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こんばんわ今日はつかれた!まいった!本日はおやすみ
2008.11.30
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【Aポイント付+メール便送料無料】稲垣潤一 / 男と女-TWO HEARTS TWO VOICES- (CD)【J先週発売】2008/11/19 発売収録曲:1.「Hello, my friend」 Duet with 高橋洋子2.「悲しみがとまらない」 Duet with 小柳ゆき3.「あなたに逢いたくて~Missing You~」 Duet with 松浦亜弥4.「PIECE OF MY WISH」 Duet with 辛島美登里5.「セカンド・ラブ」 Duet with YU-KI fromTRF6.「サイレント・イヴ」 Duet with 大貫妙子7.「あの日にかえりたい」 Duet with 露崎春女8.「人生の扉」 Duet with 白鳥英美子&白鳥マイカ9.「木綿のハンカチーフ」 Duet with 太田裕美10.「秋の気配」 Duet with 山本潤子11.「ドラマティック・レイン」 Duet with 中森明菜すばらしい企画、おすすめJIはすごいシンガーであります、
2008.11.30
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こんばんわ、HIVが大阪とかかなりのペースでひろがっているらしい、神戸の南京町で見つかった売春婦のエイズ事件からもう20数年。タバコが悪いと思っていてもタバコをすう。HIvに感染すると危険をおもいながら危険な状態で行う。人間はいかに、欲望という煩悩に弱いか、何かと話題の「大阪」。もし、関西州ができたら州都は大阪だとやばいかな、大阪にもおそろしい断層が縦に走る、上町断層、ほとんどが海抜の低いところ、地盤もわるい。僕たちが愛した中ノ島のフェステバルホールもでかい、タワーになるそうだがあそこもかなり軟弱な地層、砂礫の中のようなところ、まあ、今はそんなこときにせず、できるそうだが、
2008.11.29
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こんばんわ、全世界の深夜風呂具ファンのみなさま、いかがお暮らしでしょうかさて、地球上の生命の誕生は偶然にして偶発にしておこりえたのだが、確証もプルーフもなく異説と否定のなか、混迷しているが、ぼくは、この仮説を信じている。パンスペルミア仮説である、こないだから、悪のついて考えていて、どうも答えがみえない、先代の人々は「悪魔」という定義でかたずけたようだ。たしかに、加藤も小泉もたくまも悪魔に違いない、もしくは悪魔の僕か、悪魔に魂を売ったか、殺戮をし恐怖を与え、あざらわう、人々の幸せをうちこわす。聖母マリアはなんども現れたという、インドではぶったの再来(不確か)の少年が瞑想をしているとう。ひとびとが集団的にヒステリー状態になると、同じ夢のような現象をみてしまうらしいが、インドのテロではたまたまホテルの中にいた日本人サラリーマンが亡くなった。マリア様もぶっださまもありゃしない。悲劇はグローバルに繰り返す。よくよく考えてみると米国の横暴さが全世界を混迷に誘導しているような気がする、前サル米国大統領はひどいもんだった。歴史に残るだろう、生命の起源から人類における過ちまで、この長いシナリオは創造主の思惑であろうか、おそらく、マリアさまもイエス様もぶったもマホメットも実在したひとで喧伝されつづけたただの人間であったのだろう、この地球の人類が滅亡し平和が訪れるのか、人類は和平を成し遂げていきてゆくのか近い将来のことかもしれない。迷信、それは信じることを迷うことだ、信じて生きてゆくほうがちからずよい。
2008.11.28
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確かこの歌はテレビドラマの主題歌。小田和正の編曲です。10周年記念のときも20年も30年も小田さんが絡んでます。小田さんとイルカの出会いは古い。事務所がおんなじでしたね、ここ
2008.11.28
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ファティマの聖母による地獄と悪魔1917年、聖母がポルトガルの子どもたちに出現し、数々の警告を人類に与えた。(カトリック教会公認の奇跡)聖母は「火の海の中で、男と女の人間の形をした霊魂たちが、燃え、絶望のうちに叫び、泣いている」情景を示し警告した。「多くの霊魂が地獄に行きますから、祈りなさい、たくさん祈りなさい」 「あなたたちは罪人たちが、悔い改めないときに、行く地獄を見ました」 「より多くの霊魂たちを地獄に導く罪は肉の罪です」 「彼らはこの総体的な堕落を完成するために特に子どもたちに焦点をしぼるでしょう」 21世紀初頭、ヨハネ・パウロ2世は、「ファティマの聖母の言葉は、悪魔のわなに陥らないよう、改心を求めて私たちの人間性に訴えかけている」と述べ、戦争・民族浄化・麻薬汚染・中絶など惨事が悪の犠牲者を多く生み出していること、善と悪の戦いは(20世紀だけのものではなく)今日も続いていることから、社会は破壊を免れるために伝統的な価値観に立ち戻る必要がある、と述べている。1916年春頃、「平和の天使」と名乗る少年がファティマに住む3人の子供(ルシア、ジャシンタ、フランシスコ)の前に現れ、祈りのことばと額が地につくように身をかがめる祈り方を教えた。その後も天使の訪問は続いた。1917年5月13日、ファティマの3人の子供たちの前に謎の婦人が現れ、毎月13日に同じ場所へ会いに来るように命じた。子供たちは様々な妨害にあいながらも聖母マリアと名乗る婦人に会い続け、婦人から様々なメッセージを託された。婦人からのメッセージは大きく3つあった。悪魔と地獄の現存:多くの人々が悪魔によって地獄へ導かれている。七つの大罪などの罪、特に肉欲の罪から回心しないままでいることにより人は地獄へ行く。ここには、悪魔の所作が働いている人類の危機:全人類の大半を数分のうちに滅ぼす武器が戦争で使用されることによって、人類が瞬時に滅ぼされる可能性の伝達 教皇暗殺の危機:1981年5月13日の事件をヨハネ・パウロ2世は、東欧の政権による暗殺未遂と発表している。 婦人から教皇への要望は大きく2つあった。ロシアの回心:貧しいロシアとその衛星国を、圧迫ではなく救済することで、神の審判を回避すること。 ロシアの奉献:ロシアを聖母に奉献し、ロシアの保護下にある世界中の貧しい国々へ聖母による保護をもたらすこと。 その後、カトリック教会は婦人を聖母の出現と公認し、5月13日はファティマの聖母の出現記念日とされるようになった。出現を受けたジャシンタとフランシスコはまもなく病死、ルシア・ドス・サントスは修道女となり2005年2月13日に97歳で死去した。ジャシンタ・マルトとフランシスコ・マルトはヨハネ・パウロ2世により2000年に列福された。
2008.11.28
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パンスペルミア仮説パンスペルミア仮説は、最初の生命は宇宙からやってきたとする説であり、「胚種広布説」あるいは「宇宙播種説」と訳されている。この説のアイディア自体は1787年アッペ・ラザロ・スパランツァニ(スパランツァニも自然発生説を否定した実験で有名である)によって唱えられたものである。この後、1906年にスヴァンテ・アレニウスによって「パンスペルミア(仮)説」という名前が与えられた。オパーリンの論じた化学進化よりも時代的に先行している生命の起源に関する仮説の一つであるが、仮説とするには余りにもブラックボックスが多いと考える学者は大勢いた。一見、判らないものは宇宙に由来させよう、という消極的な考えに見えるが、「地球上で無機物から生命は生まれた」ということを否定しているのみで、また化学進化は否定していない38億年前の地層から真正細菌らしきものの化石が発見されている。地球誕生から数億年でこのようなあらゆる生理活性、自己複製能力、膜構造らしきものを有する生命体が発生したとは考えにくい。パンスペルミア説では有機物から生命体に至るまでの期間に猶予が持てる。 宇宙から飛来する隕石の中には多くの有機物が含まれており、アミノ酸、糖など生命を構成するものも多く見られる。 地球の原始大気は酸化的なものであり、グリシンなどのアミノ酸が合成されにくい。地球外にはユーリー-ミラーの実験に相当する還元的な環境があったかもしれない。2003年のWMAPの測定により宇宙年齢は137億年±2億年とされたが、太陽のような主系列星の典型的な寿命は100億年程度であるとされている。また炭素や窒素のような重元素は、恒星の内部で核融合によって水素原子から生成されること(宇宙の元素合成)を考えれば、(主に岩石や金属などの難揮発性物質から構成される)地球型惑星を持つ太陽系は2世代目の恒星系である太陽系に微生物の芽胞が飛来したとすると、その起源となる、「生命を進化させるための惑星の形成を完了した安定な恒星系(惑星の居住可能性)」からなんらかの理由で重力を振り切って飛び出してきた上に、そのようなオブジェクトが太陽系に侵入しなければならない。このような物理現象は、恒星の死を伴う超新星爆発などに限定されるため、典型的には地球型惑星を持つ恒星系が2世代目であるという前提と相反する。パンスペルミア仮説は、当時の宇宙の解釈に基づいており、現在の宇宙論では、宇宙空間でこのような恒星同士の物体の輸送を生じる可能性は低いと考えられている。
2008.11.28
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火星には水があるらしい、そこの水と太陽系をぐるぐるまわる流星が吹き飛ばした物質が地球に飛来し、生命の起源となるアミノ酸が生成された、地球で勝手に湧き出るように生命が石から湧き出ることは不可能。地球外の生命体が意図的に生命を植え付けて、かなり後で様子をみにくる、それが神とされているのかもしれない。進化の途中で、森に残った、親戚のチンパンジーは温和な動物と見られているが彼らには、「獰猛」さが隠されている。群れと群れが紛争をし、相手の赤ちゃんのチンパンジーを食い殺すのである。このなぞの行動は、種の保存のための数の均衡化であろうか、数の均衡化にために、もしくは生存するために食べ物を維持するために闘争し攻撃し、生き残ったものが子孫を残し、今にいたる。要するに「勝ち組み」の論理である。その中に、「悪」というものが常に介在し、人間がだめであり続けるわけなのかもしれない。男性が狩を行い、戦いをし、女性が子供を乳で育てる分業は「男尊女卑」という観念としてどの国でも数千年はつづいた。まったく違う話だが、精神を病む人がかなりの数でいる、この数が増加しているのか、昔は表面化しなかったのか、どうもそこにもキーワードがひそんでいそうである。ということで、「悪」についてのテーマは次回いつかの宿題にします。ねます。ばーい
2008.11.27
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人間は産まれながらに「悪」であるのだろうか「性悪説」人間は育つ間に「悪」の力で悪くなるのか「性善説」人間はいびつな動物である。高度に脳が発達したにもかからわらず、二足走行になり脳に前頭やや新脳が付加されて、文明を起こし、文字を持ち社会を築き。しかし繰り替えし、貧富の身分の差がおきて、闘争本能から繰り返し戦争を起こし欲や富にためにせくせく働く。おそらく、宗教はそういう人たちを救済するためあったんだとおもう。あんな悪いことを理由もなくできる人が存在する理由はなんであろうか、たいていのキーワードは「無職」「反社会的」である。トラブルメーカー。協調性がない、感情がない、うまくやっていけない。自己反省がない。どうも、憶測で妄想であるが偏見かもしれないが、「父」というものがキーパーソンになるようなきがする。まず、生まれてきて秩序や協調性の核を社会の模倣として存在する家族の機能がどうであるのか、そこには、家の中心とした「父」の威厳、存在、秩序があるのはないだろうか、無職であるなら、路上で暮らすことが当然の結果、そうならないためにいやな仕事もがまんしてするわけだ、甘えは人のコントロールを喪失させる。たとえば、赤信号を誰もみていなから無視する、その甘えは人間の心理をよくあらわしている。「迷惑」と「制裁」これにたいしての「恐れ」があるからこそ、信号を守る。誰もいない信号を守る、この無意識の行動が、「しつけ」「ルール」の遵守しようとする本能であろう、しかし、無秩序な家庭、学校、もしくは極度にきびしくしすぎるそれらそういう分は、暴走、反抗を呼び起こす。ある種、男尊女卑という形態は家族社会における、無意味でかつ意義深い先人の知恵であったのかもしれない。僕たちの時代から変わりつつあるものはそういうものがあり、軋轢なようなものがマスコミの加担により意外な悪事の展開をおこしているのではないだろうかおわり、おやすみ。ねむ
2008.11.26
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初期オフ・コースの名作、でももう花はいらない この歌は、鈴木康博さんの作詞、珍しく、作曲は違う人、青木望さん。青木さんはさっき僕が偶然聞いていた、チューインガムの「風と落ち葉と旅人」の編曲や、中島みゆきの「寒水魚」などのアレンジを行う、で、ドラムが後のアリスの矢沢さんです。僕の贈り物 というLPに入る曲、ギターワークがきれいです。ここ
2008.11.26
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オフコース/NEXT(CD)1982/9/21発売、通産11枚目のLP、メンバーがつくったTV番組のサウンドトラックである、TBSのベストテンにかたくなにでなかった、頑固者オフコースであったが、こういう音楽番組を作りファンに恩返しをしたようなもの、30年ちかく、在籍した今はなき、東芝EMIの最後のLPとなったわけだ、まあEMIはありますが、ファンハウス独立で、4人になり、新境地というわけです。映像に出てくる二人組みに注目、ひとりは、あの要さんですね、ここ解散するとかいわれていた、試行錯誤していた、「僕らの終わりは僕らが決める、誰もそれは語りはしない」
2008.11.26
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どうも、こんばんわ、「出さなかった手紙」「読まなかった手紙」「最後のラブレター」そう、手紙はそれだけでも立派なストーリーが描けるね。これが、メールになるとそうはいかない。5年ほど付き合って、別れた彼女。そう、そのこが最後にくれた手紙。ひとづてにきたんだね、その子がKYの上司であってぼくにわたすようにたのんだんだが、「ああ、渡すの忘れていたんだ」そう、電話してきた、ぼくは、すこし躊躇して破って捨ててください、と頼んだ。ひどいやつかもしれないが、もう、既に終わっていまして、完全に僕は裏切られ、若いぼくは許す余裕がなかった。中島みゆきの「親愛なるものへ」が流れてきたようなきがした。あれから、20年近くたち、ふと、あのときの手紙の内容はいったい、なんだったのか、あのときにもどってゴミ箱から拾い上げ、破れてある手紙をセロテープで張り合わせて読みたくなった、なんだ、そうだったのか、あっさりとしたもんだ。実はそうか、とか、過去は戻ることも変えることもできない、しかし、前に向いてあるいてゆかないと、人生という名の列車は驀進中だ、言葉は心を超えないし、心は語り尽くせぬものがある、生い立ちが悪いとか、挫折失敗したとか、誰しも「負」の部分はやまのようにある。しかし、それでも立ち上がるのだ。おやすみここ
2008.11.25
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こんばんわ、みなさん、加藤のGWの秋葉原のひどい事件、今回の小泉の暗殺行為。ほんとうに「動機不理解」の事件。ぼくは、この小泉の顔を見ていると、相当ひどい顔だがある種の特有さを感じる。無感情、無表情というもの、反社会的な自分、自分の姿がどうであるか、まったく気にせず生きていながら、逆に自分を肯定し他を否定し自分を存在させる。なにか、強い強迫観念を感じる、こうあるべきだ、こうするべきだ、そういう親から強い教育を受けると子供は強迫観念を持ちながら生きてゆくことになる。それに反発することだけに集中し自分を失い、まったく思いもよらない自分がどうしようもない人生を歩んでしまう。最後の親父の手紙を送ったという点が注目されるし、他人事のようにテレビの取材を受けているようにもかんじた。何回もいってきたが、こういうジャンキーはまだうようよ存在し、類似犯模倣犯がおこるだろう、「捨て身」「自殺できないから他人を傷つけ死刑にしてもらう」「自分のせいでなく社会がわるい」幾度ともなく聞かれた言葉、じゃあ、アフガニスタンの義勇軍でも参加すればいい、まったく罪のないひとを傷つけるのはなぜか、加藤と小泉の差は年齢であるし、学歴でもある、対象が自分と対比する存在。それを知らぬうちにターゲットとし、否定し殺害する。小泉の最初の自供は子供が親に言い訳する段階なんだろう、そこからの自分を見出していかないと今の自分が自分で理解不能なんだとおもう。しかしながら、マスコミやワイドショーなので喧伝されこういう事件が世相を現すといっているが、実をいうと大昔からこういうジャンキーな事件は存在している。表に出てこないからわからないだけで、ある村全員皆殺しというものあったそうだ。マスコミはこういう事件を大げさに流すたびに強迫観念のように潜在したジャンキーがゾンビのようによみがえる、格差社会が生んだ事件、ではない、彼はおそらく30年近く精神病でありながら社会にとけこもとうしていたんだろう、人間というのは大切な10歳までの時期と思春期を乗り越えて「心」を自らには具組みいきてゆく、前頭葉組織の気質学的損傷があったり、いじめやDVやいびつな教育があり、それらが後に大きな影響をあたえる、そういうことを学ぶべきである。
2008.11.24
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こんばんわ、あの連続殺人の犯人小泉、またしても、不可解な動機、意味不明な事件。あれは、サイコパスなんだろうか、あの顔はどう見ても異常。「見てくれ」というかんじ。反社会的であり、ぺっとの復讐であるという、完全に支離滅裂、人格障害というやつは前頭やが機能不全で判断や思考がおかしいくなり、犯罪を犯す、「家庭」に問題あったのだろうか、国立の大学までゆきそこからおかしくなったそうだ。解明がすすんでゆくだろう、またしてもこういう事件はおきた、精神医学がもっと発達し、攻撃性のある人間を暴走させないようにしなければとおもう。心と脳に問題はすべてに影響する。
2008.11.23
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こんばんわ、今夜もきてくれましたね、今晩もうだうだとゆきます。厚生官僚テロの犯人が自首してきたようです、いきなりですね。こういう展開になるとはおもわなかった、こうなれば、おそらく「天誅」のつもりであったんだろう。こういう事件がおきると、またおおばかものが変な気を起こし、まねをするだろう。幕末維新のテロ、暗殺もどれだけしんでも、すまなかった。暗殺者はほとんど、実行するだけのもので思考能力はよわい、弱いほうがいいのだ。疑わず実施するので、 幕末維新の志士たちが血を流しその後の明治政府ができた、それでも、最後の伊藤博文はハルビンで暗殺される、暗殺しても逆効果で日本は朝鮮を併合し、満州まで手をのばす。226や515の事件も軍部の独創で、その後の戦争につながるという浅い認識しかないが、歴史は逆で、実はその当事者は政治の腐敗と国民の疲労をおもい、天皇の政治をおこなおうとした、しかし、その後の具体的なことはあんまりかんがえておらず、軍部の中の対立があり、反乱軍と正統軍があり、その後の戦争への道を進ませたのは反乱軍をおさえていた派閥である。事件がおきると作用反作用の法則で、別の方向に向かうということもある、どうも、一般的な意見は、暗殺は許せないが厚生省もさんざんひどいことをしてきたから同情するきになれない、というのが国民的な感情。そうなると、この事件をきっかけに政治に対しての怒りというか不満というもがいっそう爆発する方向にゆく、自民もみんすも同じ穴の戦いでしかないし、退職官僚をましてや、奥さんを殺したところで年金問題はかわらないし、どうも、この犯人はジャンキーな部類にはいりそうである。
2008.11.22
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こんばんわ、全世界の深夜風呂具ファンのみなさま。お元気でしょうか?さて、青少年の犯罪が多い、今日この頃、このテーマについて再度ぐたぐた、考えてみたい。「思春期危機」the cyasis of youth years人間の基礎的な感情などは10歳までのがい枠が完成し、骨組みができあがるのがこの時代である。非常にこの時代が繊細でもろく、他からの影響を植えつけられやすく、後の人生の多くがこの時代にある程度決定してしまう、この思春期の危機は、自殺、引きこもりなどの負の行動と、家庭内暴力、性犯罪、犯罪、非行などがあげられるんだね、自分の中での体の変質、大人になるために性ホルモンなどの分泌が盛んになり、アンバランスな精神状態になる、僕が今時代とこの時期がリンクして暴走する背景が、どこにあるのか、だいぶ前に述べたんですけどなんら、僕の中でもやもやとしたものがあり、またもや、大きな犯罪をやってしまう、犯罪予備軍がいることを危惧するんだね。精神世界というのは形のないもので複雑でかつ、単純。「なぜに生まれてきたのか?」自分の存在意義を考えることもあり、「何が一番優位であるのか?」自分の価値観を考える時期でもあるが、あまりにも無防備にされされているとおもう、早稲田慶応という比較的IQの高い学生が「大麻」にはまってしまい、人生を棒に振るのは、存在意義も価値観もみいだせないからだとおもう。この話題もまた、次回に譲ります、では、おやすみ。
2008.11.21
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こんばんわ、いきなりの寒波がきましたね、新型変異インフルエンザが脅威になる今日この頃、70万人が死亡するとさえいわれている。どうぞ、予防をしてください、症状がまだはっきりとしてないが、ワクチンはたらない?のか、肺炎になるそうだ、とりあえず、マスク、手あらい、人ごみは避ける、とくにKYのスーパーフリークのおじさんが激しいせきやくしゃみをしていたら「逃げる」「マスクをする」「ハンカチで口を押さえる」ことだ。人間とウイルスの戦いは長く果てしない。第六の絶滅の序章であるのだろうか、もとはといえば、鶏の養鶏場の不潔からはじまったもの自然の報復である、その昔、「スペイン風邪」というのがあった、※スペインかぜ(英: Spanish Flu)は、1918年から翌19年にかけ、全世界的に流行したインフルエンザのパンデミックである。感染者6億人、死者4000~5000万人。一説によると、この大流行により多くの死者が出たため、第一次世界大戦終結が早まったと言われている。発生源は1918年3月米国シカゴ付近。高病原性を獲得したのは1918年8月15日頃、アフリカ西海岸の英国保護領シエラレオネの首都フリータウン付近とされる。米国発であるにもかかわらずスペインかぜと呼ぶのは情報がスペイン発であったためであるスペインかぜの病原体はA型インフルエンザウイルス(H1N1亜型)である。ただし、当時はまだウイルスの分離技術が十分には確立されておらず、また主要な実験動物であるマウスやウサギに対しては病原性を示さなかったことから、その病原体は不明であるとされた。インフルエンザウイルスの病原性については1933年にフェレットを用いた実験から証明されたが、スペインかぜの病原体の正体は、アラスカの凍土から1997年8月に発掘された4遺体から採取された肺組織検体からやがてウイルスゲノムが分離されたことによってようやく明らかとなった。これにより、H1N1亜型であったことと、鳥インフルエンザウイルスに由来するものであった可能性が高いことが証明された。よってスペインかぜはそれまでヒトに感染しなかった鳥インフルエンザウイルスが突然変異し、受容体がヒトに感染する形に変化するようになったものと考えられている。つまり当時の人々にとっては全く新しい感染症(新興感染症)であり、スペインかぜに対する免疫を持った人がいなかったことが、この大流行の原因だと考えられている。ウイルスが突然変異を起こし、免疫のない人々を襲い、数多くの人々が肺炎や多機能不全になり死亡する、本当に怖いことだ、とにかく広めないことが一番である、老人や子供が被害がおおく、青年もたくさんなくなったそうである。H5N1に関してはタミフルがよく効くんだが、これも実に問題があったくすりなんですが、人類はおそらく周期的にこういうH5Niのようなウイルスにやられていたんだとおもう、いろんな伝染のもので、「梅毒」があるが、これも東南アジアが由来の大航海時代の船員によって広められ、日本はザビエルや火縄銃よりも先に上陸、戦国時代に日本国中広まる。中国沖縄ルートではいってくるのだろう、しかし、このH5N1はどういう風に入ってくるのだろうか、渡り鳥でくるのか飛行機でくるのか、おそらく、飛行機ではマスクをつけるか、載せるのをことわられるだろう。この冬はたいへんなことになるのだろうか。
2008.11.20
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こんばんわ、厚生役人テロが起こりましたね、本当に大変な時代を迎えようとしています、基本的に日本のひとびとは、「攻撃型」「従順型」の二つが共存し、おそらく、縄文人弥生人のころからこの戦いは継続している>(仮説)眠れる「攻撃型」は、敗戦後、逆の立場の過激化左翼であったり右翼であったイデオロギーの時代、ソ連終結、時代はかわりつつあった、国民の政治への不信、怒りは相当なものである、あの大臣ならきっとなんとかしてくれるときたしても、人物でなかった、厚生省が数々の起こしてきた悪行、これは薬害放置や、エイズ問題もC肝炎も医師不足もどうも失政が長い間日本を混乱させている。しかし暴力は許せない、こういう形で制裁をあたえてしまうと、暴力が肯定され姉妹には暴動がおきる。ひき逃げ殺人も痛ましい事件、梅田の事件を気にもせず新聞少年を引き殺したやつ、こいつは鬼畜としかいいようがない、こういうじゃんきーは「反社会的人格障害」であるとおもう、おわせて相当な罰を与えても死んだ人は帰らない、おそらくアルコール依存であり、社会的な生活を送れない性格をしているのだろう、社会にとけこめず、おそらく感情もないにひとしく、孤独に生きる、すべての責任は自分ではなく、ほかも物であると思うのだ、自己反省がない、フィードバックする意識がない、行動を制御できない、暴走する、その行為はどこかで人生の道を踏み間違え、自暴自虐になる、パソコンもそうであるが、パソコンが起動しOSを認識し、自分のデーターとかを思い出して動き出す、「自己認識」が正当におこなわれるかどうか、哲学というものがギリシャで行われたのが紀元前の数千年前、その真理は「自分とは何か」という壮大なテーマである、しかしながら、その答えを得るには相当なものが必要で人類誕生からおそらく100人も理解できないのであろう。ひき逃げ男も厚生官僚テロリストも人の子である、われわれの社会が誤った方向にいっているのなら修正すべきである、
2008.11.19
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今夜もきいましたね、こんばんわ。今日、お弁当を配達していると交通事故危機一髪のシーンが二回もあった。おばあさんが自転車を坂道で暴走し、急停車、ぼうしがとんだのだ、しかしだ、よく見ると、足元がふらふら。それも大どうりであるから顰蹙、きにせず、おばさんはゆく。もうひとつは信号無視でしかも渋滞の車の間、横断し、姿は黒ぼうしからくるの服装、しかも夜、ぼくはさけんだ!「あぶなーいぞ!」片手を挙げて知らぬ顔。無秩序な大人、人の迷惑を気にしない老人中高年。ああ、ノアの箱舟が必要。まてまた、1995年1/17神戸は大地震になったとき、あの後の助け合い声を掛け合う姿、あれをもう完全完璧忘却のかなた、生きていてよかった、と思うようなことを経験したのか、いいひとがさきにゆかれるのか、情けない人が多すぎ。土地柄もあるが、でも、むかしは、みんなおこっていた、車からどなるひと!「わりこみするな!」「こら!信号守れ!」おじいさんはおばさんは、正義の味方で人生の見本であった。子供たちが学校で習い信号を守り中学になって大人のずるさと社会のずるさをまなび、素直さをなくす。この現象の根源はなんであるか、いつものごとく考える。価値観の喪失、社会道徳の崩壊、世間常識の倒潰。いま、必要なのは将軍さまのような独裁政治化?いや、そうなれば僕は即亡命する、江戸時代のような身分社会、のわけがない。僕が提唱する「前時代影響パラドックス」この話はまたいずれかに、明日からはどなろう!とおもいつつ小心者は眠い。
2008.11.18
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1981年12月某日。三条河原町のタクシー乗り場はたくさんの人が並んでタクシーを待っていた、彼はサークルの忘年会の酔いの中、お目当の女の子と世間話をして並ぶ。息が白く、買いたての友人から少しお金を借りてかったダウンジャケットの肩の雪を払った。「もう、雪が降る季節だね」そいつは福井、その女の子は能登。バッドタイミングで脈絡もなく唐突で、彼はこういった。「ぼくと、つきあってくれないか?」困った様子で、すこしさきの河原町大聖堂のツリーをみながら「ごめんなさい・・。」といって、ひとりタクシーののりこむ。そいつは、呆然とした様子で北区の下宿まで歩いてかえる。僕らの下宿はジンクスがあり、みゆきという名前の因縁があり、そいつがフラレタ能登の美人もみゆきちゃんであった、先輩もみゆきというこに交際を申し込み、みなさんもご承知のようにぼくもふらてたのである。数日後、みんなでのみに行く。田園というぱぶでのみ、へのへのもへじにゆき。のめない日本酒をのみ、たのしい飲み会であった。ぼくが、嫌いなものはクリスマス、町のイルミネーション、僕は嫌いである。なんで、嫌いになったか、よくわからないうちにこの話を思い出した。この話はまたいつの日か「つづく」にしておきます。彼はオフコースがきらいで、TULIPがすきでした。ここ
2008.11.17
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君が思うより きっと僕は君が好きで でも 君はいつもそんな顔をして あのころの僕はきっと どうにかしていたんだねなくすものは なにもない君のほかには1982武道館武道館のコンサートがおわると、この10DAYSうわさでは、もっぱら、オフコースは解散するということであった、鈴木康博が苦楽をともにした小田にオフコース脱退を告げてもうかなりの時間がたちこのOVERツアーが、最後となった、そのOVERの意味はぼくは、ずっとずっと、わからなかった。終わりなのか、乗り超えるものなのか、たまたまぼくは、20歳のとき、このアルバムの発売のときに友人が事故でなくなる。つづく
2008.11.17
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こんばんわ、深夜風呂具便ファンのみなさん、今日は葬式がおおかったね、弁当配達しながらそうかんじたね、あるしゅ会場で運ばれる仏さん、最近では家に帰らず病院から式場までゆくひともいるらしいが、それはあまりにも悲しいとおもう。ぼくも、母がICUで死んだとき、父は倒れ姉家族でいそいで家にかえし、着替えを用意してもらい、寝台車の手配。ここがもう頭真っ白でわけわからない。病院のひとが寝台の手配の本をもってきて、自分でしてくださいという、深夜3時半、無料でしてくれる。ということ、そう、葬儀のことは突然やってきて、頭真っ白の中、進んでゆく時間。そういうことが、思い起こされた、昼前にその場所をたまたま通過するときに「出棺」のときであった。あれに出くわすとたまらない、なるだけ避けるのだが、出くわしてしまう、「ぼーん」というあの車のクラクション、僕も一年まえ、あのときを思い出した、もう数日間の寝ていないし、緊張が続き、車に乗るときは呆然自失状態。3時過ぎ、またまた、出会う、骨上げの帰りだ。まあ、よくもまあ出会うとおもいつつ、なにか、縁があったんだろうと、思ってみた、人間が死んだらどうなるんだろう、魂というものはあるのか、あの世はあるのか、僕はこのテーマが常に考えている。心はどこにあるか、これも大切なこと。死んだら泣く、悲しくてなく、よくよく考えてみるとこれはこちらの感情。亡くなられたら自分の人生を振り返るのだろうか、感謝の気持ちでいるのだろうか、あああ、楽しい人生だったと思えるのだろうか、よくいきたね、よくがんばったね、いい人生を過ごせたね、思い起こすことなく、あの世にゆくんだよ、そうえがおでいってくれるほうがいいのだろうとおもうんだ。そんなに悲しませてごめんな、そうおもうんだろう、たぶん、人生というのはその終着駅の想いを成就させてゆくものだろう。ご冥福をお祈りします、今日お会いした花子さん。
2008.11.16
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こんばんわ、今夜もどうもです。21歳のとき、ある出会ったおばさんのことを思い出した。当時は東北新幹線も開通してなく、東北の入り口は「上野駅」であった。上野駅は何度も映画ででてくるが、駅として風税に満ちたいい駅だった。京都駅も三宮駅も駅でなくなり、ビルになり、あじけもくそもない。上野駅は常磐線上越線東北線など、ひっきりなしに列車がでてゆく。松島という急行にのって、上野駅から仙台までゆくことのした、ゆっくりとしたたびだ。自由席にのると、まばらに席が空き、そこにすわると、間もなく、おばさんがいろいろかかえて前に座った。「こんにちわ」「こんちにわ、どこまでゆかれるの?」ぼくは、北海道までゆく、と答えた。「大学生さんかい?」「はい、そうです」「どちらの大学ですか?」「京都の大学で京都産業大学ということろです。」おばさんは、聞いたことがない様相で、僕は心の中で少し安心するのだ、それはいつものように、「ラブアタックで有名な・・。」と馬鹿にされるから。「農業の勉強ですか?」どうやら、僕は京都農業大学だとおもわれて、酪農の勉強をしにゆくのだと、かってに物語をつくるはじめた。おばさんは、これをたべなさいと、次から次への食べ物をよこした、その中でも仙台のかまぼこをくれた。実にうまかった。「仙台にゆくのに仙台のかまぼこなど仙台名産をもっているのは、どうしてですか?」ぼくは、尋ねた。里が上野の近くで、仙台に嫁にいって、もう30年になると、母が仙台まで訪ねてきて見送りに仙台駅にいたんだけど、母が心配で、列車に飛び乗って上野まできて、とんぼ返りをしているところだという。「母が年老いてかわいそうでね、お土産あげたのに食べてしまったのよ。」30年近い前の話、あのころは70歳台だと、めっきり腰が曲がり老化していたなとおもいだす、あのときのおばさんは、生きていれば80歳以上だろうし、時が流れた、でもあの時、急行松島での出来事は昨日のようにおぼえているし、まだ、急行でぼくが見た風景が目に浮かぶ。「そうですか、農業をやりなさんの、酪農ですな」繰り返し、言うので、「はい」と答えた。おばさんは、酪農青年をみるたびに僕を思い出すだろう、実は弁当やなんだけど。おわり、ここ
2008.11.15
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世の中には数多くの行方不明にひとびとがいる。自分の意思で意図的に逃亡しみを隠すもの、借金とか環境とかそういうものにたえきれず、しかし、自分の意思とは別に強制的に行方不明になるのが、拉致。驚愕の事件であった、北朝鮮の拉致事件。あの福田君が急にやめなければ進展していたのだろうけど、子供をらちし、スパイに仕上げたり、洗脳したりおそろしいこと、大阪の行方不明少女、吉川ゆりちゃんもどう考えても腑に落ちないことがあり、目撃もない遺留品もない、そういう事態では「プロ」の手口としかかんがえられない。三台の車が目撃されて、わからないという。そう、その三台こそが犯行グループであろう。警察は当初から手ががりをもたないまま、いろんな線で捜査するのだが、時間がたちすぎて困難を極めている。平和ボケしている日本は「危機管理」が弱い。国民の安全を保障するには国に義務であり、納税している意味がない。それなら、米国に納税したほうがいい、日本は複雑である、政治的にも市民運動レベルにも意図的に権利や自由を保護しようとするばかり、個人保護法などは隠れ蓑にされている現状。北朝鮮金体制が崩壊すればわんさかでてくるんだろうな、それしか解決はない。時間の問題である。
2008.11.14
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加茂前ゆきちゃん行方不明事件三重・四日市・H3年3月15日午後2時半ごろ、自宅に飲みかけのココアとピンクのジャンパーを残して行方不明に。ゆきちゃんが1時半ごろ帰宅した時、父親は別の部屋で就寝中だった。2時半ごろ、母親からの電話に出ている。3時半ごろに姉が帰宅した時には、すでにいなくなっていた。3年後、自宅に怪文書が届く。身長130せんち、体重38kg。丸顔、小太り、長髪、早口。字を書くときは右手だが、箸を持つときは左手。失踪時の服装は水色地に水玉模様ブラウス、薄茶色スカート、黒色ビニール靴。当時8歳であったでの25歳の成人になっている怪文書は明らかに捜査かく乱のものとしているとおもう。あわせて、この家の事情をしったものが、拉致したことを反省してざんげにいみをこめたのか、この事件は北朝鮮のらち容疑の案件にもなる。
2008.11.14
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こんばんわ、母が亡くなり一年。ぶんさんの歌が心にしみる今日この頃。父いわく、50年前に嫁にきたときから、あっと、いうまだった。時の流れは速いもの。僕も46歳。トヨタのおっさんが、ああいうこというのは、世の中がそういう連中に支配されているということだな、傲慢な発言が指導者におおいのは、どうしてだろうな、自分を見失うんだろうな、中村ブンさんのあの歌、「母さんの下駄」僕の母もそうだった。自分のことはいつも最後。お風呂も最後、寝るのも最後、起きるのは一番。ピラミッド型のこの貧富格差社会。ほとんどが底辺にひとびと、そういう人たちの気持ちがわからない人は、上にたってはいけない、いつか、秀吉がそうであったように、滅びる、母への感謝。貧しかったでも、心がいっぱいあった。愛はそこから得るものである、人にやさしくできたり、気持ちをわかるには幼少の環境で決まるもの。世の中がよくなりますように、
2008.11.13
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中村 ブン(なかむら ぶん、1950年(1948年説あり)2月10日 - )は、福島県白河市出身の俳優・シンガーソングライターである。本名・旧芸名:中村俊男。 攻玉社商業高等学校卒業。このうたもいいの、ぶんちゃんにうたここ
2008.11.13
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僕の母さんが亡くなり、一年がたった。はかまいりにいった。かあさんの下駄/中村ブン[CD] かあさんの下駄
2008.11.13
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定額給付金の支給方法は12日、所得制限の是非を市町村の裁量に委ねる「丸投げ」で決着した。この間、政府・与党内の議論は迷走し、混乱ばかりが目立つ結果に。効果への期待はしぼみ、自民党内に徒労感が広がった。 「やらなければよかった。世間から批判されるだけだ」。政府や公明党との調整に当たった自民党幹部の一人は吐き捨てるように語り、党4役の一人は「もっと根回しをしておけば、混乱はなかった」と手続きのまずさを認めた。同党議員の多くは、今回の決着に冷ややかだ。というのも、給付金は、福田内閣時代の総合経済対策に定額減税が盛り込まれたことが出発点で、公明党が強硬に主張し、慎重だった自民党が押し切られた経緯があるからだ。 混乱の一因は、麻生太郎首相が発言を変えたことにもある。首相は最初、全世帯への給付を表明したが、与謝野馨経済財政担当相が所得制限を唱えると、一転して同調。これに対し、今年度内の支給を譲らない公明党幹部らが異論を唱えるなど収拾がつかなくなった。「ろくに考えもせず発言するからこうなるんだ」。自民党の若手議員は、首相の対応を厳しく批判した。 こうした状況に、議論を主導した公明党は、批判をかわすのに懸命だ。太田昭宏代表は、年間所得1800万円という下限の目安を示したことを理由に「丸投げ批判は当たらない」と強調。山口那津男政調会長は「現場の市町村が混乱することなく実施されることを期待する」と、自治体を気遣った。時事通信ほんと、この提案はあかんね、悪政だね。だいたい、19歳の大学生がいたり、60歳でタイショッキンがはいったり、たまたまいえうったり、そういうのもあるしね。
2008.11.13
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2008年11月12日(水)21時29分配信 時事通信 政府の「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」の奥田碩座長(トヨタ自動車相談役)は12日に首相官邸で開かれた会合で、厚労省に関するテレビなどの報道について、「朝から晩まで年金や保険のことで厚労省たたきをやっている。あれだけたたかれるのは異常な話。正直言ってマスコミに報復してやろうか。スポンサーでも降りてやろうかと」と発言した。 奥田座長は「ああいう番組に出てくるスポンサーは大きな会社ではない。地方の中小とかパチンコとか」とも述べた。 これに対して、委員の1人である浅野史郎前宮城県知事は「スポンサーを降りるぞとか言うのは言い過ぎ」ととりなした。 ひどいな、ひどすぎるななんでもありだな。トヨタの車はのらないぞ!日産ばんざい
2008.11.13
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はい、こんばんわ、年末までに給付金が支給されるんだね、2兆円もつかうんだね人々は喜んでおられるね、貧乏家族は大喜びだね。しかし、ぼくはだまされないよ、それは要するに自民党に入れてくださいという最大な票買い。しかも、消費税値上げのおまけつき、消費税を上がることの目くらましこずかいやるからがまんしな、と子供をだまして、お年玉ごっそりとる親。のようなものこの給付金の支給基準がすごくいいかげん。これも失敗のはじまり子供と老人だけにくばればいいものを全世帯であるから難しい。どうせ、税金からでるので麻生グループからでることでないし、しかし、それで、景気はすこしはよくなるとおもうだろうか、財布の奥底にゆくのではないか埋蔵金とかいうが、要するに国の貯金をつぶすことで秀吉の金でもみつけたわけであるまいし言葉でごまかさそうつする。公明党の浜よつのおばはんが数年まえやった、地域辛苦券であるが、これもさっぱり景気回復にはつながらず、赤字を増やすだけであった。景気というのは実にナイーブなもので、あの悪夢のバブルを経験しているし、数年まえの景気がいいとかほざいていて、どこが景気がいいのか、とおもいつつ、実のところ、麻生総理は頭がいいな、と思う。選挙を伸ばせば必然的にみんすの新人は兵糧攻めにあい、事務所の家賃はらうだけでも金がなくなる、彼らのほとんどがお金がない。二世賛成の自民のやつらはたんまりジバンとカバンとあるわけで、麻生総理の選挙を遅らせた大義名分は金融不安であるんだけど、結果こういうふうになることも予想できたのかもしれない。公明があわれで、まじにまじめに選挙準備や応援などの計画をたてても全部水の泡。この先のおこることは、よくよく観察していかないとだめ、マスコミもその論調はあやしいのだ、マスコミはねたがおおい、小沢さんがすきだしね
2008.11.12
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2008年11月12日(水)21時16分配信 共同通信 国連人口基金(ニューヨーク)は今年の世界人口が推定で前年より1億3000万人余り増え、約67億4970万人になったとする08年版の世界人口白書を12日付で公表した。国別の推定人口は、中国が約13億3630万人で最多。日本は約1億2790万人で10位。いつか忘れたけどぼくはずっと、学校で学んだ36億だとおもっていた。
2008.11.12
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hai,こんばわ、兵庫県知事の井戸のおっさんがまたもや暴言をはきまして。全国のみなさん、もうしわけありません、兵庫県を代表して謝罪します。つきましてはリコール運動をおこし、くびにしたいとおもいますが、話の前後もあるし、言葉狩りになるのでやめときます、あれだけの全国の人々、いや全世界から援助を地震のときもらっておきながらおいどまいどのおおぼけです。今日もすさまじい色の「夕焼け」、地震雲とか、そういうのがあるとはきいているがいつくるのか、もう心配でです、東海大地震、そこから始まる三つ子地震。知事は原発のメルトダウンの心配や、のぞみがユレダスシステムで停止できるかそういう危惧はないようで、ひたすら、因果伝水のようです。はやく、兵庫県を消滅させ、廃県置州をおこなうべきです、なんと、裸のおおさまがおおいことか、さっき、テレビをちらりと見ていると「人間の脳は言葉や文字をやりとりするのに おいついていない」ということ現状の脳はとりあえず、その脳野をつかわせてもらっているが、本来の役目になっていないそうだ。それで、おもいついた、昨今の凶悪犯罪などは、これらのように脳が追いつけられないものがひたすら自己顕示欲もしくは自己肯定するパーフォオマンスをするもので、それらを加担する形で「マスコミ」が悪影響を与えている。本来ならおとなしくそれなりに阻害され差別封じ込まれているものが、どうどうと犯罪をおこせるのも、脳が暴走し、より凶悪化して暴力的に「きれる」ということかな。僕が以前、仮説をたてた、男性ホルモン異常分泌もしくは不安定というものは、昨今の事件における犯人がほとんど「男性」であり、未成年におおく、思春期危機の期間に遭遇しているのもなんらかの素因をもったひとがなんらかの害的刺激で暴走するのではないかということ。別の話であるが、京都大学のアメフトの選手が女性を暴行して逮捕されたり、某会社のアメフトの選手が女性をつけて暴行したり、そういう体育系の犯罪がよくおこった。昔は、むらむらとするなら、走れ!とか昇華でしょうか、消化しなさいと、先生がいったもの、しかし、どうもいまはそれは違う様相、すけべいが多い体育けいとなっている。これもおそらく、何らかの共通因子を見出す仮説をたて、長七未来研究所では臨床実験をおこなっているのだが、あるビタミン剤とアミノ酸系の筋肉増強剤がホルモンを刺激するというデータが取れた。おいおい、まったく、こまるな、そういうでたれめ!はい、妄想でした。長七未来研究所というのは存在しないよ。おわり、長七研究員からの報告をおわります。
2008.11.11
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こんばんわ、みなさん、みなさんは葬式のとき、お経の意味がわかりますか?ぼくは、わからない、知りたいと思う、今日はあちこちで、葬式を見た、母の一周忌でもあった、なんで、あんなに連鎖的にそうしきがあるのかそのこともなぜか、関連がありそうだといつもおもう。月と太陽と緯度の関係だろうか、それともあの世行きの列車が団体で運行されるのか。お経というのが宗派によって違うんだが、元をたどればひとつのはずだ。煩悩のことを前よく書きましたが、人間には108の煩悩があり、除夜の鐘が108たたかれるのはその煩悩が打ち消されるためだという。煩悩とか欲とか、そういうのはほんとうにいろいろある、こうしたい、ああしたい、あれがほしい、これが好きだ。とか、物がほしいとよく若いときおもったもの、物欲というか、これは今はだいぶすくなくなったが物はいつかこわれれるかだめになる、そのはかなさもある、だから、ものは心をみたせない。しかし、心はいつも覚えている、精神的な充足感というものはなかなか、得られるものでない。ほんとうの贅沢は、精神的なものであるとおもう、お坊さんが長生きするのはそのおかげでもある、精神的な充足というのは自分自身を高めないといけない、これが煩悩が邪魔をしてなかなか、できないのであります。今の世の中は、物質には満たされているが、精神的なものではあんまりいいとおもえない。いつまでも、ブランド品を身にまとい、自分を飾るのも、うっすっぺらい自分を隠すためだろう。というわけで、今夜も長七和尚の辻説法でございました。おやすみ。
2008.11.10
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hai,こんばんわ、西武が優勝したようで本当に野球は、実は興味ない、なんんかしらないが、あの仕組みはへんだ、日本シリーズのまえでやるやつ、あれもへん。阪神哀れ、岡田監督あわれ、最後まで気を抜いてはいけない、そう、だから、人類を含めた生物が生存の危機に遭遇している「第六の絶滅」地球の上では、何度何度も繁栄した生物が絶滅している。ほんのわずかに残ったたとえば、地底のそこの微生物や噴火口の近くのたんぱく質などがのこり、再び繁栄する。しかし、今度は人類というものが文明を開き、高度な社会を築き、その過程で環境を破壊し自業自得のありさま、あわせて戦いを繰り返す人類。何千年もまえから、ユダヤの人々は旧約聖書を人々の歴史の中で行われていた伝説をまとめ、生きるすべを解く、その中からキリストの新約聖書が生まれ、2000年のときを超え西洋文明は成り立つ。東洋ではブッタの教えの仏教がおこり、中国の思想倫理などが影響を与える。東洋と西洋の違いはその愛の概念のおこりうる時期。日本の中で、博愛のような概念は明治以前には一部のかくれきりすたんを除いてなかった、そして、その愛も恋愛と混同されるが、開放されたのはついさいきんのようなきがする、日本の陰惨な事件はすべて、その愛の反動で起こりえたものだと思う、理解しがたいそれらの反動のコンプレックスが巻き起こす弱い人間が罪を犯す、人類がこの絶滅を防ぐには、愛の理解であるんだとおもう、今日は長七神父のありがたい説教でした、それでは、おやすみ。
2008.11.09
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こんばんわ、みなさん、大阪の殺人ひき逃げジャンク野郎を考えていた。こいつは境界性人格障害ではないだろうか、まず、自分の犯罪を繰り返すことにまったく、「反省」がない。人間が成長するは「反省」「葛藤」ではないかとおもう。こいつは、まったく懲りていない、まるで、おかしい。こういうやつがおおい、おれおれ詐欺集団もおんなじだろう、彼らがいうことはおんなじ、「世の中が悪い、まじめにやってもだめだ、」世の中のせいにするならば、戦国時代も江戸幕藩時代も維新も戦争前後敗戦も相当ひどい世の中であった、が、こうしてんあだかんだいっても 日本は存在し、とりあえず、生きている。教育がわるいの家庭が悪いの社会が悪いの環境ホルモンがわるいのゲームがわるいのテレビが悪いのという、悪い野攻撃をしても、まったくかわらない、勧善懲悪の「正義の味方」がいない。社会は繰り返し乱れる、どうも人間にはエラー的要素があり、そいつらが輪廻しつづけるようだ。人類の成長は停止している、おそらく2000年まえくらいから、有史以前の縄文における時代が強いて言えば、助けあい、平等に生きる時代であったろう。僕が不思議に思うのは、このひき逃げがのうのうとくらし、ホストになって、平気で生活していたこと、普通の神経ではできないだろう。父親とじいさんがテレビででてきて謝罪しているが、一見普通そうなひとびとであった、秋葉原の連続殺人の加藤のおやじは、どうもある種の素因らしきものが散見されたが、この吉田はなぞが多し。時代の風潮として、どこか今の時代は「いかれた」ことがおおすぎる。なぜか!わからない。ぼくは疑問に思うとか答えをさがしたくなる。たくまも宮崎もそれなり日本を読むことにより、咀嚼したように理解した。犯罪の奥は心のなせるものだ、いびつなこの社会はやがて、自由と権利では運営できなくなり、監視社会の階層社会に変貌してゆくだろう、その先は超管理共産的な階層になり、犯罪予備軍および貧困層を封じ込めるのではとおもう、まあ数百年経っての未来ですが、この自由民主の世の中を維持し平和にするにはどうするかを解決すべきだよ選挙カーうるさいんだよ。公明党、
2008.11.08
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こんばんわ、みなさん、今日はオフコースの話はやめときます、テレビを見なくなって久しい、全部見ないわけでないがほんとうにつまらない。「無料テレビ」とよんだほうがいい、このまま痔で字に移行したらほんと見るひと減ると思うよ、どこのCHひねっても、お笑い芸人しかでてないし、おんなじようなものばかり、ああ、昔はテレビ大好きであったがな、そう最近までは、深夜テレビもおもしろいのやっていた、人気が出るとゴールデンに移行し、消滅するパターン。いま、パソコンか、DVDを見るのが多いね、なんせ、いらぬCMはいらないからね、さんざん、テレビCM批判をしてきたが、パチンコの会社の宣伝するようになって、おわり。パチンコでまけて、サラ金のCMをみてかりて、おまとめローンとかぬかして、で、報道ステーションでニュースになるような犯罪をおかす。全部、テレビが撒いた悪行。それに引き換え、米国のテレビは実におもしろい、僕が一番すきなのは、モルダーのXファイル、この映画が11/7に公開される、真実を求めるかたくなな姿勢、映像音響などのテクニックはすばらしい。10年にもなる、ERこれの総指揮、マイケルクラントンが先日なくなった、このシリーズはもうすぐ完結。ほんとうに救急医療がすごいとわかったが、日本での最近の小児救急、あれはがっくりしたね。それから、LOST、これにもはまりまして、なぞがなぞをよぶ、Xファイルの手法であるが、みているといらいらしてくるほど、物語の先が知りたくなる、いま、一番すきなのはエイリアスですね。これは24の対抗としてLOSTの製作者がつくったもの、これもおもしろい。デスパレート名妻たち、この朴理が最近日本でもやってましたが、すべてに共通するのは、脚本のすごさではないかとおもいます。日本で脚本家が育ちにくいその要因はサスペンスと、お笑い円他がテレビで多すぎるからです。脚本家がいかにあるべきは、以下に荒唐無稽な妄想を現実らしくみせること授業を聞かない「崩壊クラス」を静かにさせるほどの、物語に人々を誘い込むその手法とテクニックです、なんで、竜馬がふくやまやねん、これこそが数字狙い、NHKも大衆逃げ移行しすぎ、竜馬はぜったいに、佐々木くらのすけしかないとおもっていた、ということで、お休みここ
2008.11.07
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チケットは完売。会場はもりあがるが、どうしても饒舌なコータローさんとこうせつさんには笑いをもっていかれ、なかなかテーマどうりにはゆかない。 小田さんが驚いた青年、斎藤哲夫さんとの出会いはここであった、一昨年の小田さんのテレビクリスマスの約束で登場したおじさんをおぼえているだろうか、あの歌をえらく感動し、音楽を続けることにもなり、また30年後であうのであった、そのことを小田さんはいたく感慨ぶかく、語って種ね、(誤字)その歌がないので、斎藤さんがつくってかってに拓郎がLPに入れて有名になった、されど私の人生 をきいてください。第二回目のオフコースの小さな部屋がはじまった。テーマは、おかえりなさいじろーちゃんであった、一番の稼ぎ頭杉田二郎が家の関係で一年間やまごもりで修行をおこない、やはり、じろーさんのキャパはおおきくとるために、神田共立講堂に変更、会場はまたもや、満杯となった、ジローさんのことでもりあがり、久々の歌で彼自身も興奮気味、トランザムもげストで歌う。「人力ヒコーキに歌」アンコール禁止にのかかわらず二回目で破られ、会場にはそのうたのおきまりの「紙ヒコーキがとびまう」それでは、このほうもどうぞ、これは貴重ですぞ、ここ
2008.11.06
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1974年12月6日。新宿ルイード、狭い、たばこのけむる楽屋。上野マネジャーは誰ともなく、早口な関西弁でいつものように、自分の構想を語り始めていた。とても、自信ありげに、「 なあ、オフコースの小さな部屋 みたいなコンサートをやったらどうやろうか、横浜でやってた、ラジオのコウロクのナショナルショウルームでやっていたようなものを膨らませてな、つき一回のシーリーズコンサートみたいにしてな・。」小田鈴木はギターを抱え、聞いているのかどうかわからない。「狭いはこでこじんまりやれば、ある程度はじわじわ客は入るとおもうし、毎回充実した内容をすれば、印象がつき、ファンは増えるし、自分たちにもプラスになるとおもうんや、どうだろう?」小田はつぶやく、「また、はじまった・・。」月一なんてできるわけないよ、充実といっても歌もすう曲しかないし、その日は聞き流す程度だった、当時、オフコースの事務所はサブ・なんとかという事務所で杉田二郎以外稼げる人はいなかった、赤字が続き、経営の見直し、将来へのビジョンも必要。上野は熱心にであった、具体的に計画を見せて、実験的にいろんなことをし、毎回テーマを決めてやるという、テーマに見合うゲストを迎え、通いやすく同じホールにし、1000人弱のキャパで会場を・・。やっと、小田鈴木は乗り気になり、具体的に動き出した。会場を抑えることから、読売ホール、日本青年館、厚生年金小ホール、「どこもな、会場使用料たかいわ、日本青年館が一番やすいし、そこでええかな?」上野マネジャーは行動が早かった、翌年三月から十二月までの空きをしらべあげ、おさえにかる、3/22 4/27 6/8 7/13 8/17 9/21 11/24 12/20開催日の予定を押さえ、レコーデイングと秋のリサイタルのスケジュールを入れて上野氏のルイードでのつぶやきは実現へとちかずく。予算がない、金がない、オフコースはまったく売れない、大阪からつれてきたバッドボーイズも売れない、コンサートの経費も限られている、宣伝はビラをする、テマキで行う、コンサートの内容は秘密。ゲストも秘密、当日には小田か鈴木の書いたコンサートのテーマなどを書いて手紙のようなものが封筒に入れて配られる構想までできた。※ぼくがなぜ、このことを今風呂具にかいておるかというと、あるところで多分すぐに削除されるとおもうけど、音源を保存されているかたがUPされたことに感動したからです、いま、毎年行われる、小田さんのクリスマスの約束もこの上野さんの発想から波及効果でできあがったものであるとおもうし、上野さんの熱心な努力があればこそ、オフコースは後につながるのである。小田鈴木は売れないオフコースを別に売れなくてもいいと思っていたららしい。あべ静江の前座をしたり、CMソングを一本一万で食いつないだり、実際のところなかずとばずでしかもわがままという印象をつけられ、それをマネジメントしてくれた、上野博さん、後1979年にさよならのヒットを佐川急便の仕事で聞いた永田敏夫さん、彼らのような裏方が数多く存在して、音楽がそこにあった。 翌年春になり、とうとう一回目を迎えることとなった、記念すべき第一回はテーマが壮大であった。「なぜ、音楽活動を続けるか」ゲストは、山本コウタロー、みなみこうせつ、斎藤哲夫、イルカであった。では、お聞きください。ここ
2008.11.06
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はい。こんばんわ、全世界の深夜風呂具便のみなさま。西武の試合、ちらりとニュースでみたが、あの岸君はすごいな。本と、すごいピッチングだった、それと、大阪のひき逃げの事件、つかまった、こいつはほんと、いかれてるジャンクやろう。いままで、よくもまあ、生きてきたなという「悪人」で、どちらも23歳らしい。これほどの差が23年間の生じる人生とは、いったいなんだろう。23年まえというと、ついこないだのようにおもう。1985年か、本当に1985年はいろんな出来事があった年。岸は1984年くれ、吉田容疑者はよくわからないが、人生の正負をしめすようなものだ、三つ子の魂百までという、幼少期から少年前期において人格の基礎ができる、思春期を通し感情や愛情などを実体験で会得し、社会に踏み出してゆく。1985年はあの日航機ジャンボが墜落したとしだな、その40年まえには日本が戦争に負けたとし、日本は西暦ではないが5のつく西暦には縁があるな1995年は阪神大震災でもあるし、オウム真理教のサリンテロの年でもある。話がそれた、犯罪者の多くは罪を犯す瞬間に、自分での判断基準が「自身の肯定」から波及し、自己肯定をし続ける。ありとあらゆる罪逃れの理由を真剣に論じる。子供がいたずらをして、父に起こられる前にいうごとく、池田小の宅間も奥多摩の宮崎もそうである、「良心」というものが存在しない。良心というものは、いつ自分の中でできるのであろうか、良心の呵責とかいう、自分の価値観、道徳観、そういう判断基準に照らし合わせ瞬時に判断する。それは、生前からあるものか、後天で会得するものか、この未完成な動物ヒューマノイドは、社会的な動物である、集団で生きている、そのなかで、自分、社会 の二つの価値判断で優先されるものと尊重されるものがある。これらの重大犯罪は社会的な悪影響は計り知れない、そういうことを踏まえやがて指導者たちはそういう犯罪などテロなどを防ぐためにより監視社会に突き進むのだろう、戦後、日本は自由平等個人尊重でやってきたのだが、それだけでは社会を補いきれないようなかんじもするのだ、子供たちがころされた事件、未解決が多すぎる、良心のかけらもないジャンク野郎はまだかなり存在するはずだ、まだまだ、驚かされるような事件がおこるのであろう。そうさせないためにも、社会全体で考えなけらばならないが政治家も選挙で頭がいっぱい。おわり、おやすみ、ここ
2008.11.05
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小室逮捕という記事がながれ、ぼくもおどろいたが、彼は放蕩三昧していたのか、はめられたのか、どうしようもない結果となったんだろう。音楽というもので純なこころで奏でるものは、どうしても、世間に疎くなってしまうね。あのねのねのばっくもやっていたとおもう、売れないころはなんでもやるんだが、売れたあとで警察ぬつかまるのはなさけない。彼の歌詞は、心のアンテナに引っかかりやすい言葉が羅列されていた。奇麗事を並べても裏でかねまみれになってしまったんだね、イルカがずっと、売れ出してもいつも財布に中はゼロだった、だんなさんである神部さんが常にお金のことは取り仕切り、お金と音楽は別物であると、触らせなかった。しかし、自分のギャラがいくらかわからず、スタッフの給料もわからない。買い物にもいけない経済観念を喪失したイルカさんは、神部さんが病に倒れてからはたいへんなことになり、そこからお金の勘定がはじまったそうだ。小田さんはずっと、オフコース時代から社長でいて代表である、儲け主義ではなく、オフコース時代のコンサートの金のかけ方はすごすぎた、差し押さえされて実家も小田さんがプレゼントしたもの、テレビやマスコミは明日からもこの話題で持ちきり、ぼろくそにかくだろう、しかし、同じ目線で見てはいけない、マスコミは、ハイエナみたいなもの、まだわかいから、もう一度やり直せばいい、みんな、つまずくこともある、彼の経済観念喪失もさにありながら、おそらく、はめられたんだとおもう。かもにされて、自分で自分の首をしめてしまったんだろう。無一文でたこ焼きでも屋台で売りながら再起すればいいじゃないか、江戸幕府崩壊、幕藩体制の終焉で、殿様はリストラされ、それぞれ商売をはじめたが、どれもこれも失敗。「殿様商売」の語源、尼崎藩の殿様、青山某さんは、最後は人力車の車夫にまでなったそうだ、プライドはうちに秘めるものでえらそばるのはだめんだな。おやすみ、ここ
2008.11.04
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馬場俊英 いつか君に追い風が馬場俊英/いつか君に追い風が(CD)またまた、なけるねいい歌です。ここ
2008.11.04
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馬場俊英 君がくれた未来 JR0系新幹線ああ、ありがとう君は夢や希望を乗せ悲しみもたまに乗せ僕たちの未来に連れて行ってくれたありがとう、0系。その愛くるしい丸の顔。わすれないよ!ありがとう、夢の超特急!ここ
2008.11.04
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次々と記憶のかなたのことがおもいだされる。しかし、言葉が出てこない、あの人の名前、どだれ?記憶の仕組みはどうなってるのか、古い記憶の上に新しい記憶がのるのか引き出しのようなものがたくさんあるのか、脳の中身はいつ全貌が解明されるのか、という、ぼくです、こんばばんわ。鴨川というのは思い出の場所、馬場さんのうたも「鴨川」といういい曲がある。みんなの思い出の川である。大体カップルのデートスポットがそこだ、しかし、結局、学生時代はその場所を訪れることはなかった。僕の友人は、大学一年のとき、飲んで帰るとき、三条河原町のマクドナルドにいった。2階席でバーガーとコーヒーを飲み、帰るときまだ足元がふらつき、二階から転げ落ちた。一階の壁にぶち当たり怪我をしてしまう、店員の女の子が介抱してくれて、それが、やつのであいだった。やつは、おれいがてら、挨拶にゆき、合コンしようということになり、そのこと付き合うことになった。やつは、僕と違い女の子の扱いがうまかった、つぎつぎとなんぱし、引っ掛けては遊んでいた。「大学のときしか、あそばな、あかんぞ!」といいながら、知ったような口をきく。財布の中にはいつも近藤さん、おまえももっているか!もてよ!という。僕の財布のなかといえば、とったばかりの免許証と母のくれたお守り、ある夜、灰ヤング京都を聞きながら、翌日のスペイン語の勉強していると突然、やつは彼女をつれてやってきた。僕は驚いた、僕のカセットテープの棚を見て彼女はたずねた?「どういう音楽がすきなんですか?」またきたよ、そんな質問は一番きらい。ぼくはもちろん、「もちろん、オフコース!」っすべった、隣の先輩は、くすりと笑った。やつは、なども浮気と難破を繰り返し、晩ジャケットに身を固め学生生活をエンジョイした。ぼくは2本のジーンズとオーバーオールを愛用し、結局、財布のなかはさみしいっまま。卒業し、数年たって、米国に移り住むことになったと年賀状であった、「いろいろ、ありましたが、結局こうなりました」やつは、さんざんあそんだあげく、マクドナルトの彼女と結婚した、友人を介してその顛末をきいた。「このわたし、どうしてくれるの?」といわれ、結婚したそうだ、昨日、縁があるひとないひとのはなしがでましたが、やつは結局、最初の縁が重要であったことがきずかされたのであろう。いろんなしがらみ、夢見た未来。元気でいるだろうか、もう20年もあっていないし。居所も知らない、ここ【CD】鴨川/馬場俊英
2008.11.03
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【 レコード・EP盤 】(中古) (中古)谷山浩子/河のほとりにこの曲もすきだな、壮大な感じもするし、メルヘンなかんじもいいし。ここ【送料無料】猫の森には帰れない / 谷山浩子わかいな。ぼくが谷やんのファンになったのは、あの名作三部作(かってにしてますが)夢半球、ここは春の国、 この猫森谷やんはいまの宮崎監督に影響を与えたのである、(憶測)まもるくんもいいの
2008.11.03
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こんばんわ、皆さん、もうすぐ0系新幹線がなくなるそうです、寂しいものです。僕が大学時代、アルバイトで暮らしていたのが「新大阪駅」、いまななくなったある列車食堂の荷物を調理場からホームに運び、列車に乗せるという仕事です。3ん交代で、朝9時にゆき翌朝9時まではたらき、ひそかに8時前に抜けてタイムカードを誰かに頼み、学校にゆき授業を受け、という生活をしてました。新大阪駅に行くと懐かしいおもいでがたくさんあります、よく芸能人にもあいましたが、やはりあの丸顔の新幹線がなくなるとは思いもよらないものでした。新幹線が大阪開業をし、岡山までゆき、博多まで行く、その間に在来線が特急急行がどんどんなくなり、旅をするのが味気ないものになり、嫌いでした。もっと、ゆっくりと時間をかけて旅をする、そういうスローライフな汽車ががあればいいのにとおもう。猛攻の時間攻撃、どこがいいのか、昨日のつづきは?そう、忘れてました、びびりましたね、軽トラは大家さんでした、 振り向いて かくれろ!でんxちゆうだ!とさけぶが、横に立っている、やばい。「こんちは!妹のやすこといいます!」大家さんは飲酒運転中で疑いもせず笑顔でビールをくれた。ほっと、ひといき。「よくも、妹なんかいえるよな!とっさに!」ぼくはすかさず黒電話で後輩に電話し違う部屋を貸してもらい。用意した 「ねえ、銭湯にゆこうよ!」そういいながら、石鹸をかたかたならし、「これにあこがれてたんだ!」といいながら、神田川を歌いだした、「あなたはもうわすれたかしら・・・」夏の京都の町をあるき加茂湯にいった、出るときの合図もしてね!といいながらはいってゆく。風呂からかえり、ご飯を食べようとゆうことで、しかし、近隣の人々の目にきになり、近所でオーブンしたという、かまどやに弁当をかいにいった、安くておいしくてあったかいのでおどろいたのをおぼえている、まさか、16年後に自分も弁当やをする運命になるとはおもわず。翌朝、僕は寝ていると、がらりとドアがあいて、偽装妹がさけぶ!「何で!昨日、夜、部屋にこなかったの!!!」この意味を知るには15年の歳月が僕には必要だった。それから、京都見物をしカップルが必ず別れるというジンクスの植物園にゆき。 飛行機でかえるというので、バスターミナルまでおくり、長い長い帰り道はおわった、どうしても、何回もデートしてもキスするわけでなく、それとなく彼女にラブ穂にいこうといわれてもいけなかった、なんでか、ずっと考えてみると、妹です!といったことが僕の意識下で潜在してその気になれない、惜しいことをしたと思うおやじになっていた、そういうお兄さんは振られて当然である。おわり。
2008.11.02
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時を越えて存在するものがあるとすれば、記憶だろう。僕は繰り返し見る夢がいくつかある、その中で最近みなくなったものは、大学時代の下宿の思い出の夢、僕の下宿は古い京都のうなぎどこといわれる、細長い家。四つの部屋がありそれぞれを間借りしている。お風呂はない、トイレも共同、もちろん、クーラーなんてのはない、雨漏りがひどい部屋にカビが生えたりおそろしくでかい、ごきぶりとくもがいた。どこの下宿でもそうだが、ご法度は女の子を連れ込み、丁目丁目することだ。僕の下宿の大家は、酒屋で少し離れた床に店をかまえ住んでいた、この大家が曲者で、酒屋でありながらある宙で印旬店をしていた、酔うと絡みにくる、突然、寝ていると部屋に入ってきて話をしだすのだ、ぼくは、その目にあっていないが、いつもそのときに話すテーマは「俺の地蔵を知っているか?」突然、いわれるんだね、びっくりすると、真っ暗ななかいるらしい。なにしろ、発掘して保存しているらしいんだが、たまったものでない。ぼくは、そのことをテーマに歌を作った、「地蔵のロックンロール」出だしは、俺の地蔵をしってるかい?そういうつまらない話はさておき、僕は無謀にも1983年の夏に積丹でしりあった、女の子をその下宿にとめようとしていた。今考えるとすむとこをなくす無謀な出来事であった、特急白鳥は青森を明け方出て、17時間もかけて夕方京都駅についた。今の京都駅はすきでない、昔の京都駅はひなびた感じで好きだった、北陸に向かう汽車がそこからどんどん出てゆく姿が見れた、地蔵のロックンロールという歌で思い出したが、そこの下宿をおいだされたやつもいた、追い出されても僕と友達だからくるのだ、そこで、大家とでくわすのだ、そいつは剣道をずっとやっているからどうしても、構えでにらんでしまう、とくにあやしいのは、僕の部屋の隣にいた同志社の友人で京都大学法学部、その二人が福井からの人間でした。だから、福井とは縁がいろいろある。京都駅について、地下鉄に乗り北大路までゆき、あるいてとぼとぼ下宿までゆく。その時点で気がついた、見つかればやばい。そのことを伝え、ある地点から50メートル離れた位置ういてくるようにいう。前からみたことのある、軽トラであった、「あ、やばい!」つづく、この先はまた明日、おやすみです。ここ
2008.11.01
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ほんと泰葉はきのどく、ほんとにみごとに、ぷっつんきている。誰か、止めたやれよ、かわいそう。彼女は天才シンガーなんだ。コアサも最悪のイメージを植え付けられた、そのねたをなんどもなんどもながす、ワイドショウ。それを見てしまう自分。注目されたいという願望、昔はちやほやされたが、今は誰も相手にしてくれないからあえて、縛短発言をKYでおこない、注目を浴びて、会館をかんじるんだろう。さしずめ、厚生年金会館だろうか、(意味不明)あのトークは、おじょようさまでちはほやされている「幼児性」が抜けない。誰か相手を行い支えないと生きてゆけない。あまりにもつまらないひどいものテレビを見るのが、またいやになった。一億総欝時代の主因はテレビだ、泰葉!もうほえるなマスコミの餌食になるな水色のワンピース
2008.11.01
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