仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2015.05.04
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カテゴリ: 宮城
初夏の陽光の連休。村田の重要伝統的建造物群保存地区を訪れた。

やましょう記念館では、向かいの観光案内所の方に丁寧な案内と解説をしていただいた。屋敷内を見せて頂いたが、とても立派なもので、村田商人の栄華がしのばれる。

平家の落人を祖として定義から来た「やましょう」の大沼家と現在書店の大沼家が、付近の大沼さんの大元で、間にある医院の山田家を合わせた3つの家が、地元の旧家というご説明だった。

道路向かいの「かねしょう商店」さんでは、店の2階で昭和の文物の展示。また、奥の屋敷を休憩処としていて、そこで飲み物などをいただいた。

蔵の街並みに息づいた生活の一端を感じさせて頂いた。

画像は、町はずれの白鳥神社。蛇藤で有名だ。

150504_1120~01.jpg

■関連する過去の記事
青根温泉に行ってきました (2015年5月4日)
蔵王噴火を鎮めた伊達宗高 (2015年3月3日)

〔以下、補足です〕
帰宅してから、ちょうど今朝の河北新報に出ていた「かねしょう」さんの屋敷の開放についての記事を読んだ。新聞にも出ていたご主人と、奥様と、直接話をさせていただいた。お二人とも、生き生きとされていて、昔の話や建物の逸話などに引き込まれる感じがした。

仙南の商業の中心だった時代をしのび、また、蔵の街並みにどんな日常があったか、など、まさにさながら博物館のようだ。また、私のような片田舎の貧農の末裔にとっても、重厚な木造の建物、たたき、土間、いろり、広い座敷など、随所に(そっくりそのまま記憶と符合するではないにしても)、幼少の頃の思い出や感覚がほのかによみがえる。他の旧家の造りに見入ったり、親戚筋だろうが見知らぬ子供らと交わったり、そんな感覚だ。我が実家にも粗末ながら蔵があって、重厚さや中身の財物は村田と雲泥だが、祖先が財を守ろうとした気持ちは一応同じだったか、などと。

かねしょう商店さんの2階の昭和期の生活用品もすばらしい。残して、きれいに整理して展示したことに敬服。どれも興味深いが、カドの辺りにあった、洗剤のモノゲンユニ。イラストが懐かしいのだが、ギザギザのヒツジがのっぺらぼうでこっちを向いているのが怖くて、夜思い出すと眠れなかった。半世紀近くを経て思い出せたのも、かねしょうさんのおかげ。





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最終更新日  2015.05.05 17:55:20
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