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すれちがひ一日働くはさみの刃夜ふけ机上にひしとかみあふ(松尾祥子「桟橋NO.87」より)「一日中すれちがいになりながら働くけど、夜になるとひしと抱き合うものなーんだ?」というなぞなぞを出されて、「はさみの刃」と答えられる人が何人いるだろうか? (「かみあう」と言ってしまうと、わかってしまうかもしれないけれども)また、はさみの刃を見て、働いている間中、すれ違っているけれども、仕事が終われば、「ひしとかみあふ」と思いを膨らませられる人が何人いるだろうか? (「はさみは使い終わったら、ちゃんと閉じておこうね。じゃないと、さびしそうだよ~」と、子供に教えたらよくわかるかもしれない。)この一首を読んでから、はさみを見るとまさにその通りなのだが、そのイマジネーションのゆたかさに感動してしまう。なんだかはさみの刃が、仲のよい夫婦みたいに「けなげ」に見えてしまったりして。これは、「桟橋」87号にでている「シャチハタ」12首の中の一首。他にもタイトルとなった一首シャチハタは日々頑張って働けどつひに実印にかはることなしに、心惹かれている。「シャチハタ」は象徴でもあって、最初からそのように定められている人の哀しさがあって・・私の中のシャチハタも、若いうちは、「実印さん」たちを見て、何度ため息をついてきたかわからない。でも、加齢と共に、「シャチハタにはシャチハタの役割があるから、それでもいいわ。どうぞ、そういうことは私にまかせて、実印さんは実印さんでなければできないことをしてください。」と、堂々と思えるようになってきたのも、事実であるが、それは、成長なのか、諦めなのか・・・
August 31, 2006
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昨日に引き続き、コスモス8月号あすなろ集より、私の好きな作品後半。あらかじめ、数日前に全体を読んで抽出したメモから、前半後半に分けてUpしているのだけれども、今日、またぱらぱらと本誌を捲ってみると、また別の歌が目に飛び込んできたりする。コスモスに掲載されている作品は、すでに、各自の10首の中から、3首、4首、または特別の場合は5首を選者に選ばれたものであるから、コスモス的には「できあがった作品」と評価されているので、どれを選んでも、また、自分の気持ちがどう変っても、(しかも、それが個人のブログ内のことであればなおのこと)よいのだろうとは思うけれども、かなりわがままなことではある。一病にあらず二病も三病も持ちて七十五歳となりぬ(山口 照)一病息災とはよく言うけれども、齢を重ねれば、なかなか一病だけとはいかない。まして、予防医学が進んで、病気の発見が早くなればなるほど、たとえば二十年前だったら、「一病」しかみつかっていなかったであろうような状態でも、二病、三病と抱えているのがわかり、それなりに、服用する薬も増えて・・・・現代医学のもとでは、「三病息災」あたりが普通なのかもしれない。そして、その「病気」と付き合いながら、七十五歳になられて、まだまだ「息災」な作者の、ちょっと突き放して詠んでいる態度が、明るくてうれしい。信号で停車の度に視野に入るコンビニと言ふ四角なお店(南 綾子)東京に行くと、コンビニがたくさんあって、どれも適当に繁盛しているのに感心する。「信号で停車の度に」というから、車またはバスなどで移動中に詠まれた一首だと思うが、その表現に、コンビにの多さがよくわかる。日常の用事が一応たりるコンビ二は、まさにconvinient!だいたい規格が同じようなお店を描写して、「四角なお店」という表現も面白い。昔のアメリカ映画によく出てくるgeneral store も、そんな感覚だったのではないだろうか。General Storeあって、コンビ二にないのは、衣類とか布地、農機具くらいだろうか? ゆさゆさと藤の花房風に揺るうすむらさきの息を吐きつつ(永田恭子)風に揺れるとき、藤の花房は本当に「ゆさゆさ」という感じでゆれる。「うすむらさきの息を吐きつつ」の表現が見事だと思った。札入るる動作のおそき数秒を「分割でも可」と自動販売機言ふ(小山孝子)思わず笑ってしまった。自動販売機の前にたって、ハンドバッグから財布をとり出して、でも、「あれ?お札を入れるのはここからでいいのかな?」とか「あら、折り跡を伸ばしてから入れなくちゃ」とか「ええと・・・もっと細かいのは無かったかしら」とか考えて、ちょっと時間がかかってしまうことは、とかくよくある話。でも、手持ちが足りないわけではないので、「分割でも可」なんて、結論を急がないて、もうちょっと気長に待ってくださいな。・・・と、作者に代わってひとこと。ところで、「分割でも可」などと言う自動販売機が、日本には本当にあるのだろうか? それとも、面白くするための作者の演出?カナダでは、ときに、「おつりは出ません」などと注意書きのある自動販売機まであるくらいなので、本当なら、私には再びのカルチャーショックだ。誰も彼も幸せな顔になりてゐる海老蔵が花道通りしのみに(西野文子)えー? ああ、こういう世界もあるのだった!けっして安くはない入場券を購入して、わざわざ歌舞伎を見に行く熱意のある方たちにとって、目の前の花道を通っていく海老蔵を間近に見ることができた時の幸せ。対象は、何でもよい。 ただ、こういう気持ちになれることを持つ人は、とても、とても幸せだと思う。「お母さんが鬼になったよ角が出た」叱られた孫そっと言いに来(小岸 静)Ha,Ha,Ha!お母さんには、「心を鬼にして」、どうしても叱らなければならないことが、いくつかあるのです。面接と半年ぶりに背広着るむすこよ肩の力を抜いて(藤井靖代)いくつになっても、息子のことは心配になる気持ちが、「肩の力を抜いて」という言葉にうまく象徴されている。本当は、大丈夫だし、息子の方が親を心配していたりするのだけれども・・・・(私も、頭ではわかっていても、同じことです。)農薬を使わぬ畑の豆蛙いっせいに飛ぶバンザイをして(三村時枝)「バンザイをして」が、蛙の飛ぶ形と、うれしげな様子を巧みに言っていると思う。農薬の使わない畑も、随分少ないことだと思う。わが家の家庭菜園でさえ、多少の農薬は使わないと、手数が何倍もかかるので、農薬を使う気持ちもわかるのだけれども。レントゲン撮るたび影の薄くなり雪消ゆるごと肺炎治る(藤田英夫)まあ、よかった!雪がだんだん消えていくように、いつのまにかなくなった影。作者の喜びを、追体験して読者もうれしい。
August 30, 2006
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短歌結社誌、「コスモス」8月号を読み終わっていないことを反省して、8月号あすなろ集より、印象に残った歌を2回に分けてUPする。私の好みだけれども、内容的に、あまり暗い作品は、読者としてつらいので、避けて通ってしまった。悲しみは乗り越えなくていいぢやないたつぷりひたる時もなければ(一柳紀美子)とくに、家族を失った悲しみなどは、悲しんで偲ぶことによって、つながりが強まるように思う。喫煙はあなたの健康損ねます」されど売ります御国の為に(星野武二)上の句から下の句への展開が面白い戦時中の標語とかけたところに、苦笑が浮かぶ。 寝敷きせし「プリーツスカート」身に着けし杳き日の吾を語る人あり(劉智恵) 昔は、夜寝る前に、きちんとスカートのひだをそろえてたたみ、畳と蒲団の間にきれいに敷いて寝たものである。スカートは、概ね紺サージの学校の制服で、じきに生地がてかてかに光ってしまうのだけれども、一晩で襞はきちんと着く。(そういえば、最近、サージなどという言葉も聞かなくなった)劉さんもなさったのですか? 私もしましたよ。夕べ閉ぢ朝に開くたんぽぽの花には花の時間あるらし(西垣 純)下の句が、優しい。 水割りのコップに落せし小さき氷ピチとかすかな音とたてたり(竹内悦子)「ピチ」に、静けさがよくわかる。夜、お宅で静かにグラスを傾ける・・・・・・真夜中の羊よ忙(せは)しなくないか眠れぬ人に呼び出だされて(西尾慶子)思わず笑ってしまいました。あっちにも、こっちにも眠れない人がいて、その1人ずつが「羊がいっぴき」「羊が二匹・・・などと唱えていたら・・・ちょっとこわい。成田行エクスプレスの通過後は震度2ほどの震動のこる(美郷 慧子)[震度2]にリアリティーがある。成田エキスプレスの外ではそういうことが起こっていたとは、考えてみれば当然なのだけれども.前席の三人ケータイ二人ガム一人爆睡一人お化粧(安田節子)電車かバスの中だろうか?数字が生きていて、批判なのだろうけれども、角が立たない。玄関の格子戸に並ぶガレージのシャッターもまた格子戸の京(矢沢幸子)町並みに気を使って、現代の生活に必要になるガレージのシャッターなども取り付けるけれども、格子戸にしているところ。古都の雰囲気を守ろうそるす心意気を感じる。駆け引きで貧しき国を支へたる北朝鮮は外交大国(今井忠一)外交が下手な国かと思ったら、見かたを変えると、外交大国であった・・・とも言える。なるほど、「駆け引き」で国を支えるなど、外交大国でなくてどうしよう?〈投入〉を〈殺人〉と読みてしまうほど事件は多しわが住む国に(島岡享子)字を「景色」で読んでしまうことがある。ちょっとよく見たら「投入」だということはわかるはずなのに・・・と、この方自身も苦笑されているようだ。五十といへば若い若いと人言ひぬいくつになれば年なのだらう(大崎孤陽)20代のころなど、40代の人のことを「としより」だと思ったことを、思い出した。私の独断と偏見による、経験的定義では、自分より15歳以上年上の方が「年」で、その値は、自分の年齢と共に上昇することになっている。・・・???飴色に艶めき変はる鯨尺裏に薄れて吾れの旧姓(清水やえ子)毎日、使っていらした鯨尺。ご自分の旧姓が薄れて裏にかかれているのを見ると、和裁をしていらしたころのことなども思い出されるのでは? 竹のものさしが飴色に変ってしまうだけの時間、そして、度量衡も変って鯨尺が使われなくなった時間の経過が、なつかしいものに感じられる。
August 29, 2006
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8月号のコスモスも読み終わっていないのに、届くとつい新しい方にも手が出て、9月号も読み始めていて・・・観て来たよ火星、木星、冥王星、天文科学館を語る四歳(久保祟子)の一首に出会った。四歳児がこんなに興奮して観て来た「火星、木星、冥王星」だ。将来の天文学者が生まれるきっかけになっているかもしれない。天文科学館で、どんな風に見せたのかにも興味がある。内容的には、この歌が詠まれた時点では、冥王星は、太陽の惑星であったのに、数日前からそうでなくなったことを考えると、偶然ながら、まことにタイムリーである。このお子さんが大きくなったときに、「あなたが、四歳のときまでは、冥王星は太陽の惑星だったのよ」なんて話してあげたら、どんな顔をするだろう。人間の記憶は、四歳くらいまでさかのぼれるように思うので、案外、覚えていて一緒に感慨にふけってくれるかもしれない。身近にいる天文学者サンに、「そういうことを、挙手で決めるというのは、なんだか素人には不思議なのだけれども?」と尋ねてみたら、「学会でも、ごく珍しいことです」と言っていた。この一首に話を戻すと、「観てきたよ」で歌い出したところが、インパクトが強くて、四歳のお子さんの興奮している息遣いまで聞こえるようだ。そう、「見てきた」のではなく、ちゃんと天体望遠鏡で「観てきた」のだ。漢字の使い分けをしたのは作者だが、よくその子の気持ちを組んだ用字だと思った。火星・木星 と、地球に近いところに始まって、いきなり一番遠い冥王星まで飛んでしまう並び方にも、心の弾みを感じた。リズムもよいし。それにしても、この天文科学館でも、今回の決定に沿って、説明の資料や展示を更新しなくてはいけないのだろう。各国で教科書の記述も変えるそうだし、辞典などにも変更が必要になるのだろうし・・・「科学的に正しい」ことと、経済的に正しいことは、ちょっと違うかもしれない。
August 28, 2006
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数日前、NHKの短歌講座を見ていたら三枝昴之氏が、立秋をすぎると、「あるとき、ふっと夏から秋へ変るのを感じる。」という話をされた。司会者が、「たとえば、どんな時に?」と質問すると、「空の色が変ったのに気づくとき」だと答えていられた。それは私も、十代のころから、毎年感じていることで、三枝氏から同じ言葉が聞かれてうれしかった。もう亡くなった友人だが、やはり同じことを感じていた人がいて、その人から「ね、今日の空見た?」などと電話がかかってきたり、または、こちらからかけたりして、「見た、見た」などと騒いでいたことがあったのも、懐かしく思い出される。今年のバンクーバーは、ちょうど立秋のころからそういう空の色になっていたが、今日は、その上、雲が秋の穏やかな雲になって、空の色が透けてみえるような感じで、薄く広がっていた。 おまけに、楓の胴吹きの葉も、きれいに赤くなって! 「目にさやかに」見える秋に、気の急かれる思いがする。
August 27, 2006
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うちの「畑」では、今が茗荷の季節である。 これでお腹がいっぱいになるような食べ物ではないけれども、緑濃く茂った葉は、お皿の上に敷いて前菜を載せると、たいしたことのない料理でも映えたりするし、その陰の闇に出てくる茗荷の子は、薬味に重宝するし、てんぷらにしてもおいしい。友達の中には、薄く切ってご飯にのせ、鰹節とお醤油をかけて、たくさん食べるという人までいて、毎年、たのしみにしてくれている。食べきれない分は、お酢につけておくと、きれいなピンクになって、これまた便利に食べられる。たとえば、バンクーバーでは手に入りにくい紅生姜の代わりにもなる。その上、「茗荷を食べると物忘れする」という定説があるから、何かを忘れたときに、「あ、茗荷を食べたもので・・・失礼しました」と言い訳できるという利点もある・・・・・かな?葉の下の闇に茗荷が顔を出す竹の林の竹の子のごと葉の下に潜りて茗荷を掘り出せり今日取りにくる友達のため湿りたる土の匂ひをつけたまま茗荷は茗荷の香りも放つ白き花先につけたる茗荷子もいくつかありて初秋となるシャリシャリと歯ごたへのある天麩羅に揚げて茗荷を皿に盛りたり手に残る茗荷の香りを惜しみつつ今日の炊事を終はらむとする我が庭の自慢の天麩羅 食材は春蕗の薹夏は茗荷子(しかしこの庭、正確に言えば、一年前から息子一家に譲った家の庭である。あんまりいつまでも日本の年寄り向け食材を、大きな顔をして育てさせてもらうのもどうかと思うから、ちょっと残念。)
August 26, 2006
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ダグラス・ファーは、カナダのブリティッシュ・コロンビア州や、アメリカのワシントン州太平洋岸林業には、重要な位置を占める大樹である。太平洋岸では85メートルの高さを誇る木もあるということだ。 FIR は、日本語では「もみ」という意味だが、この木は本当はFIR(もみ)というよりは、ヘムロックの一種であるらしい。クリスマスツリーのようなもみの木とも違うし、杉とも違うし、松かさのようなものが出来るけれども、松でもない。とはいえ、別に特殊な樹ではなく、ふつうにそのあたりで、しっかりと育って美しく、特に、葉を通して差し込んでくる木漏れ日などは、夏の暑い日にはたまらない魅力である。英和辞書(New College English-Japanese Dictionary, )でひくと、Douglas Fir という項目があって、【C】 〔植〕 アメリカトガサワラ, ベイマツ(米松) 《マツ科の大木》.と出ているが、逆にその日本語から、Douglas Fir のイメージがわくかというと、少しむずかしいような気がする。この二語のうち、米松、の項目は広辞苑にもあり、認められている呼び方なのだろうとは思ったが、これで、あの大きなダグラスファーを連想できる人は、あまり多くないかもしれない。と、まあ、なかなか面倒。そうなると、私などは、ダグラス・ファーしか歌材がないわけではないから、「危うきに近寄らぬ」精神で、ダグラス・ファーを歌に登場させていない。(翻訳を仕事にしている私としては、もっと平素からこだわるべきではあるのだが、木材関係の人は、本物を目にすることが多いので、Douglas Fir は ダグラス・ファーとしておいたほうが、却って誤解がない。)ところが、コスモスの8月号で、喚声が森にこだます百尺の北米松を仰ぐ校庭(粟津三寿)という一首を見つけた。(9月号がもう来たのに、実は、まだ8月号を読み終わっていないのです。)この描写からして、これはダグラスファーのことに違いない。そうか、「北米松」で選者がとっていられるところを見ると、この言葉が使えるわけだ。ちなみに、広辞苑と大辞林には「北米松」という言葉は出ていなかったが・・・「米松」を引くと、「北米松」という解釈が出てくる。よし、私もこれからは、ダグラス・ファー=北米松 で作歌しよう。それにしてもこの歌、百尺 という尺貫法を使って感じが出ているところが心憎い。私より6歳も若い作者だから、尺貫法などは、実際に使ったことはないだろうと思うのに・・・・。
August 25, 2006
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コスモスの9月号に、コスモス賞の発表がされている。今年は、津金規雄氏と、佐藤典子さんが受賞。(お二人とも「のり」が付く。おっ、今年は「のり」の年だ! 縁起がよいから、「紀」にも何かよいことがあるかもしれない・・・なんて期待は・・・・もてない。)お二人の作品を読んで感じることは、まず、その表現もすぐれているが、そこに教養や知識の裏打ちがしっかりと厚く存在するので、深みがでていることだと思う。「短歌は、やはり、言葉を定型に入れていくだけではだめだなあ」と感じさせるのがすごい。受賞作品が30首ずつ引用されている。どれも、魅力的な作品ではあるけれども、勉強の意味で、特に好きな作品を5首ずつ、抽出してみる。津金規雄氏作品よりさへづりは命の激ち聴き入りしわがたましひと深く交はる甘えきて二重まぶたとなる猫の肌をぬくめてゐる春の宵ゆで、生、煮、とりどりありてテーブルは春の畑の菜のにぎはしさしづかなる雨滴のひぎき聴く夜に想ひぬ我を産むまへの母つむじ風立てば落葉は歓びてダリの口髭ふうにくるりす佐藤典子氏作品より夕光に寥寥の情よびさまし苑生の牡鹿声引きて鳴く目つむりて光絶ちたる身の虚を細く落ちゆくフルートの悲は「昭和史を語る」講座を聴講の昭和全うしたる顔、顔前世紀のぞくごと聴く法王の死の儀式はた海賊の難空中の綱渡りつつにこやかな少女ひりひりと心(しん)研ぎをらむプラス、追加のもう一首茎立ちの緑みづみづと蕗育つカナダの友の庭のにつぽん(これは、昨年、カナダの私宅に来てくださった時の一首です。このときは5月でしたから、8月にとった下の写真よりも、「緑みづみづ」としていました。)
August 24, 2006
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「今日は誰とゴルフをするのかな?」と組み合わせ表を見たら、主人のほかにLee Clark さんとJ.C君の名前が入っていた。 J.C君は顔見知りのジュニアだが、Lee Clark さんは、私には心当たりのない名前だ。主人に心当たりがあるかどうか、尋ねてみると、「『あかとんぼ』の歌が上手に歌える人だよ。」というあまりにも予期しない返事が来たのでびっくり。さらに話を聞いてみると、この方は、70台の白人男性で、若いころはラグビーの選手だったそうだ。カナダ代表だか、BC州の代表だったか、あるいはどこかの企業のチームだったか、そこははっきりしないのだけれども、「昭和50年代後半くらいに日本に遠征して、秩父宮ラグビー場でMIYAIのチームとプレイをしたことがある」と、楽しそうに主人に話してくださったことがある由。そして、その時に、そのMIYAIさんに習ったのが ♪ゆうやけこやけのあかとんぼ♪の歌だったという。日本語はわからないから、ただの丸暗記なのに、何十年も歌えるほどしっかり覚えていられるところをみると、よほどその交歓が楽しかったのだろう。こういうよい思い出を持っている人たちは幸せだ。これこそ、本当の国際親善。最近は、ゴルフ場でも時々赤とんぼをみかけるので、もしかしたら今日も歌ってもらえるかな?ところで、主人は、そのMIYAIさんは、当時、明治大学だった、宮井国男さんではないかと言う。それは、推測なのだろうし、私はラグビーのことはぜんぜんわからないのだけれども、年代的に言っても、十分にその可能性はあると思った。ちなみに、ネットで検索したら、「ようこそ先輩」に出演中のお元気な宮井氏の写真が出てきた。 若き日にラグビー選手なりし人 穏やかに老いゴルフ楽しむ若き日の交歓試合を憶ひつつ「あかとんぼ」の歌うたふ老い人初秋の風に飛び交ふあかとんぼ 人に昔の日々を届けるあちら向きこちら向きして飛び交へり夕焼け小焼けのあかとんぼたち
August 23, 2006
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ゴム草履素足に履きて息子らはゲートの検問通過してゆく3週間ほど前になるけれども、アメリカに住んでいる次男夫婦が、休暇をとって、会いにきてくれた。まだ、イギリスで、テロ計画が発見される以前の話である。到着の際、バンクーバーの飛行場で出迎えたときは、二人ともちゃんと靴を履いて、キチンと歩いてゲートから出てきたのだけれども、1週間後に出発のときは、素足にゴム草履をひっかけてペタンペタンと歩いていこうとする。ビーチサンダルつつかけて機内の人となる海水浴に行くかのやうに「ちょっとだらしないんじゃないの?」と見かねて小声で息子に言ったら、「今は、これが一番いいんだよ。」と言われた。いわく「飛行場のゲートに入る検問で、運が悪いと靴を脱がされて、もう一度丁寧に検査されたりすることがある。そういう時は自分も気分が悪いし、調べる方も手間がかかるし、また、同じ列の後方についた人も、よけいに待たせなくてはならなくて申し訳けない。だったら、素足にゴム草履の方がエチケットに適っているではないか・・おまけに、楽だし。」来るときも、ゴム草履ばきで検問を入って飛行機に乗ったのだが、オヨメサンが姑である私に「だらしがない」と思われるのではないかと気にしたので、こちらの空港につく直前に、靴に履き替えたのだそうだ。女性用のサンダルでも、かかとの部分に何か仕込まれていないか、丁寧に調べられることがあるという。一見、気楽そうに見える服装も、聞いてみれば、あちこちに気を使った結果だということだ。かわいそうに。さらにその後、例の事件があってアメリカへの出入りばかりでなく、他の目的地への乗客検問ももっときびしくなり、機内持ち込みのできるものが少なくなった。そのために、カナダの飛行場の免税店は、臨時休業。働いている人たちも、無期のレイオフになっていると、最近の新聞に出ていた。酒類、化粧品類など、液体またはペイスト状の商品が大部分である免税店としては、販売できるものはタバコくらいになってしまっているのだろう。目的地で品物を受け取ることが出来るようにしても、目的地によっては、外国からの液体またはペイスト状の商品の持ち込みを拒否するところもあると新聞に出ていたから、解決策にはならないらしい。(私は、長時間飛行に乗ると、機中で首だの肩だの腰だのが痛くなることが多く、バンテリンの液体をいつもバッグに入れて乗るのだが・・・ 次回、日本に行くときまでには、何かよい対処法を考えておかなくてはならない。)
August 22, 2006
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コスモス8月号の月集(同人)作品から、印象に残るものを抽出する。居眠り少女隣りに居れば恋人をこひびとご書くほどのときめき(高野公彦)作者が、乗り物の中で居眠りする少女と隣り合わせている状況を想像した。ちょっとした、暖かいときめきの形容として、下の句の比喩がとても楽しい。桐の花をあふぎて撮ればむらさきはみな逆光となりて黒ずむ(木畑紀子)たしかにその通りで、自分の目より上にある桐の花のむらさきを、そのままに撮るのは難しい。それと同じで、目上の人を仰ぎ見ると、皆同じく「逆光となりて黒ずむ」という、判断の難しさも考えさせられる。仰いでしまうと、個性が見えてこないのだ。易くありまた難くありなづみたり足利学校漢字の試験(井口直子)私も昨年の春、足利学校に行ったが、昔、教室があったところに、机がおいてあり、そこに、誰でもが楽しめる漢字テストが何段階かにわけておいてあった。そういえば、井口さんも、支部の吟行で行くことになっていると言っていらしたのを思いだした。その試験問題、わら半紙大の紙に大きくかかれていて、なんだかやさしくて、簡単に出来そうだと思ってとりかかってみると、意外なところに落とし穴があったりして、まるで「有名中学入学試験」に出ていそうな感じであった。私も、すぐにやってみたのだけれども、どうやら、この分では井口さんもやってごらんになったとみえる。開け放したお座敷のような教室で、座卓に座って座布団を敷いて・・・という舞台装置の中で鉛筆を持つと、なんだか歴史上の人物になったようで、私は楽しかった。あとで、バンクーバーの短歌仲間にも、解いて遊んでいただこうと、1枚余分にいただいてきたのだが、なんとなくそんなチャンスがなくて、1年半がたってしまった。はつなつの干されちまつたかなしみは小さくなつたホタルイカなり(大松達知)「よごれちまつたかなしみは・・・」を下敷きにして、下の句が思わぬ展開を遂げる。中原中也もびっくりな一首。ヘッセ展めぐりて思ふ親しみし読者およそは老年ならむ(佐藤典子)「車輪の下」など、若々しい青春のストーリーを書いたヘルマン・ヘッセだが、思えば、たしかにその通り。老年になっていらっしゃる読者が多いのだろう。私は、中学生のときに、友人に薦められて「車輪の下」を読んだが、その友人にはよくわかったらしいこの本も、私にはどうもピンとこなくてよくわからなかった記憶がある。それにしても、東京というところは、さすがに人口が多いだけのことはある。いろいろな展覧会が催され、そのどれも適当(以上)のい人が入り、採算があうらしく、また次なる展覧会がある。バンクーバーもよいところだが、よい展覧会が見られることはめったになく、そういうところは、全面的に東京がうらやましい。「ばんがれ(がんばれ)!」と子らに応援されながらボールを投げるうーんと遠く(大橋恵美)そう、そう。「ばんがれ」って言いましたよ、うちの子供たちも。「がんばれ」がどうして「ばんがれ」になりやすいのか、三人とも、そんな言い方をしました。もっとも、その三人とも、大橋恵美さんよりも、年上ですけれども。その言葉のかわいさと、その応援に答えて「ばんがって」しまう先生。最後の「うーんと遠く」で、生き生きと楽しさが伝わってきました。たがやせば空気を吸ひて再生をくりかへす土、地球の保護膜(米田靖子)第五句「地球の保護膜」に感心した。土のことを、こういう風に表現できる人が、他にいるだろうか!愛情を持って、農業にいそしんでいる人だからこそ、こういう言葉が浮かぶのだと思う。
August 21, 2006
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東京にいるときは、楽しみにして、コスモスの「東京歌会」に行くのだけれども、カナダにいる時は、それは無理というもの。でも、奥村晃作短歌ワールドには、ほぼ毎月、東京歌会で、奥村氏がよいと思われた作品がUPされるので、こちらは必ず見せていただく。今月も12首がUpされていたが、その中で一番私が好きだったのはバラードは今はNGカラオケで明るい歌を捜して歌う 石山朱音であった。しんみりしたバラードは、今はNo Good。カラオケでは意識的に明るい歌を歌うという作者。哀しいとか、落ち込んでいるとかの状況にある作者が、心をひきたてようと努力していることが、言外に伺われて、よい歌だと思った。こんなとき、心にしっくりくるのは、本当はバラード。でも、バラードなど歌ったら、心が崩れそうな気がするのだろう。東京歌会に出される作品で、現代仮名遣いは少ないのだけれども、石山さんのこの一首は、現代仮名使いになっている。この場合、内容にふさわしい表記だと思った。念のために8月号を参照したら、本誌の方でも石山さんは現代仮名使い表記になっていた。石山さんばかりでなく、これからは時代と共に、現代仮名使いの方がしっくりいく短歌が増えていくのだろう。実は、私がコスモスに入れていただいたとき、「提出する詠草は歴史的仮名遣いで」と指定されているのを知って、実に実にびっくりした。 かなりの年齢になる私だけれども、その私ですら、小学校に入ったときには、すでに国語は新仮名遣いだったことを考えると、歴史的仮名遣いが普通に生きている世界があるというのがショックだったのである。ところが、おかしなもので、数年前に、コスモスでも新仮名遣いを認めるようになったころには、今度は、もう自分の歌を新仮名遣いで書くと、なんだか落ち着かない。多少、内容とそぐわないときがあるのだが、それでも、旧仮名遣いの優雅な感じが、だんだん好きになっているのも事実だ。しかし、「新仮名遣い」の「新」は新しいという意味であることから考えて、もう60年も使われている仮名遣いを「新」と呼ぶのも気恥ずかしい位なのだから、若い方たちが、新仮名遣いに切り替えていくのも、必然性があることだと思っている。
August 20, 2006
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おとろへて死を待つ人の悲しみを思ひ得ざりき十歳のわれ(鈴木英夫、コスモス八月号より)十歳の少年といえば、成長あるのみの日々。「おとろへて死を待つ人の悲しみ」は、言われれば概念としてはわかっても、真情として理解することはとても無理である。この一首は、「ある程度の年齢になって、自分の体力が落ちてくるのを自覚したようなときに振り返ってみると、慨嘆となり後悔となって、よみがえってくる感慨」だろう。「思い得」ないということは、一面、幸せなことではある。(昨日の日記のように、2-3歳児が「人生は夢に過ぎない」なんて歌っても、少しも実感がないのと共通点があると思う。)そういえば、「その年齢になってこそ、初めてわかってくること、見えてくることって、たくさんあるのよ」と、以前 三木アヤさんがおっしゃったことがあったし、実際のところ、私自身も年齢を重ねると共に、「ああ、あの時、あの人はこういう気持ちでこういうことを言われたのか」と、突然にひらめいてくることがある。 ・・・と、これまでは通り一遍の解釈だが・・・作者が母上をなくされたのは、十代の前半のころであった。それも、長いこと療養なさってのことだと伺っているので、作者十歳のころに、「おとろへて死を待つ人の悲しみ」を体験していらしたのは、その母上のことかもしれないということに、ふと気づいた。一例として、こんな話が作者の随筆集「しろつめくさ」に出ている。中学生だった作者が、母上と出かけられた時、すでにご病気だった母上のゆっくりとした歩調に合わせるために、道端の花を摘みながら歩いた。ようやく追いついた母上が、(以下、随筆集「しろつめくさ」よりの引用・・・)・・・ようやく追いついた母は、一息入れ、そして私と私の抱えた花へ、おだやかな視線をそそいだ。 何ということをしたのか。その花の束を、私は傍らの用水の流れにポンと投げ捨てたのだった。花はたちまち流れ去った。 それから一ヶ月余りして母は死んだ。・・・(引用終了)その「花を捨てた」という行為を、今も本に書くくらいに覚えていらっしゃるということは、本当は、母上の気持ちも、まったくわからなかったわけではないと、私は思うのだけれども。普通の人だったら、このあたりは「若気の至り」と言って片付けてしまうところだろう。この一首が、作者がこういうことを思い出しながら詠まれた一首かもしれないと思うと、少なからず切ない。さらに余談だが、この「しろつめくさ」の中に、リルケの言葉として「体験を不可視(ウンジヒトバール)のものに転質する精神の内奥の場にこそ詩人の思想は宿る」という一説が引用されている。むずかしい言葉だけれども、よく考えると、小島ゆかりさんが「見えるものの向こうにある見えないもの、聞こえるものの向こうにある聞こえないものを詠みなさい。」と言われる言葉と一脈通じるものがあるように思う。(・・・と、えらそうに書きつつ、相変わらず、目に見えるものしか見えてこないワタクシである。)
August 19, 2006
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2歳5ヶ月の孫が、週一度、リトミックの教室に行っている。愛子さまもなさるという音楽に合わせて動作を楽しむ、あのリトミックである。今日は、ベビーシッターさんの車が故障してこられなくなってしまったので、そういうことの好きな私が「付き添い」を志願して出かけた。8人ばかりの小さなクラスで、今日はまず、♪Row, Row, Row You Boat・・・・♪と音楽がかかって、付き添いの人たちも、みんな一緒になって歌って踊る。日本でもよく知られた歌である。「よし、この歌は、私だって知ってるゾ」と、私も張り切って歌いながら、輪に入った。孫も、やはり同年輩の子供達に混じるのは楽しいらしく、にこにこと船をこぐ動作をしながら、大声でうたっている。♪・・・Gently down the stream,Merrily, merrily, merrily, merrily・・・♪まで歌ったとき、私は その次を知らないのに ハタと気が付いて、そこのところは歌っているフリをしながら、聞き耳を立てた。え? ♪ライフィズジャサドリー♪?それって、もしかすると、Life is just a dream のことだろうか。でも、「人生は夢に過ぎない。」って、そんなのが幼児の歌にでてくるわけはないし・・・聞くは一時の恥。歌っているフリだけしていたのでは、孫の教育上も悪い。 ”Excuse me!” と、やさしそうなお母さんをつついて、最後の行はなんて言っているのかを尋ねた。すると、やさしそうに見えたお母さんは、さすがに、やはりやさしくて、The last line is "Life is just a dream." とにこやかに教えてくれた。うそーっ!「人生は夢に過ぎない」なんて、織田信長じゃああるまいし、2歳や3歳の子が、ニコニコして、手をたたいて踊りながら歌う言葉じゃないですよ・・・。しかし、そう思って聞いてみると、たしかに子供達も付き添い人もそのように歌っている。子供達なんかは、Life がなんだかなど、まったくわかっていないから、朗らかなものだ。そのあまりの不調和に、思わず噴き出してしまったら、そのやさしいお母さん、私の方を見て、にっこりと、"Aren't they cute?" とのたまう。ええ、そりゃあ、かわいいですよ。かわいいけど・・・。と、私の方は又笑いがとまらなくなってしまい、傍から見ると、とても楽しんでいるオバアチャンに見えたらしく、「先生」も私の方をみてニコニコ。「グランマが楽しいと、マークも楽しいわねえ」と、孫に話しかけている。・・・ま、いいか。「人生は夢に過ぎぬ」と二歳児がニコニコしながら歌ひて踊ると、31音にしてみたけれども、この歌(?)から、この情景を想像してくれる人は、おそらく一人もいないだろう・・・と思うと、また噴き出しそうになる。
August 18, 2006
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渡辺ミヤさんの『下萌えの韻き』から、感銘歌を抽出する。全体で357首のうち、今回は15首と枠を決めて、選んでみようと思う。上の句から下の句への発想の転換が巧みな作品が多く、飽きることがない。下萌えの韻(ひび)き聴くらん公演の陶のうさぎの耳長の影街頭の明かり前後に及ぶ路地のつぺらぼうの影が交差すいきいきと手話交しゐる少年のてのひらは初夏のひかりを集む琥珀色のグラスビールのすんすんと呼吸(いき)するやうに気泡あげをり自転車で坂を下れば寒風を二分けにして刃となるわれは夕明かりに桜のほそき枝先は雫のごとき莟をともす冬の夜に鋭き月の光(かげ)さしてアスファルトの路きゆんと緊まりぬ映像の銃口ふいに我に対き 夜の空気の音なく凹む初燕すいとポストを過ぎりつつ風の封書を投函したりまつたりと点(た)ちし濃茶のこき闇をすすりつつ展(ひら)く春浅き午後水に映るビルを一気に飛びこすに片足を空に入れてしまへり折々に風が大きく動くとき大ゆりの木の声を聴きたり灼けし針降りくるごとき残暑光かあんと白し舗道もビルも歩道橋へ階段のぼる人々はみな秋天に入りゆくごとし海といふ文字に母ありいつの日か還るべしその海のかなたへ (太字は、私が特に惹かれた言葉です)
August 17, 2006
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渡辺ミヤさんの『下萌えの韻き』を読んでいる。渡辺さんは、平成10年に小島ゆかりさんの津田沼のお教室に入られ、13年にコスモス入会。まだ入会5年目なのに、すでにその一集になられている。7月号にはアンダンテ・カンタービレにわが老を果してゆかん言霊継ぎてという作品があって、こころにくい。「その一集になって三年以上の会員」というのが「コスモス叢書」に入れる条件なので、残念ながらこの一冊は、コスモスの合同出版記念会で批評・紹介をうける対象になることができず、私も、ご縁があっていただくまでは、この本の上梓を知らなかった。選をされた小島ゆかりさんは、帯に渡辺ミヤさんは、見えないものに目を凝らし、聞こえないものに耳を澄ます人である。そして人生の喜怒哀楽の向こうにある、この世の不思議をうたう人である。と書いていられるが、これはすごいことだ。小島さんは、よく「見えるこの、聞こえるものを詠むのはみなさんできますから、その先の見えないもの、聞こえないものを詠みましょう」と書いたり話したりされているし、私も本当にそうできたらよいとは思いながら、その両者の間には、大きな渕のようなものがあって、20年勉強しても飛び越せないでいる。若い方には、そこのところを、クリヤーできる感性があることが多いから、渡辺さんも若い方かと思ったら、短歌入門が66歳。今は、その8年後だから・・・X歳!なんと、なんと・・・これでは、私は年齢を言い訳にするわけにもいかないではないか!前置きはともかく、読んでまずびっくりするのは、擬音・擬態語の使い方が非常に巧みであり、そのため(だろうと思う)、歌が新鮮なインパクトをもって立ち上がっていること。そして、たしかに、小島さんのかかれたとおり、見えもの・聞こえないものを表現して四次元・五次元の作品を詠まれていることだ。この本を上梓されたのが自信につながり、今、O先生賞30首詠をまとめていらっしゃるそうだ。作品が出来上がる前から予言するのも不遜だが、今年の受賞者は渡辺ミヤさんになるのではないだろうか。私に印象深かった作品は、明日の日記に抽出することにする。
August 16, 2006
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7月5日の日記に、以下の一首を載せた。早朝のおしろいばなの白冴えて少女のやうに溌剌と咲く実際、そういう情景があったのだが、しかし、おしろい花の性質として、「夕方から開く」という一般情報を考慮すると、一首、うそっぽい。歌会に出して、皆さんの意見を仰いでみたのだが、「夕方から咲いていて、まだしぼんでいないのではないか」という見方もあり、また、「しかしそれだと、「少女のように溌剌と」という表現がなじまない」との意見があり、しかし、その表現は「けっこういける」から、いっそのこと「花の名を変えてしまたら?」という提案があり、私もそれに賛成した。小島ゆかりさんが以前、NHKの短歌講座で「あまり正確なことを歌うことばかりに気をとられると、うたが堅苦しくなる〉と言っていらしたのも思い出し、もし、一首を他の人に見せるのであれば、「嘘らしい本当」より「本当らしい嘘」の方がよいという結論を、自分の中で出したからだ。では、「このオシロイバナに代わる花はなんだろう?」・・・と、あちこち見回して過ごすこと数日。今朝になって、なんと、うちのベランダに大輪の花を咲かせている白いコスモスが、「白冴えて少女のように溌剌」としていることに気づいた。 (看脚下、灯台もと暗し・・・デシタ。)早速、これを代役に使って、早朝のコスモスの花白冴えて少女のやうに溌剌と咲くとしてみたが・・・さて、いかがなものだろうか?
August 15, 2006
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バンクーバーの日本語新聞、バンクーバー新報に、久しぶりに短歌会員の作品を送信した。「全員の作品がある程度揃ったところで送る」ことに、会で決められているので、もうそろそろよいのではないかとチェックしたところ、全員分、歌会で何票か入った作品、または「コスモス」誌に掲載された作品をそろえることが出来たので、よいタイミングと判断した次第。中で、少し気になるのは、Mさんの作品。歌会では高得票だった、あたたかくてよい一首があったのだが、ご主人のことを詠んでいらっしゃるし、ご主人は顔の広い方なので、地元の新聞に載せると照れてしまわれるのではないかと判断して、コスモス掲載歌から採ったが、この判断があたっているかどうか・・・。 伺ってからにすればよかったか?以下、引用バンクーバー短歌会会員作品足腰の弱り始めし飼ひ犬はよろけるたびに我の顔見る(沙羅)流れ行く真白き雲の間から浮び出でくる逝きし娘の顔(すみえ)ふり向けばはるかに続く道の果て空一面に夕雲燃えたつ(たまき)味噌汁の香に誘はれて目覚むる朝「ああ日本だな」と寝返りをうつ(とみこ)茜雲消えゆく今のほのあかり余韻のやうに希望のやうに(友)二つ折れにぞつくり生えしネギの芽が日々一本に立ち上がりゆく(奈津)散歩する足の重さよ息吐きて雲見上げたり バス停の椅子に(虹)雲行きを気にしつつ干す子の蒲団ぷつくりさせて帰省を待たん(希)朝風に雨の匂ひが漂ひて白き芍薬微かに震ふ(のりこ)喘鳴にあへぐ児抱きて夜通しの闇をもんもん朝を待ちにき(ふみ)木々濡らし芝生を濡らし渇きゐる心潤し朝の雨降る(みき) 青空にぽつかり浮ぶひとつ雲「のんちやん」乗つてるかもしれぬ雲(みちこ) 昨日今日空に茜の雲見れば想ひ出多し戦(いくさ)日の空(淀) 朝光の綾なす畑で青しそを摘みて昼餉の薬味に盛らむ(よしこ)払暁に坐して瞑想粛々と襟足青く若き雲水(蓮仁) 早朝の間違ひ電話に起こされて今日の一日二時間長し(茜) 朝露も置かぬほどなる夏のひはバラもダリアも色濃く咲かす(あき) 狩人の昔語りは天降りくる星のさざめき聴きし夜のこと(粟)伐られずに残されたるを喜ばん林檎の古木に涼得んと寄る(市)
August 14, 2006
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8月9日の日記に巣を出でし子供の鷲か白樺の葉混みの中に鳴く声のするの一首をUPして、これは、鷲の子にとって、「外出」だったのか「巣立ち」だったのかという疑問を書いた。(この段階では、単に外出だったのではないかと、今でも思うのだが)そして、また数日後の出来事として、同じ日に悠々と大空高く旋回すこの春生まれた二羽の鷲の子をUPしたが、こちらはどうやら巣立ち、または、その直前か直後だったらしい。というのは、今日その巣を見たら、もう白頭鷲一家の住んでいる様子はなく、巣がすっかり「力を失った」感じでボロボロ。幹が三つに分かれるところにどっしりと収まっていた大きな巣が、幹の間から垂れ下がった感じになっていた。子供が巣立ち、親も巣を後にしたのだろう。先日の旋回は、お別れの旋回だったのかな?そういえば、鮭が川を上がってくる時期も近づいてきた。11月ごろになったら、上流の鮭の産卵地に何千羽と集まってくる白頭の鷲の中に混じって、飛び回るのだろう。思いついて、「鳥の巣」でネットに検索をかけたら、「鳥の巣について」というサイトにであった。それによると、「鳥は卵を産むたびに新しく巣を作り、ヒナが巣立ってしまうと、もうその巣は使いません。夜は木の枝などにとまって寝るのです。たいていの巣は雨や風や雪で自然に壊れてしまいます。」ということで、すっかり納得。この巣を出た一家は、まだ、夜はその辺りの木に寝ているのかもしれない。
August 13, 2006
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「朝」の題で出詠された作品に北東の山より昇る夏の陽にコマドリはなく早朝の五時(A)という作品があった。バンクーバーのように緯度の高いところに住んでいると、冬の太陽は南東、それも冬至のころなどは、南南南東くらいから、ほんのちょっと順法闘争でもしているように昇って、南南南西くらいのところにさっさと引っ込んでしまうのだけれども、夏の太陽はずっと北によった東から出て、北によった西に入り、日照時間がたっぷり長い。私のように、東側に何もさえぎるもののない11階に住んでいると、夏至のころなどは、朝4時半くらいになると、ベッドルームがあかるくなり、よい天気だと、5時には顔に陽があたっておきだしてしまうような始末だ。引っ越した当初はうれしかったけれども、2年目になると疲れてきて、ブラインドのほかに厚いカーテンをつけて、朝5時にはそのカーテンを下ろすようにしている。....閑話休題。今回の歌会は、欠席者が多く時間に余裕があったので、この歌に関連してMさんから「ある講演会で聞いたころですけれども」と、面白いお話を聞くことができた。いわく「鳥は、日が昇る42分ないし43分前に鳴き出す。それは、その時に、木々の葉から酸素が放出されるからである。」そういえば・・・ 普段は、たしかに鳥は暗いうちから鳴き出す。ずっと前、ハワイのワイレアに行ったときに、部屋から見た夜明けの銀色の海があまりにも美しかったので、あたりはまだ真暗な中で、浜におりようとホテルの建物の外に出たら、熱帯の、透き通った声の鳥達がたくさん鳴いていて、「あら?鳥って鳥目じゃなかったのかしら」と思ったことがあり、その後、帰宅してからも気をつけてみたら、バンクーバーでもコマドリや鴉は朝が早いし、東京にいても、鴉は夜があけきれないうちから鳴いている。落語の「芝浜」(他にもあるだろうけれども)に、「鴉カアで夜が明けて・・・」という言い方がでてくるが、あれも正確な事実認識であって、鴉が鳴き始めるほうが夜があけるよりも先だと、ちゃんと言っているではないか。しかし、その時刻に葉から酸素が出始めるとは知らなかった。炭素同化作用は、光のエネルギーによって起こるのだから、太陽が姿を見せる42分前から、光のエネルギーが届き始めるということか? なれば、光のエネルギーの届いてこない夜中には、炭素同化作用も起きず、またまた昔の言葉だが、「草木も眠る丑三つ時」というのは、比喩ではなく、事実なのだろう。さらに、そういえば・・・仕事をしたり、病人の看病をしたり、あるいは自分が病気だったりして徹夜状態のとき、ある時間になると、ふっと空気の様子が変わったように感じることがあり、「ああ、朝だ」と思うことがある。きっとあれが、植物が酸素を出し始めるときなのだろう。病人の熱が下がりはじめるのも、そんなときが多いような気がする。何年も前に、部屋に入る空気がカチッと音をたて夜が朝へと切り替はりたりという一首を作ったことがある。 自分にしか分からなかった歌だし、表現も不十分なので没になったが、徹夜で神経がとがっている時にそういう風に感じたのは、案外、科学的裏づけがあったのではないかと思い返している。
August 12, 2006
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バンクーバー短歌会、八月例会に出席。1997年まで会員だった鵜沢梢さんの特別出席があって、鵜沢さんが出している英語TANKA雑誌、GISTSを、皆にいただいた。英語のTANKAについて、私にはあまりはっきりとしたイメージがないのだが、一つだけ感じることは、英語圏で「英語を話しているときにおきた事象」や、「英語で観察した自然」は、短歌よりもTANKAにしやすいということだ。他の方の場合はよくわからないが、私の場合、私の頭の中をよく観察してみると、体は英語圏にいても、英語で考えるときと、日本語で考えるときとあって、日本語で考えているときにおきたことは、やはり日本語の短歌に適していることの方が多い。また、仕事で翻訳をやっている人が言うべきことではないが、短歌とTANKA間の翻訳は、とても難しく、私の場合はフラストレーションが残るので、よほどのことがないかぎり、やらないようにしている。(自分の実力不足を暴露する言葉で、自分で自分の営業妨害的発言だけれども・・・)もちろん、他の方の翻訳には、「うまい!」と思うことなども多々あるので、それは楽しみに読ませていただいている。それはさておき、本日は以下の2首に、得点が多く集まった。朝露も置かぬほどなる夏の朝はバラもダリアも色濃く咲かす(I)花の色を濃くするのは、朝露も置かないほどのよい天気と乾燥なのだろう。そういう夏の朝が、「バラもダリアも色濃く咲かす」と作者は言っている。上の句の表現が、下の句の事象を生かしていて行き届いた作品だと好評だった。一歩間違うと、理屈になりそうなところを、うまく回避している。作者が欠席だったので、それ以上の話し合いはしなかったけれども、私が見るバンクーバーの夏の朝は、雨の日以外はいつも朝露がおりているように思っていたので、「朝露も置かないほどなる夏の朝」に少し驚いた。私の場合、時間の都合がつくかぎり、毎週火曜日には、朝からゴルフをするのだが、真夏でも9時ころまでは、グリーンがぬれていて、パットにボールの通った後が残るし、スピードも遅い。それがだんだん乾くにしたがって、グリーンが速くなり、朝と同じ力加減をしていたら、10番あたりに行くとオーバーばかりすることになる。ゴルフ場のように広くて建物の少ないところと、住宅地では、霧の出方も違うように、霜の置き方も違うのかもしれない。(夕方ゴルフをしていても、グリーンがどんどん湿ってきて、パットのスピードが遅くなるのに気づく。)余談はともかく、バラもダリアも、今年は特に例年より色濃く、元気に咲いているような気がするのは、私も同じだ。木々濡らし芝生を濡らし渇きゐる心潤し朝の雨降る(M)上の句で「木々」、「芝生」という具象を詠みながら、下の句の「心象」へと続けていった手腕が見事と好評。「久々の恵みの雨」という感じがするリズムのよい歌である。こういう作品は、歌曲にしても生きてくると思う。たとえば、第一句・第二句長調でシンプルに軽く歌いだし、第三句から第四句にかけて短調に代えて少し速度を落とし、第四句に山を置いて音程も少し上げてフォルテで歌いあげ、第五句をまた長調に戻してピアノからディミニッシェンドに収めていったら、よいのではないかと思うのだけれども、どうだろう?もし、次回までに作曲をしていったら、作者さんびっくりなさるだろうな・・・ と、暇人の考えることは尽きない。
August 11, 2006
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こちらの時間の夜、日本時間の昼間に、SKYPEを使って日本の友達と話しをしていたら、背景にどうやら蝉の声らしい音が聞こえた。随分ひさしぶりに聞いた蝉の声だったので、思わずうっとりと聞きほれてしまった。不意に日本が懐かしくなるのは、こういう時である。窓を開け話すあなたか日本との電話の中に油蝉鳴く右の耳で蝉の声、左の耳で高校野球のラジオ放送を聞きながら、夏休みの宿題をしたころのことなど、思い出してしまう。(当時、早実に、投手で四番の「王貞治」という強い選手がいて、高校野球が始まるとラジオでその名前を聞かない日はなかった・・・)「早実の投手で四番の王選手」わが若き日のヒーローなりき幾つものことを一度にする癖は少女の日より身になじみ来つ高校野球の放送が終わる時刻にあわせるように鳴き始めたのが、蜩。その「せみしぐれ」の中、少し涼しくなった道を、世田谷城址公園まで犬の散歩に出かけるのが中学・高校時代の夏休みの日課だったっけ。不意打ちのやうに心に甦り時に輝く過去のあれこれ日本にいたときには、蝉の声などは毎日聞いていて何とも思わなかったし、現に、電話の相手の方も「蝉がうるさい」などとなかなか贅沢だったが、いざ聞かなくなると懐かしいというのが、凡人なのだろう。身近さのゆゑに気づかぬ幸せか たとへば〈うち〉の〈青い鳥〉など 「今年は油蝉が一番最初に鳴き始めた」という話だったが、梅雨あけが遅くて、一度に夏になったものだから、油蝉が順番を待ちきれなくなったのかな?ところで、バンクーバーでは蝉の声を聞いたことはないので、CICADA という言葉も知らない人も少なくない。 でも、カナダの誇る女流作家 Margaret Atwood の ”Edible Woman"の中には、CICADA という名前が、時々でてくるから、彼女の住んでいるトロントあたりでは、よく聞かれるのだろう。あちらの方が大分暑いし・・・。そういえば、先日、ナイアガラの方からのメールに、「蛍がたくさんいる」と書いてあったが、私のいる町では蛍も見かけない。ナイアガラの友より届くEメール 裏庭に飛ぶ蛍を伝ふ1975年(昔だなあ・・・嗚呼)、家族で秋田の阿仁合のマタギさんの家に泊めていただいたことがあった。そこのお宅のお風呂場は別棟になっていて、お風呂をいただこうと外にでたら、目の前をたくさん蛍が飛び交っていて、私は大感激、小学生と幼稚園児だった子供たちは大騒ぎだったことがあった。夫をして「多すぎて情緒がない」と言わしめたあの蛍たちは、今もあんなにたくさん飛んでいるのだろうか・・・・。阿仁合のあそこのお宅だったら、「蛍の光や窓の雪」で勉強するのも、あながち大げさではないだろうと思うような、たくさんの蛍だった。では、ここで見られるものは・・・・ そうそう、今日は十六夜の月がよく見える。(月が見えないところも少ないだろうが)昨日の満月は雨で逃したが、今日の月は、雲から出たり入ったりして、美しい。私の机は11階の部屋の東向きの窓に向いているので、先ほどから最高の観賞場になっている。Silentlyfrom behind the cloudsthe Moon is risingreflecting its own lightupon the pitch dark seaHigher and higherbehind the scattered cloudsthe Moon is risingwith so many lunaticslooking up from the Earth"Moon?" the baby asked"Yes,"I nodded.Ever so quietlythe full moon is risingand...the baby's pulse quickened.
August 10, 2006
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つい先だってのこと、巣の縁に立ちて怖々見下ろせる鷲の子供の決断の時木の下にうろうろとして時に鳴く 巣より下りたる子供の鷲がその巣まで飛び上がらねば戻れない子の鷲が鳴く親鷲も鳴くというような情景があった。無茶なように見えても、「この子は巣から出ても大丈夫だ!」と親が判断したからこそ、巣から下りさせたのだろう。しかし、そのときは、木の下と上とで随分鳴き交わしていたし、巣までの高さを一度に飛べるようになるとは信じがたい。その後数日すると巣を出でし子供の鷲か白樺の葉混みの中に鳴く声のするという状態になった。親が割りとシンプルにピピピピピピーと鳴くのに、子供の方は、ピピピー、ピピピーと、何度も繰り返し鳴く。まあ、それでも、身を隠すことが出来たのが上出来である。そして今日、ついに悠々と大空高く旋回すこの春生まれた二羽の鷲の子という情景が見られたのである。子供の白頭鷲は、まだ親より少し小さめだし(それでも大きいけれども)、頭が白くなっていないので、区別がつく。こうなると、ご近所のお子さんの成長を楽しむ「おとなりのオバアチャン」的心境になって、ほほえましいやら、うれしいやら。鷲語が話せたら、一生懸命に卵を孵して、餌をやって二羽を育てあげた両親鷲に、親同士として「よくやった!」とねぎらいの言葉をかけたい気持ちだ。ところで、この数首をならべて台所に出しっぱなしにしておいたら、巣を出でし子供の鷲か白樺の葉混みの中に鳴く声のするの、「巣を出でし・・・」に夫の字で「巣立ちせし・・・」と赤ペンが入っていた。むむっ? そうなのかな? あれが巣立ちなのだろうか?なんとなく、まだあの子たちは、親許で庇護を受けていて、ただ「外出」しただけのような気がするのだけれども、そうではなくて、もう独立して巣立ってしまったのだろうか?もしそうだったら、親鷲は、今、随分とさびしいのだろうなあ・・。何しろ、鳥こそ、「空の巣(empty nest)症候群」の元祖なのだろうから。
August 9, 2006
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ひきつづき、『かぜの詩』より、各章3首の抽出。旅立たれる時の作品が含まれるので、ひときわ心が痛むけれども、あえて。「2004年」の章より夫と吾と寒夜を籠もり星のふる音聴くごときしづかさにゐる幸ひを知りたるものの哀しみぞこの安らぎに終りあること今日ひと日生きてゐてくれてありがとうはにかむやうに呟きくれぬ「2005年」の章より鳥群れて飛翔はじめぬ旅立ちの支度は徐々にととのへられて風になる光になるまた星になる あなたと共にゐられるやうに只息をしてゐるだけでよろこびと言ひくるるなり夫も子らも自分で決めた「しばり」だけれども、抽出3首というのは、なかなか難しい。特に、よしゑさんの研ぎ澄まされた感性で、最後の最後まで、しかも暖かく詠まれた作品群には、もっと、UPしたい作品がたくさんあって、かなり時間がかかった。せめて「辞世の歌」としてまとめられた四首を、ここにUPしてご冥福をお祈りする。二千年生きし思ひにいまは待つ永久の眠りの音無き世界生かされてあり得し日々の幸ひをえ忘れめや長き旅路に旅立ちを悲しむなかれ澄みわたる秋の光につつまれて行く美作もシカゴも小さき星の上まだふるさとをあこがるるにやこのような作品を詠まれたよしゑさん、そして、この歌集をまとめられたご夫君に、心から感謝したい。
August 8, 2006
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6日の日記に、「自分に即した歌をあげ、自己流に鑑賞すること」の非を悟って書いた後なので、今日の抽出は、少々緊張するのだけれども引き続き、『かぜの詩』よりの抽出をする。「2002年」の章ひと色に暮れゆくゆふべ風出でて雪は昨日へはこばれてゆく六十年生きれば後はおまけとぞ言ひくれるかなおまけが欲しい詠ひても詠ひてもなほ届かざる思ひの底に銀河はひろし「2003年」の章連翹も辛夷も雪を積みてをり冬をたのしむ容(かたち)となりていく度も寒もどりつつ春となり前髪少し短めに剪る梅つばき桜れんげう雪柳日本の春のEメール来るここで、改めて、かつ、落ち着いて考えてみると、自分に即した歌で、かつ、客観的にも名歌である歌が抽出されれば、それが一番よいのだろうけれども、歌を自分のアンテナで読む以上、「好きな歌」として、自分に即した歌に感動するのも、アマチュアとしては、許されるのではないだろうか。たとえば、私が何か公の場で、選歌や添削をする立場になった時に、自分に即した作品ばかりを選んだり、自分の思いに引き寄せた添削をしたら、それは問題だけれども。・・・以上、言い訳でアリマス。 (NO.4に続く)
August 7, 2006
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「歌壇」7月号を読んでいる。目当ては、安立スハルさんの「この梅生ずべし」の413首から200首が、狩野一男さんが抽出で、掲載されていること。これは、安立さんの、たった一冊の歌集である上に、手に入りにくいのだから、よけい味わってよまなくては・・・。ところで、今日、注目したのは、その安立作品のあとに掲載された武田弘之氏による足立さんの追悼文の中の一節。中で武田氏は、昭和39年にこの歌集が上梓されたころ、一首を抽出して、当時のコスモスに感想を載せられたが、「・・・・歌集中の随所にあるこうした秀歌を差し置いて、私は当時の自分に即した歌を選び、自己流に解釈しただけであった。」ということを書いておられる。このとき、武田先生の抽出されたのは以下の一首。生きの上に無くても済まし得るがたらくたを絶えず捨てをれど絶えずふえ来る自由で、ありのままを指摘して、他の人には詠みようもないよい作品だと思い、私は好きだけれどもなあ・・・(以下、武田氏の文章より引用)・・・・なぜこの一首を選び出したか、今思うと冷汗ものである。この歌の鑑賞文を私は「生活の明け暮れは、まったくがらくたとのつきあいに満ちている」と書き始めて、「これは、ぼくの生活そのものではないか」と受け、「作家とは生の深渕に切り込んでいく作業の謂だ――そう呼び掛けてくるような、一種恐ろしい作品である」と結んだ。(引用終了)短歌の観賞対象を選ぶ場合、「自分に即した作品を選び自己流に観賞しただけでは」だめだということ。これは、とても耳の痛い話た。たとえば、このブログ、それからもっと言わせてもらえば、最近のバンクーバー短歌会の歌票や選歌など、私を含めて、ほとんどが「自分に即した作品を選び、自己流に観賞」することから成立している。それはそれで、観賞の練習にはなるのだけれども、それに気をとられて、他にも秀れた作品があっても、目の前を素通りさせてしまうもったいなさを思うと、もっと勉強しなくてはなあ・・と、つくづく思うのである。ちなみに、現在の武田弘之氏が「歌集中の随所にあるこうした秀歌を差し置いて・・・」と引用していらっしゃるのは、安立さんの以下の三首である。馬鹿げたる考へがぐんぐん大きくなりキャベツなどが大きくなりゆくに似る金にては幸福は齎されぬといふならばその金をここに差し出し給へ自動扉と思ひてしづかに待つ我を押しのけ人が手もて開きつ特に第二首目などは、当時としては(今でも)型破りの画期的な作品だったろうと思う。
August 6, 2006
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夏が来たと思ったばかりなのに、今日、ゴルフ場で枝先の葉が紅葉しはじめた木をみつけた。毎年、このゴルフ場では、まっさきに紅葉する木である。あとは、暑さがぶりかえしたり、涼しくなったりしながら、徐々に秋へとなだれこんでいくのだろう。 ところで、『かぜの詩』の感銘歌からのNo.2.好きな歌が多いからといって、どんどん抽出していくのも安易なので、1998年の分からは、1年分3首として、丁寧に読んで選んでみることにする。抽出の作業の中で、抽出しない作品を含めて丁寧に読むので、これもよい勉強になった。「1998年」の章よりさはさはと朝の風を遊ばせて芽吹き早かり今年の柳リンゴの香かすかに白き花の散る日暮れひそかな憂ひ漂ふありなしの紅(くれなゐ)刷けるひるがほの咲きてゐしかもかの夏の日も「1999年」の章よりなつかしき人に逢ひたる心地する見知らぬ町の路地に白梅愛された思ひ出多く臥す窓にひときは明るし今年のもみぢ子を三人(みたり)一生(ひとよ)にもてる喜びを思ひて眠る昨日も今日も「2000年」の章より朝より樹木はゆらぎて陽をこぼす春のいのちを抱く明るさ地に這へる蟻はいかなる空を見む銀河の向かうわれらは知らず遺伝子に決められてゐる翅の色自らは知らじ毛虫は育つ「2001年」の章より占ひのカードは常に伏せおけよこの後のこと知りたくはなし「愛あらば生きよ」と言へり繋ぐ手のあたたかきかな夫なる人の生きているひと日ひと日の愛(かな)しさを集めて秋の光澄みゆく
August 5, 2006
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私の所属する短歌結社「コスモス」では、毎年この時期になると、O先生賞 として、30首詠の募集があり、私としては、「枯れ木も山の賑わい」精神で、入会3年目からずっと毎年、連続18回応募してきた。ところが、今年は、数ヶ月前から楽しみに心がけていたにもかかわらず、一向に方針がたってこないし、素材はたくさんあるのだけれども、ジグソーパズル状態であった。「いよいよ、連続参加もこれで途切れるかな? でも、あんまり無理してもしょうがないから、ま、いいか」と諦めかけた時に手にしたのが、27日に少し感想を書いた海野よしゑさんの『かぜの詩』。なんとなんと、「これって、もしかすると魔法の本かな?」と思うほど、これは「私をその気にさせる歌集だった。残念ながら、幽明を隔ててしまった海野さんだし、実力は限りない差があるけれども、2歳しか年齢も違わないし、子供三人をつれてアメリカに移住して、それ以来ながくアメリカにいらしたことから詠む材料が似てくるので、「ああ、こういうときは、こういう切り口もあった。そういえば、私のあの歌はああなおしたら、あそこに嵌まるのではないかしら」という感じで、自分の作品群もおぼろげながらまとまり始めた。そうして少し形になりはじめると、だんだんそこから頭が離れなくなり、いろいろ考える気持ちになっているので、どうやら今回も応募だけはできるようになりそうだ。私の欠点である「作品群に山や谷がなく、平坦」というところからは、どうみても抜け出せていないので、これからが大変だし、最終的にはそこに目をつぶって投稿することになるかもしれないけれども、とにかく休まないですみそうなのがうれしい。海野さんの表現をそのままお借りすることは、厳に謹んでいるけれども、頭を短歌モードに切り替えるスイッチのような作品群に、この時期に出会えたことは、まことにラッキー。こういうのを「触発された」と言うのだろう。奥村晃作氏なら、「短歌大明神のお引き合わせ」とおっしゃるかな?
August 4, 2006
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バンクーバーの8月の短歌会の予習をしている。今回の詠題は「朝」やさしそうで、楽勝かと思っていたら、意外と平凡な作品になりがちな難題であった。ところで、今回の楽しみは、以前一緒に勉強していたGUSTSの発行者、鵜沢梢さんが夏休みを利用して出席してくださることである。鵜沢さんがいらしたのは、多分1996年くらいまでだと思うが、改めて今の会員を見ると、それ以後に入会した人も多く、また、人数も増えて、鵜沢さんとは初対面の人の方が多いくらいだ。とはいえ、毎月毎月、同じようなメンバーで歌会をやっていると、お互い、だんだんに親しくなり、個々の家庭環境や経歴、考え方などもわかってくるので、仲間の作品の一首の中に表現されていないことまで理解してしまい、表現の不足・不備に気づかなくなることが多い。そしてそれは、背景を知らずに、その作品を虚心坦懐に読んでくださる方があって初めて気づくことができる欠点である。そういう意味で、私たちにとって、歌会への新入会員は大事な先生だし、お客様もとてもありがたい。歌に関係している方はもちろんだけれども、たとえ、短歌を勉強している方でなくても、「この歌はわかりません」と言ってくださりさえすれば、それを糸口にして勉強できるからである。
August 3, 2006
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歌誌「コスモス」7月号のその2集より、心に残った作品を抽出。落ちてても一円拾わぬ今の世に預金の利子を一円もらう(金成敬子*、福島)利率の低さを詠む作品にはたくさんであっているが、「落ちていても拾わない金額」という発想が面白い。失礼に当たるのを承知で書けば、作者の苗字が「金成」さんなので、この場合、なんだかペンネームのようにぴったりしたりして。入院の母に付き添ひそつと寝るスノーボードのごときベッドに(牧好恵、東京)スノーボードを持ってきた比喩がユニーク。狭くて窮屈な付き添い人用ベッドを、こう表現することによって、余裕が出てくる。お母さまの邪魔にならないように、作者は、本当に「そつと」ベッドに身を横たえられたのだろう。フリースを脱ぎすべらせて早緑のセーター一枚われは羽化せり(葵葉子、富山)7月号の掲載歌の締め切りは、4月末。作者の住む富山に春が来て、その暖かい快さにフリースの上着を脱ぐ開放感。それを「われは羽化せり」と詠む。これも素敵な比喩だと思った。「早緑(さみどり)」色のセーターも、若々しく、また清々しくて、この状況にふさわしい。短歌の価値には関係がないけれども、この方の場合も、「葵葉子」さんというお名前が、内容にぴったり。(?!)日の丸の旗に包(くる)まれ抱き合う王とイチロー〈JAPAN〉は勝ちぬ(橘 偕*、長野)勝った時の気持ちの高ぶりの具体が上の句に、状況がきっぱりと下の句に述べられて簡潔。試合後、イチローが「王さんの風格に学びたい」と言っていたのを思い出す。大好きな本のページをめくるような気持ちで彼を見つめる四月(三浦由紀子* 大分)好きな人がいたら、見つめるだけでうれしい。(いいなあ・・)特に四月は、春休みを隔ててちょっと新鮮な気持ちで彼を見る。そこが「大好きな本のページをめくるような気持ち」といわれると、私も思い当たったりして。そういえば、T.S.Eliotの詩の中に、"April is the most cruel month of the year."というような一節があったっけ。「四月」サンの名誉回復のために、こんなかわいいお嬢さんがいることを、エリオットさんに聞かせてあげたい。
August 2, 2006
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今日から8月。真夏なのだけれども、あちらこちらで、紫陽花が美しい。日本では梅雨前線追ひかけてしつとりと咲くあぢさゐの花五月より開き初めたる紫陽花が真夏の光を浴びて咲き継ぐ濃く淡く青き紫陽花咲き盛る朝露のまだ残る木陰に 花毬を真夏の午後の陽に向けて赤き紫陽花風に頷く純白の紫陽花が咲く 大きめの花びら幾つ寄せ合ふごとく何色にも染まらぬ覚悟潔くして紫陽花の白あくまで白し
August 1, 2006
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