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こんばんわ、みなさん、お元気ですか・・。しかし、二月は早かった、しかし、明日も二月二月のおまけ、四年に一度の2/29.アスこの日に生まれてくる子供は法律的には2/28になるそうだ・・。ない日というやつか、矛盾するんだ。太陰暦のころは閏月というのがあって、ずれてずれてくるので2月が終わったら、また二月が来るなんて二月を二回して、しかし、またもや給与をもらえるという不思議なもんだ・・。太陰暦による12か月は354暦日で、太陽暦の1年に較べて11日ほど短い。このずれは、11×3=33日ということで、3年間で1か月分ほどになる。そこで約3年に1度、1年のどこかに1か月を挿入して13か月とし、季節とのずれをなるべく少なくする。この挿入された月を閏月という。一秒というのは原子の動きで決められているそうだ、しかし、だんだんずれてくる、それは地球の回転が一定ではないかららしい・・。先の大地震でもほんのすこし自転回転がゆがんだそうだ、地球はやはり、生き物であるとおもう。母なる星である。
2012.02.28
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最近はフェイスブックばかりやっていて、中毒気味。考えてみると、このFBの世界はバーチャルみたいな部分もあり・・。若い人はあんまりしてないらしい・・。40代とか50代が多いらしい・・。ツイターも最近はしないな、あれもつまんないな、3.11のときはすさまじい拡散だったが、最近は宣伝がらみばかり・・。このブロ具も最近は差彫り気味でおとづれるひともすくなく、ぼく自体も訪問しない・・。昔は500のアクセスが日々あったんですがといっても、ログを残すへんなもんもおおかった・・。テーマを決めて何かをしないといけんな・・。
2012.02.25
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こんばんわ、みなさん、お元気ですか国会の審議は座礁気味で赤字国債の発行など重要な予算問題もあり増税のことも自民などから反発をくらい、震災の復興も遅れ遅れになるようです、これも、機能不全。組織疲労というやつです・・。組織とか、会社とか、いつか、その組織は形状疲労を起こし機能しなくなる。政党政治におけるいびつな形態はそのものです・・。私の以前いた会社でも、だんだん会社が大きくなり、店数が大きくなり管理がたいへんになり、数値管理で物事を推し進める方向になりつつ、システムや仕組みで対処しようとしていました。大昔、テレビをみていると、自慢げに会長がでていて、いかにうちの会社がすごいかを語っていた。システムを構築し、自動的に毎日、動いて、どうのこうの、利益があがってくる、ようなこと、システムや仕組みこそが重要であると・・。心ならずも、あほか・。といいたくなりました。そんなこといってたらだめになるぞ・・。と、現実になっていったわけです・・。江戸幕府も鎌倉幕府も足利幕府もすべての組織はいつかはだめになります・・。それはなぜかといいますと、もちろん時代の流れがありますが、権力者が能力を失うときというのは、端々までの魂をこめた、コンセプトを実現できなくなるからです・・。要するに、いくらいいシステムがあってもそこに魂を込めないとだめなのです、コンセプト疲労してゆくのです・・。日本の政治家も完全にコンセプト疲労しています、自分たちが選挙で勝つことだけを目標とし、現実問題はなんらかわらないのです・。お題目をいくら唱えてもだめなのです。
2012.02.22
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昨日、死刑が確定し、少年の顔を名前が新聞にも掲載された。たぶん、卒業写真であるとおもうのだが、なんともいえない感じがした。こいつが、悪魔のようなやつか?そう、おもうが、いまさら掲載する意義はどこにあるのだろうか・・。死刑判決については、ぼくは当然であるとおもう、あの橋下知事が昔、弁護団に懲戒請求するようにテレビで訴えて余計にこの事件に関しての世論が沸騰した。法の上で平等であるべきものが、被害者、遺族にとってはなにも平等ではないやらレゾンである。生きている加害者容疑者は尊重され死んだものは、扱いはひどいのである、矛盾というやつだ。少年たちの極悪犯罪が急増したあのころ、少年がまさか、そういう犯罪を犯すとは誰も予測しなかった・・。いままで遺族たちは常に泣き寝入りし、世の中をうらみつつ生きていったのであろう。江戸時代は、「敵討ち」というのがあり、奉行所に届け出て通行手形をもらい、放免払いにしてもらい、ひたすら相手を探しやり返すのである。成功したら、再び、奉行所に届けでて殿様が褒美をくれるのである、明治維新になり、禁止となり、法律ができたのであるが被害者における救済なんていうのは最近までなかった、精神的金銭的苦痛は相当なものであったろう・・。そういう救済を自ら行ったのが残された遺族の彼である。彼の13年における闘争は相当なもので、尊敬に値する。一方、加害少年であるが、生い立ちや親をみても彼が犯罪にいたるまでの経緯は精神医学的にも分析してほしいものである。犯罪は心のさせるものである、病んだココロが生み出すエゴイズムであり、先天的気質、教育背景(家庭)、いじめられる、いじめるその三点セットで、極悪人は誕生する、何らかのきっかけで犯罪を起こそうという悪のこころがでてきても、何かのストッパーが働ければ犯罪は起こらない場合もある、なぜ、人は人を殺すだろうか・・。なんで、彼はこの世に出てきたのであろうか、西洋的にそういうものをひっくるめて「悪魔」という概念をつくりあげたんだとおもう、
2012.02.21
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こんばんわ、みなさん、最近、こちらのブロ具をサボりまして申し訳有馬温泉。
2012.02.16
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こんばんわ、みなさん、またしても、バレンタインデーがきますね・・。持てない男には苦痛の日ですが、といっても、この年でどーでもいいが・・。しかし、なんで、女の人はこの手のイベントがすきなのか?購買意欲のつぼのようなものがあるんだろう・・。お店はなんとか、買わせようとするのですが、なかなか、買ってくれない、しかし、このときばかりは買うのですね。男性が買うホワイトデーなんてのはぜんぜんもりあがらん・・。なぜか・・。男はそういうものはいやなのだ・・。何とかの日。そういうのを言うのはいいけれど、こじつけみたいなのはよくない。
2012.02.12
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日本人は能動的民族であるのか、受動的な民族であるのかそのことが頭をよぎった、よぎる必要なんかないのですが、ある本を読んでいたら、引っかかった、「日本人は受動的な部分がおおい・・」はたしてそうか、そうは思える部分もあるし、宋でない部分もある。たとえば、日本人はさめている、デモや政治的な運動は一部のひとだけで「しらけ」ているひとがほとんど、中国や韓国で、敵対する国の国旗を焼く風景がでるがまた、台湾などでも議会で殴りあいがあったり、そういう光景はみない。思想的に骨抜きとされた戦後教育におけるGHQの戦略は見事に成就しているわけだ。表題の能動的ニヒリズムというものはすべてが無価値・偽り・仮象ということを前向きに考える生き方。つまり、自ら積極的に「仮象」を生み出し、一瞬一瞬を一所懸命生きるという態度。ニーチェの言葉という変な本を読んで余計に難解になった私ですがぼくはそういう生き方であるのだとおもう、で、話を戻すと、日本人は過去、歴史の中で激しくデモを危険行為をしまくった時代がなんどあった。日露戦争で小村寿太郎がポーツマス条約で締結し賠償金はもらえず、樺太半分だけもらったことに国民が激怒し帝政ロシアの巨大さも知らずに、抗議デモが荒れ狂い、地元神戸における湊川神社近くの「伊藤博文」の像が引き倒されなおかつ、ひきずまわされ、警察の交番は放火されたり大変だったそうだ、話はそれますが、兵庫県の初代知事の伊藤博文は結果、かの半島でテロに倒れますが、その銅像は太平洋戦争でも金属がたらない、ということで供出されてしまう、悲しい運命にあります。話がかなりそれましたが、日米安保条約の反対におけるデモも相当なものであったが沖縄基地問題についても、本土であるわれわれは関心が薄い。対岸の火事のような気でいる、これも実におかしなもの、日本人は政治に関しては失望し、受動的ニヒリズムで相対にあるものだと思うのです。なぜ、日本人はこうもしらけてしまっているのか、国民性を考えると、相当難解でもあるのですが、やはり、どこかボタンを掛け間違えたのだろか、戦後の教育と、戦前のものとはぜんぜん違うもので要するに、国家というものや天皇というものがぜったい出会った戦前と平和が一番という個人主義的なものとぜんぜん違うものだがいまは、そのどちらもいいところを取り入れ国民性を向上させていかないと、この先、中国にやられる。
2012.02.08
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みなさん、こんばんわ、今日は節分、恵方まきであります、まるかぶりであります、下品でありますが、そのイベントはひそかに何十年も続いています。思い出すのは、母が店まで持ってきてくれて、4本、嫁の母がまた、店にもってきて、4本、お客さんがくれて3本、知り合いが持ってきて2本、合計13本、13本もどうすんねん!しかし、モンクをいってはいけません、ありがとうございます、といただく。何日も何日も・・。今日は久々、ファミレスの思い出20年まえぐらいでしょうか、大阪の町の中にある店に有名人がこられました。しかし、有名人もプライバシーがあるのできた!とか、サインください、とかは禁止、ひたすら普通にするのです、そうしないと次にきてくれません、今回は時効なので、ごめんこうむります。お客さんはあの、上岡竜太郎先生、と弟子のぜんじろう・・。すかさす、フロアーの女の子がお絞りとお冷をお持ちします。「いらっしゃいませ!」ぜんじろうさんが「ホットを二つください・・」店員はマニュアルとおりに、復唱します。「ご注文を繰り返します、」すかさず、上岡氏「せんでええ」店員「?}上岡氏「せんでええ、いうとるやろ・・なんで、ホット二つに復唱せなあかんのや・・」延々と上岡節が始まりました。店員の女の子は今にも泣き出しそうになりながら「もうしわけありません・・」「なんで、あやまるのや?はよもってこんかい・・」「申し訳ありません」謝ればおこられ、説教が再び始まる。しかし、バイトの女の子に説教してもしかたないのだが、東京にいる社長に言えばいいのですが・・。その店では上岡マニュアルができて、復唱禁止になったとか・・。確かに、上岡さんの言うことは正しい。マニュアルというものがあってこそのチェーンストアです、そう、いかにオーダーミスが多かったか、復唱をしないからでした。忙しい時に散々待たせたお客さんにオーダーが間違っていた、オーダーが抜けていた・・。苦情の嵐。「こら!店長よべ!」「店長は休みです・・」「なにしとるんや!」怒り心頭。しかし、その上岡伝説は「臨機応変さこそ必要」という教訓でもありました。
2012.02.03
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こんばんわ、みなさん、寒い日が続き、日本海側は度かゆきに見舞われています、昔の小学校の教科書には「裏日本」と「表日本」を社会科で書いていたのをふと思い出した。ひどいいいかたですね、裏っていうのは、そういう批判があってなくなりましたが、昔は差別や批判、容赦ない言葉、というものが充満していたようにおもいます。他方批判自己温存の法則です、自分という存在を際だ出せたり、方向性を決めるために他を批判するかもしくは、押さえつけるのです。男尊女卑思想もこれが原点となっており、不思議なことに全世界のあらゆるところで女性は差別され虐げられてきました。ぼくは基本的には女性の有能性、もしくは優位性をすごく感じます。女のほうが実は男より優れているものを持ちます。いろいろな面を見ても思います。しかしながら、過去数千年、なぜ、男性は優位であったか、そのことを以前から述べていますが、最終的に、男はおだてられないと仕事をしないし、究極、男性自身のありかたにも影響があるのです。ネアンデルタール人が20万年も地球で生きていたのに数万年でヒューマノイドと入れ替わり絶滅してゆきます、ヒューマノイドのほうが強いものであったのか、遺伝的に優位に立てたのかもしくは環境の変化に対応できたのか、それは謎のようですが、「火」を使い「道具」を使い、駆逐したのか、征服したのか、狩をして生きていたと思われる原始時代、ずんぐりむっくりのでかい背の低いネンアンデルタール人の化石が出てきて、衝撃的であったのが頭を割られのうみそやずいえきなどを食べられたあとのような化石であったといわれています、人である人類がネアンを食い物にしていたという化石です、人間が行ったかどうかはよくわかりませんが、人間の奥底にある残忍性というのはそのあたりからきているのかもしれません。男尊の話に戻ると、種族が繁栄し、生き延びるのにはやはり、子供を生むということです、その子供を生む行為においては男があそこが立たない限り無理であるということ、海綿体が充血しないと無理なのです、女はそのために、男をえらい、としたのかもしれません、
2012.02.02
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