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英会話を習得する方法をみな間違って教えているように思う。話すことはできても聞き取れないと会話がつながらない。じゃあ、聞き取れるようになるにはどうすればいいか?英会話教室に半年通って月謝を毎月5000円払っても無理。そこで1500円で英会話の達人になる秘訣を秘密で教えます。1. 本屋で、1500円ほどの英語の解説文のあるカセットかCDを1個買う。 投資はこれで終わり。 BBCのニュースとかインタビュー記事が良い。 よけいな解説会話のない英語だけのものがいい。 この同じカセットを毎日30分から1時間ほど聴く。 何を言っているか解説を読んで覚える。通勤時間がちょうど良い。 1月を過ぎた頃、突然、聴いたままで意味が解る瞬間が来る。 知識の左脳から直感の右脳に移った瞬間。 鳥肌が立つような感動の時。 留学生が、ある日突然、隣室から聞こえてくるビートルズの歌の意味が解って感動したというのと同じ。 もう、聴き取れるから大丈夫。あとはカセットを変えて語彙を増やすだけ。 映画を見て、聞きならすだけ。 最初は、我慢して変えないでひとつのカセットを聴くのが秘訣。その2 話す方法 日本人は日本語でも話題がない。これが問題。 まず、話したい話題を考えること。 たとえば、よく聴かれる話題の答えを考えること。 「愚かなブッシュをどう思うか?」 「EU参加の得失はなにだと思うか。」 とか。 たとえば、 「なぜ日本人は、ホモジニアス(均一)で個性がないんですか?」 とよく聞かれる。その時は、 「日本民族は世界一、従順な民族なのです。 国民一人当たり700万円役人が使い込んでもなにも文句をいわないのですから、 教科書を検閲されて同じような人間に育てられても誰も抗議しないのです。 借金だらけなのにいまだに他人にお金を寄付し、海外援助を続けることに反対しないほど従順な民族なのです。 僕にだって理解できないから、海外の人に日本民族を理解することはまず無理でしょう。」 とか。 「教育がdiciplineとなっており、海外のように個性を伸ばすcreationとなっていないから。 国語も数学もcreationなのに、音楽と絵画のみがcreationと文部省も教師も勘違いしているから。」とか。 「江戸時代も明治時代も集団活動に従わないとのけ者にされ、個性を抑えられてきた。 そんな村八分の風習が民族のどこかに残っているのです。 出る杭は打たれるということわざのように、人を批判するけど、 自分では何もしない方が良いと思っている人が多いからです。」 とか。 なんでも良いからできるだけ個性的な話題をもつこと。 できるだけ、シニックにかつユーモアを交えること。 そしてそれを英語で書いてみることです。 書くほうは中学の英語でもたいていは表現できます。 毎日、こんなことを英語で日記のように書いてみるのが一番です。 聞くことができて、話すことが出来たら。 もう貴方は海外に行けます。外人との交流パーティの花形になれます。 間違いなくなれます! 英会話教室でだらだらと数人でとりとめのない会話をするよりはるかに確実です。そんな英語ニュースを聴きながら、海外旅行の夢を膨らませましょう。絵は、ルクサンブール公園で日向ぼっこするパリジェンヌ。ちなみにフランス人は英語を知っていてもわざと話さない人が多いので、英会話の練習には不向きな国です。
2003/06/22
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ここコーカサス地方のカスピ海の街は、梅雨もなく、からりとした初夏。夕暮れは涼しく、蚊がいないので屋外のレストランでショーを楽しめる。日本で言えば、ホテルでの歌手のディナーショウのようなもの。アゼルバイジャンのトップ歌手やロシア美人の舞踊団が見れる。費用は、ワインや料理付きでも3000円以下なので手ごろ。昨夜も、1週間の仕事を終えて、ひさしぶりにイズミールに行った。広い庭園の木々の下にテーブルが並べられ、ロシアの美しい舞踊団がまず、恋の踊りを披露。マナナと言う踊りも歌も素敵な人気歌手が最後に登場。その歌手を囲むように、いあわせた女性群も踊った。 踊り舞ふおへそのピアス夏衣そんな歌と踊りの饗宴が終わって時計をみたら12時半。 はちきれる四肢に前髪なびかせて踊る乙女ら血はコーカサス 旅情とは石畳の路地迷い込み途方に暮れて星仰ぐ時 (左記の青春挽歌より)今朝はグルジアワイン2本でやや二日酔い。緑茶を飲んで体内アルコールを中和している。4月に来たと思っていたらもう3カ月が過ぎていた。ようやく6月26日に一旦帰国できそう。 ゆるやかに着てひとと逢う蛍の夜 桂信子日本は、いまこんな艶やかな蛍の季節かな。ほたるの句には好きなのが、もうひとつ。 わが息の合ひて蛍火明滅す ほうたるとひとつ息していたりけり まったく同じことを表現しているふたつの句。 前者は、説明的になって感動が弱い。 どちらが好きかと言うと断然、後者。 息をひそめて見入っている人の息づかいまで聞こえてきそうな句。 日本語は、主語や述語を省けるから俳句に最適。 どこまで削り取ってその真髄のみを表すかが勝負。 ほうたるとひとつ息していたりけり 俳句は、なにげなく見過ごしている日々の歓びの発見のような気がする。 1年間、毎日1句作ってみると、それまでと違って充実した1年となる。 俳句は詠むのもいいけど、読むのもまた楽しい。 素敵な句との出会いは、素敵な人生の再発見。 絵は、再登場のなんとなく初夏のイメージがある素描画。 長い旅もここでひとまず小休止。
2003/06/21
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フリオイグレシアスがささやくように歌う雨の歌がある。「争いに流した血が夕日の色に乾いたら明日の雨がそのしみを洗い流すだろう。そしてそのあとに心に残るものがある。雨が絶え間なく降っている。雨は星が流す涙、泣きながら語っているよ。人はなんとおろかでもろく傷つきやすいものかと。」題は「Fragile」 「もろくこわれやすいもの」と言った意味。Fragile If blood will flowwhen flesh and steel are onedrying in the colourof the evening sun,tomorrow’s rainwill wash the stains away,but something in our mindswill always stay.Perhaps this final act was meantto clinch a lifetime’s argumentthat nothing comes from violenceand nothing ever could.For all those born beneath an angry star,lest we forget how fragile we are.On and onthe rain will falllike tears from a star...Like tears from a star.On and onthe rain will sayhow fragile we are...How fragile we are. On and onthe rain will falllike tears from a star...Like tears from a star. On and onthe rain will sayhow fragile we are...How fragile we are.意訳すると、こんな感じかな ”鋼鉄の鎧をまとい血が流れ夕日に赤く彩られ乾いてゆけばいつしかに明日の雨が流し去り心に残る思いありいつも変わらぬ思いあり意味するものはただひとつ 争いからは何ものも 生まれた例えなかりしと 怒りの星に生まれたる 人に伝えることのあり 人はもろくてはかなきと 忘れないようさとすため 雨はひたむきに降りつづく 星が涙を流すよう 雨はひたむきに降りつづく 星が涙を流すようただひたむきに泣きながら涙とともに語りいる人はどんなにはかなきと人はどんなにもろいかと”フリオイグレシアスがしずかに美しい声音で歌っている、大好きな歌です。絵は、「雨に濡れた山道」 越後湯沢、蓬(よもぎ)峠にて
2003/06/15
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6月8日うまれのせいか、雨が好き。雨の歌もみな好き。タクローのなにもかも雨に濡れていると言う歌も。陽水の「傘がない」から恋人に逢いにいけないと言う歌も。 なぜだろう?晴れてると、いま、仲間はどこかで山に登っているはず。なのに、自分は家でくすぶっていると、どこか落ち着かない。釈然としない。しかし、雨だと、みんな家でくすぶっているはず。こんな雨の中、山に登ったって楽しいはずがないと納得して落ち着いて本が読める。好きな音楽に浸れる。いい気なものだけど、そんな気持ちがどこかにある。でも、そんなに単純でもない。 降る雨は心を潤させる。 乾いた心がしっとりと濡れる。 紫陽花や小雨の庭のうすあかり 俊介 そんな風情の中で本を読んだり、音樂を聴くのが好きです。
2003/06/14
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カスピ海のそばのこの街では、公園や道路に屋外レストランが張り出して、町中に、長い夕暮れを楽しむ人であふれている。スペインのサンチャゴやマドリードには、道路全面に椅子とテーブルが敷き詰めらた楽しい一角がいたるところにある。日本は、そんな余地があっても、愚かな国家がすぐに取り締まる。「公園で物を売ってはいけません。」「道路に張り出してはいけません。」警察も役人も我々が給与を払っているのに、みんなが嫌がる規制ばかりしたがる不思議な国。天皇の名のもとに、国民を好き勝手に縛っていた時代の習性がまったく抜けていない。公僕は民のしもべと言う意識が全くない不思議な国。ほんとうに、日本は、つまらない国になってしまった。規制や権力でせっかくの楽しみがどれだけ失われているだろうか。日本の公園も道路も広い空き地ががいたるところにある。ヨーロッパのように春秋にはレストランなどに活用したら良い場所がたくさんあるのに、規制好きな愚かな人々のおかげで使われていない。こちらの人は貧しいけど楽しむことにかけては、自由奔放で素養豊か。女性は特に自由奔放。仕事中も真っ赤なドレスや豹の毛皮のようなスーツで仕事し、踊りのできる場ではすぐに豊満なな肢体で踊りを楽しむ。普通の女性でも、ほとんどの女性が一人で舞う妖艶なトルコダンスを踊れる。ベリーダンスのように腰をくねらせる仕草は男を誘う仕草そのもの。ここの人たちは、そういう仕草をまったく恥ずかしがらない。先日、ここのオペラ座で、「アラビアンナイト」と言うバレーがあった。鍛え上げたプロのバレリーナは、より妖艶な踊りを披露した。白鳥の湖を踊るバレリーナが一変して、アラビアのハーレムの女のようないでたちで登場。男を誘う踊りを楽しく豪華絢爛に舞った。 かって、このペルシャ帝国の黄金時代には、ほんとうにこのような夢のように美しい肢体の美女達が王侯のハーレムにあふれていたのだろう。今日は、こちらでの仕事がうまくいったので、気分がいい。この国の6社の人たちと行ってきたプロジェクトが一つ目の峠にさしかかってきたので、それを一望に見れるようなグラフを作成。これから実行に移そうとみんなにプレゼントした。これが好評だった。いつもうるさい「老将軍」とあだなをつけたこの国のリーダの老官僚がハラショー!と親指を上に向けて「よくやった。」とご機嫌で帰っていった。この国が貧しさから抜け出すために、いろんな国が援助しつつある。その中の核心的なプロジェクトに参加できて、本当に神様に感謝。これも、スペイン巡礼路を30日かけて旅した神の御加護かな。「この仕事が終わっても、嫁さんを探してやるからここに残って指導して欲しい。」と昨日ある会社の皆に言われた。ここには、いくら言っても、古いソ連時代の意識が抜けない人々が多い。「君達にはマネージメントと言う意識がない!」「Flog in a pond can not know the ocean!」「今日はご機嫌いかがですか?」と言われたら、「やあ、まだ、君たちと頭痛のする議論をしてないから、さわやかだよ。」といつも本気で言っていたのに。思っていた以上に感謝しているようでうれしい。写真は「アラビアンナイト」のフィナーレ。華麗な舞台の雰囲気は伝わりましたか?
2003/06/13
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今夜、アゼルバイジャンの首都バクーのオペラ座で、「千夜一夜アラビアンナイト」と言うバレーがあるそう。パンフレットを見ると妖艶な美女がたくさん踊っている。前から3列目の席の切符を予約しています。いずれ写真付でご報告いたします。首都のオペラ座での2時間もの熱演なのに、切符はわずか500円。週末は、山奥の山荘に行って山歩きをようやく出来そうです。別荘1棟が60ドル。アゼルバイジャンなどコーカサス地方は、知られざる旅の穴場かもしれません。ルフトハンザで往復すると16万円ほど。人々がひとなつっこく誠実で観光地ずれしていないのもいいところです。ホテルを除いては停電、断水が日常茶飯事。それさえ気にしないなら。内緒ですが、世界中のCDが1枚400円。50枚買うと飛行機代が浮きます。50枚買っても、わずか2万円なのです。写真は、ここの陶芸家ナイーリャさんの作品で空港なのでも売っています。なんとなく「アラビアンナイト」の雰囲気がありますね。なぜなら、アゼルバイジャンはかっては「アラビアンナイト」の舞台だったペルシャの一部。今のイラン領内にもたくさんのアゼルバイジャン人が住んでいます。では、近日中にバレー組曲 「アラビアンナイト」をご報告します。
2003/06/10
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アゼルバイジャンの首都バクーは初夏の過ごしやすい季節になった。赤紫のさくらんぼがバザーに積まれ、オリーブの白い花が香る季節。昨日、偶然とは思えない、不思議な出来事があった。仕事の帰り、普通の二倍くらいの長さの白いロールスロイスとすれ違った。中には、見知らぬ美しい花嫁。そして、その友達の着飾ったレディたち。結婚式を見てみたいなあとふと思った。最近、そんなことがよくあるが・・・・、なんと、その日の夜、その見知らぬカップルの結婚式の宴席に座っていた。事の次第はかくのとおり。その日も、日が暮れる9時まで日本からきたテニス気違いの方々とアカシアの木陰でテニス。終わって、さてどこで食事しようかということになった。運転手が指示したレストランの場所を間違えた。二転三転。結局、とおりかかった屋外レストランに入った。食事をして帰ろうとすると、見覚えのある白いロールスロイス。見ればそばの会場から、ウエディングマーチが流れてきた。ちょうど、ケーキ切の瞬間。遠くからビデオで撮ってると、中に入れとみなが誘う。カメラを向けると、みなうれしそうに微笑む。キリスト教の隣国アルメニアでは、こうはいかないとか。アゼルの人々は、口論を始めると激しいけど、普段はほんとうに人なつっこい。いあわせた慶びの笑顔をたっぷりビデオに撮った。着飾ったとっておきのカスピ海美人群に照準をあわせて。お礼に花嫁の絵を描いてプレゼント。新郎がうれしそうに受け取った。 当方は、いわば東洋の異人の乱入者。長居は気がひける。帰ろうとすると、僕の席を用意してくれてここに座れという。ウオッカやキャバブまで持ってくる。花嫁の他にも美人がいっぱい、周囲に集まってくる。この人を描けとみなが美人を指さす。つぎつぎに描いてはプレゼント。もらった絵を一座の人に見せてはうれしそう。みなが拍手してくれる。キャバブを食べたり、催促されて絵を描いたり、片言で返事したり気が休まる暇がない。そのうち、歌手が歌を歌いだした。参列の美女たちが、豊満な姿態をくねらせて踊り始めた。パンチの効いた仕草で踊りだすと本当に迫力がある。ここの女性は、映画女優でもたじろうような妖艶な仕草で踊る。ウオッカのほろ酔い気分で、うっとりと見とれてしまった。結局、願いかなって、十分にアゼルの結婚式の楽しさを堪能した。不思議な偶然の重なり。道を間違えた運転手。たまたま通りかかったレストラン。ベストセラーになった「聖なる予言」では、こういうのは偶然ではないと言う。僕の心のどこかでも、誰かが配慮してくれたような気がしていた。ともあれ素敵な人々の微笑みに囲まれて楽しいひとときを過ごしました。 初つ夏の風にレースはひるがえり花嫁の笑み皆の笑み
2003/06/07
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カスピ海は荒れ模様。週末、バクーの街から1時間半の高原の山荘を予約して一泊旅行を行う予定だったが、初夏の蒸し暑さが一変。寒い風が吹き、激しい雨が降ったり。山荘の人が、乗馬も出来るけど、天候不順だから一週間延期した方がいいという予測が当たった。先日は、夜7時から9時まで、長い明るい夜をテニスで楽しんだけど、今夜はそれも中止。しかたなく、美味しいものでも食べようと、バクー随一の推奨店へ。大統領の息子も時々来る、タイ料理の「ピンクの象」と言うレストラン。「ブルーの象」と言うのがタイ料理の有名なチェーン店とか。それにあやかって付けた名。とても味がいい。さつま揚げににた「魚のケーキ」があつあつでとても香ばしい。スープは当然トムヤンクン。ふっくらした海老がほどよく反り返って、キノコと味が溶け合っている辛い旨みがある。東京にいる時、スープ作りに失敗したらいつも加えていたのが、トムヤンクンの素と言う練った固形物。味が一変してひきたつ。そしてこの国を良くするには、どうしたら良いかと熱心な話になった。結局、ワインやビールを交えて3時間半、タイ料理を楽しんだ。勘定は1人2500円、おおよそ物価が東京の1/5。本当に住みやすい街です。先に帰る人の土産には、同じように入手しやすいDVDやCDが良いと、CDショップへ。みんなして、計50枚近く買ったよう。MP3だと、たとえばプレスリーやビートルズの全アルバムがひとつのCDに収められて売っている。1枚のCDに140曲ほど収納。そのCDが均一料金で1枚400円。このとき、私が買ったCDを紹介すると、シナトラ、エルビスのMP3のアルバム。アストラピアゾラのタンゴ。ジミースミスのオルガンジャズ。バッハのハープシコード協奏曲。モーツアルトのバイオリン協奏曲。パガニーニのバイオリンとギターのデユエット。一度聴いてみたらと勧められた。アゼルNO.1の声量のある人気歌手アゼリンの歌曲。ミュージカル「ノートルダムのせむし男」のCD版。パガニーニだけをまとめ買いした人もいたけど、僕のは多彩?と言うのか、とにかく支離滅裂。しかし、どれも好きなのばかり。しばらくは、初夏の夜長を楽しめそうです。たくさんのCDを買ったり、いい本を買ったりして帰る時は、心がときめいて、青春がもどってきたような気分。そして春から初夏にかけて季節が定まらない時期は、なんとなく人恋しくなる時。桜が散って、葉桜を迎える頃、そんな気になりませんか。 風薫る風にさびしさあるゆえに形状記憶の翳りある午後 瀬の音のかき消す吐息くぐもりて灯影かすかな闇の祝祭 夢覚めて夢は遠くの花影に四肢は空しく半跏思惟なる 左記の 「短歌 青春挽歌編」より 絵は 「房総の春」
2003/06/05
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シルクロードの隊商が到達したバクーの街には、バザーと言う迷路のような市場がある。仕事の帰りにときどき立ち寄って自分で料理する素材を仕入れる。朝、道の街路樹につながれていた牛が、帰りにはその木に吊るされている。したがって、肉はとても「新鮮である」。肉だけではなく、肝臓も内臓も、頭もすべて生身で塊りで売ってある。ここでは、「肉の素性がはっきりしている。」バザーには羊や、牛や豚の胴体や太ももがぶら下がっている。日本のパックの肉は、どこから切り取った肉か「得体が知れず」、やや疑いが残るけど、ここでは、「得体が知れている。」客は言う。「そこんとこの背骨の肉を斜めにこんな風に切って骨ごと5kg欲しいんだけど」肉屋は、大きな台の上にどさっと肉塊を置いて、大きな鉄のナタを振り下ろす。だから牛の肩のところとかわき腹とかフィレ肉とか自在に指定できる。九州、博多の長浜ラーメン横丁の屋台の豚ばらという骨付き肉はとてもおいしい。今日は、それを食べたくて、骨付き豚ばら肉を1kg。それにステーキ肉を1.5kg。 だいたい1kgが600円ほど。いつも英語を流暢に話すおばさんに今日もつかまった。チーズは要らないかと。日本のチーズは、銀紙に包んで綺麗な包装につつんであるけど、肝心のチーズが少ない。余計な手間を省いて中身を増やしてほしい。ここではチーズは裸売り。フランスパン2個ほどのかたまりが500円ほどで買える。たった今、牛乳に塩を加えてかき混ぜて固まったばかりのようなまさしくチーズそのもの。チーズはいらないから、キャビアが欲しいと言うと、こっそり小さな部屋にいれられて鍵をかけられた。いまは禁猟期で捕れないはずのキャビアが、瓶にたくさん並んでいる。良心的な店は、ふたをする前に客に味見させて、客が納得したらふたをする。先日、他所では、2000円前後だったキャビアが1瓶113g10ドルだと言う。食べてみた。みずみずしい取れたての薄塩。うす緑色の粒が舌の上で溶ける。キャビアのうまみは飲み込んだあとからやってくる。舌の上でころがして、こらえきれずに飲みこんだ後にのど元から、甘いくすぐるような旨みの感覚が登ってくる。とりあえず、二瓶買った。部屋の戻って早速、スプーンですくって食べてみる。うまい!今夜の料理の構想を練る。先日、山仲間が送ってきた「即席マルタイラーメン」と言う、最近では飢えた山仲間しか食べなくなったが、昔風の美味しい「原初的」ラーメンを思い出した。まず、たまねぎと豚ばらの肉片をスープ取りに煮沸。一方で、豚ばら肉をオリーブオイルと塩胡椒で焦げ目をつけながらこんがりとフライパンで焼く。そして、できたじゅうじゅうと音を立てている豚肉数片とキャビアをラーメンに放り込む。題してコーカサス風キャビアラーメン。それに地酒の黒ビールとキャビアをスプーンで賞味しながらの、初夏の夕餉となった。ロシア語の先生に「ノートルダムのせむし男」の歌を翻訳してもらった後だったので、もう9時を過ぎていた。いつしか黄昏が迫り、明けた窓からは心地よい初夏の風が入ってくる。 夕暮れは忍び足なり青嵐
2003/06/02
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