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2023.04.19
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テーマ: 戦争反対(1189)
カテゴリ: 戦争と平和
松竹伸幸氏と鈴木元氏除名の件で共産党に対しては心底絶望している私ですが、共産党系(と世間一般には言われている)団体の末端の末端の、そのまた末端の役員をしていることもあり、党員、熱心な支持者、何人かの地方議員の知り合いもいます。(さすがに、国会議員の知り合いはいません)

そのため、長年票の半分を投じてきた政党を批判することには、わたしなりにかなり葛藤があり、私の主観としてはかなり批判のボルテージも抑制しているのですが、それでも許せない、という方から猛批判をいただきました。
ブログで主義主張を前面に出している以上、その主張に対する批判があるのは当然のことですが、味方、あるいはそう思っていた人と争うのは心楽しくないものです。いや、先方はとっくに、味方とも何とも思っていないのだろうということは承知していますけど。

さて、前置きが長くなりましたが、私が共産党に対して絶望したのは、松竹氏を除名した点についてのみ(鈴木氏もですが)です。共産党の主義主張に絶望したわけでは、必ずしもありません。
多分共産党中央、あるいは熱心な支持者は、松竹氏と共産党中央の主張は全面的に相いれないと考えているから除名した(あるいは除名に賛成)のでしょう。
しかし、他党の例を考えれば、辻元清美と泉健太と松原仁が同じ党にいるのが立憲民主党です。あるいは、かつて三木武夫や宇都宮徳馬と石原慎太郎などが同居していたのが自民党です。共産党中央と松竹氏の主張の隔たりが、それらの党より大きいとは、私には思えません。

そしてもちろん、松竹氏の主張がすべて正しく、共産党中央の主張がすべて間違っている、ということもないと私は考えています。逆(党中央の言い分がすべて正しく、松竹氏の言い分がすべて誤っている)もないと思っていますけど。
というより、どちらが正しくどちらが間違っている、という問題てはないでしょう。何に力点を置くべきか、何を重視するか、というのはかなりの程度主観、価値判断の問題であり、正解も不正解もありません。



さて、松竹氏と共産党中央の主張は全面的に相いれないわけではないはず、と書きました。
共産党は、現在でも天皇制の廃止、日米安保破棄、自衛隊の解散などを綱領に掲げています。が、それらの政策が実現できるとは、共産党自身も思ってはいないでしょう。実際、政権を取ってもそれらの綱領を強行などしないことは野党共闘路線以前から明言しています。
とりわけ、2015年に野党共闘路線にかじを切って以降、党固有のこれらの政策は野党共闘政権には持ち込まない、と言っています。言い換えれば政権を取るに際してはこれらの主張は凍結、あるいは棚上げするということです。
日米安保容認が右翼分子なら、日米安保容認の立憲民主党も右翼分子だし、共産党が全力で支援している沖縄県の玉城知事も、前任の故翁長知事も右翼分子、ということになってしまいます(玉城知事翁長知事とも、日米安保については容認を明言していた)。ということは、立憲民主党やオール沖縄と共闘して、政権獲得の暁には日米安保破棄の政策も凍結すると言っている共産党自体も右翼分子になるのではないか、という疑問は当然湧きます。

党固有の政策(主張)自体を変えることと、主張は変えないけれど棚上げすることの違いは、共産党中央やその熱烈支持者には大きいのかもしれませんが、外部からは大した違いには見えません。その程度の差で異論の持ち主を除名するのでは、むしろ「野党共闘に党固有の政策は持ち込まない」という言い分自体に疑念を抱かれることにもなりかねません。

共産党が宮本体制以来の、他党すべてを敵視する「確かな野党路線」から野党共闘に路線を変え、主要な共闘相手を安保容認の旧民主党系に定め、しかも政権を目指すと言い始めた時から、党固有の主張と政権の政策の二律背反は常について回り、今後もついて回る問題です。
野党共闘路線を捨てて、かつての一党孤立路線に戻るのであれば、その二律背反は解消します。玉城知事も安保破棄を目指せ、拒否するならオール沖縄からは脱退だと言えば、その時には、確かに松竹路線と党中央の路線は「相容れない」くらいの違いとなるでしょう。
しかし、その先に待っている未来は、絶望しかないのではないかと私は思います。

政権を目指す(政権の一角に参加するだけだとしても)と決めた以上は、現実と理想の折り合いをどうつけるか、という問題から逃げることはできません。どんなに理想的な政策を並べても、政権に就いた途端に、それを一つも実現できなかったとなれば、支持はあっという間に失望に変わります。
2009年にあれだけ大勝した旧民主党は、別に日米安保破棄とか自衛隊解体なんて革命的な政策を掲げていたわけではありませんが、「普天間基地の県外移設」という、実に控えめで穏健な主張すら実現することができず、それだけが理由ではないにしても、決して小さくはない要因となって、政権が崩れていきました。

さて、私は当ブログで以前より何度も書いてきたように、憲法第9条は日本にとって必要な規定である一方、自衛隊も日本にとって、少なくとも現在の国際情勢下において必要な存在であり、したがって自衛隊は合憲である、と考えています。私も、10代のころは単純に自衛隊は憲法違反だから解散すべき、と考えていたこともあるのですが、少なくとも20世紀の終わりころ以降はずっと、上記のように考え、主張もしてきました。


もっとも、後者の中立ということに関して言えば、この1年のロシアのウクライナ侵攻をみて、かなり動揺したことは事実です。
もちろん、日本はウクライナと違ってロシアとの間には海というものがあります。ロシアの海軍力はかなり弱いので、ウクライナに対して行ったような陸路大軍を送り込むことは不可能です。「ある日北海道にロシア軍が」などというのは妄想の類にすぎないわけですが、陸軍が大挙上陸してくるだけが戦争の形ではありません。航空攻撃もミサイル攻撃も戦争の形だし、潜水艦による海上交通破壊も戦争の形です。それでも、自衛隊に一定の防空能力と対潜水艦戦能力があれば排除できるとは思いますが、いずれにしてもロシアと(ほかの国でも同じですが)戦争になったら、経済へのダメージは極めて深刻なものが予想されます。
日米安保体制からの脱却を目指すべきという私の考えはそれでも変わりませんが、それに対する賛同が極めて少ない、ロシアの蛮行によって更に少なくなったことをひしひしと感じることもまた事実です。

前述のとおり、松竹氏は元々自衛隊は必要だが日米安保は脱却すべき、という主張の持ち主です。しかし、現在日米安保についても、容認に主張を変更しています。そこは、私も残念ですが、理由は分かります。
松竹氏もロシアのウクライナ侵攻を見て考えるところは多々あったものと思います。今日米安保破棄を言っても、とうてい実現など見込めない。ならば、核抑止抜きの日米安保容認という、日米安保のかなりの部分を骨抜きにしつつ名目的には維持する策を考えたのでしょう。それだって、毎日新聞の山田孝男特別編集委員(確かそうだったと思います)が「それも実現性はない」と書いていたくらいです。もし実現して日米安保が核抑止抜きの通常兵器だけの安全保障条約に変わったら、日本をめぐる国際関係には相当大きな変化が生じるくらいの大変なことです。それが「右翼分子」なら、世の中のほとんどのことは右翼分子だし、右翼分子ではない政策など、ほとんど実現不可能と言わざるを得ないことになります。


そうなったのは残念なことですが、その事態を招いたのはあくまでもプーチンの蛮行である以上、両国が中立を捨てたことは残念ではあるけれどやむを得ないものです。
で、NATO加盟を申請した政権はスウェーデンの社会民主労働党とフィンランドの社会民主党です。そして、両国の共産党の後身政党であるスウェーデンの左翼党、フィンランドの左翼同盟はNATO加盟に反対はしましたが、徹底的な反対はしていません。というのはスウェーデン左翼党は閣外協力、フィンランドの左翼同盟は連立政権の一員ですが、NATO加盟を決めた政権への支持を撤回したり、閣僚を引き上げて政権離脱はしていないからです。フィンランドは今月に入って総選挙で社民党が敗北したために下野することが決まりましたが。
松竹氏の主張が右翼分子だとすると、両国そして両国の社民党政権もまた右翼分子ということななりそうですが、本当にそうなのでしょうか。

もちろん、米国もまた、決して公平な平和の守護者などではありません。この国が過去の歴史でどれだけラテンアメリカ諸国、特に中米カリブの独立と経済的自立を奪ってきたかは、言うまでもありません。
しかしロシア(旧ソ連)が東欧諸国に対してに対してやってきたことでも同じです。
独善的な大国は、自国のシマと見做した近隣諸国を収奪します。それが米国にとってのラテンアメリカ、ロシアにとっての東欧です。だから、ラテンアメリカ諸国では反米感情が強いし、東欧諸国でも反露感情が強い。そして、近くの敵に対抗するために、遠くの大国に助けを求めるのも通例です。だから東欧諸国はロシアの圧迫に対抗するために米国の庇護を求めてNATOに加盟し、逆に米国の長い圧迫に苦しんだキューバは旧ソ連の友好国となって生き残りを図ったわけです。その生き残り策を批判できるものではない、と私は思います。

ただし、ここまで書いたことはすべて、「現下の国際情勢の元では」という注釈付きです。現下の国際情勢は永久不変ではありません。米国が永久に大国であり続けるとも、永久に日本の友好国であり続けるとも限りません。日米安保の必要性重要性は永久不変ではありません。だから、現下の国際情勢の下での政策転換の可能性を探っても実現不可能なことばっかりだから、国際情勢が激変した時に対応して新しい国の姿を目指す、という考え方もあり得るとは思います。もっとも、そのような場合でも自衛隊の必要性がなくなることは考えにくいのですが。

人間とは、実に業の深い存在です。殺し合いの道具をたがいに備えて「安全」を保障するのが現実的な政策だ、というのは、冷静に考えればある種の集団狂気としか思えません。かつては非武装中立が理想だと考えていた、今も心の奥にはその理想のかけらは存在する人間としては、「自衛隊は必要」などということには忸怩たる思いはあります。でも、人間の本質が変えられないものであるなら、その範囲内で準備を整えることは、悲しいけれど仕方がないのです。理想を守って滅ぼされるわけにもいかないですから。ただ、それは異常なことだという視点だけは忘れるべきではないと思いますが。





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最終更新日  2023.04.19 22:53:36
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