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石川秀樹の経済学入門ゼミ ご存じ経済学の講義をさせれば日本一の石川秀樹先生の最新本です。従来から、入門から計算、論文まで何分冊化に別れていた石川経済学が、なんと1冊に凝縮されたスグレモノといえるでしょう。。鞄に1冊放り込んでおけるところが嬉しいですね。もっとも、情報を凝縮しているだけに、文字がやや小さめなの老眼の人には厳しいでしょうが、公務員試験を目指す人に老眼は少ないと思います。石川先生の「経済学入門塾シリーズ」で学習した人にとっては、最適のまとめ本でしょう。逆に、これから勉強をはじめる人が経済学の概略を知るという目的で使うのもひとつの手です。 私自身「入門塾」シリーズで勉強したので、とても重宝する一冊です。
2010.08.31
最近、車やその他大きな買い物についての営業パーソンの態度にあきれ果てることが多くなりました。 数年前、車を買い換えたとき、営業マンが「今月中に登録して下さい」と懇願するので、「でも今月中に登録すればその分私の負担が増加するのでしょう」と答えました。すると、その営業マン「それも含めてお安くしているのです」とくるではありませんか。値段が決まってから、自分の実績になりそれが顧客にマイナスになってもごり押しする姿勢にはただただあきれ果てるばかりでした。 最近、某営業マンと話をしていると「年度末までにやっていただくと実績になります」と、これまた自分の都合。しかも、代金支払いに関しては、民法の規定よりはるかに相手に有利なような契約。例えば、賃貸借では家賃は後払いが民法の原則ですが、ほとんどが先払いの特約を入れており、入居者はなんとなくそれに従っています。請負はブツが出来上がってからそれと引き替えに代金を支払うのが原則。なのに、契約時に半額支払えという会社作成の契約書を押しつけるハウスメーカーも少なくありません。 法律に無知な消費者を思いっきり食い物にしようとする悪徳営業マンが、その上自社都合で決算期まで押しつけられたのでは消費者は「いいカモ」になってしまいます。 やはり、大企業というのは「give and take」ではなく「take and take」を追求する怪しげな連中だと思っている今日このごろです。 余談ながら、建築関係の「四会連合会約款」もかなりひどいですねえ~。遅延損害金の高さを見て驚いた記憶があります。みんなでわたれば恐くない!そういう消費者無視の企業慣行に対しては、断固「NO!」と言える法的ファンダメンタルズの確率を願ってやみません。
2010.08.30
円高、株安を受け、管総理も要約重い腰を上げました。金融の量的緩和をすすめるよう日銀に働きかけるという内容が一部で報道されていますが、はたして量的緩和で現在の状況は改善されるのでしょうか?失われた10年、15年の間、日銀はひたすら金融緩和を続けてきましたが、デフレに対しては無力でした(やらなければもっと悪くなっていたという意見もあるでしょうが)。そもそも、デフレは悪いことなのでしょうか?我々消費者からすれば、可処分所得が目減りしている分、価格が安くなるのはとてもありがたいことで、他の条件が変わらないのに突然インフレがやってきたら生活が崩壊してしまいます。原油価格高騰の時、あれだけ多くの人たちが悲鳴を上げたことは記憶に新しいことです。 そこで、私の考える処方箋としては、徹底的な規制撤廃を提唱したいと思います。かつて、イギリスで歴史上2度行われた俗に言う「ウインブルドン現象」を日本で実現するのです。幸い、日本はアジアの新興国に距離的に近く、中国などからの投資、東南アジアからの労働力流入が見込めます。日本で新興国パワーが炸裂すれば、国内の雇用も増加しますし、海外企業の国内での上場も増加するでしょう。 規制撤廃というと、リーマンショックを招いた「行きすぎた自由」を思い出し、嫌悪感を感じる人々が多いと思います。しかし、あれは明らかにルール違反であり、いわば自由の濫用といえるものです。ルールを厳格にした上での余計な規制撤廃は、決して自由の濫用とは異なるものです。 規制撤廃で最もダメージを受けるのが既得権益を持っている役所でしょう。やれ、天下り近視だとか、ムダの排除やら、賽の河原で石を拾うようなことをやっていてもパフォーマンス効果くらいしかありません。規制撤廃で不要になった部署を自然消滅させ、官僚の既得権を自然になくしてしまえば余計な手間暇をかける必要はありません。 日本でのウインブルドン現象実現は、既得権益を持っている多くの人々の抵抗があるでしょうが、それを貫徹することこそ真の政治主導だと思います。どうも、民主党は「政治主導」を官僚との対立と捕らえ、素人政治で国を混乱させているだけだとしか思えません。雇用を確保し、国民の福祉を増大させるのは、今やウインブルドン現象が最も効果的だと思います。みなさん、いかがお考えになりますか?
2010.08.29
とある有意義なセミナーで、私は団籐先生の「人格形成責任論」なんて非現実的な理論であるというレポートを出しました。そもそも、犯罪者が犯罪を犯すまでの人格形成なんていちいち調査している時間も費用もありませんし、現実問題として世間の注目を集めている大事件でも一人の人間の人格形成プロセスを理解することなど、神ならぬわれわれとしては不可能だと確信しているからです。 し、しかしです。今日、そのことについて改めて考えてみると、とんでもないことを見落としていました。私のライフワークのひとつである「児童虐待」に関する問題です。 アメリカでの統計調査では、被虐待児童が何のケアもなされなければ、無条件でその3分の1が自分の子どもを虐待し、ストレス等の外的要因が加われば更に3分の1が子どもを虐待するそうです。つまり、ストレスフルな今日においては、虐待を受けた人間の3分の2が自分の子どもを虐待する、自分の子どもを虐待するくらいですから自分より低位にある人間を虐待してしまう可能性があるということになります。 つまり「人格形成責任論」は、自ら犯罪を犯す人格を形成したことを非難するのではなく、虐待経験が危険な人格を形成してしまったという意味で、今日的意義を持つようになると考えています。さすれば、弁護側としては被告人が被虐待経験があることを作り上げるか、もしくは誇張すればいいわけで、弁護人の手腕によって量刑に大きな差が出て来てしまいかねません。 個人的には悩ましい問題ではありますが、被虐待経験が間違いなく認められれば酌量の余地を認めるべきでしょうが、その判断はどのようにすべきなのでしょうか? 少年には家庭裁判所調査官の調査がありますが、成人にはありません。 何らかの形で、成人被告人にも調査を施す必要がある時代になってきたではないでしょうか?少年だけの特権というのは、やはりかなり偏っているような気がします。
2010.08.28
アメリカの雇用統計が冴えないようです。もっとも、これは当然と言えば当然のことでしょう。アメリカの場合、製造業が新興国に生産拠点だけでなく市場シェアも奪われ、さらにITは英語が通じるインドにアウトソーシング、アメリカの子どもの家庭教師をインドの高学歴の人たちがネット経由でやる時代ですから。賃金の高いアメリカ人の仕事が減るのは当然の成り行きでしょう。 日本でも同じような現象が発生することは間違いありません。現に、多くの企業が新卒採用で外国人を採用するようになりましたし、製造業を初めとする新興国へのシフトはますます進むでしょうから。それだけでなく、異常に比率の高い建設業関連従事者は、公共事業の削減、企業の国内設備投資の減少で明らかに「人余り」減少が生じています。グローバルな社会で生きていけるのは、一芸に秀でた人物だけで、ホワイトカラーとて代わりがいくらでもいる場合はレゾン・デートル(存在意義)が薄くなりますので、よくて高給は取れなくなり、悪ければ職を失います。 私は以前、この日記で高校のカリキュラムを思いっきりバラエティーに富んだものにすべきだと主張しました。漫画でもダンスでも運動でも、一芸に秀でた人間をたくさん排出することが目的です。今のように、学業ばかり重視していると、学業で一芸に秀でることのできる人はいいですが、それ以外の多くの人たちは職を失ってしまいます。 かくいう私も、大きな変革期にある出版業にぶら下がっている身。正直言って、収入が激減していることには危機感を感ぜざるを得ません。
2010.08.27
電子書籍が近い将来、紙の本に並んで、もしくは代わって大きなシェアを持つようになると言われています。 私は独断で、紙の書籍が多すぎる人にとって便利だから(私にとっても便利です)、電子書籍の普及が迅速になされるという論調が強いものだと思っていました。個人的には、画面が反射して背景が真っ白のものより、キンドルのように目に優しい方が絶対に支持を受けると思いますし、キンドル的なものがポピュラーになるまでは紙の書籍の優位性は動かないと信じていました。 しかし、最近、紙の書籍の出版社で「自分たちの足を引っ張っている現象」が目につきます。それは、字数やページ数を合わせるという、エンドユーザーを無視した暴挙です。本を書くとき、「字数が少ない」と編集者から言われると、正直、ムカつきます。 私自身は、「これで十分」という字数や項数で提出しても、書籍の一定の「型」に入れ込むために、余分な記載を求められているわけです。これは、エンドユーザーである読者にとっても、余分なお金を払ってあまり意味のない文字を読まされることになるので、私は承伏できません。 項数を少なくして値段を安くすることが出版社としての良心ではないでしょうか? 場当たり的な利益を追求すると、必ず手痛い報いがくるものです。電子書籍なら、字数や項数の調整を強いられることはないのではないかと思うと、字数、項数にうるさい出版社は一番先に没落してしまうのでしょうね。 私の願いはただ1つ!エンドユーザーである読者のみなさまに、最短時間の消費で最高のコンテンツを提供することです。こんなことを書くと今の業界から締め出されるかも知れませんが、お金を出して私のコンテンツを読んで下さるお客さまが、私にとっては一番大切です。お客さまを裏切るようなことをするくらいなら、この業界を引退して別の仕事をはじめるしかありませんかねえ~。 ああ、波瀾万丈の浮き沈みばかりの人生かな。
2010.08.23
今日は大変な目に会いました。昨日、とある友人からSNSへの招待が来たので、なにげなく参加してしまいました。今朝、別の友人から、私が彼にそのSNSへ招待したという連絡が入りました。もちろん、私は誰も招待などしていません。 早い話、どういう方法でか、私のメールリストを利用して「私の名前で招待状を出す」ジャンクSNSだったようです。私を招待した友人に問い合わせても、私を招待した憶えはないとのこと。 聡明な友人は、私からの招待でも「何だかおかしい」と訝しがって参加しなかったという連絡がありました。タコイカウイルスのように、パソコンのデータをダメにしたりするウイルスではありませんが(ウイルスチェックをしたら低レベルでした)、知らない間に自分の交友関係を利用されるというのはとても不愉快ですし、相手に迷惑をかけてしまいます。 みなさんも、くれぐれもお気を付け下さい。また、私の名前で招待状が行った方々には、最初は絶対に感染しないグリーティングメールで対処し(グリーティングメールは私のパソコンと全く無関係なところから発送されます)、安全が確認できてからBCCで知らせるという、できる限りの方法をとりましたが、ご迷惑をおかけしたことについて深くお詫び申上げます。
2010.08.21
香川県多度津町沖の瀬戸内海で海上保安庁のヘリコプターが墜落した事件で、司法修習生に対するデモンストレーションだという報告が遅れたことが問題となっています。 この事件については、最後の通信にあった「廃船」の存否が全く報道されていなかったので奇妙な感じを抱いていました。以下は私の仮説です。司法修習生へのデモンストレーション飛行は、特段珍しいものではありません。海上保安庁の活動を将来の法曹の実際に見せておくことは、判事、検事、弁護士、いずれの道に進んだとしても、裁判上重要な経験になるからです。 以下は私の仮説ですが、デモ飛行ということで「廃船があったとしたらこのように調査します」ということで、存在しない廃船を見たてて飛行したのでしょう。そこで誤って事故が生じてしまったのではないでしょうか? 本件は、私自身が司法修習を経験しているからわかるのですが、誰にも悪意があったわけでもない事故と考えられます。当然のことですが、中央省庁の人間や閣僚、その他関係者が要請すれば、デモ飛行は行われます。これは、ボーッと見ている人もいるとは思いますが、真面目に見るとその経験がその後の政策決定に影響することが多いからです。 ですから、司法修習生の見学だからといって隠す必要は全くないのです。正式な職務であることは間違いなく、亡くなった方々には心からご冥福をお祈りします。 問題があるとしたら、そのような情報を出しにくい環境が今の日本に蔓延しているということでしょうか?司法修習の一環を「観光」扱いして責め立てるメディアもいるかもしれません。もちろん、どう評価するかは表現の自由の範疇ですが、評価の前に正確な報道を期待したいと強く思います。
2010.08.21
GMのスピード再建が話題になっています。しかし、私はこの再建はしばしの延命に過ぎないと思っています。もともと、GMには好待遇の単純労働者がたくさんいたため、人件費や保険料などが収益を圧迫してにっちもさっちもいかない状態でした(工場労働者の時給が5000円だと聞いたことがあります)。今回の再建はそれらの贅肉をドンとそぎ落とした結果であり、そのスピード力と決定の速さは賞賛すべきでしょう。 しかし、GMが従来どおりのメーカーとして止まっているつもりであれば、いずれ生産コストがはるかに安い中国やインドなどの新興国に市場を奪われてしまうでしょう。永続性のある企業として残りたいのであれば、メーカーではなくサービス産業に転換していく必要があると思います。GEのように。 ところで、メーカーよりも再建が容易であるはずのサービス産業である日航が再建のメドすら立っていないのは、ひとえにお国柄の違いなのでしょうか。思うに、カルロス・ゴーン氏のような外国人をトップに据え、それまでのしがらみを一掃し、ムダを排除していけばはるかに再建は容易なはずです。 国内にムダな空港をたくさん作って税金をバラまき、日航機の発着を無理強いさせて日航再建のための税金バラまきを強いている政治家諸氏が現在も多数存在します。それをはねのけることのできる「しがらみのない強力なリーダーシップ」を与えられた外国人トップを据えるしかないのでしょうが、政府がそれを認めることはないのでしょうねえ。
2010.08.20
本日(19日)の日経新聞朝刊に、厚労省が新卒就職支援のために企業に対する助成金を引き上げるという記事が出ていました。 はっきり申上げますと、このような助成金のほとんどは悪用されるだけです。たとえば、「フリーターを正社員にした企業に最大100万円支給する制度も」とありますが、会社側とフリーターが共謀して正社員として採用されて100万円の支給を受け、その後自己都合退職をして100万円を山分けするなんて造作もないことでしょう。 しかも、最初から詐取する故意があったことを立証することは不可能に近いですから、違法ともいえず、返還要求もできないでしょう。 本来、民間企業への就職を国が介入することは不可能な話です。企業の方で人材需要がなければ無理に押しつけることはできませんし、応募者にしたところで生きたくない会社に無理矢理押し込まる筋合いはありません。 もしやるとしたら、国や地方公共団体の組織をどんどん民営化し、従前の職員を優遇せず、応募者を公平に募ることでしょう。でも、こんな措置をとるはずがありませんよね。役所OBには、放置自転車がほとんどない地区での放置自転車取り締りや、もはや清掃する余地もない外豪公園を箒で掃いてお金をもらえる特権があるのですから。 ほとんど迷惑がかかっていないにもかかわらず、一般市民の健康を増進させCO2をを排出しない自転車を利用しにくくするのは、パグリックサーバントであるべき役人としては全く逆の行動としか言えません。真に、長期間の放置自転車を処分したいのなら雨の日にやるべきでしょう。雨の日に放置されている自転車こそ、処分されてもやむを得ない自転車である可能性が極めて高いのですから。ところが、なぜか雨の日には役人OBらしき人たちの見回りはほとんどおらず、天気のいい日に大々的にやっています。 民営化して実績に応じて報酬を支払えば、こういう無駄もなくなるのではないでしょうか?
2010.08.19
新著執筆のため、K社の電子単語カードMを購入しました。以前に、上位機種を買っていたのですが、機器へのインストールができなかったので、今回は使途を明確にしたものを買いました。 と、ところが、本体には何ら情報が入っておらず、CDからのインストールもままなりません。おそらく、K社は経費削減のためにこのような方法をとったのでしょうが、もし、私がパソコンを持っていなかったらどうなっていたのでしょう。パソコンをもっていても、インストールできず、しかも電子マニュアルなどというとんでもない経費削減の転嫁・・・。開いた口がふさがらなくなってしまいました。 どのような製品であれ、「○○用」と書いてあれば、最低限その用途の情報を予めインストールしておいて電源を入れればすぐに使えるようにしておくのがユーザー視線の常識です。しかるに、その最低限度の情報すら入れておらず、しかも、最近では多くのメーカーが用意している「すぐに使う簡易マニュアル」の類もないのでは、全く話になりません。 書籍に書こうかとも思ったのですが、マイナス情報は基本的に書かないのが私のポリシーですので、プラス情報に入れなかっただけでご理解いただけると存じます。 まあ、こうやって、ジャンク機器を自腹で買っては試しては本を書いています。 出版不況の今日、なんだか無意味なことに時間を取られている毎日です(^_^;)
2010.08.18
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仕事と人生を楽しむために必要なこと 本書は、事実を詳細に取材し、仕事と人生を楽しんでいる人たちの生きざまを正確に描写した素晴らしい書籍です。「仕事を楽しむ」とか「ワークライフバランス」という用語が最近流行っていますが、多くの本は著者が頭の中で考えたり、著者だけの経験であったり、極めて狭い範囲で語られたものです。つまり、ちょっと状況が違えば応用が効かないというものがほとんどだというのが実情です。ところが、本書は、事実を徹底的に取材し、何人もの「仕事と人生を楽しくさせた」人たちを正確に描写しています。また、文章力が絶妙で極めて読みやすいという特質も有しています。「仕事と人生」を楽しくさせたいすべての人にお勧めします。
2010.08.14
最近、若い男性が「草食系男子」と呼ばれていることに私はとても抵抗を感じます。「草食系」というのは、早い話、危害を加えない→性欲がない、ということで、男性的な本能を失ったような響きがあるからです。安易に「草食系」などと口にするのは、枯れ果てたおじさんか、男性の生理を知らない女性だけで、生物学的には若い男性が性欲の塊であることは間違いありません。その証左に、様々な破廉恥犯罪が報道されていますし、もっと深刻なのは性的児童虐待が増加していることです。 私が思うに、今の若い男性は「浅倉南症候群」に陥っているのではないかと考えています。「浅倉南」は、説明する必要はないでしょうが、かの名作「タッチ」(あだち充さん作)のヒロインで、以下のような属性を有しています。 1 確立した自己を持っていて、自立できる女性。2 男性の痒いところを的確に把握し、それを恩着せがましくなくかいてあげる柔軟性。3 男性の求めているものを的確に把握し、積極的に充たしてあげる関知性。4 「甲子園に連れて行って」という言葉に代表される男性を立てる奥ゆかしさ。5 くじけそうになっている男性を嫌みなく奮い立たせる管理能力。 わが娘が、大ヒットDSゲームソフト「ラブプラス+」が女性にも流行していると聞き、私自身買ってやってみましたが、少なくとも私がやった範囲では、ゲームのヒロインは上記5要素ををすべて兼ね備えていました。 そこで私が考えたのは、今の男性が「草食系」などといわれるように変質したのではなく、昔から(少なくとも私と同世代から)男性陣は浅倉南に憧れており、たまたま昨今になってその兆候が顕在化したのではないかということです。 携帯電話もない時代では、家族という障壁をくぐりぬけて「憧れの女の子」に電話しなければなりませんでしたし、時代的にも従来は「男がリードするもの」という観念が残っていました。しかし、男女平等がすすめられ、今や「カノジョ」よりも暇で収入の少ない男性が山のように存在します。 そうなれば、弱い男が「強がる」必要など全くありません。浅倉南のような女の子に憧れ、ラブプラスに興じ、自分が無理な思いをしなければならない女性と汗だくで付き合う必要など全くないのです。 そこで、結論的な戦略として、女性は落としたいイイ男性に対しては浅倉南になりつくし、男性は浅倉南の要素のひとつもないアホ女に貴重なお金を落とさない、というのはいかがでしょう。男女関係では、不満の多い今日ですが、不満ばかりを口にしていても始まりません。上手く立ち回るすべを身につけた方が人生楽しいと思うのですが・・・。
2010.08.13
私自身は、思想的に右でも左でもないし、韓国ドラマも好んで見るし韓国料理も大好きであること、更には韓国籍の友人もいることを先ず書いておきます。 日韓併合が「植民地支配」というのが現在の通説のようですが、「植民地支配」というのは、かつての欧米列強がやったように「植民地から本国が一方的に搾取する」構造をとるのが一般です。 ところが、日韓併合の場合、次の点で少なからず「植民地支配」と考えるのには抵抗があるのです。1 まず、朝鮮の李王朝の邸宅跡は赤坂プリンスホテルの別館で、当時の日本の皇太子の妃候補だった方と結婚されておられます。 つまり、日本としては、朝鮮の李王朝を日本の皇室と全く同じに遇しており、到底、植民地の被支配地の王朝とは考えられない重用ぶりだったのです。2 次に、日本が朝鮮に帝国大学を作っている事実が挙げられます。 帝国大学は、貧しくとも有為な人材を集め、国家の指導層にしていくシステムを当時担っており、日本でも数えるほどしかありませんでした。 その帝国大学を日本の他の地域に優先させて朝鮮半島に作っています。3 いわゆる日韓併合の前は、朝鮮半島は清の植民地にありました。当時の清朝が、日本と同じように朝鮮を遇していなかったこともまた事実であります。4 さらに、日本は、朝鮮半島に道路や交通網のインフラ整備を行っています。当時作られたインフラが、その後の韓国などの発展に多いに役立っています。 以上のような事実に照らすと、日本政府としては、朝鮮半島を日本と同等に扱おうとしていたのではないかと強く推察できます。 ただ、惜しむらくは、日本国民の朝鮮の人たちに対する差別意識が顕著だったことが、感情的軋轢を生んでしまったのではないでしょうか?他民族と共存した経験のない日本国民が、朝鮮の人々を様々な面で差別し「自分たちのほうが上だ」というような態度をとり続けたことが、事実上の植民地支配のような構造を作りだしてしまったのだと思います。 どうも、私たち一般人の責任を上に転嫁した好例のような気がします。これからの移民問題も、私たち個々人が偏見や差別意識を持つことなく、お互いが尊重すべき人間同士であることを強く意識していかなければならないものと強く願っているのですが、いかがでしょう?
2010.08.12
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勉強革命! 一見、普通の勉強本に見えますが、本書は勉強本の域を超えた超一級のビジネス書です。「なぜ勉強するのか?」という誰もが抱く素朴な疑問に正面から対峙するのを手始めに、常にあくなき好奇心と精神力で学生起業家としての道へ乗りだした著者の歩みが、わかりやすい文章で書かれています。 副業や企業は思っているほど簡単なものではありません。(だからこそ、副業詐欺や詐欺まがいの商法が横行しているのです)本書は、勉強のモチベーションから方法論、そして起業に至った考え方などが率直に書かれた好著です。 章末に「まとめ」があるのも嬉しい配慮です。
2010.08.09
最近、100歳以上高齢者がすでに死亡していたり、所在が不明だという問題が世間を騒がせています。世界的にも、幻の高齢大国などと揶揄される始末です。この問題に対して警察が動かず厚生労働省が動いているのも、ある意味わからないでもありません。 というのは、100歳以上高齢者が死亡していることを認識しつつ、しかも、当人に支払われた年金等を自己の資金として管理、使用する意思があれば、国家に対する詐欺罪が成立するのですが、なかなか厄介な問題を含んでいるのです。まず、100歳以上高齢者である親などが生きているものと信じて、当人の口座に振り込まれた年金に手をつけなければ、当然、犯罪は成立しません。さらに、高齢者が生きているかどうかわからないけど、通帳と印鑑を預かっていることを奇貨として、親の口座からお金を引き出したとしても、これは刑法の規定により「直系血族間の横領はその刑を免除する」ということで事実上処罰の対象になりません。 つまり、高齢者が死亡していることを知りながら、振り込まれてくる年金等を自己のものとする意思がなければ詐欺罪は成立しないのです。 とかく詐欺罪は、被疑者、被告人の主観に左右されることから、被害金額の割にはとてもやっかいな案件なのです。ちなみに、私たち司法修習生43期の刑事模擬裁判は、無銭飲食が詐欺に該当するかどうかという案件でした。 このように考えると、警察や検察が本件に積極的に関与したくないは当然でしょう。縄張り争いは、取り合いだけでなく押し付け合いにもあるということを、私たちはしっかり認識しておく必要があるのでしょうね(^_^;)
2010.08.07
高等学校の無償化がすすみ、事実上、高等学校が義務教育化しています。しかし、現行のカリキュラムでは、勉強に向かない生徒にとっては「いやいや通う場所」か「友達とつるむ場所」である現状を変えることができないと思います。 私は、無償化を契機として、高等学校のカリキュラムを大胆に変更することを提案します。すなわち、スポーツ専門高校、音楽専門高校、ダンス専門高校、IT専門高校などなど、それぞれの道に秀でることができるような教育を行うように学校そのものを専門化し、学業に向かない生徒たちでも自分の得意分野を伸ばせるようにするのです。 基礎学力は事実上中学校までで十分でしょう。これからは、ひとつの分野でも「尖った才能」があれば大きな成功を収めることができる時代です。せっかく、才能を伸ばせる年代に、退屈な学業ばかりをやらせていたのでは、せっかくの日本の人材教育が無意味なものになってしまうのではないでしょうか? 現状では、スポーツや芸能などの正規の教育を受けるには多額の資金が必要です。それを、無償化された高等学校でやってしまえば、格差解消にもなると信じています。 才能を持った若者たちが、それを開花させる機会を得ることなくグレてしまうのを見るのは、とても悲しいものです。時代の価値観の多様化に応じて、教育も多様化してはいかがでしょう?
2010.08.02
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