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母子一体・一体感 人間が成長する過程は複雑です。はじめは、無力な存在であるため母に全て世話されなければ生きられません。ここで大事なことは、母子一体を感じられること。母との閉鎖系の中で、保護され安心を体験します。 子供に言葉が無い段階では、体感としての「一体」。言葉を喋り、自律歩行するようになると、「一体感」になります。実際に、母の元を離れて子供は自分の行きたい所に行き、母から空間的に離れるからです。空間的に離れているがイメージを使って、一体であるかのように感じられる、このイメージの共有が必要です。母と子の互いのイメージが交流し、イメージの共有が生まれると、空間的には離れていても一人ではないと感じられます。 寂しさ 一人でありながら一人ではない、これが寂しさの防衛の基礎になります。母との一体があったから、そこから離れて一人になった時に寂しいと感じます。はじめの母との一体、一体感を体験できなかったら、ずっと独りぼっちで生きてきたので「寂しい」はないということです。寂しいも、孤独も、つまらないもなく、何も無い。まるで一人でゲームをしているようなものです。実際に、この状態で一人で何時間も過ごせる人たちがいます。 「子供がゲームばかりして困る」と嘆くなら、子供のせいにする前に、まず母である自分が子供が生まれてから今日まで、どう関わったかを振り返ってみてはどうでしょう。母が変われば子供は変わります。人と共に何かをして楽しいと思う基は、母との一体感があるからです。母との共有・共生が無ければ、寂しいが無く他者を求めません。一人でいることしか知らないので、「一人で生きていく」、そう決めていたというクライアントがたくさんいます。 正常な場合は、母とくっ付いているかのような感じを持ちます。それには愛着が必要です。くっ付くのは愛着の「着」の言葉があってくっ付けます。先ほどの一体は「密着」の言葉です。 分離と自律 母とくっ付き、母と離れた時の寂しさも知って、ここから今度は母と分離して子供は自律に向かわなければなりません。一体感を持った情態から、母子関係の切断をします。これを心理学では「去勢」と言い、ラカンは「象徴的去勢」と言いました。母は子供の愛着対象から除外されます。それは、母を一人の他者にすること。これを「分離」と言います。心身の成長と共に、母は子供から除外され、母は心理的に葬られなければなりません。 男の子の場合、母が愛着対象から除外されないと結婚しない、できない。母を断念させ、切り離すのが父の役割です。しかし、父が妻である子供の母を愛着対象から除外していると、子供は自分が母を守らないと可哀そうだと思い、過剰な歪んだ愛で母の傍を離れられなくなります。 女の子の場合も、最初の愛着対象は母であり、性別に関係なく母への愛着を断ち切って、解消しなければなりません。母を愛着対象から徐外し、異性の父にシフトします。これを「ペニス羨望」と言い、女児が4~7歳のエディプス期に起こる正常な発達です。男児・女児共に父が妻を愛し、ファルスを持っていることが条件です。 分離不安 いずれにしても、母との愛着関係を結んだ後、解消し分離する必要があります。一気に分離することには抵抗があり、分離直後は何となくでも繋がっていたいと思います。これを「分離不安」と言います。分離不安と自律は2~4歳の肛門期の課題です。この分離不安を和らげるのが、一体感です。分離当初は一体感で凌ぎながら、次の成長のステップの準備をします。母子関係の解消のためにも、まずしっかりと一体感を形成しておく必要があります。 一体感が弱く、分離の不安が大きければ、母と分離できません。いつまでも母にくっ付き離れられず呑み込まれ、自律することなく、母の元で一緒に生きていきます。当然、結婚しません。分離不安を乗り越えて、子供は母と分離し、愛着対象を親とは違う他者にシフトし、母(父)も子供を手放さなければなりません。子供の自律の邪魔をしてはいけません。互いが独立した個人として自律し、互いを尊重し合う関係を築いていきます。 未婚者が増えるのも、母子関係から見直し考えないと、行政などが婚活パーティーを催しても根本的解決には至らないと考えます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 参考:『メタ言語』講座テキストより筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年8月メルマガのテーマは、「母性剥奪:本来あるべき母性がはぎ取られた状態から、享楽aを目指す」です。興味・関心のある方は下記から登録してください。 http://www.mag2.com/m/0001106260.html *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.08.12
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母子一体・一体感 人間が成長する過程は複雑です。はじめは、無力な存在であるため母に全て世話されなければ生きられません。ここで大事なことは、母子一体を感じられること。母との閉鎖系の中で、保護され安心を体験します。 子供に言葉が無い段階では、体感としての「一体」。言葉を喋り、自律歩行するようになると、「一体感」になります。実際に、母の元を離れて子供は自分の行きたい所に行き、母から空間的に離れるからです。空間的に離れているがイメージを使って、一体であるかのように感じられる、このイメージの共有が必要です。母と子の互いのイメージが交流し、イメージの共有が生まれると、空間的には離れていても一人ではないと感じられます。 寂しさ 一人でありながら一人ではない、これが寂しさの防衛の基礎になります。母との一体があったから、そこから離れて一人になった時に寂しいと感じます。はじめの母との一体、一体感を体験できなかったら、ずっと独りぼっちで生きてきたので「寂しい」はないということです。寂しいも、孤独も、つまらないもなく、何も無い。まるで一人でゲームをしているようなものです。実際に、この状態で一人で何時間も過ごせる人たちがいます。 「子供がゲームばかりして困る」と嘆くなら、子供のせいにする前に、まず母である自分が子供が生まれてから今日まで、どう関わったかを振り返ってみてはどうでしょう。母が変われば子供は変わります。人と共に何かをして楽しいと思う基は、母との一体感があるからです。母との共有・共生が無ければ、寂しいが無く他者を求めません。一人でいることしか知らないので、「一人で生きていく」、そう決めていたというクライアントがたくさんいます。 正常な場合は、母とくっ付いているかのような感じを持ちます。それには愛着が必要です。くっ付くのは愛着の「着」の言葉があってくっ付けます。先ほどの一体は「密着」の言葉です。 分離と自律 母とくっ付き、母と離れた時の寂しさも知って、ここから今度は母と分離して子供は自律に向かわなければなりません。一体感を持った情態から、母子関係の切断をします。これを心理学では「去勢」と言い、ラカンは「象徴的去勢」と言いました。母は子供の愛着対象から除外されます。それは、母を一人の他者にすること。これを「分離」と言います。心身の成長と共に、母は子供から除外され、母は心理的に葬られなければなりません。 男の子の場合、母が愛着対象から除外されないと結婚しない、できない。母を断念させ、切り離すのが父の役割です。しかし、父が妻である子供の母を愛着対象から除外していると、子供は自分が母を守らないと可哀そうだと思い、過剰な歪んだ愛で母の傍を離れられなくなります。 女の子の場合も、最初の愛着対象は母であり、性別に関係なく母への愛着を断ち切って、解消しなければなりません。母を愛着対象から徐外し、異性の父にシフトします。これを「ペニス羨望」と言い、女児が4~7歳のエディプス期に起こる正常な発達です。男児・女児共に父が妻を愛し、ファルスを持っていることが条件です。 分離不安 いずれにしても、母との愛着関係を結んだ後、解消し分離する必要があります。一気に分離することには抵抗があり、分離直後は何となくでも繋がっていたいと思います。これを「分離不安」と言います。分離不安と自律は2~4歳の肛門期の課題です。この分離不安を和らげるのが、一体感です。分離当初は一体感で凌ぎながら、次の成長のステップの準備をします。母子関係の解消のためにも、まずしっかりと一体感を形成しておく必要があります。 一体感が弱く、分離の不安が大きければ、母と分離できません。いつまでも母にくっ付き離れられず呑み込まれ、自律することなく、母の元で一緒に生きていきます。当然、結婚しません。分離不安を乗り越えて、子供は母と分離し、愛着対象を親とは違う他者にシフトし、母(父)も子供を手放さなければなりません。子供の自律の邪魔をしてはいけません。互いが独立した個人として自律し、互いを尊重し合う関係を築いていきます。 未婚者が増えるのも、母子関係から見直し考えないと、行政などが婚活パーティーを催しても根本的解決には至らないと考えます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 参考:『メタ言語』講座テキストより筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年8月メルマガのテーマは、「母性剥奪:本来あるべき母性がはぎ取られた状態から、享楽aを目指す」です。興味・関心のある方は下記から登録してください。 http://www.mag2.com/m/0001106260.html *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.08.12
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父は言語で説得する 家族の中心に父が威厳と権威を持って、家族を統率します。ところが、そういう父がいるでしょうか。今は父の存在が薄くなっていると感じます。母は子供にall okし、父は言語で説得し納得させ、正しい方向に導きます。ところが父に言語が無いと暴力になり、威嚇や暴力で従わせます。すると、家庭は安心・安全・温もりの場ではなく、不安と恐怖を学ぶ場になります。 恐怖から学ぶものは脅えること。体が振るえフリーズします。脅えるとは、逆らえない無力感です。自分は何もできないと思います。逆らい、撥ね退けられれば恐怖にはなりません。PTSDは被圧倒性により、思考が止まり判断ができなくなり、身体も動かず、パニックになります。これはトラウマ経験者で、父に問題があることが多い。 父は子供の言い分を聞き、父に説得力があれば子供は納得して従います。説得するとは、語彙力と論理力が必要です。そういった知恵を持っている人を父と言います。 父は男で在らねばなりません。父とは男とは何か。男とは女心がわかること。性差があることです。性差を学習する場が家庭・家族です。子供は男らしい父、女らしい母を見てその言葉を聞いて、真似て学びます。 今年5月に起きた、元巨人軍監督阿部氏が、自宅で18歳の長女に暴行を加えた容疑で逮捕された事件。姉妹の喧嘩を注意した際、言い返してきた長女の胸ぐらを掴み押し倒した、という。長女と次女それぞれの言い分を聞き、警察で言えば供述調書を取り、事の経緯を明らかにしていく…という手順が踏まれていません。いきなり刑事裁判で有罪になった被告に対し、量刑が決まったと同じです。 家庭は個の尊重の場 このように家庭は理屈が通らない、自分の意見が言えない不条理の場で、人権がありません。本来家庭は、恐怖や不条理を学ぶ場ではなく、個の尊重を学ぶ場です。それが実際は、人権無視を学んだために、そこで育った子供は人を尊重できなくなります。当然と言えば当然です。人は知らない事、経験のない事はできず、された事しかできないのですから。 暴力や怒鳴る、物を投げるなどの恐怖を植え付ける父(母)は父(母)ではない。反対に無口で大人しい父は恐怖を与えることはありませんが、言葉が無い=人間ではないので、これもまた問題です。 個を尊重されることなく、蹂躙されてきた人は、今度自分の子供を蹂躙してしまいます。 無意識に繰り返され、これを止めることは、分析で自分を知らない限り難しいことです。だから、虐待は連鎖し、祟りのように繰り返されます。これは“復讐”です。自分がされて苦しく辛かったにも拘らず、それを我が子にしてしまう。それは自分がされたことは忘れないためです。危害を加えた方はすぐ忘れますが、された方の人はいつかやり返そうと忘れません。憶えておかないといつまた危害を加えらえるかわからないからです。 愛着 人間の精神の基本に愛と憎しみ、不安と恐怖があります。ただ、愛と憎しみが生まれるためには、まず愛着が必要です。愛着が無ければ愛も憎しみもないということです。愛着は母が子供に関心を向け、まなざし・声をかけて引き出しました。愛着ができると、母と一緒にいたいと子供は願います。対象に関心が無ければ、その対象はどうでもいい存在ですから愛着はありません。 愛は子供の傍にいて、安心を与える母の愛着行動から生まれ、憎しみができれば関心がない「どうでもいい」は消えます。フロイトは「関心の度合いにおいて、愛と憎しみは同等である」と言いました。だから、愛が高まるほど憎しみも高まり、憎しみが高まるほど愛に転じる。それは、自分が対象を思ったほど却って来なければ、バランスが崩れます。子供が母に過大な要求をしたのに、応じてくれなければ怒り狂い、憎しみに転じます。ところが、自分が怒り憎しみを向けているのに、相手が怒らず受け容れ続ければ愛に転じます。これを分析では「転移」と言います。 まず、愛着を作る、そのためには人間に関心を持つこと。子供が母と愛着を作るには、家庭という閉鎖空間で、その相手が母に固定していることが条件です。養育者がコロコロ変わったのでは、愛着はできません。だから、生まれて間もなく0歳児保育や祖母に預けれるのは、母性剥奪と言って、子供の心が育ちません。人は18年間閉鎖空間で過ごし、愛と憎しみを学習します。その場にいる両親が、心身共に健康であることが望まれます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 参考:『家族』特別講座より筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年8月メルマガのテーマは、「母性剥奪:本来あるべき母性がはぎ取られた状態から、享楽aを目指す」です。興味・関心のある方は下記から登録してください。 http://www.mag2.com/m/0001106260.html *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.08.05
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母は子供に温もりを伝える 子供は母・家族との交流を通して、心身の温かさ、温もりを学びます。その中で母の機能の中心は世話行動です。食事の提供、家族が快適に過ごせるように身の回りを整えるなどします。母のもう一つの側面は、子供を抱っこし温もりと安心を与えます。温もりを感じられる母の傍に居たいと子供は思います。鬼のような母の傍には居たくありません。子供は鬼の母から離れられるので、幼稚園・保育園に行くとホッとします。 温もりを子供に与えることが母の資格です。そして母は24時間体制で子供の傍に居て、子供は母が自分の傍を離れないという信頼感を持ちます。0歳児保育や祖母に預けられた赤ちゃんは、母の存在も分からないまま母と引き離されるので、心は空っぽで育ちません。寂しささえもわからない。だから、他人の気持ちがわからない人になります。子供は、養育者・母から関心を向けられ、配慮され、自分の気持ちをわかってもらって、その体験から、子供自身も他者にそれらを向けられます。その体験がないのですから、他者を思いやりようがありません。そういった心の交流を、まず最初の対象である母を通して学びます。 心の交流 また、子供と一緒に居ても世話しない、関心とまなざし・声を向けないなどは、子供を見捨てたことになります。子共を置いてどこかへ行く事だけではなく、一緒にいても子供への正しい働きかけが無いと見捨てた事になるのですから、子供は日常的にどれだけ見捨てられているかわかりません。このことに母が気づかず、「自分は自分なりに一生懸命育てた」つもりでいます。しかし、子供の側から言えば、立派な見捨てです。この母と子供の認識の差、ギャップが問題です。育児・子育ては、子供の側に主体があります。子供がどう感じたかが全てで、母が何を言っても言い訳にすぎません。 こういった、母の機能と資格のない母は、子供にとって邪魔な人になってしまいます。子供に温もりと安心を与えなければ、それは家族ではありません。血縁関係が無くても、あたたかい心の触れあい、交流があれば家族であり、人と人が信頼し合って同居するのが家族です。家族の中で会話が楽しい、心が温まるということが無いと、寂しい、独りぼっちだと感じます。 個の尊重 家族は小社会と言われ、個と集団が両立し、シンクロする場です。家族という集団に合わせることと、個の尊重を学びます。家の構造もそのように、リビングは家族が皆でくつろぐ集団の場。各個室は個人のスペースで個が尊重される場です。そのため、子供の部屋は壁とドアで仕切られ独立した空間であること。兄弟で一つの部屋を使うのではなく、一人一部屋です。その部屋には本人以外の人が勝手に入ってはいけません。必ずノックをして、許可を得てから入ります。散らかっていようがどうであろうが、掃除をするためなどと言って許可なく入り、子供の物を触ってはいけません。子供を一人の人間として尊重するためです。 この自分だけの部屋という空間で、誰にも干渉されず子供は個人としての自分を育みます。友達のこと、将来のこと、好きなこと、したいこと様々なことを思い描き考えます。ここに部外者の母や父、兄弟が土足で入ってきては、おちおち考えられません。思春期は子供から大人に移行する過渡期で、それでなくても心と身体がこれまでになく大きく変化する時期です。この時期を上手く過ごせるために、家族は協力し見守ることです。 また、親は「子供は黙ってなさい」「大人の話に首を痛込むな」と言います。これを一度でも言われたら、個の尊重はありません。 心の成長、学ぶ 人との交流を通して、自分に無いものの見方や考え方を知り、それを摂り入れて自分が大きく広がり成長していきます。しかし、この学習能力がないと、いつまでも自分が変わらない。人の言うことに耳を貸さず、間違っていても反省も、改めることもしません。自分の感じたこと、思ったことが全てで正しいと思い込みます。人は学校での知識の学習だけでなく、心を成長させるために精神の発達・構造、人間とは何か、生きるとはどういうことか、など生涯学ぶことが大事と考えます。それを精神分析の理論が教えてくれます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 参考:『家族』特別講座より筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年7月メルマガNo.196のテーマは、「母が応え続けることで、子供に予測のつく安心と信頼を作る」です。興味・関心のある方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.07.30
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人間は意味(シニフィアン)の病 人間はシニフィアン(意味)の病である。これは、どういうことか。 私は友人とランチを食べました。私はスープを飲み、友人が「少し、頂だい」と言って、一口飲みました。そして「美味しい」と言いました。私は「ちょっと甘すぎる」と言いました。そこで友人は私に「貴女は、美食家ね」と言いました。私は「ん?」と思いました。私は自分が美食家だと思いません。 これは単なる味覚の差異です。味覚という知覚は人によって異なり、同じものを食べても、甘いと感じる人もいれば、ちょうどよい美味しいと感じる人もいます。ただそれだけのことです。それなのに友人は私に「美食家」という意味を付けました。これは他者によって私(自己)が規定されたということです。私は「美食家」という規定、意味、レッテルを貼られました。 このように人は、どうしても意味(シニフィアン)を付けたがります。本人に悪気はないのですが。知覚・味覚の差だけに留まれないのが人間である、とラカン(フランスの精神分析家)は言い、これを「シニフィアンの病」と言います。他者を規定し、そして自分が自分を規定します。そのように、人間は何者でもない私や他者では居られないのです。 今の私は、他者から「美食家」と言われても、それを自己規定にすることはありません。友人は私をそう意味づけた。でも、私は美食家とは思わないだけです。美食家を特にマイナスの意味には取りませんが、これが幼い子供で、親がマイナスの意味をつけたらどうでしょう。 親が子供を意味づける 他者からの言葉を吟味できない子供が、親や周りから、例えば「あなたはやんちゃで、どうしようもないね」と言われたとします。子供は、ただしたいことをし、動いていただけです。それを、「やんちゃで、どうしようもない」と意味づけられ、規定されました。しかも恐い顔で睨まれると、「自分のしたいことをして、動いてはいけないんだ」と子供は思います。この言葉が子供の行動を止め、おとなしい、静かな、親や大人に都合のいい、扱いやすい子供を作っていきます。 親のコンプレックスが子供を潰す 親はあまり意識することなく、考えなしに、その時の気分で子供に言ってしまいます。「馬鹿」「のろい」「片付けられない」「友達ができない」「邪魔」などと。その言葉が子供にどれほど悪影響を与え、ダメージを与えるかを考えたでしょうか。ほとんど、親は自分のコンプレックスで子供を怒っています。 子供時代に、はしゃぐことを窘(たしな)められ怒られた人・親は、子供がはしゃぐと、自分の親にされたように窘め怒ります。自分がはしゃぎたかっことを禁止され嫌だったにも拘らず、はしゃいでいる子供を見ると、無意識に怒りがこみあげてきて、止めることはできません。はしゃぐ子供を見ると、親が子供の時はしゃいで怒られたことを思い出すからです。自分がされたことを、子供にしてしまいます。 そんな親のコンプレックスなど、子供は知りません。また、子供には関係ありません。それは、親となる人たちが子供を持つ前に無意識を意識化し、コントロールできるようにしておかなければ、子供を潰してしまいます。 他者からの言葉の集積が自分という存在になります。わざわざマイナスの言葉を言う必要はありません。子供をよく見て承認・賞賛することで、子供は肯定的自己ができていきます。否定的自己ではなく肯定的自己を持てた方が、当然その後の人生が生きやすく、よりよいものになります。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年7月メルマガNo.196のテーマは、「母が応え続けることで、子供に予測のつく安心と信頼を作る」です。興味・関心のある方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.07.17
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騙しのシニフィアン:言葉は騙すために使われる ラカンが「騙しのシニフィアン」と言うように、言葉は4割以上、嘘のために使われています。その最たるものが、詐欺師たちです。未だに、特殊詐欺(オレオレ詐欺・振り込め詐欺など)の被害件数と被害額は増加傾向にあります。 例えば、オレオレ詐欺。会社の人間、警察官、弁護士などを装い、親族(息子など)が事件・事故・過失を起こし、その示談金を名目に金銭を騙し取ろうとします。 突然電話が掛かってきて、電話の向こうで男の泣き声が聞こえます。泣いてばかりいるので、他の者が電話を代わります。「お宅の息子さんが会社の重要な書類の入ったカバンを電車に置き忘れて大変なことになっている。今すぐお金を振り込まないと首になります」と言って、指定口座への振り込みを指示します。 実際に、息子と思い込み振り込もうとした親御さんがいます。息子さんに確認の電話をいれても繋がらず、最後にもう一度、振り込み寸前に電話をしたらようやく繋がって、事なきを得たのですが。 思い込みと意味つけをしない 泣いている男を息子だと思い込んだことが間違いの基。ただ泣いているだけなのです。詐欺師は、この時点で「私はあなたの息子です」とは言っていません。しかし、人は簡単に自分の息子だと思い込むことを彼らは知っていて、利用し騙します。泣いている男に「どちら様ですか?」と訊かなければいけません。息子だと思い込み決めつけるため慌ててしまい、冷静に判断できなくなり、騙されてしまいます。 「人間はシニフィアン(意味)の病である」というように、すぐ意味をつけて、何でも意味で取ります。先の例で言えば、「泣いている」という形式に、「息子」という意味をつけて見てしまいました。意味を排除して、事実を明らかにすること。冷静になり判断するために、第三者に話し相談する事で防げます。 自分で意味をつけると、誤解が生じます。この意味のつけ方が人によって違うので、「全てのコミュニケーションは誤解である」とラカンは言います。ここを上手く利用したのが詐欺師です。 また、泣いている男が息子を連想し意味するということは、常に息子さんを心配している親心か。息子さんをいつまでも子供と見ているのか。冷静さを失うとそうなってしまうのか。その親子関係に?がついてしまいます。ここにも考慮する余地があると考えます。 形式で最も騙されやすいのは、警察官、宅配業者などのユニフォームです。最近は、詐欺の手口が巧妙になってきて、こうしたユニフォームを用いた手の込んだ詐欺もあり、更に気をつけなければなりません。 自分で思い込み、意味をつけるため、形式に騙されやすい。これを意識して、詐欺師に騙されないようにしてください。。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (我が師 LAFAERO1 大澤秀行 参考:各分析理論講座 筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年7月メルマガNo.196のテーマは、「母が応え続けることで、子供に予測のつく安心と信頼を作る」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.07.09
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理解とは 幸せの源は“理解”です。理解力を持つこと。理解は愛の別名と言います。対人関係には理解が不可欠です。 また、“思う”と“考える”は違います、例えば、相手が「私は自分が嫌いです」と言いました。聞いた私も自分が嫌いなら、「ああ、同じだ、わかる」と納得して終わります。これが“思う”です。思うは想像的共感、思い込み、同情。相手が「自分を嫌い」な訳と、私が「自分を嫌い」訳は同じではありません。ここに論理も用いて、「自分の何が、どういうところが嫌いなの?」と聞きます。これが“考える”です。理解に自分の主体は関係なく、感情も要りません。自分を無にして論理で考える、論理的的思考をします。それは例えば数学・物理などの科学などです。対象や理由を言語化し、言語の意味を共有したことを“理解”と言います。 ほとんどの会話は、思い込みです。自分と同じものは同情するが、違うものは聞き流す。わからないことを「なぜ?」「どうして?」と問いかけます。それが相手への関心になる。その人に関心があれば、その人を知りたい、少しでも理解しようと思います。 人間は学習の産物 現代は人への関心が薄れて来ていると感じます。人・対象への関心も愛着も子供が初めから持っているのではなく、母・養育者から関心向けられることから学びます。関心が無ければ「どうでもいい」世界を生きます。 人間は学習の産物です。何も知らない状態で生まれます。だからこそ、生きていくための知識・情報・知恵を学習していかなければなりません。言葉を聞くことで覚え、文化や社会規範を学んでいきます。最初は家庭という小社会から、そして社会に出て他者と関わり、生涯、他者との交流を通して学び続けます。 母から関心と愛着を学ぶ まず家庭が子供の学びの場です。そこで母はいつも笑顔でいます。その母はいつもどんな時も、自分を気にかけ見守っていてくれると、子供が思うほど母は子供に関心をもってまなざしを向けます。子供はその母のまなざしが心地よく、自分だけに向けれていると思います。母のまなざしを心地よい、快と受け取るのは、母が自分を見ている時いつも笑顔だからです。怒ってる母が自分を見ても、心地よいとは思いません。母がいつも不機嫌だったり、怒っていると、この子供の母への関心は母に怒られないようにするためのものになります。これでは、子供の心は正常に育たちません。 正常な場合、自分も母が好きだという感情・意味に発展していきます。こうして、まなざしが愛着になっていきます。 母の表情を子供はよく見ています。ちょっとした表情の変化に敏感で、母の心を読み取ろうとします。子供が母に笑顔で関心を向けられることから、今度は母に関心を向けるようになったということです。笑顔が一番です。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (我が師 LAFAERO1 大澤秀行 参考:各分析理論講座 筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年7月メルマガNo.196のテーマは、「母が応え続けることで、子供に予測のつく安心と信頼を作る」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.07.04
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母がいつも傍に居て、子供を世話をし、要求・欲求に応えます。新生児は、一人では何もできず、養育者・母なしには生きられません。仕事を持っていて、保育園や祖父母の預けるなどで、母との交流が継続しなければ、子供は放ったらかしにされ、寂しい思いをします。子供の養育は同一対象者がします。コロコロと養育者が変わると、子供の心は育ちません。 世間一般はこのことを知らないため、国や自治体も0歳児保育、待機児童を無くすなどという政策がとられます。人間の精神がどのように発達していくかを、フロイトなど先人たちが学問として研究し残した『精神発達論』という理論があります。学んで知って欲しいと思います。 人間になる出発点:交流と温もり 『精神発達論』から考えると、人間になる出発点、生きる意味は、“交流” と “温もり” にあります。これは人間として必須です。人は一人では生きていけず、他者と繋がっています。繋がりと温もりが絆になります。 その最初が母という他者との交流です。ここで母と交流することで、その後、成長して母以外の他者と交流できるようになります。母との交流でつまづくと、その後の交流も上手くゆきません。母との関係が対人関係の基本となります。だから、母が一貫して養育をする必要があります。 母に抱っこされ、母の温もりを肉体の温度感として感じます。人との交流で、人の心の温かさを感じることがあるように、心的世界に波及します。子供は抱っこされると安心します。独りぼっちでは孤立し、身体も心も寒い。人との繋がりがあると温かく、温もりが孤独を癒します。 交流で大事な条件は永続的交流で、ここから温もりと絆が生まれます。永続的交流が結婚になります。 交流と温もりと絆が人間の深いところ、無意識に刻まれていて活動の源となり、これらを生きる中で展開していきます。ただ、刻まれていても、それが母を通して実感され、掘り起こされなければ眠ったままで、あっても無いがごとくになってしまいます。 母の温もりを知らないと冷え性になります。冷え性の女性は多いです。 母の資格 母は子供に温もりを与え伝えます。ところが、母は子供が思い通りに動かないと怒ります。機嫌が悪く怒っている母が子供を抱っこしても、子供は針の筵です。心地よくないのでぐずります。母が温かい心をその生母から与えられ学んでいなければ、無意識に意識に、母自身が抱っこされ温もりを知らないことがコンプレックスとなっていて、自分の子供に温もりを与えること難しいのです。母が抱っこされなかった子供時代に固着しています。その子供は母に抱っこされなければ、また同じように抱っこされたいに固着します。 それでも、自分に何が欠如しているか。抱っこによる母の温もりと、母が自分を思う心の温もりが自分にはなくても、それが我が子に与え伝えることが大事だと理解すればできます。そのために個人のセラピーと理論があります。独りぼっちの寂しさの解消と温もりを教え伝えるのが母子関係であり、母の機能・資格です。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『DIAGRAM』講座より、筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年6月メルマガNo.195のテーマは、「自らの無意識を知る -子供時代の“抱っこして”が大人になってもリフレインする-」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.06.30
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子供時代は自分を取り巻く世界が狭く、自分が育った家族・家庭が全てです。その中で繰り広げられる、様々な事象・出来事が子供の自我や性格を作っていきます。 門限 例えば、家族のルール。門限が決められていて、自分は夕方6時。友達は7時。門限が無い友達もいたりします。門限に遅れ守らないと親に怒られます。高校や社会人になって、門限の時間は遅くなっても、なくなることがない。友達はまだ盛り上がり楽しそうに過ごしているのに、自分だけ抜けて帰宅しなければならない。それでも、もう少しと門限に間に合わないだろうけど留まれば、それはそれで怒られるのはわかっているので、気が気ではありません。どちらにして楽しめないで苦悩します。親は、特に娘には変な虫がついては困ると、厳しく門限を守らせます。それに比べて男の兄弟は門限も緩く、夜遅くても咎められることがありません。これは性差による差別です。 親は自分考えと安心のために、子供にどれだけの負担と苦痛を与えているかを考えなければなりません。門限は要りません。子供が自分で考えて判断することです。子供に任せます。 門限一つでもこれですから、日常の細々としたことにも口うるさく言われると、子供の主体は潰され、殺されていきます。 家に縛られ、罪と罰に怯える また、自分の家で起こることは皆の家でもあることと思い、そのまま大人になって、考えが変わることは難しいです。例えば、毎晩祖父がお酒に酔って暴れ、それを止める父や母とのいざこざを見て育った人は、どの家でもこうだと思い込みます。また、嫁姑や夫婦の諍いが絶えず、一方からまたはどちらからも愚痴を聞かされ、ごみ箱にされた人も同じで、皆、子供は大人の愚痴を聞かければならないものと思います。そこに、子供らしい無邪気で無垢な子供時代はなく、安らぎや安心はありません。 親の誕生日や、父の日、母の日には何かしなければならなかった子供時代があり、大人になってもその習慣を実行しなければならない。自分はもうしたくなくてもしなければ、何か言われると怯える人もいます。生家で何か行事がある時には、何をおいても駆けつけなければならない人。親の介護のために仕事を止める人もいます。 そういう人たちは皆言います。「皆、どこでもそうじゃないんですか?」と。そんなことはありません。個々それぞれで、その家・家庭に限られたことです。 家族のルールの境界線を乗り越え、自分のしたいようにすると「罪」となり、在りもしない罰に恐怖を感じ、怯えます 子供時代はそのものとしてはなく、大人になった私は、私の考えで生きていきます。そうでなければ、いつまでの子供の視座と位置でしかなく、自分がありません。親に呑み込まれてしまうと、呑み込まれていることにも気づかず、麻痺してしまい、親そっくりの人生を歩むことになります。親から分離してこそ、自分らしく自分の能力が発揮されます。 自分の居場所と三つの自立 18歳以降は、生まれ育った家族を離れ、新しい自分の居場所を作ります。そして、三つの自立があります。1. 空間的自立。親と離れて住み、親から独立します。2. 経済的自立。自分で稼ぎ、自分で生活します。3. 心理的自立。心の中の親を殺します。親子ではなく、人対人の人間同士という関係になります。 これを成し遂げて、やっと一人前です。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『DIAGRAM』講座より、筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年6月メルマガNo.195のテーマは、「自らの無意識を知る -子供時代の“抱っこして”が大人になってもリフレインする-」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.06.18
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人は一人では生きられない、一人では意味がない。人と人が繋がるとは、関係をつくることです。関係という繋がりの中で、人は意味を持っていきます。どんな有名なスターでも、舞台照明を担う人はじめ、様々な裏方を務める人がいなければ舞台は成り立たちません。支え合って、助け合って生きています。 人も物も活かすことです。自分の価値を高めるとは、どういう人間と繋がり、関係を持つかです。例えば、ネット詐欺、犯罪者と繋がり関係を持って、自分を高めることはできません。どういう関係の中に自分を置き、どういう人と繋がるか。その人間関係が自分を作っていきます。 今はトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)という犯罪グループに、未成年者・高校生などがバイト感覚で入ってしまいます。彼らは指示役の道具として使われ、捨てられます。 昔は自らの動機で犯罪を犯しました。犯罪そのものは決して容認されるものではありませんが、今は他人から指示されて、簡単に犯罪に手を染めてしまいます。栃木県上三川町の強盗殺人事件では、16歳の少年4人が逮捕されました。 もし、今ある関係に問題があるなら、すぐ切り、他の人と関係を繋ぎ直します。 人は知らず知らずのうちに、人に助けられています。 在るクライアントは、幼い頃から家庭で禁止と否定、排除を経験し、親・家族とは話が通じないと感じ、喋らなくなりました。自分が何か言っても、その言葉は聞かれないので、無効になります。家庭で言葉を憶え、会話を学ぶのに、喋らないのでまともに会話ができません。人との交流ができなくなります。友達と言える友達はできませんでした。それでも不登校にならず、学校に通いました。身体能力は高く、スポーツは得意だったので、あるスポーツの部活を熱心にしました。そこで、辛うじて人の中に居ました。これも無ければ全く人との交流は無かった、このスポーツに助けられたと言います。 人は家庭・家族では交流できなくても、社会に助けられ、社会で育てられることがあります。 家庭・家族とは何か。単に血縁関係が家族を規定するものではなく、コミュニケーション・意思の疎通ができ、理解し合える関係があれば、その集団は家族と言えます。大事なことは、コミュニケーションができるかできないかです。人は伝えたいことがある。それを伝える言語能力が必要です。伝えたいと思う他者がいて、その他者との関係があればコミュニケーションします。 人を喜ばせ、幸せにするためにコミュニケーションします。喜びを交換し、互いが幸せを与え合う、そういう人間関係を結びたいものです。そうすれば、いじめや犯罪、戦争もない世界が開かれます。 (症例はクライアントの了解を得て記載しています) ライト.a精神科学研究所 登張豊実 ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年6月メルマガNo.195のテーマは、「自らの無意識を知る -子供時代の“抱っこして”が大人になってもリフレインする-」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.06.08
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うつの原因:「無気力」と「無力感」「焦燥感」 現代人によくみられる“うつ”。うつのを引き起こす原因は様々ありますが、精神分析では、うつを引き起こした起爆剤となる言語を探し特定します。うつは、劣等感と感じた、失敗をした、自己愛が傷ついた、愛する対象を失ったなど様々な原因があり、その人だけの原因の文字、その人特有の個人の意味を見つけます。 うつは、「無気力」と「無力感」、そして「焦燥感」の三つが積分されます。三つが積分されると、死にたくなる。ここに追い込まれます。これは危険なので、周りも気をつけなければなりません。 うつの原因の無力感とは、自分の能力が充分に生かされていない、発揮されてない。これは「不本意」という言葉になります。無力を感じるということは、自分は有力であることの規定がなければなりません。もともと自分に力が無い人は、うつ病にはなれません。自分に力があるとは、誇大自己ではなく、有力である自分という確かな自分の自己規定、自己認識があるから、無力な自分に出会ってうつになります。 「自分はこんなものじゃない」という自己愛の中の誇大自己と、無力感を持つ今の自我との比較からやるせなさと怒りを持ちます。誇大自己は実際の自分を幻想時に持ち上げてくれるため、マイナスには作用しません。故に、誇大自己だけならうつにはなりません。うつになるのは、言語、知性があるためにいろいろと換喩ができ、その意味に振り回されて、無力な自分という規定に至ってしまいます。 うつになる原因の一つ、無力感は、有力感が否定されているとシニフィアン(意味)によります。有力感が否定されて、無力感に書き換えられた。書き換えられるもとになる有力の文字が自分に無ければ、無力にはなれません。 うつの症状の一つとして腰痛があります。無力感は意欲を削ぎ無気力をもたらし、何もする気がなくなってしまう。この無気力にとらわれてうつになります。やらなければならにのにできなかったこと、やり残したことが、重しとなって自分にのしかかります。この心の重みで腰が痛くなります。 睡眠障害 うつの症状として睡眠障害には、過眠と不眠があります。また、寝付けない入眠困難、夜中に目が覚める途中覚醒、朝早くに目が覚める早朝覚醒、眠りが浅い浅眠感、十分睡眠をとったのにまだ寝たりないと感じる残眠感などがあります。 自分の力が発揮できなかった悔いが残ると熟睡できない。これが浅眠になります。私たちが夜眠り、朝目覚めるとは、日々死と生を繰り返しているということです。朝目覚めた時は、新しく生まれたことです。眠っている時は意識が無いので死んでいる状態です。しっかり眠るとは、しっかり死ぬということです。だから眠れないとは死にきれてないということです。今日一日、精一杯働いた、やりたいことをした、悔いが無いという思いが眠りになり、ぐっすり眠れます。 寝たにも拘らず朝起きるとまだ眠く、眠気が残る残眠感の人は、悔いが大きく作用します。 寝付くのに時間がかかる入眠困難は、死ぬのに時間がかかる、つまりなかなか死ねない。寝る前に今日を振り返って「こうしておけばよかった」、「ああしておけばよかった」と後悔があるためです。振り返ること自体が、不本意です。振り返るとはシミュレーションすることで、「たられば」であり、これは現実の根拠がない、無意味なことをする妄想に属します。 更に、不安や心配が加わるとより睡眠に影響します。疲れやすいと感じる易疲労感は、嫌々・不承不承、身体を引きずるように仕事をするので疲れるのです。楽しいことをすると体は軽く感じます。 生きる中で楽しみが無いと、しなければならない事、嫌なことをするばかりで、不本意な人生になります。それは悔いを多く作ってしまいます。だから、「好きなことを見つけましょう」と言います。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『夢分析』講座より、筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年6月メルマガNo.195のテーマは、「自らの無意識を知る -子供時代の“抱っこして”が大人になってもリフレインする-」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.06.01
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コンビニがリビングの若者たち 一時期に比べると少なくなった印象はありますが、コンビニの前で地べたに座って飲み食いし、喋っている若者を見ることがあります。あれは内と外、家庭と社会の区別がなく、彼らにとって外であるコンビニの前がリビングだということです。彼らには社会が家庭。それは、家庭が家庭の機能をしていないからです。例えば、父が訳もなく感情的に叩くなどの暴力を振るうとか、母がヒステリックに怒る、家庭内に争いがあるなど、家庭が子供にとって居心地の好い場ではないためです。 家庭と社会を分ける 本来家庭は、家族皆にとって安らぎの場です。安らぎとは自由でもあり、法に触れない限り、何を言ってもいいということです。必ずそれは、家庭の中だけのことと子供に認識させる必要があります。家庭の中では、何でも言いたいことが言え、怒られない、否定されない、拒絶されないで聞いてくれる。だから、社会では法・掟・ルールに従います。 この社会の法に従わないのが犯罪者です。犯罪者になるのは、家庭が居心地の好い場ではなかった。内と外、家庭と社会が逆転しているために、社会で何をしても許されると勘違いしています。それはまた、家庭でルールを教えるのは父ですから、父が居ても機能しなかったためです。この父不在では家庭は無法地帯となり、子供はやりたい放題です。家庭には家庭のルールがあり、父の旗印の下に家族は集います。その中で家では自由でリラックスし、社会ではルールに従って学校ではきちんと座って勉強する。社会と家庭でのルールは違います。知性と言語をもった父でないと、子供にこれを伝え教えるのは難しいことです。 子供も学校に行くようになれば社会のルールに従うという、社会の制限が子供にも加わります。だから、家庭では子供に母は世話をし、all okします。父は子供にしていい事と悪い事を教え、言葉で説明し納得させ正しい方向に導きます。これによって、社会と家庭がしっかり分けられます。社会のルールに合わせることを理解させ、その抑圧を解放するのが家庭です。家は自由と解放の場であり、子供がわがままをできるのは家の中だけだとわかります。 家庭に学校・警察・裁判所を持ち込まない だから、家庭に社会を持ちこまないことです。その代表は、学校、警察、裁判所です。 学校で勉強しているのですから、家に帰ってまで「勉強しなさい」「宿題したの」などとは言いません。宿題をしなければ学校で叱られたり困るのは子供自身ですだから、子供に任せます。 家が警察とは、いつ、どこへ、誰と、何をしてきたか、調書を取らないこと。子供が自ら話すのはokですが、親から根掘り葉掘り聞いてはいけません。秘密を持つことも、子供の成長の一つです。思春期になって何でも親に話すことはまずありません。親自身の思春期の事を振り返ればわかると思います。 裁判所とは、親の価値観や考えで、子供の言動にいい悪いの裁き、評価をしないということです。家庭でよくみられるのは、「お兄ちゃんなんだから」、「お姉ちゃんなんだから」という言葉です。弟や妹がいると、兄だから、姉だからというだけで我慢させられたり、譲ったり、面倒を見させられたり、兄弟げんかをすると叱られたりします。たまたま早く生まれたために、兄・姉と言われるだけで兄弟は平等です。そこに上も下も、いいも悪いもありません。 家で学校、警察、裁判所をすると、安らぎと自由がなく、くつろげる居場所がないため、家が社会になります。 家庭の平安はまず両親の仲の良い事です。両親はじめ大人の在り方が子供に全て影響します。子供が勝手にそうなったのではありません。もし、子供の言動に問題があれば、まず親が自分たちを顧みることです。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年5月メルマガNo.194のテーマは、「私は私、私の事は私が決める」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.05.23
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娘は母の欲望の手先、息子は母のファルスの代理物 娘は母の自分のコピーになります。無意識に、母は娘を自分の欲望の手先にしてしまいます。娘は母の命令指示通りに動く人です。母の欲望の手先とは、母の欲望の反復であり、ここに子供の欲望はありません。言い換えれば、子供は母を喜ばせ、満足させるために生きます。子供の楽しみや満足はないということです。こういう娘は、「母より幸せになってはいけない」と言います。自分が新しい服、コートを買うと、母にも買わなけいけません。新車を買うと、母にも新車を買うと言います。これが親孝行だと思っています。 本来の親孝行とは、親に物を買うことや、旅行に連れて行くことではなく、親の悪いところを真似ず、親を超えて自律した一人の人間となり、自分の欲望で生きていくことと考えます。母と父と訣別しなければ、自分の欲望はなく、自分の好きなこともわかりません。自分の人生を歩けません。 男の子の場合は、母のファルスの代理物にされ、母の欠如の否認を手伝うことになります。ラカンはそれを穴を塞ぐ「栓」と表現しました。母のそこにファルスがないため、穴が開いていて、その穴埋めをするのが男の子ということです。 子供は母を模倣する 臨床場面でよく見られるのは、娘が妊娠するとその母が腎臓、膀胱、尿道、尿管などに結石を作る例です。これは、産みたい欲望を巡る母と娘の間で起こります。母は年齢的にはもう子供を産めないのですが、娘が妊娠すると、眠っていた産みたい欲望が刺激され、娘を真似ます。赤ちゃんを産む代わりに、結石を作って体外に出す行為に置き換えます。この形式は出産と同じと見做されます。 また、鼻が詰まる、副鼻腔炎、蓄膿なども、鼻に膿が溜まるので、膿(うみ)=産(うみ)みたい欲望の身体化です。 母が3人子供を産んでいると、娘も3人の子供を産みたいと言います。母の模倣です。母の遺品を大事に持っていたり、身につける人もいます。母と同じ病気になったり、母が亡くなった歳が近づくと、自分も死ぬのではないかと不安や恐れを感じる人もいます。 all ok 敏速・適確、言われたことだけする 母は子供を無意識に自分のファルスにしたり、自分の欲望の手先にしています。これをしないために「all ok」します。しかも「敏速・適確、言われたことだけする」。これをすれば、母のコピーではなく、母が子供の欲求・欲望に従うので、オリジナルの子供ができます。子供は母の欲望の反復、模倣ですから、母の欲望を抹殺し、母のファルス、母の欲望の手先を止めれば、自分として生まれ変われます。これをしなければ、今の自分は母そのもの、同じということです。 欲望とは 欲望とは欠如です。欠如しているからこそ、それを求めます。自分にあるもの、満たされたものは欲望する必要がありません。女性は欠如を子供で埋めてしまえます。これは子供を犠牲にして、子供の個を尊重していません。 我が師は言います。欠如を言葉にすれば欲望になる。欲望は欠如から見つける。自分に欠けていることに気づく。欠けているものの探し方は、怒りを見つけること。怒りの対象こそ欠如の対象であり欲望。憶えられない自分に怒れば、勉強し憶える。満足していれば怒らない。満足は不足しか作らない。欠如は満足を生み、仕合せの種は欠如である。自分に欠けているものは何か、探す。欠如を言葉・文字にする、それが欲望になると。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『アンコール論』講座より、筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年5月メルマガNo.194のテーマは、「私は私、私の事は私が決める」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.05.19
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子供が母から自律し分離していく過程で、最初は母との一体・融合感の中に赤ちゃんは居ます。母という対象を認識することなく、母と自分が分けられない状態で、オッパイでさえ、自給自足していると思っています。 匂いを嗅ぎ、音・声を聞き、目が見え、味覚へと、知覚が発達してきます。母の声とまなざしとスキンシップによる母との二者関係で、第三者の介入なく、母は24時間態勢で赤ちゃんの傍に居ます。笑顔の母のまなざしが自分だけに100%向き、母に見守られて赤ちゃんはホッとします。これが子供だけに向けられることが“独占”になり、「母の関心は私だけ」と赤ちゃんが思える母の対応と世話行動が大事です。 スキンシップにより安心と安全を学び、庇護されます。自分一人では何もできない無力で寄る辺ない存在ですから、放っておかれて守られていると感じられないと、基底不安を学びその不安が一生付きまとい続きます。何かがある訳ではないのに不安で仕方がないという人は、この最初期の安心と安全が無かったということです。 母が赤ちゃんを見たり見なかったりという中途半端なまなざしでは、母の関心は私だけに向いているとはならず、後に羨望と嫉妬を抱きます。因みに、多くの大人の女性は自分だけに声をかけ、見ていて欲しい。他の女性に関心が向くと嫉妬します。母との二人だけの世界が不完全であれば、後の病理の種を作ります。 子供は成長と共に、母と徐々に離れていきます。母が不在の時間がやってきます。母の不在の時間を埋めるのは、母と一緒に居た時の母の映像、母の名残です。そもそも母が2歳まで子供の傍にいて、一緒に過ごす体験があることが前提です。子供である私が母の映像と共に母を憶えているように、母も私を憶えていると子供が思えること。これで「母と共に」が子供の中に登録されます。 子供は言葉を憶えていくと、母を言葉に置き換えることができるようになります。フロイトが言ったのは、母がいつも使っていた糸車を母と見做します。この糸車を投げたり、拾ったりして、在不在の遊びに置き換えて母の不在を凌ぎます。ウィニコットの言う移行対象は、母の柔らかい肌触りを毛布やぬいぐるみに置き換えて、それに触れることで母の不在の不安を和らげます。子供なりに言葉を憶え、母と見做せる言葉を持っているということです。知性の芽生えです。それは子供が自分の母からどういう文字を抽出するかです。例えば、母の温もり、柔らかさ、優しさ、守るなど。子供に言語能力が必要で、母を言葉してそれをものに置き換え、また言語によってどんどん物・事・人に置き換えていきます。この言葉も、母との会話の中で学びます。当然、母が適切に子供に話しかけ、子供の話を聞きコミュニケーションすることです。無口な母、語彙数の少ない母ではいけません。子供にわかる言葉で話せる言語力など、知性が必要です。 母の声とまなざしとスキンシップによって、子供は安心安全の快の中で母と一緒に居たい。そして母を真似、「母のようになりたい」と思います。母のように料理を作りたい、掃除したりして家を綺麗にしたい…を積み重ねて、言語を学び発展していきます。母に豊富なバリエーションがなければ、子供はすぐに真似てしまい、母から学ぶことはないと見切ります。「母のようにはなりたくない」と思う人は、適切に世話され守られなかったため、不快と不満を抱き、不満は攻撃性、破壊へ向かいます。これでは真似る、学ぶ心が子供に育ちません。自分以外のものに興味関心を持って学ぶがなければ、学校の勉強にも心が向かず身が入りません。 しかも母が笑顔で楽しそうにしていること。つまらなさそうにしている母を子供が真似ようとは思いません。この母を模倣する時期をラカンは鏡像段階と言いました。いずれ子供が母を真似て、母からもう学ぶものはないと悟り、エディプス期になると父に愛着対象を移し、幼稚園移行は社会に目を向け、世界が広がって行きます。そこまで子供を導く母の役割は大変大きく、子供の将来を輝かしいものにするかどうかも、子供にとっての最初の対象である母にかかっています。 私も、母の役割がこんなに子供に影響するとは精神科学、精神分析の理論を学ぶまで知りませんでした。更にエディプス期の4歳からは、言語で子供を諭す父の登場です。これから子供を産む方たちには是非理論を知って、実践して欲しいと願います。また、子育て中の方たちにも、知ることで軌道修正し、子供を活かす方向に歩んで頂きたいと思います。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『精神発達論、基礎の基礎』講座より、筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年5月メルマガNo.194のテーマは、「私は私、私の事は私が決める」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.05.12
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京都府南丹市11歳男児殺害事件で義父が逮捕されました。 最初に、父親が小学校の近くまで車で送っていった、その後に行方不明になったと聞いて、まず違和感を感じました。何故、小学校の近くだったのかと。近くとは一体どこなのかと疑問に思いました。 その後、義父が逮捕されたと聞いて、やはりそうかと納得しました。それまでテレビのニュースでは、「父」と聞いていましたが、「義父」ということは、実の父ではない。母親が再婚した連れ子ということで、理論通りでした。 精神分析では子供の精神の発達を何より一番に考えます。そのため、子供が18歳になるまで、片親がその子を連れて再婚はしないのが鉄則です。何故なら、離婚による生別や、死別であっても、その子にとっての父親は血の繋がった実の父しかいないからです。何歳で両親が離婚したかは知りませんが、今回の11歳男児にとって父は実の父だけです。 それを母や大人たちの都合で、「今日からこの人が新しいお父さんよ」と言われても、子供には受け容れられません。それは「父」ではなく、子供にとっては「男」であり変なおじさんです。子供にとって、新しい疑似家族は、新しい父ではなく、男と母であり、その男は母の愛人なのです。 当然、父が母と生別・死別し、父が我が子を連れて、母とは違う女性と再婚した場合でも同じです。子供にとってその人は「母」ではなく「女」です。故に、その女性を心から「母」とは呼びません。 おそらく、11歳の男児は義父に対して文句を言ったり、反抗したりしたのでしょう。思春期に入る頃の子供は、それでなくても親に反抗します。それが当たり前です。精神の発達から言えば正常な言動です。ところが、反抗された義父は腹が立ち、殺害にまで至ってしまったと考えられます。 以上の理由から、シングルマザー、シングルファザーで子育てをし、いろいろ大変なこともあるでしょうが、結婚、同居はしない、子供にとっての他人を家に入れないのが鉄則です。外で会うのはokです。それは大いに勧めます。そして、結婚・同居は子供が複数人いる場合は、末っ子が18歳になるまで待ちます。18歳を超えれば家を出ることができるので、子供が選択します。その時まで、子供の心を第一に考えて待ちます。 今回の悲劇は、人間の、子供の心を知らないために起きました。それらをフロイトやラカン、先人たちが「精神分析」という理論として残してくれています。これは真理です。無知は人の命に関わります。知っていれば避けられることがたくさんあります。救われる命があります。今回の、京都府南丹市11歳男児殺害事件も避けることができました。その知を持って欲しいと願います。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『世界をみる広い視野』講座より、筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年4月メルマガNo.193 のテーマは、「いい子とは親にとって都合のいい子 -自分の意志を持つ-」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.04.29
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三つの自立 子供は成人したら親から自律し、自立します。自立には次の三つがあります。 1.空間的…親と離れて住む2.経済的…自分で働き稼ぐ 3.心理的…親に依存せず、自分で考え判断する 働いて自分でお金を稼いでも、親の影響を受け、自分考え判断せず、親と一緒に住むのでは、いつまでも親の傘の下です。親は子供に自立を促し一本立ちさせるように、家を追い出すくらいでないと親子の分離はできません。 身体と精神の「癒着」 親も子供を自分の傍に置いておきたい。子供も親の傍に居たい。この心理が作りだす病は「癒着」です。内臓の癒着で多いのは、胃、腸、肺、子宮、卵巣などがあります。これを見ただけでけでも、母は子供と分離したくない無意識が強いことがわかります。女性特有の臓器(子宮、卵巣)が含まれているからです。 本来あるべきでない関係を続けるということは、融合してはいけないものが融合している“癒着”に等しい。成人後はそれまでの融合した親子関係を解消して、親は親、子供は子供として互いが独立し分離します。ところが、結婚せず、親と共に30代、40代でも暮らしたり、結婚後も親と同居します。 「癒着」の辞書の意味は、医学的には、「分離しているべき組織面が線維性(神経線維)の組織で連合・融合していること。」比喩的には、「本体あるべきでない者同士が、深く手を結び合うこと。」とあります。それは人間関係でいえば、成人した子供と親のことです。 漢字はそれを見事に表しています。癒着の「癒」の漢字は、やまいだれが付いています。母親と娘、息子。父親と娘、息子は、本来手を結んではいけない関係です。赤ちゃんの時なら、母親に抱っこされて癒されますが、大人になると身体も大きく、今更母に抱っこされても癒されず満足しません。それでも、くっ付きたい、着があり、癒着する。この人たちは癒しを求めながら、永遠に満足することのない癒しを求めています。 これには男女の性別の差はありません。成人した子供が関係を結び、癒しを求める人は親ではなく、他者であり、異性です。親をいつまでも求めるのは、子供の自我状態です。精神が育たないまま、愛着を友達にそして異性に向けシフトすることのない赤ちゃんです。 父の模倣と同一化 娘が、父と同じ病気を模倣し父に同一化することで、父の不在を自分の身に引き受けます。例えば、父が腸の病で亡くなったら、その娘は癒着性腸閉塞(イレウス)や腸管癒着症になる。娘にとって父と同じ病気になることは、父が自分の中で生きているということです。病気を通して父と一つになった、これが同一化であり、喪失の防衛になります。 父を失った、その不在と喪失を埋めるために父を模倣し同一化し、防衛を完成させるのが腸の癒着の病気です。 この娘である母親が自分の親と分離せず、精神的に癒着していれば、当然自分の子供とも分離しません。子供をいつまでも自分の傍に居るようにしむけ、子供の自立の足を引っ張ってしまう。そのことに母親は気づかないか、もしくは薄々気づいていても、気づかないフリをします。こうして、精神のDNAは受け継がれ、世代連鎖します。しかも、これらは無意識であり、本人にはわかりません。何故、自分が病気になったのかわからないからこそ本人にはどうしようもないのです。これを知るには、精神分析しかありません。 人間の基本は、親子は成人した子供は親の元を離れ、自立することです。分離した後は、親子関係ではなく個別の人対人の関係になります。「お母さん」「お父さん」、子供は「○○ちゃん」などではなく、固有名詞の下の名前「○○さん」(例えば、太郎さん、花子さん)と呼び合います。 夫との愛情関係がしっかりあれば、子供の自立を邪魔することはありません。夫婦仲の良いことが、家族の幸せです。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキストより筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年4月メルマガNo.193 のテーマは、「いい子とは親にとって都合のいい子 -自分の意志を持つ-」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.04.22
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感情的反応 私たちは、目で対象を見て、その対象を言語にして認識します。外から自分に向ってくる物事が危険かどうか、判断しなければなりません。例えば、それが花びらか、小石か、はたまた矢かで行動は違います。花びらならそのまま眺めていてもいいが、小石や矢ならできる限り回避行動をとらなければなりません。外からの物事・情報を言語化します。これが知性化ですそのために、五知覚のアンテナをを外に向けて張っておきます。 これが人からの言葉だとどうでしょう。「Aさんがあなたの悪口を言っていたよ」と言われて、それに対する自分の意見・考え・反論などの言葉が出てこなければ、知性で反応できず、首から下の肉体に属する感情で反応します。フロイトが言ったように欲動には生の欲動(エトス)と死の欲動(タナトス)の二つあります。生の欲動(エトス)で反応する内容なら、ワクワク・ドキドキします。 言い返せなった時、言葉が出なかった時はイライラ、ムカムカ、カリカリ、キリキリ、カチンと来たり、オロオロします。これは死の欲動(タナトス)です。何にどうイライラしカチンと来たのか、言葉にできないため自分でもわかりません。言葉にならないで、擬音で済ませます。擬音の多い人は、言語化できないということです。 「好き・嫌い」の起源は「快・不快」 人・事・物への感情的反応「好き」と「嫌い」です。好き・嫌いの起源は、快と不快。快刺激は赤ちゃん時代の抱っこ・スキンシップの温もりから始まり、「好き」を作ります。不快刺激は「嫌い」を作り、排除と攻撃に向かいます。不快刺激の基は、放ったらかしの無感覚。養育者(母)に抱っこされ、触れられて肉体に安心と安全、気持ちいいがマーキングされ記憶されますが、それがありません。つまり愛されなかったということです。 アトピー性皮膚炎 母が放置し自分に関わらなかったことを否認するために、皮膚を掻きむしります。これがアトピー性皮膚炎です。触れられず無感覚であった、愛されなかったことを否認するために、自分で自分の皮膚を掻きむしり、痒みと痛みの感覚を作り出します。これで少なくとも無感覚は免れます。 掻きむしるくらいではすまないと、自ら自分の体を切ったり刺したりして傷つけます。切る場所は手首に限らず、足をハサミで刺したりと全身に及びます。母が子供に触れないことが、どれだけ子供の心を傷つけ、更には身体を傷つけるかを知っているでしょうか。また、皮膚を掻きむしったり、切る行為が、放置され愛されなかったことの防衛としての否認であることを、本人も自覚しているでしょうか。知らない、わからないから、辞められないで治りません。 行動の元には動機が、原因が在ります。それを言語化していくことが治療になります。 言語化・知性化 言語化・知性化する脳、思考するための時間と空間概念を持たないと動物と同じです。生の欲動(エトス)と死の欲動(タナトス)から感情の好き・嫌いにいく。だから人を好き・嫌いで判断します。「あの人が嫌い」と言うだけで、その人のどこがどう嫌いか、何故自分はその人を嫌うのかの知性による吟味がありません。自分の中から湧き上がってきた感情・情動を、思わす言葉にしてしまいます。言っていい事と悪い事の判断がつきません。人ともめ、争いになります。言語化が無いと、感情に任せて手が出て暴力になってしまう。これは最悪です。 初めに言葉ありき。目で見て、知性で認識し判断するのが人間です。そのために「本を読み、言語を憶えよ」と師は言います。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『DIAGURAMU解説』講座より筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年3月メルマガNo.192 のテーマは、「子供の心を育てる all ok、明るい家庭」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.04.06
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自己愛の傷つき 人間の防衛機制には12~14種類あり、その中の一つに「知性化」があります。そもそも防衛とは、何から何を守るのでしょう。 他者から自分を否定する言語は、自己愛が傷つきます。自己愛とは自分の価値です。否定によって自分の存在が無化されます。 「できる・できない」に人はこだわります。「できる」は、人から賞賛を得て自己愛の備給になります。「できない」と、貶され否定され、自己愛は擦り減っていきます。こうして、私たちは日々、自己愛の備給と消費を繰り返します。すると、できる事が多く、自己愛が多いほど自己愛は枯渇しないので防衛できます。 心の基本:「温・圧・音」 赤ちゃん時代から、身体の基礎、心の基礎になる三要素があります。それは、母に抱っこされた母の温もりと、その時の適度な圧迫感、そして母の心音です。これを「温・圧・音」と言います。中でも心音、音は、360度どこからでも聞こえるため空間性を養います。心音は後に声になります。更に換喩されると音楽にもなります。母親にガミガミ言われたり、煙草を吸うだみ声の母の声は子供に心地よく聞こえないため、音楽を聴いても雑音にしか聞こえないと言うクライアントがいます。 この身体と心の土台の上に知性が乗ります。土台によって上に乗る建物が決まります。土台、基礎がしっかりしていないと、上にどんなに立派な建物を建てても崩れ落ちます。 家庭で言葉と会話を学ぶ 先ほどの他者からの否定言語に対する防衛に知性化が使われます。言葉には言葉で返します。 子供が最初に学ぶのは「No」「いや」。これが言えることが大事です。ところが、子供は「いや」が言えない。それは親が子供の言うことを否定、排除し、子供は親に言葉が通じないと感じたからです。子供は言っても仕方ないと黙ります。沈黙します。そうして、人と交流しない・できないで、友達ができません。親の奴隷になってしぶしぶながらも言われた通りする奴隷になるしかありません。 家庭で学ぶ母とそして父との会話が通じないなければ、会話の練習は誰ともできません。これはコミュニケーション障害です。 「母は自分の言ったことにトンチンカンな答えしかしなった」、と訴えるクライアントは多い。子供が何を言わんとしているのか、理解しようとして聞く親がどれだけいるでしょうか。他愛のない、親にとっては何ということのない子供の話をしっかり聞いて、肯定して返す。言葉のキャッチボールがなければ、語彙も増えず、文章が作れません。親との会話が通じなければ、友達を作ることは難しくなります。家庭でどうせ言っても無駄だ、通じない、わかってもらえない、だから喋らないと、人との交流をネガティブに考えるようになっているので、それを親以外の人にも適応するのは仕方のないことです。 知性化とは言語で説明すること 他者からの否定言語に対する防衛に知性化が使われます。他者からの否定言葉には言葉で返します。例えば、「それはあなたの考えですね。真理はこうです」と、真理の意味を伝えます。それには、真理を知っていなければ言えません。また、言語で返そうにも、そもそも言語と文章力、そして会話ができなければ返すことができません。すると、やはり感情的になるか、手が出る暴力か、沈黙するしかありません。言語と会話能力、知性がないと、委曲を尽くして語る(事情・情態についての、細かい点までつぶさに説明する説明する)ことができず、言葉が出こないで、諦めてしまいます。 知性化とは感情的にならず、ひたすら言語で説明すること。そのため、知性化の第一歩は言語とその意味を憶えて使える事。真理は精神分析の理論で学び、言葉は読書それも音読し、わからない言葉は辞書を引いてノートに言葉と意味を書き写し、何度も見て覚える事、と我が師は言います。正しく適切な言語を選んで話すことの訓練が、いくつになっても大事で必要なことです。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『基礎の基礎』講座 防衛機制:知性化より筆者まとめ) LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年3月メルマガNo.192 のテーマは、「子供の心を育てる all ok、明るい家庭」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.03.26
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衛機制 自己防衛には、抑圧、否認、分割、退行、反動形成、投影、置換、摂取、同一化、合理化、知性化、昇華の12種類あります。 防衛とは自己を守ります。外からの攻撃は他者の語らいが自己を傷つける。これが自己愛の傷つきです。自己愛には、現実自己、誇大自己、理想自我、自我理想の四つがあり、この中の誇大自己に向けられた否定の言葉に傷つきます。アイデンティティ、自我理想を持っている人には防衛は必要ありません。ひたすら自我理想に向かっているので、他者の言葉は関係ありません。 二つの自己防衛 自己防衛には二つの側面があります。例えば、「摂取」が防衛になるのは、人の物まね、フリをして、相手に合わせる事で攻撃を逃れようとします。この物まね、フリをするためには相手を摂取、摂り入れます。もう一つは、自我理想を持ち、自分より秀でた人の能力、良い所を摂り入れることで、自分を成長させます。自我理想とは自分が自分の理想象を言葉で描いたもののです。比べる者は未来に描いた自我理想と今の自分です。他者と比べることはありません。 誇大自己 自我の傷付きの原因は、誇大自己に向けられた他者の否定の言葉でした。誇大自己とは、実際の自己=現実自己を膨らませて大きく見せたものです。その中身は「高い」「強い」「大きい」「重い」「速い」「強い」などです。これらを否定する「低い」「弱い」「小さい」「軽い」「遅い」「弱い」の言葉を言われると傷つきます。「あなたは弱い」「あなたは小さい」というように。 自分は強いと思っていたのに、「弱い」と言われ傷つきました。ということは、「自分は弱い」と知っていたということです。弱いからこそ「強い」という弱いを否定する言葉で誇大自己を作っていました。否定言語とは反対言語ということで、この言葉に傷つきます。膨らませた誇大自己が本来の自己だと、想像的に規定している場合です。現実自己は無意識に抑圧されています。 自分は弱いという自己認識、自己規定を持っていれば、「あなたは弱い」と言われても傷つきません。「その通り、私は弱いです」というだけです。こうして正しい自己認識には防衛は必要ありません。自己認識が真の私として他者の言明を排除し、他者の言葉に一喜一憂しません。 誇大自己を膨らませたい人は、原寸大の現実自己を抑圧します。弱い自分が出てくると、強い自分が維持できません。そして、現実自己を防衛するために、膨らませた誇大自己を作り、この誇大自己を見て「すごいね」と言ってくれる人が探します。誇大自己を見て「すごい」とはやし立てて言ってくれる人がいないと、誇大自己は維持できません。誇大自己をより太らせたい人は、相手にも賞賛の言葉をかけて誇大自己を膨らませる自己愛の備給をしています。相互に備給し合い、支え合う構造を持っています。 他には、お金と物に物を言わせて人を集めます。その人に魅力があるのではなく、その人の持っている資金力に群がり、おこぼれを頂だいしようとします。そこで、「強いですね」「大きいですね」など自己愛を備給する言葉を集めていき、誇大自己を更に膨らませます。 彼らは否定する言葉を排除するため、否定言語を言わせないような状況を作ります。そのためにイエスマンだけを自分の周りに置きます。これはとても危険です。自分を批判し苦言を呈してくれる人がいるから、自分を振り返り反省します。 成長のための自己防衛 否定される言語はいくらでもあり、それだけ防衛が必要になります。誇大自己がなければ、防衛を使う必要はなく、自分の成長ために建設的に使えます。 自己愛の核となる文字は「高」「強」「大」「長」「重」「上」「一番」「速」など。この文字・言葉を巡って、自己愛が備給し、自己愛の傷つきを防衛していきます。言われた言葉が気になる、引っかかったというのは、自己を否定され、自己愛を刺激されたということです。これらの言語に引っかかりがない限り、防衛は成長に使われ、他者の言葉は助言・確認、成長の糧としての言葉として受け取れます。心的エネルギーは、在りもしない誇大自己に浪費されることなく、未来の自分の理想に向けて有効に使われます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (参考文献:LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキスト) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年3月メルマガNo.192 のテーマは、「子供の心を育てる all ok、明るい家庭」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.03.18
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関係念慮 精神の病理の症状は様々ありますが、病理の手間前の軽い症状は一般の人の中にも見られます。例えば、関係念慮。 関係念慮とは、自分とは全く関係のない他者を関連づけて見てしまいます。例えば、道を歩いていて、知らない人と目が合いました。すると、「あの人は私の噂をしている」とか、他者が二人で話していると、「私のことを悪く言っている」と思います。 そのように自分と関係ない他者を自分に関係づけてしまいます。それも、悪い方にです。これが甚だしくなると、ある俳優が私に「結婚しよう」とささやくなどとなり、これは病理になります。実際に、他者は何も言っていないのに、勝手に想像を膨らませて在りもしないことを言う。この思い込みが発展すると、妄想になってしまいます。 自分と全く関係ない人、事を自分と関係づけるのは、それだけ人と関係を結べなかったためです。その基は母です。母が自分を押し付けるのではなく、またほったらかしにせず、程よく、子供の意向・意見・欲求をきいて正しく関わり対応すれば、他者との関わり方を子供は学びます。母に放っておかれると、子供は関わって欲しい。それが過剰になり、母が他者に広がり、何でもかんでも自分に関係づけてしまいます。ほっておかれた私はプラスの意味・価値にはならず、マイナス志向になります。 病理と正常を分けるのは、他者を見て自分の悪口を言っていると思う自分は、おかしいと自覚できるかどうかです。分裂病者は自分の想像界の妄想を、現実にあると確信します。これを「誤った確信」と言います。正常と異常の狭間、グレーゾーンの人も結構います。 思い込み 思い込みは一般の人たちの中に多く見られます。自分は間違っていない、正しいと思い込み、自分の思いや意見を他者に押し付ける。これは、親が子供に発言する時によく見られます。親は自分の経験したことが絶対と思い、良かれと思って言うのですが、それは親個人に当てはまることで、個として別々の子供にそのまま当てはまることはまずありません。時代も、家庭・社会環境も違うのですから。ここは気をつけなければなりません。親の経験は親だけのものであって、子供をはじめ、他者に当てはまることはありません。 無気力・無関心・無感動 無気力・無関心・無感動の三つ要素は、病理の診断基準です。無気力とは、心的エネルギーの低下で、これが進んでいくと動けなくなり危険です。また、「気力が出ない」という表現は、まだ気力があるということで、あるが出ないなら、出るようにすることは可能です。ところが、「気力が無い」となると、気力そのものが無いので、重症です。 無関心は、対象へ向かうベクトルがなく、自分だけの世界に閉じこもり、交流性が無いために孤立してしまいます。無感動は、情緒的動きが無く、生きていても味気なく、楽しみや喜びが味わえません。三つが揃ってしまうと砂を噛むような虚しさと感じ、動けなくなります。 ここに私という主体は存在せず、その代わりに他者または社会が私を動かします。自分以外の他者の欲望、社会の要請のみで行動します。親が子供を支配してしまえば、子供の主体は簡単に抹殺されます。家庭にはこの危険性が潜んでいます。 内なる声を聴く訓練 自分の中に危機が迫っていることに気づけるかどうかです。私たちには欲動があり衝動が湧いてきます。衝動とはエネルギーの塊なので、それを言語にします。「私は何かをしたがっている」「何が欲しい」、それは何か?判らないと「うー」「あー」と何かを叫びます。心の病になると、窓を開けて通りの人に叫ぶようになります。これは周りへのサインでもあります。精神分析は本人には言語化できない言葉を、丁寧に聴いて言語にしてきます。言いたいことがあるが、言えないことが病理の根底にあります。子供時代には母が、父がその声を聴きます。何でも言える子供は病理にはいきません。 そして、自分の内側、心の声に耳を傾け、それを聴く訓練が必要と考えます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (参考文献:LAFAERO1 大澤秀行 『養成講座』テキスト) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年3月メルマガNo.192 のテーマは、「子供の心を育てる all ok、明るい家庭」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.03.12
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三つの症状:言語・行動・身体 無意識にある発病の基になる素因・心因が外に現れたものが症状です。その無意識を分析し、本人が受け容れない限り、飽くことなく何度でも発現し周囲の人たちを巻き込んでいきます。 人間の症状には、言語・行動・身体の三つの方向があります。 言語化 例えば、子供はお母さんの気を引きたい。それはお母さん甘えたいということです。 そのまま言葉にして「甘えたい」と言えば、わかりやすく、お母さんが受け容れれば解決します。 行動化 行動化の甘えたいは、例えば万引き。 自分だけは万引きをしても許されるだろうという社会への甘えであり、きっとお母さんは引き取りに来てくれるだろう、見捨てないだろうという母への依存しきった態度です。しかし、周囲にはこの甘えの言葉は読み取れません。 身体化 甘い物を食べるなどの食行動となって身体で表現します。 指しゃぶりや口の病気を患うなどで、特に口唇にまつわる病期は口唇期欠損と言い、甘えの表現です。 これら三つの中で、最も正常なものは言語化です。 行動化すると、万引きは後に本当の反社会的行動、犯罪者になってしまいます。身体化は、甘い物を食べすぎて糖尿病になるというように、本物の病気になってしまい命に関わります。 ある例では、身体の病気で病院に行き、「入院です」と言われた瞬間ニコッとしたというのを見た付添人の話があります。その人にとって入院は、堂々と休め、世話され、甘えの方法だと言えます。健康な精神なら、入院で世話や甘えを満たさないで、健康的で楽しめる旅行や趣味に興じるなどの方法を考えます。 殺意 やはり、正常な道が開かれているのは言語化の道ということになります。無意識的素因・心因を言語化します。例えば、殺意が無意識にあったとして、これを行動化すると、実際に人を殺してしまう。身体化すると、他者に向けられない殺意を自分に向けて刺してしまう。手術による身体へメスを入れることも同じです。言語化すれば、「人を殺したい」と言うだけです。実際に殺すわけではなく、だれにも迷惑がかからず安全です。 殺人は錯覚です。殺したいほどの恨みや怒りは、その対象者を例え殺しても消えません。現実に目の前にいる人を亡き者にしても、自分の精神内界に宿し内在化した恨みや怒りは消えないからです。一時、殺人を実行した時だけは恨みや怒りが解消したかのように思うだけです。 語ることはカタルシス(浄化) 語ることは、人間の心を癒します。カタルシスと言って、無意識に抑圧されて留まっている精神的外傷や殺意などを、言語によって外に表出することで消失します。「カタルシス」が「語る」という言葉を含んでいるのは偶然ではないように思います。 無意識にある、行動・身体の病理を作る素因になる内容を語ることが大事です。これがお喋り療法という、精神分析、カウンセリングの心理療法です。 精神分析では、フロイトが発見した「夢分析」があり、例えば、「人を殺したい」または「人を殺した」という夢を見たら、「それはあなたの殺意の現れです」と分析します。そして、クライアントは自分の中にある殺意とは、誰に対する殺意か、殺意にまでなった原因・動機は何かなどを探り語っていきます。 無意識を知る 自分では知らなかった、知りようもなった自分の無意識を知ります。無意識を意識化すれば自分でコントロール、操作が可能です。「何だそういうことだったのか」と納得して、そこから離れ、殺意は消えます。 例えば、交通事故にも全て無意識が関わります。事故や病気は無意識からのメッセージでありサインです。それに気づかないと、どんどん重症化していきます。 癒しの道があり、言語によって意識化されれば、行為化・身体化は免れます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年3月メルマガNo.192 のテーマは、「子供の心を育てる all ok、明るい家庭」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.03.09
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症状 人は人格形成の過程において固着し、不適応から機能不全に陥り、症状を現し発病します。症状は防衛機制の過剰の表現、または破綻によります。 外からの刺激、例えば「恐怖」が自分に入ってきました。その恐怖に自分が耐えられ、打ち克てるという精神構造があれば、防衛は成功しています。ところが、恐怖に克てず防衛を突破されてしまったら、心の中は恐怖で一杯になります。 もう自分ではどうにもできず、意識でも止められないし、方策も見つかりません。すると、例えば家に閉じこもる。これは対人恐怖で外に出ていけない人と同じ構造です。しかし、「ワーッ」と叫びながら家から飛び出す。これは周りの人たちには了解不能で、この行動が症状です。また、意識喪失により自分を消します。自分とは自己意識があるから存在します。自己意識を消失してしまえば、自分は消える。だから、アルコールや薬物に頼ります。生きていることが辛く苦しく、自分を消したいが消せないので、アルコールや薬物を飲んで酩酊するしかありません。自分の意識を消せたらどんなに楽だろうと思い、意識を消すために多量のアルコールを飲み続けた時にアルコール依存症という症状が現れます。 防衛機制が働いて、閉じこもって自分の意思を持ちつつ恐怖を防衛している間は正常です。しかし、症状が形成されるということは、自己の防衛機制を越えた刺激(恐怖)が入ってきたということで、発症に至ります。 恐怖に対する感受性・感覚は人によって違い、個人差があります。その人の限界を超えたもの・時に対して症状が形成されます。耐性の弱い人は、ちょっとした恐怖にもパニックになって症状を現します。耐性の強い人は、それくらいの恐怖では応えません。 症状を作りやすい人とは、恐怖の耐える能力、耐性が弱い。しかし、耐性が強ければいいというものではありません。耐性が強過ぎるために、溜めに溜めて限界にきたところに一つの刺激がきて、一気に爆発・破壊に至るということもあります。 サインを読み取る 耐えきれないものを防衛するためには、自分を麻痺させる。これは過剰防衛です。症状を呈し発病は、適応不能から過剰適応という症状、つまりサインを出します。本人はサインを出して周りに読みとって欲しい、気づいて欲しいと無意識に叫んでいます。しかし、症状としての表現はストレートな表現ではなく、本来の意味が別な形に置き換えられています。それに周りの人や家族が気づくことは難しく、サインを読み取れずほとんどは見過ごされます。 よく見られるのは不登校児の学校に行く前になると「お腹が痛い」と言う。医者に診せても特に何もないが、本人は「痛い」と訴えます。親は「気のせいだろう」と真剣には受け取りません。こうして子供の本当の心の叫びは伝わらないまま、言えないで固着し続けます。固着とはサインとして表現されるため、そこを満たせば固着は消えます。満足という形で消化されていきます。子供のサインを見逃さない事です。身体の病気と同じく、早期発見、早期対処・治療すれば、長引かず軽症で済みます。そのためには、いつも子供にまなざしと声をかけ、関心を向けることが必要です。 真面目は狂気の入口 社会は子供に学校に行き続けることを求めます。大人にとっての仕事も同じです。それは社会人であって、個人ではありません。あまりに、自分を社会に売り渡してしまい、過剰適応した人は自分個人に戻ろうといても、戻る場所がなく戻れません。自分の本来いるべき場所が空っぽになります。どこに戻ればいいのかわからない状態を「空虚」と言います。自分の世界を持ちつつ、社会参入する在り方、こういう器用な生き方が正常です。 母親はまだ幼い子供に社会適応を強い、「人に迷惑をかけてはいけません。幼稚園で友達が自分のおもちゃを欲しがたら譲ってあげなさい」と言ったとします。その母の言葉に操られ従っていくと、その子供が自分の世界に戻ろうとしたとき、戻る自分の場所が無い。自分が空っぽで、死んでいます。 過剰適応は後に適応不能を生みます。故に、世の中に適応していることが決して正常ではありません。 真面目に学校に、仕事に行って、人に迷惑をかけていないからいい子、良い人だとは限りません。過剰適応を世の中では「真面目」と言い、真面目は危険、狂気の入口です。 何事もほどほど、中庸が理想です。お酒もほどほどに飲むのは「百薬の長」と言います。学校も仕事も、時には息抜きをして自分を見失わないことです。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキストより筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年3月メルマガNo.192 のテーマは、「子供の心を育てる all ok、明るい家庭」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.03.05
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自分は受け身と能動の二つに分裂している 自信とは自分を信じる事。その際、「自分を信じる」と、「自分が信じる」の二つがあります。自分を信じるとは、自分が対象となり、受け身的自分。自分が信じるは自分が主体になり、能動的自分です。「あなたは自分を信じられるか」と問いかけられている受け身の私と、私が問いかけている能動的私。「自信」を巡って、それを問いかける私と問いかけられる私に分裂しています。このように自分とは常に二つに分裂します。言い換えれば、受け身的とは待っている私、能動的とは自ら行動する私です。 自分は何が欲しかったのか これを0~1.5歳の時期で考えると、胃が空っぽの不快から泣いて、母の乳首が来るのを待っています。離乳食が進むと共に、ある時強制的に断乳されます。昔は乳首にからしを塗ったり、黒く塗ったり、恐い顔を描いたりして断乳しました。赤ちゃんはお母さんのオッパイを飲むだけで乳首を吸うのはありません。赤ちゃんにとっての最初のおもちゃにもなります。オッパイを吸うこと=食事が目的ではなく、柔らかい触り心地の母の乳房・乳首を触ったりしゃぶったりして、戯れます。 寄る辺なき存在の赤ちゃんにとって、母はまだ全体対象ではなく、オッパイだけの部分対象であるところから始まります。そこから、心地よく授乳を繰り返し、自分をいつも快にしてくれる“対象”が生まれました。ところが、突然その対象を断乳という形で失います。これでは、対象が生まれ自分が生まれたその瞬間、対象であるオッパイを禁止され対象を失い、同時に自分も無くなります。 対象である乳首に向おうとしたのに止められ禁止されます。対象が生まれた瞬間、対象は抹殺されます。まだ未熟な赤ちゃんには何が起こったのか理解できません。自分が欲しいと求めた対象が突然奪われ、「自分は何が欲しかったのか」という問いだけが残ります。 人間は問いかけます。能動的私と受け身的私が混在して、結局「私とは何者か?」と。更に社会ではルールに従うことが求められ、自分の能動性を出したい私と受け身の私に分裂し、受け身性が優先されます。 私の欲望は間違っている そして、幼くして突然対象を失い、自分は何を求めたのかわからなくなります。幼少期から自分の欲望が否定され続けた結果、私の欲望は間違っていると思います。親や社会が正しく、私が「こうしたい」、「あれが欲しい」と欲望する事がそもそも間違っているとなり自分を失います。自己否定の塊になっていき、「欲望する私が悪い」と結論づけます。 私の欲望は出せずに、裏に隠します。無意識にしまわれます。すると、この人が発するのは一般論、常識、道徳、倫理、正論です。 しかし、自分の欲望を無意識にしまったまま生きることはできず、どこかに顔を出します。それが失策行為・錯誤行為や、行為化(事故)や身体化(病気・けが)に無意識は現れますが、本人にはその意味がわかりません。また、自分の欲望は本当に間違っているのか、それとも正しいのか確かめたくなると、精神分析に行きます。32年前の私が正にそうでした。分析で自分の欲望を肯定されて漸く安心し、生き返ります。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキストより筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年2月メルマガNo.191 のテーマは、「伝えたいことがある子供、それを汲み取る親 -精神発達論より-」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.02.28
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言行不一致 人は言行一致(自分言った言葉通りに行動し、矛盾が無いこと)する時と、言行不一致の時があります。子供は親の言動をよく見ています。 クライアントの父はある宗教を信仰していました。その教えに「感謝」があり、「親や先祖に感謝せよ」を常に言われました。ところが、父はその母、クライアントにとって祖母に対して、優しい言葉一つかけず、いつもそっけなく時にイライラした口調で話しました。それを見聞きしたクライアントは、「どこが親に感謝なのか。父は言っている事としている事が違う」と、心の中で父を批判してきたと言います。 子供は母を試す 子供にとっての親の言動一致の例は、約束を守ることです。100%言行一致しようしますが、80%くらいしかできなったとします。20%マイナスです。 親が普段、「all ok、敏速・適確」で子供の要求に対応します。その中でも、子供は親を試します。いつでも自分の要求を聞き入れてくれるか。いつも母は怒らず、無理を言っても笑顔で応えてくれるかを。例えば、母が忙しい時に限って、子供は「これして」「あれして」と言います。お母さんが忙しいことを子供は知っています。この忙しいときでも自分の要求に怒らず笑顔で応えてくれるかを試します。ここでお母さんが「忙しいのにいい加減にして」、「この忙しい時に言わないで、もっと早くに言いなさい」と怒ってしまうと、子供は「やっぱり、お母さんは怒るんだ」と母を信用しません。ところが、忙しいにも拘らず母が応えてくれたら、母を信頼します。そして、自分を大事にしてくれている。きっとお母さんは僕(私)を好きなんだと思います。 また、子供は自ら迷子になって試します。ある例では、買い物に出かけ子供は迷子になりました。館内放送で迷子の呼び出しをかけます。それでも母は自分の買い物に夢中で、1時間後に迷子センターへ子供を迎えにきました。1時間待たされた子供は、迎えに来た母に「この人は僕(私)のお母さんではありません」と言いました。1時間も子供を放ったらかしにしたのですから、そんな母は自分の母ではない。自分の母なら、すぐに迎えに来るはずだと子供は思います。当然です。これでは母親失格です。信用も信頼もされません。 にも拘らず、許す、信頼 子供は大人や親が思う以上に、よく見てよく考えています。決して子供だからと侮ってはいけません。 子供に忙しい時に要求されても、試されても、にも拘らず怒らず応え続ける母。この“にも拘らず”の試練を乗り越えた母に、子供は母の言行不一致、約束を守れないマイナス20%を「仕方ない」と言います。にも拘らず応え続けてくれた母への信頼が、80%を100%にします。子供の「仕方ない」は、応えきれなった母を許すということです。 それは母が子供に泣かれても文句を言われても、にも拘らず応えたからです。つまり一般には子供のわがままと見える要求を許し、「ok 」と肯定し受け容れたため、子供も「仕方ない」と言って母を許しました。母の言動が子供に「許す」ことと、「信頼」を心に登録させました。母との関係で「許す」を知り学んだ子供は、人を許します。人と「信頼」を築こうとします。 子供を育てる このように子供の心は、養育者である母の対応によります。全ては母が基になるということです。そんな大変な役割があるとは知らずに、ほとんどの女性が子供を産んで母になります。子供を産むことと、育てることは全く別のことです。子供にどう対応すればいいかを知らないまま親になる事は間違いだったと、産んだ後、何年もしてから私は知りました。 結婚する前に、せめて子供を産む前に、母とは、母性とは、子供の育て方を知っておきたかったと思いました。マイナスを取り換えすのは時間と労力とお金がかかります。それでも、私の無知による子供たちへのマイナスが精神分析でプラスに書き換えられたことは幸いでした。今、育児、子育てで悩んでおられる方に是非知って欲しいことがたくさんあります。親が気づいたところから、修正し取り戻せます。マイナスが少ない子供の年齢が若いほどいいと言えます。しかし、50代の子供に80歳のお母さんが対応した例もあります。親の子供への思いと、母の役目と自分を知り子供に対応すれば、子共を活き活きと生き返らせます。子供にとって母の存在は多大な影響を与えます。その母を支える父がいます。(症例については、クライアントの了解を得ています) ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1大澤秀行氏著書 講座より筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年2月メルマガNo.191 のテーマは、「伝えたいことがある子供、それを汲み取る親 -精神発達論より-」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 育児、子育て、その他様々な悩みご相談ください。*ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.02.16
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冒険心 1歳頃から直立歩行し、自分の足で行きたい所へ行きます。これまでのハイハイとは視線の位置がちがい、見える世界が格段に広がります。動き回る子供の後を追いかけて、見守るのは大変です。そのため、子供が「外に行きたい」と言っても、「ダメ」の一言で禁止します。サークルで囲い、その中でだけ動いたり、犬のようにリードを付けられたり、柱に括りつけられたという例もあります。 見るもの触るもの、子供の興味・関心を惹き、その対象に向っていく行為を「冒険」と言います。この冒険心が好奇心を育て自我を作り、自立へのトレーニングになります。それには相当な自由が与えられないと冒険も,自立のトレーニングもできません。ここでつまずくと、先には進めません。 これまで母といつも一緒だったところから、自分の行きたい所へ行く冒険心が生まれたことによって、母から離れることなります。まだまだ母に甘え依存したい子供は、母から離れましたが、また母の元に帰り再接近します。これが1.5~2歳の時期です。母にまとわりつきたい欲求と、母を押しのけて自分の行きたい所に行く欲求、それは母への依存と、母からの自立であり、この相反する行為が生じます。 この時、離れても帰っていける母という母港が無いと、依存しながら自立するという矛盾する行為をうまく統合できず、子供は二つに引き裂かれてしまいます。母がそこにいつもいるという安心感から、子供は母から離れる距離を少しずつ長く伸ばしていきます。矛盾することを統合することで心が成長します。 安心・安全、母の支え 子供が一人で歩くことは、危険に遭遇すること、安心・安全に背を向けることです。子供が冒険できるには、安心・安全の環境を支える母がいる。外に出かけたり、旅行に行くにも、帰る場所、家があるから行けます。子供が冒険できないのは、安心・安全、母の支えがないからです。 家庭内に争いが在ったり夫婦仲が悪いと、子供は敏感に察し、両親が離婚して母が居なくなるかもしれない、出ていくかもしれないと不安で、母の傍を離れられません。これが不登校の一つの原因としてあります。お母さんが居なくならないように見張っていなければならず、学校に行っている場合ではないのです。 子供なりに冒険に出て母の元に帰ってきたときに、母に抱き着き甘え、依存します。母の機能は、“そこに居る”ということです。子供はいつ帰ってきても、母が居ることで安心します。私事ですが、仕事を持ち外で働いていた母は、私が学校から帰ってもいないことはわかっているのに、帰宅時に毎回祖母に「お母さんは?」ときいていました。 依存と冒険を何度も繰り返した後、母から完全に独立します。その途上で出会った対象との関係と、他者をモデルとし理想自我を描き、自分が目指し理想とする自己(自我理想)を発見し形成していきます。自我を達成し確立して、その集積が自己になり、アイデンティティになり、自律になります。 甘えと依存が欠損し戻れる場所、母という母港が無いと、冒険が中途半端で冒険心、チャレンジ精神が育ちません。頓挫し挫折と失敗、達成できなかった無力感、自分の力の無さを痛感します。これでは自己愛が傷つきます。その場合には、癒しと甘え、修復が必要です。これは年齢が低いほど、親による育て直しができますが、大人になると時間と労力とお金がかかります。早期に気づき、備給、修復することが肝要です。そのために先人たちは学問として精神分析を残してくれました。 穏やかな母と程よさ 母は子供にとって、程よい刺激と心地良さをもたらす存在であり、それを備給する能力がある人です。そして、その能力とは“穏やかな心”です。穏やかな母という環境の中で、子供は安心し安定した心で過ごします。 程よさとは、母の適切な all ok の対応によって、子供に程よい刺激と興奮が生まれます。例えば、80%欠乏した場合、一気に欠けたものを埋めて満たそうします。依存中毒にまで欠乏すると、程よい甘えでは満たせません。心は20%枯渇状態で動きません。この心を興奮させ鼓舞するために薬物を使い、外から強力な刺激を与え、強制的に心を盛り上げようとします。 依存対象は薬物だけではなく、アルコール、ニコチン、カフェイン、買い物、ギャンブルなど様々あります。これらは全て刺激です。残酷なシーンをネットで見ることも刺激になります。わざわざ、残酷なシーンを探して見続けるクライアントがいます。自分の中にある破壊・攻撃性を、映像として見ることで放出し、それによって脳を刺激します。しかし、残酷さに見慣れていくので、より強い刺激を求めるようになり、麻痺していきます。心は荒んでいきます。程よい母が居なかったということです。いえ、むしろ過酷な環境の中で育ち、とんでもない母だったということです。 子供の要求に100%応えるall ok 言われたことだけする、敏速、的確の対応が子供の心を育てます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1大澤秀行氏著書 『メタ言語』講座より筆者まとめ)。 ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年2月メルマガNo.191 のテーマは、「伝えたいことがある子供、それを汲み取る親 -精神発達論より-」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.02.13
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動機 人間の行動の基には動機があります。刑事事件では、「事件の動機」を探り明らかにし、量刑(刑の重さ)を決める上で非常に重要です。 言語を持ち語れる人間は、何故そうしたか、その行動を説明できるはずです。しかし、普段の生活では、したくないことをしなければならなかったり、その合間に自分のしたいことをする。そんな中で、動機は何かなどと考えることなく、何となくやり過ごしています。 殺人者の誤謬 殺人事件では明確な動機が存在します。犯罪には、恨み、憎しみ、怒り、嫉妬などの感情が基底にあり、はじめに不快な感情が生まれ、憎悪となってその人の心の中、思考を支配します。その不快な感情を解消するためには、それをもたらした対象他者を消す殺すと考えます。自分が抱え悩み苦しんでいる不快感は、対象によるもので、その対象を無くせば、自分の不快感も消えて無くなるという考えから、殺人という行為に至ります。これは悪いことは皆、外のせい、人のせいという未熟な精神の構造からきます。 この殺人にいたる行為の誤り、誤謬は、自分の不快をつくり出したのは対象(他者)ではなく、対象の言動を不快と受け取った自分であると気づかないことです。殺人の動機は、不快の感情をベースにその対象である他者を消す、排除するということにあります。 殺人を実行したものがスッキリするのは、自分の望み通り殺人をやり遂げたとか、対象が消えたから自分の不快感が無くなったからではなく、殺意を作り出す不快な感情から「対象を殺せ」とけしかけられ、そそのかされなくなった解放感です。そのことに、殺人者本人も気づいていない。全ては自分の受け取りかた、心次第です。 もし、この心の構造が解れば、殺意を作り出す不快な感情を消す方法は殺人だけではないと気づきます。また、殺意にまで至る自分の感情はどこから来るのか、何故そこまで恨み憎悪するのかに目を向ける。そういった自分を見つめ、自分と向き合い、「何故?」の問いを持つことが人間らしいことと考えます。 恋愛の動機 感情が基本となって、動機を形成するのは殺人だけではありません。恋愛も同じです。人を好きになるのも、感情、それも快感情からです。その人といると心地よい、落ち着く、安らぐ、嬉しい、楽しい、といったプラスの感情です。それがどこから湧いてくるのかはわからないが、この感情を認識したところから人を好きになる。すると、ずっと一緒に居たい、自分だけのものにしたい、助けたい、与えたい、守りたいと思い、結婚を考えます。 行動の動機づけのベースにあるその感情にプラスとマイナス、快と不快の違いはあるが、感情ということでは犯罪と同じです。犯罪も恋愛も共にその動機は感情を基に発生しているとわかります。 名付ける そしてもう一つの動機は、記憶に登録された文字から創り出されます。その中に名付けるという欲望、つまり動機が在り、それによって人(親)は他者(子供)に他者(言語)の欲望を名まえとして刻印されます。親の無意識に在る欲望が子供に名付けられます。故に、人の運命は人の裡にある無意識的言語によります。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1大澤秀行氏著書 『運命は名前で決まる』より筆者まとめ) 詳しく知りたい方は、LAFAERO1 大澤秀行氏著書 『運命は名前で決まる』に書かれています。LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年2月メルマガNo.191 のテーマは、「伝えたいことがある子供、それを汲み取る親 -精神発達論より-」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.02.09
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依存症 人間は全くの無力な存在、一人では何もできない“寄る辺なき存在”として生まれます。そのため、養育者である母に100%依存するしかありません。 芸能人・歌手の中に薬物(覚せい剤)依存で逮捕される報道をいくつも見ました。それも、繰り返し再犯を犯す人たちがいます。一度ならず二度と繰り返す薬物依存は、依存症から薬物依存中毒に陥っています。依存中毒とは、溺れる、耽溺行為、アディクションが、やがて人格崩壊に至る危険性があります。医学的には、意思の弱さではなく、脳の病気と見られていますが、突き詰めれば精神の病です。 一口に「依存」と言いますが、健康的な依存と病理の依存があります。その境界線は過剰か適切かです。病的な依存は、過剰です。例えば、食べても食べても満腹感がなく食べ過ぎてしまうと、過食になり肥満になります。適切であれば腹八分目というように、食欲を自分でコントロールできます。それには空腹と満腹を知覚する内部知覚センサーが正常に働いていることです。そして、も一つ” 超自我“です。超自我は心的に自分をコントロールし、ほどほどに止める役目、働きをします。内部知覚センサーと超自我の二つが働かなければ、歯止め、抑制が効かず、中毒に至ります。 社会人としてお金を稼ぎ多大な収入があって、聴衆から支持されても、超自我を内在化しなければ自分をコントロールすることが出来ず、身を滅ぼしていきます。法に背き、して善いことと悪いことの判断がつかない。心の構造が未熟で、赤ちゃんのまま心が成長していません。そのことに気づく病識が欠落しています。精神は目に見えないようでも、その人の言動に現れます。 母は安心と安全の存在 すると、100%依存しなければ生きていけない寄る辺なき存在である人間は、もともと無意識の中に依存中毒の因子があるといえます。だからこそ、赤ちゃん時代に100%依存できれば、そこで精神は成長してくため、依存中毒は免れます。100%依存するには、母が子供の要求にall ok し、100%応える必要があります。ここで健康な依存が出来れば満足し、依存から卒業していき、自律に向かいます。それを子供がいつまでも依存し続けると恐れるのは、養育する母の無意識にある満たされなかった欲望の投影です。それくらい依存したいのは母自身だということです。 母とは子供にとって安心・安全の存在です。寄る辺なき子供が求めるのは、この安心と安全、保護です。母がall ok し、100%子供に応えれば、子供は安心感を得ます。心は安定します。 この100%の安心・安全を得られたか、不適切な養育により100%依存が欠如しているかは、18ヵ月未満の子供の症状に表れます。安心・安全が欠如した場合は生後4~6か月頃は、過剰な夜泣きで表れます。 極端な夜泣き、夜寝ない、泣き止まないは、安心・安全の欠如です。 母が適切に世話し(授乳・おむつ替え・睡眠への導入)、まなざしと声、抱っこ(スキンシップ)を怠っていると考えます。 生後8ヵ月頃は、「八ヵ月不安」と言われる人見知りが見られない。誰に抱かれてもニコニコしています。 人見知りは母が子供に確定したこと。 つまり、母とそれ以外の人の区別がついたことを表します。だから、母以外の人が抱こうとすると、または近づいただけでも泣きます。これがこの時期の正常な反応です。 それは、24時間態勢で子供の傍にいて育児に専念した結果です。 生後18ヵ月未満では、高熱、ひきつけ、肺炎、小児喘息、自家中毒、股関節脱臼、腸重積、アトピー性皮膚炎の症状が見られます。これらの症状は母性喪失の診断基準です。 母性とは 子供の成長と心の発達に不可欠で、これに関与する主な人としての母の役割を「母性」と言います。母なるものをゲルトレート・シュヴィングは、「積極的、献身的で思慮深く、かつ連綿とした優しさとでもいうべき風土の中で、相手に向けられた配慮全体とでも称すべきのも」と定義しています。この風土、環境の中で初めて子供の心は解放され。活力を得、生まれ変わり、人間的価値を摂り入れ創造的となります。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキスト1『インテグレーター養成講座』テキスト1 より) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年2月メルマガNo.191 のテーマは、「伝えたいことがある子供、それを汲み取る親 -精神発達論より-」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.02.02
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お酒を飲んで泥酔し、記憶喪失する人。どのようにして家に辿り着いたか覚えていなかったり、家に帰って玄関に辿り着いたまでは覚えているが、その後の記憶が無く、気がつくと寒いこの冬でも家の玄関で寝ていたという例を聞きます。意識を失うまで飲むというのは、一歩間違えば命に関わる危険な行為です。 泥酔し意識喪失するとは、精神分析でいうと胎内回帰願望です。酩酊し意識が無い状態は、母の胎内にいた胎児の状態と同じだからです。自他未分化で、母も自分もなく、母と一体であった胎児に戻ったと見ます。生まれてこの方、楽しいと感じたことが無ければ、母の胎内が一番安心でき安定していられた時なので、そこに帰りたくなります。 お酒を飲んでの記憶喪失は、言い換えると心神喪失、失神状態です。「失神」という漢字は、「神を失う」と書きます。私たちの中には神がいる、ということです。 完全な文章、文体を作る言語を「メタ言語」と言います。人間たる養育史、正しい精神の発達を遂げる環境の中から生まれた文章、言葉のことを言います。それを「神の言葉」と定義します。この神の言葉を作るのが人間であり、神の言葉は真理の言葉です。それは中立・無個性です。だから神の言葉を失った時とは、失神なのです。 現象は全て文字に置き換えられ、人間は文字によって生きています。記憶喪失し失神することを「死との戯れ」と言います。死と戯れ、道路で玄関で泥酔し寝ている様子を神の目から見ると、「死体」です。死との戯れと死体を合わせた(隠喩した)言語は「死にたい」です。これをメタ言語で言うと、「自殺願望者」です。まだ命はあり死んだのではなく、意識を失い失神した、仮死状態です。願望はラカンの精神分析のテーマである、人間の欲望に繋がっていきます。死体は「○○をしたい」ことがたくさんあったのに、できなった主体の残骸です。このため、いつも泥酔している人は「自殺願望者」です。病気も同じで、自殺願望者は「緩やかな自殺」。果ては肝硬変、肝臓がんに至ります。この規定を象徴的規定と言います。 自己規定とは、自分とは何者かを言葉で言い表した言葉、文章です。人は、自分が何者かを問い、それに答え続ける、答え続けなければ生きていけない存在です。 すると、泥酔して玄関で寝てし待った状態を、その人は自己規定していません。自殺願望者と自己規定しないために、泥酔し、意識喪失するのです。意識喪失するという行為化をすれば、言語によって自己規定しなくてもいいためです。気持ちよく、転がって、寝ていられます。 もし、自分が自殺願望者だと気づいたら、自分で自分が恐くなります。そのためにも気づきたくありません。こうして、人は自己防衛します。自己防衛とは自己規定を阻むシステムです。自己規定の真実の一歩手前にあるのが、症状(病気等)、行為(泥酔)です。この自己規定に至る障壁を突破し、言語化し意識化すれば、自分は何者かが見えます。 しかし、ほとんどの人が自己規定に至らないための障壁をつくり、行為化して生きています。全ての行為化は、自己規定を遮断し、隠蔽するために行われています。本人は、薄々感じ取り知っているからこそ、それを否定し打ち消す言葉を選べます。「死にたい」を「酔いたい」、「酔いしれたい」に変えて。 ところがこれを繰り返すうちに、無意識にある自殺願望に一歩一歩近づいています。その危険を避け止めるには、自分の無意識にある自殺願望に気づくことです。気つけば、毎晩泥酔している場合ではありません。お酒を止めるか、お酒の量をうんと減らし程よく飲むようにし、身体を労わることでしょう。死にたいではなく、楽しみと喜び(対象a)を求める生き方に変えます。それを精神分析は目指し導きます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキスト1より) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年1月メルマガNo.190 のテーマは、「居場所:愛は家庭で父母から学ぶ」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.01.28
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一体化 子供はお母さんと手を繋ぎ、恋人たちも手を繋ぐ、手を握る。これは自分(自己)と他者(非自己)が一つになることです。これを「一体化」と言います。 人間には、自他が一つになることが可能です。この一体化への情熱が、ラカンのいう象徴的言語にすると「愛」です。一体化への情熱である愛が、強く結ばれる喜びをもたらします。人間は母との一体感を味わっていなければ、大人になって一体化への情熱で異性を求め愛し、一つになり強く結ばれる喜びを感じることはありません。真に人を愛することはありません。最初の母子関係が、後の男女の愛の基礎にありました。 現実界は、まなざし、声、スキンシップ、授乳から始まる この世に生まれた赤ちゃんは一人では何もできない「寄る辺なき存在」で、不安と緊張からその命が人生が始まります。安心と安全、保護を求め、常に世話してくれる他者を求めます。そこに母(養育者)という救いの手が用意されています。母の適切な世話行動、授乳、おむつ替え、入眠時の抱っこなどにより快適な状態を維持して、快を体に刻み自体愛を作ります。寄る辺なき存在の小さな人間は、母との一体感が安心と安全と保護を作り、精神と身体の健康をもたらします。 0~2.5歳の赤ちゃんは母のまなざしによって、母の目に映る自分の存在を確認します。声で呼びかけられることで、自分がここに居ることを意識します。抱っこされるスキンシップによって温もりを感じホッとし、保護され愛されていると感じます。授乳は命を保証し、命を象徴します。これらのまなざし、声(呼びかけ)、温もり、授乳によって、赤ちゃんは自分の存在を確認し、母のまなざしの下に安心で安全な居場所を作りました。 人間は生物学的存在から意味の世界、存在論に移行していきます。生物としてただ生きているのではなく、何のために生きているのかという意味を問い、自己を形成していきます。この心の発達に必要不可欠なのが、子供が安心と安全を保護を確立していくための母の存在です。ここまでは「現実界」でのできごとです。 想像界は、鏡像的自己愛 2歳半以降は鏡像的自己愛に移行します。鏡像段階は想像界への移行です。母が私(子供)に向けるまなざしと声、スキンシップに、母の欲望を発見します。何故、そんなにも私にそれらを向けるのか、何が母をそうさせるのか、その母の主体は何かと、母の欲望を子供は読み取ります。ラカンが「私の欲望は母の欲望」と言うように、これまでは母から一方的に向けらえたまなざし、声、スキンシップでしたが、今度は子供が、母が私にしたように、母を抱きしめ、母の名を呼び、まなざしを向けます。この母の欲望と私の欲望は鏡のように反射し一つのものになります。これが鏡像段階です。 この母と私の欲望の一致において、子供は自発的能力を獲得します。他者、母のまなざしを自己のまなざしにより同一性、一体化を確立します。自発性とは、誰かに言われたからするのではなく、自らそれをする能動性、積極性がそこにあります。自分の外にある、他者からやってくるまなざしは、ウィルスが外から私に向って来たときにも、そのウィルスに合わせて自己を一体化する抗体を形成し、免疫力を正常に組織化します。 この外と内との一体化を「自己愛」と言います。健康な自己愛は、先ほど言ったように、どんなウィルス、異物に対しても自己否定せず、柔軟にそれに合わせた自己(抗体)を作ります。これは想像界でのことです。 象徴界は、愛着の文字の登録 5~7歳以降に象徴的去勢を被り、自己愛は象徴界に登録され、「愛着」という文字になります。「愛着」が象徴界に登録されて、私と世界、人ととの関係は、対立や敵対ではなく、親和的関係を形成します。精神の発達がここまでくれば、争いや戦争は起こりません。 愛着にまで至る子供の目に映る母の顔、表情は“笑顔”です。母の笑顔が子供の、人間の心に愛を作る。(「母の笑顔 -母を言語にした対象aは生活の中にある-」ブログNo.106 でも書きました) 小田和正氏の歌の歌詞、「笑顔は・・・愛になる」と歌っています。 全ては養育者、母から始まって、大人の男女の愛にまで至ります。そこまで導いた母は偉大です。その母を支えたのは父の存在です。ここに一体化への情熱である愛を持った両親が居ました。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 著書 『病気は心がつくる』より筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年1月メルマガNo.190 のテーマは、「居場所:愛は家庭で父母から学ぶ」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.01.24
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分裂病者は口籠る 分裂病の定義の一つは「口籠る」こと、とラカンは言います。例えば、「私は掃除をしようか…、んっ、昨日は何を食べたんだったか」と脈絡のない文章に飛ぶ。「掃除をしようか…」と言って口籠り、この後、「何をしようか」「いや、昨日は何を食べた…」「明日の準備が…」と、いろいろ出てきて、また口籠る。言語学でいうとこころの、隠喩・換喩が無く、関連のない文章。これが分裂病。これは日常的にあるフレーズです。これを私たちは喋っています。ラカンは「人間は分裂病という症候を病んでいる」と言いました。 相手の表情を自分の勝手な意味で読み取ったり、思い込みで見て聞いて他者に向けて言葉を発します。これは捏造です。 他者が自分と話をしていて、視線を他に移しただけで、自分との話に退屈しているのではないか、と思う。相手が下を向いていると、落ち込んでいるとか、つまらなさそうと意味づける。自分の無意識にある言語の反射が現象界であり、自分が見ているものは自分の無意識の投影。つまり、現象界・現実に自分しか見ていないということです。相手が感じ、思い、考えていることとは別に、自分には「そう見え、聞こえる」。ここに、他者は存在しません。 母と子の会話で、子供が学校に行く前に「今日は家で…」と口籠り、母は「今日、お母さん出かけるから、鍵を持っていってね」。「忘れ物はないの?」などと言いだします。子供の言いたこと、母に伝えたいことを最後まで聞かず、お母さんは自分の都合や、自分の言いたいことを言います。子供の言葉を遮ることもあります。これでは、会話になりません。 話を聴く 子供との会話に限らず、家族、友人、隣人、職場で、自分の思い込みで相手の言うことを聞いてない。そして、相手の話から自分が思いついたことを話し出してはいないでしょうか。最後まで相手の話を聞かず、話を取ってしまい、自分の話にすり替えてしまう。人の言うことをしっかり聞くというのは、難しいことです。在りのまま聴く、そのまま聴く、そこに自分で何の加工ませずにです。 すぐ人に説教をしたり、知ったかぶりをしたり、教えたがります。親が子供に話す時に、往々にして起こりやすいことです。これらは押し付けです。躾と押し付けは違います。ここには他者への尊重がありません。力のあるものが弱いものに向けて、自分の考えや意見、価値観を押し付けてしまいます。弱い者はそれに異を唱えらえないで一方的に言われるだけになってしまい、精神の病を作ってしまいます。心身ともに健康な人間を作る事はありません。 自分は絶対正しい、間違っていないと思い込んでいると、人の話は全て跳ね除け排除し聞けません。自分は絶対ではない、間違うこともあるという謙虚さと、自分を客観的に見ることが必要です。親だから、大人だから正しいとは限りません。子供から学ぶこともあります。 耳が痛い 親の言葉が否定や暴力的・威嚇的であると、子供はその言葉を聞きたくありません。「聞きたくない、喋らないで欲しい」とは言えないで、身体で表現するしかなく、耳の病気、例えば中耳炎になります。中耳炎は耳がズキズキ痛く、耳だれや発熱を伴ったり、耳が詰まった感じがするのが一般的症状です。こうして、正に聞きたくないと耳が痛くなる。難聴にもなります。ヒステリー性難聴というのもあるくらいです。 比喩的に使う「耳が痛い」とは、自分の欠点や弱点を指摘され、聞くのが辛いという意味で使います。自分は最高と思っていたいのが人間です。欠点や弱点を認めることは自己愛が傷つくためです。 「中元耳に逆らう」という言葉があり、真心からの忠告は、それを聞く者にとっては耳が痛く、素直に聞き入れにくいもので、つい耳を塞ぎたくなるという意味です。真心からの忠告、自分のことを思って言ってくれる言葉は聞き入れたいものですが、普段から罵詈雑言を言われているとか、それを聞いて育つと、どんな言葉も悪意であったり、悪口にしか取れなくなります。ここに無意識、コンプレックスが関わり、自分では判断しにくいことではあります。 精神分析、カウンセリングは聞くことが大事です。 恥から学ぶ 人の話を聞くことで恥を学びます。話を正しく聞き取れば、正しく反応し回答できます。聞いていないから、人前で恥をかきます。すると、もう二度と恥をかくまいと真剣にきくようになり、自分が成長します。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキストより筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年1月メルマガNo.190 のテーマは、「居場所:愛は家庭で父母から学ぶ」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.01.20
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母の表情、目 ラカンのいう対象aの基は“母”。子供は母との関わりの中で、関わり方の方法を見い出します。まだ言語がない時代の子供は視覚に頼るしかないため、母の表情を見て、一定のパターン・型を作ります。母がいつも笑顔か、怒っているか、悲しそうな顔か、辛そうな顔か。この表情で母のパターンが決まります。 子供にとって、母の笑顔以外、普通の顔も怒っている、になることを気に留めておきます。言葉では「OK」と言っても、顔の眉間にしわでしかめっ面では、本当にOKしたことになりません。子供は母の表情をよく見ています。笑顔が無いと、「お母さん、怒ってる?」と訊きます。こう言われた時は要注意です。お母さんたちに「笑顔が一番。子供はお母さんの笑顔を求めてます」と話したところ、あるクライアントは、「鏡の前で笑顔の練習をした」と言いました。素晴らしいです。 表情の中でも大事なのは目です。「目は口程に物を言う」と言うように、多くを語ります。「目が笑っている」、「目が怒っている」「目が泳いでいる」という表現があるくらいです。子供は母が怒っているかどうかの確認を、母の目に近づき、のぞき込み、そのまなざしで判断します。 母を規定する 言葉や文字で言い表し、決めることを「規定」といいます。母のまなざしの中に母のパターンが定式化し、母の性格を言葉で「こういう母」というように象徴化します。例えば、いつも笑顔の母には、優しい母、自分を見守ってくれている母、大好きな母など子供なりにパターン化し母を言葉で言い表し、母を規定します。表情、目が怒っていると、「鬼の母」と規定します。子供が最初に母のまなざしをどう規定したか。それは様々ある中のどの母を見たか、そして、母がどの顔を子供に見せて来たかです。 人のせいにするか、自分を消すか 母の目に、瞳に子供は自分がどう映っているか見ています。かわいい子か、いい子か、憎たらしい子か、悪い子かと。そうして、母の目に映る自分の自己表象が決まります。母の目が怒っていれば、子供は自分が母を怒らせたとなります。母との鏡像関係の中で、母の怒りの表情を作りだした原因は自分だと子供は考えます。 母の側も、精神が未熟だと「私をこんなにイライラさせるのは、この子のせいだ」になります。 これは、特に悪いことは全て「人のせい」という考え方です。自分の想い通りにいかないのも、不幸なのも他者のせい、社会のせいで、自己の責任は一切ない。これおでは、反省も自分を改めることもありません。 幼い子供が母に「私がこんなに不幸なのはあなたのせいだ」と言われれば、罪人ですが、冤罪です。子供にはそのことの是非を判断する能力はなく、自分に罪はないのに、罪を掛けられたと同じです。罪人として生きていくことになる。また、「自分が母の怒りの原因だ」となり、「私さえいなければ母は幸せになれる。この家は丸く収まる。」更に、「私さえいなければいいんだ」となり、うつ病者がよく言う「消えたい」になり生きる意味を失います。無力になり、動けなくなります。 母の名残(母の隠喩・換喩) 母が子供にどういう自分を見せたか、子供は母の何を見たか。その母を子供はどう規定し、記憶したかによります。対象aは、この母の印象と記憶で構成されていて、自分の好みが生活の中にあります。そこに母の名残を求めています。しかし、母を対象aという記号に居置き換えたので、母そのものは存在せず、母を隠喩・換喩した言語になります。 意味を変えずに形式を変えることを「換喩」と言います。母を食で換喩すると、食に関する仕事をする、料理人になる。母の髪に振れた印象と記憶があれば、美容師になる。母を温もりで換喩すると、温泉に入る。母の声は音楽に換喩される。というようにです。自分が好きなもの、身の回りに置くものは全てそうだと言えます。母は換喩と隠喩され、そのシニフィアンの連鎖は留まることはなく、生きる意味が無い虚無感に捉われることはありません。平凡に、しかし楽しく生きられます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキストより筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年1月メルマガNo.190 のテーマは、「居場所:愛は家庭で父母から学ぶ」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.01.16
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母の表情、目 ラカンのいう対象aの基は“母”。子供は母との関わりの中で、関わり方の方法を見い出します。まだ言語がない時代の子供は視覚に頼るしかないため、母の表情を見て、一定のパターン・型を作ります。母がいつも笑顔か、怒っているか、悲しそうな顔か、辛そうな顔か。この表情で母のパターンが決まります。 子供にとって、母の笑顔以外、普通の顔も怒っている、になることを気に留めておきます。言葉では「OK」と言っても、顔の眉間にしわでしかめっ面では、本当にOKしたことになりません。子供は母の表情をよく見ています。笑顔が無いと、「お母さん、怒ってる?」と訊きます。こう言われた時は要注意です。お母さんたちに「笑顔が一番。子供はお母さんの笑顔を求めてます」と話したところ、あるクライアントは、「鏡の前で笑顔の練習をした」と言いました。素晴らしいです。 表情の中でも大事なのは目です。「目は口程に物を言う」と言うように、多くを語ります。「目が笑っている」、「目が怒っている」「目が泳いでいる」という表現があるくらいです。子供は母が怒っているかどうかの確認を、母の目に近づき、のぞき込み、そのまなざしで判断します。 母を規定する 言葉や文字で言い表し、決めることを「規定」といいます。母のまなざしの中に母のパターンが定式化し、母の性格を言葉で「こういう母」というように象徴化します。例えば、いつも笑顔の母には、優しい母、自分を見守ってくれている母、大好きな母など子供なりにパターン化し母を言葉で言い表し、母を規定します。表情、目が怒っていると、「鬼の母」と規定します。子供が最初に母のまなざしをどう規定したか。それは様々ある中のどの母を見たか、そして、母がどの顔を子供に見せて来たかです。 人のせいにするか、自分を消すか 母の目に、瞳に子供は自分がどう映っているか見ています。かわいい子か、いい子か、憎たらしい子か、悪い子かと。そうして、母の目に映る自分の自己表象が決まります。母の目が怒っていれば、子供は自分が母を怒らせたとなります。母との鏡像関係の中で、母の怒りの表情を作りだした原因は自分だと子供は考えます。 母の側も、精神が未熟だと「私をこんなにイライラさせるのは、この子のせいだ」になります。 これは、特に悪いことは全て「人のせい」という考え方です。自分の想い通りにいかないのも、不幸なのも他者のせい、社会のせいで、自己の責任は一切ない。これおでは、反省も自分を改めることもありません。 幼い子供が母に「私がこんなに不幸なのはあなたのせいだ」と言われれば、罪人ですが、冤罪です。子供にはそのことの是非を判断する能力はなく、自分に罪はないのに、罪を掛けられたと同じです。罪人として生きていくことになる。また、「自分が母の怒りの原因だ」となり、「私さえいなければ母は幸せになれる。この家は丸く収まる。」更に、「私さえいなければいいんだ」となり、うつ病者がよく言う「消えたい」になり生きる意味を失います。無力になり、動けなくなります。 母の名残(母の隠喩・換喩) 母が子供にどういう自分を見せたか、子供は母の何を見たか。その母を子供はどう規定し、記憶したかによります。対象aは、この母の印象と記憶で構成されていて、自分の好みが生活の中にあります。そこに母の名残を求めています。しかし、母を対象aという記号に居置き換えたので、母そのものは存在せず、母を隠喩・換喩した言語になります。 意味を変えずに形式を変えることを「換喩」と言います。母を食で換喩すると、食に関する仕事をする、料理人になる。母の髪に振れた印象と記憶があれば、美容師になる。母を温もりで換喩すると、温泉に入る。母の声は音楽に換喩される。というようにです。自分が好きなもの、身の回りに置くものは全てそうだと言えます。母は換喩と隠喩され、そのシニフィアンの連鎖は留まることはなく、生きる意味が無い虚無感に捉われることはありません。平凡に、しかし楽しく生きられます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキストより筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年1月メルマガNo.190 のテーマは、「居場所:愛は家庭で父母から学ぶ」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.01.16
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人間としての食体験には9つの定義があると、師は言います。1.共に食べる(共食)2.会話普通の家族の食事は、家族という集団で生活しているので、楽しく会話しながら食べます。「家族団らん」というように、家族が集まって和やかに食事を楽しみます。そこで子供は、学校であったことなどを我先にと話します。他愛のない話ができる場です。家族の崩壊は孤食に始まります 3.手作りスーパーの総菜や冷凍食品ではなく、母親が作った手料理をが食卓に並びます。母は忙しい時間がないと言って手抜きをし、子供が高校生・中学生・小学生であっても、家族の食事を作らせたという話をよく聞きます。食事作りの手伝いを、子供がしたいと言わないのにさせるのは、母の甘えです。親子逆転です。ある例では、お正月のお節を子供の頃から手伝わされたため、大人になってお節を作らない。更には、小学校から食事を作らされ、子供の時から一生分料理をしたので、大人になってから全くしません。40代の娘が働いて、80代の母親が毎日台所に立って料理します。つけが回りました。 4.食べたい時に5.食べたい物を6.食べたいだけ食べる子供は自分の感覚・知覚を自分で感じ取れることが大事です。食べたくない時に、食べたくない物を、食べたくないのに食べさせられたら人間の食事ではありません。それは餌です。子供は自分の好きな食事、メニューをリクエストします。ご馳走だから、お母さんがせっかく作った自慢の料理だからと、「食べろ、食べろ」と言われ食べさせら、とても美味しくは食べられません。 7.温かいものは温かく食べる8.冷たいものは冷たいまま食べる9.それらが美味しい。温かいものは温かく、冷たいものは冷たく、その料理に適した温度で食べてこそ美味しいものです。 精神分析では、「食=母」という公式があります。人間が生まれてはじめの食事は、母のオッパイだからです。母のオッパイをどのように飲んだかが大事です。母が落ち着いた心で、我が子を愛しい可愛いと思いながら、目を見つめ微笑みながら授乳します。ここで躓くとアルコールかグルメ志向で終わってしまいます。飲むことと食べることにしか楽しみ、喜び、享楽が無く、その他、いろいろな対象があるにも拘わらず、食で止まり、食だけを反復します。拒食症は母を拒むことで、過食症は母を過剰に摂り入れることで、愛情欠損性格の典型といいます。 おふくろの味というのがあります。ところが母の作る料理はどれも不味かったとしたら、おふくろの味にはなりません。コンビニのお弁当がおふくろの味では困ります。 コンビニのお弁当などまだましな方で、ドックフードを食べさせられたという例がありました。また、腐ったものを出されて食べて、嘔吐したというのもあります。こうなると、母は信用できなくなります。 おふくろの味とは、母は気まぐれで味にむらがあり、毎回同じ料理でも微妙に味が違います。同じ味は二度と作れない、それが味わいとなります。キューピーのコマーシャルにあるように、「愛は食卓にあり」です。母親が家族に美味しいもの、好むものを食べさせてあげたい、身体と心の栄養になるようにと、最後の仕上げに愛を一つまみ入れて、家族を思って作る料理は最高であり、普通であること。そんな家族の食事風景が無くなってきているのではないかと危惧します。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキストより筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年1月メルマガNo.190 のテーマは、「居場所:愛は家庭で父母から学ぶ」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.01.13
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関心 人が対象(物・事・人)と交流したとき生まれる関係は、「愛(好き)」、「憎しみ(嫌い)」、「無関心(どうでもいい)」の三つです。 対象への関心度合いにおいて、愛と憎しみは同等であり、無関心は文字通り、対象への関心がありません。 故に、人は無関心であるよりは憎まれ嫌われた方がまだいいと感じます。 無関心ということは主体が存在しない、これが一番人にはきつく応えます。 子育てで、子供への無視・無反応は子供の主体の抹殺に値します。 対象世界と関わることは心的エネルギーを使います。平たく言えば気を遣います。 関わらなければ心的エネルギーの消耗はありません。この状態が「ひきこもり」です。 一人で過ごすため、心は波たたず心穏やかには居られます。 子供に愛着される母 対象との関わりは母が教えます。 対象世界との最初の関係を見せ、体験させ、教えるのは母です。 母が子どもに関わらなければ、子供は世界との関わり方がわかりません。 そして、母の関わり方が子供にそのままコピーされます。 例えば、母が対人恐怖で人と関わることが少ないと、子供も対人恐怖で人と関わろうとはしません。 社交的な母を見て学べば、社交的な子供になります。 正常な場合、母は子どもが関わりたい、愛着したいと思う存在になります。 子供の心的エネルギーを引き出し、愛着対象である母に向かうようにします。 そのためには、生まれた時から適切な世話をします。 それは、授乳、清潔なおむつの取り換え、眠りに入りやすくするなど、快を感じる自体愛を作ります。母は子供に心地よい快状態を24時間態勢で作ります。 そこにスキンシップによる“温もり”と、いつも関心をむけて見守る“まなざし”と“声”をかけ、“安心”と“安全”を子供が感じらるようになります。 すると、この母の傍にずっと一緒に居たいと思い、子供に「着」が登録され、それが持続し積み重なり「愛着」になっていきます。 子供に愛着される母になった時、母はラカンのいう「対象a」の資格を得ました。 子供に愛着させる母 子供に愛着されない母は、子供に愛着させます。 子供が母のご機嫌を取り母を快にします。そうしないと子供は家に置いてもらえません。待遇が悪くなります。母の言うことをきいている限りは家にいられるので、子供は無理矢理でも母に従います。従わざるを得ません。 子供は母のいいように振りまわされ道具にされ、尊重されたり、欲求をきいてもらうことはなく、ボロボロにされます。 自分の想い通りに人を操り支配したい根本には、劣等感、無力感があります。 ブログNo.100 「無力な自分を防衛するために子供を支配するのではなく、人と共に平等に生きる」でも書きましたが、 無力、無能、劣等な自分が顔を出さないように他者を脅し、威嚇し、言うことをきかせ、支配し服従させる。 そうすれば、寄る辺なき存在で無力な劣等な自分でないことを証明できます。自分は力がある、凄いと自己愛を保てます。 無力感の強い人ほど、常にそれを証明し続けなければなりません。 相手が弱いほど自分の言いなりにできるため、その対象に子供が選ばれます。 幼いほど脅しが効き、「ご飯を食べさせない」、「追い出すぞ」の一言で支配できます。 無力であるが故に劣等感を生み、自己愛が傷つくるため防衛する必要があります。 対象a ラカンは「対象aとは欲望の原因」と言います。 母が子どもを愛着させ、対象aの資格を得なければ、子供は欲望の原因=対象aを持っていなので、欲望はなく、自分のしたいこと、好きなことがありません。 母は子供を後ろから支え、支援します。 それがall ok することです。敏速・適確に、言われたことだけをします。 子供が母を思い通りに操れば、満足し心地よく生きられます。 対象aは、主体をその対象に関わりたいと思わせ、その気にさせる何かを持っています。 多くの人は、そもそも対象aの概念の知らない。対象aを持っていない。そのため何が自分を引き付けるのかわからないまま、対象選択しています。 配偶者選択においても、明確に語れる人はまずいない。突き詰めれば何となく、「誰でもよかった」では、対象を選択したとは言えません。 対象aを言葉で定義できれば、その対象に釘付けになり、求めていきます。 知らずに対象aを再現し反復する 例えば、サーフィンを好む人がいます。 サーフィンを「波乗り」と言います。精神分析で波は情動の象徴です。 サーフィンをする人は、人生の波に乗ったことがありません。 何故なら、母は心の波の起伏が激しく、情動が揺れ、気分がコロコロ変わり、気まぐれで予測がつかないからです。 子供としてはこの母の変わりやすい感情の波に合わせて、うまく乗りこなさないと生きていけません。 この母の感情の波が海の波に換喩され、波を見るとどうしても乗りたくなります。 何とか上手く乗りこなそうと、何度落ちても挑戦します。 それは、母を自分が操り、操作したかったが、反対に母に操られ、主体を抹殺されました。 この母に抹殺された主体が、サーファーとして蘇りました。 このように、欠如(=母の感情の波に乗れず、操れなかった)が欲望(=母の感情の波にに上手く乗って、操りたい)になります。 もう一つ、波=並みの人間ではなく、突出した人間になりたいという欲望です。 しかし、これらは無意識のうちに行われ、本人に意識されることは分析を受けない限りまずありません。 私たちは、かつてしたかったができなかった、失ったものを再現、または反復しています。 そうして、できなかったことを成就し、過去も屈辱を晴らす行為をします。これをラカンは「欲望」と言います。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキストより筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。 2026年1月メルマガNo.190 のテーマは、「居場所:愛は家庭で父母から学ぶ」です。 興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。 著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社 『令和の徒然草』論創社 『こころの科学』講座 テキスト1~3 『メタ言語』講座 テキスト1~9 『夢分析』講座 テキスト1~9 『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8 詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実への セラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。 メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.01.09
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対等な関係から会話が始まる 家庭の中で生別・年齢に関係なく平等に扱われ、自由に発言した自我は、人間関係で対等な関係を築きます。個人としての存在と対等な人間関係に相互性が生まれ、会話・対話が始まります。対話の基本には互いの信頼があり、信頼があれば「これを言ったら気を悪くするかな」、「関係が不味くなると困るから遠慮しておこう」などということはありません。家庭内で特に子供は、言いたいことが言える環境を親が作ります。自我の抹殺になる否定や禁止をせず、良い悪いんの評価をせず受け取ります。 会話の中でひっかかり、腹が立つのは、相手の言ったフレーズに自分のコンプレックスの言語が入っているためです。劣等感を持っていると、負ける、劣る、無力、無能、などのを連想する言葉に反応してしまいます。 また、相手は全くそういう意図なく発言しても、そう聞こえてしまいます。腹が立った時は、どの言葉に自分が引っかかったのかを冷静に見つけることです。“聞く”と“聞こえる”は違います。そのまま聞くことは難しく、自分の意味で聞きたいように聞いてしまいます。 まずは相手の言ったことをそのままオウム返しし、再生します。ここで、思い込みや捏造をしないことです。「今あなたが言ったことは、こういうことですね」と要約し確認します。 比べたり差別せず、他者の良い所を発見して「素晴らしい」と言うと、他者は優秀な人になり、自他共に「優」の文字を学び、優しくなれます。差別されると、「怒」の文字を学び、無力と劣等感から自己防衛するために、自分より優秀な人を攻撃し排除します。「怒」の文字には「女」の文字が含まれています。女性は感情的になりやすく、怒りに気をつける必要がありそうです。 親切は思いやりを育てる 「親切」は親を切ると書き、文字通り親を切った人は他人に親切にできます。ブログNo.58「文字通り、親切とは親を切ることです」で書きました。(下記はその内容の一部です。) 適切な世話をし、正常に精神が発達すると、3~4歳の時期に母と精神的に決別していきます。その子供が獲得する心は「親切」です。文字通り「親を切る」です。母との独占関係を肛門期(1.5~4歳)で解消します。それは、母に向かうベクトルを遮断することです。母へのベクトルを遮断すると、母以外の全ての対象の向かい得る可能性があります。世界には、様々な事、物、人がいて、興味・関心が向きます。母を切って、母以外の人を初めて対象にできたということは、画期的なことです。母を独占したまま、ラカンのいう鏡像関係が終わらなければ、母とのまなざしの交換が永遠に続き、母以外の人に向かいません、母以外を見ることもありません。いくつになっても母に釘付けです。これではパートナー選びはできません。自分の投影しかしないので、自分の欲望と自己イメージを他者に投影するだけです。これでは、他者は見えず、自分しか見えません。全ては自分を投影した世界です。世界の中に見るのは自分だけです。自分を投影した親切を“同情”と言い、他者として認め、情を掛けたものを“共感”と言います。共感できるから、親切ができます。 親切ができると「思いやり」の心が育ちます。これをラカン理論でいうと、他者の自我状態を想像し、想的自我を作りそれに同一化します。自分のして欲しいことを相手にするのでは、相手への思いやりや親切ではなく、お節介になってしまいます。相手の身になって、相手の立場に立って、相手の望むことを考えます。思いやりは、まず相手と自分の主体の入れ換えをします。すると、今度な自分が相手から思いやりをかけられます。また、主体を入れ替えて、自分が相手を思いやる…と何回も相互に繰り返されます。 愛着から愛へ 愛着は優しさと思いやりの積分値です。この間、関わり続け持続します。途中で放棄し挫折してしまうと、愛に至りません。対象への愛は、持続する時間の中で養われます。そのために、少しでも意見が合わなかったり、自分の想い通りにならなかったり、理解されない時、「もういい」と諦めないで関わり続け、合意に向けて会話し続けます。 諦め半分であったり、面倒くさくなっていい加減な同意をしない。それは見せかけの合意の妥協です。これでは親密さは育ちません。親密とは、関心と愛着と会話による理解を積分したものです。 対象への関心を固定する能力が愛着です。まるで糊のように対象にくっ付きます。愛着が無ければ、関心が剥がれ落ちてしまいます。 私たちは一人では生きられない「寄る辺なき存在」として、この世に生まれます。愛着を作ることで無力と劣等感は克服され、対象他者にくっ付けば、無力な寄る辺なき存在ではなくなります。一人の不安はなくなり、安心安全が得られます。安心感は心のゆとりと余裕を生みます。いつも一人でビクビクすることなく、劣等感から人と競争することもありません。愛着によって、「共に生きている」、「支えられている」と感じられます。 愛の始まりは、平等、対等、会話でした。(ブログNo.102「平等、対等な関係の家庭で、子供は愛着と会話を学びます」)その交流を通して、優しさと思いやりを作り、愛着に移行します。この時、自分は独りぼっちの不安、見捨てられる心配から逃れ、自由と安心安全に至ります。ここで心のゆとり、余裕、豊かさが幸せを作り、「共に」と「支え」を得て、最後に愛になります。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキストより筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年1月メルマガNo.190 のテーマは、「居場所:愛は家庭で父母から学ぶ」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.01.06
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平等な家庭で愛着を学ぶ 人間関係の始まりは平等であることです。平等の「平」の文字は頭を揃え、出しゃばらないで一列に並ぶこと。平等とは差別が無く、皆同じということです。師は「愛は平等、愛の根本には平等観が必要」と言います。と、ブログNo.100 「無力な自分を防衛するために子供を支配するのではなく、人と共に平等に生きる」で、書きました。 愛の基本となる愛着も平等な家族・親子関係のある家庭の中で学びます。ところが、実際に家庭は、年齢・性別・知能・容姿などの違いから、差別の塊、坩堝(るつぼ)です。男女で差別され、男の子は大事にされますが、女の子はいずれ嫁ぎ家を出ていくため、塾や大学に行かせてもらえなかったという例があります。これも親の価値観により、反対に女の子が大事にされ、男の子が蔑ろにされるケースもあります。更には、長男嫡子が大事にされ、女の子や次男以下はどうでもいい扱いを受ることもあります。 平等に安心と安全が加わり、生きていける場所として承認と受容される場が、本来の居場所です。これを構築し確保できる唯一の空間が、家庭です。 人を恨み、呪う 他人と比較され差別されては、人は生きられず、潰され、劣等感を育てるだけです。劣等感を払拭するために、人は競争し勝つことしか生きる意味がありません。人を排除し、蹴落とし、引きずり下ろし、最終的には亡き者にする。自分を脅かし劣等感を抱かせるような対象は消えて欲しいと思います。 そして、劣等感は恨みを生み、自分を貶し蔑ろにした人間を呪う心を作ります。憎しみのレベルとは違います。人を恨み呪い、その人の不幸を念じ、死を願います。「人を呪わば穴二つ」と言うように他人を呪い殺そうとすれば、自分もその報いを受け、墓穴は二つ要るということですから、決して自分も仕合せにはなりません。自分の抹殺に追い込みます。呪い(のろい)を持つと、やる気が無くなり動作が鈍く(のろく)緩慢になるので、「いつもあなたは鈍い(のろい)ね」と言われます。全ては言語です。人は自分が持っている言語・フレーズで動き生きているので、駄洒落ではなくノロウイルス(呪い・鈍い)に感染しやすくなります。 平等に観る 人を平等に観るには、違いを比べず、全ては同じだとみます。それは、人間として皆、同じようにDNAを持ち、基本的に鼻・耳・口・目、頭・胴・手足。五臓六腑があるというように。平等とは無条件に在りのままを観ること。条件を付けると、自分の好み、趣味嗜好、考え、偏見、評価が入り、自分の価値で判断してしまいます。そこに愛は生まれません。 分析家は中立、無個性 師が言うには、分析の臨床場面で手に入れたのは平等観。下は5歳~上は70歳代まで、性核、知性、学歴、社会的地位、全て違う人と接したため。人間である限り自我がある。人と向かい合い、動く自我とは好み・タイプであるが、これを動かせば分析などできるはずがない。分析家は自分の好み・タイプを引っ込めることができる。臨床場面でクライアントと平常心で向き合うためには、中立、無個性の言語に同一化する。それは、分け隔てなく、皆等しく眺めること。 クライアントの顔を見ないで、心を観る、すなわち無意識を観る。この観点に立たない限り、自分の妄想と想像的幻想が見えるだけで、真実は観えない。そして、赤ちゃんからでも年齢・性別等に関係なく、どんな人からでも学べる、と。 「中立、無個性」ということをよく言われます。それには自分の意味を捨てること、シニフィアンを使わないこと。自分を無にして、理論、大文字のAから観ること。宗教で言う無我の境地です。 「平等」と「対等」 平等と似た言葉に「対等」があります。「夫婦は対等な関係である」と言います。「夫婦は平等である」、とは違います。平等と対等の違いは、平等とは、先ほどらい言ったように、人間として生命体として皆同じという意味。それは人間としての形式です。夫婦は互いに人間であり、生命体として同じだということです。それは夫婦に限らず人間は、皆平等です。 対等とは、その存在として対等である。存在論として、人は同じ可能性を持った、誰もが素晴らしい、幸せになる権利を持っている。そういう条件をみたしているという意味で対等です。夫婦は互いが男女の差なく、同じ人間として可能性を持ち、それぞれが素晴らしく、幸せになる権利を有しています。ただ、夫と妻の役割の差はあります。 そして、もう一つは、人間関係の中で対等です。互いが平等で同じラインに立つ人とも見做せたとき、年齢、性別、職業、学歴など全てを超えて、対等な存在になります。 家族の関係も、養う立場の親だから上、養われる子供は下ではなく、人間として平等、存在論的に対等な関係です。平等、対等な関係には相互性があり、会話、対話が始まります。平等、対等の基礎には互いの信頼があり、「これを言ったら怒らるかな」と気を遣ったり、遠慮することは無い。子供はこの家族関係の中で自由に発言し、会話を学んでいきます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキストより筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年1月メルマガNo.190 のテーマは、「居場所:愛は家庭で父母から学ぶ」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2026.01.03
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黙って聴く、受け取る ある夫婦の会話、妻:「私はカニが好き、お腹いっぱい食べたい」夫:「俺は焼き肉が好き。カニは嫌い」ありそうな会話です。しかし、夫は妻の言ったことに正しく答えていません。 妻は「カニが好きでお腹いっぱい食べたい」と欲望を語ったのですから、それを聞いた夫は「貴女はカニが食べたいんだね」とまず妻が言ったことを受け容れないと、聞いたことになりません。妻が、夫に「あなたは何が好き?」、「どう思う?」と訊ねたら、夫は自分の好みや意見を述べます。これは妻の欲望を語ったのに対し、夫の好みや欲望を語ったので、会話が成立しません。 また、旅行の話題で友人の会話、A;「私、韓国に行って来たの」B:「私は、以前ヨーロッパを回ったわ」と、かぶせて言う。これも、Aさんが「韓国に行って来た」と言っているのだから、「ああ、韓国に行ってきたのね」、「どうだった」、「何を見て来たの?」と訊くのが先です。 また、A:「沖縄に行って来たの」B:「私はもう3回行った」と言う。 こうして、他者が話している横から自分のことを話しだして、相手の話を取ってしまう。そうではなく、ただ黙って聴きます。これがなかなかできません。聴き続けたら、相手は「あなたはどう?」「何かないの?」と訊いてきます。この時初めて、自分の事を話します。人との会話では、まず黙って聴くことです。すると、人は自分の話を聞いて欲しいくて、あなたのところに寄ってくるでしょう。黙って聴けば、とても好かれます。そんな人はまず居ないからです。 自我境界 自我境界をしっかり作ります。そもそも、自我が確立しているかという問題はありますが。自分には個として自我があり、他者にも自分とは別の個として自我あります。ここに自我境界があって、「私は私、あなたはあなた」の区別がついていること。 互いを尊重し、自分とは別個の人として向き合います。親子、夫婦の間など対人間に個の尊重が必要です。 親子の場合、親が子供を下と見做せば、子供の言うことを受け容れず、子供は親の意見や考えに反抗したり逆らうことを許しません。子供は自分のしたいことを言いますが、それが親の意に添わないと、「うちの子ではない」と言われ、排除されます。もうこの家には居られません。この家に居て生きるには、子供は自分を殺すしかありません。子供は自らの自我を排除しなければなりません。生きるためには死ぬことです。心を殺して生きることは、未成熟な子供にとっては特に過酷なことです。これが高じると、思春期以降、人を殺める行為になる可能性があり、そういう事件が実際に起きています。この事件の動機は何年も前のことで、本人も親も辿ることが難しくなっています。裁判でもこの動機の解明はできません。親は、まさか自分たちが子供を否定し抹殺したとは思っていません。子供もそのことを意識できず、根底に流れている抹殺された怒りや攻撃性をコントロールする精神の構造が脆いか無いために、衝動的に破壊に向かいます。養われる立場である子供の存在が親より下であるのではなく、対等でなければなりません。 夫婦関係でも、対等・平等で尊重がなければ、同じことが起こります。力を持つ者こそ、他者を尊重し、自分との違いを認めることが必要です。 人間は人間が恐い 例えば、ペットが人間の言葉を喋ったなら、人はペットを飼わないと思います。今、日中関係が悪化した中、パンダが中国に返還され、日本にパンダが居なくなります。動物園にいるパンダに、「かわいいね」と言って、「ありがとう」とか、「いや、私はかわいくないよ」とか、ただ「うん」と頷いたとしたら、どうなるでしょう。おそらく、行列をなしてパンダを見に行く人はいないと思います。 人間が何を言ってもしても、パンダは何のリアクションもしない。言語と意味を持っていないので、パンダは意味で返してきません。ここに安心感があるから動物園に見に行きます。それは、パンダは私を「否定」しないという安心感です。これで人は生きられます。人間は自分に肯定的言語も言いますが、否定もします。否定は、個の抹殺に値します。 人間は何を言い出すかわからない。だから、人間は人間が一番恐いのです。基本的に人間は皆、対人恐怖です。何を言われるかわからないから、言えなくなり、言わない。言えない事が全ての病理の基にあります。 ただ黙って聴いて、受け容れられれば人は話します。カウンセリングやセラピーを「お喋り療法」と言い、有効な理由です。子供の話を親が黙って聴けば、子供は何でも話してくれます。親がカウンセラーのように話を聴ければ、子供の心は健全に育ちます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 「ラカンの基礎の基礎」講座 2025.12月 より筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年12月メルマガNo.189 のテーマは、「エディプス期:ついている・ついていないから積極性へ父の言語が導く」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.12.27
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「寄る辺なき存在」 人間には「不安」が付きまといます。その不安の根源は、フロイトのいう「寄る辺なき存在」にあります。生まれたばかりの赤ちゃんは自分一人では何もできず、養育者(母)の世話に頼らなければ、一時も生きられない。だから、常に誰かの助けと支えが必要で、依存しなければ生きていけません。 そこに適切な世話をしてくれる母がいれば心は成長し、依存から自律に向えるのですが、適切な世話をし、いつも関心を向けまなざしと声をかけ、愛着してくれる母はほぼいません。すると、年齢は重ねていき肉体は成長しても、心・精神はいつまでも赤ちゃんのままです。それは、依然として寄る辺無く、弱く、何もできない「無力」な存在です。これは屈辱的で、劣等感を抱きます。自分が無力であるとは思いたくない、認めたくありません。 無力・無能な自分を否認する 一人では何もできず生きていけない、無能で無力な人間であることを否認して生きていきます。無能で無力な自分を認めてしまうと、他者に頼り、「支えて助けて欲しい」と頼み、泣きつかなければなりません。これをしたくない、言いたくないので否認して、死んでも人に頼むものかと意地をはって生きています。人に頼むくらいなら死んだ方がましだと思い、人に弱みを見せたら負け、という勝ち負けの中で生きています。勝ち負けは自己の存在に優劣を付けます。「劣っている」と言われたくないと、必死で歯を食いしばり生きます。こういう人は、睡眠時に歯ぎしりをしている可能性があります。歯を食いしばり、歯ぎしりするため、歯は擦り減りボロボロになってやがて失ってしまいます。 母に守られ、助けられ、支えられたことが無いため、独りで生きて、他者と共に生きるということがありません。そもそも「共生」を知りません。 これまで、自分は何でもできる、何でも知っている、自分は優秀だと思っていました。ところが、自分が無力でできないことを、無意識は知っています。無力、無能、劣等な自分が顔を出さないように抑圧します。 威嚇と支配で防衛する そのためには対人関係で、“力”を使い誇示ます。他者を脅し、威嚇し、言うことをきかせ、支配し服従させる。そうすれば、寄る辺なき存在で無力な自分ではないことを証明できます。自分は力がある、凄いと自己愛を保てます。無力感の強い人ほど、常にそれを証明し続けなければなりません。 相手が弱いほど自分の言いなりにできるため、その対象に子供が選ばれます。幼いほど脅しが効き、「ご飯を食べさせない」、「追い出すぞ」の一言で支配できます。実際に、子供を家から追い出して入れないように鍵を掛けます。山に置き去りにする事件まであります。これに言葉は要りません。行動で脅し、見捨て、暴力まで使えば簡単です。守るべき子供を犠牲にしてまで、自分の力を示し自己愛を保ちたい。しかし、それに気づかないようにしている。これでは人間ではありません。人間なら言葉を使って、子供を尊重し、説明し説得し、正しい方向へ導きます。本来は愛を育むはずの家庭が、閉鎖空間であるため、中で何が行われているか見えない危険な場所になります。 勝ち負けにこだわる もう一つ、力・無能の防衛のためによく使うのは、自分より優秀な人とは付き合わないことです。そうすれば、自分は劣等感を持たず、優秀な自分として生き延びていけます。例えば、自分より学歴の低い人、収入が低い人、能力が下と自分が思う人と付き合います。競争して勝てる相手を選び、自己愛の傷つきを防衛します。勝ち負けにこだわり、競争し勝つことに価値を置く生き方をしていきます。そのために、人を排除し、蹴落とし、引きずり下ろし、あげくの果てには亡き者にしたい、消えて欲しいとまで思います。そこで失われるのは、「共に」ということ。協力したり、思いやりを掛け合ったり、他人の立場に立って考えることなど、仲間という意識が持てません。孤立します。 愛は平等 人間は無力な存在であることから人生はスタートしました。「人間は生まれると同時に、その絶対的無力をあらわにする。ところがそこにちゃんと母という救いの手が用意されている。」 (『精神病の構造』 藤田博史 著 より引用) そして、優劣、勝ち負けではなく、平等であることが人間関係のスタートです。平等の「平」の文字は頭を揃え、出しゃばらないで一列に並ぶこと。平等とは差別が無く、皆同じということです。「愛は平等、愛の根本には平等観が必要だ」と、師は言います。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキスト1より筆者まとめ)参考文献『精神病の構造』 藤田博史 著 ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年12月メルマガNo.189 のテーマは、「エディプス期:ついている・ついていないから積極性へ父の言語が導く」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.12.24
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子供の要求に応える親の責任 家族のコミュニケーションは相互性があること。一方的に親から子どもへ言うだけは命令指示になってしまいます。特に親子のコミュニケーションは子供の要求に親は応え、満足を与えます。子供に言われないことまで親が先走って、良かれと勝手に思ってするのではなく、子供からの要求があったことに対して、敏速・適格に、言われたことだけします。そうすると、子供の中に、満足、喜び、感謝、が生まれます。「all ok」で子供に応えると、子供は「こんな私に、ここまで言っても、親はしてくれた、申し訳ない」という心を持ちます。これが感謝です。 学校に行かせてやった、ご飯も食べさせた、服も着せた、これもあれもしてやったと、決して恩に着せないことです。生んだ限りは恩を着せるのではなく、感謝される親になることです。感謝を知った子供は、決して人に恩を売るような言動はしません。自分が人に施すことができ、自然と人から感謝されます。 大人や親は子供の言葉に言葉で答えようとしますが、子供が求めているのは、満足と喜びです。それに応えるのが親であり、親の責任です。条件を付けずに与え、応え続けます。 家庭・家族とは愛を育む場所です。そこではコミュニケーションが大きな働きをします。反対に不満は怒りを生み、攻撃的になり最後は破壊に向かいます。 子供が言っているうちが花 親は、家庭の中で子供が言いたいことが自由に言える環境を作ります。それにはまず、何を言っても否定されないことです。否定され怒られたら、子供は口を閉ざします。それでもチャレンジして言ってくれる間に、否定せず聞き続け、要求に応え続けます。言ってくれているうちは、まだ親は見限られていないということです。 その時期を逃すと、様々な問題が起こります。子供は起こします。それは言葉で言っても通じないことを学習したため、行動で表すしかないのです。子供の側も、「親や周りが言うことを聞いてくれないから行動で訴えるんだ」という意識はなく、自分でも何故そうしてしまうのかわからないことの方が多いのです。 子供の言うことを聞かなかった、否定し拒否したことに親も意識はなく、無意識に自分が親にされたことを、今度は自分が親となって子供にしています。ここに気づかなければ、悲劇は繰り返されます。負の連鎖は雪だるま式に増えていき、世代連鎖され、下の代になるほど負は大きくなり生き辛くなります。そうして最終的には、世間を震撼させる事件にまで発展していきます。例えば、1997年の神戸連続児童殺傷事件の少年A。2008年の秋葉原通り魔事件のK死刑囚。 愛は家庭で育まれる 受け容れられた子供は、無理難題を言いません。自分を受け容れてくれるお母さん、お父さんを困らせようとは思わないからです。 親が子供を受け容れた分だけ、子供も親を受け容れることができます。親が子供を否定し拒否したら、その子供は対人関係において否定することと拒否することしか知らないので、それ以外のことはしません。当然のことです。 人間の心の根底に愛が必要です。その愛を育てるのが家庭・家族であることを、今一度見直し認識する時と考えます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『こころの科学』テキスト1より筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年12月メルマガNo.189 のテーマは、「エディプス期:ついている・ついていないから積極性へ父の言語が導く」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.12.21
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現実と向き合う 人間は、人、事、物、現実と向き合わず、すぐに逃げてしまいます。向き合うにはエネルギーと勇気が要ります。仮に、困難なことに直面すると、この難局をどのようにして乗り越えるかを必死で考えます。しかし、思考力がないと逃げるしかありません。困難を困難と見ず否認したり、誰かに頼ることを考えます。相談というレベルではなく、丸投げしてして頼りたい。最終的には占いに行きます。上手くいかなければ、自分で責任を取らず人のせいにできます。これでは、乗り越え解決しなければならない問題と直面せず避ける、現実逃避に走ります。問題から目を背け、他のことで気を紛らわす。しかし、いつかその付けは回ってきます。後になるほど問題は大きくなるでしょう。逃避、回避、否認、無視で現実直視をせずひたすら逃げます。現実に立ち向かう勇気は、結果を考えないで思考力を養うことで作る。予め結果を決めて行わず、現実だけを見る。成果を求めない、成功も失敗もなく、予測して行うのでもなく、今、直面している現実の問題を分析し、解決に向けてどうすればいいかを考える、と師は言います。できるできないの結果で、立ち向かうか立ち向かわないかを決めるなら、よほど勇気とやる気がなければ向かいません。失敗を恐れ、成功率100%でなければ着手できません。ここで言う勇気とは、結果がどうであれ、それを引き受ける勇気。結果はついてきます。最悪は最良師の格言に「最悪は最良」というのがあります。(以下LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ にある格言から引用)人は、挫折や失敗を自らの無力・無知・逡巡・不安・迷い・自己保身・勇気の無さ・逃避によって招いた時、人生最悪を迎えたと嘆き絶望するが、実はそれは自らの成長の好機なのである。何故なら、それこそ自らの非力と無知を知る事のできる絶好の時だから。人は欠点を補い成長する。ここまでは誰でも知っている事だが、問題は如何にその最悪を招く事ができるかなのだ。それは、非常識と無謀なチャレンジ精神だけがもたらすことのできるものだ。 だから、最悪の自体を歓迎する、「これはきっと良くなる前兆だ」と。 最悪ばかりのどん底まで行けた人は幸せ。これ以下に落ちることはなく、後は浮上するだけ。最悪の事態が訪れないことが最悪だと言います。この考えであれば、落胆することなく、一喜一憂しません。 言葉の力人は言葉一つで落ち込むことも、やる気になることもあります。「言霊」と言い、言葉に魂が宿っていて、その不思議な霊威(人知ではかり知ることのできないほど優れた威厳)があります。 精神科学、精神分析では、「思考は物質化する」と言います。“初めに言葉ありき”。言葉がこの世界を動かせていると言っても過言ではないくらい、言葉が現実になります。思考は言葉でします。その言葉がプラスの言葉であれば、プラスの現象が起き、マイナスの言葉であればマイナスの現象が起きます。だから、罵詈雑言を吐けば、その言葉はそのまま現象化し自分に返ってきます。自他を活かし幸せになる言葉を使えば、自他共に幸せになれます。人を救うこともできます。精神分析で自分を知り、マイナスの言葉をプラスに書き換え、自分の辞書になかったプラスの言葉を登録していけば自ずと幸せに向かいます。「言葉の限界が世界の限界」と言われ、「自分が登録すべき言葉は書いて貼って毎日読み、お経のように唱えよ」とも言われます。「最悪は最良」、この言葉をどう受け取り、どう解釈するかは自分次第です。数多ある言語中から、どの言語を選んで発するか、会話するか。日々のその言語の積み重ねが人生をどの方向にも導いていく。 嘆くことなかれ、まず自分を振り返り、自分を知る事からです。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『こころの科学』テキスト1より筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年12月メルマガNo.189 のテーマは、「エディプス期:ついている・ついていないから積極性へ父の言語が導く」です。興味・関心のあるか方はこちらhttp://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策)セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.12.19
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信念の自我 「信念」とは、広辞苑では「ある教理や思想などを、かたく信じて動かない心」、とあります。それは、ポリシー、考えの保持であり、揺るぎなく持ち続けているその人の思想です。精神分析のメタ言語でいうと、「自我」に相当します。何かをやり遂げようとする信念は、それをやり遂げようとする自我です。。自我は複数あり、幾つもの自我が集まったものが自己です。 人間は時間的、空間的存在で、時空の中を生きています。「こういう考えのもと、これこれを成し遂げよう」と、信念も時間軸に沿って動き、その対象に向っていきます。こういう自分になろうと自分の理想を掲げ、それに向かって行く自我を持ち、そこに運ぶのが信念です。 途中でエネルギー切れになってしまったり、目標を見失ってしまったり、迷いが出て止まってしまえば頓挫してしまい、それは挫折です 例えば、医者になろうという信念を持ちます。医師国家試験に受かるまで、その信念を持ち続け勉強します。医師になった時点で、その信念は消えます。次は、どういう医者になるか、そのためにどういう信念を持つかです。町医者として地域に密着した医者を目指すか、救急医療で一刻を争う命を吸う医者か、それともお金儲けを目指すか。 信念を維持する ここで問題は、信念を維持・保持する能力と、自分が目標とする自己イメージを持ち続けられるかどうです。その目標を立てて、自分なりに「今日から頑張ろう」と信念を立てますが、そのうちに途絶えていきます。人間のエネルギーとそれを維持する意志は長続きしません。三日坊主という言葉があるくらいです。三日どことか、一日しか持たないのです。 だから、宗教では毎朝毎晩、お経を唱え勤行をします。それは、私たち人間は自分の理想、なりたい自分という自我理想は一日しか持たないことを知っているからです。すぐに消えてしまうから、毎日声に出して唱え、読経・礼拝をするという形式で再確認します。それくらい意志脆弱であり、怠け者で、すぐに飽きてしまうことを自覚しなければなりません。「毎日こつこつしなさい」と師は言います。 信念は一直線に目標に向かうのではありません。行動の原点には必ず同期があります。その動機を再確認しながらいきます。これを「初心忘るべからず」と言い、初心とは動機のことです。どういうきっかけで発心したのか、動機を常に再確認します。途中で迷ったり、立ち止まったりし、また初心に立ち返り自分をふるい立たせ前に進みます。日常の様々で雑多な用事に追われ、処理しながら生きているため、動機を忘れてしまいます。そうして、自分を見失ってしまいます。 真理が繋ぐ 初心を忘れず立ち返り、ひたすら自分の目標に向かって進む、これを信念と言い、そうして生きていく自我をつくり持つ。そのために、自分の目標をお経のように唱え、声に出し、再確認します。声にすると、自分が発したその音声を自分が聞くことにもなります。また、声に出すと喉仏が震えます。声を出すと仏様が震えるということです。唱えることは、仏を蘇らせること。仏とは、お釈迦様の教えとは、真理です。 例えば、「諸行無常」。移り変わらないものないという真理。変化を受け容れ、執着から離れることで心が楽になる。変化を好まない人は頑固で人の意見を聞きません。コンプレックス、他者への恨みなど過去への固着・執着から離れて変化し新しい自分になり成長していきます。執着は過去にあり、あの時あの人にこう言われた、こうされたと拘り続けるよりも、新しい自分を目指して前に進めば執着から離れたことになり、心は楽になります。 他にも、今ここに生きる、人を活かす愛語を使う、感謝や慈悲など、約2500年前でありながら、現代に通じる真理の言葉、教えを残しています。精神科学である精神分析と繋がる、多くの共通点があります。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『こころの科学』テキスト1より筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年12月メルマガNo.189 のテーマは、「エディプス期:ついている・ついていないから積極性へ父の言語が導く」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.12.15
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自己愛 居場所を探す人を「愛を乞う人」と言います。居場所がない寂しい人は自分を受け容れてくれる場所を探し歩きます。人に気に入られるように、受け容れてもらえるように、好かれるようにお土産、プレゼント等を持っていきます。すると、「ありがとう」と感謝されるため、「ありがとう」の一言をもらうために奔走します。これは自己愛を満たす、自己愛の備給のための行為です。 自分を受け容れてくれる、受容は愛と同義語になります。受容されたことでを「自己愛」が満たされます。この自己愛が満たされることが、人間の最初の愛となり、自己愛がなければ、対象愛はありません。自己愛とは自分が自分を愛する、自己恋着。対象愛とは、自分が対象を愛することで、愛する対象が自分から他者に変わります。 鏡像関係 人間は鏡像関係で、他者は私を映す鏡です。他者を通して映し出された自分を見、他者の反応で自分を知ります。昔からこれを、「(他)人は自分の鏡」と言います。自分が無かったり曖昧だと他者から自分はどう見られているか、思われているかに一喜一憂してしまいます。 自分の存在を支えられるのは、受け容れてくれる家族の対応からでした。親に受け容れられないと、子供は自分が受け容れられるためにどうすればいいかを考え、親の気に入る自分を演じ、本当の自分を失っていきます。すると、私はこれが好き、こうしたいは二の次で、自分の言動の主体は他者になります。 自分を愛せない人は他者を愛せないし、また、自分を肯定している人は他者も肯定できます。まずは自分からです。自分を蔑ろにしては対象に愛も肯定もできません。その自分を育ててくれるのは家庭・家族の中です。 愛の基本は受容 愛の基本は受容、それを体験するのは家族の中が最初です。子供は自分を受け容れ、全てYesと言ってくれる、all okを求めています。これに応えるのが親・家族であり、愛は家族の中から始まります。 これを体験せず、家族の愛の構造を持てなかった人たちは、外側の社会に家族を求めます。その象徴が、コンビニの前で座り込んでいる若者たちの姿です。家族が体をなさず家族が無かった彼らにとって、あのコンビニの前が安らぎとコミュニケーションの場、リビングになります。座り込んで話をし、くつろいぎます。彼らにとって社会が家庭、家庭が社会になり、家庭と社会が逆転します。家庭が厳く、自分を受け容れないため、家庭が社会になりました。そこは、愛を知らない者同士の集まりですから、傷をなめ合っても満たされることはありません。家庭で子供を受け容れ続けることの大切さを痛感します。 子供も一人の対象です。その対象に愛を抱けるかどうか。親たちもその親に受け容れられ、全てYesと言われ、肯定され、all okで育っていないと、我が子にできません。自分はしてもらっていないにも拘らず、子供にすることができればそれは素晴らしいことです。 それには、まず子供への対応を変える、その具体的対応法をアドバイスします。そして、親自身の傷つき、コンプレックスを知ってそのマイナスの意味を抜き、親の子供地時代を終わらせます。その方法が精神分析の理論にあります。 対象愛 自分が愛すべき対象を見出したとき、私が存在します。それが私の居場所です。居場所がないということは、言い換えれば対象愛がないということです。それは、現実と向き合わないで、現実逃避します。 対人恐怖の人は全てのことを恐がり、全てのことに向き合えず逃げます。それは対象が無く、好きという感情を知らない。つまり、愛が無い。愛が無ければ、全ての関係は無く、対象と関係を持つことはできません。故に、孤立し、引きこもっていく、うつになります。対象と関わって刺激を受け、興味・関心を持って、自分もやってみようと心が動きます。そうして自分の好きなことをするうちに、そこに居場所ができます。 対象と向き合えるのは、対象への関心と愛があるからです。温かい、情けのある、居心地の良い、幸せな家族で育てば愛着を学びます。それが更に、自分は愛されたという愛着のもとに、対象愛を学びます。そして、対象愛があれば、その対象が好きと一直線に向かいます。 その人生は喜びと笑顔に満ちたものになると思われます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『こころの科学』テキスト1より筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年12月メルマガNo.189 のテーマは、「エディプス期:ついている・ついていないから積極性へ父の言語が導く」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。自己愛 居場所を探す人を「愛を乞う人」と言います。居場所がない寂しい人は自分を受け容れてくれる場所を探し歩きます。人に気に入られるように、受け容れてもらえるように、好かれるようにお土産、プレゼント等を持っていきます。すると、「ありがとう」と感謝されるため、「ありがとう」の一言をもらうために奔走します。これは自己愛を満たす、自己愛の備給のための行為です。 自分を受け容れてくれる、受容は愛と同義語になります。受容されたことでを「自己愛」が満たされます。この自己愛が満たされることが、人間の最初の愛となり、自己愛がなければ、対象愛はありません。自己愛とは自分が自分を愛する、自己恋着。対象愛とは、自分が対象を愛することで、愛する対象が自分から他者に変わります。 鏡像関係 人間は鏡像関係で、他者は私を映す鏡です。他者を通して映し出された自分を見、他者の反応で自分を知ります。昔からこれを、「(他)人は自分の鏡」と言います。自分が無かったり曖昧だと他者から自分はどう見られているか、思われているかに一喜一憂してしまいます。 自分の存在を支えられるのは、受け容れてくれる家族の対応からでした。親に受け容れられないと、子供は自分が受け容れられるためにどうすればいいかを考え、親の気に入る自分を演じ、本当の自分を失っていきます。すると、私はこれが好き、こうしたいは二の次で、自分の言動の主体は他者になります。 自分を愛せない人は他者を愛せないし、また、自分を肯定している人は他者も肯定できます。まずは自分からです。自分を蔑ろにしては対象に愛も肯定もできません。その自分を育ててくれるのは家庭・家族の中です。 愛の基本は受容 愛の基本は受容、それを体験するのは家族の中が最初です。子供は自分を受け容れ、全てYesと言ってくれる、all okを求めています。これに応えるのが親・家族であり、愛は家族の中から始まります。 これを体験せず、家族の愛の構造を持てなかった人たちは、外側の社会に家族を求めます。その象徴が、コンビニの前で座り込んでいる若者たちの姿です。家族が体をなさず家族が無かった彼らにとって、あのコンビニの前が安らぎとコミュニケーションの場、リビングになります。座り込んで話をし、くつろいぎます。彼らにとって社会が家庭、家庭が社会になり、家庭と社会が逆転します。家庭が厳く、自分を受け容れないため、家庭が社会になりました。そこは、愛を知らない者同士の集まりですから、傷をなめ合っても満たされることはありません。家庭で子供を受け容れ続けることの大切さを痛感します。 子供も一人の対象です。その対象に愛を抱けるかどうか。親たちもその親に受け容れられ、全てYesと言われ、肯定され、all okで育っていないと、我が子にできません。自分はしてもらっていないにも拘らず、子供にすることができればそれは素晴らしいことです。 それには、まず子供への対応を変える、その具体的対応法をアドバイスします。そして、親自身の傷つき、コンプレックスを知ってそのマイナスの意味を抜き、親の子供地時代を終わらせます。その方法が精神分析の理論にあります。 対象愛 自分が愛すべき対象を見出したとき、私が存在します。それが私の居場所です。居場所がないということは、言い換えれば対象愛がないということです。それは、現実と向き合わないで、現実逃避します。 対人恐怖の人は全てのことを恐がり、全てのことに向き合えず逃げます。それは対象が無く、好きという感情を知らない。つまり、愛が無い。愛が無ければ、全ての関係は無く、対象と関係を持つことはできません。故に、孤立し、引きこもっていく、うつになります。対象と関わって刺激を受け、興味・関心を持って、自分もやってみようと心が動きます。そうして自分の好きなことをするうちに、そこに居場所ができます。 対象と向き合えるのは、対象への関心と愛があるからです。温かい、情けのある、居心地の良い、幸せな家族で育てば愛着を学びます。それが更に、自分は愛されたという愛着のもとに、対象愛を学びます。そして、対象愛があれば、その対象が好きと一直線に向かいます。 その人生は喜びと笑顔に満ちたものになると思われます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『こころの科学』テキスト1より筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年12月メルマガNo.189 のテーマは、「エディプス期:ついている・ついていないから積極性へ父の言語が導く」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.12.12
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居場所 家庭に居場所を作れたら幸せです。小言や文句を言われ、自分の言うことは聞いてもらえず、したいことができず、否定までされると居心地が悪く、一日も早く家を出ることを考えます。若い10代で妊娠して結婚するのは、自分が育った家庭に失望し、早く自分の理想とする家庭作ろうとする無意識の表れです。 精神分析は基本的に精神発達論や親子関係、家族論を中心に組み立てられています。肉親が些細な意見の相違や衝突をきっかけに、他人に対するよりもはるかに強い憎しみの感情を抱く近親憎悪は、家庭が否定(と肯定)が一番行われる場だからです。正しく母と父が機能すれば、家庭内は居心地の良い天国になります。 母親が子供にall okし肯定すれば、家庭は幸せな居場所です。そして父は社会的掟、ルールを教えます。これは肯定・否定ではなく、教育と躾です。ただ、教育できる父が少なく、感情的になります。説明も説得もせず、強制的に押し付け、「口答えするな」、「黙ってやればいいんだ」と言う。これは教育ではありません。母は、気分と感情で子供に接し、一貫性がありません。同じことを、ある時は「いい」と言いい、またある時は「ダメ」と言う。これでは子供は従い難いが、矛盾しながらも合わせるしかなく、子供は病んでいきます。 無意識 否定された欲望が無意識をつくります。表に出せなかった感情と言葉が一対となって、無意識の世界に保存されています。この無意識はいつも出ようとその機会を狙って、ひたすら待ち続けています。 人間の無意識と意識の世界に二分され、それをフロイトは比率で表しました、意識は氷山の一角であると言われ、その比率はおよそ数%。その下にある無意識は90%以上で、ほとんどが無意識ということです。意識しているのは日常生活を維持するくらいで、それも、歩く、食べるもほとんどが無意識的に行われいます。右足を出して、次は左足を出して…と意識して歩いている人は、歩行訓練・リハビリ中の人以外にはいないと思います。 無意識の中に否定され抹殺された欲望が山のようにあり、これを見るのは恐ろしく、あることを忘れて無いかのように過ごしています。しかし、これが夢で、それとはわからないように出てくることを発見したのがフロイトの夢判断、夢分析です。「夢は無意識に至る王道である」と言われ、知らない自分を知る方法です。 トリックスターこれまで子供は、不承不承、親に合わせてきました。これを自分の言いたいことを言い、それを受け容れてもらう構造に書き換えます。その場所は家庭であり、聴く人はお母さんですが、聴いてくれませんでした。だから、子供は外に判るように問題を起こして、家庭の歪みを訴える“トリックスター”となって仕掛けます。子供は一生懸命、自分や家族の危機を訴えます。その例が不登校や非行です。すると、親は動かざるを得ません。 トリックスターになった子供は、危機を感じた子供です。それは正常を知っているから異常を訴えられました。一番危険なのは、自分の言いたいことを言わずに、親や周りに合わせ続けた子供です。言っても通じないと諦めて親の言いなりになり、しかし、「いつか見ていろ」と復讐心を持って生きていきます。これでは幸せになれるはずがありません。 「痛い」の意味子供は「もう限界だ」とサインを出しています。それが朝、お腹が痛い頭が痛い、咳が出るという、言葉にならないサインです。「痛い」は「言いたい」ことがあることを表しています。そこで「お母さんが何か言いたいことがあるの?」と訊けば、子供はやっと言えます。お母さんがその訴えを受け容れれば、痛みや咳は消えます。 「痛い」には三つの意味があり。一つは今言った、「痛い」は「言いたい」。でも言えない。もう一つは、「痛っ」、これは「居た」。私の存在を認めて、私はここに居る。そして、「痛い」は「居たい」。ずっと家に居たい、お母さんの傍に居たい。ということです。最悪なのは、子供が「痛い」と言って、「お母さんは医者じゃないからわからない」という反応です。「痛い」と訴えたその子の心にまずは寄り添うことからです。こうして人は否定された無意識の言葉を出したいと訴えています。それを聞く耳を持つことです。 否定されたことは無意識に留まり、人に合わせることだけが意識に残ります。この「言いたいことが言えない」が、全ての病理を作る基本になります。これが師、大澤秀行氏の著書『病気は心がつくる』(論創社)に書かれています。だから、言えるようになることが健康と不健康、幸と不幸を分けます。 甘えと依存 甘えとは肯定と受容の極致です。甘えられるとは、言えること、そして言ったことがOKと受容されたことの二つを満たしています。この言える環境があって、人は言えます。甘えたい、「抱っこして欲しい」、「遊んで欲しい」と言って、それを受け容れてくれる他者が居るからです。いつも甘えを排除され、否定され、無視されたら恐くて言えません。答えは「No」と決まっているのですから、わざわざ否定の言葉を聞きたいとは思いません。肯定が意識を、否定が無意識を形成し、肯定によって言えるようになって、甘えと依存の行動をとります。 寄る辺なき存在、他者に頼り依存し甘えなけれ生きられない状態で生まれた小さな人間は、安心と安全に身を寄せたいと思います。そこが満たされなければ、その後もずっと甘えと依存が無意識に続きます。満たすべきその時期に満たされれば卒業でき、次の課題「自律」に移行し、心は成長していけるのに、です。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『こころの科学』テキスト1より筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年12月メルマガNo.189 のテーマは、「エディプス期:ついている・ついていないから積極性へ父の言語が導く」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.12.09
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無意識 人間は外部から受け取る情報のうち80%が視覚によると言われています。見た目、視覚よりも意味、中身を重視する人もいますが、少数派です。 心を見る、その人の言った言葉、意味を尊重する人は、言葉を聞き逃しません。言葉を頼りに交流します。語彙数の少ない人は見た目で判断し、見た目で交流します。それを知っているので、言葉よりも見た目を重視し外側を飾ります。これを虚飾と言います。 私たちには、目には見えない、自分でも気づけない意識である「無意識}が在ります。この無意識とは、見えない、気づけないという意味の「無い」であって、存在しないという意味での「無い」ではありません。確かに在るのだが、気づけないという意味で、フロイトは「無意識」と言いました。 私は私を知っていると、人は思っています。私の中に私が知らない意識が存在しているとは思いませんでした。 否定は居場所を無くし、死に至る 何故、私が知っている私と、気づけない私に分裂したのでしょうか。肯定された人は、私はOk、ここに居ていい。私は受け容れられて、居場所がある。否定された人は、私はNo 、ここに居てはいけない、私が所属する場所、居場所がありません。人間は一人では生きていけないので、常にグループ、団体の中に所属し、受け容れられないと生きていく場所を失います。 人間にとって、否定は生死に関わります。否定は死に相当します。子供はあまりに母親に叱られたり、小言を言われ、「ああしなない、こうしなさい」と命令指示されると、自分はここに居られないとプチ家出をします。子供のことですから、祖父母や親戚の家、友達の家に行って、親に気づかせるためのデモンストレーションをします。母親に「あなたは否定し過ぎだ。私は家にいられない」と行動で訴えます。これはもう既に、子供は否定の生死に関わる世界にいるということですから、親はこの行為による訴えの意味を理解して、対応を変えなければなりません。 否定は居場所を失うという意味、肯定は居場所を与えることになります。子供はこれを5歳以下で学んでいます。幼ければ幼いほど、依存しなければ生きていけません。そのため、否定されないためにどうすればいいかと考えます。何故、否定されたのか、親から「No」、「ダメ」と言われない方法を考えます。親に気に入られるように、親の好みに合わせればいい、自分のしたいことを言わなければいいと思います。 自分の欲求、欲望、ああしたい、こうしたい、「おもちゃを買って欲しい」「お菓子をもっと食べたい」と言うと「ダメ」と、否定されました。嫌われると死に至るので、これは言えない、表に出せない。これを無意識といい、否定されないために無意識にしまって隠しておかなけでばなりません。 親に気に入られるように合わせるのは意識。これは呆然としていてはできません。しっかり親の意を汲み取らなければならない。親の望んでいることは何かを考え、私が何を望むかは後回しにします。 自分を殺して他者に合わせる 私のことは蔑ろになり、私の存在価値は下がり、親、他者が圧倒的に優位になります。もう、めくら滅法に盲従せざるを得ません。これでは吟味すること、思考力、判断力を奪われてしまいます。このことが最大の悲劇であり不幸で、自分で考えなくなり、他者に合わせて従うだけなります。 こうして私という存在は、否定されたものとして無意識にしまわれます。これがどんどん増えています。意識は合わせるだけの一つだけです。 無意識がますます増えて抱えきれなくなり、心の不調や苦しさに耐えられず、満杯になったとろでセラピーに来ます。そして、否定された欲望の数々を語り、白日の下に出すことになり、やっと心は楽になっていきます。言葉で表出するのは安全です。行為化してしまったのが、殺人、それも尊属殺人です。子が親を、親が子を、孫が祖父母を殺したりという事件はよくに聞かれます。 家族は憎しみを作る場 最も憎悪が成形されるのは家族です。家族は四六時中顔を合わせ、一々コンプレックス、無意識に引っかかります。雪のように降り積もり、凍り付いていきます。すると、体が冷え、冷え性になります、心が冷え冷えとしてしまいます。 否定の蓄積は体に現れます。否定され、嫌われている、自分は要らない子だと思うため、心は家庭内にありません。心は野ざらしになり、冷え切っています。 こういう人の部屋は、カーテンや壁紙、天井が星や月、空の絵柄です。これは、私は外に寝ている、ホームレスだということです。外で寝る、屋根が無い家などホームレスの夢を見ることもあります。また、自室の窓を開ける。これは、内と外の境が無いことの表現で、この人もホームレスです。家族の温もりが無いことを象徴しています。家庭に居場所がないのです。人間は心の中を外側に表します。無意識にある言語の反射が現象界・現実界です。セラピーはその言語をクライアントの語りから読み取り、理解と共感でフィードバックします。 家庭では、声を掛け、まなざしを向けて、温かい心で家族が迎え入れることが治療になります。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『こころの科学』テキスト1より筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年12月メルマガNo.189 のテーマは、「エディプス期:ついている・ついていないから積極性へ父の言語が導く」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.12.05
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人間は自分に利益のあることしかしないという真理・法則があります。 人は自分の存在価値が薄いと感じた時、何らかの形で自己を証明したいと思います。 それにしくじり行為が使われることがあります。 これは“無意識の故意”とでもいうものです。 あるクライアントは仕事上でミスをしました。そのミス(事故)はどのようにして起きたのかの事故証明を書いて提出する必要がありました。 この事故証明は=自己の証明になりました。ここにその人の無意識があります。 ミスをして、注意され避難されますが、皆に注目されます。そこに自分という存在が浮かび上がります。 そのミスは「自分を見て」という無意識の叫びです。 人は自分の存在が無化されることを何より恐れます。 無視され、反応されなければ自分は透明人間です。居るのか居ないのかわからない存在は幽霊と同じです。 それなら、まだ注意されたり、非難される方がましだと思っても不思議ではありません。 褒められ、賞賛されることにこしたことはありませんが、それには努力と時間が要ります。 ミスする方が簡単で努力も要らず、時間もかからず、今すぐ可能です。 子供の注意引きも同じです。 子供がいたずらをしたり、ケガをして親の注意を引きます。 親が気がつかなけれ、その行為はエスカレートしていきます。 子供は、「自分をしっかり見ておかないと、自分は何をするかわからないよ」と、親に注意喚起しています。このサインを受けとらなければ、大事になっていきます。 何事も初期対応が大事です。家事も初期消火で大火事は防げます。 自分が大切にされていれば、自己の存在証明、注意引きは要りません。 大人は私が何者かを自分で規定し、他者による自己証明に頼りません。 ところが、自己規定の文字に自信がないと自分が揺らぎ、社会や他者の評価に頼りたくなります。 人は無意識にサインを出しています。 しかしその意味・真意は、本人も他人にもわかりません。 『精神病の構造』(藤田博史 著)の本の中で、 「私」の中の「もう一人の私」が「私」の行為を裏切るようにして別の目的を遂げているということは、自分の予想を上回る頻度で起こっているに違いないと思われる。 知らずのうちにやってしまうことが少なからずある、という考え方は逆に、「私」の統治している範囲の狭さを教えてくれ、「私」以外の判断主体がいることを「私」に知らせている。… すなわち、「私」の行為が「私」によって受け止められている範囲はごく一部に過ぎない、ということである。 とラカンは言っています。 意識が働いていることは少なく、殆ど無意識で私たちは動いていると言えます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』講座より筆者まとめ 参考文献:藤田博史 著 『精神病の構造』より筆者引用) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。 2025年12月メルマガNo.189 のテーマは、「エディプス期:ついている・ついていないから積極性へ父の言語が導く」です。 興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。 著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社 『令和の徒然草』論創社 『こころの科学』講座 テキスト1~3 『メタ言語』講座 テキスト1~9 『夢分析』講座 テキスト1~9 『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8 詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実への セラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。 メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.12.03
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ある方から聞いた話です。職場で作業着に着替えて仕事をする時、Aさんは間違えて他人であるBさんの服を着たと言います。 これを分析理論でみると、まず間違ってBさんの服を着たAさんは、Bさんが人気者であったり、自分の憧れ、理想の人ということです。だから、憧れのBさんのようになりたい。そのBさんの服を着るのはBさんに同一化する行為です。Bさんには性格や能力などが及ばず、なれないので、せめて着ぐるみである服を着て、Bさんのようになりたいという無意識の行動です。 これはフロイトが言った、錯誤行為です。無意識は錯誤行為、しくじり行為という形をとって、無意識にあるその人の欲望、対象aが、現実界に顔を出します。 服を間違えて着るくらいはまだかわいく、笑って済ませますが、事故や事件、病気になると笑い事ではありません。気をつけなければなりません。ただ、気をつけると言っても、無意識のことですから、本人には気がつきようがないので、事が起こってからこの事象はこういう無意識から起きたことだと分析します。それでも気づけば、次の錯誤行為、事象を止めることはできます。 基本的に無意識は意識に上げては困る内容です。だから、無意識に抑えて込んで無いことになっています。それが何らかの形で意識に顔を出しますが、気がつかないと重症化していきます。これは危険です。全てのことには訳があります。 私たちが意識できる領域はほんのわずかな氷山の一角で、その下に膨大な無意識が在るとフロイトは言いました。この膨大な無意識に操られているのが私たち人間です。 また、母親が娘の服を着るという話を聞きます。これは間違えて着たのではなく意図して着たので、母の若返りたいという願望です。若い娘が羨ましく、自分も娘のように若くなりたいと、娘の若さを吸い取る母ということです。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』講座より筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年11月メルマガNo.188 のテーマは、「大人と変わらない精神の基礎をつくる肛門期(4歳頃)」。2025年12月メルマガNo.189 のテーマは、「エディプス期:ついている・ついていないから積極性へ父の言語が導く」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.11.30
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相互性が愛着と絆をつくる 生まれてすぐからの養育の基本は、保育園や祖父母、親戚などいろいろな人の手で世話せず、同一人物が世話します。 赤ちゃんが授乳後にニコッとします。新生児はお腹が一杯になった刺激で胃が痙攣し、思わず顔の筋肉が緩みました。お母さんはそれを我が子がオッパイを飲んで笑ったように見えるので、自分の授乳に対する微笑み返しと受け取ります。それにつれて、お母さんも笑顔になります。そのお母さんの笑顔を見て、赤ちゃんは笑いますが、お母さんの顔の変化に反応しただけです。 しかし、この微笑み合いが、こだまのように行き来する、これを「鏡像関係」と言います。この相互性がコミュニケーションです。そして相互性が愛着の起源、母との絆を形成していきます。 反対にお母さんが恐い顔で睨み怒ります。すると赤ちゃんには泣くという反応しかできません。お母さんは赤ちゃんが泣くのを見て怒りが増幅し、これが繰り返され、いつも喧嘩する親子関係ができます。こうして憎しみという絆ができます。 子供は母のコピー 不登校児のお母さんは大体、一方的で命令指示します。お母さんの言う通りにしておけば間違いないからと、子供に言うことをきかせます。子供の言うことはほぼききません。これは親子面接するとよくわかります。子供に聞いているのに、横からお母さんが口を挿みます。また、例えば腹痛で医者に行って、子供に症状を聞いているのにお母さんが答えます。「お母さん、貴女が子供の胃袋を持っているのですか」と言いたくなります。 これでは相互性も子供への尊重もありません。一方通行では子供は反応することを学べません。そのために反応しない、能面のような無表情になってしまいます。 子供がどう反応するかは、お母さんの態度で決まります。波の発生源はお母さんで、お母さんの反応からスタートします。だから、子供はお母さんのコピーです。 赤ちゃんが泣くのは処理できない刺激の放出 それはそもそも赤ちゃんは出産によって、穏やかな胎内環境から膨大な刺激・情報のあふれる宇宙に生み出されました。音も光も今までの量ではなく、自分の中で刺激・情報の処理ができないので泣きます。この時、お母さんがどう受け取り、どう反応したかです。赤ちゃんはお母さんが恐いから泣いているのでも、嫌っているのでもありません。まだ神経系統が未発達で未完成なために、膨大な情報量が入ってくるが自分の中で処理できず、泣いたり手足を動かして放出するしかないのです。 子供は母に合わせて反応する 赤ちゃんの全身を振るわせて真っ赤な顔で泣く姿を、お母さんが自分の養育史と照らし合わせて、自分の意味づけで赤ちゃんを見て反応します。ここから母と子のこだまが始まります。泣いてもぐずっても笑顔で受け容れらたお母さんは、自分がされたと同じように反応します。泣くと、しかめっ面をされ「何の文句があるの」と思われたり言われたお母さんは、我が子にもそう反応します。 こうしてお母さんは一定の同じパターンで反応し、赤ちゃんはいつも原稿であるそのお母さんに合わせて反応しているだけです。お母さんの笑いは笑いで、怒りは怒りで反応し、白は白で黒は黒で反応するから、赤ちゃんはお母さんのコピーなのです。 素直な子供はお母さんが素直に反応した結果です。反発し反抗するのはお母さんが子供の言うことを受け容れず撥ねつけた結果です。そのことを忘れて、子供が素直でないと親は嘆きます。子供に言うことをきいて欲しければ、まずお母さんが子供の言うことをきくことです。そうして、母とのコミュニケーションが絆と愛着を形成していきます。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 著『インテグレーター養成講座』テキスト1より) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年11月メルマガNo.188 のテーマは、「大人と変わらない精神の基礎をつくる肛門期(4歳頃)」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢さ分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.11.28
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私事ですが、友人数人と話をしていました。その中のAさんが、職場のYさんに「貴女とは馬が合わないと言われた」と言います。私は「良かったね」と即座に言いました。「だって、その人と馬が合ったら、Aさん貴女は馬だよね」と。 一緒にいた友人たちも、「そうやって、人は人間でないもの、馬という動物にされるね」と言いました。その通りです。それ聞いたAさんは「何かモヤモヤしていたけど、すっきりした」と言いました。 「人間は意味の病である」とラカンは言います。自分のコンプレックスや経験から、事象などあらゆる事を自分の習い覚えた言葉で意味づけます。 今の話の場合、「馬が合う」という言葉は広辞苑25万語の中にあります。誰もが使う慣用句です。「馬が合う」の辞書の意味は、(乗馬で乗り手と馬の呼吸がピッタリ合うことから来て)人間関係においても、気持ちがよく合い、行動がしやす。相性が良い、という意味です。 Aさんは「貴女とは馬が合わない」と言われて、何かモヤモヤした気分になりました。それは辞書の意味通りに取れば、「貴女とは気が合わない」と言われたことになるからです。職場では個人的感情を持ち込まず、職務を遂行することです。だから、「貴女とは気が合わない」とわざわざいう必要があるでしょうか。全くないはずです。 それを言われたAさんが良い気落ちにはならないし、それを職場で言うことはありません。だから、私は「良かったね。その人と馬が合ったら、Aさん貴女は馬だ」と言ったのです。私は「貴女とは馬が合わない」と言ったYさんは、人を不快にさせる馬に見えました。Aさんがそんな馬にされなくて良かったと思ったのです。そして、Aさんはその言葉でモヤモヤが晴れ、笑顔が戻りました。 人は言葉一つで、落ち込んだり、明るい笑顔になったりします。だから、相手を不快にしたり、落ち込ませる言葉を使うより、プラスの言葉、お釈迦様が言われた“愛語”を使うように、師から教えられました。 「肯定的言葉を使い、互いを生かしましょう」ブログNo.45でも書きました。下記に引用します。 肯定的言語、愛語を使うまずは心がけて、良い言葉しか言わない、聞かない。お釈迦様も言いました。「人を生かすのは愛語という、愛のある言葉だけを言いなさい、聞きなさい」と。 プラスの言葉、肯定的言葉=愛語を使い、否定的言語は使わないということです。愛語を使えば他者も自分も生かします。他者を否定すると、自分も否定することになります。何故なら、他者を否定する言葉を言っている、その自分の言葉を自分で聞いているからです。 例えば、子供を怒って、罵詈雑言を吐けば、それは全部自分が聞いていて、自分に返ってきます。「人を呪わば穴二つ(他人を呪って殺そうとすれば、自分もその報いで殺されるから、墓穴は二つ要る)」です。他者を傷つければ、自分も傷つき、不快になる。互いがいがみ合い、傷つけあっても何の利益もありません。 美しい言葉、プラスの言葉、肯定的言葉、人を活かす言葉、愛語を使うよう心掛けています。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年11月メルマガNo.188 のテーマは、「大人と変わらない精神の基礎をつくる肛門期(4歳頃)」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。参考文献:大澤秀行 著『病気は心がつくる』論創社 『こころの科学』テキスト1~3詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.11.26
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私事ですが、友人数人と話をしていました。その中のAさんが、職場のYさんに「貴女とは馬が合わないと言われた」と言います。私は「良かったね」と即座に言いました。「だって、その人と馬が合ったら、Aさん貴女は馬だよね」と。 一緒にいた友人たちも、「そうやって、人は人間でないもの、馬という動物にされるね」と言いました。その通りです。それ聞いたAさんは「何かモヤモヤしていたけど、すっきりした」と言いました。 「人間は意味の病である」とラカンは言います。自分のコンプレックスや経験から、事象などあらゆる事を自分の習い覚えた言葉で意味づけます。 今の話の場合、「馬が合う」という言葉は広辞苑25万語の中にあります。誰もが使う慣用句です。「馬が合う」の辞書の意味は、(乗馬で乗り手と馬の呼吸がピッタリ合うことから来て)人間関係においても、気持ちがよく合い、行動がしやす。相性が良い、という意味です。 Aさんは「貴女とは馬が合わない」と言われて、何かモヤモヤした気分になりました。それは辞書の意味通りに取れば、「貴女とは気が合わない」と言われたことになるからです。職場では個人的感情を持ち込まず、職務を遂行することです。だから、「貴女とは気が合わない」とわざわざいう必要があるでしょうか。全くないはずです。 それを言われたAさんが良い気落ちにはならないし、それを職場で言うことはありません。だから、私は「良かったね。その人と馬が合ったら、Aさん貴女は馬だ」と言ったのです。私は「貴女とは馬が合わない」と言ったYさんは、人を不快にさせる馬に見えました。Aさんがそんな馬にされなくて良かったと思ったのです。そして、Aさんはその言葉でモヤモヤが晴れ、笑顔が戻りました。 人は言葉一つで、落ち込んだり、明るい笑顔になったりします。だから、相手を不快にしたり、落ち込ませる言葉を使うより、プラスの言葉、お釈迦様が言われた“愛語”を使うように、師から教えられました。 「肯定的言葉を使い、互いを生かしましょう」ブログNo.45でも書きました。下記に引用します。 肯定的言語、愛語を使うまずは心がけて、良い言葉しか言わない、聞かない。お釈迦様も言いました。「人を生かすのは愛語という、愛のある言葉だけを言いなさい、聞きなさい」と。 プラスの言葉、肯定的言葉=愛語を使い、否定的言語は使わないということです。愛語を使えば他者も自分も生かします。他者を否定すると、自分も否定することになります。何故なら、他者を否定する言葉を言っている、その自分の言葉を自分で聞いているからです。 例えば、子供を怒って、罵詈雑言を吐けば、それは全部自分が聞いていて、自分に返ってきます。「人を呪わば穴二つ(他人を呪って殺そうとすれば、自分もその報いで殺されるから、墓穴は二つ要る)」です。他者を傷つければ、自分も傷つき、不快になる。互いがいがみ合い、傷つけあっても何の利益もありません。 美しい言葉、プラスの言葉、肯定的言葉、人を活かす言葉、愛語を使うよう心掛けています。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年11月メルマガNo.188 のテーマは、「大人と変わらない精神の基礎をつくる肛門期(4歳頃)」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。参考文献:大澤秀行 著『病気は心がつくる』論創社 『こころの科学』テキスト1~3詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.11.26
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不安の原点は「寄る辺なき存在」 一般に感じる不安は、これからどう判断してよいか分からない、これからどうなるか分からない、自分の決断が合っているのかという、自己決定能力の欠如を不安と捉えています。これは心配です。 本来の不安とは、自分の意味、自己主義、自己規定、絶対は無いということの一切、すなわち、私たちは自由で、何にも定義できるということ。言い換えると、不安とは自由の事であり、真の自由は不安の中にある。職業選択の自由と言うが、この中でしたい仕事を決めてしまえば自由ではない。何故なら、その仕事に向かっているのだから。私たちの自由の前には、必ず決定が含まれている。それでは予め決められていることになり、言語的には自由ではない。本来は、自由の中で選ぶことが自由だが、決定してしまっている。「決定するまでの自由」では、真の自由ではない。最終的にそこに定まる、つまり最初から不自由ではないか、という言語的矛盾に陥る。本当の自由とは、何も選べない、何も決まらない、何も無いことが自由である。そこに何かあれば自由ではない。もうそれは決定事項であり、目標、定めがある。定め無き存在こそ自由、言い換えると「寄る辺なき存在」が私たちの不安の原点である。だから、自由とは不安なのである、と師は言います。 このように、私たちの不安の原点は、全く無力な状態で生まれ養育者(母)無しには一瞬も生きられない、 「寄る辺なき存在」にあります。 不安神経症 安心と安全を与え、世話をし、信頼できる人がいる。それが無ければ、「基底不安」の中にいます。口唇期の発達課題である「基本的信頼」が「基底不安」を抑圧し防衛します。 しかし、私たちには0~1.5歳の時代の記憶が無いので。実感できる不安は肛門期の母と個として分かれる「分離不安」です。分離不安は母とのしっかりした愛着が形成されていなければ感じられないので、母という愛着対象が無かった人には、生まれた時の「寄る辺なき存在」の不安です。これが「不安神経症」です。これでは「寄る辺なき存在」である「基底不安」を防衛できないのです。 母が24時間傍に居て、授乳し、おむつを替え、入眠時に抱っこをして、安心・安全の環境を作る、これが無ければ不安の塊になるしかありません。 不安の本質は自由だから、自分を何かに規定すれば取り敢えず身の置き所が決まります。これを社会で考えると、自分の位置、ポジションを明確にすることです。 不安と自由がイコールになってしまったので、不安神経症の人は自由でありながら不安なのです。自由であればあるほど不安を感じてしまいます。何故なら、身の置き所を決めるために、自分で選び決めなければならないからです。ということは、不安の方がある意味、不自由。だから、不安神経症の病理を続けています。病理を止めずに、不安という世界に身を置いています。茫洋としているとはいえ、不安も一つのカテゴリーなので、そこに身を置いておくと自分の位置が決まるためです。何ものでもない存在よりは、不安の存在である方がまだ人間らしいと思うため、わざわざ自分を不安に駆り立てます。心配性はその最たるもので、在りもしない事を自分ででっち上げ、心配や妄想のストーリーにその不安のエネルギーを注ぎ込み、そこに身を寄せます。 幸せになりましょう 不安の本質は自由にあり、寄る辺なき存在の真の不安を露呈しないため、抑圧するためにも、分離不安は使われました。私たちは不安から身を離すことなく、不安と非常に親しく付き合いながら生きています。不安が無く幸せな人はほったらかしにされるので、楽しく幸せな世界にはあまり行かない方がいいのです。「心配だ」と不安がり、「恐い」と怖がりをしていると、皆が心配してくれます。もしかすると、誰かが手を差し伸べてくれるかもしれません。うまくいけば、助けてくれるかもしれません。 反対に、自由であると誰も手出しせず、助けてくれません。関心も持ちません。幸せな人は「楽しそうでいいね」と、ほったらかしにされ、誰も心配しません。だから、不安にしがみついてしまいます。そんなことより、幸せを目指し、幸せになりましょうと教わりました。 私は不安の塊でした。心配や不安の種を自分から探し集めて、在りもしない不安を自分で捏造した心配の妄想のストーリーに心的エネルギーを注ぎ込み、そこに身を寄せていました。車を運転すれば事故を起こすのではないかと不安になり、新しいことをしようと思うと上手くいかないのではないかと不安になり心配しました。何故こんなにも私は不安と心配ばかりするのか、その原因は何なのか知りたいと思いました。それが精神分析を受け、理論を学ぶうちに解りました。養育者(母)に24時間態勢で傍にいてもらい、世話を受けられなかったからです。放っておかれたので愛着を知らず分離不安はなく、生まれた時のままの「寄る辺なき存在」の不安がずっと続いていたと知りました。自分の不安の原因に納得しました。私は不安神経症でした。不安は信じること、信頼することで不安を防衛できることでした。口唇期の発達課題である基本的信頼で基底不安を抑圧し防衛できるからです。大人でも、分析者を信頼し信じ切ることで不安はなくなります。精神分析やカウンセリングでラポールを築くのはそのためです。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキスト1より) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2025年11月メルマガNo.188 のテーマは、「大人と変わらない精神の基礎をつくる肛門期(4歳頃)」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社『令和の徒然草』論創社『こころの科学』講座 テキスト1~3『メタ言語』講座 テキスト1~9『夢分析』講座 テキスト1~9『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。
2025.11.24
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