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いよいよ1年の半分が閉じようとしています。昨晩は、きのこ地蔵企画展のDMの最終校正をし、ギャラリーの真夏の案内を発送するのに深夜までかかりました。明日からはじまる後半戦、また波乱万丈の日々が待ち受けておりおもわず武者震いしてしまいます。梅雨期から盛夏はぼくの大好きな季節ですので冒頭句のごとくシャツ一枚で走り抜けたいと思っています。実りの秋を準備できるか否かはこの盛夏の活動にかかっているように感じています。7月何かがはじまる予感にわくわくしながらのスタートです。
2005年06月30日
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昨晩もパソコンがうんともすんとも言いませんで、いよいよ重症かと思われましたが、つくせるだけの応急処置を施して一晩様子をみましたが今朝は朝の挨拶も普通どおりできるまでに回復しました。でもXPになってからとても致命的な変調が多発しており、どうも不安定きわまりないシステムだと感じています。システムが改良されるたびにパソコンの前に坐る時間は短縮されると信じてきましたが、ますます調整のための時間をとられるようになっています。
2005年06月29日
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昨夜は自宅のパソコンがパンクしたままでした。それで寝転がって読書しました。熱帯夜でしたね。うれしくなってひでり星をながめてひさしぶりにテラスで一服。しずかに夜は更けていきました。今日は回復しているでしょうか。会社のパソコンでとりいそぎ昨日の存在証明しておきましょう。雨がふらないのも困り者ですが、これも時間の問題です。やがてどっさり降ってくれることでしょう。ミューちんから「さりげなく」のコメントが入っていました。彼女もかっての「さりげ」の常連さんだったのでしょうか。ね!。
2005年06月28日
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北条の五百羅漢はこれまで数回訪れているが、今回はまったく違った視点をもって訪れることになった。以前はさほど面立ちに違和感をもたなかった。それは羅漢像というものにたいして私の中に基準がなかったからかもしれないが、今回訪ねてみるとその風貌に異国情緒が色濃く漂っているのに改めて気づいた。あきらかに東洋人でない人たちの群像なのだ。仏教的な地蔵も加西市のそこここにおびただしい数が残されているが、ここの地蔵はたしかによその地蔵たちにくらべて異質である。この播磨という土地柄から異国人たちの往来でにぎわってきたとも考えられるが、やはりかってキリシタン大名の所領のあったこの地はキリシタンの大きな影響があったことも疑う余地はなさそうだ。夕刻になって異形石仏研究家の吉田さんを訪ねお話を伺ってそのことはますます明確になってきた。三田・篠山にもおそらくかなりな数のキリシタン地蔵が残されているはずだとも思えてきた。私の地蔵に対する関心はキリシタンそのものにはないが、これも大地のしるし、人の心のしるしであることを思うとないがしろにはできないものを感じている。五百羅漢のイコンを添えておく。
2005年06月26日
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この日川西きのこクラブであったが、そちらを井上さんにおまかせして、私は加西の地蔵めぐりと、ここ20日ほど煮詰めてきた異形石仏研究家の吉田完次さんに逢うために出かけた。北条の五百羅漢にはじまり、小谷石棺仏、山伏峠の石棺仏、春岡寺石棺仏と地蔵たち、大日寺の隠れキリシタン地蔵、玉野道の石棺仏と薬師堂(ここにも隠れキリシタン地蔵が首なしの状態であった)などを行ったり来たりし、デジカメにおさめてきた。そののち栄町の完次さん宅へと向う。立ち話のつもりが年齢こそ違えとても情熱家の氏と息が合って資料を前に2時間たっぷりとこれまでの探求のあれこれを話し込んでしまった。三田・篠山・奈良・京都の地蔵たちもまた違った視点から見つめなおす良いきっかけとなった。夏の間開催する予定のきのこ地蔵展では氏のこれまでの成果の一端をはがき形式で展示したいとお願いし快諾していただいた。
2005年06月25日
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今夜のギャラリーきのこではJ-FASのロシアクラブとして体を成しつつある「不思議なお茶の会」が開催され若い人たちが多数集って話しに花が咲いた。樫本真奈美さんがチューターでロシアの祭りについて詳しく解説していただき、その後30分ほど聖教徒の清水先生にロシアの正教会についての話と日露戦争と聖教、日本人司祭・日比さんの話などとても興味ぶかい話を聞かせてもらった。神戸外大の交換教授のヴァレリー先生も訪ねてきて、ロシアからつい数日前に帰国した樽井くんも参加し話しはロシアのホットな話題であふれかえったことは言うまでもない。お料理も真奈美さんが持参したちらし寿司、上田亮子さんの創作きのこ料理と腕によりをかけた逸品ぞろいでみんな大満足だった。
2005年06月24日
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梅雨に入ったとはいうものの梅雨前線の活動があいまいでキノコたちは出鼻をくじかれた感じでイジイジしているようだ。私はといえば毎朝キノコちやんたちのご機嫌うかがいにぶらり散歩を繰り返しているが目に入るのはキノコ以外のものばかり。くちなしの花は咲き始めてすでにひと月以上も経つが、咲き継いでまだまだ高い香りを放っている。街路のヤマモモはすでに色づき食べごろになってきた。今日も満天雨意(うい)こもる一日であったが一粒の雨も降らなかった。この週末まで雨は期待できそうにない。
2005年06月23日
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「あたらしい誰かのために私など思い出さないで」「雨音に気づいて遅く起きた朝はまだペッドの中で半分眠りたい」いずれもユーミンの唄だ。とりわけ「雨のステーション」は良いなと思った。詞もメロディーもピタリと決まっている。おさない頃から六月という季節は私にとっては格別なものがある。モンスーンの雨季がもたらす青世界の中にずっと浸っていたいと昔から思ってきた。
2005年06月22日
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歴史的な石造物ではないがかわいい地蔵を渡月橋奥の大竜寺脇でみつけた。というより目に見える場所にドンと据えてあるといったほうが正確だろう。ジャニーズショップや美空ひばり館の近くにありとてもかわいいのでご存知の方も多いかと思う。地蔵の裾野は広く今後も時代に見合ったあたらしい地蔵がどんどん登場することだろう。あらゆる既存の宗教・宗派のバリアーを離れて裸の地蔵の諸相を掘り下げ21世紀のあたらしい徴(しるし)として確立する。歴史的な地蔵から新作の趣味地蔵まで私たち現代人の琴線に触れるあたらしいしるしを求める日々がつづきます。自然のしるしとしてのキノコと人の心のしるしとしての地蔵。いずれも解読がまたれるしるしが身ほとりに溢れかえっています。ここ1~2年、私個人は畿内の地蔵を調べ上げ、そのさまざまなしるしの多様性を報告していきます。東国や西国、北国や南国の地蔵たちはおのずと異なる様相を呈することでしょうが、その比較の原資料となるのが畿内の地蔵なのです。まもなくきのこ地蔵展がギャラリーきのこではじまります。J-FASきのこ地蔵企画展「多様なるしるし」7月6日(木)から9月4日(日)まで。この夏はきのこ地蔵の多様な顔と親しんでいただき、あたらしい方向性をみつけてもらえればと思っています。
2005年06月21日
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梅雨のはしりになると街路樹に泰山木の花が白く灯りはじめる。高木になるので鼻を近づけることはできないが、良い香りを放っている。紫や白のもくれんの後に花開くので初夏から夏にかけてはこの大振りの花がずっと目に付くことになる。宝珠型から盆型に開き、秋には松ぽっくりのような果実をつける。すこしだけぱらりとお湿りのあつた朝、振り仰いで合掌しつつメモしておいた。
2005年06月20日
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義母との別れの日がきた。朝、目覚めて身ほとりの草花を見て歩く。草むらの方々から昼顔が顔をのぞかせている。万葉の時代には容花(かおばな)と呼ばれたように植え込みや草むらから顔をのぞかせているさまはまさにその名の通りで面白い。これから炎暑のさなかまでずっとおつきあいすることになりそうだ。ただそろそろキノコたちのシーズンに突入するので挨拶も途絶えがちになりそうだ。義母との別れの日がおおらかに明けていく。高台から遠い嶺々を眺めて自宅へ舞い戻ってきた。
2005年06月19日
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朝の見回りでも今年はキノコの発生が遅れているのはあきらかで、今朝はじめてすでにさかりを過ぎた孤独なイタチタケに出会った。例年ならすでにキノコざかりの日々のはずなのだが・・・。Psatyllera candolleana(プサチレッラ・カンドレアナ)=カンドルさん命名のナヨタケ属のキノコといった意味の学名をもつキノコだが、通常は単生ではあっても単体でポツリと出るようなキノコではなく雨後の草地などではホコリタケと一緒にポコポコ出ているものなのだ。軟骨質の柄を持ち触れるとポキッという感じで折れる。
2005年06月18日
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昨夕、一本の電話からどっと狂いはじめて昨夜は徹夜。ようやく今、家にもどってきました。ついに家内の母親が逝きました。明日、明後日はお通夜とお葬式。話を交わしふと振り向いたらむなしくなっているというような死に方。私の周辺はそんな去り方をする人が圧倒的に多いように思えます。死に方はさまざまですが、いずれ私たちもあっという間に「あしたの露」となるいのち。今すこしでも猶予ある間は生き抜くことにいたしましょう。
2005年06月17日
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古代史の中で稀有な夢を実現した天皇がいる。それも当時としては画期的な方法で行基に代表されるアウトロー集団や草莽の渡来人集団の総意を結集して。天武もすばらしかったが、聖武は藤原勢力が宮家の外堀を埋める最中にそれをやりとげているのだからその葛藤は大変なものだつたにちがいない。史書からはその息詰まる闘いの刻々がなかなか伝わってこないのがもどかしいが、奈良の大仏に込められた聖武の執念にはすさまじいものを感じる。物部からはじまり山部赤人の周囲を調べるうちに聖武とどうしてもぶつからざるを得なくなったのだが、ここしばらく聖武にぞっこんの日々が続いている。
2005年06月15日
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嵯峨野の大覚寺界隈には油かけ地蔵がある。像は大日如来のようだが、なぜか地蔵として崇敬をあつめてきた。当時貴重品だった油をそそぎながら願かけをする特異な地蔵だ。脇にサラダ油の徳用ボトルが置いてあったのはなんとも興ざめだったが、同行の彼女たちは何を願ったのだろうか。雨もあがり傘なしで大覚寺の大澤池をめぐりながらすでに3時を大幅に過ぎていたのでガイド役を自任するNくんに「あと一箇所、とっておきの地蔵スポットを訪ねて本日の〆としたいね」というと「そんならやっぱりあだし野でんな」ということになりもうひとふんばり。しかし念仏寺はやはり圧巻でそれぞれ感動で言葉をうしなってしまったようだ。その帰り道キューピー博物館でキューピーちゃんとキノコのめずらしい取り合わせの陶器をAさんがみつけてくれ、きのこ地蔵の旅はどんぴしゃりとお手打ち状態になった。
2005年06月14日
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昨夜は図像で重くなってしまったせいか、パソコンがフリーズ状態になり何度トライしてもブログを完結することができません。で、あきらめて寝ました。仕事の前に会社で走り書き。土曜日京路のお地蔵さんめぐりをしてリフレッシュしましたので昨日は仕事。合間に青谷の妙光院というところで馬頭観音像とあまたの地蔵をみてきました。
2005年06月13日
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久々の喜雨の中、妖しいきのこ地蔵探検隊は阪急桂駅を出発し、桂六地蔵を皮切りに千代原地蔵、奥澤眼科医院で突然のご挨拶。そののち同行の女性二人が満願を待たずにお札を返したいとのことで鈴虫寺へ立ち寄り、竹の寺で小一時間まどろみ診療を終えた奥澤さんと待ち合わせ。丁度昼飯時になったので松尾大社のそばのおそば屋さんと渡月橋奥のコーヒー館でかけつけた奥澤さんに蕎麦と珈琲をごちそうになり積もる話をし、そののち別れて徒歩で油掛け地蔵と大覚寺庭園大澤池の石仏群をみめぐり、本日の絞めを嵯峨野の念仏寺でやりました。やはりこの日の圧巻は嵯峨野念仏寺で、今は亡き親友のお嬢さんの安藤鮎子さん、岡橋さん、中井くん、そしてマダラーノフもしみじみ京路の青梅雨の季節の地蔵を堪能いたしました。地蔵のさまざまな形象に触れるにつれて目も肥えてきています。単なる地蔵ではすでに飽き足りなくなっていますが、この日出会った地蔵の数体は私たちの好みにあって大満足。安藤さんおすすめの京のあっさそり漬大根をそれぞれみやげに買い求め、桂へ戻り奈良の岡橋さん、京都北部の安東さん、神戸市北区の中井君、三田のマダラのおっさん、それぞれの家路にもっとも便利な駅が烏丸四条と判明しましたので、そこで地元の鮎子さんのとっておきの場所へ案内していただき、漁師料理と純米酒「雨後の月」を堪能。ほどよく酔いしれて別れました。この雨の一日は私にとってはとても得がたい体験で亡き親友の娘さんを介して久々にしみじみ対話ができたように思え心のわだかまりが少し解けました。来月は7月10日の日曜日。今度は池田UKさんの案内で水無瀬の若山神社へキヌガサ・ツアーと洒落込む予定です。どうぞおたのしみに。
2005年06月11日
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ちょっとヘビーな話で恐縮ですが、今朝散歩の途中でこの夏はじめてシマヘビをみかけました。やはり地温があがってないとみえて動きは緩慢。彼女は冷え症ですので夏でも早朝は身体が思い通りに動かないのであります。頭隠して胴尻隠さず状態でぼてっと寝そべっていました。子供が通っていたずらしてはかわいそうなので、そっと促して茂みに身を隠すのを見届けてから別れました。関東は関西を素通りして入梅宣言。近畿とくに神戸はあらゆる世の中の流れから取り残されているようでこのどん臭いシマヘビよりも可哀想状態。神戸ではぼくだけがナチュラル・ハイ状態で、当分この極楽トンボっぷりはやめられそうにありません。シマヘビよりももっとヘビーな話は人間世界の出来事のようですね。
2005年06月10日
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この一月余り過乾燥と低温のためキノコたちは出渋っていた。そんな中でもヒトクチタケだけはビシバシ立ち枯れの松の樹から噴出していた。春山へ足を向ければかならず出会うキノコで珍しくもなんともないキノコであるが、ヒトクチ饅頭のような手ごろな大きさであたらしい個体はニスを塗ったようにテカテカ光っている。カプセルの中の胞子は成熟すると干し魚のような香りを発して木喰い虫やハエを呼び寄せその身体に胞子をつけて運んでもらっている。特に木喰い虫はヒトクチタケの内部にもぐりこみ胞子にまみれて腹一杯胞子を食べたあと、松の樹幹に穴をうがって侵入するがそのとき坑道にこのキノコの胞子をこすりつけていく。そこから菌糸をのばしふたたびの春先にこのカプセル様のキノコをつくるのだ。
2005年06月09日
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長い間さがしていたミニチュア地蔵が今日みつかりました。この地蔵さまにもいろいろとバリエイションがありそうですが、とにかく一点突破できました。ここから生産地か工房を割り出していきたいと思っています。地蔵はかわいくなくては意味がありません。不気味なもの、おどろおどろしいものも私の趣味からは外れます。
2005年06月08日
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グロというか、奇怪というか、なかなかめずらしい地蔵が灘高校の山手の国道の北側の辻にある。旧西国街道沿いにあって首から上の病気に効験あらたかということで高名な地蔵だが、地蔵というより道教的な風貌の人面像である。
2005年06月07日
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ひさしぶりに良い顔をした地蔵に出会った。人も歩けば地蔵に当たるというほど地蔵はどこにでもあるが、なかなか心に響く風貌を備えた地蔵に出会うことはまれだ。この田中の地蔵はとても良い顔をしており、この日私は昼すぎに出会って、うしろ髪が引かれる思いがして雨のあがつた夕方もう一度訪れたくらいだ。
2005年06月06日
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昨日出会っためずらしい地蔵のことをお話しましょう。流紋岩を将棋の駒形に切り出し中に地蔵を掘り込んだもので高さ750mm。室町時代の1417年に建立。作者名もわかっていて長清という人物です。昨日の地蔵の一部はきのこ地蔵でも解説していますが、こちらでも折にふれご紹介いたします。
2005年06月05日
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ピーカンの週末、待ちに待ったお地蔵さまの旅に出た。三田の波豆集落を中心にまわるつもりがキノコと同じでお地蔵さまが呼んでいるのか行く先々で熱烈歓迎をうけて予定していた地蔵スポットをすべてまわり終えてしまった。そこで、かって幽霊が出たという大坂峠の峠の地蔵さまに挨拶をして、高平から小柿集落方面へと足を伸ばした。そして、小柿。何度も迷ったが、勇気を奮って以前から是非お会いしたいと思っていた『北摂羽束の郷土史誌』正続2巻の著者西村忠孜(にしむらただし)さんの自宅を訪ねてみた。西村さんは小柿特有の言葉辞典をつくろうと目下パソコンに向っている最中だったが、無礼な青二才の不意の訪問にも快く応じてくれた。お会いして縁先で話をはじめると日雷がドカンドカンと大船山方向に落ち、やがて驟雨となった。「なかなか印象的な出会いですな」と西村さんが笑った。私も決定的な出会いだと感じた。西村さんに「今朝、波豆・妙見街道七曲りのはしにある地蔵標識を見てきました」というと「あそこは私の秘密にしておきたい場所のひとつでしたが、とてもすばらしい地蔵でしょう?」とつぶやいた。驟雨のお蔭で小一時間お話する機会を得た私は三田の歴史を色濃くとどめている波豆・小柿地域の秘密の部分について数多くご教示いただいた。お別れして聞きとめた言葉を思い起こし余さずメモしてから十倉、御手洗橋、阿弥陀橋の地蔵をそれぞれ写真に収めて帰途についた。午前中の晴天が嘘のようなヒリヒリと帯電する風景の中を走りながら浦島太郎が竜宮を後にするような不思議な感覚にとらわれていた。
2005年06月04日
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わが町三田は兵庫県中部の盆地の町である。かって九鬼の城下町であった三田はいま、春の黄花から夏の白花へと一斉に衣更えの真っ最中である。なぜ雨季の植物が白を選ぶのか長い間私には疑問であったが、五月晴れの下ではあまり目立たなかった白は深緑の季節にはもっとも目に沁みる色のようで、俄然自己主張をしはじめている。ヤマボウシ、ギボシ、エゴ、ハナミズキ、ウノハナ、ヒメジョオン、そしてドクダミ。すこし歩いただけでそんな花々がささやきかけてくる。はつかしもののべのシンボル・羽束山の頂上付近に雲がかかる今朝は、面白いことに老鶯(ろうおう)がホー・ホケキョウに習熟し変奏曲を奏でるようになっているのに、揚げ雲雀がハイ・トーンで茶々を入れているのに出会った。ジャズ・スタンダードでおなじみのSky Larkだ。ソメイヨシノの実がムクドリがついばむほどに黒ずみ樹下をそめている中でしばらくデュエットに耳傾ける。また開けた橋の上でイワツバメを2尾三田でははじめて見かけたが、私の目の錯覚だろうか。
2005年06月03日
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昨日は編集の仕事で深夜2時までかかりっきりでしたので、そのままバタン・キューでした。昨日の朝は三宮から旧西国街道を通って出勤。これから週の前半はこのパターンで小さな地蔵祠や町の様子を見て歩きます。さっそく中学時代の友人に出会いました。犬も歩けば人に当たるとは本当のようですね。今朝はマイタウン周辺のキノコスポットの下見を兼ねて午前6時から1時間ほど近くの余り人の来ない公園周りを散策してきました。出勤途次の午前8時半ころからようやく雨が降り出しさみだれ月のはじまりを告げています。この1ケ月余り気温と降雨がままならず、キノコたちは息をひそめていましたが、まんまと私の陽動作戦は成功し龍神たちを目覚めさせたようです。あと1週間もすればキノコたちが方々から声を掛けてくれる幸せな日々がはじまります。「キノコは食べ物」と考えている人にはなかなか理解がおよびませんが、私にとっては「キノコは大地の徴(しるし)」です。「お地蔵さまも大地の徴でありそれぞれの共同体の人たちの心のしるし」です。一年を通じてさまざまなキノコたちとの出会い、その妖しくも美しい姿に魅せられながらおりおりの心の綾からにじみ出る言葉で対話を交わすことがなによりの楽しみです。それは自然と私の距離を測り、動物としての私と文化というパンツをはいた人間としての私という二つにひきさかれた私のマトリクスを想定するもっとも大切な時間だと思っています。その上で日々の生活指針を決定、あるいは修正していくのです。 こんなそれぞれの個性に見合ったキノコの遊びを提案し少しずつ広めていくのが私たちの使命でありギャラリーきのこという「場」の存立理由でもあります。どうぞお近くにおすまいの方はギャラリーをのぞいてみてください。さみだれ月のはじまりはきのこ月の本格的な幕開けでもあります。一人歩きができるまで、しばしガイドはつとめますのでご一緒にキノコたちと遊びましょう。
2005年06月02日
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