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岩城島へのツーリングを終え、生名島のお気に入りの浜に戻り、テントを張り、シャワーを浴びる。 そして、日陰で風通しの良いステージの下で寝転ぶ。 至福の一時。あー、冷たいビールが飲みてえなあ。 そろそろ買い出しに行くか。***買い出しから帰り、再びステージの下に陣取ってビールを開ける。『プシュッ』 ええ音や!缶からシェラカップに注ぎ、口元へ。 『グビ、グビ、グビリ!』 乾いた喉を、炭酸の泡の刺激が心地良い黄金色の液体が、音を立てて滑り落ちて行く。 うーん、旨い!食事を摂りつつ、ビールをグビリ。 空を眺めて再びグビリ。 海風を肴に、グビリ。これこれ、やっぱこれに限る。暗くなってくると、東の空に、満ちかけた月が、美しくそして妖しく光っている。この雰囲気が、なんともいい感じ。***翌朝。 テントから這い出し、朝食を摂り、荷物を片付ける。今日の目的地は、すぐ目の前。 漕いでもほんの10分ほどだろうか。 目指すは『箱崎』昨夜、道路地図を眺めていて、ハッと気が付いた。 『あ! すぐ近くに箱崎の町がある!』そう、この箱崎とは、『私の日本地図、瀬戸内海、芸予の海(宮本常一)』に、『家船の浦』として記されている、あの因島の箱崎である。これまで何度もこの海域に漕ぎに来ていたが、気が付かなかったのは、なんとも迂闊であった。 今日はせっかくなので、クルマではなくシーカヤックで箱崎の漁港を訪ねてみることにしよう。***漁港の近くで船釣りをしておられる方に、『こんにちは。 あそこは箱崎の漁港ですよね?』と聞いてみた。 すると、『そうよ』とのこと。『箱崎というと、あの家船で有名な箱崎ですよね』 『ああ、そうそう。 いまじゃあ、家船もあまりおらんじゃろうけどのう』『呉の蒲刈の隣の豊島にも、家船が残っているんですよ。 昨日から生名島にキャンプしてるんですが、せっかくなので家船を見に来ました』『そうか。 呉から。 ここの船は、昔は遠くまで漁に行きよったらしいが、最近は陸(おか)の仕事が主じゃろう。 前は、領に行くのに子供を預ける寮も、この近くにあったよ』***周囲に気を付けながら、箱崎の港に入ってみる。すると、船首側に部屋のある『家船』が、何艘か停泊していた。 ああ、やっぱりここだ。*** 宮本常一、私の日本地図、瀬戸内?、芸予の海より ***おおきな工場の騒音の高いすぐそばの青い海に、小さい漁船がぽつんとうかんで漁をしているのをよく見かける。 中には男女が船にのっているものもある。 いまは白いテントをはったものが多いが、つい近頃まではトマをふいたものが多かった。 (中略)多くの人は船を家にして沖に稼ぎに出、永い人になると一年も半年もかえって来ないことがある。 みじかい人でも一潮(十五日)は沖にいる。***港の中を、気を付けながらシーカヤックで探索してみたが、漁師さんらしい人は見あたらなかった。 話しを伺う機会がなかったのは残念。それでも、いつか訪れたいと思っていた、かつて宮本常一も調査した『因島の家船の浦、箱崎』を、シーカヤックで訪問することができてよかった。***生名島の浜に戻り、荷物を片付け、シャワーを浴びて着替える。管理人さんと、しばし立ち話。 ここら辺の海がこれまでどう変わってきたのか、箱崎や豊島の家船のこと、そしてこのキャンプ場のこと、などなど。『もう少し涼しくなったらまた来ますので、よろしくお願いします』 『いつもありがとう、では、気を付けて』しまなみの生名島。 これからも、何度も通うことになりそうだ。
August 26, 2007
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土曜日の朝、シーカヤックを積んだステーションワゴンで、しまなみの生名島へと向う。この生名島は、瀬戸内でのお気に入りの島の一つであり、年に何度か、ここをベースに『しまなみ』でのシーカヤックツーリングを楽しんでいる。10時過ぎ、いつもの浜に到着し、管理人さんに挨拶してキャンプの手続き。まだ夏休みなのに、この週末にキャンプするのは私一人だそうな。 このお気に入りの景色を、今日も独り占めだ!↑ お気に入りのキャンプ場。 この景色を独り占め!事務所で必要事項を記入しながら、最近の生名島やこの浜の様子をうかがったり、先日行った日本海の話しをしたり、しばし四方山話。***『じゃあ、ちょっと岩城島まで行ってきます!』↑ 出艇前は、いつもわくわく。 今日は、どんな旅が、そして出会いが待っているのだろうか。この辺りは潮流が複雑で流れも速く、フェリーや高速船など船の往来も多いので、注意が必要だ。 常に周囲をワッチしながら漕ぎ進む。約1時間のパドリングで、岩城島の南側にある、いつもフネを揚げる浜に到着。***歩いてフェリー乗り場の売店へ。お店の方に、『すみません。 積善山へ登ったら、どれくらい時間が掛かりますか?』すると、『歩きですよね?』 『ええ』 『だったら、2時間くらいかかるんじゃないですかねえ』『歩いて登るんだったら、バスに乗って小漕港まで行って、そこから歩いた方が良いですよ』 『そうですか。 ありがとうございました』生名島のキャンプ場の管理人さんから、積善山の頂上からの景色は良いと聞いていたので登ってみたかったのだが、今回はあきらめるとしよう。***昼前なので、以前食事をした『よし正』さんへ行き、お気に入りのよし正定食で腹ごしらえ。昼からは、集落を散策。せっかくなので、少しでも高いところから景色を眺めてみようと、坂を上って行く。首に掛けた手ぬぐいで汗を拭き拭き、時々ペットボトルのお茶を飲み、積善山の山頂につながる急な坂道を30分ほど登ると、海が見えてきた。うーん、これは好い眺めだ。 よし、次に漕ぎに来た時は、積善山の頂上まで登るぞ。***坂を下り、フェリー乗り場の売店へ。『すみません。 レモンアイスもらえますか!』 『山、登られたんですか?』『途中まで登ってみました。 今度、時間がある時に頂上まで登ってみようと思います。 今日は、生名島からカヌーで来たんですよ』 『カヌーですか? シーカヤックじゃなくて?』『そう、シーカヤックです。 ご存知ですか?』 『うちの主人が、シーカヤックを欲しいって言ってるんです。 目の前に赤穂根島があるでしょう。 あそこまで行くのに、船で油を使って行くよりは、シーカヤックが良いって』 『この辺りは島も多いし、海もきれいだし、シーカヤックは良いですよね』↑ レモンで有名な岩城島の名物の一つ、『レモンアイス』 おいしいよ!***レモンアイスを食べると浜に戻り、フネを出す。 それにしても暑い!お茶を飲みつつ漕いで行くが、あまりの暑さにダウン寸前。 日陰のあるきれいな浜に緊急上陸し、海に飛び込み、体と頭を冷やす。 あー、気持ち好い!しばし海に浸かって体を冷やし、しっかり水分を補給し、日陰で休憩してから再び漕ぎ出す。途中で、少し前の海面でバシャッと水音。 見ると、トビエイ! すごい、こんなところで見られるなんて。 残念ながら写真は撮れなかったが、うれしい出会い。***無事、生名島へ帰還。『帰りました。 積善山の途中まで上がりました。 それにしても暑かったです。 帰りは漕いでいたら、フラフラしてきて、海に飛び込んで体を冷やしましたよ』『ほんと、暑かったねえ。 たおれないように気を付けて下さいよ』 『はい』フネを揚げ、荷物を運び、テントを張る。 冷たいシャワーを浴びると、気分はスッキリ。日陰となり、風通しも良いステージのところにサーマレストを敷き、大の字になって寝転がり、景色を眺める。すこし暑いが、やっぱりここの景色は最高だ! あー、冷たいビールが飲みてえなあ。そろそろ買い出しに行くか。
August 26, 2007
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2007年8月23日。 今日で、ブログを始めて1000日だそうだ。 これを機会に、自分のカヌーライフの原点を振り返ってみた。*** 野田知佑氏の言葉より ***やはりカヌーの面白さは、『川を下る』ことに尽きる。 それも、『日帰り』の川下りではなく、何日かかけて川を旅する『リバーツーリング』がいい。 この中に、アウトドアの楽しさがすべて含まれている。カヌーをただ漕ぐだけでは楽しみに幅がないし、底が浅い。 カヌーに色々な遊びをとり入れると面白さが倍加する。 カヌーに釣り、潜り、泳ぎ、山菜採り、野生の草花を見、食べること、キャンプ、旅行をつけ加えたものが『リバーツーリングである』***1992年、約15年前にカヌーを始めた頃、広島にはカヌー専門店もなく、本を読みながら知識を身に付け、実際に川を下り、海を漕ぎながら、経験を積んで行った。当時はカヌーに関する本もほとんどなく、私にとっての貴重な教科書は、原語の『SEA KAYAKING (John Dowd)』、後に手に入れた日本語版(訳:堀田貴之、ローリーイネステイラー)の『SEA KAYAKING (John Dowd)』、そして『カヌーリバーツーリング入門(1986年発行、小学館)』であった。インターネットも普及しておらず、地方都市である広島の書店には、原語版の『SEA KAYAKING (John Dowd)』がなく、注文して船便で到着するまで、何ヶ月か待ったことを懐かしく想い出す。上記の野田さんの言葉は、『カヌーリバーツーリング入門(1986年発行、小学館)』に書いてあったものだが、カヌーを始めたばかりの私にとっては、カヌーの旅とはそういうものだということが、心に刻み込まれたことを覚えている。それに対して、『SEA KAYAKING (John Dowd)』は、特に後半部分(7章の災害以降)からは、書かれている内容がかなり高度で、冒険のレベルも初心者からはかけ離れていたため、身近な教科書と言う感じではなかったが、いつかはこの本に書いてある内容が約に立つレベルに達したいものだと思って読んでいた。*** 再び、野田知佑氏の言葉より ***最後に、カヌーツーリングの良いところを百パーセント味わうには、『単独行(ソロ)』がいい。 集団で仲間たちと下るのも楽しいけど、単独行の深い味わいには比較できない。(中略)メダカのように群れ集まり、画一的な集団生活を余儀なくさせられている多くの日本人にとって、一人で暮らすこと、単独行は貴重な体験になるはずだ。*** 『SEA KAYAKING (John Dowd)』より ***カヤッカーに一人で海へ出るな、というのは、山へ一人で行くなというのに似ている。それは慎重なアドバイスだが、実際はシーカヤッキングにのめり込むほど、一人で行きたくなるものだ。 危険は高まるかもしれないが、それ相当の見返りがある。置かれた状況の判断力や意識のレベルは、そのパーティの人数によって減少するものだと私は思う。 頼れる人がだれもいないところで自らを試す。 (後略)***今、私はソロの旅が多いが、実は一番楽しいのは家族でのカヤックツアーである。子供たちがまだ幼稚園や小学校に通っていた頃は、家族四人で、あるいは息子と二人で/三人で、江の川や錦川、四万十川のキャンプツーリングに行っていたし、瀬戸内や日本海も漕いでいた。もちろんソロも楽しいが、なんの遠慮もない家族と、川下りやシーカヤックの楽しさ/感動を共有化できることは、なによりの喜びであった。かれらが高校生、中学生となった今では、たまにしか一緒に漕げないけれども、やはり最高に楽しいひとときであることに変わりはない。***そして最近では、尺取り虫方式での瀬戸内横断から、古代人ツアーで始まった日本海北上編。そして、瀬戸内の島々や、日本海の港町を巡る、『あるく、みる、きく_旅するシーカヤック』が、私のライフワークとなっている。決して、人に私の価値観やシーカヤックのスタイルを押し付けるつもりは全くない。 また、安全第一であるということは、当然のことである。ただ、自分が一番楽しいのは、『あるく、みる、きく_旅するシーカヤック』である、というだけのことである。もしかしたら、カヌー/シーカヤックを始めた頃に読んだこれらの本に刷り込まれたのかもしれないし、あるいは自分自身の性格が、もともとそうだったのかもしれないが、今これらの本を読み返してみると、『うん、まさにそうだ!』と頷くことばかり。*** 最後に、再び野田知佑さんの言葉 ***さて、諸君、ここまで教えたからにはすぐ今からパドルを握って野に出たまえ。 暖衣飽食は老人にまかせて、少し辛いがスリルに満ちた荒野を一人で漕いで行きたまえ。あらゆる面白いこと、そしてたくさんの苦難が諸君の上にふりかかることを祈る。***この言葉は、中年になってしまった今でも、私に旅するモチベーションを与えてくれるし、自分の息子たちにも、この志しを、旅を続ける自分の後ろ姿で伝えて行きたいと思っている。
August 23, 2007
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昔の猪目について、いろいろなお話を聞かせていただいたおばあさんが家に帰られ、特製ベンチで海を眺めつつ独りでビールを飲んでいると、昼間にお会いした、地元の方が歩いて来られた。↑ 今回の、あるくみるきく_旅するシーカヤックの主役となった、猪目の『特製ベンチ』『こんばんは。 だいぶ涼しくなりましたねえ』 『おお、そうじゃの』と言って、特製ベンチに腰掛けられた。***『今日は、昼からバスに乗って大社町まで買い出しに行ってきました』 と切り出し、その方との会話が始まった。『このベンチはなあ、ここの長老達が海を眺める特等席なんよ』 『ええ、さっきも、地元のおばあさんにここでお話を伺いました。 本当に良い場所ですよね』『でもなあ、朝ここにきてみると、これが下の浜に持って行かれとる事がある。 困ったもんじゃ』 『だれか、いたずらで転がすんですか?』 『うん、そういうのもあるし、下でテーブル代わりに使おうとする人も居る』 『でも、この重たいのを上まで持って上がるのは大変でしょう』二人で海を眺めつつ、会話は続く。海況が厳しいので、ほとんど夏場だけが漁期となるこの辺りの漁の話し。 漁協によって、網の張り方にそれぞれ流儀があるという話し。 漁獲高が少なくなり、禁漁期間や禁漁日が増えてきつつある事。 この辺りで盛んな冬場の海苔採集の話しと、最近の温暖化で海苔がだんだん撮れなくなっていること。 猪目の港から出て行く船を見ながら、『日本海の他の漁港でも、最近は油が高くなって儲けがあまりないとか、漁に出ているのは、定年を過ぎて、本業でなく遊びも兼ねて出ている人じゃないとやっていけないとか聞きますが、ここではどうですか?』『うん、平日は他で働いて、日曜日だけ出る人が多いが、平日の仕事で疲れとるし、休みの日も会社に出てくれと言われたら出んといけんから、漁に出られる人は減っとる』そうだ。『ここは、分校がありましたが、まだ生徒は居るんですか?』 『居るよ。 でも、生徒の数より先生の方が多いくらいかのう』 『でも、子供が居るのは良いですねえ。 うちの方でも子供が減って、小学校の統廃合が進んでいますからねえ』 『ここの分校は、カジカ蛙の研究で有名なんよ』 『カジカ蛙は、あの川に居るんですか?』 『そうそう』『さっきのおばあさんに、夜は鹿がでるかもしれんと脅かされたんですが』 『ああ、でるかもしれんなあ。 鹿は夜、そこの川に水を飲みに来よるし。 玄関先にも来るんじゃけん』 『そうですか』『ここは、鹿がでるおかげで、畑でキュウリや茄子を作っても食べられるし、墓に菊を供えても、あいつらは菊の花が大好物だから、花だけぜんぶ食べてしまう。 困ったもんじゃ』***その方も帰られると、再び独りで浜の特製ベンチにポツリと座り、心地良い風を感じながら静かにビールを飲む。暗くなると、テントに潜り込み、ヘッドランプの明かりで本を開く。 今日は、『日本書記(上)』黄泉の国への入り口とされた『猪目洞窟』近くの浜に張ったテントで読む日本書紀は、また特別の感慨である。 これぞ、古代人ツアーの醍醐味の一つ。***朝は6時に起床し、7時には出艇準備完了。 出ようとすると、昨日のおじさんが浜に歩いて来られた。『おはようございます』 『おはよう。 今から漕いで来るんか?』 『ええ、1時くらい。 散歩がてら、ちょっと出てきます』↑ 朝日は眩しいが、まだ涼しく、快適なパドリング今日は、まだ暑くならないうちに、東側に向けてお散歩ツーリングだ。朝日に向って、快調に漕ぎ進む。 海は、夏とは思えないくらいきれいに澄んでいる。岩礁地帯では、船上からアワビやサザエを採る漁師さん達が働いておられてた。 箱メガネで海中を覗き、片手で銛を持ち、足で舵を操作する。 いつ見ても、すごい職人技である。途中、日陰となる岩陰で、アンダーデッキバッグから水とパンを取り出し、軽い朝食。 食後は、海水に浸けた歯ブラシで歯磨き。 これが気持ち良いのだ。涼しい朝の日本海で、1時間ほどの海の散歩を楽しみ、浜に戻る。 私にとっては、漕ぐ事はシーカヤックの楽しみのほんの一部に過ぎない。 野田さんも言っておられるように、ただ漕ぐだけでは楽しみに幅がない。そう、だからこそ私は、『あるく、みる、きく_旅するシーカヤック!』***シーカヤックをカートップし、荷物を片付け、シャワーを浴びる。 帰り支度をしていると、地元のあの方が来られた。『おお、帰るんか。 また機会があったら遊びに来いよ』『今回はいろいろとお世話になり、ありがとうございました。 それにしても、ここは本当に好い所ですよね。 来年、また絶対に遊びに来ます』『ここには、店もないしなんにもない。 自然だけしかないが、それでも良かったらまたきんさい』 『いやあ、それが本当の贅沢ですよ』『じゃあ、道中気を付けてな』との、なんともうれしいお言葉。 うん、本当にここに来て、キャンプツーリングにして良かった!***帰りは、頓原ラムネ温泉で潮抜きし、一福でおいしい出雲蕎麦を食べ、家路についた。あるく、みる、きく_旅するシーカヤック、島根半島_猪目篇。 これにて完結!
August 18, 2007
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午前中の日御碕往復シーカヤックツーリングの後、様々な話しを伺う事ができた生活バスを利用しての買い出しを終えて、猪目海岸に戻る。テントの中を整理し、さてビールでも飲もうと『特製ベンチ』を見ると、一人のおばあさんがそのベンチに座り、海を眺めていた。***『こんにちは。 ここに座ってもいいですか?』と私。 『ああ、いいよ』『ここは景色が良いですよねえ。 海もきれいだし、眺めは良いし』 『私もねえ、日に何度もここに来て、海を眺めるんよ』 『本当に良い所ですよねえ』 『そう、この景色は何回見ても飽きんよ』『あんたはどこから来たん?』 『広島からです。 今朝はあのフネ、カヌーで、日御碕まで往復して来たんです』 『ああ、広島からね。 昔はこの海水浴場にも、広島から大勢の人が来よったよ』 『そうなんですか!』***そのおばあさんの話しによると、昭和30年代、40年代の頃は、広島から大勢の海水浴客がこの猪目海水浴場を訪れていたとの事。当時は、中学校や高校の臨海学校もここで行われ、会社の組合の行事にも使われるなど、とても流行っていたそうだ。 『もうねえ、テントがいっぱいで、浜から海まで歩く隙間もなかったくらいよ』何も知らない私の勝手な想像では、昔は誰一人来ない静かな浜だったのではないかと思っていたのだが、実際には、今とは比べ物にならないくらい大勢の人出で賑わっていたとの事。 驚きである。『昔に比べて、海は変わりましたか?』 『うん、昔はもっと水がきれいじゃったよ。 それに、浜が広かったねえ。 当時は、この玉砂利も多くて、浜が広くて、そこで野球をしよる人も居ったくらい』『それがねえ、工事の人らが重機でここの砂利を持って帰りよった時期があってね。 それで浜が小そうなってしもうたんよ。 ここは、この玉砂利が浜の宝なのにねえ』そうか、それでこの浜には、バラスを持ち帰らないようにと言う看板が立てられているんだ! そう、この玉砂利は、この浜の宝なんだ!***『おばあさんは、ここの生まれですか?』 『いいやあ、私はこの近くの生まれで、途中からここに来たんよ。 もう、86歳になるんよ』『ここは漁師さんが多いんですか?』 『ここはね、この周りの集落に比べると港が小さいじゃろ。 あんまり漁業には向かんのよ。 じゃけえ、勤め人が多い』 『たしかに、港は小さいですよね。 それに冬になると波が高くなるらしいですね』『そうよ。 冬に荒れたら、この浜の後ろにある川まで波が来る。 そんなときは、怖くて外には出られんよ。 昔はね、あの河原に大きな海の魚が打ち上げられとったこともあるよ』***『長くここに住んでおられたら、いろんなことがあったんでしょうねえ』『そうじゃねえ。 さっき、海水浴場の事を話したろう。 私は昔、ここで貸しボートをやりよったことがあるんよ』 『えー、貸しボートもあったんですか!』『そうそう、広島に住んどった息子がね、ボートを5隻買うて、貸しボート屋をやれ言うてくれて。 それで始めたんじゃけど、結構儲かった時期もあったねえ』『当時、一ヶ月働きにいって4万円くらいの給料じゃったころ、一番えかった時は、一日で3万円になった事もある』 『そりゃあすごい』『もうねえ、お客さんが順番待ちでね。 あの頃は、馴染みのお客さんは、夏になったらお土産を持って来てくれよった』 『たしかに、私が子供の頃も、海水浴場で貸しボートを借りて漕ぐのが好きでしたよ。 それに当時は、夏は海水浴が一番の楽しみじゃったし、広島の方じゃあ、海水浴場に大きな海の家があったり、釣り堀があったり、賑やかじゃったですね』***『あそこの建物が見えるじゃろ』 『ええ』 『あれは、温泉じゃったんよ』 『あ、あれが猪目温泉ですか! 地図で見たことがあるんですが、来てみたらなかったんですよ』『昔は流行ったけどねえ。 でも温泉ができると、温泉があるようなところでは臨海学校はできん言うて、学校の生徒は来んようになった』 『へえ、そんなこともあるんですね』***『あとね、戦争の時は若い人はみんな兵隊にとられとったじゃろ。 そのころ、ここに残った年寄りと女の人で、地引き網をしよった。 ある日、網を引きよったら突然その右の山陰からB29が見えてね、みんな逃げようにも砂浜じゃし、あせっとるからなかなか上手う走れん。 そうこうしとる間に、B29が爆弾を2発落とした。 それが、その沖の、そうじゃねえ、100mくらい沖かねえ。 そこに落ちて。 もうたまげたよ』 『こんなところで爆撃があったんですか!』『それでねえ、浜に落とされんかったからみんな助かった。 B29からは、あの山を越えて初めて、浜に人が大勢集まっとるのが見えたんじゃろう。 でも飛行機はそんなに小回りは効かん。 それで、急いで爆弾を落としたけど浜に落ちんかったから助かった』『じゃからわたしゃあみんなに言うんよ。 あの右の山がなかったら、猪目の集落は全滅しとったよって』 『そんな凄い事があったんですか。 でもみんな助かって良かったですね』この猪目にも、こんなに思いがけない歴史が刻まれてきたんだ。 知らなかった。***会話が途切れた時は、二人で静かに暮れていく美しい海を眺める。その後も、昔の猪目の事、畑作の事、分校の事などなど、貴重なお話を伺う事ができた。『さあ、そろそろ帰って夕ご飯にしようかねえ』『今日は本当にありがとうございました。 いろんなお話を伺えて、本当に楽しかったです。 また遊びに来ますから、時間があったら話しを聞かせて下さい』***おばあさんが家に戻られ、その特製ベンチに独り座り、缶ビール1本飲み終えた頃、集落から一人の方が歩いて来られた。 昼間にお話しした、地元の監視員の方だ。『こんばんは。 だいぶ涼しくなりましたねえ』 『おお、そうじゃの』と言って、特製ベンチに腰掛けられた。『あるく、みる、きく_旅するシーカヤック』は、まだ続く。
August 17, 2007
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猪目海岸から日御碕まで往復した、3時間半ほどのシーカヤックソロツーリングを終え、テントを張り、浜に置かれた特製ベンチに座わる。コバルトブルーの海を眺めながら、冷えた缶ビールとおむすびで、軽い昼食。私にとって、こんなきれいな景色を見ながら飲むビールは最高の贅沢。 まさに至福の一時。 これ以上、何が要る?***午後は、地元を走る『生活バス』で出雲大社の近くまで買い出しに出掛ける予定なのだが、次のバスの時間まで、まだ1時間半ほどある。 そう、この生活バスは、一日に7便だけなのだ。2本目の缶ビールを開け、何も考えず、ただ美しい景色と海を眺める。さすがに昼前から海水浴客も増え始めた。 少し賑やかになった猪目海水浴場。しばらくすると、浜の駐車場に1台のパトカーが停まった。 二人のおまわりさんが降りてきて、二手に分かれ、それぞれが浜を見回り始める。一人のおまわりさんが、こちらに向って歩いてくる。 うーん、なんだなんだ? 職務質問か?決して怪しくない事をアピールしようと、ニコリと笑顔で会釈する。するとそのおまわりさんは更に近づいて来て、声を掛けられた、『すみません、地元の方ですか?』 『いいえ、違いますよ。 遊びに来てるだけです』 『そうですか。 失礼しました。 地元の監視員の方かと思ったもので』???ホッとして海を眺めていると、もう一人のおまわりさんが近づいてくる。 またかよー。 今度は何だ?『あのー、地元の方ですか?』 私は苦笑いしながら、『いいえ、違いますよ』 すると、そのおまわりさんは、『あ、監視員さんじゃないんですね』 どうやら二人とも、地元の監視員の方を探して居られるようだ。 うーん、2度も地元の監視員と間違えられるとは! 他にも人は何人も居るのに。それだけ、この猪目海岸の雰囲気に馴染んで/溶け込んで、違和感がなかったと言うことかもしれないなあ。***午後2時過ぎ。 バスの時間が近づいたので、バス停へと向う。 猪目本町から乗り込むのは、地元のおばあさんと私の二人だけ。このバスは、海沿いの狭い道を走り、集落で3人のお客さんを降ろすと、そこからの乗客は私一人。 集落を抜けると、クネクネと七曲がりが続く、離合も難しい狭い山道を登っていく。2速、3速ギアを使用し、25km/hほどのゆっくりとしたスピードで慎重に峠を登り、下っていく。しばらくすると、出雲大社に到着。 海沿いの景色と森の景色が楽しめる約40分ほどのバス旅、しかも貸し切り状態で、料金はたった400円。 出雲の生活バス、これは私好みのディープなバス路線だ。*** 大社町のスーパーで買い出しを済ませ、せっかくなので出雲蕎麦の店へ。 いつも行く店とは別の店に入り、割子蕎麦を食す。 うん、旨い。帰りのバスの時間まで、まだ余裕があるので出雲大社に参拝。 家族の健康と、旅するシーカヤックの安全を祈願。***帰りのバスは、出雲大社発。 乗客は、私以外に、地元のおばあさんと女性の方の3人だけである。バスに乗り込むと、出発まではまだ時間がある。運転手さんが『今日はどこまで行くの?』 『猪目本町までです。 あそこの浜にテントを張ってるんですよ。 今朝は、あの海岸からカヌーを漕いで日御碕まで往復したんですよ』 『おー、そうね』すると、他のお客さんも、『あそこの海岸はきれいよねえ』 そしておばあさんは、『そうね、カヌーかね。 昔、うちの息子も小さいヨットを買うて、岬の方まで行きよったよ』***定刻となり、バスは出発。 再び、あの狭くてクネクネと曲がった峠道を登り、そして下っていく。ローカルバスの中で、四方山話。地元の海や海水浴の事。 昔は、7月末に行われる地元の祭り/権現祭りが終わると、海で泳ぐ人は居なかったそうだが、今ではそんな習慣は無くなったそうだ。そして、その昔おばあさんの息子さんが買って地元の集落の話題になったと言う小さなヨットの話し。 地元の女性が、かつて遊びに行かれたと言う、沖縄本島や石垣、伊豆諸島などのきれいな海の話し。 獲れる魚が変わってきている事や、魚の調理法について。 地元で買い出しできるお店の事。 配達してくれるお店もあること。 などなど。おどろいた事は、おばあさんの出雲弁が、あまり聞き取れなかった事だ。 おそらく言われている事の6割くらいしか理解できなかったと思う。 単語を拾いながら意味をつなげて理解し、話しをしたのだが、まるで片言の英語で会話しているようだった。今まで、こんなに身近に出雲弁に触れた事がなかったんだ! うん、このバスに乗って良かった。***(残念ながら出雲弁は再現できないが)『あの、この道は昔からあったんですか?』 するとおばあさんは、『そうよ、昔はガタガタ道じゃったけどね』『じゃあ、歩いて大社町まで行きよったんですか?』 『そうよ、元気な学生さんなら1時間、普通なら2時間くらい歩きよったねえ』そう、昔からこの道はあり、昭和初期までは歩いて通っていたそうだ。 その後、地元の人が、ジープを改造した乗り合い自動車での営業を始め、その後、一畑電鉄が買い取ったのだとか。『昔は道が酷うて、パンクは当たり前だった。 スプリングが折れて直す事もあった』と運転手さん。 『そんなにすごかったんですか』 『ああ、そうよ。 今の若い運転手は、あんまり機械の事を知らんじゃろうが、わしらの頃は、修理できんと走れんかったよ。 途中でエンジンが動かんようになって、お客さんに押してもらう事もあったな』『冬は雪がすごいんですか?』 『いやあ、昔は毎日のようにチェーンを捲きよったが、最近は温暖化で、雪があまり降らんようになった』『この海沿いの道は、冬に荒れたら凄いよ。 高い波が道路を越えてくる。 酷い時には、バスの上を波が越えていくこともある。 あそこの隧道なんか、川みたいになる。 そんな時には、トンネルの出口で一旦バスを停めて、波の周期を見る。 だいたい大きいのが来るタイミングはきまっとるじゃろう。 だから、タイミングを見計らって、いちにのさん でスタートする』『そ、そんなにすごい波が来るんですか!』 『うん、年に1、2回はそんなのがあるな』そうこうしているうちに、猪目本町に到着。 『ありがとうございました』運転手さんにも、停車中にいろいろと珍しいお話を伺う事ができ、楽しいバス旅の一時であった。猪目海岸は、西側にある山で夕日が遮られ、過ごし易い気温になっていた。 海からの風も心地良い。 大社町で夕食代わりの出雲蕎麦も食ったし、特製ベンチに座って、軽くつまみながらビールを飲むか!
August 17, 2007
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猪目海岸にベースキャンプを張り、一泊二日のシーカヤックツーリング。 久し振りに漕ぐ島根半島。 楽しみだ!***家族との『古代人ドライブツアー』を終え、家に帰って写真を見ていると、なんだか無性に、猪目海岸でみた美しい日本海で漕ぎたくなって来た。 どうやら、沖縄熱ならぬ、島根半島熱に感染してしまったようだ。こんなとき、治療法はただ一つ。 漕ぎに行くべし!***波浪予報を確認すると、絶好のコンディション。『悪いけど、明日から猪目に漕ぎに行ってくるけん』と家族に伝えると、苦笑しながら『元気じゃねえ』と言う訳で、ドライブ旅行から帰った翌日は家でゆっくりと休養し、夜は8時に就寝。そして17日は午前3時に起床し、交通量の少ない快適な国道を、淡々と日本海に向って走って行く。***猪目海岸に着くと、朝早いため、まだだれも居ない。 シーカヤックをクルマから降ろし、必要最小限の安全装備だけ積んで準備完了。目指すは、日御碕。カヤックを海に浮かべ、乗り込み、スプレースカートを装着して、パドリングを開始。↑ ベタ凪の日本海。 朝日に照らされ、岩が美しく輝いている。今日は波も無く、絶好のパドリング日和。ただ、朝とはいえすでに暑い。 太陽が低いので、それほどギラギラと照り付けられる訳ではないのだが、漕いでいると汗が噴き出してくる。猪目の西にある漁港を過ぎると、日御碕の手前まで、自然海岸が続く。このあたりは、家も、防波堤も、護岸も、灯台もない、昔ながらの自然が残された貴重な海岸線なのだ。 そう、かつての北前船に乗り込んだ人々が沖から見たのと同じ景色が、今も残されているのである。ちょっとシーカヤックを停めて、北にバウを向ければ、そこには水平線が広がっている。普段、太平洋や日本海で漕いでいる人にはなんともない光景だと思われるのだが、瀬戸内をベースとするシーカヤッカーにとっては、水平線を見ると日本海に来たという気がする。***ようやく日御碕灯台。 猪目を出てから約70分。今日は波も無いので、灯台を越え、ウミネコの島として有名な『文島』へ。ウミネコが文島に居るのは10月から7月までということなので、今日は見られなかった。文島の周囲をグルリと回って、Uターン。***行きは、寄り道せずに日御碕まで漕いだので、帰りは、このあたりの入り組んだ海岸線を堪能するため、入江に寄り道しながらゆっくりと漕ぎ戻る。何箇所か、休憩できそうな小さな浜がある。 海は澄んでいて、ついついカヤックの上から見入ってしまうほど。 また、入江に入ると、小さなイワシが群れて海面がざわついている。↑ 小さな漁村。 ここには、どんな漁師さんが住んで居られ、どんな暮らしがあり、そして、どんな歴史が刻まれてきたのだろう***猪目海岸に無事戻って来た。 結局、今日は、3時間半ほどのパドリング。 あー、やっぱり猪目海岸に漕ぎに来て、日本海に戻って来て正解だった! 良かった!少ない海水浴客の邪魔をしないよう、浜の隅っこにフネを揚げる。荷物を運び終わると、地元の方が寄って来られた。『どこまで行ったんか?』 『こんにちは。 今日は日御碕まで行ってきました』『おー、そうか! 朝、カヌーを積んだあんたのクルマを見て、後で浜に来てみたが、だれも居らん。 かといって、浜にフネを引き摺った跡も無いし、どうしたんかと思いよった。 あのカヌーは浜まで担いで運んだんか?』 『ええ、意外と軽いんですよ。 担いで運ぶんです』『ここはテントを張らせていただいてもいいんですよね?』 『ああ、ええよ。 浜でも、そこでも張ればええ』 『ありがとうございます』荷物を片付け、テントを張り、シャワーを浴びる。 あー、サッパリしたー。さて、そろそろ昼ご飯にするか。↑ 見渡しの良い浜の高台に設置された『特製ベンチ』一昨年も食事の時に利用させてもらった、浜にある特製ベンチにビーチパラソルを立て、日陰に座って途中で購入したおむすびとビールの昼食。缶ビールを『プシュッ!』 コバルトブルーの海を眺めながら『グビグビッ』 あー、やっぱこれだよ。さあ、これからが、『あるく、みる、きく_旅するシーカヤック』の始まりだ!
August 17, 2007
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古代遺跡である猪目洞窟の近くに在る、猪目海水浴場での海水浴をメインとした初日を終え、源泉掛け流しの快適な温泉に浸かり、静かな旅館でゆっくりと過ごした『古代人ドライブツアー』初日。家族でのドライブツアー二日目は、旅館お勧めのお店で、焼きおにぎりセットの朝食から始まった。↑ 焼きおにぎり、しじみ汁、そして、ちょっとした付け合せがおいしい『焼きおにぎりセット』ここ平田は、かつて木綿を大阪に送るための集散地として栄えた町であるとのこと。焼きおにぎりセットをお願いしていた醤油屋さんでは、座敷で朝ご飯を頂きながら、そこの女将さんから、かつての平田の町並みや人々の生活に付いてのお話を伺う事ができた。***古い写真を拝見すると、かつては店の前の川を、比較的大きな舟が荷物を載せて行き来していた様子。 木綿などの荷物を積んだ舟は、かつては水量も多く、水もきれいだったこの川を通り、宍道湖を渡って松江まで荷物を運んだ。 そこから更に、大阪に荷物を送ったそうな。『でもねえ、荷物を運ぶのが、舟から国鉄や車に代わると、この町はかつてのにぎわいを無くしていったんですよ』との事。『そうですか。 瀬戸内でも同じ事が起きていたそうですよ』 『北前船が行き来していた当時は、風待ち/潮待ちの港が瀬戸内のあちらこちらで栄えていたそうですが、運搬手段が列車や車に代わると、そんな島の港がどんどん寂れていったそうです』 『川や湖と、海という違いはあっても、同じような歴史をたどっているんですねえ』その後も、お茶をいただきながら出雲地方にまつわる四方山話を交わし、おいしい朝食のお礼を述べて、その醤油屋さんを辞した。***旅館に戻り、荷物を片付け、車に乗り込んで出発。まずは、古代人ドライブツアーの第二の目的地である、『荒神谷遺跡』のある荒神谷史跡講演へ向う。荒神谷は、大量の銅剣、そして銅矛と銅鐸が同じ場所で発見された事で、古代に於ける出雲地域の位置付けの重要さが見直される切っ掛けになった貴重な遺跡である。発見当時の状況が再現された遺跡を見学し、その後は博物館を見学。周囲には青々とした田んぼが広がり、いかにも豊かそうな土地。 古代人達がここを選んだのも分かるような気がする。家族共々、古代人たちの生活や、かつての出雲地方での暮らしに思いを馳せる。 古代人ドライブツアー、ここに来て良かった。***荒神谷からクルマでひた走り、昼食は、『砂の器』で有名な亀嵩駅の蕎麦。 静かな駅の一画で、おいしい割子蕎麦。↑ 素朴だがおいしい、亀嵩駅の割子蕎麦その次に向ったのは、奥出雲たたらと刀剣館。それほど大きな博物館ではないが、『たたら』に活かされたかつての人々の叡智、金属学的に見ても非常に優れた日本刀のすごさを再認識する事ができた。***途中、『延命水』で有名な出雲坂根駅に立ち寄り、冷たくておいしい湧き水を飲み、ペットボトルに詰めて帰ろうとした時、偶然見つけたのが『トロッコ列車』のパンフレット。そう、この出雲坂根駅は、日本でも数カ所しか無いという、3段式スイッチバックで有名なのだ。前からここに来るたびに気にはなっていたのだが、パンフレットを見ると、隣の三井野原駅と出雲坂根との間を、乗り換えを利用して4、50分ほどで往復できるとのこと。そのピンポイントの列車の時間が、もう間もなく。 これは良いチャンスだと、さっそく三井野原駅へと向う。↑ JR西日本で最高地点にあるという三井野原駅からは、大勢の観光客が乗り込んださすがに観光シーズン真っ盛りなので、トロッコ列車は満席だったが、普通車両に4人で座る事ができ、急勾配を下っていく列車の旅を堪能。景色の良い所では列車が速度を落とし、また景色が良いスポットや、スイッチバックの特徴などに付いて放送で説明してくれる親切な観光列車であった。↑ スイッチバックのレールが見える出雲坂根駅で、帰りの列車に乗り込み、今度は急勾配を昇って三井野原駅に戻る。↑ おろちループの橋が美しいこの列車は、1両編成で普通の列車であったが、スイッチバックの箇所では運転手さんが前と後ろを移動し、また景色の良いポイントでは速度を落としてくれるなど、珍しいスイッチバック区間を走る列車の旅を堪能する事ができた。 これは良い経験になったなあ。***一泊二日の短い旅ではあったが、美しい日本海での海水浴に始まり、釜浦の景色、一畑薬師、温泉、木綿街道での焼きおにぎりセットの朝食、荒神谷遺跡、亀嵩駅の蕎麦、奥出雲たたらと刀剣館、スイッチバック列車と、盛り沢山の『古代人ドライブツアー』を家族で堪能する事ができた。うん、この盆休みは、久し振りに家族で旅を楽しむ事ができた。 ええ休みじゃったのお!
August 15, 2007
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お盆休みは、家族4人で山陰に一泊二日の旅行。 今回のテーマは、『出雲&奥出雲を巡る、古代人ドライブツアー』***14日の早朝に家を出発し、まずはお気に入りの浜へと向う。ここは、猪目海水浴場。 古代遺跡で有名な『猪目洞窟』の傍にある、こじんまりとした、だが静かできれいな浜。 古代人ドライブツアーのスタートとして、ピッタリの場所である。一昨年の夏はこの浜にテントを張ってベースとし、2泊3日で日御碕や十六島を訪ねるシーカヤックツーリングを楽しんだ。そんな穴場の海水浴場を、家族で訪れる事ができてうれしい限り。 浮き輪に乗ってぷかりぷかり。 シュノーケルを着けて水中観察。 パラソルの下でお弁当。すっかり大きくなった子供達も、今年初めての海水浴となる妻も、きれいな海に大満足。たっぷりと海に浸かり、きれいな景色を眺め、久し振りとなる家族での海水浴を堪能した。うん、やっぱりここに来て良かった! 以前、ロケハンした甲斐があったというものだ。***シャワーを浴び、着替えると、景色の良い釜浦へと向う。難読地名として有名な、十六島(うっぷるい)を抜け、峠を越えると目の前に日本海が広がる。島の多い瀬戸内では見られない水平線。 夏の穏やかな日本海。 遠くには、隠岐がうっすらと見えている。絶景を眺めつつ、急勾配の坂を下り、釜浦の小さな漁港へ。 しばしクルマを停めて海を眺める。今年は漕ぎに来れていないが、やはり日本海はいいなあ!***次に向かうは、一畑薬師。眼下に宍道湖が眺められる、木陰で涼しい参道を通り、本尊にお参り。眼病に効くという、ありがたいお茶を頂き、一畑薬師を後にする。***予約していた旅館にクルマを停め、荷物を降ろし、一休みしてから近くの温泉へ。お湯に浸かると、日焼けした肌が最初は悲鳴を上げたが、それもすぐに慣れた。 息子達も、温泉を楽しんでいる様子。心地良い温泉にゆったりと浸かり、海水浴の潮と暑かった日中の汗を流し、そして旅の疲れを癒す。きれいな日本海での海水浴と源泉掛け流しの温泉。 あー、最高やなあ。
August 14, 2007
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数週間前、17歳の長男から、『夏休みに、友達と一緒にシーカヤックツーリングに連れて行ってくれ!』と言われていた。彼らの忙しいスケジュールから、8月12日の日帰りツーリングで、とピンポイントでの指定もあり、金曜日の夕方には長男と一緒にシースケープポイント5とタンデムのファンカヤックの2艇をクルマに積み、土曜日は昼ご飯の食材の買い出しと、準備万端で今日を迎えた。***家を出て、途中で二人の友人をピックアップしながら音戸へと向う。出発予定地の浜に付くと、オンショアとなる北東の風があるものの、快晴で絶好のパドリング日和。 朝早いので、まだ海水浴客も少ない浜で2艇のカヤックを下ろし、荷物をパッキングして準備完了。風で若干波が立っているので、ファンカヤックのスターンを長男、バウは何回かカヤックを漕いだことがあるというK君の組み合わせに決定。 今日が初めてのカヤックだと言うT君と私がペアとなり、ポイント5を漕ぐ。さあ、出発だ!斜め後方からの追い波を漕ぎ抜けて岬を廻り込む。 長男は、3歳の頃から私と一緒にカヤックツーリングに出掛けており、小学校に入った頃には、シングル艇で日本海を2キロ程度を一人で漕いだ事もあるので(もちろん、私と妻、まだまだ小さかった次男は、タンデム艇で伴走していたが)、川下りやシーカヤックの経験も長く、多少荒れた状況でのパドリングも慣れたものだ。風裏となる湾内に入ると、そこは静かな瀬戸内海らしい穏やかな海。よし、せっかくだから島に寄って行こう! ということで、小情島、鈴鹿島を経由して、奥ノ内湾へ。1時間ちょっとのパドリングで、お気に入りのプライベートビーチに到着。 ようし、これから自由時間だ!すると、彼らはすぐに海に入って行った。 PFDを着たまま、きれいな海で気持ち良さそうにプカプカと浮いて楽しんでいる。写真を撮ると、わたしもたまらず海に走り込む。 あー、気持ち好い!ようし、じゃあ昼ご飯の準備に掛かるか。 小型のカセットコンロを取り出し、日陰にある平たい石の上にセッティング。お湯を沸かし、ミートソースを暖め、パスタを茹でる。パンを取り出し、ハム、チーズ、レタス、ツナ缶、フライドオニオン、マヨネーズ、チリソース、粒マスタードを渡して、『好きな具材でサンドイッチを作れー!』 これは、彼らにオマカセである。フライパンでソーセージを温めて出す。 サンドイッチのフライドオニオンが好評! このフライドオニオンは、近くの店には売っていなかったので、少し遠い店まで買い出しに行ったものだ。 行った甲斐があったなあ、良かった。***食後はみんなで片付けだ。 コッフェルにお湯を沸かし、ティッシュペーパーで軽く汚れを落とした食器やフォークをお湯につけてさっと流す。しばらく休憩して、再び彼らは海に。 一人は木陰で昼寝。 私もきれいな海でシュノーケリングを楽しむ。潮が退いた浅瀬の岩場を覗くと、メバルやギザミ、カニなどなどが見える。 うーん、銛を持ってくれば良かったなあ。***ようし、そろそろ帰るか!バウに乗る二人は、行きとは交代して、フネの違いを体感してもらう。 風も落ち、本当に穏やかな瀬戸内の海。 気持ち良く、快調にパドリングして浜に戻る。無事、出発した浜に到着。 お疲れさまでした。今回は、残念ながら彼らの都合で日帰りではあったが、きれいな海を漕ぎ、静かなプライベートビーチでのんびりと海を楽しみ、ゆっくりまったりおいしいお昼ご飯を堪能した。 やっぱりシーカヤックツーリングは楽しい!彼らにとって高校最後の夏休み、好い想い出になってくれると嬉しいなあ。『今時の子供は』とか、『最近の若い奴らは』とか、いろいろな話しがあるが、瀬戸内らしい美しい景色に浸り、きれいな海で無邪気に遊び、後片付けも素直に/積極的に手伝い、多少の波の中でもしっかりとパドリングし、友達と一緒に心底シーカヤックツーリングを楽しんでいる彼らを見ていると、日本の将来もそんなに悪くは無いんじゃないか、結構期待が持てるんじゃないかと思う。私にとっても、楽しい夏休みの一日であった。
August 12, 2007
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だれも居ない静かな浜辺に張ったテントの中で、夜中に目を覚ます。 メッシュテントの中は、少し寒いくらいに感じる。 テントから這い出すと、空には満天の星。再びテントに潜り込み、準備しておいたシルクのシーツを取り出し、薄くて肌触りの良いそのシーツに包まって再び眠りに入る。***朝方、目を覚ましてテントを出ると、ちょうど水平線から太陽が顔を出したところ。 なかなか良い一日のスタートである。朝食は、乾燥ワカメとネギをたっぷりと入れた、温かいうどん。 もやが掛かった瀬戸内の朝。 まだ気温も低く、温かいうどんがちょうど良い。***食事を終え、コッフェルを片付けていると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえて来た。 『おーい!』見ると、昨日の夕方、見ず知らずの私に釣りたての魚を下さった島の方だ。 『おはようございます。 昨日はありがとうございました』『おう、魚は食ったか?』 『ええ、すぐに捌いて食べましたよ。 美味かったです』 『そうじゃろう。 釣りたてじゃからのう』今日は自転車でここまで来られた様子。 手には銛。 『今から、蛸を探してみようと思うて』『えー、タコが獲れるんですか?』 『本当はもうちょっと早う来んといかんのじゃけど、まあ、一匹でも二匹でも獲れればええと思うて』その方は海に入られ、私は再び片付けを始める。しばらくすると、『おーい! こっちこっち!』 見ると、銛にはタコが! 急いでカメラを手に、浜へと向う。『スゴイ。 水中メガネも無しで獲れるんですね!』 『おい、これはあんたにやろう』『ええんですか?』 『おお、ええよ。 茹でて食え』 『ありがとうございます。 遠慮なく頂きます』 『ええか、湯が沸いてから10分茹でるんで』 『はい』再びコッフェルを取り出し、バーナーをセットして、お湯を沸かす。 湯が沸いたら、タコの頭を持ってお湯に。 10分間待つ。おお、これは美味そうだ。***しばらくすると、その方が海から上がって来られた。 今日の獲物は、先ほどの一匹だけらしい。『すみません、一匹なのにいただいていいんですか?』 『ええよええよ。 昨日の夕方から、あんたがここに居る事が分かっとったから、一匹でも獲れたらあんたにやろうと思うとったんや』ありがたいことである。 昨日の夕方は、釣りたてのキスとアジ。 今朝は獲りたての蛸。 感涙!『この島にも、カヌーしよるんがおるんで』 『ええ、ダイドックでしょう』 『お、知っとるんか』 『もう、何年も前からお世話になってるんですよ』 『そうか、ダイドックが昨日今日の事を聞いたらおどろくじゃろうな』 『そうですね』***『おお、そうじゃ。 あの蛸、足が一本なかったろう』 『ええ』 『銛に一本残っとった。 これを、茹でずにそのまま食ってみい。 ほれ』ビクトリノックスを取り出し、身を削ぎながら生のタコ刺しをいただく。 ちょうどよい潮味/塩味。 こりこりとした歯触り。 これまた旨い。タコを齧りながら、その方と暫し歓談。 佐合島に戻って来られるまでの、様々な人生経験について聞かせていただいた。『今は、釣りに、蛸獲りに、島の生活を満喫されていますよねえ。 うらやましいです』『また、遊びに来てもええですか?』 『おう、いつでもきいや』 『ありがとうございます』***茹でたての蛸を食べ、荷物を片付ると、さすがに日が昇って暑くなって来たので海に飛び込んで体を冷やす。 ああ、気持ち好い!残った蛸は、家族へのお土産としよう。*家に帰って夕食のおかずの一品となったが、おいしくて家族には好評だった。 おじさん、本当にありがとう!***荷物をパッキングし、靄のかかった海に漕ぎ出す。佐合島の南岸を漕ぎ、ミニミニ(なんちゃって)ロックガーデンを抜け、出発した浜に戻る。久し振りのキャンプツーリング。 真夏のこの時期は暑いので、漕ぐよりは海水浴や日陰での休憩が気持ちよいのだが、今回は思いがけない親切な方との出会いがあり、島に住む人の人情と、瀬戸内の夏の海の幸をたっぷりと堪能する事ができた。本当にありがとうございました。 また遊びに行きますので、その時はよろしくお願いします!
August 5, 2007
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この週末は、久し振りのキャンプツーリング。 海水浴シーズンは、出艇できる浜が限られるので、少し遠いが、海もきれいで静かな島の点在する上関付近を漕ぐ事にした。***馬島、刎島、佐合島、牛島、尾島。 この辺りの海には年に何度か訪れるのだが、本当に静かで良い所だ。また去年の夏には、次男と一緒に刎島にキャンプツーリングに来た、想い出の場所でもある。荷物をパッキングし、海に漕ぎ出す。↑ 出発時は少し曇りがち 夏はこれくらいの天気が暑すぎず、パドリングにはちょうど良い小潮の向い潮の所為もあるが、やはり数週間振りのパドリングで最初は体が馴染まない。それでもしばらく漕いでいると、ようやく漕ぐための筋肉と関節に油が行き渡り、いつものリズムに戻った。 うん、これだ!***馬島の海水浴場を越えた所で、目の前に一艇のシーカヤックが現れた。 近づいてゆき、挨拶を交わす。 初めてお会いする方だ。『今日はこの辺りを漕がれるのですか?』と聞いてみると、『牛島へ渡ってみようと思っています』との事。 そうか、じゃあその方の邪魔をしないように、今日は牛島に行くのはやめよう。予定を決めていない、風の吹くまま気の向くままの、のんびりゆったりキャンプツーリング。 では、刎島か佐合島でテントを張るとしよう。***刎島の南岸を越え、佐合島の南から東端をグルリと回って、冒険学校のある漁港に一旦上陸。 冒険学校を覗いてみたが、残念ながら今日は姿が見えないようだ。再びシーカヤックを漕ぎ出し、テントが張れそうな浜へ向う。↑ このころから晴れてきて夏の日差しちょうど昼過ぎ。 まずは日陰に入って、ビールと弁当で昼食。 プシュッ! グビグビ、グビリ!↑ 夏はやっぱりメッシュテント 美しいシルエットがお気に入りのMSR食事が終わると、カヤックから荷物を降ろしてテントを張る。 この時期は、MSRのメッシュテント。 夏はメッシュじゃないと暑くて眠れない。テントを張り、荷物を片付けると、さっそく海に入って体を冷やす。 あー、気持ち良い!だれも居ない静かな浜、透き通る海に一人浸かってのんびりまったり。 やっぱ夏はこれに限る。***海水浴で体を冷やした後は、散歩に出掛ける。↑ 心和む、海沿いの散歩道ギラギラと照りつける夏の日差しの中、今日は佐合島の東の端から西の端まで歩いてみよう。↑ 漁港の防波堤から 瀬戸内の島らしい良い眺め途中の小さなお店でペットボトルのお茶を買い込み、テクテクと海沿いの道を歩く。集落が途切れ、しばらく歩くと刎島が目の前に見える西端へ。 ここでUターンし、テントを張った浜まで再び歩いて戻る。浜に戻ると、木陰にマットを敷き、寝転がって本を開く。 涼しい木陰、さわやかな海風、静かに打ち寄せる波の音。 小さな浜が、贅沢な図書館になる。***夕方5時。 さて、夕食の準備に掛かるとするか!一人のキャンプは、いつものように簡単な食事。 今日は、レトルトのチキンカレーと野菜サラダ、そして焼き肉。小さなスキレットで肉を焼き、たれにつけて頬張り、ビールを喉に流し込む。 うーん、たまらん!目の前の海には、網を流して漁をする漁船や、釣りをする小舟。 船と海を眺めながら、おいしい夕食を楽しむ。***食事を終え、海を眺めながらワインを飲んでいると、釣りを終えて帰ろうとする小舟から声が聞こえて来た。 どうやら私を呼んでいるようだ。『おーい、おかずは足りとるか?』 『ええ』『魚、やろうか?』 『ありがとうございます』 手招きされるまま、浜に降り、近づいて来た小舟に乗ったおじさんから、魚をいただく。 キスとアジだ。『釣りたてじゃけえ食え。 塩焼きがええんじゃないか?』 『いやあ、これはウマそうですね。 ありがとうございます』 『じゃあの』***見ず知らずの私に、釣りたての魚をやろうという。 瀬戸内の島々を、そして日本海をシーカヤックで旅していると、こんな親切な方々に出会う事が少なくない。 本当にありがたいことだ。↑ 既に締められていた、釣りたてのキスとアジ 浜で拾ったきれいなザルを海水で洗い、いただいた魚を入れるビクトリノックスを取り出し、内臓を抜き、鱗を取り、アジはゼイゴを削ぐ。残念ながら網は持って来ていないので、スキレットにオリーブオイルを垂らし、クレージーソルトをパラリと振って焼く。新鮮なキスとアジ、そしてワイン。 うん、美味い。***ワインを飲みながら、夕暮れの浜辺に独り。またまた人の親切に出会う事のできた、夏の佐合島キャンプツーリング。 今日も楽しい一日だった。
August 4, 2007
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2007年8月1日 今日は、周防大島の東和総合センターで『宮本常一、生誕百年記念の集い』が行われる。一生に一度のこの機会。 有給休暇を取り、ロードスターの屋根を開け、クルマの少ない山陽自動車道を快適に走り抜けて周防大島に向う。***13時半、記念式典が始まる。 会場にぎっしりと並べられた椅子は満席となったが、少し早めに到着したので、運良くほぼ中央、前から3列目の絶好の席に座る事ができた。主催者の方によると、北は北海道から南は鹿児島まで、日本全国から宮本常一を慕う数百人の人々が集まったそうだ!***14時からは、佐野眞一さんの特別講演、『宮本常一から学んだ事』13年ほど前から、宮本常一の取材で周防大島を訪れるようになったという佐野さん。 当時は、地元大島の人も、宮本常一の事を知っている人は少なかったとの事。『まあ、今でもそれほど知られている訳ではないですが』との一言。 確かに職場で聞いてみても、宮本常一を知っている人はほとんど居ない。佐野さん曰く、『今日は、僕が見た宮本常一、僕が学んだ宮本常一についてお話しします』***宮本常一は、4つの顔を持っているという。離島振興法を成立させるために走り回った、『政治的オーガナイザー』としての顔。周防猿回しや、佐渡の鬼太鼓座など、郷土芸能の復活や活性化に尽力した、『芸能プロデューサー』としての顔。佐渡の八珍柿生産を奨励した、『農業技術指導者』としての顔。郷土大学を創り、若者の教育に力を入れた、『社会教育者』としての顔。また、丹念に取材し、だれにでも分かるように紹介する、『優れたジャーナリスト』でもあったという。***『宮本のすごさは、一枚の写真、何気ない風景から、そこに住む人々の意思を読める事だ』『宮本常一は家を空ける事が多く、家庭人としては失格だったかもしれない。 彼は、すごい知識を身に付けた ”フーテンの寅” であった』『すばらしい笑顔も含めて、絶品としか言い様のない聞き取り技術』 『人の言葉を引き出す力』***『宮本の意思を継ぐ事が大事だ。 趣味で宮本常一の足跡を辿る事は、やらないよりは良いかもしれないが、あまり意味のある事ではないと思う』『それよりは、自分にとって宮本の意思を継ぐ事はどういう事かを考えて、実践する事が大切だ。 それは例えば、 自分の子供をどう育てるか? ということかも知れないし、もしあなたが漁師さんであれば、 この漁法をどう工夫し、伝承して行くか? ということであるかもしれない』『宮本常一は歩きすぎた。 宮本常一は、多くの事に手を出してとっちらかしすぎた。 彼がやり残した事、見残した事は多くある。 私たちは、彼がやり残した事をやり、見残した事を見て行くことが大切ではないか』***『宮本に注目した、その先こそが大切だ。 宮本常一は、私たちに絶妙のパスを出している。 私たちは、その凄いパスを見ているだけでなく、それぞれの立場で、宮本から受けたパスを蹴らなければならない』『人として大切なことの一つは、次に渡して行く事。 自分がやったことを、少しでもいいから次の世代に継承して行く事だと思います』宮本常一が、ホクレアが、瀬戸内カヤック横断隊が、そして先日の海洋文化セミナーが、奇しくも同じベクトルを示している!***宮本常一の父、善十朗が常一に授けた珠玉の十か条の最後の言葉、『人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分のえらんだ道をしっかり歩いて行く事だ』そう、宮本常一がやり残した事、見残した事は、まだまだたくさん有るのだ!私にとって宮本の意思を継承する事とは、旅するシーカヤックを通じて、瀬戸内の島々を、そして日本海の小さな漁港を訪ね、そこに住む人々に会い、話しを伺い/話し合い、記憶し、記録に残し、それを私の子供達に、そして次の世代に少しでも伝えて行く事だと思う。佐野眞一さん。 拝見するのも、お話を伺うのも初めてでしたが、今日は来て良かった!本当にありがとうございました。***15時45分からは、坂本長利さんの一人芝居、『土佐源氏』↑ 公演中は撮影禁止なので、終わってから挨拶される坂本さん初めて見る『土佐源氏』火の灯されたろうそくの炎がゆらめく、簡素な舞台。 モノローグで織り成される土佐源氏の世界。 坂本さんが身に付けている鈴の音さえも、すばらしい舞台装置になる。動と静。 ついゴクリとつばを飲み込んでしまう、絶妙の間合い。土佐源氏を演じて1000回を越すという熟練の演技に、会場全体が引き込まれて行く。 鳥肌が立つとは、まさにこのことだ。あっという間に時間が過ぎた。 惜しみない拍手。すばらしい。 これまた、今日この場で見る事ができて幸せである。***2007年8月1日 これも縁である。決して忘れる事のできない、一生に一度の大切な8月1日になった。 周防大島に来て良かった!
August 1, 2007
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