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今日で9月も終わります。 明日から一桁上がって10月で、 神無月が始まります。 10月はOctoberですが、 8番目の月の意味です。 かつてのローマ歴は3月起歴だったので、 10月が8月なんだそうです。 完成系の9が終わり、 桁を上げる準備の日。 そして光りの八光を迎える日かもしれない。 境界は境目のグレーゾーンは桁上げの面白ポイント。 桁=ゲタ=ゲータ=Gate=門 三重鳥羽の奇祭ゲータ祭は元旦のGate開けの日に開かれる。 桁を上げるは、意識の次元を上げることであり、 心の器を拡張するところ。 出雲では神在月で八百万の神々が集まる。 神様も集合かかる天(Ten)の月なので、 しっかりと門を開け豊かな意識を創っていきましょう!
2011年09月30日
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講演会から明けて、 29日に思うことは、 29=ふく=福についてである。 改めて「福は内」って深い意味あると思った。 幸福とか幸せとかは、 幻しの箱(現実世界)の中にない。 我の中(内)にあるのだ。 そう捉える我の認識だけなんだ。 「福は内」とは「内は福」なのかもしれない。 意識を福に化す(福化)ことを創造し、 内なる豊さを広げていく。 929=球To球 球(きゅう)から球(たま)へ 球(たま)から魂へ 魂(たま)から球(きゅう)へ 幻しの箱の現実も球(ドーム)中であり、 球(ドーム)は幻しかもしれない。 福は内にて内は福が故に、 ドームも魂も豊かなる位置。 新しき叡智をダウンロードし、 意識の立ち位置を上げて、 福は内なる世界を遊びきりましょう。
2011年09月29日
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日々の生活の中では、 やる事やるべき事やらざるを得ない事など、 とにかく事柄が多い。 下手すると事柄に振り回されてしまう。 事柄をする時はどうしても、 効率とか上手く行くとか成功するにはを思考してしまう。 いや、むしろ今の常識なり教育なり価値観なり世界観が その世界を創り出している。 事柄を使ってどんな意識を創るかが大事。 事柄を通して心の成長課題を乗り越えさせてもらっている。 事柄に取り組む時は意識を創り上げておく。 後回しと先取りはま逆の思考だが、 意識次第では同じでもある。 後を回すのだから、先に来るとも言えるし、 先を取ってしまうのだから、後回しの可能も含まれるとも言える。 アルパなりオメガなり 終始一元、無始無終。 始まりも終わりも同じ位置なるを知りて、 その意識で事柄に取り組むは、 自在度自由度が異なり心の課題もクリアし、 叶う世界を映し出しやすいのかもしれない。 時には、あえて先取りし、時にはわざと後回しにしてみる。 映す世界は幻しの箱。 箱の中に事柄があるのではなく、 箱を観ている我の認識の中に事柄がある。 さあ9月なる球(きゅう)の月も終わる今日この頃。 意識を豊さへシフトさせて行こう。 今日は、先取りで遊ぶを意識してみます。
2011年09月28日
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面白さは、豊かな意識の現われでもある。何でも面白ければ良いわけではない。面白いと想う心の位置が大事だと思う。面(おも)が白いって書く面白さではあるが、面(おも)とは、顔のことでもあるので、顔が白いとは何だろうか?顔が白ければ、個の認識ができない。認識できないってことは、自他区別できない。つまり、自他なき世界は白いキャンバスで、いかようにも自在に絵が描ける楽しさを伝えているのかもしれない。また、面=おも=主=しゅ=守=首・・・神面(おも)は、主たる守や首に繋がり、神なる意味を持つ。神白き位置とは、オールマイティでナッシングのところ。まさに、自在に創造せよという所かもしれない。面白さは、頭を空っぽに白くする(無にする)ところ。面白くなくても、面白くても、常に白い(無地)位置を思い出し、魂さんを喜ばせる豊かさの創造をし続けよう。
2011年09月26日
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毎日がつまらないと嘆いていないだろうか?つまらない人生だと諦めていないだろうか?つまらないヤツだと思い込んでいないだろうか?つまらないは、「面白くない」「魅力的でない」「輝きない」ならば、その逆の「面白い」「魅力的である」「輝き」は、つまる・つまっているってこと。つまるは、何かの流れの中での動きが引っかかったり、流れの阻害が起きているような状態をいうのかもしれない。排水や下水ではゴミなどが詰まれば流れが悪い。この詰まりこそが人生での思うように行かないことや、流れがうまくいかない出来事のようなものなのかもしれない。この時こそが、面白い・魅力的だということ。ちょうど、運動会で障害物レースの方が面白さ・楽しさがあるのと同じ。つまらない!時こそ、つまることをしてみる。面白くないことを面白くしてみる。つまらない時は、意識が流されやすく、豊かさ意識創造が少ししにくくなってしまう。面白くないというストレスが溜まると、流れをせき止めて詰まらせてしまうのかも。そして、結果的には詰まってしまって、面白くなってくるのかもしれない。つまらなくても、つまっても、どちらも面白さに辿りつく。「つまり」とは、いろいろ経過して行き着く最後のところの意味がある。とどのつまりが、豊かさ方向(明るく・軽く・楽しく)へいくだけ。行き詰らなくても、行き詰っても、どちらでも良い。行き着く最後のところの「つまり」を豊かに創造していこう。
2011年09月25日
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普通でありたいと思う。でも普通ほど難しいものはない。あまねく(普く)通すと書いて普通と読む。あまねく(普く)とは、もれなくすべてに及んでの意味。もれなく通す、すべてに及んで通すは、並大抵でない。良く、普通ですからとか、普通なんですと、謙遜の言葉で使ったりするが、普く通すことができていますと言ってるようなもので、極めて難しい状態を表現していることになる。普く=あ・まねく=あ招く「あ」は初め・最初・開始の位置。そこを招くことは、入口やスタート地点に立つことかもしれない。普通が難しきことであるが故に、立つ位置・開始位置が重要になってくる。「あ」は、Aでもあり、基準音階の「ラ」の位置でもある。つまり、「ラ」を招くことのラッキー(ラッ来~)が、普くところの開始位置なのかもネ。普く=あま・ねく=天子駆天の子としての駆動が始まるところなのかもしれない。普通ほど難しいことはないが、チャレンジとして、普く豊かな意識を通すことを心がけて、天の子のような動きをして豊かな空間を創造し続けよう。
2011年09月24日
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昨日は、ある空間の符合を拾って、人と会ってみることにした。その符合通りの人を映してお互いがびっくり。不思議といえば不思議だが、そうなっていただけといえばそれも納得。22日だったので、2が合う日なので、鏡に合うがごとく人を映したのかもしれない。ひとつの点も最初は小さく薄いもの。やがて同じ点が何回か出てくると明確さがはっきりする。しっかりした点が観えてくると、点と点を線で結ぶことが出来てくる。点から線となると、形が出来てきて、面となる。空間の符合は、面となる絵柄(図形)を浮き上がらせる。少しづつではあるが自らが映す空間の謎解きが進み、図柄の全体像が見えてくるは面白きこと。点=テン=天につながり、線=セン=先につながり、点を結んで線となりしことで、天との繋がりで先がみえるかもしれない。点が10(ten)の位ならば、線は1000(千)の位ぐらいの差あるかも。点を線に成すことの面白さは、100倍の桁違いの面白さ。魂さんが知っている面の図柄を見出す楽しさを使って、さらに豊かな意識を創造し続けよう。
2011年09月23日
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意識の創る世界がこの現実世界を創る。心の状態によって現われる世界であり、現実世界という幻しを認識することで、さらに意識も創られていく。慌てる心、荒ぶれる心では、そのようになってしまう。ゆとりある心であればゆとりある世界が開く。ゆとり=Youとり自と他を分ける世界観でのYouをとることは、自他なき世界の創造に繋がるのかもしれない。さとり=差とり知恵の位置での大きなな落差をとっていくは、悟りの位置でもあり、知恵での標準装備かもしれない。なとり=名とり名前という固有名詞すらも認識であり、名があるわけではなく、そう名付けた認識かもしれない。ならば、名をとることは、その認識を外すこと。名のなき世界は、自他区別がなく、すべてがつながるかも。ゆとり・さとり・なとりの3とりが閃いてきた。3とり=さんとり=Sunとり=太陽鳥日の鳥、日本、フェニックス・・・・。台風15号が日本を縦断した。被害も心配であるが、心の創造は続けよう。豊かな意識で輝きを見出そう!
2011年09月22日
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泡のごとくはじけたい。毬のようにはじける。心がはじけ、魂もはじける。弾け=はじけ=破時化時が変化することをも破ると捉えて観れば、弾けは変化のバロメーターなのかもネ。弾ける想い、弾ける心、弾ける体、弾ける=はじける=端蹴る端っこは、決して終りの位置ではなく、生まれる・創造する位置での誕生の誕が端。Turn(ターン)地点が端っこならば、そこを蹴るは明らかに方向転換の意味。弾けて、端蹴って、ターンして方向転換するは、豊かな意識に向いたい魂さんの願いが成せる技なのかも。ついでに、恥も蹴ってしまおう!恥蹴るって、弾ける本質かもしれないし・・・。どんどん、はじけ、浮上して、軽く、明るく、楽しく、意識と空間を豊かにしていきましょう。
2011年09月21日
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本日、9月20日にメルマガ「アイウエオの秘密」66号を発光しました。 今回は、前回から約1ケ月してからの発光です。 この1ケ月の間では、台風の影響による被害とか、 大震災後での比較的に大きな余震があったり、 途中では9.11を経過してテロから10年、大震災から半年と、 節目の時を刻んできております。 豊かな意識を創り続けましょう。 http://mobile.mag2.com/mm/xxx-xxx-xxxxx.html
2011年09月20日
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今日は、9月19日なので語呂合わせ的には、919をクイックと読んで観た。まずは、クイック=quick、にて、多くの外来語の上に付いて動作などが速いことを表す。もうひとつのクイックに、クイック=KWIC=keyword in context、 がある。IT用語の言葉らしいが辞書には以下内容記載ある。「文書データの索引を作成する方法の名称である。文書中から指定したキーワードを指定し、加えて、そのキーワードに関連する前後の文脈も取り出し方式のことである。」これは、「文脈付き索引」とも呼ばれているものらしく、文脈までを含めた索引を作ることで、検索効率を高めることができるといわれている。映す空間からの符号や信号やメッセージは、宇宙から降るように来てはいるはずではあるが、自らの持つアンテナ感度によっては、なかなかキャッチできずにチャンスや創造を逃してしまうこともある。キーワードそのものが符号や信号やメッセージなのだとすれば、キーワードだけでは見過ごしやすいのかも。でも、少しアンテナ角度を変えれば、キーワードに関連する前後の文脈も取り出すことができる。KWICができると扱う情報量も増加するし、創造の大きさや宝の輝き具合が大きく違ってくる。「キーワードに関連する前後の文脈も取り出す」には、映す空間の情報を丁寧にゆっくりとキャッチ・観察することから、アンテナ性能も良くなってくるのかもしれない。空間には宝の山が映っているだけ。背景情報やその関連情報やまったく関係ないと思える情報すら、その映像の中の空間で出てきている視点では、全て何かしらの関係性があるはず。文脈検索をし続けるは意識の拡張につながる。空間宝探しはクイックで行う。速さやのquickと前後文脈検索のKWICの両方を使っていく。どんどん意識を豊かさ方向に広げ、自らの中の宝を空間に映していこう!
2011年09月19日
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ご縁で最近繋がったとても楽しいパフォーマンス集団「結(ゆい)」の方々をご紹介させていただきます。 しながわチャイルドライン10周年記念イベント 「子どもの声でつながる世界」 ~子どもの声がを聴けるおとな、伝える力を持つ子どもが増えるために ~ 大人も、子どもも、『この指と~~まれ!!』コンサート ●日時 2011年10月2日(日)10時40分~11時55分(10時開場) ●会場 品川区立五反田文化センター音楽ホール 品川区西五反田6-5-1(JR/都営浅草線五反田徒歩15分 東急池上線大崎広小路徒歩10分 東急目黒線不動前徒歩7分) ●無料(当日先着順)200名 http://www.geocities.jp/sinagawacl/_gl_images_/event08231_7.jpg
2011年09月18日
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今日9月17日の語呂合わせで、917=くいな=くいなん(無声音「ん」を入れて観た)くいなん=悔いなん=悔いることはないよ!そもそも、悔いとは、後悔・心残りのこと。心が残るって何だろう。そう思う、または、そう思いたい心の状態であり、それすらも認識の世界なのではないだろうか?後悔という名の心残りの世界を創り浸っている。悔いなんは、ある意味、後悔あらずを言わんとしてる。悔いなくてもいいし、そこの海(=後海)に溺れることない。917=くいな=水鶏、という名前の鳥がいる。有名なところでは、沖縄本島北部に生息の天然記念物「やんばるくいな(山原水鶏)」が有名。Wikiによれば、「地元の人々にアガチ、アガチャ(「慌て者」の意)とよばれている」慌て者の意味があるのは面白い。魂レベルでの慌てない者は、後悔の海に溺れない者かもしれない。ある意味、慌て者は、後悔の海に入ってしまう。だから、悔いなんをわかり始めてた者たちは、意識レベルを上げてきている者たちなのかもしれない。心の調整領域として悔いることも時には必要だが、意識レベルを沈める必要はない。悔いという名の杭(くい)は、次の建設資材の材料。創造の為の杭を残すのみ。悔いなんを思い出して、豊かさを創造し続けよう!
2011年09月17日
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暑さのせいだろうか? あまり考えることを必要としなくなった。 境界とか白黒がはっきりしない。 心さん的にはすっきりしない感が拡大中。 魂さん的には扱い範囲が拡大して多方面の境がグレーに広がり中。 すっきりはしないが、 確実に成長しているのかもしれない。 曖昧模糊はバロメータ。 あいまい=あ~今い~! 今を完とし良しと言い切る力が試されているのかもネ。 もこ=もんこ=門戸 あいまいの門戸開放なのかもネ。 あ~、今を良しと思える実力の門戸を開放して、 緩やかにグレー度を上げていこう。
2011年09月16日
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今日も残暑があるざんしょ! 日差しが強いざんしょ。 ざ~ます言葉がつい出てきそう。 昼間の外出はまだまだ厳しいですネ。 特に日差しが強い。 真夏の日差しが眩しい。 皮膚に突き刺さる感覚を日差しと表現してる。 光のエネルギーの大きさ感じる。 日差し=ひさし=久し 日たる太陽の光が差し込むは喜びかも。 久しく思うが日差しなのかもしれない。 まだまだ暑さが厳しいが、 常なる心の位置に久しい日の光りを思い出す。 太陽の恵み、日の力に感謝して、 意識を豊かに創造していこう。
2011年09月15日
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9月14日で語呂合わせ 914=くいじ=久維持 久しくを維持すると変換して観た。 久しくとは過去未来永劫に永久(とわ)なる意味。 永久を維持するは並大抵ではできない。 永久は久で宮で球なので、 丸(○)に完でオールマイティー。 毎瞬の完を維持するは、 立つ意識の高さが必要。 毎瞬を完、毎瞬が丸(○)を日々維持するが、 永久なる位置なのかもネ。 豊かさ意識を満たし維持させていこう。
2011年09月14日
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朝から気温と湿度が上がり、蒸し暑さが厳しいです。湿度が高いと不快感が上がります。温湿度と不快指数は比例。本当は無視暑さなんだが、肉体意識の衣をまとっているので、蒸し暑さは心に不快感を与え無視はできない。でも映す現実は幻しなれば、蒸し暑さゲームも無視暑さに変換するやり方を探す課題設定のひとつかも。汗かくことは発汗作用が活発化して新陳代謝アップ。自然サウナを喜ぶ。蒸し暑さの中でもわずかな風や爽やかさを感じる時もある。微細な感度や感性アップ訓練モードの不快指数かも。蒸すは、蒸発にて気化上昇すること。豊かな意識は上昇するのみ。無視はできなくても、今を遊ぶ意識は、不快を富界にしてくれる。意識を創り上げていこう。
2011年09月13日
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今日は9月12日なので 912=くいつ=くいづ=クイズ【quiz】 辞書によるとクイズとは、 問題を出し、 それに答えさせる遊び。 また、その問題。 なぞ。当て物。 と書かれている。 この現実世界と思っている幻しなる世界は、 実は、このクイズのような世界なのかもしれない。 毎瞬、問題を出され、 答えを探し答えを出していく遊びでありゲーム。 答えられない問題は出されないとも聞いた。 自らが自らに対して答えるために出題してるかも。 本当の答え知っている我がいる。 クイズとして遊べるかを問われているともいえる。 Q&Aは常に一緒。 安心して問題解きを遊べばよく、 質問に素直に答えていく。 意識の立つ位置でクイズはますます面白くなる。 難問は認識でしかない。 難問は軟問かも。 豊かさ意識の中で遊びきって答えを出していこう。
2011年09月12日
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震災の鎮魂を込めて 仙台でジャズフェスティバルあるらしく、 昨日と今日の14時46分に 楽器の「ラ音」(A)での1分間の黙祷がある。 アメリカ同時多発テロから10年の日であり、 大震災から半年経過の日。 ラ音はAであり始まりの音にて数理は1。 人が生まれ初めて発する音は、 赤ちゃんの鳴き声で人種や地域や時代に関係なく、 世界共通で同じラ音。 聖書にも「初めに言葉あり、言葉は神とともにあり」と記されてるように、 人類始まりの位置の音であり言葉。 ラーとは古代エジプト時代の太陽神の意味。 無声音「ン」を加えれば、 ラン=Run、にて走り出すこと、動き出すことの意味に繋がる。 ラン=Lan、にてローカルエリアネットワークの本質的意味の繋がることに広がる。 世界共通でラの位置を確認できる・発信できるは大和の喜び。 太陽の位置を確認するは、太陽なごとくな心の位置なのかも。 明るく暖かく大きく安心な存在。 ラ音の確認は自らの中にある小さな太陽(魂さん)の火あることを思い出す事。 ラで火を付けて、 豊かさの鍵(Key)を見つけて、 本当のラッKeyを手に入れよう! すべては、始まりの位置から開始する。
2011年09月11日
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アイデアが形になることは嬉しいこと。アイデアを考えることはもっと楽しい。さらにアイデアが浮かぶ瞬間はワクワクする。浮かぶアイデアは極めて淡く、泡のように一瞬で消えてしまう。はっきりとしたアイデアよりも淡い時のほうが、形になった際のエネルギーは美しい。英語idea(アイデア)の語源はギリシャ語のidea(イデア)。イデアとは、かの哲学者プラトンが提唱した言葉。イデア論はWikiによるとこう書かれている。「本当に実在するのはイデアであって、我々が肉体的に感覚している対象や世界というのはあくまでイデアの《似像》にすぎない、とする」アイデアが浮かぶとは、我の中のイデアが出ることなのかも。アイデアを考える・浮かべるとの行為は、一見すると創り出しているように思えるが、もともと我が持っている記憶の中のイデアを引っ張り出してきているだけなのかも。つまり、未来の記憶装置からの引き出し方が、アイデアなのかもネ。次から次へとアイデアを浮かべ出していく行為は、ある種、未来の位置からの記憶を思い出している。つまり、どこか知っているということなのかもしれない。逆にアイデアが浮かばないのは、未来の記憶装置の使い方操作方法を習得中なのかも。未来の記憶の中にアイデアがあり、それはイデアから出る。豊かな意識というOSの基で作動するこの装置。環境値で左右されやすいのかもしれない。意識を創るためにアイデアをも使い、形にする楽しさを使って、さらにOSを進化させていこう。
2011年09月10日
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今日は9月9日で9並びの日。中国では、奇数は縁起のよい陽の数とされ、一番大きな陽の数である九が重なる9月9日を、「重陽」として節句にして祝っていたのだそうです。九が重なるので九重(くじゅう)=苦渋で嫌がる方も多いかも。重陽=ちょうよう=超陽=蝶耀同じ、九でも漢字の変換で意味が違ってくる。苦は、認識であり、思いである。認識変更で変わるもの。苦(苦難、苦労、苦心、・・・)そのものがあるのではない。「苦」と捉える自己の認識があるだけ。脳が勝ってにそのように情報処理した結果にすぎない。映す空間や人は、我ひとりの世界ではすべてが幻影。認識して情報処理しただけのこと。映像の方に思いがあるのではないようだ。菊の節句でおめでたい日なのであれば、そう認識、そう思えば良いだけ。苦渋ではなく、蝶のように軽く飛翔で輝く。明るい方向(陽の方向)へ超越していく。意識を菊理(くくり)って豊かさへ創造していこう。
2011年09月09日
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慌てる乞食はもらいが少ない。 慌てるとろくな事がない。 慌てる事なく心落ちつくは大事こと。 落ちつけとは、落ち(越智)をつける(浸ける)ことかも。 超越した叡智に浸かる。 新たなる情報系を入れる。 落ちつかすは心にあらず。 魂を落ちつかせ安心させる。 智恵を叡智を浴びて浸る。 落ちを着ける(到着地点)は大いなる我(魂)に対してである。 常に魂位置で豊かさ意識に向けて創造を広げていこう。
2011年09月08日
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苦難(97)は避けたいネ。 苦しく難儀は心では嫌。 難儀を淡く捉えることできると、 軟らかな柔軟な心になれるかも。 軟らかあたまは空っぽ意味無し。 苦なしでの苦non 認識を変換して豊かさで進もう。
2011年09月07日
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9月6日は96だから、 苦労に語呂が合う。 苦労に苦労あらず。 苦しい労があるとの勘違い。 大変だ苦しいやり切れないとの思いある。 すべては認識であり、 意識の立ち位置で幸換えにもなる。 九六は六九の逆さまなり。 六九が岩(Rock)ならば、 九六は岩開きの岩砕き。 六九が施錠(Lock)ならば、 九六は開鍵なる我解除。 苦労(九六)は認識換え のひとつかも。 苦しむもよし楽しむもよし。 成長デザインのひとつ。 豊さ意識でデザインする。 そして自らの中にありし豊さの光りを汲む(九六)。 井戸ごとく豊かさを汲み上げよう。
2011年09月06日
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考えずに感じて観る。 感がえる=考える 感を変えて観る。 感を次々に変える。 感じる訓練として、 考えることに詰まってるかも。 感は外れても完。 当たってももちろん○にて完。 考えることを外したとき、 頭が空っぽで完かも。 豊かな意識創造に向けて感なる完を磨いていこう。
2011年09月05日
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今日は9月4日なので94を観た。94=きゅうしん=休心。休心とは、心を休めること、安心することの意味。心はどうしても感情を持ってしまうので、心コロコロではないが起伏の波で覆われやすく、心が休まることは少なく、そうしたくても、その心のコントロールができないでいることが多い。でも、ことたま的に94数理を観てみると、94は、神に深い関係がある。94=くし=櫛であり、櫛を使うところは髪であり、それは神にもつながる。9+4=13なので、十三屋と書いて「くしや」と読む、櫛屋さんがあるとも聞いている。さらには、9X4=36=みろく=弥勒なので、94は、神世界、弥勒世界とも深い。安心することは、その領域に少しでも近づいたところかも。休心することは、実は急進(急いで進む)することにもなる。安心である世界は、豊かな意識の世界。豊かさは、叶う世界のスピードをあげる。苦心(94)することなく、休心で、急進するかもネ。心を休めることは、魂さんも喜ぶ。感情に流されることなく、意識を高く豊かに創造し続けよう。
2011年09月04日
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今日は9月3日なので93で観た。9=きゅう、3=スリー=すなので、93=きゅうす=休す。ことわざで「万事休す」と表現するが、対策の講じようがなく、もはや手の施しようがないこと。すべてが終わったと諦めること。ことの意味が「万事休す」にはあるのだそうだ。だとすると、「休す」は終ったとの意味にもなる。故事ことわざ辞典によれば、以下のようだ。【注釈】 今さら何をしてもだめだ、もうおしまいだ、という意味。出典は『宋史』の『荊南高氏世家』にある故事。荊南を継いだ王子は甘やかされて育った。人が怒ってにらんでもにこっと笑う王子に、荊南の人々が「万事休すだ」と言ったことから。その後、王子が四代目当主になってから政治は乱れ、国は滅びた。「万事」とは、すべてのこと。「休す」とは、休む(憩う)の意味ではなく、すべておさまるという意味。「万事」と「休す」の間に助詞を入れて「休す」を活用させることもある。(例 「万事は休した」) 休す=すべておさまる休んだり憩うことが、実はすべておさまっていることなのかも。万事は休すなのであれば、日々のあらゆることは、見えるところみえざるところ含めておさまっているってこと。そして、ラッキーもアンラッキーもある意味では、おさまるべきところにおさまっているとも言える。魂さんの観ている位置では、すべてがおさまっているし、万事休すなのかもしれない。心さんの位置では、おさまる・おさまらないで、感情が波うっているのかもしれない。本当は、手の施しようがなくすべてが終わったと諦めることは、何ひとつも存在していないのかもしれない。そう想う認識が創りだしている世界だけかも。すべてはおさまっているし、すべては整っている。ただ、そのことを認識できていなかっただけ。創るは意識だけであるので、豊かな意識創造は、豊かな空間を創造していく。諦めることはなく、終ったと想うこともない。すべてが創造であり、そこからの絵の描き方だけ。93は、キュウサンなので、感謝(サンキュウ)39の逆さ数字。感謝の位置も一方向だけはない。逆さでも感謝で、逆さだから休すことで感謝できる。すべては終わっておらず、我が心のうちの創造だけ。豊かさ意識創造をし続けよう。
2011年09月03日
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台風の影響か湿った空気が来た。 日本独特の湿度高い天気。 この湿気は皮膚感覚を鍛える。 毛穴に作用するのかも。 感覚や感性を豊かにする湿気は、 人も含めてあらゆるものの質を高める。 湿度は質度かも。 心も体も湿気を嫌うし避けたい。 グレーゾーンのようなもの。 グレーゾーンは中途半端への強さかも。 ある種、心も体も鍛えられる意味で質上がる。 台風も悪くない、湿気も面白い。 汗での発汗作用は機能強化かも。 汗らずに慌てずに、 心豊かにいきましょう。
2011年09月02日
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宇船(そらふね)の歌詞が浮かぶ。 『おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールを まかせるな』 9月のスタートなので、 自らの立ち位置を確認する。 オールをAllに置き換えれば、 全てと言う意味になる。 自らが消えて喜ぶものに全てを任せてはならない。 オールという舵は、任せてはならない。 常に毎瞬が福なる位置の確認と、 任せるは我であることのみ。 舵とりは我のみ。 安心して大いなる我の魂さんを信じていこう。
2011年09月01日
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