全66件 (66件中 1-50件目)
みなさん、空けましておめでとうこざいます、訂正、あけましておめでとうございます。朝6時から元気にまだおきています、2009年平成21年、どういう年になるのだろうか、心配なのが地震であります、それにテロです、日本ではおきたら、即効、軍事問題になり、法律は都合よくかえるであろう、平和ぼけしてるが、日本という国民性は、すぐに変わる。紅白、実につまらない、まあ、みなかったけど、昔、子供の時には家族そろってみていたんだが、もう、なんか、面白くないし。一番の原因は、「コンセプト疲労」であります、このコンセプト疲労というのは、赤が勝つとか白が勝つとか、どうでもいい、というこです、そういうことでもりあがることが、古い感じがする。昔は、レコード大賞に注目し、感動してみていたが、演歌と歌謡の対決でフォークなんてのは蚊帳の外、紅白をみて、友人と近くの神社に初詣し、そのまま、帰ってねて年賀状の配達のアルバイトに行くパターンでしたね、一月二月の心配は、新型インフルエンザと、ノロ感染です。どうなることやら、みなさん、マスクだけはしてください。眠いので寝ます。よいお正月を
2008.12.31
コメント(6)
2008年ももうすぐおわる、平成も二十年、時の岸辺に建ち、僕は汽車のよう通過してゆく「時」を感じる、このときにしか感じ得ないのだろう、みんなありがとう、ここ
2008.12.31
コメント(0)

杯こんばんわ、大晦日です!朝までなまつるべです、みれるわけないです、録画です、本年弁当やの最終営業をおえ、明日の御節の最後のあじつけと調理をおこなう、といっても、ほとんど、おかみさんであるおくさんがしきるのだが、今年はこない人がたくさんいて、どうしたのかとおもえば、なくなった人がたくさんいた、お年寄りが多い町、お年よりは正月はおせちというのが定番、でも、若い人はそういうことすらも気にしない風潮を感じた、亡くなったおばあさんおじさん、最後の正月を僕の店のおせちでむかえあの世に旅に、そう思えば、感慨深いものがあるのだ、儲けはない、でも、光栄である、これでいいのだ、とおもう、店はお客さんのためにあるもの、たぶんまた、来年も旅立つ人が数人いるだろう、運命であり時の流れでもある正月は実はそういう意味で、「おめでとう」の意味なのだ、医者も抗生物質もCTもない時代、盲腸でもしんでしまう、生きておられるのはそういうことだけでも、おめでとう、一年生きれておめでとう、なのだ。生きる、というテーマが延長戦が延びるたびに意義がうすれてしまう、明日死のうとも来週骨になろうとも、生きる所以を無知のまま生きる現代人。そういうことを思った、一家そろってでおめでとう、そういうことだ、明日はいよいよ、おせちうけわたしです、画像はのせます、ありがとうございしまた、残念ながら、あの年賀状は「宛名」なしで返送されてきました、おもえば、当然です、みゆきちゃんのおとうさんは大手銀行のえらいさんでおにいさんは東京大学、転勤のたびに引越しを繰り返す、で、いつもさみしそうだった。ふるさとがない気持ちだろう、オフコースの「やさしさにさようなら」僕はこの歌の歌詞がとてもすきだ。このころは、「あなた」がテーマの別れのうたがおおかった、クリスマスの約束のこのうたはすばらしいえんそうだったよおやすみ。
2008.12.30
コメント(6)

2年前の拓郎のつまごいは歴史に残るものだった、あのとき、NHKが放映した中で出てきた、写真家「田村仁」ことたむじん、いろいろなアーチストたちのLPのジャケっトの写真を撮影していた、あのころ、LPのデザインは30センチの芸術品であり、歌も題名も知らないのに買ってしまう、「じゃけがい」なんてもあった、しかし、以外に、それがあたるのである、自分の中の新境地というか音楽はやはり、そういうものとあわさるものである。高校のころから出版社のバイトをし、卒業後はフリーカメラマンで活躍する、取材の撮影で、浅川マキとであう、70年前半のころに、シンガーソングライターとして、ギター一本で表現するひとにおどろくわけだ、そういう中、ピントをはずしたり、何気ない風景の中で撮影してゆく。吉田拓郎の撮影もかぐや姫も、彼にどんどん依頼された中島みゆきもその中のひとつ、みゆきはどんどん作品が出るが、煮詰まってゆく人気が出て、セールスがあがり、期待されて作品も同じようなものをもとめらてる、タムジンはファインダーをとおして、普通のみゆきをみていて、おもわず、こういった、「らくにすればいいよ」撮影の中、意味が違うのかもしれないが、みゆきは、楽にすればいい、という言葉にすくわれ、スランプを脱するのだ、オフコースが「さよなら」のヒットでブレークするとき、5人時代の幕開けというべきLPの作品。タムジンの特徴は、モノトーン、粒子をあらく、肖像画のようでもあり、その存在感を浮き立たせ、時代とマッチしたものでもあり、個性というものが重視されたのである。沖縄の海だったろうか、この撮影はたまたまそうなったのか小田さんの意図なのだろうか、新メンバー3人を前にし、自分たちは後ろにまわる。東芝EMIが激怒し反対したいわくつきのものである、真ん中でにこにこわらう、清水仁はタムジンに惚れ込み、ニコンのカメラをかい弟子にまでしてもらおうとする、タムジンのこれらのアーチストの写真は、本でも出ているのかとおもいきやない、どうだろう、見たい気がする、ほかにもイルカやジローさんなんかも写している。しかし、時代がどんどん変わり、LPからCDになると、あの味気ないプラスチックの中のものではどうかなとおもうのである、あの時代のLPは、紙の質感がとてもよかったのである。
2008.12.30
コメント(2)

オフコースの「さよなら」これを聞くたびにおもいだすね、あの冬のことを、もうあの時間はもどることができない、1979年だから来年で、もう30年か30年といわれても昨日のような感じもする。この歌がヒットしても当時のベスト10では2位でおわった、オフコースは一位をとることがなく活動を終えた、もっともオフコースはそういうカウントダウンはまったく、無視していたから、一昨日、沢田研二の還暦ドームコンサートがやっていて、くしくも小田さんも同じつきにドームをやっていた、対照的な感じがしたね。ぼくのさよならのおもいでは、ずっとまえにしたのでもう、やめとこう、年末、ぼろぼろでがんばっています、今年もたいへんでしたが崖っぷちで生きています。 さよなら さよなら さよなら もうすぐ外は白い冬 愛したのは 確かに 君だけ そのままの君だけ 外は今日も雨 やがて雪になって 僕らの心の中に 降り積るだろう 降り積るだろう
2008.12.28
コメント(8)
肺、こんばんわ、皆さん、今日は大掃除しながら御節の準備をして弁当も配達して、もうぼろぼろの一日。世間では休みにはいるということ、思えば年末年始をゆっくり休めたのは高校のときぐらいだろうか、大学のときもバイトしてたかな、すかいらーくはいり、棚卸をしているときにおめでとう!といって冷蔵庫からでてきたこともあるし、乾杯!としたときもあった。さだまさし、くりやく2008の会場発見、というあさがおさんの話でみたけどわからなかった。何回もても、小田さんのうたはいいね、まっさんといえばぼくのはがきよまれるかなたのしみだな、それにあの年賀状もとどくかな、届くとびっくりするだろうな、でも、明日あたり、アテナイナイできそうだ、27年ぶりだからな。カセットデッキが3台あって、三台ともこわれ、次々とあらごみで捨ててしまった。しかし、残る膨大なカセットテープも聞きたい。ターンテーブルも三台あって、一台だけ動くが、最近は聞く暇もない。店においているので家に持ち帰るかな、と考えている、LPでしかないものや、聞きたいLPはたくさんあるんだが、やっぱ、めんどくさいというのが本音。話かわるけど、僕の大好きな蒸気機関車、これは今の日本のいろんな技術への進歩の橋渡しをしたものである、しかし、管理とか準備とかすごくたいへん、だから、SLの機関士たちは、DD51とかのDLがきたときにその管理の簡単さにおどろき、SLはなくなるほうがいい、と本音でおもったそうだ、便利と楽を追求することが商品の改善につながるが、その商品を使う人たちは、頭をより使わなくなり、あほになるのではないかとおもう、こないだ、雨に自転車にのりながら、かさをさしながら、メールを打ちながら行く高校生をみて、唖然とした。こういう危険行為をすることじたい、あほな人間になりつつある、かしこが開発し、あほがつかう、この文化。携帯電話の仕組みを説明しなさい、400文字でという、問題があれば、平均点は10点だろう。、この先もっと、あほがふえ、頭脳格差ができてゆくのではないかとおもう、欧州では、数百年、貴族たちが結婚を欧州の名族で繰る返し、ぜんぜん違うものへとなったそうだ、これもある意味、進化したのか、退化したのか、人間の尾てい骨にのこる、尻尾のなごり、わずかに残る突起、尻尾を失うのは数万年まえだろうけど、勉学をしなくなる人たちが増え、楽に便利に生きることは大いに危険な進化であると、人類学者の弁当やはそうおもう。
2008.12.27
コメント(6)
灰、皆さんお元気ですか?昨夜の小田さんの「クリ約」感動しましたね、小田さんオンリーに近いものでしたがみんな、僕のとこにきてくれて感想いれてくれて、うれしかったです、久々繁盛したよう。小田さんのことやオフコースのことを語るととまらないが、ほんとうに音楽はいいね、いまの音楽はどうだろうか、国民的なヒットもないし、音楽を聴く人も減った、ダウンロードして聞くとか、コピーして聞くとか、形のないものはなんか、むなしい。数ヶ月前にタイトルさえ決まらぬうちに予約して、楽しみに待ち、レコード屋のおじさんにおまけのポスターとかいろろもらって、電車にのって家に帰り、すぐにステレオに持ってゆき、あのシュリンクの袋をあけなんともいえないにおいのレコードをプレイャーにそっと、おく、レコードに針が落ちる瞬間、ざーー、というノイズ、あのノイズがいいんだ、30センチ正方形のじゃけをみて、中のライナーを見ながらヘッドホーンで聞く、知らぬまに聞きながら寝てしまう。めんどくさいんだねA面からB面にかえるのは、今、それやってみればわかるCDをぱこんといれる、パソコンがかってにデーターを取り込むいつでも聞ける、ありがたみがないんだな、黒電話をかけるとき、じーこじーこまあしながら、たしか、「9」はまわすのがながいんだ、そう、みゆきちゃんに電話するとき、どきどきしながら電話したんをおもいだす。お父さんが出たらどうしよう、緊張してどもるのがいやだ、オフコースの歌を聞くと思い出す、48歳になろうとしていてもあのときの少年のぼくはどっかにすんでいる。最後にあったのはいつだろうか、そうおもいつつ、古い古い住所録を取り出し実家に年賀状を出してみたんだ、元気にいるんだろうか、引越しているだろうな、小田さんありがとう、昔のことをよくおもいだすよ、うちの店にもあそびにきてね
2008.12.26
コメント(6)

いま、公式HPのBBSみたよ、sorachiさんが教えてくれたいけなかったんだね、僕は、残念だったよ、神戸のワールドホールは本当に行きたかった、ポーアイを見ながら中突堤から海を泳いでいこうかとも、思った。しかし、動員数も50万というすさまじい人間これは、小田さんのうたが今の時代に受け入れられたということだとおもう、もう歌はつくれない、いい歌です。ここ
2008.12.26
コメント(8)
おわったね、そうか、今年はいそがしすぎて、ライブがおおすぎてコラボの曲がなかったんですね、まあ、ライブいけなかったから、雰囲気をつかめました。仕込みの美人さん、今回もいましたね。ほんと、歌しってるのかよーというかんじでした、あの美人よりも同世代の涙する女性のほうがリアルでいいなあ、と思うのです、あれはもうやめるべきです、美人は好きですが、角の前の席であるからばればれです。さよなら をオリジナルに近い編曲。泣かせる間奏ギターうまかったけどあれは、ヤスで聞きたいんですよ、小田さんオフコースメドレーもコンサートのぶんですねあれが一番きましたね、東京の空 ぜひ、CDにいれてください。ほんと、一年、小田さん、おつかれさん、いい音楽をありがとう、来年も期待してます。来年はコラボして、ゲストよんでください、それがたのしみですから希望リストあげときます、中島みゆき、谷山浩子、イルカバズ、ユーミン、竹内まりあ平原綾香、千春ほとんどむりか。
2008.12.25
コメント(17)
飯島愛さんの死亡。なんか、さみしくないか、一人死んで数日発見されなくて、イブの日にみつかるなんて、悲しくないか。あの様子だと心臓発作であろうか、心臓発作を起こす原因として考えられるのは薬物の乱用か?しかし、それもあの様子では感じられない。エイズのキャンペーンにでて、仕事もこなしていたし、頭のいい人だった、空気を読める人だった、勉強しわからないことがあれば調べるテレビにでることで自分を変えていったのだろうか、AVからギルガメにでて、尾決をあげてTバックを見せていたのを思い出す、お世話になりました。しかし、あんなの性格よさそうに見えてファンもいたのにテレビの仕事をやめてしまい、閉じこもったようになり、うつになっていたようだ。少し前になくなったアナウンサーの川田さん、彼女も申し分ないような仕事、美貌、スタイルなんだが、自殺してしまった。よくよく、思うんだが、自分自身の中身をみるという、内証をできるかどうか、オフコースの絶頂時にリハーサルの帰り小田さんは愛車にのり、深夜ラジオを聞いた。ラジオから、「ええ、オフコース?暗いな・・さだまさし?くらすぎるんじゃあないの?」批判であった、小田さんは凍りついたに違いない、ラジオという電波で批判をされるとは夢にも思わない、さださんは、203高地のときなどに右翼だとかいわれ、もう、うんざりし、お金もあるし、音楽をもう止めてしまおう、そう思ったらしい。時代が、暗いことがだめで、明るいことがいいことであるようになってゆくのだ。何回もいう、軽薄短小の時代が80年後半からはじまる。暗い音楽で結構!そういうのが僕は今は大好きである、どうどうと、暗いのがどこがわるい?といえる明るさほど、精神の世界では上等といえるとおもう、実は暗いくせに、その姿を見るの認めるのがいやで、自己否定したうえの明るさの虚構は実に不健康な精神構造であるといえる。精神構造というのは一本の大きな樹木であるとおもう、根をはり、しっかりと幹をもち、天に向かい枝を伸ばし、緑に覆われた風景となる、風が吹くだろう、冬になるだろう、枝が折れるだろう、でも、幹と根がしっかりしていると再生するのである、人間の思春期である時期に、きちんとした体験エピソード思い出をもつことでその後の人生は決まる、飯島愛さんは、たいへんな少女じだいであったらしい、その後の人生において自分自身で消化し、転化させて自白行為もおこない、健全な精神であったはずが風邪を引くようにうつになってしまう。それに、孤独死というのは悲しい。震災で仮設住宅で死んだひとびとは100人を超えた、あの仮設でおこったことはおそらく、今の普通のシジュウでも起こりつつある、絶望というか、夢がなくなるというか、生きる糧というかそういうのは暗い、闇夜で手探るのように探し出すのだろう。僕は今日、古い女友達がメールをくれた、メリクリのメールでたぶん、一斉に友人に送ったものであるとおもう、クリスマスというものが馬鹿騒ぎして、パーティして、プレゼントするものだというそういう中にいたら、ぼくもそうしたろう、子供がいたらそうあるべきだろう、しかし、どうも、道端に段ボールに中で寝ているひとや、このような飯島愛さんの孤独死のほうが気になるのである、クリスマス廃止運動を思うわけである、不幸と幸福を区別させるためにイエスは存在したのではないはず。
2008.12.25
コメント(2)
![]()
この歌も小田さんの僕の中の好きな歌ベスト10にはいるねCMの中でも使われた、生命保険の中で使われたここそう、K.ODAというタイトルのCDだ!《送料無料》小田和正/K.ODA(CD)
2008.12.24
コメント(6)
この作品はリズムがとてもここちいんだ。建物探訪とかいう番組のテーマであったようなきがする。アルバムの初期のころにはいっていて、今確かめたらどこかわからない、記憶不確かですがたしか、オフコースのおわりのほうでソロでだしたようなきおくがアレンジのなんとかというひとが、かねないから仕事くれとかいったような、記憶があいまいここ
2008.12.24
コメント(3)
で、小田さんがミスチルの歌を歌うとこうなるキーが少し低いかな、小田さんの自慢の高い音がだせるとこがないな、でも、小田さんが歌うとこうなるねここ
2008.12.24
コメント(0)
夏のこのイベントもでました、小田さん梅小路のイベントと夏のこの桜井君のイベント小田さんの映画の歌ですが桜井君が歌うとまたちがっていいね。桜井君 うたうまい。ここ
2008.12.24
コメント(0)
Quruli & Kazumasa Oda ばらの花この歌もいいな京都の音楽何とかで小田さんがよばれ昨年のくりやくでくるりをよんだんですね
2008.12.24
コメント(0)
24日午後3時15分ごろ、元タレントの飯島愛さん(36)が東京都渋谷区のマンション21階の自宅で死亡しているのを知人女性が見つけ、119番した。警視庁渋谷署の調べによると、飯島さんは室内のリビングで、普段着姿でうつぶせで死んでいた。目立った外傷はなかった。渋谷署は事件性は薄く、病死か自殺とみている。25日に解剖し、詳しい死因を調べる。残念というか誰か助けてあげるひとはいなかったんだろうか悲しい孤独な死。イブの日に
2008.12.24
コメント(2)
今年もいやないやな、クリスマスがきた、きっと気味はこない。クリスマスの歌の流行るポイントは、哀愁の中の愛情であろう、FMの指定曲で何回も流れるそれらしきうたをはやらそうとおもっても、だめだ、愛してるの連呼もあかん、選挙の連呼とおんなじだ、心の中のあるパラボラアンテナの向きが違う。回想する窓を見ながら、昔の恋を思いつつ今の幸せというパターンでないと、物がタリン、現実味がない、売れ線ねらいすぎ。ヒットでないのは独自的意外性のものでないといけない、音楽業界というのはなんか、ぱっとしない。僕の中では自己同一性の時代が数年続き、中学のときから25歳まで聞いていた音楽を聴きなおし、新たなる発見となっている。山下達郎の歌はすきだ、音楽もすき、夏に発売されたLPからでてきたクリスマスのあの定番、あの定番もきっときみはこない。というもてない男の栗栖鱒。天皇誕生日に誰も言わない非国民が翌日の日にはホームぱってぃにけーきにけったっきーということだ、ああ、神代の時代から巌と結ぶ場で、メリーさんなのだ。まったく、意味不明のまま。友人の事故を思い出す、最近になり、死んだ人よりも、家族のことや加害者のことをおもいだす、家族は、その友人の父は自分の父もひき逃げでなくなる、悲劇的過ぎる人生。かける言葉もない、加害者は実を言うと僕の大学の野球部のセレクトの学生だった、プロになるかもしれないということ、だった、出会い尾頭で、運送屋のバイトの仕事、で、友人は居酒屋のバイトに出かけるとき1981年12月24日午後4時45分、の運命であった、加害者の人生はその後、どうであったか、苦しみながら今もいきているのだろうか、結婚して家庭をもって、子供もいるのだろうか、彼はこの日をどう感じているのだろうか、疑問がわく、もう、わすれなよ、そういう言葉をかけてやれる余裕がぼくにはあるだろうか、そういう、栗栖鱒慰撫がまたはじまる、時は止まったまま、平成天皇のご健康をお祈りし、実はいつ生まれたかよくわからないイエスとつるべの誕生日をいわう。
2008.12.23
コメント(4)

こんばんわ、みなさん、おげんきですか、僕は本日で会社やめて10年がすぎました、激動の10年でしたが、なんとかいきているわけで、会社にいたころはわからなかったことがたくさんわかりました。さて、冒頭の弁当画像ですが、まあ、お祝いといういうことでおたねください、見るだけですが。おそらく、すかいらーくにいたならば、それなりにがんばっていたけれど、音楽を聞く余裕や、いろんな自分の世界を広げれることはなかった。本日、年賀状を完成した、いろんな人に出すことにした、20年以上出してない人にもだしてみた。そして、あの方にもだしてみた。70枚程度か・・。今日はおつかれで、ねます。
2008.12.22
コメント(4)
テレビを見ていたら、加山ゆうぞうがでていた、ん?なんのCMかと、おもいきや、パチンコの宣伝であった、ああ、みんなの青春のイメージをぶっつぶす、加山さんのパチンコキャラクター。なんで、そういうことするんですかね、いつの日からかテレビでパチンコの宣伝が解禁、まあ、自主規制だから、なんでもあり。まさに、貧するば、鈍する、なり。さんざん、テレビでサラ金の宣伝をしておいて、しまいにはまとめローンとかいいよった。国民の大多数がそのCMで金をかり、無駄図解をする、それが今破綻。で、ニュースでキャスターが政府がわるいの同の項の言う始末、起承転結自己舞であります、事故米とかけましたね、ネットではクリスマス中止運動がおきている。らしいい。いいことだ、昨日述べたようにこのクリスマスというのは、購買意欲刺激運動であり、いまこそCO2削減のためには家族でろうそくのあかりで、断食をすべきだ、それが未来に財産をのこすのだ、そう、減り意庫裏済ますである、意味不明、栗栖祭りリーがどの家にもなかった、僕の家にもない、つるべの貧しい家にもなかった、彼のこの話は、深夜ラジオで30年前にきいた、つるべは、家がまずしく、兄弟がおおおく、おがおおい。、「なんで、うちにはつりーがないんや!」と、泣いていった、イブの日、家に帰ると、つるべの母がたんすを上からすこしずつあけて、マフラーや着物などをたらし、「まなぶ、これがツリーやで」そういった、「こんなもん、ツリーとちがうわ!」学(つるべ)は泣いて抗議した、でも、そのツリーは世界にひとつしかない心のこもったものであった、彼がラジオでクリスマスのときにいつもしていた、つるべの母はじつは敬虔なキリスト信者でもあり、のちにつるべは聖地エルサレムへの旅を両親にプレゼントしたそうである、母が泣いて大地にひざまつき感激したのを神道の父からきいたそうだ、貧しくても心をこめれば、いつまでもその思いは残る、大切なのは金額でないし、ものでもブランドでもない、思いを伝えるんである。ぼくは誕生日が12/30、この日とクリスマスと同時におこなう、だから、いつも省略、ぼくは、おそらくテレビから何度も流されるCM,ケーキを食べれるのが夢だった、。誕生日、家族は忘れていた、僕は泣いて誕生日にケーキをくわせろ!と母にいった、年末にケーキなどその当時は売っていない、父は自転車にのり、店店をまわった、どの店もない。ある店でやってみつけ、ぼくに「やった!あったぞ!たべなさい」僕は喜んで、ケーキを食べた。しかし、しかし、一口ではきだした、大人が食べる、ウイスキーの入ったケーキだった、「こんなもん、くえない!」子供は残酷、うなだれる父、怒る母、しかし、僕はあの食べることができなかったケーキのことを思い出し、家族の愛を感じるし、自分の中の精神構造の重要な基礎になっている。おやすみ。
2008.12.21
コメント(4)

昨日で大阪ドームライブでおわったね、小田さん実に長い長い旅でした、ほんとうにおつかれさん、足怪我してほんと心配しました、あんまり無理しないでください。歌いながら走るんはほんとたいへん自転車でもたいへん、足くび、脹れていたんでしょ、次はオフコース再結成でいきましょう、◆メール便で全国一律180円◆ 小田和正/今日も どこかで 【オリコンチャート調査店】ダイジョウブ/小田和正[CD]
2008.12.21
コメント(4)

オフコースの切ない初期のLP[ワインのにおい」にはいる、名作。歌詞がきゅんとくるね、カーペンターズのあのカレンも聞いて気に入ったという歌、うるおぼえで申し訳ないが、当時オフコースのキャチコピーは「和製カーペンターズ」小田さんの声はずっと、女ではないかといわれていた。ぼくはこのLPが好きで、最初の「雨の振る日に」とか、「昨日への手紙」「幻想」「老人のつぶやき」なんか、すごいいいんです。東芝EMI オフコース/ワインの匂い
2008.12.21
コメント(4)
こないだ一家心中があった、若い父と中学生の姉妹。3人で、離婚し母はべつにいたらしい、どういう経緯でそうなったかしらないがなぜ子供たちが父についていったか、そこが本当に悲しいできごと、この社会は本当はガラス細工のように弱く、いいかげんで誰もが幸福ではない、これからの人生を楽しむときになぜにとおもう、あの今年流行した「硫化水素」であったとのこと、今年もその自殺で内の町も大騒ぎがあった、数件、今年を振り返ると、ひどいことが多かったのではと思う、なんで、こんな社会になったのか、日本はどうなるのか、いつもそう思う、誰しもが夢を持ち貧しくてもそれなりにがんばれば普通の暮らしができたはず、しかし、どこで狂い始めたか、グローバルの流れもあるのだろうか、規制緩和し格差ひろがり弱肉強食の時代になってしまった、人間は協力して生きる集団を作り困難な歴史を野数々の問題を生きてきた、しかし、貨幣の登場でもしくは定住農作のころから変貌を遂げてきた、夢や希望を持てぬ社会になり、いかに上手に要領よく楽に生きるかがテーマになり人の不幸や苦難には見て見ぬふり、自分さえよければ、ということだろうか、政治の世界にもうんざり、テレビのおば頭にもうんざりこんなおいしいものを食べましたのようなブログにもうんざり、ああ、僕はかなりいかれています、これは社会不安症候群であります。子供たちを見ていると未来に対しておおいなる不安を抱きます、政治家の言動や行動すべてにおおいなる不安を抱きます、このままでいくと、おそらく次の世代あたりで戦争でもおきることでしょう、またもや、戦争になる、そこでまた人が死んで、平和の重要性を理解する、アジアの動きはかなり複雑で中国の動きがかなりあやしく、軍備を拡張し東アジアの覇権を確保するだろう、ナショナリズム運動がおきて軍国となるのだろうか、政治がどうしょうもないから、軍部がでてくるのです、226もそうです、というわけで、クリスマスまであと数日、世界平和を願い、人々の暮らしをおもうそういう日々でありたいとおもいます、
2008.12.20
コメント(8)

今夜も撃沈。ブログはおやすみなのだ。
2008.12.19
コメント(6)
![]()
《送料無料》小田和正/sometime somewhere(CD)ラブ突のアンサーソングだと思うはおもうんです、アレンジもその余韻で恋の歌を続けていてあんまりうれなかったころ、ここ
2008.12.18
コメント(6)

この歌はいいよ、ここ
2008.12.18
コメント(2)

5人時代の名作、思いのままにこの歌は前にもかいたけど、ほんとうにいい歌、おそらく、オフコースは暗いとかいわれだしたことに対しての歌。出だしのハーモニー、間奏の静 動 の演奏、5人の持ち味を発揮したといえる作品。スリーアンドツーというLPにはいる、さよなら がヒットしたときのLPしかし、さよならははいらない。このLPの表紙にはあとから入った3人がまえに裏にはやすと小田さん。東芝EMIは猛反対!しかし、小田さんは彼らこそメンバーなりということでおしとおす、タムジンさんが沖縄の港で撮影。ここ
2008.12.18
コメント(1)
年賀状を核。もう、つかれた、すこしやめる。といっても表と裏ができて、めっせーじだけ、でも、その一言が浮かばない、もう、よくよく考えれば、2008年、この年賀状を出す以外、会うことがない人ばかり。小六の担任、先生。もう何年だしているのだろう、11歳のときだから37年間、先生は毎年版画を彫る、もう先生はいくつだろうか80は超えているはず。よくよくおもうと、僕は同窓会の幹事だった、しかし、しかし、一度もやっていない。何を語ろう、ことばがでない。昨日のあの障害、ぼくもそうだった、この先生がいなけらば、僕はいなかったろう。バケツに水を入れて廊下にたつ、伝説の風景、それがぼくであった、しかし、オモタイ。実におもたい。その重さを連想させたのが、昨日の弁当配達18個の重さであった、連日忙しくて妻が熱で倒れて、大変であった数日、ぼくもぼーとしてバイクにガソリンを入れるのをわすれ、港に配達にゆく、しかし、一キロまえで、ぷすんっと、とまる、あああ、ガス欠、この先は深夜風呂具便で
2008.12.18
コメント(4)

クリスマスが過ぎても/PLUS ONE小田さんとぼくのだいすきなちくぜんのUNITもう、かなりまえ、ここ
2008.12.18
コメント(3)
人はどこからきてどこへゆくか死んだらどうなるのか、自分自身は自分でどこまで理解できているか、ふと訪れる記憶の断片は意味があるのか前に記事にしたが自分のアイデンテイィを意識し、自我と超自我とエスのハザマで意識の下の無意識の刻ざまれたものが・。坂本竜馬は今問題になっている、Attention Deficit Disorderであったという、たしかかどうかわからないが、どうしようもない子供であったらしい、さらにいいかげんであったともいいわれる。うちのお客さんにたまにくる親子の男の子がどうみても多動性障害にみえてしかたないかった、昨日話し掛けると母親も心配でどうすればいいか、わからないと悩んでいるらしい、どうも、その母親の様子もまたおかしい、少し、他人のように動き回る子供を見ている、どこかさめてみているようでもある。ぼくは、その子をつかまえてはなしをするが、我慢できるのは数分だけ、とびまわる。小学校で学級崩壊の記事がでて、先生の指導不足とかいわれていたころ、実はこの障害ひそかに増加し周りの子供をまきこみ、学習ができるなっていったのだ、教育委員会は米国の学会に発表などを見て対策をとり始め、相談や対処の窓口などをつくった、あくまでも、それは自治体まかせの義務教育の保護のためでもある。しかし、なぜ、この多動障害が急激に増えつつあるのであろうか、実をいうとぼくもおそらく、それであった、「落ち着きのない」「ねじのゆるんだ」と揶揄されて特に女の先生からは毛嫌いされていた、小五のときには学級崩壊がおきてしまい、女の若い先生はギブアップし、聴覚障害にもなった。ぼくもいまでもそのことを妻に指摘されるが、気にはしない。それが自分自身のESであるからである。否定しない、否定せず肯定し自我を確立させるために超自我が抑制する、遺伝的なものであるとかいわれているが、まったくそれらは解明されていない。しかし、どうやらきちんとしなければ、とんでもない殺人マシーンでも天才でもべんとうやでもできてしまいということらしい。ぼくは、いつも弁当を宅配するときに観察するのが、「犬」である。そこで飼っている犬のパターンが、王様タイプと家来タイプがある、王様タイプは放し飼いでかなりあまやかされている、話まわる、来訪者には常にほえる、何回いっても学習しない、ようするに「あほ犬」になってしまう。この犬は自分のテリトリーを守ろうと常に来訪者に威嚇し警告する、とくに男にほえる、多動障害もDNAの奥底にある先祖がえりのようにテリトリーを探し、守ろうとしているのではないだろうかという仮説を思いついた、というわけで、今夜もねます。
2008.12.17
コメント(4)
自己同一性(じこどういつせい、セルフ・アイデンティティ(Self Identity))とは、自分は何者であり、何をなすべきかという個人の心の中に保持される概念。自我同一性(じがどういつせい)ともいう。エリク・エリクソン(E・H・Erikson、1902年- 1994年)による言葉で、青年期の発達課題を語るキーワードである。この概念は、エリクソン自身が、その生涯を通して自らのアイデンティティーに悩んだことから、生み出されたとされている。ローレンス・J・フリードマン著『エリクソンの人生』によると、エリクソンはユダヤ系の母親の初婚の相手との間の子で金髪碧眼であり、再婚相手のドイツ人医師の風貌とは似ても似つかない容姿であった。そのために自らのアイデンティティに悩んだという。実は、母の初婚の相手との結婚生活はごく短期間で、エリクソンはその間の母親の不倫相手との間の子どもであったらしい。実の父は写真家であったらしいが、エリクソンの晩年に至るまで存命だった母親は、終生ことの真相を明らかにしなかったという。自分は誰で、どこにその存在の根を持っているのかという疑問が、彼の自らの心の探求の原点になった
2008.12.17
コメント(2)
超自我超自我は上の二つの層をまたいだ機能で、ルール、道徳観、倫理感、自己の規制を自我に伝える機能を持つ。この機能がエスや自我を強く押し付けているとき、自我がエスの要求を通すことができずに防衛機制を働かせることがある。超自我は前頭葉のはたらきと関係があるとされ、現在でもそれは妥当と考えられる。
2008.12.17
コメント(0)
自我は意識層の中心の機能である。またエスからの要求と超自我からの自己の規制を受け取り、感情を現実に適応させる機能である。 Es(エス)は無意識層の中心の機能である。また感情、欲求、衝動をそのまま自我に伝える機能である。エスは視床下部のはたらきと関係があるとされた。
2008.12.17
コメント(0)
深層心理深層心理学の基本的な理論構想は、人間の心(魂)には意識の下層において、更に深い層が存在し、無意識的なプロセスがこれらの層にあって進行しており、日常生活の心理に対し大きな影響を及ぼしていると云うものである。
2008.12.17
コメント(0)
無意識思い出そうとして、努力などが必要な記憶は、「滑らかに流れて行く意識の領域」には、想起が成功するまでは、存在しなかったことになる。では、そのような記憶はどこにあったのか。無論、大脳の神経細胞の構造関係のパターンのなかに存在していたのであるが、主観的な経験としては、そのような記憶は、「現在の意識領域」の外、「前意識」と呼ばれる領域にあったとされる。人間は一生のなかで、膨大な量の記憶を大脳の生理学的な機構に刻む。そのなかで、再度、記憶として意識に再生されるものもあるが、大部分の記憶は、再生されないで、大脳の記憶の貯蔵機構のなかで維持されている。
2008.12.17
コメント(0)
忘れたおもいでとか、どこの記憶されているんだろうか、記憶は積み重ねる本のように保存されてるのだろうか、しかし、それでは下のほうの記憶を取り出すことが難しい、人の顔、地名、歴史、値段それぞれの記憶はそれぞれのホルダーのようなものでタグのようなものであるのだろうか人間の脳というのは偉大というか壮大というか、想像の域を越える失うものはおおく、今の社会のような破壊と創造もあるのだろう。
2008.12.16
コメント(4)

僕が高校生の三年の冬。12月。ラジオで聞いたオフコース「さよなら」この歌が流れたとき、ああ、オフコースが売れ出すな・・。そう感じた。その前からオフコースにはまり、僕がオフコースファンであるということは、姉と友人ひとりとレコードやのおやじだけだったようなきがする。喪失と忘却にいたる今。僕の高校は廃校になり、そびえたつマンション。学校がきらいで、いやないやな日々だった、学校に行くふりをして、電車にのり反対方向のホームに立ち、須磨の海岸へと向かう、冬の海が静、誰もいない海、季節の中を流れ行く雲を見て、うらやましいとおもったものだ、高校が嫌いで、ラジオでつるべがあるリスナーからのはがきに答えていたのをおもいだす、僕と同じように偏差値の低い、どうしようもない高校にいき。いやだ、というもので、どうせ自分の学校はばかだから、という内容。つるべは、怒った、ばかだといわれてもその学校にゆくために親は学費を払い苦労している、その学校がばかでなく、ばかにするものがいけない。学校で人生は決まらない。僕と同じように劣等感にさいなまれ、夢もなくし、そういうやつ。ぼくはなんとか、がんばった、すべりこんで、大学にいった、でも、そこにも何もなかった、でも4年間はたのしくてしかたなかった、4年になり、就職活動になり、愕然とした、就職部にくる求人内容、知らない中小の企業ばかり、かんかんどうりつや国立には来る求人と違うのだ、愕然とした。4年の夏にでた、山下達郎のLPの中の名曲、クリスマスイブ、この歌はオフコースの歌のイメージからできたものらしい、きっと、さよならからだろう。僕はまたこの歌を聞きながら、自分のなかにある壁を感じていた。 ふぞろいのりんごたち、というテレビドラマがあった、山田太一の本で「胸をはっていればいいんだ!」そう言い放つシーン。面接会場で格差をつけられた三流大学のメンバー。いろんなシーンがあのときの歌とともに思い出すんですね。複雑な思いとともに、クリスマスは幸せの試験紙のようにおとずれる。その答えはないんだろうな。おやすみ。
2008.12.15
コメント(4)
こんばんわ、昨日はDVDのLOSTシーズン4を見ていて気がつくと、寝ていたのだ、このLOSTは年末、MBSでやりますから、絶対、見てはだめです、見たらはまります。24は単なる殺し合いだと気がつきJJの作品が裏で健闘してた米国テレビ。いま、聞いているのは、石川ひとみ「三枚の写真」彼女は実にすばらしい。歌もうまい、しかし、それほど、うれない。聖子がうれ、明菜がうれ、おにゃんこがうれ正統派のアイドルは、影が薄い。そこがいいいんですね、ネットでもTUBEでも、ファンが急増。ひとみちゃんは、寅さんの大ファンで、あこがれていたんだ、面食いでない。寅さんもなくなり、かなりたつよな、寅さんでおもいだしたのは、僕もよく振られたということを思い出していた。信号待ちの数秒の間。いろんなことを考える。あいつはいまどうしてるかな、とね、バイトの大学生の子が、忘年会のからおけで僕の横の席にいた。すこしよっていた、「店長、ぼくのおとうさん、中学のときに失踪したんです。」僕は驚いた、そいつの大学は国立、片親で離婚したとばかりにおもっていた。「そうか、おかあさんもがんばったな・・。」言葉にならない返事をした、そのとき、ある女の子と僕は付き合っていて、別れた。その子の父親も借金を作り家族4人を置いて蒸発した。かたくなによく働くそのこ、ぼくは、その話を聞いて、ほろりとしてしまったんだね。人が足らないときにラインにはいってくれるんだね、ほろりついでに、数ヶ月ずっと、セーターを編んでる女の子がいた控え室で、話題となった。誰のセーターか、クリスマスになり、なんと、僕にくれたんだ、まあ、それでほろりとするわけだ、仕事中チンのKYだったのでぼくは、付き合うのをためらうんだね、でも、付き合うんだね、しかし、飛ばされるんですね遠くに、繰り返すんです。そういうことが、クリスマス嫌悪症候群 という病名があるかもしれない。この季節がくると切なく胸苦しくなる、よくよく考えると、12/24に友人が事故で死ぬことがおおきなPTSDになり自分の中で悪い要素を集めてるのかもしれないね、括弧意人生ならいいけど、括弧悪い人生なんですね。
2008.12.14
コメント(4)
中部電力が長期運転停止中の浜岡原発(御前崎市)の1、2号機を廃炉にし、代わりに6号機の新設を検討していることが分かった。1、2号機の運転再開には大型部品の交換や耐震工事に多額の費用がかかるため廃炉にすると同時に、6号機新設計画を進めた方が得策と判断1970年代に造られた1、2号機は2001年の配管破断事故などのトラブルが続発し、「定期検査」を理由に運転停止中。中電は耐震工事などの影響評価や設計変更を検討している。 しかし、予想される東海地震に耐えられる改修には莫大(ばくだい)な費用がかかるとの試算が社内でまとまり、代替となる6号機新設の検討に入った。 6号機の運転開始時期は未定だが、地元への申し入れから建設までには通常、10年以上かかることから18年度以降になるとみられる。 廃炉に向けて、付着した放射性物質の除去や解体、撤去といった措置を35年ごろまでに終える。ただ、一基当たり数10万トンともいわれる大量の放射能を帯びた廃棄物の処理や、跡地をどうするかといった難題も抱えることになる中電の総発電量に占める原子力比率は18%(07年度実績)で、国内九電力(原発を持たない沖縄電力を除く)の平均よりも低い。二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス削減という地球環境問題も加わって、新規の原発立地は経営の最重要課題だった。これまでに三重県の芦浜原発や、石川県の珠洲原発を計画したが、いずれも地元同意が得られずに頓挫しており、浜岡原発への依存度をさらに高めることになりそうだ。中日新聞まずは、朗報、早く原発を全廃しなきゃいかん、危険すぎる。
2008.12.14
コメント(2)
こんばんわ、今夜も不眠症です。早く寝なければと思うほどに、インターネット、毒です。さて、千葉県の病院ではやくもノロウイルスがでてしまい、死者二名でたそうです、この病院の危機管理体制ができていたかどうか、弁嘔吐物は絶対、素手でさわってはいけなへんぞ!恐ろしいウイルスです、美唄の市長、息子が漫才やってるそうだ、親子そろっておもろいな大阪やったら、なんか、いわれるかな。いま、マスコミとか、批判がおおいからな、麻生総理大臣を下ろそうという動き、これは実に情けない動き。火中栗をひらうように、総理大臣になった、あのお方。支えて助言すべきがもう、おろすとは、なんたること!情けないよお前たちは安部ちゃんも福田ちゃんもそういうことだったのね、内部外部の敵がいて、問題多すぎてさじを投げた。という論理が見えてきたよ。日本政党政治の末期的症状。幕末の徳川御三家の動きではないか(またでた)とにかく、やらせてみてはどうだ。すぐにおろすとか、どういうことだ。それでは、誰がなっても、おんなじじゃーあ、ありませんか。ミンスも右に同じ。ということは、この日本の政治形態そのものがおかしいのでは、と思う・だいたい、議員たちのリストラからすればいい。もう、半分もくび。参議院もなし、霞ヶ関解体。地方分権、州政府の導入。日本を生かすのは、つなげる発想で、ロシアから荷物を運び、トンネルを掘り、北海道の港から海外へ出させる不凍の港が必要なんですね、そういうことは、北海道が行き止まりでなく、そこから始まるつながる発想でゆけばいいんですね、政党政治は、カリスマ的な政治家が必要でそういう役者はみえないこういう一見ばかげたお風呂敷のような政策などロマンや夢のような大志をもつひとが必要。政党というのは、自分たちの権益だけを追求しがち、党利のみ考え、党略に重きをおく、日本をどうしてゆくか、という次元でない。外交問題もまったく進展がない。それもそのせいだ、ロシアと日本はまだきちんとした条約を結べずにいることを日本のほとんどのひとはしらない。ということで、べんとうやの寝言はおわります、
2008.12.12
コメント(6)
ノロウイルス(Norovirus)とは非細菌性急性胃腸炎を引き起こすウイルスの一種である。カキなどの貝類による食中毒の原因になるほか、感染したヒトの糞便や嘔吐物、あるいはそれらが乾燥したものから出る塵埃を介して経口感染する。ノロウイルスによる集団感染は世界各地の学校や養護施設などで散発的に発生している。「NV」と略されることもある。症状の始まりは突発的に起こることが多く、夜に床につくと突然腹の底からこみ上げてくるような感触と吐き気を催し、我慢出来ずに吐いてしまうことが多い。それも一度で終わらず何度も激しい吐き気が起こり、吐くためにトイレのそばを離れられないほどである。無理に横になろうとしても気持ち悪くて横になれず、吐き気が治まった後は急激且つ激しい悪寒が続き、さらに発熱を伴うこともある。これらの症状は通常、1、2日で治癒し、後遺症が残ることもない。ただし、免疫力の低下した老人や乳幼児では長引くことがあり、死亡した例(吐いたものを喉に詰まらせることによる窒息、誤嚥性肺炎による死亡転帰)も報告されている。また感染しても発症しないまま終わる場合(不顕性感染)や風邪と同様の症状が現れるのみの場合もある。よく「嘔吐、下痢、腹痛を伴う風邪」という表現があるが、それはノロウイルスなどによる感染症である可能性も低くなく(エンテロウイルス等の他の原因もある)、単なる風邪ではない場合がある。ただし、これらの人でもウイルスによる感染は成立しており、糞便中にはウイルス粒子が排出されている。千葉ででたようだ、
2008.12.12
コメント(0)
12月12日20時10分配信 読売新聞 北海道美唄(びばい)市の桜井道夫市長が、お笑いライブに下着姿で出演していたことがわかり、市長は12日の定例市議会で陳謝した。 ライブは、9月28日夜、東京都文京区の文京シビックホールで開かれた。 市長の長男はお笑いコンビ「西麻布ヒルズ」のメンバーで、市長は長男と掛け合い漫才をした際に、半裸の下着姿になり、その写真は、長男のブログに公開された。 東京へは休暇を利用した私費旅行だったという。 一般質問で市議が「市民の信頼を失う行為ではないか」と指摘。 市長は「美唄のファン拡大につながると思って引き受けたが、あいさつ程度にとどめるべきだった」と陳謝し、「市長の行動規範について、条例化を進めたい」と述べた。 あやまらなくてもいいとおもう、いいじゃあないかそれぐらい、楽しい市長
2008.12.12
コメント(2)
流石に、ひとりぐらい寝たばれをすり「おしゃべり」ぶろぐがあるのだが、今回はない、小田さんの栗役のゲストを調べたい!まあ、いいか、あの会場の緊張はすごいね、紅白の緊張もすごいが、小田さんは紅白とか、レコ大賞とか、嫌いなんですね、ひねくれてます、そこがまた、いいんですね。まあ、仕組まれているもんですから、オフコースとしてデビューして間もないころ、作曲の大御所が彼らにきょくを書いて世界なんと歌謡祭に出ることになり、そのためにハーモニーを広げるためにメンバーまで増やして、しかし、賞がもらえなかった。しかし、スタッフが根回しがたらないとか、審査員にいったのにとか、どうも、雲行きがおかしい、小田さんたちはああいうとこの裏の舞台を見て、呆然。ほんとうのいい歌を目指すものがどうも、仕組まれたもん、どろどろとした、芸能界。自分たちは純粋にいい音楽を認め合うものそういうものが米国にはある、グラミーである、小田さんはオフコースが休止したときにこういうものを日本に作ろうと一人運動する、しかし、問題がおおおく、挫折してしまう、お互いに認め合う、尊敬しあう、そういう仲間であるべきが、誰が上で下でヒットがどうのこうの、ではない、そういうコンセプトが引き継がれるのがこの「クリ約」なんですね。アーチストというのは孤独の作業で、どうも変にプライドが高い。協調性がない。でも、最初はそうでなかったはず、大金を手に入れ魂を売りとばしてしまう、人がいるんだね。だから、ヒットすることよりも、自分の音楽をやるほうが大事。斉藤哲夫さんはそのためにバイトしながら、音楽を続け、家庭を守った。小さな会場で斎藤さんのライブがあり、アンコールがきた。「すいません、深夜の警備のアルバイトに遅れるのでこれでおわります、今日はありがとう!」すごいとおもいませんか、えらいとおもいませんか、そういう人ほど現実味のある心の音楽を表現できるのですぞおやすみ、ここ
2008.12.11
コメント(7)
![]()
ゴールデン☆ベスト~語り継がれる天才 稲葉喜美子の世界/稲葉喜美子[CD] 夜汽車 稲葉 喜美子(いなば きみこ、本名同じ、1957年3月8日 - )とは、1980年代半ばから1990年代始めに活動した神奈川県横浜市出身の女性シンガーソングライターである。愛称は、Maria(マリア)である。実家は横浜市内で自動車整備業を営んでおり、7人姉妹の末子だった。近隣から流れるFENをきいて音楽に目覚め、『特に影響をうけた音楽家はジャニス・ジョプリン、5歳から歌作りを始めた(本人談)』という。学業などの傍ら14歳から市内・日の出町のライブハウスに出演し音楽活動を徐々に本格化。高校卒業後就職、会社員として働いていたが1979年ライオン・フォーク・ビレッジ関東地区大会グランプリ受賞。しかしまもなく大病を発症し、療養に専念、プロデビューは三年後の1982年まで待たなくてはならなかった。1982年日本コロムビアからシングル「願ひごと~公園於」、アルバム「愛しき人へ」をリリース。強い感情移入、絶妙で確かな歌唱力、中島みゆきに類すると評価された暗くかつ鋭く恋愛・社会を抉る歌詞で1980年代半ばから1990年代前半にカルト的人気を博した。また数は決して多くはないが尾崎豊など、稲葉の影響があったことを自ら認めたプロ・ミュージシャンも存在する。
2008.12.11
コメント(0)

風と落葉と旅びと1972年6月発売。作詩松田りか 補作詩たかさきくにすけ 作曲松田りか 編曲青木望りかさんが中学二年のときに作ったんだ、デビュー曲、ガムの歌はすがすがしいきもちにさせてくれて、ほっとさせてくれるんだはもりもきれだし、声もさわやかーここ
2008.12.11
コメント(0)

またまた、おせちのきせつもう、9年目になる、この時期になると、大御所は憂鬱になる、(大御所は奥様)しかし、例年ならばんばん、予約はりますが、今年はおそい、やばい。予定数完売できるのであろうか、ああ、ちらしをてまきでばんばんいれるが反応が弱い、しかしながら、今までの予約の中身はリピート率98%今年はこれの異常。それに、亡くなったおばあちゃんも何人かいた。知らずにいた、時の流れを感じるな三の重は、煮物です、これが結構薄味で人気です、おかわりたのむひといます。画像逆、かもの紅茶煮込み、豚の角になど、メインです。しかし!今年はかなりの原材料が値上げ、頭が痛い。えびもかまぼこもすべて、値上げ、またもや・・仕方ないので、新規の人がお重込みで6500円。3年以上の人が5700円2年が5800円にした。うちの容器はリサイクル、もう何回もそのお重にいれる。ごもになるからねああ、がんばって、売るぞ!あと、70個も・・・がくり
2008.12.11
コメント(2)

クリスマスの約束は、2001年より毎年12月25日(2005年は12月22日に、2006年は12月28日に放送)深夜にTBS系列で放映されている音楽番組。「全く新しい形の音楽番組を作りたい」とTBSが小田和正に持ちかけ、小田和正をメインアーティストに「アーティストがお互い認め合えるような番組」を目指して作られた。略称はクリ約。2001年、セルフカバー・アルバム『LOOKING BACK 2』のヒットを受けて、TBSスタッフは小田に『うたばん』への出演を要請するが、小田はそれを辞退する。諦めきれないスタッフが「何とかしてテレビ出演してほしい」という思いから企画したのがこの番組であり、チーフプロデューサーの阿部龍二郎(現:編成制作本部編成局担当部長)をはじめとするスタッフのほとんどは『うたばん』と同じである。同年、制作に当たり、有名アーティスト7組に出演依頼するも、そのすべてから出演辞退を受け、納得できないスタッフを小田が説き伏せる形で、単独ライブ形式の公開収録をこなすこととなった。結果、その姿に称賛・感激の声が多数寄せられ、リクエストに応じて再放送もされ話題となり、以後毎年制作・放送されている。番組のナレーションは初回から斉藤由貴が務めている。2001年「クリスマスの約束…きっと君は来ない」クリスマス・イブ /小田和正 (山下達郎)(演奏前に紹介された山下達郎からの手紙の中で、この曲はオフコースに触発されて作った曲だったと明かされた。この曲の演奏後、小田は「あとで何を言われるかわからないけど、きっと達郎のところにも届いたと思う」とコメントした) 呼んだゲストが誰もこなかった、2002年「クリスマスの約束」この年も誰もこないがすこし、進展があった、HERO /小田和正 (Mr.Children)(収録時はこの曲のシングル発売前であった。また前年の放送翌日に届いたという桜井からの手紙によると番組出演を断った理由として、同じ時期に他局でMr.Childrenのライブ・ドキュメント番組を放送していたこと、小田を中心にして豪華ゲストを呼ぼうというTBSに対する不信感があったこと、チャリティーでなければどこに意味を見出していいのかわからないことを挙げていたが、番組を見て自分の思っていたことが違うことに気づき、自分たちの曲を番組で取り上げてくれたことを感謝していた。これに対し小田は「番組をやるにあたって何度もくじけそうになったけど、この手紙がなかったら今回はできなかった」とコメントした。当初、『君が好き』を歌う予定だったが、CMを見て変更したことを翌年の番組で明かした) 2003年「クリスマスの約束」やっと、ゲストが着てくれた、義理堅いメンバーゲスト ゆず、財津和夫、根本要(スターダスト・レビュー)、桜井和寿(Mr.Children) ここで桜井君やゆずとの親交が深まる、2004年「クリスマスの約束~風のようにうたが流れていた~」ゲスト 島倉千代子、山本潤子、ムッシュかまやつ、財津和夫、鈴木雅之、スターダスト・レビュー 音楽番組「月曜組曲」第一部 『風のようにうたが流れていた』の総集編として放映された。2005年「クリスマスの約束"大好きな君に"」実は関西では放送されなかった、ゲスト 中居正広"大好きな君に"と題された小田の同年コンサートツアーとほぼ同じ内容のステージが、11月29日さいたまスーパーアリーナで番組史上最多となる14000人の観客を集めて収録され、その半分程度が放映された。この公演のチケットは一般発売され、初めて有料の観客が入った。 また、中居正広がこの番組にゲスト出演するまでを追ったドキュメントが、放送翌日の2005年12月23日「中居正広の金曜日のスマたちへスペシャル」でオンエアされた(クリスマスの約束放送時には中居のテロップ表示がなかった)。 中居は「小田さんが何を間違われたのかは分かりませんが、僕はアーティストじゃありません!」(登場後すぐに)、「半年間、これまでで一番歌の練習をした」、「収録前日は一睡もできなかった」などの発言があるように、かなり緊張している様子だった。 2006年「クリスマスの約束2006」コックンさんが感動して泣いたやつ、テーマ「メッセージ」コンセプトをしっかりさせ、番組の形の整ってきた。ゲスト いきものがかり、松たか子、斉藤哲夫、スキマスイッチ 斉藤哲夫さんの音楽にたいしての活動、僕は実二感動した、尊敬した、売れる売れない野次元でなく、音楽とはなんだということを教えてくれた時代のこびず、自分の歌を歌い続けるということ、この番組でMCで小田さんが30年ぶりに自分のオフコース時代の初期の小さな部屋のミニライブで呼んでいて、そのご、再び、ゲストに呼ぶことを感慨深げにいっていた、2007年「クリスマスの約束2007」テーマ : そして 今 思うことこの番組から歌をこらぼし、作り上げるパターンができつつある。ゆずおだの歌のように、今回もさだまさし、ヤイコとの「恋バス」などは最近CDになる、また、ずっと、小田さんがこの番組で歌っていた somday を佐野元春と歌うことが実現できた、おそらく、佐野さんと小田さんの出会いは、拓郎がニッポン放送で企画した国際青年の年のライブであるとおもう、そのときの話を番組でしていた。本来なら幕張メッセでのみの収録だったが、さだと宮沢のスケジュールの都合がつかなかったことから、2人の出演分のみTBSのスタジオで行われた。第45回ギャラクシー賞ノミネート作品として、12月のギャラクシー月間賞を受賞した。2003年度に続いて2回目の受賞。この道を行く /早稲田大学グリークラブ-小田和正が創立100周年記念愛唱歌として作曲した合唱曲この歌も感動を与えるものであった、さて、今回はどうなっていることやら、おたのしみ
2008.12.11
コメント(4)
あさがおさんに影響されて元日のさだまさしさんの番組にはがきを書いた。懐かしかった、実に、高校生のころ、受験勉強をしながらはがきを書いたもんです。ぼくは、ヤンタンか、つるべの番組などですが、「ギャグ」ものや「ストーリー」もの、など、ネタノートをつくり、アイデアや面白いことを書き留めておいて、ストックしておき、だしたもの。最初は没がおおい、しかし、ペンネームでだしているので友人は読まれたどうかわからない。高校時代は実に僕は暗く、友人もあんまりいなかった。ハイスクール落書きの番組のような工業高校で不良たちにいじめられたていた。ひたすら、登校寄与費もする勇気もなく、たまに学校をサボり、図書館にゆき、勉強していた不思議なやつ。もう、授業は悲惨、崩壊、そういう時間はひたすら寝る。か、自習。ひたすら、路線変更途中下車して、大学を目指す、もう、むりでしょ、そんな馬鹿な学校から、無理。といわれつつ、暗中模索。そういうなか、オアシスは深夜ラジオであった、好きな音楽、オフコースやみゆきや千春、聞きながらつるべの放送やゆきねえ、名古屋の番組しかでてなかったころ、ミッドナイト東海がすきでした、つボイさんの放送にもはまり、放送が聞けないにもかかわらずFM愛知に手紙をおくり、ポロシャツやプリンプリン物語の台本までいただいた、はがきが読まれるポイントは、字である、読みやすく、横がきで行間をあけて、起承転結を守り、おとしどころにポイントを置く、今回のは、まっさんの番組に投稿したのは実話で、母が死ぬまで封印してた、面白すぎるけど、あんまりひどいのでやめといた。実話を脚色するときもあるし、人に聞いた話、本で読んだ話とかそういうのもあったね、思いだしたね、これで没になったら、すんごい、落ちです。ラジオが好きで、あこがれたものです、地元のFMのDJが近所にいて、もう引越ししたけど、あって、話すと、ねっからのラジオすきですね、といわれた。いや、でも、もう、今はほとんど聞かない、聞く気がしない。
2008.12.10
コメント(4)

クリスマスの約束2008あさがおさんの要望におこたえといいながら、実はこの記事を書いているころ東京JCBホールでいままさに、収録が行われているんだ。たぶん、昨年にパターンで小ホール、大ホールと大阪ドームでのライブをあわせるのではないか、と、予測する。昨年は行く気ではがきをだしたが、ぷろぢゅざーがわざわざ舞台で、「年賀はがきのあまりでだすひとは、失礼だから、没にしました。」!!! ぼくのことやん!もう完全にへこみましたね。あわせて、TBSが嫌いになりました。くしくも、まっさんの番組では古い年賀ではOK,で、だしました!話がそれている。さて、ことして8年目になりますゲストはシークレットです。放送はまだ未定のようですなんの請っちゃで、CSでは過去の放送がながれていまずぞ!!ああ、うちはまだあなろくやし。。というわけでまったくしらないぼくでした
2008.12.10
コメント(7)
クリスマスの話だったね、あの秋葉原の加藤も小泉もおそらくそういうもんに縁のないものだっろう、人は愛を求めさまよう旅人、何億もいる人々の中から結ばれしひととであう。恋というやつを何度もする。人は結婚し家庭をもち、やっと愛を言うものを理解するという。クリスマスは家族愛、友人愛をはぐくむものでキリスト教主義的な、「博愛」というやつもはいる、決して、恋人タチノサンタクロースではない。しかし、レコード会社は過去数十年。この手の歌を推し進め、余計におなかいっぱいのものとなる。僕の町の施設というものんがたくさんある。そのなか、山の奥にある施設があってそこに帰る子供たちはバスをひなびた商店街の端のバス停でのる。。ひなびた商店街は客も少なく、サンタクロースの歌を流していた。親がいない子供たちより育児放棄やDVにさらされらた子供たちがおおくいるらしい、そういう光景を見るたびにこの子達の心の風景はどうなっているんだろうか、と思う、ひどい世の中だ、でも決してこういう子達が悪をするわけでないのだ。まっとうに育つのだ、一昨年まえ、幼き姉弟が山道を歩きかえる姿を見た、姉が弟をかばうように歩く姿をみて、感動したものだ。10歳足らずで50年もかかって理解できないものを経験している。容赦なく、アーケードから流れる、クリスマスソング。子供たちは どう、感じるか。
2008.12.09
コメント(5)
こんばんわクリスマスの季節がきたね。まあ、毎年、毎年このネタですが、「クリスマスは哀愁のリトマス試験紙」とおもうんですね。実に、嫌いな季節です、タツローのクリスマスイブ、「きっと、君はこない」そう、こないんだね、テレクラの桜にだまされる兄ちゃんも施設の子供たちも、コンビニではたらくねえーちゃんもそう、クリスマスはろくな思い出がない、だから、嫌い。ツリーなんてものない。この話はまた。今夜は眠いので、もうおわり、
2008.12.08
コメント(6)
全66件 (66件中 1-50件目)


