が来るのだろうか?と祈りつつ思う日々です。 メールにクリスマスイブ・コンサートの歌手、上原令子さんのプロフィールが入ってきた。そのほかの方にも返事を書いたり、相談に応じたりで朝の時間が飛ぶように過ぎていく。テレフォンメッセージも語ったり・・・・。 今日もまた天国の一日です!この日は主が造られた日である。この日を楽しみ喜ぼう!ピリピ人への手紙 4:10 私のことを心配してくれるあなたがたの心が、このたびついによみがえって来たことを、私は主にあって非常に喜びました。あなたがたは心にかけてはいたのですが、機会がなかったのです。 4:11 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。 4:12 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。 4:13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。 4:14 それにしても、あなたがたは、よく私と困難を分け合ってくれました。 4:15 ピリピの人たち。あなたがたも知っているとおり、私が福音を宣べ伝え始めたころ、マケドニヤを離れて行ったときには、私の働きのために、物をやり取りしてくれた教会は、あなたがたのほかには一つもありませんでした。 4:16 テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは一度ならず二度までも物を送って、私の乏しさを補ってくれました。 4:17 私は贈り物を求めているのではありません。私のほしいのは、あなたがたの収支を償わせて余りある霊的祝福なのです。 4:18 私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です。 4:19 また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。 4:20 どうか、私たちの父なる神に御栄えがとこしえにありますように。アーメン。
2008/11/08
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昨日は、神学生たちのピクニック。予定を変更して昨日になったので、雨を心配したが雨なら雨で心配しない方が良いとアドバイス。奈良公園での一日を満喫して、今朝も早くから祈りの声を上げていました。 今日のチャペルメッセージは、ヨハネの福音書16章20節ー22節より、奪われることのない喜びと題して15分語る。 神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びです。イエス・キリストは十字架の上で全人類の全ての罪を背負い、贖いの死を遂げました。墓に葬られましたが3日目に復活し、今も聖霊により信じる者の心の中に住んでいてくださいます。この奥義は私たちの内におられるキリスト、栄光の望ですと聖書にあるとおりです。 聖霊が内住しいつも平安と喜びを与え続けてくださいます。どのような悲しみも喜びに変わる前向きの人生を経験できる幸い!感謝です。 喜びが持続する秘訣は、イエス・キリストの名によって祈ることです。祈ると喜びが満ち溢れると聖書は約束しています。 勝利のあるところに喜びがあります。アメリカ大統領選挙でオバマが勝利しました。シカゴだけでなくアメリカ全土だけでなく、父親の生地ケニアの村でも喜びのダンスの輪が広がっていました。 人生のチャンピオンになる幸い。喜びの連続です。 また、喜びは人に与えるときさらに倍化します。まわりの方々に喜びの笑顔や声をかけ続けたいものです。 今日もまた天国の一日です!と、天国の喜びの中を前進しましょう。ヨハネの福音書16:19 イエスは、彼らが質問したがっていることを知って、彼らに言われた。「『しばらくするとあなたがたは、わたしを見なくなる。しかし、またしばらくするとわたしを見る』とわたしが言ったことについて、互いに論じ合っているのですか。 16:20 まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたは泣き、嘆き悲しむが、世は喜ぶのです。あなたがたは悲しむが、しかし、あなたがたの悲しみは喜びに変わります。 16:21 女が子を産むときには、その時が来たので苦しみます。しかし、子を産んでしまうと、ひとりの人が世に生まれた喜びのために、もはやその激しい苦痛を忘れてしまいます。 16:22 あなたがたにも、今は悲しみがあるが、わたしはもう一度あなたがたに会います。そうすれば、あなたがたの心は喜びに満たされます。そして、その喜びをあなたがたから奪い去る者はありません。 16:23 その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねません。まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが父に求めることは何でも、父は、わたしの名によってそれをあなたがたにお与えになります。 16:24 あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。
2008/11/07
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昨日は、12月のラジオ放送希望の声録音でスタジオへ行く途中、車の中でアメリカ大統領選のニュースを聞きながらでした。 共和党のマケインが敗北宣言を10分間演説し、その冒頭でオバマ候補を称賛するスピーチに、本来の立派な議員マケインに戻ったと解説者がコメント。選挙中はなりふりかまわずオバマを攻撃したと説明。 それからしばらくして、シカゴの広場に集まって7万人を前に勝利宣言をするオバマ新大統領が登場。約15分間の格調高い演説でした。 アメリカでは、すべてが可能であることを疑い、民主主義の力に疑問を呈する人がまだいるなら、今夜がその答えだ。 今度の選挙は違うと信じて、投票所に並んだ人々の列が答えだ。 老いも若きも、共和党支持者も民主党支持者も、黒人も白人も、健常者も障害者も、すべてが出した答えだ。 我々はアメリカ合衆国(の一員)なのだ。 最後は、大統領選挙で有名になったことば、Ydees!We ara can! の声に包まれていた。 来年1月の就任が待たれるが、歴史的な瞬間を聞けたことは幸いでした。変革を世界が待望しています。 と同時にまた日本も変革のときを必要としています。ほんとうに国民を愛し、国を愛する政治家を選挙で選びたい者です。 特に、平和憲法を守る政治家がたくさん選出され、憲法に従う首相が登場することを心より祈りたいものです。 今日もまた天国に一日です!と感謝しつつのスタートです。 今日は学期に一度の神学生ピクニックの日です。講師の関係で今日に変更したので、雨だったらどうしようと心配する者もありましたが、何も心配しないでいいよと答え続けました。 薄曇りの朝でしたが太陽も輝き、奈良公園に行くので最高の天気になりました。家族寮の子どもたちにとっても楽しいときになるでしょう。詩篇23:1 主は私の羊飼いですから、必要なものはみな与えてくださいます。 23:2 -3主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれます。 傷ついたこの身を立ち直らせ、私が最高に主の栄光を現わす仕事ができるよう、手を貸してくださいます。 23:4 たとい、死の暗い谷間を通ることがあっても、こわがったりしません。 主がすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるからです。 23:5 主は敵の面前で、私のためにおいしいごちそうを備えてくださいます。 たいせつな客としてもてなしてくださったのです。 まるで、あふれんばかりの祝福です。 23:6 生きている限り、主の恵みといつくしみが、私についてきます。やがて、私は主の家に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう。
2008/11/06
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この頃は、少しずつへ冷え込みを感ずる生駒の朝です。今朝はステキな秋晴れの朝を朝の祈りとともに迎えました。 早朝のチャペルで、「心騒ぐとき」という副院長のメッセージを聞きました。騒ぐという感じは、馬と蚤と言う字が合わさっているとのこと。馬のように多き動物でも、飲みにちょっとでも刺されると痒くてたまらず騒いでしまうからとのこと。 人から見たらたいしたことはないと思われることでも、本人にとっては騒ぐ理由があるわけですね。 心騒ぐとき、どうしたらいいでしょうか? まず第一に、心騒ぐ事実を謙虚に認めることです。 第二に、心騒ぐことを祈ることです。 第三に、神のグッドタイミングを信じることです。 第四に、どんなときにも神の栄光が現れることを確信することです。 第五に、神のみことばを素直に信じて告白し、感謝することです。 イエス様は十字架を前に、「今わたしの心は騒いでいる。何と言おうか。『父よ。この時からわたしをお救いください』と言おうか。いや。このためにこそ、わたしはこの時に至ったのです。 父よ。御名の栄光を現してください。」そのとき、天から声が聞こえた。「わたしは栄光をすでに現したし、またもう一度栄光を現そう。」(ヨハネ12:27-28) ヨハネ14:1 「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。 14:2 わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。 14:3 わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。 14:4 わたしの行く道はあなたがたも知っています。」 14:5 トマスはイエスに言った。「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。」 14:6 イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。ヨハネ14:27 わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。 イエス・キリストを信じ、信頼して心騒がせず、今日もまた天国の一日です!と、平安に過ごし、夜の休みまえには、今日もまた天国の一日でした!と熟眠で過ごしたいものです。
2008/11/05
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昨日は学院教会バザーで盛況な一日でした。久しぶりに学院も休みで、くつろいだ一日で、よい出会いもありさいわいなときでした。お祈りありがとうございます。 早朝よりのお客様でブログは下記メッセージです。いつもお訪ね感謝します。今日もまた天国の一日です!ラジオ希望の声より・・・信じるとは 見よ。神は私の救い。私は信頼して恐れることはない。ヤハ、主は、私の力、私のほめ歌。私のために救いとなられた。 (イザヤ12:2) 私の心からの祈りと願いは、一人でも多くの方が神の愛とイエス・キリストの救いを体験し、幸せな人生を歩んでいただくことです。たった一度きりの人生です。不信仰や疑いに包まれて生きるのではなく、信じる喜びに輝く人生を体験なさってください。そして、地上だけで終わる人生ではなく、永遠のいのちをもち、天国に生きる人生を、あなたのものとしてください。 信じる人生は、幸福に輝く人生です。人生を灰色にするのも、バラ色にするのも、あなたがどう信じるかにかかっています。 信じる心は、神様が人間に与えてくださったすばらしい贈り物です。赤ちゃんは無心に母親を信頼します。あのつぶらな瞳、かわいい笑顔は信頼から生まれるのです。信じ合うところに安らぎがあり、喜びがあります。 人間の「信じる」という働きが正常に働かなくなるとおかしくなります。 ある若い奥さんの話です。傍目にもうらやましいほどの幸せな結婚生活でした。ご主人は申し分ない方で、職場にも恵まれ、地位も人望もあるし、給料も安定していました。若いのによくできた人と、だれからも尊敬され、奥さんを心から愛し、家庭を大切にする人でした。何も問題はなかったのです。 しかし、あるころから奥さんは、ご主人に愛人がいると思い込んでしまいました。そう思いはじめると疑心暗鬼です。少し帰りが遅くても、逆に機嫌よく帰ってきても、ともかく何もかもが浮気をしている証拠に思えてなりません。奥さんはご主人を信じることができなくなったのです。二人の間はだんだんおかしくなり、とうとう、ご主人は本当に浮気をしてしまいました。信じる働きが正常でなくなった一つの悲劇です。 大変残念なことですが、信じ合えないばかりに溝ができている夫婦・親子が大勢いるのです。不幸なことですね。 神は人間に「信じる」というすばらしい心をくださいました。レストランで食事をするのも、電車に乗るのも、何をするにも、信じる心があるから平安なのです。そして、信じる心が最も正常に働くのが、イエス・キリストを信じる時なのです。ちょうど磁石の針が真北を示すように、私たちが真の神を信じる時、人生のすべての問題は正常化していくのです。 では、どうすれば正常な「信じる心」をもてるのでしょうか? 第一に、信仰とは聞くことから始まります。イエス・キリストのことばを聞く時、信仰が芽生えます。 信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。 (ローマ10:17) 聖書を読む時、教会で聖書のことばを聞く時、心の中の信仰の針が動き出します。 第二に、イエス・キリストを信じることです。聖書を通して伝えられたキリストの救いを、素直に心に受け入れる時、救われます。 十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには神の力です。 (コリン人への第一の手紙1:18) 二〇〇〇年前にこの世界に生まれ、三十三歳の時、エルサレムで十字架にかかって死んだイエス・キリスト。十字架の上で血を流し、全人類の罪を、病気を、呪いを、貧しさを背負われたキリストを信じる時、私たちは救われるのです。 また、イエス・キリストは三日目に墓の中からよみがえり、今も生きていて、信じる者とともにいてくださる方です。キリストがあなたの人生に訪れてくださる時、あなたの知性も意志も感情も正しくされるのです。 信じる心は豊かさを生み出します。幸せをもたらします。積極的な、成功的な人生を与えられるのです。 イエス・キリストを信じる時、あなたの人生は変わります。あなたは知性的にも、感情的にも、意志的にも、全人格的に満ち足りることができます。満ちあふれるような幸いの中で生きるのです。そして、それは流れ出し、夫婦の関係、親子、隣人、職場にも、信じ合うまごころの輪を広げるのです。ヘブル人への手紙 11:1 信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。 11:2 昔の人々はこの信仰によって称賛されました。 11:3 信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。 11:4 信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得ました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だとあかししてくださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。 11:5 信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました。神に移されて、見えなくなりました。移される前に、彼は神に喜ばれていることが、あかしされていました。 11:6 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。
2008/11/04
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曇りの朝です。学院教会の若いママ隊が張り切って、昨日も礼拝が終わると残ってカレーをつくり、ケーキを焼いてバザーの準備をしていました。3年前のバザー以来ですので、先輩たちのアドバイスや協力で祈りつつ、いつの間にか出品も多く、生駒聖書学院周辺にチラシを配ったりでした。 幸い聖書学院は駐車場も広いので、家族連れの参加が多く来るだろうと期待しながらの今朝です。今日は何もすることはないけれども、美味しいカレー(300円)をいただきながら、初めて聖書学院敷地に来られる方々に挨拶をしたり、福音を語るチャンスも与えられるよう祈っています。バザーの収益の一部は、アフリカ・ケニアのパラダイス孤児院の子どもたちの支援に用いられます。もう設立14年目になりますが。50名の孤児たちを養育しています。来年もまた、この子どもたちを訪ねながら20年目のアフリカ宣教を予定しています。お祈りをお願いします。 今日もまた天国の一日です!感謝します。詩篇 133:1 見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、 なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。 133:2 それは頭の上にそそがれたとうとい油のようだ。 それはひげに、アロンのひげに流れて その衣のえりにまで流れしたたる。 133:3 それはまたシオンの山々におりる ヘルモンの露にも似ている。 【主】がそこに とこしえのいのちの祝福を命じられたからである。
2008/11/03
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主の祈りは、イエス・キリスト様が教えてくださった最高の祈りです。 世界中のクリスチャンたちは、目覚めの朝に、勤労の日々に、憩いの夜に、主の祈りをささげます。試練のときや迫害の嵐が吹きあれる時代でも、主の祈りが祈られなかった日はありません。 日曜日の礼拝の中でも、ことばを習い始めた幼児も含めて、主の祈りを高らかに祈ります。 エリムキリスト教会では、格調のある文語訳で祈りますが、新しい訳で祈る教会もあり、大阪弁(各方言)に訳された主の祈りもあります。主の祈り(文語)天にまします我らの父よ。願わくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。我らの日用の糧を今日も与えたまえ。我らに罪を犯すものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。我らを試みに会わせず、悪より救いいだしたまえ。国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。アーメン。主の祈り(日本キリスト教協議会統一訳)天の父よ み名があがめられますよう。み国が来ますように。 みこころが天で行われるように 地上でも行われますように。 わたしたちに今日も この日のかてをお与え下さい。 わたしたちに罪を犯した者を ゆるしましたから、 わたしたちの犯した罪を おゆるし下さい。 わたしたちを誘惑から導き出して 悪からお救い下さい。み国も力も栄光も とこしえにあなたのものだからです。 アーメン。主の祈り(英語)Our Father which art in heaven,Hallowed be thy name.Thy kingdom come,Thy will be done in earth,as it is in heaven.Give us this day our daily bread.And forgive us our debts,as we forgive our debtors.And lead us not into temptation,but deliver us from evil:For thine is the kingdom, and the power, and the glory, for ever. Amen.主の祈り(大阪弁)てんにいてはる わてらのおとうはん。たのんまっさかい、おなまえを あがめさしとくんなはれ。みくにを こさしとくんなはれ。あんさんが思わはるとおり、てんでなってるように、この地いでも、なるようにしとくんなはれ。わてらに毎にちの食べもんを おくんなはれ。わてらにわるいことしよるやつを わてらは赦しまっさかい、わてらのつみかて、赦しとくんなはれわてらをこころみにあわせんとあくから救い出しとくんなはれ国とちからとさかえとは、いつまでも あんさんのもんやさかい。イヤ、ホンマヤデエ!主の祈り(マタイの福音書)6:9 だから、こう祈りなさい。 『天にいます私たちの父よ。 御名があがめられますように。 6:10 御国が来ますように。 みこころが天で行われるように地でも行われますように。 6:11 私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。 6:12 私たちの負いめをお赦しください。 私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。 6:13 私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。』〔国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。〕 主の祈り(ルカの福音書) 11:1 さて、イエスはある所で祈っておられた。その祈りが終わると、弟子のひとりが、イエスに言った。「主よ。ヨハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください。」 11:2 そこでイエスは、彼らに言われた。「祈るときには、こう言いなさい。 『父よ。御名があがめられますように。 御国が来ますように。 11:3 私たちの日ごとの糧を毎日お与えください。 11:4 私たちの罪をお赦しください。私たちも私たちに負いめのある者をみな赦します。 私たちを試みに会わせないでください。』」
2008/11/02
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シドニーでサーファー用「防水聖書」登場10月31日16時24分配信 ロイター 10月31日、シドニーでサーファー用「防水聖書」が登場。写真は防水聖書を読みながら波乗りするサーファー(左)(2008年 ロイター/Daniel Munoz) [シドニー 31日 ロイター] 豪シドニー南部のクロヌラビーチで31日、サーファーが波乗りをしながら聖書を読む姿が撮影された。 聖書協会とキリスト教徒によるサーファー団体「クリスチャン・サーファーズ」は同日、「サーファーズ・バイブル」の新版を発表した。同聖書は、ファスナー付き防水カバーが施されたポケットサイズとなっている。
2008/11/01
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今日の昼食は,久しぶりに孫たちが久しぶりに来るので楽しみです。 下の孫は昨日が満1歳の誕生日。10月31日にパパはアメリカへ行っていたので、宗教改革記念日生まれなので、「一つの川が、この園を潤すため、エデンから出ており、そこから分かれて、四つの源となっていた。 第一のものの名はピション。それはハビラの全土を巡って流れる。そこには金があった。 その地の金は、良質で、また、そこにはベドラハとしまめのうもあった。 第二の川の名はギホン。それはクシュの全土を巡って流れる。第三の川の名はティグリス。それはアシュルの東を流れる。第四の川、それはユーフラテスである」(創世記2章)より、世界を潤す器となるように潤弥と名づけました。 真由、優由、潤弥たちが、真実の自由と優しさで全世界を潤すように、賢明で健やかな成長をと祈りつつの土曜日の朝です。 今日は家内は定例の手話教室世話役で昼ちょうどに帰るので、会社が休みの娘と二人で孫の誕生会の食事を用意したり、昼前に来る孫家族を迎える準備です。めったに自分で何もしないので、ケーキを会に行くだけかもしれないけれども・・・・。 お知らせです! 11月3日(祭日)午前11時ー午後2時まで、生駒聖書学院教会バザーです。若いママたちが一生懸命準備しました。美味しい自慢のカレーやケーキなど食事も用意されています。お近くの方お出かけください。 広い駐車場があります。ご家族でどうぞ! また、覚えてお祈りください。 収益はアフリカ・ケニアの孤児院の子どもたちへの支援にも用いられます。ヨシュア記24:14 今、あなたがたは【主】を恐れ、誠実と真実をもって主に仕えなさい。あなたがたの先祖たちが川の向こう、およびエジプトで仕えた神々を除き去り、【主】に仕えなさい。 24:15 もしも【主】に仕えることがあなたがたの気に入らないなら、川の向こうにいたあなたがたの先祖たちが仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のエモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、どれでも、きょう選ぶがよい。 私と私の家とは、【主】に仕える! 24:16 すると、民は答えて言った。「私たちが【主】を捨てて、ほかの神々に仕えるなど、絶対にそんなことはありません。 24:17 私たちの神、【主】は、私たちと私たちの先祖たちを、エジプトの地、奴隷の家から導き上られた方、私たちの目の前で、あの数々の大きなしるしを行い、私たちの行くすべての道で、私たちの通ったすべての民の中で、私たちを守られた方だからです。 24:18 【主】はまた、すべての民、この地に住んでいたエモリ人をも、私たちの前から追い払われました。私たちもまた、【主】に仕えます。主が私たちの神だからです。」
2008/11/01
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