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三日目:2/18(土) ウトロ温泉の、知床グランドホテル北こぶしに宿泊 おいしい海鮮を食した 今日が最後の日で、網走港から流氷船に乗船するが、はたして流氷は? 早朝 7:10 昨夕行ったプユニ岬 今日は天気がよさそう、三角岩 手前左が、ゴジラ岩、オロンコ岩、三角岩 7:40 出発 知床グランドホテル北こぶし 車窓からのオシンコシンの滝 水の流れが速いので、全面氷結はしないとのこと 国道334号線 斜里へ 9:20 網走港から、おーろらへ乗船 二隻の船でクルーズ、中国からの観光客も多く 網走港を後に 約30分で流氷群の中へ 風が冷たい 藻琴山:春には芝桜が咲く 流氷の中は20分程度の滞在であったが、流氷の中は風が冷たい 流氷は風の方向で、着岸したり沖へと移動する、 約一時間のクルーズであったが、天気も良く最高であった 11:15 JR釧網線北浜駅 流氷に一番近い駅で、大勢の観光客が 駅舎内の壁には、名刺がたくさん貼られ、何を祈願? 駅横の展望台から、斜里駅方面 11:50 網走行きの一両編成の列車に乗車 列車内には観光客で満席、東京の通勤列車並みの込み具合であった 約15分間乗車、三つ目の駅¥260 で網走駅へ、50年ぶりに降り立つ 網走駅 12:40 昼食は、ホタテ料理 微熱で食もなく・・・・・ 14:00 海が見える、天都山展望台、オホーツク流氷館 子供たちが、氷の滑り台で 展望台から、網走港 沖には流氷群が 展望台から、知床半島方面、晴れていると斜里岳が 15:30 能取岬へ 天気が良いとのことで追加で訪問してもらう 風が強く、雪の風雪 夕焼けにはチョット早かったが、約15分の滞在で、流氷があったので寒かった 16:50 女満別空港での夕焼け 昼食時から体調が悪く、女満別空港では・・・・・・・・ 帰路は、18:30 発 AIRDO80便にて羽田空港へ 羽田空港へ、20:30 着 浮島のサンパーキングからジュークで無事22時前に到着 別途、デジブック(seo-fa)でも公開しておりますので閲覧願います 今回の旅3部作 完
2017.02.23
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今回の紹介は、94番目から100番目です ’16年09月29日(木)から10月1日(土)までの、西中国地方の旅 10月27日(木)から29日(土)までの、北海道道南の旅 11月18日(金)での、日本百名城達成の岐阜城の紹介です’16年09月29日(木)から10月1日(土) 今回は、JALマイレージを使用して二泊三日の一人旅 9/29(木) 早朝自宅を5:40に出て、羽田空港へ 羽田空港 8:05発 JAL291便にて おりしも政府専用機が駐留していたが、安倍さんどこへ? 山口宇部空港を拠点に、山口、島根、広島県下のお城へ 関門海峡に架かる、関門橋 山口県下関市と北九州市門司区をつなぐ、全長1,068m 海面からの高さ61mで 昭和48年に開通した 源義経と、平知盛の像 14:30 角島大橋 天気が良ければ最高のビューポイント 94番目 No.75 萩城 別 名:指月(シヅキ)城 築城者:毛利輝元 関ヶ原の戦いで戦わずにして敗れた毛利輝元が、徳川家康に指定された地に 築いた輝元が最後に見せた気骨の城である 内堀と天守台 後方は、指月山(シヅキヤマ) 城内へ 有りし日の萩城 :明治に破壊された 内堀 北の総門(高麗門)と外堀 海岸線に沿って、北の埋門まで城壁カがつながり 9/30(金) 東萩駅前のホテルを出発 萩といえば、松陰神社の松下村塾へ 11:00 津和野へ到着 95番目 No.66 津和野城 別 名:三本松城、蕗(ツワブキ)城、橐吾(タクゴ)城 築城者:吉見頼行、坂崎成正 中世の縄張りを生かした総石垣の山城 鎌倉時代末期に創築された中世城郭を、関ケ原の戦いの軍功で入城した坂崎成正が 総石垣の近世城郭に大改造した 城下は、津和野市街地 人質櫓台から見た三の丸 紅葉には少し早かった 津和野城遠望 96番目 No.74 岩国城 別 名:横山城 築城者:吉川広家 関ケ原の戦いの後、毛利輝元の家臣であった吉川広家は、新領地岩国に移り築城開始 14:25 錦帯橋からの岩国城 この日は、天守へのロープウェイが修理中で登城できず 岩国微古館? 97番目 No.73 広島城 別 名:鯉城(リジョウ) 築城者:毛利輝元 豊臣秀吉の支配を受けることになった輝元が、郡山から広島に本拠を移して築いた 聚楽第にならった輝元の城 17:00 二の丸表門 天 守:原爆によって倒壊したが、昭和33年に鉄筋コンクリート造りで再建 天守からの内堀と広島市街地 城内からの、平(ヒラ)櫓と櫓門(正面) 内堀と天守 10/1(土) 広島のホテルを出発 雨の平和記念公園へ 世界遺産:原爆ドーム 外人女性も記念写真 ベイスターズとの、クライマックスが当日 今回の旅で、中国地区は完全統一 帰りも山口宇部空港から、JAL296便にて羽田空港へ、22:00前に帰宅した ’16年10月27日(木)から10月29日(土) 妻と二人だけのツアー、二泊三日の旅を計画 朝一の列車で羽田空港へ向かったが、東海道線が人身事故で遅れ予定の飛行機に 乗れず、羽田空港で8時間の待機で次便ADO59にて函館空港へ 98番目 No.2 五稜郭 到着時間が17:30 と遅かったため、この日は五稜郭タワーでスタンプ捺印のみ 21:00以降は、一般車も函館山に登れるためそれまで市街地を見学 函館山からの夜景 外国人も大勢登っていたが、寒かった 10/28(金) 函館駅前のホテルを出発 99番目 No.3 松前城 別 名:福山城 築城者:松前慶広、松前崇広 日本式最後の城である、嘉永二年(1849)幕府は海防のために、松前氏に築城を 命じた。海防上、火砲を重視したため城の内外に37基の大砲を備えた 城内への 天 守:国宝だった天守は昭和24年に焼失、昭和35年に鉄筋コンクリート造りで再建 石垣には、戊辰戦争の時の弾痕が今も残っている 本丸御門と天守 外堀と、砲座が残っている 10/29(土) 乙部温泉のホテルを出発 乙部海岸を見学後、大沼公園へ 前夜の雪で、駒ヶ岳に初冠雪 再度 No.2 五稜郭 別 名:亀田御役所土塁、柳野城、箱館御役所 築城者:江戸幕府 五稜郭は、日本初のヨーロッパで考案された稜保式の城塞である 箱館開港に伴い、蝦夷地の管理と箱館防御のために、徳川幕府の命令で築かれた 紅葉の五稜郭 大手口の手前に半月堡 箱館奉行所庁舎 五稜郭内からの、五稜郭タワー 外周を水堀が巡っている タワーから見た、五稜郭 タワーからの函館山 今回の旅で、北海道の3城をすべて統一 帰路も、箱館空港から羽田空港へ’16年11月18日(金) 恒例の愛知香嵐渓へ行く前日に、旅友K、Nさん、岡崎からMrs.Kさんと登城 日本百名城達成の立ち合人になってもらった 彼女との待合時間の関係で、それまでに大垣城、墨俣城にも立ち寄った 100番目 No.39 岐阜城 別 名:稲葉山城 築城者:二階堂行政?、斎藤道三、織田信長 もう何度も訪問しているが、このスタンプラリでも二度目の訪問である JR東海道線、岐阜駅前にある、織田信長の黄金の像 金華山ロープウェーからの岐阜市街地と長良川 天下布武を宣言した信長の城 このため、私も百番目は岐阜城と決め全国を動き回った 最後のスタンプを捺して 登城完了で、 日本城郭教会へ本を送り『登録番号1,292番目』で認定 登城後、関市板取にある根道神社下にある、『名もなき池』へ 通称、モネの池 ハートの鯉 紅葉した、日本百名城でない郡上八幡城 BS朝日で、毎週木曜日に22:00から放映『日本城見聞録』の録画中 登城者の一人、大谷亮介(相棒でも、三浦刑事役で出演) 今回の百名城登城は、3年以内(一週間短縮)での達成となった このシリーズは 今回の百名城達成で完了 他にデジブック(seo-fa)にて公開しておりますので、閲覧願えれば幸いです 長いお付き合いありがとうございました '17/2/21(火)22:30
2017.02.22
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二日目:2/17(金) 朝から曇り空 一日目は、阿寒湖温泉『あかん湖鶴雅ウィングス』へ宿泊 ホテル出発が、8:50とのんびり出来るため、朝食前に6:30頃から約一時間 阿寒湖湖畔を早朝散歩した 早朝の阿寒湖:氷の厚さは約40cm 氷結した湖上には、スケートリンクが 後方は宿泊したホテル 氷結した阿寒湖と雄阿寒岳 ボッケ:アイヌ語で、煮え立つの意 大群で飛来する『ベニヒワ』 チョット見はすずめ ボッケ近くの阿寒湖は、温泉流入のため氷結していない 大学生が、氷の上に ゴジュウカラ アカゲラ 国道241号線『双湖台』から見える、ペンケトー、パンケトー 9:45 羅臼港への途中、道の駅『摩周温泉』で休憩 昼食後 12:45 羅臼港からクルーズ船に1時間乗船 我々は、エバーグリーンに乗船、有名な長谷川船長のガイドで 後方は、羅臼岳だが雲の中 防波堤に留まる、オオワシ、オジロワシたち 灯台下にはカメラマンが、朝から待機 迫力ある、オオワシ 羽を広げると約2m 優雅に舞うこの鳥は? 漁船から投げられた魚を 尾の白い、オジロワシ 流氷の上から 足で押さえつけて、魚を オジロワシ カモメ、カラスも 幼鳥も 漁船は早朝より、ロシア国境まで、スケソウダラを 船体は、砕氷のため板厚は90mmと 別の観光船 氷点下4℃の暖かい日でしたが、最後は手がかじかみ 乗船したエバーグリーン、13:45 下船 下船後、二泊目の宿ウトロへ移動 夏場なら、知床峠経由で一時間程度であるが、冬季は交通止めで 国道244号線 斜里経由、2時間半でウトロ温泉へ 16:00 ウトロ地区に着岸した流氷の上を、流氷ウォークする人たち プユニ岬 天気が良ければ、夕陽が最高のビューポイント この後、知床ウトロ温泉の『知床グランドホテル北こぶし』へ 明日の天気がいいことを祈り デジブックでも公開(seo-fa)しておりますので、訪問願えれば幸いです 二日目 おしまい
2017.02.21
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2月16日(木)~18日(土)まで、クラブツーリズムに、『2泊とも「5つ星の宿」に宿泊、北海道7つの流氷体験3日間』を申込み、妻と二人で参加した、今回のツアーは41人の参加であった三日間に分けての公開とします極寒の地へ行くので重装備で参加・・・・・・一日目:2/16(木) 前回の旅で、列車事故で予定に飛行機に乗り遅れ羽田で8時間ロスしたため、 今回は自宅から、サンパーキングまで車で移動 羽田空港 11:55 JAL543便にて釧路空港へ この人は何をしている 飛行機を滑走路まで誘導 東京上空 東京スカイツリー 男体山:2,486mの火山で、日本百名城百名山 湖は、中禅寺湖 13:30 釧路空港着 釧路からは丹頂鶴 また、ここから羅臼の『オオワシとオジロワシ』の拠点でもある 阿寒郡鶴居村の鶴見台へ、釧路空港から約30分 鶴見台には、毎日、大勢の観光客、一日撮影のカメラマン 昔、農家の人が獲つけをし、それ以来、飛来するようになった 餌を求めて他の鳥までが飛来 300羽近くいるとか、親鳥、幼鳥 求愛のディスプレイ 丹頂鶴は一度の産卵で、2個の卵を産むとか 30分程度の滞在であった、夜は天敵(キタギツネ)の来ない川へ移動 国道240号線からの、阿寒富士 17:30 阿寒湖湖畔へ この場所に、三脚にカメラをセットした中国人が多く 手持ち撮影は無理だと言われ 街頭には、氷と雪のモニュメント つい目は仕事柄 ホテル内の、彫刻 夕食はバイキングがおいしく、つい食べ過ぎた 夕食後、阿寒湖氷上でのフェスティバルへ いつまでも仲良く、雪だるまは若い人? 年寄りの雪だるまを作ったら面白いだろーなー 第39回 阿寒湖フェスティバル 氷点下6℃の中での開催 5分間の、アイヌ古式舞踊の紹介 旅の安全を祈願しての踊り クライマックスは、300発の花火 手持ち撮影のため、写真はいまいち 5分程度の打ち上げであったが、最後は手がかじかみ 毎日300発打ち上げているとのこと 花火後、再度訪問、阿寒湖アイヌコタン(R-クロススクリーン使用) 明日は8:50と、ゆっくりの出発のため 明日は羅臼の、オオワシ、オジロワシの撮影に このシリーズは、後日、別途デジブック(seo-fa)で公開予定ですので 訪問願います おしまい
2017.02.19
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今回の紹介は、8月と9月に訪れた、東北、南九州地区の85番目から93番目のお城の紹介です登城を始めてから3年近くになり、、年内には達成したいと思い精力的に動いた 8月14日(日)早朝 00:30 に自宅を、一人ドライブで岩手、青森、秋田県下のお城へ85番目 No.6 盛岡城 別 名:不来方城(コズカタジョウ) 築城者:南部信直・利直・重直 南部氏が築いた総石垣の城 花崗岩を加工した見事な石垣が残り、会津若松城と小峰城とともに東北の 石垣造りの三名城として名高い腰曲輪の石垣歴史文化館の前に作られた、ペットポトルの天守86番目 No.5 根城 別 名: - 青森県八戸市 築城者:南部師行 戦国末期の姿がよみがえった南部氏の城 根城は、甲斐から陸奥に移り住んだ八戸南部氏が、南北朝時代から戦国末期まで 本拠とした城である 復元された、主殿 復元された柵と空堀 87番目 No.4 弘前城 別 名:鷹岡城 築城者:津軽信枚 戦国の威風が漂う津軽市の居城 築城時の天守は五重だったが、落雷により焼失。江戸時代後期に本丸の 辰巳櫓を改築して天守代用とした。これが現存する天守である 北門(亀甲門)耐震工事で移動した後の、天守石垣移動された、天守閣 バックは岩木山天守跡の石垣5月連休は、桜の花が満開で田舎館村役場 田んぼアートが有名:役場の上から見えるが一時間待った この後、今夜のホテル『弘前駅前ルートイン』へ8月15日(月) 早朝 7:30 ホテルを出発、秋田県下へ88番目 No.9 久保田城 別 名:矢留城 築城者:佐竹義宜 佐竹氏が誇りをかけた土造り城 築城者佐竹義宜は関ケ原の戦いの後、家康ににらまれて日立水戸から出羽秋田に 天封させられた大大名である 表門::発掘調査や絵図をもとに復元された木造、瓦葺の本丸正門(一ノ門)御隅櫓 御隅櫓からの、秋田市内(秋田駅)御隅櫓からの秋田市内(西側:日本海側) 大手門前の水堀:折から蓮の花が 今回の旅で4城を訪問、東北地方10城を完全制覇 この後、日本百名城でない、横手城、稲庭城に登城、8/16(火) 3:00 に自宅へ到着 今回の走行距離は、二日間で1,813kmのドライブであった9月8日(木) ~ 10日(土) 九州の旅 今回の旅は、【九州ふっこう割】行くばい! 熊本レンタカー付きフリープラン3日間 で 阿蘇くまもと空港を拠点に登城した9月8日(木)朝一の列車で羽田空港へ 羽田空港 7:10 SNA011便にて 阿蘇くまもと空港上空 8:50阿蘇くまもと空港に到着後、レンタカーにて高速道経由、島原城へ向かう高速料金は、復興割引で3日間、\6,500 で乗り放題、12:40 島原城着89番目 No.91 島原城 別 名:森岳城 築城者 :松倉重政 島原の乱の引き金になった巨城 本丸の広さは名古屋城に匹敵するほどで、石垣は延長約4Kmの及ぶ巨城 本 丸 :五重五階の層塔型天守 本丸西側の高石垣:見事な屏風折りの高石垣 武家屋敷跡 多比良港 14:40 発の有明フェリーで、15:20 長洲港へ、小一時間の船旅であった 90番目 No.92 熊本城 別 名:銀杏城 築城者 :加藤清正 16:30 熊本城着、中学校の修学旅行以来の登城であった 加藤清正が築いた鉄壁の城二の丸より見た、宇土櫓と大・小天守 昨年四月の地震で被害 飯田丸五階櫓の修復 手前は、戌亥櫓、後方は大天守と宇土櫓 一番近寄れる、加藤神社からの、小天守、大天守 震災で悲惨な大天守 南大手門 この夜は、熊本『ネストホテル熊本』に宿泊、夜は居酒屋へ9月9日(金) 鹿児島、宮崎県下のお城へ向かう ビルの合間からの被災した熊本城 北十八櫓、石垣も崩壊 復興には、約20年で約600億円とか、早期復興を祈るのみです!91番目 No.97 鹿児島城 別 名:鶴丸城 築城者 :島津家久 館造りだった大大名島津氏の居城 城と背後の城山は、西南戦争の舞台でもある御楼門跡:本丸の正門跡 暑い中、発掘調査中であった 黎明館 入った右側に、篤姫の像がある 来年のNHK大河ドラマの舞台92番目 No.96 飫肥城 別 名:舞鶴城 宮﨑県日南市 築城者 :不明、伊東祐実 シラス台地に残る群郭型の古城 島津氏と伊東氏の約25年にわたる争奪戦をえて、天正16年(1588)、伊東氏が 城主になった 大手門へ大手門 樹齢100年以上の飫肥杉を用いて復元された櫓門 大手門を入って 旧本丸虎口北 門 旧本丸は石垣が残り、飫肥杉が残っている 同じ日南市に、広島東洋カープのキャンプ地『天福球場』があるので訪問訪れた翌日、25年ぶりの優勝 県道28号線沿いの、彼岸花と百日紅93番目 No.93 人吉城 別 名:球麻城、三日月城、繊月城 築城者 :相良長瀬、相良為続、相良長毎 中世城郭の特色を色濃く残す、相良氏歴代の居城 鎌倉時代から江戸時代の終わりまで、この地を治めた相良氏の居城である 相良清兵衛屋敷跡で発見された巨大な地下室は、用途不明の謎の地下室であり 遺構として公開されている 球磨川支流の胸川に面した長塀堀合門と、はね出しの石垣 御下門跡の石垣 再建された建物群 左から、角櫓、長塀、多聞櫓 これで九州地区13城を、二回の旅で完全制覇した夕食は、人吉の有名店で、うな丼を食べる この後、高速道路で熊本へ。『熊本グリーンホテル』へ宿泊9月10日(土) 一日時間が余ったため、急遽、高千穂峡へゆくことにした五ケ瀬川の、真名井の滝 柱状節理の渓谷天岩戸神社 阿蘇くまもと空港へ向かうため、南阿蘇経由で 途中震災跡を、家屋も倒壊 今回の走行距離は、三日間で1,004kmであった 阿蘇くまもと空港内のお土産店 がんばれ熊本!18:45 SNA022便で、羽田空港へ また、訪問することを胸に秘めて、自宅到着は、22:00 着 今回の登城で、日本百名城は後7城になった 10/11部 おしまい
2017.02.13
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’17年2月7日(火) 7:00より、旅友Kさんと日帰りドライブへ 昨夜、メールで急遽行くことにし、神奈川県松田町を訪れた 天気が良く、9時ごろからの散策であったため、3か所の花どころを訪れました 第19回 まつだ桜まつり 2月11日(土) ~ 3月12日(日) の予定であるが、暖冬で開花状況が進行しており まつりまで持つか心配 東名高速からよく見える、小高い松田山の西平畑公園で開催 ここから見る富士山は『関東の富士見百景』に選定されている 東名高速道路と、酒匂川 西平畑公園の駐車場(週末は混雑 \500)から、開成町 東名高速道路、大井松田I/C方面 満開の河津桜 天気も良く最高の富士山 右側に、『子どもの館』があるが桜まつり前で閉館中 時期により、雛のつるし飾りの展示 像は、『DRAGO MARIN CHERINA』作 クロアチア 数体展示している 酒匂川と小田原市街地 \500で売られている。ヒメマス、アユ、? 備長炭で20~30分で焼けるとか 第6回 松田町寄(ヤドリキ)ロウバイまつり 1月14日(土) ~ 2月12日(日) で開催中で満開 国道246号線から5キロほど山奥へゆき、駐車場からシャトルバスで 傾斜面にロウバイ園 平成17年に、寄中学校の卒業生が250本のロウバイを記念植樹したのが始まりで 以降、地元の方々や、代々の卒業生が植樹して、現在は20,00本を超える 敷地面積13,000㎡以上の日本最大級のロウバイ園 花が開くと甘い香りがあたり一面に ロウバイ 河津桜とロウバイ 花と実 やどりきかあさんの店で、『寄(ヤドリキ)野菜たっぷり豚汁』\300 美味しかった、他にも甘酒・・・・・ 第47回 小田原梅まつり 主催:曽我梅まつり実行委員会 2月4日(土) ~ 3月5日(日) で開催中で平日にもかかわらず大勢の人が 曽我の梅林は、別所、原、中河原の各梅林からなり、約35,000本の白梅が植えられている 一方この地は、日本三大仇討ちの一つ『曽我兄弟』の主人公、曽我十郎・五郎兄弟の育った 場所として有名で、数多くの史跡もある ここからの、富士山も素晴らしい 関東の富士見百景に指定 白・紅梅の枝垂れ梅 満開に近い白梅 各種梅が、6月ごろには梅の収穫 12:30 には帰路につく さて、次はどこへゆきますかね、旅友Kさん おしまい
2017.02.07
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'16年8月6日(土)に、小学校の同窓会が故郷福山であったため、この機会を利用して8月4日から7日まで帰郷、中国地方の百名城を訪れていなかったため、マイカーで登城した今回の登城は、76番目から84番目である’16年8月4日(木) 早朝1:15 自宅を出発、東名高速等を使用 7:30 に篠山城へ到着 76番目 No.57 篠山城 別 名:桐ケ城 築城者:徳川家康 徳川家康が大坂城の豊臣氏との戦いに備えて築いた城 総奉行は池田輝政、縄張りは藤堂高虎が担当した 大書院入口 復元された大書院 高石垣 77番目 No.56 竹田城 別 名:虎臥城 築城者:赤松広秀 天空に浮かぶ総石垣の城で、日本のマチュピチュと言われてブレークした 竹田城は15世紀前半に築かれた山城であるが、羽柴秀吉の但馬攻めで落城し 天正13年(1585)に城主になった赤松広秀が数年かかって大改修した 播但連絡道路下からの竹田城 天守台の石垣を望む 天守台より南千畳を望む シャトルバスを降りて、20~30分歩いての登城 一番高いのが天守台跡 雲上に浮かぶ城跡全景:標高354mの山頂部に 写真提供:朝来市、立雲狭から、雲は秋に発生 78番目 No.63 鳥取城 別 名: ー 築城者:山名誠通、宮部継潤、池田長吉、池田光政 中世と近世が共存した堅城であるが、羽柴秀吉の兵糧攻め『鳥取の渇え殺し』の 舞台になったことで有名 西坂下御門:城内唯一の復元門 重要文化財『仁風閣』と石垣 櫓の石垣を修復中 内堀越しに望む久松山(標高263m)に、複合天守があった 79番目 No.67 津山城 別 名: ー 築城者:森忠政 重畳と連なる高石垣の城 関ケ原の戦いの後、、森蘭丸の弟忠政が13年間を要して築いた平山城 鶴山公園の入り口 備中櫓 大手道からの、備中櫓 天守台からの備中櫓 天守台からの津山市街地 8月5日(金) 岡山県湯郷のホテルに宿泊 朝6:30にホテルを出発、中国&米子自動車道をえて、安来I/Cへ 8:35 月山富田城へ到着 80番目 No.65 月山富田城 別 名:月山城、富田城 築城者:不明、堀尾吉晴 毛利氏も攻めあぐねた尼子氏の巨城 戦国大名尼子氏の居城であったが、毛利氏に滅ぼされ、関ケ原戦後に入封した 堀尾吉晴が近世城郭に改修した 安来I/Cからの道路から、月山富田城 山中鹿介幸盛の銅像:尼子氏の再興に務めた 近くにある、足立美術館から 足立美術館:美しい日本庭園や、横山大観をはじめとする近代日本画で有名で 人気のツアーコースである。今回は入り口でお別れ 81番目 No.64 松江城 別 名:千鳥城 築城者:堀尾吉晴 戦国の気風を伝える現存天守(国宝)の城である 関ケ原合戦の論功行賞で、堀尾吉晴が嫡子忠氏とともに入封して築城 南櫓(左)と中櫓(右) 南多聞櫓と、一の門 国宝、現存する十二天守の一つ 内堀の遊覧 松江自動車道で三次東I/C経由郡山城へ、13:50着 82番目 No.72 郡山城 別 名: - 築城者:毛利時親?、毛利元就、毛利輝元 戦国大名に上りつめた毛利氏の山城 本丸跡には、10数年前に登城していたので、暑い今回はスタンプのみ 8月6日(土) AM 83番目 No.71 福山城 別 名:久松城、葦陽城 築城者:水野勝成 西国監視の最前線に築かれた城 福山に入封してきた徳川氏の譜代大名、水野勝成が新たに築いた城 筋鉄御門:伏見城から移築されたという、国の重要文化財 城内からの鉄筋御門 天守:昭和41年に鉄筋コンクリート造で再建された 天守からの福山駅 天守からの北方向 8月7日(日) 早朝 5:45 84番目 No.68 備中松山城 別 名: - 7:20 ~ 9:00 築城者:秋庭重信、小堀遠州(政一)、水谷勝宗 現存する十二天守唯一の山城で、日本三大山城の一つ 13世紀中頃に築かれた山城を、江戸時代に小堀氏が整備し、その後水谷氏が 大改修した近世城郭。標高430mの小松山山頂に建つ天守は、日本一高い所にある 岩盤上に築かれた石垣:駐車場から約20分徒歩で 岩盤上に築かれた石垣:大河ドラマ『真田丸』の撮影現場 二の丸跡からみた本丸 左から六の平櫓、五の平櫓、天守 天守:二重二階と小規模 二の平櫓跡と、三の平櫓跡間の土塀 9:00からのスタンプ捺印を早めてもらい、9:00に城を跡にする 岡山自動車道から、『鬼ノ城』を望む 山陽自動車道経由にて茨木の伯父宅に立ち寄り、新東名&第二東名にて帰路へ 21:30 自宅へ到着 4日間 1,922kmの旅であった 第9部 おしまい 第11部で完です
2017.02.06
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’16年7月7日から9日まで、二泊三日の一人旅をして、九州地区の日本百名城に登城した 九州には日本百名城が13城有り、今回は福岡空港を拠点に、北九州地区の68番目から 75番目の8城を紹介します’16年7月7日(木) 羽田空港から福岡空港へ、航空券はJALマイレージを使用 羽田空港 7:25発 JAL305便にて 9:10 福岡空港上空 68番目 No.85 福岡城 別 名:舞鶴城 築城者:黒田長政 関ケ原の戦いの戦功により筑前に入国した黒田孝高・長政親子が築いた城 祈念櫓 天守台跡 天守台から福岡市街地を望む 大濠公園 在りし日の福岡城 12:30 日本百名城でない、『唐津城』 天守閣 69番目 No.87 名護屋城 佐賀県唐津市 築城者:豊臣秀吉 秀吉が朝鮮出兵の足掛かりにするため、九州大名に命じてほぼ半年で完成 廻りには諸大名の陣城があり、大変な賑わいで約10万人いた 山里口 天守台跡と玄界灘 本丸、二ノ丸、三ノ丸を中心に、多くの高石垣でで構築された曲輪が配され 城域は約17万㎡にも及ぶ壮大なもの 秀吉の死によって文禄・慶長の役が終わると廃城となり、用材は唐津城などの 普請に転用された 18:00 伊万里のホテルにて ’16年7月8日(金) 70番目 No.90 平戸城 別 名:亀岡城、日の岳城 築城者:松浦棟 平戸瀬戸を望む水軍松浦党の城 平戸城天守東面:昭和37年に建造された三重五階の模擬天守 天守より望んだ、見奏櫓(ケンソウヤグラ)、遠くに赤い平戸大橋 海岸線からの平戸城 天守と見奏櫓 平戸大橋 71番目 No.89 佐賀城 別 名:栄城、沈み城、亀甲城 築城者:鍋島直茂・勝茂、鍋島吉茂、鍋島直正 『葉隠(ハガクレ)』を生んだ鍋島氏の城 鯱の門 本丸御殿御玄関:平成16年に復元 本丸御殿から 雨の中、鯱の門 72番目 No.88 吉野ヶ里 築城年代:弥生時代 雨の中訪問したので、スタンプのみであった 駐車場 一般道から、南内郭 またいつか、訪れたいものです 73番目 No.86 大野城 福岡県太宰府市 築城者:大和朝廷 防人たちが守る最大の朝鮮式山城 白村江の戦いで大敗した大和朝廷が、新羅・唐連合の襲来に備え、大宰府を防衛 するため標高410mの四王寺山(大野山)に築いた山城 城は亡命百済人の指導による、朝鮮半島の築城技法によって造られた 雨のため、スタンプの捺印のみ ここもいつか訪れたい 西鉄 大宰府線『大宰府駅』 ’16年7月9日(土) ホテルルートイン鳥栖駅前に宿泊 大分自動車道で大分へ 8:10 別府湾S/A 74番目 No.94 大分府内城 別 名:荷揚城、白雉城 築城者:福原直高 海を背に水に守られた堅城 現存する建物は、宗門櫓と人質櫓のみである 人質櫓 4月の熊本地震で土塀も被害 修復中の城内 75番目 No.95 岡城 別 名:臥牛城 築城者:緒方惟栄、志賀貞朝、中川秀成 天険の要害にそそり立つ総石垣の城 築城は12世紀初め、標高325mの天神山の断崖絶壁を生かした古城 岡城は壮大な総石垣の山城となった 駐車場からの石垣 大手門跡の石垣、紅葉の時期も最高 三の丸北側の高石垣 明治になると建物はすべて解体された、その荒廃したイメージから 滝廉太郎の『荒城の月』が生まれたと言われている 壮大な総石垣の山城 近戸門への坂道、左は城下町へ 12:00 JR豊肥本線『豊後竹田駅』 湯布院インターチェンジから、大分自動車道へ入り、福岡空港へ向かう 今回のドライブは、782Kmであった 福岡空港 16:00発 JAL320便で羽田空港へ 8部 おしまい
2017.02.04
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今回の紹介は、58番目から67番目です ’15年11月21日 ~ ’16年4月8日までの半年間で訪れた、紀伊半島、岡山県下、名古屋 福島県下のお城です′15年11月21日(土) 0:00 自宅を出発 マイカーで一人ドライブで、紀伊半島へ行く 掛川城からスタンプラリーを始めて、丸二年目になる6:00着 58番目 No.47 伊賀上野城 別 名:白鳳城 築城者:筒井定次、藤堂高虎 筒井定次ガ築城し、三重の天守を建てたが除封され、替わって入城したのが 築城の名手藤堂高虎である 天 守:天守は三重三階、小天守は二重二階 昭和10年に個人が、私財を投じて建てたものである 本丸高石垣西面:水面からの高さ約23m(堀底から30m) 天守からの伊賀市街地 59番目 No.48 松坂城 築城者:蒲生氏郷 蒲生氏郷が縄張りした石垣の城 表門跡:野面積の高石垣で防御された枡形虎口になっている 本丸上段跡 黄葉の銀杏の木 御城番屋敷:中央の生垣に囲まれた藩士の居宅20軒が御城番屋敷 60番目 No.61 高取城 別 名:芙蓉城 築城者:越智邦澄、本多利朝 奈良飛鳥盆地の南、標高583mの山頂を中心に築かれた近世山城である 日本三山城で、麓からの高低差は446mで一番高い 在りし日の天守:明治初年頃まで現存していた 麓の城下町 11月22日(日) 紅葉がきれいであったので、和歌山城へ登城した帰路に再度訪れた 天守台:高さ10mの天守台高石垣。この上に、三重の天守が建っていた 紅葉のお城は絵になる、大勢のツアー客 十五間多門跡 紅葉のお城は絵になる、好きな写真である 61番目 No.55 千早城 大阪府南河内郡千早赤阪村 築城者:楠木正成 鎌倉幕府軍を翻弄した楠正成の城 駐車場から、約30分程度登山、金剛山山頂への登山ルートになっている 千早城:厳しい坂道を登る 千早城跡には、千早神社が建立されている(二の丸跡) 金剛山への登山ルートで紅葉がきれい(四の丸跡広場) 和歌山城への途中 日本百名城でない、岸和田城へ立ち寄る 17:50頃 岸和田城 19:30 和歌山城の夜景 ホテルの予約が取れず、車中泊になる′15年11月22日(日) 日本棚田100選『あらぎ島』へ 和歌山県有田郡有田川町清水 6:00~7:00 62番目 No.62 和歌山城 別 名:竹垣城、虎伏城 築城者:羽柴(豊臣)秀長、浅野幸長、徳川頼宜 紀伊徳川家の威光を示す巨城 天正13年(1585)、紀伊を平定した羽柴秀吉に命じられ、弟秀長が築城を開始 家康の十男頼宜が入封し、御三家の格式にかなう大城郭に拡張された 大天守と小天守 大天守:昭和33年に鉄筋コンクリート造で復元 天守からの、紀ノ川河口 岡口門 東堀 南掘(空堀) 二日間で、1,443Kmのドライブであった′16年1月21日(木) 四国への出張の途中、岡山県下の2城に登城した 63番目 No.69 鬼ノ城(キノジョウ) 別 名:鬼城山 築城者:大和朝廷が有力 JR総社駅から、タクシで登城した 岡山県総社市の鬼城山に築かれた日本の古代山城である 吉備平野を見下ろす標高397mの鬼城山に、築かれた謎の古代山城である 吉備平野を見下ろす、復元された西門 JR岡山駅前の桃太郎 64番目 No.70 岡山城 別 名:烏城、金烏城 築城者:金光氏、宇喜多直家、宇喜多秀家 金箔を彩る宇喜多秀家の烏城 旭川に囲まれた岡山城 天守からの、旭川と後楽園(日本三大庭園) 後楽園内 後楽園からの天守 JR予讃線からの丸亀城 ′16年3月2日(水) 65番目 No.44 名古屋城 別 名:蓬左城、鶴が城、金鯱城 他 築城者:徳川家康 大坂包囲網の拠点だった最強の巨郭 天 守:昭和34年に鉄筋コンクリート造で再建された 天守から、名古屋駅方面 本丸御殿の『竹林群虎図』:昭和20年の戦災で焼失した 天守と、本丸西南隅櫓 本丸西南隅櫓と堀 ′16年4月8日(金)~9日(土) 一泊二日で妻とマイカーでのドライブ 66番目 No.13 白河小峰城 築城者:結城親朝、丹羽長重 江戸時代に丹羽長重が築いた総石垣の城 復元された、三重櫓:天守の代用だった木造リ 白河集古苑前から、本丸の高石垣 東日本大震災で石垣が崩れ修復中 復元された三重櫓と前御門 折から桜が満開で 白河小峰城から、二本松城へ 行く途中、福島の花見山公園へ立ち寄る 私は二度目の訪問であったが、ツアー客が多かった → 全国区になった 花のエリアも広がったようだ 67番目 No.11 二本松城 別 名:霞ケ城、霧ケ城 築城者:畠山満泰、蒲生氏郷、加藤明利、丹羽光重 中世と近世が同居する石垣の城 二本松駅前から歩いて登城。桜も満開 本丸石垣 本丸跡から、二本松市街地を 見どころは本丸、三の丸の高石垣と二の丸の大石垣である 7:50 ~ 8:50 福島県下の桜『三春滝桜』 18:00頃 東北自動車道『安達太良S/A』での夕陽 二日間で約1,000Kmのドライブ 7部 おしまい
2017.02.02
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