全8件 (8件中 1-8件目)
1

四国の百名城9城を政略するために、9月2日(水)から5日(土)まで 旅友Kさんと、徳島空港を起点に1泊4日の旅をした ちなみに、ツアー代金は一泊+レンターカー付き \25,800 であった 四国一周のドライブは約1,200kmあり、高知、宇和島、松山に宿泊 途中、四国八十八ケ所霊場も巡りながらの旅であった この旅で、旅友Kさんは高知城で日本百名城を達成した 今回の紹介は、日本百名城49~57番目の登城である9月2日(水) 羽田空港から徳島空港へ、JAL453便 8:20 阿波踊り空港着 鳴門海峡に架かる、大鳴門橋 49番目 NO.76 徳島城 築城者:蜂須賀家政 デルタに築かれた蜂須賀氏の平山城 復元された鷲之門 吉野川河口の渭山(イノヤマ)に築いた平山城 本丸跡 桜の時期は最高 石垣は阿波の青石を用い、特に本丸周囲は高石垣を築き堅固にしていた 御殿跡にある、旧表御殿庭園 築城者、蜂須賀家政公の像 高知県安芸郡北川村野友にある『モネの池』 睡蓮もきれいに咲く 高知駅前にある、維新3人衆:中岡慎太郎、坂本龍馬、武市半平太 9月3日(木) 50番目 NO.84 高知城 別 名:鷹城 築城者:山内一豊 現存する十二天守のうちの一つで、追手門と天守閣がセットで残っている 追手門の後方に天守 天守と本丸御殿 天守は、享保12年(1727)の大火で焼失したが、寛延2年(1749)に再建 旅友Kさんは、ここで日本百名城を達成、認定は793人目 天守から 内助の功の手本の妻、『千代』の像 板垣死すとも自由は死せず 9月4日(金) 51番目 NO.83 宇和島城 別 名:藤堂高虎 築城者:鶴島城 太平の世を象徴する天守を持つ城 天守:伊達宗利が再建した三重山階総塗籠式の総塔型の天守 現存する十二天守のうちの一つ 雷門北西下の石垣 52番目 NO.82 大洲城 築城者:宇都宮豊房、脇坂安治 天守は明治21年まで残っていたが、取り壊された。しかし、平成16年大洲市制50周年 を迎え木造で再建された 肱川を堀にした優美な名城である 天守と台所櫓 近世城郭に改造したのは、文禄4年(1595)に入城した、藤堂高虎 53番目 NO.81 松山城 別 名:金亀城、勝山城 築城者:加藤嘉明、蒲生忠知 戦う覚悟を強調する不屈の城 県庁裏の二の丸庭園あたりから歩いて20分くらいであるが、ロープウェイで登った 美しい曲線を描く高さ15.5mの高石垣の上に 天守群 現在の天守は安政元年(1854)に再建された 現存する十二天守のうちの一つ 54番目 NO.80 湯築城 別 名:湯月城 築城者:河野通盛?、河野禅正小粥通直 二重の堀に囲まれた戦国期の拠点城郭 16世紀前半、伊予の国の守護であった河野氏が、館型の城だった湯築城を整備して 戦国期拠点城郭へと転換させた 復元された、武家屋敷 9月5日(土) 55番目 NO.79 今治城 別 名:吹楊城、美須賀城 築城者:藤堂高虎 築城名人高虎が築いた水軍基地 関ケ原合戦後に藤堂宝虎が海城として築いた 山里櫓と天守 天守と、高虎の像 11:50 祖谷渓の、かずら橋へ 旅友も 56番目 NO.78 丸亀城 別 名:亀山城 築城者:生駒親正、山﨑家治、京極高和 丸亀城は、高石垣と小さな天守で有名 現存する十二天守の中でもっも小さいが、予讃線の車窓からもよく見える 天守は幾重にも積み上げた高石垣上にそびえる 天守への坂は急であった 現存する十二天守の一つだが、一番小さい また来てねと 57番目 NO.77 高松城 別 名:玉藻城 築城者:生駒親正 瀬戸内を睨む屈指の海城 豊臣秀吉の家臣、生駒親正が海城の基礎を固めた 旭門 江戸時代末期から大手門として使われた高麗門 艮櫓(ウシトラヤグラ) 内堀内を遊覧 艮櫓(ウシトラヤグラ) 20:10 阿波踊り空港から、JAL464便にて羽田へ 四国八十八ケ所霊場巡りも8寺へ 羽田空港へ、21:20着 Kさん、ご苦労様でした、また達成おめでとうございました 6部 おしまい
2017.01.30
コメント(2)

昨年11月に登城してから、この6月まで約半年間登城しなかった今回は、41番目から48番目の関西、沖縄、北海道地区を紹介します’15年6月13日(土) 滋賀の現場へ行き姫路に宿泊して、兵庫県下5城のうちの3城と大阪城を訪れた 41番目 No.60 赤穂城 別 名:加里屋城、仮屋城、苅屋城、蓼城 築城者:浅野長直 赤穂浪士で有名なお城である。JR赤穂線の赤穂駅から歩いて登城 大手門 本丸厩(ウマヤ)口門と水堀 城内にある大石神社 三の丸隅櫓と、大手門 42番目 No.59 姫路城 別 名:白鷺城 築城者:羽柴秀吉、池田輝政 黒田重隆の居城を羽柴秀吉が改修したのが天正8年(1580)、関ケ原の戦い後 池田輝政が入り、大改修した、現存する十二天守の一つで世界遺産 JR姫路駅からの、天守 結婚式の場でもある 天守群:四つの天守群 白亜の世界遺産である 43番目 No.58 明石城 別 名:喜春城 築城者:小笠原忠真 二代将軍秀忠が執心した西国を睨む堅城である JR明石駅のホームから 坤櫓(左)と巽櫓 44番目 No.54 大阪城 別 名:錦城、金城 築城者:豊臣秀吉、徳川幕府 豊臣のお城の上に築かれた、徳川の最強城郭 JR大阪環状線『大阪城駅』から 内濠にかかる、極楽橋からの天守 昭和6年に建設された、三代目天守:日本初の鉄筋コンクリート造り 天守からの内濠 内堀石垣と遊覧船 ’15年6月17日(水) ~ 19日(土) 旅友のKさんと二泊三日の沖縄旅行で世界遺産、日本百名城の3城を訪問した 沖縄では米国に対して『基地返還』・・・・・・・ 13:50 ANAで那覇空港へ 初日は、平和を祈って ひめゆりの塔 平和祈念公園 平和の礎(イシジ) 沖縄戦などで亡くなられた、国内外の20万人余りのすべての人々に追悼の意を表し 修学旅行生 6月18日(木) ツアー付きのレンタカーでドライブ 45番目 No.98 今帰仁(ナキジン)城 別 名:北山城、今帰仁グスク 築城者:不明 やはり沖縄の地は暑かった 死角のない曲線美の石垣 志慶真門郭 沖縄本島北部標高100mのほぼ独立した丘上にある 『百曲り』と称される石垣がきれい 13:00過ぎ 今帰仁城から中城城へ途中立ち寄る 古宇利大橋:エメラルドグリーンの海に、無料がいいね 46番目 No.99 中城(ナカグスク)城 築城者:先中城按司、護佐丸 沖縄本島中部にあり、城は尾根上に六つの郭がつらなる連郭式 城壁が左右対称なのも貴重で、右奥は『北の郭の裏門』 優美と堅固を合わせ持つ城 親切に案内してもらう、旅友と 石垣は、野面積、布積、相方積と様々な技法が駆使されており優美で堅固である 6月19日(金) 日本百名城でない、座喜味城、勝連城、世界遺産をドライブで訪問 47番目 No.100 首里城 築城者:不明、尚敬 守礼門 瑞泉門:首里城内は琉球石灰岩で築かれた巾約4m、高さ6~10mの石垣が 取り囲 正殿(百浦添御殿) 既に入場しているので、今回はスタンプ捺印のみ 外郭の歓会門(奥)と、久慶門(手前) 沖縄の3城を制覇した ’15年7月7日(火) ~ 9日(木) 北海道ツアーズに予約、妻と二泊三日の道東旅行に行きレンタカーで回る 9:25 たんちょう釧路空港へ、AIRDOで 沖縄では米国に対して『基地返還』であったが、ここ根室ではロシアに対して 『北方領土返還』の看板が多く見られた 7月8日(水) 48番目 No.1 根室半島チャシ跡群 スタンプは根室駅前の観光インフォメーションセンターで捺印 根室駅から、納沙布岬の海岸台地上に造られたアイヌの城砦 チヤシは、砦や柵囲いを意味するアイヌ語 案内板 ヲンネモトチャシ跡 北海道には約500のチャシが存在し、その多くは道央から道東にかけて分布 根室市内には32か所のチャシ跡が確認され、そのうち24か所が国指定史跡に指定 遠方は、知床半島の山 納沙布岬 私は48年ぶりの訪問であった 納沙布岬にある 四島(シマ)のかけはし 早期返還を祈りながら、後にする 5部 おしまい
2017.01.28
コメント(2)

’14年8月10日(日)から11月22日(土)までに登城した、31~40番目のお城を紹介します’14年8月10日(日) 早朝より、旅友のK氏と一泊二日のドライブをして新潟、富山県下の3城を訪問した 31番目 No.31 新発田城 別 名:菖蒲(アヤメ)城、舟形城、狐尾曳ノ城 築城者:溝口秀勝・宜勝・宜直 上杉謙信の重臣新発田重家の居城だったが、後年、入封した溝口秀勝と子孫が 近世城郭に変貌させた 本丸表門 旧二ノ丸隅櫓 再建三階櫓 堀部安兵衛の像 新発田は、安兵衛の出生地 32番目 No.32 春日山城 新潟県上越市 築城者:長尾為景、上杉謙信・景勝の3代 上杉謙信により大規模に整備され、難攻不落の城が完成した 春日山の麓にある、城史跡広場 上杉謙信の像 33番目 No.33 高岡古城 築城者:前田利長 前田利長が居城としていた富山城が火災で焼失したため、高岡に城を築いた 大雨でスタンプのみになったので、いつか訪れたいものです ’14年10月11日(土) 富山への仕事から、マイカーにて滋賀県下の4城を訪問した 34番目 No.49 小谷城 滋賀県長浜城 築城者:浅井亮政 戦国大名浅井氏三代の堅城 織田信長に滅ぼされた浅井三代の居城で、滅亡後豊臣秀吉が入城したが 長浜に新城を築き、この城を廃城とした 巨大な山城である 35番目 No.50 彦根城 別 名:金亀(コンキ)城 築城者:井伊直継・直孝 現存十二天守の一つで国宝である 徳川四天王の一人、井伊直政は関ケ原戦後、佐和山城に入ったが、新城を築く 準備中に没した 遠く、三重三階の国宝天守がある 天守を望む 桜の時期も最高である 電線も地下化された街並み 36番目 No.51 安土城 滋賀県近江八幡市 築城者:織田信長 近世城郭の始祖となった信長の城 天正四年(1576)から築城を開始、五重七階の豪壮可華麗な天守で完成は、天正七年。 その三年後に起きた本能寺の変で信長は横死し、安土城の天守も原因不明の火災で 焼失した 安土城、観音寺城には登城しなかったので、いつか・・・・・・ JR東海道線、安土駅 安土城郭資料館内の天守模型 37番目 No.52 観音寺城 滋賀県近江八幡市 別 名:佐々木城 築城者:佐々木氏頼?(佐々木六角氏) 六角義賢が拠った総石垣の巨大山城 帰路の、岐阜城に立ち寄るが、時間切れで再訪問とした 遠く、金華山に岐阜城 ’14年10月24日(金) AM 滋賀県下の現場へ行く前に立ち寄る 38番目 No.53 二条城 築城者:徳川家康、徳川家光 二条城は徳川幕府の、開府と終焉の舞台である。 家康が征夷大将軍拝賀の祝宴を催し、最後の将軍慶喜がが大政奉還を発表した城 河原町道りから 二の丸御殿唐門 二の丸御殿(国宝) 本丸西の石垣 家光が築いた天守は、伏見城から移築した五重の層塔式だったが、落雷で焼失した 西南隅櫓 ’14年11月22日(土) 妻と、香嵐渓へ紅葉狩りに行ったとき、2城へ立ち寄る 39番目 No.38 岩村城 岐阜県恵那市 別 名:霧ケ城 築城者:加藤景廉、遠山氏、河尻秀隆、各務兵庫、松平家乗 標高717mの日本一高い地に築かれた山城 奈良県の大和高取城、備中松山城とともに日本三山城 太鼓櫓と表御門 岩村歴史資料館から、本丸へはここから歩いて ’16年11月18日(金)に再度、紅葉した本丸へ登城した 本丸北東面の石垣:6段に積み上げられた見事な石垣 岩村街並み 40番目 No.43 犬山城 愛知県犬山市 別 名:白帝城 築城者:織田信長の叔父信康 現存十二天守の一つで国宝である 木曽川に臨む三層の天守 国宝天守 三重四階地下二階で、二重櫓の上に小さな望楼を載せた古式豊かな望楼型天守 天守からの犬山市内 天守からの木曽川 登城を開始してから丸一年で、精力的に40城を制覇した 4部 おしまい
2017.01.24
コメント(0)

今回のお城は、′14年5月1日(木)から7月5日(土)に登城した、21番目から30番目のお城です’14年5月1日(木) 旅友のKさんと二人で、関東地区の5城への登城で日帰りドライブ 21番目 No.14.水戸城 別名:馬場城 築城者:馬場資幹、佐竹義宜、徳川頼房 土塁と堀で守られた御三家の城 鎌倉時代に馬場氏が築いた館を、佐竹義宜が大改修し、さらに徳川頼房(家康の11男)が 入城して御三家にふさわしい城に改築した城 黄門様は、徳川光圀で二代目藩主 弘道館:水戸藩の藩校 JR水郡線が走る、深い堀底 大手門跡 22番目 No.15.足利氏館 築城者:足利義兼 中世地方武士の居館の典型 館は、平安時代末期から鎌倉時代はじめに足利義兼によって築かれたといわれている 吉兼は、館内に持仏堂を建立、これが鑁阿寺(バンナジ)の始まり のちに、尊氏が室町幕府を開くと鑁阿寺は足利氏発祥の地、そして氏寺として尊崇された 鑁阿寺の太鼓橋と山門 鑁阿寺本堂:1299年に再建された 23番目 No.17.金山城 群馬県太田市 築城者:岩松家純 総石垣の巨大な戦国の山城 金山山頂の実城(本丸)を中心に、そこから伸びる尾根を削平して曲輪を造り 堀切・土塁で堅く守った山城である 斬新な設計の、ビジターセンター 山道を登る 通路も、復元整備されている 日の池:御台所曲輪の下にある 復元整備された、大手虎口 石で埋めつくされた大手の通路。両側は脇曲輪 24番目 No.18.鉢形城 埼玉県大里郡寄居町 築城者:長尾景春、北条氏邦 二つの川(荒川、深沢川)を堀とした、北武蔵の堅城 城内には、発掘調査に基づき四脚門や四阿(アズマヤ)などが復元されている 今回は、時間がなくゆっくりと見学できなかった 25番目 No.19.川越城 別名:初雁城 築城者:太田道真・道灌親子、松平信綱 江戸の背後を守る拠点城郭 本丸御殿:車寄(玄関)を備える 本丸御殿の全景 家老詰め所も、移築復元 ’14年6月12日(木) 旅友のKさんと、ロシアからの帰路に立ち寄る 26番目 No.20.佐倉城 別名:鹿島城 築城者:千葉氏?、土井利勝 佐倉城は石を一切用いず、土塁と深い空堀そして水堀で守られた土造りの近世城郭 空堀 城内には、菖蒲畑 雨の中、大勢のカメラマンが ’14年7月5日(土) 出張で富山へ行ったとき一泊して、Yさんと登城した 27番目 No.34.七尾城 石川県七尾市 築城者:能登畠山氏 野面積の石垣が威す巨大山城 能登守護畠山氏の居城で、七代目の義総が整備を進めた。その後、上杉謙信に攻められて落城 調度丸と桜馬場間の石垣 本丸跡:謙信は、この城から望む七尾湾の眺望をこよなく愛でたという 謙信の死後は、前田利家が織田信長に宛がわれて入城 利家は、小丸山城の築城にとりかかり完成すると、七尾城は廃城とした 28番目 No.35.金沢城 築城者:佐久間盛政、前田利家 よみがえる加賀百万石の大城 信長の家臣、佐久間盛政が築城したのが始まりで、その後利家が入城して改修した 左から、菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓 各曲輪を土橋で連結させた 豪壮な建造物群の石垣 29番目 No.36.丸岡城 別名:霞ケ城 福井県坂井市 築城者:柴田勝豊(勝家の甥) 古式を伝える、現存十二天守のひとつ 福井地震(S23年)で倒壊したが、S30年に80%の古材をもって修復再建された 瓦や鯱が石でできている 天守南西面:天守は二重三階の望楼型 天守の廻り縁と高欄 30番目 No.37.一乗谷城 福井県福井市 築城者:朝倉孝景 朝倉氏の栄華を伝える城下町と山城 朝倉氏は一乗谷の南北に、二つの城戸(城門)を設けて城下町を守り、館の背後の山には夥しい 数の畝状空堀群(竪堀)で守られた山城を築いた 織田信長によって灰燼に帰したが、復原整備されている 唐門:朝倉館の西正門跡に建つ、5代義景の菩提寺の門で、豊臣秀吉が寄進したと伝わる 朝倉氏館跡:奥に、五代義景公の墓所 立体復原された町屋 17:30 JR北陸線、福井駅から帰路へ END 3部 おしまい
2017.01.20
コメント(0)

平成29年1月17日(火)18:00~21:00 鎌倉小町通りで、茅ヶ崎のゴルフ仲間と新年会を開催 メンバーの一人小川さんが、鎌倉でイタリアンレストランを経営しているとのことで 割安で開催願った 場 所:『リストランテ ラ ルーチェ』 Ristorante La Luce 🏣248-0005 神奈川県鎌倉市雪ノ下1-7-6 tel:0467-23-2352 Lunch 11:30~14:00(L.O.) Dinner 17:30~21:00(L.O.) 定休日 水曜日(不定休あり) JR横須賀線鎌倉駅前 18:00頃の、小町通り 結婚前は、鎌倉市民であったが、この小町通リは初めて 人力車も 鎌倉駅から小町通りを散策しながら歩いて、約8分程度の場所に所在する 我々の新年会のために、貸し切りで開放 30数名程度入れる、広いフロワー オーナーの小川シェフ(ニックネームは、ブッチャー)悪役のレスラーに似ていたとかで 大学卒業後、イタリアで数年修業したとのこと 小学校から大学まで野球を、今でも遠投100mとかで、草野球ではピッチャーを やっているとのことで、一男二女の優しい父親でもある 何故か、高齢者用の刺身も サンドイッチ お皿は、自分で焼いたものだとかで、お皿にも味があった 大根と人参、鳥肉の煮物 岩手産の、鳥もつ焼き 参加者の池田さんから、おいしいと太鼓判 スタッフの、ソムリエ『玉チャン』独身 最近、交通事故に合い、病院がよいとか 分厚いタンの塩焼き お客さんの美人二人(ミス鎌倉?) イタリアから輸入の生ハム、贅沢な一品でおいしかった ブロックからスライス ブロックは、一個7~8kgで数万円とか シェフ自らスライス すべての料理を、自分自身で創作 メインの、からすみのパスタ 少なめに料理願う 今夜の料理は、ほかに エリンギほかの天ぷら 大根と人参のなます 焼き鳥、金粉入りの黒豆 カブのピクルス おにぎり と高齢者には、品数、量が多かった もう若者で二次会への準備 スタッフ募集中:玉ねぎ(北海道産)の使用量が、100kg/月で皮むぎとか 4月16日が、創立10周年とのこと ちなみに、私は19日から旅友Kさんと『バルト三国』の旅です 今回の参加メンバー 21:00過ぎに宴を終了 暮れには、お節料理も30食限定で販売しているとのこと、30,000円(税別) 今年の暮れは注文しますかね 茅ヶ崎まで、山本さんの運転で(飲酒運転ではありませんので)帰宅 自宅へは、江の島の夜景を見ながら湘南海岸を走り21:30頃には到着 小川さん、おいしい料理を、ありがとうございました 今日は、会社の上司から『3月31日をもって契約継続しない』とのショックな辞令を もらったが楽しい一時でした またお邪魔したいものです、ありがとうございました
2017.01.18
コメント(2)

’14年4月5日(土)から、4月26日(土)までの約一か月で登城した、11~20城を紹介します'14/04/05(土) 単独で、早朝からJRを利用して登城 この日は、坂下門から乾門までを一般公開の二日目であった 11番目 No.21 江戸城 別名:千代田城 築城者:太田道灌 皇居二重橋 一般公開二日目で、9時30分に坂下門を開門して、桜鑑賞 この日は、約9万人の人が桜鑑賞に訪れた 富士見櫓:城内に現存する唯一の三重櫓 天守焼失後は天守の代用とされ、どの方向から見ても美しいことから 『八方正面の櫓』とも称される 皇居内の桜、ソメイヨシノは満開であった 乾濠と、北桔梗門方向 清水濠にかかる平川門 大手門、枝垂桜も満開 桔梗濠と桔梗門 昔、若い時に勤務していたビルがあるが、廻りのビルは高層化 '14/04/09(水) 妻と、桜見物で身延山 → 甲府市内へドライブ 12番目 No.25 甲府城 別名:甲斐府中城 他 築城者:浅野長政・行長親子が拡張した 豊臣秀吉が築き、徳川家康が重視した石の城 写真は、撮 影したが見当たらず 13番目 No.24 武田氏館 別名:躑躅ケ崎館 築城者:武田信虎 武田氏三代の居館 '14/04/11(金) AM 出張日の午前中に登城した 14番目 No.41 駿府城 築城者:徳川家康 二の丸東御門 平成8年に復元された 二の丸巽櫓 平成元年に復元された 駿府城内にある、狩りが好きであった鷹狩をする家康の銅像 '14/04/12(土) 翌日、2城へ登城(マイカー) 15番目 No.46 長篠城 築城者:菅沼元成 武田軍の猛攻を凌いだ断崖上の城 主郭部の空堀 本丸跡の後方に、第二東名を建設中であった 16番目 No.45 岡崎城 別名:竜城 築城者:西郷頼嗣、田中吉政 三河武士の聖地となった家康誕生の城である 岡崎城天守 内堀の桜も満開 天守 家康の銅像 '14/04/25(金) 妻と、大内宿から会津若松、山形県の置賜桜街道、宮城県と一泊二日の 桜鑑賞にドライブした 17番目 No.12 会津若松城 別名:鶴ヶ城 築城者:蒲生氏郷 桜が満開の、鶴ヶ城 NHK大河ドラマの、八重の桜 '14/04/26(土) 18番目 No.10 山形城 別名:霞ケ城 築城者:最上義光 二ノ丸東大手門 JR奥羽本線を越える 城内の発掘調査中 城内の枝垂れ桜も満開 二ノ丸堀の屈折 防御力を高くしている 19番目 No.8 仙台城 別名:青葉城 築城者:伊達政宗 伊達政宗の銅像 仙台市街地 本丸跡、天守は建てなかった 20番目 No.7 多賀城 宮城県多賀城市 築城者:大野東人 奈良時代に陸奥の国の国府、および鎮守府が置かれた律令国家の行政、軍事の拠点 約900m四方に築地がめぐる 政庁正殿跡 建物の規模がわかるように、基壇が復元整備 多賀城南門と政庁を結ぶ道路 甲府城、武田氏館の写真の所在が不明で、今回はアップしておりません一か月で、10城に登城したあわただしい旅でした桜も満開で、桜と城のコラボが最高であった。今回は、妻が6城に付き合ってくれました おしまい
2017.01.15
コメント(4)

'13年11月24日(日)に、香嵐渓の帰りに、旅友のKさんと掛川城に立ち寄り、日本百名城スタンプラリーを開始した '16年11月18日(金)に岐阜城へ登城して全国統一したので、この記録を10回に分けてまとめた1番目 No.42 掛川城 '13/11/24(日) 別名:雲霧城、松尾城、 築城者:朝比奈氏、山内一豊 掛川城は、戦国大名今川氏の、重臣朝比奈氏の居城 天守閣から富士山を望む 二の丸御殿からの天守閣 平成6年に復元、三重四階の木造建築 2番目 No.40 山中城(静岡県三島市) '14/1/25(日) 戦国末期に後北条氏と豊臣秀吉の兵が激戦した城 石垣のない畝堀、障子掘等が有名 富士山が遠くに見える、春にはツツジが咲く 3番目 No.23 小田原城 豊臣秀吉に滅ぼされた、後北条氏の居城 天守閣 銅門 二の丸の正門にあたる升形門 '14/2/28(金) 大雪の後、長野県下に日本百名城が5城あるため、旅友のKさんとドライブ4番目 No.30 高遠城(長野県伊那市) 別名:兜城 時間がなく、城内の散策はせず次の松本城へ向かう 四月の桜の時期は、全国各地から観光客が訪れる名所である 5番目 No.29 松本城 別名:深志城 築城者:石川数正・康長の親子 内堀と天守 二の丸太鼓門からの天守閣 天気の良い日は、北アルプスが遠望される 現存する12天守の一つである 6番目 No.26 松代城 別名:海津城 築城者:武田信玄 本丸太鼓門と太鼓前橋、ともに平成16年に復元 城内から、本丸太鼓門 7番目 NO.27 上田城 別名:松尾城、真田城 他 平成28年度のNHK大河ドラマの舞台となる 築城者:真田昌幸 再建された櫓門、南櫓、櫓門、北櫓がつながっている 現存する、西櫓 昨年、5月7日(土)に、千曲市で行われる『寿野球全国大会』へ参加する前日に チーム仲間と登城した。観光客が多かった 8番目 No.28 小諸城 別名:酔月城、城鶴城 築城者:武田信玄、仙石秀久 三の門、懐古園の扁額がかかる明和2年(1765年)に建てられた2代目 時間があり、群馬県下のお城にも立ち寄る9番目 No.16 箕輪城(群馬県高崎市) 築城者:長野業尚、武田信玄、北条氏邦、井伊直政 何故、日本百名城かと思われる スタンプは、箕郷(みさと)支所で '14/3/28(金) 城山のカタクリの里へ行った後立ち寄る10番目 No.22 八王子城 山城 築城者:北条氏照 豊臣秀吉の侵攻を意識した大城 御主殿跡入口と石段 冠木門(かぶきもん)下の石段 城内は発掘され、御主殿跡などの復元整備が進んでいる おまけ、城山のカタクリの花 1-10登城 おしまい
2017.01.11
コメント(3)

今年の正月は、天気が穏やかであったため、早朝より茅ヶ崎漁港へサザンビーチにある茅ヶ崎のシンボルモニュメントと烏帽子岩 1月2日(月)は初出港で釣り人を乗せ(7時前から出港)大魚旗を掲げ 1月3日(火) 日の出前の江の島灯台 6:48 三浦半島からの昇陽 烏帽子岩も、漁船も出港 茅ヶ崎漁港からの富士山 薄く染まる富士、早朝から釣り人も、ヒラメ等が釣れるらしい 3日の日は、箱根駅伝のため湘南海岸の道路は規制で通行止め 通行止めの前に、大磯まで下見のドライブ 7:30 平塚中継所では、テレビカメラとスタッフが 平塚の湘南平での中継センター 昨年の暮れから、日テレが準備して若いスタッフが寝泊まり 天気が穏やかであったので、私も2時間ほど待機して選手を待つ 遠く、平塚の須賀港、江の島が見える そのうち、ヘリコプターが上空を飛び回る、予想した道路がJRの東海道本線であったため 選手を見過ごすミス。花水川の中継所には既に10位の選手が、タスキリレー 湘南平からも このころ藤沢の遊行寺前では、わが旅友Kさんが2,3日と連続彼の母校早稲田を応援に 2位で通過したが、さてその結果はどうであったか・・・・・・・ 今年の干支は、酉年 茅ヶ崎漁港にいた、『イソヒヨドリ』です これは、2日に私が撮影した『哀れなイソヒヨドリ』です 釣り客のマナーの向上をお願いします 口から釣り糸が、餌のついた釣り針をつまんだため 久しぶりのブログ作成でした さて出来具合はどうでしょうか おしまい
2017.01.08
コメント(2)
全8件 (8件中 1-8件目)
1