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年の暮れの今週前半、東北本線の人身事故が報じられた。仙台市岩切の茨田踏切で、未明に横たわっていた30代女性が貨物列車にひかれて亡くなったという。いたましい事故だが、私はこの茨田踏切の位置が気になった。大字岩切に所在する踏切というと、地図を見れば、利府街道(県道仙台松島線)の東側の田圃の中を併走する区間に2つあるようだ。国道4号バイパスをくぐってすぐ市内側にもあるが、大字燕沢または燕沢東一丁目のようで、大字岩切ではない。大晦日の今日、早めの行動を心がけて、午前中のうちに何件かの用事を市内で済ませた。意外と道路も空いていて、それならばとオダズマ魂を発揮して件の踏切を現地調査した。燕沢の跨線橋や山崎交差点に近い踏切は「北田踏切」というようで、近くには「北田公園」もあった。スーパーつかさ屋さんの車で混んでいた。ここから一気に線路沿いの農道(?)を北に(岩切駅方向)走る。朝夕の混雑時には抜け道になっていそうな雰囲気だが、周囲には建物が一切なく、撮り鉄の方々には絶好のスポットだろう。現に、カメラを構えた方々を何度か見かけたことがある。今頃だと、泉ヶ岳をバックに朝日を受ける列車とか...それはともかく、田園地帯に2つある踏切を訪れた。南側(東仙台駅側)が、「茨田踏切」だ。鉄路上の緑の標識では番号203とされている。亡くなった御霊に黙礼して撮影した。冬のやわらかい陽をあびて、長閑にたたずんでいる風情の踏切だ。たまたま、この間一切列車は通過しなかったが、かつては東京と青森を結ぶ列島大動脈、今では旅客は近距離中心だが、この踏切の上を多くの人たちや物資が動いていることには変わりがない。まさに、動脈、だ。静かな光景からは信じられないような気がした。さて、もう一つ北側(岩切側)は、204番で大井川踏切との名だった。こちらは利府街道に結節する交差点にも信号が置かれており、交通量は結構あるようだ。大井川とはどこから由来する名なのかわからない。そう言えば、茨田もわからない。踏切の番号にそった一覧と、そのネーミングの所以など、調べられたら結構興味深いだろう。■関連する過去の記事 仙台百景画像散歩(その3 東仙台案内踏切)(2006年3月22日)
2011.12.31
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午前中に大沼に行ってきた。農業園芸センターは閉まっていたが、下の子と、大沼を一回りサイクリングした。良く晴れているが、風は結構冷たい。震災の影響で周囲の散策路は注意が必要だ。また、渡れない橋もあるため、いったん赤沼方面まで大回りして戻らねばならないが、西から吹き下ろす風に子は疲れたようだ。昔なら、子どもは風の子で暗くなるまで外にいたもので、このくらい当たり前のことなのだが、昔を語っても仕方ない。昔と変わったと言えば、ここより海側の光景はまったく変わった。また、東部道路は無料化の影響か随分混雑している。様変わりはしても、とにかく年の暮れがやって来る。沼にはカモや白鳥が多数集っていた。正午には家に戻った。
2011.12.30
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今朝の新聞に出ていた。文部科学省のまとめによると、今春全国の国立教員養成大学44校を卒業した人が教員に就職した率は62.0%になるという。年よりは2.4ポイント上昇。卒業10,479人に対し、教員採用は6,494人(正規3820臨時2674)だった。ちなみに、教員以外への就職1752人、進学1137人、未就職者946人。鳴門教育大学は2年連続の全国第一位で、77.9%(9月末時点)。徳島新聞によると、今春の卒業生は113人で教員採用は88人(正規57臨時31)。このうち県内公立学校就職は23人(正規13臨時10)で昨年の22人を1人上回った。同大は2001年に就職支援室を開設し公立学校校長経験者をアドバイザーに配置。05年卒業生から60%以上の教員就職率を維持。徳島新聞には線グラフまで掲げられており、誇らしげだ。教員就職率の全国第2位は兵庫教育大。以下、愛知教育大、京都教育大、岐阜大。低かったのは秋田大(44.5%)、鹿児島大(47.2%)、琉球大(同)、岩手大(49.1%)、福井大(50.5%)などとなっている。東北では宮城教育大60.2%、弘前大52.1%とのこと。河北新報の記事でも、ここまでしかわからない。こうなると、全国最低の秋田大についての記事や、山形大、福島大の就職率が気になる。東北は低調なのだろうか。今回の文科省調査の一覧は文部科学省のリリース一覧には出ていない。昨年12月の発表資料は出ている(全国45大学)。これによると、教員就職率ワースト5は鹿児島、横浜国立、琉球、秋田、熊本で、低調な大学の要因として、● 学生の地元志向が高いことと地元採用数の少なさ● 教員に正規採用されないと民間就職していることが指摘されている。一覧データによると、全国 59.6%弘前 53.1岩手 48.2宮城教育 68.9秋田 44.0山形 63.0福島 51.4となっている。今回の報道と比べると、宮城教育大はかなり下がって全国平均を下回ってしまった。秋田大は依然低調。岩手大と弘前大も全国以下で低迷という感じだ。
2011.12.29
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パンダについて、もうひと言。(前回の記事:仙台のパンダ貸与を考える(12月26日))市長は、被災した子どもには入園料を無料にすることも検討する、と話したようだ。ということは、基本は有料でということか。動物園で飼育しているのだから当然のことなのかも知れないが、そもそも各方面の善意で、ネックの費用のめどが立ったというのだし、復興のシンボルとして市政施策の頂点にまで高めていくのなら、どうして有料なのか。いや、だから、子どもには無料にしますよ、という反応が来そうだが、それだったら「検討する」とかではなくて、ストレートに子どもは無料でと言うべきだ。なお、飼育コストが生じることとか、動物園のゲート管理の問題とか、一定の混雑抑制の方策としてなど、有料にすることの理由は挙げられそうだが、いずれにしても、無償貸与で付随費用のメドも立ったというのに、なぜかしら一旦有料が前提とした上でわざわざ無料化の「工夫」を「検討」するなどと言う舞台を用意しているような雰囲気が見えて、これも違和感を感じる。
2011.12.28
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温家宝首相が前向きに発言したことで、実現に展望が開けた。課題とされていた費用もジャニーズの支援などめどがついて、良いことだと思う。しかし、このパンダの話題。最初に出たときから、違和感を抱いた。被災地の復興のためという「説明」にしっくりこないこと。また、市長がよく登場されているのだが、市政の重点事業と位置づけ(ようとされ)ていることの合点のいかなさ。最初の点の復興との関係については、どうも後付の理由のような気がしてならない。中国からパンダを借り受けるとなれば、当然政治的に強いパイプがなければできない。相当なパイプ(人物)を介しているだろう。そうであるはずだからこそ、復興のためとか言われると、それで良いのか、と思いたくなる。もちろん、それでいいのだろうが。昭和の時代の日中友好のシンボルというような、ストレートに政治的な場合なら、表も裏もないから分かりやすい。しかし、復興とかチャリティ色が前面に出されるだけに、真の姿も報道して欲しいと思う。また、第二の点は、随分論議もされた。復興の第一がパンダなのか、と。私もそう思っていた。ところが、今日の報道ぶりはマスコミ各社とも随分と好意的だ。やっぱりパンダの愛嬌には勝てないのか。それもあるだろうが、経済効果の点や、子ども入園無料化など、市側でもかなり施策を練って、その「総合性」や施策としての妥当性を訴えたことが背景にあるようだ。単なる飛びつきの話題に終始しないように検討したことは評価されるべきだろうが、それにしても、パンダ貸与ありきの感は否めない。もちろん、折角来てくれることは良いことだし、そのための関係者のご努力は賞賛さるるべきだ。ただし、復興施策の重点として浮き上がったのではないはずであって、そうであれば民間主導の動きに行政も支援するなどのスタイルも可能であり、ほんらいはパンダの持つ諸刃の政治性を考えれば自治体としては(北海道における北方領土など積極的に自治体外交に打って出る局面なら別だが)背後支援に徹することこそが適当とも言える。と考えると、どこかの筋が何らかの事情でパンダ貸与の動きを市政の重点に高めて、市政の重点に位置づける以上は、被災地復興や市政の重点課題(地下鉄東西線など)と絡めているということではないのだろうか。話題性は最高だが、市政施策としてのクオリティはいかがなのだろう。ともあれ、両国トップの会談での合意など、舞台は最高のセットで進んだ。あとは、何時から如何なる期間の貸与となるか、という現実を見据えながら、施策としての有り様を見守りたい。歓迎一色の報道ぶりの中、水を差すつもりではないのだが、違和感を言葉にしてみた。
2011.12.26
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第1位は大震災、第2位は光星学院野球の活躍。そのほか、市役所トイレに4000万円(第6位)、ドクターヘリ2機体制(第7位)、種差から松島まで三陸海岸を復興国立公園の構想(第9位)など。この年も暮れようとしています。
2011.12.24
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秋田さきがけ新聞に出ていた。全国の温泉地アンケートで、満足度で3位、一度は行ってみたい憧れの温泉地としても4位だ。リクルートの「じゃらんリサーチセンター」調べ。満足度は94.0%とのことだ。ちなみに満足度第1位は霧島温泉(95.7%)。ベスト10に東北は秋田だけ。憧れ温泉地の第1位は由布院。草津、登別が続く。4位の乳頭・田沢湖の後は、別府。名だたる温泉地に混じって秋田が入ったのは東北人として嬉しいが、これもベスト10に一つだけは、寂しい。
2011.12.22
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東通村の太平洋岸は、猿ヶ森砂丘や防衛庁下北試験場が有名な砂丘海岸だが、地図を見ると、ヒバ埋没林との説明がある。猿ヶ森集落から徒歩で10分の場所に、ヒバ埋没林があり、一説には慶長の頃の大津波で原生林が瞬時にして海中に没し、塩害を受けて木立のまま枯死した残骸という。地上1.5mから2mほどの根元だけが広く分布し、ヒメマリモの生息する左京沼の付近などにも確認されている。(青森県高等学校地方史研究会『新版青森県の歴史散歩』山川出版社、1990年)埋没林は1000年ほど前のものとの説明があるようだが、津波との関係も言われているようだ。(参考として、朝日新聞の記事)。■関連する過去の記事 日本一の砂丘 猿ヶ森砂丘(2009年1月11日)
2011.12.21
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森岡浩『決定版!名字のヒミツ』(朝日新聞出版、2009年)から、昨日に続いてもう一題。■昨日の記事 各県の名字ベストテンと特色ある名字、珍しい名字(2011年12月18日)都道府県名と同じ名字ベスト10である。1位 山口(名字の全国順位は14位)2位 石川(27位)3位 宮崎(67位)4位 千葉(87位)5位 福島(133位)6位 福井(196位)7位 長野(400位)8位 福岡(417位)9位 宮城(424位)10位 秋田(499位)東北の県名では3つがベストテン入り。いずれも知人にいる。このほかには、「山形」さんも知っているが全国的には少ないようだ。「岩手」さんも居るが、「青森」さんは私は知らない。冒頭記の本によると、現在の47都道府県のうち、名字にも存在するのは43であり、ないのは4つ。北海道、京都、愛媛、沖縄、とのこと。もっとも、京都と書いて「みやこ」と読む名字は福岡県に実在する。「東京」は最も少ない。「江戸」さんの一人が、戸籍制度が出来た際に名字も東京に改名して届けたためで、この1軒だけといわれる。ほかにも、中世になって生まれた地名の岐阜、静岡は名字も少ない、とのことだ。
2011.12.19
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森岡浩『決定版!名字のヒミツ』(朝日新聞出版、2009年)から。まずはベストテン。青森県 工藤 佐藤 佐々木 木村 成田 斎藤 中村 田中 高橋 三上岩手県 佐藤 佐々木 高橋 千葉 菊池 伊藤 阿部 菅原 及川 鈴木宮城県 佐藤 高橋 鈴木 佐々木 阿部 千葉 伊藤 菅原 渡辺 斎藤秋田県 佐藤 高橋 佐々木 伊藤 鈴木 斎藤 三浦 加藤 阿部 工藤山形県 佐藤 高橋 鈴木 斎藤 伊藤 阿部 渡辺 加藤 後藤 五十嵐福島県 佐藤 鈴木 渡辺 斎藤 遠藤 高橋 吉田 菅野 渡部 橋本次に、各県を代表する独特の名字。青森県 葛西 対馬 今 福士 神 古川(こがわ) 一戸 長内 蝦名 小田桐 棟方岩手県 及川 八重樫 照井 小田島 瀬川 新沼 昆 久慈 五日市 昆野宮城県 早坂 庄子 丹野 赤間 門間 若生 三塚 中鉢 只野 安住(あずみ)秋田県 加賀谷 船木 虻川 北林 真坂 猿田 夏井 日景 石郷岡山形県 梅津 大沼 東海林(とうかいりん) 森谷(もりや) 板垣 我孫子 寒河江 福島県 星 安斎 国分(こくぶん) 柳沼 三瓶 猪狩 二瓶 八巻 荒 上遠野こんどは、各県を代表する珍しい名字。青森県 「ケモノ偏に尤」守(いずもり) 出町(いずりまち) 我満(がまん) 哘(さそう) 蛇平(じゃたい) 十三(じゅうさん) 李沢(すももざわ) 祖父尼(そふに) 駄賃場(だちんば)岩手県 誂子(あつらこ) 牛抱(うしかんば) 上打田内(かみうったない) 碁石(ごいし) 不来方(こずかた) 皀(さいかち) 和蛇田(わじゃった)宮城県 阿留多伎(あるたき) 魚生川(すけがわ) 角力山(すもうやま) 塗(ぬり) 鳳京(ほうきょう) 曲竹(まがたけ) 百足(むかで) 餅(もち)秋田県 利部(かがぶ) 鍵(かぎ) 季子(きし) 伽羅谷(きゃらや) 雲然(くもしかり) 小番(こつがい) 伝(でん) 巴(ともえ) 及位(のぞき) 六平(むさか)山形県 悪七(あくしち) 五十公野(いずみの) 衣袋(いぶくろ) 三丁目(三丁目) 色摩(しかま) 儁侃(じゅんか) 明日(ぬくい) 弭間(はずま)福島県 朶(えだ) 芟花(かるか) 強口(こわぐち) 密涌(すわく) 中瓶子(ちゅうへいし) 木賊(とくさ) 過足(よぎあし) 竜石堂(りゅうせきどう)
2011.12.18
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巨人を戦力外になった木村正太選手の動向が気になっていたが、岩手日報に出た。さすが地元紙。巨人が、球団が運営する少年野球教室ジャイアンツアカデミーのアシスタントコーチになると発表した、とのことだ。ジャイアンツアカデミーのホームページを見てみたら、今日付でニュースとして木村を迎えることに決定した、と出ていた。そして、背番号92の時代の堂々とした写真が出ていた。とにかく進路が決まったことは本人にとって良いことだろう。楽天に転身してまたマウンドの雄姿を見せて欲しかったと秘かに思っていた東北人としては、残念な思いもあるが、野球に関わる新たな道を選択した氏の今後の躍進を願うのもまた東北人としての思いというものだ。若い逸材の今後の大成を心から期待したい。頑張れ木村コーチ。
2011.12.13
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苦みに味わいがあります。明治24年というと19世紀ですね。明治を感じながら、味わっています。
2011.12.13
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前回(仙台の「団地名」を考える(前編)(2011年12月11日))に続く...■八木山方面○八木山団地 八木山本町一丁目○八木山第三団地 八木山香澄町○青葉苑団地前(バス停名) 青山二丁目と大塒町の境界のバス通り(81年版地図だと、大塒町の西側部分に「青葉苑団地」と明記)○茂ヶ崎団地 茂ヶ崎三丁目○芦の口(81年版地図では「芦ノ口」)団地 芦の口○緑ヶ丘団地 緑ヶ丘一丁目、二丁目○萩の台団地 八木山東二丁目○八木山南団地(バス停) 八木山南一丁目から六丁目○羽黒団地(91年地図でバス停名「第二羽黒台」) 鈎取三丁目●91年版地図では、現在の桜木町に「越路恵通苑団地」と付されている。また、青山二丁目に「二ツ沢団地」、恵和町に「国鉄共済団地」、砂押町に「郵政団地」、鈎取バス通り西高前バス停附近には「紙漉城南苑」との説明が見える。●81年版地図では、砂押町に「南ヶ丘団地」の名が見える。また、第二羽黒団地バス停は西多賀からのぼるバス路線の終点で、その手前が「国鉄団地」となっている。○鈎取ニュータウン(バス停) 鈎取二丁目○太白団地(81年地図では公社太白団地) 太白一丁目から三丁目○恵通ひより台団地 ひより台○月ヶ丘(バス停名) 上野山二丁目○山田団地(81年地図では県営山田住宅) 山田北前町○羽黒台団地 羽黒台○日本平団地、日本平東南苑団地 日本平(81年地図では、「日本平東南苑分譲地」との記載。)○南(81年地図「仙台南」)ニュータウン(バス停名も) 人来田一丁目から二丁目○茂庭グリーンタウン 人来田三丁目●91年版地図では、現在の佐保山に「軽井沢団地」の記載。●81年版地図では、上野山一丁目に「上野山団地」。山田自由ヶ丘団地の名も明記。■名取市○ライフタウン名取 相互台一丁目から四丁目、相互台東一丁目、二丁目○イトーピア名取 ゆりが丘○グリーンヒルパーク名取みどり台 みどり台●91版地図で、「スカイタウン高館(造成中)」■仙台市南部、東部方面○飯田団地(バス停名も) 東郡山一丁目、二丁目○沖野団地 沖野三丁目から七丁目あたり○中田ニュータウン 東中田一丁目から三丁目○袋原ニュータウン 袋原一丁目から三丁目あたり(なお東陽苑会館という施設があるが、団地通称名か。91年版地図では、団地名と思われる「信三東陽苑」の名が見える。)●91年版地図では、ほかに、大和ネオホーム南仙台(現在の中田一丁目)。また、袋原市営住宅、袋原東市営住宅、東四郎丸市営住宅、西中田市営住宅などの名も。■西部方面●やや古い地図には「茂庭住宅団地(造成中)」とあるのが、現在の茂庭台一丁目から五丁目。------------さて、こうやって地図から拾いまくってみたが、もちろんこれだけでは済まない。南光台や中山などの山を崩した巨大開発は別としても、一般には昭和40年頃からの宅地造成は、丘陵部に中小規模の開発が先行して、やがて道路網が広がるに連れて宅地も連続していくという感じではないだろうか。とすると、山あいの地質や地盤の良いところを選んで、付近の地名や、新鮮な語感の言葉や、あるいはデベロッパーの名を冠して団地名を付けたのだろう。最初は中心部の平坦地から離れてちょっと不便に思ったけれど、静かな団地の中で家族の待つマイホームに帰るお父さんの気持ちは格別だったのでは。そんな余計なことを考えながら、高度成長を担った人と町の歴史を大切にしたいと思う。そんな時代の団地名はおそらく何十とあっただろう。今地図を開くと、まさに平面的に新町名で色塗りされて埋められてしまっていて、よほどの大規模団地でないと、団地名などわからない。しかし、町内会や会館の名前などに残っていることも多いようだ。ミニ開発地に住み込んだ家族達はもう高齢化し、子ども達は独立し、今の時代にはそんな団地名も消えていくのだろうか。藩政時代の町名も大切にしたいが、こんな昭和の足跡も、しっかり記憶に残していきたいと思う。
2011.12.11
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仙台圏の団地(ニュータウン)の通称名を集めてみた。開発や分譲の際に付けられた愛称などは、現在の町名からはわからない場合も多い。以前から、ニュータウン名、時期、造成(分譲)業者名、規模、開発手法などを一覧的に整理したいと思っていた。市史や地域史もひもといたが、横断的な整理はなかった。今回は、地図に出ている説明を片っ端から拾い集めた。■関連する過去の記事 仙台圏の宅地開発史を考える(2011年1月5日)これは、金港堂から昨年もらった大判のカレンダー兼用の地図(塔文社さん)に出ている「団地名」だ。おそらく、現在の町名からわかる場合は表記しないが、町名だけではわからない団地名などは、読者の便宜のために説明を付したのだろう。イメージとしては、例えば年配の方が○○○団地まで、とタクシーの運転手さんに語った場合のように、仙台人の記憶にまだまだ残っている団地名称ということだと思う。地図では、字の太い明朝体で記されている。人々の生活に根ざした情報を盛り込もうという、地図制作者の良心だと、私は勝手に思いこんでいるのだが、とにかく今回私は、それらの名称を拾い上げた。なお、この地図ではいわゆるニュータウン名のほか、アパート群も○○○団地として同様の太字明朝体で表記しているようで、これらは適宜拾った。また、団地名の名残と思われるバス停名称なども拾った。(更に、●印で、やや古い地図(1981年、1991年の2つ)の情報を補充。そして、所々に私の余計なコメントがありますことはご容赦下さい。)■仙台市北部丘陵地○永和台団地 中山二丁目○中山ニュータウン 中山六丁目(地図では六丁目付近に記されているが、中山ニュータウンの名はバス通りをはさんだ団地全体を指すと思う。永和台は、大規模なニュータウン造成に先立つ開発部分、だろうか。)(参考:中山ニュータウン小史)○行楽園団地 中山六丁目or川平二丁目○泉ヶ丘団地 滝道(やや古い地図ではバス停「滝道入口」が「泉ヶ丘団地入口」)○共済団地 水の森三丁目(なおバス停名に共済団地、共済団地入口、がある。泉ヶ丘団地も含めて、輪王寺脇から山を越えて入った丘陵部を開発した初期の団地だと思う。間もなく輪王寺(地下)から直線で新しい道路が完成する。)○平和台団地 水の森二丁目●やや古い地図では、ひばり丘団地(現在の水の森一丁目)○第三勝山団地 西勝山○東一団地 川平二丁目(桜ヶ丘と西勝山の間)○桜ヶ丘団地○春日団地 桜ヶ丘一丁目○荒巻公苑団地 桜ヶ丘三丁目(■関連する過去の記事:仙台のロータリー(その10)桜ヶ丘ロータリー(2011年1月9日)○第二勝山団地 東勝山二丁目○千鳥ヶ丘団地 北根一丁目●やや古い地図では、大山団地(現在の鷺ヶ森一丁目。大山神社からの名か)○向原団地 泉区上谷刈●やや古い地図では、西黒松団地(造成中)とあるのが現在の虹の丘。■宮城野区、南光台方面○自由ヶ丘団地(安養寺二丁目)○天ヶ沢団地(南光台一丁目、二丁目)●やや古い地図では、「第一自由ヶ丘団地」(現在の自由ヶ丘)。なお、南光台について下記記事を参照下さい。(■関連する過去の記事:高松と小松島(2011年10月20日))●91年地図では、「東光台団地」の名が現在の燕沢二丁目。現在でもバス停名に「鶴ヶ谷東光台団地前」。また、「鶴ヶ谷南団地」(現在の鶴ヶ谷東二丁目)、「鶴ヶ谷東団地」(岩切三丁目)■旧泉市、旧宮城町方面○泉パークタウン○ガーデニングタウン西中山○泉ビレジ(バス停名) 館三丁目から六丁目付近○ガーデンヒルズ 館四丁目○グリーンパークタウン 聖和学園短大の南側の開発区○さつき台住宅 八幡七丁目●やや古い地図では、伊勢吉成団地(現在の吉成一丁目から三丁目)、中山吉成団地(現在の中山吉成一丁目から三丁目)、など。長命ヶ丘には、長命ヶ丘ネオポリスと併記。また、南中山と北中山は双葉総合開発が「いずみ中山」の名で開発したと思うが、すでに新町名に解消されて迷いはないとの理解か、地図には付されていない。●やや古い地図で、現在の貝ヶ森に「恵通苑団地」「貝ヶ森団地」が見える(それぞれバス停名にも)。また91年版地図では、パークシティ南吉成(現在の南吉成一丁目から七丁目)。国見駅付近に「DIK国見住宅地」、八幡六丁目に「山上清水住宅」。現在の栗生一丁目から五丁目は、「グリーンタウン栗生(造成中)」。■旧泉市、富谷町方面○松森団地 歩坂町○鶴が丘ニュータウン 鶴が丘一丁目から四丁目○松陵ニュータウン 松陵一丁目から五丁目○新富谷ガーデンシティ 成田一丁目から九丁目●やや古い地図では、東向陽台に「いずみニュータウン」バス停、山の寺三丁目は「泉ニュータウン」と付され、「ニュータウン中央」バス停が見える。また、「いずみ永和台団地」「天神沢住宅」(91年地図ではその北に「青葉台」。現在の天神沢一丁目)と「住宅前」バス停、「松森団地」が見える。現在の八乙女駅や七北田付近では、北黒松団地(現在の八乙女中央四丁目)、名坂団地(現在の友愛町)が見える。 また、現在の明石台は「明石団地(造成中)」、バス停名に「野蔵団地入口」など。 現在の上谷刈五丁目には「丸田山団地」。〔次回:仙台の「団地名」を考える(後編)(2011年12月11日)は、八木山など仙台の南部です。〕
2011.12.11
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2年前の白石市の連続放火事件の犯人か。9日に市内の無職の男が逮捕された。20件ちかく発生した前事件に関係しているかどうかは、わからない。犯人と決めつけることはできず、慎重な捜査と刑事手続がまずは求められるが、とにかく2年ぶりに検挙に至ったことについては、関係者の努力を賞賛すべきだ。当時記事にも書いたように、何より検挙が望まれるし、懸命の捜査が行われているはずだと思っていたから、事態が進んでいることは良かった。報道によると逮捕容疑は、2009年12月、市内駐車場で車2台に放火した事件。容疑者は否認しているようだが、この容疑者が代理店をしている損保会社の車だったようだ。また、発火には有機溶剤が使われたが、容疑者の事務所からは有機溶剤が見つかっている。この容疑者は、昨年1月に窃盗罪容疑で逮捕されて公判中。また、連続放火事件の渦中の09年12月には市長や河北新報白石支局に放火を予告する年賀ハガキを送ったとして再逮捕されている。仙台地検が9日に脅迫罪で起訴しており、容疑者も放火予告年賀ハガキを送ったことは認めているという。■関連する過去の記事 白石の連続放火を憂う(2010年1月6日) 相次ぐ放火と強盗(2009年12月22日)
2011.12.10
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最近PCを開く暇もない。今日は比較的早く帰ったが、疲れを吹き飛ばそうと、駅で買ったビールを飲んだが、これが、ことのほか美味かった。初号アサヒビール復刻版。苦みがとても、深くて、味わいがある。とりあえずそれだけ記して、早めに寝ます。
2011.12.08
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十和田観光電鉄が来年3月で廃止されることが決まっている。新幹線開業と大震災が決定打になったが、利用者の8割が高校生であるなど、地域の大切な足であり代替交通の確保に自治体は知恵を出していただきたい。時代の流れにはさからえないと言うことか。これで、南部縦貫鉄道、五戸電鉄(南部鉄道)ともに、旧奥羽街道に絡む鉄道がすべて消えることになるのは、それにしても寂しい。■関連する過去の記事 南部縦貫鉄道(09年3月21日) 鉄道めぐりツアーと七戸のレールバス(2010年3月29日)さて、十鉄の10年前になる2002年に廃止された南部縦貫鉄道。旧奥羽街道沿いに南部地方を縦断してつなぐという悲願の一歩だったと思われ(当ジャーナル)、モータリゼーション社会全開を控えた1962年の開通だったことに一種の宿命があったと思う。そして、下記文献(廃止前の刊行)によると、その走り出しも恵まれていなかったようだ。■青森県高等学校地方史研究会『新版青森県の歴史散歩』(新全国歴史散歩シリーズ2)山川出版社、1990年------------南部縦貫鉄道株式会社が設立されたのは1953年。翌年工事が始まるが資金難で難行。しかし、むつ製鉄への砂金輸送により黒字経営の見通しが付き、工事が再開。足かけ10年ぶりで開通式を迎えた。しかし、開通式と前後して、八戸青森間の直通特急バスが運転されはじめ、だだでさえ少ない沿線の乗客を奪い去った。65年には頼りにしていたむつ製鉄が解散、会社は翌年会社更生法の適用を申請した。加えて68年5月の十勝沖地震で大被害。この頃、東北本線複線化工事が進み、野辺地乙供間は別ルートになるため、南部縦貫鉄道は接続駅を失う破目に陥る。この問題は千曳から野辺地までの東北本線を譲り受けることで解決し、レールバスは野辺地駅の社線ホームに姿を現すようになった。もとの千曳駅は西千曳駅と改称され、1891年青森県内で最初に開業した日本鉄道の旧線路をレールバスが走り出した。今や歴史的かつ貴重な存在となり、遠方から訪れる人が多い。------------以上の記述は、まだ南部縦貫鉄道が走っていたときのものだ。現役の頃から既に歴史的な側面にスポットが当たっていたようだ。そして、鉄道は2002年に廃止された。
2011.12.05
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八戸市に三八城(ミヤギ)神社、三八城(ミヤギ)公園がある。南部藩から独立立藩した八戸南部藩庁が置かれた八戸城本丸跡地にあたる。神社は旧本丸御殿屋敷跡に建てられ、祭神は南部氏遠祖の新羅三郎義光、南部氏始祖の南部三郎光行、それに八戸南部藩初代藩主の南部左衛門佐直房。地元では「みやぎさん」と呼ばれるという。この三八城(ミヤギ)とは、三戸郡の八戸城という意味である。■青森県高等学校地方史研究会『新版青森県の歴史散歩』(新全国歴史散歩シリーズ2)山川出版社、1990年 によるここで思い出すのは、「三八地方」の呼称のことだ。以前に概要を整理してみた(下記の記事)。■関連する過去の記事 青森県東部の地理概説(三八、上十三などの意味)(09年8月1日)三戸は南部氏ゆかりの由緒ある土地柄だが、九戸(福岡)、やがて不来方(盛岡)に移る。盛岡南部藩3代重直の後継をめぐって藩論が分かれ、結局、八戸周辺83村2万石の八戸南部藩が立った。そんな経緯もあって、三戸郡という広域呼称の中にあっても、八戸は特にその名を並べるほど特筆したということではないか。本来ならば親と子の関係とでも言うべきで、「三戸地方」でもよかろうに、あえて八戸を並べる所以だ。もちろん、近代現代では八戸の産業経済上の発展は顕著であって、三戸郡の中心という位置づけに異論がないだろうが、三戸と八戸を同格に並べる素地は、近世からすでにあったということではないだろうか。もっとも、三戸郡にあること、あるいは本祖三戸南部氏の本拠ということもあってか、「三」が先に来ることは、必然なのだろう。
2011.12.04
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昨夜から今日にかけて行われたそうだ。岩手県では、酒気帯びやスピード違反など120件を摘発。県内の繁華街やIC付近など65か所で実施。酒気帯びは1件だけだが、スピード違反64件など(IBCニュース、岩手日報、NHKなどによる)。県警が取材対応したようだ。青森県では12件の酒気帯びが摘発された(青森放送ニュース)。新潟県は酒気帯び13件(新潟日報)。全国一斉なので警察庁の発表もあったようで、産経によると、全国で354件の飲酒運転が摘発されたという。うち酒酔い2件(逮捕2人)、酒気帯び352件(逮捕15人)。ほかに、飲酒検知拒否、無免許、スピード違反など含めて摘発総数は7752件(逮捕25人)とのこと。東北の他県ごとの数字は報道が見あたらない。
2011.12.03
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山形新聞では、斎藤前知事が管理職に就いている経営コンサルタント会社が、山形県病院事業局の発注した医療情報システムを受託し、09年8月に約18億円で契約。しかし事業化が遅れて県側が契約解除、会社は1割の違約金を支払った、という。前知事が管理職に就いていたことが30日までにわかったが、会社は就任の時期などを公表していない、という記事だ。また、契約は斎藤氏が知事の職を退任してからのことである。これだけでは、何を問題にしようとしているか、よくわからない。多額の契約であること、また契約不履行だったことと、知事の任にあった斎藤氏に何か関係があるとでも示唆したいような記事だが、それなら会社や前知事にしっかり取材すべきだろう。それが、新聞の使命ではないか。おそらく、続報を用意しているのだとは思うが、割り切れない報道で、気になる。
2011.12.02
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今日(1日)のニュースで出ていた。仙石線が一部不通のため、石巻と仙台を小牛田経由で直接結ぶ列車が運行を始めた。今日は、朝の暗いうちから50人が乗り込んだという。JRによると、この直通列車は、両駅を76分で結ぶ。現行の仙石線代行バス(矢本と松島海岸間)利用より約30分短縮。石巻643発、小牛田駅経由、仙台駅着759で、途中停車なし。気動車2両。なお、現在は上りのみで、下り列車は検討中。石巻駅を出る石巻線上り電車(小牛田方面)のダイヤを見ると、652発で小牛田732着という始発電車がある。この直前に割り込んで設定したようだ。仙台駅に向かう東北線上り列車の到着時刻を見ると、石越発列車が750仙台着。次は利府駅発が807着。なので、その間に入れたダイヤのようだ。この直通列車が経由する途中(停車せず)の小牛田駅の時刻表でみると、702発仙台行の後に入れているようだ。整理してみると...○ 2528M 石越始発632 小牛田発702 岩切発739 仙台着750○ 直通列車 (小牛田720頃か) 仙台着759○ 228M 利府始発748 岩切発755 仙台着807○ 2530M 小牛田始発735 仙台着821本数が集中する岩切仙台間でみると、2528Mと228Mの間に列車はないから(貨物列車などはわからないが)、小牛田と岩切間も含めて、東北本線上でいずれかの電車が直通列車のために待避するなどの状況ではないようだ。たぶん。
2011.12.01
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