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TVKテレビで「ダーティペア」の再放送をやってゐたのを拝見した。エンディングで流れたのは、是また懐かしい中原めいこの「宇宙恋愛:Space Fantacy」~哀愁系ユーロの「エモさ」だけで萌え死にしそうだ。しかも画像は、デジタルメーター装備のクルマで近未来の高速道路みたいな処を運転するシーン。デジタルメーター(=デジパネ)は、80年代前半から登場した最新エレクトロニクスの産物で、日本車が世界の頂点を目指そう勢いだった時代の象徴みたいなもの。将来のクルマはみんな「デジパネ」になるんだろうと信じて疑はなかった。デジパネ装備の「ソアラ」クラウン、ソアラ、マークⅡ、所謂「ハイソカー」が全盛だった頃、是等のクルマに装着されてゐたのが「デジパネ」であった。初代ソアラ誕生の頃、拙者は大阪在住で、まだ小学校低学年。何時かはクラウン、と云ふコトバがあった通り、自分も頑張って働いて、あんなクルマを運転するんだ、と云ふ漠然とした目標のやうなものがあった。そして拙者が世に出る頃に起きたのは、バブル崩壊と共に始まった氷河期。ハイソカーもデジパネもあったものでは無かった。もうあんなクルマが世に出ることも無かったのだ。三十数年の紆余曲折を経て、せっかく自身に余裕が出来たと思へば、クルマは電化製品のやうになり、何だかダンゴムシのやうなクルマばかり。最近のクラウンを拝見して、是の何処がクラウンなのかと途方に暮れるのも時代の流れであろうが、要は時の運に恵まれなかったと云ふ訳か。「デジパネ」をデザインするもう今時の世はつまらないと投げ出すと、結局はノスタルジーに走る。かつての日産車はカッコ良かった。だから西部警察のミニカーを集めて心の埋め合わせをする。ハイソカーに乗る夢が潰えた。だからデジパネを自分でデザインして気の利いた小物でも作ってみる。ささやかな心の埋め合わせなり。全てが直線的なデザインだから、エクセルで簡単に作れてしまう。作業中は、宇宙恋愛だけでなく中森明菜や工藤静香とか、所謂哀愁系ユーロビートをガンガンかけて、80年代に気持ちだけタイムスリップ。何故あの時代がそんなに輝いて見えるのか。もはや是は病気と診断する他はない。だいぶ「らしく」なって来た。速度計はデジタルの数字で表される。此の規格は、加速や減速時に数字が点滅して速度の変化が視覚的に伝わりにくい欠点があった。タコメーターは、デジタルならではの視覚的な工夫が凝らされてをり、燃料計や水温計にも類似の仕組みとなってゐる。其れでも視認性においては「針」の計器には叶わなかった訳で、時代が進むにつれて「デジパネ」は廃れてゆく。此のデザインは、免許証入れ=定期入れの作成に使用する予定。色は当サイトの基本色=緑青、に改めた。デジパネ風の「免許証入れ」そして、此のデザインをプリントした「免許証入れ=定期入れ」が完成・納品される。括り付ける為の「リール付ネックストラップ」は百均で調達。上手く出来たなぁとにんまり。クルマの免許証入れとしては、ネタとして機能しそうだ。勿論、警官から免許証出せと云はれたら、さり気なく「ナメ猫」の免許証を差し出すのが80年代のお約束。住所が「東京都福生市」と云ふB級感もまた味がある。ストラップを装着すると、何だか既製品感が出る。ちなみに、是まで免許証入れ=定期入れとして運用してた「Hankyu-Pictrain」は、阪急マルーンにゴールドの装飾が施されて高級感があったが、直ぐにボロボロになってしまい引退。予想外に経年劣化が激しかった。結構いい値段したのに残念。
2026.03.28
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アイスクリームにかける為に買ったウヰスキーミニボトルが一向に減らない。普段飲まない人間にとって、ミニボトルを一本空けるのも一苦労なのだ。さぁて今度は何を作りますか。ふと、野毛の歓楽街で「モーツァルト」なる洋酒入りのパフェを食したことを思ひ出した。何処がモーツァルトなのかさっぱり不明だが、あっちがモーツァルトならこっちはメンデルスゾーンでせうと思ひ立つ。パフェ:メンデルスゾーンだが、先づ砂糖を温めてウヰスキーを加えてシロップを作る。飴色の良い色に仕上がった。グラスにはチョコフレークを敷いておく。拙著の読者様からいただいた珈琲でゼリーを作る。お皿に固まったゼリーを包丁で細かく裁断。此処から一気に作るので、ユーハイムのバウムクーヘンもスタンバイ。ゼリーをグラスに入れて、シロップや珈琲フレッシュで味付け、上にホイップクリームを載せて、屋上にはユーハイムのバウムクーヘンを。お酒が足りなかったら、お好みでウヰスキーを垂らします。こんなことぐらいでは、ウヰスキーも全然減らない。更なるウヰスキー消費を促進する為、アイリッシュ珈琲カクテルを作ることになった。ちなみにグリーンピースはベーコンと共に炒める。ドイツ陸軍で流行ったらしい野戦糧食なり。カクテルは超簡単。グラスに砂糖を五~六杯ほど投入し、其の上に熱い珈琲を注ぎ、ウヰスキーをお好みの量で加える。ホイップクリームを載せて完成!ホイップクリームは決して混ぜてはいけない。其のままズズーッと、鼻の下クリームだらけになって飲むのが正統。即席なウヰスキーボンボン今年の嫁さんからのヴァレンタインは、モロゾフの「レオン」とか云ふチョコ。レオンと聞いて「大洋ホエールズの・・・」と連想してしまう拙者もまた「古い!」なのだが、此のチョコレートの何がレオンなのかよう分からん!そしてウヰスキー入りのシロップを作って「レオン」を浸しながらいただきます。新幹線アイスに掛けて食べる其れでも減らないウヰスキー。所用で大阪へ行った際、新幹線アイスにウヰスキーを掛けて食べることを思ひ付く。ウヰスキーだけでなくアイス専用スプーンまで持参して出発した。行きは早朝だったのでアイスを食べる気分になれなかったが、帰りは食後のデザートタイムとして適当だった為、心して食すべし。新幹線アイスを食する前に、阪急百貨店で買った「Hiro珈琲のゼリー」を食する。Hiro珈琲は、阪急百貨店限定大阪ブレンドがお気に入りで、ゼリーも何時か食べたいと思ってゐた。是で念願叶いました。汽車の揺れで倒れないやう、紙ケース付けたまま食する。実は神戸でユーハイムのスポンジケーキも買い、是も汽車で食べようと思ったが、さすがにお腹一杯なので新幹線アイスを優先。ウヰスキーとチビチビ垂らしながらいただきます。其れでもまだウヰスキーは60%くらい残ってゐる。何に使おうか、色々考えなきゃならない悩ましい日々が今後も続きます。
2026.03.21

横浜に住んでゐると、何故か神戸の街が気になる。神戸の方が、現在の横浜よりもよっぽど「横濱らしい」雰囲気を感じるなどと云ってるのは拙者ぐらいであらうが、人口が増え過ぎた横浜なんかより、神戸市に納税したくなるのは関西出身者特有の贔屓でもある。で、結局何の返礼品を頂戴したかと云ふと、神戸牛ではなく、西尾迎賓館の食事券であった。弐月某日、堺にあるお寺さんの行事に大阪入りした為、帰りに寄って行くことにした。梅田から阪急に乗って、三宮や新開地で乗り換えて山陽電車の月見山で下車。傾斜地の住宅街を上って行った処に旧西尾邸がある。建物の設計は、旧通天閣をデザインしたことでも知られる設楽貞雄氏。さすが神戸迎賓館と称される程の堂々とした洋館で、レストランだけでなく結婚式場も併設してゐるみたい。受付を済ませて控室で暫く待つ。嫁さんは化粧直しに出掛けて行った。一応、最低限のドレスコードは保って乗り込んだが、其処までする程の処かは微妙。でも、コートはちゃんと預かって呉れた。レストランの部屋は、さすが迎賓館と称されただけあって天井なども高い。須磨の昼下がりは、かうして静かに時間が流れて行きます。思へば須磨に足を踏み入れたのは、両親と須磨浦公園に行って以来四十年ぶりであります。拙者の大阪在住時代は、阪急電車も須磨浦公園まで乗り入れてゐた(現在は新開地止まり)。日本人勝手に作った感が満載先づはカクテルで乾杯。酔ってゐられないのでノンアルコールで。嫁さんは苺、拙者は「須磨の夕暮れ」と云ふ謎カクテル。海辺でうち眺める夕暮れ時のやうにグラスの下部が碧くなるのがミソ?ちなみにカクテルは別料金。さて、お料理は「生姜風味のジュレを纏った鰤と大根のマリネ」からスタート~魚+師で「ブリ」ですか!漢字力の低下が悩みの拙者にとって、あーそうなんだー、でも暫く経ったら忘れそう、の世界ですな。以降「カリフラワーと根セロリのポタージュ」「鯛のポワレと根菜のナージュ仕立て」と進む(食べるのに夢中で写真撮ってない)。日本人勝手に作った感満載の和食のやうなフレンチなんだけど、阪急にみられるやうな独自の文明を築いてこそ先進国家なのだ。デザートは「苺とベリーのショートケーキルアン風」とあるので、所謂ショートケーキが出て来るんだろうと早合点してゐたら↑こんな感じ。ブラームスを聴きに行ったらシュトックハウゼンが鳴り出したかのような「分かりにくさ」が有難い訳です(笑)。でも何だかクールだった。お皿のデザインがよろしい。お皿って大事だよなぁ。ちなみに、我々の席に隣は中国人観光客で、会話のトーンが低いから助かったが、平気で「月賦」をするには閉口した。最低限のテーブルマナーも知らずして大国気取りなどと有り得ない。そして我々は西尾邸を後にして月見山駅に戻る。歩道橋からふと後ろを振り返ると、六甲山系から連なる緑に囲まれた、敷地参千坪の広大な旧西尾邸が見えた。大正浪漫の残像を有難く持ち帰らせていただこう。
2026.03.14
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日本橋のホテルを出発した我々は、先づ阪急梅田駅から神戸線に乗車。よく見たら我々が乗る8000系は懐かしの「Hマーク」を掲示してゐる。大阪在住時代、つまり拙者が小学生の頃、6300系や6000系だけがHマークを掲示してゐて、其の恰好良さに惚れゝゝした記憶がある。鉄ヲタぢゃないと何の話か理解不能で、嫁さんも完全にポカーンであります。是こそ阪急電車の世界であります。神戸線特急は九号線と八号線から交互に発着し、急いで先発に乗るか、次発の空いてゐる席を探すか選べるやうになってゐる。先発でもガラ空きだったが、梅田を出発して次の十三で一気に混んだ。阪急圏内の移動が如何に多いかが分かる。特急は最高時速115キロで一路神戸へ。そして晴天極まる神戸三宮へ到着!下車したのは株主優待が神戸高速線を使えない為と、神戸阪急ビルを眺める為。あちこちでバシャバシャ写真を撮りまくっゐて、神戸市民からすれば此の人何でこんなに神戸阪急ビル好きなんだろうと不思議に思ふだろうが、長い時間をかけて震災から復興しただけに感慨深いのだ。ちなみにの寫眞は嫁さん撮影で、阪急三宮直通の山陽電車が写るスーパーショット。阪急三宮まで来る山陽電車は、近年急速に本数を減らしてゐる。JR側は何やら大事工事中。駅ビルでも作ってゐるのかな?我々は神戸阪急(百貨店)で洋菓子店を物色した後、阪神三宮駅から各停高速神戸行に乗車。高速神戸に着いたら、阪急梅田からやって来た特急新開地行に乗換。僅か一駅でもう降りねばならず、続いて直通特急山陽姫路行に乗換。此のやゝこしさが神戸高速鉄道の醍醐味で、一気に三社の電車に乗れて幸せ。直通特急は高速長田や板宿などの地下区間を出ていよゝゝ須磨へ。快晴だけに地上は日光が照り付ける。我々は月見山駅(山陽電鉄本線)で降車し、此の駅が昔ながらの「構内踏切」を有してゐることに少々感激。須磨浦公園から甲子園・梅田方面へ戻る阪神特急を構内踏切から見送る。ちなみに駅の男子便所が外から丸見えなのが昭和風。快晴下の須磨離宮山陽電車月見山駅を出発した我々は、傾斜地の住宅街をひたすら上った。十数分くらい坂を歩いて離宮へ到着。今から約百年前、皇室の別荘として建設された訳だが、当時は武庫離宮と呼ばれたらしい。大正天皇や昭和天皇、満州国皇帝溥儀も利用されたと伝えられる。帝都からは恐らく列車か海軍の艦艇を利用されたのだろうが、列車だったら山陽電車ではなく現在のJR線の最寄り駅で下車されたのかも知れない。入口からさらに坂を上がり、庭園に着く。庭園からは太陽に反射する七色の海に浮かぶ貨物船なんかも見ることができた。かなりの標高だ。庭園の中央には噴水が有り、繊細な彫刻を形作ってゐる。神戸市内とは云え、随分と遠くへ来た感が有る。やっと小腹も空いて来た。続いて離宮の横に構える西尾邸にて昼食としよう。
2026.03.07
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南海難波から高野山へ行く訳でも無く、目的地は堺東のお寺さん。たまゝゝ特急こうや号が出発準備中であった。我々は急行橋本行(相模原ではなく!)に乗って現地へ。お墓参りを済ませ、日程は無事終了。大阪市内のホテルに宿泊となったが、今回もホテル選定に苦労した。場所は日本橋(にっぽんばし!)で宿泊であります。フロントのお兄さんの日本語が怪しくて心配だったが、バス・トイレ別の案外まともな部屋で一安心。親戚とあべのハルカスで食事をするので、日本橋駅から堺筋線に乗る。やって来た電車は阪急~ミナミで阪急電車に乗ると何だか別世界に感じる。座席指定の「ア」の宣伝にも余念がない。動物園前で御堂筋線に乗り換え天王寺へ。天王寺駅は大幅にリニュアルされたが、往時の雰囲気を残してゐる。御堂筋線の駅はとにかく立派。食後のデザートは苺。小宇宙的な作品に息を呑んだ。さすがプロが作るモノは凄い!かなり怪しい「大阪の日本橋」翌日は横浜へ帰るだけなのだが、せっかく関西まで来たのだから壮大な寄り道をしながら帰ることにした。出発前に阪急百貨店限定大阪ブレンドを一杯。ホテルの前に怪しい雑居ビルが有って、「訪問看護」「ナース」と書いたノボリが立ってゐる。意味がちゃう!とは此のことを云ふ。大阪の日本橋は、かなりディープな場所であります。ホテルの北側に道頓堀が有った。と云っても、観光客が目にするグリコの場所からかなり東の方で、裏側から見た道頓堀と形容すべきか。もちろんまともな施設もあって、国立文楽劇場なんかも有る。ちなみに拙者のひいおばあちゃんは浄瑠璃の三味線のおっしょはんだった。谷崎潤一郎先生の文学碑も有る。蓼食う虫の一節が刻まれてゐるが、何だか引きの強さに気持ち悪くなった。本日、我々は須磨の西尾邸で「ふるさと納税」返礼品の仏蘭西料理を食べる。須磨は、小説に登場する美佐子の不倫相手が住む地なのである(笑)。御堂筋線心斎橋駅から地下鉄に乗るが、此の駅も往時の雰囲気を再現したかのやうに立派に改修された。我々は此の後、梅田から阪急で神戸へ向かうとする。
2026.03.01
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