仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2010.10.16
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カテゴリ: 東北
和算家山口和の東北遊歴(上) (2010年10月16日)  和算家山口和の東北遊歴(中) (2010年10月16日) より続く)
■佐藤健一『日本人と数 和算を教え歩いた男』東洋書店、2000年 から

(7)再び仙台領へ

二口街道は名取川北岸を歩き、茂庭村で名取川南岸の熊野堂村に出る。村には名取熊野三社のうち、熊野本宮社、熊野新宮社がある。山口は奈智社と記している。南に2里ほど歩くと塩手村の佐具叡(さくえ)神社がある。岩沼の西の北長谷村で島貫清蔵の家に着く。当日は8月2日だが、3月9日に別れて以来である。

島貫宅に4日間滞在し、南長谷村の深山権現や平将門の塚の松などを見物した。帰途は浜街道ではなく、奥州街道を南下。槻木、大河原、金ヶ瀬、白石城下を後に、斎川宿、越河宿、峠を越えると伊達郡貝田村に出て、夜になったので宿泊する。

(8)奥州街道から浜街道へ

翌朝は大木戸村、藤田村、谷地村、桑折村と歩く。桑折の手前で七ヶ宿街道が合流してくる。桑折からは奥羽街道を離れて東よりの道を選んだ。どの道かよく解らないが、おそらく山口は長岡あたりで左に折れ、阿武隈川を越えて、文知摺(もちすり)観音堂を参詣した。福島城下北東部の阿武隈川東岸の岡部村の更に東、山口村である。



翌日、街道をそのまま進み川俣村から小出川沿いに進めば中村街道に出ることを聞いた。川俣から小島村、月館村を通って山戸田あたりで中村街道に合流できた。広瀬川と中村街道が交差する辺りである。中村街道を東に進み、石田、笹町村(相馬市東玉野)を経由して中村に着く。

中村では前田定次宅に泊まる。往路のとき3月2日から7日まで滞在したが、このとき知り合ったようだ。しばらく滞在し8月22日まで数学を押しえる。

中村を出てから陸前浜街道を江戸目指して戻る。往路でも立ち寄った狐崎村で、名主酒井与才次の家で教え、数日後酒井与右衛門宅で教える。大月村で久米三郎を教え、会瀬村、飯田村、赤石村、中菅間村などを順に回って教えながら、江戸の長谷川道場に到着したのは9月23日だった。

(後記)
遊歴和算家の東北紀行の足跡を、私も現代の地図帳を開きながら字名に残る旧村の名残を見つけながら追いかけるのが楽しかった。佐藤氏の著書には、山口の立ち寄った村の周辺や当時の地域の様子などを詳しく補足してあるので、理解にも便宜であった。





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最終更新日  2010.10.17 08:41:31コメント(0) | コメントを書く
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