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今日で6月もEND。上期の大晦日。7月からは今年の下期へ入っていく。日々としては今日と明日とでの差はないであろうが、心の創造として上期と下期の境を意識することで、何か今日の一日が大事な気がしてきた。思いついたことや浮かんだことや閃いたことや気にかかっていることなどはまずは行動してみようと思う。思いつくままに行動することは出来るようで出来ない。思いつきは心と感じた部分でのつながり。心の位置を上げていくワクワク楽しい方向は動きやすい。動けるところから動いてみることにする。そして話し(トーク)もしていく。話すは離すでもあり、放すでもあるので、想いや考えを自ら離していき空間に言葉を放つことにする。それも出来るだけ遠く(トーク=話し)へ届くイメージで。思いつくままに上期の大晦日を遊んで、さらなる意識を豊かにしていくことにする。
2012年06月30日
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オノマトペに関連して擬音で一言で表現することは、一瞬にてイメージが共有できる。例えばある事を閃いたとすると、「ピーンと閃いた」と「ドボッと閃いた」では全然違う。逆に言えば初めに言葉ありきではないが、言葉で空間を創った方が叶いやすいかもしれない。「ピーンと閃いた」と声に出してから想うと、本当に何かを想いつくかもしれない。なんとなくだが、思いは考え浮かぶニュアンスで、頭での感じ方の部分のような気がするし、想いはイメージや感情を含むニュアンスで、心での感じ方(意識)の部分のような気がする。想念は初めに心で創る意識の部分なのかもしれない。想いにはエネルギーが込められている。熱き想いの情熱は心の位置(意識)の現われ。もうすぐ6月も終わってしまうが半年の折り返し点。重い思いがあったら棚卸をして、その想いが何処にあるかをチェックして、明るく軽く豊かな方向(軽い)への意識へとチェンジしていくことにする。
2012年06月29日
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昨日のNHK「ためしてガッテン」で映したオノマトペ。オノマトペとはHatenaによれば以下。「日常の表現に織り交ぜることで、物事の様子がより伝わりやすくなる。日本語には比較的種類が多く、日々の生活の中で無くてはならない存在である。」騒ぐ様を「ギャギャー」と言ったり、登場シーンの場面を「ジャー~ン」と言ったり・・・。番組の中で出て来た先生曰く、この研究のきかっけはミスターこと長島さんの選手指導への言動からだそうだ。「パッと来た球をシュっと当てる・・・」みたいな短い言葉(オノマトペ)の中に凝縮されているそうだ。言葉に力があるとか、霊が宿るとか言われるが、言霊信仰もこの音の魔法なんだと実感した。漫画の表現には良く使われている。笑い表現ではゲラゲラ、ニヤニヤ、ニコニコなどなど。日本語の表現力は実に豊かなんだと思う。普段あまり意識せずに使っているが結構な割合で街中はオノマトペで溢れている。音による脳への影響が科学的にも解明されてきてるそうだ。呪文やマントラなども同様な効果あるのだと思う。声に出すことは耳で聞くので脳に働きかける。自らが自らに聞かせる。ある種、ひとり言(つぶやき)は有効なんだと思う。音で開く時を感じる。開き方も「パカッと開く」のか「ドバッと開く」のか、「シュッと開く」のか「スパッと開く」のかなど様々のパターンがある。イメージを一言で言い表すことで一瞬で世界が変わる。豊かな意識の扉をオノマトペで開くことを遊んでみることにする。
2012年06月28日
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毎日の日常の中では、 人との出会いや出来事が起こる。 懐かしい人との再会や、 面白そうな事を見る。 見たり聞いたりすることは、 そこに対象があって、 それを見たり聞いたりしてる感覚で、 自と他を分けた世界観がある。 実は自と他を分けて認識しているのは自分で、 その認識を変えれば、 自と他の区別なく、 すべては自己の映す世界でしかない。 それ故に見てるのではなく、 映しているの表現が当てはまる。 映す側の主体者は我。 自らが自らに観るために 自らに聞かせるために、 出演していただいてる登場人物。 筋書を書いたのは我。 映してる感で捉えてみる。 相手がいるのではなく、 そういう役を与えて演じていただいてる。 映す感を磨いて、 豊かな意識を高めていくことにする。
2012年06月27日
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この先がどうなるかは誰もが不安を持つ。先行きが見えないことは心さん(≒馬)は嫌がる。お先が暗いと歩けないからだ。お先(≒先端・先っぽ)って、斧で薪を割ることに似ているかもしれない、とふと閃いたのだ。薪を斧で割るときは楔(くさび)効果のように、斧の先端が薪を少しづつ裂いていくことで、結果的に薪割(まきわり)が出来る。薪が裂ける際の裂け始めポイントがお先(先端)なのかも。決して斧の尖った先がお先(先端)ポイントではない。裂けたポイントをお先だと捉えることできれば、決してお先真っ暗というわけではなく、先行きが不安になることもなく、薪が裂かれて割れていくとともにお先(先端)は、どんどん前へ進んで行くものである。この先は?ある意味、なるようになっているのかも。裂く=割く=さく=咲く薪の木筋に沿って進むことで自然と割れる。割れ=われ=吾=我なるべくしてお先(先端)が進んでいくことは、ある意味では我の自然な姿なのかもしれない。割いた先には己の華が咲くのかもネ。筋は外さなければ割けて(裂けて)いく。お先の進む方向性に不安を持つ必要はないかもしれない。斧(おの)に任せて力をかけて行く。己=おのれ=斧れ・・・斧に乗れ?お先を進めていく斧に乗って、豊かさ意識を創っていくことで我(≒割れ)を外していくことにする。斧(おの)だけに、Oh!No!とならぬように、嫌がることも好きなことも全部まるごと乗せて力にする。
2012年06月26日
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この日記を書き始めたのが2004年4月17日。その日から数えて今日が2991日目。通過点の3000日までカウントダウン。当初は毎日の更新はなかったので、連続記載3000日はまだまだ先であるが、いずれにしてもスタートして約8年2ケ月を通過中。「継続は力なり」というが結構飽きずに続けているものだ。飽きない=あきない=空き が 無い空きとは隙間とか余地・余白とか無駄な部分だと解釈すれば、飽きないってことは、隙間なくびっちりと想いが詰まっているから、途中で空いたり投げ出したりの飽きてしまう空間がないのかも。空きが無いということは何かが満ちたりているってこと。継続することはこの見えざる満ち空間(=未知)を隙間なく埋めていくことを続ける作業なのかもしれない。隙間なく埋めて歩いていると一本の道が出来る。通過点であるところをただ通り過ぎていくだけ。途中で道が途切れても、迷ってしまっても、ただただ前に進んでいくだけで自動的に道が出来てしまう。道は創ろうとして創れるのではないのかもしれない。どこか魂レベルで知っている原画フィルムに描かれてあった、本来の道をトレースしながら結果、道が創れているのかも。通過点であることがわかっている以上は、さらなるその先を歩んだことのある者である我を本当の自分を思い出していくだけなのかもしれない。過ぎしポイントを通ることで豊かな我を思い出していくことにする。
2012年06月25日
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自ら映す空間で現われる符合やメッセージ。それは偶然に遭遇したり見させられたり、出合ったりしているわけではなさそうだ。自らの中のフィルム映像の投影かもしれない。原画フィルムを再生している感じ。どんなものが映っているかの内容確認中。今まで興味もって楽しんでること継続してることなどは理屈なく原画フィルムの投影なんだろうと思う。面白くないこと楽しくないこともはかり知れないシナリオで映しているのだろう。最近の色濃いデータの重ね合わせは、何かを感じざるを得ないものばかり。特に言霊(ことたま)に関しては、言葉を開いていく、音を開いていくことを感じる。言を使って空間を創り開き、音を使って空間を遊び開く。言音とは「ことたま(五十音)」の言霊かもしれない。音で開くとは、観音のこと。自らの原画フィルムの上映には音開きが必要。黄金の輝きを放つときなのかもしれない。金=きん=琴にも繋がるが故に、自らの原画フィルムからの源泉により、琴泉(きんせん)に触れる音を開いていきたい。音は「ね」とも発音する。(音色=ねいろ)音=ね=根=値音開きにより、根(ルーツ)を開き、自らの値(あたい)を投影していくことにする。
2012年06月24日
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映す世界の映像での出来事や縁は、その繋がり方や展開スピードが速くなって来た。バリ島でのエネルギー充電のおかげかもしれないが、心と体と魂はすこぶる調子が良い。意識高さ(H)と映す出来事や縁の範囲(A)は、どうやら逆比例関係にあるようだ。ちょうどスカイツリーのような高い塔のエレベーターに乗車していく時の気分かもしれない。上昇すればするほど(H>高い)、下界景色での見える家の屋根の大きさ(A)(これを出来事や縁とすれば)どんどん小さく見えて来る。(A<極小)意識高さH=1/映す範囲A映す範囲の中は、日々の暮らしの中での様々な事柄。人間関係や病気や仕事や会社や家族や家族やご縁などなど。範囲Aが小さきことへと移行しつつある。エスカレーターの高さ上限は無い。スピードも決まってないし上限下限もない。ただ少しづつだけ上昇することのみが決まっている。下がることはないが停留することはあるかもしれない。映す縁のつながりの速さはこのAが小さくなって、以外と狭い範囲で何もかも繋がって感じ始めたのかも。意識高さは豊かな方向であって、自分をどんどん外していく方向。囚われや執着や固定概念など重たい荷は降ろしていく。軽く明るく楽しい方向へと意識を高めていくことにする。小さきことへしていくことをこだわってみる。
2012年06月23日
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朝活に参加したり人と会うことをここ数日実行中。するといろんなところでご縁が繋がってくる。あそこが繋がったと思ったら、こちらもそうだったのかと、まさに縁(えん)はサークル(円)のごとく。最初は点と点を結ぶ感じが少し距離感ある。だんだんと意識があがり豊かになってくると、その距離と点の数が多くなり直ぐに円となる。まさに縁は円となり輪(わ)になるんだと思えた。きっと見えないサークル(円)の輪(ご縁)があって、そこに関連登場人物はエントリーされている。自らの意識の高さで円(=ご縁)の大きさや、繋がり感が違って観えているだけなのかもしれない。結局、どの意識の高さで円を見ているか?自らの位置を例えばスカイツリーの高さに例えるならば、地上にある見えない大きな円の縁は、低い位置では円の存在や繋がり感は掴みにくい。エレベーターで上階へ行くほどに、地上の見えない大きな円の縁が見えてくる。円が小さくなればなるほど全体像を把握しやすく、その中での繋がりが近くなるのは当然かもしれない。豊かな意識の創造に向けて天上に近い位置へと、意識位置を上げることは縁の妙技をダイレクトに感じるのかも。ご縁を円(サークル)と捉えて観て、意識位置を高い豊かな方向へと高めていくことにする。しばらくご縁のサークルを感じながら・・・。
2012年06月22日
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今日は夏至。 太陽エネルギーが近く、 日が長いせいかわからないが、 今日はエネルギッシュ。 人と会っていても、 必要な情報が入手できたり、 繋がる感が速い。 夏至(げし)だけにゲッシ(≒ゲッツ)かも・・・。 少し古いギャグたが。 今日も沢山のメッセージをゲッツした。 これらのかけらを拾って 豊かな意識を更に高めていくことにする。
2012年06月21日
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20日は6月としては8年ぶりの台風4号が日本列島に上陸して通過していった。朝には晴れて来たが風は強い。台風一過で爽やかな朝だ。ところで、子どもの頃に台風一過を台風一家だと思っていた。台風さんは家族で上陸して通過していくものかな?と勝手な妄想によって台風さん家族が通過するんだと。「いっか」が一家ではなく一過だったことは、中学くらいでようやくわかったような気がする。まあ、そんなもんでも、いっか・・・・?台風一過を英語で表現するとをネットで調べた。"brilliant weather you get after a typhoon"「台風後のすばらしい天気」ブリリアント(brilliant)な天気っていいネ!。辞書によれば、輝く・きらきら光るなどの意味がある。(bright よりもさらに輝かしく, まぶしいような明るさを意味する)心も体も輝き・きらきら光る光景を映したいと思う。空気が澄んで鮮やかさを増す空間の中で、ブリリアント我であり続けることを願う。豊かな意識をさらに輝かせていくことにする。浄化の台風4号が早めの登場は、ある意味ブリリアントであることを催促してるのかもネ。
2012年06月20日
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19日は台風が近づいてはいたのだが、以前から気になっていて一度は参加したかった朝活に初めて参加して来ました。7時に東京駅日本橋口のスタバ集合だったので、前の日から朝起きモードで調整。自宅から東京駅までは約1時間強かかるので、いつもより早く目が覚めて、日の出の頃の4時半には起きていた。あんまり早起きは得意ではないのだが、参加するという意識を持つだけで、体も心もそのように準備できることに感心しました。今回は「朝活のための朝活」と題されての参加で、参加者は私以外は何かしらの朝活主催者であったが、主催者の位置からの朝活視点を聞けたのは良かった。朝に何か勉強したり、朝に話しをしたりする。わずかな時間だけの参加でも、自習でも良いなど、いろんなスタイルとレベルあることがわかった。今日はそこの主催者の竹田舞子さんという方に、似顔絵はんこ(消しゴムはんこ)をその場で作っていただいた。竹田さんは似顔絵はんこ作家さん。http://www.facebook.com/maiko2270http://matome.naver.jp/odai/2133863134104386601顔を見ながらその場でスケッチをつくり、それを消しゴムに転写してカッターで彫る。これが作品です。朝活には会社員の方や、フリーの方や、学生の方や、朝からの活動的なエネルギーは何か嬉しい感じ。夏至に向けてのエネルギーアップと、さらには午後からの台風接近のエネルギーから、テンションが高まって来ました。自らの発信も含めて朝活をしてみたいなと思いました。人を映して話すこと聞くことの場共有は、映す空間周波数アップとエネルギーが高まります。ランナーズハイではないかもしれませんが、心地良い朝の刺激は体も心も満たしてくれそう。朝活(あさかつ)の意味や語源を参加者に聞きましたが、恐らくは学生の部活(部の活動)にちなんで、朝の活動の意味で朝活と名付けられたそうですが・・・。朝練習(朝練=あされん)で意識も鍛えられるかも。まずは気を高め意識を高めるツール・環境設定で使って活用してみようと思う。
2012年06月19日
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旅から帰って3日目。 まだ旅ブログは更新中だが、 日本に着いて思った事がある。 成田空港からの帰りの電車の車窓から 映した田園風景のみどりが綺麗だった。 バリ島のウブド地区は森林の中。 米の二期作な二毛作などを行う。 バリ島の産業は農業が90パーセント以上。 それなりにみどり豊かで、 日本の田園風景と重なる。 しかし、成田着いて映したみどりは鮮やかさが違う。 水田のみどりの輝きが明らかに異なる。 日本のみどりは元気だ! みどり=実を穫る 豊かな実を収穫するみどりなのかも。 日本の四季の素晴らしさを実感。 美しい輝き空間を更に創造していくことにする。
2012年06月18日
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6月17日からは夏至に向けての準備。特に何かある訳ではないが・・・・。今年(2012年)の夏至は6月21日。後4日後ではあるが朝の日の出が最近は速い。4時半ころには明るくなって来ている。体のリズムも朝にシフトし出している。太陽のエネルギーが最大になって来たことと、バリ島でのエネルギー充電して来たことが重なって、体調も心も調子が良い。そもそも夏至とか冬至は地球上での定義。至点(してん)というものによってそれが定義されているそうだ。Wikiによれば以下。至点(してん、solstice)とは1年に2回、天球上において太陽の赤道面からの距離が最大となる瞬間、またはその時の太陽の位置を指す語である。至点を意味する英語の solstice はラテン語の solstitium という語に由来する。これは sol (太陽)と動詞 sistere (静止する)を語源としており、至点では太陽の赤緯の増減が止まり、最大または最小の値に達することによる。日本語では2つの至点はそれぞれ夏至点(太陽の赤緯が最大となる点)、冬至点(太陽の赤緯が最小となる点)と呼ばれる。至点(solstice)が太陽(sol)の静止(sistere)の意味なのだそうだ。夏至はその太陽との赤緯が最大となる点なので、太陽を近くに感じる最大値の日だっていうこと。至点=してん=視点、に変換することにより、視るポイント・観点を近づけてみるときかも。夏の至点に向けてさらなるエネルギーをアップさせる。意識の豊かさ視点を最大限にするためにも。
2012年06月17日
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15日の夜中の飛行便にて帰国。機内で一眠りしたら朝には成田に到着。16日の朝に日本に到着して帰路へ。この日から日常へと生活を戻す。ある意味、旅行中は異なる環境の空間に身を置いていたせいか別な疲れも出て来た。何に飛行機の機内座席(もちろんエコノミー)は狭い。7時間のフライトで座りっぱなしはきつい。ぐっすりとも寝れないので体へのストレスもかかる。時差は1時間しかないので時差ボケはないのだが、帰宅するなりお昼ねタイムとなっていた。体のリズムは日常に戻す大切さを感じた。一方では意識は非日常性への刺激の大切さを感じた。フィジカルは日常へ、そしてメンタルは非日常へ。意識の使い方や思考パターンは常に進化させたい。同じことの繰り返しを辞めようと思う。NHKプロフェッショナル(2012.04.09)放送の中で、「進化こそ今を生きる者の使命」という言葉を思い出す。日常の中で進化をしていく面白さをさらに発見したい。豊かな意識の創造に向けて今日から彩(さい)出発だ!
2012年06月16日
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バリの最終日はホテルライフ。日本の日常とは異なる空間を提供している。自然がたくさんで快適なホテルライフ。リゾートならではの非日常性は心と体を癒す。異空間の刺激は日常性からの回避。異なる空間=非日常、なる意味が込められる。異空間全体のエネルギーや周波数は、普段の脳の使い方や思考パターンを変化させる。リゾートが創り出す非日常性なる異空間とは、ある意味、自らの魂が望んで創り出した世界かもしれない。異空間=い~空間=良い空間魂レベルおよび肉体レベルでもGood(い~)環境。辞書でリゾート(Resort)を調べて観ると、関連した言葉で『ラスト リゾート(Last Resort)』を見つけた。ラスト リゾートとは、最後の手段・頼りの綱なる意味なのだ。その由来は金融機関用語で使われているのだそうだ。特別なリゾート地なりに行かなくても、実は日常の中でも沢山の小さな非日常(≒小さな異空間)があると思う。その瞬間をラスト リゾートと認識して観ることにする。小さな異空間を見出し、小さなリゾートを発見する旅は、意識を豊かにする最後の頼りの綱なんだと思えるか?そんなことを思わせてくれた体験であった。明日からも日本での日常の中で、異空間とラスト リゾートを発見していこうと思う。
2012年06月15日
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バリ島で一番のパワースポットと言われているブサキ寺院。アグン山(3142m)の麓にあり、火山エネルギーが満ちていた。アグン山は「火の神が住む山」を意味しており、島の守護神がいる場所として古くから信仰の対象とされてきた。このブサキ寺院はバリ・ヒンズー教総本山。 Wikiによれば。破壊神シヴァ、繁栄神ヴィシュヌ、創造神ブラフマのヒンドゥー三大神が中心に祀られており、多くの神々の祠がその周りに配置されている。破壊と創造は表裏一体でありそこには必ず繁栄があるんだと思いました。意識も創っては失うを繰り返すが、そこには豊かな意識の創造繁栄があるだけなんだ。パワースポットでの空気は澄んでおり、標高約1700mからの眺めは澄んでいた。天候にも恵まれ更なるパワーアップをいただく。世界三大パワースポットの一つなのだそうだが、あと2つがどこかはこれからの楽しみ。旅はまだままだ続く。
2012年06月14日
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バリではご存知のように癒しの場所が各地にある。ホテル内でのスパから街スパまで各種。今回、初めて体験で4時間コースでのスパ経験。体をほぐすことから体への意識も合わせる。そもそも「ほぐす」は「解す」と書く。「解」なる字は融解・溶解・解凍・・・など、解(と)かしていくことの意味で使われる。体をほぐすことは、解かすことなんだ。肉体への意識をも外して解けてなくしてしまうのかも。蛹(さなぎ)が蝶になるためには、一度、繭(まゆ)の中で解けるのだそうだが、体を解かすことと何か似ている気がする。緑が多い自然の中では我の存在も消えていく。体の凝りを緩ませることで意識も緩んでくる。豊かな意識を軽やかに緩やかにゆったりと感じていくことにする。
2012年06月13日
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バリ島中央部の山間部にある村「ウブド」に来ました。芸術の村といわれているそうで、バリ芸術の中心地で「バリ舞踏」を観ました。アグン宮殿の野外ステージでのバリ舞踏。演奏と踊りでその表現空間を創り出す。屋内ならばある程度の音響感や空気感を演出できるが、屋外では自然の中で表現しきることなので、表現者としての力量が試されるところでもある。バリ舞踏には様々な踊りの数類があるそうだが、いずれもガムラン楽器等を使っての演奏とのコラボが見事。一瞬の音と、一瞬の動作で空気感が変わる。心地良い空間の緊張が伝わって来る感じだ。映す空間での映像ではあるが創造を感じた。豊かな意識の創造に向けて、自らの豊かな空間を創っていくエネルギーをさらに出していくことにした。
2012年06月12日
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実は旅先からブログアップ 11日から16日までバリ島に来ています。 バリは95パーセントがヒンズー教。 イスラム教は戒律で豚肉を食べるのを禁じてます。 ヒンズー教では牛肉を食べないと聞いてましたが、 現地のガイドさん情報では、 ヒンズー教の戒律で牛肉を食べることは禁じてないとの事。 昔から牛は人々の役に立って来たので、 とても親しみがあるので、 食べることはとても悲しいことで、 かわいそうだからとの、 とても素直な優しさ気持ちからなんだそうです。 バリの人々はとても親切で心温かい人なんだと思いました。 神々の住む島といわれており、 水と緑が豊かな島。 人々の心も親切で豊か。 生活の中に神様を祭って生活している。 挨拶も必ず合掌でにこやか。 見えざる意識に日々感謝している島だ。 祭りがあちこちで行われている。 忘れかけてた意識を思い出させてくれた。
2012年06月11日
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6月10日からはしばらく休み取れたので、長期で旅に出かけてきます。しばらくブログ更新はお休みするかもしれません。旅は意識を変えてくれるのでワクワクです。普段と違う映像を映し出すことで脳は刺激されます。また、昔は足袋を履いて足で旅してました。足裏は第2の心臓ともいわれており、足裏マッサージは疲れを癒し脳を活性化します。旅では、足からと目からとで刺激を脳に与えます。満足とは、足が満たされることであり、即ち脳が満たされることなのかもしれません。旅の面白さは出会いとか偶然とかサプライズ。シナリオなき旅はさらに続いていきます。普段よりも意識が明らかにフォーカスされます。豊かな意識を創るのに休みは無しですが、体を休め息を抜くことでさらなる閃きを高めたいです。旅明けにはどんな我が待っているかが楽しみです。行ってきます。
2012年06月10日
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今日は6月9日で69の日。69(シックス・ナイン)は陰陽合一でもあり、勾玉の形を象徴するものでもある。さらには、69=むきゅう=無休で観てみた。無休とは休まないこと・休日・休業のないことを意味する。仕事を休まずに働こうって事ではない。ここでは『意識の無休』を深堀して観た。すべては自己の認識で世界を映し出している。意識した世界を見ているとも言える。豊かな意識となれば豊かな場面を映していく。心の鏡として映しだされるとも言われている。意識を創っていくことに休みはない。常に豊かな意識を創るために毎日があるのだと思う。肉体はもちろん限界はあるので休ませることは大事。でも意識はその肉体をも創り出しているところもある。病は気からではないが・・・・・。陰陽合一の勾玉の69は意識無休を示してくれている。何も考えずにボ~っとすることも、考え抜くことも、常なるは意識の位置。閃きときらめきの連続。HiRaMeKi=iaei=2141 →2+1+4+1=8=八光=発光KiRaMeKi=iaei=2144→同上天からの光りを受けて自らで輝かせる。無休であることはこの嬉しさを感じ続けられることかもネ。今日も今の瞬間からも無休で行くことにする。
2012年06月09日
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電車広告で「怒らない技術」の文字を映す。 本の広告らしいが・・ 怒り(いかり)と光り(ひかり)は同じ母音構成で数理も5で同じ。 怒り=iKaRi=iai=212=2+1+2=5 光り=HiKaRi=iai=212=2+1+2=5 母音構成はaとiだけ。 つまりai(愛)が詰まっている。 数理が5(ご)なので、 中心やセンターを表し、 吾(ご)なる我そのものでもある。 怒りを光りに変換するも我次第。 怒りは愛が詰まっており、 我そのものへと導いてくれるエネルギーかもしれません。 怒りで燃えている時は、 触ると危険で火傷する。 燃えてるエネルギーを光りに変換するには、 少し引いた位置でみると、 照明になるかも。 「い」を「ひ」に変える時に、 我を外して引いて観る。 怒り(いかり)は意を刈り取ってしまう(奪ってしまう)意刈り(いかり)かもしれませんネ。 少し外していく、 深呼吸する、 席外す、 などなど。 エネルギーの使い方を豊かな意識に合わせて、 しっかりマスターしていくことにする。
2012年06月08日
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芋虫の生態は3つの状態を経由して蝶に成る。芋虫時代、蛹時代、成虫時代。 水の温度は上昇しないが熱量カロリーを必要とする時期。539Kcalのエネルギーを要する時期が蛹時代。539はゴミ食うなので、この時期は不要なゴミ整理時期。蛹時代の過ごし方で更なる蝶時代を輝かしくしよう!!
2012年06月07日
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6月6日雨ザーザーではなくて・・・。66なので、「ろうろう」の音に返して観た。朧朧と書いて「ろうろう」と読む。月+龍で「おぼろ」と読むのだそうだ。なので、朧朧とは、おぼろにかすんださま、うすあかるいさまのことの意味なのだそうだ。朧げ(おぼろげ)なときは、はっきりしないさまであって、不確かなさまである。何事も人は白黒つけたがり、はっきりとしたがる癖があって、中途半端を気持ち悪がって嫌う。感情面的には不確かさ不安定は朧朧にて、嫌がるところなのだが、ある面ではそこが美味しいところ。器の大きな人は小さなことには拘らない。中途半端や不安定を嫌がらず、小さきことと捉えてしまっている。中途半端のが器の大きなひとの特徴でもある。白でも黒でもないグレーゾーンは、実は偉大な力の証しであって、朧(おぼろ)なるグレーゾーンに強い人は、グレー人(Great)なんでしょうネ。朧(おぼろ)だけに、そんな人は、どんな些細なことも、面白がって楽しんで、おぼろ~!って言ってるんでしょうネ。おもろ~!おぼろ~!似ていて面白い。中途半端、グレーゾーン、グラデーション、階調に強くなる。66だけに6 X 6=36=みろく=弥勒=〇=完=オールマイティ。朧朧に強くなれるはオールマイティになっていくことかもネ。意識の繊細さを高めて、さらに意識の強さを目指していくことにする。
2012年06月06日
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6月5日なのだから65をロゴと読んで観た。65=ロゴ=Logo=Logos(ギリシャ語)Logoの語源の由来はギリシャ語のLogos(ロゴス)。その意味は、言葉・理性という意味と、古代ギリシャ哲学で万物を支配する理法・宇宙理性という意味、さらには言葉を通じて現される理性的活動の意味なのだそうだ。聖書の中にも「初めに言葉ありき」と書かれている。言葉がLogosなのであれば、宇宙理性が最初にあることを聖書は伝えているのかもしれない。初めに言葉があり、それは宇宙の理であることを伝えている。言葉は音によって構成されており五十音(ことたま)となって、言霊と表現もされている。言霊(即ち言葉)は、宇宙の理を持っていることであり、五十音(ことたま)は、まさに数理を持った言葉。だから、空間を言葉によって創っていけるのかも。言葉は力を持っており、空間を創造していける。ロゴ(Logo)を活かすことは、言葉を活かすことで、言葉を活かすことは、宇宙の理を活かしきることでもある。豊かな意識を創るのに言葉を創造していく。空間に音を発して語りかけていく。自らが発するロゴが活きていく。言葉は力あるので無駄な言葉は使わないことにする。65だけに無効(むこ~=65)にしないロゴを使う。少し自らが発するロゴに意識して、豊かな空間創りに活かしていくことにする。
2012年06月05日
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今日は6月4日なので64で「むし」。64=むし=虫=ちゅう=柱(はしら)64=6+4=10=Ten=天虫は天に通じるものだったのかもしれない。虹(にじ)という言葉にも虫が付いている。虫の工(たくみ)の成せる業とは、天のたくみ(工)の成せる現象が虹なんだ。虫=天の意味ならば虫だけに無死できないかもネ。また、虫=ちゅう=柱なので、虫は天と繋がる柱の意味があるかも。てんとう虫は天道虫とも書く。天道とは太陽でもあり天と繋がる象徴でもある。天柱は、光りの柱。64=8 x 8なので光りの8の二乗にもなっている。光りの二乗(じじょう)は、事情によって天に通じる位置かも。豊かな意識を光りに乗せて無心(むしん=64)に天と通じて進んでいくことにする。
2012年06月04日
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今日は6月3日なので63(むさ)を観た。63=むさ=無作仏教用語らしく辞書によれば以下の意味。人為的な働きのないこと。自然のまま。無為。一方、この反対後が有作(うさ)という言葉で、因縁によって生じたものの意味らしい。一見、この無作と有作の2つが存在するように思えるが、果たして本当にそうなのだろうか?音の世界に戻し数字に置き換えて観ると、無作も有作も同じ音(母音構成)で数理も同じ。無作=むさ=MuSa=ua=31=3+1=4有作=うさ=USa=Ua=31=3+1=4ここでは母音(aiueo)をそれぞれ12345に置き換える。因果応報とか因縁とかも実は認識の世界なのかもしれませんネ。人為的な働きない無為の世界があるだけ。そう捉えていない認識があっただけ。いつでもどこでも無作(むさ)を感じて、豊かな意識を創造していくことにする。
2012年06月03日
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今日は6月2日なので62を音に返して観た。62=むに=無二無二とは辞書によれば、同じものが他に一つもないこと。並ぶものがないこと。あらゆる存在するものは二つとして同じものはない。大量生産の工業品の部品ですら同じものはない。例えばモールド品などは、一見どれも同じようだが色や形などは、その精度レベルにはばらつきが存在する。称呼寸法の幅が30mmの部品でも、ミクロン単位までの計測をすると同じものはない。30.001、29.999、29.995・・・・などばらつく。測定精度を限りなく高めれば全てが無二なのだ。もちろん人間も無二であり我自身が無ニなんだと思う。同じでないっていうことは自然そのもの。だから、無二を強く意識する必要もなく、違って当たり前で逆に同じことの方が希で異常なのかも。あの人と同じだと思うことは勘違いの慌て者。また、あの人とは違うと強く思うのも慌て者。さらに、62=六次=むじ=無字無字は辞書によると、仏教用語にて、真理は文字に表せないということの意味なのだそうだ。むに(無ニ)を得る(ムニエルではない!)を感じて観る。豊かな意識に向けて。
2012年06月02日
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5月が終わって6月が開いた。ろっく(6)開きを観てみる。6=ろっく=Rock(岩)=Lock(鍵)岩が開き、鍵が開く。6なるは無。無心に帰っていく扉が開くかもしれない。開けるも閉めるも我が意識の位置取り次第。6数理は、蜂蜜の構造式の六角形なるハニカム。安定なる形状にて強度もある構造。豊かな意識の構造を強化していくことにする。岩は別名では石ゆえに、意志開きかもしれない。鍵なる英語でKey(キー)なので、豊かな意識という名のキーワードで意志開きしていくのかも。豊かさへの挑戦として意志を持って開いていくことにする。
2012年06月01日
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