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イギリス人の友人がいる。とても尊敬する人の一人である。彼とはかれこれ20年近くの知り合いになるのだが、いわゆるOXFORD出身の秀才である。彼に纏わる話は数多にある。イギリス調のきついユーモアがあって、その独特の鼻に掛かる高いキーの喋り方だけでも一度あったら忘れないタイプの人間である。金融工学を80年代からこなし10年程前からそのソフトウェア会社を立ち上げた彼は金融業界に長く勤めたのに、あのオレンジ色した金融専門紙「FinancialTimes」を読むことは殆ど無かったのである。そればかりではない、金融専門の情報例えばBLOOMBERGも見ることは無く、一般紙のTimesを読み、国会中継を熱心に見るのが日課であった。彼の専攻は古代ギリシャ史、何ら金融とは関わりの無い世界である。一般的にMBAや数学・物理の博士号を成績優秀で卒業した人たちが集まる業界で、その古代史の好きな彼が勝ち残って行ったのには彼なりの勝算が合ったからだろう。彼と交した多くの会話の中で、僕は一度聞いたことがあった「何故そんな歴史専攻の人間が理数系旺盛の業界で勝ち残れるのか」と。そんな彼の答えは「まぁよく聞け。数ある学問の中で歴史ほどロジカルな学問は無いのだと。それに比べれば数学の計算式を解くくらいのアルゴリズムは簡単なものだよ」と。歴史家の一番大変なことは事実が点として証明されていると言う事である。その事実を線で結んでいく仕事がある意味では歴史家の仕事なのだ。そこには事実に基づいた推測と想像を屈指して行なわれる思考がある。但し想像力がありすぎて他の歴史の証明された点を通り越してもいけない訳だ。なんと難解な数式を解いているのだろう。だから彼の欲しがるのは人が描いた線をなぞるような情報ではないのである。むしろその線自体が間違っているのではと懸念している訳である。彼の欲しい情報は「間違いの無い点の情報」なのだ。誰かが与えてくれる計算式ではなく、その式の正しさを理解する、時によってはその間違いを指摘する能力と正しい事実のヒントに基づく線を描く能力が彼には備わっているのだろう。この思考回路を兼ね備えた彼は、大学時代、金融業時代、そして今の起業家時代を通してもちゃんとした結果を収めている。恐らく彼の人生そのものが、その難解な方程式を解きながらの日々なのだから。
2005.06.30
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どんなに大きな大河でもその源流では滴り落ちる水の一滴が土の中から染み出て来るそうだ。ほんの数日前話をした友人がそんなことを語ってくれた。何時も的を得たことを語ってくれる彼のその言葉が何故か美しく僕の心の中で響き今この文を書いている。人と人との出会いもある意味ではほんの一滴から始まるのだろう。最初はそんな関係になるなんて思わない出会いもいっぱいあるだろう。「あいつと結婚するなんてあの時は全然思わなかった」なんて話も良く聞くような気がする。翻って世の流行なんてのもそんな感じだろう。街角でストリートライブしながら人気の出た有名歌手。古くはキャバーン時代のビートルズなんてのも、矢張り「源流の一滴」の話となる。今立ち上げている事業もまだ「源流の一滴」だ。しかし、いつかは大きな大河ように静かにされど力強く流れて行きたい。そんな夢を皆見つづけながら今を生きているのではないだろうか。だからこそこの言葉が心に残っていたのだろう。「源流の一滴」何時までも大切にしておきたい言葉の一つとなったような気がする。
2005.06.29
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面白い話がある。統計の話。矢張り皆がどう考えているかを聞きたがるのは人間の本質だろう。まったく統計を気にしない人間なんていないと思う。先日の飲み会の席で自分の周りの人をどう評価して、周りの人が自分をどう評価しているのか比べると面白いなんて話をしたことがある。やっぱり皆気になるのだ。それでは男が男をどう思い、女が男をどう思うか、或は女が女をどう思い、男が女をどう思うかの統計を取ったらどうだろうか。きっと面白い結果が生まれるだろう。そんな統計の最たるものがある。それが男女の生まれ変わりに関する統計である。過去五十年近く、生まれ変わったらもう一度男性になりたいと考える男性の比率はほぼ9割で変わらずにいる。つまり男性が思う男性の価値観とは過去半世紀に渡り全く変わっていないのである。それに対し50年程前に生まれ変わってもう一度女になりたいと考えていた女性がたった二割しか居なかったのに、今では7割ほどの女性がまた女性に生まれ変わりたいと考えているのだ。この女性が思う女性の人気は一体どうなっているのだろう。女性の世界では女性の価値が右肩上がりに上がりつづけて半世紀なのだ。是非、このグラフを見て欲しい。僕が今思うのはこの右肩上がりの曲線がある一定のレベルで固定化しそのレベルで横ばいになるのではないだろうかと言う事。そしてその期間が続くうちに男が男になりたいと言う比率が右肩下がりで下がりつづける時代が来るのではという事だ。もしかすると二十世紀の後半に僕達は「男と女」ではなく「女と男」と言う表現を主に使う時代に突入しているのではないだろうか。男女関係ではなく女男関係。そんな時代もまた楽しいか。そう言えば最近女に生まれればよかったなんて思えるような気もしないでもない。
2005.06.28
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アラスカや南極沖では夏になると鯨の群れが集まる。餌としてのオキアミを食べにやって来るそうだ。そこで数ヶ月の内に一年中の食料を食い貯して、冬の間は暖かいハワイ沖等の海に戻り、子育てをするらしい。同じような生活習慣が、渡り鳥等にもある。生活活動の中心は矢張り餌と子育てである。何千キロと言う距離を命を掛けて移動するのだそうだ。なんて無謀なバカな鳥たちだろうと思う人もいるだろう。でも鳥たちには鳥たちの理に叶った生活の知恵があるに違いない。もう何年も前から人間もそんな回遊動物になったら良いと思っている。現代文明は人間に鯨や鳥のように、いやもっともっと簡単に地球上を短時間で移動する術を与えてくれたからである。古の頃には遊牧民と呼ばれた人たちもいるのだから、僕達のDNAの中には必ずそう言う性質が備わっていると思う。日本の夏は湿気が多くて過ごし難い。そんな夏の間にもっと過ごし易いアルプスやロッキーの山の中に移り住み季節がよくなる頃また戻ってくる。こんな快適な生活を否定する人はいないだろう。子供達を生み、身育てる環境はとても大切だ。環境が良ければその数も自然と増えるのだろう。なんかのマウス実験でもストレスを受けるマウスは子供を作らなくなるといっていた。そんな環境は僕達の都会生活では常識である。党利で東京の出生率も下がる一方なのだろう。以前「高齢化社会」で書いたように地方でこそ子育ての環境整備を奨めるべきである。少なくとも幼児期までは。都会生活はその後でも十分だ。そのために数年単位で回遊する人たちが増えても良いだろう。ちょっとした知恵さえあれば、現代社会はそれを可能としてくれる。問題はそのための機動性なのだ。遊牧民が遊牧できるのはその機動性である。会社都合で移動させられることもままある話だろう。そんな経験の中で、偶然に回遊生活を積み重ねている人たちも沢山いるのだろう。ふと己を省みれば、もう三十年程の間、数年周期で回遊をして来た。幾つかの国々を何年か起きに移り住んできた。そんな実生活の反映が僕を鯨にしてくれたのだろうか。これからはそんな偶然ではなく、積極的に回遊をして欲しい。遊牧民になって欲しい。今の社会で未だ足りないのは、そのための意識だけではないだろうか。
2005.06.27
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この時期になると何時も話題になるのがサマータイム。僕は大いに賛成派の一人。第一の理由がその経済効果。そして二番目が文化的(社会生活的)余裕に繋がるから。経済的な意味からすると、ロングウィークエンドも賛成派。近年月曜日に休日を当てて三連休が増えてきたけど、これはいいこと。三連休で今までになかったレジャー客が発掘されるから、観光業界が潤うのは良い話。三日も休みが続けば国内旅行は絶対に増える。序でに言うとホテルの料金を一室家族料金(カップル料金も)と言うのをもっと増やすべきである。何時までも人数分の値段で取るのはおかしいでしょう。その経済効果に興味のある方には、別途お話するけど、これが無いと三連休の効果かあまり出て来ない。さて、本題のサマータイムの経済効果はと言うと、アフターファイブの産業が潤うこと。今まで問題にされていたのは「夜が長くなると仕事を長くする」と言う悪循環説。でもそれはもう成り立たないと思う。なぜなら、だらだらと時間だけかけるような仕事にお金を払える企業なんて今時そんなには無いでしょう。5時か6時に会社を出てそれから4、5時間明るい中に出来ることはいっぱいある。たとえばスポーツ。会社帰りのテニス、フットサル、公園での余暇。大いに結構。今まで週末にしかしなかった事を会社帰りに大いにすべし。そうすることで週末の新たな需要も開発できる。このような需要を見越して、新たにプライベートセクターによる環境整備を行なえばさらによし。都会のインフラ整備にももっと税制優遇を行なえばその効果が増える。別に公共事業にお金を掛けなくても出来る経済対策はいっぱいある。一般的に日本人の生活パターンは夜型が多い。それは朝リフレッシュ出来ずに遅くスタートすると言うのが原因の場合もあると。ところがサマータイム導入で夕方のリフレッシュ時間が充実すると、翌朝は朝早くから仕事に精を出せるようになるかも。今までの夜型社会の一部は朝方に移行するかも知れない。その結果、今まで7時以降しか開かないお店、例えばスタバが朝6時スタートになったりするかも。ならば早朝の産業まで潤う事になる。シアトルでコーヒーショップが軒並み5時からスタートするのは良く知れている話(それには多少西海岸得意の理由もあるけど)。以前「PlayHard!StudyHard!」でも書いたけど、仕事にはメリハリを付けるべき。オンとオフのメリハリを付ける為にロングウィークエンドやイブニングタイムは絶対効果がある。此処は是非とも「PlayHard!WorkHard!」と行きたい。それにしても日本の熱い夏、もっと思い切った夏休みの使い方があっても良いのではないだろうか。この辺りの話はまた後程書いてみましょう。
2005.06.26
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都議会議員選挙が迫ってきていると言う。このレベルの選挙だと関心も薄く投票所に行っても誰に投票していいのか分らず政党名で入れてしまったりすのはよくある話ではないだろうか。土曜日の午後強烈は日差しの中昼に出かけと案の定大通りを通る選挙カーから候補者の名前の連呼をしている。「うるさい!このくそ暑い時にはた迷惑である」そんな気持を心に抱いて歩いているのは僕だけではないだろう。民主主義の話を以前何度かしている。ただ自分の中で思うことは政治は生活の一部だと言う事だろう。この世で確実なことが二つあると言われる。一つは「死」であり、もう一つが「税金」だと。なんと暗い表現だろうか。如何にもイギリスのブラックユーモア調のこの言葉に秘められた意味は深い。税金は人々の生活に深く関わる事だ。毎日食事をしたり、仕事をしたりするのと同じくらい生活の一部になっている。なのに日本人の多くがそれを語ろうとしない。そんな人たちに良く話すことが外国で暮らした時のパブでの会話である。よくある話題は趣味や家族の話である。ゴルフとか次のバケーションの話なども良くある。そんな環境に慣れてない日本人が話しに困るのは別に語学力だけのせいでも無いのだ。そんなパブの会話で欠かせないのが政治の話である。彼らのパブの話題に何時も一定の割合で出てくるのが政治なのだ。地方選挙になると必ず知り合いの人が関わっていたりする。だからタウンミーティングに行ったりする機会も増えるだろう。駅前の拡声機で「一方的に流す押し付け政治なんてもうゴメンだ」と思っている人も多いだろう。みんなでタウンミーティングに参加して欲しい。選挙カーは名前の連呼ではなく、何時何処でタウンミーティングをしているか言ってくれた方がよっぽどマシではないだろうか。そんなに自分の名前が売りたければ、渋谷の交差点ででもストリーキングしてから選挙に臨めば良いだろう。ラウドスピーカーの連呼だけはもうゴメンだ。
2005.06.25
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最近気に入った本がある。渋沢健氏の「シブサワレター」だ。彼が1997年から六年間書き溜めた手紙を集めた本である。この時代日本は金融危機に直面していた。当然来るべくして来た危機であるがそれで職を失ったり人生の方針を大転換した人たちも多くいるだろう。健氏は渋沢栄一氏の孫の孫である。つまり栄一氏から数えて5代目となるサラブレッドの実業家である。恐らく幼少の頃から素晴らしい環境で育ちその資本主義に対する意見などはとても参考になる。その辺りは先日「ペーパー資本主義」でも語ってある。良く隔世遺伝という言葉が在るが案外渋沢家でもそれは言えているかも知れない。つまり三代目は日銀総裁の渋沢敬三氏でもある。そんな彼が「投票権は権利ではなく義務である」と言っている。僕は彼と同世代である。だから、氏の言う事は良く分るし殆ど同意することばかりである。こんな氏も確か37歳になるまで投票したことが無かったそうだ。それ以前は、「一人の票ではどうしようもない」と言う考えだ。日本の投票率が低いのは良く知れている。僕自身もこのことに関しては「ペーパー民主主義」という言葉で良く話しに出す。僕が始めて投票したのも二十代後半であった。だから参政権を貰って10年近く権利を行使しなかったのだ。民主主義国家についてはまた後日書くとして、「投票権は義務」と言うのはとても分り易く的を得た言い回しだ。しかし、厳密には民主主義に参加することが民主主義国家の国民の義務なのではないだろうか。さぁみんなで民主主義に参加してみようではないか。
2005.06.24
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タイトルにしてみるとなんとも気分が良いものである。もう少し言えば「ブラジル2-3ジャパン」だとジャパンのフォントが大きく見えるから不思議だ。まぁそんな日も、これから長いフットボールの歴史の中でいつか訪れる日も来るだろう。正直言ってこのコンフェデ杯は面白い。何となくジャパンがW杯の決勝トーナメントに進出したような錯覚に陥らせてくれるからだ。来年のドイツでも恐らく決勝トーナメントになるとこのようなチームと戦わなければならない。だから正直言って今回は結果はどうであれ、それまでの修正点がハッキリすれば言いと思っていた。そしてその課題をジーコ氏が如何にドイツまでに達成するかが氏の力量の見せ所だと思っていた。そう言う意味では結果が0-3でも内容によっては言いと思っていた。一方もう一つ大切なことがあると思っていた。それはW杯の決勝トーナメントに入ったときには相手が「日本手ごわし」と思う状況をここで作って欲しいと思っていた。そう言う意味では1-1-1は「十分日本の存在感をアピールできた結果」になったと思う。終わってみれば初戦のメキシコ、1-0で勝てなかったのが大いに痛かった。「まぁブラジルに勝ったメキシコなんだから負けても」と言う考えもあるのだろうが一旦リードした試合を「守りきれない守備」(例え引き分けでも1-2-0でブラジルより上になったのだから)。そして最終的には得失点差で敗れた、つまり「得点力不足」がジャパンの来年までの課題なのだろう。それがハッキリしたこのコンフェデ杯は大いに意義のある3試合であった。出切れば八月のイラン戦、高原、大黒のツートップなんてのも見てみたいものだ。この勢いなら3-0もあるのではないだろうか、或は1-0で守りきるのか、お手並み拝見と行きたい。
2005.06.23
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最近人の「縁」に結ばれながら大きなうねりの中を回遊している自分に気付いている。そんな流れの中でお互い助けたり助けられたりしながら生きてみるのも心地が良いと思えるようになってきた。確か以前「年下の友」で書いた居候君が面白い話を持ってきた。なんと音響システムの発想を大転換した素晴らしいスピーカーの話である。元々メカに填まって何十万、何百万かける事は似合わないタイプの人間である。恐らく数億円の資産が出来た頃にはポルシェにでも乗ってみたいと言う気持はあるけどやっぱりその時になると「Z辺りで満足して差額でなんかの事業を始めてしまったりするのかなー」と漠然と考えたりもしている。ともかくこのスピーカーは凄い。音の原理は、収音=>録音=>拡大=>発音と言った感じではないだろうか。その集まった音を再現する為に20~20,000ヘルツ(?)の音をシンセティッックに作り上げるのが今までの音響設備の常識だったのだろう。その発想を180度転換させたのがこのスピーカーの凄さだ。つまり簡単に言うと収音機(マイクロフォン)で取った音を録音してそのまま収音機と同じような(マイクロフォンのような)スピーカーを通して発音すると言えば分り易いと思う。そんなバカなと思うかも知れないが実はマイクロフォンはスピーカーになると言う実験を昔したことがある人は直ぐ分って頂けると思う。そのスピーカーを作る人が大和の古の地、奈良にいらっしゃる。前置きは長くなったが間もなく古希を迎えると言うこの社長「可也の頑固者」とお見受けした。その彼と色んな話をしながら語った事を幾つか書いてみたい。先ずは僕の自己紹介。音響機器の何も分らない僕が先ず彼に語ったのは「本物を見極める眼力は在る」と言う事。つまり彼のスピーカーは本物なのだ。だから惹かれる。次に語ったのは、僕はブティックスタイルのビジネスを得意としていると言うことだ。今まで良く「ブティックVsデパートメント」の話をして来たが、彼は同じ事を「朝市Vs農協」と言っていた。良く分る話だ。農協と言う箱とブランドで野菜を収めればそこそこの売上でやっていける。ただ朝市に野菜を出す場合持っていった野菜が全部売れるか、或は持っていく野菜が十分在るかは分らない。どれだけ愛情を持って育てた野菜が、市場で評価されるのだろうと言う不安。そこには起業家のリスクとリターンが伴うのだ。意見の合う人物と出会うと面白い。長引いたミーティングの後彼が連れて行ってくれた蕎麦屋がまた素晴らしかった。こだわりの蕎麦屋。全て手仕事で麺作り、タレ仕込みをしている。何も言わなくてもお互い分かり合えるものがそこには感じ取れていたように思う。
2005.06.22
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「DNA」と言う言葉が市民権を得るようになって、恐らく20年は経つのではないだろうか。正確には「deoxyribonucleic acid」と言うらしい。一方、例えば「DNA鑑定」と言った生物学的使い方ではなく、隠れた或は潜在的能力を示す比ゆ的な使われ方もまま在るだろう。この比喩的意味での「DNA」を少し考えてみよう。一般的に日本人は「勤勉」だとを良く言われる。満員電車なんか乗っているのを見ると「忍耐強い」とも言えるだろう。「出る杭は打たれる」的社会通念が長きに及び個性を押し殺されている日本人って言うイメージが良く当てはまる。だけど日本人ってそんなに非個性的なんだろうか。以前「自和」でも書いたけど日本人とは元々は「自己」つまり己を持った国民だと思う。フリークとかマニアが良く当てはまるのも日本人の特性だと思う。もう十数年前になるけど英国に住んだ事がある。その時初めて納得した事が幾つかある。その一つに「極東」と言う言葉がある。英国人にとって外国はフランスやドイツである。東欧は可也疎遠な国々でギリシャ・トルコはエキゾチックな世界。その未だ向うにある中東なんて想像を絶していて、インドや中国なんて夢の世界の話だったのです。そんな彼らの世界観を遥かに超えるのが極東つまり「Far East」なのです。英語でぶっ飛んでいる事を「Far Out」と言いますが将にその「Far」なのです。だから極限の東に住む日本人は英国人から見ると非常に「Eccentric」な人たち、奇人・変人達なのです。でも標準分布の端の方の人間こそが個性的で素晴らしい人たちだったりもするのです。日本人の生まれ持った性質、潜在的な能力の中にはそんな凄いパワーの個性が潜んでいると信じて止まないのは僕だけでしょうか。
2005.06.19
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日本の救急車が119番なのに北米だと911。「何となく面白い」と昔から思っている人も多いだろう。そんな軽口が使えなくなってしまった事件が2001年に起きてしまった。その年が奇しくも21世紀の始まりの年だったと言うのも、何か新しい時代の始まりを暗示する気がする。それは冷戦終結後の十年強、東の脅威に怯える事のなくなった某軍事大国が新しい時代の最大の敵とみなすテロリストが歴史上最大の注目を浴びる事件でもあった。事件から間もなく4年が経とうとしている。NYのダウンタウンに何度も行った。泊まるのは何時もダウタウン系のホテル。正直言ってミッドタウンのホテルは全然馴染まない。グリニッチビレッジ、ソーホー、イーストビレッジ辺りを徘徊するには矢張りダウンタウンにある、例えばソーホーグランなんてのが良い。そんなある時バッテリーパークシティーに長期滞在することがあった。毎朝、ワールドファイナンシャルセンターまでハドソン川の辺を歩きながら見上げるWTCの威圧感が今でも忘れられない。WTCが攻撃された時、何人かの知人もあの瓦礫の中にいた。あの朝何時ものように出かけた人々、軽くキスの挨拶で別れたり、もしかしたら喧嘩して別れた人々も居たかも知れない。ただ、これらの人たちに共通なのは、皆その日の夜はまた同じ家で顔を合わせるつもりだったと言う事である。そんな何千人もの幸せを一瞬にして奪ってしまった歴史上最大のテロ事件を擁護する人物は居ないだろう。政治的問題は専門の方に任せるとして、僕はこの事件が起きた瞬間、自分の家でテレビ(十チャンネルのニュース)を何時ものように見ていた。その時見た次々と起こる目を疑いたくなるようなシーンは一生忘れることもないだろう。そんな日の翌日僕は会社に直ぐ出勤しなかった。あれだけの規模のテロなら東京の都心で何が起こっても不思議ではなかったからだ。インターネットから情報を得ながらどうするか考えていた。考えながら気になる事に思いついた。CNN、NYタイムズ等の一流メディアが揃ってテロリスト攻撃を表現して「KAMIKAZE」と言う言葉で報道していたのだ。僕の心の自分が大きな声で「ちょっと待てよ」と叫んでいた。話を変えるわけではないが昨年の12月のインドネシア沖地震による災害の報道で、矢張り「TSUNAMI」と言う日本語語源の英語が良く使われたのとこれとはまったく意味が違うのだ。そんな中で確かに米国人の気持も判らなくもないと考えた。正直言って第二次世界大戦当時の日本人が叫んだ「天皇陛下ばんざ~い」と言う言葉と「ジハード」と言う言葉がダブって聞こえる時も在るだろう。そしてさらに考えた。何故小泉純一朗首相が直ぐに専用機で飛んでいかなかったのかと。別にブッシュにそんな表現をするなとわざわざワシントンまで出向いて欲しい訳じゃない。むしろそんな次元の低い問題はワシントンの日本大使館に任せ、彼にはバグダットに行って欲しかった。まだアメリカがアフガン進行する前である。時間はあったはずだ。そしてサダムフセインと指しで話、60年程前の日本と当時のイラクの共通点、そして如何に日本が復興再生したかを語り、米国軍の侵略を回避を促すべきであったと思う。日本の首相が世界史の表舞台に立つチャンスなどそんなにある事でもない。その機会を見出せず米国一辺倒の政策しか打ち出せなかったこの国首相の政治力のなさ。この国の政治の脆弱さに怒りを感じる日本人が多くなればきっとそんな素晴らしい事を成し遂げる日本の首相も将来出て来るかもしれない。その時には日本でのノーベル平和賞受賞者がもっと増えるだろう。日本はもっともっと平和主義を世界に語るべき国ではなのだ。
2005.06.18
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不思議な話だけど、「自分に投資する」と言う言葉がある。この言葉の意味は「自分の将来の為に成るような事を今しなさい」とでも行ったところだろうか。とても良い言葉である。一方、もともとの意味は金融用語で資本の「リスクを負いながら利益を求める事」を投資と言う。先日書いた資本主義の定義が曖昧なまま100年以上の年月が流れた日本社会。そろそろこんな簡単な言葉でもジックリその意味を考えてみてはどうだろうか。一般的にまだまだ日本社会で投資を日々の生活の中で考えている人は少ない。例えば、自分の会社の株価を言える人は何人いるだろうか。昨日の引け値が上がっているのか、どれくらい動いて、どう言う理由だったのか。これが大いに売られている場合などは生活に直結する深刻な問題である。以前幾つかの会社に勤めたことがある。いわゆる大手企業で暖簾が100年以上も続いた立派な企業ばかり。その中で一度だけ日本の企業にいた事も在る。日本の企業にいた時の一番の違いは社員があまり自社の株価を気にしないこと。外資系の企業にいる時は毎朝のように株価を語り、四半期の決算や大切な発表があった時等は、CEOの言動を社員が夫々評論家のように語り合ったりしていた。自社株持ち株会等に投資している者の中には、自社株の株価が調子良いとここぞとばかり売りに出ていた。会社の持ち株会、預けた資産が株式投信に入っていたり、みんな意図せずとも投資はしている場合が多い。自分の年金は全て誰かが運用と言う名の投資をしてくれている訳である。だから日々の生活と投資は本当はきっても切れない関係にある。家を買うのも大きな投資である。家具や骨董品もそうなる場合がある。むしろ社会人学校に事業料を払っていっている人たちが、それを「自分への投資」と言いつつ、むしろ社交場の交際費のように使っている場合、それは「投資」ではなくて「消費」だろう。元々意図した意味合いにならない場合などは「消費」が「浪費」になっているかも知れない。何故か急に「自分に投資する」と言う言葉の響きが濁って来たように思えてしまう。気持の良い投資をして行きたいものである。
2005.06.16
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最近都内の公園に良く出かける。元々公園には良く行く方だ。コンクリートから逃れて土や木々の匂いや感触に触れるのが好きだからだと思う。体と心のストレス解消を考えて越えんでのジョギングもまた始めた。梅雨と言う事もありすっきり晴れた日と出会う事は最近滅多に無いけれど、そんな曇り空の下朝早く走りっていると嫌な事を暫く忘れて普段考えないような事を不思議と思い出す。矢張りアスファルトの道を避けて芝生の上を走っていると曇り空の下と言うのに急に明るい場所に出た。しかも木の下と言うのに。そこは楓の木の下なのだ。新緑の楓の木の下はその明るいみどりの葉の色が光に溶け込んでとても明るく見える。なんとも不思議なスポットなのだ。最初は何の木か判らず幹の近くまで来てから上を見上げると、子供の手の平のような若草色の楓の葉が何千と並んでいる。見事な色合いだ。昔から新緑の緑が大好きだったけど楓の新緑がこれほど奇麗だとは知らなかった。そしてここに楓の木があることすら気付かなかった。秋の楓は勿論紅葉である。春の桜のようにその美しさで人々を魅了する。だから秋になると楓は皆の注目の的である。そんな楓の春。実はその薄緑色の光を楽しむなら紅葉に勝るとも劣らないくらい素晴らしいのである。何故かとても得をしたような楽しい気分になった。
2005.06.15
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「高齢化社会」と言う言葉はよく日本の社会問題として出てくる。ただその言葉の踏んでいるニュアンスが何故か暗いイメージだと思うのは僕だけだろうか。高齢化と言うのはある意味では長寿国の標のようなものなので本当はもっと明るいイメージがあるべきだろう。問題なのは少子化とある意味では同意語に成っているのが問題のような気がする。例えばどんどん寿命が延びても子供がそれ以上のスピードでどんどん増えつづけるなら人口の平均年齢はむしろ下がっていく。だから高齢化に悩む国こそ出生率、或は移民の拡大を図るべきだろう。移民の話は後日またするとしてこの出生率の低下こそが今の日本のデモグラフィーの中で最大の問題だと思う。寿命が延びて出生率が上がると言う事は人口が一気に増えると言う事も意味するのである。実は日本の人口127百万人は世界の中で9番目に多い国だと言う事を皆さんはご存知だろうか。トップテンの一国である。日本人の数を増え世界の平和に貢献できるのであればこんなすばらしいことは無いだろう。ある意味では下手なODAよりも世界に対する貢献ができると思う。そのための施策として、取り合えず人口の3分の1を占める首都圏において「高層ビル内には最低1フロアーを託児所のスペースとして確保することを義務化する」なんて法律作ってみては良いのではないでしょうか。トラックの排ガス規制も悪くないがもう少し社会の根本的な部分を考えてみても良い時がとっくに来ている筈だ。他には全国一律ではなく地方での子供の補助金、助成金の優遇。地方こそ子供を増やす環境が整っておりそこで多くの子供を育てる環境作りをして欲しい。是非とも実現して欲しい政策の一つである。
2005.06.14
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固定電話を入れない世代が増えていると言う。確かに携帯電話の利便性、固定電話との重複点等を考えると、その必要性がそんなにあるとも思えない。一時期TV付携帯電話が持て囃されたり、インターネットを携帯で検索・閲覧したり、メール機能が充実してくればPCすらも、その内固定電話化する事が考えられる。この様に情報・通信機器の一極化(現時点では携帯集中)により既存の情報・通信機器の必要性が少しずつ減ってきている時代に突入している。まだまだTV、PC、固定電話の利点はあるにしても、それらから離れていく人たちが多くいるのも事実であろう。僕の回りにも最近TVを見ない人が増えてきた。いや実際持っていない場合もあるのだ。必ずしもNHKの通信料が嫌いとか、ケーブル料金高いと言った理由だけでなく、その必要性をあまり感じないからだろう。元々流行ネタに弱い僕が友人たちに話していても「私TV見ないから」と軽く流される事がままあるのだ。ではいったいTVを見ない人たちはどこで情報を得ているのだろうか。活字、インターネット、ラジオ等が主な情報源だろう。活字自体もインターネットにシェアを奪われつつあるがその特色を活かせば矢張り無くならないメディアの一つだろう。それならラジオやインターネットの情報提供をもっともっと充実すべきではないのだろうか。ラジオはPCを見ながら聞けると言う利点がある。また、この様なBLOGが人気なのもある意味では双方向のメディア時代になっているからだろう。元々メディアの受けてだった人たちが、自分の好きな情報を発信するようになり、一方情報の受けては数ある情報のカテゴリーやスタイルの中から自分の好みの情報を検索や口コミで見つければ良い時代が将に訪れている。情報のカスタムメイドの時代とも言えるだろう。そう考えると一方的に押し付けてくるTVの人気が下がっているのが良く分ってくる。
2005.06.13
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最近、好きな人物がいる。先月古希を迎えた頑固親父である。まだ知り合って短いが恐らくその内彼のことを恩師と呼べるようになる日が来るだろうと言う事を感じる今日この頃である。彼はよく本を読み、よく物を書いている。このBLOGが始まったのもある意味では彼の影響が大いにある。そんな彼の家に伺ったのはもう一月も前のことGWの真っ只中であった。その彼自慢の家は総木造りであり、その書斎に入り、3冊の本を書棚から借りてきた。今はその三冊目を読んでいる訳だが、この本は19世紀の企業家の五代目が書いた本である。実に資本主義の真髄に迫った素晴らしい本である。その中で語られる幾つかのイデオロギーの一つに資本主義がある。日頃から日本社会の中で暮らしながら、日本はペーパー民主主義、ペーパー資本主義の国だとよく友人知人に語っている。その心は勿論ペーパードライバーのように「資格を持ちながらそれを行使することがない」という意味である。序でに語ると日本社会の中で、資本主義と民主主義の違いを分っている人がどれ程いるかという懸念が大いにある。それはともかく資本主義について少し語ろう。明治維新の頃に入ってきた新しいイデオロギーはこの頃訳されたり定義を定めたり去れているわけだが、上記の本の著者は、資本主義をこの様に語っている。つまり恐らく当時の時代背景を繁栄して、「資本主義」とは「マルクス」主義に対峙するイデオロギーだと位置付けてあると言う事である。この定義を聞いて僕は「目から鱗が落ちた」ような素晴らしい表現だと思った。例えば広辞苑でその定義を引いてみて欲しい。そこでは資本家と労働者という階級制度を前提に、労働を提供する労働者対利潤を追求する資本家と言う可也歪んだ定義がなされている。消費者の話もなければ、経済の効率性の追求も無い。一世紀以上たった今ですらその定義を現代的に書き直そうとする努力すら聞いた事が無い。この国に必要なのは憲法書き直しなんて事より、先ずは広辞苑の明治思想の書き直しではないだろうか。定義すら判らないのに資本主義の運用なんてありえない。
2005.06.12
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ブルガリアと言えばヨーグルトと相場は決まっている。代々木のとある道(地元では地蔵通りとも呼ばれる場所)に小さなヨーグルトバーが出来てからもう一年は経つだろうか。静かな店内で優しい笑顔で受け答えしてくれる店主はブルガリア人である。最近では疲れ果てた週末など心と体を労ってか、自然と足が向く場所になっている。先日もそんなお店にヨーグルトを食べに立ち寄った。この精製されていない自然のヨーグルト菌はとても元気で、胃腸への効能が強いとか。味も酸味が強く、トッピングに載せてくれるバラジャムと素晴らしく相性が良い。そうバラのジャムである。このピンクのバラ、実はダマスク・ローズと言う鑑賞用では無く産業用のバラである。日本ではあまり耳にしない産業用のバラ。つまりシャネル#5に代表されるバラベースの香水や、バラ水、バラジャム、そしてバラジュース等の産業用に使われる養殖のバラなのである。ここで言うダマスクとは、日本でいうシリアと言う国の首都ダマクカスのペルシャ語読みである。だからダマスク・ローズはダマスカスで取れるバラ、広くトルコ・ギリシャ・ブルガリア等でも取れる、セントフォリアやローズガリアと並ぶ、香りの強い品種である。今ではブルガリアの首都ソフィーの東200キロにあるバルカン山脈の南斜面に広がるバラの谷が世界で最も品質の良いバラの栽培地と言われていて、ブルガリアの大切な輸出産業品の一つでもあるのです。バラの効用は多岐に渡ります。花弁を食べる事は美容効果があるとも言われています。一方、精神安定剤としてバラジュースを飲んでいる人も居るそうです。独特の香りと味がストレスを溶かしていくのです。ご存知のようにブルガリアは日本と並ぶ長寿国。皆ヨーグルトの効用で長寿だと思っているかもしれないけれど実はバラの影響も大いに在るのかも知れません。
2005.06.12
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もうこの言葉を使うようになって何年になるだろうか。これは経営の手法の一つとして使っている言葉です。皆さんご存知のようにJリーグが発足したのが93年もう12年も前のことです。当時海外生活をしていた僕にはそのフェスティブな時代は分りません。ただ、90年代後半になり、金融危機で大手証券、銀行等の金融機関、さらには日産自動車と言う大企業までが倒産或はその危機にさらされ、外資(西洋式経営)に救いを求めざる終えない時代が到来しました。そして、カルロス・ゴーン氏がルノー社のもと日産自動車を再生した事でまるで日本のヒーローの様に取り扱われるようになる頃、そう今から数年前(おそらく98・99年頃)から「Jリーグ方式」と言う言葉を経営用語とし使うようになりました。意図することは簡単。つまり経営を経営のプロに任せるか否かです。日本のプロ野球機構の経営が日本式なら、フットボール協会は西洋式(本物の経営)です。プロ野球の球団が助っ人と言う名のもと、メジャーリーガーの海外プレーヤーを雇い入れて久しい一方、監督はと言うと幾つかの例外(古くは70年代にも広島がルーツ監督を雇ったことはあった)を除いて組織的に積極的にプロの監督を勧誘することは在りません。バレンタイン監督が持て囃される今ですら、プロ野球界にはJリーグ発足当時の確りした経営ビジョンは在りません。93年のJリーグが当時世界的レベルのプロリーグ発足をその経営ビジョンにおき、世界的レベルの選手のみならずコーチたちも呼び寄せた。つまりプロの蹴球団をマネージする為には「そのプロ」が必要だと考えたのです。彼らは真のプロリーグの「プロのコーチ」として雇われたのです。翻って日本のプロ野球界、いや経済界ですら、その経営者たるや、本当の経営者が何人居るのでしょう。今でもいわゆる日経225の会社の中に本当の経営者を抱える企業が何社あるのでしょうか。勿論最近SONYのCEOがハワード ストリンガー氏になった話は記憶に新しいと思います。何故、このような人事が日産であのような経営危機になる数年年前に行なわれなかったのでしょうか。会社は株主の為のものであり、経営する経営者たちのものではないのです。経営陣の経営のプロを積極的に雇い入れる勇気が90年代当時はまだ無かった。いやその勇気をもつ一流企業は今でもほんの少数でしょう。SONYの勇気英断がその一流主義を誇示しているのが眩しく見てしまいます。世界に誇る金融、株式市場を目指していたなら、Jリーグがそのための選手(社員)とコーチ(経営陣)の両方に本当のプロに求めたように、その経営者を国籍等考えず真のプロに求めるのは当然のことでしょう。しかしそれが叶った金融機関は破綻したものばかり、日産以下の状態になった金融機関ばかりです。日本の脆弱な資本主義が余りにも恥かしい。
2005.06.12
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ジーコ語録を書いた序でに、もう少しジーコジャパンについて突っ込んで書いてみよう。掲題の数字だけを見るとやっぱりジーコ日本は素晴らしいんだ思いたくなる。つい先日ペルーとUAEに連敗したことすら忘れてしまう御仁も大いにいるかと思う。では12敗の内容をもう少し見てみることにしよう。アルゼンチン3敗、以下韓国、フランス、コロンビア、セネガル、ハンガリー、ドイツ、イラン、ペルー、UAEとUAE以外はW杯に何時来ても良いような名前ばかりである。一方29勝の内訳の殆どがFIFAランキングのずーっと下の国(例えばインドやシンガポール等)ばかりである。対フランス戦は可也不満の残る試合だったが、矢張り世界の強豪と当たった時の日本代表の気後れムードは皆も感じるところじゃないだろうか。16日から始まるコンフェデ杯は、メキシコ、ギリシャ、ブラジルとW杯の前哨戦としてはもってこいの相手ばかりである。しかもW杯では決勝トーナメントに進出してもおかしくない名前ばかりである。この3戦をせめて一勝二分け、できれば三連勝して準決勝、決勝まで進み、2006年ドイツW杯に日本要注意の前評判を作り上げて欲しいものだ。そして、世界の強豪とも対等以上の関係にあるんだという胸を張ったジーコイズムを日本代表には貫いて欲しい。その心こそが日本でプレイ、指導してきたジーコ氏が日本にもたらそうとする本当の価値なのではないだろうか。
2005.06.11
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スポーツの世界では「名選手、名監督にあらず」とよく言われる。確かにスポーツや芸術の世界ではその才能に秀でた選手がその世界で活躍することはある。いわゆる天才肌の選手である。しかしそう言う人たちは自分の才能を若い選手に受け渡すことが出来ずに終わることはよくある話だ。一方、本当のその世界のプロはそう言う懸念は少ないと思う。つまり天才ではなくでその道のプロとして活躍した人たちである。1953年3月3日生まれ、フラメンゴで22年、途中イタリアのウディネーゼで二年活躍、通算508ゴール、代表ゴール66得点のジーコ氏。「白いペレ」とまで呼ばれたブラジルの英雄が、選手時代の晩年何故晩年日本に来たのかは、僕には分らない。恐らく金に惹かれてきただけかも知れない。住友金属(現鹿島)に入った彼が当時日本のサッカー界、日本社会をいったい如何思ったのだろう。何れにせよ彼は日本に来た。そしてフットボーラーとして何かを感じたに違いない。94年の引退後も鹿島を通じて日本に残り、2002年のW杯の後、彼のフットボーラーとしてのプロフェッショナルリズムを遺憾なく発揮する場として代表監督という場を得ることになる。彼はフットボールの天才ではなく、フットボールのプロなのだ、本物のフットボーラーなのだ。ジーコ語録を拾ってみよう。代表就任の言葉は「日本のフットボールを発展させたいから要請を受けた。私の最大の目標は日本代表を06年W杯へ導くことだ」と語っている。正論だろう。その立場にいたフットボーラーなら当たり前のコメントだろう。本物の良さは本物にしか分らない。2004年2月26日、トルシエジャパンに慣れていた日本人ファン達がジーコ解任のデモを行なった後に彼はコメントしている「何時でもクビをかけている。日本の大多数の人がそう思うなら、監督に固執しない」と。如何にもプロの言葉らしい言葉だ。自分の仕事に誇りを持ち、その責任をハッキリするのはプロとして当然のことだ。だけどさらに素晴らしいのは、彼がボスとして認めていたのが日本フットボール協会ではなく、無形の日本のフットボールファンだと言う事だろう。先日の北朝鮮戦が観客なしで行われたことに対し彼は「ファンが可哀相だ」と述べてもいる。そんな彼は大事な試合前の先発発表は何時でもハッキリとしてきた。先日のバーレーン戦を前にして「皆さんを騙し討ちするような早朝練習はしない」と応えたのはご存知だろう。以前先発のメンバーを聞かれ「これまで皆さんをだまし討ちしたことがあるか?」と怒ったことすらある。プロのプライド、目先主義のメディアに対する苛立ちが見て取れる。そんなフットボールのプロとしての彼の本当の真価が問われるのは将に06年のW杯なのだ。そしてその前哨戦としてのコンフェデ杯がもう直ぐ始まろうとしている。この結果次第で彼が如何に日本代表を2006年まで立て直すか、或はそれ以上の結果をもたらすのかが問われると事だろう。プロのお手並みを拝見し様ではないか。
2005.06.10
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最近左眼が痛い。ここ数年来の仕事のストレスが一箇所に集中しているようだ。いわゆるウィーケストリンク。何時も体調が悪い時はどっか一箇所に集中して出るタイプらしい。そんな訳で医者の意見を聞いてみたら右目の視力が落ちているのが遠因の一つだとか。右目の視力が弱いと酷使される左目が痛くなる。一見逆説のようだが、理に叶った説明だと思った。要はバランスが大切と言う事なんだろう。思えばバランスとは二つあるから必要なのだ。視界とは面白い、色も形も目が一つあれば判るのに、二つあることで多様性が生まれる。距離感や立体性が出てくるわけだ。複数とは二つ以上のこと、だから一と二の違いは、二と三の違い以上に大きいという訳。ちょっと言い方を変えれば頑固は単式だけど、ネオ頑固は複式。価値観は一つだけど、それを見つめる目は複数、バイフォーカルの世界だ。ものの考え方も複数形の方がいい。つまりバイカルチャーになることで文化的にも3Dの世界が広がる。以前「180℃と360℃の世界」で書いた文化的多面性を持つことで、単式文化の奥ゆかしさを感じ取ることが出来たりする。例えば、「日本を出て分る日本の良さ」なんかがまさにそうだろう。こう言った多面性を持って分る奥ゆかしさなのだろう。中々モノカルチャーの世界に100%浸かってしまうと分らないものである。一方、一旦複式の視点や考えを持つことが出来るようになると、物事全て多様性をもって見たり考えたりできるようになる。つまり表面的画像だけではなくその裏に何があるかとか、動きの中での映像、時間との融合、と言った3D、4Dの深いものの見方考え方が出来るようになるから不思議である。なるべく早く右目の視力を矯正してバランスのよいマルチディメンショナルな世界を取り戻さなくては。
2005.06.09
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前回の、小・中学校でのスピーチの続きである。実はこの日僕がお相手した小・中学生は英語圏の国の子供たちであった。そこで彼らの発想の転換を計る為に日本語の文字で黒板に縦書きに名前を書いて自己紹介した。勿論夫々の漢字と音と意味を横に並べて教えてあげた。それから姓と名が逆の順番になる事も教えた。序でに手元にあった、最近読んでいる19世紀の起業家の5代目が書いた本を持参して、生徒に縦書きの本がある事、西洋の本と違って表紙が右にある本がある事を紹介した。小学生のクラスではその本を開いて教室をぐるっと廻り一人一人が目の前で見れるようにしてあげた。その時の子供達の大きく開けた口と、円く見開いた目がとても印象的であった。起業家の意思を持つ事はとても大切なことだと思う。生産性を重んじ社会貢献を実感できる非常に良い教育の方針の一つだと思う。そこで重要なのが前回述べた自分の価値観と判断力を磨く事であるが、そこに至る過程で必ず必要になるのが集中力だと思う。子供達に聞いてみた。どうしたら集中力がもてるか。一番最初に出てきた答えが大方テレビを消すとか周りの雑音を無くし環境を整える事であった。恐らく廻りの大人がそう仕向けているのだろう。僕は彼らにはこう話した。やっている事に興味を持つこと。そこで「PALY HARD! STUDY HARD!」と言う言葉と「All study no play makes Jack a dull boy.」と言う慣用句を語ってあげた。子供達の殆どがこれらの言葉の大方の意味を知っていたし、自分の親からもよく言われる言葉だったようだ。その中で一人の小学生に聞いてみた。彼が好きなテレビ番組だ。直ぐ応えが出てきた。その中の俳優が特に好きなようだった。そこで彼にはその俳優の名前をGoodleで検索してもっと彼について知って欲しいと話した。他のテレビ、映画、彼のプロファイル等など調べる事は幾らでもあるかと思った。クラスの皆にはこう話した。「PLAYするのは簡単な事、でもPLAY HARDは難しいよ」と。それから「自分の本当に好きな遊びを見つけなさい、そしてそれを徹底的に遊んでご覧」と。彼なりに分ってくれたようだった。確かに徹底的に遊ぶのは難しい事だ。ただし自分の好きな事(=自分の価値観)を見つける事はとても大切なのだから。そして徹底的に遊ぶ(=集中する事)もとても大切な事なのだ。このことは彼らには少しだけ分ってもらった様に思う。適当に遊ぶ子は、適当にしか勉強しない。これはまるで両手に荷物をぶら下げて歩くような物だ。片方の荷物だけが重いとバランスが取り辛い。両方手に同じくらい荷物をぶら下げた方が歩き易いのだ。授業が終り急ぎ仕事のミーティングに行く為に外に出た僕を担任の先生が外まで来て見送ってくれた。そして最後に一言声を掛けられてしまった、「PLAY HARD! WORK HARD!」と。どうやら彼に一本取られてしまったようだ。
2005.06.08
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久しぶりに教壇に立つ機会があった。中学生のクラスと小学生の高学年の二クラスだ。一応まともなタイトルを付けたいと思い「金融、経済、起業について」と言う題目で話すことにしたが、実は彼らにどうしても伝えたい事があった。それは「資本と債務」の違いである。実は前回の「住宅ローン」の続きのような話なのだが、頭金が資本で住宅ローンは債務(貸し出し)と言う事。これを投資家の立場から考えると、資本は元本保証なし、一方債務は元本が決まっている。先ずは中学生のクラス。資本と債務の違いが判り投資家の立場でどちらが良いか聞いてみた。クラスの担任の先生が貸し出しを選んだ一方、生徒の殆どが資本を選んだのには驚いた。矢張りアップサイドの魅力に惹かれるのは若い特権だろうか。小学生の方はもう少し砕けた話をしてあげる事にした。先ずはスピーチの下準備で検索した「Billionaire」と言う言葉から引っかかってきた数年前の「Forbes」の個人ランキングを紹介することにした。絵に描いたような面白い結果が出たリストであった。先ずはトップ6-10位。これが全て遺産相続者。アラブの王子とWalMartで財を成したWaltonファミリーの子息達。かれらに「Billionaireになる為の教訓一」を教えた。それは良い家庭の中に入ること。其れなりに理解した子供達は養子とか結婚相手を考え出した子もいた。とても面白いと思った。次にトップ5。ビルゲイツを筆頭に軒並みIT関連の名前が並んだけれど、Warren Buffet氏が二番に入っていたのも良かったと思う。彼らには機会があればバフェット氏とJack Welch氏(前GE会長)の伝記でも読むように話をした。残った4人は、全て大学中退と高卒のみの学歴であった。そこで「Billionaireになる為の教訓二」を教えた。大学に行かないことではなくて、自分の価値観を持つこと。つまり起業家として歩き始めた彼らは全て大学と言う既存の価値観には填まらなかったのだろう。そのための第一歩は自分なりの価値観を持つこと、そして自分で判断できる判断力を磨く事である。僕の授業が終りこの日の担任の先生からは丁寧なお礼の言葉を頂いた。出来ればこのようなコンセプトを子供達に与える教育に今後も関わっていきたい。
2005.06.07
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世の中に色々ある借金の中でも何故か「住宅ローン」は別口扱いである。どんなに借金が嫌いな人でもこれだけは別口だそうだ。ただそう言う人は一生懸命借金の支払いに資金を向けると言う傾向があるそうだ。人生の経験の中で、結婚、出産・育児、住宅購入と色々と経験する事で人間性が増していくのだと思う。そう言う意味では住宅ローンの世話になることも人間の成長過程の一つではないだろうか。確かに自分も二十代の後半で始めて住宅ローンを組んだときには出来るだけ早く支払いを終えようとしていた。最初の年のボーナスなんかは殆どそのまま全て借金の早期返済に充てた記憶がある。ところが、その後何度か住宅の転売をして、ローンの組換えをしたころから少しずつ考えが変わってきた。それはキャッシュフローで考える事が出来るようになった事が大きいと思う。簡単に言ってしまえば家賃と住宅ローンの支払額がどう違うかだ(厳密には固定資産税等を均して計算が必要)。このように、キャシュフローに対する感覚が出来上がると、次に考えるのは、取得する不動産への投資リスク、つまりその頭金(資本)に対するリスクを負うことである。だからどの物件を取得するかと言う投資判断が増すことである。これは生活の場と言う意味合いでの物件選定から、投資の対象としての不動産所得に移行する過程と重なっている。個人の資産形成のプランの中の不動産取得、年金の運用、流動資産の株式投資、日本人が今まで当たり前でも余り気にしていなかった事がこんな身近な所にある。それを考える対象として是非住宅ローンを考えて見よう。
2005.06.06
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最近ご縁があり、何人かの政治家の先生のお話をお聞かせ頂く機会があった。その中で一番魅力を感じたのは、80年代に長期政権を維持していた政治家の話であった。彼の話は現代社会を日本史の長い流れから語っていて、その大局観が如何にも政治家に相応しかった。元々その時の話は日露戦争開戦百周年の歴史とその現代社会への影響を語るテーマだったのだが、彼が最初に話したのは日本人の良さ、そしてその特性が「わびさび」にある事。その次に語ったのが今の日中関係であった。話は19世紀の帝国主義、それに追いつけ追い越せと近代化された日本、そしてその結果としての日露戦争での勝利、当時の植民地化されていた国々へ日本が与えた勇気、その世界史的意義、等など多くの話題が語られて行く。そんな中で「何故第二次世界大戦に突入しなければならなかったのか」と言う日本人としては当然持つべき質問が頭の中で広がって行くのだった。その頃の日本をもっと勉強しなければと言う思いで一冊の本を手にした。それは最後の海軍将軍を描いた本で、その中に描かれる対戦前の陸軍・海軍に踊らされていく日本の政治の余りの脆弱が、八十年代のバブルに踊らされていた金融界の貧弱な経営者にダブって見えてしまった。全体主義に走った国の前提には明治維新以来の追いつけ追い越せ主義があったのだろうか。もっと日本史を知りたいと言う欲求が生まれた。元首相の話に出てきた「坂の上の雲」と言う小説がとても気になっている。勿論作家司馬遼太郎氏の作品である。司馬遼太郎氏は色々な歴史小説を書かれた偉大な作家であるが、実は彼の書いた小説で一番近代小説なのがこの小説と言う事である。つまり氏はこの本の後の時代の歴史小説は書いていないと言う。歴史と言うには余りにも近い時代だからだろうか。それともその時代以降小説に見合う政治家が出て来ないからだろうか。昔は恐らくミドル級であった上記元首相がヘビー級に見えてしまう今の世代。もっともっと大局観のある政治家の台頭が待たれる時代になって久しいように思う。
2005.06.05
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芝生が人の生活に余裕をもたらす事を考えた事があるだろうか。最近ベースボールやフットボールでそのグラウンドやピッチの天然芝が良く話題になるが実際に芝の上に立ってみたり、寝転んでみたりすると普段の生活に無い安らぎがそこにある。前日の日記で書いたアメリカンハイスクール時代、実はスポーツばかりしていた。アメフト、バスケ、ベースボール。特にベースボールは一番バッターでレギュラー、打率も良く盗塁はダントツ、良くホストファミリーの父親からファーストピッチ(初球)で盗塁する掛けの対象にされて居たりしたものだ。このチームとは本当に良く溶け込んで州大会の途中で帰国する僕は自分の最終試合が来た後芝生に横になり青空を見つめた。その時、真っ青な空をジェットストリームを引いて飛んでいく飛行機を見ながら現実に帰った。実はこの留学時代大学の進学に迷い一年間じっくり考える積りが結局何も答えを出すことも出来ずに一年が過ぎ去り、今見つめている飛行機に24時間後は自分が乗っていると言う現実に舞い戻ってしまったからだ。その後の日本での生活はまた後日語るとして、それから一月くらいして日本に一つの小包が届いた。その中には二つのボールが入っていた。一つはその後チームが勝ちあがり州のチャンピョンになった時の汚れたボール。もう一つはその時のチームメートとコーチがサインしてくれたボールだった。小包を開けた時部屋の中に微かに芝のにおいがした。良く見るとウィイニングボールには緑色の芝の色が染み込んでいて顔を近づけると矢張り芝の匂いがした。都会に戻りコンクリートに囲まれた生活に戻っていた自分に、その臭いが如何に新鮮に感じたかは中々文章では伝えられないだろう。今は週末などなるべく都内の公園の芝の上を歩く。先日もシートをしいてワインとパンのランチをしていた。芝が与えてくれる安らぎはきっと当時の思い出がその中に染み込んでいるのかも知れない。また、海外に出ると良くバックヤードの芝で、椅子に座りワイングラスを傾ける。これがまた室内では味わえない格別の安らぎを与えてくれる。そんな小さな幸せを追い求めるのが僕の人生のような気がしてきた。
2005.06.03
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今からかれこれ四半世紀も前になる、この時代、高校生だった僕に初めて海外に出る機会が訪れたのだ。丁度80年代に入って間もなく日本が高度成長期を終え、バブル期に突き進む前の時代、まるで嵐の前の静けさがだだよう様な時代だった。訪れた国はアメリカ合衆国、当時の高校生には憧れの国だった。約一週間弱のオリエンテーションをスタンフォード大学で受け、合衆国各地に分かれていった留学生同士が恐らく200名程、その内パシフィックノースウエストの各州に行ったのが約20名程だったように記憶している。まだ語学力が十分ではない現地校での生活は、課外クラブ活動もあって精神的にも肉体的にも限界に近い生活が3ヶ月程続いた。しかし矢張り10代の柔軟さゆえか、その後は新しい生活にも溶け込み、僕のアメリカンハイスクールライフが始まったわけである。アメリカでの生きた英語での生活は、当時は必死の毎日だったが、今にして思えば本当に自分の人生にとって、とても有意義な充電時間だったと思う。それはただ単に語学力が向上したと言うのではなく、文化的に二面(他面)性が出来たことが何よりも大きかったと思うからだ。それまで日本文化しか知らない僕が、一気に西洋社会に首どころか頭の天辺まで浸ってしまったのだから、色んなカルチャーショックがあっても不思議ではなかった。例えばバスケットボール部の同僚が食べるアイスクリームの量。バケツのように大きな入れ物からラーメンの丼くらいあるボールに山盛り分けて食べていた。そんな生活の中、気付いたのが西洋社会にある自由発想のスケールの大きさでもあった。それまでの日本での生活は視線が正面を向いている時に視界の端の方からボールが飛んできて顔に当たるような事を驚きと呼んでいた。ところがアメリカ社会で驚かされたのは、まったく視界の無い角度から、例えば真後ろからボールが飛んできて後頭部を思いっきりぶつけられるような驚きである。つまり日本的生活は視界と言う予測範囲に入った世界の中での驚きしかなかったのが、アメリカでの生活はまったく予期せぬ範囲からでも平気に何かが起こりうるという違いであった。人生の本当の楽しさなんて、きっとそう言う視界にも入らない世界にいっぱい転がっているものだろう。前日書いたアントレプレナーの世界も日本的に解釈された瞬間に、この視界内だけでの話になり、一気にスケールが萎んでしまう。一番大切なものを抜いた、まるで「さび抜きの鉄火巻き」のようなものばかりが日本ではまだ通じているのだろうか。攻めて360℃、二次元の世界位は制覇して欲しいものだ。
2005.06.02
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