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最近ようやくこの世界はアナロジーで成り立っていると考えるにいたった。人間はアナロジーでしか身の回りの世界を認識できないのだ。わたしたちの意識が生み出した神はアナロジーの終着点。宗教や科学、そして文化の問題。キノコの文化を考えつづけてきてようやくいろいろなものがリンクしはじめた。この10年あまり生物界は「利己的な遺伝子」の理論が主流になったかのような様相を呈してきた。これには教育系のマスコミがさまざまな生き物紀行的な番組で雄が雌を求めるのは自分のコピーを切望するからというもっともらしい意見を前提にしてつくってきたからだ。この不機嫌なジーンはその前提に立ったラブコメディーだが、この南原とジーンの息のぴったり合った演技が生物世界のアナロジーに真実味を帯びさせている。ドーキンズ理論もまた、ダーウィンの進化論や民間宗教の因果応報の理屈と同じで容易に納得できるところが味噌なのだ。生物世界はそんな単純なものではないという反論などこのなるほど感からすれば無視できるくらいの説得力がある。そして、これらのアナロジーは人間にこそぴったりの衣装なのだ。あらゆる理論はそう思いたい人々の時代的な総意で成り立っている。立証する以前に理論がある。「はじめに言葉ありき」である。早くも21時48分。たった今、二人のしばしの別離のシーンが終わった。信をおけない相手とアンビバレントな関係を保ちつづけることで成り立っているドラマはいよいよ環境問題の泥沼にはまることで意外な方向に展開する兆しをみせはじめたようだ。私好みの非日常語でみちみちた知的なフレーズが飛び交い、ドライブ感満点の筋はこびに月曜日の午後9時はうれしくはまっている。奇しくもこの鳥獣戯画ならぬホモサピエンス戯画と呼ぶにふさわしいラブコメディーで私のアナロジー考も深まりを見せてきた。
2005年02月28日
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今日のギャラリーには幼稚園児の中山朋亮(ともあき)くんという天才きのこ博士が訪ねてくれました。すでにご自身でデジカメでキノコの写真を撮り図鑑をつくっているそうです。また、京都は西京の柿ハウスのママさんが新聞を見て訪ねてこられました。喫茶店ですが、文化発信基地としての機能を強化したいと考えての訪問でした。今後親密な交流ができそうです。そのほか、さまざまなきのこと地蔵ファンの老若男女が訪ねてこられたようです。帰宅してから3・4月のギャラリー案内とJ-FASの本年度の活動プランを封入しましたので明日発送いたします。会員各位はおたのしみに。
2005年02月27日
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今週は、朝日カルチャー時代に菌類との付き合い方の基本を伝授した植物愛好家グループのK氏、宝塚のタウン紙のキノコの取材でお世話になったKさん、そして今日は花の写真を撮り続けてきたW氏が来訪。時代はずいぶん底意地悪い方向に転じてきたが、やはり不易の部分でつきあってきた友人たちとのきずなには暖かいものを感じる。プロの写真家であるW氏にも地蔵の写真をお願いしておいた。私の話に、いささか心が動いたようであった。また、一月前から約束をしながら会えずにいた骨髄癌で闘っているKくんから電話があったので午後遅く飛んでいった。海ぎわのマンションに自分自身の療養所兼サロンをつくったというので招待されていたのだ。ふっきれたものがあったようでとても元気になっていてうれしい再会となった。海苔工場の路地をぬけた浜に向って建つ小さなマンションで、ひねもす目の前の海を眺めて過ごしているだけでも心身に良いと思った。入院してモルモットになるよりも自身の治癒能力回復に賭けている決意のほどがひしひしと感じられた。いささかでも彼の心の支えになれるような具体的な方法もようやく見出すことができた。雪のち晴れの夕暮れ近くになって彼と別れを告げ、有料駐車場の脇の地蔵祠(じぞうほこら)で、震災で倒壊した家の地下から出てきたという数体の地蔵たちをカメラに収め、夕焼けに染まる街を家路についた。
2005年02月26日
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大航海時代にはじまるキリスト教世界の海外進出を別の視点から述べたエッセーをインクラインのホームページに掲載しています。興味のおありの方はお立寄りください。
2005年02月25日
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今夜「きのことお地蔵さんの話」をギャラリーきのこでしました。仏教の流れの中から生まれて仏教の流れの外で根強い庶民の信仰心をはぐくんできたお地蔵さんをとりあげました。けれどもお地蔵さんはむずかしい理屈なしにつきあうことが肝腎です。ただひたすらお地蔵さんを求める旅をつづけることでそれぞれの人生がひきずってきた光と影のどこかの部分にコミットし、ときにスパークするのです。これこそがきのこ地蔵専修会の設置の目的です。ただひたすら地蔵を巡る旅を続ける。お遍路さんのような霊場めぐりの巡礼の達成感を伴わない旅こそが地蔵専修の旅にふさわしいものです。地蔵を巡る旅のデザインプランも実践していけばおのずと形を成しはじめることでしょう。「案ずるよりうむがやすし」とにかくはじめましょう。小雨降りしきるこの夕べ、これまで親しくつきあってきた人が思いがけない地蔵との縁を語り始めたり、ふつふつと自身の地蔵とともにある旅に思いをはせているような人も散見でき、たのしいひとときでした。これからの私の役割は、それぞれの地蔵とともにある歳月を形にする手伝いをすることに徹していくことになりそうです。
2005年02月24日
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本日、母を伴い諏訪山辺の海を見下ろす丘の上の墓所をたずねました。元旦以来はじめての墓参です。懇意の花店の方が「1月17日の震災の日におまいりしてくれた方があって豪華なチューリップの花束を供えて帰られたのですが、それが一月半経った今も美しく咲き誇っておりますのよ」といわれたので急いで墓前へ行ってみた。すると花束は墓所の上に横向きに寝かされた状態で置かれてあったのですが、淡い緋色のチューリップが1本だけがややしおれていましたが、あとの9本は重力に逆らい花茎を立ち上げ華燭のごとき様相でみずみずしい花托を天に向けて伸ばしていました。なにか不思議な光景でした。母親とふたりでいつもより寡黙のまま小一時間墓前にたちつくし、香華の燃えつきた後もそれぞれ祈りの言葉を心の奥にくぐもらせながらすごしたことです。うれしくも心やすまる午後のひとときでした。
2005年02月23日
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とても暖かく青空のひろがる一日だった。人は天候によって気分が左右されるが、昨今の気のふさぐような日々にあっては尚更である。ぽん友もうらうら陽気に誘われてたずねてきた。母親の四十九日をようやく終えてほっとした表情で、彼も地蔵をたずねる旅を積極的にはじめている。ひさしぶりに明るい表情を見て安心した。私達の世代は年齢的につらい回り合わせの時期に差し掛かってきたが、声かけあって麗しい距離を保ちながらつきあっていこう。
2005年02月22日
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この19日(土)は三田市最奥部の小柿にあるという西国ミニ霊場をたずねてきました。ここのミニ霊場の面白いところは西国88ケ所の霊場の本尊像に寄り添う形でそれぞれ地蔵が立ち尽くしていることです。それぞれの地蔵は村人がお金を出し合ってこの霊場づくりに協賛した結果だときいています。お年寄りの方でもゆっくり巡れば2~3時間で結願できる杉林の快適なコースで手抜きなしの88ケ所と大師堂まわりには弘法像もあり、変化に富んでおりとても気にいりました。小雨の煙るこの日も10数種のキノコちゃんたちに出会いましたが、「またキノコの季節にふたたびおとずれます」とお地蔵さんに投げキッスして下山しました。当日のスケッチをきのこ地蔵に掲載していますのでご訪問ください。
2005年02月21日
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図書館が長い間閲覧のない図書の放出を来園者にプレゼントするシステムがはじまってすでに一年余り経ったように感じている。書物は読み手がいなければ単なる紙くずでしかないことがニュータウンの片隅で現実化しているのだ。この10年の間に世の中はめまぐるしく変わったが、ひとりの読者のために語り継がれる書物の存在価値がまったく無化されてしまったということだ。あらかじめマスメディアによって洗脳された上での民主的とか、大衆の名のもとに行われる魔女狩りにも似た現象がまかり通っているように思えてならない。今日も垂涎の的であった書物が無造作に持ち帰り自由の棚に並べられていた。毎日でも通い、持ち帰りたいような書物がずらりと並んでいるのは本好きにはこたえられない。種村季弘「黒い錬金術」、丸山健二の短編集「台風見物」、奥本大三郎のエッセイ集「考えるごきぶり」、海野弘の「ざわめく町のシンフォニー」、高山宏の「世紀末異貌」、歌舞伎女形・歌右衛門を通して近代を論じきった渡辺保の「女形の運命」、これらはマス・トレンドから支流やワンドに流入した書物とはいえまだまだ生命力のあるものだ。しかし、わたしがドキドキしながら手にした書物は、木地師の歴史を辿った力作・菅野新一編著の「こけしのふるさと」、同じく土橋慶三の「こけしの旅」、そして樺太アイヌの強制移住の記録・樺太アイヌ史研究会編の「対雁の碑」。これらはたった一人の語り部的存在をつくるためにこそ書かれたものだが、粗大ゴミ化したということだ。なかなか訪れる機会がつくれない図書館訪問だが、たまさかおとずれると鼻血が出るほどの興奮を覚えるのだ。しかし、それは同時に、こうした人々から忘れられていく書物に胸きゅん状態になる私という存在をどう考えればよいのかしみじみ考えさせられる瞬間でもある。とってもうれしいけれどなかなか複雑な思いの交錯するプレゼントなのである。
2005年02月20日
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いよいよ面白くなってきた「不思議なお茶の会」。今夜は、ロシアの現代作家の作風と言葉の問題について扇エリザベータさんが日本語で楽しく語ってくれました。文学とロシア好きの人たち15名が集いました。文学に関心が深く、キノコだけではないとても幅広いふところを持つ彼女にあらためて惚れ直しました。また、この夜、うれしいことが二つありました。ひとつは樫本さんがツベターエヴァの卒論を書き終えてふっきれた表情でお手伝いに来てくれたこと。そして、一年近く奔走してきたロシアの友達の詩画集の出版もいよいよ大詰めになったとのこと。それから私たちにとって新鮮な驚きは、二年前、一切のしがらみを断つという固い決意で突然イギリスへ旅立たれた藤田さんが研鑽を積み期待以上の成果を身につけて帰国され、リーザさんの文学の夕べにかけつけてくれたことでした。当地でアートセラピーのカウンセラーの研修に専念されていたことも今夜はじめて知りました。一皮も二皮も剥けた彼女の生き生きした表情に、この二年間に彼女を包んで流れた時間の密度を感じました。若い人たちはそれぞれに懸命に自身の明日をつかもうと努力しています。私たちも負けてはいられないなと随分励まされました。
2005年02月18日
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今朝は大きな片虹が朝のの空にかかっていました。あたたかい一日でした。地蔵のことを調べていて各地に地蔵霊場があったこと、そして復活しはじめていることを知りました。江戸六地蔵、京の六地蔵は言うまでも無く鎌倉24霊場、河泉地蔵霊場24箇所、神戸六地蔵は須磨寺を筆頭に西区のあわせて7箇所、中国地方では30箇所、九州も北九州、筑後、西海、筑前の各6箇所の計24箇所。おそらく東北の資料は手元にありませんが、恐山までびっしりとあることでしょう。北海道は盟友の佐藤さんより地蔵は稀れとの指摘をいただきました。地蔵信仰は江戸期の流行ですので、北海道は当時、蝦夷地として松前藩が管理支配しているものの別天地だったのでしょう。修験や高野聖の活動の埒外だったことが想像され興味がそそられます。今夜は江戸、鎌倉、河泉、神戸、京都の各地蔵寺67箇所に挨拶の手紙を出しました。霧雨の降ったりやんだりの一日でしたが、暖かかった。久しぶりに憎からず思っている女性とばったり出会い、立ち話に興じることもできましたしね。明日は寒のもどりとのこと。風呂にどっぷんとつかって寝ることにします。
2005年02月17日
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とっぷりと霧の海に浸かるでもなく、かといって淡い雨霧というのでもなく、微妙な感じで霧がしずかに流れる朝でした。私は目覚めて晴れていてもうれしいのですが、目覚めたときに雨が世界をおおっているという感覚にとらわれるのはもっとうれしい気がします。宮澤賢治をたずねる旅で岩手山山塊を縦走し八幡平の藤七温泉に素泊まりしたとき、濃い霧に包まれながら夜の山道をひとり散策したことがあります。時折風もないのに霧が流れ始めると、心の景色が立ち上がるのです。賢治の詩作品にしばしば現れる霧のモチーフがそのとき直感的に理解できました。今朝はそんな賢治の詩作品を思い浮べながらの出勤でした。トンネルを抜け、眼下にちぬの海(大阪湾)が展けてくる頃には、泉州あたりを包んでいる霧に雲間から陽光がところどころ射してその乳白色の霧の幕を金色に縁取りしてくれました。ひさしぶりにしっとりとした朝のひとときでした。
2005年02月16日
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ジーンの23歳の誕生日は最悪の日となりましたが、映像処理も筋の運びも最高、思わず一喜一憂してしまいました。竹内結子の演技力もとても磨きがかかっておりうっとりさせられます。内野聖陽は男目にもとてもスマートでうらやましいですね。大晦日に二人の心をひと撫でしたモモンガ旋風は春一番となっていよいよ本荒れの様相を呈してきました。ますます目がはなせません。月曜日は何もかもうっちゃって早く帰って損はありません。天道虫とぼくとどっちが大事?なんて男の子が女の子に聞いたりしているのってやはり時代をかんじますね。
2005年02月14日
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本日、小生は一日仕事にかかりっきりでしたが、事務所の方へ上坂夫妻がギャラリーきのこの帰りに立ち寄ってくれました。15年来のキノコの仲間です。その後、数名のキノコファンがギャラリーのあとで事務局へ立ち寄ってくれました。その中になんと堺から来たキノコ好きの女性もいたようで、もっとお話すればよかったのですが、帰ってからギャラリーからの電話で知りましたのでとても残念です。二日前は加古川の稲美町からこちらもきのこグッズ大好き女性が来られましたので、キノコファンの新世代がいよいよ育っていることを実感しています。
2005年02月13日
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本日も多くの人たちの電話と来廊がありました。キノコファン、地蔵ファン、こうした企画をやりますと、まだまだ私達の考えのおよばないかかわりでつながっているファンというものがあることをあらためて知らされます。この2月はそうした意味でも新しいスタートを切るにふさわしい忘れられない月となりそうです。
2005年02月12日
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本日、ワルツクレオーリョの連載文「ローマ教会の大罪」を脱稿しました。インクラインの今月号に掲載されます。http://www.inkline.com/をお楽しみに。はじまりのきのこ地蔵展は案にたがわず、新しい来廊者が多数訪問していただいたようでうれしいかぎりです。小さな喜びを少しずつ育ててかならず形にしたいと思っています。貧乏暇なしで画廊にはりついていられないのがとても残念ですが、むしろそのほうがベターだとも思っています。たえず私の中心的な関心事には間合いを測りながらプランを練ることが大切だと考えますので、貧乏もこの際、私の前途にとっては大切なファクターなのです。
2005年02月11日
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立川武蔵の仏教思想1500年史(講談社現代新書)はとてもわかりやすく概論以上の深みがあってついうなづきながら読みふけってしまう。空海と最澄を論じた章の終りに「重要なことは、日本仏教史の中で、この二人がはじめて世界(諸法)全体を自己という場においてとらえたことだ。この二人が現れるまでは、仏教僧たちは自分自身という実験場において仏教という異国の思想を自信をもって開いて見せることができなかった。つまり、この二人によってはじめて仏教が日本で咀嚼(そしゃく)されたのである。この共通点に比べるならば、二人の相違点は取るに足らないことのように思われる。」と述べています。しかし、空海はどこの馬の骨とも知れぬ存在ながら、よほどバックグラウンドに恵まれたのであろう。彼ほど自身がこの世に使わされた意味を自覚していた人物はわが国の歴史には彼の前にも後にも見られないように思える。彼はその生とその使命を完結して鬼籍に入った。いわば稀代のスーパースター的存在であった。完璧すぎて後進は彼の世界に一語たりともつけ加えることはできなかった。一方の最澄は唐語をあまり理解できず、天台の教義の習得も通訳を介して行っていることから見ても、遣唐使として在唐の時期ですでに空海に数馬身の差をつけられている。皮肉なことに最澄のこの不完全さが後進を育てる隙をつくったことで天台はその後多くの傑出した僧を輩出することになる。清水泰博の京都ガイド(岩波アクティヴ新書)は主に自転車でのトレール探訪である。「洛中の地蔵祠のリサーチをやっているよ」と友人のNが写真と一緒に届けてくれたものだ。一挙に読んで、とてもセンスのよい建築家であることがたちどころに理解できた。「きのこ地蔵プロジェクト」にとつても京洛のゾーン分けが私の中でしっかりと把握できたことで大いに参考になった。東山、嵯峨野、北山、御室、大徳寺界隈、鴨川ルート、上京、下京、東山トレッキング。これで私の頭の中の京都景観図はできあがってしまった。読みすすめながら次から次へとプランが湧いてきて知らぬ間にぼーっと思いにふけっている自分に何度も気づいた。 お地蔵さんをしっかりと見据えるためにはまず仏教思想という全体からアプローチする、次に人間世界の地図の全体からアプローチする。あまりに地蔵から遠いように感じられるでしょうが、地蔵がかすむほど遠いところから地蔵を目指すことこそが「きのこ地蔵プロジェクト」の目的であると確信しています。清水さんの著書はそうした意味でも「構造が見えなければプランは立てられないよね」ということを私にそっとささやきかけてくれているのだと思いました。
2005年02月09日
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本日、仕事に出ようと飛び出したところでばったりNと鉢合わせ。もどってコーヒータイムにしました。彼は昨12月と今月はじめに京都のほうほヴの地蔵めぐりをしてそれをカメラに収めて届けてくれたのでした。化野、嵯峨、東山、伏見方面の京洛周縁の街道筋を散策し、途中に出会ったお地蔵さんの映像をフィルム5本分持参し、そのエピソードに花が咲きました。なかなかの見どころの多い地のようで旅心をそそられます。シリーズ第二回目の「きのこ地蔵展」がすでにスタートしたことになりますね・・・。木津在住の造形作家・河野滋子さんも毎日のお散歩1時間を自己に課してカメラ片手に彼の地のお地蔵さん探訪の旅をはじめているとのうれしい便りをいただきました。私など思い立ったときにはすでに走り始めているくらいそそっかしいので、少なからず同類がいることにうれしくなってしまいました。地蔵めぐりは自身の幼年期あるいはルーツへの記憶をたどる旅に似てとてもなつかしい気がします。少しずつ同好の輪を広げて大きなうねりを作っていきたいと思っています。
2005年02月08日
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仕事で裏街道を一路川西へ。途中の道端にお地蔵さんが5ケ所もありました。写真と思って構えてからデジカメの電池が切れていることに気づきガックリ。あらためて会いにまいりますと挨拶して足早に去りました。不機嫌なジーンがはじまったので本日はこれまで。
2005年02月07日
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2月はじめての日曜日の今日は朝日新聞にきのこ地蔵の記事が載ったこともあって朝から電話がなりっぱなしだったとのこと。うれしいことに大竹茂夫さんが多忙にもかかわらず時間を割いて覗いてくれ、私の職場にも回っていただき積もる話をしました。彼のイメージの源泉である冬虫夏草の世界は独学でとても深くほりさげており知識も格段にふえていて驚きました。昨年暮れよりリサーチをはじめた結果を展示していますが「きのこ地蔵プロジェクト」の手ごたえは確かで、10数年前にキノコと出会ってひらめいたときと同じような感触を得ています。とても面白い展開になってきそうでワクワクします。きのことお地蔵さんのえも言えぬ取り合わせで私の年来の想いが一挙に形を結びはじめました。時が満ちたということでしょう。この如月いっぱいあたらしい交友関係を広げそれらの異能の人たちと協力しあって着実に地歩を固めてすみやかに新天地をめざします。「春となり」を実感する一日でした。
2005年02月06日
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この数日「はじまりのきのこ地蔵」展の準備にかかりっきりでブログからも遠のいておりましたが、本日夕刻になってようやく準備万端整いました。そこで久しぶりのテレビドラマ鑑賞ということになった次第です。 上戸綾さんのことは名前だけはよく聞いておりましたが、演技を観るのははじめてで期待してみました。川端康成原作の「古都」はかって山口百恵さんが演じていたと記憶しますが、まったく山口百恵系の面立ちでびっくりしました。しかし、カエルちゃんと呼ぶにふさわしいヒョウキンな顔立ちですが、さすが噂の通り演技はなかなかすばらしく魅せられました。カメラワークも懲りまくってひつこいくらい京都の風物・景観を強調しており、やや息くるしい感じさえしましたが、テレビドラマという枠を超えた描写で京都の魅力を満喫させてくれました。また、ビデオ収録した教育テレビの「きのこの楽園」も同時に鑑賞。能登のきのこによる里山づくりの実写でしたが、スタジオに千葉中央博物館の吹春俊光くんが一段と立派になって登場したのには驚くとともに懐かしい思いで一杯にさせてくれました。今日ははからずも二つの番組で癒されました。いよいよ本日をもって、春隣きのこ地蔵の空深し 曼荼羅乃夫 の立句の通り青雲の志を遂げるべく新天地を目指します。よろしくご注目のほど。
2005年02月05日
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