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ケラマツアー最終日。 今日も晴れた。 ゴールの浜まではすぐなので、まずは離島によって遊ぶ事となった。浜にフネを揚げ、山の上に登ってみる。 ケラマツアーの定番となっている場所ではあるが、やはりここからの海の美しさ、景色の美しさは、筆舌に尽くしがたいものがある。特に、この海の色。 どんなセラピー療法よりも、ここの景色の方が心に響くのではないかと思わせるほどの凄い景色である。他の山に、岬に廻ってみても、ここからの眺めの良さは変わらない。今度は山を降り、海辺を一周する。 今日は干潮なので、順調に巡る事ができた。さて、ゴールに向けて出発だ! 帆走にちょうど良い南風で、タンデム艇は帆を張った!シングル艇も2艇ほど、タンデム艇の左右にドッキングし、風に吹かれながらの帰航である。 これがまた、気持ち好いんだなあ。 最高!上陸して片付けを終えると、近くの食堂に移動してオリオン生で乾杯。 そしておいしい昼食。フェリーで那覇に帰ると、その夜は居酒屋で打ち上げだ。良いメンバーに恵まれたケラマツアー。 最後の最後まで、楽しく盛り上がった。さて、明後日からは、沖縄カヤックセンターの『伊是名/伊平屋、春のロングツアーだ』 どんな旅が待っているのか、楽しみである!
April 30, 2007
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ケラマツアー、3日目。 安室島に張ったテントの中で目を覚ます。 天気予報では、今日は曇り。昨日、停滞で漕げなかった分を取り戻そうということで、今日はケラマ周遊コースに決定。 おいしい朝食を摂り、テントを片付け、荷物をパッキングして出発だ。***安室島を出ると、追い風に乗って阿嘉島の北端である黒崎に向って漕ぎ進む。 良い追い風だったので、タンデム艇は帆を張り、シングル艇のYさんは傘で風を受けて漕がずに結構なスピードで進んでいる。他のメンバーも、パドルで風を受けてみたり、プチ波乗りを楽しんだりと、みんな追い風、追い波の状況を楽しんでいる。伊釈加釈島の南をまわり、儀名崎を越えて、阿嘉島の西端、砂白島へ。 風裏となる小さな湾内で、しばし休憩。慶留間島、外地島の西岸に沿って南下し、モカラク島へ上陸だ。上陸すると、昼食の準備。 必要な共同装備をフネから出し、食材を下ろし、テーブルをセットし、熱源の準備。 抜群のチームワーク!おいしい昼食を終えると、今日の目的地である渡嘉敷島の浜に向うためのナビゲーション。今日は、少し強い向かい風だが、このメンバーならぜんぜん大丈夫そうな状況である。↑ 向かい風、向かい波の中を漕ぎ進むYさん!出発。 向かい風と向かい波だが、真正面からの素直な風なので心配ない。時間は掛かるが、しっかりと水をキャッチして、ジワジワと漕いで行けばいいので楽なものだ。 ナローブレードでキャッチの良い、インチューンパドルの本領発揮。無風の状態に比べて、2倍近い時間は掛かったが、無事に目的地の浜に到着。 このころから、空は晴れてきた。Yさんを残して、他のメンバーは集落の商店に買い出しへ。それぞれ、お菓子や飲み物、ビールなどを仕入れる。 帰りは、懐かしい『ちゅーちゅー』を口にくわえて、浜への道を戻る。 それにしても『ちゅーちゅー』。普段、口にする事は無くなったが、これが美味いんだなあ。再び出艇し、キャンプ予定地である、すぐ近くの浜へと向う。 空はクッキリと晴れて、海は久し振りに沖縄らしい良い色を見せてくれる。***みんなで協力してフネを揚げ、荷物を下ろし、テントを張る。私は、さっそくシュノーケルを出して、海中散歩。 少し沖に行くとサンゴもあり、魚も多くて良い眺めだ。今日は、結構漕いだなあ! ちょうどよい疲労感。夕方はハッピーアワー。 夜は、おいしい料理とビール、泡盛。 今夜も、濃いメンバーの様々な話しで盛り上がりながら、静かにケラマの夜は更けて行く。明日はとうとう、ケラマツアー最終日だ。
April 29, 2007
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安室島で迎えた、ケラマシーカヤックツアー二日目の朝。 天気予報では、風が強く雨も降るようだ。 今日は、天候次第では停滞の可能性もあるとのこと。それほど漕ぎたい訳でもないので、ゆっくりまったり停滞するなら、それもいいなあ。朝食を食べると、大城さんは、今日合流されるお客さんを迎えに、渡嘉敷島へと向う。待っている間、私たちは浜辺の小さな洞窟に陣取り、焚き火で暖を取りながら、コーヒーを飲み、様々な話しに花を咲かせる。まるで縄文時代の生活に戻ったような、楽しい一時である。***昨日、ケラマに向うフェリーの中で、参加者の名前が書かれたリストが配られた。『あ、明日から合流されるこのYさんって、○○されている方じゃないですか?』と私。 『うん、そうだけど』と大城さん。『実は、10年前の那覇ーケラマアイランドホッピングツアーでお世話になって、たくさん写真を送って頂いた方の名前なんですよ』 『たぶんそうだよ』いやあ、もしそうなら懐かしいなあ!***昼前。 強い風と雨の中を、シングル艇が2艇戻って来るのが見えた。 『おおーい!』カヤックが浜に上陸。 やっぱり、あのときのYさんだ!『こんにちは。 10年前の、那覇ーケラマツアーでご一緒した○○です』 『ああ、そうなんですか。 それはそれは』今回の沖縄シーカヤック旅では、本当にいろいろな出会いや再会があるものだ。***雨が降り続き、風も強い。 今日は停滞に決定した。そろそろタープを張ろうという事になり、全員で穴を掘ったり、砂ペグを埋めたり、ロープを張ったりしていると、なぜだか雨が上がり、日が射して来る。大城さん曰く、『いつもこうなんだよな。 もう我慢の限界だと思ってタープを張ると、雨が上がる』懐かしい再会。 10年前の想い出話に花を咲かせ、それぞれのメンバーのとっておきの話しに耳を傾け、早めのハッピーアワーで盛り上がった。明日は、天気になると良いなあ。
April 28, 2007
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21日に沖縄入りしてから7日目となる、4月27日。 今日から、漕店ケラマツアーである。泊港に集合し、参加者の方々と挨拶を交わして、渡嘉敷島行きのフェリーに乗り込む。10年前の、那覇ーケラマ、アイランドホッピングツアーで沖縄熱に感染し、それ以来、毎年ケラマツアーに通っていたのだが、横浜単身赴任や、瀬戸内に重点を置くなどの都合で一時中断。そして3年前、次男とともに漕店のケラマツアーに参加して以来だから、久し振りのケラマの海である!***いつもの浜に荷物を降ろし、フネの割り振りを決め、荷物をパッキング。今回は、参加者4名にスタッフ2名。 参加者のうち、もう一人の方は、明日から合流との事である。マッちゃん、Mさん、いずれも漕店の常連さんで、普段から旅なれておられる方々。 良いツアーになりそうだ。準備ができたらいつものようにナビゲーション。 風向きや潮流、明日の合流などを勘案し、安室島へ向う事となった。穏やかな海を、順調に漕ぎ進む。 安室島の北端を廻り込んでしばし休憩し、もう少しだけ南へ下る。 今日はここでキャンプ。 良い浜だ。テントを張り、ハッピーアワー! う-ん、オリオンビールが美味い! 3年振りとなる、ケラマでのシーカヤックの旅が始まった。
April 27, 2007
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4月26日。 沖縄滞在6日目。 昨日のホクレア号歓迎イベントでサバニを漕いだ興奮が、まだ覚めやらない。だが、明日からは漕店の『ケラマシーカヤックツアー』である。 ホクレア号の関係では、突然の訪問にも関わらず、いろいろな方にお世話になり、親切にしていただいたが、そろそろ潮時であろう。荷物を片付け、内田さんとデュークさんにお礼を述べ、ホテルを辞す。***レンタカーに乗り込み、久高島行きの船が出る小さな港へ。 港にクルマを置き、そこからフェリーで久高島に入る。聖なる島として名高い『久高島』 一度訪れたいと思っていた島である。***島に着くと、レンタサイクルを借りる。 お金を払うと、少し離れた倉庫を開けて、適当に乗って行ってくれとの事。 やっぱりのんびりしているなあ。お金をおろすため、島の郵便局へと向う。 中に入ると、ATMがない。 『ここは、ATMはないんですか?』 『ええ、無いんですよ』これは困ったなあ。 旅先なので、通帳も、印鑑も持って来ていない。『でもカードでおろせますよ』と、局員の方。 良かった。住所や氏名などの必要事項を書類に書き込み、カードを渡して、携帯端末に暗証番号を入力するシステムである。 へー、こんなシステムがあったんだ。処理を待っていると、書類を見られた職員の方が『え、広島の呉から来られたんですか?』 『そうなんです』『実は私、数年前まで広島の呉の郵便局に居たんですよ』 『え、そうなんですか! 沖縄から広島への転勤なんてあるんですか?』 『ええ、あるんですよ』 驚きである。それからは、呉の街の最近の様子、大和ミュージアムやショッピングセンターができてからの変化、そして最近では潜水艦を利用した施設ができた事などをお話しすると、懐かしそうに聞いておられた。 しばし歓談。『のんびりした島ですからねえ。 まあ、楽しんで行って下さい』 『ありがとうございました』いやはや、今回の旅は、本当にいろいろな出会いがあるものだ。***静かな島の道を、風を感じながら自転車でえっちらおっちらと漕ぎ、観光スポットを巡る。まずは最北端のカベール岬へ。 そして、五穀発祥の地とされるイシキ浜、クボー御嶽(男子禁制なので入り口まで)。小さな島なので、どこに行ってもレンタサイクルで巡っている同じ人とすれ違ったり、遭遇したりなので、お互いに顔を見合わせてにやりと笑ってしまう。約2時間で、ほぼ島の観光を終え、少し遅い昼ご飯を食べる事にした。 向ったのは、島の小さな食堂。 ここの名物だと言う『海ぶどう丼』を注文。 私の他には、3人ほどのお客さん。おいしい丼を食べながら、知り合いらしいその人達の話しに耳を傾けていた。『ああ、潮干狩りに行きたいねえ』と、一人のおばさんがつぶやく。 『やっぱり、潮干狩りは楽しいですか?』と私。 『そりゃ楽しいよ。 タコやサザエ、シャコガイなんかも獲れるしねえ』そう、潮干狩りと言っても、瀬戸内のような、砂浜でアサリを掘るのとは違うのである。他の人達も、最近潮干狩りを楽しんだという事だ。 次第に、海の話しから、昔食べた物の話しに。 『私は宮古出身なんだけど、昔は海亀を食べよったよ』 『いやあ、たしかに昔はいろいろなものを食べよったな。 ○○も、△△も、□□も食べたよ』 『え、そんなものまで。 そうなんですか! 知りませんでした』島の小さな食堂の昼下がり。 楽しい団欒の一時であった。そろそろ帰りの船の時間だ。 『ごちそうさまでした』 『また遊びに来なさいよ。 今度は泊まりでね』 『はい、またぜひ来ますよ。 本当にありがとうございました。 楽しかったです』***船で本島に戻り、世界遺産にもなっている、琉球王国で最高の聖地とされた『斎場御嶽』を訪れる。 まさに、聖なる気を感じる厳かな場所であった。 那覇に戻り、レンタカーを返してホテルへ。 いよいよ明日からは、漕店のケラマツアーだ!
April 26, 2007
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百名ビーチでのイベントが終わり、昼食を食べると、山城キャプテンの案内で、建造中のサバニを見に行く事になった。木工工場の奥に入ると、ほぼ完成したサバニが! エンジンのない、手漕ぎ用のサバニを、こんな近くでじっくりと見るのは初めてだ。 興味津々。ついつい山城キャプテンにいろいろと質問してしまうが、丁寧に教えて頂けた。風によって帆柱を調整するための構造の工夫。 荒れている時に波が打ち込まないための工夫。 釘を使わない接合方法などなど。サバニは凄い。 シーカヤックと同様、手漕ぎフネとして長い歴史を重ね、完成していることを実感した。 ***夕方。 正式なホクレア号歓迎イベントで、サバニを漕ぐと言う内田さんや大城さん、デュークさんたちを見送りに、糸満港へと向う。サバニを海に下ろすのを手伝い、歓迎式典の会場に戻ろうとすると、山城キャプテンが一言、『あんたも漕ぐんだろ』 『え! 私が漕いでもいいんですか?』確認すると、まだ漕ぎ手が乗る余裕があり、一人でも多い方が速いという事で、急遽漕がせて頂ける事となった。 急いで着替え、サバニに乗り込む。本当にうれしい! 偶然とはいえ、ホクレアの歓迎イベントで、『サバニ』を漕がせて頂ける事になったのだ。***『エーク』を握り、最初は『いち、に』 『いち、に』 途中からは、『へい、ほ』 『へい、ほ』 と声を出しながら、ホクレアに向ってサバニを漕いでいく。漕ぎ手は、山城キャプテン、内田さん、大城さん、デュークさん、上原謙さん、そして私。天にも昇るような気持ちで、初めてのエークを操り、海を進んで行く。一旦沖に向うホクレアに、サバニで伴走。 他にも何艘ものサバニやハーリー船が出ている。こんな状況でホクレアを見る事ができるなんて、思っても見なかった。 感涙!***ホクレアを待っている間に、サバニや海について詳しい上原謙さん(昼過ぎのサバニ見学の時、山城キャプテンから、サバニや海洋文化の事を知りたいなら、ぜひ糸満の上原謙さんから話しを聞いた方が良いと言われていたほど、実に凄い方なのである)から、サバニの構造やエークの材質による違い、漁によって変わるサバニの型などについて親切に教えて頂いた。沖でUターンしたホクレアは、再び岸壁に接岸。 大勢の方々が、ホクレアを見に来ている。海に浮かんで、歓迎式典の模様を眺める。 歓迎の歌、フラ、そしてエイサー。 上原さんは、糸満漁師が発明したと言う水中メガネ『ミーカガン』を首に下げていたが、私に、これを付けて写真を撮りなさいと勧めて頂いた。うれしくなって、記念撮影。 これは好い記念になった。***適当な所で港に引き返し、歓迎レセプションの終盤を見学。 夜は、歓迎パーティー会場でオリオンビールを飲み、居酒屋に移動して今日も宴会だ。***思いもかけない偶然から、ホクレア歓迎レセプションで『サバニ』を漕がせて頂ける事になり、海からの視点でホクレア号を眺める事ができた。 お世話になった方々、親切に誘って頂いた方々に、心から感謝しています。これからまだ、『ケラマでのシーカヤックツアー』、『伊是名、伊平屋でのシーカヤックツアー』が待っているのだが、ホクレア号の到着と関係者と過ごした至福の一時、そしてサバニを漕いだ事で、既に最高のリフレッシュ休暇になってしまった。 こんなことがあるんだなあ。
April 25, 2007
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ホクレア号が到着した翌日。 歓迎イベントの一つとして、百名ビーチに行く事となった。この百名ビーチには浜川御嶽があり、沖縄でも神聖な場所の一つである。***クルー達はマイクロバスで、私たちは別のクルマで、百名ビーチに移動。大学の先生の説明を聞き、ビーチへと向う。関係者の方から、ホクレア号出航時に、この浜で航海の安全をお祈りした事が話される。 そして今日は、無事にホクレア号が到着したお礼と、これから横浜までの航海の安全を祈願するための儀式を行うとの事。低い太鼓の音が響き、白い着物を着た女性が舞い、鈴が鳴る。 美しい浜に佇み、クルー達は静かにその光景を見つめている。厳かな儀式が終わる。 拍手するというよりも、その心地良い余韻に浸りたいとの思いであったが、他の人達も同じ気持ちだったのだろう。しばしの静寂。 しばらくしてから、ようやく拍手で感謝を伝える。感動して涙を流しているクルーも居る。 カナコさんの通訳で、ホクレアクルーからの感謝の言葉が伝えられた。私も、横に居たクルーの一人に聞いてみたが、彼も、とても良い儀式であったと言っていた。その後は、丘の上にある最近発見されたと言う舟型をした岩のある御嶽へと向う。これが、雨で濡れたスリッピーな急勾配の薮の中を進む行程で、蔓につかまって登る場所、梯子で登る場所、狭い空間をトラバースする場所などなど、まさにエクスペディションのようであった。登り詰めると、目の前には美しい海が広がっていた。 この海が、ハワイに、ミクロネシアに、そして瀬戸内にもつながっているんだ。
April 25, 2007
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午後4時。 メールを送信し、じゃあそろそろビールでも飲もうかとラジオのスイッチを入れると、ニュースから聞こえてきた言葉は、『糸満に到着したホクレア号が。。。』あ! ホクレアが沖縄に来たんだ。 これはたいへんなことになったぞ!↑ 糸満の港に係留されているホクレア(4/24、夕方)***沖縄に出発する数日前の、家族で食卓を囲んだ夕食の一時。『内田さんからのメールによると、ホクレア号の沖縄到着予定が、20日から遅れるらしいぞ!』 『ふ-ん、そうなんだ』『これはもしかして、俺たちの記念日である24日に沖縄に到着したりしてな! おいおい、もしもそんなことになったらどうしよう』 『いやあ、こりゃあ凄い事になるなあ!』 と、一人で思いっきり盛り上がる。『出た! とうちゃんが、またあんな事言ってるよお』 家族は、いつもの病気が出たと、ニヤニヤと笑いながら見ている。それでもなお、『これは凄いことになりそうな気がするなあ! なんだかワクワクするよ!』 と、ここまでは、笑い話であった。***が、4月24日にそれが現実になったのだ! 驚愕、歓喜、そして深く静かな幸福感!ラジオのニュースを聞くと、すぐに内田さんに電話。 だが、お忙しいようで繋がらない。それでも心はすでに糸満に向っている。 雨に濡れたテントを、畳んでないシュラフを、そして様々な荷物をレンタカーのラゲッジスペースにとりあえず放り込み、エンジンをかける。ナビが立ち上がると、目的地を糸満港に設定し、出発だ!***途中、ケータイが鳴る。 クルマを路肩に止めると、内田さんからの電話であった。ニュースを聞いて、とりあえず糸満に向っている事、到着予定時刻を伝え、ホクレア号の停泊場所と関係者の宿泊先を確認。あー、ビールを飲んでなくて良かった。 一旦クーラーボックスから缶ビールを出して飲もうと思ったのに、なぜだか(何よりいちばん好きなビールを飲むのを)4時過ぎまで待とうと思いとどまったのは、不思議である。 これも何かの縁なのであろう。***糸満港へ着き、まずは、すでにクルーが上陸した無人のホクレアを見学。 『ああ、やっぱり本当に来たんだ!』***宿泊先のホテルで内田さん達と合流。 内田さんに、そして初対面のホクレア関係者の方々に挨拶。 沖縄入りしてから、ホクレア号のニュースを聞いて駆けつけるまでの経緯を話す。ホテルのロビーで、『ナイノアトンプソン』に遭遇。 内田さんに紹介していただき、ナイノアと挨拶を交わし、写真を撮りたいと伝えると、快く承諾して頂けた。↑ ナイノアとの夢のような2ショットナイノアが私の肩に手を回してくれる。 その瞬間、なんとも言えない、暖かく幸せな空気に包まれる。 至福の一時! ああ、リフレッシュ休暇をこの時期に取って、そして沖縄を選んで良かった。写真を撮ってくれた人が一言、『顔を見てるだけで、カヤッカーさんが幸せだということが伝わってきましたよ』ケータイが鳴る。 妻からの電話。大切な記念日に贈った花束が、今届いたとのこと。 妻は、驚きながらも喜んでくれたようだ。 良かった!***その後は、関係者で近くの居酒屋に行き、楽しい宴会。 ホクレア号の到着を、何日も待ちわびていたの面々である(この関係者が濃い。 ふつうのサラリーマンなら出会う事のない、すごく個性的で仕事のできる、バイタリティのある面々であった。 瀬戸内横断隊やホクレア号のおかげでこんな出会いがあるとは、本当にありがたいことだ)。 興奮覚めやらず、話しは尽きない。本当に楽しい一時であった。↑ ホクレア号御一行様***2007年4月24日。 まさに『祝い星、ホクレア号が来た』このとても思い出深い記念日を、一生忘れる事はないだろう。
April 24, 2007
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4月24日。 今日で、沖縄入りしてから4日目となる。 まずは、朝日を見るため伊計島までドライブ。浜に戻り、天気予報を確認すると、今は晴れているものの、残念ながら昼からは雨だそうだ。せっかくなので今日の午前中は、浜比嘉島の集落を散歩してみる事にした。*** キャンプ地から歩いて10分。 最寄りの集落に到着。 好い感じの通りが残されている。小さな漁港をグルリと廻り、岸壁付近を泳いでいる『ミノカサゴ』を発見! さすが、南国の島。その後は、小島の岩屋にある『アマミチューのお墓』に参拝する。***再び集落に戻り、風の吹くまま気の向くまま、ぷらりぷらりと歩いていると、偶然、きれいな庭のある家を見つけた。入り口に立って庭を眺めていると、その家の縁側に座っていたおばあが、『こっちにきて見なさい』と、声を掛けてくれた。『おはようございます。 良いんですか?』 『いいよ、いいよ。 入りなさい』『この家はね、もう120年ちかくになる』 『そうですか! それにしてもきれいな庭ですね。 この花は、おばあが育ててるんですか?』 『そうよ』***しばらく話しをしていると、おばあが一言。 『こっちに上がりなさい。 お茶を入れてあげるから』 『ありがとうございます。 じゃあ、遠慮なく上がらせて頂きます!』縁側に腰掛け、庭を眺める。 風通しが良く心地良い縁側からは、きれいに掃除された庭、手入れされた花壇の眺めが楽しめる。『ここは、良い眺めですね。 いつもここで庭を眺めているんですか? 良いですねえ』『うん、そうよ。 今、お茶を入れるから待ってね』 『ありがとうございます』***『はい、お茶。 手がわるいから自分で注いでね。 それと、このお菓子も食べなさい』 『はい、いただきます!』おばあとの、楽しい一時の始まりである。***聞けば、もう95歳になると言うが、お茶は入れてくれるし、自分で花の手入れはするし、まだまだ元気!昔の浜比嘉島の事、戦争で亡くなられたと言うご主人と結婚された(おもいもかけない)経緯、婦人会の行事である弁論大会での思い出話、60歳を超えてハワイに行ったときの話し、浜比嘉の神様の事などなど、興味深い話しが続く。『これは、いままであまり人には話した事がないんだけど、。。。。』 『え、そんなことがあるんですか!』 『そうよ。 それでね、。。。で。。。さあ』 『それはすごいですねえ』この話しは、ちょっとここには書く事ができない。***ふとおばあが庭を見て一言、『この鳥がね、餌を欲しいっていつも来るよ』私も庭を見ると、近くに一羽の鳥がやってきていた。『この鳥はね、このお菓子しか食べないよ。 だから、いつもこのお菓子を買っておくさ』 『私の手からも餌を食べるよ』『そしてね、オスが餌を見つけると、いつもメスを呼びに戻るんだよ。 そして、メスが餌を食べるのを見守って一緒に帰って行くよ。 鳥とはいっても、偉いもんさ』『人間に生まれたからには、人をかわいがりなさい。 真心をみせなさい』『あんたも、嫁さんをかわいがってあげんといけんよ。 かわいがってあげたら、相手はそれに応えるものさ』ここには、時々女子学生やOL達が訪ねて来ると言う。 その時には、おばあがそんな話しをしてあげると、彼女達は感心して、そして感謝して帰って行くと言う。***実は、今日4月24日は、私たちにとって特別な記念日である。 偶然、そんな日に”おばあ”に出会い、『嫁さんを可愛がってあげなさい』との言葉をもらったことは、私にとって、とても感慨深いものであった。『それにしても、あんたは珍しいひとね。 庭を見ていきんさい、家に上がりんさい言うても、遠慮して帰る人が多いよ。 それに、こんなにいろいろな話しを熱心に聞いてくれるし。 あんたにゃ良い事があるよ』『いやいやとんでもないです。 こちらこそ本当に、いろいろな話しを聞かせてもらってとても楽しかったですよ』気が付くと、1時間以上話しを聞かせていただいていた。『今日は雨が降るかねえ』 『昼から降るって言ってましたよ。 雷も鳴るかもしれないって』 『じゃあ、今日は花に水をあげんでもええね』 『そうですね。 じゃあ、帰ります。 今日は本当にありがとうございました』おばあに手を振って、浜に戻る。 おばあも、縁側から手を振って見送ってくれた。***夕方、雨を避けてレンタカーのシートをフラットにし、シートに体を伸ばして、おばあの『あんたも、嫁さんをかわいがってあげんといけんよ。 かわいがってあげたら、相手はそれに応えるものさ』という一言を思い出しながら、いつもより長い、これまでの感謝の気持ちを込めた妻へのメールをケータイで打つ。3時過ぎ。 本文を打ち終わり、メールを送信しようとしたが、”なぜだか”ふと思い直して、午後4時になるまで送信を待つ事にした。では、ビールでも飲もうかと、クーラーボックスから缶ビールを取り出したものの、これまた”なぜだか”、今日はメールを送信してから飲むことにしようと思い直して、なによりも大好きな缶ビールを、クーラーボックスにそっと戻した。***午後4時。 メールを送信し、じゃあそろそろビールでも飲もうかとラジオのスイッチを入れると、ニュースから聞こえてきた言葉は、『糸満に到着したホクレア号が。。。』あ! ホクレアが沖縄に来たんだ。 これはたいへんなことになったぞ!
April 24, 2007
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あるくみるきく_シーカヤック旅、沖縄編の3日目。 今日は曇りで風も強いため、北端の辺戸岬へドライブに出かけることにした。***前日、22日の夕方、キャンプサイトでビールを飲んでいると、突然目の前に馬が現れた!『こんにちは。 驚きましたよ! この馬は何ですか?』愛媛出身で、今は浜比嘉の農家で働いているというその方に聞いてみると、与那国馬だという。 この馬を増やして、この島を訪れた人に、シーカヤックだけでなく、与那国馬でのトレッキングを楽しめるようにしたいと夢を語っておられた。写真を撮らせていただき、挨拶をすると、馬に乗って帰っていく。浜比嘉島初日から、懐かしい人々との再会と、馬に乗った人との出会い。この旅は、なんだか凄いことになりそうな予感。***23日の朝、レンタカーで辺戸岬へ。 途中から雨が降り始め、岬に着いたときは土砂降りの雨となった。展望台に上がってみると、なかなか雄大な景色である。横殴りの風と強い雨で、ちょっとした嵐の様相。 たまらず車に戻り、次の目的地である今帰仁城跡へと向かう。***『今帰仁城跡』 ここは、内地の城跡とは全く違った雰囲気であり、行ったことはないが、なんだか万里の長城を思わせるような景色。共通チケットで入れる資料館も、今帰仁村の貴重な民俗資料が豊富に収集・展示されており、『あるくみるきく旅』には、とても良い観光施設であった。***美ら海水族館を出ると、『海洋文化館』という看板を発見!その存在を知らなかったのだが、入ってみると、海洋文化に関心がある人にとっては、垂涎の資料館であった!沖縄海洋博の時に、世界中から集められたという貴重な、カヌー、カヌー、カヌー。 そして太平洋の島々から集められた民俗資料の数々。大型の帆走カヌーも、バジャウの家船もある。 これは凄い。昔の海図、スティックチャートも、その実物をはじめて見ることができた!***それにしても、見物する人の少ないこと。 こんなに広い館内で、最初は私一人であった。 水族館は、あんなに大勢の人が居たのになあ。水族館人気に隠れているが、海の文化に関心がある人であれば、入場料わずか170円で、たっぷりと数時間は楽しむことができる、最高の場所である(後で内田隊長から聞いた話では、『ホクレア号』のクルーたちも、歓迎行事の一環として、ここを訪れる予定になっているとの事であった)。***夕方、浜比嘉島に戻る。昨日、私と同様に浜比嘉島に入られ、キャンプしながらレンタル艇でツーリングを楽しまれているOさんと一緒にビールを飲む。沖縄や奄美に詳しく、海洋文化にも関心を持っておられるOさんと、今日海洋文化館で見た資料の事や、瀬戸内での『あるくみるきく、旅するシーカヤック』で出会った人達から聞いた話、奄美や徳之島に残っている海に関する民族資料、文化を伝える人々などなどの話で盛り上がった。Oさん曰く、『離島はタイムカプセルですよ』うん、まさにその通りだと思う。 いつも旅をしている瀬戸内でも、まさに同じ事を感じている。沖縄滞在、3日目。 沖縄の民俗資料や海洋文化をたっぷりと楽しめた、充実した一日であった。
April 23, 2007
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4月22日。 沖縄シーカヤック旅、二日目。 今日は、前半1/3を過ごす予定である『浜比嘉島』へ。予約していたレンタカーをピックアップし、10年前の『フェザークラフトK2で行く、那覇-慶良間-アイランドホッピングツアー』で同じフネを漕いだ”Zaki”さんから紹介された浜比嘉島の『(通称)にーぶい村』へと車を走らせる。***10時過ぎ、にーぶい村に到着。 すると、そこで思わぬ再会が待っていた!ケラマのシーカヤックツアーで時々ご一緒させていただいた旅行代理店に勤めておられたサイゴンさん。 横浜単身赴任時代の『ミクロネシアカヤックツアー』でお世話になった『ワイルドナビ』のMさん。 そしてサバニのチェックに来られていたZakiさん。 沖縄カヤックセンターの仲村さん。懐かしい面々との思わぬ出会いに話が弾む。『あるくみるきく_沖縄シーカヤックの旅』、これは、なかなか好い出だしだ!***浜にテントを張り、食材と氷、オリオンビールを購入。天気も好いので、早速レンタル艇を借りて海に漕ぎ出した。少し風はあるが、リーフの中なのでそれほど波は高くない。持参した『インチューンパドル』を手に、まずは浮原島への往復。 その後は、浜比嘉島を反時計回りに一周。久しぶりの沖縄のコバルトブルーの海で、3時間ほどのパドリング。 うん、良い感じで体のリズムが馴染んできた。*** *** ***今回の、『あるくみるきく_沖縄シーカヤックの旅』は、久しぶりのリフレッシュ休暇を5月連休にくっつけたため、半月以上を沖縄で過ごすことになる。サラリーマンカヤッカーである私にとって、このような長旅は初めてであり、期待で胸は膨らむばかり。***浜比嘉島でのキャンプとシーカヤック。 浜比嘉島での95歳のおばあとの出会い。偶然タイミングが合った、滞在中の『ホクレア号』の沖縄への到着。 ホクレア号関係者と過ごした数日間。 そして初めてのサバニ。これまで何度も訪れた、慶良間でのシーカヤックツアー。 初めて漕いだ、すばらしい伊是名島・伊平屋島でのシーカヤックロングツアー。***これまでの人生で最高の旅、まさに夢のような日々であった。今回の沖縄での半月以上の旅を、これからじっくりと噛みしめながら記録していきたいと思っている。
April 22, 2007
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4月21日。 飛行機で那覇へ。 久し振りとなる、沖縄でのシーカヤック旅のスタート。飛行機の窓から、これから訪れる沖縄の島々が見える。 うーん、楽しみだ!那覇は快晴。 空港を出ても、思ったほど暑くはない。ホテルにチェックインして荷物を置き、街へと散策に出かける。昼食は、市場で買った弁当とオリオンビール。その弁当は、ご飯の上に、ポーク、卵、カツ、イリチーが載って、なんと158円。 安い!パレットくもじの屋上のベンチに座り、景色を眺め、風を感じながらオリオンを飲み、徐々に沖縄の空気に体を慣らしていく。さて、明日からどんな旅が待っているのだろうか。
April 21, 2007
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SUNTORY SATURDAY WAITING BAR 『AVANTI』 シーカヤックで渡った瀬戸内の静かな島で、海を眺めながら聞く事もある、私が大好きなラジオ番組の一つである。ただ、残念ながら私が住む地方都市の田舎町では、こんなに洒落たウエイティングバーは、おそらく無いだろう(飲むのはほぼ100%家か、島の浜なので、私が知らないだけなのかもしれないが)。だが、ちょっと耳を傾けてみたくなるような、とっておきの話しを聞く事ができる場所は、こんな田舎町にもあるのだ。***日曜日の午後。 自転車で出掛けた町で買い物を済ませ、久し振りに遠回りをして帰る。道路を横断するための信号待ちで、ふと横を向くと、どこかで見た顔が。『あ、こんにちは!』 『おお!』自転車に乗ったその人の前カゴを見ると、風呂セットが入っている。『風呂。 今から行かれるんですか?』 『おお、そうよ。 あんたも行こうや!』 『そうですね。 じゃあ、一旦家に戻ってから行きますよ』 『じゃあ待っとるわ』***いつも行く銭湯の常連さんで、顔こそ知っているものの、名前も歳も知らない方に、『風呂に行こうや』といって誘っていただけるありがたさ。 本当にうれしい事である。自転車を飛ばして家に帰り、家族に、『今から風呂に行くことになったけん』『どうしたん?』 『いやあ、帰る途中で銭湯の常連さんに出会うて、風呂へ行こうやゆうて誘われたんよ。 じゃけえ、ちょっと行って来るわ』家族は顔を見合わせて笑いながら、『そりゃあ良かったねえ!』***いつもの銭湯。 服を脱ぎ、浴場へ。 『こんにちは。 来ましたよ!』 『おー、早かったのお』 『ええ、近いですからねえ』『あっちに住んどられるんですか?』 『そうよ』 で始まり、四方山話に花が咲く。***体をザッと流すと、いつものようにまずは普通の風呂で体を温め、お気に入りのスチームサウナへ。 ここでも、常連さん達が話しに花を咲かせている。『ありゃあ大きい大砲じゃったよ』 『そりゃあ、本物ですかいの?』 『ほうよ。 ぜんぶ本物じゃ。 あんまりあの船が大きゅうて、廻りの戦艦が、巡洋艦や駆逐艦に見えるほどじゃった』これはまた興味深い話し! ではちょっと、スチームサウナの隅におられる、あちらの常連さん達の話しに、耳を傾けてみる事にしましょうか。***『そりゃあ大和の事ですか』すると、『ほうよ。 ちょうどあの頃、近くで新兵訓練を受けよったんじゃ』『秘密じゃったけえ、だれも大和じゃとは教えてくれんかったけどの。 ほんまにおおけな戦艦じゃった』『戦艦は、砲塔から作るんよ。 えらいおおけな砲塔じゃのう、と思いよった』 『そうなんですか。 砲塔から作るとは知りませんでした』『厳しい訓練でのお。 バレーボールの試合で負けたら殴られ、銃剣道の試合で負けたら殴られ。 自分が出てのうてもじゃ』『便所に隠れて、旨いもん食うのが唯一の楽しみじゃったよ』 『食事の時に上官が気に入らん事があるじゃろう。 そうしたら自分が食うたらテーブルクロスを引っ張って、料理を全部ひっくり返すんじゃ。 厳しい訓練で腹は減っとるし、床に落ちた料理を食べたら殴られるし。 ほんまに情けなかったし、きつかったのお』***その後、風呂に入ったり、脱衣所でTVを見ながら休憩したり、水風呂に入ったりして、再び風呂でおじいさんの横へ。『戦争のときは、船でサイパンやトラック諸島(チューク)、マーシャル諸島、そしてグアムへも行ったよ』 『そうなんですか! 私もミクロネシアのポンペイ(ポナペ)とトラック(チューク)へ行った事があるんですよ』『トラック諸島には、夏島とか春島とかありますよねえ』 『そうそう。 あそこは廻りに環礁があるけえ、大きな戦艦は入って来れんし、そこから艦砲射撃しても島まで遠いから、割と安全で良かったよ』『南の島での生活はどうでしたか?』 『どうもこうも、戦争中じゃけええ事はないよ。 飯も、小さい芋を毎日一個だけ』『ミクロネシアでは、ナマコの腸を餌に魚を釣りよった現地の人を見ましたが、海で魚とか獲らんかったんですか?』 『あんたあ、戦争中じゃけ、空は敵の飛行機が飛びよるし、ジャングルからでらりゃあせんよ』 『そうなんですか。 そりゃあそうですよね』『マーシャルはどうでした?』 『トラック諸島なんかと違うて、ぜんぜん島が小さいんよ。 隠れるようなジャングルもないし。 厳しかったのう』そう、当時は戦時中。 同じミクロネシアでも、私が遊びで南の島へ行ったのとは、状況がまったく違うのだ。***『ヤシ酒ゆうてあるじゃろう。 椰子の木を切ると、甘い樹液が出る。 それが幹の穴にたまるんじゃけど、暑いから発酵して酒になるんよ』『海に入っとって、遅延爆弾が海中で爆発したら、凄い衝撃なんよ。 ○○がつぶれるくらいの衝撃じゃ』『いやあ、戦争が終わった言うて聞いて、助かったと思うたよ。 相手はレーダーも使うとるし、技術も武器も、ほんまに勝負にならんかった』『みんな、栄養失調で腹が異常に出とった。 毎日小さい芋一個じゃったのに、米兵が牛缶を出して、どんどん食べえ言うてくれるんじゃ。 それまで栄養失調じゃったもんが、一気にそういう物を食べて、それが原因で死んだことも多かった。 ワシはケガして動けず、あまり食べれんかったけ助かったんじゃ』浴槽に並んで座り、80歳半ば近いと言うそのおじいさんの、貴重な経験を聞かせていただいた。『いやあ、やっぱり凄く大変な時代だったんですねえ』***風呂から上がり、体を拭いていると、そのおじいさんも上がってきた。『今日は、貴重な話しを聞かせていただいて、本当にありがとうございました』おじいさんは、体を拭くと脱衣所の台に腰掛け、私に横に座るようにと促す。 『戦争が終わって、南方から引き揚げてきて、商売を始めたんよ』『にいちゃんよお、お金は、ここぞ!いうとこでしっかり使わんとだめよ。 使う所に使ってこそ、それ以上に帰って来るんじゃ』 『わしゃあ、ほんま、ようけ遊んだわい。 仕事して、遊んで。 今でも元気よ』『いやあ、戦争中の厳しい訓練と言い、南方での厳しい戦況を生き抜いてきたことといい、おじいさんは運も良いし、生命力が強いんですねえ』 『ほうじゃのう。 確かに運もええし、体が丈夫なんは20歳の頃に新兵で鍛えられたことも効いとるんじゃろう』『あんた、若い頃にええ趣味を持った方がええよ。 悪い趣味はだめじゃ。 俳句なんかは年寄り臭うなるからやめといた方がええかもしれん。 ええ趣味を持たんとだめよ』『女には良うしちゃらんと。 そしたら向こうも分かって応えてくれるよのお』『お金は使い方じゃ。 貯めるだけじゃだめよ。 ここぞ!いうときに使わんと』***『本当に今日はありがとうございました。 楽しかったです。 ほんまにええ勉強させてもらいました。 また、ぜひ話しを聞かせて下さい』 『じゃあまたの』地方都市の、そのまた田舎町にある小さな銭湯。 だが、そこは 『AVANTI』 にも引けをとらない、ちょっと耳を傾けてみたくなるような話しを聞く事ができる、とっておきの場所なのである。
April 15, 2007
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『国立民俗学博物館 研究報告 9巻4号』。 この研究論文集には、二つの興味深い報告が掲載されている。一つは、『サタワル島における伝統的航海術の研究』。 そしてもう一つは、『ポナペ島におけるキリスト教の受容をめぐる社会変化』***ミクロネシアの中央カロリン諸島一帯では、大型の帆走アウトリガー・カヌーと独自の航海術に基づいた遠洋航海がおこなわれてきた。このような書き出しで始まる『サタワル島における伝統的航海術の研究』ホクレア号でも使われている『スターナビゲーション』は、星、波、太陽、風、潮流などの自然現象や、魚や海鳥などの生物現象がたくみに利用され、しかも超自然的な観念に裏付けられた独自の技術・知識体系として、この論文では評価されている。***マーシャル諸島でもちいられてきたという独特の海図、『スティック・チャート』この海図は、ココヤシの葉柄と宝貝や石を組み合わせてつくられており、島嶼間の地理的な位置関係が具体的に示されているそうだ。それに対して、カロリン諸島では、島嶼間の相対的な位置関係や距離に関する知識が利用されており、マーシャル諸島のスティック・チャートのように、それを見ればすべて分かるというものではない。 複数の知識を総合的に理解し、利用する事で、はじめて全体像がわかる内容になっているとの事。***ある島と、その周囲にある島々との方位関係は、『woofanuw』と呼ばれ、その島に固有のものとなっている。 すなわち、『サタワル島のwoofanuw』、『トラック諸島のwoofanuw』、『ポナペ島のwoofanuw』などなど、島毎にあるわけだ。サタワル島の航海者たちは、『サタワル島のwoofanuw』だけでなく、他の島に於けるwoofanuwに関する知識も持っており、それらが口頭で伝承されてきた。 この調査では、28組以上のwoofanuwが収集され、その詳細が、各島毎のスターコンパスとして、この報告書に記されている。興味深いのは、これら航海術はもともと口伝であるのだが、この調査がなされた時には、ノートにこれらの知識が記載されていたそうだ。 しかも、英語と『日本語』で!日本統治時代に受けた日本語教育と、戦後の英語教育の結果、これらの知識がノートに記載されるようになったのだとか。***島の名前グアムは『kuwaam』 その名前は、『カヌーの支柱に近づく』という言葉に由来している。テニアン島は『Chiniyon』 カロリン諸島民がマリアナ諸島に航海したおり、この島を見つけた時に、太陽(yon)が輝いていた(tine)。そのような状態を、wucheniyonと称するため、この島がChiniyonと名付けられた。また、なぜだか、実際には存在しない架空の島の名前もスターコンパスの中には残っているらしい。***島の名前の他、島嶼間の海域名についても記されている。海域名をみるだけで、丈夫な人でないと航海できない海、おだやかで楽な海旅ができる海域などが分かるようになっている。ここも非常に興味深い内容なのだが、長くなるので詳細は割愛する。さて、この論文の筆者は、最後にこう記している。スターコンパスの『島嶼間の方位と海域の名称』だけでは、海図を描くことはできない。というのは至極、単純な話しで、島嶼間の距離がまったく未知であるからだ。カロリン諸島の航海者たちは、島嶼間の距離をいかなる方法によってしることができたのであろうか。この問題は、本論の帰結から導き出されたもう一つの大きな疑問である。(後略)そう論文でも指摘されているように、スターナビゲーションは、とても奥が深い航海技術なのである。***『ポナペ島におけるキリスト教の受容をめぐる社会変化』 フィールドワークの結果として書かれたこの研究論文も、興味深い内容であったが、ここでは割愛する。5年前、ミクロネシアのポンペイ(ポナペ)とチュークを訪れたことを思い出す。↑ ポンペイでは、有名な『The Village』に宿泊↑ 出たばかりのフェザークラフトのインフレータブル艇で、島を巡った↑ 『いかだ』に子供を乗せ、自分は胸まで海に浸かって、ナマコの腸を餌に魚を釣るお母さん当時チュークでは、働いている人は人口の5%だという話しを聞いた。 身の回りには、バナナやヤシの実、パンの実があり、ちょっと海に入れば魚が獲れる。 日本の価値観だけが全てではない。 世界には、別の意味でこんなに豊かな社会もあるのだ。↑ 後半はチューク(トラック諸島)へ 、 手書きの看板が微笑ましい↑ ホテルの部屋からの眺めは最高であった↑ 訪れた時、島ではちょうど『運動会』の真っ最中チュークでは、日本統治時代の名残で『運動会』が大人気。 徒競走、綱引き、などなど、数日掛けて行われる、島を挙げての一大イベントである。 日本で言うと国体に近いかも。普段はのんびりしている島の人達も、運動会の一ヶ月前くらいからは、一斉に『走る練習』を始めるのだそうだ。 なぜなら! 一等賞を取ると、賞品(賞金)がもらえるから。↑ カヤックで島を巡り、シュノーケリングを楽しみ、旨い飯を食い、ビールを飲み、のんびり昼寝する。 これ以上、何が要る?↑ 現地の子供達と記念撮影久し振りに写真を眺めると、なつかしいなあ。*** *** ***なんやかやで忙しかった週末。I'm all set to go!
April 15, 2007
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今日、帰宅すると、複数の本屋さんから注文していた本が届いていた。 いずれも、楽しみに待っていた本だ。***『舟と港のある風景(森本孝、農文協)』カヤック仲間である、エクストリームNさんからおしえていただいた本。以前拝見した時、帆掛けサバニを操っているウミンチュ(海人)の姿を見て、一目惚れした本である。『甦る海上の道、日本と琉球(谷川健一、文春新書)』海洋ジャーナリストであり、瀬戸内カヤック横断隊隊長でもある、内田さんから紹介していただいた本。この本の中に、豊島の家船の事が書いてあり、それを内田さんから教えていただいた事が、先日の、豊島での家船調査フィールドワークのきっかけとなった。またこの本の帯には、帆掛けサバニを漕いでいる写真が載っているのだが、その中には内田さんや、第一次瀬戸内カヤック横断隊で一緒に漕いだメンバーも写っているとの事。 すごい!極めつけの一冊は、『国立民俗学博物館 研究報告(1984)』この研究報告論文集には、『サタワル島における伝統的航海術の研究』という論文が掲載されている事を知り、ほうぼう捜しまわって、ようやく見つけたものである。1984年のこの論文集。 まだ、夕食後に ちらり とめくってみただけであるが、スターコンパスの事や、ミクロネシア周辺での海旅の事が詳しく書いてあるようだ。たまらん!これは、またまた楽しみが増えたなあ。さて、酒でも一杯やりながら、ゆっくりとページをめくるとするか!
April 12, 2007
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無人の浜で独り食べる夕食は、簡単なものだ。 親子丼、ヤングコーンとツナのサラダ、厚切りハムのソテー。 そして何より大切なビールとワイン!ヤングコーンとツナのサラダには、クレージーソルトとブラックペッパーをパラリと振りかける。 これで、つまみにぴったりのスパイシーな味付けに変わるのだ!***東屋での食事が終わると、暗くなった浜に降りて、独り静かに焚き火の火を入れる。必要最小限の焚き火。 手をかざして暖を取るだけの、ちょうど良いサイズの焚き火だ。シェラカップでワインを飲りつつ、メラメラと妖しく揺らめく火を静かに眺め、独り想いにふける。***ヘッドランプを灯し、再び『忘れられた日本人(宮本常一)』を開く。先週末、生まれて初めて『フィールドワークらしきこと』をして豊島の家船調査に行き、苦労しながら偶然の出会いを頼りに話しを伺ったことで、宮本常一の文章が、また一段と違った光を放っているのを実感する。これまでは、シーカヤックで訪れた島で、偶然出会った漁師さんや島の人、島を訪れた旅する人々などと知り合いになり、話しを聞かせていただく事は何度もあったのだが、『家船』を調べるというチャレンジングなテーマを自らに課して島を訪れたのは、今回が初めてであった。その時の苦労した経験と照らし合わせてみると、いかに宮本常一が偉大なフィールドワーカーであったかが、ひしひしと重みを持って感じられるのである。同じ本を読んでも、その時の自分の関心事や経験値によって、得られるもの/受けるインパクトが大きく異なる事を実感した。***フィールドワーカーとしての宮本常一の凄さと魅力。初めての土地に行き、人に出会う力。 出会った人から興味深い話しを引き出す力と、それを支える幅広い知識と経験、そして人間力。 メモを取り、時にはその場の雰囲気を壊さないようにメモを取らずに話しを聞き、それを緻密で生き生きとした文章で本にまとめる記憶力の凄さ。内田隊長から頂いたお題を基に、自分に課したフィールドワークを通じて貴重な経験を積んだことで、宮本常一が本当に偉大な人であり、フィールドワーカーであることを、心の底から感じることができた。***プロのカヤッカーではなく、ましてや民俗学者でもない、サラリーマンカヤッカーである私の『旅するシーカヤック』のスタイル/ライフワークを救ってくれる一言は、やはり『毛利甚八さん』であった。『土佐檮原の『土佐源氏』や対馬浅藻の『梶田富五郎翁』。彼らのように宮本と出会い、自らのライフヒストリーを語った老人達は、自らを語りながら宮本の中に自分の人生の伴走者を見たのだろうと私は思った。(中略)そして、これまで残してきた文明の成果が必ずしも人間生活を快適にするわけではないことに気がついているようだ。私はやがて、もっと多くの日本人が、宮本常一を真似て、自分の足で旅に出る日があるのだと、漠然と信じている。(宮本常一を歩く)』***翌朝。 日の出前にシュラフから這い出し、東屋から日の出を眺めながら簡単な朝食を摂る。食後のコーヒーを楽しみ、荷物を片付けると、生野島の浜を出発。今日は、気持ち良い晴天だし、少し漕いでみたい気分。バウを東南に向け、船島、箱島を越え、権現鼻でUターン。 バウを北東に向けると、強い向かい風の中を、『インチューンパドル』でしっかりと水をキャッチしながら、全島が亜鉛工場の島、『契島』へ。***契島を越えると、不思議と風も収まり、出発した浜まで快調にパドリング。結局今日は、2時間半ほど、横断隊ペースでしっかりと漕ぐ事ができた。 ちょうど良い疲労感。お気に入りの『生野島』への、久し振りのキャンプツーリング。 独りの時間をたっぷりと楽しむ事ができた、充実した週末であった。
April 8, 2007
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私のお気に入りの島の一つである『生野島』 この週末は天気も良さそうだし、久し振りにキャンプツーリングに行く事にしよう!いつもの浜でシーカヤックを降ろし、キャンプ道具をパッキングしていると、この浜でいつも散歩しておられるおじいさんが歩いてこられた。『おはようございます。 今日も散歩ですか?』 『そうよ、毎日散歩』『今日は天気が良いから気持ち好いですねえ。 花見の人も多そうですね』 『昔はのう、花見の時期にはこの浜に人がえっと来よったよ。 まあ、昔の事ばっかりゆうてもいけんがのう』『今日はまた、生野島へ行ってきます』 『わしらも昔は、この時期になると生野島へ伝馬船で行きよった。 貝を掘りに行きよったんじゃ』 『ほうですか。 そりゃあええですねえ。 今でも掘れますかねえ?』『どうかのう。 あそこに桜が見えるじゃろ。 生野島は桜もきれいなで』 『じゃあ、今日はちょっと歩いてみましょう。 行ってきます!』***一時間ほど漕ぐと、生野島のいつもの浜へ到着。カヤックを揚げ、荷物を運び、テントを張り、着替えると、弁当を持って東屋へ。いやあ、いつ来ても好いなあ。 やっぱりここは最高だ!瀬戸内らしい景色を眺めながら、ビールを飲み、弁当を食べる。 うん、これぞ、私にとって最高に贅沢な時間である。***昼ご飯を終えると、山へ散歩に出掛ける。↑ 少し高い所に登ると、よりいっそう良い眺めが楽しめる↑ 春の瀬戸内!結局この日は、一時間半ほど島内を散策した。***浜に戻ると、まずは流木集め。再び東屋に陣取り、ワインを飲みつつ本を開く。 今日持って来たのは、『忘れられた日本人(宮本常一)』 この本を読み直すのは、何度目になるだろうか?先日の『沖家室島シーカヤックツーリング&泊清寺訪問』、そして先週の、『家船(えぶね)の島、豊島訪問』など、『あるく、みる、きく』旅が重なったため、読み直してみたくなったのだ。***瀬戸内の景色が目の前に広がる贅沢な『書斎』には、暖かい春の日差しがフワリと差し込み、時おり、涼しさの残る海風がサラリと通り抜ける。私はその東屋のベンチに座り、シェラカップに注いだ安物ワインをゴクリと飲り、宮本常一が詰まった本のページをパラリとめくる。軽く酔いが廻ってくると、カスケードデザインのマットを枕に、ベンチにゴロリと横になり、夢心地で本をめくっていく。 まさに至福の一時。***そう、こんな贅沢な一時を楽しむために、年に何度もこの生野島に手漕ぎ船で通って来るのである。夕方。 傾いた日に照らされ、目の前に広がる島々の色も、暖かみを帯びた色に変化していく。さて、そろそろ晩ご飯の準備に掛かろうか。
April 7, 2007
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