仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2022.05.05
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カテゴリ: 宮城
角田の大地主、旧氏丈(うじじょう)邸を訪れた。よく晴れた連休の昼間、地元の方が中心のようだが割とお客さんもおられ、ちょっと昔の手の込んだ木造家屋を味わっているようだった。3月16日の地震のために庭の塀はすべて倒壊し、屋敷の中も被害を受けており、その状況が大型ディスプレイで説明されていた。
座敷の畳に座ってみたり、廊下をゆっくり歩いてみたりした。
なお、遺跡出土の考古資料や石川氏関係資料を展示している展示室(もとの米蔵)は地震のためだろう閉鎖されていた。

■氏家丈吉(加登丈、かどじょう)について〔 資料館でいただいた資料から
 初代氏家丈吉は天保10年(1839)本家(氏家清吉)の次男に生まれ、慶応年間に現在地に分家したようである。店蔵(一階二階とも開放され、二階は角田の歴史が展示されている)、文庫蔵、母家、表門(角田要害から移築)は初代により建てられた。明治21年角田の大地主13人中4番目、伊具郡内に59町6反521歩もの田畑を所有。明治26年町税納税は本家氏家清吉に次いで2位である。
 二代目氏家丈吉は慶応2年(1866)山形県生まれ、角田町会議員、郡会議員、角田製氷社長などを歴任。新座敷、奥座敷、米蔵等は二代目によって建てられた。昭和8年宮城県内で16番目の多額納税者。本家氏家、加川とならび角田町三富豪の一人に数えられた。
 三代目氏家丈吉は明治27年生まれ、昭和17年に父の死で襲名。書画刀剣に造詣深く、仙台藩の書画の鑑識に長じた。農地解放直前の昭和22年3月、140町9反104歩を所有していた。

■氏家本家について

 本家は現在資料館の駐車場となっている隣地にあった。七十七銀行の角田支店長は就任すると必ず、分家のここに挨拶に来るのだそうだ。〔 資料館職員の方の話 〕。

■旧氏丈邸の建物
 初代と二代目が建築した建物を昭和60年に角田市が譲受した。平成3年市文化財。
 座敷は床柱をはじめ良質な材を多用し、奥座敷、夏座敷(北側)など、日常の喧騒を忘れさせる静謐な時間が往時から今に至るまで流れているようだ。浴室は大正期のモダンな雰囲気を漂わせる。石灯籠が配された庭を窓越しに臨むのだが、ガラスには微妙な歪みがあるのが職人技の証拠。3月の地震では、八角時計が落ちるなどしたが、建物の基本部分やガラス戸などはほとんど壊れなかったようだ。



(資料館の前に、河川敷の菜の花畑に行ってみた。晴天の下、蔵王を背景に撮りました。)



■今回の角田訪問の関連記事
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最終更新日  2022.05.05 22:03:55
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