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一般社団法人エネルギー・資源学会「低炭素社会への挑戦 -資源・エネルギー・社会システムから切り開く未来-」(オーム社、2010.1)を読んだ。本書は、学会の30周年記念として、この学会の編集実行委員が中心となり各分野の専門家による分担執筆の形をとっている。内容は、鉱物資源・エネルギー資源をめぐる状況、再生可能エネルギーの利用可能性、エネルギーの変換・貯蔵技術、そして交通物流・建築物・電力ネットワーク等の社会システムの状況といった、低炭素社会に向けた主要な論点はすべて扱った本である。現在においては、「人為的なGHGの排出によって地球温暖化しており、これを抑止するため世界的なGHGの削減は必要であり、再生可能エネルギーの大量導入を柱とした低炭素社会の構築が必要とされる」ことは定説の域に達している。これを各個人が、どの程度信じるかに関係なく、もはや世の中はそういう風に動いており、とどまることはあり得ない。この実現に必要なことは、日本において単純化すると「低炭素社会構築のために、各個人がどの程度出費を許容できるか」にかかっている。もちろん巡り巡って、個人の出費が内需を喚起し、これを製造・販売する企業が潤い、そこで働く労働者の賃金に反映され、個人の貯蓄や資産は増え、更なる内需拡大に寄与するといった理想的なシナリオも考えられる。ただし、最も大事なことは、最初のきっかけである。出だしの個人支出増加のインセンティブが必要であり、この方策としては、エネルギーの場合、経済的なベネフィットしか考えられない。また、このベネフィットの原資は、元々は税金の助成策の形をとるか、全員が薄く広く特定の方の負担を支える形しかないが、結局どちらも、巡り巡って個人の出費となる。ということで、これらの思考実験から言えることは、「早く対応に動いたほうが、他に支えてもらえる人が多いので得」で、「遅くなればなるほど、支える人が少なく損」ということである。すなわち具体的に言うと、低炭素社会の早期構築のために最も適切な処方箋は、「周りの人より早く、太陽電池パネルや建物断熱やエコカーにお金を使った方が、結果としてお得ですよ」と国民の皆が理解し納得するように努めることが最短の道筋であるように思える。(評価 星三つ:★★★☆☆)低炭素社会への挑戦
2010.03.21
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ロバート・B・ライシュ(訳=雨宮寛・今井章子)「暴走する資本主義 /Supercapitalism The Transformation of Business, Democracy, and Everyday Life」(東洋経済新報社、2008.6)を読んだ。いわゆる経済学書の中でも著名な本と言われているが、実際に読んでみて本当に良書で読みごたえのある本であった。今日、日本を含む先進国では、貧困問題・格差問題等の社会問題が尖鋭化しているが、なぜこのような状況に陥ったのかを示した本である。すなわち、1970年代以前の古き良き「民主的資本主義」に基づく大企業や政府による、寛容で真摯な社会が、いわゆる「グローバリズム」による競争圧力が企業に加わり続けることによって、より安価な製品・サービスを望む「消費者」とより企業の利益の拡大を望む「資本家」が圧倒的な力を持ち、企業で働き企業にとってはコストである「労働者」と社会を構成しより良い地域の環境を望む「市民」への配慮や寛容さが急速に失われたことで、貪欲で情け容赦のない社会が必然的な流れとして現れているのである。これを筆者は、民主主義とは相いれない「超資本主義(=Supercapitalism)」と呼んでいる。論理的かつ本質をつき明確にその答えを示した深い考察である。その通りだとも思う。問題を矮小化し、政府の規制緩和、あるいは企業のグローバリズムに問題を押し付けた本は多々あるが、根本原因を民主主義の崩壊と捉えた本書は秀逸である。さらに言えば、本書が執筆された2007年当時は、グローバリズムも一般的な言葉でなく、リーマンショック以前に書かれたことを思うと、本当に素晴らしいと思う。加えて、翻訳もストレスなしに読むことができ、訳者の力量も感じられる。おしむらくは、書名が「暴走する資本主義」とはちょっと違うと思われる点、超資本主義の処方箋について書かれた第6章についてあまり共感しない点と、すばらしい訳者のあとがきがある前に、なぜか勝間和代の不必要な推薦コメント文がある点である。これら点を割引いても、十二分に広く読まれるべき本と言える。(評価 星五つ:★★★★★)暴走する資本主義
2010.03.20
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西口敏宏(にしぐち・としひろ)「遠距離交際と近所づきあい -成功する組織ネットワーク戦略」(NTT出版、2007.1)を読んだ。奇妙なタイトルで一見、柔らかそうに思えるが、一橋大学イノベーション研究センター教授の経営学者が書いた、最新ネットワーク理論に基づく経営組織論の内容である。 要は、うまくいく組織のネットワーク構造(=スモールワールド・ネットワーク)とは、直接関係する部署間の緊密な連携(近所づきあい)に加え、適宜、一見まったく関係のない会社や部署間のフランクな連携(遠距離交際)が必要だということである。その実例として、トヨタのサプライチェーン(JIT)や英国ケンブリッジのハイテク集積などを実証分析したという中身である。 一般に学問の研究スタイルは大きく二つに分かれ、様々な多数の現象から一般解や法則を見つけ出す分析的手法と、限られた現象を掘り下げることによって新たな知見や応用解を見つけ出す実証的手法がある。演繹と敷衍、理学と工学あるいは理論と実践と言い換えることもできる。この点、本書は実証的手法スタイルをとっているが、経営学者特有の「ロジックの穴を塞ぐための防衛」(=繰り返しや言い訳めいたこと)表現や、少々胡散臭くて自慢話が鼻につく表現が多く見られる。ただ、実証的分析手法が好きかどうか主観的な好みの問題でもあるので、本書の好き嫌いは極端に分かれるかも知れない。(評価 星三つ:★★★☆☆)遠距離交際と近所づきあい
2010.03.06
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ポール・コリアー(中谷和男=訳)「最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?」(日経BP社、2008.6)を読んだ。 世界には、豊かな国の10億人と豊かになりつつある国の40億人の他に、今でもとても貧しい国の10億人がいる。この最底辺の10億人の国が、なぜ貧しいままなのかその原因を解き明かし、ではどうすれば良いのかを真正面から論じた良書である。非常に重要で重い命題であるにもかかわらず、この論点で示された本は、恐らくいまだかつてなかったと思う。そういった意味で、非常に貴重な本であり読むべき本と言える。ただ、惜しむらくは、原文自体が難解なのか翻訳が難しいのか分からないが、文章は解りづらく良くない。ストレスがたまり残念・・・ ちなみに、なぜ貧しい国のままなのかは四つの要因があり、「紛争」・「天然資源の存在」・「悪い国に囲まれた内陸国」・「小国での悪い政府」の組み合わせだそうだ。なお、筆者は、先進国から労働集約型の産業が移転・集積したアジアを中心とした途上国の経済成長が続く限り、このままでは現在の最底辺の国には豊かになるチャンスは今後50年はないと断言している。合掌・・・(評価 星四つ:★★★★☆)最底辺の10億人
2010.03.06
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橘木俊詔(たちばなき・としあき)/森剛志(もり・たけし)「新・日本のお金持ち研究 -暮らしと教育-」(日本経済新聞社、2009.10)を読んだ。橘木氏の著書は、他にも秀作の「格差社会 何が問題なのか」がある。日本における貧困とお金持ちの両方を、論述できる貴重な方だ。ただ・・・ 2005年度に廃止され、国税庁が発行していた全国高額納税者名簿記載者へのアンケート調査をお金持ちと定義し、アンケートに返答があった人物の統計データに基づいた分析である。この点、そのデータでいいのかという疑問はあるが、結果としては意外性もなく巷間感じられているのと同じようなありきたりの分析結果であった。そういう意味で本書は、とくに盛り上がりもなく・淡々と進行する。読後、ほとんどなにも頭に残っていない感がある本であった。(評価 星三つ:★★★☆☆)新・日本のお金持ち研究
2010.03.06
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