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ひさびさに弐千円札を受け取りぬ紫式部どこか寂しげ(阿部則子) これも、コスモス四月号でであった一首。歌になり難い内容を、よく逃さずにまとめられたと思った。お金は、英語ではcurrency,日本語では「通貨」といわれるくらい、循環して、手から手に動いているべきものだ。(currency の語源は、current。「流通している」とか「流れている」とか「潮流」とかの意味を持つ。)ところが、日本に住んでいないせいもあるが、私は今までにたった2度しか弐千円札を受け取ったことがない。その一枚は、東京の家の近所のサミット・ストアで釣り銭として、もう一枚は札幌のGさんから。沖縄旅行をしたときに、弐千円札の裏面を出して、守礼門の現物と比べてみたのはこのうちのサミット・ストアでもらった方のお札だった。で、その二枚、しばらくしまっておいたのだけれども、昨年の九月、日系文芸祭で横浜に行ったとき、多少の割引で出張販売をされていた三省堂の『現代短歌大事典』を衝動買いする為に、使ってしまった。販売にあたっていた若い男性は、「よろしいんですか?弐千円札ですよ」と私に確認し、「はい、結構です」と私が言うと、「では、これは私が戴いて・・・」と、にっこり笑ってご自分のお財布から出した千円札4枚を売上金の箱に入れ、弐千円札はご自分の財布の方に大事そうにしまった。(また、ここで流通の輪から外れたわけだ。)私の弐千円札とのご縁は、それ以来、まったく無い。・・・などと「入って来たところ&出ていったところ」が記憶に残っているのも、currencyというものの性質を考えると不自然だ。なかなか普通のお金扱いをされない紫式部さんが、どこか寂しげなのも無理のないオハナシである。 (弐千円札の写真は、日銀のサイトから拝借しました。)
April 30, 2006
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ラ・フランス素敵な名前に人気あり落ち込むなかれ長十郎梨(佐藤光子)四月号コスモスに、見つけた作品。ラ・フランスの対極に「長十郎」をもってきたアイディアと、下の句への展開の楽しさ、生き生きとした擬人法、そしてちょっとばかり文明批判の香辛料も加わって、私の好きな歌である。なるほど、ラ・フランスは響きの美しいおしゃれな名前だ。出始めの頃、時々「コスモス」誌でその名前を見たりしても、何の名前かよくわからなかったこともあった。「ラ・フランス梨」などと言う人はいなかったから。随分前のことだったが、小島ゆかりさんが、コスモスの東京歌会に「・・・・ラ・フランス ラ・フランス音が旅立つ」という美しい下の句の歌を出され、批評の指名を受けた方が、「音って旅立ちますよね」と言われた時は、作者にも評者にも、うっとりと感心。 感心した割りには、今、下の句しか出てこないけれども、早速、帰りに買って食べてみた。ジューシーで甘くてなかなかおいしかった。普通にカナダなどで売っている洋梨(pear)よりも、歯ごたえがあって、爽やかな感じがした。一方「長十郎」クンときたら、いかにも古風な名前だ。名前だけから受ける印象は、人間だったら、「ラ・フランス」さんがミニスカートの美しいお嬢さんなら、長十郎クンは絣の着物をきているような感じ。でも、「ぼくの名前は『素敵』じゃないから、人気がないんだ」なんて、落ち込んではいけない。絣は、「どんなに高級なものでも普段着」という最高のおしゃれなんだから。この品種を発見した方が、ご自分の家の屋号をとって「長十郎」と命名したそうだが、それでは、名誉ある名前ではないか!洋梨がカタカナの名前なら、日本種の梨はやはり漢字でなければいけない。(英語では、長十郎スタイルの梨は、apple pear と言う)。それに味もおいしいし、病気にも強いし、収穫期間も長くて頼りになる。根強いファンもいるのだから、「落ち込むなかれ!」そうそう、それに「二十世紀」だって、昔はいかにも新しい感じの命名だったに違い無いのだけれども、今、時代が二十一世紀になってしまうと、なんだか古い名前に思える。人の名前でないので、擬人化して歌うには適さないけれども、食べるのにはとてもおいしい梨だ。ラ・フランスだって、時代が移れば、名前からの印象はどういう風に変わるかわからないではないか。今度、新しい梨を命名するときは、もっと日本に誇りを持って、ル・ジャポネ なんて名前はいかが? (作者が福島県の方であることから想像すると、長十郎梨の生産か販売にかかわっていらっしゃるのかもしれない。もし、人気にかげりがみえている長十郎の世話をしながら、語りかけるようにしていらっしゃる情景だったら、「落ち込むなかれ」は、ご自分に対する励ましの意味もあり、楽しいだけの歌ではないことも考えられるけれども。)
April 29, 2006
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コスモスの五月号掲載の「今月の一首」を読む。今月掲載分は、2月号の同人クラスの方々の欄から、会員がこれはと思うものを選んで、署名も含めて20字×3行程度のコメントを書いて投稿。そこから、15通が掲載になっている。投稿が重なっているのもあるので、取り上げられた作品は、14首。と、まあそこまでは毎月のことなのだが、今月びっくりしたことは、14首のうち、3首が大橋恵美さんの作品に対するコメント。 この月、大橋さんの作品は全部で4首掲載されているのだが、そのうちの3首までが、「この一首」の欄で「ファン獲得(?)」をしているというわけだ。こんなことは、今までになかったように思う。(私も、大橋さんの作品についてのコメントを投稿して、採用していただいている一人だが。)先生級の方の作品群の中に入って、ふっとそこで読者の目を留めさせる作品が、4首のうち3首も詠めているというのは、作者は自慢にしてよいと思う。自然で、愛情が溢れていて、若々しいところが、シニア・ファンの心を捉えたのかな?以下引用秋の陽が子らの輪郭とかすから消えてしまわぬように抱きしむ(大橋恵美*)秋の日差しの眩しさに、園児が消えてしまいそうで思わず抱きしめる作者。園児との触れ合いを詩的に表し、優しい。〈田坂恭子〉 秋の陽は空気が乾燥しているので照り方が激しい。その陽より子らを庇わんとするいじらしさに胸がキュンとなる。(久米川孝子)子のおらぬわれが子どもの世話をして子をもつ親が仕事へ向かう(大橋恵美*)良くも悪くも、こうして回っている社会状況の中で、親も保育士も納得できる線を求めながら日々を働く。(佐藤紀子)おつきさま、おひさま、おほしさま 子どもらと話す時いつも「お」と「さま」がつく(大橋恵美*)幼児をやさしく教育している様子がほほえましい。反面、いとも簡単に子供を惨殺する現世をいかに改善すべきか。(佐藤広治)* は、作者が現代仮名遣いを使用している印
April 28, 2006
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桟橋83号〈2005年7月〉に載せられた、桑原正紀氏の長歌をUPする。ここに歌われた出来事が、昨日の日記のような形に向かうまでの道のりを想像すると、誰にともなく何にともなく、ただただ頭が下がる。それは、神にか、運命にか、ご本人のがんばりにか、桑原氏の暖かい視線にか、生命の重さにか、・・・多分、そのすべて+アルファーに対してだと思う。こういう時に、普段は無神論者である私も、ふと信念がゆらぐのである。以下引用。千年待たむ 桑原正紀 二〇〇五年四月十七日(日)、午前七時すぎ妻倒る。日曜の旨寝(うまね)を覚ます 絶え絶えの哀訴のこゑや跳ね起きて見れば吾妻が 蹌踉(さうらう)と頽(くづほ)れゆきて激しかる頭痛うつたふ。(この朝は三時に起きて 入学式の祝辞書きゐし) 支へつつその場に寝かせ 濡れタオル額に当てて しばらくを様子見ゐるに たちまちに意識遠のき 応答のまたく無くなる。何者の取り憑きたるか 何事の出来(しゆつたい)せしか 救急車呼びて待つ間の 永遠に似たる遥けさ。 意識なき妻と意識が鑓(やり)のごと尖れる吾と こもごも呼吸(いき)を乱して ひた走る救急車のなか 囚(とら)はれ人のごとしも。着きにける日大板橋病院の当直医師が フィルムをかかげ示して 脳室に咲く黒き花 大量の出血を言ふ 容態は重篤にして 生命も保証できずと。ああ妻よ 死んではならぬ なすべきは山ほどもあるぞ 一瞬に光の消えて ぐらぐらと天地揺れたり。応急の救命措置を施せる数時間はや青空の 青さばかりが 空白の記憶にありぬ。とりあへずいのち拾ひて 幾本の管(くだ)につながり 横たはる吾妻よ もう一度その声聞かせよ ふたたびを酒飲みて笑へよ されどされど妻は応へず 昏々と眠るのみなる。一旬が過ぎまた一旬が過ぎゆけど、妻の時間は止まつたまま。安ける寝顔をも見え 三十年無欠勤のひと 妻はいま長き休みに入りたると思はむとして 妻のためまた吾のため 枕辺に書きて下げたる 公彦の歌こそ慰(なぐさ)。「ねむれ千年、ねむりさめたら一椀の粥たべてまた眠れ千年」 点滴の支柱に揺るるこの歌を 願文として待たむとぞ思ふ。反歌吾妻はや目覚むるならば吾はもや千年待たむ二千年また
April 27, 2006
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「桟橋」86号 が届いた。まず、目についたのが、桑原正紀氏の長歌。働き盛りの奥様が、一年前に倒れられたものの、少しずつ少しずつ回復に向かわれているのを見守る桑原さんの喜びが結晶して、この長歌になったのだと思う。とにかく、内容にも表現にも圧倒され、謹んで読んだ。 気づいたら涙を流していた。以下 引用春の頌 桑原 正紀倒れたる妻の生死を 分かちしは 何ものならむ これの世を統ぶる力を 〈神〉といひ〈運命〉と言へど 不可思議の 腑に落つるなくその日より 十月(とつき)を経たる妻見つつ 奇跡といふを つくづくと思ふほかなし。ゆるらかに匙を使ひて 口元に食事運ぶは あやふくて 拙けれども 大いなる意志の操る霊妙な動きと見つむ。鳥にやる練餌(ねりゑ)のごとくミキサーにかけられしもの、何の味するかと聞けば 首ひねる所作のいとしさ。二月(ふたつき)前、まだ管をもて 栄養を胃の腑に送り からうじて保ちゐし命 やうやくに生動はじむ。ああ命よ いま妻に戻り あかあかと働くものよ。たまきはる命のうちら あかねさす日にけに明かり 執刀せる医師おどろかし 日参の我よろこばす。きさらぎの 光のなかを 車椅子 押して歩けば 鳥のこゑ空よりふりて かたはらを犬が駈けゆく。夏の日は蝉しぐれ浴び 秋の日は落葉を踏みて 冬の日は日だまり尋(と)めし境内に また妻を率(ゐ)て 平らなる石畳の上 車椅子漕ぐ練習す。右手にて漕ぎ右足に梶をとり じり、じり、じりと 蟻ほどの進みを見する。表情はまだ乏しけれど 懸命の作業なるべし、五十センチばかり進みて 休みてはまた漕ぎ出だす。ああ命よ 妻の命よ いやまして 変若(おち)に咲けかし、春めける 光をつつむ大欅 あふぎて我は 細枝のけぶれるごとく 萌え出づるときをし頼み 妻を見まもる。反歌車椅子けんめいに漕ぐ妻の背に春めく光きてあそびをりいのち軽き世なれば妻よふたたびを起ちて教へよその重きこと(明日の日記には、桟橋83号におなじく桑原さんの出された長歌をご紹介したい。)
April 26, 2006
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第3回 海外日系文芸祭のちらしが送られてきました。私が、成り行きで「カナダの方々に広くお知らせして、作品を出していただき、それを集めて事務局に送付する」というお役を引き受けしてるものですから。主催が、海外日系新聞放送協会なので、加盟新聞であるトロントの日加タイムズ と バンクーバーの バンクーバー新報 には、度々公告を載せていただくので、私の方は、その他、いわば草の根的広報活動のようなものが期待されているように解釈しています。で、今年は、自分のブログもたてていることだし、早速ここにUP。質問などがおありの場合は、コメントに書き込んでいただいてもよいですし、トップぺージの左側の「メール送信」の機能をご利用くださっても、すぐにお答えさせていただきます。「海外日系文芸祭」という名前から、「海外に住んでいる日系人」の作品を対象にしているような印象を受ける方がいらっしゃいますが、そうではなく、自作、未発表の日本語による作品ならば、どなたでも応募でき、主題も自由です。詳しくは、http://www.jadesas.or.jp/shinbun/bungeisai03/index.htmlをご参照いただくとして(応募用紙も、そこからダウンロードできます)、概要だけを下記に引用します。応募は、応募用紙または原稿用紙などに、応募部門(短歌・俳句の別)、投稿作品、郵便番号、住所、氏名(ふりがな)、電話・ファックス番号、授賞式への出欠の別、学生の場合は学校名・学年などを書いて、5月1日から7月10日までの間にお願いします。日本の方は、投稿料が1首(句)につき1000円ですが、終了後に、全作品の載った作品集が無料配布されます。(1000円を小為替にして、作品に同封してください)海外参加者は、投稿料無料ですが、作品集は上位入賞者にしか進呈されません。ご希望の方は後ほど、送料を添えてお申し込みいただくことになります)応募先は、以下の通りです。231-0001 神奈川県横浜市中区新港2-3-1 JICA横浜国際センター2階〈財)海外日系人協会内、海外日系文芸祭実行委員会事務局 (電話045-211-1780、FAX 045-211-1781)アメリカ、カナダ、ブラジルは各国の海外実行委員宛、または日本の応募先、 前記の3国以外からの応募は日本の応募先。(さらに言えば、カナダの場合、佐藤紀子までということですが、私の住所やファックス番号などは、トップぺージの左側の「メール送信」の機能をご利用くださっておたずねください。ここに、個人の住所をながいことUPしておくのも、賢明ではないような気がしますので)選者は、短歌が小塩卓哉(音)、細江仙子(中部短歌会同人)、俳句が星野恒彦(国際俳句交流協会副会長)、杉浦功一(貂俳句会同人) の先生方です。俗な話になりますが、大賞の方には、副賞として、日本航空の居住国から東京への往復航空券がでますよ!「応募がとても多くて、お取次ぎをするのがタイヘンでした」という悲鳴を上げさせてください。
April 25, 2006
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4月20日の日記に書いた一首について、もう一度。遠くより吾をみとめて走りくる幼児は額髪風に吹かせて(大橋富子『冬椿』)20日にも書いたが、この第四句は、「額髪を「ひたひがみ」「ぬかがみ」などと読んだとしても、「をさなは」「ようじは」の4と4とのリズムになり落ち着きが悪い。しかも、「ぬかがみ」など、発音もむずかしい。そこでふと思いついたのが、「額(ひたひ)の髪(かみ)を風に吹かせて」と、仮名に開いてしまうことだ。字数も合うし、リズムもゆったりとしてくる。でも、困ったことに、これでは「幼児」が抜けてしまう。短歌で主語が出てこないときには、「自分」ということになるので、吾を認めて自分で走っていくのでは、まるで鏡を見ているようなことになる。では、「幼児」を上の句に組み入れることはできないだろうかと考えた。この際、上の句の言葉の中で、どの言葉なら抜くことが出来るだろうか・・・・試行錯誤の末、「遠くより」を削除して、そこに幼児を入れてしまおう思った。「遠くより」はなくても、「我をみとめて」それから「走ってくる」のだから、ある程度の距離は感じられるので、よしとしようか。幼児(をさなご)は吾をみとめて走り来る額(ひたひ)の髪を風に吹かせてだいぶ変わってしまったが、さてよくなったのやら、悪くなったのやら。作者の気持ちもあるので、故人だからといって、こんなに手をいれてはいけないのは分かっているが、ちょっと勉強のための練習問題にさせてもらった。納得がいかない場合、それこそ今度こそ、作者登場を願いたいものだ。(陰の声:「大橋さん、いいんですかぁーっ? 娘さんがあなたの歌を、弄り回してますよーっ!」
April 24, 2006
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韮の写真を戴いた。日本の関東地方では、今、韮の花が咲くらしい。もっとも、これは「普通の食用の韮の花の写真」というよりも、「花韮の写真」だとは思うけれども。どちらにしろ、カナダのバンクーバーあたりでは、まだまだである。 韮の花については、宮柊二作品の中に、私の大好きな一首がある。天の星落ちゐるごとく末の子の悲しみのごと韮白く咲く(孟夏『忘瓦亭の歌』より)二つの比喩が、一つは具体、一つは象徴として、小さく白い、一つ一つが星の形をした清楚な感じの韮の花によく似合う。「末の子の悲しみ」は、親からみると、いとしくて、こんなにも小さいけれども、数が多く、シンシンと心に響く。リリシズムにあふれて、美しい一首。他にも、韮の花が詠まれている宮作品には、以下のようなものがある。韮白く花咲きたればかすかなる喜びとして出でて佇む(春の牡丹『忘瓦亭の歌』より)花韮の咲く花のみが数へ得る白さにありて春の夜の庭(弟の訃ほか『忘瓦亭の歌』より)花韮はつつましけれど相寄りて咲けば二人の母思はるる(わが母・妻の母『獨石馬』より) 他にも見落としている作品があるかもしれないので、もし、これを読んでくださる方の中に、ご存知の方がいらしたら、教えてくださるとうれしい。追記) 歌を歌集の形で読むのもよいけれども、ふと気になったときに、キーワードで探せると、いろいろと都合がよいと思う。コスモスの会員としては、せめて宮柊二作品くらいは、エクセルなどのデータベースを作っておくとよいと、だいぶ前から思っていながら、その膨大な量に圧倒されて、未だに果たしていない。
April 23, 2006
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バンクーバー短歌会の会員Hさんが、アルゼンチンに引越しをされた。お別れを言ふのがとても寂しいと友はこつそり発つ予定なり見送りに行くのは良いのか悪いのか迷ひながらも空港に行く空港のビルより見える青い山晴れ上がりたる空につながる カナダには7年住まひ5年ほど短歌の仲間でありし友なり「歌会には出たけど勉強はしなかった」何でそんなにはつきり言ふの?空港で「寂しくなるわ」と言ひし時どっと寂しさ湧きあがり来る飛行機を二度乗り継ぎて着くといふアルゼンチンまで25時間長旅に疲れませぬか 年齢は知らないけれど白髪の友アルゼンチンの国籍を持つ友なれば心細くはあらぬ様子で日本にはますます遠くなるけれどにつこりとして友は発ちたりラ・プラタの河口の町に戻りゆく友にやさしき流れなるべし長き冬やつと抜けたるカナダより「これから冬」の地に友は行く忙しく発つ人よりも残される我らを襲う流離の思ひ来月は一人少なき短歌会 まるく納める人が抜けたり(チェックイン・カウンターは心細いほど空いていた)最後におまけの二首♪yo quiero un novio♪の歌詞が似合ひし日は遠く結婚四十二年目となる 註 正確な歌の題名は、Mama, yo quiero un novio (「ママ、恋人が欲しいの」)チャッチャッとバンドネオンの歯切れよさ 過去を振り切る女にも似て“Esto es Tango Porteno”という言葉で始まる ラジオ関東のアルゼンチン・タンゴばかりの番組を毎週聞いていた頃を思い出し、現在の自分と引き比べたりして・・・・なんだかやたらと疲れた日だった。あの番組のホストは、高橋忠雄さんだったっけ。
April 22, 2006
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松尾祥子さんの 第二歌集『茜のランプ』(柊書房 2006年4月18日発行)から10首選を試みた。松尾さんの作品は、日常のご夫君と二人の十代のお嬢さんたちとの生活から拾われたもの、そこからさらに象徴の世界に入ったもの、裡を見つめて呟いたもの、さらに時には時事詠まで幅広く、それが一冊の歌集に集められたときに、読者を飽きさせない魅力を生み出している。鑑賞する側の立場として、今回は全体からまず25首選んでおいて、そこから好きな10首を、3回ほど選びだしてみたのだが、面白いことにその都度、惹かれる作品が微妙に違ってくる。多分、こちらの気持ちの動きを反映しているのだろう。 ・・ということで、下に引用した10首は、カナダ時間4月21日現在の、私の好きな10首である。東京の家すき間なく立ち並び子を叱るときまづ窓閉ざす 太陽に外部を焼かれ冷房に内部冷やされビルは疲弊すきのふよりあかるい空だ。あけはなつこころの窓にとんでくる鳩 いそがしいときにかぎつてぼそぼそと子は語りだす「大事な話」明日のわれ昨日のわれとすれちがふゆめのなかなるなつのくさはら ふふふふと笑まふ紅梅かたはらに空間をひきしめる白梅 ああこの子悩みてゐるかひるがほの花のごとくに透きつつゆらぐ プリクラにピースして子と写りゐる青年をわれは見て夫は見ず 月しろく差す露天風呂めつむれば十年過ぎむ百年過ぎむ あやまちを赦してくれる木のありて会ひにゆくなり寂しき晩夏他に、10首の枠から出たり入ったりしていた作品は以下の通り ふるさとは父母住むところ十五分電車にゆられ帰りゆくなり判事なる父ゆゑねらふ者ありて子は常にもつ防犯ベルをクロールで千メートルを泳ぎ切り一掃したり今朝の雑念食めぬまま四キロ痩せし身の軽さ恋やつれなら美しからん喜びが口から溢れださぬやう口を結びてむふむふ笑ふ古希すぎし母元気なり旅に来て孫と卓球の試合するなりあぢさゐの千のふうしやがめをさます雨やはらかく降り出す朝(あした)バーコードのやうにつらなり人間はたそがれどきのバスを待つなり 弁当のすみに添へたる菜の花は照れて言はざる言葉のかはり カーテンを半分ひきて開けておく窓より夜に侵されてゆく カーテンをはづしてあらはなる窓に素描のごとし早春の樹樹 晩春のあかねぐもよりひとしづくこぼれしやうな洋燈(ランプ)をともす 二人子のひそひそ話ほほづきのやうに灯りてわれを遠ざく くもり日の湯島天神ひしめける絵馬のなか子の一枚かける まつすぐに進むおろかさ知りながらまつすぐ進む亥年のわれは 折りしも、この中で歌われているお嬢さんのお一人が、16日の朝日歌壇に、高野公彦氏と永田和宏氏の両選者から選ばれて作品が掲載されていると伺った。作品は徹夜してAM5時に入る風呂半分きのう半分あした (中山真彩子)このお宅、お母様、祥子さん、二人のお嬢さんで既に三代で歌を詠んでいらっしゃるけれども、将来は四代でそろって元気に歌を詠まれるのではないかと、私は楽しみにしている。短歌のよいところの一つは、広い年代にわたって、その年代なりの歌が詠めて、鑑賞しあえることではないだろうか。
April 21, 2006
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遠くより吾をみとめて走りくる幼児は額髪風に吹かせて(大橋富子『冬椿』)大橋富子は私の母であり、この「幼児」は私の長男であり、昔々の作品。「遠くより吾をみとめて走り」きたりしたら、交通事故がまず心配になるところだが、この道は、東京郊外の畑の中の幅1.5メートルくらいの農道。リヤカーが1台やっと通れるくらいだったから、車に轢かれる心配はない。(・・・と、歌には出てこないが、私は知っている。)こういう情景は、母が私のところにくるときに、しばしば目撃したが、「おばあちゃんは、うれしそうだったなあ・・・」と今でも思う。ただ、1首としてみると、第4句の読み方が気になる。「幼児」は「をさな」と読むとして、「額髪」はまさか「がくはつ」ではないだろうから、字あまりになって、落ち着かない。そういうことには、気を使って詠む人だったから、何かよい読みかたがあったに違いないが、そこのところを、読者のために、ルビを振っておいてほしかった。今夜の夢にでも「作者登場」して、説明してもらわねば!!さて、昨日の夕方、近くのショッピングセンターに行ったら、誰かが「BA-CHAN!」と言うのが聞こえたので、思わずそちらを見ると、2歳になったばかりの孫のマークが歓声を上げてヨチヨチと走ってくる。「えーっ!」と思わず、こちらもヨタヨタと走りより、彼が「HUG!」というものだから、かがんで「UUM!」と二人でHUG.実は、この日は、朝から午後3時頃までが私のお守り当番だったので、まだ別れてから3時間くらいしか経っていなかったのだが、偶然に外で出会うというのは、初めてだったから、マークも私もはしゃぎまくった。一緒にいたマークの両親は、「いったい、何年ぶりに会ったというの?」と、笑い転げていたけれども。一人になってから、ふと冒頭の一首を思い出した。「額の髪を風に吹かせてオバアチャンのもとに駆け寄っていった幼児が、今、父親になって、妻と一緒に笑いころげているのを、私の母が見たら、いったいなんと言っただろう。」とか、想像しながら。そこにも、また「作者登場」をして、オハナシをしてもらわなければならない理由がある。作者は、暢気に永眠している場合ではないノデアル。 (今日は、登場人物の数が多すぎて、なんと5名。その上、同一人物が複数の立場で登場するので、延べ人数はもっと多く、書いている人にしかわからない文章になってしまったかもしれません・・・ですネ)
April 20, 2006
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即詠ささやかにバースデー・メールを送信す 英国女王の傘寿祝ひて4月21日に、エリザベス女王さまが80歳の誕生日をお迎えになると新聞に出ていた。この一首の中では、少しの字数で多くの情報を入れようとして、苦し紛れに「傘寿」などという詞を使ってしまったけれども、やはりクイーンに傘寿はお似合いでない。もっと考えなくては!英国王室のサイトをたずねてみると、さらに、クイーンのバースデー・サイトができていて、そこには、少女時代から現在までのクイーンの写真とともに、10年ごとにわけたクイーンの記録が載っていて。そのままが「歴史」であるので興味深い。そのほかには、「クイーンに誕生祝のメールを送るかたは、こちらから」というサイトがあった。英語圏のカナダ人は、英国にかなりの近しい感情を持っていて、つい最近まで、紙幣・貨幣や郵便切手の多くには、クイーンの肖像が出ていたし、何かの行事の始まる時には、今でも、カナダ国歌の「Oh, Canada」とイギリスの「 God Save the Queen」の両方が歌うわれることが多い。クイーンの方も、ときに”You, subject……” と演説を始められたりするから、「臣民」扱い?もっとも、カナダという国は、憲法が出来たのは1962年になってからで、それまではBritish North American Act という、いわば英国の条例が法律の基盤になっていたというくらいだから、無理はないのだろう。ま、あれやこれやで、そういうカナダに住まわせていただいている身としては、名も無い一庶民ではあるけれども、おめでたいことでもあるし、どういう仕組みになっているかも興味があるので、早速、短いお祝いメッセージを作成。(内容をちゃんと読んでいただけるはずもないので、短くても決まり文句でもよい・・・のでしょう?)送信をクリックすると、Thank you. The Queen has asked the web team to thank you for your kind good wishes on her 80th birthday.というメッセージが出て「完了」クイーンにも、きっと、「どこの国から何通のメールが来ました。」くらいは伝えられるのだろうし、無精なお祝いの仕方だけれども、それで送る方の気が済むのなら、王室側も助かるのだろう。・・・・・というわけで、クイーンに届くお祝いメールのうち、一通は、私がお送りしたものであります。 ちょっとミーハーだったかな? 追記。今日は4月21日で、女王様のお誕生日。テレビのニュースによると、女王様宛のお祝いメールは17000通だったそうだ。案外、少ないものですねえ。
April 19, 2006
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入谷幸江さんの「ピアノと鉛筆」(2005年2月20日発行 柊書房)を読む。入谷さんは、東京にお住まいでドイツ語の先生。コスモス所属。 宮英子先生のお教室で指導を受けていられる。入谷さんの作品では、ご夫君を詠まれたものが特に興味深い。理解しあい尊重しあい、そして気を許しあった中のくつろぎが、選ばれ抜かれた言葉のはしはしに現れるユーモアによって伺われ、読後感がよい。10首選をしようとしぼっていくと、どうしてもご主人関係が多くなってしまうので、今回はそれを5首だけとし、そのほかの主題のものを5首として選んだ。私好みの、エスプリが効いていて、スピード感がある作品が多く、10首に絞るのは、とてもたいへんだった。また、歌集全体を通じて、要所要所に紫陽花を詠んだ作品が配置されていて、一冊に統一感を与えているのも、巧みだと思った。関連はないかもしれないが、入谷さんのお宅の最寄り駅である井の頭線の東松原駅の構内、線路沿いにたくさんの紫陽花が植えられていて、季節になると美しい額紫陽花が咲くのを思い出した。あのあたりで育った私には懐かしい花である。では10首選のうち、ご夫君関係のもの5首ピアノ弾く夫の脇に休止符となりて座りぬ夕食終へて夫は常に鍋の天敵わが留守に手鍋の底をまた焼け焦がす 「あちらでもピアノ弾いてね」練習中のラ・カンパネラの楽譜を柩に入れぬ「言ひかけた昨日の話なんだつた」問ふ夫にわれあかんべえをす「変なんだ君がゐないと羽虫が飛ぶんだ」旅より戻れば夫はつぶやくそのほか(といっても、微妙にかかわっているが)のもの5首貨物船の舷に立ちぬ手を伸ばし黄河の風をさつとひとつかみ申告書の所帯主との続柄つい「毒」と書く「妻」ではなくてわれ以外のものになりたき初秋なり倒立をせん一分間程草原は風の息みせうねりたりウィーン空港に降下しゆけば赤信号われに優しもこれ以上歩きたくない春の夕ぐれ他にも、まだたくさん好きだった作品があるが、それは個人的にお送りすることにする。
April 18, 2006
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TV JAPANで、「NHK短歌」の放送を見た。今週の詠題は「遊ぶ」で、特選歌は以下の一首であった。折り紙で幼き姪を遊ばせる死に近き母の病室に来て [千葉市 相川(または 愛川)弘文](作者を確認しようと、HPをみたら、作者の苗字がふた通りに書いてある。NHKにしては、ちょっと目立つミスだ。)最初にこの一首が読み上げられたときに、私は「作者は、(作者の)お母さんの病室に来て、(作者)の姪を遊ばせている」のだと思った。折り紙で遊ばせるほどの年齢の姪が居るということは、その姪が兄姉の子供であっても弟妹の子供であっても、作者も20~30代、あるいはせいぜい四十代。「死に近き母」は、この姪にとっては祖母であり、60代から80代?彼女にはまだ祖母が重病だということがよくわかっていないが、親に連れられて祖母の病室に来て、隅の方で作者(叔父か伯父かわからないけれども)に、しずかに遊んでもらっている。作者は、自分の母が「死に近い」ことへの悲しみを、おさない姪を遊ぶことで少しで和らげている・・・・と、まあそういう光景だと解釈した。ところが、これを特選歌第一位にされた河野裕子さんは、「これは作者にとって、妹さんのお子さんでしょう。その幼い子のおかあさんの病室で・・・」と、解釈を始められたのだ。なるほど、そういう情景だと、作者の年齢は私の解釈と同じでも、「死に近い」母の年齢が一世代違ってくる。年配なら悲しくないというわけではないけれども、幼い子供を残してなくなっていくのは、いっそう悲しい。 この「母」という言葉を、「自分の母」と解釈するか「姪の母」と解釈するのか?ちなみに私は、短歌の中の人間関係は、すべて作者を中心に表現すると教えられてきた。でも、そのために、三人以上の人が登場するときには、もどかしいことが多多あり、最近ではそういう人間関係を歌うのを避けてしまう傾向にあることも自認している。そこのところを、今回の河野さんは、迷うことなく「姪の母」と解釈されたのである。これによって、この「姪」の将来を思い、今はそのことがあまりわからずに、病室で静かに遊ばせてもらっている「姪」を見る者にいっそうの哀しさを感じさせる一首になったから、作品は、好意的解釈を得たことになるのだろうが、作者の意図はどうだったのだろう。また、それとは別に、「姪」というだけで、「妹さんのお子さんでしょう」とすぐ発言なさったのは、やはり納得ができない。念のためにひいた広辞苑でも「姪=兄弟姉妹の娘」としているし。
April 17, 2006
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ものが皆甦るべきイースターに季節はずれの氷雨寒風水仙も百合も辛夷も木蓮も風に揺れつつ花びら散らす音たてて降りゐし氷雨止みたれど風まだ強く頬に冷たしぐんぐんと雲を北へと送り込み今日は海より寒き風吹く 雪の量昨夜より増して遠山が幾分近く襞も見せたり 少しずつ雲が北へと去りし後東に青き空が見えだす夕焼けの反射が淡き紅となる 東の空にたなびく雲に虹の出るには少しく遅き夕方にやうやく晴れて長き春宵天空の城を隠せる雲のごと真ん中あたりがぼつと輝く彼岸への入り口のごと輝けり雲の合間に光る一箇所「珍しい雲ね」と言葉交はしあふ隣に住まふ高校生とイースターの夜におでんを煮込みたり これまでこんなことはなかつた
April 16, 2006
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みどり児のひと息ごとに白く咲く 淡く小さき霞草たち「草」という詠題で詠んだ一首。薔薇の花束つくるとき、添えることの多い小さくて白い霞草。一つ一つはしっかりした花なのに、細かくたくさん咲くために、遠目にはかすみのように淡く見える。華やかな薔薇の周りにあしらうと、薔薇の雰囲気がやわらかくかつ華やかになってかわいい。この花、英語ではbaby's breath (赤ちゃんの息)とよばれる。なんて可愛いイメージを持つ名前なのだろう。まるで、あかちゃんが息をするたびに、霞草の白い花が咲いていくような・・・すやすやとお昼ねをしている赤ちゃんの、かわいらしい息遣いから、こんな名前を考えた人は、きっとあかちゃんが身近にいた人だと思う。あまりにも、このよび方が気に入っていたために、一首の内容は、翻訳みたいになってしまったし、抽象的で分かりにくい歌になってしまったかもしれないけれども、おかげでいつも直線的な私の歌が、少し丸みをもった一首になったかな? 最後に、冒頭の一首をもう少し現代的に翻訳あかちゃんの昼ねの夢に咲き初めて霞草たちベビーホワイト
April 15, 2006
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火曜日に、ホームコースでゴルフをしていたら、一緒に回っていた人がホールインワンをした。グリーンに落ちたボールが2回ほど弾んでスッと消えてしまったである。OH!メデタヤ、メデタヤ。彼女は香港系の人なので、お祝いカードを広東語で書こうと思いつき、今日、やはり香港系の楊さんに「ホールインワン」の広東語を尋ねたら、「一槓入洞」だと教えてくれた。私は「槓」の字にあまりなじみがなかったので、早速、辞書(広辞苑五版のCD版による)のお世話になると槓=物をになう棒。「槓杆(こうかん)」 とある。さらに、「槓杆」の項には、「一定点を通る軸を中心に自由に回転し得る棒。ある点に力を加えて、他の点における力と釣合をとる装置。また、ある点の動きを他の点の動きに拡大または縮小する装置。梃子。」とあった。なるほど、それでは、「一槓」とは、ゴルフの基本にあるとおり、「グリップをしっかりさせて、スイングプレインを描きながら、すっと素直にスイングを、一回する」ということになり、これはふむ、ふむと納得。「入」は「入る」ことだから、わかるとして、気になるのは、「洞」。 これは洞窟の「洞」だから、日本語の語感としては、人がはいれるような大きな洞をイメージしてしまう。広辞苑でも、洞=ほら。ほらあな。「洞窟・空洞」、または、つらぬき通すこと。見通すこと。「洞察」とある。そんな感覚の私だから、つい、「ゴルフのホールは、直径が10センチくらいなのだから、『穴』の方がよいのに・・・」と言うと、” Oh, no, no !” で、広東語では、洞が小さくて、穴が大きいのだそうだ。 日本語の「秋芳洞」 などというとびきり大きい「洞」に昨年行ってきたばかりの私にはちょっとピンと来ないが、まあ、仕方が無い。同じ漢字は使ってあっても、日本語と中国語は結局は別の言葉なのだと思い知らされる。だったら、「針の穴に糸を通す」ときは、広東語では「針の洞」と表記するのだろうか。なんだか気に入らないなあ。このことは、また楊さんに質問してみることにしよう。それにしても、一槓入洞 は、一粒300メートル みたいな構文で、面白い。
April 14, 2006
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豹に今とびかからんとする虎の「ヨーイ!」の姿勢のままの四世紀これには、「京都南禅寺で襖絵を見て」と詞書をつけるつもりだったのに、それを書き忘れたまま、コスモスの月例詠草として送ってしまった。 他に類歌でも入れてあればまだよかったのだが、日本で詠んだ歌はこれ一首だけしか入れなかった。選者の先生に、これで意味がわかってくださいというのは、絶対に無理だ。ああ、残念。絵の中の虎であるがために、四百年も、豹にとびかかろうとした姿勢のままでじっとしている虎の悲哀みたいなものを詠みたかったのだけれども、わからなければ話にならないし、読み返してみると、アイディア自体が、詠みふるされた感じ。この結句の「四世紀」も「しせいき」と読めば音数は合うものの、それでは耳で聞いた場合にわからない。(やはり私は分かる歌をつくりたいし)他にも、見直すと10首のそれぞれに、直したいところが次々に出てくる。こんな投稿の仕方をしてしまったのは、今日になって大急ぎで仕上げて投函したからに他ならない。実は、今月のコスモスの詠草締め切りは、いつもの25日でなく20日だということをはっと気がついたのが今朝。「今月は20日締め切りですね」と書いてあるメールを目にしたときだ。 でも、まだ一週間あるから、まだ今日だせば間に合うだろうと、準備をしているうちに・・・・・・もう一つはっと気がついたが、明日からイースターの週末なので、金・土・日・月との、4日間、カナダは連休だった! ウチの近くの郵便局で普通に投函したのでは、20日の木曜日にコスモスにつくのは絶対に不可能。 大至急仕上げて、バンクバーの中央郵便局まで持っていった。(1日倹約になるが、その一日の差は、うまくいけばこの場合4日の差になり得る。)これで、今日中にカナダの郵便局の処理が済み、明日の飛行機に乗るかもしれず、カナダの連休をうまく逃れるかもしれない。(なんと、甘えた考え! 甘えついでにファックスにすればよかった!)で、これでダメだったら、入会20年目の初めての欠詠になるかもしれないが、自分が忘れていたのだから仕方が無い。「コスモス」さんでは、他に3000人近い方々が出されるのだから、私が休んでも痛くもかゆくもなかろうし、私だって、死ぬわけじゃないんだから、ま、いいか。それにしても数ヶ月前、バンクーバーの皆さんに、「早めにだしましょうね」なんて呼びかけたのは、誰だったかしら。困ったもんです。
April 13, 2006
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パキスタン産の「みかん」を買った。カリフォルニアのオレンジよりも、少し高価だ。最近は、ペルーの蜜柑、中国の蜜柑、台湾の蜜柑、日本の蜜柑などいろいろに輸入されているが、パキスタンの蜜柑は初めて見かけた。気候のせいか、カナダには日本式のみかんは出来ない。寂しいが、まあ、近頃では、このようにいろいろなところから輸入されるし、当地ではおいしい林檎や桃が出来るのでそれはよしとしよう。パキスタン産として今回買った蜜柑は、日本式のみかんとしては、少し大きめなので、そのサイズを記録するために、文庫本と一緒に写真をとった。(ちょうど、日本で買うLサイズの蜜柑と同じくらいの大きさ)味は甘くておいしかったが、種が多い。で、今日の即詠食卓にざるに盛りつけ置いておくパキスタン産大きなみかん種あれど大きく甘し 特売のパキスタン産蜜柑ひと盛りパキスタンよりはるばると来し蜜柑なり明日のためには二つを残すあかぎれの指には痛き冬蜜柑 春に届けばやすやすと剥く夏くればペルーには冬が巡り来てペルーの蜜柑がカナダに届く冬は日本、春はパキスタン、夏ペルー 季節それぞれ蜜柑が届く落語なら「千両みかん」の世界なり 春夏にみかんを食べる贅沢
April 12, 2006
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日本を脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も(塚本邦雄『日本人霊歌』)「日本を脱出したい」と思った皇帝ペンギンと皇帝ペンギン飼育係が、もし本当に日本を脱出したらどうなっただろう。飼育係の方は、人間同士、まあ、どこに行ってもやっていけるだろう。私だって日本の外でそれなりに暮しているのだもの。(とはいえ、日本を出たからといって、画期的なことは別にないけれども)しかし、現状への不満と、新しい天地を求めて日本を脱出した皇帝ペンギンには、どんな暮らしが待っているのか・・・・たとえば、ふるさと南極にずーっと住んでいる皇帝ペンギン達は、子孫を残すために、実に過酷な自然に耐えて暮しているのだ。 脱出したいと思うこともあるだろうし、気温が高くて辛いと思うこともあるだろうが、でも、日本の動物園にいる皇帝ペンギンは楽ですよ~。と、そんなことを突然考えているのは、今日,March of Penguins の映画を見たからである。(毎月一度、シニアのために、近所のショッピングセンターにある映画館で行われる無料の映画鑑賞会だ。)日本でも「皇帝ペンギン」としてすでに公開もされ、DVDも出ているらしいが、すばらしい記録映画だった。けなげで、哀しくて、むなしくて、寂しくて、美しくて、かなり泣いたけれども。ストーリーの内容は、渡辺千賀さんの 1月11日の日記に詳しいので、こちらでは省略するけれども、かつて、Earnest Shackleton の Voyage of Endurance でも十分に見たと同じ南極の自然の厳しさ、太陽のまったく出てこない真っ暗闇の中でのブリザードに耐えて、自然が与えたとしか思えない知恵で子孫を残していく様子。そして、時期が来ると、見事に子離れする親と、そのことを un-acceptable but un-negotiable( 嫌だけれども、どうしようもないこと) として受け入れて独り立ちしていく子供たちのたくましさを見ると、「生きる」ということは、こういうことだったのか・・・と襟を正す思いがした。 また、画像がすばらしく美しいのにも心を打たれた。 一年間を通して撮影した人たちも、同じブリザードにさらされて仕事をこなしていたのだと思うと、感動もひとしお。そして、ストーリーの終了後、写された撮影の様子の中に、ペンギンがカメラを覗きに来ているところなどがあり、「人間」というものの存在を知らないペンギンが、恐れることも知らずに好奇心で近づいてくるのも興味深かった。いろいろと感慨はあるので、この映画の感想は、連作にしようと思い、映画を見ながらたくさんのメモをとってきた。 自分が雌ペンギンの一羽になって詠んでみるのも、一つの方法かと思っている。 「人間としての自分」が通ってきた「子から母になり、やがて子供を手放した道」とも共通して、よい感情移入ができるかもしれない。
April 11, 2006
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バンクーバーの歌会に出された作品に、下の句が「・・・・「火の用心」と赤紙を張る」という作品があった。私の概念では、糊などで何かを何かに「はりつける」ときは「貼る」であり、「貼付」であり、「張る」は「帆を張る」とか、「糸を張る」とか、「張り切る」とかに使うのかと理解していたので、「?」と思ってしまい、調べもせずに「この場合の『張る』は『貼る』ではないでしょうか」と発言してしまった。ところが、このことを疑問に思った人はほかにも数人居て、でも、彼女たちは、それをちゃんと辞書で調べて来たところが偉い。「辞書をみたら、糊ではりつけるのにも「張る」と使ってよいと書いてあります」とのこと。あわてて広辞苑を見ると、「ひらたくのばして、糊・釘などで他の物につける。糊づけの場合『貼る』とも書く。」という定義が第三番目に出ていた。オットット・・・。また、よく調べないで発言するミスをしてしまった。ちなみに、「貼る」では、和英辞典にstick, affix などが出ていたけれども、広辞苑には一項目となっての説明はない。わずかにあるのが熟語の「貼付」としての項目。しかも、私が普通につかっている「てんぷ」という読み方は、慣用読みにすぎず、ただしくは「ちょうふ」と読むのだという。(私は、今まで「ちょうふ」と読んだことはなかった。)コンピュータをつかっていると、「貼付」という言葉はなじみ深く、その貼付の出てくる、「COPY AND PASTE」のことを「コピペ」という人がいて、あまり感じがよくないと思っていたが、貼付を「てんぷ」という私も、慣用的言葉使いをしている点では同類であったかもしれない。(それでも、「ちょうふ」という発音は、ちょっと現代離れちているような気がするけれども)今回の歌会では、「腑に落ちない」を肯定形で「腑に落ちる」と使えるかどうかを確認もせずに使って詠草を提出してしまったことといい、「張る」が「貼る」の意味でも使えることを確認もせずに間違いかと指摘してしまったことといい、母国語であるだけに一層、日本語は油断がならない。
April 10, 2006
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等々力亜紀子さんの歌集「紅珊瑚」昨日の第一章に引き続き、第二章(平成十年四月~平成十六年十二月) より。植ゑ育てし花梨の木などを見上げつつ職を辞めたるさびしさに佇つ長いこと勤めていらした作者の日常への、大きな変化ですから・・・片手にて広辞苑一巻持てるうちに遺歌集の準備始めおかんか「遺歌集」はテレをこめた表現で、けしてそんなことを本気で思っていらっしゃらないのです。でも、広辞苑は重いので、そんなことを言ってみたくなります。日本をまたぐミサイル有りと聞けど紅梅の紅(べに)しづかなるかな周りの危険も、今の日本にいると実感できません。等々力さんには珍しい歌材。紅珊瑚は女の魔除けしかすがに指輪のその珠(たま)わがなくしたり紅珊瑚への思い入れが、いっそうに残念な気持ちに。家中の灯(あか)りともして待つなれば灯(あか)りに誘はれ夫帰り来む本当にそうなればよい・・と思わせる切なさ。亡き夫の好みし花は何ならむ花賞(め)づる日もなく征でゆきし共に暮らされた日が短かったご夫婦。しかも若い頃は、あまり花には深い興味が湧いてこないし・・・。 もっともっとご「夫」君のことを知っていたかった作者。はりつきて皿の模様を浮かばせるふぐのさしみはふるさとの味透明なふぐのさしみをすくふとき周防の海の匂ひたつなり見事なおさしみを思い出します。からうじて壕より出ししマンドリン焼夷弾にて胴はじけゐき出征前のご夫君が弾いていたした、あのマンドリン。防空壕の中でもこんな状態になったのですね。結婚し四十日の世帯にて夫婦げんくわの記憶ももたず思えば、夫婦喧嘩の出来るのも贅沢なことでした。しかも、この年代の方には、作者以外にもこういう方がたくさんいらして、時代の犠牲になられたとの思いです。ははそはの母の持物(じぶつ)の色石(いろいし)の念珠幾連(いくれん)てのひらに載す母の持物は、娘にとって、格別の思いを誘います。来る度に知人減りゆくふるさとや日当りよくてただに寂しき「日当たりよくて」が一層寂しさを誘う死なむとき一人で死なねばならぬこと晴れたる冬空に背伸びしつつ思ふ・・・あああ、私も覚悟しておかなくては・・・。 言葉ではわかっているのだけれども。つまづいてころぶを漸くくひとめて杖にすがれり 出かしたぞAKIKO結句に、ほっとした喜びが・・・。こういうことがおありだったのですね。生き別れ死に別れ来つひとりして生きんとしたる事のつづきに結局は、そういうことなのですが・・・ 「あげ魔」われ端からあげて気に入りのジーンズの上着探しゆきたりいかにもありそうな・・・・。 ハイ、私もいろいろに頂戴しました。ちょっと苦笑なさっているような歌柄が軽やか。 女学生の頃から短歌に親しんでこられた作者は、残念ながらコスモスへの出詠はやめてしまわれたが、まだ折に触れて歌を詠んでいらっしゃるご様子。末永く、穏やかで緩やかなお暮らしを楽しんでいただきたい。
April 9, 2006
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等々力亜紀子さんの第四歌集、「紅珊瑚」(くれなゐさんご)コスモス叢書第797篇 を鑑賞中。この歌集の中の作品は、第一章 (平成四年三月~平成十年三月) と 第二章 (平成十年四月~平成十六年十二月)の二部に作品を分けて、ほぼ年代順に収められている。今日は、第一章より、私の特に好きな作品を抽出。簡単な感想を添えてUPする。ちさき柚子十あまり浮かべ浸る湯をかすかに揺らし地震(なゐ)すぎゆきぬお風呂のお湯の揺れから感じとるほどのかすかな地震。その後のしーんとした静けさまでが感じられる一首。 小さくとも10個も浮ぶ柚子も、かすかにゆれて・・手形切り小切手を打ち菜(な)も刻みシシフンジンのわが手と思ふ77歳まで現役で経理のお仕事をしていらした作者ならではの感慨。花びらをみな傘につけ人らゆく雨けぶり降る桜並木を桜のはかなさを美しく詠んだ歌。はづみつけ階段下るすこやかさ膝の痛みなどわれは知らずして作者自身も、感心するほどのすこやかさ。階段を上がるより、下るのがたいへんなのです。薄氷の張れる水面に浮かぶ鴨数ふえてをり昨日(きのふ)よりも今日結句から、日ごとに増えていくありさまが、強調されて印象に残る。夫と写れるただ一枚のスナップも欲しがりて子は持ちてゆきたりたった一枚のスナップ。「子」も欲しいし、「妻」もほしい。でも、やはり息子さんに上げたお母さまの心情。 お父上に会ったことのない息子さんであると思えば、なおさらのこと。(最後の部分は、この一首からだけではわからないので、深読みだけれども)征く前夜こもりてマンドリン弾きてゐし夫の短き青春想ふ 「夫」君の切々たる心情、若妻だった作者は、この時どんな気持ちでいマンドリンを聴いていらしたかと思う。 思うことを十分に言葉に出せない時代の、自分への心鎮めとしての音楽。(この歌集の中で、一番惹かれた作品)わが編みし象牙の数珠をよろこびて友はいつもいつもたづさへて持つ「いつもいつも」に感慨がある。鍋鶴とまな鶴の舞ふひろき空風が風を呼びやがて雨呼ぶおおらかで、のびのびとした表現。この歌集の中ではこういう感じの作品は少ないように思った。瞠(みひら)きて長き夜をゐる雛たちのさびしからむと灯を点しおく早春の夜を点してくれましぬ吾の眼(まなこ)に寂しさを見て(雛人形よりの返歌)還るなきひとりを待ちし五十年束の間ともまた長しとも思ふ五十年と一口に言っても・・・ 下の句に籠もる作者の思いに言葉もない。四十日添ひたるのみに生涯を夫恋ふるは美しき誤算といはむかそんなにも、妻の心をひきつけておける男性は、きっとすばらしい方だったのだと思います。そして、そんなにも恋することができる妻もまた。四十余年添ひ来し日々に気を許し互いの不満も漏らす贅沢(反省をこめて)亡骸(なきがら)の夫とひと夜を寝ねたりとふ羨しき歌に来てたちどまる詠んだ方にとっては、深い嘆きの歌であっても、その歌に歌われた事実を羨ましいと思われる方もいる・・・・。死して後は寄りてありたく家の墓をひとり残されし我が建立す彼岸と此岸の精神的橋渡しをしてくれるのが「墓」もの音をたてて子のゐる嬉しさに夕暮れどきの炊事はかどる一人のための食事の支度と、愛する人との食事の支度では、まったく気持ちが違う。この場合、いつもはいない「子」の気配が家の中にすることで、「夕暮れどきの炊事はかどる」。作者の心のはずみがよく表現された作品。紅珊瑚はなくしたる血赤(ちあか)の珊瑚ためらひし後にまた買ひぬ働きし金に大切にしていらした女の魔除けといわれる紅珊瑚。作者にして、買ふのをためらわれるほどのお値段だったのだろうが、結句に「働きし金に」とあるのが、なんとなく自己弁護のようで微笑ましい。のみうちて彫りだす面輪目守(まも)りをれば仏教とはいへその妻に似るそういうことって、たしかにあります。その仏像彫刻師さんには、「その妻」が観音様だったのかもしれません。喜寿となりなほ働くは要するに趣味にも似るとひそかに思ふ「趣味にも似る」という達観が、たよられて現役をながく続けられた秘訣かもしれない。(以下、第二章 は、明日のブログにUPの予定)
April 8, 2006
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バンクーバー短歌勉強会の四月歌会に出席した。会場の都合で、今回は例月よりも一週間早く開催されたが、前回欠席している私には、むしろ好都合だった。前回は、雪の中だったというのに、たった3週間のことで、今回は桜吹雪。二次会の I さん宅の前の通りの辛夷並木は、今年もまっしろな花盛りで、あたり一面に何とも言いようのない芳い香りがしていた。 あああ 今回の詠題は「一」。 得点の高かった歌を以下に引用する。8票歌わが裡に塵のごとくにありしもの一つこぼれて歌となりたり (T.I.) これが本当に自然に歌ができるときの、理想的な状態だと思った。作者によると、「まどから差し込んでくる光線のなかで、小さいほこりが空中にたくさん浮いているのが見えたときに、この比喩を思いついた」とのこと。すばらしい感性!ストーンとあなたの言葉が腑に落ちる ビールの最初の一口のやうこれは私の作。「辞書にあるのは『腑に落ちない』という言葉だけなのに、『腑に落ちる』と使ったところに作者の工夫がある」と評していただいて、赤面。(いいえ、意図的ではございませんでした。) 改めて「腑に落ちる」という言葉を広辞苑で引いてみると、たしかにそのような言葉はアリマセンデシタ。 私は、辞書を引くのは好きな方だと思うのだけれども、自分でわかったつもりで使っている言葉については、何も考えないことがあるので、要注意だ。 (以上、本日の教訓) 7票歌ひろごりてまた波立ちて一枚の布の自在に鳥が群れ飛ぶ(N.Y.)最近、スノーぎースが南の国から北へ帰っていく途中で、当地のあたりを大群をなして通りすぎて行くので、私はそのありさまを思い浮かべた。スノーギースの群翔は、まるで、大きな大きな大きな一枚の白い布を、風になびかせた感じで、 まさに空高くまた低く「ひろごりてまた波立ちて」で、私にはすばらしい表現と思えた。 ただし、もしかしたら、作者は、他の鳥のことを考えていたかもしれないので、この鳥の名前がわかるようにしたら、もっと感動が共有できる人が多くなるのではないだろうか。たとえば、同じように群れ飛ぶ鳥でも、このような飛び方でない鳥もいるから・・・・・。一ツだけよ 念を押された児の口に小さなチョコがもぐもぐ動く (C.H)狩野一男氏が以前、孫歌がよくない理由として、「孫歌は、著者と孫との間で世界が完結してしまうから、読者の立ち入る隙がない」ことを述べられた。なるほど、そうなのかもしれない。そこへいくと、この作者が詠んでいる「児」は、「知り合いのお子さん」なので、その距離が、きちんと観察する余裕をくれるのかもしれないが、孫と同じくらい年齢差のある「児」を歌って、行き届いている。会では、「もぐもぐ」は、「もごもご」にしたらどうか? という案が出た。言われてみれば、私もそれに賛成。口の動きは「もぐもぐ」だが、その口に見え隠れしているチョコレートは「もごもご」と動くのだろう。一陣の風に公孫樹は輝きをふりこぼしつつ冬を迎ふる (N.M.)晴れた秋の日に、公孫樹の葉が散るありさまを、とても美しく表現してあり、本格的・正統的な作品だと思った。「輝きをふりこぼしつつ」が特に好き。
April 7, 2006
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4月5日早朝にコスモスの選者・編集委員の川辺古一氏がなくなられたと伺った。(80歳)川辺先生は、北原白秋の多磨からの会員で、もちろん、コスモスは創刊号からの会員。創刊号には、以下の五首が掲載されていた。健康な妹達よ根つめて働かぬ吾を批判してをり部屋の壁塗りかへたれば家の中海藻の匂ひして落着きぬにはとりを三四羽飼へと縁の下の利用を吾は母にすすめる一列に雁渡りをり町にゐて忘れてをりし空うち仰ぐ日のくれに啼きさわぎをる猿のさま金網の外に見て吾は立つこれは、後に歌集、「圓沙」の第二章「街」の中に収められているので、おそらく作者26歳頃の作品。「圓沙」の前書きには「性寡黙にして、ひたすらに自己の詩を追求し、焦慮しない著者の敦厚な世界・・・」とあり、これが宮柊二師の「川辺古一観」であったかと思われる。さらに、著書、「宮柊二私録」1~3 を読むと、いかに川辺氏が宮柊二師に傾倒されていたのかがよくわかり、感慨深い。謹んで、ご冥福をお祈りいたします。
April 6, 2006
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「昨夜、CBCで東京の映画をやっていたから、あなたのことを思い出したわ」と、今朝、Lillyに言われ、「あ、Lost in Translation ね。私も見たわ」で、会話は始まった。会話内容を一応韻律にはめてみると、以下のようになる。「日本人はあんなに英語が出来ないの」リリーが不思議さうに言ひたり英語圏の人の陥る錯覚は「世界はすべて英語圏なり」「日本には英語の表示が少ないわ」教えるメグは「日本通」です日本語の表示がカナダにないことはメグには不思議なことには非ず千九百七十四年に一週間日本にゐしメグ「日本通」なり通訳をバカにしきつた映画なり 日本の通訳は優秀なのに「東京はあんなにチカチカしているの?」「ベガスほどではですけどね」「人々が怖い顔して歩いてる」「ニューヨークだって同じことです」「誰も皆急いでいるのは本当ね」「映画がそういうとこを撮るから」「ソフィア・コッポラ監督と、プロデューサーのロス・カッツ氏による来日記者会見」を読むと、二人とも、東京のことをとてもほめていて、その上で、「基本的にこの映画はあくまでもビル・マーレイの演じるキャラクター、スカーレット・ヨハンセンの演じるキャラクターの目を通した印象というものを描いたわけです。そして二人は外国にやってきた旅人でありますし、そういう人たちがどういう風にものごとを見るか、どういう印象を持つかということを描きたかったのです」ということだ。「あくまでも」ねえ・・・・。 でも、日本ではあんな通訳しかいないと思われたら、また、コマーシャル撮影のときの会話があのように進んでいるのが普通と思われたら、随分と心外。出演の俳優さんたちが抗議してくれたらよかったのに。「英語圏を出ても、土地の人々は英語ができて当然。英語の表示があって当然」と考え、それが果たせないときに腹が立つ人は、英語圏内にとどまっていたらよいのです。それを映画にして、相手をさげすむなんて、失礼だなあ・・・When in Rome, do as Roman do というのは、英語のことわざじゃなかったかな?そして、さらに言うなら、会話部分ばかりでなく、そのあとの微妙な部分を、短歌ですぐに表現できる私でありたかったりして。
April 5, 2006
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朝、インターネットでASAHIを開いたら、「第40回蛇笏賞(角川文化振興財団主催)は4日、後藤比奈夫さん(88)の句集「めんない千鳥」(ふらんす堂)に決まった。第40回迢空賞(同)も同日、岩田正さん(81)の歌集「泡も一途」(角川書店)と小島ゆかりさん(49)の「憂春」(同書店)の2作受賞が決まった。」との記事が出ていた。日本時間で2006年04月04日22時20分(バンクーバーの同日朝6時20分)にUPの記事で、私がインターネットを開いたのがバンクーバーの朝6時半だから、ホヤホヤの「朝飯前」のホットニュースだった。歴代の受賞者を見ても、いかにすばらしい評価をうけたかがよくわかる。小島ゆかりさんが、持ち前のあの笑顔で喜んでいらっしゃるだろうと思いながら、さらに、そのお母さまの静子さんのお喜びも察してうれしかった。静子さんの誠実にあれよと育て然育ちそれゆゑに負ふ苦しみも見つ(小島静子「擦過音」より) を思い出し、複雑な心境を経験してこられたお母さまも、今、「然育ち」だからこそ、「ゆかりさんの(そしてさらにはなおさんの)あのような歌柄が生まれた」と自負なさってよいと思う。「擦過音」より、お母さまがゆかりさんを詠まれた数首を引用する。「ありがたう」「すみません」とふ口癖を土産に吾娘の遊学終る嫁ぐ娘(こ)に母は賜ひぬ巻紙の手紙を添へし一対の数珠蟋蟀(いとど)鳴く夜道ひそけし婚近き娘はおのづから父に寄り添ふ胸も背も白く塗られてま乙女の娘が花嫁となりゆくあはれ大き師をともに戴く娘(こ)と我の幸深かりきその師失ふ先生の訃報に眼(まなこ)泣き腫らす歌友なる娘の若さ羨しき最後に、ゆかりさんのことではないけれども、最近の私の心境そのままの一首も。母と称(よ)ぶ絶対者にわれあらざれば時には孫に迎合もする
April 4, 2006
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TV JAPANで、NHK短歌を見る。これまで午前2時半(!)から30分だった放送が、この4月から月曜午前6時半から30分になったので、幾分見やすくなった。第一回目は特集。塚本邦雄氏について、永田和宏氏と菱川善夫氏が司会の梅内美華子さんと、塚本作品の前衛性、難解性とリズムの工夫などについてお話された。難解性を語る例歌には、海底に夜ごとしづかに溶けるつつあらむ、航空母艦も火夫も革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ 微笑みに肖てはるかなれ霜月の火事のなかなるピアノ1台などがあげられたが菱川氏いわく、「塚本邦雄氏の歌は難解だけれども、わからない歌があってもよい。わかる歌ばかりでは面白くないので、100首あったら、50首はわからなくともよい。」そして、「いつか私がわかってあげますよ」というような心意気で鑑賞するほうが面白い。」ふーん・・・・・・、そうなのか・・・・。 「不可解だが、不可解なる故に魅力がある」といわれれば、たしかに、たとえば、人間同士でも、「あの人は、なんだかわからないところがあるけれども、そこが魅力だ」ということはある・・。そういえば、歌謡曲に「恋は終りね。秘密がないから」(作詞・作曲なかにし礼「知りすぎたのね。」)というのがあったが、あの曲がはやったのも、人々の心理に、「あんまりわかってしまったらつまらない」という部分があり、共感を呼んだのかもしれない。(飛躍しすぎたかな?)なるほど、世の中には(私の作品などは特に)「言っていることはわかりますよ。でも、それがどうしたんですか?」という短歌はたくさんあって、分かる=よい歌 ではないということは、身にしみている。でも、私程度の人が「わからない歌」を詠んだら、「あ、これはわかりませんね」と、即座に切り捨てられるのに決まっているから、「わからない歌」を心にとめて「いつかわかるからね」と語りかける気持ちになるには、それまでに「この人の歌なら、たとえ今はわからなくても、きっといつかわかったときに、何か感じるものがあるに違いない」という、作者側の実績が必要なのではないだろうか。逸話のなかに、永田氏が、「微笑みに肖てはるかなれ霜月の火事のなかなるピアノ1台」について、この歌が発表されたときに、「わかりません。ちっともよいと思いません」と発言したことを苦笑してのべていらしたが、そういうことも不思議ではない。そして、このことについて永田氏ば「今は、これがとてもよい歌だとわかる」とおっしゃっていたのにも、鑑賞者のアンテナの推移が感じられて印象深い。でも、この放送を見ていたかもしれないバンクーバーの仲間が、「この歌はわからないんじゃないですか?」なんて歌会で言われたときに、まだ十分な表現の努力も訓練もしていないうちから、「あ、わからなくてもかまいません」なんて、言い出したらどうしよう?番組の中でも、塚本氏は、「物を見て、すぐ言葉に置き換える訓練を重ねている。」と菱川氏が述べられていたが、人は物を見ていても、あるいは見ていると思っていても、本当には見ていない。それが言葉に置き換える訓練をしてみると、ちゃんと見るようになる」というのは、勉強中の身としては心にとめておかなくてはならない言葉だと思った。また、リズムについては海底に夜ごとしづかに溶けゐつつあらむ、航空母艦も火夫もを例にとられて、句割れ、句またがりを駆使して、31文字の中のリズムを変更する歌い方が紹介された。「全体で31音のリズムですれば、いろいろなリズムが生まれてくるのでよいのだ」という考え方。俵万智さんなども、この詠み方をよくなさるし、このちょっとつっかかったような感じと内容がうまくマッチしたら、効果があげらるというのはよくわかる。私の場合も、連作が平坦にならないように、時々こういう技法に挑戦することを考えたらよいかと思うが、しかし成功するかどうかという段になると、「節調の悪さ」として簡単に片付けられてしまいそうで、非常に心許ない。それだけに、成功している塚本短歌が高く評価されているのだろう。最後に永田氏が「塚本氏は『その時代時代で歌っていかなければ、言葉は滅びてしまう』といわれたが、それは他の人でも同じことで、それぞれの言葉がそれぞれの裡で滅びてしまうくらい心意気で歌うのだ」と結ばれた。程度は大いに、また、色合いも少し違うが、が、私の中の日本語など「そのとおり」である。日常は英語を使う生活なので、歌ってでもいかなければ、どんどん影が薄くなってしまい、かといって、英語も母国語のようにはいかず、自分の中の言葉が滅びてしまうという恐ろしいことが、ずるずるとおきてしまうのが現実の問題だと思う。
April 3, 2006
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コスモスさっぽろ「45号」 の2首選のパート3。服部浩子さん「光るオリオン」より二回り小さくなりし母に会ふ故郷の野の青草の中 (小さくなる親を見るのは、さびしいものでして・・・) 凍て空に光るオリオン現はれて街の灯と共にきらめく (良く晴れて寒い夜は、星も街の日もきらきらして) 浜田虎夫さん「賀状が来たる」より老年は包囲されたる持久戦励ますごとく賀状が来る (「持久戦」ですか・・・なるほど。)落し物したる感じぞ枕上に浮びし歌を思ひ出せねば (わかります、わかります。)浜田八重子さん「真紅の優勝旗」より土の香の匂ふ筍あくぬきて食めばさくさく音沁み透る (これが、本当の贅沢)たんぽぽの輝く土手にのぼり来てわれもその中に立ちて輝く (下の句が、楽しい。)本田禎子さん「蕪村のやうに」よりドラマ観てソファーにまろびその俳優とひそかに逢ひぬ春昼の夢 (まあ、うらやましい。)詩でゑがき絵でうたひたし菜の花と月と日よみし蕪村のやうに (同じものを、違う方法で描写することには、私もあこがれます。) 松尾祥子さん「てのひらの階段」よりコスモスが風をさそひてゆれる午後大いなる雲の影よぎりゆく (堂々とした下の句が、上の句によって生きて・・・)あやまちを赦してくれる木のありて会ひにゆくなり寂しき晩夏 (なんて素敵な、自己カウンセリング!) 松嶋律子さん「するりとまわる」よりえんぴつの芯の粉塗るそれだけで気難しき鍵するりとまわる (うちの気難しい鍵にも試さなくては・・・・・・)雪消せし屋根に雨音弾みいて耳を澄まして春を聴く夜半 (雪の音から雨の音に変わった感慨。雨音を聴きながら眠る)松原俊樹さん「シルクロード」より フィルムのケースに掬う戈壁の砂やけつくやうな陽の匂ひする (砂漠の砂がそんなに熱いとは・・・。でも考えてみれば当たり前か?)祟るぞと壁画の像の目を刳る偶像否定の異郷の恐怖 (想像しただけでも恐ろしい)以上、楽しく読ませていただきました。20年近く前に、北海道大会に伺ったのを思い出しながら・・・
April 2, 2006
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「コスモスさっぽろ」掲載作品の2首選、半ば近くを終っての印象は、みなさんとてもタイトルのつけ方が巧みだということ。これは何としても、学び取りたいところだ。また、どの方の作品からも2首を選ぼうと思うと、普通に読むより読み方が丁寧になり、思わぬ収穫があるのは、楽しい。では、引き続き・・・佐川節子さん「不思議」より赤土に阿檀の木の根さらされて人語に似たる海の風吹く (第四句に惹かれる)雲低き森を越えゆく青鷺のたおたおとせる危うさを追う (本当にそんな感じ) 島上鉄雄さん「国勢調査票」より オリオンの三つ星仰ぎ宵のしじまママさんダンプ除雪に汗す(!)「わたくしの土地にようこそ」悠然と知床のエゾシカ土手に佇む (思えば、あちらさまの土地にお邪魔しているのは人間の方でした)清水芳洞さん「蝦夷地」より囚徒らが鉄丸を曳き歩みたる石段の深き摩滅を見継ぐ (蝦夷地開発時代の政策の重大な誤り。)海霧はあなおそろしや蝦夷の古き記録に「霧気に中られて死す」と (いくら慣れても恐ろしい海霧。しかし海霧が出るときには海流がよい・・・と、これも「菜の花の沖」で読んだ。計器が未発達だったころの航海術は、想像を絶する。) 菅原武彦さん「四季の想ひ」より 窓掛けを引けば朝東風(あさごち)吹く庭面クロッカスそよと遅春にして (いよいよ春・・)冬囲ひの青網かげに残り咲く鉄線ひとつ霜月の朝 (冬への用意を済ませて、秋の名残を味わう) 高橋妙子さん「冬のつぼみ」より 春の日の明るさのなか雪片の白さきはだち照りながら降る (結句がきらきら美しい。)蜘蛛の子のやうな生徒を引率す三泊四日の修学旅行 (思い思いに動きたがる生徒さん達。「散らして」しまったら大変だから・・・!) 高畠明子さん「大き雪片」よりまだ空に遊びてゐたいと言ふごとくゆうらり大き雪片舞ひ来 (一・ニ句が魅力的)五センチに満たぬ足なりし男の孫が今玄関に大き靴ぬぐ (まさに実感!) 武田馨さん「白き晩春」より見返れば山峡ふかく咲き残る蝦夷山桜の白き晩春 (名残の桜のひそとした美しさ)魂の相剋を超えて疾走す野生馬集団朝霧を衝き (上の句に心慎む思い)冨塚喜代子さん「ままごと百姓」より百姓も吾らの代で終りなり農機具なべて整理せむとす (具体的には農機具の整理だけれども、実は、心の整理)谷に咲く真白き花に例えられはにかむ少女十四歳なり (はにかむところが谷に咲く白き花) 鳥谷晶子さん「三味線の音」より選ばれて佑筆の職得しならむ流麗の文字品格保つ (上手なだけでなく品格がなくてはいけないのですね。短歌も?)焼酎のうた面白しと聞きしゆゑそを読みに行く昼の図書館 (どうしても、読みたくて・・)長島和子さん「花明り」より案じつつ案じられつつ離り住む子ら在り老の日々は安らぐ (そういうことが安らぎに・・・)負けん気で目立ちたがりの十五歳 いいお母さんになることが夢 (上の句と下の句の予定外調和が面白い)以下、次回に続く
April 1, 2006
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