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モダンな先方のご両親の希望で、ハワイの聖アンドリュ-ス教会で今日、小さな身内だけの娘の結婚式を挙げる予定です。したがって、いまハワイのインターネットカフェより入力中です。ハワイの挙式もいいものです.サーフボードで泳いだり、ナイトディナークルージングが出来たり、南国の魚を追いかけてシュノーケリングしたり、親族みなも思いがけない休日をそれぞれに楽しんでいます。忙しい商社マンの息子も休む理由が出来たとかで、大学の友人を東京から呼び寄せて、明後日はゴルフを楽しみむもよう。親族みなの笑顔に囲まれて新郎新婦も親孝行したり楽しくすごしています。明日は、ハワイ島を2時間ほどトレッキングしてきます。原色の鳥や花に囲まれた、四季のない山がどんなものか時間があったら画を描いてお見せします。ワイキキビーチのサーファーの黒い影が躍る夕日の波を2枚描きました。11月2日まで、そういうわけで、日記はお休みします。ハワイのインターネットカフェは、日本語キーボードがあった!日系人が25%というお国柄を感じています。さあて、これから息子とサーフボードと甲羅干し。こちらの結婚式は夕方からが習慣とかで、昼間ものんびり泳いでいます。瀬戸内の小島から、亡くなったかみさんの祖父母もかけつけました。親族みなを一緒に幸せにする思い出深い結婚式。新郎新婦の親孝行な結婚式と言えそうです。
2003/10/27
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嫁ぐ娘への初めての懺悔録★娘へ。産院へ行って初めてお前の顔を見たとき、しもぶくれの横に広がった顔を見た時、どこか他の子と取りかえれぬかと一瞬思ったことを懺悔します。 その後、うまくデフォルメしてくれた神様に感謝しています。 生まれたすぐの子って、どんなに皆が可愛いと言おうとやっぱりサルに似ているね。★ 娘の名は佑香。よく裕香と書いて 自分の娘の名は覚えといて!とよく怒られたことを懺悔します。 いや、祐香だった? あれっ、どれが正しかったっけ?★[ユカゴリラ?」 「違ーう!」。「ユカゴリラ?」「違うーーー!」。 とうとう泣き出したお前。 お転婆で負けん気で、時には兄貴を泣かすお前を、ものごころがつく2才まで「ユカゴリラ」と言って、からかった悪い父親だったことを、ここに懺悔します。★「肩叩き10分券」、「腰揉み5分券」、「買い物お使い10分券」、 「お風呂沸かし券」 など、たくさんの「親孝行券」を呉れたのに、 一度も使わずに無くしてしまったことを懺悔します。 券が見つかったら今でも使える?★幼稚園の学芸会の練習を終えてぷりぷり怒って帰ってきたお転婆娘。 当日、原因が判明。カルメン役の子をにらみつけながら踊ってたから。 負けず嫌いのお前が主役になれなかったからなんだと、 お前のお母さんとクスクス笑ったことを白状します。 でも最後に、人一倍大きな身振りで、 口にくわえた薔薇をほうりなげるしぐさはほんとうに可愛かった。★団体行動をさせよう。規律を守らせよう。親がやらなかった社会奉仕をやらせようと、いろんな夢を託して、両親は、お前を「ガールスカウト」に入れたけど、 「ガールスカウト」から帰るといつも、プリプリ怒ってた。 今になって思えば、お前は団体行動とか規制を最も嫌う自然児。スケッチに連れていっても、早く帰ろうとすねることが一度もない。 ひとりで、ほおっておいたら、きらきらした眼で何かを見つけて熱中する子だった。 あれは誤りだったと亡くなったかみさんと話したことを白状します。★ お前とお母さんが、山に行く父親と友達のために、「卵サンド」、「ハムサンド」、「野菜サンド」と、たくさん作ってくれた。あの美味しいサンドイッチは、一体誰が食べたのだろう? 駅のプラットフォームに忘れてしまったことを懺悔します。★小学校6年間、夕方6時から9時近くまで、365日、剣道少年団に入れて剣道をさせた。 腕前を見ようと庭先で試合して、思いっきり面を取って泣かせてしまったことを懺悔します。 でも亡くなった剣道2段のお母さんが、毎日,同じことをしても泣かなかったぞ。なぜだ?★5,6歳ころのこと、鳥取の森林公園へのスケッチ旅行に連れて行った時、 絵に熱中するために、大好きな渓流に足を浸させ、 水着がなかったので、 白いパンツひとつで泳がせた。 その上に、その写真を、「水と人の触れ合い」という 写真コンテストに出そうとしたことを懺悔します。 裸で嬉々として水遊びする姿は、シックになった今の姿からはとても想像できない。 ハンサムな旦那さんに、いつかメールで送るつもりでいることを、さらに懺悔します。★年頃になった頃の授業参観の時、教室のベランダに出て美しくなったお前の姿を記録に残そうと撮りまくった。「ねえ、ねえ、あの変わったお父さん、誰のお父さん?」と、お前に恥ずかしい思いをさせたことを懺悔します。「二度とお父さんは学校に来ないで!」と言いながら、高校対抗のテニス大会。またかみさんと二人で応援にいって、差し入れしたら、結構嬉しそうだったよ。★「ボーイフレンドから電話がかかってきて、駅でゆかさんを待っていていいですかと電話があったよ」とかみさんが報告。「あのお転婆娘にボーイフレンドがいるんだ!」とかみさんとうれしく語りあったことを白状します。たしか短大1年生、お転婆娘が一転して服装に気を配るシックな少女に変わり始めた頃。 来週、お前が式を挙げる相手のだんなさんが、どうもその電話の主のよう。★「お父さん大好きと言え!」、「大好き!」が、毎日の合言葉だったのに、 いつしか言わなくなって、さびしく思ったことをここに懺悔します。 お前の花嫁姿を一番見たかったのは、お母さん。それまでは生きていたいと何度も言っていた。「癌になったのが自分で良かった。子供たちでも、お父さんでもなくて。」亡くなる前にそう言っていたと、あとから聞いて知った。 ここまで書いたら、涙が・・・・書けなくなった・・・・。もう、おしまい。 思い起こせば、たくさんの楽しい思い出とともに懺悔に似た思いが走馬灯のように回り始める。絵は 油絵 「天使」
2003/10/23
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コーカサスのバザールには、いま、秋のさまざまな果実が山盛り。特に美しいのは濃紅と薄桃色に彩られたこぶし大の柘榴。原産はイランと言うだけあってかなり大きい。ここから、駱駝の背に乗せられて中国大陸を旅した。やがて、長い歳月を経て日本にたどり着いた時には、橙色のやや小ぶりの柘榴に変わってしまったもよう。ナイフで皮をむいて、ざっくり割ると、濃紅の果肉がこぼれる。ほぐして、皿に果粒を落とすと、皿も手も濃い紅色に染まる。この柘榴の食べ方は、シルクロードの国では多様。野菜サラダに盛ると、紅い彩りが映える。噛めば、紅い果汁ほとばしり、その甘酸っぱさが忘れがたくなる。グルジアの名物料理シクメルリンは土鍋に向日葵の油を敷いて鶏肉を一匹丸ごと焼く。押しつぶして、分割し、じっくり、こんがり焼く。それに胡桃の実をすりつぶしてまぶし、たまねぎを薄く切って載せる。さらに柘榴の実をまぶすと、プチンと潰れる歯ごたえが加わり、とても美味しい。柘榴が好きなアゼルバイジャン人は、このアゼルの国に、800万人しかいない。イランには、その3倍近い2000万人が住んでいるとか。ロシアとイランと言う大国のの国境紛争で、そうなってしまった。大陸の民は、大国に翻弄された厳しい過去をみな持っている。さて、友ありて便り一通。シルクロードの果ての黄金の国ジパングより。短かいけれど、心にしみる言の葉を添えていた。「じみじみと 日を吸う柿の しずかかな」この「「しずかかな」は静かかな」ではなくて「閑かかな」と思った。秋の日の照りに、静かに鎮座する柿のたたずまいとも、とれる。しかし、作者の意図は、日がな一日、秋の美しい日を閑かにすごした満ち足りた思い。秋のひと日、無為の中に満ちくる至福を語るにあるよう。小人は閑居して不善をなし国をも滅ぼす。粋人は閑居して、かくも華麗なる言葉を吐く。友の俳句の向上を喜び、かく格調高き古風なる絵は、現代的なる「銀化」より「沖」の句風にあうなりと結社へ入りて句会にて披露し、同じ琴線の人との出会いの喜びを勧めたり。厳しい視点の人あまた居る句会にて高得点を得たる時の歓びは、心の波長の増幅作用伴いてひとしお極まる。すぐに、友より返事あり。「わが句にはあらず。虚子が絶賛せし前田普羅の句なり」と。虚子が絶賛せし句と言えば思いあたる節あり。虚子なる人物は、感傷とか言った甘さを超越した乾いた心の保有者。時には冷酷なほど物をみつめる人物。ひがな、ひとり閑居しても、決してさびしいとか言わぬ人物。この句も、虚子の生きざまの片鱗をうかがえる。虚子は、とてつもなく大きな心を有するも、どこか非人間的なほど、冷酷な心が垣間見える。そこで虚子にちなんで作ったわが一句。虚子の忌や 大路の柱 太く割れ我ながら、好きな一句。最後に、柿が大好きだったという虚子の師匠正岡子規の著名な一句。柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺普羅の句とは又違った、淡々とした風情あり。
2003/10/22
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家々の軒やバルコニーの葡萄の葉が黄色く枯れ始めて、バザールのさまざまな果実も、むかごのような変わった果実が加わりつつある。アゼルバイジャンの首都バクーでは、モスクワやアゼルのプリマドンナのバレーが見れる。オーケストラ付きの本格的バレーの切符がわずか600円。昨夜は、悲しい恋物語 「ジゼル」。王宮の貴族の若者が、たわむれに村の美しい乙女と恋をする。華麗に、愛のデュエットを踊る長身の若者と黒い瞳のジゼル。わずかな身の振る舞いに、恋の始めのためらいと喜びが微妙に表現されている。こんな心の動きが感じられるバレーを見たのは初めて。幻想的に踊る乙女のすべてが、典型的なカスピ海美人ばかりだった。いつものように途中で熟睡もせず、うっとり!そして、身分の違う若者とは、かなわぬ恋と知って気が触れて、やがては死に至るジゼルの舞。2幕目は、冥界を思わせる薄暗い照明のなかで踊る妖精のような乙女達の妖しい乱舞。やがて、若者がたむけた百合の花影から、ジゼルが現れて幽玄な美しい舞を若者と共に舞う。仕事の疲れも忘れ、90分ほどの夢のような幻想世界の舞に見入った。 2日後の日曜にも、良いバレーがあると切符売りのおばさんが勧めてくれた。ふと、越中八尾で深夜から明け方まで舞がつづく風の盆を思い出した。秋の刈入れの頃、川に沿った美しい寺町の丘の上の路地でそれは行なわれる。同じように美しくかなしげな弦の曲にのって、20歳の若者と乙女たちが、笠で顔を隠してしずしずと美しい踊りを舞う。特に心を打つのは、深夜、観光客が少なくなった頃。人に見せるのではなく、自分たちのために薄闇の路地をしずかにねりあるく時の幽玄な舞。しかし、宿はほとんど取れない。深夜から、明け方の美しい舞を描くために、画材と寝袋を持って、寺の境内に仮眠し、たくさんの踊り子を描いたのも遠い思い出。盆灯に 眉引きなおす 踊り笠
2003/10/18
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秋の画廊散策で、アゼルバイジャンの発想豊かな女流画家の個展を訪れた。ペルシャの乙女と若者の恋物語を極彩色で皿や陶板に描いている。空港売店にも展示されているアゼルでは著名な芸術家。今回は、美しい仮面も描いていた。アゼルの絨毯の上に載せると、とても良く似合っている。作者の名は、ナイーリャ。穏やかそうに恥じらいながら笑う方。しかし、内面には激しいものを秘めているよう。以前にアトリエを訪れた。マイケルジャクソンの顔を皿にたくさん描くほど、彼の大ファン。にぎやか過ぎて、彼の歌は判らないと言ったら、しばらく考えて、こう言った。「親を亡くした少女が今日、銃に撃たれて死んだ。」というしづかな悲しい曲もあると。わざわざ、そのCDを譲ってくれた。私は、2つの部屋いっぱいに飾ってあったペルシャの恋物語のような皿絵が好きだった。そんな皿や陶板をいくつか土産に買ったり、似顔絵を描いたりして楽しいひとときをすごした。お礼にと、このような仮面をプレゼントしてくれた。いま、東京の家に飾ってある。今回の仮面も欲しかったけど、みな売り切れ!かわりに素敵な陶板2枚を手に入れた。青と赤の対の乙女の絵。色合いもすっきりした描写もとても気に入っている。どこに飾ろうかな。ひとり娘が欲しがったら結婚祝いにあげるかな。このあと、一緒に写真を撮ろうと並んだら、ナイーリャさんが、優しく腕を組んでくれた。ここで、「シルクロードの恋」が芽生えれば、この日記もメロドラマ調の展開となるのですが、彼女は英語は全くだめ。私は、初歩ロシア語を修行中の身の上。通訳を通じてでは、微妙な恋の綾は、語るうちに白けてしまう。しかも、この時の日本人通訳は、やや変人で通っている方。試験監視員となると異常な能力を発揮される方。常に周囲の人間の言動を監視し、批判することを生きがいにしておられるような古今稀な、こういうユーモアを解さぬ方でもある。言動を厳しく監視されることまず間違いなし。というわけで、シルクロードの両端を結ぶ「世界を駆ける恋」もうたかたの秋の霧のごとく霧散消滅した次第。残念!
2003/10/15
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ウォッカを飲みながら、過去の日記を読んでいたら文章を書き換えたいところが見つかった。微妙な違いがあるので、よろしければ、一読されたし。「涼しくなったので、カスピ海沿岸の遊園地はイルミネーションに輝き、回転木馬や野外レストランは恋人たちの華やいだ声で深夜までにぎわっている。俳句には、こんな初秋の風情を表す「新涼」という美しい季語がある。俳句は、なにげなく見過ごしている人生を見つめなおし、自己の軌跡を簡単に記録に残せる短い日記帳。ながながと日記をつけるより、わずか17文字でありありと、そのときの心情を記録できる。味のある人生を記録した初秋にちなんだ「短い日記」を紹介しよう。ひんやりしたすがすがしい初秋の夜、歩む自分の淡い影にそんな風情を見た人がいる。 新涼や身に添う灯影ありにけり 久保田万太郎この人は、飾らない着流しの自分の人生をいつも静かに見つめている。冬の句だけど老境の夜の歓びとも悲哀とも諦観ともとれる名句がある。 湯豆腐やいのちの果てのうすあかり俳句文学に挑戦し、17文字では思いを伝えるのは無理、絵の方が豊かに表現できる、心を伝えられると思いつつかつ今なお魅かれるのは、この素晴らしい1句があるから。この1句の味わい、心のひだは絵ではとうてい表現できない。良い俳句には、その人の1生を語っているような重みがある。こんな句を1生に1句でも良いから作って死ねれば本望。短い言葉なのに湯豆腐がなぜか、とても美味しく感じられる。食べ物の句はおいしくなければならないとは「沖」の主宰、能村登四郎氏の弁。 新涼や尾にも汐ふる焼肴 鈴木真砂女食べもしない尾っぽに塩を振るのは、日本の美学。言われてみれば、あの尾っぽの焼いた白い塩はとても美しい。こんな誰でも見ていて気づかないことに改めて感動を発見するのも俳句のみの特徴。岩牡蠣は外観は海草で覆われているが、内側は美しい真珠色に輝いている。それを発見して作った自作が岩牡蠣は内装に気を配りけり師匠、中原道夫氏にお褒めいただいた句。実は、この句は師匠の下記のような句の秘訣を分析して気づいた。当たり前のことを改めてうまい表現で認識させること。記憶はウォッカの酔いも重なって定かではないが飛び込みのひとつ魂おくれけり 中原道夫屠蘇の酒五臓六腑をかけめぐり 中原道夫真砂女さんは銀座で割烹をいとなむ久保田万太郎の直系。若い時、道ならぬ恋をして長崎まで追って行ったという情熱の人。思いかなわずして、関門海峡を戻るときの淋しい句を乗り越えた人ならではのどの句にもいざぎよさと気品がある。俳句を知ったおかげで、どんな異業種交流会でも出会わなかった素晴らしい生き様の人を知ることができた。そう、俳句界の人は、皆、心をさらけだして勝負しているようなもの。俳句は、第2文芸と言い放った桑原武夫は、そんな心意気を認識できずに、言葉の短さのみで批評した愚かな人物に思えてきた。さて、この絵は、いつ描いたのか覚えていない。多分、仕事で、ひとり、知らないさびしい町の居酒屋で、そんな美味しい肴を味わいながら描いた絵の一枚のよう。徳利は、心地よくデフォルメするとかえって絵になる。人生も、心地よくデフォルメして自分の好きな形を見つけたい。 さて、人生を記録した「17文字の短い日記」をもう少し。この日記は書きやすい。歳時記を買ってきて、まず好きな季語に印をつける。あとはその季語に、自分の人生体験を簡潔に記すだけ。簡潔なほど、インパクトが強烈。そんな事例を紹介します。この季語がまったくかけ離れた事象と結びつくと、新鮮な感動があると言う。そんな奇想天外の「新涼」の名句をひとつ 新涼や歯を抜く女医の腋毛かな 富士真奈美すがすがしい新涼と女医さんの清潔な白衣を重ねてそれに、意外な「おち」を見つけている。こんな句は、誰がなんと言おうといい!この女優さんは、アゼルの女性同様、奔放な個性的な生き方をまっとうしている人。アイデアが新鮮かつ大胆。誰もが知ってる「木枯らし紋次郎」の渋い原作を書いた作家との道ならぬ恋を堂々と小説にした人ならではの感性。俳句は古臭い、色気が無いと思っている方。俳句にも色っぽいのがあります。この真奈美さんの名句がこれ。たしか いなびかり淫をさらして駆けぬけり 富士真奈美暗闇で放恣に抱き合っていたふたりの肢体が雷光に突然照らし出された驚きの句。あまりの格好に我ながら恥ずかしくなったといいたげな寸鉄人を刺す「名句」である。たくさんの字句を労するより、この1句で、一生その折の光景を「詩情豊かに」思いおこせる。ただし、有能な俳人は創造性豊か、必ずしも実体験に基づいているとはかぎらない。真奈美女史の豊満な肢体が実際に雷鳴に輝いたか否かは定かではない。ともあれ、人生のさまざまな情景を、これほど簡潔な言葉で豊かに想起させる俳句。俳句は不思議な力をもっている。もうひとつ艶のある、やや上品な美しい句を。 いなびかり人と逢ひきし四肢照らす 桂信子逢引のあとの湯浴みした裸身のほてりを、ひとり縁側に座っていたら・・・・。と言った情景が浮かぶ。秋になると、澄んだ空の果てに心をすいとられそうになる。 黒板の微分積分うろこ雲 沖の女流俳人 名を忘れた!これも季語との組み合わせの妙。黒板の数字をうつろにながめながら遠いうろこぐもののように遠くへ飛んでいきたくなった学生時代の思い。だれもが持っていてはっきり言えなかった心情をこんなに短い言葉で俳句は明確に形にできる不思議な「日記」である。」
2003/10/14
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異郷での夜の赤い満月は、どこか日本のすすきの風情とは異なる。月満ちて 吊るされし四肢 痙攣すいまにも、ドラキュラでも出てきそうな不気味な雰囲気がある。ドラキュラは、ルーマニアでは国民の英雄。精悍なトルコの大群が迫ってきた時、トルコの捕虜数万人を文字通り、太い杭でお尻から串刺しにして沿道に並べたと言う。さすがの獰猛なトルコ軍もあまりの残酷さに恐れをなして攻撃をやめて退却したとか。ところで、毎日の外食にあきて、また料理を試みた。まぎれもないコーカサス産の新鮮な鶏をまるごと一匹。大きな包丁で骨までぶったぎって朝から煮込んだ。トマトソースとブイヨンとにんにくとで味付け。途中で、あくをとりながら味を見る。うん、なかなかいける。赤と緑のピーマンと赤カブを刻んで、赤いザクロの実をまぶし醤油とオリーブ油とマヨネーズを混ぜた和風ドレッシングで味付け。ホテルに滞在中の東洋の異人4人とバクー大学で歴史を学んでいる日本人大学生とで夕食。この国をいかにして豊かな国にするか話がはずんだ。やせた土地に豊富な水を灌漑すればよいという結論になった。でもブルドーザを買うお金すらこの国にはない!黒ビール、黄桜、ウォッカをみな空にしたおかげで、いつベッドに戻ったのか覚えていない。眼が覚めたら、手も足もかゆくてたまらない。網戸を閉め忘れていたので蚊の大群に襲われた。深夜2時、殺虫剤を噴射するも、成分が怖いので一時部屋を退去。しかたなく近くの深夜営業のディスコで時間をつぶす。遅いので眼の保養になる美人も帰ったあと。なじみのカウンターボーイを描いてやって、ようやく酔いが覚めてきた。帰ってメールを見ると、北アルプスの山小屋から携帯メール。「ヤッホー!西穂、よい天気!見事な岩場だらけ痩せ尾根に最高のスリル!すばらしい仲間すばらしい山行!」山に登れないので、気が狂いそう。日光霧降高原もまもなく紅葉がきれいだろう。月末、可愛いひとり娘の結婚式でハワイに行く予定。成長した息子と久しぶりであえるのも楽しみ。けど、常夏の国に紅葉なんかあるのかなあ。絵は、日光霧降高原、大好きな草原の山のひとつ。
2003/10/12
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カスピ海沿岸の国々は、さまざまな秋を迎えようとしている。 澄む秋の 星に音色の あるごとし深深と更けゆく夜は、火のように熱いが甘く感じるウォッカを口に含み、しずかに心地よい浪々とした絶唱を聴くのもいい。”Could I have this kiss forever ?"”この口づけを永遠にとどめることかなわずや・・・”E.IglesiasとW.Houstonが絶妙なデュエットで唄う美しい曲。街角で聴いて以来、買い求めて、幾たびとなく聴き入っている。しずかな秋に、カスピ海沿岸では、さまざまな人間模様が進行している。隣国のチェチェンでは、大統領選挙の対立候補が毒を盛られて重態。民が意を託したい人物はことごとく消えて、謀略の国、露西亜の意のままになる輩が選出された。露西亜は今経済の半ばは、税を払わぬマフィアの裏取引が暗躍。国営企業の巨大化学会社の社長は、30人を殺害したと証言されたマフィアのボス。年間25000人が暗殺されて、ほとんど逮捕されない国。政治の主要ポストは、プーチン率いる旧秘密警察の仲間が権力を掌握しつつある不気味な国。うってかわって平和なアゼルバイジャンの首都バクー。秋色濃くなってきた石畳の通りには斜光が似合う。秋の装いを身にまとって美しい乙女たちが、行き交う。斜光にも 淋しさ混じる 秋の装 このアゼルバイジャンでもこの15日に向けて「公明正大」な大統領選挙が行なわれている。国中の交差点、国営企業の建物の壁という壁に、現職アリーエフ大統領と息子の「未来を確信して進もう」と言った写真が貼られている。国中の主要都市で著名な歌手の歌謡ショーが無料で開催され、娯楽の少ないこの国では、多くの人々でにぎわっている。それを一日中、中継するテレビ、舞台の背景には、いつも同じ二人の巨大な写真。この国は、13年前に独立するまでは、このアリーエフが招聘した産業で繁栄を極めていた。露西亜圏の石油関係機器のほとんどは、このバクーで生産されていた。一旦は、露西亜の高官にまで登りつめたアリーエフは、権力抗争のあと、失脚。しかし露西亜からの独立を機に露西亜に反旗を翻して一躍アゼルバイジャン独立の英雄となった。しかし露西亜戦車隊との市街戦のあと独立してからは、優秀な露西亜知識人は国外流失。露西亜圏からの注文も全く途絶えて国中の企業はいまなお閑古鳥が鳴いている。頼みの綱の年間6000億円近い石油の収益も、投資した海外企業が投資を回収するまでは一文もこの国に落ちない。法外な回収費用が計上され、不平等な契約が結ばれていると反対派が抗議するも、デモの多くは、警棒で鎮圧されている。高齢で重態が伝えられていたアリーエフが立候補を辞退し、シナリオ通りに息子の大統領選出が進行している。石油権益で貯蓄した資金を産業振興に使うように海外政府が勧めても、なかなか進行しない。スペインの衛星テレビは、1時間にわたって闘牛のシーンを実況中継。猛々しい猛牛が、やがて幾本もの槍を背中の急所に突き刺される。弱りながらも、ただひたむきに闘牛士に突進をつづける。獰猛なまなざしが、やがて悲しみをたたえたように見えてくる。そして、がっくりと前足を折って膝まづき、最後の死の痙攣を迎える。そのさまは、何度見ても痛々しい。この国も、いまだにひざまづいたまま。13年たっても立ち上がる気配が見えてこない。この閉塞感を打ち破る次期大統領を人々は求めている。月給の平均が70ドル。そこから抜け出すにはいろんな改革が必要である。若い世代には、視野の広い優秀な人材がたくさんいる。希望を托せる大統領が選出され、次世代を担う人々を海外に学ばせて変革を担わせてほしいと思う。日本が明治維新と名づけて、若い優秀な頭脳を海外に派遣し、戻ってきた人々にさまざまな改革を行なわせたように。民が意を託したい賢明そうな候補者もいるもよう。しかし、そのポスターは深夜に何者かに剥がされるとかであまり見かけない。昼間すら支持者がポスターの下に集まって監視を行なっていた。かくして、15日には、「公明正大に」選挙が行なわれ、現大統領の息子が当選することはゆるがない事実のよう。1913年に、レーニンが約束を反故にして、この国の独立を奪い、多くの知識階級を裁判もなく殺害して以来、この国の悲劇は続いている。最近は、とくに、世界中で歴史の歯車は、狂った方に動いている。多くの人が、果敢に体制に戦いを挑み、しかし目的を果たすこともなく、この牡牛のように眼に悲しみをたたえて、むなしく散っていった。
2003/10/10
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山の湯や まだ尾根駆ける 夏の雲と、いきたかったところだけど、今年は、1月からこの国の首都に来ているのでほとんど山に登っていない。カスピ海から涼しい風が吹き、秋の気配が迫ってくる。ゆきゆきて なほひとすじの 秋の路すすきの光る草原の山を歩きたいけどままならず。尾瀬の秋の絵を見ながら、黄色い絨毯の上に心を遊ばせている。 この国には、登山の習慣も登山地図もあまりない。ブランド品で身をかためた中高年の登山姿など、まったく見かけない。こちらの中高年はみな、貧しく、生きるのに、せいいっぱい。アルメニアの侵略で土地を奪われた難民100万人が都市に流入しているとか。わずかばかりの野菜や果物を道端で売っている家族もいる。スーパーで買わずに、食べれそうな時は、できるだけたくさん、買ってあげる。絵の題材になる美しい凹凸の真っ赤なザクロ。すもも、瓜、西瓜、胡桃。葡萄は1シルバン(250円)で山のように袋に入れてくれる。いつもたくさん買ってきて、暇があれば口一杯ほうばっている。残ったら葡萄酒にしようと瓶という瓶は仕込んだ葡萄酒でいっぱい。オリーブの林もたくさん道沿いにあり、採るのは自由とか。さて、山に行けず運動不足になるので、休日の作戦変更。まず、街のところどころにある卓球場、道場主と友達になった。東洋の異人が珍しいのか次々に若者が挑戦してくるが大抵は勝つ。英独人が主体の日曜の外人テニスクラブの試合がやはり楽しい。くじでペアを決めて3時間みっちりの総あたりのリーグ戦。ペアとの相性がよければ全勝、悪くても2位をキープしている。土曜もしたいが相手がいないので、レッスンを受けることにした。タチアナと言う独身美人コーチが1時間個人指導して、わずか1500円。希望して、苦手の両手打ちのバックハンドストロークを教えてもらった。珠が当たったら、右肩にラケットをかつぐように、上にこすりあげろと言う。そんな打ち方では、前に押さないから飛ばないと思った。半信半疑、やってみたら、おもしろいほど速い珠が打てる。ためしにフォアも同じような両手打ちしたら、これも抜群。明日の試合が楽しみになってきた。練習が終わったら、チャイとこちらで呼ぶ茶の時間。日本の「チャ」も、シルクロードが起源なのかな。美味しい紅茶の飲み方を、ここにきて知った。紅茶には砂糖を入れない。しかし、その前に甘いシロップ漬けの小さな木の実を口に放り込む。ブルーベリーのジャムを匙で口に含む場合もある。このあとで飲む紅茶がとてもおいしい。疲れたスポーツの後にひといきつくときなど、特に適している。テニスコートの木陰では、ゲームを一日中やっている老人たちがいる。写真の白い象牙の牌の数字が同じならくっつけて並べ無くなった勝という簡単なゲーム。今日は、そんな4人を描きながら、おいしいチャイを楽しんだ。 夜は、読書。バルカン半島の悲劇を書いた紀行文「バルカンの亡霊たち」ここでは、セルビア、クロアチアの以前から、ギリシャ人、トルコ人、スラブ人が入り乱れて、残酷な殺戮をくりかえしている。隣国のチェチェンでは、親モスクワ派が優勢な大統領選がまじか。対立候補は、毒をもられて重態とか、平和な日本では考えられないことがいまなお起こっている。人はほんとうに残酷な生き物という気が最近し始めている。この残酷さには、国境はない。穏やかそうに見える日本人も、中国大陸では人体実験をしたり、母親の前で赤子を銃剣で刺したりしている。向こうの人から見ると実に残酷な民族と映ったはず。過去には、軍隊をもたずに本当に平和な民族もあった。戦うということすら知らなかったような高度の文明と神をあがめた国。スペイン人を歓迎して招きいれ、殺戮と略奪で国をほろぼされた国。古代ペルー王国。いま、世界中が、この古代王国の習俗を学び、争いの無い人間の生き方を学ぶ必要があるよう。大和の民族は、殺戮も紛争もなかった泰平に甘えて、国に政治を任せてきたつけが一気に表面化。国家財政は世界中から危険水域に達していると指摘されいつ破綻してもおかしくない状態。東洋一の高収入の国家予算なのに、誰がそんな犯罪的行為を行ってきたのか。車の走らない道路、人の通らない林道、船の寄港しない護岸工事、多目的ならぬ無目的ダムという収益を全く生まない公共投資に10数年浪費してきた結果である。他国の侵略も略奪もなくてみずから滅びるのは例をみない。政治家、官僚にとっては「我々は本当に無能でした。」と言っているようなもの。恥ずかしいかぎりなのに、いまだに責任者の追求すら行われない不思議な国。
2003/10/05
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