不思議の泉

不思議の泉

2014.08.11
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カテゴリ: イラスト詩




1.蜜の眼


 男から。
 女から。
 絡(から)からから、心が暴れているのだろう。
 女から。
 男から。

 「Mさんは、なんで僕にはキツクあたるんやろ。」
 「猫のしっぽよ。」


 女から。
 男から。
 絡(から)からから、心が妬けついているのだろう。
 男から。
 女から。

 私は知っている。知って、森のつい密かな入口に。うごめく風穴の声に今しも停まったといわんばかりの言うなれば過失のレンズのように。私は輐(まる)くしずかに嗤っている。

 彼女は私が知っていることを知らない。知らずに、光沢の鈍らされたささくれた赤を。その爪もかつてはとふと回想の眩い切れ端に脱け出してはみたものの。敢え無いのね、が口寂しくもある彼女。上背のある彼の湖(うみ)には彼女をうごめかせる水晶が浮かんでいるから絡からから。

 その映画館はもうすっぽりと。彼女のものになったのか担ったのが彼であっても。いつからいつまでの開館などという時計の針を確かめるだけの時間軸はこの際ふっと横切られただけで。チャイムも、ベルも、アラームも、もちろん論外なのは仕事メールがすし詰めされたのはいつからだったかを追う芽がのびず女(め)ばかりがのびること。それにしても、敢え無いわね、と無為なしっぽをひと振りする。彼女の映画館とは他ならない彼の瞳なのだから。

 斜め向かいの机の前で。トンネルの出口に密かな立眩みを待つような、浮きがちなけだし沈む目線の先に。私は彼女の知らない彼女を見ている。そして彼女はそのことを知らない。知らずに、彼の湖(うみ)に浮かぶ水晶のスクリーン。果てのない筋書きのないイメージを写しだし出し抜かれた彼女の現実が厭うほどに。どんなにか抱きしめられたい。




2.キス


 「男嫌いっつーか。」

 「あっ、まさか、それはアカンて、僕、ほんま彼女のこと苦手やし。」
 「そう言わずに、ね、週末、彼女も誘おうよ。」

 受診。
 処方箋。
 精神安定剤。

 お会計。
 安眠。

 疾苦を委ねられるS心療内科。人のほっそり湿った動きが吸いこまれる度に、ふっと視界にモスグリーンの丸帽子をかぶった建物が拡率される。扉はクリームいろの顔の口。フシギの扉が古い街の澱(おり)のような薄暮にもふわっと開かれるようにと殊更な拘りの建築デザインで、私の姉が自分のクリニックに童話作家であろうとした夢を実現させた現像。さながら幻像のように、半年ほど時を置いてうっとり佇む姿をあらわした建物はまだ初々しい。

 その日暮れ、ここのところ寝つけずに会社からハイヒールでも10分足らずのS心療内科を受診する、彼女。処方は1週間のお陰さまの2種類。ちりちりと脳内でスパークするあの映画館を薬に溶かし込むと安堵して眠れる、と彼女は時間を買う。買った時間はくつがえり靴が見つからなくても夢の神殿に昇れるのだからと。仄かなトキメキが壊してゆくものを厄介そうに彼女は懐いて。懐ききれなくて。

 「受診?…あなたも眠れないとか?」
 「あは、メッチャ寝過ぎだって叱られてます。ここの先生、私の姉なんです。」
 「お姉さん?ふふ、それもそうね、あなた悩みなさそうだもの。」
 「ま、よく言われます…そうだ、Mさん、キスはすきですか?」
 「キス…尻軽女って言いたいのかしら。失礼な子。」
 「あ、キス、魚のほうです。週末、浜で投げ釣りするので、Mさんも来られませんか?」
 「よすわ、日焼けしそうだし、第一、釣りなんてしないし、私。」
 「Mさんはお客さんしてて下さい。釣れたらT君のお兄さんが調理してくれるので。」
 「T君のお兄さん?砂浜で天ぷら?」
 「あ、いえ。T君の家、浜からすぐなんです。キスのお刺身もメッチャおいしくって。」
 「私、遠慮するわ。お兄さんと面識ないし、T君のことだってよく知らないし。」
 「お兄さんも釣り仲間も気さくで、皆、美人に弱いから。Mさんなら大歓迎ですよ。」
 「あなた……。」
 「あは、ただの釣り仲間ですって。」



3.∬(ダブル・インテグラル)

 8月が夏を溢れる。溢れて、アフレコの否応もない心を波面にゆらゆらと。けれど通電の華を浮かびあげたところで、次くる夏はもはや、と肘をつく。末那識(まなしき)のだれにも等しい最後通牒はだれにも等しくない捲られ方ででたらめで確かさ。かさのない蝉の命と、止まり木に余すところなく震わせて。誰にもあることなのに、と溜息をつく。

 水色のビーチ・パラソルの内にすんなり収められた女は、ヴァロットンの油絵『ボール』に奥まったまま点(とも)されているかのよう。水平の動きのある波打ち際には釣り人たち。それを、それぞれを、総べてをにして鴎の鳥瞰がクァークァーと獲らえる、人も魚もWなインテグラルで、潮風にピチピチと躰を小刻みに振動させているという。午睡の白い夢∬は、キスの廿積分…。

 碧と。
 紅と。
 絡(から)まり、心が乱れているのだろう。
 紅い。
 碧い。

 「Mさんは、兄貴の好みのタイプなんやて。意外やな。もしか知っとったんか?」
 「お兄さん、うる星やつらの虎皮ラムちゃんのファンでしょ。彼女、虎のしっぽだしね。」
 「えっ、そこつながる?」

 紅い。
 碧い。
 絡(から)まり、心が燃えふれているのだろう。
 碧と。
 紅と。

 緩な、けれど容赦のない、下り坂。くすぶるような彼女の蒼ざめた不治の傾斜はいかにも、根気を入れて無音でじりじり炙り出し。だれにも例外のない、繰り上がってゆく指数的な人人人人人人人人人人の、弱さ/脆さ/危うさ/卑しさ/意固地さ/意地悪さ/我が儘さ/妬み深さといった。煩悩の凡庸ですらある彼女の小さな巣窟から、だが、それは、ダーク・ワールドが満々と自信に満ち無尽の魑魅魍魎を送り込んでいるに過ぎず。かくも蔑(ないがし)ろに闇の管体はかくも容易く、彼女を見れば私のレンズの遣る瀬無い、嗚呼。

 蝉に時雨れる。いまごろ彼女の、紅い、紅い、柔かい唇は、あのお茶目だけれどふいにガラス細工のように色の透きとおってしまう純水な湖(うみ)にではなく、更に上背のある彼女の不治の運命をも寡黙だけれど温かに千年も万年も溶かし込むほど、碧い、碧い、深い海に。めぐり逢いに濡れてあまやかに昂揚した紅と碧はやがて、芯をよせあうから絡まり絡まり擁きあい‥い‥く。




*** Mへの手紙 ***


 この島の南側の入り江。
 避暑のため、姉の借りた家から浜までは。
 裏道を下れば10分とかかりません。
 なにが楽しいって。
 イルカです。
 哺乳類の獰猛さを絵に据えるのは。
 あの赤ちゃん顔とイタズラな仕草のまえでは。
 ムズカシイしいようです。

 ここの光には。
 時間が。
 過去・現在・未来、それぞれのベクトルを。
 自由に集めているような。
 そんな秘密があるような気がします。
 いま、私の頬を。
 かすめたのは、去年の8月の光です。
 その中にはアナタがいて…。
 いま、私は。
 入り江の碧い色を目映く見ています。

 (なぜ親切にするの?)

 やや怒ったように尖った表情(かお)。
 のアナタが。
 美しかったから、哀しかったから。
 でも本当の理由は。
 人間らしくあるアナタだったから。

 つややかなコエ。
 のびやかなヒレ。
 奪われた術で、統べで、総べで。
 その償いで。
 人魚は。
 踏み入れた新世界に。
 何をえたでしょう、えるでしょう。
 あの頃のアナタは。
 手の中のその無数の答えを。
 埋め込んで。
 見つからないと泣いている。
 砂場の小人で。

 人間という。
 美しくもあり醜くもある魂の住処へ。
 その扉体(ひたい)を。
 私に、密かにひらいて見せてくれたアナタへ。
 黙して…。
 アナタにどんな慰めももたない。
 私なのだから。
 こうして。
 唯、こうして。
 ささやかな贈りもののように。
 1篇の詩。
 人魚の詩(うた)。
 心やわらに光と闇の∬が解かれるように。
 心やさしく慈と悲の∬が解かれるように。
 すっかり頑なに。
 すっかり固くに。
 乾涸びてしまったアナタの人生のルールが。
 詩(うた)の風に。
 つややかに、のびやかに。
 ほどかれるように。
 無為な。
 無力な。
 言葉という幻想が。
 いつかアナタの魂の鈴となるように。










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Last updated  2014.08.11 10:24:05 コメントを書く


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いわねぇ@ Re:P1266 廴の彩_zero(02/11) スマホだと、こんなに見えるし、読めるの…
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いわねぇ@ Re:ポエム詩1233 ハロウィンリンク隣区 おはようございます。ハロウィンの季節な…
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