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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------持たないものこそが、与えることができる。このことば、ずっと謎でした。「持ち物が少なければ少ないほど、 多くを与えることができます。 矛盾としか思えないでしょう。 でもこれが愛の論理なのですよ」 (マザー・テレサ)どうしてなんだろうと、思ってました。それが、ようやくわかりました。急に、マザー・テレサの本を読みたくなり、急きょ、3冊ばかり購入して、読んだのです。こたえは、それらの本のなかに書いてありました。だから、これは、まったく、それらの本の受け売りなのですが、私自身のこころに刻みつけるために、あえて、私のことばで書いてみます。もし私が、お金でも食べ物でも、困らないだけもっていたとしたら、私は、それらを、困っているひとたちに、さほど苦もなく分けることができます。でももし、私が、何かの事情で、それら自分が持っていたものを、なくしてしまったあとで、なお、同じように分けようとしたら…。それは、仮に量が同じだとしても、より多くのものを分けたことになる、ということなのです。これと同じことが、阪神大震災のときにあったそうです。ある国際的な援助組織に加入して、月々定額を寄付してきたひとたちが、あの震災で、家も財産もうしなってしまったあとも、同じように寄付をつづけたというのです。それは、並大抵のことではなかったろうと思います。「ひとの援助より、まずは自分の暮らし」そう思っても、けして不思議ではないし、むしろ、当然のことでさえあります。 ですから、そうしなかったひとたちがいても、 それはそれで当然なのです。でも、それを実行したひとたちは、このマザーのことばがわかったひとたちなのです。与えた金額や量の問題ではないのです。そのお金(もの)があれば、本当ならば、自分の不足を埋め合わせることができるのです。でも、その思いをこえて、手渡すのです。自分の痛みをこえて、わかちあうのです。マザーの本を読みながら、私は、自分がまだまだ、強欲に握りしめているものがあることに、恥ずかしさを感じてしまいました。私は、何をわかちあうことができるだろうかと何度も何度も、考えました。それほどに、マザーの本は、私が、与えないでいたものの多さを、思い知らさせてくれました。痛みをこえて、わかちあうこと。たぶん、そのとき、私たちは、「愛」が何であるかを学ぶのだと思うのです。「愛」ということばが抽象的なら、「自分の存在」の意味と言い換えてもかまいません。それは、たぶん、実行したひとにしかわからないことなのです。マザーの本のなかでは、4歳の子どもでさえも、そのことを実行していました。私たちに、できないはずがないのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第395号(2004年11月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------あなたのその時間、お米何キロぶん?私が野口体操を学んでいることは、このメルマガでも、何度も書いてきました。http://aea.to/noguchitaisou/あるとき、教室で、こんなことがありました。ある、からだの動きがなかなかうまくいかず、「できなーい」と声があがりました。それで、先生が、ベテランの2人の参加者に、「ちょっとやってみて」と言ったのです。すると、2人は、本当に優雅に、伸び伸びとその動きをやってみせてくれました。 野口体操に、模範というものはありません。 このときの、先生の意図は、2人が どれだけ楽に、自由にからだを使っているか ということを、見せるためなのです。その動きに思わず、拍手する私たちに、先生は言いました。「あのね、月謝10000円も払って、 教室に来てるんだから、 モトとるつもりでやらなきゃだめなのよ。 このひとたちが、こんなに伸び伸び 動いているのは、モトとりたいからなのよ。 10000円っていったら、1回2500円よ。 2500円っていったら、お米5キロぶんよ。 せっかく来たんだから、遠慮したり、 体裁とりつくろってたりしても、仕方ないでしょ。 しっかり、モトとって帰ってちょうだい」もう、大爆笑になってしまいました。野口体操は、私にとって、からだの本質を問い返すことのできる、すばらしい体験なのですよ。それが、この日ばかりは、あっさりと、お米に換算されちゃったわけですから。しかも、講師の先生に。(爆)でも、あらためて、これって、すべてにたいして言えることだなと思いました。たとえば、本1冊を買って読む。ワークショップに参加する。それは、1500円かもしれないし、3000円かもしれません。でも、その価値を決めるのは、自分自身なのですね。受け身でいても、2500円。積極的に参加しても、2500円。もちろん、換算するのは、お米でなくてもいいんです。でも、あなたがそこにかけるお金が、自分が生きていくために必要な何かと換算してみたときに、本当にそれに見合うだけの価値を、自分でつくりだしているか。そのことは、ときどき、チェックしてみるといいかも、と思います。具体的な、そしてみぢかな何かに換算することで、そのことが、はっきりしてきますから。ちなみに、私の場合は、お米ではなくて、お米の汁、のほうがわかりやすいかなあ。(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第394号(2004年11月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------痛みを遠ざけると、こころは麻痺します。前号(第392号)のテーマは、「自分が痛いときは、相手も痛いのです」でした。すると、読者のかたから、質問をいただきました。「道具を使えば、痛くはないのでは?」確かに、そのとおりです。でも、ひとはなぜ攻撃に道具を使うのか。今日はその辺を考えてみたいと思います。たとえば、目の前にゴキブリがいたとします。さすがに、直接、手は使いたくないので、足で、踏みつぶしたとします。(食事中のかたがいたらごめんなさい…)でも、あの、感触、いやですよね…。(^^ゞで、ついつい、新聞紙を丸めてたたいたりします。さらには、殺虫剤をかけたりします。ゴキブリほ○ほ○を、仕掛けたりします。また、こんなふうに考えることもできます。ゴキブリなら、新聞紙でもすみますが、これが、ハチならどうでしょう。あるいは、サメなら? ライオンなら?私たちは、自分がやられないために、(痛みを感じないために)どんどん、強力な武器を用意することになりますね。わかりますか?誰かを攻撃するとき、直接であれば、ひとは、確実に痛みを感じます。それは、からだの痛みのこともあれば、相手を傷つけてしまったという、こころの痛みのこともあります。でも、ひとは、誰でも、痛みを感じたくないのです。だから、距離をとるのです。道具を使って。つまり、道具を使うということは、それが強力であればあるほど、そこにともなう痛みが強いということなんです。それだけ、そこには、相手への怖れの気持ちがひそんでいるということなのです。そして、道具を使いなれるにしたがって、ひとは、痛みの感覚をうしないます。まるで、そこには痛みがないかのような麻痺状態におちいっていくのです。でも、それは、錯覚なのです。痛みを感じないというひとがいるとすれば、もう一度、原点に帰ってみるといいのです。一切の道具を捨てて、相手と素手で、取っ組み合ってみる。面と向かって、ことばでやりあってみる。それでも痛みを感じないというひとに、私はまだ出会ったことはありません。(^^ゞ痛みを遠ざけると、こころは麻痺します。それは、表面的には楽かもしれませんが、ある意味、寂しいことかもしれません。麻痺したこころは、痛みだけでなく、さまざまな感情をも受け取れなくなります。喜びも、いつくしみも、やすらぎも…。痛みに向き合ったとき、このことを、ぜひ思い出してみてくださいね。せっかく生まれてきた、一度きりのこの人生で、こころを麻痺させてしまわないために…。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第393号(2004年11月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------正業ではなく、生業です。先日、友人からおもしろい質問をもらいました。「かめおかさんの正業って、編集者だっけ? ワークショップなんかは、副業になるの?」返事をしようとして、はたと詰まってしまいました。たしかに、一応の「本業」は、「編集者」です。特定の会社で働いていた時期も含めると、かれこれ、10年以上になります。演劇教育、表現教育以外の仕事はやらないとてもわがままな編集者ですけども。(笑) ちなみに、こんな本をつくってきました。 http://myshop.esbooks.co.jp/myshop/49810?shelf_id=10でも、ここ数年、私の活動は、飛躍的な変化を遂げてきました。脚本の執筆や、演技指導の機会が増え、表現とコミュニケーションのワークショップでは、全国を飛び回っています。今年は、本の出版もさせていただきました。http://homepage3.nifty.com/kaishin-juku/book/Amazon.htmでは、どれが私の正業なんでしょう?そして、どれが、副業なんでしょう?どれも、です。そして、どれでもない、のです。友人のおかげで、そのことに気がつきました。だから、友人にはこう返事しました。「私の仕事は、私がやっていること全部。 かめおかゆみこそのものが、私の正業、 ううん、生業なの」言ってしまったら、無性に楽しくなりました。そうでした。正業ではなく、生業なのです。生きていることが、仕事であり、趣味であり、そして、当たり前ですが、人生そのもの。正も副もなく、まるごと全部、生きるのです。もしも、いま、仕事上で行き詰まっていたり、おもしろくないなあと感じているひとがいたら、こんなふうに考えてみてはいかがでしょう。「自分は、○○という仕事(正業)を しているのではなく、 自分まるごとの生業のひとつとして、 ○○ということをやっているんだ」そして、あなたの「生業」のなかに、その○○をどんなふうに位置づけたいですか?それは、あなたのすべてではなく、あくまでも、あなたの一部に過ぎません。だとしたら、存分に楽しむのも、いやいやかかわるのも、あなた次第なのです。あなたの「生業」が、より満ち足りて、実りあるものになるように、その一つひとつを、大切にしていきましょうよ。私も、今回、あらためてそう思いましたよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第392号(2004年11月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------自分が痛いときは、相手も痛いのです。誰かから否定されたり拒否されると、私たちは、しばしば、こころの痛みを感じます。そして、否定したり拒否した相手を嫌ったり、恨んだりします。「なぜ、あのひとは、私にたいして、 こんな対応をするのだろう。 きっと、ひとの痛みがわからないひとなのだ」そんなふうに思いたくもなります。実際、かつての私がそうでした。傷つけられた自分の痛みばかりを見て、一方的に、相手を非難していました。あるときのことです。何かの機会に、子どもと遊んでいて、その子が、思いきり、私をたたいたのです。(別に悪気はなかったのですよ)私は思わず、「痛ーい!」と叫びました。すると同時に、その子も叫んだのです。「痛ーい!」と。見ると、その子の手が赤くなっていました。私たちは、思わず、笑いました。そして、そのとき、わかったのです。自分が痛いときは、相手も痛いのだ、と。 より正確に言うと、それが言葉として 表現できるようになったのは、 もう少しあとのことですけれども。誰かをたたくと、相手も痛いけれど、自分のほうも痛いんです。強くたたけばたたくほど、ますます、自分の手も赤く腫れあがるように。こころも同じじゃないでしょうか。手ほど、わかりやすくないだけで。誰かがあなたを否定(拒否)するとき、その動機を、そのひとは、表面的には、「当然のこと」と考えているかもしれません。「あなたは、こういうことをした。 だから、私はあなたを否定(拒否)するのだ」(それが、もしかして、事実無根、 誤解にもとづくものであってもね)けれども、誰かを否定(拒否)することは、誰かを、「たたいている」ことと同じ。気がつかなくても、そのひとのこころは、痛みを感じているのです。あなたを否定(拒否)すればするほど、そのひとのこころは、ますます痛むのです。そこには、静かでおだやかな、満ち足りたやすらぎはありません。もしも、あなたに、そのひとのこころの痛みが見えたとしたら、「あのひとは痛みのわからないひと」と、言い切ることができますか?あなたが受けた痛みのぶんだけ、そのひともまた傷ついていることに、気づくことができるでしょう。だから、ね。おあいこなんです。おあいこだって、気づいたほうから、痛みのシーソーから降りませんか?私たちのこの手は、たたくかわりに、握手することだって、できるんですよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第391号(2004年11月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------感謝の気持ちを抱きしめましょう。ときどき、胸の内から、「感謝」の気持ちがあふれ出てくることがあります。理由がはっきりしているときもあるのですが、まったく脈絡なく、不意にやってくることもしばしばです。それはおそらく、私の胸の底で、静かにたまっていたものが、境界線を越えて、あふれてきたものなのでしょう。ですから、そんなときは、ただ、その感謝の気持ちを、抱きしめることにしています。感謝の気持ちを抱きしめていると、不思議なことが起こります。悲しかったこと。せつなかったこと。苦しかったこと。怒っていたこと。…それらが、感謝の気持ちによって、押し流されていくのを感じます。「もう、いいんだよ。 抱えていなくて、いいんだよ。 手放して、いいんだよ。 すべて、はじめから、 ゆるされているのだから」そんな声が聞こえてくるような気がします。そして、あとからあとから、新たな感謝の気持ちがこみあげてくるのです。私は一体、何に感謝しているのか。それさえもわからなくなるのですが、そんなことはおかまいなしに、思いはあふれて止まらないのです。そのなかで、ふと、気づくのです。私たちにとって、生きているこの瞬間、瞬間すべてが、感謝の連続なのだな、と。何に感謝するのか、だれに感謝するのか。そんなことさえ、どうでもいいのです。ただ、この胸の内にあふれてくる、あたたかいものを、感じてさえいれば、私たちは、幸福になれるのだということがいま、しみじみとわかるのです。もしかしたら、感謝と幸福は、深いみなもとで、つながっているのかもしれませんね。私たちが生きるということは、その深いみなもとへと還る旅なのかもしれません。この短くて永い旅は、ひとによっては、苦しかったりつらかったりもするでしょうが、でも、みなもとはひとつです。感謝の気持ちを抱きしめましょう。まっすぐに、あなたの幸福にアクセスするために。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第390号(2004年11月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------ちゃんと、ひとりで、立っていますか?私は、「つながり」ということばが好きです。自分以外のひととの出会いとつながりに、いつも、わくわくを感じます。でもね、「つながる」ためには、忘れてはならないことがあるんです。「つながる」ためには、ちゃんと、ひとりで、立っていること。私はこのことを、「自分自身の軸をもつ」ということばで表現しています。野口体操 http://aea.to/noguchitaisou/ における「逆立ち」は、からだのどこにも、無理な力を入れないという、とても不思議な逆立ちです。普通に足で立つように、足の代わりに両腕で、まっすぐ、逆さに立つのです。 首に力を入れて、頭をそらせたり、 腕や足を曲げて、バランスを調節したり、 腰に無理な力を入れることを一切しません。誰かに力づくで支えてもらったり、自分のからだに無理をかけて立つのでは、本当の「逆立ち」とは言わないのです。このとき、頼りになるのは、地球の中心に、まっすぐに降りていく感覚です。このまっすぐに降りているものが、自分自身の軸なのです。誰かに教えてもらうことはできません。自分で感じ、たしかめる以外にないものです。さて、日常を振り返ってみましょう。このことは、日常のなかで、どんなふうに考えられるでしょうか。自分自身が、いま、どこにいるのか。これからどこへ向かおうとしているのか。自分の軸をもつということは、そのことを、しっかり自覚するということです。まず、自分の足で、ちゃんと立つことです。自分の軸をもたないと、他者のことばや態度に、簡単に翻弄されてしまいます。一緒に立っているつもりでいても、相手が位置をずらしただけで、ぐらぐらと揺れるようでは、立っていることになりません。相手がどうあろうと、自分は自分。自分の感覚で、イエスもノーも言えること。そのとき、おだやかに、自分の内がわに、軸が生まれていることがわかるでしょう。そうあってはじめて、ひととつながることの楽しみもわかるのです。ちゃんと、ひとりで、立っていますか?それがすべての人間関係の原点です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第389号(2004年11月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------楽になると、楽ですよ。私は、メール・セッションという、メールをとおした対話を、自分の活動のひとつにしています。(現在はしていません)自分のいまのありように不安を抱かれたり、これからのことで迷っていらっしゃるかたが、その思いをメールで伝えてくださいます。それにたいして、私なりに感じたことをお返ししていくものです。やりとりをさせていただくなかで、そのかたのなかに気づきが生まれて、悩みを抜けられていかれるときは、本当に、うれしい気持ちになります。そんなかたのひとりと、直接お会いして、話をしていたときのことです。ある悩みを抱えて、ずっと、苦しい思いをしてこられたかたでした。でも、けっして、問題から、目をそむけることをしませんでした。何度ものこころの揺れを乗り越え、しっかり自分と向き合いつづけ、とうとう、その問題を完了させたのです。「かめおかさん、私、 とっても楽になりました」そのかたは、晴れやかに言いました。「楽になると…」言いかけたそのまま、そのかたは、あらためて、自分の内がわを確認するように、ことばを探っていました。けれども、とうとう見つからず、思わず、こう言ったのです。「楽になると…楽ですね!」二人で、爆笑してしまいました。日本語としてはおかしくても、それ以外のことばが見つからないということが、よくわかったからです。そうなのです。楽なのです。自分に課せられた課題を越えたあとは、楽という感覚に、満たされてしまうのです。それはそれは、楽になれるんです。悩みに押しつぶされているとき、私たちは、この「楽」である感覚を、忘れてしまっています。そんな状態など、自分には無縁だと、勝手に思い込んでしまっています。でも、そんなことはないんですよ。誰だって、ちゃんと楽になれるんです。あなたがそれを選びさえすればね。もしも、あなたが悩みのなかにいるなら、「楽になると、楽ですよ」あなたが楽になれる日のために、あなたよりちょっとだけ先にたどり着いたひと(たち)の、このことばを今日はプレゼントしたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第388号(2004年11月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------------エネルギーは不変です。ただ、かたちが変わるだけ。先日のつづきです。「(批判がもつ)強いエネルギーそのものを、 ただ、まっすぐに受け止めてみましょう」まっすぐに受け止めるということは、真正面から受け入れるということです。全人類60億人分の1の確率で、私だけに向けられたメッセージがあれば、それは、まさに、奇跡のような出会いです。しっかりきっちりと受け止めたいのです。だから、私の場合は、批判されたときには、まず、「喜ぶ」ことにしています。(^○^)自分のスイッチを「喜び」モードにしておいて、その貴重なエネルギーを、あますところなく、まんまといただいちゃうのです。 あ、私って、もしかして、吸血鬼っぽい?(爆) 実は、ここが、とっても大切なポイントです。なぜ、内容の如何を問わずに、まるごと、エネルギーをいただくのか。そこには、「エネルギー不変の法則」がかかわっています。「宇宙に存在するすべてのエネルギーは、 かたちを変えても、その総量は不変である」これ、一応、物理学の定義にあるそーです。(^^ゞ(言葉の表現は、多少異なるかもしれませんが)でもって、感情も、エネルギーの一種です。エネルギー0の状態では、感情は存在できません。感情があるところには、エネルギーありきなのです。というわけで、エネルギーは、ありとあらゆるかたちに変換します。水が水蒸気になったり、氷になったりすることも、生きものが死んで、土に帰ることも、すべて、エネルギーの変換のかたちです。そうして、かたちは変化していくのだけれども、総量としてのエネルギーは不変だということです。だから、「批判」のように強いエネルギーは、実は、ものすごい「元気」エネルギーにも変わってしまうということなんです!(^○^)いただいたエネルギーを、どんなふうに変化させて活用するかは、自分次第。ねっ、そう考えると、わくわくしてくるでしょ?私が「批判」を喜ぶ気持ち、おわかりいただけたでしょうか?あなたも、エネルギーの有効活用、してみてくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第387号(2004年11月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.30
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------批判を喜ぶ。批判されて、喜ぶひとって、あまりいないかもしれませんね。私も、かつては好きではありませんでした。むきになって、相手を論破したりしていた時期もありました。 こう見えても(どう見える?)、 中学校・高校時代、校内弁論大会 連続6年最優秀賞。えっへん。(爆) でもね、最近、つくづく思うようになったんです。批判って、ありがたいなあ、って。だって、批判するためには、相手のことをよく知らなくちゃなりません。文章があるとすれば、じっくり読みこんだり、そのひとの行動をしっかり確認したり。そのうえ、批判のことばを組み立てるのですから、これはかなりのエネルギーを要するのです。それだけのエネルギーと時間をかけて、相手のことを考えているということなんです。もしも、あなたが誰かから批判されたとしたら、まず、そのことに思いをやってみましょうね。この短い一生の貴重な時間とエネルギーを使って、あなたのことを、そんなふうに、真剣に思ってくれるひとがいるのだと。この地上に、60億もの人間がいるなかで、あなたのことを、本当に真摯に考えてくれるひとと、いま、めぐりあっているのだと。私たちの本当の不幸は、誰からもかえりみられないことなんです。いじめで、「シカト」が一番苦しいというのも、そういう理由です。少なくとも、あなたが誰かから批判されているとき、あなたは、そのひとと、強く結びついている。何か深いつながりが、そこにあるということなんです。それは、もしかしたら、表面的には、あまりうれしいことばでは飾られていないかもしれません。でも、その表面に振り回されると、根っこにある強いエネルギーを受け取りそこねてしまうんです。だから、批判されて、「かっとなる」ひとは、とっても損をしているんですね。せっかくやってきてくれたエネルギーを、上手にキャッチできないのですもの。その強いエネルギーそのものを、ただ、まっすぐに受け止めてみましょう。そうすると、とってもおもしろいことが起きるんです。それは、何か?ちょっと長くなりそうなので、このつづきは、明日、書きたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第386号(2004年11月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.30
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ご応募ありがとうございます。 家族であれ、恋人であれ、友人であれ、私たちは、愛するひとのために、できるだけのことをしたいと思っています。 でも、大切なことは、そのひとの人生はそのひとのものであることを忘れないことです。 どんな困難も問題も、そのひと自身が超えていくことなしには、真の成長もありえません。 「どんなに愛していても、そのひとのうんこを 代わりにすることはできない」 2007年、かめわざ語録中、最大のヒットメッセージです。(自画自賛) 回答とともに寄せられた、コメントを紹介させていただきます。 ありがとうございます! ●Wさん一瞬(0.5秒ほど)目を疑いましたが・・・すぐに確信に変わりました!「かめおかさん、やってくれるわ~♪(爆)」う~ん、深い。深いです、これ。人任せにしてる場合じゃない(笑)つまり人生って、そういうことなんですよね。 ●Mさんちょっと笑ってしまいました(^_-)☆ ●Nさんまさか、そんな訳はないよねーと思っていました。でも、どんなに考えてもこれしか思いつきません。合ってますか?他の並び替えがあるのでしょうか? ●Gさん主人と2人で文章を繋げていたのですが、「ん?ん?」と顔を見合わせてしまいました(^~^)うんこー?(笑)これが正解かは全く自信がないです(笑) ●Oさん笑えました。ありがとう! ●Yさん本当にこれでよいのでしょうか?(笑)予想ではとても「うん」が付きそうなものが当たるのではと思っています(笑) ●Kさん素敵な答えに思わず笑ってしまいました♪合っていればの話ですが(´Д`υ)(笑) ●Pさんこれでよいのでしょうか… ●Sさん印象的な文章だったので覚えていました(^o^) ●Mさんワハハ(^O^) 大好きかめさん。
2008.06.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------「あきらめる」とは、明らかに見ること。「あきらめる」ということばは、どうも、あまりいい印象をもたれないようです。「あきらめるな」「あきらめちゃだめだ」こんなことば、しょっちゅう聞きますものね。でも、私は、実は、「あきらめる」ということばが、とても好きなのです。なぜならば、「あきらめる」とは、仏教でいう「あきら(かに)め(=み)る」だからです。明らかに見る、ことを、あきらめる、というのです。あらゆること・もの・ひとを、先入観を捨てて、ただ、明らかに見るのです。「もうそれしかない」「それ以外に見えてきようのない」そのこと・もの・ひとの、本質を見るのです。本質とは揺るがないものです。揺るがないものを、まっすぐに受け入れ、それにたいする自分のありようを覚悟することが、本来の「あきらめる」であったはず。それが、いつのまにか、「放棄する」「挫折する」かのような意味に転化してきたように思います。 この解釈は、例によって、かめわざ流。 「ああ、そんな見かたもあるのか」くらいに おつきあいくださいね♪そこで、もう一度、本来の意味に立ち返ってみたいのです。あきらめるとは、明らかに見ること。明らかに見るとは、本質に帰ること。そう考えて見ると、いろいろなことがすっきりしてきます。いやだなあ、苦手だなあと思っていたひとを、明らかに見ると、実は、そのひとは、自分自身の、いやだなあ、苦手だなあと思っている部分を体現してくれているのかも。失敗した、とりかえしがつかないと思っていることを、明らかに見ると、案外、すっぱり、手放せるかもしれません。あるいは、失敗した、とりかえしがつかないと、思っていることを、明らかに見ることで、もう一度、トライする勇気が湧くかもしれません。実は、私自身、「あきらめた」ことで、絶対にあきらめないと、決意したことがあります。(すみません、意味不明の表現で)(^^ゞ明らかに見たからこそ、その現実をありのままに直視したからこそ、出せたこたえでした。それは、いまも揺らぎません。勇気をもって、あきらめましょう。(^^ゞただ、その本質につながっていくのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第385号(2004年11月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------「忙しい」をやめて、「いそいそ」してみる。今日は、ちょっと軽く、ことばあそびです。「今日のフォーカスチェンジ」第15号(2003年11月6日発行)(http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000119721)に、『「忙しい」という言葉を使うのをやめてみる』というメッセージを書きました。そう、私は、「忙しい」ということばを使わないのです。でも、相変わらず、会うひとごとに、「お忙しそうですね」と聞かれ、毎回、「え、あ、いや、あの」と、あたふたしています。(^^ゞことばにこだわっているために、かえって、どぎまぎしちゃうんですね。で、「忙しい」に代わる、いいことばはないかと、ちょっと悩んでました。「楽しんでます」とか、「元気してます」とか、いろいろあるんですが、「忙しい」と、あまりに語感がちがうために、とっさのときに、なかなか使いづらかったりします。けさは、ふっと、ひらめきました。「いそいそ」です。(^○^)「いそいそ」っていうと、なんだか、こころがときめく感じがしませんか?これから何か、すてきなことが待っていそうな、そんな期待に満ちたことばです。思わず、足どりが軽くなる感覚になりますよね?そして、何よりも、「いそがしい」と、アタマ2文字が同じなのです。「お忙しそうですね」「ええ、忙しくて…」こんなふうに、「忙しい」が口ぐせになっているひとでも、「お忙しそうですね」「ええ、いそが…、いえ、いそいそしてますっ」その場で、言い換えがきくんですね♪ たぶん、その瞬間、 「はあっ?」と聞き返されると思いますから、 理由を説明して、納得してもらいましょう。(爆)というわけで、「忙しい」をやめて、みんなで、「いそいそ」してみませんか?「いそいそ、いそいそ、いそいそ」声に出して、練習してみましょう。なんだか、わくわくしてくるでしょう?そして、このほうが、絶対にパワフルですよ!こころが軽くなって、パワーが出るなら、こじつけもだじゃれも、全部OK!「いそいそ」な毎日を、楽しみましょう♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第384号(2004年11月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------生まれてきたからには、生きるのです。この夏、ある友人の家に泊めてもらった、翌朝のことです。庭に出ていた友人が、「かめちゃん、来て!」と、声をあげました。見ると、庭の潅木の枝に、羽化したばかりの蝶が、止まっているではありませんか。ゆっくりゆっくり、羽をひらいたり閉じたりして、飛び立つ準備をしているかのようでした。けれども、その朝は、夏とは思えぬ寒さで、時折、雨がぱらつく天気だったのです。蝶は、風に揺れ、降りかかる雨に打たれ、とても、弱々しく見えました。ときどき、じっと動かなくなるので、力尽きてしまったのかと、不安になるほどでした。見ていると、次第に胸が熱くなりました。蝶は、迷いなく、ただ、自然の摂理のままに、飛び立とうとしているだけです。おそらく、この蝶が、生き延びていくためには、さまざまな難関が待ち受けていることでしょう。私たち人間は、ほかの動物がもっていない「想像力」という、贈りものをもらって、この世に生まれてきます。この「想像力」は、夢を持たせてくれたり、新しい発明に貢献もしたりしますが、同時に、怖れや不安や懐疑などももたらします。とりわけ、新しい一歩を踏み出そうとするとき、「うまくいかないのではないか」「とりかえしのつかないことになるのではないか」と、ブレーキをかけることも多いのです。そんなとき、この、蝶の無心のはばたきを、思い出してみたいと思うのです。蝶は、迷うことがないのです。たとえ、風が冷たくても、雨に打たれても。生まれてきたからには、生きるのです。その意思が、からだのなかにあるのです。たとえ、生き延びる確率は、人間よりはるかに低いとしても、それでも、はばたきをやめないのです。私は、その日、予定があって、見届けることなく、友人宅を出ました。後日、友人が電話をかけてきてくれました。「あのあとね、30分くらいしてから、 飛び立っていったのよ」あの日の、ひたむきな、はばたきが、目の奥によみがえりました。あの蝶のように、無心に、はばたこう。ただ、生きることだけを考えよう。あらためて、そんなふうに思えたのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第383号(2004年11月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------いま、このままで、OKをあげる。ある日のワークショップのときのことです。一人のお母さんが、私に質問をしてきました。「うちの子、ほかの子と比べて、 表現力に乏しい気がするんですが…」以下、私とそのお母さんの会話です。「そんなことないと思いますけど…。 でも、仮にそうであっても、心配いりませんよ。 子どもって、びっくりするくらい 変化するものなんですよ」「そうなんですか?」「10歳過ぎてから突然変化しだしたりとか、 その子にとってのタイミングがあるんです」「そうですか…」ちょっとほっとした顔のお母さんに、私は、つづけて、こう言いました。「でもね、もっと大切なのは、 いまがどんなふうに見えていようと、 いま、このままでOKをあげることなんですよ」「えっ?」お母さんは、不思議そうに聞き返しました。「表現のかたちは、一人ひとりちがうんです。 誰かと比べて、いい・悪いじゃなく、 その子自身ののいまの表現に、OKをあげると、 その子は、安心して、次のトライができるんです。 それは、土台をつくることと同じなんですよ。 土台がぐらぐらしていたら、 どんな建物を建てても、安定しないでしょ。 人間のこころもいっしょです。 しっかり、安定した気持ちが底にあれば、 何があっても、揺らがないんです。 ひとはどうあれ、自分は自分というふうに、 安心して、一歩一歩を進んでいけるんです。 だから、いつかではなく、いま、このままで、 OKをあげつづけてほしいんです」ちょうど、その子が、やってきて、お母さんにしっかりと抱きつきました。私は笑って言いました。「男の子が、こうやって、てらいもなく、 お母さんに抱きつけるなんて、 せいぜい、あと数年ですよね。 すぐに、『うっせい、ばばあ』になりますよ。(笑) (この反抗期も、子どもにとっては、 通過するべき、必要な時期ですけれど) この数年の短い時期に、OKをあげなくて、 いつOKをあげるんですか?」お母さんは、思わず笑顔になって、「本当にそうですねえ」と言いました。いま、このままで、OKをあげる。単純だけど、とても大切なことだと思うのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第382号(2004年11月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------「かたち」に、こだわりすぎていませんか?ここに、三角形のクッキーと、四角形のクッキーがあります。かたちはちがいますが、中身は、同じ、おいしいクッキーです。でも、もし、「三角形じゃないとクッキーじゃない。 だから、私は四角形は食べない」と、拒否してしまったら?おいしいクッキーは、半分しか味わえません。何をばかな話…って思うでしょ?でも、クッキーの話なら、わかるけれど、人間関係となると、なぜか見えなくなっちゃうことが多いんです。ちょっと視点を変えてみてみましょう。ここに、急須があったとします。(急須でなくてもいいんですけどね)(^^ゞこの急須を、シルエットにして見てみると、どうなると思いますか?角度によって、さまざまなかたちに、変化すると思います。真横から見ると、たぶん、すぐに、「急須」だとわかるでしょう。真上から見ると、円形の何かに、二つの(注ぎ口と持ち手の)突起があります。では、注ぎ口(または持ち手)の正面から見たら?あるいは、斜め上(または斜め下)から見てみたら?ひょっとして、それが急須であると、わからないかもしれませんね。私たちは、ついつい、自分のもとめるものが、自分のもとめる「かたち」でないと、受け入れられない気持ちになってしまいます。たとえば、私たちは、家族や恋人など、近しい関係のひとたちとのかかわりのなかで、「ああしてほしい」「こうしてほしい」と、さまざまな欲求をいだきます。そして、かえってくるものが、「ああ」いうかたちや「こう」いうかたちでないと、受け入れられないことがあるのです。そんなとき、ひと呼吸して、もう一度、見てください。たしかにそれは、「ああ」いうかたちや、「こう」いうかたちではないかもしれません。でも、それって、ひょっとしたら、同じ急須を、ちがう角度から見ているだけのことなのかもしれませんよ。たとえば、それが、「優しさ」であったとき、優しさには、さまざまなかたちがあるのです。あなたが、三角形の優しさだけが、優しさのすべてだと思ってしまったら、四角形の優しさは、受け取られずに、消えていくしかないかもしれません。どうぞ、いま一度、考えてみてくださいね。あなたが、あなたのもとめるものを得られないと感じているとしたら、ひょっとして、「かたち」に、こだわりすぎていませんか?あなたのほしいものは、実は、もう、そこにあるのかもしれませんよ。ほんの少しだけ、ことなるかたちをして、ね…。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第381号(2004年11月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------大丈夫。だっていつも、ひとといっしょ。下記の文章は、私のお友だちのよがふくさんが、以前発行していたメルマガのなかで、書いていたことばです。----------------------------------「大丈夫」って字には全部、「人」って字がはいってるでしょ?人は皆、大丈夫につくられているんです。「何があっても、大丈夫」---------------------------------- ※よがふくさんのサイト(楽天日記) http://plaza.rakuten.co.jp/aiyogafuku/ あらためて、読んでみて、すてきなことばだなあと思いました。もともと、「大丈夫」ということばが、とても好きなんです。なにかあったときでも、このことばを繰り返すと、自然にこころが落ち着きます。どうしてなのかなあと思っていたら、そんな秘密があったんですね。大丈夫。大丈夫。何があっても、大丈夫。だっていつも、ひとはいっしょ。だっていつも、ひとといっしょ。今日は、余計な理屈はいっさい抜きに、ただ、このことばを受け入れてみましょう。たとえ、あなたのこころが、いま、ひとりぼっちの砂漠のなかにあるとしても、このことばを、となえた瞬間に、私たちは、つながってしまうんです。だって、ことばのなかに、すでに、ひとはいっしょにいるんですものね。大丈夫。あなたのかかえている不安も、孤独も、今日は、このことばといっしょに、抱きしめてしまいましょうね。いつでも、見えない誰かが、いっしょに、あなたを抱きしめてくれていますから。大丈夫。ほら、もう、いっしょにいます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第380号(2004年11月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------本当に「信頼」するということ。たびたび書いていますが、私は、ここ数年、インプロ(即興演劇)を学びつづけています。たとえば、ロングシーンの即興では、数人が、まったくの打ち合わせなしに、いきなり、30分くらいの場面を演じるのです。何が起きるか、わかりません。自分は、小学生の役のつもりで入っても、相手が先に、「あら、おばあちゃん」といえば、その瞬間、おばあさんにならなければなりません。「相手のアイデアを受け入れる」が、インプロの大原則ですから!(自分のアイデアに固執しないのです)だから、とても、どきどきします。怖くて、足がすくむこともあります。そのために、なかなか、場面に飛び込んでいけない、という体験を、何度もしてきました。そして、そのたびに、出なかった理由を、「みんなに迷惑をかけるような気がして」と、言いわけしてきました。ところが、あるとき、ふっと思ったのです。それって、本当はちがうんじゃないのかな?私は、いっしょにやってきた仲間を、本当には信頼していないんじゃないかって。この仲間たちなら、絶対に受け止めてくれる、と思うことができれば、どんな場面にだって、飛び込んでいくことができるはずなんです。それができないのは、自分が、深いところで、仲間を信頼していないからだ、って。そしたら、自分がとても情けなくなりました。中途半端な気持ちで、その場にいる自分が、無性に恥ずかしくなりました。だから、ある日、レッスンが終わって、みんなで、感想をシェアしているとき、私は、こう宣言したんです。「私、これから、みんなに迷惑をかけます!」みんなは、笑って拍手してくれました。ああ、宣言してよかったなあと思いました。本当に「信頼」するということって、こういうことから始まるんじゃないかな、と思いました。まだまだ、途上です。でも、少しずつ、踏み出している感じがします。「信頼」って、勇気がいりますけど、とても、心地よいものですね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第379号(2004年11月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------淡々と生きる。最近、悩むということがなくなりました。悩みがないわけではないのです。いやなことも、ときにはあります。寂しい気持ちになることもあります。でも、「困ったなあ」と思った瞬間に、「でも、こたえは本当はわかってるんだよね」と、こころのどこかで、声がします。「そうだよね。わかってるんだよね」「だから、悩む必要はないんだよね」それで終わりです。あとは、実行するか、しないかだけです。それも、自分が決めるのです。決めたら、それでOKなのです。そしたら、こころが波立つことはありません。「淡々と生きる」ふっと、そんなことばが浮かびました。波が寄せて、風が吹いて、鳥が鳴いて、自然が、永遠の営みを繰り返すように、私もまた、淡々と生きていくのです。考えてみれば、私たちが生きるなんてことは、この宇宙全体から見れば、ほんとに、ちっぽけなことです。怒っても、泣いても、笑っても、遠くの宇宙から見たら、全部いっしょなんです。そして、ほんの一瞬(またたく間もない)に、過ぎ去っていくんです。波が寄せて、風が吹いて、鳥が鳴いて、そのなかに、私たちの営みがあって。宇宙から見たら、全部いっしょです。全部いっしょで、全部一瞬です。だから、淡々と生きる。それだけです。そして、ときどきは、たくさん笑ったり、たくさん喜んだり、たくさん悩んだり、たくさん困ったりして、感情の起伏も楽しみましょう。でないと、生きていることを忘れちゃうかもしれませんから。(笑)このメッセージを、受け取るのも受け取らないのも、あなたの自由。大切なのは、あなたが幸福であること。何やらオトクになりそうなら、思える部分を、上手にチョイスしましょう。価値がないと思うなら、こだわるのは時間のむだ。さらりと読み捨ててかまいません。あなたの幸福を、いつも祈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第378号(2004年11月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------ケチなひとは、自分をケチとは思いません。「ケチなひとは、自分をケチとは思いません」これは、演劇の世界では、チョー有名なスタニスラフスキーさんというひとのことばです。でも、どういう意味?って、思っちゃいますよね。実は、とても深遠な演技論になっちゃうのですが、ここでは、できるだけ簡単に書いてみますね。ケチなひとの役を演じろといわれると、普通の役者さんは、いかにも、ものを出し惜しみする表現を演じて見せます。「だめだ、だめだ。絶対にゆずるものか」「おまえらには、びた一文、くれてやらん!」こんな感じですね。でも、本当にケチなひとって、ちがうんです。自分のもっているものを、できるかぎり、ひとに与えようとするんです。「さあ、このなかから、 好きなものをもっていきなさい」でも、そうしようとするたびに、突然、何か理由が見つかって、あげられないんです。「いや、これはまだ、もう少し使ってみるかな」「あ、ちょっと待って。やはりこっちのほうが…」「ほかのならいいんだ。これだけはどうしても…」等々。 これ、実演するたびに、大爆笑になります。 見せられないのが残念です。その結果、誰にも、何もあげられないんです。本人は、「あげよう」としているのだから、自分のことは、ケチだと思っていません。でも、はたから見ると、ほんとにケチなひとに見えるんです。さて、当然ながら、ここは、応用問題です。自分のことを、自己チュウだというひとは、本当に、自己チュウでしょうか?「私って、自己チュウだから」というひとは、本当は、ひととのコミュニケーションが怖くて、なるべく、ひととあわせないようにしているだけかもしれませんよ。逆に、「私は、いつも全体を考えて行動する」なんて言っているひとのなかに、「あのひと、自己チュウ」って言われちゃうひとがいたりします。自分の論理で動いていることを、全体の論理で動いていると、勘違いしてるんですね。自分が何ものであるかということは、案外、自分ではわからないものです。わかっているつもりでも、ひとから見たら、全然ちがうこともあります。「自分は○○だ」と思ったときには、「本当にそうかな」と、チェックしてみるのも、おもしろいかもしれませんね。あるいは、「自分は○○だ」と言っているひとを見たら、「本当は何なのかな」と想像してみるのも、楽しいかもしれませんね。思わぬフォーカスチェンジが、待っているかもしれませんよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第377号(2004年11月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.18
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------反抗のススメ。最近、友人と、「反抗」ごっこを楽しんでいます♪「反抗」ごっこって、何かって?実は、あるとき、珍しく、私が、友人にきついことを言っちゃったのです。友人のやっていることを否定するような。そしたら、そのあと、友人がすねて、ずっと、私に「反抗」してるんです。(^^ゞ友人は、ふだんから、自己主張があまり得意なほうではありません。とくに、親にたいしては、言いたいことがあっても、思うように表現できずにきたようです。つまり、ちゃんと、「反抗」できずに成長してきちゃったんですね。その意味で、今回の「反抗」は、絶好のチャンスです。何しろ、友人と私は、長年のつきあいなので、安心して、反抗できるんですね。(^○^)「まだまだ、かめさんに反抗中」「おお、反抗、おおいによろしい。 言いたいことはどんどん言おう」そんなメールや電話のやりとりをしています。 なんかちがうぞというツッコミは却下。(爆)というわけで、「反抗のススメ」です。私たちは、伝えたいことを伝えられずにいると、どんどん、気持ちがふさいでしまいます。怒りがたまって、苦しくなるひともいるし、ときには、病気になってしまうひともいます。からだが、出すものを出さないでいると、おかしくなるように、こころだって同じです。自分を追いつめたり、苦しめたりする前に、相手にちゃんと伝えないといけないのです。(伝える→外に出す、解放するということですね)友人は、長いこと、それができませんでした。言っても伝わらないという無力感も、そこにはあったのではないかと思います。だから、いまは、レッスンの最中かもしれません。「あなたの意見には同意できない」「あなたの考えかたは、ちがうと思う」「私には私のやりかたがある」なんでもいいんです。感じたことを、はっきりことばにして、相手に伝えるのです。たとえ、相手(私)がどんな態度に出ようとも! さあ~、かかってらっしゃい。 しっかり、撃退してあげるわよん♪(爆)それにしても、相手からはっきりと、「反抗している」と言われるのって、気持ちがいいですね。表面だけごまかして、お愛想言われるくらい、気持ちの悪いことはありませんから。(笑)言いたいことを言い合って、すっきりしたら、きっと、次の展開が見えてくると思っています。それまで、この「反抗」ごっこを、楽しみつづけたいと思います♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第376号(2004年11月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.18
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1等賞2等賞
2008.06.14
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早いもので、このメルマガも6月15日で1周年を迎えます。それを記念して、プレゼントキャンペーンをおこないます。6月15日から21日までの7日間夕刊にて、毎日1個ずつ、キーワードを配信します。その7つのキーワードを、順番を入れ替え、意味が通るように、つなぎ合わせるとひとつの文章になります。その文章とあなたのお名前をメールで送ってください。正解、先着1名様には「スペシャル開運グッズ」をプレゼントします!2着以下の正解のかたには、抽選で10名様に「やや(笑)スペシャル開運グッズ」をプレゼントします♪ なお、応募先のメールアドレスは通常と異なりますので必ず、夕刊に書いてあるメールアドレス宛に正解を送ってください。応募の締め切りは、6月24日です。 それでは6月15日からの夕刊を、ぜひ、楽しみにお待ちください!
2008.06.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------エネルギーのむだづかい、してませんか?私はよく、ひとから、「エネルギッシュなひとですね」といわれます。「はい、エネルギーあります!」とこたえつつ、ずっと、不思議に思っていたことがあります。私は、もともと体育系の人間ではないから、からだをきたえているわけではありません。実際、体力測定をしたって、たいした結果は出ないのです。それなのに、なぜ、エネルギーが出るのか。ある友人と話していて、理由のひとつがわかった気がしました。友人は、生活していくうえで、いろいろなことに気を使うそうです。これをしたら、相手(親・上司・友人等)が、どう思うだろうかとか、これをやりたいけど、失敗しそうで不安だとか。それはもう、悩みの種がいっぱいあるのです。ああ、それじゃあ、疲れるだろうなあって、妙に納得してしまいました。私は、最近、ほとんど悩むことがないのです。 昔は、オチコミの大王だったんですけどね!過去のことは、もう終わったことだから、考えないのです。未来のことは、まだ起きていないのだから、考えないのです。ひとのことは、考えても、しょうがないから、やはり、考えないのです。あるのは、ただ、「いま」「ここ」「自分」だけなのです。そこにだけ、エネルギーを注ぐのです。すると、エネルギー効率が非常によくなります。当然ですよね。一点集中で、エネルギーが使えるのですから。あなたは、エネルギーのむだづかい、してませんか?むだづかいしておきながら、「エネルギー不足」「もう疲れた」なんて、言ってませんか?人生の限られた時間を、最大限、燃焼して生きたいと思ったら、まずは、エネルギーのむだづかいをやめましょう。そう、「いま」「ここ」「自分」に、ターゲットをしぼるのです。びっくりするほど、パワーが湧いてきますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第375号(2004年11月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------振り回されるのは、好きですか?「ひとに振り回されるのは好きですか?」こう聞いたら、おそらく、99.9%のひとは、「いやだ」とこたえるでしょう。(たまには例外もいるかもしれませんが…)では、次にこんな質問をしてみますね。「自分に振り回されるのは好きですか?」今度は、「へ? なんのこと?」という質問が返ってくるかもしれせんね。実は、私たちは、びっくりするくらい、自分に振り回されて生きているんです。たとえば、あなたの親なり上司なりが、理不尽なことを言ったとします。たしかに、非は、親または上司にあるでしょう。でも、そこであなたが、怒ったり、落ち込んだりするとしたら、それは、あなたが、あなた自身に振り回されているのです。生きて、社会生活を営んでいくうえでは、他者との接触は、避けることはできません。そのために、「ひとに振り回される」こともしばしば起きてくるでしょう。それを完全になくすのは、そう簡単なことではないでしょう。でもそのときに、「ひとに振り回された」という事実を事実として受け止めて、終わりにすれば、それは、それだけのことなのです。それに、自分の感情をかきたてられて、その感情に振り回されるから、ますます、ダメージが大きくなるのではないでしょうか?もちろん、怒ったり憎んだり、あるいは落ち込んだりすることで、幸福になれるひとは、それでいいのです。でも、そうではないひとは、ちょっと立ち止まって考えてみませんか。あなたが、ひとに振り回されるだけでなく、自分自身にも振り回されることで、得られるメリットは何だろう? と。もしも、何も見出せないのなら、自分に振り回されることを、やめにしませんか。ひとに振り回されることは、避けられなくても、あなた自身が、自分自身に振り回されないようにすることは、可能なのですよ。あなたが、ただ、「私は、もう、自分に振り回されない」と決めるだけでいいのです。そしてね、実は、自分に振り回されなくなったときには、ひとに振り回されることも、少なくなっているものなんですよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第374号(2004年11月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------こころのお手当て、してあげてますか?あなたが、からだのどこかをぶつけて、けがをしたらどうしますか?ばんそうこうを貼るなり、包帯をまくなり、必要とあらば、病院に行くなりしますね。また、おなかや頭が痛いときもそうです。薬を飲んだり、横になって休んだりします。ところが、こころの場合は、どうでしょう?まあ、こころなんて、医学的にはどこにあるか解明されていないので、実際には、あるのかないのかわかりませんが。(笑)それでも、私たちは、「こころが痛む」「こころが病む」ということばを、当たり前に使ってきました。とりあえず、「ある」という扱いをしてきたわけですね。ところが、からだの病気やけがに比べて、こころが痛んだり病んだりしたとき、私たちは、必要なケアをしているでしょうか。こころに効くばんそうこうや薬とは、どんなものなのか、知っているでしょうか?ほとんど知らないばかりか、知っていても、なかなか使おうとしないのです。ほんのすこしの休みさえ、こころのために、あげようとしないのです。その結果、どうなってしまうのか。こころは、どんどん弱っていきます。そこにあらわれる症状はさまざまですが、ほうっておくと、ますます悪化します。やがては、からだにさえ影響を及ぼします。こころが痛んだとき、けがをしたとき、きちんと、こころのお手当て、してあげてますか?からだと同じように、いえ、からだ以上に、こころのお手当ては、大切なのです。見えないからこそ、ていねいに、ていねいに、ケアしていくことが必要なのです。あなたのからだとともに、あなたのこころが、すこやかでいられるように、どうぞ、あたたかいまなざしを向けてください。ポイントは、がんばりすぎないこと。ちいさな変化にも、きちんと目を向けてあげること。こころは、もともとデリケートなのです。そして、ケアの際には、ユーモアを大切にね♪こころには、とってもよく効くお薬ですから!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第373号(2004年11月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------一生だませば、詐欺もホンモノ。これ、ずっと前に思いついて、以来、気に入って使っていることばです。きっかけは、とある記事を読んだことです。結婚詐欺にあった女性が、詐欺が発覚しても、その男性のことを、ずっと好きでいて、刑務所に差し入れしたりしているというのです。これを読んで、「その女性はばかだな。 もっとましな人生もあるだろうに」と、考えることも、けして間違いではありません。でも、私はそのとき思ったんです。「それが真実であるかどうかというよりも、 そのひとにとって本当に幸福なことであれば、 もしかして、それが真実になるんじゃないかな」自分はだまされた、いやな思いをした、苦しいと、ずっと、トラウマにさいなまれて生きるのと、あの瞬間、自分は幸福だったなあと、その感覚を大切にして生きるのと。少なくとも、私は後者のほうが楽に思えるのです。自分の人生をどのように感じるかは、そのひとの主観以外にはありえないからです。さて、もちろん、ここでは、詐欺にだまされることを奨励してるわけではありません。(^^ゞこの話をきっかけに、私は思ったのです。自分自身を詐欺にかけちゃったらどうかなあと。たとえ、どんな困ったことがあっても、「ああ、幸福なことがつづいている」と、思ってしまうんです。不安な気持ちになったときにも、「私って、絶対に乗り越えられるから」と、勝手に決めつけしまうんです。一生、そういう気持ちで生きられたら、たとえ、困難つづきの人生であったとしても、「自分は幸福だ」と思いつづけられます。一生、幸福を感じて生きられたら、はたからどう見えようが、自分にとっては、それが真実だと思うんです。「一生だませば、詐欺もホンモノ」っていうのは、私にとって、そういう意味なんです。極論ですか?私は極論が大好きです。(爆)中途半端に、まわりに振り回されて生きるより、自分のやりたいこと、生きたい方向に徹底的に、進んでみるほうが、絶対に楽しいじゃありませんか!…あれ?「生きることは、絶対に楽しい」という詐欺に、私はすでに引っかかっているのかもしれませんね。(笑)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第372号(2004年11月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------あなたの人生の主役は、あなたです!劇のなかで、ほんの少ししか出番がないような役でも、必ず、その役が光る瞬間があります。私はそのときに必ず、「ここは、あなたが主人公の場面だからね」と言います。ちなみに、私が高校生のとき、はじめてもらった役は、せりふがひとこと。「さっちゃん、大変、お母さんが…!」(何の話だか、全然わかりませんよね)(爆)でも、この場面のこのひとことのために、私は、一所懸命に稽古をしたし、いまでもこうして覚えているくらいです。ところで、あなたには、最初から最後まで、主役でいられる舞台があるってこと、気がついていましたか?そう、あなたの人生です。あなたの人生の舞台では、最初から最後まで、あなたが主役なのです。何しろ、あなたがいなかったら、幕もあがらないのですからね。ところが、せっかくの主役でありながら、あまり、その舞台(人生)を楽しんでいないひとたちがいます。自分の人生が、何もかも、思いどおりにいかないように感じて、まるで、どうでもいい役であるかのようにふるまってしまうのです。でも、それは、勘違いです。もう一度、言いますよ。あなたの人生の主役は、絶対に、あなた以外に演じようがないのです。それなのに、まるで不本意な脇役を命じられたみたいな気分になるのは、とってもおかしなことなんですね。もしかしたら、あなたは、いま、「主役の座をうばわれた」主役を演じているところなのかもしれませんよ。だとしたら、これからがお楽しみ!時代劇だって、主役が危機におちいらないと、話が盛り上がりませんものね。うんとかっこいい、どんでん返しを期待しましょうよ!そして、さらに、余力のあるひとは、もっとダイナミックな展開を脚本家と演出家に要求してかまいませんよ。何しろ、主役なんですからね。遠慮することはありません。えっ? 脚本家と演出家は誰かって?あっ、しまった。それも自分でした。なーんだ、やっぱり、自分次第ってことになるじゃありませんか!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第371号(2004年11月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------怒りは、抑えずに出してしまいましょう。先日…、といってもちょっと前のことですが、私は、あるひとと口論をしました。昔からの友人であるという、気やすさもあったのでしょう。ちょっとお酒が入っていたこともあり、気づかずにためこんでいた感情が噴き出し、あとからあとから、ことばが口をついで出ました。友人は反論しました。私も応戦しました。そして、言いたいだけ言い終わったとき…。実は、友人の言っていることのほうが、正しいとわかりました。(^^ゞというよりも、本当は、最初からわかっていたのですね。湧き上がってくる感情を、抑え切れずに、爆発してしまっただけなのです。でも、感情を吐き出したあとは、とても気持ちがすっきりしました。「あなたの言うことのほうが正しい。 ごめんなさい」私は、その場で、素直にあやまりました。「かめおかさんの気持ちもわかるよ」友人も、そんなふうにこたえてくれました。まあ、こんなけんかのできる友人がいることは、幸いというものでしょう。怒りを受け止めるのは、そうそうたやすいことではありませんから。それでも、今回のことで、あらためて学びました。怒りは、抑えずに出してしまいましょう。そうすれば、その瞬間に終わります。できれば、先日の私のように、きちんと受け止めてくれる誰かがいれば幸いです。そんな相手がいないときでも、海に向かって「ばかやろー」と叫んだりとか、(古典的過ぎ?)クッションをサンドバック代わりにしてもいいのです。大切なことは、吐き出したら、二度と、飲みこまないことです。感情は、とくに怒りや憎しみは、ためこめばためこむほど、増幅します。残念ながら、この感情を持ったままでは、ひとと、本当につながることはできません。 私は、5年間、怒りつづけた実績を 持っていますので、実感済みです。(爆)怒りは、抑えずに出してしまいましょう。そして、すみやかに終わらせてあげましょう。そうすると、その空いたすきまに、ポジティブなエネルギーが入ってきますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第370号(2004年11月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------つながることだけを祈っているのです。おもに、中学校演劇部の生徒たちとのかかわりをとおしてですが、私は、さまざまな「こころのありよう」と出会ってきました。素直に気持ちのつうじた子もいますし、なかなか、こころをひらかない子、また、反発したり、無視したりする子もいます。でも、そのうち、気づくようになりました。表面に見えることと、内がわにあるものは、必ずしも一致していないということに。過剰に甘えてくる子は、どこかで何か足りないものがあって、それを埋めようとしているのかもしれません。反発する子は、もっと深い信頼関係がほしくて、私をためしているのかもしれません。これらは、ほとんどが無意識の感情ですが、必ず、その感情が、その状態が、生まれてくる根っこがあるのです。それが、表面に出てくるものと、必ずしも、ストレートにつながっていないだけなのです。そのことに気づいてからは、相手の反応に困ったり、悩んだりしたときは、いっさいの判断をやめて、ただ、「感じる」ことにしました。深いところから伝わってくるメッセージを。それは、はっきりことばになることもあれば、からだにかえってくる感覚のこともあります。でも、マイナスのメッセージであったことは、ただの一度もありません。考えてもみてください。感情が起きるということは、そこに「興味・関心」がはたらいているということなのです。感情が動かなければ、まったくの無関心。かかわる接点さえ生まれないでしょう。つまり、感情が動くということは、プラスに見えても、マイナスに見えても、根っこを見れば、同じ質のものなのです。だから、安心して受け止められるのです。そして、ただ、まっすぐにつながることだけを祈るのです。時間とタイミングは必要ですけれどね。おもしろいもので、振り返ってみると、反発したり無視してきたりした子のほうが、あとあとまで、つきあいがつづいたりしています。それだけ、強い感情の行き来があったということなのでしょうね。だから、あなたが、もしも、目の前に起きている人間関係で、悩んだり苦しんだりしているときは、まずは、判断することをやめてみましょう。そう、表面に見えることを手放すのです。そして、ただ、相手の深いところとつながるイメージをもってみるのです。そこで受け取ったものを信頼して、ふたたび向き合ってみてください。きっと、何かが変わります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第369号(2004年11月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------からだを見ると、そのひとがわかるのです。いまでも、思い出すことがあります。一人の女の子のことを。しょっちゅう、まわりといざこざを起こす、いわゆる「トラブルメーカー」の子でした。あるとき、友だちとのトラブルのことにふれて、「どんな気持ちがするの?」と聞いたのです。すると、彼女はこうこたえました。「相手がいやな思いをすると、すっとする」そのとき、私は、ちょっとショックを受けました。なんとこたえていいか、わからなかったからです。でも、そんな彼女のからだを見ていると、緊張が強く、ひどくこわばっているのです。呼吸も浅く、ちっとも楽そうではありません。私たちは、ことばでうそが言えるし、こころもまた、自分をだますことがありますが、からだだけは、うそがつけません。こころがひらかれているときは、自然に、からだもゆったりとほぐれてきますが、不安や怖れが強くなってくると、反対に、こわばり、呼吸も浅くなります。だから、ことばで何を言っていても、からだ(の状態)を見ると、そのひとがわかるのです。「すっとする」と言いながら、こわばったからだのままの彼女を見ていると、彼女が本当に望んでいるものは、別にあると思わざるを得ないのでした。その後も、あいかわらずトラブルはつづき、彼女はどんどん、孤立していきました。無理もありません。誰だって、いやな思いをしたくはありませんから。しまいには、とうとう、誰も、彼女とかかわろうとしなくなってしまったのです。そんな彼女と会ったのは、久しぶりでした。偶然、向こうから歩いてきたのです。「○○さん! 会いたかったよ!」私が声をかけると、彼女も私を見ました。ふたこと、みこと、ことばをかわすうち、彼女の目から涙があふれてきました。トラブルを起こすことも、彼女にとっては、ひととかかわりたいという無意識の行動だったのです。誰かにいやな思いをさせて、「すっ」とすることをとおして、彼女は、他者とつながっていたのです。でも、誰とのかかわりも切れてしまったいま、彼女の思いの行き場はありませんでした。自業自得というのは簡単です。でも、私たちは、もともと不器用なのです。自分の気持ちをまっすぐに表現することは、たやすいことではないのです。彼女はたまたま、それを極端な方法で表現してしまっただけなのです。たくさんの涙を流したあとに、ようやく自分の本当のこころに気づいた彼女は、友だちと、もう一度向き合う決意をしました。しばらくして、再会したとき、彼女は、以前よりずっと、笑う子になっていました。よく笑うひとのからだの状態は、わかりますね?そう、自然にほぐれていくのです。「すっ」とすると言っていたときの彼女より、ずっと、幸せそうでしたよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第368号(2004年11月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------解放してあげなさい。これ、友人と話をしていたときに、突然、浮かんできたことばです。「解放してあげなさい」友人とは、ちょうど、こころの問題を話していたときでした。とりわけ、執着の問題について。私たちは、さまざまなものに執着します。あるときは、怒りに執着し、あるときは、悲しみに執着します。それに執着する理由(できごと)は、とっくの昔に終わっているのに、そのときに味わった感情を、いつまでも、自分でかかえたままでいるのです。私のこころの師匠・あまちゆうとさんが語ってくれた話に、こんなのがあります。ある女性が、夫さんのお母さんと同居していて、そのお母さんが自分の言動に干渉するのが、いやでたまらない、と言ったそうです。「いつでも、私のやることなすことに、 文句をつけてくる」と。あまちさんは、そのかたに聞きました。「お母さんが、あなたに文句を言う時間は、 1日合計すると、どのくらいですか?」そのひとのこたえは、(正確には覚えていませんが)10分以下だったそうです。残り、23時間50分は、言われたことを思い出している時間だったのですね。そうなんです。たしかに、嫌な体験というものはあると思います。でも、それって、たいていは、ごくごく短い時間で終わってしまうものです。あとの時間は、その嫌な体験をフラッシュバックしつづける自分の時間なのです。自分で思い出すから、嫌な気持ちが、再生されつづけるのです。これもまた、執着と呼ぶべきものです。解放してあげなさい。たとえ、あなたが嫌な体験をしたとしても、そのことで、あとあとまで、あなたが不快な思いをしつづける必要はありません。むしろ、あなたの平安のためにも、過ぎてしまったことは、捨ててしまいましょう。あなたの幸福のためなのです。解放してあげなさい。解決のための方法まで捨てろというのではありません。それはそれで、あらためて考える時間をとりましょう。ただ、かかえている執着だけをてばなすのです。そして、あなたのいまを、100%、いまのあなたのために使いましょうよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第367号(2004年11月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.09
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------愛から、すべてははじまります。昨日の宿題のこたえは、「愛」です。ここからすべてがはじまるのですから、あなたが考えたこたえも、すべて正解です。(^○^)日本語というものは、とてもよくできていると思います。母音は「あいうえお」。ほらね。ちゃんと、「あい」からはじまるでしょ。(^○^)ひとは、さまざまなことにたいして、怒りを感じます。では、その怒りの感情は、どこから来るのか。自分を受け入れてほしいのに、受け入れてもらえない悲しみが、その底には横たわっています。 受け入れるということばは、 理解してもらいたいとか、 自分の思いどおりになってほしいとか、 自分を拒否しないでほしいとか、 さまざまなことばに言い換えられます。受け入れてもらえないと感じたとき、悲しみは、怒りに転じます。ときには、憎しみにも発展します。でも、源は同じです。憎しみも怒りも、悲しみと同義なのです。日本語のなかに、もうひとつのヒントがありました。昔むかし、「愛」ということばは、「かなしい」とも読んだのです。そして、「哀」(かなしい)という字は、「あい」と読むのです。愛とは、つながりたいという思いです。ひととのかかわりのなかで傷つくのは、その源に、相手と「つながりたい」「わかりあいたい」「受け入れられたい」という思いがあるからにほかなりません。その思いがなかったら、誰に何をされても、平気なはずです。悲しみ、怒り、憎しみはもとより、何の感情も湧かず、まったく何も感じず、不動のままでいられるはずです。ひとは、この「愛」の使いかたが、あまり上手ではないのかもしれません。怒りが湧いたときに、その怒りがすべてだと思ってしまうのです。憎しみが生まれたときに、その憎しみがすべてだと思ってしまうのです。根っこを見るのを忘れてしまうのです。憎しみの下には何があるのか。怒りの下には何があるのか。悲しみの下には何があるのか。愛から、すべてははじまります。この世のなかに、愛でないものはないのです。ただ、愛が、愛のまま、すがたをあらわしてくれないだけです。そして、ことなるすがたであらわれたものを、ひとは、真実だと思いこんでしまうのです。いま、ふと思いました。すべてが、愛であることを気づくために、私たちは生きているのかもしれません。だとしたら、立ちもどりましょうよ。その源に。そして、本来のすがたにかえって、生きていきましょうよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第366号(2004年10月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2008.06.09
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