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近き春 おもわせてふる 今日の雪 朋盛ブログをなぜ続けてるのだろうか?一つには生きている自分の存在を伝えたいから。一つにはリンクしてる方々から多くのいのちのありかたに触れさせていただけるから。今日はオールディの雪でした。一時止むかと思ったボタン雪が細やかな雪になって降り続いている。居間から見える百日紅の木が衣服をまとって笑ってるよう。一人居の時はストーブを用いないのがわたしの生き方。風邪を引きそうな温度にはしないように気をつけてますが。明日は晴れるとか。ここは雪国ではありませんので。ぱりぱりとした海苔で巻かれたお結びは1個だけでは足りない、美味しくて。でも3個では流石に多すぎる。2個が丁度好い数でしょう。でも、かかさまは留守番のわたしにいつも3個握って置いて行く。話変わって土田麦僊の”朝顔”は本当に好きな絵の一つです。
2009年01月31日
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お掃除のおばさんが来ましたが寝てようかと思っていました。でも、午後からの来客があるので飛び起きました。いたって寝起きは好いのですよ。洗面してる時にはすでに雪に気付いてましたがカレンダーは昨日2月へと変えましたのでもう立春は目の前、春の到来を告げる当地方の雪なのです。しかし、最高気温が2℃とはね、随分奮発したものです。雪の積もった庭を見ていて浮かんできたものがあります。手袋、犯罪行為者が指紋を残さない為に用いる品。それと白い手袋を窓から振る選挙の候補者達。どっか、共通点がありそうで不快な感じがする。とうとう、今年も気に入った手袋が見つからぬまま素手で通した冬となりました。キルケゴールと言う教会(新教派)に精神を呪縛された人物のレギーネに対する愛のあまりにまずしい世界に絶句した。時代的な背景があったのでしょうが、キリスト教にここまで精神が乗っ取られては、、。でも、彼が一時的に放蕩をしたと言う逆説的な行動に少しは慰められますが。姫の言うには「もう、お家にDVD見るもんあるからみーばあん家に行かなくても好いもん、ママ~、もののけ姫買って来てえ~!」だってさ。あの、甘やかされ放題の傲慢な姫を矯めなおすためにのんのんは余計な出費をしなければなりません。”安寿と厨子王”のDVDなんて知らないだろうが。見て、泣いたら許そうではないか。まあ、どっちが子供かわかりませんね~。
2009年01月31日
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貧しい村の子供が言った雨が飴ならいいなあ別な一人も言った雪が砂糖ならいいなあみんなたのしそうに笑ったまた別な一人が言った飴だの砂糖が降ったらおがしくなるべ田圃も畑も山もみんな駄目になるど一番小さい一人が言ったそんならおらんとこさだけ降ればいいそれをきいてみんな安心してどっと笑った
2009年01月30日
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東北の今日は多分雨か雪と言う予報雪降るところは雪もよう雨降るところは雨もようわたしのところは雨が降ってますだから心も雨もようです心に降る雨が寒いときは哀れです心に温い雨が降る時はうれしいですみんながあたたかい雨に濡れることを祈りましょう大地にめぐみの雨となるように人がやさしくなれる雨であるようにそんな雨にみんな出会えたらとねがいます
2009年01月30日
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事にこだわって、また今度はユダヤ教から見たイエスの本を注文しました。「オレは神だ」と聞いても「わたしは神さまです」と言われても当惑しますわね。第一、神って何処がどう人間と違うんかいって思うもの。人間でありながら、神さまだって思うのはその人の勝手ですがそれを真に受けて信じちゃう人がいるからややこしなになるわね。人が、神になったり仏になることは根本的に信じない人間なのでイエスも信じられないしゴータマ・シッダルタも信じません。勿論、人間の創造したユダヤ教の神もイスラムのアラーも信じませんし今日、聞いてきた阿弥陀経の阿弥陀如来も真言宗の大日如来も信じません、いや信じられません。こう言うと無宗教論者の様でありますが、自分の信じるものはあるから不思議ですね。人間、いくら多くたってそうそう臨終だの危篤だのと言うことを何度も医師から伝えられる人はあまりいないと思いますが。絶体絶命の場に立たされるという体験もそうは多くはないことでしょう。今、現在こうして生きてるから、まあ現実に慣らされてそんなに大したことじゃないと思うでしょうが、過去のわたしを知る人ならまだこの世に存在してると思う人はいないでしょう。わたし自身も死を疑わなかったから、ラブレターや写真など全て処分したのでしょう。別に私が病と闘ったわけでもなくむしろ逃げてばかりいました。「もう、駄目だあ」「オレ、死ぬ」と白旗を揚げて降参していましたから。わたしは、二度とこの世に生まれたくないと願っていますがそれは無駄な抵抗だとわかっています。しかし、10代の終わりから30代の半ば過ぎまでのあの年月を絶対に歩みたくはありません。いはば誤診のために、大学入試直前で地獄の日々を体験する事になって”生死大学大学院”の天才学生を演じたわけですが担任教師の夢を裏切り、友人との友情も消失させ、ま、人生を棒に振ったのは確かでしょうね。そのような時間の中で自然と心に揺るがないものが生まれました。それが神か仏かは知る由もありませんがわたしなりの悟りを得たと言うことでありましょう。そういうことから、馬鹿げた葬儀という人間の風習を忌むのです。
2009年01月29日
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読経をあげるのは浄土真宗の僧侶で、以前に何度も耳にしているつまらない経文。司会の声調は何処の葬祭場でも似ていて実に平凡。僧の読経の時間見計らっての焼香タイム。遺族は何度も頭を上下することとなります。通夜の晩に喪主が挨拶したので今日は親族が代表して挨拶となる。つっかえつっかえ読むのが田舎としては至極当然です。弔辞を孫の1番年上の者が読む。「おじいちゃん」、既に涙で咽ぶ声。出棺を前に最後のお別れ。わたしも花を二輪持って棺の中へ入れた。いい顔をしていたので安堵しました。火葬場まで行こうかなと考えていましたがその親族の多さに辟易してやめました。前市長初めとして大物小物、その他雑族多数。すでにバスは満員です。孫が言ったように「茶碗と箸だけでこの身上を残した」と言う口癖がよみがえる。孫の3家族、曾孫多数、彼が残したまさに真の財産。それにしても、葬式は嫌いだと思った。葬式は葬式であって別に面白くもなんとも無いのだ。おお泣きする葬儀も嫌いだがさればと言って笑う訳にも。線香の香りだけが見にしみて残ってるのも嫌いさ。一九の様に花火を上げたって葬式は葬式なのだからこんなもんは早く禁止したほうがええと思った。実に虚しい時間、虚しい儀式でしかなかった。まあ、葬式反対論者の独断と偏向ですから仕方がない。
2009年01月29日
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国道〇号線を行く対向車の列が続いてる向こうから見ればこちらも対向車 全く接点のない他人の一瞬の出会い 県外ナンバーのトラックが多い高速代をカットしての経費節約それぞれの運命を乗せて走る車それぞれの理由を乗せて行く車 いつも同じ幅で限定された道従順な羊のようにその道を進む歩道があっても歩く姿は見えないいつから歩かない人間が通る道になったのだろうかそこにあるのは距離を縮める速度だけ人間が人間でない物体として動く道西行、芭蕉、山頭火たちの世界は描く術もなくただそれぞれの目的地まで無言の時間が流れて行く同じ様に沈黙を頑なに守り続ける道の上を
2009年01月29日
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ザ・テレビジョンと読売新聞を買った。初めてコンビニで買った新聞、何故か買いました。一面から読み進む。と、何気なく見た訃報欄に見たような名が。気にしていた方の死亡を小さく告げていました。弟の見舞いを済ませてその足でその方の家に行った。まだ、家に安置されていましたので線香を手向けました。26日、午後11時5分死亡された由。若し、コンビニで新聞を買わなかったら知らないままで別れることになったでしょう。そして今日が通夜なので行って来ました。ジャン・レノ、ジョージ・クルーニーの二人にどこか似ているその人の遺影が悪戯っぽい笑顔を浮かべてました。こんな人を父として選べたらと思うほど好きでした。テレビでなつかしい人生の一齣、一齣が映し出されてました。で、やっぱり人間は死ぬんだなあと思った。親しい人が亡くなるたび自分の影がぼやけてくるようです。区長時代、散々聴いた僧侶の読経が虚しかった。「ほうれ見ろ、葬式なんて欠伸が出っぺなあ」って光の君が耳元で喋ったような気がしました。彼らしく遺影も普段着のままでした。若いときのもので、初めて出会った頃の写真と思う。死を覚悟していた彼の血筋を引く曾孫達の姿に何となく無常感が増したのはどうしてかな?
2009年01月28日
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111歳の方が子供を作られたとか。凄いパワーだと唸りますね。わたしも精神年齢が若すぎる。やっと、30才になったかなあ?でも、まだ幼児と対等に会話してるからもしかするともっと若いのかも知れないな。以前は若く見過ぎられるので無理して老け込んだけれど今は十分に年令を物語る姿です。みんなから”貫禄がある”っていわれるけれどそれって、メタボのことかあ?多分、そうにまちがいないな。
2009年01月28日
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言うのに「おまえがいてくれることを今日は心の底からあり難いと思ったわ」「別にそんなこと思わなくたって好いのに」「そうじゃないのよ、おまえが死んだら私は放浪の旅に出ようと思っていたわ、それがこうして生きて帰って来てくれて毎日、私のことを大事にしてくれるそのことが本当に嬉しくありがたく思うのよ」「若しかして、オレ、幽霊かもしんないよ」「またそんなこと言って」「自分でもこうして生きてるってことが信じられないもんなあ」「だから母さんは言っていたでしょ、使命があるのだからって」「うん、でもオレは”おしめい”だって聞いてたぜ」「そりゃ、そうでしょ、あんなにひどい症状だったんだもの」「絶対、自分のこの苦しみは誰にも語らないいや、語れないと思ってたから、それを他人に話せるようになれるなんて夢にも思わなかったな」「恨んでる人はいるの?」「いや、保健所と学校と医者は許せないと思う、でも恨んだってもう時効だし人生を取り戻せるわけじゃないから別に今は何とも思わないさ」「東大だって先生に太鼓判押されてたのに」「東大よりあの地獄のような病院での生死がもっと真実を教えてくれたし、自分の心も深くなったから」「今度、生まれてきたらどこの大学に行きたい?」「そりゃ、決まってるさ、本宮先生がいる東北大学だよ」「やっぱり、そう言うと思ったわ」てな話をして2階に上がってきました。
2009年01月27日
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気がつくとそこは戦場だった。行く気も何もないのに行かされた殺し合いの場。友人の顔も見える。「いつ、徴兵制が布かれたんだい?」「俺、知らないぜ」「俺も知らない」次々に上がる声々。「今、発言した者前に出ろ!」「あヽ、俺言った」「俺も」「俺も」全員が前に出る。たじたじとなって後ろへ下がる上官。「おまえ等には愛国心がないのか!」額から汗を流して必死の形相で叫ぶ職業軍人。「そんなもん、口に出して言うことじゃない心の中で抱いてればいいものだろう」「そうだ!」「そうだ!」相手側(他国)からは攻撃する様子は無い。どこかで誰かが砲撃した。向こうからも応戦してきた。ごちゃごちゃの混乱の中で持たされた銃を投げ捨てた。「殺されてもいいのか!」「いい!」「軍法会議で貴様等全員処刑する!」「やるなら勝手にやれ」重低音で一発のミサイルが飛来。きらっと光ったあとはわからない。多分、核ミサイルだったのだろ。こんな夢をみたにしては気分爽快な朝でした。反戦分子と呼ばれても好い、軍の言い成りにならなかった自分をすこし誇らしく感じてる。
2009年01月27日
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意外に強い意思を込めた力で引っ張っている。その手の温もりは未だに忘れてはいない。見ると若い女性が顔を真っ赤にしながら目に涙を浮かべて必死の表情で店の中へとわたしを連れ込んだ。「いつも見てるの、見てたの」「あなた、いつでも下ばかり見てるのね」「笑顔なんて一度も見たこと無いわ」「どうしてなの?何か悩んでるのなら私に教えて」「お願いだから明日からは上を向いて歩いてちょうだい」「笑った顔を見せてね」「あなたを見てるとつらいの、胸が痛くなるのよ」 「必ず明日は笑って上を向いて歩いて来てね」 涙を流しながら言い続けるその人に百合姉え、高姉えの俤がよぎった。だが、私は彼女の想いに応えることは無かった。その店の前を避けて別な道を選んだから。長い年月が去ってわたしも運命に叩きのめされその頃とは違う性格になっていた。もう、下を向いて歩くことも無く普通に会話も出来て笑顔も自然に浮かべる普通のおじさんになっていました。そんな時、何気なく手にした古新聞から一枚の訃報届けが覗いた。それも、隣の市のものだから普通では絶対目にするものではない。高校時代から利用してる書店の前の陶器屋さんで、買った器を包むために使用した新聞紙の中に入っていたのです。その”お悔み情報”は誕生日を過ぎて4日後のものでした。(有)〇〇〇代表取締役社長と肩書きがあった。誕生日から2日経った日の午前三時十五分 死去年令は若過ぎるがわたしよりたった一歳上と記されていました。喪主が次女とありましたので、この方の人生にもいろんなことがあったのだと思いました。是非、挨拶に行ってお詫びしなければと思うのですが、未だにそれを果たしていません。第一、その訃報を目にしたのは葬儀を過ぎてから数年後のことでしたから。あの人は、私を止めてまで、わたしの姿、生きる姿勢を正そうとしてくれた。高校を卒業してすぐに家業に就いたのだと今なら気付く。私は、その店のただの従業員だとばかり思っていました。NHKの”はね駒”の家の隣にある店で今も営業しています。駐車場が無いのを理由にして行きませんでしたが、この文を書いていて思いついたことがあります。傍にある料理店の駐車場を利用すればよいのだ。娘さんに昔のことをお話して線香を手向けて来よう、それが非道な過去への謝罪にはならないとしてもあの方もわかってくれるでしょう。「生きていたらいいことが必ずあるのよ」と言ってくれたあの方だから。この、すっかり太ってしまったおっさんを認めたくないと言って顔を背けられるかも知れませんが。しかし、わたしにその訃報を見せてくれたのはきっと彼女の想いであることは疑う所ではありません。 わたしには、未完成のまま朽ち果てさせたものが多すぎる。付記:民謡で有名な”新開楼”もすぐ近くにあります。
2009年01月26日
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父が病気で家は暗かった。わたし自身も暗かった。冬2月、耕起された田圃の土が黒々と濡れている。自分の心の中を見る想いがした。女子高生から挨拶されても返事が出来ないわたし。現実に在りながらこころはいつも虚構の世界に遊んでいた。彼女達はどのように思って見ていたのだろうか。無視されたと思ったのか、傷ましいと思ったのか。空を見上げることが無かった。田舎のバスは今とは違って小さかったと思う。頭が天井にいつもぶつかった。心のうちを見せないように厳しい顔をしていた。笑ったことが無い日々だった。なぜ、自分が高校に行くのかその意味もわからなくなっていた。絶望と言う文字が常にあたまにのしかかっていた。自分を恥じていた。罪の意識が鉛のように重くわたしを打ちのめしていた。”自涜行為”から逃れられない自分を否定し呪っていた。そのような自分の姿を見られることに耐えられなかった。ここに一枚の”お悔やみ情報”があります。女性で58歳で亡くなったと記されている。初めて知ったその女性の名前。忘れようとしても忘れられないその人の名。季節は忘れましたがいつものように重い足を引き摺りながら下を向いて歩いていました。ある店(だれでも知ってる地元では有名な店)の前に来た時、いきなり左腕をつかまれた。
2009年01月26日
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隣の旧国道はもう修理して拡幅工事も済んでいるのにまたもや断崖を拡幅している。その町の出身県会議員の力の所為でしょう。おまけに、農家までの道までが舗装されて行く。でぇ、おらほの方はどうしたかと言えばどうもこうもない話にも何にもならない昔々のまんまの道でがんす。市長が実力が無いと言うか余りにもだらしがない人物だから最も重要な道路の改修工事もてがつけられない。それで、高校の頃のことを思い出しました。クラスに校内1という美男子、今言うならイケメンがいました。身長もあって足も長く長い睫の二重まぶたはいつも潤んでて面長な顔は少し浅黒いけどそれほど気にはならない。さっき言った実力県会議員の出た町外れに農家相手の肥料など販売してる店の次男坊だった。この彼がその外見をまったく裏切るような頭脳の持ち主で”焼け火箸のバカ”と言う仇名がついていました。つまり、手のつけられないバカと言うことでした。隣の女子高では中学時代からの噂が洩れ伝わっていてまったくもてなかった。友だちが「おめ、仙台さ転校したらえんでねえの」って忠告(?)したほどでした。井上ひさしにクリソツの放蕩の限りを尽くした生徒会長がその貧相な出っ歯にも関わらずきれいな女子高生と仙台へ不純異性交遊と1週間も時化こんだのが全校の噂になった時その超ハンサムが「なんでだべが」と嘆いたのが当時の流行語になってしばらく校内を賑わしました。「なんでだべが」「そりゃ、おめさんが〇〇だからでしょが」と言う調子で〇〇にそれぞれ勝手な語句を入れて喋ってた。しかし、そんな彼も友だち(悪友)の授けた知恵でテストはすべて頭の好い生徒の答案丸写しで無事卒業して、市に唯一の柔道場に通ったおかげで大学にも進学しました。その後の消息は、放蕩の極致を尽くした生徒会長と同じくまったく不明でありますが、。
2009年01月25日
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寝起きが悪いとは聞いていましたが昨日の姫は完全に意識した行動だったと思う。1度だけチラッとわたしを薄目で一瞥してクチュクチュをモグモグ。でもその想いはコタツの中の足が雄弁に物語っていました。これまた1度だけ蹴ってきましたから。その町に城主が最初に住みついた城跡に建っている神社があります。その鳥居の前を旧国道が走っています。で、その鳥居を南にまっすぐ行くとまた十字路に当たります。その角に当地ではもっとも古格のある屋敷があります。勝手に”黒屋敷”と名をつけていますが、敷地も広いが屋敷も大きくてその角地を占有しています。商店の形跡もないし、一体何を生業としていたのか全く不明。住人の姿も目にしたことがありませんでしたが、ついに先日初めてその家の人物と出会いました。まあ、嘘のようなホントの話でありまして小柄で華奢な感じの京人形のような方でした。若い頃に出会ったら、事件になるのは確実だったでしょうね。と言うのも、時を重ねられたあとが歴然としていましたから。それでも、その深窓に住まいする白い肌と気品のある面立ちには胸うたれるものが感じられました。美人は嫌いだというわたしも、この様な謎めいた女性には流石に心惹かれますね。何となく船橋聖一の”雪夫人”を思い浮かべていました。
2009年01月25日
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猫が街をさまよってると言うニュースを見ました。犬は人につき、猫は家につくとか聞きますが廃墟となった街に自分が住んでいた家があるわけもなくあてもなくさまよっている姿にまぶたがあつくなった。今日、出かける頃になって雪が本格的に降り出した。弟の病院で甥、姪と会ったが流石にコスプレのことには言及できなかった。苦学している甥とはマンガ談義になってしまった。が、時代の距離感は否めないなあ。その帰り、しばらくぶりに姫と会った。特上の不機嫌でしたが、それも眠いのを無理に起こされて連れてこられたからでしょう。かえってからパソコンを起動しようとしたが動かない。さてはきょうのお掃除で何かおかしくなったのだろう。久しぶりに分解作業と言うよりは、接続を調べましたが異常は見当たりません。しかし、念には念を入れろというわけで線を1本づつあらためた所幸せなことに動きました。で、早速の古書検索で、父に買ってもらった思い出の本に辿り着けたのは望外の喜びでありました。でも、まだあるかどうかは不明で只今連絡待ちです。今日は寒かったけど今夜も寒いですね。
2009年01月24日
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日本海の雪のお余りがこちらに来れば風花か。さっきまで舞っていたのがもう消えてしまった。情趣がわくいとまも与えずに。夢を見た。初めてのパターンでした。王になれということのようでした。無論、今の時代ではない。僧、騎士、貴族階級うち揃っての嘆願でしたが返答はしなかった。何でわたしが王とならねばならないのか。その人ではあるまい。妙な夢を見るものだ。現実にもそのようなことは想ったこともない。現実を物語ることのない美々しい騎士道などは肥溜めに捨てた方が好いのだから。これは、日本の武士道にも言えることだろう。いくら、武将に人気があっても人殺しである。わたしは武人、軍人を唾棄する者だ。勇ましいお話などは真っ平ごめん。もらった賞の数を自ら称えてこれだけ外国から誉めそやされている偉大な自分をこの国(日本)が認めないのはおかしいなどとのたもう御仁もいる。勲章を胸に子供がパッタやビー球、米ゴマを見せびらかすようにこれでもかとぶら下げて白髭をひねくる大将閣下などより塵埃と土と垢に汚れた服を着て畑を耕す老いたる農夫の方に頭を下げるのだ。*今日は昨日とうって変わって寒い朝です。
2009年01月24日
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と言ってもわたしの場合にはほんの例外を除けば本だけですが。明日は映画化されたというフイッツジェラルドの本が届く予定です。バローズの”火星シリーズ”はこれで全巻揃いました。以前、揃えたものは今では旧版と呼ばれてるそうですが、全て処分したので、今度苦労して買いそろえたのは完全に所有欲でしょう。だって、もう再読する気も時間も無いのですから。ターザンを読む気にならないのは多分”少年王者”、”少年ケニヤ”で満足してるからだと思うのですが。話がガラリと変わりましてNHKの連続小説”つばさ”の主演となった多部未華子を知ったのは今年になって“鹿男あおによし”を見たからで一発で消える女優(?)じゃないと思った自分の眼力に満足してます。明日は束の間の雪になるそうですが、すぐに融けることでしょう。犬の呼び声が無いので戸外へ出られないと甘えたことを言ってましたが流石に厳しい現実を突きつけられて今日も20分ほど歩いてきました。「やれば出来る」って誰か言ってませんでしたあ?
2009年01月23日
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暗い雨の朝を迎えました。何故か知りませんが、紫の桐の花と祖母の姿が浮かんできます。心で消してしまった”ふるさと”の香り、匂いがするような。昨夜はSFに取り付かれましたが、亡き父の気付かなかった愛情に応えてやれなかった自分の至らなさに涙が出る想いです。暴力ばかり振るわれたと記憶にはありますが、父は父なりに精一杯の愛を示してくれていました。海にも、映画にも連れて行ってくれました。そんな父を否定しきっていた愚かさが今朝の雨に打たれています。あの、台風の日、父と会わなかったら本当の親不孝になる所でした。男って言うものは、やはりさびしい、哀しい存在だと改めて思った。さんまのように終日喋るようなのもどうかと思うけれど、これからの男は、よく言葉を発すべきものと考えさせられた。周りのものにも自分を理解してもらうと言う努力が求められる。まあね、上手に話したつもりでも女性たちはほとんど無視して耳を貸してくれないのが厳しい現実ですがね。
2009年01月23日
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”結晶世界”の作者がわかった。T・G・バラードだった。子供の頃、誰か(父か?)に買ってもらった”金星の謎”と言う本の名が浮上して来たので検索したら、作者名が判明した。講談社の出版で少年少女世界科学冒険全集の第一巻の作品でパトリック・ムーアと言う作者でした。おそらく、父は壁一面に”少年”の挿絵を貼っていたのを見て買って来てくれたと思う。その挿絵のほとんどが小松崎茂のものだったから。エドガー・ライス・バローズの”火星シリーズ、ロバート・E・ハワーズのコナンシリーズ、H・R・ハガードの”ソロモン王の洞窟”、”洞窟の女王””二人の女王”、”女王の復活”など好んで読みましたが1番惹かれるのはやはりH・R・ハガードですね。*海上自衛隊あたごの館長に秋山兄弟の爪の垢を呑ませたいと思った。海事審判で自衛艦に責任と告げられて尚漁船に責任ありとは。だから軍人は嫌いなのだ。ひとごろししか頭に無い連中だから、漁民の生命など雑魚同然と思っているのだろう。夕食時のこのニュースを見てからすこぶる不愉快になってしまった。沈没原因が不明な漁船は全て海上自衛隊か外国の艦船によると判断してよかろう。
2009年01月22日
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"友が皆 我より偉く 見ゆる日に 花を買い来て 妻と親しむ”なんちゅう啄木の歌がありますが、今朝はそんな心境かな。松岡正剛氏の文章に接すると自分の学び方の低劣さがわかる。読書人足らんとすれば、万巻の書を読まねばならない。わたしは、読書人足らんと志したこともなかったのでのんびりと己が意の赴くままに読み散らしてきました。けれども、彼のように徹した読み方をされた人物に出会うとき畏敬の念を抱かないわけには行きません。
2009年01月22日
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題名が思い出せません。まあ、馴染みのない作者の初めて読む本なのでしかも異人の名前なので思い出せません。マンガと違って小説の名前は本当に記憶できません。内容は時間が逆流して80歳の老人が若返って行くと言う筋書きで、ある”宇宙論”に逆流する宇宙”と言うものがあってそれで小説ならその時間をどのように描いたか興味を持ったわけで別に物語とか、主人公には関心がなかった。日本画では遠方を描く時ぼかすが、そのぼかす辺りが異次元の境界と想っている。時空の揺らぎを感じる場所に出会うときがあるけれど、人間の速度で近付いてもその壁は絶対に破れない。近付けばこの世界の場所しか無いのだから。以前、読んだSFの作品で地上にいる人々が皆動かないと言うものがありました。それは来訪した探検者たちの時間速度が早すぎるためにそのように見えたというわけでした。彼らにはその来訪者達の姿は視認不可能だったでしょう。明治初頭のカメラでは動くものは撮れないと言うように。1月2日、ジョージ・クルーニー氏(に似てる人)ヘリで大学病院に搬送された由、初めて知る。親しい人が周りから大分多重宇宙へ移行しました。
2009年01月21日
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別に親しくしてるわけではありませんが昨日の白鵬の敗戦には落胆しました。”若しかしたら”と言う危惧を現実のものとする闘いぶりにはガッカリさせられる。日馬富士には今までも何度も苦い目に遭っているのに負けるとは闘い方がわからないのでしょうね。余程、合い口が悪いのだと思うしかありません。朝青龍のような形相も見せないし(闘魂)、迫力が無いのは彼の性格によるものと思うから(そこが好きだから応援するのだし)日馬富士には負けると決めておいた方が精神衛生上よいかもね。バラク・オバマ氏が米国44代目のプレジデントとして就任した。彼の演説原稿はその術に長けた者が書いて彼が見直して完成させて演説するらしい。しかし、演説が政治をすることにはならないのであって、現実を国民が納得できる状態にして初めて評価されるものと思う。バラクが国家をバラックにしないと誰が断言出来ようか。期待が大きいだけに前途は多難と思う。今日も、いろんな犬を見て来ました。大型犬は見かけませんでしたが、小型犬ばかり歩いていました。かかさまは「体が大きいのだから、小さい犬では見っとも無い」と言う。わたしはにゃんこが飼えないのだからせめて胸に抱えられるくらいの犬で好いのですが。”わさ子”が今話題に上っていますが、まさか秋田犬とは思いませんでした。まあ、戸外にペットがいれば否が応でも外に出て行く訳で。もう、それだけで、運動不足も解消するでしょう。
2009年01月21日
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国会の”論戦”を見ていましたが、草臥れて4チャンネルに移行しましたら三枝が落語をしていました。もう、内容は忘れ果てていますが。終わったらNHKアーカイブス”あの人に会いたい”なんてものが現れてきました。冒頭の映像が楕円銀河と無数の星々で彩られていて星になった物故者たちの在りし日の姿が出てきました。”死んだら星になる”とは物心つかない子供の頃から耳にした言葉ですが強ち嘘偽りとは思えませんね。話かわって”復刊”へ本を注文しました。F・スコット・フイッツジェラルドの”ベンジャミン・バトンの数奇な人生”と言う本でしたが、これが映画化されて日本で2月公開と知ってビックリしました。実は喜ばしからざる晩年を迎えた作家の本を見ていたのですが勿論、フイッツ・ジェラルドも含まれていて、オスカー・ワイルド、ジャック・ロンドン、スティーヴンスン、ラディゲ・レーモンもいた。”ドリアン・グレーの肖像”、”野生の呼び声”、”ジキル博士とハイド””肉体の悪魔”など、読むべき年代に達しないうちに読んでしまった。ので、再読が必要と感じています。それにしても”ベンジャミン・バトンの数奇な人生”がブラッド・ピッドで映画になっていたとはなあ。迂闊でありましたよ、ね。
2009年01月20日
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いる加州が破産状態だとか。ふんぞり返ってろくなことしかしない役人がいて住民を苦しめている当市もならばそうなって欲しいと思った。米国よりも住民自治が発達してるので混乱は心配ないし隣組も根付いていますので大丈夫でしょ。地方自治体の破産を望むのは小役人の一掃を願うからで。住民が望まない”最終廃棄物処理場”を強引に田圃の中に作るのに躍起になっている。そこの処理場にはあらゆるゴミが捨てられると言うのだから無茶苦茶な話です。一度、破産してもう一度再出発して欲しい。って、ホントはこんなことを書くつもりじゃなかったなあ~。どうも、情報に左右されがちですね。(苦笑)
2009年01月20日
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多分、こんな夜に外で泥酔して寝てしまったら凍死だな。何だかわからないがそんな誘惑めいた気持ちが湧く夜。それもこれも暖かい室温の中での戯けた幻想でしょ。子供の頃は寒暖に取り立てての感情はなかったが。冬は冬なり、夏は夏なり全身全霊で楽しみましたね。ゴロゴロさまが来ると皆一散に走って逃げる。今、入院してる弟などは真っ黒に日焼けしてましたが。曾祖母には曾孫の存在はどうだったのだろうか。よくわからないが一緒に風呂に入って垢を取ってもらったものでした。最近になって感じることがありますね。カスやスター、いやちょっと待ってよ、あ、こりゃ間違いだわ。カスじゃなくって歌手、そう、その歌手や俳優の年令を意識します。皆、等しく年を重ねた容貌になり、やがて訃報が伝えられる。人間はやっぱり、みんな死ぬようですね。紐理論では、たった1ミリの間で別なこの世界にそっくりの宇宙が存在すると言う、魂だけが重力と同じく抜け出すのかも。でもさあ、天の川やアンドロメダ星雲など見てるととてもじゃないけどそんな近くに遠く離れた宇宙があるとは信じられないのですが。でも、ねおそらくわたしなどより長い間真剣に学んできた学者が言うことですから、満更嘘とも思えませんわねえ。
2009年01月19日
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残念でありますが、弟が入院したと電話来る。また、心臓の発作かと思ったが腸の方らしい。肩が痛いので痛み止めの治療を受けていたらしい。大分前から仕事、辞めたいとしきりに弱音はいてました。神奈川にいる例のコスプレ娘が明日来るらしい。シニックな性格だがやはり父親のことは大事らしい。そんなこんなで、見舞いに行きましたが、赤字の県立病院にしては立派過ぎる施設だと変に感動してきました。隣のJAの病院と合併するらしいが看護士達の処遇でもめるとか言ってましたね。公務員と言う肩書きはこんな世の中ではご老公の印籠並の効力絶大のもののようであります。*昨日、書いた”苧環”ですが我が家の庭には数種類ありましてもう、雑草に思えるほど繁茂する。おるぬくのに一苦労します。
2009年01月19日
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福井英一はマンガ執筆で衰弱して死んだのでした。これまた夭逝した井上一雄の”バット君”の代役としてデビューしたのですが”イガグリ君”で名声を確かなものとした。このマンガは冒険王に連載されていたものですが、少年画報社から”赤胴鈴の助”を書き始めるも無理な作画で衰弱し夭逝した。で、”赤胴鈴の助”の代役を引き受けて人気漫画家になったのが武内つなよしでありました。そんなわけで、思い出の”バット君・イガグリ君”の本を注文しちゃった。馬鹿ですねえ、”しずやしず しずの苧環 くりかえし 昔を今に かえすよしもがな”でありますのに、ね。なぜ、このように本にこだわるかと言えばわたしが就学前に目にした本がわたしの人生に大いなる影響を与えたからなのです。字も読めないチビが大人の本をめくって興奮していたのですから奇妙と言えば奇妙でしたね。でも、挿絵が大体の筋書きを伝えてくれましたから、後年になって読んだのとほとんど印象に変わりはありませんでした。多分、親族以外でも好いから次世代の子供達が集めた本を読んで何かを得てもらえば言うことなしですね。
2009年01月18日
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僧侶の住んでる世界の豪奢なことには目をパチクリさせてしまった。どこの部屋に行っても僧がいて何事か秘密めいたことをしている。本尊の書写だったり昔の本尊の調査だったりと。どうやら、わたしは異分子らしく居心地が悪い。最先端の投影機(口に呑み込めるほどの大きさ)で彼らを混乱させる。終わりの方は激しい犯人探しと追走騒ぎで滅茶苦茶でしたが面白かった、てなわけで今朝は日曜の意識もあり、アイマスク効果もあって長い夢に呑み込まれ10時過ぎの起床でした。丁度、太陽が部屋に差し込んできました。*河島光宏も結核で夭逝した漫画家でした。”ビリー・パック”は鮮明に記憶に残っている。”別れの一本杉”の作詞家、高野公雄もそうでした。当時の結核はまさに不治の病でした。その頃、ガンやメタボなどと言う言葉もなかった。結核は死病として大手を振って罷り通っていた時代。ビビアン・リーも結核で孤独な最後を迎えなければならなかった。わたしも、当然そうなる筈でしたが、誤診で17年もの時間を死と対面させられて無駄な時間をついやし人生を棒に振ってしまった。今日も陽光を浴びて存在してる自分に、不信の念が湧いてくる。本当に生きているのだろうかと、若しかしたら病床の中のはかない夢なのではあるまいかと。夢ならば、このまま覚めないで欲しいとねがうばかり。
2009年01月18日
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うっかり、いじってヤフーのページにしちゃったけどさ、さっきまでヤフーオークションの本の所を検索してた。勿論、手塚治虫のマンガの本に関する部分です。昭和29年の少年の付録が1万以上でしたが納得です。でも、今は自分にばかり構ってはいられない現実です。さっぱりと諦めて検索を続けました。ほとんど見た覚えのあるマンガばかりで、如何に自分が子供の頃から手塚作品に没頭していたかわかる。彼のマンガのアイデアは5000以上あるって聞いたような記憶がありますが、今の漫画家が編集者や作家のアイデアに頼ってるのを見ると彼が天才であることが理解できます。全て、自分の脳髄を振り絞って生み出した作品ばかりでかんたんな想いでは読めませんね。彼の脳は保存しておくべきものだったと信じる。
2009年01月17日
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大ママん家のラブよりも値段的にもワンランク高いノーブルな犬がいるM宅。最初はお菓子を持って行っても食べませんでしたがもう、行くと覚えていてお腹を見せてゴロンしている。何と言っても上品な容貌に惹かれてしまう。聞くところによれば娘さんが高校生になってから飼ったそうで仔犬の頃は抱いて寝ていたらしい。流行して売れる犬は当然値段も上がるのでしょうが温和で気品のある犬はそれだけで存在価値があると思う。やっぱり、ブルジョアジーにプロレタリアートは勝てないか。
2009年01月17日
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そんなものが好きですね。ビックリするようなものは好みません。目を見張るような”ビジン”にも興味がありませんし絶景と言われる”フウケイ”にも心動きません。車で走行中、もう忘れ去られた古い道に出会うとたまらなく嬉しくなるのです。本屋で偶然出会う普通の服を着て少し若さが消えかけている素朴な顔をしてる女性に惹かれてしまいます。子供の頃から服装などまったく気にならなかった人生ですがこの頃、気にするのはそれだけ老いたということかも知れません。それも1つにはかかさまの「いつ、着るのですか!?この背広、ジャケット、セーターは」と脅迫されるのも理由でしょうか。ネクタイを締めるのが大嫌いなので、背広と言われると途方に暮れてしまう。どちらかと言うと泥が付いても気にならない服を着てそこいらの山道で寝そべったり、歩くのが好いですね。昨日も国道にタヌキの死骸が2つも有りました。彼らがなぜ光に惑わされるのか動物の生態にも詳しくないのでよく理解できませんが、哀れでなりません。遡ってビッグバンの光に原因があるようなそんな気持ちもします。今日はいつものお掃除日なのでセーターを着ました。何たって下は真冬の寒さですから。間も無くここもそうなるでしょう。この繰り返す循環が記憶喪失の原因であるのは確かでしょう。同じ出来事のリフレーンは脳を誑かす。そして、新たな筈の今日を限りなく過去へと追いやってしまう。今までの歴史の流れのもっとも新しい時代を生きているのにこんなんで好い訳がないんですが、、、。何をどうすればいいのかもわからない凡人だなあ。狂気に近い情熱が欲しいと想う、切実に。社会がそれと似たような負の発作で混乱していますが。親殺し、子殺し、祖父殺し、祖母殺し、誰でもよかった殺しと言う狂気の事件が連日報道されていますが、彼ら、犯人たちも”新たなるもの”を求めていたのでありましょうか。
2009年01月17日
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最近、男がブラジャーをして、女がふんどしを用いるって妙な、変な世の中だなあなどと思いながら帰宅しましたが家に入れません。鍵がな~い!妹に2つともやってしまって自分の分は屋内にあるのでした。携帯もデジカメを持ったために屋内に放置してきました。グルッと家を一周しましたが、完全に鍵がかかっていて入れません。已む無く、後ろの家にお邪魔し、電話を借りてかけました。悪夢にふさわしいお間抜けな1日でした。
2009年01月16日
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”悪夢なんて見たことがない”などと先日書いた所為かこの頃その悪夢を見させられているようです。全く不条理な世界でした。どこか、中南米かの国を日本を代表しての旅のようでした。ところが気が付いたらわたし一人だけが車の中で乗り込んできた5人の男たちが暴走を始めました。後部座席の男がピストルを出して後ろから来る人間を次々に撃つ。濛濛と立ち上る土埃の中を車内の男たちの哄笑が爆発する。言葉がわからない、無言のままの異国人(目撃者)をこのままにしておくわけがないと撃たれる恐怖感が襲ってくる。やがて車が急停止すると男たちはサッサと降りて立ち去ってしまった。呆然と虚脱してると若い男と目付きのよくない女の子が乗って来て車を動かす。密林の中の土の道を一散に走っている。細い道が人間の痕跡を印して延々と続いている。やがて一見して農家と思う家に着いた。老人が出てきて、やにわに腰紐を結ばれて畑に連れて行かれた。そのときはまだ気付いていなかったのだが、わたしは奴隷となったのだ。毎日、辛い過酷な労働が続く。いつも看視しているのは狡猾で意地の悪い5歳くらいのその女の子であった。ついに逃亡する、が相手は地理的な知識がある上に足が速い。何故か知らないが、多分夢の所為でしょうが無数の猫が追って来るのだ。それも、見たことの無い距離を物凄い速度で追って来る。猫が怖いなんて思うとは信じられないと思いながら駆けて行く。結局、逃げ切れないで老人に鞭打たれ折檻される。耕す畑は絶望的に広大である。牛馬に代わってその土地を這いずって耕さなければ食事も与えられないのだ。その過酷な運命から救出されたと思ったのは目覚めてからだろうか。夢の中だったのだろうか定かでは無いのですが、郵便配達の人間に発見されて保護されたような記憶もありますが。ここで、はっきりと記しておきましょう。「わたしは悪夢を何度も見ました」と。
2009年01月16日
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金ちゃんが3男を後継者に指名したって聞いたけどさそんなこたあ、わたしにはカンケーネーですわね。イケダセンセイが息子を世襲させても全くムカンケーですわさ。21世紀になってそんな下らないマンガのようなもんはアナクロニズムも好い所で噴飯物でしかありゃせんですわ。8年ぶりに連合がベースアップを求めたというけれどこれもなあ。企業側も、自分が可愛い一点張りで強欲すぎましたわ。企業に都合の好いリクルートを法制化して人材をポイ捨てしてきたけれど、社会がこうも疲弊したのでは本も子もないでしょ。衣食住がなければ人間は人間としては存在できません。結局、反社会的な行動を産む事になるでしょう。富裕な階層に対する恨み、妬み、憎悪の感情が増幅する負の連鎖が果てしない闇を描きだす虞を感じます。国家を運営する体制が国民大衆からノーを突きつけられてるのにまだ旧態依然として9月に放り出される椅子の数に物言わせようとしている愚劣さ、鈍感さには言葉がありません。こんな時効が過ぎたような連立政権が選挙で勝つようなことが万一にも起きれば日本は自滅するしかないでしょう。学会の会員への呪縛は手強い、油断は出来ない。彼らは信仰(センセイへの忠誠・正しい信仰)=自公への投票と決め付けられていますから。広布基金と言う最低額1万円の額を銀行へ入金すればそれに倍する功徳が来ると信じ込まされているように。最近の事ですが、保険まで解約して1000万円の広布基金をした人物が認知症になって亡くなりましたが。特別、何も好いことは起きなかったし、保険を解約して入院代で苦しんだと言う噂は耳にしました。イスラエルのユダヤ教とアラブの人々のイスラム教の対立は民族的な憎悪の源泉ともなっているようです。ハマスと言うイスラム原理主義の少数派の攻撃からイスラエルの無差別な反撃が加えられている。領土問題では武力のあるほうが勝つ(無理を通せる)のが歴史だけれど、我々の住む世界でも敷地の境界で揉めて殺人事件に及ぶことも珍しくない。北からプルトニュームが発見されたそうですが、これがイランやシリアに伝わって核兵器を持てばイスラエル国家は消滅する運命に服従しなければならない運命を抱いている。ハマスのロケット攻撃に反撃(非人道的な過剰なもの)してる場合ではないだろうと想うのですが。
2009年01月15日
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縄文期からの人口類推によって日本の歴史を読む本と西欧哲学史とひも理論を並行して断続的に時間があれば読み進めています。停車してエンジンを切ったら冬の寒さが体に伝わって来ました。不意に自殺はなぜいけないとされるのだろうと言う思いが湧いてきた。それと同時に宇宙のことが頭に浮かんだ。自殺は本当にいけないのだろうか?それは人間としてタブーのものなのだろうか?倫理観、宗教上許されないと言うことなのか。それとも、魂の永遠不滅と言う思考から生まれてるものなのか。しかし、まだ魂の存在はおろかその永遠不滅と言うことも未証明なのだ。光る星、人間が知り得る星の数、またそれを含む銀河団はこの宇宙では少数派だと言う。全く見えないダークマターと言う暗黒物質の世界がどうやら宇宙の正体と言うか素顔らしい。つまり、光はほんのわずかな存在で暗黒こそが宇宙の本体と言う。光が善で暗黒が悪と言うのが人間の説く世界観だが、果たしてそれが真実だとは思えないわたしです。宇宙の果ては何処までか、どれだけの面積、空間を持ってるのかわからない。この宇宙の外側には何があるのだろうか。その外側の外には何があってどのようなものなのか。まあ、ここいらへんまで考えると不眠は約束されますね。インフレーション宇宙にとても魅力を感じるのは多分に多重宇宙的であるからでしょう。宵の明星を見上げてさえ、首が痛くなるのに、何億光年も離れた銀河のことなど考えたら不眠症は決定的です。ましてや天の川銀河の縁を回る太陽系が中心部と同様の速度で回転してるなどと聞けばめまいがしてきます。銀河にはどうやら遠心力などと言うものはないらしい。まあ、差がないと言うのは平等で好感が持てるけれど宇宙ではさほどの嬉しさも感じられませんがね。今夜は、とてもわかりやすくて決して不眠に陥らないマンガでも見て眠ることに致しましょう。
2009年01月15日
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今朝起きた時は雪であたりは真っ白でしたがそれも本の束の間日陰の道に残ってるだけの有様に。こうも寒いと易水のケイカのことなど思う。”風しょうしょうとして易水寒し 壮士ひとたび去ってふたたび還らず”てな史記の刺客列伝にありますが、ケイカは易水の流れなど見たのでありましょうか。たぶんに人間が川の流れを見てるときは失意か物思いに耽っているときだと思うのですが。方丈記に記されるような川の流れを微細に記す筆者は決して幸福とは言えないでしょう。流れて留まらない川と距離をおいて傍観する人と、それより川に近付いて流れに手を差し伸べたり、足を踏み入れる行為をするとその心情はまったく別なものになると思う。これは山、海、空にも同じ様なことが言えると思います。わたしはもう十分に時を重ねたし、限られた人生の行程でそれなりの体験もしましたので、もう、純粋に空や海や山に対するあくがれはありませんが、それでも陸橋から眺望する山容や峠を上り詰めて見える空、奥山に踏み入ってその峰に立って望む海に心震えることは否定しません。人間は環境の動物と申しますが、愛新覚羅浩さんのような方の言葉を耳にすれば自ずと育ちの違いは感じられます。その次女の方の言葉使いなどにも感動するのです。残念ながら現皇室の方々の言葉にはさして感動を覚えないのは何故か、知る由もありませんが。昼食は食べなければいけないと言うかかさまの言葉で11時に”一心”に入りました。わたしは鮟鱇鍋、かかさまは牡蠣鍋に致しました。今度の寒さのピークが明日で一応の終息をすると言うので助かったと言う想いがします。体が組み立て式のガラクタロボットのようにポキポキ音がしますし首が回りませんので。金曜日には嫌いな風呂におそらく入っていることでしょうね。書き忘れましたが、ケイカは現代の中国人とは人種的な差異があるように思います。韓国では何でも韓国が元祖と言うような考え(真面目な)がある様ですが、ケイカの行動などは日本的に見えるのですが、ねえ。
2009年01月14日
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はじめの方では家族(子供達が多かった)で尋ねた家での主との対話が有りました。焼物に目が行ってその批評になりましたが、好いものは無かった。それでアルバムを見せられたのですが、驚いたことに怖い感じがする遺跡(神社跡か墓場)の写真が有りました。いつも夢に出て来る場所です。現実にはない場所なのに繰り返し現れるのはどういう意味があるのでしょうか。で、三重に行けるという、しかしここからは遥かな遠方にあるので信じられません、ので地図を見せていただいたら上部に確かに三重の地名が載っていました。かかさまが、しきりに行きたいと言うのと昨日JTBに勤務してる妹から手紙が届いたのが影響してるようです。 *場面一転して”死の感染症”に侵された集団が襲ってくる夢を見ました。感染していない人を襲って発症させると言う人道も人間性も失った人の群れ。パンデミックが起きたら若しかしてこの様なことが起こり得ると思った。失職して社会的な立場を失った人がそのような現実に対して連続放火すると言うような時代です。若し、人間社会に本当に国家として、政治を必要とするのならそのような”犯罪”に走らせる人間を生まないように、保護する政策、対策、法律を用意して、社会の安全、人心の健康を保たなければ、出来ないのなら国家も政治も必要が無い。犯罪を犯した人間が刑期を終えて出所しても、何処にも行き場がないようでは、法治国家とは言い得なかろう。受け入れる社会が無いとするなら、そのような人々が暮らせる地域、職場を与える必要があります。江戸時代のような”人足寄せ場”的な発想も必要では無いのでしょうか。生きている人は全て生きる権利があると思う。どのような人でも生きる権利はあるのです。その権利を約束し、守ってやるのが政治であると思うのです。公務員の”ワタリ”を生む天下りに怒ったW氏にわたしは賛同いたします。
2009年01月14日
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賀状が13日の今日届いた、北海道だからなあ、遠かったのかも。星島貴徳と言う殺人犯のニュースを見て考えた。弁護士側は「犯行に計画性が無いと情状酌量を求める」とか。計画性が無いと無実の前途ある若者の生命を奪っても刑罰が軽くなるのだろうか。女性との交際が無かったことが犯人の罪を理解する理由になるのだろうか。警察が来たのを知って引きずり込んだ女性の生命を絶つ必然性となるのだろうか。別な意味において任意の捜索だから見逃しても好いと警察は言い逃れが出来るのだろうか。あの事件の起きた時点で犯人が犯行現場に居たことは素人のわたしでも推断できたのに。むざむざと12日間もの余裕を与えて哀れな被害者の肉体を消去させたのは警察も猛省する必要があるでしょう。で、無ければ法律を改正して事件の捜索を十分な速度で完全に達成できるようにすべきでありましょう。ここで、犯人の星島某について考えて見たい。自分の欲望で顔も定かでない女性を拉致して顔面が凹むほどの暴力を普通の人間が出来ることだろうか。警察の捜索が始ったからと言って殺せるだろうか。しかも、その体を切り刻んでトイレに流すという行為が実行できるだろうか。トイレに流せない部分、骨を生ゴミとして出せるだろうか。彼は、普通な顔でその鬼畜のような作業を完全にかつ冷静にし終えたのである。犯行に計画性が無い?って真面目に弁護士は考えているのだろうか。犯行隠滅の彼の所業に計画性は無かったと言い切れるのだろうか。若し、わたしが劣情に負けて同じ様なことをしたとしても、女性を殺すことは出来ないし、警察が訪れた時に犯行を認めるでしょう。バラバラとか切り刻むなどと言う行為は猫だって犬にだって出来ません。彼が、この犯罪を犯した時点で二度と社会に復帰出来ないことを証明している。彼のような人物を受け入れる社会は日本には存在しないのだから。
2009年01月13日
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何と言う”青”なのかは定かではありませんが冬の空の色が1番好きなので本当の空は冬の季節にあると思うわたしです。この空の色に接するのは多くが浮世絵ですかねぇ。と、シルクロードの場面で見た中東の建物のドア(扉)の色もそうでした。自慢が嫌いなわたしが自慢しました。ブログでお付き合いいただいてる方々についてですがね。わたしがリンクしてる方は皆、自分で選んだ方ばかりなのでその世界、知見、美的感覚、音楽、教育、芸術など到底及ばないものばかりで尊敬しております。今日先生、マスターさん、ひめようこさん、その他の人に加えて最近お付き合いいただいてる唯我独尊さんと言う天才、finesさんと言う物凄く深くて広い世界を持たれてる謎めいた方の自慢をしました。みんな、パソコンなどとは違う世界に生きてるのかブログもなんかの”付録”が訛ってるんだべくらいに聞いていましたが。かかさまが「おまえが死んだらわたしは放浪の旅に出ようと決めてた」と言うので「今からじゃ駄目かな?」って言ったら「もう、遅いわよ、だから生きなさい」てな調子で午前中南の方へ出かけてきました。行く先不明でGSで尋ねてやっと行き着きました。お礼がてらに、洗車していただきましたが気の毒なほどの汚れようで恐縮しました。だって新車で購入して1週間目に洗車しようとしたらかかさまが「庭が汚れるから駄目」と言うのでそれ以来ズーッと洗車も掃除もしてませんでした。むくつけたのですよ。(反抗した、へそ曲げた、気分を害した)「洗えば気分がいいわね」「そりゃあ、そうでしょうね」と、多分気乗りのしない返事をしたようです。 88..
2009年01月13日
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”尊極殺人”なんちゅう罪名を書き記していましたがどうも違和感が有りました。やっと、その誤りに気付きました。正しくは”尊属殺人”でした。長幼の序も知らず、年上、年長者に対する尊敬の想いもない現代において”敬老の日”などと言う年にたったの1日だけの行事でお年寄りへの敬愛の心など生まれるのでありましょうか。交通事故防止は1年365日と言う標語に頷いていますが、敬老の心も1年365日でなければならないと想うのです。同列に人類愛、家族愛、平和への思いなどもくわえられるでしょう。
2009年01月12日
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多分、今日の成人の日もわからなかったでしょう。朝青龍が大相撲で勝ったことも、麻生首相の支持率が20%を割ったことも知らなかった。ロシアがえげつなくガスの供給を断ってることもイスラエルがガザ地区を新兵器(?)で攻撃してることも知らなかった。そのほとんどが、否すべてがわたしには無関係なことばかりで別に知っても知らなくても影響のあるものはひとつもない。と言うところを見れば、テレビや新聞などは必要がないものかも知れないと思った。高校サッカーで何処が勝とうとそんなことはカンケーねえし。100年に1度の不景気と言ったって、誰が数えたのかもわからん。倒産、破産した人々はそんな年数とは無関係で辛く酷い現実があるだけでしょう。”100年に1度”なんて言葉はマスコミが使いたがる言葉でしかない。後、10年以内に米国や日本が債務国になったらどう表現するのだろう。現実から遊離した刺激的な言葉や文字で世の中をかき回すのがマスメディアの悪い癖である。例えて言えば、結婚より離婚、幸せより不幸、平和より戦、善より悪平凡な日常より劇画めいた騒乱をより好む傾向が見受けられる。そうした負の報道によって揺り動かされた犯罪が多発するのも似たような環境に生きてる不特定多数の生命があるという証左でしょう。ニュースもCMによって寸断され、沈思黙考すべき重大な出来事も仮想空間に放り出されて仮想現実化してしまう。尊属殺人罪がなくなってから、両親や祖父母を殺す犯罪が多くなったと感じるのはわたしだけでしょうか。また、親がわが子を殺す事件も多い世の中である。子供を自分のものと思い込む愚かさだけは許せないし、見逃せません。”親はなくとも子は育つ”ことを忘れてはいけない。
2009年01月12日
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”ゆ~きやこんこん♪あられやこんこん♪”かかさまの声で渋々起きてカーテンを引き窓を開けたら粉雪が降っていました。庭も真っ白になっていますが、予報にもなかった雪なので今日も晴れるのでしょう。またもや”道”の夢を見ていました。今度は太くて長い高速道路のようでした。作業員が邪魔になる植木(民家のものでしょう)を根こそぎ掬い上げて運んでいました。先日の田舎の道とは違って今朝の道は国策事業のようでした。こうも、道の夢ばかり見せられると、フロイトかユングに訊きたくなります。新しい道を進めと言うことなのか、それとも道を逸脱してると言うことなのか。とにもかくにもどちらも”土”の香りが漂っていました。掘り起こした土の色は子供の頃から好きでした。若しかして土自体がわたしを招いているのかも知れません。そう言えば、昨日の集まりの中で陶芸と絵画の話になりました。地元の窯元(3ヶ所)の評価、日展作家の画風などでしたがまだ、焼物には未練があるようです。
2009年01月12日
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何にもない日曜日と思っていましたが今日は隣組の最大イベントの新年会でありました。この頃民間テレビでよく取り上げられる海の傍の旅館での開催となりました。肌を刺すような空っ風の中送迎バスに乗り込みました。山は雪で山容が隠れていて見えません。とにかく、西側に連なる山塊が雪を防いでいます。区長を務めてからいつも乾杯の音頭を取らされるのですが恒例になると困るなあと心で思っていました。去年と違って平穏で静かな新年会となりました。それも、去年の暮れに組み内で不幸があった所為でしょう。わたしも”音曲停止”の作法に則ってカラオケは喜んで控えました。片道、30分以上の時間を要しましたが、その車窓から風景を眺めました。一つだけ気付いた事がありました。家の裏側の顔に興味を抱いたことです。言い様のない感情が湧いてくる家もありましたし、表側からは決して見えないその家の素顔を覗いたような気分でした。時代が平成から逆流して昭和初期、明治、江戸と言う趣のある家も有りました。ビールは5杯程度でしたので全然酔うこともなく帰宅しました。丁度、家では都道府県対抗女子駅伝の最終区をテレビが映し出していました。これで正月の行事はすべて終了です。明日からまた”スズキモンド”になれるのかも。まあ、かかさまのご気分次第ですがね。
2009年01月11日
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雑誌の平凡、明星じゃなくて平凡な人生が幸せと思います。波乱万丈な劇的な人生は多くの不幸、失意、失望、憎悪を重ねることになります。幼少期に余りに激しい日々を送ったので田舎の貧しいけれど温和な笑顔をいつも浮かべてる名もない老人に惹かれたものです。肩書きも学歴もないから偉らぶることもなく、自然体で良寛的な人生を歩んでいましたね。良寛という人物は過大評価されてると思うので、そんなに好きではありませんが、彼のような生き方をしてる人は昔の農村には多く見受けられたものです。それが、米ではなくて貨幣が横行し始める頃からそう言う人物も消えて行くようになったようです。悪貨は良貨を駆逐すると言う言葉がありますが、貨幣は心を駆逐するとも言えるのでは。春浅い頃、風邪を引いて寝てるとき、雪解け水が屋根からポッタンポッタン落ちてくる気だるさの中で耳にする音が、平和とこころの温かさを伝えてくれた記憶があります。その頃の童心と比べて私は好い大人になったのか全く自信がありません。多分、子供の頃嫌いだった大人になっているのかも知れません。望むのとは違ってわたしも波乱万丈の人生を生きて来ましたから。ドラマチックな人生は決して幸せなものではないと思うのはわたしだけの偏見でしょうか。
2009年01月11日
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今日はお掃除のおばさん、無視して寝てましたが案の定「ええ、お暮らしでしあわせですね」って言ってたとかかさまに告げられちゃった。そのとき、前記の様な夢を見ていたとは誰も知らない。明日も寝るぞうって言ったら、新年会でした。欠席したいけどなあ~。メタボは欠席理由にはならないのでしょうねえ。予報では雨も雪もまったく関係ありませんって言ってるしなあ。平和(?)な日本では外出禁止令など出そうにもないし。新年会が、これほど詰まんないとは思いもしませんでした。朝青龍が初場所に出る心境と同じだなあ。
2009年01月10日
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昨夜の不眠で11時半起床したのとみなさんのブログ拝見していましたので今から更新です。不眠と言いながらも夢は見たわけで。前に住んでいた家の自分の部屋、見上げたら西側の上の方の壁が崩れてる、反対側を見たらもう崩壊寸前。「なんじゃこりゃあっ!」と叫んで窓から外へ飛び出した。急いで玄関を開けて怒鳴ろうとしたら多数の来客中で亡くなった父が応対していた。ばつが悪くなって戸外へ目を転じた。するとわたしの部屋を起点とした新しい道が南西の方角へ延びている。歩いて行って振り返ったら姪3がまだ子供の姿でそれより小さい女の子を抱っこしていました。これから今日の夢判断をしましょう。姪3に若しかしたら赤ちゃんが生まれるかも。それと、最近亡くなった父の夢をよく見ます。迎えに来るのは早いと言いたいが、何か告げたいことでもあるのでしょうか。1番の問題が”道”の事です。南西と言うと裏鬼門ですが、それはあまり気になりませんがなぜ、なかった道が現れるのでしょうか。今朝の道は緑に囲まれた土の車1台がやっと通れる幅でした。壁(荒土)が崩れてる家はこの目で見たことがありますからこれは大叔母の関係かも知れません。夜来の雨がやんで晴れたと思ったら強風です。大地から吹き上がるよな物凄い音を立てて吹いてます。 やっぱり、休日が多いと怠ける方向へ傾斜するのは確かですね。これから、朝、昼兼用の食事です。家にはだあれもいません。かかさまはお出かけです、もう風が嫌いなので外出する気もありません。
2009年01月10日
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年末に注文した”パヒューム”が届いたがすんべて女性用、今、改めて見たらちゃんと”レディース用”と書いてあった。幸いなことにかかさまが、オード・トワレを欲しがってたので売りつけちゃいました。でも、5つ入っていたのですが、お気に入りの品は2つだけでした。何だか、妙な臭気に近いのが2つ有りました。これは修道院じゃなくって女子刑務所から採取した尿だと思った。そいから、靴下に穴が開いていました。左の方を先ず発見したのですが踵の所が見事にまん丸く。ギョットして(周りは若い女性たちばかりの座)右の方を見たらこれまた見事にまん丸お月様のような踵が覗いてました。胡坐をかける席でしたので何とか誤魔化しましたが、帰ってからかかさまに言うと「いちいち、あなたの靴下などみませんわよ」てな冷たいご返事で、これから自分の身の回りは自分でよっくと気をつけようと心深く決意いたしました。奥さんが亡くなられたH先生の鼻毛と剃り残しの髭を思い出しました。着て来る背広もよれよれになってしまいましたが、わたしもずっと独り者の道を行く身ですから余程気をつけなければ、ねえ。夕食が終わって食器洗いも済んだのでテレビのお時間です。”ごちバトル”の新メンバーが江角さんとは推測が外れましたね。かかさまの顰蹙(書けない漢字ですが使かっちゃおっと)を買いながら見てるのは何故でしょうね、自分でも意味不明です。その後、9時から”必殺仕事人”ですわね、月代を剃ってない人物がぞろぞろですが何たって、わかりやすい(荒唐無稽、あこの字も書けないな)筋書きなのでマンガを見てるようで面白い、カカ様は森進一の大フアンなので2階へ上がって行きました、私は、昌子ちゃんと離婚してから尚更嫌いです。明日は姫にプリキュアの新しいパズルでも買って行こうかなあ。
2009年01月09日
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予報通り多分大雪になるでしょう。いつもの年より早いですね、1月の大雪は。昔は旧正月が過ぎなければ雪は降りませんでしたが。それよりもここんところ、積雪が珍しい年が続いていました。しんしんとした寒気が足元から這い上がってくるのでその気配が感じられます。気象庁よりわたしのほうが今年の雪を予測したのが自慢(?)かな。昨夜は頭に毛糸の帽子を被って寝ましたので、夢も見なかった(?)最近何事にも(?)が付く心情ですね。”お気に入り”の本が全部消えちゃった。セブンアンドワイに登録してたのですが、もう読まなくてもいいって言うサインかなあ。昨日、ウルチマの替えブラシを見つけて買ってきたのですが古いブラシが抜けません、やむなくペンチで抜こうとしたらポッキンとな、でした。買ってきた替えブラシを使用できなくなっちゃった。
2009年01月09日
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衣類乾燥機が壊れたので町のコインランドリーへ行く。そこにロデオを真似た器具があったので200円入れて乗った。10分と言うが全然止まらん。20分も乗ってたら気分が悪くなってきたし、尻も痛い。停止ボタンを押したら止まった、でもう1度ダイエットのボタンを押したらまた動き出した。わたしの運動不足を見破ったようだ。いつまでもそんなことをしてたら日が暮れるのでやめた。次にカインズホームへ行った。次にケーズ電気に行った、かかさまが倉庫前においた掃除機を捨てるのだろうと思って丁寧にばらしてゴミ袋に入れたのはわたし。で、土曜日のお掃除日に使う掃除機がないと言うので行くことになっちゃいました。ウルチマの替えブラシを見つけたのは好かったのか悪かったのかその後の悲劇は予測がつかなかったんべ。それからギフトプラザに行く。姫にやろうと考えたプリキュアはなかった。昨夜、にゃんらぶさんのディズニーランドの動画を見せようとしたら「今すぐ行きたい~」となっちゃって大騒ぎ。どうも、保育所でお昼寝できなかったようで眠いのが原因らしかった。何を書いてるのか、もうわかりましぇ~んので終わります。
2009年01月08日
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