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アイデンティティ既に市民権を得ている言葉であろう。ちょっと検索すると「私」を「私」たらしめ、一貫性、同一性を与えているものは何か?ということへの意識、自己確信・・・等と出てくる。自分が自分であるために・・・。久々に会社員となった自分だが入社して最初の月である11月は、研修・研修で半ば無理やりに知識だけが詰め込まれ、試験が繰り返され、実践への準備が進められた。営業職の中でも、最も実績を上げることが難しいとされる業界だけあって、離職率も相当に高いようだ。1年後に残っている確立は6割くらい???他業界でトップセールスを記録してきた人たちでも生保の販売はそうとう難しいそうだ。そんな強烈に厳しい業界だけあって営業社員として登録された人たちは、みな目の色が違う。高い業績を残して高収入を得ようと目論む一部の同僚達の勉強量の凄まじさといったらちょっと尋常ではない。そうれもそうだろう、それくらいでなければ生き残っていけない世界だから・・・高いお金を払って保険に入ってもらうからには飛び切り役に立つ情報提供が不可欠となるわけで自社・他社商品の事のみならず、郵便局、JA共済などの隣接業界や、国の福利厚生システム、税法ほか様々な法律企業の経理的なことなどにまで知識に長けていなければならず、さらに世の中の動向から将来を予測するというところまで出来て、初めて一人前といえる世界なのである。覚える事は本当にきりがない。また、業績と知識量が比例しないところも難しいところでそこには知識だけでなく人としての魅力も兼ね備えていなければならない。単純に比較はできないけれど、自転車の選手よりずっと大変な世界かもしれない。しかし、それが分かった上でも自分は営業マンである前に自転車の選手である。それが、僕のアイデンティティ。そこは失ってはならない。そんなんでこの業界生きていけるの?って声もあるのは当然。今はまだ本当の厳しさを知らないだけかもしれない。上司は「そんなこと出来っこないじゃん!」と思っているかもしれない。でも、引き下がれない。「保険の営業」と「自転車ロードレース」どっちも本当に厳しい世界。両方共に、とんでもない世界に足を踏み入れたものだと、つくづく思う。今週は自転車はママチャリ通勤のみ!研修最後の追い込み時期だったので仕方がない。選手としてはとうぜん及第点には及ばないがこのあたりの不満をどう自分で折り合いをつけていくか・・・今は通勤と週末の練習で、何とか選手としてのアイデンティティは保てている。研修が始まり、ツール・ド・沖縄があり、久々にフル回転だった日々。あっという間に過ぎてしまった気がするがずっと昔の出来事のように思い返す事もある。思い出深き11月がもうすぐ終わる。
2007.11.29
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「勝つよ」って約束したのに、果たす事が出来ず物凄く悔しかったジャパンカップでの一コマ。前半に動きすぎて、まったく良いところを見せる事が出来ずに終わってしまった。写真提供はホッピーさん!かっこいい写真、ありがとうございましたm(__)m撮る人が上手だと、実物よりだいぶカッコ良く見えますね!(^0^)
2007.11.25
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昨日も、今日も元気に自転車に乗ってます!今までは、お日さまの下で自転車に乗るのが当たり前で、暖かい日差しに包まれて自転車に乗るっていう事がこんなにも幸せなことだったのか、と気づかされる。これも失って初めて気づく大切な物の一つですね!感謝しなくっちゃ、ですよね(^0^)お日さま、本当にどうもありがとう。さて、昨日と今日は川口車連のツワモノどもに加えて07年度ジュニアチャンプのダーシマやらジャパンカップオープン優勝のアイカワ等のスペシャルゲストが加わり、集合場所では「レースするの?」といった面子が揃い、少々緊張・・・でも、そこはシーズン終了したばかりで、「乗り始め」という意識からか、序盤はゆっくりと進む。しかし「よしよし、これで良い・・・」と安堵していられたのも束の間。これだけの面子が揃うと、必ず仕掛ける奴が出てきてレースさながらの様相を呈してしまうのだ。「今日はゆっくりね」という菅原隊長の言葉はあまり信用してはいけない(笑)今日も犠牲者が出て、練習コースの中盤から取り残される選手が出てくるが、「無情!情け容赦なし!」で納得済の選手しかココには居ないので後ろを待つことはなく、前ではバトルが展開された。内容は割愛するけど、おかげ様でだいぶボロボロっす(笑)という訳で、昨日も今日も楽しくも厳しい2日間であった。明日は古巣ミサカサイクルのサイクリングに参加します。8時にお店の前に集合なので、ふるってご参加ください。あしたもお日さまの下を走れそうですね。ありがたや、ありがたや。
2007.11.24
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試験終了。試験って、いったい何年ぶりだったんだろう。高校受験と運転免許の試験ぐらいしか経験がないけど運転免許なんて試験のうちには入らないし・・・という事は、36歳-15歳=21年ぶり!!!ということでございますわな(驚!)試験会場には300人以上の人があふれ皆、緊張の面持ち。受験票をもって受付を済ませる人の列に並んでいるとやっぱりなんか緊張してきて自分の心臓の鼓動が高くなるのが分かる。自信たっぷり・・・という人ならいざ知らず11月に入って「ツール・ド・沖縄」の前は研修中にもかかわらず「夜明け前」も「日没後」も自転車に乗って疲れ果てて、まったく勉強しなかったし・・・そんな訳で、第1回模擬試験はナント最下位!(=_=;)まあ当然といえば当然の結果、想定の範囲内ですわな(^-^;)>で、「勉強しよう!」と意気込んでいた沖縄では今回の試験の範囲のテキストを飛行機の中に忘れてしまい4日間まったく勉強できず・・・で、大事な時間を失ってしまいそこからピンチは始まった。まあ、自業自得でございますわ。なので今回は、勉強時間捻出のために秩父宮杯出るの止めようか・・・?と考えたほどだったのだがそれじゃあ何のために就職したのか、本末転倒になってしまうので、レースはレースで集中した。とはいえ、今回はさすがに練習時間よりも勉強する時間を捻出しなければならなかったので練習は通勤のみで我慢して、上尾から研修場所の浦和まで毎日ママチャリで通勤した。ちなみに、ママチャリでも背の高い車の後ろに着くと40km/hくらいは間単に出るのだ!スーツ脱いで、Yシャツバタつかせてママチャリで車道をカッとんでいる走る姿はちょっとキチガイじみていたにちがいない(笑)まあ、その努力の甲斐もあって秩父宮杯は優勝できてホントに良かったです。さて、試験だが沖縄後、22日の試験までの日がドンドン近づいていく中やらなければならない状況は充分わかっているのにどうしても100%勉強に集中する事が出来ず自分の弱さを突きつけられてキツイ日々が続いた。15日の第2回模擬試験では最下位を脱出したにとどまり19日の第3回模擬試験でも合格ラインまで到達できず・・・で、本番直前の21日の第4回模擬試験でも合格ラインまで1点足りず、上司に呼び出される始末。自分でもやっと集中できたかなと思えたのは、最後の1日だけ・・・「追い込まれないとやらない」にも程がある。ホント情けなかったです。でも、集中力が戻ればこっちのもの!何度も同じところを読んでしまったりただ活字だけが流れていって、全然理解できないという現象はなくなり、どんどん頭に入っていった。結果は27日。落ちていたらクビ・・・です。大丈夫なのだろうか・・・いきなりのピンチだったが最終日の集中力は我ながら凄かったと思う。睡眠時間削って勉強して、自転車乗って、研修やって・・・今週は体的にもだいぶきつかったです。ちょっとペースをつかむまでは、やっぱり大変です。でも、つらい時こそ頑張りどころ。これからも応援ヨロシクお願いします!m(__)m試験、落ちてクビになっていたら、笑ってやってください。
2007.11.23
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昨日は年内の最終戦。秩父宮杯が地元埼玉で開催された。結果は優勝!(^0^)v5周目に今年成長著しい斉藤(川口車連)と自分がアタックしたのがキッカケで6人の逃げが決まった。メンバーは、菅原・斉藤・中山・清水(以上川口車連)の4人に最近就職組の福原(エスペランススタージュ)小室というメンバー。いつも一緒に走っている面子ばかり(笑)「今日は勝負ね。じゃないとレースがつまんないから・・・」って、言っていたのにアタックが決まったあとは数的に優位な川口車連は僕を攻撃してこない。何故?菅原さんがエースだから?それとも本当に足がいっぱいなだけ?ゴール勝負で勝ちに行く?いろいろ考えたけど、答えは出ず・・・皆あまりに正直すぎ!良い子達ばかり(笑)良いところでもあり、今後ロードレースをやっていく上では変えなければならない部分もあるかな。まあ、こうして6人は順調に集団との差を広げたがラスト2周で少しペースが落ちラスト1周に入って後続の集団が僕らを視界に捕らえ一気にスピードアップしているのが伺える。どんどんその差が縮まっていく中残り4kmくらいの地点で菅原さんがアタック!自分もそれに反応するが、後の4人はついてこない・・・(いっぱいなの?やっぱり菅原さんエースだから?)で、自分と菅原さんの1対1の勝負になったのだがチーム優勝がほぼ確実な菅原さんは僕に勝ちを譲ったのか本気で踏んでいなかったように感じたゴール勝負だった。なので、勝ったは勝ったけどこみ上げるような喜びは感じる事が出来なかった。来年はもっともっと互いに「本気」を感じるレースをやりましょう!まあ、でも年内最終戦を勝つことが出来て良かったです。去年も勝ったので、2連覇です(^0^)v
2007.11.19
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今、ちょっと自転車を離れている高校1年生がいる。中学生の頃にはホビーレースで暴れまわりちょっとは知られた名前だった。中3の受験の真っ只中にお母さんを病気で亡くし乱れたであろう心に見事に打ち勝って受験という難関を突破し、見事に県内でも名門と呼んでもいい高校に合格したのだ。しかし、受験勉強のあいだ自転車を封印していた彼は当然のことながら自転車は弱くなっていて中学生の弟や、先日紹介したスーパー中学生(来年BR-1)に練習で負けてしまうようになる。年下に負ける悔しさ、自己嫌悪感といったら人には言い尽くせないものがあったと思う。受験が終わった春先、意気揚々と自転車に乗り始めた彼だったが、負けが続いてモチベーションが下がり始めた頃に先輩からの厳しい言葉に傷ついた事もあったのかそれっきり練習にもレースにも顔を見せなくなってしまった。今日は地元埼玉でレースがあり彼の弟も、お父さんも着ていたので、着ているのかな?と思ったのだが、やはり会場には姿は無かった。僕が自転車競技を始めたのは高校2年生の時。高校1年生の時は、自転車を買う資金をためるために駅前のビル掃除のアルバイトをしていたっけ・・・それに比べれば、君の方がまだまだアドバンテージがある!!自転車がキライになっていなかったらいつでも戻っておいで。隊長も含め、みんな、みんな待っているから(^0^)/
2007.11.18
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昨日、コメントへの返信に書いたのだが実はこの11月よりとある外資系の会社に就職した。といってもまだ養成社員の状態で今月22日の試験に合格しなければ「ハイ、さいなら!」という厳しい世界だ。正社員になれるのは早くて6ヶ月後・・・インセンティブ報酬なので、やればたくさん給料も入るが成績が悪ければ4ヵ月後にクビという事もある。とっ、いう事で一応ニートレーサーは脱却の方向。真のビジネスマンレーサー小室の誕生は近いのだ!まあ、試験に落ちれば来月からまたニートなのだが・・・(笑)今日、3回目の模擬試験があったが無事に最下位脱出できたし、まあ大丈夫だろう・・・(って、おいおい最下位だったんかよ!)ちょうど会社の研修と「ツール・ド・沖縄」の時期がかぶってしまい11月に入ってからの大事な時期に、どうしても練習量を落とさなければならなくなってしまったのだがそれもこれも自分で決断した事なので文句は無い。5年前、自転車やるために会社を辞めてきたのにまた会社員になるの?という意見もあったのだがこの夏、帯状疱疹になって自転車に乗れなかった時期に小川村のレースを見に行ってオーベストの西谷店長が優勝したのを目の当たりにした事は一つ大きなキッカケだった。バイトで練習時間が沢山ある自分が、今だに実業団のレースで1勝もできていないという現実をとても恥ずかしく思い「何なんだよ俺はっ!!」と自分を責めもした。他にも喫茶店でパン職人をしている筧五郎選手や、彼の友人で元インカレチャンプの高岡良寛選手、フォルザの武井店長・・・フルタイムで働きながら目を見張るような高成績を残している選手が何人か居る。バイトしながら自転車やって・・・って20歳やそこらの選手ならそれも許されるかもしれないけど来年には37歳を迎える自分が、そんな事でよいのだろうか?夢を持っている事は素敵な事だけど、夢だけじゃ飯は食えない。貧乏生活による恥もたくさんさらしてきた。正月に甥っ子、姪っ子が遊びに来ても自転車の資金の為にお年玉も上げられなかったし、家族旅行へ行っても親の旅費を出せないどころか、こっちが出してもらう始末。どう考えても恥ずかしいことばかり。そんなふうに大切な人にも何もしてあげられず外食すればゴチになる事も多く自分がどうしようもなくダメ男に思えてきた事も今回の決断の大きなきっかけだ。だって、バイトで給料が7~9万円しかない状態で年金払って自転車のレースに出て、車を所有していたらそれだけで何も残らないでしょ?自分がいつも同じ服を着て、贅沢をしないことは全然どうって事はないけど、大事な人に与える事が出来ないというその辛さが自信とエネルギーを奪っていった。「男たるもの、稼ぎなくして、価値は無し!」こんな風に書くと、このまま引退か?と思われてしまうかもしれないが、俺はやめない。今回の決断は自転車を続けていくための決断。「完全に燃え尽きること」「人生に悔いを残さないこと」自転車の世界に戻ってきた時、ノートの最初にそう書いたっけ。今回の決断にも悔いは残さない。その為にも俺は頑張る。若い奴らは俺みたいに「余計な事を考える事が無いうち」に思い切り突っ走れ!その時間はあまり多くは無いのだから。
2007.11.15
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11月11日。人生で2度目の「ツール・ド・沖縄」へ出場してきた。結果は17位一応完走扱いではあるが、実際のルールに則れば完走は15人だったはず。もしそうなってしまうと、賞金圏内の20位までに該当する選手がいなくなってしまうため審判の判断で完走のラインが引き下げられたのが実際のところらしい・・・。そんな事に助けられた17位という成績。当然満足できるものではないし、目指すところもそんなところではないので、また次の事を考えて進んで行こうと思う。さて、レースの方はというとスタート直後からアタック合戦が始まったのだが約10km地点で発生した集団落車に巻き込まれて転倒!立ち上がったときには、ステムが前輪に対して45度くらいズレた状態になってしまい、後輪もリムがブレーキシュウに当たってしまう状態になっていて一瞬 「 もう終わったか? 」と思ったが、無理やりステムをエイッ!っと正面に向けたところ一発で決まり(笑)ブレーキシュウも少し広げただけで、当たらなくなったので再び自転車で走り出すのにそんなに時間は要さなかった。それでも集団は遥か彼方へかなり小さく見える状態 (@_@;)追いつきたい一心で転んだ事による痛みは全く感じなかったが走りながらサングラスがない事に気が付きその事がちょっとショックだった(笑)しばらく走って落ち着きを取り戻すと、同じく集団復帰を目指すメンバーの中にシマノの阿部選手やアイサンの盛選手など有力どころがいることに気が付くメンバーは10人くらいといったところか?後から聞いたところによると、僕らよりももっと復帰に時間を要したグループもあったようだ。前方の集団もエース級のチームメイトが落車に巻き込まれた事で後ろを待つ意識の選手が多かった事が幸いしてそれほど体力を消耗することなく集団復帰を果たす事が出来た。レースが動き始めたのは、概ね選手が復帰した頃。今回の優勝候補筆頭のNIPPOメイタンの選手が中心になって攻撃を繰り返す。自分もそれに乗じて何度か攻撃に加わるがなかなか決まらないまま本部半島を出て海沿いの58号線に出る。その後もアタック合戦は続くが、ようやく決まったのは60km程が過ぎた頃、場所にして大宜味村のあたりか・・・?強風吹きすさぶ中、あまり効率が良いとはいえない反応の仕方で29人の第1集団に残ることが出来た。そのメンバーの中には各チームのエース級が殆ど入っており後ろはもう追う選手がいないので、差はドンドン広がり普久川ダムへの登りに入るまでに4分くらい差がついただろうか。自分は11月に入ってからの練習不足がたたって、最初のこの登りで足が攣りかけてしまい、頂上はこの集団で越える事が出来たものの、普久川ダムを越えてから辺戸岬までのアップダウン区間で再び始まったふるい落としのアタック合戦でついていく事が出来ず、ここで遅れてしまう。それでも、まだすぐ目の前に先頭が見えるので何とか追いつこうと必死で頑張ったのだが、20秒、30秒・・・そして1分・・・と、ドンドン差は広がり、事実上ここで勝負は終わってしまった。2度目の普久川ダムまで持たないのでは全くお話にならず実力の差を感じざるを得ない瞬間であった。悔しかったがこれが現実、そして今の自分の実力であろう。どうしようもない敗北感に打ちひしがれながらも取り残されたメンバーで協力して回って行くが、200kmはやはり長く5人でのローテーションではスピードが保てず後ろとの差もドンドン詰まってくる。前から落ちてくる選手を拾っていって・・・という野心はいつしか後ろに追いつかれるのでは・・・という恐怖に変わり攣って動かなくなった脚を恨めしく思いながらも必死に走る。最後の源河の登りでついに橋川選手とNIPPOメイタンのトミー選手に捕まってしまうが、残りは平坦だったので皆で今度はタイムアウトの恐怖を拭い去るべく海からの追い風を受けて飛ばしに飛ばした。途中、鹿屋体育大の選手を一人吸収して僕らのグループは6人になり、ゴールへなだれ込む。皆、最後の力を振り絞ってゴールスプリント!自分は集団2番手の17位。これが今回の自分のレースでした。いずれにしても、素晴らしい経験であった事は間違いなくこのレースへ参加するに当たって尽力してもらった内山監督GIANTの山路さん、サポートしてくださった方々、応援してくれた皆さんにこの場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました!悔しかったけど、楽しかったです。もう一回り成長して「まずはトップ10入り」というのが来年の現実的な目標です。2度目の普久川ダムを先頭で越える事が出来ればまた次が見えてくると思います。
2007.11.13
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自分が30歳を過ぎているという事もあり年齢のいっている選手が活躍する事は分野が何であれ勇気付けられる事象である。それが、ことに同じ持久系スポーツならばなお更だ。今日のサイクリングタイムの記事に、ランス・アームストロングのニューヨークシティマラソンの結果が掲載されていてリザルトをチェックしたのだが、ランスの名前を探す前に僕の目に飛び込んできたのは、上位10人中実に9人が30代であるという事だった。つい何年か前までの常識では、スポーツ選手の全盛期は20代後半というのが定説だったがトレーニング論の進歩、アンチエイジングの技術などが発達したおかげなのか、あらゆるスポーツにおいて30代の選手が第一線で活躍しているのが目に付くようになってきた。自分は30代後半に突入し、40歳が目前に迫る状態となったがこういった厳然たる事実はモチベーションにもつながるしやはり勇気付けられることである。ちなみに、上位30人の中には40代の選手も何人か含まれており、タイムは2時間半を切っているのだ!!!50歳で2時間36分台をたたき出しているツワモノもいる・・・凄!今やスポーツ選手が30代というのは当たり前の時代。僕は当然40代で第一線の選手を目指す!
2007.11.07
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今日から年賀状の発売が始まった。早いものでもう11月。今年も残すところあと2ヶ月・・・36歳。イノシシ年。今年は年男とあって、気張ってシーズンインしたのがついこの間のように感じる。今年は名前を売ってやろう・・・と、早くからシーズンを始め3月の西日本チャレンジで4位4月のシマノ茂木では2位と順調な門出だったが5月のTOJ以降失速し、夏には帯状疱疹という思わぬ落とし穴にはまってしまい、石川・小川村・丸岡・輪翔旗と4つの大事なレースをキャンセルする大失態をやらかしてしまった。その後、いわきクリテからレース現場に復帰してここ最近の3レースはいずれも1桁でゴールしており復調の兆しはあるが、残りの重要なレースは「ツール・ド・沖縄」のみとなってしまった。気張って突入した2007年最後の大舞台。悔いの残らぬように頑張るぞ!決戦は11月11日。
2007.11.01
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