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今日フィナーレを迎えた「はじまりのきのこ地蔵」展。有馬富士公園までの今週金曜日まで延長して展示をつづけますが、本展ではこれまでとやや趣きの違う人たちが訪れてくれました。奥澤さんの『毒きのこ今昔』の挿し絵を担当した切り絵作家。お地蔵さまを2年に亘り撮り続けてつい先ほど個展を開かれた造形美術大学写真科のお嬢さん。昨日の有馬富士夢プログラムの報告会では、三田市小柿地区の大師道を整備された方とも面識を得ました。きのこグッズ大好きなさまざまな層の人たちが滋賀、姫路、奈良、京都、加古川、高砂など遠路をいとわず訪ねてこられました。今シーズンよりキノコ観察会にも参加したいと入会を申し込みにこられた人たちもちらほらとまじっています。きのこと地蔵の接点からどんな花が咲くか今からたのしみです。私にとっての次なる仕事は今回集い来たった人たちの熱意と努力がすべて報われるような企画をこれから組み立て実行に移すことですのでいよいよ忙しくなります。
2005年03月06日
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チチ松村さんとその仲間たちの目からうろこの作品展。14番目の月という名のギャラリーは明月の世界。そのとなりのマニフェスト・ギャラリーは闇夜の空間。こちらではチチ松村翁自らが屁のような存在感を誇示して君臨していた。まず、14番目の月では「きのこる」同人の城戸みゆきさんのキノコ・ポリスのミクロコスモス(これはトップ・ライトをさまざまに動かして影をたのしむと面白い)、河野甲さんのクラフト世界に新風を呼び込む?作品「夜の徘徊者」、富田陽子さんの乾燥きのこを配した「パックとタイタニア」、溝潤子の樹脂きのこの森「迷い道」、そしてメインディッシュとおぼしき浦地思久理のただならぬ力量を感じさせる「夜雛」ほかがひしめく月の精・ダイアナの世界がたのしめる。私はなぜか渡辺享子の「森のあしさき」に魅せられ何度も行きつ戻りつした。そのほかにも型染め、木の造形、陶器作品などところせましとならんでいる。 一方、マニフェスト画廊のエントランスのトワイライト・ゾーンにはわが福本ソーマ姫の作品。まず、ここでノウタケのマラカトゥーで瓔珞をなすアガりクスの祭壇に鎮座ましますイカタケにチッチ松ちゃんスタイルの不埒なダンスでみそぎ(通過儀礼)をすませたあと、その暗幕の奥にひろがる妖しくも美しいクネクネ・ポットンの世界にうれしく吸い込まれていくことになる。暗黒の帝王チチ松の語るアングラ世界からの啓示のような解説に耳傾けながら彼自身の企画作品「原色きのこ図鑑」的世界(往年のキノコファンならこの言葉に覚えはあろう)がまず目にはいる。そしてステンドグラス作家・村上孝の意欲作、性夢の断片のような"Night Creatures"。これにはちょっとはまりそうだった。少年・少女科学隊?の「くらげなしただよえる」わが国創生神話の原初の風景を絶え間なく呼び覚ます液体芸術。そのいずれもがいとおしい悪夢のようでうれしくなってしまう。チチ松もこの世界に浸りきっており、ここから出たとき、たちもどった現実世界の居心地の悪さを彼自身どんな表情でまぎらわすのかを見てみたい衝動にかられた。究めつけは彼自身はまっている人工くらげ。とても愛らしくエッチなキャタピラー・フィンガーをうごめかせながら風呂敷包みの中の秘めやかな世界で浮遊しているのには忘れがたいものがあった。この企画展を見過ごしたら21世紀最大の損失となることは確実だ。ヘテロソフィアンでなくても、いやしくもキノコ大好きなんて臆面もなく触れ歩いているやからは、あさっての金曜日までにかならずたずねるべし。地下鉄谷町線天満橋下車、4番出口を南へ8分。UFJ銀行手前の東西の道を数歩西へ。The 14th MOON,MANIFESTO GALLERY。tel.06-6943-5892。http://www.14thmoon/
2005年03月02日
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中沢新一の『精霊の王』が出た。中世の芸能者、職人などが崇拝してきた宿神の核心に迫る待望の書である。わが国古層の神々の王であるシャグジ、のちに後戸の神と秘して語られてきた神が、彼の直観による筆の力で徐々にその姿をあらわしはじめるところなど感動的であった。おそらくこの神はその時々の王権が周到に敬して遠ざけてきたものである。出雲系の神で消し去られてきたというニギハヤヒやスサノオなどよりももっと隠微な存在であり、闇から闇を生き抜いてきた人たちによってひそかに伝えられてきたまさに「精霊の王」と呼ぶにふさわしい神格である。世阿弥の『風姿花伝』の行間ににじみ出ていた精霊の存在は、近年になって発見された金春禅竹の『明宿集』により、ようやく手の届く距離にまで引き寄せられたことで彼の詩心が動いたということか。中沢はそうした現代までの研究の成果を駆使して彼独特のユニークで親しみぶかい手法で造形していく。ひさしぶりに食い入るように読みふけった。私はこの神の存在を白拍子やくぐつ師、鋳物師、ろくろひき、のちの能楽者となる猿楽師などの非常民の歴史をひもとく過程で知ったのだが、その最初の発見者の柳田は「石神問答」の中でシャグジすなわち石神について国家の制度とまったく関係をもたない神で、これほどまで広くこの列島上に分布している神は他にはないとして注目した。本書で中沢は、柳田の直観力のするどさに瞠目しつつ、ここではっきりと民俗学を「心の考古学」と規定し、柳田の初心にもどれと宣言している。
2005年03月01日
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