仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2009.05.17
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カテゴリ: 東北
リフト建設と絡んだ有名な蔵王の境界紛争。宮城県副知事を務められた津軽芳三郎さんの著作をもとに整理を。
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1 経緯
 北都開発と山形交通のリフト建設競争に端を発する。
 昭和37年のエコーライン開通を機に、北都開発商会はリフト建設を計画し、38年1月山形営林署に国有林貸付申請を提出、山形県には建設計画を提出したが受理されないでいた。他方、山形交通は宮城県側にリフトを計画、38年2月に白石営林署に貸付申請書を提出して受理され、8月には落成式が行われた。

 これに対して、山交のリフトが実際に建設されたのは従来県境とされた登山道の西側であっっため、北都は山形営林署に抗議。山形営林署は、明治37年の記録を基に実際に検測を行い、分水嶺付近が林班界であり県境であると主張したが、北都は39年1月、山形交通と営林署関係者等を公文書偽造、公務員職権濫用などで告訴。さらに、同年3月には林野庁と山形県に4千万円の損害賠償請求。

 なお、北都開発は山交に1年遅れてリフトを完成したが3年で運転を打ち切り、残がいが長く残った。

2 刑事訴訟
 山形地検は当時の営林署長ら16人を逮捕したが、営林署長だけを起訴。昭和45年7月に仙台高裁で有罪が確定(職権濫用は無罪、収賄が有罪)。


 国有林の借用の案件がどちらの営林署の管轄となるかは、市町村の境界問題でもあり、リフトの固定資産税の帰属の問題でもある。七ヶ宿町は林班界(分水嶺)説を主張し、上山市は登山道説を主張。両県知事の数度にわたる話し合いは、刑事事件係属中もあり物別れに。
 41年3月には、両市町からそれぞれ裁定申請を受けた両県知事は、4月に自治大臣に地方自治法に基づく裁定を申請。

 当時宮城県地方課長だった津軽さんは現地を踏査した。登山道と言っても境界標石があるわけではなく、分水嶺と言っても馬の背のように明白ではない。角田領主の石川氏ゆかりの図面や書類まで借りて調査したのだそうだ。
 その後、自治省は事情聴取や現地調査も行ったが裁定を出さないままの状態が続き、国会でも取り上げられた。
 固定資産税は39年から法務局に供託されたままであった。

4 新境界の設定
 20年を経て上山、七ヶ宿とも首長が交代し、解決の機運が生じ、林班界と登山道の中間線を新境界とするとの七ヶ宿町長の提案を上山も了承。59年3月に両議会が了承。8月には自治省も再度現地調査、10月に自治法施行以来初の大臣裁定となり、不服申立期間を経て11月に確定した。

 なお、川崎町、蔵王町、上山市の境界は一部未定のままであり、リフト問題の際に川崎町、蔵王町からも問題が提起されたが、開発や税との関わりもないのでそのままになったと思われる。

5 民事訴訟
 民事訴訟は大臣裁定で県境問題が解決した後の昭和62年になって第一審判決があり、山形地裁は分水嶺が県境という国の主張を認めて請求棄却。控訴審判決は平成7年1月に行われ、仙台地裁は、一審判決を取り消し795万円の支払を国に命じた(確定)。
 曰く、従来は登山道を県境として認識し維持管理していたのに山交リフトに協力する意図で検測した線引きに従い申請を拒否したもので、職権濫用で違法な公権力の行使だ。営林署の検測は内部調査に過ぎず、大臣裁定まで、境界として取り扱われていた登山道に基づいて措置すべきだった。


4の後半の部分は、リフトとは別の位置の境界未確定部分で、お釜の周辺のことだと思う。


■津軽芳三郎『何があった地方行政五十年』宝文堂、2006年
■関連する過去の記事
蔵王のお釜は共有財産 (08年11月5日)





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最終更新日  2009.05.17 15:54:50
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