仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2014.07.12
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カテゴリ: 東北
俳人小林輝子さんは『句集 木地師妻』などのほか、昔話の聞き集めや、それを元にした絵本も発表されている。句集名にあるように、小林さんの夫は岩手県西和賀町で湯田こけしを作る職人として知られている方だ。

須藤宏明監修『ふるさと文学さんぽ 岩手』(大和書房、2012年)に小林さんの句が収められている。そして、解説に湯田こけしや木地師の話が載っている。

いまの西和賀町は、和賀郡内の湯田町と沢内村が合併したものだが、湯田は古くからの湯治場。奥羽山脈山麓にはこのような温泉が数多く、かつては近在の農民が湯治に訪れた。湯治客相手にこけしなどを作って売ったのが、木地師と呼ばれる職人。

こけしや木椀などを作るには轆轤を使って加工するが、かつては特殊技能と考えられ、その技能をもつ職人集団が木地師と呼ばれる人々であった。

伝説には、木地師の祖は惟喬親王に遡る。文徳天皇の皇子である惟喬親王が近江国小椋谷(おぐらだに)に隠棲していた際に、その木工技術を伝授したのが創始という。これが史実かは別として、木地師と呼ばれる職人集団がこの伝説を携えて各地を渡り歩いていたことは事実であり、近江にいた木地師たちは、その後北陸から、四国、九州、そして関東、東北に広がったとされる。

もともと木地師は良質の木材を求めて移動するため定住することはない漂泊の山の民であった。しかし明治を迎えると国はその暮らし方を認めず、木地師たちは放浪をやめて定住するようになった。奥羽山脈にいた木地師たちも、やがてこけし職人として山麓の集落に居を定めたのだろう。

湯田こけしは遠刈田系に分類される伝統こけし。

概ね、こんな内容の解説だ。

宮城県公式サイトによると、宮城伝統こけし(伝統的工芸品として指定された名称)には、鳴子、遠刈田、弥治郎、作並、肘折の5系統がある。それぞれに共同組織を設けているようで、下記の通り。


○ 遠刈田伝統こけし木地玩具業協同組合(みやぎ蔵王こけし館)
○ 弥治郎こけし業協同組合(白石市弥治郎こけし村)
○ 仙台地区伝統こけし工人組合

これらの上部組織だろうか、 宮城伝統こけし組合連合会 のサイトがあり、参考になる。各系統の特徴や沿革が興味深い。こけし工人の一覧もあって、数えてみたら工人の方は、鳴子で30人以上、遠刈田20人以上、肘折20人弱となっていた。仙台の組合だけは様相が異なっており、仙台市を中心として活躍される工人の集まりで、それぞれの系統をくむ工人が、仙台市内や秋保温泉、作並温泉にいるようだ。工人紹介では、「肘折系・遠刈田系」が数人、また「作並系その他」の数人の中に、弥治郎系と蔵王系とされる工人がいる。

また上記サイトの中には  東北のこけし  の解説があり、10の系統が紹介されている。

地域の風土や習俗にあう形で独自に発達し、師弟関係で伝承されてきたのだろう。

岩手県の湯田が遠刈田系とされるのは、大正8年遠刈田の工人佐藤丑蔵氏を講師として湯本に小林工場を開き、丑蔵、小林善作、小林定雄と受けついで今日に至っているためのようだ。
(岩手県サイト  いわての文化情報大辞典  による)





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最終更新日  2014.07.12 20:15:28
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