仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2013.08.15
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カテゴリ: 東北
〔前回から続く〕
■前回の記事
津刈蝦夷と古代の津軽を考える(その1) (2013年7月20日)
津刈蝦夷と古代の津軽を考える(その2) (2013年7月25日)


宮崎道生『青森県の歴史』山川出版社、1987年(2版12刷)による。

奈良時代に入って養老4年(720)に渡島津軽の津司諸君鞍男ら6人を靺鞨国に遣わし、その風俗を見させたことが「続日本紀」にみえる。この靺鞨国は沿海州とも考えられているが、前記の粛慎と同じく中央からみてさらに奥地の意味であろうし、津司は港付近を支配していた蝦夷の族長と見られる。朝廷に帰順した蝦夷をしてさらに奥地を偵察させたということであろう。

その後、9世紀後半の元慶の乱(867)まで、「津軽」の蝦夷は直接には正史にあらわれてこない。その間、陸奥の蝦夷は離反を繰り返しながら、南部から徐々に朝廷の支配下に組み込まれていった。すなわち、和銅5年(712)に出羽国が設置され、陸奥・出羽の国司の上に按察使が置かれて両国を一つの軍政地域として開拓が進められた。

太平洋側では陸奥柵(後の多賀城と考えられる)に東国各地から良民が移住。白河、玉造軍団も組織され、国分寺、国分尼寺も造営されて律令社会が形成された。出羽方面でも出羽柵が高清水岡(後の秋田城)に移され、雄勝、平鹿2郡が置かれるなど開拓が進められた。



中央に帰順して支配下に組み入れられた蝦夷、すなわち俘囚も、8世紀末から9世紀初めに度々反乱を起こしている。宝亀11年(780)伊治公アザ麻呂が按察使紀広純を殺し多賀城を陥れる事件があり桓武天皇の代に3度の蝦夷征討が行われることとなった。延暦8年(789)には紀古佐美が征東大使として、10年には大伴弟麻呂が征夷使として胆沢地方の蝦夷を討ったが、胆沢の俘囚の長である大墓公阿テ流為や盤具公母礼などの抵抗にあって成功しなかった。その後に坂上田村麻呂が登場する。

坂上田村麻呂は、前に大伴弟麻呂のもとに副将軍として征討に参加してるが、延暦15年(796)陸奥出羽按察使兼陸奥守に任ぜられ、さらに鎮守府将軍も兼ねた。翌16年征夷大将軍に任命され、一般政務から軍事征討まで一身に東北経営にあたることとなった。同20年(801)9月ついに胆沢の地を平定し、翌年胆沢城を築いて鎮守府を多賀城から移した。翌22年に志波城が築かれ、同23年には武蔵、上総、下総など関東地方から多量の米を中山柵(宮城県桃生郡)に運んで準備をととのえ、田村麻呂が再び征夷大将軍に任命された。爾薩体(仁佐平、岩手県北部と青森県東南部)、閉伊(岩手県北東部)地方の平定が目的とされたが、やがてこの計画は中止となった。

これで桓武天皇の代の蝦夷征討は終わるが、胆沢地方の平定は田村麻呂の功績だった。

しかしながら、田村麻呂征討の詳細は不明で文献も少ない。したがって、青森県地域まで進んで都母(上北郡地方)、津軽の蝦夷を討ったとされ、それに伴う伝承もあるが、裏付ける史料も威武追跡も今のところ見いだすことはできない。

たとえば、歌枕として有名になる「壷の石文」(日本中央の碑)や、田村麻呂創建にかかるとする寺社が各地に存在すること、また、津軽地方の七夕祭りである「ねぶた」は田村麻呂が蝦夷をおびき寄せるのに用いたのが起源との説もあるが、すべて伝説に過ぎない。ともかく、田村麻呂の経略が東北経営で画期的な意義を持つことを示唆するものだろう。

田村麻呂の征討後、平城上皇と嵯峨天皇をめぐる内紛(藤原薬子の乱)に活躍した文室綿麻呂が、弘仁2年(811)征夷大将軍に任命され、爾(弐)薩体、閉伊の蝦夷を平定した。これにより陸奥国は平静となり開拓が進むことになる。

〔続く〕

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最終更新日  2013.08.15 06:39:44
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