仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2016.07.30
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カテゴリ: 雑感
相模原市の障害者施設津久井やまゆり園の事件で、神奈川県警は被害者の名前を公表しない方針を貫いている。これに対して、新聞メディアは批判をしている。

例えば、産経「主張」では、なぜ新聞が実名発表を求めるかを説明している。その論理は、こうだ。

●報道側が求めるのは実名報道ではなく、実名の開示だ。
●実名報道の当否は取材の結果で決める。
●取材ができなければ真実に一歩も近づけない。
●個人情報保護法は報道目的の提供は適用除外とする。だから、同法を根拠とする被害者実名非公表は、誤りだ。
●メディアスクラムに批判があり、反省すべき点もあるが、取材をやめるわけには行かない。

その基本論理は、「まず公開せよ」、しかも(報道の当否は自分たちが決めるというのだから)一般向けにでなく報道機関に対して公開せよということだ。

そして、報道の当否は、新聞みずからが決めるという。それは形式としては当然のことだが、しかし、メディアが「正しい」判断のできる神様だとは、どれだけ読者や国民が思っているだろうか。



(さらに言えば、事件の真実を報道するに際して「実名」が必須なのかどうか。仮名のルポなどで問題を訴えることは、メディアがよくやるだろう。告発者の利益を守るために仮名が許されるとして、不幸にして亡くなった被害者は実名しかないのか。それはおかしいだろう。このあたりの説明がメディア側から行われていないのが不思議だ。)

さらに、産経の論理では、警察がの実名非開示によって、(報道を阻害するのみならず)取材活動じたいができなくなっている、と訴えたいようだ。これも奇妙なことだ。

どこに取材の自主性や報道の責任があるというのか。

昔のことだが、私も個人情報を扱う立場でマスコミ対応で苦慮したことは多い。あの時の記者の言葉が忘れられない。匿名とする理由などを何度も何度も聞かれた後に、記者はこう言う。
「公開しないのはおかしい。報道するかどうかはこちらで判断することだ。」
「それは●●(個人名)だろう。皆言っているよ。」
被害者が特定されないために匿名が必要なケースとしていたが、絶対の自信はなかった。今なら判断は違うかも知れない。

ただ、この記者に対しては、だったら自分の責任で報道したらいいじゃないか、と内心思ったものだ。もちろん、この新聞社も実名報道はしなかったが。

真実の報道の自由、読者や国民の知る権利、などと言いながら、その実態は自分たちが楽をするためと責任転嫁。そんな浅ましい姿が、浮き上がってくる。

今回の神奈川県警の方針は、その是非について議論はあるだろうが、私自身は誤ってはいないと思う。犯罪被害者の配慮は、たしかにこれまで軽視されていた。障害者だからという点が特に考慮されたとされており、この点についても、障害者もひとしく命の重さは同じだし、差別的扱いはあってはならないが、そのことと被害者側への配慮は全く別の話だ。

もちろん、いくら家族の意向があっても、開示すべき場合はあるだろう。だが、警察は真実の捜査とマスコミへの材料提供だけが任務ではない。被害者への適切な配慮も、責任ある行政活動の一部とみるべきだろう。



■関連する過去の記事
石巻殺傷事件の実名報道を考える(続) (2016年6月25日)
石巻殺傷事件の実名報道を考える (2016年6月16日)





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最終更新日  2016.07.31 06:01:36
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