仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2011.10.30
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カテゴリ: 仙台
昨日(10月29日)午後、東北大学の平川新先生の講演を聞いた(広瀬文化センターにて。同センター20周年記念)。震災で被害を受けた古文書の保存に努めておられ、お話の中でも説明があり、またホールでパネル展示もあった。

講演で注目されるのは、慶長の津波とそれを受けて復興に邁進した先人の歴史が浮き彫りにされつつあることだ。

よく引用される貞観津波は、貞観11年(869)だが、慶長16年(1611)の12月2日(西暦)に大津波があり、仙台藩領死者1783人、盛岡藩弘前藩の死者3千人余。ちょうど400年前だ。

例えば若林区の萱場家では、寛永検地帳(土地台帳)が何点かみつかり、「大沼ふち」と記した新田開発が記録されている。古いもので1644年という。ほかにも、新井村の藤田新田、飯田村の三本塚、蒲生などで、1620年代以降の入植の記録が明らかになっている。三本塚では、郷六村から移住した佐藤家が、慶長年中に人馬多数溺死し田畑も荒廃、元和の頃(1610年代)御上より望む者には荒所開発をさせるとのお触れがあり、これにより三本塚に移って田畑15町歩余を開発したとの記録がある。三本塚の寛永検地帳(1642年)には、「汐入悪地」との記載があり、30年経ってまだ津波の塩が抜けていないことが知られる。

2千年の伝統をもつ東北の米作りの実力を背景に、津波を乗り越えて新田開発により震災復興を果たした不屈の歴史が、今よみがえる。努力と知恵で再興した先人に学び、自信をもって復興を成し遂げよう。これが平川先生の伝えたい点だったと思う。

■参考  慶長津波と震災復興 (東北大学による震災6か月後報告会の資料)





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最終更新日  2011.10.30 10:04:35
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