仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2013.07.14
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カテゴリ: 東北
十三湖や十三集落などの十三は「じゅうさん」と読むが、中世から江戸時代後期にかけては「とさ」と呼ばれていた。その語源にはいくつかあるが、アイヌ語の「ト・サム(湖沼・の畔(ほとり))」という説が有力である。

「日本書紀」斉明天皇四(658)年夏4月条に、阿倍比羅夫が有間浜(ありまのはま)で渡島(わたりじま)の蝦夷を集めて饗応した所としてみえ、十三湊付近にあてる説もある。この地が港湾として利用されるのは中世からのことで、15世紀前半に南部氏にこの地を追われるまで、蝦夷管領安藤氏の日本海貿易の拠点であった。室町時代初期にまとめられたといわれる「十三(とさ)往来」には、繁栄をきわめた様子が記され、文明年間(1469-87)に成立したという海商法規「廻船式目」では、三津七湊の1つに数えられている。

十三湊遺跡は、13世紀から15世紀前半に本州最北端の湊として、アジアや北方地域との交易によって繁栄した中世の港湾都市遺跡である。

また、旧北津軽郡市浦(しうら)村十三(じゅうさん)の盆唄に、「とさのすなやま」で歌い出す「十三の砂山」がある(砂山節、砂山踊りとも)。北前船の船乗りが残した船歌で、盆踊り歌として悠久の時を超え、浜辺で踊り歌われている。

■青森県高等学校地方史研究会編『青森県の歴史散歩』山川出版社、2007年

■関連する過去の記事
十三湊を訪れる (2013年6月6日)
日の本(ひのもと)将軍の安藤氏
津軽安藤氏と北方世界 (10年5月18日)





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最終更新日  2013.07.14 18:07:19
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