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臨死体験一度死にかけて戻ってくる体験現在救命救急技術の発達により、昔なら死んでいたはずなのに生き返って来るというこのような現象が、多く報告されるようになってきました。その体験はいろいろな物語があるのですが共通的な現象として、ものすごく強い光と出合うことです。
2023.05.31
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まず、背筋を伸ばして座ります。あぐらがかければ安座、半跏趺坐など、膝や腰などの痛みがあり難しければ、椅子に座っても構いません。その場合、背もたれは使わず、足裏がぴたっと床に着くように調節してください。あぐらで背筋を伸ばすのが難しければ、壁に寄りかかってもよいのですが、眠くなりやすくなりますので注意が必要です。クッションなどをお尻の下に入れてあげると楽になるかもしれません。目を閉じて、からだを感じてみます。背筋はまっすぐでしょうか。からだはリラックスしていますか。必要があれば、調整しましょう。背筋が自然に伸びていて、からだがリラックスしているとき、瞑想しやすくなります。周りの音に耳を傾けてみてください。瞑想しようと座っている、いま、この場所を感じることができます。同時に、自分の心がどのように感じているか、気づきましょう。座っているこの環境について、リラックスして、心地よく感じているかもしれません。または、居心地悪く感じているかもしれません。どのように感じているとしても、間違いではありません。それが自分のリアクションであることにただ気づきましょう。気づいたら、手放していきます。つぎに、意識をからだの感覚に向けてみます。お尻や足など、地面に接している感覚を感じるところから始めるのが、私としては楽に感覚に意識を向けられるように思います。意識を上へと動かしながら、頭のてっぺんにたどり着くまで、からだの各部を感じていきます。これをしておくことで、からだの感覚をより繊細に感じられるようになります。余分な力が入って緊張している箇所があれば、その部分をかんじながらやさしく息を吐いてリラックスさせていきましよう。頭のてっぺんまできたら、からだ全体をふんわり感じてみてください。そこから今度は、意識をからだの内側の感覚へと向けていきます。からだの内側を、すみずみまで感じてみましょう。どんなことに気づきますか?意識にのぼってくる感覚に気づいていきましょう。意識をからだの内側へと向けて観察を続けていると、どこかの時点で必ず呼吸に出会うことになります。たとえば、鼻腔を通る呼吸の風、おなかや胸の動き、肺に空気が入って肺が膨らむさま……自分のほうから呼吸を探しにいくことなしに自然に呼吸が意識に入ってくるまで、からだの内側をすみずみまで感じながら待ってみましょう。ここで待つ時間は無駄ではなく、この「自分から追い求めたり、コントロールしようとすることなく、観察して待つ」こと自体が、瞑想なのです。そうして呼吸が意識に入ってきたら、そこからはその感覚とともにとどまってください。息が入ってくるときには、入ってくる呼吸に気づいていきます。息が出ていくときには、出ていく呼吸に気づいていきます。とてもシンプルです。最初のうちは、心はすぐに他のことに気をとられるものです。考えごとが始まったり、からだのどこかにかゆみを感じて気になったり、外の音が気になったり……これはすべて、よくあることです。たぶん、何度も心はさまよいだすでしょう。何度心が呼吸から逸れても、かまいません。心が呼吸の観察以外のことをしている、と気づいたら、ただもう一度呼吸に戻ってくるだけです。そのとき、「あっ、いけない!! 呼吸以外に意識が行ってた! まただ、もう~」とかやる必要はありません。あ、呼吸から逸れてる……と気づいたら、あわてず、そっと戻ってきましょう。まず逸れていたな、と気づきます。もし考えごとやからだの感覚などにとらわれていたのなら、周りの音に耳を傾けてみてください。「いま・ここ」に意識を戻すことができます。からだ全体の感覚を意識してみましょう。そこから、やさしく呼吸に戻っていきます。何度呼吸から心が逸れても、何度でも、戻ってきます。頻繁に心が逸れていっても、そのこと自体はまったくかまいません。たいせつなのは、『気づいたら、ただそっと呼吸に戻ってくる』ということだけです。そのポイントさえ押さえていれば、ただしく瞑想できています。「心が無にならなければいけない」「瞑想すれば、心は静かになるはずなのに」とか、思わないように。瞑想とは、そういうことではありません。そういうことは、いつか、起きるべきときに、条件が整ったときに、起きるでしょう。いまは心に、その条件である規律と辛抱強さを、教えているのです(素晴らしい文章に出合ったので記載したいと思います。)
2023.05.24
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天孫降臨際、天照大御神は八咫鏡に「吾が児、此の宝鏡を視まさむこと、当に吾を視るがごとくすべし。」として天照大御神自身の神霊を込めたとされる。この鏡は神武天皇に伝えられ、以後、代々の天皇の側に置かれた。しかし、第10代崇神天皇の治世に、鏡は大和笠縫邑に移され、皇女豊鍬入姫がこれを祀ることとされた。これは、崇神天皇5年に、疫病が流行り多くの人民が死に絶えたことで、天皇の側で神鏡を祀っているのが恐れ多いことであると考えられ、崇神天皇6年に従来宮中に祀られていた天照大御神と倭大国魂神(大和大国魂神)を皇居の外に移したのである。八咫鏡は皇女の倭姫命に託され、倭姫命は天照大御神の神魂(すなわち八咫鏡)を鎮座させる地を求め旅をして各地を移動した。「倭姫命、菟田(うだ)の篠幡(ささはた)に祀り、更に還りて近江国に入りて、東の美濃を廻りて、伊勢国に至る。」とある通り、垂仁天皇25年3月に倭姫命は伊勢に至った(元伊勢伝承)。倭姫命が伊勢に至ると、天照大御神から「この神風(かむかぜ)の伊勢の国は常世の浪の重浪(しきなみ)帰(よ)する国なり。傍国(かたくに)の可怜(うまし)国なり。この国に居(を)らむと欲(おも)ふ」との神託が降り、伊勢の地に鎮座することが決まったのである。すべて女性が守り伝えています。その神託をどのように受けたかそしてその役目をもったのが姫巫女と考えています。その能力は限られている為、皇女がたまたまそれを有していればよいが、どうしても選抜してくる必要性がでてくると考えられます。それが 淳和天皇第四妃真名井御前である如意尼同時に出家した2名の官女如一と如円はあの道鏡神託事件の和気清麻呂の孫娘とのことこのお二人も
2023.05.22
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外宮は、平安時代初期の『止由気宮儀式帳』(とゆけぐうぎしきちょう)によれば、雄略天皇22年7月に、天照大御神から雄略天皇に「吾一所に坐せば甚(はなはだ)苦し。しかのみならず大御饌も安く聞召(きこしめ)さず坐すが故に、丹波国の比沼真奈井(ひじのまない)に坐す我が御饌都神(みけつかみ)、等由気大神(とゆけのおおかみ)を我が許に欲す」との神託があったとされ、この神託の通り、豊受大神を丹波国の真奈井原(まないはら)から伊勢山田原へ、天照大御神の食事を司るための神として遷座したことが起源とされる。
2023.05.22
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如意輪観音如意(自由に、自在に)輪(リング)観音(光)光のリングを自在にができた人、如意尼と予想できる如意尼は真名井御前 丹後一宮 宮籠神社の元社 真名井神社神官である海部直雄豊の娘 つまり姫巫女空海の真言宗の瞑想に、阿字観、月輪観が今に伝わる
2023.05.22
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たまたま急遽偶然にこの寺を参拝ことになりましたがここには如意宝珠が偶然関連していることがわかりました。本尊は如意輪観音開基は如意尼 幼名 厳子(いつこ) 別名真井御前(まないごぜん) 淳和天皇の第四妃 十歳にして、頂法寺の六角堂にはいり手芸、礼儀などを教養を積む如意輪に帰依し、常に真言の呪を唱えるとあります。如意とは自在な 輪とは当然リングです。 なにをしていたか、なにができていたかはおそらくこの寺は、元来は相当広大でしたが戦火などで消失し、現在の位置は、おそらく元の寺の奥の院ではないかと推定しています。つれあいによると、この場所はやさしい、つつまれる非常にしっかりとあり、かるい、そして明るい、八坂とは異なるあかるさ八坂は華やかなあかるさ、ここはやさしいあかるさ弘法大師の導き天長5年(828年)にこの地にこの女性もおそらく、
2023.05.21
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根源はこの光とするなら、そこで何かが起きると思える光を上方から手に集める ジョギングしてみてつらくなった部分にこれを当てるマンガみたいな話だが
2023.05.20
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仏像の手に玉のようなものを載せているこれはおそらく
2023.05.19
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能力者の判定は光が見えるかどうか簡単に見える人と、ぜんぜん見えない人がいるおそらく訓練しだいだろう 訓練方法はアナパナをしていればわかるやはりつれあいは能力者だった。目を閉じて10秒もたたないうちに見えているよくよくきいてみると、天眼の初期を有している32相を観想金色相(こんじきそう)身体手足全て黄金色に輝いている。丈光相(じょうこうそう)身体から四方各一丈の光明を放っている(後光、光背)味中得上味相(みちゅうとくじょうみそう)何を食べても食物のその最上の味を味わえる。白毫相(びゃくごうそう)眉間に右巻きの白毛があり、光明を放つ。伸びると一丈五尺ある。(約4.5m)
2023.05.19
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視床下部の神経幹細胞が全身の老化を制御する 近年、哺乳類の海馬などの限られた領域では成体においても神経幹細胞が存在し、神経新生することが明らかになっている。今回の報告では、視床下部にも神経幹細胞が存在し、全身の老化に影響を及ぼしていることが示された。マウスモデルにおいて、この神経幹細胞を欠損したマウスでは全身の老化は加速し、逆に炎症を抑制した健康な幹細胞を視床下部に移植すると、老化が抑制された。脳のグリア細胞の活性化を抑制することにより神経炎症を抑える働きをする化合物を発見したと発表した。研究成果は、「Journal of Neurochemistry」に掲載されている。神経炎症は中枢神経(脳と脊髄)における免疫応答であり、ミクログリアとアストロサイトによって引き起こされる。神経炎症は通常、病原体の侵入や中枢神経の損傷に応答して一時的に起こるが、慢性的に神経炎症が続くとアルツハイマー病やパーキンソン病のような神経変性疾患の進行に関与することがわかっている。これは、慢性の神経炎症においてミクログリアやアストロサイトが活性化すると、サイトカインや活性酸素を産生し、神経細胞を傷害するためと考えられている。したがって、これらの細胞の活性化を抑制する分子を見つけることが、これらの神経変性疾患の予防や治療法の開発へつながると考えられている。ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)は、細胞におけるエネルギー産生に働く分子。NAD+は加齢とともに低下し、加齢に関連する疾患の発症に重要な役割を担っていると考えられている。動物モデルにおいては、NAD+は老化を遅らせ、筋肉機能を回復させ、アルツハイマー病の病態を改善することが知られている。しかしながら、NAD+が神経炎症に対してどのような効果をもつかは今まで不明だった。
2023.05.18
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神々のだれかが、神々との対話にあるようにあるとき釈迦牟尼とであいました。そして自らもそのようになろうと思い、観音としての道を歩み出した。その姿は、神々との対話にあるように、光り輝くものとしてそれ故に古くは光世音とよばれたのです。
2023.05.15
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2012年12月08日自然科学研究機構生理学研究所の松井広助教らの研究グループが、光によってグリア細胞のみの働きを活性化させること(光操作)に成功したことを明らかにしました。今回、同研究グループは、遺伝子改変技術を使い、脳のグリア細胞の働きを、光で自在に操ることができるマウスを作り出しました。電気で細胞を刺激するといった従来の手法では、神経細胞の働きとグリア細胞の働きを区別できていませんでした。小脳のグリア細胞の活動を光操作したところ、眼の運動学習がより速く進み、マウスは眼の前で動くものをより良く追うことができるようになりました。今回の研究で、グリア細胞を光刺激することで、学習が加速することがわかりました。グリア細胞の活動を何らかの方法で操作することで、効率的に学習を進める方法や、効果的に脳機能を向上させる手法が開発されることが期待できます。心のもっとも重要な機能のひとつとして意識が挙げられますが、意識は、麻酔薬によって一時的に失われることが知られています。しかし、その作用機構は実は良く分かっていません。麻酔薬を投与することによって、グリア細胞の活動が強く抑制されることが示されました。同研究グループの研究では、グリア細胞の活動は神経の活動へと伝わることを示しています。グリア細胞の活動こそが心の状態を作り出す根源になっている可能性があります。これも、これまでの脳科学の考え方に転換を迫るパラダイム・シフトと言えます。心に占めるグリア細胞の役割が解明できれば、グリア細胞の活動を制御することで、さまざまな心の病に対処しようという動きも生じ、グリア細胞をターゲットにした医薬品の開発も視野に入る可能性があります。
2023.05.15
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年齢とともに、睡眠が浅くなり、就寝しにくくなる、就寝の途中で何度も起きるトイレに行くなどで、睡眠時間が短くなるという症状があります。
2023.05.12
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2023/5/12 一日目 単純それだけ眼の調節機能が上がる はっきり しっかり 見える午後軽くジョギング200歩程度 息が上がらないというか少ない、クラッとすることが少ない無い中途覚醒がなくなる 夜間にトイレにいかない上半身に力がある身体に力があるので、光が見えにくくなる 抜くと落ちる朝食前 力が消える 目の力が戻る ただ身体に何かはある5/13 2日目 VB全部を追加目ははっきり見えている カチッとしている買い物で階段を上がっても軽い5/14 3日目 VBを同時に Qを加えるちょっと走っても息があがらない棒を振って筋肉痛もすぐに無くなるGO練習 なんともない昼食は焼肉定食を食べたくなった食べても眠たくならない昼食後Nai追加5/15 4日目 朝 身体がしっかりしている 疲労と言うよりしっかり感 光を全身に送る 光の中朝中途覚醒しない 7.5時間朝食 VB Q 棒を振るやはり眼がはっきり見える カチッとしている昼 B6追加 やはり効いているというか効き過ぎかも夕方棒を振る5/16 5日目朝一回トイレそのあと瞑想で寝た 7時間以上全体的に身体が温かい 熱をもつ悪いものでは無い おなかがすいている朝棒20朝食 VBp Q 昼食 VB5/17 6日目朝一回トイレそのあと瞑想で寝た 7時間以上朝食 VBp+ Qゴルフ コースまわるなぜか疲れない なにか力があるようにみえる5/18(木) 7日目朝トイレもいかず寝た 瞑想 8時間疲れをあまり感じない 朝棒を振る朝食 VBp+ Q揉め事の仕事で疲れる エネルギーが枯渇したような5/19(金) 8日目あさ中途覚醒 身体が重い エネルギーが枯渇している朝食 VBp Qこれで戻るか? おそらく投与量が少ないのだろう眼がうろうろしている朝食後4時間ぐらいから、目のピントがはっきりと、そして明るく変化したことが体感できる。体が軽い なんだこれは夜棒を振る5/20(土) 9日目朝二回中途覚醒家の周りを走ってみた これだけ走れたか? 身体は軽い 眼ははっきりしている身体が温かい様に感じる 皮膚が明るいように見える血行が良いのか朝食 VB+ タウ 朝棒を振る20夕走る、棒30振る昨日から、眠たい しかしこれは睡眠不足では無いQを忘れた可能性もあるおそらく筋肉の増強が始まっていると観ている 若い頃は眠たいのはそれ腹がへっこんできた、皮膚があかるい 張りがある5/21(日) 10日目朝一回中途覚醒 タダその後瞑想とともに寝た朝食 VBp Q 朝棒30 朝走る一周 夜棒30 走る2周 ちょっと食べ過ぎる感がある 食欲が出ている5/22(月) 11日目だが切れて無くなった朝1回トイレ覚醒 ただその後瞑想とともに寝る 睡眠時間7時間~8時間朝食 VP+ Q オキソア 朝棒30 朝走る1周昼に感じるが 身体が重い 目の焦点が緩くなったすぐに痛みが出る からだが重い夕棒305/23(火)12日目 切れて無くなっている朝1回トイレ覚醒 その後瞑想で寝る 睡眠時間7時間以上からだが全体的に重い朝食 VB6 Q タウ朝棒30目の焦点が確かに緩い カチッと感がない夜棒30 一周走る なれてきたか5/24(水) 13日目 投与再開睡眠時間7時間以上 覚醒なし 瞑想朝食 VBp Q朝棒 30 一周はしる投与後4時間ぐらいで見え方が前のように変化 カチッと見え始めた昼二周分走る夜1周分走る 夕棒405/25(木) 14日目睡眠時間7時間以上 トイレ1回 瞑想朝食 VB軽く Q 朝棒40 朝一周 昼一周カチッと見えているが それほどでもない 美人に見えるのは困る夜棒40 一周5/26(金) 15日目睡眠時間7時間以上 中途覚醒なし 朝右足指痛む痛風発作朝食 VBさらに軽くナイアシン Qはっきりとは見えているが、それほどでもなくなった足指が痛いので走るのは控える 朝棒40痛風発作 右足親指 水分不足 肉食 運動増加が原因 すべての運動停止5/27(土) 16日目睡眠は良くとれている朝食 最小VB Q 運動は停止 水とクエン酸 湿布5/28(日) 17日目途中覚醒したが、水を大量に取っているので起きるのはしようが無い朝食 Qのみ 運動は停止 水をよく取る クエン酸 尿アルカリ化へ5/29(月) 18日目途中起きるのは水を大量に飲んでいるため朝食 Qのみ 運動は停止 痛みはすくなるなる クエン酸 尿アルカリ化5/30(火) 19日目痛みはほとんど無くなった朝食 QとVBタウ クエン酸 水を大量に 朝棒40再開はっきり見えるのは慣れてきた、力が常に身体にある 疲れない なんということか 大変な事態になった5/31(水) 20日目痛みはなくなった朝食 QとP+ 水とクエン酸飴 朝棒40駅の階段を駆け上がったが心臓がドキドキすることが減ったというかハアハアしない 体が全体的に変化している。疲れたとか重いとか言う感覚が無い6/1(木) 21日目中途覚醒なし 7時間以上睡眠 深く眠っている 体が恐ろしく温かい熱が出ているわけではない それでもって疲れたという感じもない朝棒40 一周走る朝食 Q タウ コラ 水とクエン酸は常に駅の階段を駆け上がったが、動悸が起こらない心拍は増加しているのだがぜんぜん疲れ方が違うどうも大変な事態がさらに進行している昼2周走る 走れる 夕棒40 雨なので走らない6/2(金)22日目中途覚醒 でも眠たいというわけではない朝棒40 雨なので走らない朝食 Qを忘れる 一番軽いVB qは必要と思える 昨日からチーズを取り出したがあれが増える 夜棒406/3(土)23日目中途覚醒 瞑想でさらに寝る朝棒 40 朝一周走る息の吐き方朝食 VBP Q チーズは夜だけに散髪で白髪が少なくなったのではという指摘あり 顔がはれている?夕 チーズ 棒40 夕一周走る6/4(日)24日目中途覚醒 トイレだが 瞑想ですぐに寝る 睡眠時間7時間以上朝棒40 朝一周走るさらに負担が減るように感じる朝食 VBP+ ナイアシン Q チーズともかく元気になったのか性的関心事が増えている エネルギー増大が原因こころは身体が作り出している幻想だから、当然だが困ったシュミレーションゴルフをずっとしているが新記録がでた飛距離が増えている 筋肉量の増大が体幹をしっかりさせるのでその影響40cmの椅子から片足で立てるようになった 全然できなかったのに眼鏡を作り替えた そのとき開始前の顔の写真と今を比べてもらったがはっきり変わっている(若く見える)と言われた夕 一周 チーズ 水をともかく飲む事6/5(月)25日目朝棒40 一周走る 途中覚醒あり それでも深く寝ている朝食 VBP Q夜 一周 棒50 チーズ6/6(火)26日目よく寝られている 朝食 VBP+ Q チーズ朝棒40 一周走るだんだんと息があがらない 階段をかけあげる 身体が軽く走り出す椅子から片足で立てるまだ反動をつけているがいままで絶対できなかった6/7(水)27日目まったく飲まなかった 走るのもなしやはり身体が重たくなっている 夕棒40 病院痛風6/8(木)28日目再開する 朝棒40 朝一周VB Q チーズ昼2周 やはり身体が軽い 疲れ方が違う6/9(金)29日目VB P Q朝棒40 1周昼2周午後この件を話してみた 歯科夜棒 1周やはり身体が軽い 階段も駆け上がる そのようなこころが生じている6/10(土)30日目VB P+ Q 朝棒40この件を話してみた どうなるだろうか 絵本本日より旅行 5時間列車移動 宿泊6/11(日)31日目VB P Q 宿泊先で走れない5時間列車移動 夕棒406/12(月) 32日目VB P+ タウ Q 朝棒40 一周駅の階段を駆け上がる 疲れにくくなっている 息も上がらない夜棒40 6/13(火) 33日目朝起きる前に光の瞑想 いつのまにか何時間もたっているVB タウ チョコ Q 疲れが出てきている朝棒40 一周昼 2周 確かに疲れにくい夜棒40 一周6/14(水) 34日目早朝覚醒で起きてしまった そのまま起きたので眠い だるい VB チョコ B6 朝棒40 雨で走らず昼 2周 どんどんスピードが上がっている疲れ方も少なくなっている はねるように走っているなんだこれはのレベル夕1周 飛ぶように走っている どういうことか 棒40 チーズは効く6/15(木)35日目vb群なしにしてみた あまり落ちない かわらない朝棒40 昼2周 夜棒40 夕1周6/16(金)36日目VB Q 朝棒40 朝1周 昼2周 夜棒40 夕1周6/17(土)37日目VB Q 朝棒40 朝1周 夜棒50 夕1周二万歩を超える歩きをしたが、疲れが残らない なんということか6/18(日)38日目朝1周 カラスに頭3回 朝棒506/19(月)39日目昼2周 夜は走らず 朝夕棒406/20(火)40日目途中覚醒朝1周 昼2周 朝夕棒50 夜は走らず6/21(水)41日目朝 身体が焼かれるように熱い 病気では無いが すごい反応元気な証拠 我慢 前夜の肉食か朝1周 昼2周 朝夕棒50 夜1周6/22(木)42日目6/23(金)43日目6/24(土)44日目切れる 9h 最上6/25(日)45日目
2023.05.12
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当麻寺の曼荼羅堂の中に来迎阿弥陀如来像があります。これは恵心僧都作と伝えられています。なぜここにあるかと言えば恵心僧都(源信)とは天慶五年(942)大和国葛城下郡當麻郷(奈良県香芝市)の當麻寺近くの生まれ。父は卜部正親(うらべまさちか)、母は清原氏、母および三人の妹はともに尼となる。十代中頃に夢告により比叡山の横川(よかわ)にて、慈恵大師良源大僧正の弟子となり、三十二歳の時、慈恵大師始行の「広学豎義(天台僧の最終試験)を受けて「論義決択世に絶倫と称す」と称讃寛和元年(985)四十四歳、叡山浄土教大成の書『往生要集(おうじょうようしゅう)』三巻を完成。そして大麻曼荼羅の存在浄土教はここから始まると言っても過言ではありません。観想念仏/かんそうねんぶつ仏の相好や浄土の様子を心にこらし、その姿や相を想い描くこと。特に浄土教では阿弥陀仏の姿やその功徳、さらには浄土の具体的様相を想起する観法の一つ。称名念仏に対することば。ただ観念ともいう。観念の念仏と同義。源信は『往生要集』中において、「初心の観行は深奥に堪えず。…まず仏の色相を念ぜよ」(浄全一五・七九上)といい、仏の相好を個々に観想する別相観、総括的に観想する総相観、仏の眉間白毫の相に限定して観想する雑略観を修すべきことを説き、さらには、「もし相好を観念するに堪えざるものあらば」(浄全一五・八五下)と説示していることから、仏の色相を心に想い浮かべることを観念、あるいは観想の念仏としている。観想念仏の究極の状態は、総相観で示される三身即一の阿弥陀仏と行者が融合し一体となっていくことで完成される理の観念を指している。また、別相観や雑略観で説かれる観想は事の観念として位置づけられる。
2023.05.10
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ただ観ているという状態がある。そこはただ優しさだけがある自分を痛めつける思考(後悔、不安)がおこらないおこっても観ているものが消していく目を閉じてみればそこにはいつも光がある。全身にただずっと気がついていれば良い
2023.05.09
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当麻寺には金堂と講堂がある両者ともこじんまりとした建物で金堂に安置されている弥勒菩薩と四天王が白鳳時代の仏像といわれているので当初は金堂だけがあり講堂にある阿弥陀如来が藤原時代(平安中期)から後代のものであるので、後からできてきたのではないかと思える。金堂と講堂は平安末期の平氏の南都焼き討ちにより焼失したが、本尊は避難できたので今に残っている。奥にある曼荼羅堂は、被害を免れ後代の修理において、奈良時代の部材の存在があることから
2023.05.08
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613年 中国にて浄土教を確立した善導生まれる 存命中に200枚以上の浄土曼荼羅(浄土変相図)を書き表す (この方はこの図を実際に見ているのだ!!!) 『般舟讃』において般舟三昧の行道の法を記している。681年 善導 69歳 亡くなる 白鳳時代 645年(大化の改新)~710年(平城京遷都)天平時代 710年~794年(平安京遷都)704年 藤原豊成生まれる(別名難波大臣、横佩大臣(よこはぎのおとど))737年 支婁迦讖訳 はんしゅう三昧経伝わる(正倉院文書より)747年 中将姫 生まれる749年 孝謙天皇(女帝)即位 31歳 聖武天皇は太上天皇となる752年 東大寺毘盧遮那仏 大仏開眼供養式 開眼の導師は、南インド出身のバラモン僧、菩提僊那(ぼだいせんな)754年 鑑真和上奈良に到着(第12回第1陣 遣唐使船帰国 2船が到着できた)756年 右大臣 藤原豊成 藤原仲麻呂の政変により失脚 難波にて隠棲758年 孝謙天皇 天皇を譲り、実権をもった太上天皇となる 40歳759年 唐招提寺建立761年 道鏡の寵愛が始まる 第12回第二陣 遣唐使船帰国 難波到着763年 中将姫 尼僧となる16歳 鑑真和上亡くなる 75歳764年 恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱(道鏡排斥を企てるも失敗) 藤原豊成右大臣に復帰 称徳天皇即位(重祚)766年 藤原豊成没 62歳767年 最澄(比叡山 天台)生まれる769年 道鏡 宇佐八幡宮神託事件770年 称徳天皇崩御 52歳774年 空海(高野山 真言)生まれる 775年 中将姫 (中将法如) 亡くなる 29歳824年 当麻寺に空海(50歳)が来場したとの伝承835年 空海 亡くなる942年 源信(恵心僧都えしんぞうず)当麻寺周辺で生まれる985年 往生要集をあらわす 当麻寺の曼荼羅の前に置かれている阿弥陀仏は、恵心僧都が寄贈したと伝えられる1017年 源信 76歳 亡くなる
2023.05.07
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当麻寺の曼荼羅は本来は浄土変相図と呼ばれるようなもので、後代の密教の曼荼羅とは異なるものです。伝説では蓮から作られたとありますが、顕微鏡による調査によって絹糸でおられています。この図案は敦煌の莫高窟にある、この時代より100年位前の絵画と非常に似ておりそれも、ものすごい精密な技術の綾織りで作られていることから、日本製では無く中国から伝来したものではないかと推定されています伝説の中将姫は747年に生まれ、この当麻寺に入ったのが16歳の頃とのことですので763年となります。無くなるのは29歳ですので、776年に無くなることになります。父である藤原豊成は、非常に権勢のある有名な貴族であります。道鏡事件で有名な、孝謙女帝の時代740年には右大臣にまで登り詰めています。その年表と比較してみると、その途中で政変に巻き込まれ756年(52歳)から764年(60歳)から太宰府にながされるところを抗議を込めて難波の地に病気と称して隠棲したとあります。ここからわたしの推定として、この当麻寺の曼荼羅は、この豊成がこの浪速の時代に手に入れたものではないかと思われるのです。この難波(大阪市)の地は、中国に通じる港があるところです。この難波の地(別荘)で中将姫が生まれたとの伝承があることからこの場所は古くからの根拠地ではないかと推定できます。この曼荼羅中国で制作されたとしたら、誰がいつ持ち込んだかとなります。実は鑑真和上が754年に奈良に到着しています。第12回第一陣 船は2隻到着しています。また第12回第2陣 遣唐使船が761年に難波に到着しています。その中にあった可能性を感じます。もし下図があり日本で制作したとすればおそらく10年以上の年月がかかると予想されているので、この場所で制作した可能性を感じます。もし日本で製造したとしても、あのレベルの織物は普通の人物では、到底製造できる様なものではありません。そして政界復帰と、中将姫の当麻寺への出家がほぼ同時期に重なります。中将姫伝説では出家する前、中将姫は殺されそうになり隠れ住んでいたという伝承があります。おそらく左遷されたので、家族がバラバラになった事が推定されます。この曼荼羅を手に入れるには、普通の人では到底無理な大変貴重な宝ですが、右大臣ともなった藤原豊成なら可能であると思われます。また中将姫は、完全な架空の人物ではなくやはり不思議な能力を携えた人では無かったかと思われます。中将の中という字には、神と人を取り持つ役目という意味があるのではないかとの記述もありました。ともあれ曼荼羅と中将姫とその伝説を携えて当麻寺に入ったのではないかと思われます。元の綾織りの部分は部分的にしか残っていませんが、後世の模本や『建久御巡礼記』の記述によると、この部分には「織付縁起」と呼ばれる、曼荼羅の由来を記した銘文があり、その中に「天平宝字七年」(763年)の年号があったとのことです。これらの事はあくまで証拠となる資料もなく私の想像にしか過ぎません。
2023.05.07
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この当麻寺には講堂と金堂があります。しかし、どうも違和感があります。金堂の弥勒仏と四天王に囲まれた非常にコンパクトに作られています。講堂には阿弥陀如来と不動明王、観音、地蔵、妙幡菩薩が金堂と同じようにコンパクトに作れています。両者とも同じくらいの大きさの建物であり、それを巡るように回廊つくられているのですが、回れるようになっていることからこれは巡る為に作られているのではないかと思えるのです。このことは曼荼羅を納めた曼荼羅堂も同じ構造です。大乗経典である般舟三昧経の行法は、比叡山の天台宗に常行三昧があります。常行三昧では、90日間阿弥陀如来の周囲を念仏を唱えつつ、また心に阿弥陀如来を念じながら歩く常行三昧の行を行います。これは観仏(ほとけをみる)、諸仏現前三昧(瞑想による三昧状態により目の前に諸々の仏があらわれる)それを行うことができるとあります。
2023.05.07
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諸悪莫作衆善奉行自浄其意是諸仏教わるいことをするなかれよいことをおこないなさいそれこそが自らをきよめます。これが仏のおしえです。わるいことをすることはすべて自らのこころの中でおこっています。よいことをすることも、すべて自らのこころの中でおこっています。よいことをすれば、自分のこころを飾ることになりわるいことをすれば、自分のこころを汚染することになります。すべての世界はそのこころの中にしかないんです。それがほとけが伝えたかったことなんです。
2023.05.06
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この言葉詠唱すると、光が非常に増光することがわかった。
2023.05.06
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当麻寺は奈良県葛城曼荼羅に763年の記述があるこの曼荼羅は密教が入る前のもので、金剛界胎蔵界の曼荼羅とは異なるというかそれ以前のものになるこの中将姫この女性は、おそらく諸仏現前三昧 観仏の能力を幼少の頃から所持した人物ではないかと推定している。金堂と経堂ある意味非常にこじんまりとしているのだけど、じつは
2023.05.06
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最初期の大乗経典
2023.05.04
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座禅体験会静かであるのは当然なのですが、非常に安定している。動かないこれは同じ感覚です。以前述べた 京都の八坂神社と関連があり この場所から移っていったとのことあのときと同じように明るさがあるとつれあいがいっています。1万歩以上歩いたのですが、全く疲れませんでした。
2023.05.04
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