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楽天を始める前僕は ひたすら深夜まで仕事をし時に息抜きに、ギターを弾いていました。静かで、そして何処かしら孤独な無数の時間の粒子たち・・・それはそれで僕には何の疑問も、迷いもなかったのです。しかし何かしらの不安感を、無意識なりに抱えながら生きていました。日々、さしたる充足感もなく 無表情にそれでいながら仕事のことばかり考えていました。楽天会員になって約2ヶ月とても短い時間ですが限りなく美しい豊かな、実り多い季節を感じました。素晴らしい一年の後半でした。限りない己の成長のために必要な様々なことに出会えたこと素晴らしい人間達に出会えたこと思いもよらぬ 嬉しい事件の連続・・・スーパー・ラッキー☆なことです。先日に、12本の薔薇さんに御紹介頂いたイタリア映画界の巨匠フェデリコ・フェリーニの言葉 「人生は祭りだ 共に生きよう」 (フェデリコ・フェリーニ映画81/2より・・)新たに迎える新年「ルカの街並ブログ」 に訪れて下さる素晴らしい人達、そして僕が日々、訪問する沢山のブログの かけがいのない人達と共に人生をという祭りを共に生きていく喜びを感じていきたいと心から願います♪素敵な新年が奇跡のような 嬉しい沢山の出来事が皆さんの心に訪れますように♪*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(*´∀`)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・* 来年も宜しく御願い致します。では、また明日♪(☆^ー^)ノ**
2004.12.31
今年の楽天マイ総括。楽天で目にした、実りある豊かな言葉から受けた刺激・影響を振り返って。今日の日記は ちょっとした楽天THE名言集です♪まずはよびりん♪さん編から ガオオーーーー!!(>.<) 笑(しょう)よく業(ごう)を制す! 半分の法則で生きていこう! 一日100回バカ笑いだ! さあ貴方も君子を目指して、1日100回バカ笑いの荒行に挑戦しよう!!(爆) まずは、勝敗にこだわらず、今を必死に生きることだと思うのです! 人様の痛みのわかる優しい心を大切にしましょう。 絶対にその場にいない人の悪口を言ってはならない! 置かれた立場、環境で明るく生きることですよ。 明るい人は元気ハツラツですから、 みんなが、幸せを求めて集まってくるのです。 ~お返しは笑顔で充分♪(^^)~ヨンさまと同じです(爆) 懸命に生きている人は美しい! ~こういう人を誰が放っておくものか!~ これが人生です!! 約束したことは必ず守り、やりかけた仕事は最後までやりぬきなさい! 経営とは、そういうものであると思う! もちろん人と人との繋がりもそういうものであると思う! ~だからこそ他人様が助けてくれるのである! これができて初めて、愛の心が実践できるのだ! あとは、触れ合う人々の喜びを我が喜びにして、 しっかりとテクニックを勉強実践して、人生を切り拓いていくのだ! 約束を石に噛り付いても守る!自分を甘やかすな!世の中を甘くみるな! ダメな人間とは、付き合わないことである! お金を借りにきても突き放すことである!温情をかけないことである! 救ってやろうなどと、身の程知らずの考えをおこさないことである! ~温情をかけるからダメな人間が自立できないのである! 社会から信頼される人になれ! 先日、友人の会社経営者が小社に遊びに来て驚いた。 なにしろ朝から小社は爆笑の連続なのである。 「ここは吉本みたいだね」「わはは。我社は別名、新庄警備っていうんだよ」 「よくそんなことで会社が経営できるなあ。しかも、貴方は、年間100回講演で会社は、ほったらかしなんだろ。そのうえ増収増益、無借金経営なんだろ?」 「わはは。新庄は無敵なのだあ!!」 「秘訣を教えてくれ!」 「だから、社員みんなで新庄になればいいんだよ」 明るい会社=バカ笑い=触れ合う人々の笑顔=笑は商なり!=小さなことにクヨクヨしない!=笑いながら犠牲を犠牲とも思わず生きていく! =だから元気ハツラツとして儲かる! 愛の心で生きなければならない=実は執着の心なのです。 もっと柔軟にアホっぽく考えることですよ。 自分の喜ぶことをしよう=他人の顔色なんかみない=バカにされても笑われてもいい=幸せになる!のです(^^) 「自分さえ我慢すればいいんだ」をやめましょう! 言いたいことは、はっきり言いましょう! 嫌なこと辛いことがあるのが当たり前!~いちいち過剰に反応するのをやめよう! 人生は笑顔だ!気合だ!ガオオ~~~~!!の精神であると思う! 子供が道を外れそうなときや、部下が過失を犯したときは、 仲良し言葉などでは、なめられるし、本人のためにもならない! 呼びつけて、ここは一発!どやしつける! マザーテレサも、お釈迦さまもキリストも孔子も、吉田松陰も坂本竜馬も西郷隆盛も名誉や地位や権力なんてどうでもよかったんですよ。そういう生き方が社会では真に評価されるんだと思います。 苦しい時、つらい時、自分に負けそうな時、朝一番で吼えるのです! ガオオ~~~~!! もっと大きな声でガオオーーーー!!愛と勇気の合言葉 ガオオーーーー!!格好良過ぎるのだっ! 続きは 後でっ♪(^^)と思ったのですが・・・ダメです!眠過ぎです!!、今日はギブ・アップ!!!です。(>.<;)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~一夜明けて。。。日記の続き ガオオーーーー!!♪今年影響を受けた人達の名言を列挙し貪欲に自分の心に取り込むのだ!という作業の続きのです♪オオオオ~!!!と思う名言に触れた方は、そのままリンク先にジャンプして下さいね☆(^^)よびりんさんの名言集にスペース取りすぎたので(^^;)続きは ちょっと少なめに 楽天名言集再スタート!【亞】さん編 水の性質というのは 流れるところがあれば流れ 常に動いて止まらず 岩にぶつかろうが、状況がひどく険しくとも 流れていくという性質を失いません。 また、水は丸い器に入れたら丸くなるという 物の形に従う柔らかい性質を、もっています。 この水の性質が「信」をあらわします。 険難の時は、進んでいかなければ いつまでも 苦しみの渦中にいることになります。 険難を脱するには、身は危うく、 何も対処できないような状況にあっても 抗(あらが)ってもがいたり、立ち止まらず 時の流れのままに、進むことです。 それは、朝起きて、食べて、寝るといった ごく基本の日常生活を送ったり 問題に対して、できることだけを 少しずつ、やっていくことでもあります。 「時が解決する」 また「時間薬」などとといいますが 水の性質に倣(なら)い 流れるような心をもって、毎日を過ごしていったなら やがて力を抜いた人の体が 水にふっと浮くように 苦しみの渦中を脱すると教えています。かめおかゆみこさん編 ★今日のフォーカスチェンジ♪ からだが変わると、こころも変わります 「ありがとう」を繰り返してみる 必要なことは、相手が全部教えてくれるんです 困ったら、笑ってみましょう どんな感情にも、かならず終わりが来るのです 自分でほぐれる力をもっているんです 生まれてきたからには、生きるのです 大丈夫。だっていつも、ひとといっしょ 愛から、すべてははじまります 地球が支えてくれるのです 自分も責めない。相手も責めない 受け取らないと、受け取れません すべてのひとに好かれなくても、生きていけます 地球の中心とつながる感覚 あなたが悩むのは、あなたが人間だからですよがぷうさん編よがぷうさんの名言に関しては、以下に紹介する【亞】さんの日記(8/21)に飛んで欲しいと思います。【亞】さんの日記(8/21)よがぷうさん特集勇者あこりん★さん編 生まれたときから、根っからの悪人なんていないはずなのに、どうしてこんなことが起きてしまうんでしょうね。 すべての人々の心の奥に、良心の光が存在しているはず・・・、それを引き出そうというのが、光によって裁くことの意味なのでしょうか。io (麻本 いをり)さん編 大空を飛ぶ鳥が、羽を休めるように、 力強く前に進んでいる人が・・・ 夢に向かって歩んでいる人が・・・ 大空を羽ばたこうとしている、あなたが・・・ 「愛」に包まれ、 羽を休める、場所でありたい。 「ココロのオアシス」 わたしの存在が、「ココロのオアシス」という「場」でありたい。笑竹村の竹ちゃんさん編 日々精進、日々笑心♪ 人生は遊びに来ている♪たんぽぽの願いさん編 自分の人生ですから、 他人の価値観や既成の概念で生きるのではなく、 自分を感じ、自分を知り、自分を理解し、自分を生きること 気付き100%の実行 自分が今ここにいると、 何にも囚われることのない無限を感じます。 無限はこころをわくわくさせてくれます。 いつも自分を感じていられる自分になることが、 思考に囚われない自分になるということなのです こころの平穏は何故大切なの? 源から湧き起こる知恵を捉えるためです 生きるということの基本はまず自分を知ることです 善いと感じることは素直に実行して、 自分(気持ち)を表現する。(自分を創る) 優しさを初めて知ったのは、 誰かに優しくしてもらったから。。。 わたしも優しくなれました。。。。 逆もありますね。 ★思考を本心に一致させ、言動の一致。 ★本心を思考に一致させ、言動の一致。(源は生きていないので苦の元) 注)ここでの本心も一般的には、価値観はついていますが、思考はもっと多くの情報(価値観)に影響されていますので、本心を無視して思考に囚われると、生き方の流行に流される可能性が高くなります。 ★本心の邪魔をする思考を止め言動を本心と一致させる。(これが本心の現実化には一番の早道です) 目標を現実化する方法は上記の3通りです。 起こる事(返って来たこと)すべてをじっくり感じながら、 「自分を偽らない事」 正直で誠実で素直であればこころは満たされる。。。 自分を苦しめている思考(価値観)を全部手放すと人生100倍楽しいよぉ♪12本の薔薇さん編12本の薔薇さんから、最近頂いた言葉をこの日記の締めとさせて頂きます♪(^^)僕が頂いた、というよりこのブログに訪問して下さる全ての方々に送るメッセージのように僕は想います。12本の薔薇さんは本当に素晴らしい人です♪ 私の大好きな言葉をるかのさんに・・ 「人生は祭りだ 共に生きよう」 フェデリコ・フェリーニ映画81/2より・・人生は祭りだ 共に生きましょう!ガオオーーーー!!(笑)来年も 楽天という人生の祭りを皆さんと共に生き、そして楽しむことの出来るよう!♪もっともっと乗せたい名言がいっぱいあったのですが今回は、このへんでっ、と♪(笑)これからも宜しく御願い致します。では、また明日♪(☆^ー^)ノ**
2004.12.30
今夜の宮城県は、猛吹雪でした。車のタイヤはスリップしまくり! (>.<;)大変、怖かったです。しかしそんな真冬の吹雪の中になっても僕は感動する心を忘れません。仕事帰りの車の中で昔懐かしの名曲「なごり雪」を歌っていました♪。雪景色に本当にマッチする心暖まる名曲ですね。 汽車を待つ君の横で僕は 時計を気にしてる 季節はずれの雪が 降ってるここまで歌ってその後に困りました。続きの歌詞が出てこないのです。(≧人≦;)雪景色の中という最高のシチュエーションの中で素晴らしい歌の続きを鼻歌出来ない・・・!何気に、喉に魚の骨がつっかえたような気持ちになります。凄い もどかしいぞっ~!と考えながら車を運転していたら大雪のせいで、立ち往生している乗用車に 危なく 追突してしまうところでした。危機一髪でした!。気を取り直して再び、続きの歌詞を思い出そうとしましたが。。。。。。やはりダメです。思い出せません。(>.<)仕方がないのでサビを歌いました。 なごり雪が 降る時を知り ふざけ過ぎた季節の後に 今、 春が来て 君は 大人になった 去年より ずっと 大人になった・・・・・ん???この歌って、もしや春の歌ではありませんか!?!?春から冬を想う歌なんですよね、実は・・・( ̄― ̄°)鼻歌を歌いながら、初めて気づきました。ま、いっか♪ と考え次は 「22歳の別れ」を歌い始めました。この歌も名曲ですね。この曲は正真正銘、冬が似合う歌だと思います。しかし歌い初めて、気づいたのです。この歌も、サビしか思い出せないことを!!!(>.<;)困った!困った!!と考えていたら家に着きました。(笑)仕事の出先から 実に 3時間たっていました。記憶力に大分、自信がなくなった35歳の夜~♪尾崎豊の歌も 歌いたかったんだけどさ~♪・・・・・・・どうしましょう?明日もあさっても仕事です ( ̄∀ ̄;)。 (爆)では、また明日!(^^)
2004.12.29
仕事中に外を歩いていたら何とも美しい風景に出会いました。冬ですから風はとても強く肌身に沁みるのですが空は透き通るように青く雲は真っ白で 大きく音もなく流れていました。道端の草むらも 太陽の眩しい光を受けていきいきと澄んだ緑色を誇るようにして 風になびいています。ただ それだけの他愛もない風景なのに時を忘れるように僕はその風景に魅入り、しばらくの間たたずんでいました。ここ数日仕事上のストレスを、かなり溜め込んでいて胃が非常に痛かったのです。しかし今日の午後に目にした 神々しい午後の風景の中でまるで嘘のように体の疲れと胃の痛みが、瞬時に消えていきました。一体、何なんでしょうね?とても不思議な感覚です。今日は 自然の美しさから、果てしない心の安らぎを感じていました。この日記を書く数時間ほど前にたんぽぽの願いさんのブログにお邪魔して上記の日記内容のダイジェストみたいな内容をコメント書いたのですがとても素晴らしい返事を頂きました。「すべては自分が創り出しているのですよね。。。だから一瞬で消せるのですよぉ~♪いつも一瞬に消し去って、こころが何もない状態でいると凄いことがおこりま~す♪やった人にしかわからない。。。(笑是非おためしあれれ♪。。。。で、もちろん胃も晴れ晴れでしたか。。。(笑有り難うございました♪」とっても勉強になります!(^^)たんぽぽの願いさんに感謝♪*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(*´∀`)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*では、また明日♪(☆^ー^)ノ**○追記○今日、掲示板新着に頂いた12本の薔薇さんのコメントは、とても心に響く素敵なものでした。あんまり素敵なコメントでしたので今日はReは書かずそのまま残して置きます♪(^^)皆さん、読んで下さいね♪12本の薔薇さんは、来年のお正月明けまで楽天はお休みとのこと。来年に、12本の薔薇さんの 素晴らしい日記を再び 心待ちにしています♪ (⌒ー⌒)ノ~~~
2004.12.28

~あなたの今年最大HIT! な楽天日記は一体誰ですか?~激しくも厳重なる自問自答、一人審査を行いました。楽天会員30万人の中から、針の目を通すような最終選考に残ったのは、現在のところ 次の7名の 偉大なる楽天戦士達です!。(>.<)よびりん♪さん笑竹村の竹ちゃんさんかめおかゆみこさんたんぽぽの願いさん【亞】さんバガボンドさんよがぷうさんこの7名の 愛と勇気の楽天戦士が激しくデッドヒートを繰り広げ最終一人審査は 激しく混乱・熾烈を極めました。楽天オブ・ザ・イヤー 栄光のグランプリに輝くための!マイ一票は果たして誰の手に!?そして、やっと・・・僕はもう、誰に投票するか 決断致しました!では発表しま~~~す!☆パッカパパ~ン☆☆☆そ・れ・は 笑竹村の竹ちゃんさんに決定!!!♪\(^o^)/☆*:;;;;;:*☆ 才×〒"├ ☆*:;;;;;:*☆ ではなくてっ!(竹さん、ごめんなさい! >.<;)12本の薔薇さんに決定で~す!*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(*´∀`)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*驚きです!上記のリストに入っていなかったはずの、12本の薔薇さんが唐突に マイ一票をGETです!!!ヘ(_ _ヘ)☆\( ̄∀ ̄*)なんでやねん!そんな笑竹村の竹ちゃんさんの ツッコミは置いといてっと♪マイ印象では俄然、トップを走っていたのは 確かに竹さんだったのですが12月に入って、いきなりマイ・ブログに彗星のように現れた(僕が招待した^^;)12本の薔薇さんに竹さん、マイ100万票の差をつけられてしまったようです。実に残念です! m(__)m でも竹さん、わずかな希望が まだ残っていますよ♪(0.01mmくらいっ!)楽天グランプリの最終決定戦は来年の1月7日です。頑張って下さい!!!(☆^ー^)ノと、いうくらいに12本の薔薇さんのホームページは本当に素晴らしいのです♪。(^^)先日のクリスマスにTOPの美しさは クライマックスを迎え今は、落ち着いた風情に戻った様子を感じますが気品さと優雅さは僕の知るところ、楽天においてダントツです。 上の写真は12本の薔薇さんの撮った教会の写真。本人が撮る写真のセンス・・・時を忘れて、魅入ってしまうほどに美しい。最上級の誉め言葉が いくらあっても足りないくらい素敵なホームページです。是非、一度訪問して欲しいなあと思います。僕が言っていることが大袈裟でも何でもないことが、すぐに判る筈ですから。たんぽぽの願いさんのホームページがフランスの指揮者パイヤールの音楽のような印象だとして12本の薔薇さんのホームページはグリュミオーの演奏する フランク作曲のヴァイオリン・ソナタそのような美しい精神(こころ)を感じる印象を、僕は確かに持っているのです。12本の薔薇さんのホームページからは、本当に沢山のことが学べます。12本の薔薇さんが僕みたいな人間のホームページに来てくださることそれだけで、もう既にまさしく奇跡のように素晴らしいことです。本当にありがとうございます♪*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(*´∀`)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*それでは、また明日♪(☆^ー^)ノ**
2004.12.27

人間にとって幸福って何なのだろう。時折、考え込むことがあります。僕が、「今 幸福だなあ」と感じる瞬間は何か大事に思える作業に没頭していてそれが 実りなり 成果なりを、自分の中で実感出来る時、かも知れません。何で、そんなことを考えていたのかって?yuka0295さんの日記から今日は、色々なことを考えさせられていました。yuka0295さんはオランダ帰りの絵描きさんです。僕も、絵や何かを通じて 自分を表現出来たらなあ・・・そんなことを今日は考えていました。例えば僕が20代の頃音楽の作曲をしていました。これは当時は本当に夢中になっていたことです。20歳頃に知り合った友人が、その頃バンドを組んでいて「自分達で曲が作れない!困った >.< 」と嘆いていたんです。家に帰ってきて僕は、何気に曲を思い浮かべてみました。面白い旋律が浮かんだので、小さなラジオ兼カセットレコーダーに鼻歌を録音しました。「これは良い曲だ!」一人で感動し、質屋に行き5000円で中古のギターを買ってきて高校生以来、弾いていなかったギターの伴奏に合わせて改めて鼻歌を録音しました。曲が作れないと嘆いていた友人にテープをあげたらかなり 受けました。(笑)数日の間に、仲間内の間でちょっとした有名人になってしまい(^0^)友人のバンドに加わっていた凄い美人のドラマーが、僕が作った曲に歌詞を書いてくれました。それで街頭やライブハウスで僕の作曲した歌を演奏してくれて生まれて初めて「何かを作ることの喜び」を味わい、感動したのです。で調子に乗って沢山の曲を作りましたが、ある日 御茶ノ水を歩いていた時クラシック音楽の「カノン」がデパートから聴こえてきました。体が宙に浮き上がるような感動に包まれて、それ以来・・・僕の作る音楽なんて、馬鹿げたポップソングにしか思えず曲を作ることを辞めました。で次は絵を描き始めました。(笑)仕事の休みの日には様々な街角に立ち絵描きさんのように、スケッチブックと にらめっこしていました。今考えると、???な光景です。何で、そんなことをしていたのでしょう?自分でも理解出来ません。素描の訓練も何もした経験もなく「何これ!?」な絵しか描けないことに気づいたからです。絵を描くことは、すぐに中止しました。しかしそのような余り自分にとっては意味のない行為の中においても心の拠り所となるような「大切な何か」は見出すことは確かに出来たのです。重要なことです。誰かに評価されるとか、されないとかそういう次元とは別に心が活性化される瞬間、のようなものの存在に気づいたからです。自己表現という程の大げさなものでなくても何かを作る、表現するということはやはり素晴らしいものなのです。心の憩い、オアシスのキラメキに対峙出来るのですから。最近僕がとっても羨ましいなあ・・・と思っている人が楽天にいます。オランダ帰りの絵描きさんです。今日の日記の最初に話が戻るのですが。yuka0295さんという方を知っていますか?絵を描くことをライフ・ワークにし子育てと奮闘しつつも毎日、自分の描いた絵を日記に公開している方です。 上の数枚の絵は、yuka0295さんのブログから僕の特に好きな絵です。もし僕が上手に絵を描けたなら間違いなく、こういう日記形式を選ぶことでしょう。yuka0295さんの楽天日記にGO!いいなあ、いいなあ僕も、こんな素敵な絵を一度でもいいから 描いてみたいです!(>.<)では、また明日♪(^^)
2004.12.26

今日の日記のテーマは「楽天のキッカケ♪」 です。「落転のキッカケ♪」 では、ありません。(笑)唐突ではありますが >.<あなたにとっての 楽天を始めたキッカケを教えて下さい。 とても興味があります。 ♪m(__)m そして楽天を始めたことによって何が変化したのか?良かった事,或いはデメリットになったように感じた事etc・・・何でも構いません。教えて下さい。(^^)僕が楽天を始めたキッカケ最初のキッカケは、コンビニで目にした本田健さん著の「ユダヤ人大富豪の教え」という本によってでした。ん!これを読めば大金持ちになれるというのか!?!?おっしゃ~!なってやるぜ大富豪!!!そう考えて、思わずその本を買いました。で読み進めるうちに、期待したような内容とは異なることに気づき。。。しかし予想外の、唐突なる心の変化が齎されました。まるで青い空を果てしなく美しく飛んでいるようなそんな心の風景に満たされていたのです。とにかく当時の僕にとっては「不思議な体験」のような本でした。そしてネット上で本田健さんのことを調べていくうちにクリストファー・ムーンという方のことを知り幾人かの素晴らしい方々のホーム・ページにリンクしていきました。そして或る日かめおかゆみこさんという人物のホーム・ページに出会ったのです。約3ヶ月程前のことでした。そして或る日、かめおかゆみこさんのブログ上でよがぷうさんのことを知り「アウトプットは大事。楽天なんて5分で作れます♪」とブログ作りを勧められたのです。これが具体的なキッカケです。余談ですが僕のマイ楽天日記第一号「駆けめぐる足跡・・・第一歩 」文章が馴れていなくて少ししか書いてません。そんなもんでした。ちなみに、 ルカというイタリアの街の写真は、この日記でしか使用していないのです。そして楽天を始めて 変化したことは?ありすぎ!、です♪。(←@@;)お顔も拝見したことのない、実際に言葉も交わしたこともない沢山の人々の生活のかたちそして、人生を綴る様々な 活きた言葉響き・逢う・心etcエトセトラ・・・それらによって 、僕自身の 生に対峙する姿勢を 様々な点から見つめ直すこととなりました。最近はどうやら、やっと一応は「楽天」という環境に慣れてきたのですがついこの間までは、嵐の中に入り込んでいるような、多少の困惑した感覚を抱いていたことも確かです。もう2ヶ月がたとうとしています。デメリットのように感じていたことは?寝不足に陥ったこと、です。しかし、これは何の事はない自己管理の問題ですから・・・デメリットとは呼べないだろうと考えます。そして最近、他の皆さんはどういう想いで 楽天生活を過ごして来たのだろう?と考える余裕、好奇心が沸いてきているのです。と・い・う・こ・と・で♪\(^o^)/あなたにとっての、 楽天を始めたキッカケをそして楽天を始めたことによって自分の生活の、或いは自分自身の何が変化したのか?教えて下さい。宜しくお願いします♪。 m(__)m では、また明日(^^)
2004.12.25

今夜 凄い映像を見ていました。風邪気味だったのですが、刺激と興奮と戦慄そして感動によってミラクル☆元気が沸き起こりました。「ザ・ビートルズ・アンソロジー」という名のビデオ。第一巻から第九巻まであるようです。貴重過ぎる映像のオンパレードですね。今見ているのは第九巻で「レット・イット・ビー」録音当時のレアな映像が多数収録されています。何気にレンタルしてきて正解でした。(^^)やはり、この時期に最も輝いているのはポール・マッカートニーです。「大人の男の色気」というものが、これぞ最大の見本!みたいにカメラに収められています。伝説の屋上ライブ風景と、当時の出来事の思い出、過去を振り返るメンバー達のインタビュー・・・刺激が強すぎて、危険域を激しくオーバーしています。「レット・イット・ビー」スタジオ録音風景ではオノ・ヨーコさんの姿も映っています。ビートルズ解散の時期を前後する奇跡のような希少な映像の洪水です!。例えば「ジョンとヨーコのバラッド」プロモ映像。そして録音風景。もうこれだけで、危険度指数は既にモーメントMAXです。今は亡きジョージ・ハリスンのインタビューは、強く心に残りました。 「 ビートルズは万能の力を僕らに与えてくれた 僕らは若かったし、バンドと共に成長していった でもやがて バンドにいることが息苦しくなってきた 拘束が多すぎた 後は自滅しかなかったんだ 」ビートルズ解散前夜メンバー同士の確執や空中分解の足音に過敏になり最もそれを避けようと奮闘しそして、一番先にビートルズを脱退した男ポール・マッカートニーそんな男が作った名曲「レット・イット・ビー」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「 ある日、天使ガブリエルが、ナザレの町のマリヤのところへ遣わされた時、 マリヤが言った言葉、それが「レット・イット・ビー」です。 マリヤは最初、天使を恐れ、戸惑い、動揺し、心が騒ぎました。 しかし、「神には何もできないことなどない」と言った天使の言葉を 信じて言いました、「レット・イット・ビー」と。 「レット・イット・ビー」とは「なすがまま」ではなく、「流れに身をまかせる」のでもなく、 単に「人事を尽くして天命を待つ」という意味でもありません。 「レット・イット・ビー」の「イット(それ)」とは、「神の言葉」なのです。 「レット・イット・ビー」とは「あなたの言葉どおりに私に成りますように」 つまり、「神様のご意志を私は受け入れます」という意味です。 この「受け入れ」こそが、マリヤを、救世主を生む女性にしました。 この一言が、マリヤを、神と人とを結びあわせる架け橋にしました。 ~中略~ 「レット・イット・ビー」(神のみ旨のままに)です。 」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~上記の出典:大阪ハリストス正教会 司祭 ダヴィド水口優明さんhttp://www.sutv.zaq.ne.jp/osaka-orthodox/kotopara/kotopara03_12.htmビートルズは発売年月日としては最後のアルバム「レット・イット・ビー」の後に「アビー・ロード」というアルバムを録音しています。LET IT BE バンド内の激しい混沌の時期の後にROAD それぞれの自立が続くビートルズのメンバー達にとって本当の大人への旅立ちの瞬間は~神のみ旨のままに~そんな心の認識から始まったのででょうか。 では、また明日♪(^^)○後記○すいません日記内容180度変えちゃいました♪m(__)m ごめんなさい!。!(^^)v
2004.12.24

素晴らしい風景、あるいは歌に出会うと体が微熱に覆われるように、勝手に元気になってゆきます。新たなる命を吹き込まれるかのような感覚を抱きます。不思議です。まるで 魔法のようです。今日はムーディー・ブルースという古いイギリスのバンドの歌を聴いていました。本当に素晴らしい音楽を奏でるバンドです。そのバンドの演奏した歌の中に「永遠の昼下がり」という非常に素晴らしい歌があります。このバンドの歌の中では、僕は特に好きなひとつです。1960年代くらいの歌だと思います。説明が難しいのですがディズニー映画のような、キラキラしたストリングスが響きわたるのです美しいメロディ素晴らしい歌声生命の躍動感・・・etcエトセトラ***そのどれもが心に強く響くのです。詩心に溢れている 最高の曲。歌詞も素敵なんですよ。ちょっと紹介しちゃうのです♪。^^ 自分の道を歩んでいると 僕は気づき始める 雲がつかめなくても ちっとも構わない 何かが僕を呼んでいる 木々が僕を引き寄せる そのわけを知りたい 優しい声が ため息まじりに 教えてくれる 自分の心の反射を見つめる 今日は自分を置いてきてしまって 愛のある おとぎの国で 穏やかに揺れる 一緒に来れば 君も見られたのに 美しい火曜日の昼下がりを・・・ (「永遠の昼下がり」) 来年の春が訪れたら風のすがすがしい丘で青空の下に、寝転びながら この歌を口ずさむ風景を今日は、心に思い描いていました。では、また明日♪(^^)
2004.12.23

今夜仕事帰りの車の中からさらさら舞い降りる 沢山の雪に囲まれましたちょっとした吹雪に出会ったのですうわあ~!本当に久しぶりの真っ白な光景♪とても心踊りましたMSNの天気予報によれば全国的に 明日、あさってと雪の降る気配はなさそうです(>.<)クリスマスのイメージ・・・凍りつくような白と青の景色寒さから、ちょっぴり心細くなりそして美しいキャンドルの灯りと暖かい人々の心が響き合う世界ホワイト・クリスマス♪12月24日聖なる夜に心あらわれるような雪景色が訪れることを願って・・・ きたのじゅんこさん「雪の日」では、また明日!(^^)
2004.12.22
今夜の日記を、たった今少し修正するのです♪(^^)今日 12月21日はカルメンチカさんのお誕生日のようです♪カルメンチカさんお誕生日おめでとうございます♪*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(*´∀`)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(*´∀`)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*・゜*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(*´∀`)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*・゜ 今日の日記は ここから♪ 一年中夏の風景ばかり求めている自分がいます何故だろう?こういう感覚は自分の生まれた季節と、大きく関係があるようです僕の場合は真夏に生まれたのできっと夏の訪れがいつも待ち遠しくてたまらない・・・そんな気がします冬に生まれた人にとってクリスマスは美しく凍てつく氷の季節からの最高のプレゼントなのでしょう眩い光のイルミネーションに彩られた活気溢れる人々の行き交う街角を眺めながら、今日は ふと、そんなことを考えましたあと、一週間もしないうちにクリスマスです♪では、また明日!
2004.12.20
これこれ、こういう人になりたい・・・・・かつて憧憬のように心の底から願っていた自分がいた。今でも、あるのです。過去に比べて、そういう気持ちは多少は少なくはなったのですが。それは自分の中の足りない部分を補うためなのかはたまた、全然違う自分になりたいと願っているためなのか自己嫌悪によるものなのか行過ぎた自己愛の裏返しなのか・・・どうなんだろ。何はともあれ遠い異国の土地に憧れる心の風景と誰か違う自分に憧れる心の風景とは似ているものがあるのかもしれません。最近、東京の友人がDVDを送ってくれました。僕の好きなミューズというイギリスのバンドのヨーロッパでの公演を収録したDVDです。某巨大CDショップに勤めているのでしょっちゅう色々なCDやらDVDのサンプルや何かを郵送してくれるのです。こちらが頼まなくても送ってくれるので人にプレゼントをするのが好きな人柄なのでしょう。色んな情報源にもなったりするので助かっています。(^^)話はミューズに戻って。このバンドは格好良いです。このバンドのリード・ボーカル兼ギターそして作詞作曲の人不思議な曲を作ります。母親が霊媒師父親がミュージシャンという非常に個性的な環境で育った人のようです。映画「シザー・ハンズ」の主人公のような印象があります。格好良過ぎなので今日は、この人みたいになりたいなあ、と考えていました。昨日はポール・マッカートニーになりたいぞ~!と激しく考えていました。こういうのを無駄な努力というのでしょう。ま、それはそれでいいんではないかい?。なりたい「自分」蜃気楼のオアシスみたいなものなのかもともと持って生まれたものを探す、活かすことなのか分からないけど。今夜はシン・リジーというバンドの「カウボーイ・ソング」を久々に聴いて感動していました。(^^;)この曲最高です。ん?メチャクチャまとまりのない日記だな。。。ダメだ、こりゃあ♪次いってみよっ!。(笑)では、また明日(^^)
2004.12.19

今夜は 古くからの友人と 久しぶりに再会します。旧友にも色々な人がいます。いくら調べても音信不通な旧友。懸命に生きて幸福を掴んだ旧友。今夜会う旧友は結婚を前にして、悩み多き巨人です。背丈のサイズはまるで違いますが心の風景は今も昔も、大して変わりません。きっと似た者同士です。久しぶりとはいえ身長が3メートルくらいある友人なので待ち合わせの際に、人違いすることはまずないでしょう。間違えました。身長2メートルくらいある友人、です。(*≧▽≦)!!続きは、また後で♪。~luminous~ 交通のめくりめく渋滞空車マークの点灯のない駐車場・・・友人に再会出来たのは約束の時間から、実に1時間後でした。 光のページェントluminousに彩られる街言葉が光の粒子となって消えてゆく行き交う無数の人々の笑顔恋人達、美しい音楽、そしてダンス・・・・・素敵な光景でした。 お洒落な飲み屋さんは何処も満員居酒屋で盛り上がった懐かしい友との再会の夜でした。では、また明日♪
2004.12.18

「 世界が滅んで 船が一艘ある 自分のほかに 馬と 孔雀と 虎と 羊 その中から一つだけ選んで乗せていいとしたら あなたは どれを選ぶ ? 」何年か前に職場の先輩と気晴らしに飲みに行った時のことです。不思議な感じの女の子がテーブルに着きました。とても美人だったので先輩は意気揚揚としていて勿論、 僕も横から何度も強引に話に加わろうとしました。しかしいくらアフター・ファイブとはいえ仕事上の先輩後輩の間柄です。不思議な美人の女の子との会話は、優先的に先輩に譲りました。(>.<)その子はまりあ という名前でした。マリア だったのかも知れません。どんな話の流れから、そうなったのか覚えていないのですが気になるTVドラマの話題になりました。僕も、ここぞとばかりに「面白いドラマ・・・ねえ、おせ~て♪ おせ~て♪」と、はしゃぎました。\(^o^)/すると、まりあさんは、じっと僕の顔を見つめ、しばらくしてから言いました。「『この世の果て』 ってドラマ知ってる?」初めて聞くドラマのタイトルでした。何日か過ぎた頃何気にレンタル店に入ったら、そのドラマのビデオが目に入りました。大して意味もなく借りて見て少し驚きました。そのドラマの主人公はまりあという名前の女性でした。ふむふむ。。。と物語を眺めていたらふと、画面に吸い込まれるような展開の場面が訪れました。病院に入院している記憶喪失のピアニストを前に、夜にはクラブのホステスの顔を持つ主人公の女性が病院のベットの横で、元有名ピアニストに質問する場面でした。 「世界が滅んで 船が一艘あるの 自分のほかに 馬と孔雀と虎と羊 その中から一つだけ選んで乗せていいとしたら あなたは どれを選ぶ ?」何気に僕は、TV画面に向かって 呟きました。「羊かな・・・・・ いや、僕はその船には乗らないだろう」長い沈黙の後記憶喪失のピアニストが、主人公に答えました。「きっと僕は 船に 乗らない」主人公が話した上記の質問は相手が何を一番大事にしているか何を求めているのかそれを問う、一種の心理テストのようなものです。では一体、馬や孔雀や虎や羊が何を象徴しているのでしょう?。馬は 仕事孔雀は お金虎は プライド羊は 愛情そんな風に、ドラマの中では説明されていました。このドラマに感動して、何日か後まりあさんのいる店に再び顔を出しましたが彼女はもう店を辞めてしまっていました。激しくショック~!でした。(>.<) 「愛しいまりあ いつか星に願いを込めて 雲から遠く離れた所で、君と目覚めたい 悩み事などみんな レモンドロップスの様に溶けて 煙突よりも うんと高い空の向こうに 消えてしまう」 (ドラマ『この世の果て』第一話「雨のシンデレラ」のエンディングより) かなり涙腺を刺激されまくりなドラマでした。主題歌を尾崎豊が歌っていましたがとても素晴らしい曲でした。でも、ああいう激しすぎる恋愛はドラマだけの世界にとどめて置く方が精神衛生上よろしいんでは?とも考えました。あの最終回のエンディングは、ちょっと・・・・・残念でしたね。ではまた明日!
2004.12.17

20代の途中から 終わり頃くらいまで時折 羊の夢を見ました。沢山の羊が出てくるとか、羊を飼っている農場が登場するとかそういうのではないのです。上手く説明が出来ないのですが羊が時折現れる夢。広い草原を歩いたり、丘を駆け降りたりしている風景の中で何処かに静かに音もなく、羊がたたずんでいるんです。とても牧歌的な風景でした。イングランドの女性シンガーにケイト・ブッシュという人がいます。20歳くらいの時に初めて「天使と小悪魔」というアルバムに出会って以来僕にとって、今でも一番好きな女性シンガーです。20代の前半仕事でどんなに疲れ切っていても神経が過敏になって、まるで眠れない夜を沢山過ごしました。そんな時にはよくシューベルトの「アヴェ・マリア」そしてケイト・ブッシュのCDを布団の中でヘッドフォーンで聴いていました。そうすると不思議と安らかに心の揺れが治まり形容しがたい不安感が、しばらくの間、リラックスした心持へと移ろい暖かなランプの灯火に包まれるように気がつけばゆっくりと眠りの世界に落ちていきました。 ケイト・ブッシュの曲の中で、眠れない夜にいつも聴いていた曲「ドリーム・オブ・シープ」 Dream of sheep「少年の瞳を持った男」 The Man With The Child In His Eyes「フィール」 Feel It KATE BUSH今でも大好きなシンガー・ソング・ライターです。明日も羊をテーマに日記を書こうと思っています。今日は とても風が強いですね。では また明日♪
2004.12.16
楽天巡りをしていると最高に元気と勇気を頂くブログに出会います。しょっちゅうです。(^^)そういう時は何か嬉しくなって「己に渇、1000連発!ガウウ~!!」と心の中で叫びます(←ホントかい?)。でも稀に思わず驚愕し、涙が零れそうになる痛々しい日記に出会うことがあります。で、人事ながら考え込むんです。壮絶な過去の記憶を封印したままにするのではなく、心の中の暗い刺、或いは霧のようなものを何とか払拭させようと、もがいているんだろうな。言葉にすることで中和されることを無意識にも欲してるんだろうなあ。そんな風なことを少しの間、考えてしまうのです。悲壮感が漂いまくっているだけの日記ならきっと大して記憶にも残らないだろうし、途中で読むことさえやめるでしょう。しかし、本人にも説明のつかない「勇気」に向かう姿勢のようなものをこちらが読んでて何処かしら感じたりすると、思わず頑張れよ~♪^0^と応援したくなったりもします。本人は大袈裟に感情的に書いているのでも何でもなく実直に自分の辿ってきた過去の苦しい記憶と現在とを何とかして繋ぎ合わせる術を模索しているのだろうと推測します。痛みが激しければ激しいだけ開放されたい気持ちは真剣に成らざるを得ないのだろうと考えます。安易な言葉をコメントする気持ちになどなれないので、素通りするのですが。僕には、「癒し」を必要とするほどの壮絶な過去などないしまた強すぎる心の痛みのようなものを過去に抱えた記憶というものもない。忘れているだけなのかもしれませんが。仮にあったとしても大したことのない程度です。30歳を越した頃あたりからどうも心の感じ方が鈍くなってきているような気もします。それはそれで、自分にとっては大いに喜ばしいことでもあるんです。感受性の激しい10代や20代の季節、あるいは30代の前半を再び、もう一度経験するなんて まっぴらごめん・・・とまでは言わないがそれはちょっとね~と斜に構えてしまう。そんな僕のような凡庸人にとって今最大の関心事は、 THEお正月♪。ちょっと気合入れて、温泉とか行っちゃいます♪。^^でも、それはまだちょっと先のこと。目前にある楽しみといえば来週の日曜日あたり 川に洗濯に、もとい、川にデジカメ持って写真を撮りに行くことです。若々しさがちょいと足りないかなあ、って思います。^^;このままいっちゃうと・・・来年あたり盆栽とか作っているかも知れません。(笑)やばいかな。おっさん化注意警報が鳴りまくりかも?。。。ま、いいか♪では、また明日(^^)
2004.12.15

かつて遠い異国の街を歩いていた時とても訪問したくてそれでも足を踏み入れることが叶わなかった憧憬のような場所があります。ル・トロネ修道院フランスのプロバンス三姉妹のひとつとされるロマネスク様式のシトー派の修道院 いつか、僕は そこで光と戯れる天使そして女神に会うだろうあるいは満ち足りた静けさの中でみなもとの幸福をオアシスに湧いた溢れる水のような豊かな心を感じている自分自身と出会うだろう では、また明日♪
2004.12.14

今夜は笑絶な楽天巡りをしました。胸に込み上げる「感動」もありました。よびりん♪さんの提唱する「1日馬鹿笑い100回!の荒業!」も凄かったし、 「笑(しょう)よく業(ごう)を制す!」も笑劇的!もとい、、衝撃的でした。Ladymamiさんのユーモア・センスに脱帽し・・・何か凄い夜です♪。竹さんの日記・・・胸が熱く、切なく、そして暖かい心を同時に頂きました。凄いです楽天さん!凄過ぎです皆様!!。それに比べて。。。毎日どうでもいいような自問自答の日記を書いている自分が、ちょいと恥ずかしくなったりもする・・・。と言いつつ・・・それでは今夜も、 勝手気侭な自問自答を開始させて頂きます(許してチョンマゲ♪←かなり死語)。┐('~`;)┌~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「心の源に触れる」を探す ~自問自答日記第46話~昨日は空間というものを通して「源」の意味に触れようとしました。空間の魅力。この魅力を肌で理解する為には、実際にその空間に入りこむしかない・・・そのように考えました。何も外国に行かなくても、手っ取り早い空間体験もある。大阪にある、安藤忠雄さんがデザインした「光の教会」に足を運ぶこと。これは凄いです。空間って、こういうのを指すのか・・・と身をもって知らされます(知らされてどうしようというワケではないんですが)。他にも東京の渋谷にある、内藤廣さんのデザインしたギャラリーTOM(touchi our mind)。これもスーパーお薦め☆です。近くに、白井誠一さんがデザインした美術館などもあります。あと忘れてならないのが上野の「国立西洋美術館」(でしたっけ??)。基本デザインがル・コルヴュジェーというフランスの一大巨匠なので、まさに西洋的な空間のある美術館です(名前の通り)。大阪や東京などの大都市には物凄いところが一杯あるようです。写真などによる疑似体験では、空間に体そのものが四方八方から包みこまれる不可思議なる感覚を理解して頂くことはまず無理と言っても過言ではありません。なので実際に空間に足を運ぶ方が喜びは1000倍です。例えば、写真で見る孔雀のいる風景があったとします。そこから感じ取れるものは、孔雀の美しさの平面的な、ある側面において切り取った風景のみ、です。その場に存在する光や空気、息遣い、気配、などといった、様々な立体的に立ち昇る要素を、流れ続ける時間の只中において感じ取ることは、まず不可能です。補えるとすれば想像力によって、でしょう。自分の体を軸にして、劇的に変化する光のかたち、そして無言のままに燃えるように躍動する「空間」。そうした「空間」に一度入りこめば人間の抱える「思考」などというものは、ステンド・グラスの蒼い光のように、一瞬にして凍りつくのです。ヨーロッパには(イギリスはヨーロッパではありません)そうした実に魅力的な空間が溢れるように存在していました。そしてその空間に敬意を持って入りこめばそこにあるのは巨大な闇の中に浮かび上がる光のかたちとひたすら豊穣なる静けさと、炎のような信仰それだけ、であったように記憶しています。人間は誰しも、生命の抱える源に触れると・・・日常的な喧騒の身垢に塗れた言葉そのものさえ失うように思えます。思考を、そして言葉さえ失うために存在する「空間」あるいは「源」。空間とは自然の定理そのものを目指し、未知なる世界に踏み込んだ生命の躍動感そのものをさえ凌駕し、人知を超えた何かに近づく、そして光と闇という西洋的な二元論を介しつつ未来を、希望を祈る場所。そのために必要な空間。それがヨーロッパにおける教会建築であり、そのような空間に飢えた人間達の感性・想いが、街の姿をかたちづくる。 Roma~パンテオン内部~ (写真少しブレています)空間とは、人知を介した「自然」の幾何学の様相を、そして真理を我が体全身に溢れんばかりに浴びようとする人間の欲求の現れ、歴史でもあるのだろうか・・・。そういう風なことを過去の僅かな期間の旅の中で考えていました。これが僕のヨーロッパの旅から学んだこと。そう言っても過言ではないのです。そして現在。僕の中に生まれたある一つの仮設があります。たんぽぽの願いさんのブログで発見した言葉である「源」。その言葉を最近キーワードにして色々なことを考えているのですが取りあえず仮設として毎日色んなことが頭を過ります。言ってみれば、思索の途中ですね。一言で言うと「仮設工事中」・・・なんちゃって。聞き流して下さい。「源」とは何だろう?源とは、「光」なのではないか。源とは、「自然」そのものではないのか。源に触れるということは、それらの事象を心に受け入れるということなのでは?。まだまだ分かないのです。しかし、今は分からないのだけれど「源」という言葉をキーワードにして生きている限り何か自分にとって重要な宝物が、いつかきっと見えてくるに違いない・・・そのような気持は、確かにあるのです。スペインの画家、ピカソは晩年に「やっと、子供のような絵が描けるようになった」と言ったそうです。これも源というものに触れることが出来た喜びを表した言葉なのでありましょうか。どうなんだろ。源・・・その言葉に真に触れることが出来たならきっとひまわりのような風景が心に生まれるように考えているのです。後で画像を日記に追加する予定。では、また明日(^^)
2004.12.13

10年前のちょうど今頃、僕はヨーロッパの街角を歩いていました。旅先で書いていたメモ帖のような日記ノートに記してある事柄を見る限り12/12はPARISの街に滞在していたようです・・・な~んてことなら非常に格好良いのですが実はヨーロッパではなくイギリスのケンブリッジにいました♪。(≧w≦) 田舎町です。ケンブリッジという街には、実に深い思い出があります。これはまた別な機会を作って是非、日記に書きたく思います。誤解を承知で、身勝手な私事な見解を少し綴らせて頂きます。イギリスの建物には「空間」がない。或いは「空間」を必要としないのか。教会堂にしても同じ事が言えます。幾何学の綿密な戯れは存在しても、空間そのものがダイナミックな生命そのものとなって、こちらの体を包みこむような何かが決定的に欠けているのです。或いは、潤い立ち燃えるような美意識が欠けているというべきか・・・。いや、欠けているというのには語弊があるかも知れません。民族性の違い、美意識の違い、そのようなものなのかも知れないのですから。(当時オックスフォード大学に留学していた友人に会いに行った時に、上記のようなことを話したら「イギリス人が作った料理を毎日食べていれば、そういう話はごく普通に納得出来る」という返事が返ってきました。)イギリスで僕が最高に素晴らしいと感じたのは「ユーモア」という言葉に集約される独特の国民性です。フランスにおける「エスプリ」アメリカ人が大切にする「ヒューマニズム」イギリスで様々な人々から受けた「ユーモア」・・・これにはいたく感動しました。モンティ・パイソンの世界、そのまんまです。壮絶なんてもんじゃあありません。(笑)笑い死にするんじゃないかと考えたほど、です♪。(爆)話が脱線したので、少々修正・・・・。7行前に戻ります。^^;何故、僕がイギリスの教会堂を含む、建築群に対し「空間」がない、と感じたのか?。それはイギリスを訪れる直前までの間に様々なヨーロッパの各都市の何とも魅力的な「空間」に溢れた、奇跡のような建築群を甘受し過ぎていたからに違いありません。それほどまでに、イタリアやフランスにおける教会堂が保有する空間は、言葉を失うほどに「壮絶な空間体験」そのものでした。 Firenze サン・ミニサート教会上の写真は安物のカメラ(2万円くらい)で撮ったものですが、鮮やかな程に鮮明に光のかたちを捉えています。今日と明日くらいで、教会あるはヨーロッパの空間のことを日記に書く事により、人間の心の奥底にある、大切な「何か」が僕自身の中に見えてくれば良い・・・「静けさ」、そして「源」という言葉をキーワードにしながら幾らかでも。そんな願いを込めつつ。ではまた明日
2004.12.12
以前、山登りの最中に道に迷ってしまったことがあります。それは秋の終わり頃。日曜日のある午後に、みずうみの近くの緑生い茂る小道を通りぬけて金色の夕陽が眩しい野原を、別にこれといった目的もなく散歩していた時のことです。それが事件の始まりでした。時間を忘れてしまうくらいに目の前の風景が美しくしばらく歩き続けているうちに森に入り込み、そして山の深くにまで入りこんでいました。山登りも時には良いもんだ♪。そう思いながら、どんどん先に進んで行きました。携帯用のヘッドフォンで好きな音楽を聴きながら、視界に広がる、目にしたことのない山道を、両手を振るようにして気楽に歩き続けました。先程に歩いて来た道に簡単に戻れるだろうと安易に考えていたんです。ふと時計に目をやると、夕方の5時。そろそろ帰ろうかと考え、やって来た方向を後戻りしました。しかし後戻りをしているつもりが、全く見覚えのない風景ばかり目の前に広がるのです。さすがに焦ってきました。もう空は暗くなってきています。足元も段々とぼんやりと、自分の不安な心を反映するかのように暗く薄明となっていきます。さっきまで、何とも素敵で美しく優しくさえ感じられた風景・景色の全てが、邪悪なものに見えてきました。恐ろしい叫び声の数々が周囲から聞こえてきそうな空気・・・。こうなるともう、心を支配するのは恐怖心だけです。無事に家に帰れるのだろうか?遭難するんじゃないだろうか?そもそも、何で自分はこんな場所にいるんだ?一体どうなってしまうんだ!?焦りと、ひたすら歩き続けたことによる両足の疲れとでもう何が何だか、自分でもどうすれば良いのか見当もつかず立ち止まりました。汗びしょりな姿になって周囲を見渡すと、山の樹々は真っ黒に見え、空だけが青く静かに光を灯しているのです。その場に座り込もうとしましたが、真っ黒に見える地面から何か得体の知れない恐ろしい物達が、こちらに手を伸ばしてきそうな気がして、怖くて恐ろしくて、それも出来ません。かといって無駄に歩き続ければ、それだけ遠い山の奥深くに更に迷い込んでいくかもしれない。そうなったら本当に大変です。 「山の神様、どうか僕を人間の世界に帰して下さい!!」しまいには、そんなことまで本気で無心で心の奥から叫んでいるのです。もう、そうなったら・・・思考なんて、消えてしまいます。そんなものは、もう何処にもなくなるのです。体が感じること、或いは本能のようなものだけが、まるで山猫のように自分の置かれた環境を見渡しているだけ。耳からヘッドフォンを外し、ただただ冷静になろうと努めました。そして静かに、無駄な思考を頭の中から消すことに専念したのです。パニックになることを避けるために。そのような無心の状態になって暫くし、気がつけばさ迷い込んでしまっていた山のふもとに、何故だか降りていました。時間と距離の感覚が、普段感じているものと別なものになっている、そんなような説明の上手く出来ない奇妙な実感を持ちました。何故でしょう。長い時間迷い歩いていた場所から、心の在り様を変えただけでほんの数十分かそこらの時間で、元の場所に帰ることが出来ていたんです。何の思考も、そして計画もなしに何かに導かれるように山のふもとに帰ってきていました。さっきまで僕を恐怖心で取り囲んでいた山々を振り返ると邪悪に感じられた恐ろしい風景が、月の明かりに照らされて不思議と、優しくさえ感じられました。こうして僕は、山登りの遭難危機一髪!から無事に人間の住む町に戻ることが出来たのでありましたとさ♪。チャンチャン☆^^う~ん。今日の日記は何だか、童話のような教訓を含んでいるようにさえ思えるんですが。気のせいか?。(笑)○追記といっては何ですが。ドイツが生んだ、20世紀最大の偉大な指揮者のひとりであったフルトヴェングラー。彼は山や森林を目的もなく、ただひたすら歩くことを自身の大切な日課にしてという話です。フルトヴェングラーが残した、人類の遺産のような音楽の記録の数々が「深い思考と高度な教養」によってのみ生まれたわけではない、という確信のようなものが僕にはあるのですが、どうなんでしょう。ではまた明日(^^)♪
2004.12.11

「Walking on thin ice」そんなタイトルの曲があります。人生は薄い氷の上を歩くようなもの・・・随分前に発表された曲ですが、最近リミックス・ヴァージョンとして発売されて話題を呼んでいるようです。ジョン・レノンが亡くなる直前まで、編集作業を行っていたと言われてる曲。オノ・ヨーコさんが作り、そして歌っている曲です。昨日の日記のReコメントに、 yuka0295さんが書いていたようにオノ・ヨーコさんほど世界中から嫉妬され、時に敬遠された日本人もいないのではないでしょうか。それはジョン・レノンの妻であったという理由からだけではなく、誤解を生みやすい言動、つまり常人にはそうそう理解がされないような表現方法ばかりが表立っていたからだと思います。随分前にビートルズ解散後のジョン・レノンのコンサートの模様を収めた映像を見たことがあります。ジョンの横で白いシーツを体に被いながら、甲高い奇声を張り上げているオノ・ヨーコさん。彼女の奇異なる存在感は、コンサートに足を運んだ全ての人々の声を失わせ、説明のつかない衝撃と畏怖の念を与えているかのようにさえ思えました。彼女の「コーラス」は、前衛的な芸術の一種、あるいは彼女にとっての斬新な試みのひとつだったのかもしれません。そして、そんなオノ・ヨーコさんを、ジョン・レノンは誇らしげに横に従い、ギターをかき鳴らしていました。そもそも何で、この二人は出会い、そして運命のような固い絆で結ばれていたのでしょう?。これは長い間、僕にとって大きな謎のひとつでした。去年の年末あたりにその解に少し触れるような、あるひとつの番組がありました。オノ・ヨーコさんの特別番組でした。ヨーコさんの半生を中心に、ジョン・レノンの生涯を重ね合わせつつ番組は構成されていました。ある種の特異な人生を生きてきた二人の男と女の、数奇な人間ドラマのような印象を持ちました。思わず胸が熱くなり、涙腺を刺激されたのは言うまでもありません。何て孤独な人生を、この二人は生きてきたんだ・・・そんな言葉が口から漏れ・・・そして、僕はTV画面に魅入っていました。その番組を見ていて驚いたのですが、この二人の男女は共に、幼年時代からの自己を取巻く環境が尋常ではないんです。一方は幼少に父が蒸発、母を自動車事故によって亡くした、酒くさい息を吐く不良少年。もう一方は財閥の一人娘であり、世界と己との巨大過ぎる違和感との葛藤を抱えて生きてきた孤独な少女。尋常ではない程に孤独な男女だったからこそ、互いに本当の心を居場所を見つけあったような安堵感を持ったのだろうか。番組を見ながら、そんなことをふと、考えました。 昨日の、かめおかゆみこさんのReコメントにもあったようにジョンとヨーコの出会いは必然であったのかも知れません。必然の出会い、或るいは運命の出会いを、初めて目を合わせた瞬間から、互いが互いにそれを感じ取ってしまったのでしょうか?。ジョンは心の全てをヨーコに託し、ヨーコはそれを厳しくも暖かく見守り、共に生きてゆく年月が続くのです。息子であるショーン君の誕生。日本の軽井沢の別荘における幸福な家族の肖像。幸せな感情とは無縁の人生を生きてきた二人の人間にとっては、夢のような時間だったに違いありません。そんな幸福感、優しい安堵感に包まれたアルバム「ダブル・ファンタジー」の発表と、時を同じくして起こった悲劇。数発の凶弾。ジョン・レノンの死。オノ・ヨーコさんにとって、そしてジョン・レノンにとって奇跡のような出会い・・・それが、二人にとって必然であったのなら訪れたジョンの早過ぎる死も二人にとって、またそれも、必然であったのでしょうか。僕には分かりません。 今夜は、オノ・ヨーコさんの幾つかの言葉を記すことで日記の締めとさせて頂こうと思います。では、また明日「政治的にも切迫し、不況もあるでしょうが、日本の皆さんへのメッセージは『気を落とさないで下さい』。みんな一緒に海で泳いでいるようなものですから、助け合って、向こう岸に着くようにしましょう」「私の友人たちへ 激動の年がまた過ぎようとするなか、みんなが想いをひとつにし、鮮明なビジョンをもって年の終わりを迎えることを提案したいと思います。 全ての人々が平和な生活を送っている姿を想像しましょう。十秒。一時間。一日中。場所はどこでもいいのです。そして、その日のどの時間でもいいのです。 平和な世界へのビジョンを、最も鮮明な形で抱きましょう。そしてそれを、楽しみと喜びの精神でやってみましょう。怒りや恐怖からやるのではなく。 私たちにはネガティブな考えを抱く余裕はありません。歌って、踊って、互いに抱き合って、新年と、そして、ともにやって来る新しい世界を迎えましょう。 私たちのこの星が、美しい星座の一部をなしていることに対する喜びを宇宙に報告しましょう。 なぜなら愛の反対は憎悪でなく恐怖であり、知恵の反対は愚かさでなく混乱であり、二点間の最も短い距離は、私たちの希望と揺るぎない信念なのです。 ですからあなた自身の心臓の鼓動を聴いて、思い出してください。 War Is Over If You Want It あなたが望めば、戦争は終わるのです 2003年12月 愛をこめて、オノ・ヨーコ 」
2004.12.10

今日と明日とで、今や世界のYOKO ONOこと、オノ・ヨーコ(小野洋子)さんについて少し日記に書こうと思います。今日はその~1~。オノ・ヨーコさんのことを日記に書こうなんてことは、心の片隅にもなかったのですが、もとさん と かめおかゆみこさん からのコメントがとても心に強く響いたという理由で、ちょっとオノ・ヨーコさんのことを調べつつ考えながら・・・文章にすることで、何かが見えてくれば良いなあと思い、日記に記すことにします。僕にとってオノ・ヨーコさんという人物に興味を持ったきっかけは、15年くらい前の話ですが、当時の友人に言われた或る言葉によって、でした。ある日、その女性の友人に偶然に街でばったり出くわし、マクドナルドでコーヒーを飲みながら会話していたところ「るかのさんって誰かに似てるって思ってたんだけど、誰かやっと分かった」と言うので,誰だいソイツは??と問いただしたところオノ・ヨーコと返答を受けたのです。思わず、椅子から引っくり返りそうになりました。まさか、そう来るとは予想すら出来ませんでしたし。当時の僕のオノ・ヨーコさんに対するイメージというのは、奇抜な行動と思考の人、そんな風なものでした。ライブ会場でジョン・レノンの横に立ち、金切り声を響かせて会場を騒然とさせる(というより静まり返す)アバンギャルドなパフォーマーみたいなイメージばかり先行していたので、どうも似ていると言われて嬉しいとは思えなかったのです。その友人によれば、顔だけ(表層だけが)似てるというだけだから、そんなに気にしないでね♪ということのようでしたが・・・フォローにはなっていなかったように思います。(笑)男なのに奇抜に思える女性アーティストに顔が少しでも何でも、、「似ている」と指摘されるのは非常にオカシな感覚でした。しばらくたったある日、本屋さんで偶然にオノ・ヨーコさんの著書を発見しました。「ただの、あたし」という著書で、とにかく凄い内容の本でした。僕はビートルズというバンドは結構好きなのですが、ビートルズというより、どちらかというとポール・マッカートニーが好きという言う方が正しいかもしれません。ビートルズと関わった第3者的存在の中では、僕にとってもっとも印象が強いのが、オノ・ヨーコさん。勿論ビートルズの一員ではなかったのですが、何故かしら僕にとってのビートルズの存在から喚起されるコアのようなものがあるとすれば・・・それはポール・マッカートニーとオノ・ヨーコさんなのです。これは非常におかしな話だとは自分でも思いますが、どういうわけかそういうイメージになってしまうのです。^^;ネットでも何でも良いからオノ・ヨーコさんのことをちょっとでも調べれば、まず驚くのが彼女の「経歴」でしょう。財閥の出身。そして作家の塩野七生さんと同じ学習院大学生であったという超インテリな学歴。若い頃、自分から進んで、心のゆとりを取り戻すために精神病院に少しの間、依願入院していたというエピソード。そして波乱万丈なる半生・・・。感受性が、とにかく強すぎるのでしょう。オノ・ヨーコさんがTVで話す場面を見たことがある方なら知っていると思いますが・・・とにかく聡明で眼光の鋭過ぎる方のような印象があります。 今日は、ここまで。ではでは、また明日♪。
2004.12.09

ジョン・レノンとモーツアルトこの二人は実は、命日が一緒なんですね。前者の命日が1980年12月8日、後者が1791年12月8日。つまり今日が命日なのです。命日が同じだからといって、何か共通点はあるのかと自問すれば、たいしてないだろうとしか自答出来ません。強いて言えば、音楽を生活の生業にしていたということくらいでしょうか。僕と同じ日本人であるオノ・ヨーコさんには大変申し訳ないのですが、僕はあまりジョン・レノンさんを好きにはなれません。理由はよく分からないし、あまり深く考えたこともないのですが。若い頃には、かなりの皮肉屋であったという話を何かの本で読んだことがあります。でも写真等で見る限り、基本的には「良い人間」であったような印象を受けますし、実際には純粋で気持の良い人だったのでしょう。しかし僕個人的には「愛と平和のジョン・レノン」という安易とさえ思えるキャッチ・フレーズに象徴されるレノンさんのIMAGEに、どうも上手く馴染めないものが確かにあります。詳しくは知る由もないのですが、彼の音楽を聴く限り、かなりドロドロした情念のようなものを心に抱えていた人のように思えるのです。だからなんでしょうか?僕は積極的にジョン・レノンの歌を聴くことは殆どありません。でもしかし、彼の音楽が嫌いなのか?と問われれば「まさか」としか答えられない・・・それもまた事実。うーん、なんだか難しい話になってきたような気がします。今日が命日である人物のことを罵倒する為に、こうして日記を書いている訳ではないので、僕の好きなジョン・レノンが「歌っていた曲」を列挙しようと思います。一応、順不問系列挙です。1. 涙の乗車券2. シー・ラブズ・ユー3. ヘルプ!4. アイム・オンリー・スリーピング5. 愛こそすべて6. ラブ7. 労働者階級の英雄8. スタンド・バイ・ミー9. イエス・イット・イズ 列挙していたら・・・やっぱりジョン・レノンの歌って素晴らしいなあと考え直しました。すいません,一体何が言いたいのか段々分からなくなってきたりもしていますが。(笑)レノンさんのファンの方々・・・すいません。一応,僕はジョン・レノンの無自覚なファンの一人かも知れませんのでお許しを♪^^;。誤解を避ける為に補足しておきますが、9曲の列挙という数に関して・・・ジョンは生前に「9」という数字に強いこだわりをもっていたというエピソードを思い出したので一応9曲に絞りました。誕生日が9日なのだそうです。そしてジョン・レノンと同じく、12月8日を命日とする音楽家。今日の日記の肝心要であるWolfgang Amadeus Mozartアマデウス・モーツアルト(1756~91)。今夜はオーストリアが生んだ偉大な作曲家アマデウス・モーツアルトの命日なのです。モーツアルトについては何週間か前に「音楽が紡ぎ出す魔法」と題した日記に書いたので今日は僕の好きな曲を列挙することで、偉大なる作曲家に対する敬意を表したいと思います。あんまり詳しくないので5曲だけ^^;・・・やはり順不問系列挙です。1. ピアノ協奏曲第9番「ジェノーム」 演奏クララ・ハスキル2.アイネ・クライネ・ナハトムジーク サー・コリン・デイビス指揮 ロンドン交響楽団 はたまた パイヤール室内管弦楽団3. ヴァイオリン協奏曲第5番K.219「トルコ風」 演奏ハイフェッツ4. レクイエムK.626 演奏ブルーノ・ワルター、カラヤン5. 魔笛 クレンペラー指揮フィルハーモニア管ではまた明日(^^)♪
2004.12.08
20代の初め頃に「フォー・ザ・ボーイズ」確か、そんなタイトルの曲が流行っていました。夢見る頃を過ぎて♪~というリフレインがサビで何度も繰り返し歌われる曲でした。当時の最先端の音だったように覚えています。「愛だろ,愛」のCMでお馴染みの永瀬さんが歌っていた曲です。あの曲を歌っていた当時、永瀬さんは一体何歳くらいだったんだろう。夢見る頃って、どれくらいの年齢までを指すのでしょうね。何となくふとそんなことを考えました。30代になったら、カラオケに行っても「フォー・ザ・ボーイズ」を歌うことが出来なくなりました。何か、ちょっと抵抗が出てくるんです。10代から20代への変化の季節の中であるいは20代から30代に移行する中で夢見る頃(僕にとってはそう思えた時期)を過ぎて、見えてきたものが幾つかあります。特に意識的に見えてきたもの、人の生に対する自分の心のあり方、そして他者の人生との関わり方、そういうものが一番大きな「見えてきた」ものかもしれません。そして現在。楽天を始めるようになって、再びそういう傾向が徐々に強くなってきています。本当に様々な、魅力的で個性豊かな人間達がひしめき合っている空間である、楽天ブログ。毎日、沢山の「見えてくる」ものがあって、最近では目がお星様のようにキラキラしていたりするかも知れません(ないって)。^^;もうひとつ、最近「見えてきた」ものを挙げるとおすぎとピーコ最近やっと、この二人の、顔の違いが分かるようになりました。(笑)以前は「どっちがどっちなんだ~!?!?」って、考え込むこともありました。かなり中途半端な日記になっているような気もするんですが「夢見る~」の続きは、また後日改めて♪。では、また明日(^^)
2004.12.07
幼き頃は 誰もが天使のような笑顔で毎日を暮らしています当たり前のような話ですが幼き頃は誰でもいつも体と心が ふわふわキラキラしていますすべてがやわらかくて丸い 綺麗な しゃぼん玉のように一瞬一瞬を無防備なほどに、輝き、そして生きていますでもそんな素敵なふわふわキラキラなのにいつしか大人になる途中でふわふわキラキラがふらふらギタギタに変わってゆくこともあります色々なことを経験した後でもそれでも落ち着いた ふわふわキラキラを忘れない人間になりたい・・・今日は そんなことを 考えていました心に、まだ宝石は残っているそして 原石も 沢山、あるそう自分に言い聞かせることそれもまた ひとつの「勇気」に違いないではまた明日☆
2004.12.06
日々精心、日々笑心♪(by.笑竹村の竹ちゃんさん)○「人間の幸福について考える」の巻○こんばんは、今夜のルカの街並放送は「人間の幸福を考える」と題しまして、数々の検証事項を踏まえながら勝手気侭に想う徒然、、、毎度のように自問自答を繰り広げながらも、全国30万人の楽天会員の皆様(読んでくれる方の数は推定云10人~?^^;)に人間の幸福とは一体何か、そのような稚拙な考察をお送りしたいと思います。申し遅れました。私は、司会の 俵るかの光太郎です。さてさて、人間が幸福というものを感じるのは一体どのような状態なのでありましょうか。身近なことで大変恐縮なのでございますが、私の大好物は味噌ラーメンでございます。上手い味噌ラーメンに何気に出会いますと、これまさに至福の瞬間、一人の人間として非常に単純明快に、或いは単細胞的に「幸福」を感じる今日この頃なのではあります。しかし現在、日本が再起不能かと言われるほどの不景気な状況にありましても、街行く人々の口は非常に贅沢に肥えている、それもまた驚くべき事実なのであります。が、しかし一方で、パンへの飢えに苦しむ人々が、この地球上に多く存在するということもまた、紛れもない事実なのであります。ここに非常に面白いデータがあります。秘密の魔女、もとい、美女こと ladymamiさんのブログの中に非常に面白い文章を先程に発見致しました。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~もし、世界が100人の村だったら 100人の村誰かが私に興味深いお話を伝えてくれましたもし現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょうその村には…57人のアジア人21人のヨーロッパ人14人の南北アメリカ人8人のアフリカ人がいます52人が女性で48人が男性です70人が有色人種で30人が白人70人がキリスト教以外の人たちで30人がキリスト教89人が異性愛者で11人が同性愛者6人が全世界の富の59%を所有しその6人ともがアメリカ国籍80人は標準以下の居住環境に住み70人は文字が読めません50人は栄養失調に苦しみ1人が瀕死の状態にあり1人は今生まれようとしています1人は(そうたった1人)は大学の教育を受けそして1人だけがコンピューターを所有していますもしこのように縮小された全体図から 私達の世界を見るなら相手をあるがままに 受け容れること 自分と違う人を理解することそしてそう言う事実を知るための教育がいかに必要かは火を見るより明らかですまた次のような視点からもじっくり考えて見ましょうもしあなたが今朝目が覚めた時 病気でなく健康だなと感じることが出来たなら…あなたは今週生き残る事のできないであろう100万人の人たちより 恵まれていますもしあなたが戦いの危険や投獄される孤独や獄門の苦悩あるいは飢えの悲痛を 一度も経験したことがないのなら…あなたは世界の5億人の人たちより恵まれていますもしあなたがしっこく苦しめられることや逮捕拷問または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことが出来るなら…あなたは世界の30億人の人たちより恵まれていますもし冷蔵庫に食料があり着る服があり 頭の上に屋根があり寝る場所があるなら…あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれていますもし銀行に預金がありお財布にお金があり家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら…あなたはこの世界の中で最も裕福な上位8%のうちの一人ですもしあなたの両親がともに健在で そして二人がまだ一緒なら…それはとても稀れ なことですもしこのメッセ-ジを読む事ができるなら あなたはこの瞬間2倍の祝福を受けるでしょう何故ならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいてその上あなた は全く文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです昔の人がこう言いました 我が身から出るものはいずれ我が身に戻り来るとお金に執着することなく喜んで働きましょうかって一度も傷ついたことがないかのごとく 人を愛しましょう誰も見ていないかのごとく自由に踊りましょう誰も聞いてないかのごとくのびやかに歌いましょうあたかもここが地上の天国であるかのように 生きていきましょうこのメッセ-ジを人に伝えて下さい そしてその人の一日を照らしてください※作:K.Leipold ※訳:なかのひろみ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~さすがはladymamiさん、ではなくてK.Leipoldさん・・・素晴らしい文章をお書きになるのでございます。勿論、ladymamiさんも聡明かつ類稀なユーモアセンス、そしてイタリア語で言うところの「センソ(官能)」さえ併せ持った、お蝶婦人もとい貴婦人なのであります。ブログ中にこのような意義深い言葉の徒然を紹介するあたり、タダモノではないことの一つの証明なのでありましょうか。おおっーと、何気にちょうど放送時間が終了3分前となって参りましたので、ここらでひとつ、今夜の放送の締めの言葉とさせて頂きます。人間の幸福とは、「ただ 生きていることに感謝の気持を持つこと」それに尽きるのではないのでしょうか。なんてことを少々考えてしまうのであります。あるいは白髪頭で お孫さんをお風呂に入れて笑い合う風景・・・そんな些細な日常にさえ最大の幸福を感じてしまうのであります。ん?白髪頭の爺様って誰のことか知りたいのですか??そんな、あなた・・・楽天で白髪頭のナチュラル脱毛コースって言ったら、笑竹村の竹ちゃんさんしかいないではありませんか(←竹さん、すいませんごめんなさい^^;)。今日訪れた笑竹村の竹ちゃんさん のブログで目にした孫竹天使♪(推定年齢 1歳と2ヶ月←・・・多分)の無垢な愛らしい笑顔と、白髪頭の竹爺様(推定年齢 55歳と3ヶ月←・・・恐らく)の笑顔の輝きの中に私、るかの光太郎は人間の最高の幸福の姿を見出したのであります。オオオオ~!赤ちゃんって何て可愛いんでしょう☆。まるで天使みたいです♪(^0^)彡白髪の天使も、何気に可愛い表情をしている、ような、気も?しないではないですね。(笑)って、結局ただ この3行が書きたかっただけなんですよ、今日の日記は、実は♪。(笑) (((o≧▽≦)ノ彡いやあ、それにしても今夜は随分と前置きが長くなりまして、何とも お日柄も良く♪それでは今夜のルカの街並放送を、これにて お開きとさせて頂きます。おあとがよろしいようで~♪←恐らく^^;チャンチャン☆ではまた明日!(^^♪)
2004.12.05

サラ・ブライトマンという歌手のアルバムに「La Luna」 というのがあります。名作です。サラサラと舞い降る雪が、美しい絹擦れの音を響かせているようなそんな透明感が、このアルバムの中には溢れています。彼女の大ヒット曲である「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」は収録されていませんが「タイム・トゥ~」のような感動巨編な名曲というより、詩的な小品集が宝石箱のように詰められたアルバムという印象があります。寒い冬を美しく彩るのに最高の一枚です。1.ラ・ルーネ2.ウィンター・イン・ジュライ3.スカボロー・フェア4.フィリオ・ペルドゥート5.青い影6.ヒー・ダズント・シー・ミー7.セレナーデ(インストゥルメンタル)8.ここは素晴らしい場所9.月の息子10.ヒア・ウィズ・ミー11.ラ・カリッファ12.ディス・ラヴ13.ソロ・コン・テ14.暗い日曜日15.ラ・ルーナ16.若葉のころポップスやオペラの名曲のカバーがいっぱい収録されています。オリジナルの曲とは、また違った魅力が散りばめられているのです。凄いです。凄すぎです。特に僕が好きなのは 3.スカボロー・フェア 5.青い影 14.暗い日曜日まさに圧巻としか言いようがありません。雪降る夜に聴いたら、どんなに素敵だろう・・・そんな風に考えながら僕は寒い冬の到来をひそかに心待ちしています。あなたにとっての冬にとっても似合う歌、曲には どんなものがありますか?。ではではまた明日^^♪
2004.12.04

カトリックでも何でもない僕にとってクリスマスとは、街を綺麗な色で輝かせ彩る、大きな美しいイヴェントのひとつです。それはそれで意味があるように思っています。再び訪れる冬の季節に対して、宝石箱のような期待感を抱けること何気ない街角の景色に、美しさを感じる心を育むこと自分の国以外の文化の風習を、慣例化して疑似体験することで、精神の奥行き、或いは広がりが生まれること・・・これは自分の経験として言うだけなのですが、非常に大切なことであると考えます。大切な知人、友人達との色彩豊かなコミュニケーションの機会、一種の「祭典」のような時間を与えてくれること「聖」という言葉に 静かに向かうことetcエトセトラ・・・。ふと感じるクリスマスの僕なりの意味あいをイメージすれば、そんな風になります。クリスマスという行事が、たとえ巨大な異文化から小さな島国への素敵なプレゼントに過ぎないとしても、クリスマスという行事が、日本人の心に大きく浸透していることの意義・・・そのような心の贅沢さを抱くことの出来る幸福には感謝したい気持を持っています。と・い・う・こ・と・で♪ (どういうことだネ? Σ( ̄Д ̄ノ)ノ)イギリスの、とある田舎町のクリスマスの時期の風景を撮った写真を紹介します♪単に、これを見せたいというだけの理由で、前置きが随分と長くなってしまいました。(笑)エミリー・ブロンテの書いた「嵐が丘」の舞台。 ブロンテ姉妹が暮らしていたとして有名な小さな町。イングランド北部のハワース(Haworth)という町の風景です。 単なる 山が映っているだけにしか見えませんね。(笑)これがハワースなんだ~、へえ~♪^^などと思って貰う為に紹介するわけではないのです。実は、上の写真はブロンテ姉妹が住んでいた住居跡です。山から吹いてくる強風の為に風化が激しく、屋根部分は今は何もありません。一般道路から、ヒースの生い茂る荒野を1時間くらい歩き続けると、山の頂上付近あたりに決して大きくはない廃墟がありました。風の強い荒野の斜面・・・普通の人なら孤独に耐えられない環境のようにも思えました。 上の写真は ハワースの町の中心です。まだクリスマスまで一週間以上あるというのに町は夜になると、キャンドルを持った沢山の人々の行進で赤く彩られていました。その風景を写したのが下の写真です。 実際の風景は本当に眩しいくらいに、キャンドルの無数の灯りが響き渡る光景でした。この写真には、あまり綺麗には撮れてはいませんが。(笑)*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(*´∀`)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*あなたにとっての「クリスマスの思い出」どのようなことを思い出しますか?では また明日♪
2004.12.03

中学生の時に「大人は判ってくれない」という映画を深夜のTVで見ました。水晶のような透明感と、なんとも痛々しい感性に溢れた映画でした。主人公の少年がだいたい,当時の自分と同じ年代という設定が共感あるいは共鳴を誘ったのかも知れません。凄い映画でした。その頃バスケットの部活に所属していて、肉体的にもかなりハードは生活をしていたにも関わらず、土曜日の深夜に放送される映画の放送はしっかりと見ていました。遠い異国の物語に憧れていたのかもしれません。「大人は判ってくれない」という映画。監督はフランスの有名な巨匠、フランソワ・トリフォー。この映画はトリフォー監督のデビュー作品です。中学生くらいの年代なら誰しもがそうであるようにTeenage frustration.僕も例外ではありません。フラストレーションのはけ口は、走ることでした。理由もなく、性急に目的もなく走り出す。田んぼ道であろうと、車の多い4車線道路であろうと構わない。視界を過る景色が鮮やかに駆け巡る、それらの一瞬一瞬を8m/mカメラにでも収めるように心に焼き付けながら、ただ走る。時に美しい光景に包まれて、海の波のように、アドレナリンが押しては引いてゆく。鮮やかな色彩と空気に溢れた対象を見つめる胸の内は、ソーダ水のようにキラキラはじけ誰にも止めることは出来ない。ただ意味もなく毎日走っていました。ある日、全学年参加の長距離マラソン大会が行われました。仮病を使おうと試みましたが、水泳の授業でかつて目の当たりにした、体育の先生の豪腕をふと思い出し・・・それは断念しました。走れないことは、ない、のだ。毎日のように一人勝手に走っているのだし。ただみんなと一緒に、そして周囲の視線あるいは用意された「何か」の中で走ることに抵抗がありました。いわゆる緊張症という奴です。逃げる間もなく、とうとう何百人という生徒達が先生達によって校庭に無理矢理集められました。暫くして、ピストルもどきの爆音が青空の下で炸裂しました。仕方がない。皆と一斉に僕も駆け出しました。周囲の生徒達の激しい息遣い、視線に心臓が破裂しそうになりながら、とにかく走ったのです。何十分かの時間が経過した頃横に感じていた激しい息遣いが徐々に少なくなっていきました。やっと自分のペースで走ることの出来る喜びを、いつしか感じながらも走り続けた。眩しい太陽の光線の反射に目眩を覚えつつ、小川の流れる橋を勢い良く通りすぎ、気がつけば・・・僕の視界には友人達の姿もなく、前方を眺めても後ろを振り向いても誰の姿も見えない。ふと前を見れば、随分前にスタートした地点・・・学校の校庭が遠くに見えはじめていました。そして近所のオッサンの歓喜のような声が耳に唐突に響きました。「頑張れ!ほら、一位が目の前だぞ!」ん???自分が先頭を走っていたのです。良く分からないが、何かが急激にクールダウンし、走るスピードが脱力してゆくのが自分でもよく判りました。気がつけば、、、いつもは冷たく感じられた先生達の、何故かしら暖かくこちらを見守る視線と応援との激しい違和感漂う風景の中で・・・僕は走るリズムの空回りを感じました。ちょうどゴールの見える校庭に入りこんだところで、です。もう僕は走ってはいなかった。実際には歩を緩めながらも、走ってはいたのですが。だが、心はもう、走ってなどいなかった。ゴール手前の100m付近で、横顔に見覚えのある後輩に抜かれました。その後に突然、陸上部の先生から声をかけられて様々な長距離の県大会に出場させられましたが・・・あまり良い思い出は残ってはいません。それなりに程々の成績は残したのですが。中学校の卒業式の後に、「ふん!」といった表情でこちらを見ていた教頭先生の顔が、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。Teenage frustrationな少年期の思い出なんて、きっとそんなもんです。楽しい思い出も多い反面、苦い思いでも少なくはない。そしてそれを別に大人が判ってくれる必要など、 サラサラないのです。大人は判ってくれないいつの時代でも、それが正しい社会のあり方なのでしょう。 ではでは また明日☆
2004.12.02
今夜は「大人」をテーマに、日記に記したいと思います。新明解国語辞典で「おとな」を引くと 大人 一人前に成人した人 (自覚・自活能力を持ち、 社会の裏表を少しずつ分かりかけて来た意味で言う) 老化していること 事情を聞き分けて大人しくしている様子 etc・・・ そのような言葉が出てきました。僕自身の言葉で「大人」を考えると他者の心のありようの判る人・・・そんな風に少し思いました。あるいは自己と他者の心のありよう、適度な距離感、厳格さと暖かいまなざし、凛として落ちついた心そんな言葉も思い浮かびました。楽天で僕が知っている、何人かの「大人」だなあ、、、と思う尊敬すべき方の一人が先日に何とも素敵な日記を書いていました。それはもとsunさんの日記です。ここにコピベして紹介したく、なんてことも考えましたが、それよりも実際にブログに訪問して読んで下さった方が、より心に染み入ると思います。もとsunさんの日記「一枚の写真」にGO! ブログのTOPのデザインも、とても素敵でお月様のような印象を受けます。まるでもとsunさんの、大らかな人柄のようです。こういう方って、本当に「大人」だなあ・・・って考える今日この頃です。それと今日は何と たんぽぽの願いさんの お誕生日のようです\(^o^)/たんぽぽさん~☆お誕生日おめでとうございます♪*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(*´∀`)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*・゜たんぽぽの願いさんも本当に素敵な「大人」の女性ですね♪ではでは、また明日(^^☆)
2004.12.01
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