仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2009.01.25
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カテゴリ: 東北
安藤氏は、奥州藤原氏の滅亡の後に蝦夷の支配権(東夷成敗権)を掌握した鎌倉幕府から、代官としての地位を与えられ、執権北条氏の津軽や糠部の所領(得宗領)の管理と夷島管理を行い、海運の掌握を背景に北方世界に君臨していた。応永年間に室町幕府を震撼させた北海夷狄の動乱の鎮圧に活躍した功により、宗家の津軽十三湊の下国(しものくに)安藤氏の安藤康季(やすすえ)が、日の本(ひのもと)将軍に任ぜられた。

永享八年(1436年)には、後花園天皇の命を受けて若狭国小浜の羽賀寺を再建しているが、『羽賀寺縁起』にも「奥州十三湊日之本将軍阿倍康季」と記されている。

さて、「日の本」とは、もともとは「日高見」と同様に東の意味で、古代には主に陸奥国の現在の岩手県辺りを指していたが、その後次第に北上し、中世には、国家統治の東の境界の地と認識された外ヶ浜あたりを指した。15世紀には更に北上し、外ヶ浜と夷島を含んだ地域概念となる。

なお、「将軍」とは本来天皇から任命された追討将軍を意味することから、安藤氏に与えられた「日の本将軍」とは、古代の鎮守府将軍にも比すべき蝦夷征討将軍を意味し、北海道を軍事的に支配する将軍を意味した。

中世後期の物語『さんせう太夫』にも、安寿と厨子王の父が「奥州日の本将軍、岩城の判官正氏」と記されているが、当時日本海を行き交う人々の間で語られた話であり、安寿と厨子王は越後の直江津を中心に丹後から蝦夷島までを舞台としている。物語中の日の本将軍とは、安藤氏のイメージだとされている。下国安藤氏はそれほどの実力者だった。

(参考)
一戸富士雄、榎森進『これならわかる東北の歴史 Q&A』大月書店、2008年
978-4-272-52081-7





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最終更新日  2009.01.25 09:54:27
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