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朝起きると、今日もチリンチリンと風鈴の音が聞こえてくる。 外に出ると今日も風は強く、空気は底冷えしており、今日も早々に海に出るのは諦めた。朝食を終えると、いつものコースをウオーキング。 家にはサクランボが成る桜の木があるのだが、もうつぼみが大きく膨らんでおり、一部は花が開いている。毎年、4月に花が満開に成り、5月連休にサクランボを収穫するのだが、今年はやっぱり暖冬の影響で一ヶ月ほど開花が早まっているようだ。ウオーキングを終えて家に帰ると、今日は長男に手伝ってもらってタンデムシーカヤックをクルマから降ろす。 せっかくなので、このシースケープ/ポイント5も手入れしておこう。デッキにコーティングを施し、可動部にはCRCをスプレー。ついでに、キャンプ道具も整備&整理しておこうか。***昼前。 友人達が家に遊びにくると言う次男と、クラブ活動の関係のイベントで外出すると言う長男を残し、妻と二人でロードスターに乗り込んだ。今日は、妻が評判を聞きつけてきた映画、『ドリームガールズ』を観に行くのだ。***『ドリームガールズ』のエンディングロールが終わる。 あっと言う間の130分。 いやあ、本当に今日はこの映画を観に来て良かった!ミュ-ジカル発の映画といえば、『オペラ座の怪人』、『プロデューサーズ』も良かったが、この『ドリームガールズ』も最高だ。エフィーの、パワフルで情熱的な歌。 リードに抜擢され、どんどんきれいに、そして歌も良くなって行くディーナ。 特に、エフィーがドリームガールズを離れる切っ掛けとなったシーンで、滔々と謳いあげるエフィーは素晴らしい。それに、エディーマーフィーが、こんなに歌が上手かったとは。***この映画は、家のTVやレンタルDVDではなく、音響の良い映画館の大画面で見ていただきたい。 出演者達の歌の巧さ、味のある佇まい、シーンにバッチリ合った歌詞。 うっとり見とれてしまう歌と振り付け、そして舞台演出。アメリカのエンターテインメント業界の層の厚さ、奥の深さを実感した。 日本の俳優さんや女優さん達で、こんなダイナミックかつ楽しませる映画ができるかなあ?『ドリームガールズ』 本当にオススメです!
February 25, 2007
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土曜日の朝、次男に手伝ってもらってシーカヤックのタンデム艇をカートップ。 今日は久し振りに、妻と日帰りツーリングに行こうと思っている。***家を出る頃になると、外に掛けてある風鈴がチリンチリンと鳴り始めた。 どうやら少し風が出てきたようだ。まあ、海に行って様子を見てから、出るかでないか決めようということで、とりあえず出発。海沿いの道を走って行くと、竹林はザワザワと騒がしく、宣伝のための幟もバタバタと元気良く”はためいて”いる。 海は白波が立ち、ちょっとした春の嵐だ。***『ようし、今日はカヤックは中止して、ドライブにしよう! 美味いもの食って、温泉入って帰ろうや』 『そうそう、せっかくだから前から行きたいと思っていた所に行ってみようよ』倉橋島の海沿いをのんびりとドライブ。 鹿老渡を越え、鹿島大橋を渡り、鹿島に入る。少し走ると、行き止まりになった。 え? 海から見た時には、広そうな道があったんだけどなあ。 そこまで続いていないんだ。クルマを停め、歩いてみる事にした。***島に多い、狭い通りを歩いていると、少し離れた高い通りをおばさんが歩いてきた。『こんにちは。 この近くで、段々畑がきれいな所があると思うんですが、どっちに行ったら良いですか?』 『ああ、それは、その道をそのまままっすぐ行ったらええよ』 『ありがとうございます』少し歩くと、海沿いの道に出た。 ああ、これこれ。 シーカヤックで海から見た事のある景色だ! そう、有名な『鹿島の段々畑』江戸時代から人が住むようになり、北前船が行き交うようになると、交通の要所の一つとして、この鹿島や海老渡も栄えたという。 そこに住む人達が、海の石をひとつひとつ、自分たちの体で背負って運び、築き上げたこの段々畑。下から見ると、畑には見えない。 南向きの斜面で太陽の光に照らされ、まるでお城や豪邸の石垣のように光り輝いている。この立派な段々畑を目の前にすると、ただただ、昔の人達の忍耐強さと勤勉さに敬服するほかない。『すごいねえ。 いったい何年、いや何十年掛かったんだろうか?』 『はじめて見たけど、これはすごいねえ』 『いやあ、やっぱり来て良かった!』再び集落の狭い通りを歩いてクルマに戻る。 途中で、別の方向の畑から降りてきたおじさんとすれ違う。『こんにちは。 ここの段々畑はすごいですねえ』 『あっちへ行って見た?』『ええ、さっき向こうの段々畑を見てきたんです』 『わしらは毎日みよるけん、珍しゅうもないけどのう』 『それはそうですよねえ。 いやあ、でも本当に良いですよ』『おじさんも石を運んだりしてるんですか?』 『いやあ、わしはもう石を運んだりしよらんよ。 崩れたら崩れたでそのままにしとる』 『やっぱり若い人が居ないんですか?』『ここらじゃあ、一番若いのでも40歳くらいかのう。 若いもんがやらんから、どんどん変わって行きよるわ』『じゃあ、もう100年もしたらこの段々畑も見れんようになりますかねえ?』『いやいや、100年どころか、10年もしたら無くなるかも知れんよ。 向こうの畑は、70過ぎのじいさんが手入れしよるんじゃ。 あと20年ゆうたら90歳じゃけんのう』 (ここの段々畑も、タイムリミットギリギリかもしれない!)『あの向こうにあった青い屋根の小屋は何ですか?』 『あれは、いわし、いりこを作る所』 『ああ、いわしの子をゆでて干す所ですね』 『そうそう』 『いつ頃がシーズンですか?』 『6月くらいからかのう』 『じゃあ、そのころは忙しく、賑やかになるんですね』***『ここらは猪が畑を荒らしよるんじゃ』 『やっぱり出るんですか』 『出る出る。 この畑の柵も飛び越えて荒らしよるし、中には人の家に入って残飯を食べるのも居る』『ここらの猪は、「こんにちは!」いうて一人暮らしの人の家に入ってご飯を勝手に食べよるんじゃ』と、おじさんは笑っていた。***クルマに戻り、再び鹿島大橋を渡って、桂浜温泉館の近くの食堂へ。ここでは、妻は『カキうどん』を、私は『牡蠣丼』を注文。取り皿をもらい、カキうどんと牡蠣丼を分け合って食べる。 どちらも大きなプリプリの牡蠣がたっぷりと入っていて大満足!***食後は、桂浜温泉館へ。 今日は珍しく、大きな浴槽が『みかん風呂』だった。ミカン風呂、露天風呂、サウナ、そして再び露天風呂。 たっぷり一時間風呂につかって、日頃の疲れを癒した。風が強くて海には出られなかったのは残念だけれど、一度訪れてみたいと思っていた鹿島の段々畑を妻と一緒に見る事ができ、おいしい牡蠣料理と温泉を堪能する事ができた休日ドライブ。楽しかったなあ。
February 24, 2007
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週末は、ダイドックの『Wedding Party』出席のため、周南へロードスターを走らせた。***海に面した、良い雰囲気の会場で催されたパーティでは、カヤック仲間が一つのテーブルに集まって盛り上がる。 うん、ほんとうに良いパーティーだった! おめでとう!2次会では、さらに多くの知り合いが参加。 お互いの近況を報告し合い、酒を酌み交わし、旧交を温める。***翌朝。 明日月曜日に開店するというダイドックの新店舗を、エクストリームNさんと共に訪問。店の中を拝見すると、みごとに改装されていた。 そのほとんどを、自分で仕上げたと言う。 感心、感心。店内にはアウトドア用品も並べられ、開店を待つばかり。 それぞれのグッズには、その商品に対するこだわりを感じさせる一言コメントや、選び方のアドバイスも書いてあり、お客さんへの配慮を感じさせる。横浜単身赴任時代に行った、伊豆のシーカヤックアカデミーで偶然知り合いになり、瀬戸内に帰ってきてからは、ダイドック開業後の初ツアーに参加させてもらって以来の付き合いだ。ダイドック初ツアー、尺取り虫方式での瀬戸内横断の西側ゴールとなった関門海峡越えのサポート、瀬戸内横断後の日本海北上の旅の切っ掛けとなった古代人ツアー、生野島~岡村島ツーリング、瀬戸内横断隊、そして様々な飲み会などなど。 思えば、本当にいろいろとお世話になっている。良きパートナーを得て、3周年を迎えた新生ダイドック。 より一層の活躍を期待しています!皆さんも、近くに行ったら、ダイドックに、ぜひ寄ってみてください。
February 17, 2007
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祭りの片付けが終わると、『じゃあ、そろそろ行こうか!』というわけで、その方の家へと向う。『じゃあ、おじゃまします』***窓からは、瀬戸内海の眺望が楽しめる最高の酒席。『ビール飲みます?』 『おお、もらおう』 ということで、まずはビールをプシュッと開ける。グビリ、グビグビ! うーん、旨い。今日は、横断隊ピッチで漕いで来たし、御手洗で楽しい話しも聞けたし、祭りを見て、参加して、片付けも手伝って、ほんとうに充実した良い一日だった。『酒、飲むか?』 『ええ、いただきます』出てきたのは、『越乃寒梅』有名なので、さすがの私でも名前は聞いたことがあるが、一度も口にした事が無い。 『いいんですか?』 『もちろん、ええよ』ひとくち口に含むと、あっさりさらり、さらさらりと喉を通り、すっきりとしたおいしいお酒だ。 うーん、こりゃあ美味い。 『はじめて飲んだけど、こりゃあ美味いですね』『越乃寒梅』を飲みながら、四方山話で盛り上がる。初めて見た岡村島の祭りの話し、昔の岡村島の話し、今年の漁の様子。 横断隊が来た時の思い出話、水中土木で日本各地を旅されていた時の話し。『そういえば、今日は御手洗で観光協会に行って、町おこしの面白い話しを聞いてきたんですよ』 『ああ、そいつは知っとる。 儂の連れじゃ。 今度行ったら、聞いてみい』(あ、またつながった!) 『そうですか。 やっぱり顔が広いですねえ』***自家製の赤ナマコの酢漬け。 鯒(こち)のフライ。 真珠貝の貝柱とネギの炒め物。 ウマい肴をつまみに、日本酒を飲み、話す。『あんたは一人モンか?』 (うーん、今日はなんだかこんな話題が多いなあ)『いいやあ、子供も二人居るんですよ。 高校生と中学生』『ほうか。 わしゃあ、あんたは一人モンじゃとばっかり思っとったわ』***『それにしても、いろいろとありがとうございます』『いやあ、なーんか、お前の事が気に入ってのう』ありがたいことだ。 あやしい容貌の40過ぎのおっさんが独り、手漕ぎのフネで島にふらりとやってきて、こうやって地元の人にお世話になる。結婚し、子供もできて、30半ば過ぎて初めて『深夜特急』を読んだ時は、なんでこの本に、若い独身の時に出会わなかったのだろうと、悔し涙を流したものだ。 だが実際には、瀬戸内海や山陰の日本海という限られた地元の海とはいえ、幾つになっても、こういう旅はできるんだなあ。***この日は、浜にテントを張ったものの、夜は家に泊めていただいた。 だからタイトルが、『岡村島キャンプ【?】ツーリング』なのだ。***翌朝、目が覚めると、もうその方は出掛けていた。 昨日の夜、明日も早くから仕事だと言っておられたので、お礼のメモを残して、浜に戻る。バーナーでお湯を沸かし、うどんに玉子を落として朝食にする。結局泊らなかったテントを片付け、シュラフを畳み、荷物をパックして、町に缶コーヒーを買いに行く事にした。***いつもの海沿いの道を歩いていると、少し沖に出ている防波堤の所で、きのう片付けの時に居られたおじいさんが、タコ壷を準備していた。『おはようございます』 『おお、どこ行くんじゃ?』 『昨日は○○さんの所に泊めてもらったんですよ。 今から、缶コーヒーを買いに行く所です』 『そうか』再び歩き始めると、おじいさんが、『おい、この自転車使うてもええぞ』と声をかけて下さった。『ありがとうございます。 すぐそこなんで、散歩がてら歩いて行きますよ。 本当にありがとうございます』昨日出会ったばかりの私に、自転車を貸してやろうという。 本当にありがたいことだ。 岡村島が、ますますお気に入りの島になった。***フェリー乗り場の近くの自動販売機で缶コーヒーを買い、浜に戻ろうとすると、軽トラックが止まった。 見ると、泊めていただいた方が運転席に。『おはようございます。 昨日は本当にありがとうございました』 『もう、帰るんか?』 『ええ、帰ります。 起きたら居られなかったんで、メモだけ残してきたんですよ』『乗れや。 浜まで送っちゃろう』***軽トラックから降り、ドアを閉めると、おじさんも降りてきた。海を見て、『今日はニシが少し吹きよるから、北側を通って帰れよ』 (確かに、見ると少し白波が立ち始めている)『ええ、そうします』『ちょうど潮もええ』 『そうですね、もうそろそろ潮止まりですね』さすが、地元の海で仕事している方。 的確なアドバイスが飛んでくる。『本当にありがとうございました。 また遊びに来ます』***岡村島と大崎下島の間の狭い海峡を北上。岬を廻って、大崎下島の北岸を戻る。 ここから先は、ずーっと向かい風だ。 風が少し強めなので、ショートカットはせず、岸沿いに漕ぎ進んで行く。 豊島を越え、上蒲刈島の北西端から県民の浜へ。帰りは、遠回りの北側ルートであったのに加えて、向かい風でスローダウン。 結局、休憩無しで、まるまる3時間漕ぎっぱなしだった。 ふう、これは久々に鍛えられた!***3連休の週末。土曜日は、妻と二人、ロードスターで映画『それでもぼくはやってない』を観に行き、日曜~月曜は、大崎下島の御手洗~岡村島で様々な方にお世話になった、とても思い出深いシーカヤックの旅を堪能した。家に帰ってから、家族そろっての夕食では、写真を見ながら、ツーリングの時の様々なエピソードを話して盛り上がる。『旅するシーカヤック』 シーカヤックで旅をしていて、本当に良かった。
February 13, 2007
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御手洗散策を終え、狭い海峡を渡って岡村島の浜にフネを揚げた。 テントを張り、着替えると、いつものようにビールの買い出しに町に出掛ける。岡村島では、JAの経営するスーパーが一番大きな店であり、いつもそこで食材とビールを買い込んでいるのだ。いつものように、海沿いの静かな島の道を歩いていくと、神社の方から賑やかな声が聞こえてきた。??? これはなんだ?神社に行ってみると、幟が立ち並び、大勢の人が集まって何かやっている。 ほう、これは弓だ!近くに寄ってみて見ると、6人のチームに分かれて、的に当てる本数を競っている様子。 帰ってから調べてみると、『弓祈祷』と言う、有名なお祭りだとの事。それにしても、この島でこれだけ大勢の人が集まっているのを見たのは初めてである。 今日は活気があるなあ。 今日は祭りのようだ。 これは偶然とはいえ、良い時に来たものだ。ようし、先にビールを買ってきて、飲みながらゆっくりと見物する事にしよう。***歩いて行くと、いつものJAのスーパーは閉まっていた。 えー、ここも日曜日は休みなんだ! いつもキャンプに来るのは土曜日だもんなあ。そこで、以前買い出しに行った事のある小さな商店へと向う。『こんにちはー。 ビールありますか?』 奥からおばあさんが出てきて、『ええ、ありますよ』『じゃあ、ビール4本と、日本酒をもらえますか』 『はいはい』『いくらですかねえ?』 すると、年季の入った算盤で計算しながら、『この算盤、五つ玉なんよ。 珍しいでしょう』 『へえ、そうなんですか。 凄いですねえ。 初めて見ました』これを切っ掛けに、いろいろな話しを聞かせていただく。額に入れてある、数十年前のものだという煙草のポスター。 『近所の人がね、これを鑑定団にだしたらって言うの。 売ってくれって言った人もあったけど、売らなかったけどねえ』 『写真撮っていいですか? それはぜひ、大事にした方が良いですよ』島に人が多かった時の話し、子供達が文房具や駄菓子を買いにきていた頃の話し。 当時は、関前町で3000人近い人が住んでいたらしい。 また、その子供達が大きくなって店に寄り、たまに懐かしい話題で盛り上がることもあるそうだ。***『そう言えばさっき、神社で祭りをやってましたけど』 『あれはねえ、年に一度、建国記念日にやる祭り。 昔はねえ、祭りの2週間くらい前から射手宿(居手宿?)っていって、弓を射る人が集まって合宿をしていたねえ』『そして祭りの当日は、そのころ町に2軒あった銭湯が朝3時頃から開いて風呂に入り、海で水垢離をして』 『そうですか、銭湯が2軒もあったんですか。 賑やかだったんですねえ』『おばさんも、実は射手になって参加したかったんじゃないですかー』と笑いながらからかうと、『いいやいいや、あれは男の人だけじゃから』とおばあさんもニコニコしながら返してくれた。***『ちかくにスーパーもできたし、子供も少のうなったし、もううちはいつやめてもええ、思うとるんよ』 『そんな事言わないで、続けて下さいよー。 さみしいじゃないですか』『いろいろとお話を聞かせてもらってありがとうございました』 『また、祭りに行ってみんさい』 『はい、ありがとうございました』***神社に戻ると、まだ祭りは続いていた。射手の人達の傍に寄ってみようと近づくと、一瞬顔を見合わせた。『おお!! どうしたんや?』『あー!!! こんにちは。 今日は蒲刈から出て漕いで来たんですよ。 途中、御手洗で散策してから来ました』そう、以前、この島に来た時に知り合った、瀬戸内カヤック横断隊ともゆかりのある、地元の方だった。『ええ所に来たのう。 今日は、とまるんじゃろ?』 『ええ、祭りとは知らずに来たんですが、いつものように、浜でキャンプします』『じゃったら、うちに来んか。 飯を食わしちゃるし、酒もあるで』 『ええんですか?』 『おお、ええええ。 来いや! 祭りももうちょっとで終わりじゃ』 『じゃあ、遠慮なくオジャマします』***『ところで、こっちに来て、的に矢を当てた人を持ち上げるのを手伝うてくれんか?』 『私でええんですか?』 『ええよ、こっちへ来い』靴を脱ぎ、射手の人達の後ろに待機。 見事、的に矢を当てると、その射手をみんなで持ち上げて何か唄いながら盛り上がる。 他所者の私で良いのかなあ?と思いながらも、射手を担ぐ人は年寄りばかりで大変そうだし、これまた楽しそうなのでついつい参加してしまう私(やはり、分別のある大人の社会人じゃあないのかもしれないなあ)。***そのうちに祭りが終わり、表彰式。 そして、餅撒き。 するとそのおじさんが私の方を向いて境内を指差し、『ようし、行くでー!』よそ者なので遠慮して後ろの方で餅が飛んで来るのを待っていた。 子供からお年寄りまで、みんな楽しそうに、餅を拾い集めている。後ろで待っていた私も、2つ餅をゲットできた。 テレビで見た事はあるが、餅撒きに参加したことはなかったので、これまたうれしい思い出だ。***餅撒きが終わると、片付けが始まった。 私も最初は見ていたのだが、高校生や若い人達は帰って行き、お年寄りばかりで片付けている。 見かねていつの間にか、自然に片付けに参加していた。杭を抜き、まとめる。 二人一組で畳を運ぶ。見知らぬ人間が片付けを手伝っているのを見て、一緒に畳を運んでいるおじいさんが、『にいちゃん、どっから来たん』『ええ、今日は呉から来たんです』 『誰かの知り合い?』 『あの、緑のジャンパーを着た人と、前に知り合いになって』 『ほうか、○○さんの知り合いか』 『それにしても、賑やかで良い祭りですねえ!』 『ほうじゃろう。 それにしても、手伝ってくれてありがとうのう』別のおじいさんにも、『あんた、どこの人か』と訪ねられる。 『呉から手漕ぎのカヤックを漕いで来たんです。 あの、○○さんと、以前カヌーで来た時に知り合いになって』 『手漕ぎ? カヌーで来たんか? そう言えばあんた、前にも夏に来とったよのう』『昔は、射手宿っていうのがあって、水垢離もしていたと聞きましたけど』 『そう、この祭りは、室町時代位から続いとる。 昔は、祭りの日に海で体を清めよった。 弓を射る場所は神聖な所で男しか入れんのじゃ。 うんうん、たしかに昔は銭湯もあったよのう』『そして、水垢離をした後に、女子の体に触れたらまた水垢離しなおさなあかんということじゃったから、祭りの日の朝は、女子は出歩かんようにとも言うとった』***その後も、畳を運び、コンパネを運び、幟を倒し、竹の棒を片付ける。あー、ようやく終わった。 カヤックツーリングに来て、まさか祭りの片付けまで手伝うとは思っていなかったが、いろいろな人と知り合えて良かったなあ。『ようし、終わったぞー。 そろそろ行くか!』***蒲刈島の県民の浜から漕ぎ出して、御手洗の町を散策し、観光協会の人達と盛り上がった後は、岡村島で祭り見物と片付けの手伝い。『あるく、みる、きく、をテーマにした旅するシーカヤック』の、思いもかけない充実した長い一日。これから、地元で知り合った方の家へと向うのだ。旅とは、不思議な縁に導かれて進んで行くものである。フーテンの寅さんが大好きな俺には、どうやら、分別のあるバリバリビジネスマンの大人の味よりも、風の吹くまま気の向くままの、『サラリーマンカヤッカー放浪記』がお似合いのようだ。その(3)につづく。
February 12, 2007
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大崎下島の御手洗を散策し、岡村島で泊る。 私の好きなツーリングコースの一つである。日曜日の朝、昨日の強風は治まった。 今日はどこへ行こうか? 天気予報では、明日も天気が良く波も低い予想。うん、久し振りに、愛媛県にある『お気に入りの岡村島』に行ってみるか!***朝10時。 シーカヤックが盛んで、瀬戸内カヤック横断隊も毎年お世話になっている、上蒲刈島の県民の浜を出発。 今日は暖かくてグローブも要らないほど。 風もなく、美しい瀬戸内の景色が堪能できる。今年の冬は暖かくて天気も安定しており、オープンカー乗り&シーカヤッカーにとっては、恵みの冬である。豊島を越え、大崎下島の南岸に沿って漕ぎ進む。 ここは西寄りの風が吹くと酷く荒れる場所で、第一回目の瀬戸内カヤック横断隊の時は、冷や汗モノだったことを思い出す。ちょうど潮止まりでもあり、『インチューンパドル』のキャッチの良さもあって、快調に進んで行く。 昨年末から順調に漕げているため、冬にしては体が漕ぎモードになっているようだ。県民の浜を出てちょうど1時間30分で、御手洗に到着した。 実漕ぎ距離で約13kmを、休憩無しの一気漕ぎ。 時速を計算すると、8.6km/hと、なかなか良いペース。いつもの浜にカヤックを揚げ、御手洗の町を散策する。 ここは、北前船が行き交っていた頃、風待ち、潮待ちの湊として栄えた町で、今でも昔ながらの町並みが保存されている。3連休の中日なのだが、残念ながら観光客は少ない。 ここに来るといつも寄る食堂に行ってみると、なんとお休み。 うーん、日曜日は休みなのか。開いている食堂がないか聞こうと、観光協会のある『潮待ち館』へ。『すみませーん、どこか開いている食堂はないですかねえ?』 『ここら辺の食堂は、日曜日は休みなのよねえ。 前の店が開いているから、もしカップ麺で良かったら買ってくれば、お湯は準備できますよ』 『そうですか。 じゃあ、ここでお湯をもらっても良いですか?』 『いいですよ!』***『ところで、今日はどこの現場ですか?』(『現場?...』 ああそうか、坊主頭に紫色のスカノラック、どこかニッカボッカにも見える防水のパドリングパンツ、そして長靴にも見えるパドリングブーツ! たしかにどっから見ても、建設現場で働いているように見えるよな!)『ははは。 いやあ、今日はカヌー、シーカヤックを漕いで来たんでこんな格好なんですよ。 蒲刈から漕いで来たんです』『ああそうなんですか』 するともう一人の男性職員の方が、『御手洗には、シーカヤックの人達が年に何回かキャンプに来られますよ。 たしか呉の人達だって言ってましたよ』 『そうなんですか(安浦のクラブの人達だろうか?)』***『じゃあ、ちょっと買ってきます』すぐ前の小さな商店に行き、昼食用に どん兵衛きつねうどん を購入。 そうだ、明日の朝のうどん用に、玉子も買っておこう。『ここは玉子はありますか?』 『あるけど、12個パックしか無いよ』 『そうですか、じゃあいいです』 『何個要るの? 一つ?』『ええ、一つでいいんですが』 『じゃあ、うちのを分けてあげよう。 一個20円かな』 『ありがとうございます』いいなあ、御手洗の親切な商店。 これが本当のサービスだよなあ。『買ってきました。 お湯をいただいても良いですか』 『テーブルがあるから、奥へ入って待ってて下さい。 お湯、沸かしますから』椅子に座っていると、お茶を出していただいた。 さらに、輪切りにした蜜柑まで。 『いろいろとすみません。 ありがとうございます』この部屋には、御手洗に関する写真や資料が展示してある。 見ていると、観光協会の年配の男性の方が部屋に入ってきて、御手洗に関する様々な話しを聞かせていただくことができた。***北前船で栄えた江戸時代の御手洗から、明治、昭和と時代が移るに連れて変化して行く町の様子。蜜柑栽培が盛んになる前は、山に桃の木が多くあり、花がきれいだったそうだ。 また、海岸沿いの道も、昔は松が植わっていて、白砂青松の風情のある通りだったとか。当時、果物の種類が少なく、蜜柑は貴重品でとても高価だった。 そう、昔はバナナが貴重品で、病気の時しか食べさせてもらえなかったのに似ている。 蜜柑箱一箱を今治に持って行けば、大人数人が一晩どんちゃん騒ぎできたそうだ。また、密柑山で子供が蜜柑をもいで食べていると、親達は、『小遣いやるから、蜜柑食べんとってくれ』と言ったくらい蜜柑が高かった。 そして、2006年に御手洗でロケがあったという映画、『旅の贈りもの』のロケの様子。 御手洗は、以前、『悪霊島』でもロケがあったそうだ。そのうち、奥さんだと言う観光協会の女性職員の方も一緒に、様々な話しで盛り上がる。 本業は、海運業だそうだが、町おこしをやりたくて夫婦で観光協会の仕事もされているとの事。 スゴイ。現在工事中の豊島大橋が完成すれば、本土と地続きになるため、観光を軸にした町起こしにも力を入れておられるとの事。 観光協会が中心となって地元ならではのお土産品の開発に取り組んでおり、食堂/レストランを建設中で、できることならホテルも誘致したいと言っておられた。 有名なコンサルや、呉の市長とも話しをしておられるそうなので、これからの御手洗に期待したい。『せっかくこれだけの資産が残っているんですから、もっと観光客の人に来て欲しいですよねえ。 町おこし、すごく楽しみにしていますよ!』***私の方も、シーカヤックを使った、尺取り虫方式での瀬戸内横断から、それに続いて下関から日本海北上の旅を続けている事。 また、そのルートが、昔の北前船の辿ったルートに近いため、勝手に『北前船を辿る旅』と称して海旅を楽しんでいる事もお話しする。『いいですねえ。 ところで北前船といえば、おもしろいプランがあるんですよ!』 『どんなプランなんですか?』『船に地元の特産品を積んで北前船のルートを辿っていくの。 そして着いた港でそれを売って、またその地元の特産品を仕入れて次の港へ。 それを繰り返しながら旅をしようと言う計画なの』『えー、それは良いじゃないですか! ぜひやって下さいよ!』 『おもしろいでしょう。 そんな話しで盛り上がって、主人が町おこしに嵌まっちゃって』 『いいご主人じゃあないですか』***『それにしても、高校生と中学生の子供さんが居るようには見えませんねえ』と奥さん。『え、そうですか(それって、若く見えるってことかな? ふむふむ)』 『高校生くらいのお子さんが居るって言うと、会社でしっかり仕事をして、落ち着いたイメージがありますよねえ』 (え、そういうことか。 これでも平日はちゃんと仕事してるつもりなんだけどなあ。 やっぱり私には、落ち着いた大人の雰囲気がないってことだな。 がーん)『ほんと、若く見えますよねえ』 (なーんて、今さらフォローされても...) 『ははは。 そうですかねえ』***観光協会で印刷、製本したという、『瀬戸内 【御手洗】の町並み』という御手洗の歴史が書かれた貴重な冊子を購入し、『いやあ、本当にいろいろとお世話になりました。 楽しい話しも聞かせていただいたし』 『また是非寄って下さいね』うん、本当にいい人達だ。 がんばれ御手洗! 応援しています。***浜を出て、目の前に見えている岡村島へ。 ほんの10分足らずのパドリング。フネを揚げると、いつものようにテントを張り、着替えて準備完了。ようし、ビールの買い出しに行くか。***御手洗での思わぬ出会いから始まった、『あるく、みる、きく_旅するシーカヤック』はじまりの予感!
February 11, 2007
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10年前の、那覇ー慶良間_アイランドホッピングツーリング(主催:沖縄カヤックセンター)。初めて訪れた沖縄のシーカヤックツーリングで、フェザークラフトK2のバウとスターンを4日間一緒に漕いだYさんと、10年振りに再会することとなった。***このツーリングで、数日間の連泊キャンプツーリングの楽しさ、フォールディングカヤックを使った『行きっぱなしの旅』の楽しさに目覚めた。また、大きな外洋のうねりのなかでも、フレキシブルな構造で波のエネルギーを吸収するため安定しており、荒れた状況でも安心して漕ぎ進むことのできるフェザークラフトの良さを知り、いつかはフェザークラフトを買って『瀬戸内横断』をしようと決意した、私のカヤックライフにとって大きなターニングポイントとなった、思い出深い旅である。↑ バウがYさん、スターンが私。 一緒にツーリングに参加した方から送っていただいた写真。あのツーリング以降、毎年、年賀状のやりとりがあり、機会があればぜひ会いたいとは思っていたのだが、なかなか実現することができなかったのだ。***以前日記にも書いたのだが、正月休みに、古いマッキントッシュの写真を整理していて、偶然発掘した中にその時の写真を発見。 なつかしく思って眺めているうちに、なぜだかとても会いたくなってきた。年賀状に書いてあるアドレスにメールして何度かやりとりさせていただき、忙しいYさんのスケジュールが調整できた2月3日(土)に、関西に会いに行くことになった!***↑ ツアーをご一緒させていただいた方からいただいた、一番お気に入りの写真。夕方、待ち合わせの時間。 駅前のロータリーに行くと、後ろ姿ですぐに分かった。握手をし、挨拶を交わす。 10年振りの再会!今日はまず、Yさんの愛車で少しドライブし、クルマを家に置いて、飲みに行く予定になっている。***その愛車は、『BMW_M6』BMWのモータースポーツ担当子会社で企画&デザインされた、スポーツ志向のMシリーズの最高峰! F1譲りの500馬力を越える出力を絞り出すV10をインストールした、ソフィスティケートされたモンスターマシンである。湾岸高速を走る。 パッセンジャーシートに座っていても、その良さが伝わってくる。エンジンサウンド。 シルキーシックスと称されるBMWの6気筒とは違い、野性味さえ感じさせる迫力のあるエンジン音がキャビンの中まで伝わってきて、いやが上にも走り心を刺激する。クラッチレスMTとなる7速SMGは、通常の使用ではシフトショックは皆無できわめてスムース。 それに加えて、シフトダウンの時にブリッピングしてエンジン回転を合わせてくれるのも気持ちいい。さすがに大開度の加速中にアクセルオフすると、ごくたまにバックアウトショックはあるものの、50kg-mを越えるトルクを扱っているのだからご愛嬌だ。また、アクティブサスでは無いと言うが、コーナーリング時のロールも、ブレーキング時のノーズダイブも少なく、車両挙動が安定している。 道路の継ぎ目を越えた時に感じられるボディ剛性の高さも特筆もの。 さすが、ドライビングマシーン。***南港の路肩にM6を停めると、『ちょっと運転してみます?』『いいんですか? じゃあ、少しだけ運転させて下さい。 普通に運転しますから』ホールドの良いシートを調整し、スタートスイッチを押してエンジンを始動する。クルマはほとんど居ないとはいえ、ここは一般道なのに加えて、完熟走行もできないので、安全第一に徹した、ごくごく普通の運転。それでも、Mシリーズの最高峰であるM6の実力を体で感じることができた。 これまで、3シリーズ、5シリーズは運転したことがあるけれど、さすがにMシリーズは初めてだったので、ATとSMGの違いを含めて、貴重な体験ができた。***↑ アイランドホッピングツアーでは、美しいチービシで海亀の産卵も見ることができた。感激!クルマをYさんの隠れ家のガレージに収め、シンプルだがこだわりを感じる部屋で一息入れる。共通の知人の近況や、仕事でも忙しいYさんが入れ込んでいると言う、沖縄のサバニレースの話し、ケラマ以外の沖縄でオススメの海域など、様々な話しで盛り上がる。***心斎橋のショットバー。 Yさん行きつけの店である。 Yさんの知人も集まり、ビールで乾杯!10年前のツーリングの話し、瀬戸内でのカヤックツーリングの話題、瀬戸内カヤック横断隊の話し、Yさんが参加したと言う沖縄ー奄美のフェザークラフトを使ったエクスペディションの話し!同じフネを、様々な状況の中で4日間一緒に漕いだ仲間。 10年間のブランクなんか感じない。 リラックスした雰囲気で、楽しい会話で、懐かしい思い出話で、まるでいつも会っているような気さくな雰囲気で盛り上がる。Yさんもヨットをやっており、店のオーナーも、その時に来ていたお客さんもヨットが趣味ということで、店に来ていた廻りの人とも話しが盛り上がる。外で飲むことがほとんど無く、平日は家で、週末は浜で独りで飲む私にとっても、気さくな常連さんが集う、居心地の良い良い、心休まるショットバーであった。こんな店が地元にあれば、私でも通ってしまうかもしれないなあ!***10年振りの再会。 とても楽しく、充実した一時であった。 やっぱり来て良かった!沖縄で、伊豆で、三方五湖で、いろいろなところで出会った人達に、機会があれば会いたいと思っているが、思っているだけではなかなか会うことはできない。カヤックで出会うのも何かの縁だ。 これからも、大切な縁を大事にしていきたいと、あらためて思った週末であった。『旅するシーカヤック』は、決して漕いでいる時だけではない。***また、同じK2を二人で漕いだ、那覇ーケラマ_アイランドホッピングツーリングから10年経ち、Yさんは沖縄ー奄美エクスペディションやサバニレース、ヨットにボート。 そして私は、瀬戸内横断~日本海北上の旅と瀬戸内カヤック横断隊にと、それぞれ海の楽しみを追求しているのも面白い。Yさん、忙しいなか時間をとっていただき、本当にありがとうございました。
February 3, 2007
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