全25件 (25件中 1-25件目)
1
県内で伝道をしている友人の教会へ応援に行きました。ギター・ゴスペル・コンサートなのですがご夫妻でギターやウクレレを弾きながら自作の曲をお話を交えて歌われます。アット・ホームでなんとも自由な雰囲気でした。母と弟を連れて行ったのですが、「ねぇボクたちもユニットを作って演奏しようか?」と弟に言うと「兄貴が詩を作れば自分が曲を付けるよ」
2012年04月30日
コメント(3)
礼拝に従兄弟(いとこ)が加わってくださいました。オーストラリアで日本食堂を経営しています。幼い頃、彼の生まれ育った伊東で一緒に遊んだ仲良しです。今朝、一人で伊東を発ちはるばる鎌ケ谷まで来られました。礼拝の後、家族の話、世界の政治の話経済の話、宗教の話いつ、こんなに博識になったのだろう、と驚きました。外国から見た日本の話は面白くためになりました。一週間ほど滞在して妻子の待つオーストラリアに向かいます。
2012年04月29日
コメント(2)

火・木は事務所に出る日夕方6時近くになって帰りの駅に降り疲れた足を引きずるようにそれでも少しでも早く家に着きたいと歩を進め坂の途中に立ち止まってこちらを見ている人(あら、あなたは もしかしたらボクの妻?) 血糖値が高かったので こんな時間に散歩に出た 駅の方へ歩けば あなたとすれ違うかな、と「じゃぁ向こうを回って帰るからね」と妻
2012年04月26日
コメント(0)
「信じて祈るならば、求めるものは何でも得られる。」 マタイによる福音書21章22節この一つの聖句で人生を貫くのだ。
2012年04月25日
コメント(2)
集団下校の列にまた車が突っ込んだ集団下校は裸で無防備だサタンはそれが恰好の対象のようにこわごわと固まって歩く弱い人間を攻撃するのだ集団下校などやめた方が良い
2012年04月24日
コメント(0)
人の生、人の仕事は「神の歴史」の一部分であるはずだ。神が中心であり、人々は神が作られる歴史のほんのわずかの部分を担う。ボクの生、ボクの仕事は神の歴史の部分。仕事を収めてリタイアし、この生そのものを収める時が来る。それは人生の卒業式でありボクにとって晴れの日なのである。神様は御自身の歴史を作るために、さらに別の人々を次々にお召しになるだろう!子どもの頃は、学校を終えて下校する時が一番幸せを感じる時だった。ボクは早、教会の牧師としての務めをリタイアした。あの放課後、学校を後にする解放感にしばし浸った。今は、教団などにわずかなお勤めが残っている。しかしそれは生活のためではなく、感謝のためだ。こんな者を一つの教会の務めに、長い間使って下さった神と教団への感謝である。晴れやかに人生の卒業式を待つ日々なのだ。
2012年04月23日
コメント(0)
娘家族が帰ってきた。1ヶ月の間婿様のお国へ里帰り。子供たちも一回り大きくなって帰ってきた。あいにくの雨模様。礼拝の後は家の中を走り回る孫。台風が過ぎ去るように帰って行った。
2012年04月22日
コメント(0)
桜も終わり黄色い花が咲き乱れる黄色い~春「たんぽぽ」「れんぎょう」「なばな」まだまだ知らない 名前の 黄色い 花妻を乗せて行くと歓声が上がる「ほら、あんなに タンポポが~」「そうだな 黄色い畑 だな」この詩のぬしは、タンポポかな? つぼみ あんな ちいさな つぼみの なかに おはな たたんで いれて あるの あんな たくさん おはな たたんで つぼみの なかに いれて あるの だれが たたむの おはな たたむの はるの おしたく だれが するの (葛葉国子『おさなごにおくる歌』)
2012年04月21日
コメント(5)
この讃美歌が心から離れず、一人で歌ったりしている。歌うほどに心熱く。「讃美歌略解~歌詞の部」で調べたらこれはジュネーブ教会の詩編歌ということだ。改革派教会の賛美だな。詩編118を歌う歌。詩編118は「主に感謝せよ、主は恵み深く その憐れみ、とこしえに絶ゆることなし」と始まり、また終わる。こんなすばらしい詩編から、すばらしい賛美の歌が生まれる。昨日は1節を書き写したが、今日は第2節を「なやみせまるときも み名をよばわれば 主はこたえたまいて この身をばすくい いとひろきところに いこわしめたもう 主ともにましませば われにおそれなし」まことに言うところのないすっきりした信仰の言葉、はるかなる山脈のような美しい旋律。 だれか、ボクと一緒に歌ってくださいな。
2012年04月19日
コメント(0)
さんびの歌が心からあふれてきた。あふれ出た曲を、「新聖歌」を開いて探すけれど載っていない。もう何年も開いていない讃美歌を出して初行を検索すると、あった! 「12番」「ねぇ付き合ってよ」と妻に一緒に歌った。妻はあまりよく覚えていないらしい。もう30年以上も歌っていない曲かもねぇ。 「めぐみゆたけき主を ほめたたえまつれ そのみいつくしみは ときわにたえせず すくわれしみたみよ おごそかにうたえ あわれみとまことは かわることなしと」
2012年04月18日
コメント(6)
午後から降り出して夜には傘を差せないほどの雨になると、そんな予報の朝。確かに今にも泣き出しそうな空を見上げて事務所に向かう。雨になるはずの午後には日射し。会議の後、6人ほどでレストランで夕食。帰りには大粒の雨が降り出していた。春先のような冷気にネックウォーマーをかぶる。電車を乗り継いで家のある駅に降り立って驚く。雲は散りばめられ雲間から大きな星がきらきら。
2012年04月17日
コメント(0)
迷惑メールフォルダを調べるのが日課である。どうして無条件で削除しないのかというと時々、大切なメールが紛れ込むから。
2012年04月16日
コメント(2)
『病の善用を神に求める祈り』(抜き書き) ブレーズ・パスカル 主よ、あなたは、何ごとにおいてもこの上なくやさしく、柔和なみ心をあらわしてくださいます。また、あなたは、限りなく憐れみに富まれ、あなたの選ばれた者に来る繁栄も、逆境も、すべては憐れみのゆえにお授けになるのです。 あなたが私に、健康を授けてくださったのは、ただあなたにお仕えするためでしたのに、私はそれを全く俗事に用いてしまいました。どうかあなたの全能の御恵みによって、あなたの懲らしめを私の益とならしめてください。 心の中の苦しみがなければ、あなたがどんなに外側から病をもってこの肉体を鞭打ってくださっても、それがまた、私には新たな罪の機会となるかも知れないのです。どうか、この私に、自分の悲惨さを身に染みて感じさせてください。そして自分に残された生涯を、これまでに犯した罪を清めるための絶えざる悔い改めに過ごさせてください。 私の中には、あなたをお喜ばせできるものは何一つありません。ただ、幾らかあなたの御苦しみに似たこの苦しみのほかは。 あなたが、私たちの罪の贖いのため血を流しておられるというのに、私たちが世の楽しみに溺れて過ごすとは、これ以上恥ずべきことがあるでしょうか。この私自身がこのことを知りながら、この恥ずかしい生き方をして来ました。主よ、あなたが、死の陰に安逸をむさぼってまいりました私の罪深い喜びを、断ち切られたのは当然のことでした。 これからは、健康も、命も、ただあなたのため、あなたと共に、あなたにあって用い尽くすことができますよう、そのためにのみお与えください。私の健康、私の病、私の生、私の死を、すべてあなたが、あなたの栄光のため、私の救いのため、お恵みにより私も一員であらせて頂きたいと願っている、あなたの教会と聖徒たちの益のため、お用いくださいますように。 私は、自分が知っているのはただ一つのことであると知っております。それは、あなたに従うのは正しいことであり、あなたに逆らうのは正しくないということです。 この私が、何者でありましょうとも、あなたの御心に一致するものとならせてください。今こうして病んでいます時には、苦しみの中であなたの栄光を讃えさせてください。 あなたと、あなたの御霊とで、私を満たしてください。私の心と魂の中へ入ってください。そして、私の中で私の苦しみを負い、あなたの御苦難の内なお残っているものを、私の中にあって耐え忍び続けてください。まことに僅かながらあなたの御苦しみにあずからせて頂くことによって、あなたは、この私に、御苦難によって勝ち取られた栄光を満たしてくださいます。この栄光の内に、あなたは、御父と聖霊と共に、代代限りなく生きておられるのです。アーメン。
2012年04月15日
コメント(4)
無料のクリア水を家族で飲み比べた。店内のサービスカウンタの横などに置いてある。千葉コープ ナチュラルで一番良いとの評価で一致。イオン鎌ケ谷店ヨークマートこの2店の味は大差ない。カルキ臭がしないという程度かな?これらの無料クリア水をボクと息子で交代で汲みに行く。コープは残念ながら遠すぎて滅多に行けない。ご飯を炊く水、お茶、コーヒー、味噌汁全部クリア水でやるからすぐなくなる。
2012年04月14日
コメント(2)
蔵書の整理をしようと1冊70円で本の背を裁断してくれる業者に70冊の裁断を頼んだ。送るために段ボール箱に入れると4箱になり4000円の送料がかかった。数日して見事に裁断されて帰ってきた。返送料はただでこれは助かった。表紙は廃棄して中身だけ返送されるのも良い。はてこれからどうしよう?全部スキャンしてPDFにするのには膨大な時間がかかりそう。ボクは両面スキャナーを持っていないのだ。とりあえず、ジャンルごとに分けて段ボールにしまおうと思う。
2012年04月13日
コメント(2)
神学校お泊まり会の帰り娘の所に寄る。子供(ボクの孫)が2人とも具合が悪いと聞いたので。出かけていくとアパートの前で3人で遊んでいた。元気になった。桜散り始めた午後4人で公園に行き、しばし過ごし至近の駅に送ってもらった。この娘が2人の子持ちになった!しみじみと感じてきた。もっと近かったらもっとしばしば訪ねられるのに・・・・そんなふうに考えていたら「このくらいでちょうどいいのよ」妻の声が聞こえた気がした。
2012年04月12日
コメント(2)
神学院のオリエンテーションを持っています。教師である牧師と神学生と半々。キリストへの賛美、祈り、学び、新学期へのガイダンス。若い教師が2人加わり学生も3人が新入学。小さな教派神学校も希望にあふれて新学期のスタートです。教師は全員が同窓生。長い歴史の糸でつながっています。仲が良いこと!笑顔がこぼれています。学生も教師も「証し」という自分史を語りました。何という豊かな個性でしょう。みんなが一つの信仰ですがみんなが別々です。一人一人に神様が付いているから、それぞれが神様に導かれています。大学を済ませてすぐに入学してきた学生も、社会人として鳴らして来て退職してから第2の人生を求めて入学してきた学生も、どちらも神学校1年生として、互いに重んじあい尊敬し合って学舎を巣立ってほしいのです。
2012年04月11日
コメント(2)
「喜びたたえよ 主は死にうち勝ち 陰府よりかえりぬ ハレルヤ」122「救いの主は よみがえり給う 勝ちどき上げて 御名をたたえよ」123「戦い終わりて みさかえ受けたもう 主をほめたたえよ ハレルヤ」124「地よ声高く告げ知らせよ 今日イエス君はよみがえれり」129イースターの賛美はまことに気持ちいい歌詞もメロディもシンプルで骨太で力強いただ主の復活を告げ知らせ復活の主をほめたたえるだけただそれだけこれこそキリスト教の醍醐味だ!
2012年04月10日
コメント(2)
ヨハネによる福音書から復活祭のメッセージをした昨日。ヨハネ福音書が面白いのは弟子たち、婦人たち、よく走っていること。大の大人の男女が右往左往に走っている姿を想像すると吹き出しそうになる。マグダラのマリアが息せき切って走ってくる。「主がお墓におられません!」それを聞いたペトロとヨハネ一大事と一緒に走り始める。みるみるヨハネがペトロを追い抜いていく。ヨハネは健脚ぶりを発揮するが先に墓に飛び込んだのはペトロ。主のご復活がみんなを走らせる。いかにサプライズな出来事だったか伺える。そう、ここがキリスト教の始まりである。
2012年04月09日
コメント(0)
この地で初めての復活祭を迎えた。ちょうど桜の満開と重なる。わが家3人+母とわが弟5人で守った幸せなイースターの礼拝。思いきり「ハレルヤ」の声を響かす。礼拝の後はちらし寿司の元で作ったちらしを寿司を食べる。スリランカ旅行から帰った弟のお土産、おいしい紅茶をいただく。写真を見る。それから「お花見に行こうよ!」5人で歩いて六実の桜通に繰り出す。犬も一緒。風もなく快晴で花見日和。たくさんの人が出ていた。
2012年04月08日
コメント(5)
大日向繁牧師は若き日に新約聖書を読み始めたが自分にはなじめないと思い途中でやめてしまった。しかし世をはかなみ奥さんと一緒に死出の旅に出た。十和田湖で身投げをしようと夜中に係留されていたボートの綱を解いていたら警官に見とがめられた。次に伊豆大島の三原山の火口に飛び込もうとはるばる大島に渡り、奥さんと三原山に登った。火口を見下ろせる所に来て噴火は収まりそこでも死ねないことがわかった。そこで死ぬことはもうやめて生きることにした。もう一度聖書を手にした。読み進んでいくと、キリストが十字架に付けられた場面に至った。「父よ、彼らをおゆるしください。 何をしているのかわからないのです」キリストは十字架の上でこう祈ったと書いてある。だれのために祈っているのか、と思った。 父よ、彼らを・・・・おゆるしください。 わたしを拒んだ人々を わたしではなくバラバをゆるすように求めた人々を わたしの頭にいばらの冠をかぶせた兵士を 十字架の杭にわたしの手足を釘づけた兵士をわたしはわかった。このかたは神だ。神以外にそのように祈れるかたはいない。と、そこから大日向繁はクリスチャンになることにした。
2012年04月06日
コメント(1)
受難週(聖週)の木曜日は最後の晩餐~弟子たちの足を洗うゲッセマネの園での祈りユダの前に出る捕縛共観福音書と呼ばれるマタイによる福音書マルコによる福音書ルカによる福音書には、最後の晩餐の記事はあるがヨハネによる福音書には記されていない。最後の晩餐の席を立たれて主が弟子の足を洗われた記事は共観福音書には記されていない。最後の晩餐は、聖餐式(カトリックでは聖体拝領)の起源となっている。ヨハネの福音書は、それはもう自分が記すまでもない、自分は主が弟子たちの足を洗われた小さな出来事を書こう。その洗足の出来事を共観福音書の記者が取り上げなかったのはヨハネにとってはむしろ不可解だったに違いない。ヨハネの着眼点はすべてにおいて新鮮であり心を打つものが多い。出来事への愛情にあふれ、洞察力があり、ドラマチックである。
2012年04月05日
コメント(6)
事務所を出る時に「早めに帰ってください」と言ったがもっとていねいに言うべきだった。雨はまだそんなではなかったが横殴りだったので早々に地下に降りそのまま地下鉄に乗った。ところがJRから流れてきた客がいっぱいですし詰め状態何とか乗ったが前のめりとなりそのまま終点まで。そこから後続電車に乗り継いだがやはりすし詰め。あと1時間遅れたら帰れなかったと思う。帰宅から2時間戸外では風雨が吹きつのっている。
2012年04月03日
コメント(2)
35回目の結婚記念日挙式の日は確かイースターの前日だったと記憶大切な備え日に皆さんが気持ちよく駆けつけてくださったのだな今にして気づき申し訳ありませんでした借り物のモーニングにベルトが無くてボスが自分のベルトを外して貸して下さった式後、新任地・三島に行きプラザホテルに一泊明くる日、教会の皆さんと初顔合わせ若き日の想い出は顔を赤らめることどもが多いけれど少しは落ち着いた性格になっただろうか?
2012年04月02日
コメント(11)
年度始めの日は、受難週に入る日曜日恐らく1年のうちに最も厳かなこの週は(日) エルサレム入城 キリストは十字架にかかるためにエルサレムに入られます。 人々はしゅろの枝を振りながら歓呼して迎えます。(月)宮清め キリストは神殿の前で商売をしていた商人たちを追い出しました。(火)論争 反対者、キリストを亡きものにしようとしている人々との論争。(水)ベタニヤでの塗油 マルタ、マリア、ラザロの3姉弟の家で、マリアが主の足に香油を注ぎました。(木)最後の晩餐、ゲッセマネの祈り、捕縛 弟子たちとの最後の食卓。主はパンと葡萄酒をお分けになりました。 それからゲッセマネで苦悶の祈りをし、そこを出るとたちまち捕縛されました。(金)十字架、埋葬 主は十字架にかかられました。その際に少なくても2人の人が主を信じました。 十字架に掛けられた強盗の一人、もう一人はローマの兵隊の隊長。しゅろの日曜日の礼拝は、ボクと妻、息子、母血縁と信仰で2重に結ばれた聖家族がここにあり。十字架はキリスト者の心に迫るのです。母は礼拝の中で言葉を詰まらせました。「こんなつまらない者をイエス様はお救いくださって感謝です」と語りました。説教の後、「主は命を与えませり」を歌いました。妻の目からは涙が流れていました。来週は復活祭です。悲しみは束の間今日の涙は救いの喜びと罪の悲しみが入り交じっていたようです。来週はただただ喜びの涙。
2012年04月01日
コメント(2)
全25件 (25件中 1-25件目)
1