仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2007.08.21
XML
カテゴリ: 宮城
国道45号線を走ると旧津山町の北上川沿いに「日本三柳津虚空蔵」とかいう看板があった。今でも有ると思うが、三「柳津」とは何処なのだろう、と思っていた。

四五代聖武天皇の神亀3年(726年)に、行基菩薩が東国各地を巡錫し布教した時、本吉郡柳津に立ち寄り、大土ヶ森に一堂を建てて一尺あまりの虚空蔵を刻んで納めた。これが現在に伝わる本尊であり、本尊の前に立つ大黒天と毘沙門天は弘法大師の作という。

その後元和元年(1615年)に大土ヶ森の頂から山麓に移し、柳津山興福寺、今は福満山宝性院と号す。

日本三柳津虚空蔵堂は、他に奥州会津柳津円蔵寺、常州村松柳津日光寺(茨城県)の虚空蔵堂である。

■出典 菊地勝之助『名数みやぎ郷土小事典』宝文堂出版、1973年

さて、この際同書をもとにわが仙台・宮城にかかわる寺社仏閣関係の三大名数を整理しよう。

○日本の三山寺
 七北田の山ノ寺、近江の石山寺、羽前の立石寺。
 山ノ寺は竜門山洞雲寺と号する古刹。慶雲元年(706年)釈定慧(藤原鎌足の子)が開山、のちに慈覚大師が中興。本尊は盧舎那仏で大師が唐の青竜寺から招来したものという。大師が本尊を安置したときから山ノ寺と称したという。

 七北田の山ノ寺は、これら石山寺、岩山寺に対して、砂山寺をもって知られる。

○日本の三蔵王
 栗原市旧花山村の金峰山花山寺(かざんじ)に安置されていた蔵王権現。平泉藤原氏時代の頃から、金峰山寺(奈良県)と三仏寺(鳥取県)のそれと共に、日本の三蔵王として名高い。
 花山寺には役(えん)の行者小角(おづの)の作と伝えられる国宝の閻浮檀金(えんぶだんごん)の像が安置されていたが、戦後盗難に遭い行方不明。

○日本の三弥勒寺
 登米市旧中田町の長徳山弥勒寺。真言宗に属し、日本三弥勒の1つとされる本尊は二尺七寸の座像で、空海が安置したという。33年目の開帳期でないと拝することができない。
 他の三弥勒は、神奈川県足柄郡上秦野の弥勒寺で頼朝夫人が臨産の時祈願した。また、秋田県角館の弥勒寺で、清原武衡・家衡の首を埋めたとされる。

○日本の三不動尊
 登米市旧津山町の横山不動尊。成田不動尊(千葉県)、菅谷(すがたに)不動尊(新潟県)とともに、日本三不動尊。
 横山不動尊は白魚山大徳寺境内にあり、一尺八寸の天竺渡来の不動明王を腹籠にした一丈六尺の不動尊が安置され、弘法大師の作という。保元年間百済の国から水戸辺浜に着いた不動明王の尊像を祀ったという縁起。大徳寺ははじめ明王山金剛寺で真言の道場として創建し、葛西時代に曹洞宗となり、現号に。門前の小川はウグイの生息地。

○日本の三大稲荷

 竹駒神社は仁明天皇の承和9年(842年)に小野篁が陸奥守として多賀国府に赴任する際に、京都伏見の稲荷明神に参拝し傍らに現れた白狐を請うて旅についた。途中岩沼を通った際に白狐が武隈の森に入ったので、ここに社殿を建てて勅許を得て武隈明神を祀った。

○日本の黄檗宗三叢林
 黄檗宗は禅宗臨済宗の一分派で明の黄檗山万福寺の僧隠元が来日して広めた宗派。黄檗宗の寺院で日本の三叢林(道場)とされる名刹が、仙台茂ヶ崎の大年寺、山口県萩市の護国山東光寺(元禄4年開山)、鳥取市の広禅寺(元禄6年開山)。
 大年寺山は昔の茂ヶ崎城跡に4代藩主綱村の元禄8年に京都宇治の黄檗山万福寺の末寺として建立。下総国牛島の弘福寺住職鉄牛和尚を招いて開山始祖とし、両足山大年寺と称した。宇治の本山万福寺に擬して建造された伽藍は壮麗、山中の堂塔二十余宇が建ち並び黄檗宗日本三叢林の第一位とされた。仙台藩からは一門格の待遇を受け寺領二百石を附せられた。

○奥州の三八幡

 大崎八幡社は後冷泉帝の天喜5年(1057年)に源義家によって創建されたと伝える。頼義、義家父子が安倍貞任を討ったとき糧食に乏しく飢渇に苦しんだが、義家が一夜八幡様の夢を見たので、陣頭に社壇を設けて勝利を祈願し、小松の柵(田尻)を攻め、逃げるを追って遠く衣川や厨川の柵をも陥れた。
 そして凱旋の際に、大崎、営ケ岡、胆沢の3社に武具等を奉納して祀ったのである。
 営ケ岡八幡宮は、延暦年間に田村麻呂が東征の際に勧請した。その後上記の通り頼義義家父子が凱旋の際に奉納した甲冑が今も保存されている。営岡(屯岡)の名称は田村将軍がここに屯(たむろ)して蝦夷と対陣したことから生じたという。
 田尻の大崎八幡は後に仙台藩祖政宗公によって仙台に奉遷されて今に至る。

○奥州の三観音
 延暦15年(796年)坂上田村麻呂が陸奥出羽の按察使となり陸奥守を兼ねて鎮守将軍、翌年には征夷大将軍になった。この際に奥州の7カ所に観音像を安置したのが、奥州七所観音。そのうち、篦嶽(ののだけ)観音、牧山観音、富山観音を後世に奥州の三観音として尊崇した。
 篦嶽観音は、篦嶽山上の無夷山篦峰寺に祀られる観音堂。延暦12年に田村麻呂が巨魁悪路王等をこの地神楽岡に討ち、後勅命により護持した十一面観音を祀ったと伝えられる。
 牧山観音は田村麻呂が延暦11年に牧山の地に大嶽丸等の豪族を討伐した際に、今の梅渓寺の地に堂宇を建立して、後に霊峯山梅渓寺を建立したという。
 富山観音は大同年中に田村麻呂の勧請で手樽富山に富春山大迎山寺大悲閣を建立して千手観音を祀った。藩政時代に政宗公の長女五郎八姫が堂宇を建立し堂内に田村麻呂の像が配置されたという。

○東奥の三霊地
 霊島金華山、出羽三山、南部の恐山。
 金華山は5つの峯、68嶺、48渓谷から成り、山には千古未だ斧を入れない老樹巨木が鬱蒼と茂り、至る所に奇岩怪石があり、鹿や猿が戯れる仙境である。中腹には黄金山神社が祀られ、神域は崇巌、社殿堂塔の結構は壮麗を極める。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007.08.21 05:39:54
コメント(1) | コメントを書く
[宮城] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

コメント新着

おだずまジャーナル @ Re[1]:荒巻地区の新町名と宅地開発史(12/14) 荒巻昭和人さんへ コメントありがとうご…
荒巻昭和人@ Re:荒巻地区の新町名と宅地開発史(12/14) 団地名なつかしいですね。広告に使われて…

プロフィール

おだずまジャーナル

おだずまジャーナル

サイド自由欄

071001ずっぱり特派員証

画像をクリックして下さい (ずっぱり岩手にリンク!)。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: