なせばなる、かも。

なせばなる、かも。

PR

カレンダー

お気に入りブログ

下半期の始まり New! Mommy-usagiさん

中森明菜 :『空港』… まっちゃんne.jpさん

スコシフシギな世界… まつもとネオさん
りらっくママの日々 りらっくままハッシー!^o^さん
no あこひさん

コメント新着

カフェしんた @ Re[1]:休日って…(06/09) 千菊丸2151さんへ 平日の方が、どちらの…
千菊丸2151 @ Re:休日って…(06/09) 何というか、わたしはスーパーに勤務して…
カフェしんた @ Re[1]:反応がないとさびしいので…(05/10) 千菊丸2151さんへ ありがとうございます…
千菊丸2151 @ Re:反応がないとさびしいので…(05/10) こんにちは。 かたつむり、可愛いですね。
カフェしんた @ Re[1]:目をふさぎたくなるような現実(03/26) 千菊丸2151さんへ おお、同志よ!! 心強…
April 2, 2010
XML
カテゴリ: 桜の夢物語



「カイ!どこ行ってたんだ。皆心配してたんだぞ」

 ジンがいつに無く厳しく言った。

「ごめん、ちょっとあちらこちら探索してたんだ」

 俺が素直に頭を下げると、ジンはグイと俺の肩をつかんで引き寄せると小さな声ですばやく言った。

「気をつけろよ。冴子のやつ、今日は異常に苛立ってるんだ。これ以上、余計な事させられたら堪ったもんじゃないぜ。今日はこのまま良い子にして、さっさと帰ろうぜ」

 俺はジンの真意を悟った。

「皆揃ったのかしら。じゃあ、下りるわよ」

 冴子が言うと、一斉に皆が動き出した。5分も歩かない内に、シュウが俺に声をかけてきた。


「ガムならあるぜ」
「ガム?なんだよ。腹の足しにもならないじゃないか」

 シュウが嘆いていると、後ろからビーがチョコを差し出した。

「チョコならあるよ。メリーがいい?ゴディバがいい?それとも...」
「何でもいいから分けてくれ」

 ビーが呆れ顔でシュウにチョコを分けてやると、ホリーにも勧めていた。

「悪いけど、チョコは要らないわ。冴子と話がしたいから、私の事は放っておいて」

 ホリーはビーが付きまとうのをいやがっているようだった。さっさと冴子の横に行くと、楽しげにケタケタ笑いながら先に進んで行った。ビーは懲りる風も無く、カバンの中をまさぐって、次なる作戦を考えているようだった。

 随分下りたように感じて、ふと山の方を振りかえると、あの絶壁の上の桜からちらほらと花びらが舞い落ちるのが見えた。素晴らしい眺めだった。

「よそ見してると、つまずくぞ」

 ジンが俺に声をかけた時だった。



 俺は思わず声を上げてしまった。風に舞う桜の花びらに混じって、薄桃色のワンピースが絶壁から飛び降りるのが見えたのだ。

「悪い!俺、ちょっと見てくるよ」

 俺の様子から緊急事態だと悟ったジンが、冴子に声をかけてくれた。

「なにかあったらしい。俺もカイに付き合うから、お前達先に帰っておいてくれ」

 冴子は一瞬困惑したような表情になったが、すぐに気を取りなおして皆を引き連れて帰って行った。しかし、それはあとで皆から聞いた事で、その時の俺はそれどころではなかった。



小さなその小屋の周りは、手入れの行き届いた畑があり、そのすぐ脇を小さな小川が流れていた。小川のほとりには銀色の金たらいがおかれ、畑の横には庭木の枝に竿を渡して、洗濯物が干されていた。
春花。俺は、叫びたい気持ちをぐっと押さえて辺りを探し回った。名前を誰にも言わないのが彼女との約束だった。

 辺りが茜色に染まる頃、ジンが俺の肩を叩いた。

「もう、いいだろ。そろそろ引き上げよう」

 尚も上を見上げる俺に、ジンはハイキングコースの管理事務所に声をかけてみようと言ってくれた。俺はなんとかそれで納得して、山を下りることにした。

管理事務所では、年配の事務員が対応した。20年前にも、あの桜の木の下で自殺する者がいたと、その事務員は言う。明日にでも捜索を開始すると約束を取りつけて、俺達は、自宅に戻った。


 自宅に戻っても、ちっとも体が休まる気がしなかった。
1度だけ冴子から電話があった。どんなに怒鳴り散らされるかと思ったが、冴子の言葉は意外にも穏やかだった。ライブが近いから、今は体をやすめてろと言う事だった。
それと、明日の仕事は他のメンバーで埋め合わせておくから、明日中になんとか桜の絶壁から人が落ちたらしい事故に、自分なりのけりをつけてくるようにと言った。

俺は冴子に礼を言うと、ベッドに横になった。間接照明のぼやけた灯りが春花の微笑を思い起こさせて、いつのまにか涙が流れていた。想像以上に疲れていたのだろうか、俺はそのまま眠りに就いてしまった。

 緊張していたのか、翌朝は思いのほか早く目が覚めた。俺はすぐに着替えると、もう1度昨日のハイキングコースに向かった。途中からわき道に入って、例の山小屋に到着すると、そろそろ管理事務所の面々が、辺りを捜索し始めているところだった。

山小屋の横を通り過ぎようとした時、中から一人の老人が声をかけてきた。

「朝早くから随分騒がしいな。なにかあったのか」

 俺は、昨日春花から聞いていた一緒に住んでいる祖父の事を思い出した。

「あの、おじいさんと一緒に暮らしている女の子、昨日お家に帰ってこられましたか?」

 老人は、眉をしかめて首を傾げると、「わしはもうずーっとこの山に住んでおるが、女の子がこの辺りに住んでいるなどとは、聞いた事がないがなあ。」と言った。
俺は少なからず驚いて、山小屋はここ意外にどこにあるのかと尋ねたが、老人はこの辺りではここだけだと答えただけだった。

 俺が途方に暮れていると、昨日の管理事務所の事務員が遣ってきた。

「よお、じいさん。済まんなあ、朝から騒がしくして。例の桜の絶壁から人が落ちたように見えたとそこの若いのが言うもんだから調べていたんだ」
「そうか、あの桜の絶壁からか...」

 老人は遠い目をしてつぶやくと、深いため息と共に小屋に入っていった。


「あの時は随分迷惑かけたからなあ」

 事務員はしずかに老人を見送ると、ぼそりと言った。

「迷惑?」

 俺の問いに答えるように事務員は続けた。

「昨日話しただろ、20年前のこと。あの頃は、まだ何軒かの家がこの辺りにあったんだ。ところが、20年前若い男女がこの上のさくらの木の下で自殺したんだ。
発見された時には女のほうはもう息がなかった。男の方も、1度は保護されたんだが、どうしても死にたかったらしい。出血のひどい状態で、私達の目を盗んで奥の湖に身を投げて亡くなった。
それからしばらく、赤ん坊の声が聞えるって言うんで皆探しまわったんだが見つからない。おまけに夜な夜な夜泣きの声が聞えるんで、とうとうこの辺りの住民は気持ち悪がって街へ移って行ってしまったんだ。
そして、あのじいさんだけが残ってしまったと言うわけだ。あのじいさんにも若い娘がいたんだ。それが、ここのハイキングコースに来た客といい仲になっちまって、家出してしまったらしい。
じいさんは、あの小屋から出てったら娘が帰って来た時困るだろうと、ずっと一人で居座っているんだ」

 管理事務所の他の事務員が年配の事務員に声をかけていた。

「やはり、どこにも見つからないですねえ。ヘリも飛ばしてみたんですが、それらしい人影は見えませんでした」
「そうか、ご苦労さん」

 年配の事務員はそう言うと、俺に向き直って言った。

「このあたりは鷺のような大型の鳥も飛んでいるんでね。もしかしたらそれと見間違えたのかもしれんな」
「そうですか。お手間を取らせてしまって、申し訳ありません」

 俺は、納得できないまま管理事務所の連中を見送った。

 せっかく来たのだからと、俺は春花に教えてもらった湖に向かった。しずかなたたずまいは昨日とちっとも変わらなかった。
日々都会の喧騒の中で暮らしていると、こんなに静かな場所にいるのが不思議な感じさえする。
昨日春花と座っていた辺りに腰を下ろすと、どこからか穏やかな男の声が聞えてきた。

「カイ君だったね。昨日はありがとう。娘に代わって礼を言うよ。春花は昨日、桜の絶壁から飛び降りたんだ。それは、誰にも止める事が出来ない彼女の遺伝子に組み込まれている行動なんだ。」
「そんな、自殺する様に組み込まれた遺伝子なんて..」

 俺には、その言葉が湖から聞えてくるように感じて、そのままその水面に向かって答えた。

「バカらしいと思うかい。だが、春花や春花の母親がそうしたように、それ以前の彼女達の先祖も、あの桜の絶壁で命を落としているそうだ。彼女達には、桜の遺伝子が組み込まれているんだよ。だが、春花はまだやるべき仕事を残している。彼女が君を見初めた以上、何らかの形で春花は再び君の元に現れるだろう。そして、目的を達成させた時には、...」
「目的を達成したらどうなるんですか?」

俺は畳み掛けるように言った。

「それは、桜の散りざまを見ればわかるだろう」
「じゃあ、目的って何なんですか?」

 俺の声は湖の上を響き渡った。しかし、帰ってくる声はなかった。


 思い立って例の桜の絶壁のところに遣ってきた。風が吹いて、桜の花が穏やかに笑っているようだった。

「春花…」

 昨日の笑顔を思い出して、俺はつい口にしてしまった。

「カイさん。春花はあなたに恋をしてしまったようです。近い内にきっとあなたの前に現れます。どうか、受け入れてやってください。」

 母親らしい声が聞えてきた。

「春花は無事なんですか?」

 俺は桜を見上げて尋ねた。

「あの子はまだ恋をし始めたばかり。まだ散ったりしません」
「散る?」

 俺がそう言った時、風がやんで桜のざわめきがぴたっと止まった。

「おーい。大丈夫か?」

振り向くと、ジンがやってきていた。

「ジン!」
「皆心配してるんだぜ。ここんとこ曲作りが続いてて疲れてたんじゃないか。今日はゆっくり酒でも酌み交わそう」

 俺はジンの好意にこたえることにした。ジンに続いて山を下りながらそっと振り向くと、桜の枝がしずかに頷いたように見えた。

 山を下りる頃には、俺の心は不思議なくらい落ち着いていた。春花はきっと俺の前に現れる。彼女の父と母の言葉が俺をしっかりと支えていた。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  April 2, 2010 11:22:50 AM コメント(4) | コメントを書く
[桜の夢物語] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

プロフィール

カフェしんた

カフェしんた


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: