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チリで大地震が起こりました。先日「ニューズウィーク」誌を読んでいてたら、地震や災害に関して行動経済学的立場から「人間はイザという時の備えをしないものだ」「災害は自分とは関係のないことだ」と思ってしまう傾向があると書いてありました。たとえ、確率が低くとも被るダメージが大きければ、当然のことながらマイナスの期待値は大きくなるのでそれなりの準備をするのが合理的人間であるにもかかわらず、そういう準備をしない「不合理な人間」が現実の人間なのだ、という意味でしょう。しかし、果たしてそうなのでしょうか?どのような災害が来るかわからない私たちにとって、いったいどのような措置をとれというのでしょうか?大災害が来なくとも、日々の生活の中には生命を脅かす危険がヤマのようにあります。私自身、公共交通機関以外に、自動車、原チャリ、ロードバイク、ママチャリ、徒歩と、都市生活でのおおよそ全ての方途を用途に応じてとっていますが、どれをとっても安心ということはありません。ひどいときは、あちこちでニアミスがあり、無事に帰ってこられたことを神に感謝したい気持にさえなります。とどのつまり、私たちには予想できない災害に対する効果的な予防策など到底取れないと、私は思っています。唯一、私たちにできることは、いつ災害に遭遇しても公開することを少なくすることでしょう。スティーブ・ジョブズが「常に死を近くに意識していれば自ずから自らやるべきことがわかる」と言っていました。私たちも、明日、いえ今日命がなくなっても後悔しないようにしておくことこそが災害に対する最大の防御だと思います。感謝することを忘れている相手がいたらすぐに感謝しましょう。会いたい人がいれば、すぐに会いましょう。言いたいこと、書き残しておきたいことがあればすぐに書き残しましょう。そして、後は自分自身の運命に委ねて毎日を過しましょう。
2010.02.28
オリンピックの女子フィギュアスケートのキム・ヨナのフリーでの150点超えには、少々驚きました。様々な声がありますが、「たらは北海道」ということで(やや寒いシャレでした・・・)それにしても、前回金メダルの荒川静香さんのドレスは確か青だったと記憶しています(間違ってたらゴメンナサイ)今年のキム・ヨナも青でスッキリしたドレスでした。オリンピック女子フィギュアのラッキーカラーは、もしかしたら青伸すっきり系かもしれませんね。白い銀盤の上で、引き締まったシンプルなブルーは、想像以上に映えていたのではないでしょうか?
2010.02.27
日本のマスメディアで、韓国や北朝鮮の人たちは「キム」とか「パク」というように正確な表現がなされているのに、中国の人たちは相変わらず日本的漢字読みになっているのに違和感を感じる人も多いのではないかと思います。胡錦濤主席は「フーチンタオ」と呼ぶのでしょうし、毛沢東の毛は「マオ」と呼ぶのでしょう(中国語は全く知りませんので間違いがあったらご容赦下さい)。確か、朝鮮半島の人たちや出身者の発音を変えたのは、発音を巡って訴訟を起こしたことがきっかけだと記憶しています(在日韓国人の原告が敗訴しました)。しかし、国際化の流れで固有名詞に対して敬意を表するのであれば、朝鮮半島の人々と中国の人々を区別するのは納得がいきません。英語はもっと傲慢な言語です。聖書に出てくる「ヨハネ」はジョン、「パウロ」はポール…ビートルズファンの私としてはついうれしくなってしまいます(^^;)かつてのテニスの王者ボルグは、スエ―デン語では「ボリー」と呼ぶそうです。個人の固有名詞には、他人には絶対にわからない本人の愛着があります。その証拠に、あなたの名前の漢字を全て間違えられたら怒りをとおりこして呆れ、二度とその人と会いたいと思わないでしょう。私も一回だけ芸術的とも思える読み方で昔の上司から手紙が来ました。「小事真左日戸」というような感じです。もちろん、ずうずうしいおねだりの手紙だったので返信はしませんでした。
2010.02.25
最近、ビジネス・パーソンのあり方について尋ねられることが多くなりました。 私のように、大企業の宮仕えあり、転職あり、フリーランスへの退職あり、という年齢にしては珍しい経歴を持っているのが原因なのかもしれません。 そのような質問を受ける度に、私が答えるのは「時間を売る人間にならないことが肝要なのではないでしょうか」ということです。 一昔前の「窓際族」というのは、それなりに悲哀があったものですが閑職にいても定年まで会社が面倒を見てくれました。 数年前から、依願退職の勧奨という形での「日本式リストラ」が流行り出しました。今では、会社自体が破綻して、いつ何時「会社都合」で失業保険をもらう羽目になるかわからない時代に来ています。実は、そのくらい厳しい状況の勤め先が多いのです。このような時代、時間を売っているビジネス・パーソンは、次のアテが全くありません。 そうではなく、スキルを磨いて「スキルを売っている社員」になれば、そのスキルが当該会社だけに通じるものでない限り、どこへ行っても「買い手市場」になれるはずです。もっとも、このようなことは「言うは易く行うは難し」で、私自身が授業員だったころは社内政治にウツツを抜かしている上司、時間を売って「お金のために我慢しているの」と開き直る上司が少なくなく、案外、今の時代もそういう人たちがたくさんいるのではないかと思っています。 何歳になっても新しいことを始めることはできるのです。自分への投資を続けてきた人にとっては…。
2010.02.22
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先般、某ロースクールの教授と飲んでいました。彼いわく。「3年も2年も(未習も既習もの意味です)、お前の本2冊程度の知識もなくてさあ…それが入学してくるときならともかく卒業するときだぜ」私いわく。「それは、おまえんとこの教育が悪いんじゃないの。学生のせいにするのはアンフェアだぜ」気まずい雰囲気…でお開きでした。高飛車な教授にアホ扱いされないためにも、特に今年ロースクールに入る人(もちろん既に在学している人は言うまでもなく)、読んでおいて下さいね。2冊あわせても3000円と消費税ですし、楽しく読めること請け合いです。それにしてもムカつくな-!安全地帯にいてブツブツ文句を言うヤツは。荘司雅彦の法律力養成講座
2010.02.21
織田信成選手のスケート靴の紐が演技中に切れてしまいました。織田選手はそれを事前に知っていて「感覚が狂うのを恐れ」紐を結んで出場したが、残念ながら紐は切れてしまったそうです。試合後、自分のグラブをピカピカに手入れするので有名なのが、かのイチローです。それも毎試合後。これは多くの野球選手が見習っていることで(もちろん道具をぞんざいに扱う選手もたくさんいます)、自分の勝負の道具の不具合の有無も常にチェックしているということだそうです。織田選手も、練習後や試合後に常にスケート靴を磨いていたら、直前で切れていることに気づくようなことはなかったのではないでしょうか?私なんぞが偉そうなことは言えませんが、中学時代に所属していたテニス部で「ラケットを投げるな!ラケットを投げることはテニスを止めることだと思え!」という顧問の先生の話を思い出しました。普段の仕事でも、このような例はたくさん見てきました。出先で法律相談をする時、一緒になった大先輩弁護士2人が六法を持参していなかったのに驚きました。もちろん、その大先輩たちに「プロ意識」が欠けていたと断言はできませんが、恒例のように行われる行事ですから、予め主催者側が六法を用意してくれていないことは知っていたはずです。六法なくして、正確な法律相談の応対ができるとは私には到底思えません。ちなみに、最近、私はたまに名刺を切らしてしまい、相手の方に怪訝な顔をされることがあります。営業マンだったら失格でしょう。完全武装していくことこそ、(私も含め)本来のビジネスパーソンであるべきなのでしょう。ただ、自分にとって勝負を決する道具だけは絶対にチェックを怠らない程度の注意は最低限必要だと思います。ずぼらな私が偉そうなことを言える立場ではありませんが、こと六法に関しては、常に最新版を携帯することを忘れたことは一度もありませんでした。もちろん、各会の多くのプロの方々にとっては、この程度は常識なのでしょうが…。
2010.02.19
私がかつて投信会社に勤務していたころ、自分自身のレゾン・デートルに深い疑問を抱いたものでした。といいますのは、当時の国内株式投資信託のパフォーマンスはインデックスファンド(日経225やTOPIXに連動して価格が動くファンド)の足下にも及ばなかったからです。つまり、ファンドマネージャーと称する人たちが、あれこれ銘柄を選んでポートフォリオを組んで運用していたファンドは、全てインデックスファンドよりも低利回りだったのです。これは日本だけに限った問題ではなく、アメリカでも同じような状況でした。つまり、投資家であるお客さまとしては、インデックスファンドに投資するのが最も有利であり、ファンドマネージャーが運用する投資信託を買うよりよほど有利だったわけです。その上、それらのファンドが満期4年、クローズド期間2年(解約できない期間)とすると、2年を過ぎるとどんどん解約されていったのです。これは、証券会社の営業担当者が顧客に解約を勧め、新しいファンドを購入させて手数料を稼ごうとしたのでしょう。ある意味、投信会社の従業員のうち、インデックスファンドに関係している従業員以外は、お客さまがインデックスファンドで運用したら得られたであろう利益でもって高給をもらい、高額なボーナスをもらっていたわけです。最近は、インデックスファンドよりも有利なETFがありますし、海外ファンドなどで高利回りを出していますので投資信託の存在意義はあるのでしょうが、当時はひどい状態でした。しかし、やはり外銀系列が運用している海外ファンドの方が運用成績がいいのは、新生銀行のファンドラインナップを一覧するだけで明らかです。1年間で100%を超えるパフォーマンスを出しているファンドが何本かあります。大親友の山崎元氏は、何年間も投資信託のインチキ的なからくりを主張し続けてきました。(彼とは、大学時代の親友であり、かつ投信会社でも一緒にいた時期があります)先般、日経新聞の調査で、ソニー銀行が顧客満足度1位になっていましたが、ソニー銀行も外資系投信の高利回りファンドを揃えています。ゆくゆくは、コンピュータプログラムに従って運用するファンドが主流になることは間違いありません。かのリーマンショックの時でさえ高利回りを維持し続けたマンのファンドは、プログラムの指示で運用されているものです。そういう意味では、ますます金融工学の重要性は高まるでしょう。サブプライム証券というインチキ商品を作ったのは、金融工学という名のコロモをかぶった悪人の仕業であり、決して金融工学自体が悪いわけではないのですから。
2010.02.17
昨日の日記で「法的三段論法」を書いたのですが、どうも試験の答案で書くイメージがつかめないというご意見がありました。いやー、ごもっともです。試験で問われているのは、1の問題提起と2の規範の定立の2つと言っても過言ではないでしょう。受験者は、往々にして1の重要性を忘れてしまうことがあるのですが、1を忘れればその「論点」に与えられた点数はゼロになってしまいます。まずは、問題文の中から重要な「論点」を発見しましょう。2はおそらく法律関係を勉強している人にとって、一番時間を割いているところでしょう。判例、通説、有力説などなど、みなさんが一生懸命憶えるところです。しかし、個人的には2は筋が通っていればなんでもいいのです(もちろん最高裁判例は肯定するにしても否定するにしても触れる必要がありますが)。2で筋をとおして、1で具体的事案から抽出した問題点を抽象化して論じる。3で、2の抽象論を愚弟的事例にあてはめて結論を出す。これでいいのです。難しく考えすぎるのはかえって無駄なこと。論点をしっかり抽出して、筋の通った規範の定立をして(最高裁判例は不可欠)、最後にあてはめれば、法律関係の試験では合格点が付きます。難しく教える人。難しく考える人。そういうものを無視する胆力も必要でしょうが???
2010.02.15
一般に「三段論法」というと、「AならばB」「BならばC」よって「AならばC」というような形をとるものですよね。ところが、法的三段論法というのは、ひと言で言ってしまえば「あてはめ」なのです。1 本件(具体的事例)は、被告人が故意に鈴木さんを殺したものである。2 故意に人を殺すのは刑法199条の殺人罪に当たる。3 よって、被告人は、刑法199条によって「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」に書せられるべきである。このように、2の部分に一般論が入ってきて、1で問題提起、3で結論となるわけです。司法試験などの論文試験では、最も重要なのが2になるのですが(3は2の筋が通っていれば極論すればどちらでもいいのです)、1の問題提起ができないケースが案外あります。こういうのを、司法試験業界では「論点を落とした」と表現します。ビジネスや一般社会でも、まずは「何が問題になっているか?」を見極める力が大切になっています。とくに、情報過多の今日においては、ひとつの事例やひとつの案件において、どれだけ重要な問題点を見つけられるかというのが極めて重要な資質となるでしょう。そういう意味では、法律の勉強ってしておいた方がいい時代になっていますね。だって、法律の答案で「論点」に気づかなかったら悲惨な点数になってしまいますから、法学徒は現実社会の問題点に常に目を向けている癖がついていますから。がんばれ受験生、がんばれ若手法曹!粛々と自分を磨いていけば、必ず輝くものだと信じています。
2010.02.14
夕方頃にラジオを聴いていましたら、アメリカでは「一目惚れ」で結婚した人の離婚率がそうでない人より圧倒的に低いそうです(気を付けて聴いていませんでしたので、多少間違いがあるかもしれません)。もしかしたら、これは血液型によるものではないか、と思ってしまいました。血液型といっても、日本で流行っている「ABO」方式(赤血球の血液型)ではなく、白血球の血液型です。赤血球の血液型には、現代の科学では何の根拠もなく気質も相性もアテにならないそうです。ところが、白血球の血液型は、自分の白血球と異質の白血球を求めるそうです。なぜなら、体内に入ってきた異物を退治するのは白血球の役目ですから、丈夫な子孫を残すためには、できるだけ自分と異なったDNAの白血球の持ち主との間で子供をつくり、多様かつ強力な白血球を残す必要があるからだそうです。その見分け方はなかなか厄介ですが、もっとも簡単な方法は相手の臭いが「自分にとって好ましいかどうか」という方法だそうです。どうやら、自分の白血球の血液型と異なった血液型を持った相手の体臭を、人間は好ましく感じるものらしいのです。先ほどのラジオの話でも、本当の「一目惚れ」ではなく、大なり小なりスキンシップを伴った上での「一目惚れ」だと考えれば納得がいきます。あれこれややこしいことを書いてしまいましたが、早い話、相手の臭いが鼻につく相手とはお付き合いしない方が無難だということなのでしょうねえ。
2010.02.11
宮城県で、少年が2人を殺傷し、18歳の少女を連れ去るという事件が発生しました。報道によりますと、犯人の少年は連れ去った少女にそれ以前に何度も暴力をふるっていたとのことで、容易に拒絶型ストーカーであると想定できます。拒絶型ストーカーは、拙著「事実認定の手法に学ぶ法的仮説力養成講座」第6章でも紹介しましたが、他のタイプのストーカーと比べて圧倒的に危険性が高いものです。そもそも、「拒絶型ストーカー」というのは、かつての恋人や妻に復縁を持ちかけ、それを拒絶されたことを発端として凶悪犯罪に及ぶもので、今まで世間を騒がせてきた凶悪的ストーカー事件のほとんどがこのタイプです。18歳の少女が暴力をふるわれていることを、それまで何度も警察に連絡していたことを考えると、これはあまりにも警察の怠慢としか言いようがありません。拙著が引用させていただいた越智先生も書いておられるように、警察は往々にして「内輪もめ」であるなどと勝手に解釈してしまいがちです。もっと、徹底してストーカーの分類とプロファイリングの知識の普及を徹底していれば防げた犯罪であると思うと、残念でなりません。
2010.02.10
「あなたは心配性ですか?」と尋ねられれば、ほとんどの人は「そうであるような…ないような」という曖昧な回答をするのではないでしょうか?それはそうですよね。人生を歩んでいれば、「先のことが心配でどうしようもならない」時もあれば、「まあ、なんとかなるだろう」と思える時がありますから。私が毎年クリスマス・イヴにこのブログに書く聖書の言葉は以下のものです。-------------------------------------だから、明日のことを心配するな。明日のことは、明日、自ら心配する。今日は今日のことだけで十分である。--------------------------------------実は、私自身、25年前に当時認知されていなかった「パニック障害」に罹患しました。どこの病院に行っても「全く異常なし」であるにもかかわらず、満員電車に乗ると動悸が高まったり、脂汗をかいたり、吐き気をもよおしたりするのです。「パニック障害」に罹患していたときは、それはもう毎日が「心配」の連続でした。ところが、ここ数年の間に「パニック障害」が解明され、つまるところ「動悸の高まりや吐き気がしてもその後何も起こらない」ということがわかってからは、ほとんど「心配」はなくなりました。実際に、気絶したり嘔吐することがない、という情報があるとないのとでは大違いであることは理解していただけると思います。実は、多くの人の抱えている「心配」というのも、それと似たようなものらしいのです。ある心理学者は「人間の抱えている心配の85%以上は、心配しようがしまいが、関係のないこと」だそうです。例えば、あなたがリストラされるのではないかと心配していても、その心配は難の役にも立たないのです。リストラされるときは心配していてもいなくともリストラされますし、そうでないときも同じです。つまり、85%以上は、自分ではどうにもならないことを心配し、心を病み、鬱病に罹患してしまうケースがとても多いのです。「そうは言っても心配なものは心配だ」と思われる方は、少しでもそれを取り除くべく努力を重ねればいいのです。正鵠を得た方向での努力であれば、それは確実に「心配の種」を小さくしてくれます。行動を忘れ、あたふた「心配」をすることは、自分の心を痛めつけるだけの効果しかありません。
2010.02.09
昨今のデフレと不景気で、百貨店業界の業績は大変なことになっています。昨日、伊勢丹の地下に買い物に行ったのですが、良品質なものがかなり安価で売られていたのには驚きました。私自身、時々、書店や家電量販店を隅々まで見て回って、時代のトレンドをキャッチするようにしているのですが、最近は「デパ地下」にも出没しています。男一人ですから、まあ、ちょっと異様な感じかもしれませんが、人混みで目立たないのが助かります。余談になりましたが、デパ地下は、このところ相当営業努力をしています。ただ、百貨店という宿命上、「安売り」をおおっぴらに宣伝できないというジレンマを抱えているのではないでしょうか?最近、デパ地下にご無沙汰の方。是非、一度寄ってみることをお勧めします。思わぬ、ささやかな幸せをつかめるかもしれませんよ。
2010.02.08
先般、ある取材を受けたとき、「昨今はすぐに検索することができるから暗記は不要ではないでしょうか」というご意見をいただきました。それに対する私の解答は「断固 NO!」というものです。その機会には述べませんでしたが、頭の中に様々な論点を叩き込んでおかないと、それぞれをつなぎ合わせるネットワークを組むことができません。マスメディアに出ている文化人の方々の発言を訊いていると、その方の「頭の良さ」というか「ネットワーク力」というのが如実にわかります。普段から、日本の縦割り行政を批判しつつもその現状を語っている人がいたとしましょう。もし、そういう方が、最近問題になっている朝青龍事件でモンゴルとの国際関係に悪影響が出ているから外務省が働きかけるべきだと発言したとします。そのような発言を訊けば、あなたはきっと違和感を感じると思います。なぜなら―モンゴルでは相撲協会を批判しているのです。相撲協会の監督官庁は文部科学省です。縦割り行政の弊害があるのであれば、外務省が文部科学省の監督下にある相撲協会の判断云々について動くと思いますか?妙な例を挙げてしまいましたが、「縦割り行政の弊害」という論点と、「モンゴル人力士をめぐる外交問題」という2つの論点がしっかり頭に入っていないと、例として挙げたような非常識な提案を出してしまいかねません。頭の中に入れていてもそれをネットワークでとしてべない人もいますが、これは訓練次第で何とかなります。まずは、ともかく論点なりを頭に入れる。それをネットワークでつなぐことが、法律などの学習には欠かせないことですし、関連する論点を苦労することなく頭の中に入れ込むコツでもあると思っています。
2010.02.07
ここ数年間、「速読」に関する書籍やアイテムが途絶えたことがありません。しかし、いったい何のために「速読」をしたいのか、という目的を明確にする必要があるのではないでしょうか?書評家という職業であればともかく、現代社会において、一人の人間がそれほどたくさんの書籍や資料を読まなければならないのでしょうか?そうだとしたら、書籍の売り上げがもっと上がるはずなのに、ご存じの通り未曾有の出版不況になっています。それはともかくとして、ビジネス書などの実用書を読むのであれば、その書籍からどのようなスキルを得るかということが目的になるのでしょう。得られるスキルのない実用書はそもそも読む必要がないか、趣味で読む小説のようなものですから「速読」する必要はありません。このように、読む目的をはっきりさせれば、たいしたスキルがなくとも「速読」は可能です。まず、目次を読み、書店で立ち読みをするようにザザッと全体を読んで、自分の目的に合致していそうな部分を把握します。後は、その目的以外の部分は雑誌のように斜め読みしつつ、必要と思われるページを折っておき、目的部分との関連性を把握します。目的部分をしっかり読んで、その本から得られたスキルを箇条書きしておきましょう。Gメールに書き込んで、自分宛に送って「読書」のマークを入れる方法は、吉澤大先生の本に書いてありました。まさに1冊のノートに書いていってもいいでしょうし、日記に書いておいてもいいでしょう。要は、使えるスキルに変換しておかなければ、読んだ本の内容は忘却の彼方に去ってしまうということです。趣味の読書は、時間を気にせず楽しみましょう。いい本は、2000円もしない値段で「ささやかな贅沢」を与えてくれます。いずれにしても、実用書は「迷ったら買い」です。1冊の本から1つのスキルを習得できれば、それで十分モトが取れますから。費やす時間(つまり「機会費用」)を抑えるために、目的を絞って読書をすればいいのですから。
2010.02.04
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拙著「法律力養成講座」の増刷が決定いたしました。これで7刷だと思います(?)三省堂ロングセラー100冊に選ばれたのも、ひとえにみなさまのおかげであると、深く感謝する次第であります。本当にありがとうございます荘司雅彦の法律力養成講座
2010.02.01
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