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5・7・5で簡潔にその思いだけを日記をつづると、そのときの感動がありありといつまでも記憶にとどめられる。短い文章の不思議な力を知っていますか?いつ、どこで、だれとと言った言葉は不要。なくてもありありと情景を思い出せる。単なる5・7・5の文章でいいのです。 「朧夜を ネオンは律儀すぎるなり」ネオンはチカチカと規則正しく変化しすぎる ほろ酔いで帰る朧の夜にネオンは似合わない 「春愁の顎あずけ置く懸垂棒」一人で夕暮れ近くの無人の校庭に侵入して走った。ものうい春の夕暮れの思いがいつもあった。 桜が大好きで、桜が咲くころは、名所によく旅をした。吉野、明日香路、高遠・・・そんな頃の日記 「 窓近く桜雨聴く浴衣かな 手折らねど窓辺に桜ある至福 風溜まりあれば吹き寄る落花かな」谷あいを一群の桜の群れが風に乗って流れていったまるで平家の落人のように見えて・・・ 「峪渉る流刑の落花無言なる」 桜のころ、雨が降ると何もする気がしなくなる そんな憂き思いをこめて 「パレットの絵の具乾きて桜雨」 ひとりテントを持って房総、黒姫、甲州の山に登った時は 必ず、露天風呂を探しては楽しむのが習い 湯殿の底に赤い鮮やかなものが沈んでいた 「翠色の湯殿の底の落ち椿 初夏の星近き尾根の野営かな 熊住む野木の実落ちける笹の音」浜辺の松林でテントを張った夜の思い出は「雨月にて磯の松葉の匂ひけり」 一人身になるとどこか遠くへ行ってみたくなるもの空想を交えて楽しむ 「海市より転居通知を送りたし」 海市(かいし)とは蜃気楼に浮かぶ街のこと腸にはポリープができやすいことが分かって検査お尻から入れるあれはやや苦しい。しかし早期にガンを発見、事なきを得たこんな出来事も俳句にしようと思えばできるもの 「 腸(はらわた)の春愁さがす内視鏡」 あるいはもっと遊んで 「春愁の紆余曲折を内視鏡」 5・7・5でもユーモアを楽しめる特に虫や小動物のしぐさは最適。「ボウフラや世にいずる機をさぐりをり」「岩牡蠣は内装に気を配るなり」娘が早くひとり立ちするように別居させたらよく掃除にやってきた。 「ベランダに出ていなさい。」と言われてしばし。 足の踏み場もなかった部屋はあっと言う間に 整然としたたたずまいに戻った。母のように小言を言うこともない 「梅雨長しカーテン結ぶは母ゆずり」 料理も母ゆずり、わが子ながら手際良くおいしかった 「 鱒ほぐし飯のお代わり桜雨 」 「ほうっておこうよ」と言っても きれい好きな娘は思い立ったらきかない「妻逝きて庭の乱れや額紫陽花」 蚊に刺されながら草むしりに励んだ そして長い湯を楽しんでいた 「灯を消して湯浴みする子や夏の宵」 絵は再登場の「天使」娘は父親にとって「天使」のようなものです。
2003/07/30
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結婚に対する意見もガウディの陶片モザイクのようにさまざま。私の意見もちょっぴり加えてみました。肯定派日曜学校のクラスに金髪の美しい少女がいた。私は一目ぼれだった。妻となった今も私の気持ちは変わっていない。byハリー・S・トルーマン結婚をしないで、なんて私は馬鹿だったんでしょう。これまで見たものの中で最も美しかったものは、腕を組んで歩く老夫婦の姿でした。byグレタ・ガルボ「寒い晩だな」「寒い晩です」妻の慰めとは、まさにかくの如きなり。by斎藤緑雨男にとって結婚は大きな目標であるがすべてではない。女はそれをコンクリートで固めようとするが、男はすでに次の目標に向かって飛び立ち始めている。一緒に飛び立てたら、至福な日々となる。by私否定派ずいぶん敵を持ったけど、妻よ、お前のようなやつははじめてだ。byバイロン 結婚は、多くの短い愚行を終わらせるさらに長い愚行。byニーチェ女房は死んだ、俺は自由だ!byボードレール結婚生活――この寂しい海原を乗り越えて行く羅針盤はまだ発見されていない。byイプセン あなたがもし孤独を恐れるのならば、結婚すべきではない。byチェーホフ恋と結婚は同じ故郷に生まれた仲でありながらほとんど結びつくことはない。byバイロン結婚なんてつまらない。死ぬまで夫婦の約束を守らなくちゃならないんだもの。そんなバカげた約束を誰ができて?明日どんな風が吹くか、神様だってご存知ないわ。byミア・ファロー 四ヶ月の交際が一生を保証するだろうか?byルソー 妻を選ぶのはネクタイを買うのとよく似ている。素晴らしく自分に似合うと思って選んだのだが、家にもって帰ると首を締め始める。byジョイ・アダムス 達観派朝夕の食事はうまからずともほめて食うべし。by伊達正宗 殿様でも奥様には気を使ったんだ!恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる。byリヒテンベルグ従順な妻というものは、夫に従うことで夫を支配する。byパブリアス・サイラス 結婚生活に幸福を期待しすぎて、失望しないように。ウグイスは春に2、3ヶ月だけは鳴くが、卵をかえしてしまうと、あとはずっと鳴かない。byトーマス・フェラー(英・聖職者) その女性がもし男であったならきっと友達に選んだろう、と思われるような女でなければ妻に選んではいけない。byジュベール もう一度私見を!結婚して築く家庭は航空母艦。戦闘機は絶えず目標に向かって飛び立って行くが帰還する母艦がなくなると・・・、墜落する。by私番外編結婚するとき、私は女房を食べてしまいたいほど可愛いと思った。今考えると、あのとき食べておけばよかった。byアーサー・ゴッドフリー 結婚する前、男はあなたの言った言葉を夜中にあれこれと考えて一晩眠れずに過ごすが、結婚した後は、あなたの話がまだ終わらないうちに眠ってしまうものなんです。byヘレン・ローランド一窯のパンを焼き損ねれば一週間、収穫が悪ければ一年間、不幸な結婚をすれば一生を棒に振るbyエストニアの諺 最後にもう一度心新たに見直すために。その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか。by教会なお、これらの格言は、下記より紹介。まだ、恋の格言、愛の格言など多数あり。迷える子羊は先達の意見に耳を傾けください。http://kuroneko22.cool.ne.jp/love1.htm写真は、アゼルバイジャンの恋人たち
2003/07/27
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スペイン巡礼路と言う800kmの巡礼路がある。仏蘭西国境から西のサンチャゴ大聖堂まで。1000年の歴史を持つ古道が延々と連なる。20km毎に無料かこころざしで泊まれる宿が完備している。道には黄色い矢印があり、地図なしでたどれる。世界中からさまざまな思いで参加した老若男女。いつしかみな顔見知りの友達になり、9時まで明るい夕暮に互いの人生を語りあう。そんなスペインを旅すると、昼の午後は小さな村だと全く人影が絶える。スペインの地方には、花にあふれた宝石のように美しい小さな村がある。昼飯を食べようとわき道にそれて立ち寄ることもしばしば。しかし、人影は全くない。店はすべて閉まっている。シェスタという食後の午睡の時間。しかし、この食後の午睡の心地よさを味わって以来、食後すぐに働く国にいるのがほんとうに苦痛になってしまった。食後3時ごろまでの午睡の心地よさには副産物がある。スペインの夏の夕暮れは9時ごろまで明るい。長い美しい夕暮れをすっきりとした至福の気分で味わえる。三々五々家のそばの腰掛けに座っていてみな夕暮れの乾いた涼風に吹かれている。何もしなくてもいい。これこそ無為の中の幸福感。幼い子供が無心に嬉々として笑う、あの感覚。地平線まで続く麦畑の道なら大きなオリーブの木陰でみな憩っている。谷あいの巡礼宿なら、渓流に足を浸して憩っている。切り株に座って瞑想にふけっている美しいスペイン娘もいる。ある時は、葡萄棚の下に集まって憩う大家族がいた。たくさんの笑顔に呼びとめられた。東洋の異国からはるばる来た巡礼者が珍しかったか、招かれて座り込んだ。片言だけど、身振り手振りで会話がはずむ。「お茶を飲む?」と言われて、つい「ワインがいい」と答えた。誰かが倉から秘蔵のハウスワインをもってきてくれた。とても、うまい!こうなると、お返しをしなくてはならない。お礼に家族全員の絵を描きおわる頃には・・・・・・・。2本目が空になり、すっかり酩酊状態。次の巡礼路の宿で会おうと言う巡礼者仲間との約束などもう忘却の彼方。今日の目的地は、どこだったっけ?と、もう開き直っていた。 巡礼路にはいくつか名物の美味しい町がある。なぜか内陸の巡礼路にタコが名物の町があった。知らずに町を散策していたら、顔見知りの巡礼者がみな集まっていた。大声で呼ばれて、まあここに座れと席をあけて麦酒やタコを馳走してくれる。大鍋でゆがいた大きなタコの足をはさみで切って木の大皿に山盛り。岩塩とオリーブオイルをかけて食べるだけ。これがいくら食べても、とめどなく美味しかった。お返しに大皿山盛り1000円を何度も追加注文するがすぐに空になってしまった。笑顔の似合ういい仲間と美味しい料理と酒。巡礼路ではしばしばこんな至福の午後があった。 フィニステレと言う西の果ての町は浜辺での鰯の塩焼きが名物。やはり日焼けした巡礼者たちに声を掛けられた。「いわしをたべないか?」ちょうど、一枚港の絵が出来た時だったのでどっかり座り込んだ。スペインの地元の若者もテーブルをくっつけて話に加わる。スペインの大学生は日本のようにすぐに大企業には入れない。年取った経験者に比べてまだ未熟だと評価されて職がなかなかない。企業に優秀な人材を教育して次の時代につなぐという観念がない。そんな国柄の違いを語っては、いわしをほうばった。黄昏が深まる頃にはすっかり麦酒の酔いに染まっていた。スペイン巡礼路の旅の最大の良さは、ガイドブックに記載されてない出来事が待っていること。日々何が起こるか予測できないこと。絵は、その西の果ての町の夕暮れの港 左記の Spain Pilgrim road より
2003/07/22
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アゼルバイジャンで簡単に手に入る料理の素材がある。トルコ米と鳥の腿肉とたくさんの新鮮な玉ねぎとトマト。今日は、この素材で自分で好きな料理を作ってみたくなった。まず鳥の腿肉から肉をこそぎ落として、玉ねぎとトマトを炒めた中に、どさっと入れる。ワインと塩、胡椒。最後にトマトケチャップ。これにひまわりの油で炒めたごはんをまぶす。小さい頃、佐世保の島の瀬公園で仕事帰りの父と会って家族みんなでチャップリンやターザンなどの映画を見た。いつもレストランで食べたのがこの大好物の「チキンライス」残ったのは肉をこそぎ落とした鳥の骨付き腿肉。捨てるには惜しい。骨ごと3分割して沸騰した湯にいれてしばし。深い皿にこの骨付き肉とスープを入れて、ポン酢をあえる。博多の大学生が集まる「親不孝通り」の名物「簡易水炊き」の出来上がり!これが、なかなか美味い!肉をこそぎ落としすぎたのを少し反省。最後に玉ねぎをスライスして水でさらす。塩、胡椒してひまわりの油と先ほどの鶏がらスープをかけるる。題して「鶏がらスープあえ玉ねぎサラダ」なかなかいける!・・・・・・・・。美味くて、麦酒と冷酒がはずんで・・・・。すっかり、酔っ払って・・・・もう、先がかけなくなった!自分で作る料理も、たまにはいいものです。あっ、冷蔵庫にキャビアが残ってるよ。食べる?僕は先に寝る。おやすみ!絵は、いつも食べにいく隣の食堂のお嬢さん。
2003/07/21
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長い滞在なので、小さな電子ピアノを買った。まず和音を弾く。バッハの練習曲も少しづつ勘が戻ってきた。昼まで、そんなことをして、ようやく行動開始。 カスピ海に面した「三日月湾」という名の浜辺がある。 数kmにわたって、白い壁の建物が並んでいる。 冷えたビールと焼肉を出す海の家兼レストラン。 あの奔放なカスピ海美人たちが泳ぐ時にはどこまで奔放なものとなるか? 寒風吹き荒ぶ頃より、「無邪気な」邪念を抱いていた。 日差しが強く、9時ごろまで明るいので夕方から出かけようとしていたが、 ロシア語の先生をしているバクー大学の女子大生がやってきた。黒目がぱっちりとした、おかっぱのカスピ海美人。 今日は両親がいず、いとこ夫婦など若いひとばかりで食事したり泳いだりする。 泳ぎたいと言ってからこれから、一緒に来ないかとの誘い。カスピ海で、自分の家のそばの海が一番綺麗と言う。 初期の目的にもやや心残りがあったが、なんだか楽しそうなので行ってみることに。 わずか1000円の40cmほどの特大のケーキとワインを持参。 バクー郊外の海のそばのプロムナードに沿ったリゾートのような家々の中の一軒。 無花果と葡萄の下のテーブルでまづは乾杯! 茄子を薄切りにして揚げて重ねてそれにトマトを炒めて乗せた野菜料理。 「アゼル料理?」 「インターナショナル料理!」 それに美味しい味付けの豆や野菜の山盛りのサラダ。 「ヤー、リューブリュー、エタ、オーチョン、フクースナヤ、イエーダ! 」「このとても美味しい料理が好きです。」 みんなが、笑って答える。「スパシーバ(ありがとう)」通じた! かたことの会話が楽しい夕暮れ。 酒を飲まないナターシャに代わって妹がめっぽう強い。 一本空になる頃にはいろんな話が飛び交い始め、笑い転げる。 「日本の女性は家に芸者を連れて帰っても怒らないと聞いたけど本当か?」 「なぐられるか殺される」 「結婚して手をつなぐ夫は日本にはいない。 ここの男の気配りは感心する。 アゼルの女性はそうしないとどこかへ飛んでいってしまうからと聞いたが本当か?」 「本当だ。アゼルの女性は強いのよ。」とはナターシャ。 食事のあと夕暮れのカスピ海で初めて泳いだ。 塩分が少ないせいか、あまり身体が浮かない。 けど、ベタベタしないので、海の風に乾いてもさらさらと気持ち良い。 チョウザメは人間を食べないのかなあとのんびり思ったりしながら波間にしばし浮かんでいた。 そのあと部屋に戻って彼らの好きなトランプ遊び。 この国の人は貧しくテレビも番組が乏しいせいか、 室内、戸外でいろんなゲームに興じている。 はじめ神経衰弱という同じカードを当てるゲーム。やはり若い女子大生の妹が記憶力がいい。 そういえば、このゲームは、何でも熱心になる私の娘と母親が強かった。 そうこうするうちに10時半。 バス停まで送ってくれて初めて郊外バスに乗った。 これまで、恐ろしくて乗れなかったもの。 ときにはラジエターがむき出しになっているオンボロバス。車検などあって無きがごとし。給与が少ないので、お金をだせば何でも通る国柄。 ガタコト、ガタゴト言わせながら、舗装されていない夜道を飛ばすこと飛ばすこと。 恐ろしいので目をつむっていたら、いつしか居眠り、あっと言う間に 見覚えのある街に着いた。 30分乗った代金は25円。明日から、縦横に走るバスに乗って遠出してみよう。着飾った乙女たちと若者の嬌声がまだあふれていた遊園地を通りぬけ カスピ海の潮の匂いを感じながら酔いをさまして帰路についた。 黄昏れて人みな優し夏衣
2003/07/20
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アゼルバイジャンなる異郷の滞在記。永井荷風の文体に遊びし一文なり。「バクーとは、風の街の由縁と聞き及ぶ。夕べともなれば身を傾けて歩むほど強き風沸き立ちて、夏の夜はその心地よさに戸外を歩む人影あまたなり。カスピ海に面したる上弦の月のごとき形の海辺連なりて、人影の黄昏の闇に消ゆるまで、往来絶ゆることなし。手をつなぐ思い深き仲、 あるいは声高の男どち、そぞろに歩くも、異国の黄昏なれば、そこはかと情緒あり。鼻高く眉濃き乙女らあまた、薄絹をまといて集い、嬌声をあげて通り過ぎれば、あまたの男、しばし、声なく眺むるも、せんかたなし。かく美しき宵なれど、風に揺れる鈴懸けの葉づれの音にも、うたかたの思い尽きず。何処までも触れあえぬ思いの残る異国なれば、わが身は、行方も知れず漂う孤鳥のごとく、あるいは海の底の淡き光の中を遊泳する魚のごとし。地に根ざした思いあらずして、浮き草の思い、とどまるところを知らず。この望郷の念、夜の海よりの潮の匂いともないて、心の襞をビロードの布にて撫でゆくがごとし。遠き明治の世に欧羅巴に旅したる、 永井荷風の「仏蘭西物語」、森鴎外の「舞姫」にても、語られし情念にてありけり。かくなる今宵は、海辺の館にて異郷の四肢伸びやかなる踊り子らの艶やかに乱舞するに、しばし心慰む。 好きな荷風の文体を見習って少し遊んでみました。鴎外が恋した舞姫も、このような踊り子の一人だったのだろうか。ゴールズワージーの切ない「林檎の木」を地で行くような恋を鴎外はした。「林檎の木の下で待っていて。かならず迎えに行くから」と。恋をしたひたむきな乙女は何日も何日も林檎の木の下で待ち続ける。しかし、若者は故郷に戻って現実を知る。野に咲く花は野においてこそ美しく映えるもの。いつしか、日々の現実にうすれゆく一時の激しい思い。鴎外を追って日本にも来たという舞姫エリス。陸軍医学総司監と言う家柄を捨てるべきかと煩悶し、結局、深く愛していた舞姫エリスと別れた鴎外。人の心は水彩画。油絵のように塗り直しが利かない。エリスにも鴎外にも一生を左右する刻印を心に押したに違いない。芸術家の業績は20代で蓄積したもので決まると言う人がいる。武家世界の厳しい悲しみを、突き放つように淡々と描いた「高瀬舟」や「阿部一族」などの名作が、今でも心を打つのは、青春時代に直面したこのような体験に基づいているはず。余談だけど遠い昔のこと、恋をした独逸文学科の女子学生と初めて約束。「南公園の電停で5時に!」お互いに南公園の電停はここと勘違いしていた。ひとつ違う博多のある電停でふたりとも待っていた。約束した時間から2時間。その2時間の、さまざまな煩悶。待ち続ける人の辛さは切ないほど良くわかる。わずか2時間でも。 水無月の月煌々と海に落つ絵は 「遠い日々」
2003/07/19
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「お父さん、大好き」と言え!「大好き!」これが父親と娘が会うたびに交わす合言葉のようなものだった。今年嫁いだ娘が父親の言うことを、まだ何でも聞いていた頃の夏の風物詩。倉敷市に玉のように美しい島という小さな漁港があった。港に面した備前屋と言う旅籠には、広い庭にたくさんのの風雅な離れ屋。そこの御老公はもと関西テニスチャンピオン。私と妻にテニスの楽しさを教えてくれた人生の恩人。港の潮が押し寄せる水門近くには、ほかにも良い店がいくつかあった。夫婦でやっている小さなイタリアレストラン。完熟したトマトでしか作らないパスタは季節限定。パスタ好きの娘と良く通ったけど、ほんとうにおいしかった。そして美星町の牛馬市で入手した自分で納得した馬刺ししか出さないと言う焼き鳥屋。馬のように長い首の長身の主人が頭上から話しかけてくる。巨人の定岡投手が大好きと言う年上の奥さんと、「あんなののどこがいいんだ」と減らず口を叩きながら作る焼き鳥も馬刺しも美味だった。一番おいしかったのは、鳥のあぶらみを小さく刻んで浮かした鳥スープ。その玉島を離れて数十年。自分で、その味を試みて何度も作ってみたがどうしても味が違う。そんな玉の港に月が隠れて満潮の夜。港の石垣にへばりついたような小屋に灯りがともる。「あっ!今夜は居る!」灯りを見つけたら一目散、家に帰って子供たちと早々に食事を済ませかけつけた。娘も息子も6年間、1年360日、毎日18時から21時まで剣道少年団で剣道を励んでいた。寒風吹き抜ける体育館で母親たちはじっと見守らねばならぬ厳しい剣道団。座って見ているよりした方がいいと始めたかみさんはいつしか剣道2段。先生と母親の厳しく優しい薫陶を6年間受けて、子供たちはすくすくと育った。そんな子供たちが剣道の疲れも見せずにそんな夜は大喜びではせ参じた。かみさんには、いつものように一升瓶を持参させた。港の小屋には石油会社を退職したおじさんとおばさんが待っていた。「こんばんわ」「やあ、きたか。ほらたくさん捕れてるよ。」ひたひたと押し寄せる満潮の海に、四つ手網が下ろされて裸電球が光っている。沈められた網の上を、夜光虫のようにきらきら輝く生き物が数匹。「ほら、いまだ!」子供たちが歓声をあげて網を引き上げる。小さな生き物が網の中心に跳ねている。やしの殻を割ったひしゃくで網を叩くと、それがひしゃくに入る。6,7cmほどの小さなベイカと言う烏賊(いか)。生きたまま、醤油をかけて喉に流し込む。とろけるようにおいしい。ベイカは捕らえられるとすぐに死ぬ。この生きた踊り食いは岡山の料亭でもでない珍味とおじいさんは言っていた。子供たちが、キャッキャ言いながら網を揚げたり降ろしたりしている。子供が遠くに育っていったおじさんたちは、自分の孫のように、ふたりをかわいがってくれた。話は少し変わって酒の話。岡山の日展の女流画家、三宗千恵子先生と備前の若手陶芸家とかいろんな芸術仲間でよく飲んだ時期があった。企画、メンバー選定の特権幹事は僕。 時には、八方破れの彫刻家 流正之 氏もいた。下津井の神社に花見に行って句会をしたり。この三宗さんが、「酒はどこの酒がお好きですか?」と問われた時の返事。「お酒のおいしさは、銘柄ではなくて、その場の人と話題と雰囲気で決まります。」と。確かに名言。その意味では、この港の夜のベイカを肴に飲む冷酒は、ほんとうにおいしかった。いつも生きる喜びにあふれていた子供達と一緒に目を細めて子供を見つめていたかみさんと優しいおじいさん夫婦と、尽きない楽しい話題と夏の夜の瀬戸の潮の匂いのする情緒があった。絵は、その玉島港を見下ろす瀬戸の丘。良寛が住んでいたという小さな丘伝いに我が家があった。絵を描いている間、お転婆娘は草スキー。ダンボールの紙を尻に敷き笑い転げながら何回も転げ落ちていった。
2003/07/15
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今日の日曜は、夕方から、バクーの外人テニスクラブへ。魔法瓶には、朝からしっかり冷やしたフルダランというアゼルの麦茶ならぬ麦酒を入れて出発。この麦酒を飲みながら酔拳ならぬほろよいテニスをすると、緊張がとれてボレーの条件反射がおもしろいほど鋭く反応する。今日も、自分でも信じられないほど反応。しらふではこれほど無心ではない。結果は3戦全勝。これで多分11連勝中!帰りにバザールの迷路を散策。ある店で紫の細首のワイングラスに見とれる。フランス製? いくら?1200円?高いなあ。これは? 売れない?なぜ?1個しかないから?えっ?今のは5個セットの価格?「はい、そうです。」バクー大学で日本語を学んでいるというひげの大学生が答える。「僕も1個口だから1個で十分なんだけど。」「1個だったらいくら?」「250円です。」「じゃあ、1個口のグラスは全部買うよ!!!!」と言うわけで、ひとりものの淋しさを味わっていたワイングラスとシャンペングラスを、みな買って、冷凍室に入れて凍結!たっぷりシャンプーを注いだバブルバスで汗を流す最近気づいたけど、バブルバスはシャンプーでもできる!やがて取り出した霜降りのワイングラスに、天然水仕込みの冷酒をそそいで、オンザロック。明日からの仕事の文献に目を通しながら、美酒の入った綺麗なワイングラスに見とれる。音楽は何にしようか・・・・。結局、バーバラストライザンドのアルバムをセット。絶唱する ”Woman in love ”が朗々として心地よい。好きな曲は”The way we are " 「追憶」 誰にでもある、過ぎ去った青春の「追憶」。 それを思い起こさせるような名曲。 歌詞もいい。 " たしかに 過去の日々はみな美しかったけど・・・ その当時は激しい痛みをともなっていたはず. なのに、今思い出せば、 みなが残してきた微笑みの顔々が浮かぶだけ たがいの微笑みの顔が浮かぶだけ なぜ? 時が、すべての行を書き換えたから? 辛い思い出は、私たちが忘れようとしたから? もし、もう一度すべてをやり直せるなら? 私たちは、どうなったかしら? 貴方、答えてほしい ” 歌詞もメロディも好きな曲のひとつ。気持ちよく働ける仕事があって、よい音楽と酒があれば他には何も要らない。そんな気分になれる静かな夜です。絵は、青春時代に描いた思い出の絵この「ダビデ像」を見ると、まさしく「青春」と言う感じがいつもする。 鈴懸けの風の通り路歩みける汝が影遠き光芒の中 左記の「青春挽歌」より
2003/07/13
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アゼルバイジャンに戻ってきて、なんとなく、戸惑っている。うどんに例えるなら、学生時代は、どろっと汁に麺が溶け込む博多うどん派。こりこりした讃岐うどんは最初なじめなかった。しかし、食べ慣れてくると、何年ぶりかで食べた博多うどんが今度はなじめなくなっていた。ここに6ヶ月滞在しただけなのに、もう、こちらの生活の良さになじんでいる自分を感じる。住めば都と言うほど単純な話とは少し違う。山も友人との交流の楽しさも日本の方がはるかに良い。日本になじめなくなった大きな原因は、仕組みのひどさや住みにくさ。銀行の経営失敗を、国民の税金で補填して責任追及もしない。無責任な投資が不景気の原因なのに、責任は、政府にあると言いたげな高給の銀行員たち。あきれるほど低い金利で儲かるのは借りた企業、損するのは預けた国民。平然としているどころか、天下りするサラ金の高い金利は放置している官僚達。1人700万円もの借金を次世代に残して、なお無駄使いを続ける省庁。いまなお、年金を使い込み、自然を植林と道路で破壊しつづけている。企業に都合の良い派遣事業や安いパートを規制しないために、これからの若者は、まともな安定した生活は一層困難になってきている。しかも、そんな苦しい生活を強いる一方で、税金にたかって、汗を流さないで豊かに生きている役人を、6人で1人養っているという説がある。不要なインフラを作り続ける建設、鉄鋼の節操のない経営者たち。日本の社会は、どんどん悪く住みにくくなっていく。小泉さんの官僚政治の改革が頓挫したら、もう先はない。しかし、どうしてこれほどになるまでひどい官僚政治を放置していたのだろうか。新聞を読んだり、電車から都会の景色を見るのも嫌になった。果物屋の1パック1000円のさくらんぼや小さなメロン。誰も異常とは思わない。ここでは、果物は1kg数百円。これが本来の気軽に食べれる値段。ここは生活する上では、本当に住みやすい。タクシーも20分走っても250円、どこにでも自由に行ける。オペラも1000円。ホテルのディナーショーのような歌手や演奏家付の夕食もワインボトル込みで3000円を超えることはない。しかも、旧ソ連圏の中で、もっとも安全な国。いわゆる泥棒や犯罪が非常に少ない。貧しいけど真面目な国民性がある。アゼルの人々は貧しい。けど暗さはない。素朴で、おしゃれで、奔放で。生き生きした表情。真っ赤なスーツや豹の模様のドレスで、颯爽と歩く奔放な女性群。目鼻立ちがくっきりしているので、銀座の黄昏時に出没する夜の蝶の格好をしても、様になっていて不自然さがない。屈託なく、表情豊かで、自信満々、堂々と闊歩している。しっかり手をつないでいないと、すぐ飛んでいくと言うほど奔放とか。 バクーには海に面して長く広い公園がある。長い日暮れを楽しむ人々の群れで深夜までにぎわっている。老いも若きも、連れ立って、ただ黄昏の海を眺めたり散策を楽しんでいる。渋谷や新宿のような、得体の知れない不健康な若者もいない。猥雑さも喧騒もない。しずかで心地よい。期待して途中寄ったフランクフルトも、東京より味気ない街だった。今度はクリスマスまでの長い滞在。仕事も余暇も、したいことがたくさんあって充実している。しかし、心のどこかで、まだ吹っ切れないものが・・・。そう、日本の人々の優しい好意と笑顔にもう少し甘えていたかった。山にテニスに美味しい日本食の団欒にと充実した楽しい2週間の休暇でした。
2003/07/12
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女優高瀬春奈さんの事務所での俳句の会で出会った、俳優の小倉一郎さんと、偶然秋津で出会って、ふたりで句会をしながら飲みました。小倉さんはNHKの俳句会の先生をしておられて、ずいぶん上達されていました。 見えてゐる魚は釣れず夏帽子 一郎 誰も彼も庭から来るよ夏桟敷 一郎 薄氷のゆうべ吹きたる風の跡 一郎 さざなみに身を整うる早苗かな 俊介 夏帽子主を離れてひとやすみ 俊介 最後の句は、いつも動き回っていた娘の小さな頃の思い出。いま、その娘は新婚。ここに来て、部屋を片付けて、洗濯物を干して、留守宅をきれいにしてくれています。娘の姿を見て、自分の新婚時代のかみさんのことをよく思い出します。かいがいしく家をきりもりしているのが、とてもほほえましいのです。かみさんもこんなだったかなあと。わずか10日間の日本でしたが、箱根の草原の山を久しぶりに歩いたり、いろんな人の好意をうけたり、いい帰郷の日々となりました。明日の便でまたカスピ海のそばの街へ立ちます。お世話になった方々、ありがとうございました。
2003/07/06
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Heart is a lonely hunter.「心は淋しい狩人]20代の少女カーソンマッカラーズが書いた名作の映画の題名。とても好きな言葉です。心はいわば万華鏡。さまざまに変化しとらえようがなく変幻自在。もし誰かに肩を揉んでもらったときは、思いきって心から幸せ!って言ってみよう。たわいもないことでもいい。ふっと思いがけない、人と心が通うのはそんな時。人と人との関係は、語り尽くせないほど多面体。自分で決め付けなければ、奥深い深海のような深さをもっている。 一方で「人の心は深く そして不思議なほど浅い きっとその浅さで人は生きてゆける 」これは、ひたすら、アラスカの大地を撮りつづけた星野道夫氏の弁。 これも確かに真。 人は、もろく、こわれやすい心をもった賢しげな生き物。だから、信じやすく、マインドを簡単にコントロールされてしまう。 フリオイグレシアスは歌う。人の心は”Fragile" もろくこわれやすい。 心の病いをかかえた人は、その犠牲者。ほんとうに辛いだろう。日本に戻っていろんな人の近況を聞き、ふとそんなことを考えています。そんな人にはどうしたらいいのか。できるならモーツアルトのピアノ協奏曲22番,23番の第2楽章を聴かせたい。弦楽四重奏曲15番の第4楽章を聴かせたい。きっと、心に響くはず。不思議な美しさに至福の感動を覚えるはず。ベランダのカーテンが激しく揺れている。嵐のような雨足が走りぬけている。いま、眠れずに悩んでいる孤独な人がたくさんいる。僕が知っているだけでも、5人以上。今夜は何故か眠れない夜を過ごしています。絵は再登場の銅版画「遠い日々」私の分身のこの少女も、今夜はそんなことをとりとめもなく考えているよう。
2003/07/03
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3ケ月ぶりに10日間ほど、森の多い東京の清瀬に戻っています。次回は、半年カスピ海そばに滞在のために、日本食を買い集めている次第。好物のソーメン、稲庭うどん、和風ラーメンなど。それに柚子胡椒、わさび、しょうが。こんなありきたりのものが向こうでは喉から手がでるほど欲しい時があります。また、パソコンが不調なので買い替えをしようかと新宿へ。新製品のノートパソコンは、Pentinum Mと言うチップが高速でかつ4時間半バッテリーが持つとかで垂涎の品。しかも、ビデオカメラの画像を編集してDVDに記録できるマルチメディアの機能が魅力的!これまでヨーロッパ数十カ国を撮ったままのビデオが30巻近くあり、これを編集してみたいと思った次第。できれば音声は好きなクラシックや叙情的なヨーロッパのインストラメントの曲をバックに流したいけど。できるのかな?だれかマルチメディアDVDでビデオ編集した人いませんか。もう少し我慢して機能の充実を待とうかと思ったり。娘の結納の式は、娘達の発案で,恵比寿ガーデンプレースの38階の展望個室レストランで和風料理でしたが、窓からの夕暮れの風景も料理の新鮮さも気に入りました。なによりも、先方のご両親とのなごやかな団欒のひとときが、至福の楽しい時間となりました。子供は、親の知らないところで、伸び伸びと育っていたことを改めて痛感しました。安心して向こうで仕事に専念できそうです。海外に長期滞在の場合、海外転出の手続きをすると、住民税がかからないこと、国民健康保険も休止できることなどを初めて知りました。忙しい中、毎回の和食を満喫しているこのごろ、晴れたら、山にでも行きたいところです。 紫陽花や 小雨の庭の うすあかり
2003/07/01
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