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火曜日の練習のダメージを引きづったままで金曜日は完全休養+治療という、レース前日にはあってはならない事態になってしまった。やっぱりコンディショニングって難しい・・・当日も朝起きた時は足が重かったものの早い昼ごはんを食べて、会場に入って受付やら何やらいろいろやっているうちに、だんだん体が動くようになってきてサポートで来てくれた人たちがテントを張ってローラーも用意してくれたので、スタート前には脚のコンディションも良くなってきた事が確認できた。で、レースは雨の下りで落車の危険を回避するために先頭付近で下りに入ったのだが、かっ飛んで下っていったら村上純平と二人になってしまい、そのまま逃げになってしまった。3周目まではおとなしく・・・というつもりだったのだがこの事がきっかけになって熱くなってしまいその直後にも相川(アンカー)、斉藤(川口車連)、五十嵐(ボンシャンス)、中野(CWS)と自分の5人で逃げたので一気に脚に来てしまった(泣)レースが動いたのは3周目、斉藤・浅野・相川・平塚の4人の逃げが決まる。彼らは順調に逃げ続け、最大50秒まで差が広がる。追撃の動きもあったが、皆脚に来ていて決定的なものとはならず集団のまま最終周回へ突入。最後の古賀志でバラケかけた集団も平地区間でまた一つになり前の4人からは平塚・斉藤が落ちてきて集団は3位争いへ・・・田野の交差点からゴールまでの3kmの攻防では村上、森山あたりが元気がよさそうで積極的に攻撃していた。淡々と引きまくるオーベストの島田さんも印象に残った。(島田さんがいなかったら3人くらいが抜け出していたと思う)そんなわけで、後ろは集団のままゴールスプリントへ自分は最後の攻防でも足を使う展開になってしまいまったくスプリントが効かず、抜かれまくってズブズブの9位という結果だった。でも、普段の練習仲間である斉藤・中山(川口車連)や去年まで在籍していたボンシャンスの五十嵐・外勢JBCFで一緒にTOJを走った村上などと逃げたり追ったりすることが出来てなかなか楽しいレースだった。
2007.10.28
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日曜日レースだったので、通常ならば月曜を休養日に当てるところだが今週は土曜日にレースがあるため、月・火と休まずトレーニング。3日間のステージレースの後中3日でワンデーレースという考え方。今日は短めの峠を5本、集中して走る事が出来た。おかげで今はだいぶダメージが残っているが土曜日には良いコンディションになっていると思う。通常のプログラムからはずれちょっとオプション的な今週前半の練習内容だが果たして吉と出るか、凶と出るか!ジャパンカップ、土曜日のレースも今年はけっこう強敵が多い。面白いレースになりそうだ。
2007.10.23
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紀伊半島、旧白浜空港にて実業団Jツアー最終戦の南紀クリテが開催された。トップ10は以下の通り。 1.橋川(マトリックス) 2.辻 (シマノ) 3.廣瀬(シマノ) 4.浅野(ラバネロ) 5.広瀬(アイサン) 6.西谷(アイサン) 7.三船(マトリックス) 8.大内(シマノ) 9.小室(コムレイド)10.飯野(ラバネロ)やはり調子は上向きで、今日は前半から積極的に動く。序盤にチームメイトを含む12~3人の逃げが出来、決まったかに思えたが、人数が多かった事で集団はこれを容認せず、アイサンとミヤタの強力な引きで潰されてしまう。その後、間もなくカウンターで攻撃に出た5人のアタックが決まり、最終的にこの5人が最後まで逃げ切る事になる。Jツアーの表彰に関係のない逃げだった事もありミヤタはこれを容認、シマノもマトリックスもアイサンも5人の中に選手を送り込んでいたため集団はペースが上がらず2分差以上に差が広がる。途中、2~3人の少人数での追撃があり自分たちも追撃を組織しようと試みたがことごとく失敗に終わり、後ろは集団のままゴールへ・・・結果は集団4番手の9位という結果だった。少しばかり攻撃できる体になってきている事は確認できたので、「ジャパンカップ」と「ツール・ド・沖縄」では是非とも結果を残せるよう頑張りたいと思う。
2007.10.21
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9月のいわきクリテからもうすぐ1ヶ月。その後、飯田・富士山・加東と走り、どんどん調子が上がっています。昨日も今日も良い感じで踏めているので週末が楽しみです。調子が良いと、つい無理をしてしまいがちな自分ですが帯状疱疹が良い戒めになっていて無茶せずにいるので、好調を維持できています。やっぱり何でも程ほどに済ませて余裕を残しておく事が大事なのかもしれませんね。
2007.10.17
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兵庫県の播磨中央公園で、実業団Jツアー第13戦の加東ロードが開催された。短く緩やかなアップダウンの続くコースで山岳で劣る自分のようなタイプにもチャンスがありそうなコースだった。前半は調子よく動く事が出来、常に前に位置していたが中盤になるとその付けが回ってきてジリジリと集団後方に下がってしまいきつい時間帯を何とか誤魔化して走っていた時に前で動きがあり、15人ほどが先行する形となる。集団ではシマノの2選手が意識的に中切れを作って、前を行かせようとしているのが伺え動かない脚に鞭をうってそこから何とか先行するグループに合流。ココが勝負の分かれ道となった。それでも先行する集団はまだ30人近くの選手がひしめいており、シマノ・アイサン・ミヤタ・マトリックスなど主要チームは全てその中におり、もう一展開ありそうな雰囲気だったが今回のレースを初めから仕切っていたミヤタもルビージャージを守りたいシマノも前半で消耗していたためか少数でのアタックはいくいつかあったが大きな動きは無かった。強いてあげれば単独で逃げた土井選手の逃げと、それを潰したミヤタの選手達の働きが印象に残る。他チームは私を含め、シマノvsミヤタのJツアーのタイトル争いに付け入る隙はあったと思う。彼らの攻防を中心に動いたレースだったが自分より激しく動いている彼らを攻撃することが出来ずやはりまだまだ実力不足を感じざるを得ない。しかしながら、7月~8月にかけて戦線離脱していた自分にとっては及第点の6位入賞だった。次は白浜空港滑走路のド平坦折り返しレース。コースは簡単だが、スピードが速ければそれなりにきつい。だいぶ調子も戻りつつあるので何とか表彰台に上がれるよう、頑張ろうと思う。
2007.10.15
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土・日の富士山往復+レースがちょっとキャパシティオーバーだったのか、火曜日の晩になって再び帯状疱疹様の湿疹らしきものが下腹部に出てしまい戦々恐々としながら過ごす事になってしまった。せっかくココまで調子を戻せたのにまた落っこちてなるものか!と、体を大事に負荷をかけないように練習した。で、今はその湿疹も引いてきて、とりあえずは一安心いやいや、本当に冷や汗ものである。今週末もレースなので、大事に行こうと思う。
2007.10.10
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予定通りに自走で富士山に行ってきた。行きは上尾ー志木街道ー小金井街道ー川崎街道ー野猿街道ー道志みちー山中湖で150kmくらい土曜日午前中はそれほど調子悪くなかったのだが途中から全然足に力が入らなくなり「やばい・・・」って思ったものの、走っていく以外に方法は無く登り基調の道志みちが非常に長く感じられた。同行したヒラバヤスキー選手に遅れる事20分くらいでようやく宿に着く。で、宿には到着時間は伝えておいたにもかかわらず、風呂は沸いておらず、飯はまずく、値段は高く融通は利かず・・・で金返せ!って言いたくなるような宿でした。もう二度とそこには泊まりません。あれでどうして客商売が成り立つのか・・・?さておき、当日は宿から富士山までをアップがてら自走で行き、昨日の不調を少しでも拭い去ろうと足を回す。正直タイムアウトの「トップから15分遅れ」で登る自信も無くなりかけていたのだが、何とかスタート前には少し足が軽くなる。しかし、レースではスタート2km地点くらいから早くもジリジリと遅れ始め、ゴールはトップから約7分遅れの50分ちょっとというタイム。55分で登れれば良いかなぁ・・・っていう感じだったので自分としては納得のタイム。帰りも自走でゆっくり帰ってくるはずがメンバーに例の元気の良い川口車連の若手二人が加わりサイクリングと呼ぶには程遠いペースで富士山を出発!荷物を背中に背負うコムレイドの二人は山中湖の後の山伏峠で居なくなってしまい気になりながらも、川口車連の若者達及びヒラバヤスキーと私は快調に飛ばし続け、あっという間に東京についてしまった。家に着いた時にはかなり足に来ていて、本当に良い練習になった。昨日は山中湖ー富士山ー山中湖ー道志みちー東京ー埼玉で200km以上。トータルでは4000m以上上り下りした事になると思う。やりすぎて調子を崩すといけないので今日は軽くローラーに乗って終了!です。
2007.10.08
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9月・10月はレースが目白押しだ。毎週末レースなので、全部のレースに合わせようと思うと直前は練習量を押さえ気味なるので結果として全体の練習量が落ちる事になる。なので、狙っていくレースの前には結果を求めずにトレーニングと割り切るレースも必要になってくる。自分の場合は週末の富士ヒルクライムがそれだ!たった12kmのヒルクライムの為に前日と当日をライトトレーニングで終わらせてしまうのは正直もったいない。(狙っている人は別として・・・)なので、前日も基礎練で距離を乗り当日もレース後は自走で帰る。で、翌日もまた距離を乗る。月のスケジュールを先まで見ると仕事の都合上、こんなスペシャルな練習が出来るのもこの3連休が最後なのだ。明日は自走で富士山を目指す。
2007.10.05
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スーパー中学生がいれば、スーパーおやじも居る。同じ川口車連のボスがその人、菅原さんである。2003年の都道府県対抗でポイントとロードをW制覇したのが41歳の時。真夏の過酷な条件の中、完走たったの15人というレースで2位に2分以上の大差をつけてブッちぎりの優勝だった。あれから4年経ち、現在45歳の菅原さんは国体には毎回調子を合わせてきて今回の国体でも1位の井上和郎選手と同タイムの8位という好成績をあげている。その間にも、国体と都道府県対抗では毎年必ず入賞を果たしているので、実業団レースにはあまり出てこないが、毎年BR-1をキープしていて全日本選手権の出場資格も得ているのである。あと5年、今の状態を維持するだけで50歳で国体ロードレース制覇の可能性を秘めた人なのだ。時に僕より若く見られる(苦笑)菅原さんにはまだまだ頑張ってもらいたい。先日の小川村での西谷店長も凄かったがこの人もまた凄い人だ。そんな凄い選手達が集う川口車連のサイトはこちらです。
2007.10.02
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人の事ばかり書いてもしょうがないですね。飯田のコースは登りがきつく、過去2回ともDNFなので苦手意識が芽生えつつあるコースなのですが今回も残り1周半でのタイムアウトという結果でした。しかしながら、病み上がり1ヶ月半の体ではこれが精一杯。25人くらいに絞られるまで、メイン集団にいられた事は自分としてはこれでも明るい材料です。仲間うちではチームメイトの小嶋選手が13位?練習仲間で川口車連の斉藤が18位?で雨のサバイバルレースで完走を果たしています。来週末も試練の富士山ですがここまではトレーニングと割り切って走り今月後半のレースから勝負できるように仕上げていきます。
2007.10.01
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去年からメキメキちからをつけているスーパー中学生がいる。僕は週末は殆ど川口車連の練習に混ぜてもらっているのだがその中にまだあどけなさの残る中学生が30kmも離れた自宅からその練習会に参加している。この2年間、一度も遅刻した事が無く練習に対する態度は非常に積極的で、調子が悪いから・・・と、途中で帰った事も一度も無い。その練習会は、少なくとも120kmは走るので彼は毎週末200km以上走りこんでいることになる。しかも、練習後は途中で自宅に向かえば近道になるものを必ず練習解散の地である上尾まで着いてくるのだ。彼は成長期にあり、骨もまだ柔らかいのでクランクも165mmと短いものを使いギア比も軽めの設定になっている。週末の練習会では無理をさせすぎ?という意見もあるが、本人曰くかなり余裕があるようだ。確かに土・日の2連チャンの練習会では2日目のほうが調子が良い時もある。筋肉量はこれからドンドン増える時期にありスプリント力が無かったために今まで勝てずにいたのだが今回の飯田のBR-3でとうとう優勝したのだ。最後のきつい登りで仕掛けてそのまま逃げ切ったようだ。中学生が実業団レースで優勝したというのはここ5年ほどの間には聞いた事が無い。若いうちに無理をさせすぎると潰れてしまうといった話をよく耳にするが、それは練習を「やらされている」場合だと思う。高校・大学の自転車競技部の先生というのはまさしく「やらせる」練習を行う事が多いのでここで潰されてしまう(競技をキライになってしまう)選手は非常に多い。一流になるためには、まずそのスポーツを長年に渡って好きでい続ける事が大事。自発的に行動し、自ら進んで何でもこなす彼のような存在は超一流になる可能性を秘めている。超一流とは、19歳~20歳でプロの第1線で活躍できる選手の事を指すのだがちょっと歴史をひも解いてみれば歴史に残る偉大な選手は皆そのくらいでプロデビューを果たしている。現在彼は15歳。まったく焦る必要は無いが、留まっている暇も無い。グレッグ・レモンなどは16歳でヨーロッパに渡り20歳でプロデビューを果たしている。家庭教師をつけて、フランス語の勉強にも熱心だった、と昔なにかの本で読んだことがある。ぜひ、そんな選手になってもらいたいものだ。
2007.10.01
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