仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2005.10.13
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カテゴリ: 国政・経済・法律
人種差別など人権侵害からの救済や予防を掲げる鳥取県人権侵害救済条例が昨日(12日)県議会で可決、成立した。都道府県が全般的な人権侵害救済を目的に独自の条例を制定するのは初めて。片山善博知事は「地方単位で人権擁護機関をつくった方が、きめ細かい的確な判断が下せる」としているが、行政サイドの判断で“加害者”の氏名を公表、社会的制裁を加える内容だけに、県弁護士会などは恣意(しい)的な運用を懸念。政府が先の通常国会で提出を目指したものの政党側から異論が噴出し断念した「人権擁護法案」の呼び水になるとの指摘も出ている。来年6月1日に施行され、2010年3月までの時限条例。人種差別や虐待、名誉や社会的信用を低下させるためのひぼう・中傷、セクハラなど8項目を禁止している。
(以上、山形新聞社のHP、10月12日ニュースヘッドラインから。)

さて、憲法上の論点はどうだろうか。
(T県の条例について憲法上の論点を述べよ、という出題への答案のイメージ。内容は相当いい加減ですが、論点の所在だけ示したい趣旨です。)
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1 表現の自由(21条)に反して違憲でないか。
 → 表現の自由は人権規定の中でも最も基本的、人格の自律に基づく自己実現、また民主主義の維持のために不可欠、よって厳格な審査基準によるべき。
 → 本件条例を見るに、目的は正当、失われる利益も重要で、効果との関連性もあり(この辺全く忘れている)。
 → 違憲とまでは言えない。

 → この自由は21条自体に文言はないが保障される。国民の知る権利に仕える意義が高いから。(たしか最高裁判例は尊重されるという程度のはず。)そして、合憲性審査基準は厳格たるべき。
 → メディアによる人権侵害も問題であること踏まえるべき。また勧告や告発という手法にとどまるから、罰則をもって強制するとしても、メディアの表現内容を管理・誘導することにはならない。
 → 違憲とまでは言えない。
3 氏名・住所を公表する点で、プライバシーを侵害しないか。
 → プライバシーの定義。明文ないが13条で保障される。人格的自律に必須なので尊重を要し厳格な審査基準が妥当。
 → 公表にどれだけの効果があるかの疑問もあるが、社会的関心も高く、社会生活を営む以上氏名や住所という外形的情報を公表されることが重大や法的利益の侵害とは言えず(ちょっと強引か)、やむを得ない。
4 以上の本条例の人権制約について法律で制約規定はないから、法律は制約をしないことを定めた趣旨とも解される。とすると、条例は法律の範囲内で制定するべきことから(94条)、本件条例は同条に反するのではないか。
 → 法律と条例の規定の関係が問題となる。法律が規定を置かない場合、制約をしない趣旨であれば条例による規制はできないが、放置する趣旨であれば条例による独自の規制が可能。
 → 本件の条例は法律が規定を置いていないので問題なし。
5 適正手続(31条)の問題。行政手続にも保障されるか。→保障されるとした上で、反しない。
6 以上から、本件の条例は憲法に反しないと解する。

 憲法の答案として書くと、どうしても違憲としたくなるので(!?)、論点の1、2、3、5のいずれかで違憲の方向に流したくなる衝動に駆られるが。
 ここで言いたいのは、上記のような憲法上の論点があって、新聞の論調は特に2(報道・取材の自由)に懸念を示していると思われること。地方自治の観点(論点4)はどこも論じていないようだ。

 今日(13日)の全国紙を見た。ごく端的に論調を整理すると、
○読売
 ・人権侵害の定義が曖昧で表現の自由などを侵すおそれ

 ・行政機関は拒否できるため、行政が関与した人権侵害には対応できない懸念
○朝日
 ・批判(干渉しすぎ、表現の自由制約、報道機関除外せず)の中での条例成立
 ・報道機関を適用除外せず、条文上公共性・真実性を考慮しないので批判記事も対象になるおそれ
○産経
 ・(弁護士会の反対声明を伝え、やや批判的。しかし報道の自由について言及なし)
○毎日(これだけは昨日(12日)の記事)
 ・(解説を付けている。見出しは、「官に甘く民に厳しい」)
 ・人権侵害の定義があいまい、人権委員会の権限が強くなりすぎで、表現の自由を侵害する懸念。
 ・行政に対する取材や権力監視活動を不当に制限するおそれ


 この条例に対する私の考え。
 まず、人権救済という目的のため一定の手続を整備すること自体は一応問題がないと思う(一応というのは後で問題視するから)。とりあえず問題点は、次の3つ。
(1)表現の自由の制約か。実際的に冷静に考えてみれば、そんなことはないと思う。
(2)メディアの報道・取材の制限になるか。新聞はこの点を明に暗に強調するようだ。印象だが、(1)を大上段に掲げて報道しながら(2)の実益を得たいという感じか。しかし私自身はこれには冷淡に考えている。むしろメディアによる侵害も甚大な場合がある。
 何も感情的に言っているのではない。私自身、自由主義と民主主義の双方からメディアの重要性と不干渉原則は重要だと思っている。A新聞やN放送のように仮にどんなにメディアが腐敗しても、不干渉を貫くべきだと考えている(特に新聞は)。彼らの利益ではなく国民のためだから。従って、立法論として報道機関を除外するということは当然ありうるとは考える。まあ、それが穏当かも知れないとも思う。
 ただし、除外規定を置かないこの条例を前提にして考えて、除外規定がないことが本当にメディア規制になるのか、冷静に考えたい。報道の内容について是非を問う審議となった場合に、メディア側は堂々と反論すべきだし、して欲しい。取材の自由(報道倫理についてはここでは論じない)を守るとして黙秘するならすれば良い。条例で設置されるという人権侵害救済推進委員会の良識を期待するが、終局的には司法の判断で(メディア側からの損害賠償請求など)、制度運営が安定していくことも期待したい。
 BROなどの制度も出来てきたが、多様な救済制度があることは悪いことではない。。
 メディア側の本音は、こういう条例(さらには法律)によって、現場での取材が多少でもしにくくなることを懸念するのだろう。わからないではないが、憲法論の衣の中に忍ばせるのではなく、それはそれで正々堂々と議論して欲しい、とも思う。
(3)行政機関を対象から除外していること。
 現実論として、できれば除外しないで欲しかったと思う。マスコミもここを批判の着火点にしている。
 おそらく、県警察本部長が反対し、また県議会議員からも本音が出たりしたのだと察するが、マスコミも対象にする以上は、(同列には論じ得ないが)救済の多様性や汎用性という意味で、行政機関も対象にすれば良かったと思う。
 また、毎日新聞の解説が説明しているように、国の法案では「公人の疑惑が取り上げられている場合は公人本人が人権侵害だと申し立てることは出来ない」。これは、表現の自由とプライバシーの調整の観点から、公的事項については表現の自由にグッと重点を寄せるという、現代憲法論の一つの知恵である(刑法にも名誉毀損罪の違法性阻却が定められている)。条例ではこのような配慮もなく、公人からの救済もバンバンできる。この点はできれば規定上配慮してほしかった。県議会議員が、俺だって救済求めて何で悪いの、と本音を語ったのか。しかし、ここだけは、ちょっと私も憲法論を通したい。
 ただそれでも違憲とまでは言えないと思う。

 私は、是非導入せよと考えているのではない。法律論として違憲ではないというだけで、是非論として問われれば、救済の多様性という観点であった方は良いが、自由主義を重視したいので、強制力(罰則)まで設けるのはバランスを少し踏み越えたように思う。内容としても、ことさら行政を対象外にしたのは、稚拙だったと思う。素朴な必要論・意義論だけで突っ走ったように受け取るのだが、知事や議会は工夫を考えるべきだった。政治的判断としては、この内容ならば制定を避けるのが賢明だったと思う。
 立法した以上、今後の運用と評価で、県議会の成熟度も問われると思う。

 ここまで考えて来て、結局最後は、積極国家(管理国家と言っても良い)を是認するかどうか、という社会的合意の議論に行き着くのだと思う。表現の自由擁護をお題目で唱えるだけではなくて、権利を侵害される側に立ってどう考えるか。救済の多様性という社会国家的なサービスを選択するのか、それとも自由侵害の危険を重視してそんなのない方が良いと割り切るのか。
 繁華街に監視カメラをおくことの是非、あるいは警察官を増やすことの是非、の議論と似ている。犯罪の予防・鎮圧を選択するか、それとも多少の犯罪は出るとしても自由主義をとるか。コストの議論もある。
 監視カメラ置いたらそれで安心できるのか、犯罪減るのか、警察官減るのか、と言えば、そうでも無いと思うのだが。警察は「体感治安」という言葉を使うようだ。本当に体感に莫大なコスト払うことを、みんな賛成しているのだろうか。
 親が、隣人が、友人が「おまえそんな悪いこと止めろよ」と言えればいいだけでないのか。言うべき親自身の価値観が揺らいでいるのか。だからコストも仕方ないのか。教育にも金をかけ、治安にも金をかけ、自由の維持にも金をかけ...どんな社会になって行くのだろう。

 ちょっと局面は違うのだが、個人情報保護の行きすぎた風潮も根っこはどこか似ている。読売新聞は「異議あり匿名社会」という論陣を張っているが、基本的には賛同している。(新聞としては取材しにくくなるからという実利もあろう。)電話番号や顔写真を秘匿するのはわかるが、氏名まで秘匿し出すと、かえって社会生活が立ち行かなくなるし、無責任な言動を助長することにもなる。(あ、このブログ匿名ですみません。)
 「人に名前教えてダメだよ」なんて馬鹿な親が増えて、「ちゃんと名前を名乗ってお話しなさいよ」と先生も指導できなくなるのか? ボクお利口さんだね、年いくつ? と聞いたら、「年齢は個人情報だから聞かないで。あとね、ボクというのも性別に関連するから、こっちから言わないよ。」なんて答が帰ってくる世の中になるのか。
 子供も混乱する。大変だ。

 最後は人間観や社会観の問題である。私は、制度づくりやコストに頼るのではなく、人の社会の持つ、自然で善良で健全な復元力に、もっと信頼しても良いのではないか、というように考えている。





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最終更新日  2005.10.14 04:02:48
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