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「高村正彦防衛相は31日の会見で、守屋武昌事務次官が退任後、防衛省顧問に就任するとの報道に不快感を表明した。高村防衛相は「守屋さんはかつて、朝刊を見てびっくりしたことがあったそうですが、わたしはきょう新聞を見てびっくりいたしました。わたしは新聞情報しか持っていないんですよ。何も事務方からあがってこないことを決められるわけないでしょ。だからびっくりしたって言ってるんです」と語った。高村防衛相は「現時点では決めていない。賛成も反もない」と述べて、守屋次官の顧問就任報道に不快感を表明した。小池 百合子前防衛相と次官人事をめぐり激しく対立した守屋事務次官は、31日に退任するが、退任後は防衛省の顧問に就任する予定だった。」Fnn 守屋時間防衛省顧問就任のニュースを知ったときは、 官僚の驕りが民主主義の衰退かを思った。 そんなことがあること自体驚きであった。 凄い実力者だと思った。 高村防衛大臣も知らなかったとなると更に驚きである。 人事権は大臣にあるとか、 それでも、小池防衛大臣の決定は通らなかった。 しかも、守屋次官は小池大臣に、 前もって相談して欲しかったと言った。 前もって相談して欲しかったである。 その時は小池大臣が高慢だったと思ったが、そうでもないようだ。 「アイ・シャル・リターン」と言った、 小池さんの気持が少し分かるような気がする守屋人事であり、大臣もいらない防衛省ということになり、シビリアン・コントロールなどは名目だけの独立した機関のようだ。 どう判断していいかわからのは国民である。 官僚が偉いのか、 大臣が無力なのか、 更にその上の総理大臣の問題か。 勢力争いで片付く問題でもなさそうだ。 大臣を無視しての人事に違いない。 誰が決めたか知らないが、 誰が正しいか知らないが、 軍隊を動かせる方々の争いは怖いものである。 現実に防衛省初代久間大臣は、沖縄名護市辺野古沖の民間の調査会社の支援の為に海上自衛隊を出動させた。何の問題にもならなかった海上自衛隊出動はいつでも、どこでも、どんなことでも、起こりえることである。 軍隊は優秀であればあるほど命令に忠実だ。任務遂行こそが軍隊の使命である。 喩え防衛大臣であっても、クーデターなどは別にして、 大臣が勝手に軍隊を動かす国などないだろう。 しかも民間会社のためにである。 そんな日本で防衛省の生え抜きの実力者が大臣を無視しての人事である。 そもそも防衛省顧問とはどんな役職だろう。 何がどうかは田舎の素浪人が言える事でもなさそうだが、 それにしても傲慢すぎると思うわけである。
2007.08.31
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「奈良県橿原市の妊娠中の女性(38)が相次いで病院に受け入れを断られ、死産した問題で、最初に受け入れを要請された奈良県立医大病院(橿原市)の当直医が「受け入れを断ったつもりはなかった」と話していることが30日、わかった。 女性を搬送した中和広域消防組合は、当直職員からの回答で、医大病院が受け入れを拒否したと思ったという。」 yomiuri 夜中に妊婦搬送である。 救急車要請の電話を受けたときから、 非常事態での対応が当然のような気もする。 病院の「断わったつもりはない」などの言葉を聞くと、 緊張感のない簡単な対応のような気がする。 言うところの事務的な対応である。 断ったつもりはなければ、 確認の電話をすることなどなんでもないことだと思うし、 消防の方も、 何時間もたらいまわしにされている間に、 再度受け入れの可能性を打診できたはずだ。 一度断わられたら一晩中断わられたことになるのか。 言い分はあるだろうが、救急車は長い間動かないで、 一箇所に止まっていたのだ。 救急車を呼ぶのは苦しみに耐えてのことだ。 救急車を待つ間の不安と、 救急車に乗ってからの安堵感は、 救急車への信頼である。 救急車ならどんな病院へでも、 連れて行ってくれると言う絶対的な信頼がある。 救急車を頼むほどの病状でなくても、 救急病院の受け入れを考えて救急車を頼むこともあるだろう。 テレビドラマで見る救急病院はどんな病状の患者へも対応できるが、医者不足、特に産婦人科医不足の日本では、妊婦の受け入れは救急病院にとっては迷惑なことかもしれない。 しかし、専門医はいなくても、応急処置は出来るのは医者だけである。 産婦人科の医者でなくても応急処置は出来るだろうし、出来なくてもインターネットを通じて専門医の支持を受けることも可能なはずだ。そんな悠長な事はやっていられないと言うかもしれないが、カメラの前での診察は同時に専門医もインターネットを通じてみているから、患者と対面しているのと変わりない。専門医が直接患者に聞くことも出来る。ある意味では二人の医者の診察を同時に受けていることになる。 遠隔治療などの言葉を聞いてから久しい。そんなシステムが整っていなくても簡単にできる。今直ぐにでも専門医のアドバイスを受けることは時間を問わず誰でも出来る。 大病院がそんなことが出来ないわけがない。ベットが開いてなくても緊急の対策は取れるはずだ。不完全な体勢での受け入れでも対応するのが救急病院だと思う。 病院としてはできるだけ来て欲しくないのだろう。 橿原市から高槻までは酷過ぎるような気もする。 近くの和歌山県でも救急病院はありそうだ。 応急処置さえできればその後の対応は病院なら可能なはずだ。 関係ないが、橿原市は大和朝廷発祥の地であり日本の原点である。 古い遺跡や歴史的な施設が多い歴史の土地である。その橿原市での出来事は歴史的な文化や伝統の尊厳さと現在生活との不調和ということで、現在社会の縮図とも言える。 深刻な医者不足、 特に産婦人科医、 小児科医の不足での、 少子化時代の出産受難、 歴史的な古い土地のジレンマ、 生活での都会性と現実の田舎社会、、、 様々なことが浮き彫りになる事件だ。 田舎に暮らすものには医者不足は現実感のある問題だ。 市民病院級の大病院でも内科医がいないなどの笑えない現実さえある。
2007.08.31
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「7月の参院選・岡山選挙区で初当選した民主党の姫井由美子参院議員(48)に29日、不倫スキャンダルが浮上した。30日発売の週刊文春が報じたもので、相手男性が実名で「(姫井氏は)かなりのM」などと性癖から過激発言まで暴露している。党では前日の28日にも比例代表で初当選した横峯良郎議員(47)が、週刊誌報道について釈明会見を行ったばかり。この日、報道陣の質問攻めに対し、「ノーコメント」を貫いた姫井氏。内閣改造で与党幹部の“身体検査”が話題になるなか、顔はこわばるばかりだった。」 スポーツ報知 自民党は金のも問題が次々と出てくる。 対する民主党は色々なスキャンダルが出てくる。 上は姫の虎退治でおなじみのお姫様であるが、 スキャンダルはスキャンダルでも、 不倫疑惑は命取りにはならないと思うが、 本人が持ちこたえることができるかどうか。 下はご存知さくらパパのお話で、 賭けゴルフから女性問題と何でも後ざれである。 そして一番下は真打登場とばかりに、 小沢一郎さんの政策秘書の関与の公選法違反だ。 選挙違反にしてははなはだ幼稚な選挙違反だ。 一体どうなっているか民主党に聞きたいくらいで、 直ぐに始まる国会は自民党を攻めるどころか、 完全な自滅状態になる。 何時もの民主党だといってしまえばそれまでだが、 国民はどんな判断をすればいいのか少々頭が痛いと言うところか。 小沢さんの引退時機到来かもしれない。 スキャンダル民主党を見据えての、 衆議院解散もあるかもしれない。 自民党も駄目で民主党も駄目では国民に選択肢はない。 このまま民主党がつまずくと民主党の罪は重い。 生き残るとか何とか言っておられないし、生き残れないだろう。 最も望まれるのは小沢さんの引退と、 スキャンダル議員の速やかな退去であるが、 さてどうなるか。 「月の参院選で、民主党の公認候補として初当選した横峯良郎議員(47)が28日、「週刊新潮」に交際していた女性への暴力や高額の賭けゴルフをしていたとする記事を掲載され、名誉を傷つけられたとして、発行元の新潮社と交際女性などに慰謝料5500万円と謝罪広告の掲載を求める訴えを東京地裁に起こした。 週刊新潮は今年8月30日号に、横峯議員が交際女性への暴力や高額の賭けゴルフを常習的にしていたとする記事を掲載。 横峯議員は、女性と約2カ月間交際したことや、10年ほど前に知人と少額の賭けゴルフをしたことは認めたが「記事はほとんどが虚偽」と反論し、女性への暴力や高額の賭けゴルフは否定。」産経新聞 「7月の参院選比例代表で当選した民主党の青木愛氏(42)陣営による公職選挙法違反事件で、報酬の支払いを約束し選挙運動用ポスターを張った看板を立てさせたとして、利害誘導容疑で千葉県警に逮捕された千葉市稲毛区小仲台1、印刷会社社長、島正彦容疑者(50)が看板を設置させたことに、小沢一郎・民主党代表の政策秘書(45)がかかわった疑いがあることが分かった。県警は秘書が同容疑の共犯にあたる可能性もあるとみて、慎重に捜査を進めている。」毎日新聞
2007.08.30
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「玉沢徳一郎・元農相が支部長を務める自民党岩手県第4選挙区支部が県選管に提出した2003年の政治資金収支報告書で、領収書3枚を複写して改ざんし、計10枚分として377万円余を計上していたことが29日、わかった。 同じ領収書を5回にわたって利用したケースもあった。同支部は改ざんを認め、「近いうちに訂正を届け出たい」としている。 報告書は04年3月に提出された。同支部は、盛岡市の印刷会社に支部会報の印刷などを依頼した際の領収書3枚をコピーし、日付やただし書きの部分を書き直して新たに計7枚の領収書を作っていた。このうちの5枚は領収書に記された通し番号がすべて同じで、金額も36万7500円と同額だった。印刷会社は「同じ通し番号の領収書を複数出すことはありえない」と話している。 改ざんで得た政治活動費の使い道について、同支部は「当時の担当者から詳しく聞いてみないと分からない」としている。」Yomiuri 玉沢徳一郎・元農相支部長を務める自民党岩手県第4選挙区支部が領収書の五重利用だという。一枚の領収書を改ざんして、五回使うことを言うらしい。二回ではなく五回である。 玉沢さんは「衆院政治倫理審査会長」だった。 「衆院政治倫理審査会長」でも自民党支部がやった事は関係もないようだが、 一応は形式は整えると言うことだろう。 玉沢さん個人の政治団体ではないが、 支部長としての責任だといわんばかりの、 第三者的な発言であった。 国民は納得できないが、 かといって玉沢さんの責任が何か他にあるかというと、 何もないのである。 それにしても、今までにない悪質さだ。 岩手県は何かと騒がしくなってきた。 勿論民主党小沢代表のお膝元であり、 もともとの保守王国であり、 元県知事が総務大臣に就任したから、 騒がしくなったと言う意味である。 これからも岩手県関係の問題は出てくるだろう。 小沢対反小沢の岩手県決戦が中央で始まった。 そんな感じだ。 松岡農水大臣が自殺した。 政治と金の問題である。 説明も許されずに、 法に則ってを繰り返して自殺した、 松岡農水大臣の死はなんだったのか。 松岡さんの問題など可愛いものと思えることが次から次へと出てくる。挙句の果てに松岡さんは芸者の花代に使ったといわれてはいる。領収書5回使用の悪質さを考えれば、松岡さんはは自殺すべきではなかった。 自民党支部の問題で、 玉沢さんは他人事のように感想を述べている。 評論家的な発言であるが、 「衆院政治倫理審査会長」辞任だけですむのだろうか。 安倍政権の閣僚ではないから関係ないと自民党の先生方は思っているかもしれないし、安倍さんもそう思っているだろう。一般庶民には理解しがたい政治世界でのことである。領収書を何回使おうがご勝手にと言いたいが、政党助成金も出している以上は国民も文句は言いたいし、言う資格がある。 国民は黙る。何も言わない。 だから政党助成金をなくして、 ご自由にやって貰う方が、、、、。 政党助成金がなければ政党支部が何をしても関係なさそうだ。 領収書の偽造が一般企業だとどうなるのか知らないが、 自民党のやることだものと諦めるしかないのだろうか。 その政党支部の力が地方への金を持っていく力を発揮すると言う神話がある。 仕方ないのである。 政党支部である。
2007.08.30
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「原爆症の認定基準見直しを検討している自民党の「原爆被爆者対策に関する小委員会」(委員長・戸井田徹衆院議員)がまとめた被爆者救済案(提言案)が29日、明らかになった。爆心地からの距離などに基づき、被ばくした放射線量を推定して発症確率を計算する現行方式を廃止し、原則として爆心地からの距離と、白血病など特有の症状だけで原爆症と認めることを提言。政府が基準見直しに向け設置する検討会について、3カ月以内に結論を出したうえで、現在、国が控訴中のすべての原爆症認定集団訴訟で控訴を取り下げるよう求めている。(5面に提言要旨) 救済案は、被爆者の高齢化に言及したうえで、厚生労働省の今の認定方法を「(被爆した当時の)初期放射能しか勘案していない」と厳しく批判。汚染された水や食べ物などによる内部被ばく、残留放射能の影響も考慮し、一定区域で被爆し白血病など原爆に起因するとみられる特定の病気について「格段の反証なき限り原爆症と認定する」と明記した」mainiti 舛添厚労大臣の第一の仕事は、原爆認定集団訴訟の控訴取り下げだと思う。60年以上も苦しんできた原爆被害者の人達を、いかにも嘘つき呼ばわりするような認定基準は元々あってはならないものだ。 医者の判断を尊重すべきだ。 安倍総理大臣が約束したのは広島の原爆投下記念日だった。参議院選挙惨敗の安倍内閣総理大臣への要求はある程度受け入れられると思われた時期だ。しかし、それ以後は専門家委員会を作っての検討ということのようだが、政府がつくる専門家委員は殆んどの場合御用学者が主で殆んど意味を成さない。 原爆関係の問題は時間がないはずだ。 私たちが死ぬのを待っているんだと言う、 被爆者の諦めにも似た声は最大の抗議の声だ。 莫大な予算が必要な事だからと、したり顔の識者などもいるが、無駄なことに使う予算はいくらでもあるのに、悲痛な叫び使う予算はないとはおかしな話だ。また、有り余る予算を使うなら政治力もいらないわけで、ここは舛添厚労大臣の決断に頼る以外にないだろう。 厚労省関係の訴訟は苦しむ人間を国の基準で切り捨てることへの怒りの裁判だ。国の基準で切り捨てられた人達は苦しみ続ける。薬害エイズ問題もハンセン氏秒問題も時の大臣と総理大臣の決断で解決した。厚労大臣の決断で多くの人々が救えるのだ。 原爆症認定訴訟の敗訴に対しては国が控訴するのは非情すぎる。 延々と裁判を続けていくなら政治力は要らないし、医者の判断もいらない。 放射能による被害の全てがわかっているわけではない。被害は新たなほうへと向かう可能性もあるだろう。二世、三世、、、と何世代にわたって苦しむ。直接の被爆者でなくても、よその地に移った被爆者、、、と救済処置はとられていても万全ではない。平和な国でのうのうと生きる人間にとって、苦しみ続ける人たちがいることは大きな罪悪感になって迫ってくる。舛添厚労大臣に助けて欲しいのは苦しむ人たちと同時に、のうのうと生きる自分達でもある。 厚労大臣の決断が待たれる。 新た船出の安倍内閣の支持率を10%前後押し上げたと言う人もいるほどの人気大臣舛添厚労大臣に期待する。 猶予のない問題である。 専門家委員の意見をどうのなどの逃げ口上には国民は納得しない。 国民は親の看護を経験し、 弱い立場の人たちのことを知る、 厚労大臣の早い決断を待っている。
2007.08.30
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韓国人人質事件は解決する。 韓国政府、タリバーン双方で全員解放が報道された。 23人の人質だった。 牧師他一人の男性が射殺された。 二人の女性が先に解放された。 二人の女性の解放には美談があった。 美談は自分がの代わりの、 ほかの女性を解放させた勇気ある女性の存在だった。 不幸にも、二人の犠牲者を出した。 しかし、韓国政府の人質解放への必死さが、 タリバーンにも伝わった。 それでも交渉は難航した。 タリバーンの武装勢力の要求は仲間の釈放であったが、 アフガニスタン政府はアメリカの原理原則に従うしかなく要求は拒否された。 アフガニスタン政府もアメリカも交渉さへも拒否した。 韓国のキリスト教団体はアメリカへのデモを敢行した。キリスト教国アメリカは韓国のキリスト教の母体国である。韓国はアメリカの宣教活動の最も成功した国であり、殆んどの団体がアメリカと関係し影響を受けている。 軍事的にも同盟国である。 今年中に撤退を決めているとはいえ、 韓国軍はアフガニスタン戦争に参加している。 当然アメリカの同盟国として参加し、 韓国軍が国連指揮下の現在も駐留していた。 同盟国の韓国人の人質事件に対して、 アメリカは何の協力もするでなし、 冷ややかであった。 韓国政府の発表した人質解放の条件は「韓国軍の年内撤退」と「アフガニスタンでのキリスト教布教活動の禁止」であった。勿論、世論向けの形式的なものである。韓国軍の撤退は以前からの既成事実であり、布教活動も改めて言うまでもない。 条件は金銭的な折り合いしかない。 条件が何であれ、 韓国政府が粘り強く交渉した成果であり、宗教も国家の原理原則もかなぐり捨て国民の一人を助ける主権国家の基本原則を韓国政府は守った。原理原則を唱え揺ぎ無い主張でテロと対峙する強国アメリカにしたがっては、人質全員が殺された。たとえ一時的にテロに屈しても人質を全員解放した韓国は素晴らしい国である。 アメリカは同盟国である。 日米安保の日米関係以上に、 韓国はアメリカと親密な付き合いである。 ベトナム戦争にも参戦した。 そして、アメリカのキリスト教宣教の一番弟子的関係にある。 それでもアメリカは動かなかった。 テロ特措法の延長に悪い影響を与えると言う論者もいるが、 日本に影響があるとは思えない。 様々な問題が浮き彫りなるであろう人質解放後の韓国では、人質になったボランテイア団体やのその母体の教会への非難は荒らしの如くだろう。日本人のイラク人質事件の自己責任論などは恥ずべき世論であったが、韓国社会はそんなものではないだろう。と、根拠のない予想をするが、そんなことのないように願いたい。 世界は韓国を賞賛するだろう。 テロに屈したのではない。 国民の命を守ったのだ。
2007.08.29
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「内閣支持率は33%で、過去最低だった参院選直後の前回(7月30、31日)の26%から上がったが、不支持は53%(前回60%)と引き続き半数を超えた。改造によって支持をやや持ち直したものの、依然として低水準だ。改造に伴って首相の評価が「よくなった」は18%どまり。「悪くなった」は9%で、66%は「変わらない」と答えた。Asahi」 「改造内閣の支持率は44・2%で、参院選直後の7月30、31日に行った緊急世論調査(同)の31・7%と比べて12・5ポイント増加した。不支持率は36・1%で、23・8ポイントも減少した。 改造前の内閣に比べて、新内閣は「期待できる」と答えた人は55%で、「期待できない」の28%を大きく上回った。」Yomiuri 「27日に発足した安倍改造内閣の支持率は33%で、政権発足以来最低だった前回調査(4、5両日実施)から11ポイント回復、参院選前の水準に戻った。ただ、不支持率が52%と依然半数を超えているほか、安倍晋三首相の指導力不足も指摘されており、世論の厳しい見方に変わりはないことを示した。内閣改造・自民党役員人事への評価は、「評価する」43%、「評価しない」47%とほぼ二分された。Mainiti」 「共同通信社は安倍改造内閣に発足に伴い、27日夜から28日にかけて全国緊急電話世論調査を実施した。内閣支持率は40.5%と、参院選直後の前回調査(7月30、31両日)に比べ、11.5ポイント上昇した。不支持率は45.5%で13.5ポイント減少。内閣支持率が40%台となったのは、今年5月中旬の調査以来。」共同 sankei」 新旧大臣の引継ぎもおわり、第二阿部内閣は本格的に動き出すのは今日からだ。 マスコミ各社の世論調査には大きな開きがある。 それぞれに特徴のある調査結果ということだ。 新内閣の最大の目玉は舛添厚労大臣で一致している。 舛添効果は、支持率10%前後の影響力だと言う、 テレビ・コメンターもいるほどある。 その舛添新大臣に注目のテレビは、朝早くから舛添報道だ。 テレビで一日の始まりはゴミだしからという舛添さんの映像が流れた。 舛添さんにすれば何時もの朝の風景でも、 SP付のゴミだしは面白い風景である。 新厚労大臣としては、庶民的生活の一端を披露することは、 イメージアップにもなる、一石二鳥の効果的なゴミだしである。 歯に衣を着せぬ安倍批判から白羽の矢が立った新厚労大臣は、一夜明ければ内閣の顔で、新内閣の命運を握る要となっている。小池百合子元防衛大臣排斥でも分かるように、目立つものは排除した、安全航行の延命内閣で、最大の売りとなったのが舛添厚労大臣だ。 舛添さんが厚労大臣と知った時は、 封じ込めか取り込みかのどっちかと思った。 社会保険庁問題など、 難しい課題山積の厚労大臣への抜擢は、 母親の介護経験などでは説明つくはずもなく、 取り込んでの封じ込めの一石二鳥の効果的な舛添対策だと思った。 と同時に、安倍人事では無く誰かの進言での決定だと思った。 安倍総理大臣の心の中は分からないが、 おそらく予想と反する舛添効果だろう。 舛添さんにしてみれば、名大臣、大政治家になる最高のチャンスが用意されたことになる。 長くは持たない泥舟内閣で、 思い切った決定をする機会は何度もある。 かって、 管直人厚生大臣や小泉厚生大臣が思い切った決定で政治家としての不動の評価を得たように、被爆者問題、C型ウイルス感染問題が新大臣の決断を待っている。 コミ出しでイメージアップし、 新内閣の顔となった舛添さんが、 官僚の抵抗も退け、 官邸の圧力も撥ね退け、 苦しむ人々の救済第一に、 政治力を発揮することを期待して、 エールを送りたい。
2007.08.29
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夏休みもの残り少なくなり秋の気配が漂い始めた。 まだまだ残暑は続いているが、 8月中旬までの猛暑はなくなった。 それでも日中はまだまだ真夏だが、 朝夕は秋の気配を感じる涼しさだ。 特の朝方の肌寒さを感じ日は三日前だ。 8月26日の日曜日だ。 明らかに今日から肌寒かくなると、 何かの約束事とか時の境界があるかの様に、 肌寒くて飛び起きた。 肌寒さに身を屈めてめて、薄い布団にくるまうとあつくなる。 そんな明け方の朝ぼらけ、カラスが何時もより煩く鳴いている。 カラスの鳴き声に混じって鶏の声がする。 どこに鶏がいるのかと訝しげな思いで起きあがった。 昨日までは暑かったのにと文句も言いたくなるような朝の目覚めであった。南西に向かって窓の開いている家は、朝の陽射しの当たるのは遅い。夏は窓を開けて寝る。夜中になると真夏でも川風が流れ込んでくるからクーラーをつけたことはない。それでも朝の肌寒さは夏に感じることはないが、明らかに秋の気配が漂い始めた証拠である。今日から季節は秋だと心に念じても、日中の陽射しか秋の気配は感じられない。 日曜日の陽射しの最も厳しい時間帯に海岸の散歩と馬鹿げた思いを抱き海岸に行ってみると、ハングライダーが飛んでいた。遊泳禁止の海の上は飛行禁止か、それともパイロットの意思で知らないが、洋上に出ることなくぎりぎりの渚の上を飛んで入る。洋上に出かかかると直ぐに海岸へ向きを変える。飛行ルートは兎も角として、飛び出し基地はかなり離れた場所だ。その基地から川を下り河口から海岸線を飛んできたのだろう。夏の花火大会でにぎわったの海岸は、厳しい陽射しの日曜日の昼下がりの時間は誰もいない。そんな時間に散歩など考える愚か者を嘲笑うに、ゆうゆうと飛行船は飛んでいく。飛行船を追っかける暇人はいない。と思いつつ追っかける愚か者を、獅子岩が笑う。
2007.08.28
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色々変化した朝青龍の診断は、最後には「解離性障害」だった。 精神障害の微妙な診断で、どんな症状で、どんな治療法かは判断できないが、 これまでの経緯を考えると、そんな診断を信用するファンはいない。 正直なところどうでもいいのであり、朝青龍はそのままモンゴルに帰せば良いと思う。つまり朝青龍の考えを尊重して、帰ってもらい、今度の来日は横綱でもなく自由な立場の個人として自由にすればいいことである。とヒステリックなファンの意見などはさておき、 「解離性障害」の治療には、ふるさとモンゴルが最適と精神科医の指摘に従っての日本相撲協会の形式的な理事会があった。その結果朝青龍のモンゴル帰国の治療が認められ、一応の決着を見たようだ。 一応の決着であるが、何一つ解決はしてない。 臭いものに蓋をしろ式の解決策だ。 朝青龍の我侭が通った、 モンゴル帰国での治療意外に、 何の進展もないというのが、 大方のファンの見方である。 ファンを馬鹿だと思っているようだが、ファンもそれなりに考えている。 朝青龍問題をネットで探してみた。 第一、ことの発端が忘れられている。 第二、相撲協会や関係者の対応の遅さ拙さである。 第三、多くの医者の存在と役割と信用性だ。 第四、名古屋場所終了時の行動。 第五、第三の医者とは別の四日市の医者と診断書。 第六、日本、モンゴルの政治的な力の介入。 第七、モンゴルの世論への迎合。 第8、相撲協会の処分決定からの一連処分無視の行動への対応。 第9、患者朝青龍の病状を記者会見で発表した人権問題。 ・・・・・ 重複するのもあるし、馬鹿なと思える発想もあるが、なるほどとも思える。 スポーツ評論家には相撲協会に批判的な意見が多いようだ。 また、横綱に求めるものは何かを問う声も多い。 朝青龍に横綱の資格があるかの声だ。 「ここまで拗れたらスポーツとしての大相撲が存続しえるかも問われてくる。伝統を重んじる大相撲が否定されたのだから、それを認める事は大相撲の存続が問われるのは当然かもしれない。朝青龍が復帰する事は大相撲の伝統と文化そのものを否定したことである。復帰する事は週刊誌が報じていたように八百長がまかり通るショーとしての大相撲ということになる。横綱になりさえすれば何でも通る世界だ。、、、」 極端すぎるとは思うが、そんなな意見もある。 「不思議なのは朝青龍の奥さんはどうしたか」もあるが、 モンゴルに帰っているはずだ。 「日本の伝統と文化を守るはずの日本大相撲協会が外国人に門戸を開いた。それは画期的なことであるが、完全にその意味を失った。もう一度原点に戻るべきだろう。一方では女性結界などのくだらないしきたりをひたすら守り、一方では最も守るべきものを無視している。」 そんな声もあるが、 土俵に女性を上げないことへの回答は、 あるいは朝青龍問題で解決し、 女性が土俵に上がっての表彰式なども、 あるかもと、思ったりする。 日本人の力士だけでいいではないか、 弱ければ弱い中で、 一番強い力士が横綱になればいいではないか。 現在の大相撲の情況で、 大関陣が横綱でも、 別に問題はないような気がする。 時代の逆行かもしれないがそれでもいいような気がする。小錦も武蔵丸も好きだったが、外国人は別に協会を作れば良いとさえ思える朝青龍問題だ。 朝青龍に比べると弱いかもしれないが、 日本人のあるいは日本国籍のだけの、 相撲協会であってもいいような気がする。 ひたすら相撲ファンであった野次馬は、 番付発表の琴光喜の笑顔を見ながら、複雑な気持である。 小錦も武蔵丸も曙もそして高見山も好きだったファンは、 やはり複雑な思いである。 「二枚、二枚」 高見山の宣伝が思い出される。 何とも憎めないのが外国人力士だった。 しかし、、、、。 朝青龍は横綱の資格がない。 さらば朝青龍といいたい。
2007.08.28
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第二安倍内閣がスタートした。 華々しいスタートではない。 泥舟と揶揄されてのスタートである。 どんな人事をしようと、全ての人が納得するわけもないが、ある程度納得できる人事はあるはずだ。党三役は誰でも納得できると言うよりは、ある程度納得出来る人事だ。 閣僚はどうかと問われれば素人目には判断できない。 専門家の評価さえも千差万別と言ったところだ。 自民党系評論家は挙党体制の「切り札」内閣といい、 反自民系評論家は「崖っぷち」内閣という。 目玉はサプライズと言えるかは別にして舛添厚労大臣だ。政治学者としてテレビの討論番組でスターになった政治学者である。 母親の介護の経験があるから、 現場を知っている厚労大臣だ。 成る程と思う。 ボランテイアで間伐や植林もしている農水大臣でも良かった。 舛添さんが噂になった時政治学者が頭に浮かんだ。 外務大臣だったらまさにサプライズだ。 厚労大臣で二つの考えが浮かぶ。 捨て駒か封じ込めかだ。 今最も重要な問題に突き当たっているのが厚労省だろう。社会保険庁の問題が第一だ。介護の経験があるから厚労大臣ではないはずだ。難しい立場で音を上げるかも知れない舛添厚労大臣に、捨て身でやって欲しいのは、原爆被爆者の認定基準の見直しと裁判の控訴取り下げだ。 もう一つは沖縄の集団自決問題で、大江健三郎さんの「沖縄ノート」や、地元の人たちを96歳の元指揮官が訴えている裁判の取り止めだ。老兵士が、自分の仲間達がすべて死んで誰も証言することもできなくなった96歳になっての裁判である。 封じ込めは勿論安倍批判の急先鋒論客舛添の取り込みだ。大臣の椅子はそれほど魅力があるのだろう。大臣の椅子を拒む事はで着ないと踏んだのかそれとも自民党の挙党体制では断ることが許されないのか、その伝の政治事情は分からないが、政治かのジレンマは当然あるのだろう。 舛添さんは最高の立場にいたわけで、名と実が実と名が、獲り放題で目の前に突きつけられた格好だ。拒んでも舛添の名が上がり引き受ければ政治的実績となる。 もう一つのサプライズは総務大臣ということらしい。 元岩手県知事だ。 小沢一郎民主党代表のお膝元岩手県で小沢一郎と袂を分かつ元県知事をすえる。明らかに小沢一郎対策だろう。 組閣が民主党対策にもなるのは、野党対策でもあるから仕方ないと思いたいが、 国民の民意が無視された政争重点人事とも言えるだろう。 もう一つが鳩山法務大臣である。 閣僚経験の豊富な鳩山さんだ。実力派の大臣だといわれればそれまでだが、民主党鳩山幹事長対策と勘ぐるのはゲスか。 参議院選惨敗以後封じ込めていたと言う「美しい国」がまた語られた。 「美しい国」の後に「新しい国」と言い直した様な、付け加えた様な安倍総理大臣の政治信条は何も変わってはいない。 当面の政治的関心はテロ特措法だ。 世論は大方特措法延長に賛成だと言う。それは国際貢献からの観点からで絶対的正義のような捉え方だ。それともう一つはインド洋の安全である。中東から日本へ石油を運ぶタンカーはインド洋を通る。インド洋の安全は日本にとっての最重要課題というわけである。 さて、どうなるか、 安倍内閣のスタートで注目されるのは民主党と言うことになる。 ジグゾーパズルのようにバラバラな民主党が試される。
2007.08.28
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「ブッシュ米大統領が22日に中西部ミズーリ州カンザスシティーで行った演説は、自らのイラク政策を正当化するため、日本の戦後民主主義の成功体験を絶賛、フル活用する内容だったが、半面で戦前の日本を国際テロ組織アルカイダになぞらえ、粗雑な歴史観を露呈した。米軍撤退論が勢いを増す中でブッシュ氏の苦境を示すものでもある。退役軍人の会合とあって、朝鮮戦争やベトナム戦争の意義にも言及。すべて一緒くたにして「アジアでの勝利」は中東でも出来る、と訴えた。だが、米メディアは「日本や韓国は国民が同質的であり、イラクとは違う」「歴史から間違った教訓を引き出している」などと批判を伝えている。Asahi退役軍人の会合とあって、朝鮮戦争やベトナム戦争の意義にも言及。すべて一緒くたにして「アジアでの勝利」は中東でも出来る、と訴えた。だが、米メディアは「日本や韓国は国民が同質的であり、イラクとは違う」「歴史から間違った教訓を引き出している」などと批判を伝えている。」 「日本人自身も民主化するとは思っていなかった。」 asahi ブッシュの反撃かと思われるような演説であるが、 多くの意味不明というか独自のというか間違った歴史観がある。 アメリカの戦争は確かに日本に多くの教訓を与えた。 日本の軍国主義者は敗北し、彼らが作った多くの制度は消滅した。日本はアメリカによって民主国家への門戸を開いたのではない。徳川300百年の眠りから覚めたのはパリーの来航であったが、実質的には鎖国は制度上のことで日本は世界と繋がっていた。 日本の夜明けまで遡っても意味はないが、兎に角ブッシュ演説に何か反論したいのである。以下に退役軍人向けのサービス的演説でも、大統領の演説である。 日中戦争は軍国主義時代の幻想であり、そのために朝鮮半島を植民地にし中国に進出し、満州国の幻影にとりつかれた。転じてアジア諸国で繰り返した凄惨な戦争は国家的狂気であった。そんな歴史には正義など存在しない。 そして迎えた敗戦はあまりの多くの犠牲を払った。 多くの犠牲の末に勝ち取った日本の民主主義であり、アメリカからもらったものではない。 GHQ統治の戦後は、日本の反省と復興の歴史であり、民主主義も一方的に押し付けられたものではなかった。GHQに押し付けられた憲法だから改憲だと騒ぐ日本国憲法も、実は基本草案から日本人が関与していたし、日本人の力が大きいという。 日本は軍国主義国家だったが、それは一時的な軍事政権の時代のできごとであった。 ブッシュ大統領の演説で言うように、 アメリカは日本の戦後で民主的なことをしてをしてはいない。 確かに多くの事をアメリカに学んだが、 多くのものをアメリカに奪われた。 戦争放棄の平和憲法も日本人の発想が根源にあったし、 それを否定するかのように軍隊を押し付けたのもアメリカであり、 いまだに多くのアメリカ軍基地が米安保条約の名の下に存在し、 多くの民主国家らしからぬ犯罪が基地とその周辺には起きている。 日本の国土の中の治外法権は、一部改められたが今で存続する。 日本の多くの政治家たちが言うような、 ご都合主義の国家論や国粋主義論とまったく同じブッシュ演説である。 都合の悪いときのパール・ハーバーが、今でも生き続けるアメリカである。 日米安保を普遍的なものも如くに唱え続け、 アメリカの言うがままの協力を主張する日米安保絶対論者の政治家は、 多くの場合ブッシュ的な国家論である。 ベトナムからの撤退はアメリカの敗北であり、当時のアメリカにはそれ以外の選択視はなかった。アメリカの厭戦感は今以上であり、アメリカの灰色の時代であった。ベトナム戦争は多くのベトナム人の命を奪い、多くの人々を路頭に迷わせた以外には、何の意味も歴史的犯罪である。そのベトナム戦争へさえ、アメリカの正義を主張しようとするブッシュ大統領は自虐的歴史観云々を繰り返す日本の知識人や政治家とそっくりだ。 無差別な空襲を繰り返し、挙句の果ての原爆投下をしたアメリカの戦争には正義などない。 空爆を繰り返し、枯葉剤を撒き散らしての、無差別殺人を繰り返したベトナム戦争に正義などない。 そんなブッシュのアメリカに絶対的忠誠を誓い、 日米安保を唯一と唱え続け、 アメリカへ協力は惜しみなく続けることを主張する、 日本のブッシュ的学者や政治かは、 アジアの国々や国民に向かっては、 強気の民族主義的な歴史観を披露する。 テロ特措法に小沢一郎民主党代表が反対すると、一斉に国際貢献の原則論を持ち出した。小沢一郎さんも真実の反対論者ではない。政治的駆け引きに違いないが。それでも反対は反対である。 反対でも良いと思うし、 色々な要素を付け加えての賛成も良いと思うが、 アフガニスタンの国民のために必要な貢献も平行して考え、日本独自の貢献に切り替える時期の見極めも必要だという評論家の先生は、さらに、先の見えない戦争に参加し続けるのは政治家として失格だと言う。9.11ニュウヨーク同時多発テロに対するアメリカの戦争は一旦終わっているのだとも言う。 テロ特措法と関係ないブッシュ演説だが、 ブッシュの歴史観は多くのアメリカ人の歴史観である。 日本が思っているほどアメリカは日米安保など重要と思っていないし、 日本の周辺の国々も日米安保など重要とは思っていない。 そんなものなくても国家間の信頼関係でやっていけるのだ。
2007.08.27
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「安倍首相は27日、内閣改造と自民党役員人事を行う。改造内閣は同日中に発足する見通しだ。 改造人事では、参院から舛添要一参院政審会長の初入閣が有力となった。また、地方問題を扱う新たな担当相の設置を検討している。7月の参院選での自民党惨敗により首相は厳しい立場に追い込まれており、今回の人事で求心力を回復できるかどうかが、政権の命運を左右することになる。」Yomiuri 内閣改造でこれだけ盛り上がらないのも珍しい。 内閣改造は派閥の駆け引きであり、 党内勢力の鬩ぎ合いだった。 当選何回以上などの言葉がある名誉職の候補のどたばたも目立ち、白けも感じる反面、永田町ダイナミズムともいえる政治の活力も感じたが、今回の内閣改造にはそんな政治的な白けも、永田独特のダイナミズムも感じない。 どうでもいいし、何の関心もない。 大方の国民はそんな感じに違いないと思っている。 参議院選挙で「私か小沢さんかを選べ」的な選択を国民に迫り、 歴史的な大惨敗をした、続くはずのない内閣が続いているのだ。 しかし、不思議なことは、 識者とか評論家の安倍内閣擁護者が多いことだ。 それはある意味では安倍擁護ではなく、小沢嫌悪だと思うが、 それにしても、斬新さも新鮮さも期待もしない内閣改造は、 国民と乖離した異界の政治劇だ。 小泉劇場といわれた小泉さんには面白さもあったが、 安倍さんには面白さの断片もない。 現在、既成事実であった麻生幹事長と二階総務会長、 そして最後に石原政調会長が決まり、 自民党の党三役が決まった。 人事で渋面のインタビューという前代未聞のことが起きている。 昨日までは笑顔であった麻生さんまでが渋面では、 この内閣の現在の情況は分かる。 それでも、いやそれだから、午後の閣僚人事の関心は大きい。 谷垣、福田、小池と、話題も豊富である。 舛添さんの入閣がどうなるかも関心のあるところだ。 「馬鹿な大臣達の失言で政策論争もなかった」 何日か前の舛添さんのテレビ発言である。 さて、どうなるか楽しみであるが、
2007.08.27
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「テロ対策特別措置法に基づく給油活動で、3月からインド洋に派遣されていた海上自衛隊の補給艦「はまな」(8150トン、乗組員約140人)が26日午前、長崎県佐世保市の海自佐世保基地に帰港した。はまなのインド洋派遣は6回目。」 sankei 補給艦はまなは、 テロ対策特措法に基づく協力支援活動等に従事中の艦艇の交代のため、 平成19年3月15日佐世保基地からインド洋に向かった 佐世保基地の桟橋には乗組員の家族や海自隊員ら大勢の関係者が出迎えた。 補給が任務であっても、戦場に変わりなく、任務を終えた自衛隊員には達成感と共に家族の下に無事帰ることの出来た喜びがあるはずだ。無事という言い方はオーバーでも、海外での任務がオーバーとは言えない事も起きる可能性は常にあるはずだ。自衛隊員はある程度の覚悟は当然しているわけで、後方支援だから何もないとは思っていない。 長い間離れていた家族の再開の風景は、 いつでも微笑ましい。 若い自衛官達の子供が幼いのは当然で、 子供たちと離れているのが何より寂しい。 抱き上げた子供の急成長に目を見張り、 「大きくなった」と声を上げる隊員達は、 最も平和を実感し噛み締めるだろう。 補給支援は終わったわけではない。 政治的賭け引けでどうなるか分からないが、 彼らは与えられた任務を果たすことに全力を尽くす。 抱き上げた娘とまたはなれる寂しさがいやでも、 自衛官の使命を果たすだけだ。 テロ特措法の延長は民主党の反対でどうなるかわからない。 暇つぶしに、、、テロ対策特措法を、 平成13年9月11日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法 我が国が国際的なテロリズムの防止・根絶のための国際社会の取組に積極的かつ主体的に寄与するため、次の事項を定め、もって我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に資することを目的とする。 インド洋上での補給支援は、 4 「我が国が実施する活動」(1) 協力支援活動(2) 捜索活動(3) 被災民救助活動(4) その他必要な措置(1) 協力支援活動の 1)諸外国の軍隊等に対する物品・役務の提供、便宜の供与その他の措置。 3)自衛隊が行う物品・役務の提供の種類は、補給、輸送、修理・整備、医療、通信、空港・港湾業務、基地業務。(ただし、武器・弾薬の補給、戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油・整備及び外国の領域における武器・弾薬の陸上輸送は行わない。) アフガニスタンで日本が参加している、 「不朽の自由作戦・海上阻止活動」への部隊派遣国は、 米、英、仏、独、カナダ、ニュージーランド、パキスタン、日本。 日本は、参加各国艦船に対する給油支援をおこなっている。 アフガニスタン本土への部隊派遣国は、40カ国以上(不朽の自由作戦(OEF)及び国際治安支援部隊(ISAF)(含む地方復興チーム(PRT))への部隊派遣国。但し、不朽の自由作戦(OEF)は、公表可能な国のみ) <たむたむの自民党VS民主党> アフガニスタン本土への部隊派遣国は、40カ国以上です。(不朽の自由作戦(OEF)及び国際治安支援部隊(ISAF)(含む地方復興チーム(PRT))への部隊派遣国。但し、不朽の自由作戦(OEF)は、公表可能な国のみ)
2007.08.26
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「アフガニスタンの旧支配勢力・タリバンに拉致(らち)された後、解放され、現在京畿道城南市(キョンギド・ソンナムシ)の国軍首都病院に入院中のキム・キョンジャ(37)、キム・ジナ(32)氏らが、カタールの衛星テレビ局<アル・ジャジーラ>とのインタビューで、韓国人の釈放を訴えた。」 「タリバンは現在、韓国人人質19人を全部で5グループに分散・抑留させているが、一部の韓国人人質は「1か所に集めてくれ」と19日朝からハンストに入ったと現地消息筋が伝えた。韓国側とタリバンの対面交渉に深く関与したこの消息筋は19日午後(現地時間)、聯合ニュースと間接通話で「タリバンは4人ずつ4グループ、3人ずつ1グループなど5組に人質を分けた」と話した。 また「各組には男性が1人ずついるが、これは危険に処した女性がいたら男性タリバン隊員に知らせ、女性を助ける役割をすることにしたもの」とし「これは全然関係のない男性が女性に近づけないというイスラム律法によるもの」と説明した。」wowkorea 一向に進展しない韓国人人質事件は、テロには屈しないのアメリカの信念に同調するしかないアフガニスタン政府の不甲斐無さと、同盟国アメリカに無視された韓国政府の苦悩だけが浮き彫りなっている。そんな中での2人の解放された女性が帰国した。そして、彼女達の解放は一人の女性に譲られた開放だとわかった。開放を譲った女性に感銘したタリバーンは、彼女が家族に手紙を書くことを許した。手紙の内容が全て公表されるわけではないと思うが、また、長い手紙を書く時間も無かったと思うが、「元気だから、安心して」の短い手紙が公表された。 閉塞感漂う韓国の人質解放交渉だが、タリバーンの武装勢力の良心を感じさせる出来事は、人質の安全への一縷の望みにもなった。タリバーンも決して非人間的な集団ではなく、犯罪的な集団ではなく、人質を殺すことを是としない、普通の若者だと確信した。 タリバーンの武装勢力はきわめて異質な精神模様を持つ人間たちだと思ってきた。いや思わされてきた。多くの人がそうだろう。イスラム教原理主義に凝り固まった特殊な精神主義の人たちと思ってきた。それでも、9.11同時多発テロに参加した若者の生い立ちなどを辿る番組などで、普通のどこにでもいる学生で、なんら特殊な人たちではない事は、ある程度はわかっていた。自爆テロの原点は日本の特攻隊にあると誇らしげに語る日本人の言葉も聞いたし、その特攻隊員たちも親を思い恋人を慕う普通の若者たちだったことも知っている。特殊な精神模様などない。タリバーンに参加する多くの若者も同じだ。 アメリカとタリバーンの争いではない。文明の衝突でもない。宗教戦争でもない。あえていえば世界的な政治の貧困とアフガニスタンの貧困との戦争だ。 そんなアフガンスタンでのボランテイアの経験もあると言う女性は、この戦争の実態を分かっているのだろう。あるいはタリバーンの青年達の心を理解出来るのだ。押し付けがましいボランテイア精神ではなく、武装勢力の若者達の精神的苦悩の一片でも理解できる女性だろう。それが自然に武装勢力の若者に伝わり、手紙を書くことを許可された。 武装勢力の若者達がタリバーンに同調しているとは思えない。仕方ないからタリバーンのもとにいる。彼らはタリバーンのために戦っているわけではない。現在のアフガニスタンでタリバーン以外に彼らを受け止めてくれるものはない。アメリカの言いなりなりたくないのが彼らの第一の行動である。アメリカに従うならタリバーンの方がまだ良いと言うのが本音だろう。 そんな中での韓国の女性の行動に韓国国民だけでなく多くの世界の人々が感銘した。自分の解放を他の人に譲る行動が、アメリカ社会を動かし、アメリカの頑な南政治的信念を動かし、同盟国の人質解放のために、あえて敗北をも受け入れる政治的決断を下すことなればと願う。アメリカが本気で動かなければ解決し得ない。韓国のキリスト教団体がアメリカへの抗議デモを始めた。遅すぎるとの思いもあるし、アメリカ国内での韓国人のロビー活動なども気になるが、何のニュースも聞えてはこない。
2007.08.25
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【ニューデリー24日時事】小池百合子防衛相は24日、滞在先のニューデーリーのホテルで記者団に対し、27日に予定される内閣改造に関し「テロ対策特別措置法延長をしっかり実現してくれる人にバトンタッチしたい」と述べ、続投は望まない意向を明らかにした。その理由として海上自衛隊のイージス艦の情報持ち出し事件を挙げ、「防衛省内で責任をどなたも取っていない。この点でわたしは責任を取りたい」と説明した。(時事通信) 唐突だった。 記者が驚いた。 真意が飲み込めない記者が聞きなおした。 「私は辞めると言っているんだよ」 小池大臣は捨て台詞を吐くように、口元を微かに動かし記者会見を終わった。 外国訪問中の閣僚が、 訪問先の国家元首と会談し、 国防大臣と会談した、 大臣が辞任表明は前代未聞の出来事だ。 相手国に対して失礼すぎる発言でもある。 帰国後の発言ではなく、訪問先での発言である。 辞任の理由として防衛省の度重なる情報漏えいなどの不祥事に対して、誰も責任を取らないから自分が責任を取ると言う。 成る程と分かりかけるが、持てよと思う。 久間防衛大臣の原爆投下「しょうがない」発言での事実上の国民の怒りの声での更迭を受けての防衛大臣就任だった。就任時の期待は大きかった。特別の理由はないが国民は前大臣に比べて余りにも違うイメージに迷わされた。「困ったときの小池頼り」などの声も聞こえた小泉政権からの花形大臣だった。 意欲満々の小池大臣はファッション・モデル並みの華々しさで国民を魅了し、参議院選惨敗後のポスト安倍候補にまで名前が挙がった。アメリカ訪問でのパフォーマンスで、華やかさに包まれた醜態を演じ、日本のライスだの、ライスは日本語では米で、日本は米が主食で、日本料理で人気がすしで、すしはライスを、、、すしライスと、、。何とも分かりにくい説明をしながら最後には、ライス国務長官と姉妹の関係とか言ってライス国務長官を失笑さえた。 そして、沖縄訪問での如何にも意味ありげな知事との会談や、名護市長との対談などで存在感をいやというほど示した。 そんな中での防衛次官の人事問題であった。 大臣である。 防衛大臣である。 軍隊を動かす権限のある防衛大臣である。 この国では問題にならなかったが、前大臣代は沖縄辺野古沖調査の民間会社の為に海上自衛隊を出動させた。自衛隊を自由に動かせる防衛大臣である。そんな防衛大臣が人事権を否定された。 防衛省の次官人事は独断専行の感は否めないが、人事権さえ否定されては小池さんは納得しない。 自分の内閣での立場と同時に内閣の命運を知った。 内閣改造があっても続投は当然と思っていた。内閣の救世主だったと自認していたはずだ。参議院選挙で惨敗したが安倍内閣は継続する。その安倍内閣での自分の重さを承知していた。 しかし、事態は急変していた。 安倍総理大臣にはもう人事の力さえなくなっている。 自分の続投もなくなるはずだ。 さすがに小池百合子さんだ。 日本に帰る前に布石を打っておく。 泥舟と称される安倍内閣の内閣改造で事実上の更迭では、あまりりには悲しいことである。大臣の人事権さえ否定され、命運の尽きた安倍内閣との心中などできるはずもない。 小池大臣が取るべき責任は防衛中の情報流出などではない。そんな不祥事は小池大臣就任前のことだと、国民は承知している。小池大臣も当然承知している。それでもあえて責任云々は、安倍内閣への反旗だろう。不祥事大臣を庇い続け、責任を取ることのなかった安倍内閣の閣僚達への批判であり、安倍総理大臣への反旗である。ちゃんと責任を取っていたら安倍総理大臣も当然辞めるべきだし、何度も辞めていなければいけなかった。原爆投下「しょうがない」の久間防衛大臣も庇った総理大臣だ。 小池百合子さんは安倍内閣に反旗を挙げた。 日本の政治は予測不能な蛇行を続けている。 安倍内閣が何時まで続くかがこれからの最大の感心だ。
2007.08.25
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30年前の扇風機による事故は、メーカーに責任があるとは思えないが、 三洋電機は謝罪して製品の使用中止を呼びかけた。 三洋製品で30年以上前の製造で現在使われている扇風機約、 100機種の使用中止を呼びかけた。 30年前の製品に対してのメーカーの責任があるとは思えない。 しかし、三洋電機は謝罪のコメントを発表した。 30年前の製品の事故がメーカーに責任があるとは誰も思っていない。 しかし、穿った見方をすれば、 メーカーの謝罪はメーカーにとっては最大の宣伝効果だ。 30年前の製品が現在も現役として動いているのである。 昔の人は物持ちがいいとの通説や、 ものを大事にする個人的な問題を越えて、 製品の寿命の長さが賞賛されるだろう。 驚異的なスピードの技術力の進歩は、 30年前の製品は博物館の展示品のようなものであるが、 その製品が現役で活躍しているのである。 故障も事故も当然だとの認識が普通だ。 因みに30年前1977年はどんな年か見てみる。 巨人の王貞治が756号の世界記録達成し、国民栄誉賞に輝いた年である。 そして、現在は野村監督以外の呼び方では違和感さえある、 野村克也南海監督の公私混同とかの理由での解任の年だ。 そして政治の世界は、福田改造内閣が11月の船出だった。 なくなった宮沢喜一さんが経済企画庁長官で、 内閣官房副長官が森嘉朗さんで、 内閣官房長官が安倍晋太郎さんだ。 大相撲は現在の日本相撲協会北の湖会長が二回優勝した年で、次の年1978年は語場所連続優勝である。実力はあるが人気がない珍しい横綱であった北の湖の数少ない相性の悪かった力士に朝潮がいた。現在横綱朝青龍の親方としてマスコミを賑わす高砂親方である。 山口百恵がいて、ピンクレデイーもキャンデイーズもいた。石川さゆりの「津軽海峡冬景色」沢田研二の「勝手にしやがれ」が大流行し、つい先日なくなった亜久悠さんの詩が日本中にあふれていた。 プレスリー、チャップリンの巨星が去った年である。 30年が色々な意味での歴史の分疑点であり、 繰り返される歴史の皮肉的なものも結構多いわけで、 ある意味では長すぎる年月であり、 ある意味では目に見えるような近い歴史である。 元も顕著な継続性を感じるのは福田改造内閣と、 もうすぐ始まる安倍構造内閣のつながりである。 そして、相撲協会の北の湖理事長関連である。 歴史の皮肉は今後どんな展開を見せるか知れないが、 30年はやはり長い年月である。 三洋電機の謝罪コメントは企業倫理として自社製品への責任という意味では、昨今の企業騒動の中での爽やかな風である。嘘から始まる企業の謝罪が多くなった昨今では珍しい罪なき謝罪といえるだろう。
2007.08.24
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第二安倍内閣がスタートするらしい。 国民にとって不幸なことでも、政治は動き続けるから、 参議院選挙での国民の意思は無視されても、 政権選択選挙ではなかったとあきらめるしかない。 そんな中で、福田康夫元官房長官の去就が注目されている。 特別に福田さんを支持もしてないが、 一応は注目されているから、少しばかり関心を示してみようかと、、、、。 挙党体制とかの第二次安倍内閣の主要ポストが用意されているらしい。 財務、外務、その次は現在では総務省かもしれない主要ポストが用意され、 泥舟といわれる安倍内閣を支えるわけである。 そんな馬鹿な男ではない。 そんな声が聞こえそうだが、果たして誰の声だろう。 福田さんの業績は小泉内閣の個人保護法かもしれない。 因みに、福田さんは歴代官房長官では最長の記録を持つ小泉内閣の顔であった。 個人保護法である。 第一条 この法律は、高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることにかんがみ、個人情報の適正な取扱いに関し、基本理念及び政府による基本方針の作成その他の個人情報の保護に関する施策の基本となる事項を定め、国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めることにより、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする。 福田さん紹介の真似事で、個人的な福田康夫さんへの考えである。 福田赳夫の長男でありながら政治への関心は薄かったのか、政治家になるのは遅かった。それは政治からしからぬサラリーマン的感性を持った政治家として評価を得るにいたるから何が幸いするかは分からない。 福田康夫は福田赳夫の息子ぐらいにしか知らなかったし、 偉大な父の名で政治家になった、 掃いて捨てるほどいる二世議員の一人だと思っている。 しかし、小泉内閣の官房長官就任でその評価は変わった。 小泉内閣発足当時から田中真紀子との確執が噂されたが、それは父親どうしの角福戦争の再来などとマスコミ的な関心であったが、田中真紀子と外務省の争いで福田康夫が脚光を浴びることにもなった。特別のことを言ったわけではないが、官房長官としての発言は最初から田中真紀子への敵意を感じさせが、温和な福田さんの言葉は刺々しい言葉ではなかった。 何よりもその存在に関心を持ったのは、 個人情報保護法成立に関しての発言等であったが、 城山三郎さんの怒りの声を聞いた時に、 改めて福田康夫の力を知った。 勿論官房長官であったから当然政治的な力もあるわけだが、 小泉純一郎と福田赳夫の関係から息子である福田康夫が、 官房長官に抜擢されたのは、小泉純一郎の特別な思い入れだと思っていた。 しかし、城山さんの言葉から福田康夫の力を知った。 特別に福田康夫の力を証明したり、 具体的なことを示された訳ではなかったが、 何となく分かったような気がした。 北朝鮮の拉致問題が小泉内閣の業績となり、必要以上に安倍さんが注目を浴び、拉致問題はあたかも安倍さんの業績の如く錯覚で安倍人気が上がり、小泉純一郎の後継者はそっちへ流れたが、本来なら小泉純一郎の後継者の筆頭が福田さんだった。 安倍内閣の稚拙と誤解と錯覚の政治手法が国民の怒りを買い、参議院選挙によって完全に政治力も信頼も失って、小泉流の自民党がぶっ壊すではなく、瀕死状態までなった自民党の切り札として福田さんが浮かび上がった。 何時まで安倍内閣が続くかが国民の関心である。 国民は参議院選挙で安倍政権にノーと言った。 しかし、安倍は自らの言葉を全て反故にし、また封じ込め、政策が評価されたとか言っているが、政策の評価された内閣にノーを言う国民はいない。 「安倍内閣の政策はなんだろうと思う」 と、福田さんが皮肉交じりの笑い声も聞えるような気もするが、 今更福田さんでもあるまいとの声も聞こえる。 総理大臣候補がいないのが悲しい自民党の現実であり、 安倍意外なら福田でもいいかが国民の思いである。
2007.08.23
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主治医から「解離性障害」の診断を受け、22日夜に約3週間ぶりで東京都内の自宅を出た横綱・朝青龍について、日本相撲協会・相撲診療所の吉田博之所長は23日、「都内のホテルで投薬などの治療を行っていると聞いた」と話し、主治医の高木洲一郎医師による本格的な治療が始まったことを明かした。 吉田所長によると、高木医師からは22日午後11時ごろ連絡があったという。「朝青龍はホテルの部屋に着くとすぐ横になり、一言『怖い』と話したそうだ」と話した。今後の治療方針について、吉田所長は「睡眠導入剤と精神安定剤などを服用し、しばらくは高木医師が往診を重ねることになる」と説明。当面は自宅に戻らず、朝青龍の滞在先に高木医師が通う形を取る見通しを示した。【上鵜瀬浄 朝青龍の治療が始まったと言う。 久々に朝青龍の勇姿がテレビ画面に登場した。 精神科の医師や、高砂親方の口を通して報じられた朝青龍の精神的苦痛を否定するかのような逞しい横綱の久々の登場であった。何日も殆んど食事をしてない報じられた横綱の表情は、確かに一抹の陰りがあり頬にはこけた様な感じもあったが、無精髭は何日か髭剃りを怠ったかわざと剃らなかったか程度であった。憮然とした表情には不敵な笑みも隠れているような錯覚さえ覚えた。 精神的苦痛に悩む病人の顔ではない。 窶れなどは、あえて無理に感じない限りは認められない。 これまで報じられたことは殆んど嘘っぽくなった。 高砂親方の記者会見での言葉も、 何人かの医師によって語られた病状や、 病名さえ嘘っぽくなってきた。 診断書などは元々偽りに決まっているが、 事の発端でもある相撲協会に提出された、 朝青龍の診断書は問題にもならないようだ。 どうでもいいことだが、そんな横綱相撲道とかは馬鹿らしい。 横綱朝青龍も、 相撲協会も、 医者も、 高砂親方も、 全てが偽りごとでは、 ファンは信じるものがなくなった。 朝青龍は横綱の資格をとっくに失った。 横綱にはそれだけの品格が求められてもいいのではないか。 ホテルでの治療が始まったと言うが、 そんな事はどうでもいいことで、 そんな横綱が土俵に復帰することを考えると、 もう大相撲など見たくはないと言うのが、 多くのファンのいつわざる気持だろう。 精神科の医師の言葉など誰も信じはしない。 「そうですか。そうですか。それは大変ですね。頑張ってくださいね。私達には関係ないですから、どんな診断書でもご勝手にどうぞ」 それがヒステリック・ファンの声だ。 政治的介入も取り沙汰され、 医者達の偽りごとがまかり通り、 スポーツの範囲を超えた、 朝青龍問題は他へ転化する可能性も秘めている。 外国人力士に頼っての国技大相撲は捨てるべきかもしれない。 弱くても日本人力士だけでの大相撲があってもいいだろう。 帰国すると言うなら朝青龍は返すべきである。 日本相撲協会から除名して自由にさせるべきだろう。 人権無視の精神的問題を抱える病人の病状の逐一報道、 依頼した人達に都合のいい診断を下す精神科の医師達、 もうんざりだ。 さらにヒステリック・ファンの怒りは増して、 相撲協会も解散し、 いろんな団体に分解したほうがいいと思ったりする。 さらに怒りは増して、 NHKも相撲放送を完全に中止と続く。 国技の大相撲は完全にその面目を失い、 国技なといえるものではなくなったから、 NHKには放送する義務も責任もない、 と、ヒステリックな結論だ。
2007.08.23
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夏の高校野球決勝戦は佐賀北高校が8回裏の奇跡の大逆転で広島広陵高校を下し優勝した。佐賀北(佐賀)が広陵(広島)を5-4でくだし初優勝を飾った。佐賀北高校は公立高校である。 今年の大会は何度も奇跡のとか奇跡的とかの言葉を使う。佐賀北高校の場合は殆んどの試合が奇跡的の言葉が被せられるような試合だったと言う。全試合を見たわけではないので、初戦は見てないし、宇治山田高校との引き分けの再試合も見てないから何ともいえないが、勝利監督インタビューでの監督の言葉は毎回「驚いている、信じられない」だった。 広陵高校のピッチャーは実に見事であった。七色の変化球を使い分ける魔術師のようなコントロールのいいピッチャーだった。毎回三進で殆んどの時間が広陵の攻撃に費やされた試合展開だった。三者連続三振などもあり、8回が始まるまで誰もが広陵の優勝を疑わなかった。それほどに隙のない見事なピッチィングだった。見事すぎるピッチングで佐賀北には殆んど勝ち目がなかったから、甲子園の観客は佐賀北に応援した。 試合が緊迫した展開なら甲子園全体が佐賀北に応援することはなかった。 テレビ放送の解説者も何度も甲子園には魔物がすんでいるとか、野球の神様がとかの表現をしたが、それはあくまでもしかの話であり、現実の話ではなかった。 佐賀北の最後の望みはピッチャー久保君の打席だった。ぼてぼてのゴロが一、二塁間を抜けた。何でもいい、デットボールでもいい、兎に角そんな気持で塁に出た。それでも広陵のピッチャーは動じない。しかし、甲子園の異様な雰囲気がピッチャーの精神に作用し始めていた。続いてピンチヒッターに痛打され一、二塁になった。甲子園のスタンドが異様なまでの高まりとなり、広陵のピッチャー野村の魔術師の手元を狂わせた。今までストライクだったコースが微妙に変化した。 押し出しで一点入った。 あり得ないことだった。 1安打ピッピングで殆んどバッターは空を切った。 見逃せばストライクだから、 バッターは空を切った。 今までは空振りの三振だった。 次のバッターのホームランなど誰が予想しえようか。 一点取られても、二点取られても広陵の優勝である。 しかし、しかし、しかし、満塁ホームランだった。 奇跡の満塁ホームランだった。 打った副島が最も信じられない、 狐に摘まされたような顔で走っている。 満塁ホームランだった。 打たれた野村が冗談めかしく、 笑った世に見えた、 満塁ホームランだった。 甲子園のスタンドがゆれた。 誰もがまさかまさかのホームランだった。 広陵の監督は呆然として、焦点が定まらない目は虚空を泳いでいた。佐賀北校の監督はまさに茫然自失で魂が抜け切ったような腑抜け状態であった。 九回面の攻撃も皮肉であった。 なおも勝負を諦めない広陵の攻撃はノーアウト1、2塁。送りバントは一塁前の見事なバントだった。三塁手は飛び出した。打球は一塁手が取り走者へのタッチだったが、三塁はがら空きだった。二塁ランナーは見逃さなかった。三塁はゆうゆうセーフと思った。しかし、ホームランを打った副島の帰りは早かった。まさかのタッチアウトだった。 今年の大会で何度も見るミスが転じての好結果である。送りバントはダブルプレイだった。 試合は終わった。 公立佐賀北高校の優勝で終わった。 広陵のピッチャー野村の見事すぎるピッチングは、 野球の神様の悪戯心を動かし、 甲子園球場の判官贔屓のファンを動かした。 甲子園九条が魔術師への悪戯心でもある佐賀北への大声援となった。 しかし、 野球の神様も甲子園のファンも逆転劇までは予想していなかった。 やはり奇跡の優勝である。 佐賀北高校の近くの町から人影が消えた。 誰かの言葉に、 佐賀北高校の周辺は日頃から人影がないと答えた。 そんな事はどうでもいいが、甲子園に奇跡が起きて佐賀北高校が優勝した。 そして、桃崎監督は何度目かの、 「信じられない」 「驚いた」を連発した。
2007.08.22
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「民主党の小沢代表は21日午前、都内で開かれた「小沢一郎政治塾」の夏季集中講義で講演し、テロ対策特別措置法に関し、「日本は国連と関係なく米国の戦争に物資を補給している。米国の要請に押されて泥縄式に変な理屈を付けてやっているのが現状だ。米国の機嫌を取るために多少、何かやらないといけない(と言って)、世界から軽蔑(けいべつ)される行為を続けている」と述べ、政府の取り組みを批判した。 また、先の参院選について、「国民の現状に対する不満と不安、不信感が自民党政権への強い反発となってあらわれた。庶民の反乱だ」と指摘。政府・与党の現状について、「国会がいつ開かれるのか、政府・与党は当事者能力がなく、脳死状態になったのか、うんともすんとも言わなくなった」と語った。」読売新聞 「脳死状態」になったのかとは、 小沢民主党代表のちょっと言い過ぎと思われる安倍内閣批判だ。 それにしても、 「脳死状態」の内閣の閣僚が次々と外国訪問では、訪れて国の政府もありがた迷惑だろう。間近に迫った内閣改造で大臣の変わる可能性は多きのに、さらに内閣の存続も分からないのに、どんな外交的な期待を持って対応していいか分からないのが、訪問国政府のいつわざる思いだろう。 「脳死状態」内閣相手に、民主党はやるべきことがあるような気もしないでもないが、三頭体制も何時まで続くかと、進歩のない民主党への批判が燻っていることも確かだ。小沢、菅、鳩山の三氏のことを行かず後家と言った作家もいたが、それは見事な表現ではあるが、その真意は不明だ。多くの人は分かっていると思うが、田舎の浪人は分かっていない。 「脳死状態」内閣の今こそ、ネックスト内閣の具体的な方針や可能な限りの日程までも発表して、国民をその気にさせるくらいでなければと思う。具体的なものが見えてこなければ、参議院選挙では大勝したとはいえ、民主党を信頼する国民は少ないだろう。 政権を取ってから考えるでは、不安を抱いてまで、民主党に政権をなどと国民は考えない。未知数の政党に政権を委ねる事は大きな賭けであり、国民はそんな賭けはしない。国民が賭けに出るのは、生活が逼迫して食うにも困った時だ。日本はそこまではいっていない。国民は具体的な生活を優先する。だから、「美しい国」の安倍自民党ではなく「生活が第一」の小沢民主党に投票したのに、当の民主党は具体的な動きをしない。国民はそう思っている。 内外を取り巻く環境は急変しつつある。 麻生外務大臣はいつでも笑顔で愛想尽くしの外交を繰り広げているだけで、日本の外交は相手に阿るだけのような思いさえする。 身近な北朝鮮の拉致問題は外務省から離れているような錯覚さえ覚えるが、小泉前総理大臣の北朝鮮訪問から一連の拉致問題の一部解決は外務省の働きであり、山中参与は事務的な仕事をしただけだと、国民は知っている。六者協議でも、のけ者扱いになった日本の独自の拉致解決策なくなっている。政治的駆け引きが必要な現在は外務省の力が頼りであり内閣府では解決の糸口も見つからない。 ブッシュ大統領の戦争へべったりと寄り添った日本の中東政策は明らかな転換期に来ている。その第一がテロ特措法であるが、見通しさえ立たないアフガニスタンの情勢を考えると、新たな取り組み方も模索されていいような気がする。アメリカの軍事力による解決策は敗北したのが現実だ。それはイラク問題にしても同じで、泥沼にはまったアメリカ合衆国のイラク戦争はブッシュ政権の任期と共に急展開する。当然日本もアメリカとの協力関係は続くが、一定の距離を置いての独自のイラク支援策も必要だ。 韓国の人質事件を見ても、同盟国のアメリカは知らん顔だ。テロには屈しないの一点張りでは、人質の解放は覚束無い。 中国軍とロシア軍の共同演習があった。それは明らかにアメリカへのけん制であり、アメリカにべったり寄り添う日本への警告でもある。反米国や、反米までは行かないが非米国の国々が上海に集まった。唯一の超大国アメリカへの対抗としての非アメリカ同盟的な動きだ。 そんな国際情勢の変化の中でも、 日本政治はまさに平和ボケで、 アメリカの核の下で昼寝を続けると言った按配だ。 経済の好調な歩みが実感できない一般の国民は、 政治不信を抱きつつ微かな望みを民主党に託した。 さあ、小沢さんどうすると、国民は民主党の動きに注目している。 それにしても、 「脳死状態」内閣に打つ手がなければ、 民主党は裏切りであり日本政治の不幸は続く。 まだまだ猛暑は続き、 秋の気配もないが、 直ぐに来る秋の夜長を待ちながらの、 田舎の素浪人的妄想はいよいよ大きくなる。
2007.08.22
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【大連(中国遼寧省)20日時事】中国で麻薬密輸罪に問われた無職、武田輝夫(64)=名古屋市=、元自営業、鵜飼博徳=40代、岐阜県=両被告に対する控訴審の判決公判が20日午後、中国・大連で開かれ、遼寧省高級人民法院(高裁)は両被告の控訴を棄却し、執行猶予なしの死刑判決とした1審を支持した。中国は2審制のため両被告の死刑が確定した。中国で日本人の猶予なし死刑判決が確定するのは初めてで、執行されれば、戦後の混乱期後、海外で初のケースとなる。時事通信 中国で戦後日本人の死刑判決がなかったのは意外な気がするが、 それは日本での中国人による凶悪犯罪が相次ぎ、 中国でも日本人による犯罪が同様に起きている錯覚があるからである。 麻薬などの密輸入は中国人と日本人の連携がなれば不可能に近いはずで、 犯罪は常に中国人も日本人も複雑に混ざり合い蠢いている。 中国の裁判は早い。 中国の死刑判決は多いし死刑執行も早い。 社会的影響力の大きな事件は、死刑判決となる確率が極めて高いのが中国の裁判だ。国家の威厳が大きい国では個人の人権はそれほどの価値もないわけで、ましてや犯罪者の人権など考慮されることは少ない。裁判において人権は重要な要素にはならないし、発生した事件の社会的影響力が優先され犯罪者の人権など顧みられることはない。 北京オリンピックをひかえた現在の中国では特にそうである。北京オリンピック開催まで1年を切った中国では、治安維持への神経は過敏になる。細事は速やかにか解決したい。 北京オリンピックは中国の威信を駆けた国家イベントだ。北京オリンピックから上海万博へと大国中国を世界に示す。 国際社会の目が気になる。 治安の安定こそが第一に示されるべき世界へのメッセージだ。 治安悪化の原因となる犯罪へは厳しく立ち向かう。 麻薬や覚せい剤に関わる、麻薬取締法違反の罪は、日本では他の犯罪同様に、累犯か初犯かはもとより、取扱量や周囲の環境まで考慮されての判決となるが、中国の裁判では罪だけが問題になる。それはある意味では強力な犯罪の抑止力にはなるが、捕まったら最後の思いで犯罪者と、警官の攻防は命がけにもなる。 裁判も被告人の人権が保証され尊重される国の人権配慮裁判とは違う。時には刑法よりも優先する権力の意向が反映されることもある。罰は罰の即決裁判は恐怖である。 日本人被告2人の関わった麻薬密輸事件の詳細な内容も知らない。知らないけどもう少し憂慮があってもと思うのも日本人的な考えであり、日本人的人情だろう。 しかし、麻薬密輸を目論む被告人は捕まったときのリスクは覚悟の上だろうから、死刑の判決にもうろたえたりはしないと思うが、中国社会の厳しさを知るには高すぎる授業料を払うことになった。 それとも、日本と代わらない安易な気持ちで麻薬密輸を目論んだのだろうか。安易な気持ちなどといったら被告人は怒るだろうか。麻薬密売に関わるものとして死刑も覚悟の上での犯行だと、犯罪者の誇りを宣言するだろうか。犯罪者の誇りは分かりにくいし、あってはならないだ。彼らに犯罪者の誇りがあるとすれば死刑覚悟の犯行ということだろう。 日本では殺人事件以外には滅多に死刑判決は聞かない。覚せい剤関係の事件でも1キロ所持で15年の懲役が相場とか、1キロ2年の加算とか犯罪小説風な週刊誌の記事などもあったが、真相は裁判記録で調べなければ分からない。日本の裁判は慣例が重要な基準になるから、裁判記録を調べれば大凡の量刑がわかると思うが、中国では刑事裁判も政治権力に左右されるだろう。
2007.08.21
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何故か強い、そんな感じの常葉菊川高校である。 春の選抜の決勝戦の相手である日大大垣高校との準々決勝は実質的な優勝選の見出しがあるほどの好カードであった。 日大大垣のペースで試合は進んだが5回に逆転し2対1になった。その後も緊迫した試合展開が続く試合は前評判どおりの見ごたえのある試合であった。常葉菊川は何時のまにか勝っている。そんな感じのチームである。 高校野球の形を変えた。 常葉菊川高校はそんな感じのチームだ。 バントが少ないのは常葉菊川の野球で、 高校野球の定石を無視しての攻撃は見事の一言である。 中途半端なスイングがない。一回一回ベンチを気にすることもなく、思い切りのスイングは、豪快であり爽快だ。それでいて大振りでもなく、きっちりと流し打っての定石通りの攻撃になったりで面白い。 何よりも監督がそれほど動かないのが良い。 監督のサインはあまりないのが良い。 春の優勝校であってもそれほど期待されてもなかったような気がするが、 やはり春の優勝は伊達ではなかった。 1点リードされての5回は連打であっさり逆転し、 珍しくバントで送ってのダブルプレイのおまけもあったりで、 実に面白い野球が展開されている。 大垣日大は帝京高校同様に見事なチームであった。 打撃も見事である。 しかし、真っ芯で捕らえた打球は常葉菊川の外野手の好守備に阻まれた。快音は響けどヒットにならずだった。 連打の続く集中力は常葉菊川の最大の魅力であり、 特徴のあるチームの活躍は甲子園の魅力をさらに増すことになる。 いよいよベスト4が決まり、 準決勝、決勝へと夏の甲子園も残り少なくなった。 何時でも甲子園は魅力にあふれ、 勝ち上がってくるチームは勿論、 負けて消えたチームにも拍手を送り続けるのが、 高校野球ファンである。 今年の夏は特に暑く、 全国的にも暑さの記録を塗り替えたが、 甲子園も例外でもなく暑かった。 今年の大会は日程は順調に消化したが、 延長戦の多かった大会でもあったような気がする。 決勝進出はなどの予想など無意味だ。 何処のチームに応援するでもない準優は、 ただ高校野球の魅力を満喫したい。 この暑さの中でのプレーは大変だが、 選手同様に、 いや選手以上に応援団が大変だ。 準優からは応援団にも応援したい。 特に学ランを着ての応援団には感心する。
2007.08.20
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安倍総理大臣は確かに変わった。 変わったように見える。 インタビューのあの目線だけでも助かったと言うおばさんがいた。 確かあの目線には違和感があった。 確かに今はニュースで開放感を感じると言う不思議さだ。 私達日本人は安倍内閣から多くの事を学んだ。 私達は主権在民の自由に国で生きている実感を参議院選挙で味わった。 そして、安倍総理大臣は変わったように確かに見える。 変わろうが何しようが個人的には安倍さんは大嫌いである。 しかし、一応は日本国民であるから、安倍総理大臣の変化は国民的感覚での安堵感となる。 異状とも思えた傲慢さは影を潜め、「美しい国」とかの恥かしいまでも幻想的なキャッチフレーズが、聞えなくなっただけでも開放感を感じる。 「美しい国」はどういう意味かは知らないが、 美しいは個人的な感覚であり、 それに連なる愛国心なども自然に培われる精神風景である。 自然発生的な精神風景まで法規制された国民は不幸である。 愛国心さえ強制された国民は不幸である。 美しい国のつきつけられた国民は不幸である。 精神風景を強制する指導者を持った国民は不幸である。 私達日本国民は不幸であった。 自由な社会を基本とするといいながら、精神性さえ強制される国民は不幸である。 世界に信頼されるといいながら、同盟国からも批判される国民は不幸である。今その不幸から脱却しつつあり、美しい国の強制感はなくなったが、それは影を潜めたに過ぎないような気もする。 安倍内閣はその発足当時から多くの恐怖感を国民に与えた。 その閣僚の不祥事は兎も角として、阿部内閣を支えた若い国会議員にはいまだに安倍信仰の言葉は横行し、安倍さんが国民に与えた恐怖感の共犯者どころかその元凶のような議員もいるわけで、彼のこれから活動も注目される。 盛者必哀の理を短期間に見せた安倍政権は歴史的にも大きな意味のある政権には違いない。 ある意味では一年も持つのが不思議なくらいの傍若無人振りであったし、また日本人の文化レベルの高さを見せるのに役立った内閣でもなった。何人もの文化人といわれる人達の「日本人もまだ捨てたものではない」と言う言葉を聞いた。 それは勿論参議委員選挙の結果であるが、 その結果も安倍親派の多くの国会議員には通じないようだ。 郵政選挙で当選した議員は当然安倍親派である。 衆議院が解散され総選挙になれば当選は少数に過ぎないだろう。 彼らは必死に安倍内閣を支えるしかないのである。
2007.08.20
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「65歳以上による刑法犯が増加を続け、治安全体に暗い影を落とし出した。高齢化社会を背景にしているが、高齢人口の増加よりもペースが速い。諸外国と比べても突出した傾向だ。 高齢者の犯罪は90年代末から急増し、一昨年の刑法犯は4万人を超して刑法犯全体に占める高齢者率は約11%と初めて2けたになった。80年代末のレベルの5倍強、10万人当たりの検挙者は46人から165人へと3倍強に増えている。罪種別では万引きをはじめとする窃盗が7割近くを占めるが、殺人、強盗、暴行、強制わいせつ、占有離脱物横領なども増加している。つい最近も、長崎県で75歳の父親が息子を保険金目当てに殺害したとして起訴されたばかりだ。」Mainiti 高齢者による犯罪の増加は高齢化社会としては当然とも言えるが、幼児虐待と背反一律の関係にあるような気もする。幼児を含む子供と高齢者、つまり年寄りの関係が、幼児虐待や虐めや自殺と言った子供の問題と高齢者の犯罪増加へ繋がっている。直接関係ないような子供と年寄りの犯罪どうかは根幹部分で密接なつながりがあるだろう。 社会学とか、幼児教育とか難しい問題ではない。 単純に大家族時代の家族構成とその役割などを考えると、 お年寄りと子供の関係(祖父母と孫の関係)が浮かび上がってくる。 社会の表舞台から引退した年寄り達の役目は子供達の遊び相手であり教育係であった。そこでの年寄りと子供達には、反社会的な、所謂子供からみた大人社会との距離感においての連帯感があった。 年寄りの豊富な人生経験は、 子供達の好奇心を十分に満足させ、 新たな興味を引き出し冒険心を養った。 子供たちの底知れない行動力は、 年寄りの肉体的衰えを補い、 自らの人生と検証し、 そして、新たな希望を子供達に託した。 子供と年寄りはある意味で反社会的な同士関係にあり、 互いに補い合い庇いあう関係にあった。 自分が誰かを保護すると言う、 保護者意識は人間を強くする。 保護者的意識は責任を持つことである。 ペットを守るような単純な保護者的責任感が双方に生まれる。 単純な責任感は大きな意味を持つ。 子供は年寄りの肉体的衰えを認識し、 年寄りは子供達の将来への道標的自分の役目を認識する。 双方が自分の責任と義務を自然に認識する。 子供は親に言えないことでも爺さん婆さんには素直に話す。親の言うことは聞かないでも爺さんばあさんの言うことは聞く。自然に生まれた老いへの尊崇は肉親の関係を超越した社会の秩序とさえなる。老若の関係が社会秩序となる。 しかし、現在はその関係がなくなりつつある。 都会では殆んど消滅し、あるとすれば田舎の大家族だけである。 老若関係の消滅は、 年寄りを単なる社会の厄介者にし孤独な生活を強いる。 年寄りは何もする事がなくなったのだ。 それでも田舎の百姓や漁師などは体の続く限り働くこともできるが、サラリーマンしか経験のない、所謂、宮仕えでの定年退職者には寂しい老後が待っていることになる。 熟年離婚なども取り沙汰されている。 熟年離婚が増えると孤独な老人は増える。 孤独な老人にとっては犯罪さえも、 自己主張になるのかもしれない。 例えば息子を殺すなどの尊属殺人などもあるにはあっても、 自己主張的な単純犯罪の比ではない。 老人たちの犯罪には自己主張的な犯罪が多いだろう。 社会との唯一のコミニケーションが警察への厄介であれば、 何とも悲しい年寄りの現実である。 増加する老人犯罪の第一の理由は子供達の断絶である。 自分の孫との関係さえ認められない年寄りには、 やる事がなくなり、社会の隅に追いやられる。 一応は年金もあり、 生活は何となくやっていけても、 希望のない人生である。 唯一の自己主張が犯罪となる。 懲役太郎と呼ばれる老人の話を聞いたことがある。 長いこと刑務所暮らしの老人である。凶悪な犯罪での長期刑ではない。軽犯罪による短期刑の繰り返しでの刑務所暮らしは、出所後の孤独にあった。身内と呼べる人間は少ないがいないことはない。しかし、前科者を受け入れる身内は少ない。働いても親しい人間も出来ず、寂しさを実感するだけだ。 刑務所では否応なく人間と接する。人間との精神的接触もない生活は耐えられるものではない。彼はそれを求めて刑務所に逆戻りする為に犯罪を重ねる。 特殊な話であるが、他の年寄りの犯罪者も精神的触れ合いを求めて、孤独感からの脱却を求めて犯罪を犯すのだろう。 老人社会のこれからは、 ますます増えるであろう老人犯罪者は、 孤独な社会的疎外感を抱えた寂しい年寄りだ。 やがて、年寄り達の反乱さえ起きるかもしれない。 政治的力が年寄りにはある。 選挙で政治が変わると実感した参議院選挙は、 老人たちへ何らかの示唆を与えただろう。 老人達の政治的反逆は当然予想される。 年金問題も老人の切実な問題であり、 もし年金ももらえなくなったら、 老人達は犯罪へと進むしかない。 等と、とりとめもなく考えてくると、 老人の犯罪者は大きな社会的なうねりとなりそうな恐怖も感じる。 何時か行く道である。
2007.08.20
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「従来は山奥にしかいなかったヤマビルが、ふもとまで生息域を拡大し、住民やハイカーが吸血される被害が全国各地に広がっている。被害情報は29府県に及び、日常生活や観光にも影響が出始めており、神奈川県では自治体などが駆除対策に乗り出す事態になった。過疎化や林業の衰退による森林や里山の荒廃が原因で、専門家は「ヒルの問題は日本の森林荒廃の象徴で、早急な対策が必要だ」と訴えている。【足立旬子】 ヤマビルはミミズの仲間で体長3~5センチ。活動期は5~10月。人や野生動物の血を吸い、吸血量は約1CCで、蚊やダニなどの5~10倍になる。雨や雨上がりの日に地面に出て待ち伏せしている。かまれてもほとんど痛みを感じず、出血が1時間以上続くケースも多い。」mainiti ヒルには思いでがある。 従来は山奥に生殖するヒルの思い出だ。 山歩きが趣味で、頻繁に山歩きに出かけていた時期の話である。 大峰山系の山々を歩いていた。 特に山伏の奥駆け道を歩いていた。 奈良県北上村の修験者の宿坊跡から奥駆け道に登った時の出来事だった。 足のむず痒さに我慢できなくなり、 休憩がてらに調べることにした。 登山靴には幾つもヒルが張り付いていた。 登山靴の上からヒルが血をすったととは考えられないが、 確かに足はむず痒いし、むず痒さの原因はヒルのしか考えられない。 靴を脱ぎ調べていると、 ズボンに張り付いたヒルに気づいた。 ズボンをまくってみるとヒルの吸い残しの血がにじんでいる。 吸いのこしの血である。 血を吸われたからといって、特別に驚かないのは、毒がないからであり、ある地方ではヒルによる何かの病理療法があると聞いたことがあったからである。 つまりヒルに悪い血をすってもらい、病気のもとを絶つと言うことらしい。 何かの本でヒルが木の上から襲い掛かってくるとか言う場面を読んだような記憶が甦って、急いで帽子を取り確認したが、その心配はなかった。 靴にたかっているヒルは結構な数だあった。 朽ちた木の葉の上で蠢くヒルをまじまじと見つめ、 踏み潰す事もないが、 かといってそのままにして行けば、 後からついて来そうな気もするし、 先回りして待ち伏せ襲ってくるのではと考えたりで、 決心もつかない。 どっちもあり得ない事ではあるが、 一人で歩く登山の頼りなさに、 次の行動も阻害される。 結局、ヒルも生き物であるの結論で、そのままで行くことにした。 ヒルの恩返しもあるかもしれないと、 馬鹿なことを考えながらも後ろが気になる。 以前聞いた話を思い出した。 山に迷った人が何日もさ迷い歩き、食べ物も尽きて、自分は山で死ぬのかと考え始めたとき、木の上からヒルが落ちてきた。勿論、ヒルは人間の血の匂いを嗅ぎ付けて吸いにきたのだ。 しかし、その人は、天の恵みとばかりにヒルを食べようと手に取った。 口に入れる瞬間に理性が働いた。 理性はヒルと食べることを責めることではない。 生命維持のための自分の無意識な行動に対しての正当性の確認である。 ややこしい言い方だが、 要するに生きるためにヒルでも無意識に食べる生命力の確認であった。 それで、生きることができると確認した。 ヒルに類するものは山の中では無限に存在する。 つまり山で生き延びる事は可能である。 そう確信したら落ち着きそして眠ることも出来た。 方向感覚を失っても、ひたすら下を目指した。 獣道も自然に判別できるようになるらしい。 歩きやすい道を探すのではない、 山に対して垂直になるように目標を定め、 山肌を這うように下った。 当然今更無理はしないと誓っている。 危険な場所は避けて、 時間を気にせず、 食い物探しを主と考えての下山は、 殆んど沢下りであった。 何時しか川に出る。 水は間違いなく海まで下る。 山で迷いながらも、助かった人の話であるが、普通の人間にはヒルを無意識に食べるだけの生命力はないだろう。ヒルに血吸われたぐらいでは驚かないぞと意気込む程度だ。住宅地から近い場所でのヒルの発見は気持ちのいいものではない。 湿地を好むヒルにとっては、年間雨量が日本有数の紀伊半島は、特に吉野から熊野にかけての大峰山系は最高の生殖地である。 南方熊楠の粘菌とヒルは同じ環境を好むようである。 ヒルが民家近くまで降りるのは、 他の野生動物とは逆に生活領域の拡大という事になる。 子供達にとっては血を吸われたら色々問題もあるだろうし、 皮膚が爛れたりするから早急な対策が必要だろう。 口が皮膚に突き刺さり残っている場合もあると言うが、 何度も食われてそんな経験はしたことがない。
2007.08.18
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紀伊半島南端部の熊野市の熊野大花火大会は伝統も規模も特別の夏の風物詩である。その歴史は古く300年遡るともいわれ、古い日本の源風景を止めるこの地方に相応しいし夏のお祭りである。そもそもの始まりがお盆と連携した精霊流しであった。初盆供養の精霊流しのための花火大会が盆のあとに行われる独立した大花火大会に変わった。今やこの地方の年間を通しての最大のイベントに変わった。 紀伊山地と参詣道が世界遺産に登録されて以後はさらにヒートアップの感じのする熊野の花火大会は、その開催時期が台風のシーズン真っ盛りでもあり、毎年天候との戦いであった。毎年のように延期が繰り返されても開催日時へ異議などあるわけもなく、それも一つの名物として熊野花火大会はこの地方の人々の最大のイベントとして毎年8月17日に行われてきた。そして今年も8月17日に行われた。 天気が気なった例年に比べると、今年はその心配がなく、何となく気も抜けたと冗談交じりに話す主催者側のベテラン職員の言葉はあながち冗談でもなさそうだ。 この夏の花火大会は近年最大の盛り上がりだったと思う。 7月になると海岸の場所取りが始まる。 主催者である市は場所取り禁止の看板を海岸に幾つ立てるが、 そんな事は殆んど無意味だ。 7月の半ばごろから新旧二つの防波堤の間に桟敷席の建設が始まる。 8月になると、桟敷席の建設が本格的にり、一日一日海岸の風景が変わる。 海岸が主催者によって均され整備され、 7月から始まった場所が消えることもある。 最終的な場所取りが始まり直ぐにビニールテープの囲いが海岸を占める。 そして最終的な主催者の浜割り終了して、 いよいよ花火大会の始まりである。 熊野観光公社 熊野大花火大会 Kuman、s net 南十字
2007.08.18
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「元総務省参事官で、参院選大分選挙区で初当選した自民の礒崎陽輔氏(49)が、同省を退職後も家族を同省の外郭団体の職員住宅に住ませていたことが分かった。「退職後も職員住宅に家族が住み続けるのはおかしい」などの批判を受け、菅義偉総務相がこの住宅に入居している同省のOB職員3人と現役職員5人に退去を指示。礒崎氏は今月15日に家族と一緒に都内の民間アパートに引っ越した。 この外郭団体は、同省所管の財団法人「地方財務協会」。東京都豊島区にある職員住宅は、1世帯分が82平方メートルの3LDKで、家賃は月7万8100円。地下鉄の駅から徒歩5分で、家賃は周辺相場の半額程度という。」 mainiti 国民の常識は永田町の非常識ではなく、国民の非常識は永田町の常識、、、」 政治世界の常識とか常識は国民といわれる一般市民と外れていると、よく言われることだが、やっぱり一般市民的には非常識に入る部類のニュースだ。 テレビの登場する主人公である本人は、 問題になるのと逆に疑問を投げかけている感じであった。 巨大省庁総務省。 幾つもの省庁が合併して出来た巨大な役所である。 旧自治省が中心であり、 旧自治省は戦前の内務省を引き継ぐ。 内務省は日本帝国そのもので、 旧憲法下での中心的な役所であった。 関係ないが、そんな事まで考えるような身勝手振りである。 生活保護さえ切られて、餓死する事件も発生している現在の日本で、ホームレスが大量にいる日本でも公務員という特権階級が厳然と存在し、税金は彼らの為には惜しみなく使われる。 その代表的な例が社会保険庁であるが、 この問題とは違った問題のようで、特権階級公務員の問題は複雑だ。 公務員法で守られる国家、地方の公務員はもとより、議員などの政治かは、色々な名目での税金の浪費者のような感覚を国民は持っている。 そんな思いで周囲を見回すと、多くの公務員がいる。身内にも友人にも隣近所にも公務員である役人は大量にいるわけで、一概に公務員がどうとは言えない。結局どんな世界に可笑しな奴はいるとか、犯罪者はいるとかで、個々の事件としかいえないのが複雑な現実だ。 日本は官僚国家である。 優秀なお役人が日本を作り日本を動かしている。 だから、周りの公務員にはそれなりの敬意も払っている。 第一学校の先生が始まりであり、 先生は尊敬する人の始まりである。 東大はお役人の養成学校であった。 一時代歴史を遡ると士族階級がお役人ということになる。 つまりサムライであり、 テレビや映画の時代劇の侍は現在の公務員ということになる。 遠山の金さんも、 大岡越前も、 鬼平も、、、 中村主水までもで、 時代劇の主役は現在の公務員である。 時代劇には役人の悪役も多く登場する。 変な言い方だが、 悪役を公務員や政治家の先生方は自然に演じている感じだ。 一般企業では辞めると決まった時から、 社宅は出ているのが普通である。 退職後は一分一秒も居たくないのが普通である。 しかし、公務員はそうではないらしい。 そんなことも公務員法によって守られている権利かどうかは知らないが、 管理者である公務員も敢えて指摘せず、 本人も指摘されるまで平然と居続ける。 それにしても、一人二人の不始末が、 公務員という表現で、 全公務員に向けられるから、公務員もつらいのだ。 一番つらいのは役所の窓口で、 相談が出来ないことだという声も聞いたことがある。 新聞の投書欄には、窓口勤務も自分の娘さえ、 嘘つきといわれているような気がして、 嫁にもいけないのかという母親の嘆きがあったが、 嫁に云々は関係ないにしても、 中央官庁の雲の上の話が、 地方公務員には迷惑な話である。
2007.08.18
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自信満々の小池百合子防衛大臣が暑さにむせ返る日本で、 毎日涼しい顔でマスコミに登場する。 沖縄での知事との対談などは、 小池さんのための小舞台のような感じだった。 知事の後は地元辺野古を有する名護市長との写真撮影だ。 写真asahi それにしても珍妙と言うか、 違和感があるというか、 本来なら基地受け入れ反対であるはずの、 地元名護市長が防衛庁大臣に擦り寄る格好は、 情けない気がしないでもない。 沖縄県知事も小池大臣と並んでの意味深々な発言であったが、 沖縄は魂を売ったと言うで沖縄の友人に尋ねても関心ないと素っ気無い。 防衛省の事務次官と地元の確執は当然である。 特に地元の人と敵対(?)したのは、 アメリカ軍の下請け局と揶揄される防衛施設局だと言う。 基地の契約では飴と鞭を巧みに使うのが国のやり方になった。 現在の鞭は小池大臣が引き受けたようだ。 沖縄問題では久間発言や高市早苗発言など、 支援金と引き換えに従え的な発言が幾つもあったし、 安倍総理大臣の慰霊祭でのアメリカ軍の速やかな、 再編への協力発言など色々あった。 そんな中での小池さんと、 沖縄の首長との関係はどんなものだったか気になるところだ。 地元は抵抗しても駄目なら、 貰うものは最大限貰う強かであるが、 それにしても、 地元の首長と防衛大臣が、 親しげに手を取り合うのには違和感を感じる。 「かりゆしウェアを世界に広める会」会長の小池大臣は、 環境大臣時代から、 また、補佐官時代も沖縄と関わってきたのだろう。 基地と沖縄は一体化して切れることはない。 基地を産業として受け入れることしかない沖縄の現実は、 小池大臣と島袋市長の握手だと友人に言うと、 友人は沖縄を日本から切り離し、国連統治とし、現在の米軍基地を国連の平和部隊の基地とし、世界各国の国連参加部隊が常時10万人規模で駐屯する国連の島にするのが理想だと、突拍子もない考えを披露する。 特別の規模でアメリカ、中国、ロシア軍が一つの基地で活動すれば、世界の何処の国からも攻撃されることはないと言う。 夢のような話は面白いには面白い。 そんな馬鹿げた話の後で友人は、 基地を認めてしまえばその後のどんな要求にも反対できないと言う。 機能不全に近い普天間基地が新しい設備の基地へ移転するだけの話だと言い、 ジュゴンの海はアメリカ海兵軍の基地になって、 世界の戦場へ特殊部隊を送り込むことになると続け、 普天間基地では色々制約のあった夜間訓練も頻繁に行われ、 海兵隊の理想的な基地となるだろうという。 そのための小池大臣と名護市長の握手だと締めくくる。 その握手は安倍内閣の内閣改造にも影響しそうだ。 小池百合子大臣と事務次官との確執は、 言った言わないの何時か聞いた様な言い合いである。 国家の安全保障のトップクラスがが複雑に絡み合っての、 主導権争いは平和の証拠だ。
2007.08.17
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【メキシコ市・庭田学】南米ペルーの太平洋岸で15日午後6時41分(日本時間16日午前8時41分)ごろ、強い地震があった。米地質調査所(USGS)によると、地震の規模を示すマグニチュード(M)は7.9。地元有力紙コメルシオ(電子版)は、死者48人、負傷者約350人に達したと伝えた。首都リマ南方にあるイカ州の被害が甚大という。首都リマの南方約300キロの都市イカ一帯で深刻な被害が出ており、ガルシア大統領はイカ州などに非常事態宣言を発令した。【メキシコ市・庭田学】「津波が来る。逃げろ」--。南米ペルーで15日夕、太平洋沿岸を襲った大地震。犠牲者は判明分だけで300人を超え、津波と余震を恐れて屋外に逃げた人々はパニックに陥った。首都リマ南方約300キロの都市イカは最も被害が大きいとみられるが、リマとの間の交通・通信網が寸断され、詳しい被害状況の把握にも手間取っている状態だ。MAINITI 南米ペルーの地震は被害の状況も刻々と変わっていく。 まだまだ被害の実態はつかめる段階ではないからさらに被害は増える可能性は高い。 この地方にも午前1時過ぎに、 有線放送が津波の到着時間を知らせる緊急放送だ。 寝苦しい夜の夜中のサイレンに何事かと思って飛び起きたが、 津波の時間到着時間と聞いて安心はするが、 0.5メートルの津波と聞いて、 さてどの規模かの実感はない。 窓をあけると涼しい風が吹き込んでくる。 昨日の日中は殆んど無風状態だったが、 台風の影響かは知らないが心地よい風だ。 窓を開けたまま寝ることになりそうだが、 津波到着時間の午前5時も気になる。 気になっても海岸まで見に行くのも憚れるし、 結局そのまま寝て朝のニュースを見ることになるだろう。 何とも人騒がせな津波であるが、 遥か太平洋を隔てたペルーから、 日本の海岸に寄せてくるのを考えると、 地球規模な自然の力を見せ付けられる思いがする。 日本には被害はないと思う。 突然、参議院選挙で落選した、 フジモリ元ペルー大統領を思い出した。 地震とは関係ないが、 藤森さんの思いが乗った津波のようだと、 馬鹿げた思いである。 フジモリさんが落選したのは当然だが、 ペルーの地震を知っては、 元大統領としては、 居ても立ってもいられないだろう。 ペルーは地震で軟禁状態のフジモリさんは地団駄と踏んでいる。
2007.08.17
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「北海道は中国か」 不可解と思ったメタポリック症候群の友メタ友からのメールは、 直ぐにその意味がわかった。 メタ友の娘から北海道土産の「白い恋人」を貰ったの1年半ぐらい前だ。 当然メタ友も貰っている。 そんな些細なことでも二人とも「白い恋人」には格別の親しみを持っている。 色々と問題のある中国産食品と、 北海道産食品は同じかと言う意味だろう。 それは北海道の食品メーカには、 いささか納得のいかない比喩だと思うが、 ミートホープ問題で大打撃の、 北海の食品メーカにとって、 何とも情けない問題の発生だ。 何と言われても言葉の返しようがないぐらいに、 雪印ショックは大きく後に尾も引いたが、 ミートホープ問題は極めて悪質な食品メーカーの存在に、 消費者は雪印以上のショックを受けた。 中国のダンボール饅頭でもミートホープ問題のあとだけに、 それほどのショックは受けなかったと言う人もいたくらいだ。 ミートホープ問題と、 「白い恋人」を重ねる人はいなかっただろう。 まさかまさかの「白い恋人」だ。 北海道お土産で最も人気のあったお土産は「白い恋人」だ。 その名前をはじめて聞いたときには、 倉本さんの映画かと思ったほどだが、 お菓子と知って関心した。 雪の北海道に最適な土産だと思った。 一時期は北海道土産が決まったように、 「白い恋人」だった。 何人もの人から何回も貰った。 美味しとか、 味がどうのとかは、 お土産にはそれほど、 関係ないように思う。 ようするにその地方の特性が感じられる、 親しみのある品物がお土産である。 お土産を買うのに頭を痛める。 出張とか小旅行とかでと、 特に土産は悩みの種だ。 しかし、北海道だとまず「白い恋人」だった。 土産を買う人にしても悩むことなく、 北海道の土産は「白い恋人」ですむわけである。 それほど親しみのあった商品は当然信頼していた商品である。 この裏切りはある意味では、 ミートホープ問題以上にショックな人もいるだろう。
2007.08.16
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「高市早苗少子化担当相は終戦記念日の15日午後、東京・九段北の靖国神社に参拝した。 安倍晋三首相とほかの閣僚は政治信条や日程上の都合を理由に参拝見送りを表明していたが、高市氏は午前の記者会見で「私は1人の日本人として国会議員として、現在は閣僚だが、折に触れてたった1つの大切な命を国家のためにささげられた方々に感謝の思いをささげたいし、その御霊が安らかであるようお祈りしたいと思っている」と説明。さらに、「閣僚が靖国神社に行くことを外交問題にしてしまう勢力があることを残念に思う」としていた。」毎日新聞 終戦記念日の朝は、 小泉前総理大臣の靖国神社参拝から、 始まったような感じだった。 靖国神社は午前6時開門で、 マスコミは閣僚の参拝取材の為に、 その時間から張り込んでいる。 最初の参拝者は小泉前総理大臣であったようだ。 安倍内閣のほとんどの閣僚が参拝を見送ったのに、 高市早苗何の大臣か理解不可能であるが、 兎に角大臣らしい方の参拝だったようだ。 靖国参拝も今までのように注目される事もないような気もするし、 政治家が自らの国家理念に従って参拝しているとは思えない。 参拝は自由だろう。 国家と分離した宗教法人としての靖国神社なら、 当然参拝は自由だ。 国家と分離しないで、自由に行けないところに不自由さがある。 多くの国民は国のために死んでいった人々への感謝の思いを持っている。 それでも気楽にお参りも出来ないのは、 宗教法人の紛らわしさだ。 宗教は関係なく気楽にいける、 国立墓地を望むのは、 戦没者の遺族も同じような気がする。 靖国神社では、 ジュンちゃん饅頭や、 安倍のスーパーマン饅頭などが売られ、 現在の自民党と直結した政治色の強さを感じさせる。 日本国の法律はまず政府が犯している。 そんな感じのする終戦記念日である。
2007.08.15
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世界最高齢だった皆川ヨ子さんが亡くなって、 国内最高齢者は同県の中野シツさんにかわった。 中野さんは皆川さんより一つ若い113歳である。 男性の世界最高齢者も日本人で111歳だと言う。 日本は長寿の国であり、 日本の女性が世界最高の長寿記録を持ち続けている。 そして日本の男性が続いている。 何となく日本社会の構図を見ているような感じがしないでもない、 世界長寿記録の更新のニュースだ。 関係ないが、日本女子マラソンの強さが頭に浮かぶ。 婆ちゃんの長生きと女子マラソンの強さが、 連動しているかのような錯覚に捉われる。 完全に否定し得ない日本女性の強さであり、 概して女性の強さである。 命を生み出す女性が強いのは当然であり、 男性が錯覚しているのが社会構造だと、 笑い話風に語るテレビの男性コメンターは、 錯覚の人生を歩き続けるのだろうと、 心の中で笑ってみるが、 それは自分を笑っているようにも思える。 錯覚ではなく、日本女性は強いし長生きする。 世界最高齢記録者は日本女性が交代する。 日本がいかの恵まれた国であるかが判るような気がするが、 現在世界高齢と更新している人達は、 明治生まれで苦しい時代を生き抜いてきた人たちである。 貧しかった時代に生まれ、 恵みとは程遠かった時代を生き、 その強さと僥倖で戦中を生き抜き、 第二次世界大戦後の混乱の時代を生き、 経済成長後の恵まれた時代は老いを生きてきた。 苦労する為に生まれてきたような、 そんな時代を生きてきた人たちである。 子供や孫が長寿を支えてきたといえるかもしれない。 大家族主義的な社会構成でないと、 長生きは出来ないのかも知れない。 孤独な老人の長生きもあるかもしれないが、 幼い命と触れて暮す爺さん婆さんの姿が、 長寿の言葉を聞くと眼に浮かぶ。 爺さん婆さんの周りを駆け回る子供達が、 時に立ち止まり老人に声をかける。 声無き老人の小さな仕草に、 子供達は喜び勇んでまた走り回る。 そんな映像だ。 小津映画の一シーンが甦ったような感じだが、 その映像が長寿に最も相応しい風景のような気がする。 躍動する孫やひ孫の、 幼い命の息吹が長寿のエネルギーへとかわるような風景だ。 自分に最も相応しい風景の中で、 誠実に生きた証としての子供や孫ひ孫から玄孫、、、だ。 自然の摂理に従った、 つまりは神の与えたものに感謝し、 神の教えに従った誠実な生き方の証が長寿だろうと思う。 日本で長寿記録が更新される事は、 日本人が恵まれた環境の中で生活していることにもなる。 長寿記録更新のニュースに爺さん婆さんを思い、 何となく安心した人もいるだろう。 今年の敬老の日はと、 今年こそ敬老の日はと、 爺さん婆さんに、 心の中で呼びかける人もいるだろう。 そんな何となく、 何となく心温まるニュースが、 長寿記録更新ニュースである。
2007.08.15
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ペルセウス座流星群が観察できると言う。 去年は獅子座流星群だった。 夜空の天体ショーは神秘的で美しい。 「流星は、宇宙空間にただよっている0.1ミリメートルから数センチメートルのチリ(流星ダスト)が、秒速数10キロメートルという猛スピードで地球の大気に突っ込んできたときに発光する現象です。発光する高度は上空100キロメートル前後ですが、これを地上から見ていると、夜空を一瞬で駆け抜けていく星のように見え、“流れ星”とも呼ばれます。ペルセウス座流星群の特徴は、ダストが地球に衝突する速度が速いために明るい流星が多いことです。また、流星が流れたあとに、ぼんやりとした煙のような「流星痕」が見られることも多いです。」asutrorts夏の夜空を彩るペルセウス座流星群が出現のピークを迎えた13日未明、ひときわ鮮やかなピンク色に輝いて流れる流星の姿を、岡山県井原市で観測していた倉敷科学センター(同県倉敷市)の三島和久学芸員がとらえた。北海道新聞 流星群を構成しているもののほとんどは、彗星が巻散らしたごみです。彗星(ほうき星)はピーナッツみたいな形をした汚れた雪玉(当然、暖まると温度が上がりとけてきます。)なので、太陽に近づくことによって、溶けてきます。 すると彗星が通ったあとには、雪玉にまじっていたごみが散乱します。そのごみに地球が突入します(地球は太陽の周りを回っているため)。あまりにも速いスピードであるため地球大気の上層部との摩擦によりチリはプラズマイオンという状態(原子が摩擦により電子と陽子が引き離されること)に変わり、残されたプラズマガスというのが発光します。しかもごみは彗星が巻散らしていったため、1個しかないわけではなくたくさんの流れ星が流れます。このことから流星の群れ、流星群と呼ばれます。 夜空の流星群には神秘的な美しさと同時に神的力も感じるが、 流星群よりは闇の天体に糸引く流れ星の方が神秘性には勝る。 流星群の理屈を教えられても納得できない素人に、 はやはり心的な力のから発せられ神秘性が流星や流星群の魅力である。 一番星に祈る。 流れも星に祈る。 流れ星は国家の命運を占うのによく用いられた。 王の命運も流れ星に重ねて占う。 そんな、 占いも流れ星の神秘性である。 映画「スターダスト」のあらすじから、 「ある日、“壁の外”に落ちる流れ星を目にした彼は、愛する女性にそれをプレゼントするため、壁を越えた魔法の世界、ストームホールドへと足を踏み入れるのだった。彼がそこで見つけたのは、1人の美しい少女イヴェイン。何と彼女こそが流れ星だったのだ。 ...」 「流れ星の美沙」はゲームの主人公のようだが、 「流れ星の健太」 「流れ星の銀次」とか、 「流れ星のXX」の愛称や、 さくざ的な二つ名は結構ある。 すぐに消える流れ星は、 日本美的な儚さとも重なって、 親しまれているわけである。 イタリアでは「聖ロレンツォの流れ星」伝説が有名だ。 聖ロレンツォは3世紀中ごろのバレリアヌス帝のキリスト教徒迫害時代にローマ法王シクストゥス2世の助祭をしていた。しかし、258年8月の初めに法王が首を切られて殉教すると、急いで教会の全財産を貧しい人々に分け与え、皇帝に献納しなかった。怒った皇帝は、直ちに聖人をとらえて生きたまま灼熱(しゃくねつ)の金網の上で焼き殺すことを命じたのである。 このとき、焼かれる聖人の体から飛び散った無数の火花が、天空を彩る無数の流れ星に似ていたということから、8月10日の夜に見る最初の流れ星に祈願すると願いがかなうという伝説が生まれたわけだ。sankei 8月10日は聖ロレンツォの日で、 この日流れ星(聖ロレンツォの涙)に願い事をするとかなう。 ペルセウス座流星群の中から、 願いを叶える流れ星を見つけたいものである。
2007.08.14
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小池防衛相が一度内定した守屋武昌防衛事務次官(62)の退任が13日、凍結された。在任5年目で官邸と太いパイプを持つ守屋氏に相談しないまま小池氏が警察庁出身者を後任に決めたため、守屋氏が反発。塩崎官房長官も根回し不足を理由に「待った」をかけた。13日には小池、守屋両氏が代わる代わる首相官邸を訪れ、安倍首相や塩崎氏と直談判する異例の事態に。結論は27日ごろの内閣改造後に先送りされる公算が大きく、安倍政権の求心力の低下が露呈した形だ。asahi小池百合子防衛相が、守屋武昌防衛事務次官を9月1日付で退任させる人事方針を固めたことに守屋氏が反発、首相官邸にも塩崎恭久官房長官を中心に慎重論があり、次官人事をめぐる対立が13日、激化した。政府筋は同日夜、小池氏の人事方針自体に変更はないとの見通しを示したが、27日に予定される内閣改造・自民党役員人事以降に手続きが先送りされる可能性も出ている。小池氏は13日、安倍晋三首相に自らの方針について理解を求めており、官邸を巻き込んだ騒動が拡大すれば、首相の指導力も問われかねない事態となっている。mainiti お騒がせ百合子さんは、 アメリカで騒いだと思ったら、 帰国してもお騒がせだ。 アメリカ訪問で日本のライスと呼ばれているとか言って、 ライス国務長官を戸惑わせた、 日本初の女性防衛大臣である。 友情の押し売りとも思える、 ライス長官との姉妹関係などの発言は、 多くの国民ばかりかアメリカの関係者も、 白けさせたと思うが、 国内での騒動は事務次官人事らしい。 就任して間もない時期の事務次官人事は、 その思惑を疑いたくなるが、 オンリーワン大臣の、 キャチフレーズから判断すると、 自分の好きなようにやりたいのだろう。 思い出すのは田中真紀子さんの外務大臣就任時の伏魔殿発言と外務官僚との争いだ。 勿論注目の女性大臣として、二人の非核は当然あって思いだするわけである。 「スカートを踏んづけられた」の、 名せりふの田中さんのスカートを踏んだのは 誰あろう小泉総理であった。 あの田中真紀子が涙を流した外務省騒動も人事から始まった。 鈴木宗雄さんも絡んだ騒動は小池騒動をはるかに超えていた。 比較するわけではないが、 田中真紀子さんは改革を決心し伏魔殿に乗り込んだ。 一時的にしろ国民は真紀子さんに拍手と送った。 小池防衛大臣の場合は何の信念も無く、 自分の能力を買いかぶっているだけのような気がする。 アメリカ訪問は小池さんの政治能力を明示した。 権力の外に置かなければ危険な政治家だ。 自衛隊を自分の部下と言い、 その力を鼓舞する言動は政治家に、 あってならないものだ。 30万の自衛隊を自分の意思で動かせると思っている。 防衛大臣就任時には、 少なからぬ期待を寄せ、 次期総理の目さえあるのではと思った国民は多かった。 「苦しいときの小池頼み」は、 小泉内閣からの小池人気を言い表しているが、 いつの間に行ったかアメリカからのニュースで、 国民は白けて、 期待していた政治家の真実の姿に失望した。 テロ特措法への反対表明をした民主党代表小沢一郎批判で、 「小沢さんのカレンダーが湾岸戦争当時で止まっているのでは」の、 小池防衛大臣のアメリカでの発言に対して、 「日めくりカレンダーみたいに政党を変わっている人にカレンダーとまっているとは言われたくない」 との面白発言をしたのは、 辛口と云うより毒舌の評論家佐高真であった。 時には人を食ったような、 時には人の心も滅多切りにするような、 評論家の面白発言に賛同するわけではないが、 小池防衛大臣の小沢批判は、 素直には取れないものがある。 そんな発言の後にかって仲間であった、 小沢一郎と小池百合子の、 ゴルフシーンが映し出されると、 なんとも味気ない思いがする。 その小池百合子新防衛大臣と防衛省事務次官との争いである。新大臣より事務次官のほうが省内では力があるように感じられるのは仕方がない。防衛省に限らず全ての省庁でいえることで官僚国家日本の現実である。大臣などは飾り物が伝統であり、大臣はすぐに変わるからが官僚の考えである。 新任の大臣が省内でその力を発揮するにはある程度の時間が必要だろう。 安全保障担当補佐官からの継続的なものを確立したいとの思いがあるかもしれない。 などと、野次馬的に考えるが、 人事権さえも何処にあるかわからない、 小池騒動がどうおさまるか楽しみでもあるが、 当分は楽しめそうな小池騒動である。
2007.08.14
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「民主党の前原誠司・前代表は12日、テレビ朝日の番組で、インド洋で海上自衛隊が行っている給油活動の根拠である、テロ対策特別措置法について「アフガニスタンでのテロとの戦いから、日本が抜けることは国益に反する」と述べ、11月1日に期限が切れる同法を延長する必要性を改めて強調した。前原氏は、「アフガニスタン国内の治安維持活動のために自衛隊が入っていくのは、今の武器使用基準、憲法制約からすると非常に危険だ。洋上給油は、現段階ではベストだ」とも指摘した。」(2007年8月12日13時27分 読売新聞) 「ローマ人の物語」でお馴染みの、 塩野七生さんが書いた、 敢えて安倍総理続投支持のコラムで、 安倍さんがやるべき事の第一は、 前原前民主党の一本釣りだと言う。 面白いと思って読んだが本が思い出さない。週刊誌のコラムか雑誌か自分で買った本ではないから立ち読みだと思うが、思い出さない。 そんな事はどうでもいいが、 確か「民主党の行かず後家三人」の表現もあった。 勿論三人の行かず後家は、 小沢、菅、鳩山と連想するわけで、 見事な表現で、言いえて妙とだ。 前原前代表の一本釣りは、 唸ってしまうような面白発想だと思った。 「政治家の発言について、 自分は身に沁みている。慎重であるべきだ」と、 自民党の閣僚の発言に苦言を呈していたのは、 つい何日か前のテレビだった。 民主党髄一の防衛通といわれ、 ネックスト・キャビネット防衛大臣から、 民主党代表になった前原前代表である。 小泉内閣当時の片山幹事長の息子のメール問題で、 勇み足とも思える発言を諌めるでもなく、 その発言に乗って代表を降りた。 まだ記憶にも新しい出来事だが、 当然とはいえ情けない思いをした人は多いだろう。 個人的に愕然としたのは、 連合への迷惑発言であった。 防衛問題では小泉さんに近いとか安倍さんに近いとか良く聞くが、要するにタカ派的と云うことだろう。タカ派と云うのがよく分からないが、戦争を否定しない人たちのことだろう。戦争は必要があればいつでも出来るよの状態を、用意しておきたい人たちのことだろう。 小沢代表とアメリカの駐日大使の会談をお膳立てしたのも前原さんと云うから、それなりの存在感はあるのだろう。 防衛や安全保障問題で安倍さんに近いから、 塩野七生さんも一本釣りを進めているわけで、 そうなると小池百合子さんは要らなくなる。 一時的に国民は小池百合子防衛大臣に期待した。 あの久間大臣の後だから、爽やかなイメージは大いに期待を持たせた。 小泉内閣依頼の苦しい時の小池頼みなどと、 それなりの評価のあった小池さんは、 何のためのアメリカ訪問かの、 批判のあるアメリカ訪問で、 その評価は大きなマイナスとなったばかりでなく、 日本の恥とまでなった。 余りにも愚かな発言は、 アメリカと日本での中国封じ込め発言と云う。 それをライス国務長官に諌められたと言うから凄い。 記者会見ではライス国務長官と姉妹の関係などと言って、 ライス国務長官の失笑気味の顔が印象的だった。 何十万人の部下がいると大見得を切る必要があるのかは本人の判断だが、 何ともお恥ずかしい感じがしないでもない。 政治家であるからわれわれ凡人の感覚とは違うとは思うが、 大組織のトップに座るには危険が多すぎる感じだ。 その小池さんの後釜に前民主党代表の前原さんが座ると言う発想は、 如何にも作家的であるが、前原さんが小池さんの後釜に座るとは言ってない。 テロ特措法に反対することに反対する前原さんの意見は当然だが、 ただ闇雲に延長するだけでは、 いつ終わるかも判断できない現在の、 アフガニスタン情勢では限がないような、 意味がないような気もする。 アフガニスタンへの援助や復興支援より先に、 アメリカ軍への協力を是とする考えである。 集団的自衛権の見直しをして、 アメリカと共に戦える状態が望ましいと考えている。 現在のアフガニスタンは9.11同時多発テロの後のテロとの戦争で国際社会が一丸となってタリバーン撲滅を始めたアフガニスタン戦争と違う。タリバーン撲滅でテロとの戦争は一旦は終わった。 撲滅したはずのタリバーンが復興したのが現在のアフガニスタンである。 前原さんも小沢さんも基本的には同じだと思う。 真実は二人とも賛成だ。 アメリカが中心にある日本政治は、 GHQ統治の時代と同じような気がしてならない。
2007.08.13
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この地方の最大のイベント花火大会へ向けての準備は佳境にはいった。 浜の場所取りはほとんど終わり、 新旧の防波堤の上の桟敷席も完成しつつある。 あとは荒れ模様の熊野灘が、 これ以上荒れることがないように願うばかりだ。 幸い台風もないようで、 今年こそは何の問題も無く、 予定通りに花火大会が開かれそうである。 街の交通の要衝には花火用の交通案内看板もたった。 街はもう花火一色に染まり、8月17日を待つ。 花火大会の会場になる海岸で、 一人のお爺ちゃんが何時間も浜の場所取りの確認をしている。 色とりどりのビニールテープ囲われた浜を確かめつつ歩いている。時々手に持つ紙を覗き込み、首にかけた何かをとっては確かめている。 ビニールテープの囲いには名前の表示板が立てられたのもいくつかあるが、殆んどは囲われているだけだ。その囲いが自分のもだと判断するのも慣れない人間には至難のように見えるが、毎年のことで地元の人には何のこともないようだ。 それは多くの暗黙の了解があるだろう。 老人はその暗黙の了解確認作業のような仕草であった。 浜の整備をしている役所の職員風が老人に呼ばれた。 職員風は老人の手に持つ紙を覗き込みながら、 四囲を見渡し、 何度もビニールテープの囲いを指差していたが、 大きく手を広げて老人から離れていった。 職員風の後姿を見て佇んでいた老人はまたもとの作業に戻った。 日曜日の昼下がりの浜の光景、 肌を切るような陽射しの中で、 場所取りの確認の老人の姿が、 絵画調に浮かび上がる。 日曜日の昼下がりの透明な光の中で、 足元の覚束ない老人を、 揺らめく光が包み込んでいる。 老人と作業員風の話は聞こえなかったが、 暗黙の了解事項を誰かが破って、 老人の囲いに何らかの侵害行為を行ったのか、 それとも老人の勘違いであったのか、 職員風の大きく広げた手は呆れ果てた仕草だった。 老人の作業は続く。 老人の目的は自分が確保したビニールテープの囲いの確認に違いないが、 その周りは同じよう囲いが並んでいる。 暗黙の了解で老人の囲いは分かるはずだったが、 確認に来た老人には自分の囲いが分からない。 名札でも立てておけば問題なかったと思われるが、 それでは伝統の場所取りのルールに反すると老人は思った。 名札などの表示は要らない。 それが場所取りのルールだ。 主催者は場所取り禁止の看板を出している。 老人と職員風の話が噛み合わないのは当然だ。 それにしても切りつけるような陽射しの中で、 老人はいつまで作業を続けるのだろう。 老いの一徹では片付けられないような気もする。 暫く時間を潰していって見ると、 老人は囲いの中で海を見て佇んでいた。 老人の花火大会は始まっている。 透明な日差しの海岸で、 切りつけるような陽射しの海岸で、 老人の花火大会は始まっていると思った。
2007.08.12
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一万円札の偽札が大量に見つかっている。 見つかった一万円札は旧紙幣だ。 旧一万円札に描かれているのは聖徳太子だ。 聖徳太子の一万円札は現在の一万円紙幣より一回り大きかった。 聖徳太子の一万円札は他の国々の紙幣と比べても一回り大きかった。 「地球上で最も価値と威厳が感じられる紙幣だった」と、 現金を持たなくなった現代的生活スタイルでは感じられない、 紙幣の尊厳と愛着のコラムにあった文言だが、 紙幣の尊厳は兎も角として、 一万円札への愛着は誰でもあるわけで、 金が敵のこの世などと思っていても、 一万円札とは何時でも親しくしていたいと思うのが人情である。 コラムでいう通り紙幣の尊厳は確かにあると思う。 旧一万円札は重量感も聖徳太子像も尊厳に満ちている。 軽々しく扱えないような気持ちにもなるのが聖徳太子像所以だ。 聖徳太子の一万円札が出回るのは、 過去に作られた偽札がどこかに大量にあるということだろう。 真贋判別もそれほど難しくもなさそうな、精巧さにかける偽札のようだ。 真っ先に浮かぶのが北朝鮮である。 タイが脱北者のルートになっているのを考えても、 その可能性が最も大きいだろう。 多くの脱北者が身を潜めている事は、 当然北朝鮮の諜報機関の人間も身を潜めている事は、 容易に想像はつくがあくまで想像だ。 なぜ今頃旧紙幣がで回るかは、先に言ったとおり、 日本で紙幣が変わったために徒労に終わった旧紙幣の偽札が、 そのまま捨て置かれていたのだろう。 それを見つけた誰かが持ち出した。 思いつくの脱北者の持ち出しである。 日本国内よりも先にタイで見つかっている。 タイは脱北者の身を潜める国だ。 旧紙幣でも円には価値がある。 一万円の価値は無くてもかまわないが、 骨董的価値で何倍もの価値があるかもしれない。 勿論偽札がばれない前提での話だ。 そうでなければ日本の紙幣が変わったことを知らないか、 また日本紙幣そのものを知らないかである。 もう一つは諜報機関の持ち出しだが、 それは考えにくいが北朝鮮国内での、 旧一万円札の存在を知るのは諜報機関の方が自然である。 旧一万円札の偽札事件のニュースを見ながら考えるが、 推理とはいえない思いつくことを書き連ねただけである。 想像的妄想の産物だ。 現在の偽札なら、北朝鮮だけでなく中国製もあるかもしれない。 なんでも複製し偽ものを作る中国だ。 大量に見つかったのがタイではなく、 香港やマカオなら間違いなく中国産の偽札だと断定できるが、 今頃旧一万円の偽札など中国で作りはしないだろう。 また、旧紙幣の聖徳太子時代の中国では偽札などは考えられない。 中国で複製品や偽物が流通し始めるのはまだまだ後だ。 旧一万円札の偽札が日本国内に入り込んでも使うことできないだろう。 自動販売機では使えないし、両替に便利だったタバコ屋もなくなった。 アメ横あたりのコインショップなどの専門家が見れば、 一目瞭然に判別がつくようなしろものが旧聖徳太子の偽一万円札だ。
2007.08.11
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「安倍内閣の全閣僚が8月15日の終戦記念日に靖国神社を参拝しないことが、10日の閣議後の記者会見などで明らかになった。 安倍首相は参拝について「するともしないとも言わない」として明言を避けているが、終戦記念日の参拝は行わない方向だ。 終戦記念日に閣僚が一人も靖国神社を参拝しなかった年は少なくとも過去20年間例がなく、極めて異例だ。 塩崎官房長官は10日午前の閣議後の記者会見で、参拝しない理由について「私の信条だ」と述べた。小泉前首相の靖国神社参拝を積極的に支持してきた高市沖縄相は「安倍首相が参拝をこらえていると思うので、閣僚として(参拝を)控えようと思う」と説明した。」読売 「安倍内閣の16閣僚全員が終戦記念日の15日に靖国神社に参拝しない意向を10日の記者会見などで表明した。 終戦記念日の閣僚の大量参拝が始まった昭和30年ごろ以降、参拝ゼロの年は初めてになるとみられる。安倍晋三首相は昨年9月の就任以来、参拝していない。 見送る理由として塩崎恭久官房長官は「私の信条でいつも決めていること」と説明。伊吹文明文部科学相は「宗務行政の所管大臣として、公平を期すため」と職務上の理由を挙げた。」産経 8月15日終戦記念日近づいてきた。 注目は何といっても小泉内閣誕生以来、 総理大臣の靖国神社参拝である。 信念を持っての参拝ならばまだしも、 「行くとも行かないとも言わない」と、 誤魔化しての参拝に何の意味があるのかと思う。 靖国神社が一宗教法人である以上総理大臣の参拝はどうかと思うが、 それも個人としての宗教的自由と云う意味では問題ないのだろうか。 問題は日本国総理大臣が、一個人になり得るかである。 靖国神社の特殊性はあるにしても現在は一宗教団体だ。 久間発言の方が大きな影響を与えた、 ヒロシマナガサキの原爆記念日から、 さらにその影響が続く終戦記念日が近づいている。 見せかけの民族主義を掲げる政治家のパフォーマンスがないだけでも、 真実の戦没者慰霊祭が行われるような気がする。 見せかけの民族主義ほどたちの悪いものはない。
2007.08.10
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2006年度ミスワールド世界大会2位の知花くららが、 日本テレビのニュース番組の沖縄ロケは、 この時期であるから当然のように戦争であった。 しかし、通常のロケと違うのは自分のおじいちゃんから話を聞くとことであった。 秘めた胸を敢えて開くおじいちゃんも、 思わぬことを聞かされる孫もそれなりの覚悟のいることである。 知花くららの祖父の戦争体験は赤裸々で臨場感のある話であった。 知花くららの祖父の語る戦争は思い出したくない真実であった。 沖縄の終戦時の集団自決については何度も語られている。多くの人が同じような体験をし、これまでも何人も語っている。そんなことを言えば不遜になるが、特に珍しい話ではない。もし多くの人が驚くようなら、それは戦争が風化していることである。 自分親兄弟を手にかけた人は何人もいるし、親を殺しているところをアメリカ軍につかまり、アメリカ軍の裁判で死刑の宣告を受け死刑執行を待っていて恩赦で助かった人もいる。そんな体験を自ら語った人は誰もいない。多くの場合情熱に燃える作家やジャーナリストが、泊り込んで粘り強く説き伏せ重い口を開かせた。 知花くららのおじいちゃんの語る沖縄戦の末期の体験としては特別に驚くことでもないが、祖父が孫に語る戦争体験として特別の意味がある。墓場まで持っていくつもりの体験を敢えて最も聞かせたくない孫に語る祖父の思いには特別のものがある。 祖父は墓場までその体験を持っていくつもりだった。多くの人がそんな思いで戦後62年間を生きてきた。故郷で生きることが許され子供や孫に囲まれる生活を取り戻したは人々は、ある意味で幸いである。 中には親兄弟の血の滲むこの地での生活が耐えられなく本土へ渡った人もいる。死んで言った人達の叫びが聞こえ、よるも寝れずに苦しんだ挙句、その声が聞こえない遠い土地南米へと渡った人もいる。 戦争末期の極限状況は語りつくされるものではない。 語りたくない、思い出したくもない、語れないが体験者の心だった。 問われて、 説得されて、 自分達の話が、 戦争を起こさない為に役立つという条件で、 多くの人達は体験を語ってきた。 そして知花くららの祖父も孫の幸せを願って話す決心をした。 しかも、最愛の孫に直接語り聞かせる苦渋の選択である。 知花くららの祖父の話は知花くららの生命と直接関係するものである。 そこにそのニュースの大きな意味があると思う。 おじいちゃんは何度も死ぬこと失敗した。 失敗することによって生き残った。 生き残った事は罪となり、 死んでいった者に申し訳ないという強迫観念にかわり死を急ぐ。 生き残った命を引きずり死ぬ場所と求めて彷徨い、 ついに来た最後の時は、 棕櫚の葉を引き裂いて紐代わりにし、 自らの首に巻きつける。 その時声がかかる。 「他にも生きている人がいるから死ぬことはない」 生きている事は罪でも恥でもないと言う声がかかる。 生きている事は、生きていく事は恥ではないから生きよと。 その言葉によって死の想念から開放された。 死ぬ以外に道はないと追い詰められ、 生きていることの罪に苛まされたおじいちゃんの心から死が消えた。 その瞬間知花くららの存在の大きな分岐点だ。 おじいちゃんの死の想念が消えなければ、 当然地花くららはこの世に生を受けることはない。 祖父と孫の命の繋がりの分岐点であった。 おじちゃんは日本軍に命令されたわけではない。 そして、死んでいった人達も決して軍から命令されたわけではない。 教えられていた。 改めて軍が命令しなくても教えられていた。 鬼畜米英とも教えられていた。 そして、自決用の手榴弾も軍は配ったが、 直接、死ねとは言わなかった。 歴史教科書が見直される。 おじいさんは最後の決心をした。 孫には自分の話に耐え理解するだけの強さがあると判断した。 墓まで持っていくつもりの体験を、 祖父は可愛い孫の為に語った。 自分達と同じ体験をさせない為に。 長崎市長は非核三原則も国是とするだけではなく、法制化が必要と国に迫った。どんなに国是として守っているといっても、法的な裏付けが無ければ、いつかは破られると言うことであり、軍は死ねよと脅迫的な観念を植え付けながら戦争が終わって関与を否定する。 確かに、その現場で軍は関与していない。 非核三原則を国是としても、 何年か先、何十年か先に核を所有する機運が国内に満ちたとき、 非核三原則も言葉だけでは強制力は無く、 そんな事は法律にはないと退けられると言う意味だろうと、 個人的な解釈をする。 軍の関与は必要が無かったということである。 吉永小百合さんが沖縄戦の童話の朗読を始めた。 その吉永さんの話で、1968年の映画「ああ、ひめゆりの塔」の最後の自決シーンなどの演技で、演技しすぎて真実さを欠いたので、沖縄の人に申し訳ない思いであったというニューアンスの話があった。 今見ても確かに力がはいり過ぎたような感じはする。 手榴弾のピンを抜く動きも、 ひめゆり部隊の少女達は、 自然に出来たのではと思い続けているかも知れない。 と、勝手に思う。 演技云々よりも、そんなことを思い続ける吉永小百合の凄さを思う。 知念くららさんののおじいちゃんも、田山長崎市長も、吉永小百合さんも、 思いは平和である。 平和の為に偽りなき真実の継承である。
2007.08.10
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「この子どもたちに何の罪があるのでしょうか」 語りかけから田上市長の平和宣言は始まった。 核兵器使用の違法性を審理した国際司法裁判所で、 伊藤前市長が長崎原爆で黒焦げになった、 少年の写真を掲げて発言した文言を引用した田上市長は、 伊藤前市長の無念とその働きを称え、 その核兵器廃絶の遺志を引き継ぐことを短い言葉で表現した。 新市長の平和宣言は、 世界のあらゆる核問題に触れ核廃絶への決意を表明した。 短い言葉の中には如何なる理由があれ、 核兵器使用容認の言葉は許されないと、 「被爆国のわが国においてさえも、 原爆投下への誤った認識や核兵器保有の可能性が語られる」と、 久間問題に触れ、 核論議の政治家を非難し、 「憲法の平和と不戦の理念にもとづき、 核兵器廃絶に向けて強いリーダーシップを、、、」と、 日本政府国に注文をつけ、 非核三原則を国是とするだけでなく、 さらに法制化も必要と安倍総理大臣に突きつけた。 被爆者代表の正林克記(まさばやしかつき)さんの平和への誓いは、 62年前の今日の細かい描写から始まった。 忘れることの出来ない詳細な記憶の一片一片が、 重い言葉に乗って描き出される。 叫びとも思える言葉は胸に突き刺さる。 幼い妹を背負って逃げ惑う62年前の細かい描写は現実的であり、 正林さん以外には語りえない体験である。 ヒロシマナガサキは特別の土地である。 長崎の市長の言葉も、 被爆者代表の正林克記さんの言葉も、 長崎の土地でなけれな発することの出来ない平和への思いである。 被爆犠牲者達の叫びが聞こえるようだ。 その人達の犠牲の上にある平和な日本で生きる者にとっては、 8月は鎮魂の月だ。
2007.08.09
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夏になると妖怪だ鬼だ目に見えない闇の世界は喧しい。 いや人間が勝手にほざいているかも知れない。 そんない方では、夏の夜の納涼話もしらけるから、妖怪について真剣に考える試みだ。 妖怪とは何だろうと考え始めると鬼が邪魔をする。 鬼は関係ないと思うが、社会的な関わりや権力闘争の敗者的な鬼の定義とは別に、 妖怪は諧謔性の備わった愉快な仲間的な存在でもあると思う。 妖怪には存在理由は諧謔性だと難しく考える。 人間を驚かせたり悪戯したりして困らせはするが、 殺すとか危害を与えるとかの決定的悪は妖怪は持ち合わせていない。 結局人間の生存においての、 ある種のパートナー的な存在でる。 鬼はそうではなく直接的な生存を脅かすものとして存在してきた。 などと言うと面白くもないが、 妖怪は楽しく鬼は怖くが定義である。 もちろん個人的な定義だが。 妖怪は水木しげるさんの描いた妖怪が基本にある。 水木妖怪が妖怪の原点である。 ゲゲゲエ鬼太郎が妖怪とは思えないが、妖怪だろう。 鬼太郎は鬼の字が当てられているから鬼と妖怪の融合だと勝手に思っていた。 妖怪の人気投票などもあったような気がするが、 果たしてどの妖怪がトップだろうと、あらぬほうへ考えは飛んでいく。 それも妖怪のなせる業かなどと考えネット検索だ。 妖怪は時として人間にもたとえられる。 昭和の妖怪とか平成のよう気とか言われるのは政治の世界で、 昭和の妖怪は岸信介で、 平成の妖怪はさしずめ小泉純一郎と言うところか。 芸能界の妖怪とか、お笑い会の妖怪と当てはまらないかも知れないが、 現在のテレビ界では 細木数子が妖怪だろう。 人間はどうでもいいが、 河童と幽霊と言うような明らかに違っても、 妖怪の仲間であるから妖怪は一筋縄では行かない。 鬼なら全てに鬼さえ付ければ形容詞的役目を担い説明も簡単だが、 妖怪はそれぞれ個性的で、 十把一絡げで語ることは出来ない。 妖怪大戦争と言う映画あるらしい。 素晴らしいメンバーが参加する映画妖怪大戦争は、 10歳の少年タダシの母親の里、鳥取での冒険物語だ。 都会から来たもやっし子、 いじめられっ子のタダシは、 神社の祭りの主役「麒麟送子」に選ばれる。 何と麒麟送子は世界平和のための正義の使者である。 世界平和の為の力を与えるのが大天狗山の洞窟にある聖剣だ。 当然タダシは聖剣を取りに向かう。 妖怪に助けられながら、地球滅亡を企む悪妖怪と戦う。 水木しげる 京極夏彦 荒俣宏 宮部みゆきが、 プロデュースチームではみるしかないようだ。 妖怪大戦争の妖怪をピックアップしてみると、惺猩 川太郎 川姫 油すまし ぬらりひょん 小豆洗い、、。 タダシの敵は大怨霊ヨモツモノの力で混ぜ合わせつくられた機怪で、 新悪妖怪である。新妖怪は人間の犯した罪の複合遺物的妖怪であり、 人間世界への復習の為に生まれた(つくられた)妖怪だ。 人間世界でいじめられっ子であったタダシが、 人間世界を救う平和の使者として戦う。 当然妖怪の助けでだ。 アニメから実写版へ妖怪映画も変化していくようだ。
2007.08.09
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待合室の時間は退屈な時間ではない。 床屋(理容室)さん、美容院、歯医者さんに病院と、 待合室にはいろいろな本屋や漫画が置かれている。 その種類は色々だが多いのは当然週刊誌や漫画である。 そんな待合室の本の中には珍しい部類の本もある。 何度も驚くのは太陽である。 専門誌のようでそうではない業らしいが魅力的な本太陽は、 明らかに珍しいb塗る委の本である。 珍しいと言えるかどうかの判断は出来ないが、 意外と多いのはモータースポーツ関係かと個人的には思っている。 そんな退屈を紛らわす目的で置かれる待合室の本の中にも、 個人の書棚同様に、 殆んど触られること無く、 何十年も動いてないと思われる本もある。 肩身の狭い思いをするはずの忘れられている本が時には語りかけてくるような気がして、つい取り出して何気なしにページを捲ったりする事がある。 多くの場合すぐに元の場所に収まるが、 時には読み耽ったり、 また、後で読むつもりで手近なところに置いたりする。 通いつめている歯医者の待合室、 誰かが本棚から語りかけられ取り出して、 テーブルに置いたと思われる雑誌は、 1984年12月号の文藝春秋だった。 2007年8月発行の、 「朝青龍モンゴルビジネスの闇」の、表紙の活字が躍る週刊現代の傍で、 色あせた月刊誌の表紙には、 「中曽根政権の通信簿」だ。 中曽根内閣は兎も角として、 特に興味を引いたのは、 映画「エイリアン」の、 シガニー・ウィーヴァーの記事だった。 ハリウッドでは珍しいタイプの女優だと思っていた。 その珍しいはハリウッド女優をセックスシンボル的な、 所謂、マリリンモンロー的な女優とは違うと言う意味である。 要するに特別な美人ではない女優と言うことにである。 日本ではいないタイプの女優さんだ。 「すらりとした長身の硬質な美人だが、冷たい感じはない」 の記者の表現は見事であるが、 異論をあえて挟めば冷たさはあるし、 その冷たさが魅力と思う。 記事の賛辞は続く、 「危険な年」でジャカルタの大使館員を演じたとき、 アメリカの週刊誌“タイム”は、 「現在のアフロデイテのようにプールから上がってくる」と、 絶賛したと言う。 「ゴースト・バスターズ」では悪魔に乗り移られ女魔神に変身する。 「、、、はやり美しいということはいい事なのだ」 と記者のお惚け賞賛が続く。 シガニーと言う名前は、 フィッツジェラルドの小説「偉大なるキャツビー」 中からとったと言う。 「シガニー・ウィーヴァー」である。
2007.08.08
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朝からテレビを見るには時間調整と共に勇気がいるとの思いは、 時間に縛られてのサラリーマン人生の箍が外れない証拠であるが、 勇気を出して朝のテレビ番組を見る。 時間的観念に罪悪感さえ加味されるの何とも情けないが、それも時間的制約で生きる人間の慣習であり、日の出に従って行動する生命体の宿命でもあると自分に言い訳し、少々オーバーだが人目を忍んでの小悪的行為の心境で、子供の頃の悪戯さえ思い出す。 そして、さらに、慌ただしく動いている家内への反論を許さない絶対的な言い訳まで考えて見る朝のテレビは、毎日見るわけにはいかないような限定的な楽しみのようだ。 自由は自由に慣れない人間には億劫でもあると気づいた。 前置きはさておき、 朝のテレビに参議院選当選者の話題の新人議員が出演していた。 先日の初登院で国会議員らしい風格がついたと言えば嘘になる。 しかし、 いかにもテレビ慣れした感じの新人議員はタレント性を十分に備え、 風格も感じられた。 テレビでは歴史的大敗と言われながらも続投宣言で、 総理総裁の座にしがみ付く安倍さんがクローズアップされる。 参議院選の敗因は「政治と金」への国民の声だと決め付け、 政治資金規正法の見直しに躍起なる安倍さんと、 見直しに反対を唱える、 安倍さん批判の自民党議員が次々と登場する。 一気に政治の方向が変わるのを、 昔流に言う朝の茶の間のテレビから感じるのに恐怖感さえ感じる。 1ヶ月前には、 血気盛んに拳を振り上げ自己主張を繰り返し、 「美しい国」で人の意見も封じ込めた、 絶対君主安倍晋三はいない。 傲慢な持論で押し通し、 ほかの人の言う事は鼻で笑うがごとき、 安倍総理は焦点の定まらない視線を浮遊させているだけである。 自民党のお家騒動は今更驚くことでもないが、 本人の隣での退陣要求は滅多にない。 従軍慰安婦問題で河野談話を否定した安倍総理大臣は衆議院議長席の河野洋平さんを意識しただろうかと考えたことがある。そして同じ発言をした他の安倍内閣の閣僚もだ。 政府が政府を否定することの意味も考えたことがあるだろうかと。 軽々しく言ってはならない事を軽やかに言ってのけたのは、 ある意味では勢いであったが、 自らの立つ瀬を否定したのは事実であった。 自民党は一政党であるが、 官房長官談話は日本政府の国際社会への声明である。 しかも、 かって自民党総裁でもあった河野洋平は衆議院議長にいる。 一方的に攻められると感情的擁護論が出るものだが、 今回の安部総理大臣に対しての感情的擁護、 いわゆる母性的擁護論も、また、義侠的擁護も少ない。 それは安倍さんが現在も最高の権力者に変わりない現実があるが、 それでも極端に少ない擁護論は、 参院選前の映像が残っているからだろう。 直接聞いた安倍擁護論はWBC日本代表監督、 ご存知星野仙一さんの言葉であったが、 星野仙一らしい歯切れのよさは無かった。 それは恐らく個人的な繋がりでの擁護である。 「もういいだろう。それが日本人の一番悪いところで、 皆でよってたかって負けた人間をいじめる、、、、」 そんなニュウーアンスの言葉であった。 長い間の星野仙一ファンが唸った。 そんな事は兎も角として朝のテレビである。 「上場企業だって一円の領収書など出してはいない」 「政治は特別の世界だ」 二人の自民党議員先生の言葉である。 と、その時コメンターの一人が気になった。 落合恵子さんである。 叔母さんになった落合恵子である。 ラジオでしか知らないし作品も読んだことのない、昔から知っている落合恵子である。 元気で勇ましい。シマウマの鬣のようなヘアースタイルだ。 ジャングルを駆け回り草原を疾駆しそうな勇ましさを感じる顔だ。 「この人昔からいるわね」 背後からの声は意味不明の感嘆交じりの声だ。 「昔って、明治か江戸か」 「そうね、江戸ではないわね、私と、、、」 昔からいて、今もいるが私とかわらない歳は幾つかの詮索などどうでもいいが、 国会議員先生の真実の声は、 特別の世界で特別の人間だのようだ。 胸糞悪い政治の話でも、 落合恵子さんの映像が、 爽やかな涼風のように心を吹き抜けた朝のテレビであった。
2007.08.08
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安倍総理大臣が原爆症の認定基準を見直すことを検討すると発言した。 「専門家の判断を基に、見直すことを検討させる」 と、画期的な発言である。 被爆者の代表も一応は評価するが、 現在の安倍総理の発言はどうしても参議院選と結びつき、 人気取りのビップサービス的にしか受け取られない。 それは当然のことだが、 もし、菅直人さんのHIV問題や、 小泉さんのハンセン氏病問題などのように、 明らかに解決する意思があるならば、 控訴断念が先だと言う関係者もいたりで、 どうなるかわからないが、 老いた被爆者の方々に希望を抱かせたからには、 早急な解決法を示す意外にないだろう。 原爆症の認定基準の厳しさで、 現在はごく一部の人しか認定されていないとが、 基準の緩和によって多くの被爆者が救われるだろう。 時間がかかっては意味がないし、 もし早急な対策が示され、 現実の数が示され感謝の言葉がマスコミを埋めるようになると、 安倍人気も復活するかも知れないが、 時間がかかったり、 具体的な数字等が示されなかったら、 人気はさらに下降線を辿る事になる。 しかし、現在の安倍内閣に難しい問題を解決するだけの、 力があるだろうか。 力よりも何時消えても不思議ではない内閣に、 原爆症認定の難しい問題解決を期待できるだろうか。 被爆者の代表者の方々はそんな事は承知であるから、 一応の評価はするがその後は言葉を濁す。 それにしても、 久間発言の余震は消えることなく、広島では大きなうねりとなっている。 地元長崎ではさらに大きなうねりで、 あるいは具体的な名前まで取り沙汰されるかもしれない。 安倍内閣の他の閣僚も当分は核保有の論議云々もないかもしれないが、 安倍総理自身は久間さんを庇った経緯がある以上は、 被爆者や広島長崎の人々から歓迎されないだろう。 むしろ、久間さんと同じだと思われているだろう。 現在の久間さんの心境はテレビで見る限り、前と同じである。 必死に弁解するが、 その弁解は次第に元に戻る危うさを秘めている。 心にもないことは言わないのが人情なら、 果たして久間さんの弁解はどうかと疑いたくもなるが、 肝心の被爆者への謝罪や国民への謝罪などは聞かれない。 原爆関係の映画も日米両国で製作され、 アメリカ映画「ヒロシマナガサキ」は日系3世監督作品で、 原爆投下を是とするアメリカ人の意識改革への、 一歩になるような社会的にもインパクトのある映画のようだ。
2007.08.06
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安倍内閣の支持率は20%台の前半まで落ちた。 マスコミ各社の世論調査は多少の差があっても殆んど同じ数字だ。 人気だけの総理大臣である。 最たる実績も無く、 飛びぬけた業績も無く、 ただ北朝鮮の拉致問題での強硬論だけが人気の元であった。 小泉内閣誕生の熱風の中で、 小泉さんのサプライズの一つであった安倍幹事長が最大の実績であった。 小泉さんの北朝鮮訪問時官房副長官として同行し、 その姿がマスコミに流れ注目された。 その後の北朝鮮への強行発言が、 あたかも拉致問題は安倍さんの功績かのごとく錯覚された。 そして、小泉さんの野望の後継者として安倍総理大臣は誕生した。総裁選殿人気の高さが大きな錯覚を生み出した。 錯覚は小泉さんへの反旗とも思える行動にでた。 小泉的なものの排除と郵政造反議員の復帰は小泉否定の最大の表現であった。 支持率急下降でたじろぎ始めた安倍総理に、 小泉さんは「鈍感力も必要」とエールを送った。 安倍さんは鼻で笑った。これは個人的な見解だ。 脇を固めるお友達はイエス・マンしかなく、 いかにも絶対者的な錯覚はいよいよ大きくなった。 国会論戦の時間は殆んどが自らの閣僚の不祥事問題に費やされたにも関わらず、 法案は強行採決が続き、その法案成立の実績を協調する。 国会の終盤では、 皇帝が君臨するかのごときであった。 国民はカメラ目線にうろたえ、 目を合わせる恐怖さえ味わった。 助言する小泉さんも嘲笑うかのような事も何度もあり、 歴史観さえ自らに合わせることが出来ると誤解した。 そして参議院選挙は錯覚のまま突き進んだ。 絶対的な自信。肯定的な錯覚。 小沢さんを選びか、私を選ぶかと国民に迫った。 そして「国民の怒り」に触れた。 それでも、 参議院選挙での歴史的な大敗は総理大臣の責任で無く、 閣僚の責任であり、人心一新して国民の期待に応えるのが、 政策が支持された安倍総理大臣の使命である。 と、安倍総理の錯覚はまだ続いている。 「政策は承認された」 と堂々と言ってのけるところが安倍さんの凄さである。 総理を否定した国民が総理が掲げた政策は承認したという矛盾は、他の政治家は言わない。安倍内閣の閣僚なら高らかに言うが、他の政治家は言わないと思う。 まだ、20%代の支持があるとは凄いと思う。 選挙結果に従って人心一新を謳う。 さて、どうなるかは知らないが、明日から国会も始まると言う。 選挙は政治をかえる事ができると知った国民は、主権在民の意識に目覚めたといえる。何時まで続くかは誰も知らないが、暫くは政治意識は高い状態で続くだろう。 願わくば教育基本法の見直しだ。 民主党支持者ではないが、暫くは民主党にがんばってもらうしかないようだ。元気の無くなった自民党で、一人気を吐くといっても過言ではない舛添さんだ。いち早い安倍批判派は彼の政治的評価を格段に上げた。参議院与党過半数割れのときは翌日に内閣解散を唱えて、安倍批判を繰り返した。その批判に対して、安倍さんは、国民の方を向いてないと批判し「そんな政治家は辞めるべきだ」と言った。 驚いた。問題になると思ったが、何のことはなかった。 総理大臣が、国民が選挙で選んだ参議院に辞めるべきだと言ったのだが、問題にはならなかった。自民党の総裁としてはと考えるが、そんなことを今更考えても「しょうがない」かと思う。 内閣改造も早いというが、安部さんと心中する覚悟でなければ、大臣も勤まらないのではと思ったりもするが、政治の世界はそんなものでもないのか。安倍さんの人気回復の幸運がやってくるだろうか。 面白いといえば面白いが、今週中に大きく動き出すような気がする。
2007.08.06
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「広島に投下された原爆で9人全員が犠牲になった移動演劇隊「桜隊」を追悼するために、6日に東京都内で開かれる会で、同隊の前身にあたる劇団の団員だった俳優佐野浅夫さん(81)が仲間への思いを初めて語る。原爆症第1号とされた女優の仲みどりさん(当時36歳)の最期の模様や、「ガンさん」と慕われた新劇の人気俳優丸山定夫さん(同44歳)の人柄などを話すつもりだ。佐野さんは直前に召集され、被爆は免れた。「これまでは自分だけが生き残ったことが後ろめたかった。しかし、仲間を知る人がいなくなった今こそ」と、〈62年間の沈黙〉を破ることにした。」yomiuri 62年間の沈黙を破る。 なぜ62年間沈黙しなければならなかったのか。 その沈黙は悲痛の叫びでもあった。 沈黙は叫びであった。 叫びを胸に秘めて生き続けた強さは、 時には頑なな妄執とさえ感じられたに違いない。 62年間封印された思いは変わることなく無く心に残り続けている。 先日のNHKスペシャルの硫黄島決戦の生き残りの3人の発言も同じであった。忘れっぽくなって昨日一昨日の事は忘れても、あの日々の記憶は一片たりとも欠ける事は無い。 生き残った人達は生き残った事への罪悪感に苦しめられて戦後生きた。それは、その時代に関与しなかった人間がどんな詭弁を弄しても説明などできるものではない。 現在の私達が語ることは、 当時の指導者と同じに机上の戯言に過ぎない。 生きる事を罪と思って生きる人達の心など当事者以外には知りえないし語れない。 死ぬことが是であり、死ぬことが真実であった時代、 多くの戦友の死に行く姿は、 自分も当然死ぬとの前提でしか納得できない。 一日早く友は死に、 一時間早く友は死に、 次は自分が追いつき、 互いの交わりは死後であった。 その死後の世界は自分達の命の犠牲で築いた理想郷であった。 しかし、戦友へ追いつくことは出来なかった。 不幸にも死に損なって生き残ってしまった。 そんな思いで生き残った人達は生きてきた。 「無駄死であったのか」 一人の硫黄島の生き残りの老人は言う。 「彼らの死を無駄死、犬死と思える社会を思うとき、余りにも哀れである」と続ける。 言葉では語れない地獄絵の世界で死んだ者も、 生き残った者も、 共に背負う不幸は、 「無駄死に思える社会」だ。 不幸な思い出を封印したまま死んで言った人も多いだろう。 生きることよりもむしろ死ぬ方が楽であった硫黄島で、 死ぬ事も許されずに捕囚となる事も許さず、 しかも、後退も許されない残酷な矛盾の重なる戦場は、 殺すことと殺されることだけが許された地獄であった。 生き残った人々は持ち帰ったのは、 国の残酷さと生きることの不条理である。 浅野さんの体験など多くファンはつゆも知らずに水戸黄門を応援していた。 劇団「苦楽座」の存在も、 戦時中の名称に改まった移動演劇隊「桜隊」の存在も知らなかった。 「原子爆弾症」第一号が桜隊の女優中みどりさんであった事実は、 佐野さんの心の封印を解く鍵でもあっただろうと勝手に思う。 「兵隊になった私が生き残り、なぜ、みんなが犠牲にならないといけなかったのか。今後も問い続けたい」と話していると言う。 佐野さんが被爆を免れ生き延びたのは招集令状であった。 召集され戦地に送られた浅野さんは生き残った。 兵隊になった浅野さんは生き残ったのである。 死を覚悟して戦地に赴いた浅野さんは生きて残り、 内地で活動した、 「苦楽座」改め「桜隊」の仲間は原爆の犠牲になった。 浅野さんや硫黄島の生き残りの人たちと同じように、 心の封印を解く人はこれからも当然でてくる。 しかし、歳をとるに従って、語る気力が衰える。 記憶は一片たりとも欠ける事は無くても、気力は衰える。 また、多くの人たちが心の封印を説くことなく、 様々な思いを墓場まで持っていっただろう。 そんなことが無いように、 心の封印はできるだけ早く解き、 これからの平和の為に語るべきだと思う。 中には多くの英雄談も聞いたし聞かされた。特攻崩れだ、天運によって生かされたような、危機一髪の僥倖の連続で生き残った話などは何度も聞かされた。 そんな上滑りな戦争談は確かに幾つも聞いたし映画やドラマでも見たが、 ほとんど記憶にも残っていない。 とても語れない阿鼻叫喚の地獄模様をあえて語るのは、 死んでいった人々への侘びだと硫黄島の生き残りの一人は言った。 死んでいった人への侘びなど、あるはずもないが、 生き残った人達の心には重々しい罪悪感となって62年間も残り続けていた。 それが悲しい現実であった。 戦場の苦しみを潜り抜けて生き残り、 焦土と化した祖国へ帰り、 脇目も振らずに国の復興と繁栄のために働いた人々の心には、 そんな罪悪感が重く澱んでいた。 今日は広島に原爆が投下された原爆の日である。
2007.08.06
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「日本で絶滅の恐れのある動植物をまとめた環境省のレッドリストが3日更新され、新たに沖縄本島周辺の海に生息するジュゴンが、哺乳(ほにゅう)類の絶滅危惧(きぐ)種に指定された。 ジュゴンは世界的には約10万頭が生息しているが、北限となる日本では、沖縄本島周辺でしか確認されなくなっている。「生息数は50頭を超えることはない」として、絶滅の恐れが最も高い「絶滅危惧IA類」に分類された。」yomiuri 人魚伝説のあるところには必ずと言っていい程顔を出すジュゴンとマナティー。どちらも海牛類に属していますが、太平洋・インド洋の熱帯・亜熱帯海域に分布するジュゴンに対して、マナティーはフロリダ半島からメキシコ湾やカリブ海沿岸にかけて分布するアメリカマナティー、アマゾン川やオリノコ川流域に分布するアマゾンマナティー、アフリカのセネガルからアンゴラにかけて分布するアフリカマナティーの3種に分けられます。aquariumWWFジャパン ジュゴンの未来 海に住む神秘の生き物ジュゴンは人魚として伝説にあり多くの物語になった。 日本の各地にも色々な伝説があるように世界にも色々な伝説があるようだ。 西洋的なマーメイド伝説である。 上半身は美しい乙女で、 下半身が魚の半身半漁の、 人魚姫はお馴染みであるが、 不思議に男の人魚は見たことがない。 最も有名なのはローレライ伝説か?。 ローレライ伝説はライン川の難航の場所での事故と人魚を結びつける悲しい伝説である。 金色のくしを持つ美しい人魚が船頭を惑わせる。 人魚に魅入られた船長は魔の渦へ向かう。 ローレライ伝説のもう一つのものは、 ローレライは恋に破れた乙女の化身である。 男に騙された乙女が世を儚み裏切りの男を恨んでライン川に身を投げる。 ライン川に棲む悪霊となった娘の霊は漁師や船頭を迷わす。 日本では、 比丘尼 ザン(奄美地方に伝わる人魚伝説) アマエビなどの人魚伝説があり、 羽衣伝説と同じように、 各地に人魚伝説はある。 その中の鵜の浜温泉人魚伝説 人魚の話で有名なのは何といっても童話の、 「人魚姫」で、 原作は、ハンス・クリスチャン・アンデルセンだ。 コペンハーゲンの港には岩に腰掛けた人魚姫像がる。 日本の海岸で言えばテトラポットに腰掛けたようの人魚姫像は、コペンハーゲンの象徴的なものである。海岸にぽつんと置かれた人魚像は幾多の災難にあってきた。アンデルセンの人魚姫が悲劇であるように人魚姫像も悲劇の像である。首を切断されたり腕を折られたりしながらも、現在でも多くの観光客をひきつける魅力的な観光資源でもある。 多くの人魚伝説の中で奇妙とも言えるのは人魚の肉と不老不死の関係である。 人魚の肉は不老不死の妙薬である。 その肉を求めて野望と陰謀が人魚に迫る。 人魚伝説は人魚にとっては食うか食われるかの戦いの話である。 関係ないが、 世界三大がっかりは、 「シンガポールのマーライオン」 「コペンハーゲンの人魚像」 「ブリュッセルの小便小僧」らしい。 (予備として、「シドニーのオペラハウス」「ドイツのローレライ」)
2007.08.05
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「安倍晋三首相の私的懇談会「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(座長・柳井俊二前駐米大使)は10日、参院選で中断した議論を再開する。集団的自衛権の行使を認めるための憲法9条解釈の見直しを今秋、報告書にまとめて提言する。だが、参院選惨敗で安倍政権の求心力は急速に低下、首相は与党内の慎重論に配慮し、報告書を当面棚上げし、法制化を見送らざるを得ない状況だ。」 mainiti なし崩しに進むと思った集団的自衛権など、 平和の歯止め的な法律の見直しが、 参院選挙の結果で変わった。 日本の国民は政治家が思うほど馬鹿でもなく、 民主国家、平和国家への願望を持ち続けていた。 一体どこまで続くかと思われた強行採決の連続で、 独裁的色彩に染まりつつあった国会で成立した法案は、 全て見直し論議し直す必要があるという評論家もいる程に、 政治の恐ろしさを教えてくれた安倍総理大臣は、 ある意味では日本の民主政治の救世主と、 皮肉も言いたくなるような変わり様である。 国民新党は郵政民営化さえ見直しなどといっているらしい。 それが可能かどうかは知らないし、 安倍内閣に関係ないとも思うが、 見直しが利くなら見直しても良いのではと思ったりもする。 日本の国民は、 選挙の意味、 投票の意味、 一票の意味、 有権者の力を、 この参議院選挙で再認識した。 今までも当然知ってはいても、 それが明らかな力となり、 変化をもたらすとは思わなかった。 政治と金の問題が見直され集団的自衛権だ。 同盟国アメリカが攻撃されたらどうのこうのは据え置かれた。 アメリカと同等に肩を並べての軍事行動は据え置かれる。 数々の不祥事で国民からお叱りを受けたが、 改革は支持され、政策は正しかったと評価されたなどの、 戯言は安倍総理大臣だけで、自民党でも信じる人はいないだろう。 袖でも安倍内閣は続く。 民主党は大勝利でも国民は民主党が勝ったとは思ってない。 自民党が自滅しただけであると民主党へも戒めの視線を向けている。 迷走する政治は国民の意思を汲み取ることが出来るかもと、 期待はするが不安の方が大きい。
2007.08.05
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オーシャンズ13は泥棒映画である。 泥棒と詐欺師のエキスパートが集結し活躍する、 スパイ大作戦的な映画である。 ターゲットはカジノだ。 国家でもなく、 国家組織でもなく、 国家的施設でもなく、 国家予算的規模の大企業でもなく、 カジノだ。 最新鋭のシステムの先端のセキュりテイーに挑むだ。 精密な作業をこなす技術力、スピーデイーな行動力、 コンピュターの頭脳と密機機械の正確さとスピードが、 オーシャンズの条件だ。 ダニー・オーシャンの仲間は、 それぞれの分野のエキスパートである。 不可能を可能にする技術力も魅力であり、 仲間も大事にする友情が魅力だ。 犯罪者の友情は時には常人には考えられない結束力を発揮する。 単純な仲間意識ではなく、 日本的に言うと刑務所兄弟的な仲間意識である。 美しい喩えだと三銃士的な「一人がみんなため、みんなが一人の為」的な、 連帯感である。 金銭的な欲望だけではない義賊的な泥棒や詐欺は痛快である。 ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピッド、マッド・レイモン、 アンデイ・ガルシア、ドン・チールド、エレン・パーキン、 アル・パチーノ と、出演者を見ていくと、アル・パチーノで止まる。 アル・パチーノである。 ゴッド・ファーザーのアル・パチーノだ。 外国人俳優で最も好きな俳優である。 女優はソフィア・ローレンで男優はアル・パチーノだ。 好きな俳優はイタリア系で、マカロニウエスタンが好きだった。 今や歳を重ねハリウッドの重鎮になったアル・パチーノに、 もちろん痛快なアクションなど期待しないが、 ヒーロクラスが並ぶオーシャンズに更に重みが増した。 アンジェリーナ・ジェリーとの結婚は、 二つの世界の融合さえ感じたブラット・ピットは、 今や、ハリウッドの代表スターである。 オーシャンズは一人のヒーローだけでは話が進んでいかない。 オーシャンズはチームの話であるからだが、 主役は一人ではなくみんなが主役のような感じだ。 「みんなが一人のために、一人がみんなの為に」 が、「オーシャンズ13」だ。 「オーシャンズ13」 友情を称え、仲間を称える泥棒映画だ。
2007.08.03
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自民党惨敗の参議院選挙が終わり地殻変動が始まった。 そんな実感を持ってからは早5日目になった。 動き出したかに見えたが、結局何も動かなかったと言うことにはならないが、 国民の期待とはかけ離れた動きにしかならないようだ。 当然だが、 歴史的とも表現される自民党の大惨敗で政界は大きく揺れた。 しかし、多くの犠牲者を出しながら、 大惨敗の自民党で、 総裁は一人で遠い星を見ている。 悪いの周辺であり自分ではないと、 選挙結果がどうあれ、 国民の期待に応えると星に誓っている。 開いた口の塞がらない自民党の中から、 封じ込められた自民党らしさが動き出した。 密室談合。 安倍降ろし。 殆んどものも言えないくらいに、 押さえつけられていた自民党内から、 公然と沸き起こる安倍降ろしはの声は当然だ。 「私、私の内閣、私の改革、私の目指す美しい国、、、、」 私が先走った安倍内閣は発足して一年にもなっていない。 人心一新。 一新するのは周辺だ。 記者の質問は本人は一新しないのかだった。 本人である私は別だ。 私の内閣だから。 続投宣言でも、 次の一手を踏み出せない。 どんな批判にもわれ関せずで、 他人事のように、淡々と答え、 国民を連発していると、 やがて国民は忘れて人気も回復する。 今こそ鈍感力の勝負だと、 思っているか無いかは分からないが、 そんな居直りさえ感じられる。 鈍感力を教えたのは小泉前総理だ。 今、気になるのが、 選挙後一向に姿を見せない、 小泉純一郎前総理大臣だ。。 続投安倍首相の関係者がテレビ出演の機会も増えた。 渡辺美智雄元大蔵大臣の息子で、 参議院選挙前の目玉であった天下り禁止法案担当大臣は、 安倍内閣の閣僚に相応しい自己主張の塊で、 他の人の言うことさえ聞けない人だった。 ミッチーこと、渡辺美智雄さんが自民党の総裁選挙に立候補した当時の、 遊説や演説の映像に良く似た婿の姿があった。 その息子がその人である。 愛らしくユーモラスな顔に重みが増したかに見えた。 しかし、法案の賛否は兎も角として、 その担当大臣渡辺美智雄さんの息子は安倍内閣の閣僚らしく、 口角砲を飛ばしての自己主張に終始した。 安倍内閣の広報担当補佐官もテレビ出演した。 自らは当選して意気揚々のはずが、当選しても万歳三唱もしなかった。 もちろん落選議員への気遣いである。 広報戦略が効果的に機能したかどうかの質問には、 担当者が明快な回答は出来ないのは当然だ。 ただ、多くの専門家の評価は低い。 最も興味ある質問は安倍さんの記者会見でのカメラ目線である。 国民を見て答えると本人が言っていたが、 見られる国民が最も目を合わせたくないのが、 安倍総理大臣だ。 第一見ている国民は誰と誰が話しているかを知っている。 記者の質問に答える総理が、 あらぬほうの国民を見るなど必要ない。 騙し絵のように目が追っかけてくるようで、気持ち悪いのだ。 広報担当補佐官は何をやっても安倍さんは批判されるという。 果たしてそうか。 逆である。 全てが逆であるから、 何を今更の思いが国民には起きる。 国民と言うより、 私と、仲良し集団、はいはいグループ、 以外の人々は、 全ての事について今更と思うのである。 一般の国民の知らない水面下で急展開していると思われる流れが、 どう変化していくかは分からない。 参議院選挙で言える事は 蔑ろにされた国民が、 選挙によって何かを変えることが出来ると知った、 参議院選挙は多くの事を国民に知らせた選挙でもあった。
2007.08.03
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